新共同ネットワーク体:マニ共同ネットワーク:通貨マニ・ポイント:

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2015年06月13日(Sat)▲ページの先頭へ
二つのユダヤ人:シオニストVS隠然ユダヤ人:戦争資本主義VS平和資本主義
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12038207532.html

二つのユダヤ人:シオニストVS隠然ユダヤ人:戦争資本主義VS平和資本主義

テーマ:賤民資本主義と共同体的資本主義

以下の田中宇(さかい)氏の記事は啓蒙的である。
 私は以前、ユダや資本が二つに分れているのではないかと述べたが、その検証ともなる記事である。
 隠然ユダヤ人(ロスチャイルド他)は平和資本主義を目指し、シオニストらの戦争資本主義(戦争屋)を排除する方向に向ったのである。それが、今年初頭の『エコノミスト』の表紙に表現されていると言えよう。

安倍が…

 やはり、私のユダや資本の二分化仮説は正しかったのである。
 そう、旧約聖書かみると、二つの神がいる。ヤハウェとエローヒーム(神の複数形)である。
 これは、父権神と母権神である。
 つまり、ユダヤ民族は父権民族と母権民族がいるのである。
そして、前者がシオニストとなり、戦争屋となったのであり、そして、今や、母権民族の隠然ユダヤ人が台頭し、世界を共同体平和資本主義へと転換させていると言えよう。
 そう、これは私が提唱している新母権主義の強力な発動である。
 では、翻って、阿米背犬やそれを支配する戦争屋の動かす日本をみたとき、何が見えるだろうか。
 戦争屋のピエロの阿米PMは、日中戦争を画策する。そして噴く威笞を、悪魔的に放置する。
 そう、戦争屋の悪魔の憑依した阿米背犬が見えるのである。
 とまれ、新母権主義に切り替わりつつある世界環境において、フクイチは地球破壊の様相である。放置できない。
 新母権勢力が、管理するはずである。 二階氏の動きはそれに連動するだろう。
 新母権隠然ユダヤ資本の力学によって、日本の政治力学が急激に転換すると思われる。
 そう、放射能汚染によっても急展開するだろう。
 日本企業が日本政府に反旗を翻せば、戦争屋政権は崩壊するだろう。
 とまれ、以下の記事はたいへん秀逸な必読記事である。超推薦である。



イスラエル支配を脱したい欧州
2015年6月12日  田中 宇


「ユダヤ人差別」と戦うふりをして欧州を支配し続けるイスラエル右派との戦いは、本質的に「ユダヤ人と非ユダヤ人の戦い」でなく「親イスラエルのユダヤ人と反イスラエルのユダヤ人の戦い(百年戦争の一環)」である。産業革命とフランス革命以来(つまり近現代の始まり以来)欧州の政財界はユダヤ系の力が強い。彼らは自分たちの素性を隠し、隠然した支配を好む「隠れユダヤ人エリート層」(ロスチャイルド家など)である。そこに19世紀末から殴り込みをかけて「お前らユダヤ人ならカムアウトしてイスラエルを支持しろ」と恫喝してきたのがシオニスト(イスラエル建国主義者、昨今のイスラエル右派)のユダヤ人勢力だった。(イスラエルとロスチャイルドの百年戦争 )

http://tanakanews.com/150612israel.htm


2015年02月23日(Mon)▲ページの先頭へ
故陳舜臣氏の『桃源郷』読了:宗教的叙事詩的小説:ユートピア小説ではない
リンク等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11993550143.html

故陳舜臣氏の『桃源郷』読了:宗教的叙事詩的小説:ユートピア小説ではない

テーマ:こころ教共同網:「まことの教え」共同体

印象ではあっという間、文庫本で上下で750頁弱の本書を読了してしまった。
 これまで読んだことのない、独創的な小説である。
先に、ユートピア小説と呼んだが間違いである。ユートピアは何処にもない理想郷を意味するが、この小説の桃源郷はフィクション上であれ、存在するからである。詳細は言わない。
 また、文学というより歴史を読んでいるようだとも言ったが、これも訂正する。
 登場人物の内面が生きている。
 宗教を扱った文学は多いが、マニ教とそのマニ教の自己超克をテーマにした作品は空前ではないだろうか。
 とまれ、マニの名を捨てた「まことの教え」、「まことの信仰」が中心的主題であるが、内容的に魅かれる。
 思うに、マニ教本来の意義から言って、名を捨てることは、マニ教の完成成就のように考えられる。
 つまり、マニ教とは、いわば、純粋宗教で、何々が神、仏ということはないのである。つまり、本質は、名なき宗教なのである。
 でも、哲学的に、名をなくすことの意味は何だろうか。
 たとえば、こころに感ずるなんらかの形而上学的なものを、
国之常立神 (くにのとこたちのかみ)
と呼ぶのと、なにも名をもたない存在とするのとでは、どう違うのか。
 当然、名をつければ、その存在は限定される。特定される。哲学用語があったが忘れた。(追記:言葉は現実、物質界を指すことが大半である。だから、言葉の分節化は、いわば、物質的実体化である。だから、宗教の次元における、言語化、特に、固有名化は、物質化なのである。これは、当然、排他的になるのである。形而上学的次元に形而下的次元を持ち込んで、前者の秩序を破壊すると言えよう。)
 有神化と一応言えようが、名をもたない場合は、無神ではなく、非神である。非神非仏的前宗教である。そう、プレ宗教である。
 そう、どうやら、このプレ宗教という視点が大事ではないだろうか。
 陳舜臣氏は、思うに、既成の宗教を超えて、いわば、先祖返り的に、プレ宗教を小説芸術化したのではないだろうか。
 しかし、それは、ポスト宗教ないし超宗教(トランス宗教)ということになる。プレ宗教を今日的に復活させたポスト宗教、トランス宗教がマニの名を捨てた「まことの教え」、「まことの信仰」ということではないだろうか。
 これは、実に水瓶座エポックに相応しい精神・霊のあり方ではないだろうか。
 そのように考えると、本作品はたいへんな傑作であることがわかる。
 とまれ、マニ教⇒マニの名を捨てた「まことの教え」
である。しかし、マニ教=「まことの教え」とも言えよう。
あるいは、真マニ教とも言えよう。ママニ教である。

追記:単純に固有名をもつ宗教と固有名を捨てた「宗教」を比べてみよう。
 X神と言えば、非X神があり、対立が生じるのである。
実は、啓典の宗教は一神教で本来、同じ神を崇拝するのであるが、歴史的に対立していることが多い。(オスマン・トルコの場合、諸宗教は共存していたのであるが。)
 一方ではヤハウェであり、他方では、アッラーである。
 本来、同じ神なのである。
つまり、ヤハウェと非ヤハウェが存在することになり、ヤハウェは非ヤハウェを排除しよう。これは、アッラーの場合も同じである。
 つまり、これは、宗教というより、言葉の概念の力学に由るのではないだろうか。
 例えば、目の前に、デスクがあるとする。そうすると、デスクと非デスクの対立が生じるのである。これは、言語概念力学である。たとえば、その存在をチェアと呼べば、否定されるだろう。
 これは二元論ないし二項対立である。
 これは、知性(悟性)の精神力学である。
(それに対して、陰陽対極・両極性は、知性の力学ではなく、精神・霊の力学ないし、こころ、理性の力学である。つまり、デスク=非デスクという即非の力学【鈴木大拙】、絶対矛盾的自己同一【西田幾多郎】という力学がはたらくのである。)
 だから、固有名を宗教においてもつことは、一種の知性化であり、それは、宗教本来の精神性から逸脱することということになろう。
 だから、『桃源郷』で、主要人物たちが、隠れマニを止めて、マニの名を捨てて「まことの教え」に到達したのは、宗教的見地から、本来・本質的であると考えられる。
 だから、宗教戦争とは、知性戦争なのである。特に、父権宗教は自我が強固なので、宗教戦争となるのである。
 そう、宗教から固有名を捨てて、こころ教になるのは、今日的である。それは、戦争宗教から平和宗教への進化である。

追記2:ここで、千争邪について考えると、それは、明らかに、二項対立主義である。自分は正しく、他者は間違っている。だから、自分たちの生存のために、他者から略奪したり、他者を湮滅させることは正しいということになろう。
 父権主義の極大化である。

追記3:今日の日本が息苦しいのは、上述したような、知性=悟性的自我が主導化しているからである。特に、若い世代に見受けられる。
 完全に二項対立であり、容赦がないのである。これは、知性(悟性)的自我(父権的自我)はあるが、精神・こころ的自我(母権的自我)が欠落しているということと言えよう。
 そう、唯物化である。氣・精神-霊・こころの次元・領域・世界が欠落しているのである。これは、悪魔化である。


陳舜臣 長い長い旅の話: SilverFish Files
sfish.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_1ce1.html


* キャッシュ
* 類似ページ

2008年3月23日 ... 桃源郷(上・下)/陳舜臣(集英社,2001) 陳舜臣の歴史説の主人公は旅をすることが
多いが、この作品の移動距離はこれまでの最長記録ではないだろうか。 時代は12世紀
前半、新興王朝「金」が「北宋」と「遼」を滅ぼし、中国の北半分を占領 ...

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桃源郷 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/桃源郷


* キャッシュ
* 類似ページ

創作されてから約1600年経った現在でも『桃花源記』が鑑賞されているのは、既に人々
の心の内にある存在を、詩的に具象化したものが桃源郷であるためとされる。既に知っ
ているものであるため地上の何処かではなく、魂の奥底に存在している。桃源郷に漁師
...

1.
桃源郷 の画像検索結果

2.
桃源郷ってどういう意味ですか? - 国語 | 教えて!goo
oshiete.goo.ne.jp/qa/1551843.html


* キャッシュ
* 類似ページ
2005年8月1日 ... 桃源郷って、どういう意味ですか? 楽園、、、という意味のような気がするのですが、も
うすくし詳しく、語源も(たしか中国の話だったような気がするんですが)教えてください。
手持ちの辞書や検索で意外と見つからなかったので、桃源郷の意味、 .


2015年02月22日(Sun)▲ページの先頭へ
有機農耕基盤新共同体社会のイメージ:小家族、独居人、子供老人、障害者、等々のマニ共同体へ
リンクは以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11993107110.html

有機農耕基盤新共同体社会のイメージ:小家族、独居人、子供老人、障害者、等々のマニ共同体へ

テーマ:新共同体・マニ共同体:減価通貨マニ

新母権共同体を唱えているが、具体的なイメージが湧かなかったが、陳舜臣氏の『桃源郷』(下)も残り、60頁強となり、そこに活写されるマニの名を捨てた「まことの信仰」による共同生活から、そのイメージが浮んだ。
 隠れマニであった夫婦あり、単独者あり、商人あり、学者あり、武人あり、等々が集まる共同生活である。
 これから、放射能汚染や貧困等の地獄社会がやってくるが、それに対抗するには、単独では無力であり、共同するのがサバイバルであると思う。血縁地縁を超えた共同体社会である。
 有機農法が基盤となるだろう。
精神的基盤は「まことの教え」、「まことの信仰」がいいだろう。
 これは、私なりに云うと、氣身体(氣身)の教えである。氣だけというより、氣身体という方が、現実的、実際的である。
 これは、特に宗教ではない。もちろん、宗教性へ展開はできるのであるが。
 氣身体の教えとは、個人を中核とする教えであり、集団主義ではない。あえて言えば、「私だけの宗教、神」であり、他の誰にも適用できないものである。
 とまれ、そのような、氣身体の個人と個人が共同する社会である。
 とまれ、出発点は、宗教を超えた「まことの教え」、「まことの信仰」である。神なき宗教である。無神論的宗教、無神論的信仰、無神論的精神・霊である。

追記:共同体というより、共同ネットワーク、あるいは、ネットワーク協同社会とでも言う方が移動性、ノマッド性があっていいだろう。

追記2:神なき宗教では不十分だ。仏教がそうだからだ。だから、神仏なき宗教・信仰・教えである。氣的身体の哲理学である。

追記3:タイトルからもわかるように、これはユートピア文学である。それにしても、作者の博覧強記には驚かされる。

追記4:共同体の営為において、通貨や銀行をどうするかである。これは、「まことの通貨」、「まことの貨幣」を使用し、「まことの銀行」、「まことの金融」を設計すべきである。
 「まこと通貨」、「まこと貨幣」は、減価貨幣がいいだろう。
蓄財させないためである。自然経済にするためである。
 そして、起業するに当たり、「まこと銀行」、「まこと金融」を活用できるようにしないといけない。
 通貨の単位はマニにしようか。1マニ、10マニ、千マニ、等々である。
 思うに、スーパー等でやっているようなポイントにすればいいだろう。1マニ・ポイント、千マニ・ポイント、1万マニ・ポイント、等々。
 これは、現行の資本主義と併存できる。現在の通貨をまこと共同体のマニ・ポイントに変換すれば、いいのだ。
 まこと共同体の成員は、そのマニ・ポイントを使用して、売買すればいいのである。マニ・ポイントをマニ・バンクに貯蓄すればいいのである。
 思うに、マニ共同体(追記:スーパー・マニぐらいでもいいかもしれない)でもいいような気がしてきた。
 マニ教というより、マニ精神、マニ智、マニ・ソフィア、マニ哲理である。
 今はざっと指摘するに留める。

追記5:考えたら、『桃源郷』では、マニ教本来の教えを説いていないのである。マニ教の教えは実に意義深いものがあるのである。いったい、このなにか排除のような省略は何なのか。

追記6:スーパー・マニ・ネットワークにおいて、マニ・ポイントは、スーパー・マニでの営業もあるし、また、現行の貨幣を獲得できるので、その点、現実的である。
 いわば、通貨両制である。マネー両制である。マニのマネー?
 マニーと言おうか。マニ・ポイント=マニーと現行通貨(マネー)の通貨両制である。


参考:
第二章 四 マニ教と薔薇十字会のクリスティアン・ローゼンクロイツ B ...
blogs.yahoo.co.jp/sakimorikeikan/63365673.html


* キャッシュ

2010年6月20日 ... 第二章 □四□ マニ教と薔薇十字会のクリスティアン・ローゼンクロイツ B (三)
シュタイナーが語ったマニ教の本質 マニの教えは、光神に闇の神が反抗するという経緯
を語っており、その意味では先にご紹介したミトラ神話に類...

悲しき秀才・改: マニ教とフリーメーソン・・・
sassasa1234.seesaa.net/article/64281261.html


* キャッシュ
* 類似ページ

2007年11月3日 ... マニ教」 ルドルフ・シュタイナー(西川隆範・訳)より. 聖アウグスティヌスはマニ教に対し
て戦ったが、カトリック教会に加入する以前は、マニ教に属していた。 マニ教は、西暦三
世紀に生きたマニという人物によって樹立された。マニ教は中近東の ...

叡智の光_マニ教概説・序説 Introduction of Manichaean Religion
www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/mani-ri.html


* キャッシュ
* 類似ページ

2004年8月2日 ... マニは、マニ教の教義綱要をみずから著した最初の教典『シャープーラカーン』を王に献
げる。これに続いてマニは、数多くのマニ教教典を著すが、その大部分は散逸し今日
残っていない。マニは大宗教の開祖であって、かつみずから教典を著 ...

***************************
桃源郷: 雲外の峰 ‎
http://takusen2.seesaa.net/article/114435516.html

* キャッシュ

2009年2月18日 ... 桃源郷. 陳舜臣 集英社 01.10 桃源境といえば、陶淵明の「桃花源記」による「武陵桃源」だが、著者は場所を武陵から離れて雲南に求めた。それによって「境」を「郷」に
替えたという。そのため、大理や麗江に旅をした。
 

桃源郷〈上〉 (集英社文庫)/集英社
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2013年10月30日(Wed)▲ページの先頭へ
テトラクテュス達成:1,11,111,1111のカーナンバー目撃
画像付きは以下を見られたい。
http://sophiology.jugem.jp/?eid=349

テトラクテュス達成:1,11,111,1111のカーナンバー目撃

テーマ:日本復活の新福音:吉祥、朗報、吉報

せいぜい、30分くらいだろう。もっとも、国道沿いを10分ほどは往復したことにも拠ろうか。
 最後1が出るのかどうかであった。それまで、11,1111,111が出たのである。3度目の正直か思ったが、最後、今日も後1台が出ずに終わるかと思っていたが、最後、ダンプトラックの1が登場したのである。達成である。
 最近は運気がいわば奇蹟的であったが、今日がアクメと言えよう。
 とまれ、思えば、1,11,111,1111は、ピュタゴロス派のテトラクテュスである。 
 太元霊は、ピュタゴラス派、数霊哲学を伝えているのかもしれない。あるいは、日月神示である。
 そう、かつて、正倉院の螺鈿紫檀五弦琵琶にテトラクテュスを見つけて、何でここにあるのかと、意想外さに驚愕したことがあるが、以下の説明を見ると、和音に関わるということなので、今納得である。
 しかし、ピュタゴラス派の哲学は古代ペルシャ、そして、日本まで伝っていたことになる。

参照:左の画像にあきらかに、テトラクテュスがある。
五弦琵琶

Resurrection : ヤポネシア、夜明けと目覚めの光楽:太玄霊氣知行学(太玄霊的生命イデア論)


永田平八のリュート広場 Place Luth

http://blog.goo.ne.jp/lute21jp/e/c5435b816e2205457b1b3da1ef48cafa

参考:
ピタゴラスについて、テトラクテュスとは - 神秘学が教える、あなたの人生 ...
amorc.or.jp/blog/2012/02/post-1.html - キャッシュ - 類似ページ
2012年2月20日 ... ピタゴラス(ピュタゴラス)は宇宙が数からできていると考えました。そして、特にその
中でも1,2,3,4が重要な数であると考え、それを「テトラクテュス」(テトラクティス)と呼
びました。

ピタゴラスのテトラクテュス

Resurrection : ヤポネシア、夜明けと目覚めの光楽:太玄霊氣知行学(太玄霊的生命イデア論)


神聖なる数「10」 〜テトラクテュス〜|数学美術館 - Ameba
テーマ:★数学美術

こんにちは。

パーソナル数学コーチの八田陽児です。



上質が分かる知識人のための数学美術館 -テトラクテュス
その昔、10は神聖な数とされていました。

右の絵をご覧下さい。

これは●が並んでいるだけではありません。

●が1つ、2つ、3つ、4つ。

この形をテトラクテュス(Tetractys)といい、

完全なる形と考えられていました。

正三角形という美しい形が、自然数の和によって表せるのです。



また、音楽においての調和、和音も説明が出来ます。

音楽において、ハーモニーは、振動数が1:2、2:3、3:4のときにうまく調和します。

それがこのテトラクテュスには書かれているのです。



古代ギリシァにおいて、万物は数で出来ていると考えられていました。

テトラクテュスは、そんな世界を象徴するものかもしれませんね。

http://ameblo.jp/interesting-math/entry-10645822679.html
数学美術館


哲学講義6 -ピタゴラス派-

(1)数学研究 -幾何学・天文学・音楽・天体の音楽-
ピタゴラス派にとっては、10という数は神聖な数で、
たとえば、正三角形は、一辺が4個の格子点からなり、辺内に1個の格子点のある、
計1+2+3+4=10個の格子点から構成されていると見ることができます。
これをテトラクテュスというのですが(図がないとなかなか説明しにくいです)、
このテトラクテュスは、ピタゴラス派にとっては、正三角形という美しい形が、
単純な整数の和によって表現できることを意味しました。
このテトラクテュスは、以下に見るように、音楽や天文学とも密接に関わっています。
 
音楽についていえば、弦の長さと和音との間に美しい比例関係があるのを見出しました。
つまり、一オクターブの和音(ドとド)は長さが2:1の関係にある弦によって作られ、
5度の和音(ドとソ)は長さが3:2の弦、
4度の和音(ドとファ)は長さが4:3の弦によって作られるということです。
これは1:2、2:3、3:4と書き換えられますから、
先のテトラクテュスがここにも現れていることになる、というわけですね。

天文学について言えば、宇宙の中心に「火(かまど)」があって、
その周りを太陽や月、地球など、10個の星が回転していると考えました。
つまり、ピタゴラス派はいわば「地動説」をとっていたわけです。
しかし、実際には、9個の惑星しか観測されなかったため、
「対地星」という観測されない星が存在すると仮定して、
無理やり10個の星が回転しているとしました。

ここで、地上では物体が早いスピードで動くとき、ビュン、というような音をたてます。
とすれば、天体は地上の物体とくらべてもっと早いスピードで動いていると考えられますから、
地上の物体とくらべてもっとおおきな音をたてて動いているはずです。
しかも、例の「かまど」に近いものは遠いものよりゆっくり動くので、比較的低音をたて、
かまどから遠くなるにしたがって、その割合に応じて高音をたてる。
そしてそれらの音が全体として美しい和音・音楽を奏でている。
私たちにその美しい音楽が聞こえないのは、
生まれたときからそれを何度も聞いているうちに、それに慣れっこになってしまい、
とうとう聞こえなくなってしまったのだ、ということです。
これが「天体の音楽」(ハルモニア・ムンディ)と言われる思想ですが、
この思想の言わんとしているのは、次のことであるように思えます。
つまり、天体の音楽は、肉体の耳できく物理的な音ではなくて、
理性によって聞き取られる「理(ことわり)」のこと。
わたしたちは、若いうちは純真なこころでそうした「理(ことわり)」に傾ける耳を持っている。
しかし、年を経るにつれて、世の中の俗事に染まり、純真さが失われ、
そうした理を聞く耳をうしなってしまった。その結果、物事の理が聞こえなくなってしまった。

以上まとめると、ピタゴラス派にとっては、図形、音、天体、といった世界の存在者が、
すべてテトラクテュスに還元され、宇宙全体が簡単な数・数比によって表されます。
このことから、ピタゴラス派は、
万物は数を模倣することによって存在する、万物の原理は「数」である、と考えました。
そして、宇宙(=世界)は数によって秩序づけられた美しい存在であるという意味で、
これを「コスモス」と呼びました(cosmos =宇宙、秩序、飾り)。

http://matsuura05.exblog.jp/d2004-02-06

古代ギリシア哲学と現代倫理学のページ


2013年05月03日(Fri)▲ページの先頭へ
自我=超陽原理から太一的個原理への進化:仁命道と父権的精神:道徳心の喪失の力学的歴史
森気浴散策を行なった後で、思考したいが、一言言うと、義は、本来、陰の世界にあるのである。陰主導陰陽共振(暗黒宇宙・暗黒太陽)に存するのである。それは、母権的精神である。ダーク・ゴッド(暗黒神)である。
 しかし、人類史において、今から1万年足らず前の時に(六千年前?)、父権的精神が誕生した。それは、陽中心主義である。あるいは、超陽主義である。自我の誕生であり、同時に、物質への傾斜が起ったのである。
 超陽主義・自我主義は、陰主導陰陽共振(母権原理、女性原理)を恐れるのであり、それを抑圧するのである。
 「知性」、「理性」、「道徳」等は、父権的で、そのような母権原理の抑圧を意味合いがある。
 そして、西洋文明において、この父権原理が極大化し、母権原理(暗黒精神)が失われる。母権原理とは、生命原理であり、気の原理である。
 超陽原理(父権原理)は、陰陽共振原理から超越しているのであり、それを憎悪するのである。
 それは、太一界(超イデア界)の、いわば、鬼子であり、おそらく、太一界となんらかの関係をもっているのかもしれない。否、切り離された特殊のもののようにも感じられる。
 しかし、宇宙天下の大道は、陰陽共振生命原理に存するのである。
 とまれ、今日の人類世界の超危機は、父権原理に存し、その克服は、陰陽共振原理を回復することに存すると考えられる。
 ところで、悪者にしている自我原理=超陽原理であるが、それ自体を否定しているのではなく、その原理の支配・破壊性を批判しているのである。
 それは、同一性主義原理であり、他者=陰を否定してしまうのである。
 しかしながら、不連続的陰陽(イデア)原理(また、改名したが)によって、自我原理=超陽原理の同一性主義を乗り越えることができるのであり、他者=陰を肯定して、陰陽共振精神を復活させることができるのである。
 では、このとき、自我原理=超陽原理はどうなるのか。それは、陰陽共振原理、他者原理、気的身体理性と結びついた、いわば、大理性原理になるのではないだろうか。あるいは、太一的個原理(太一個原理)である。後者の方の命名がいいように思えるが。
 今はここで留める。

追記:光と闇のメタファー(隠喩)であるが、宗教等の光であるが、それは、基本的には、父権原理に拠ると考えられる。つまり、父権原理が光のメタファーを主導的にしている。
 光は端的に陽原理に拠るのである。陽の光に対し、陰の闇があるのであるが、問題は、陰の闇と陽の光の対照となる闇の問題である。闇という言葉が共通になっている。
 混乱を避けるには、陰の闇という言い方を止めるべきではないだろうか。それは、光に対する闇ではないからである。
 あえて、強いて、言えば、陰光である。陽光に対する陰光である。
 だから、暗黒宇宙、暗黒太陽、暗黒神ではなく、陰光宇宙、陰光太陽、陰光神と言うべきかもしれない。
 しかし、陰主導(陰光主導)の陰陽共振界を指しているのであるから、陰陽共振光のようなものを考えなくてはならないだろう。
 陽原理の反射を光とするなら、陰原理の共振を陰光とすることは可能ではないだろうか。(今、ふと重力を思ったのであるが。陰光=重力?)
 作業仮説的に、陰光としておこう。

追記2:旧約聖書「創世記」の「光あれ」であるが、それは、陽の自己反射による陽光と考えられる。不連続的陰陽イデア原理に拠れば、陰主導陰陽共振における陽化が生命物質現象を意味するのであり、陽化は光をもたらすのであるから、「光あれ」は、生命物質現象を意味していると考えられる。
 しかしながら、そのとき、背後というか基礎・基盤・基体に存する陰主導陰陽共振=陰陽渦円は言及されていないのである。
 つまり、上記の考察に拠れば、陰光が言及されていないことになるのである。「光あれ」の「光」は陽光だからである。
 結局、「光」があれば、同時に、陰光があるのである。そして、おそらく、陰光の方がベースである。つまり、大陰光、太陰光である。その陽化として、「光」=陽光が生成すると考えられるのである。
 D.H.ロレンスがダークネス、ダークサン、ダークゴッドと呼んだものは、この大陰光、太陰光であると考えられよう。
 思うに、宗教等のメタファーの光であるが、それは、おそらく、大陰光=太陰光のメタファーとしての光である。陽光としての光ではないと考えられる。
 だから、例えば、マニ教の光であるが、それは大陰光=太陰光のことであるし、アフラマズダもそうだろうし、シュタイナーの説く太陽神=太陽霊もこれだろう。キリストもこれである。因みに、ヤハウェとは、大陰光=太陰光の陽化が極大化されたものではないだろうか。(補記:古代ローマ帝国において、キリスト教と競合したミトラ教・ミトラス教の太陽神ミトラ・ミトラスもこれであると言えよう。ただし、キリストとミトラとの違いを確認すべきである。この違いは明快だと思う。イエス・キリストは、陰光太陽・大陰光・太陰光を「神懸かり」していたと思う。教父はロゴスの受肉と呼んだが、ロゴスは混乱させよう。しかし、ロゴスは言葉ではなく、陰主導陰陽共振と見ればいいのである。そう、前ソクラテス期哲学のロゴス【例えば、ヘラクレイトス】もそうみるべきである。またヌースもそのように見るべきはないだろうか。)
 
追記3:D.H.ロレンスの三位一体論(王冠論)であるが、ロレンスにおいて、父=陰、子=陽、聖霊=陰陽共振・太一となっていると思う。
 本来、父=陽、子=陰だと思うが、それが、転倒していると思う。これは、不連続的差異論以前の連続論の段階の、一種倒錯した事態ではないだろうか。これについては、さらに検討したい。

追記4:先に述べたが、日本人が太陽を赤く塗るのは、陰光太陽を直観しているからだと考えられる。陰光太陽とは正に、生命の根源であるのであり、先に述べたブラッド・サン(血の太陽)である。だから、天照大神も陰光太陽、大陰光=太陰光と見なくてはならない。
 思うに、陰光太陽=大陰光=太陰光は「実在」であるから、もはや、信じる云々の問題ではなく、感じる、直観する、直覚するという次元の問題である。つまり、ポスト宗教=ポスト信仰の時代である。

追記5:以上のように考えてきて、「霊(スピリット)」とは何かが合理的に判明してきたと言えよう。霊は陰主導陰陽共振、陰光、大陰光=太陰光である。陰陽共振の諸様態が諸霊であろう。それは、実在するのである。
 死者の霊であるが、それは、やはり、陰陽共振界・気界・イデア界に存するのではないだろうか。

追記6:自我は超陽であると言ったが、そうすると、他者は超陰になるように思える。これはもはや陰陽次元だけでは形成できないものと考えられる。
 つまり、陰陽を統括する次元を考える必要があるのである。それは、太一界であるが、なにか、超陰陽円のようなものが考えられるように思う。それが、陽を超陽、陰を超陰に変換するように思えるのである。

追記7:追記6のように考えると、本来の霊とは、超陰陽円の次元に存するように思える。陰陽円は生命イデアの次元のように思えるのである。人間の精神の次元はそれより上位=高位の次元に存するように思えるのである。


2012年11月02日(Fri)▲ページの先頭へ
個通貨を管理する個通貨共同体銀行が必要:個通貨はマイナス利子通貨(減価通貨、消滅貨幣)になろう
テーマ:貨幣・通貨論

先に以下のように述べたが、個通貨は個が発行する通貨であるが、個的共同体で使用するものであり、そのためには、個通貨共同体銀行が必要である。
 個通貨は、マイナス利子通貨、減価通貨、消滅貨幣となるだろう。もっとも、手数料のための必要な「利子」は取ることになるが。

追記:個銭(こせん、こぜに)と呼ぼうか。個葉(こよう、こは、こば)と呼ぼうか。個魚(こぎょ)と呼ぼうか。個貨と呼ぼうか。

追記2:陰陽円を前提にしているので、個円でいいかもしれない。

追記3:私は個通貨は、個が発行するので、すべて異なると考えた。つまり、個通貨1,個通貨2,個通貨3,等々である。
 しかし、個円があるなら、Aさんの個円、Bさんの個円、Cさんの個円、等々になるのではないだろうか。
 そうならば、個円は共同体の成員で共通のものである。別々ではないことになる。
 ただ、個円を発行する主体が個であり、共同体自体ではないということではないだろうか。あくまで、個が出発点、原点、前提である。個から共同体が生まれるのであり、共同体が先にあるのではないのである。

**********************

個通貨の提唱:新しい基軸通貨としての個貨幣:地域通貨は不要

個的共同体、新母権的共同体を提唱しているが、唯一欠点と考えていたのが、通貨・貨幣である。
 かつて、一種の地域通貨に関わったが、これは、実際的にはほとんど役立たなかった。簡単に言えば、動かないのである。
 今考えたのは、個の発行する通貨である。個が拠りどころとなって発行して、個同士で通用させるのである。
 これなら、動くことになる。
 後でもっと検討したい。

【ソブリン危機――歴史的難局の選択肢】
◆【真壁昭夫×浜矩子 特別対談】
 ユーロ後の世界経済を読み解く(下)
 「基軸通貨不在の動乱時代がやって来る
 世界が引きこもり化しないための最終解」
債務危機の火種が燻るユーロ圏が近い将来万一崩壊すれば、世界の新しい通貨・
経済体制はどうなるか。前回に引き続き、真壁昭夫・信州大学教授と浜矩子・
同志社大学大学院教授が、議論を深める。我々が選ぶべき「最終解」とは?
http://sys.diamond.jp/r/c.do?hFm_21cT_5L_vow

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11394596508.html

参考:
シュタイナー経済学講座
www.geocities.jp/momoforall/booknote1/index.html - キャッシュ 類似ページ
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第14講 貨幣と価格ー経済的価値としての経済学. この、MOMOの読書ノート シュタイナー経済学講座は、. 筑摩書房の同著(シュタイナー経済学講座)ー西川 隆範氏 訳. から、多くは、そのまま引用した文章の部分抜粋によって、まとめと. したものですが、一部、 ...

歳末歳始霊界事情 (序)シュタイナーの社会有機体経済学 : NY金魚
nyckingyo.exblog.jp/12686354/ - キャッシュ
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2011年1月13日 – 増幅感覚が地球を犯す世界一のLED電球数を誇るロックフェラー・センターのクリスマス・ツリーを見ようと、世界から集まった観光客が、フィフス・アヴェニューの広...

000.: C.H.ダグラスの経済学とルドルフ・シュタイナーの経済学の関連 ...
wtr000.blogspot.com/2010/05/ch.html - キャッシュ
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イギリス人智学協会の多くのメンバーは、ダグラスの経済学とルドルフ・シュタイナーの経済学との、何かしらの関連を漠然と意識している。例を上げれば、ダグラスはその著作のなかで「社会三層化論」を引用する、数少ないイギリスの作家の一人である。


2012年01月01日(Sun)▲ページの先頭へ
ポスト資本主義:物質的資本主義から霊的資本主義へ:量(実数)的貨幣から質(虚数)的貨幣へ
テーマ:貨幣・通貨論

ポスト資本主義:物質的資本主義から霊的資本主義へ:量(実数)的貨幣から質(虚数)的貨幣へ:差異共振経済体へ向けて

PS理論の成果から、近代合理主義=近代科学=唯物論は克服された。そこには、超越的精神振動の哲学・科学が生まれた。それは、言い換えると、差異共振哲学・科学であり、他者と共振する自己哲学・科学がある。
 この視点から見ると、資本主義は同一性=物質=自我主義に囚われた偏頗な経済であることがわかる。だから、同一性=物質=自我中心主義資本経済と言える。
 しかしながら、実は、差異=精神=他者としての個・自己が本質・本体であり、同一性=物質=自我はそれらの結果に過ぎない。つまり、霊主体従が本来であるのに、体主霊従になっているという本末転倒の状態になっているのである。そう、倒錯状態である。
 そこで、本来の状態にすると、近代資本主義は当然崩壊するのであるし、今や世界的崩壊の危機にあると言えよう。
 結局、精神主導の資本経済が生まれなくてならないのである。とりあえず、これを精神資本主義ないし差異資本主義と呼ぼう。
 問題は貨幣である。今日の物質貨幣ではなく、精神貨幣にする必要がある。あるいは、差異貨幣、差異共振貨幣である。
 これは他者との差異共振性を評価するものである。そして、これは経済主導者の創意工夫、アイデア、独創にも拠るものである。い
 だから、創造的差異共振資本経済である。ここでは、経済体は、個の物質的、且つ、精神的保存を維持する必要がある。だから、弱肉強食ではありえない。言い換えると、貨幣は自我のものではなく、個・自己=他者のものである。そのために、貨幣は差異共振体としての社会創造の資本にもならなくてならない。
 つまり、貨幣はもはや、量的なものではなく、質的なものとなるのである。利益ではなく、差異共振価値としての貨幣である。そう、差異共振メディアとしての貨幣である。
 そう、実数としての、凸(プラス1)としての貨幣で
はなく、虚数としての、凸i*凹iないし凸i*凹i⇒としての貨幣である。だから、「利益」は、虚数共振価値であり、量的なものではないのである。
 たとえば、りんごを一個の価値を100円とすると、価格は10凸i円であり、買い手は手持ちの10凹i円で購入することができる。即ち、

10凸i円*10凹i円⇒100円

となる。
 しかしながら、売り手が手にするのは、10凹i円であり、そのままでは、潜在価値に過ぎず、価値を生むには、差異共振化する必要がある。
 しかし、重要な点は売買の対象に凹i貨幣を禁止することである。貨幣は売買の対象にするのを禁ずるのである。
 また、融資する際であるが、差異貨幣銀行から融資するが、原則は無利子か、マイナス利子である。しかし、決して、利子をとらないということではない。手数料等が必要である。
 以上のような経済体であるが、それは差異共振経済体であり、個的自由共振経済体である。政治・行政の役割はあくまで経済体を補佐する役目であり、主導的になってはならない。これも禁止事項である。
 都合で今はここで留める。


2011年08月26日(Fri)▲ページの先頭へ
spirit of place地霊:communion with watery ambience
spirit of place地霊:communion with watery ambience

帰省先、夕食後、数時間寝たが、これまでとは異なり、気分、体調が安らかになった。思うに、この地の大気や環境が作用して、調子がよくなったように思える。
通常居住しているところは、国道があり、車の通りが多い。しかし、近くには大きな森があり、一見軽井沢風であり、緑陰の道をサイクリングするのは気持ちがいい。しかしながら、やや高台のためか、空気が乾燥する嫌いがある。
それに対して、ここ農村地帯は今、稲刈りが近い、黄緑の葉と黄色の穂の稲田が広がり、湿潤な地と言えよう。どうも、湿潤さの気が私の身心に必要なようだ。
都市は乾く。そして、それがストレスをもたらすようだ。また、現代人のドライな、空威張りの精神のプレッシャーもストレスの一部であろう。
とまれ、久しぶりに、ゆったりとした心持ちがあり、落ち着いた、安らかな気分である。そう、気的環境(「気境」)と身心が結びついていると直感する。気的有機的環境である。PS理論では、media pointの多元的共振である。内的且つ外的共振である。そして、私の場合、湿潤な外的気的環境と親和すると言えよう。
思うに、私にとって、大地が潤っている必要があるようだ。湿潤な地霊wet spirit of placeが必要なようだ。凸i、+iはエレメント的には「風」か「火」であろう。そして、凹i、−iは「水」か「地」であろう。dry and wet. fire and water.

Today people have lost the soul of water (the water soul). Water, water, water.
My soul feels communion with the watery earth, the watery air and the watery light.
I remember having a peaceful feeling at a certain village in Deep Nara.



思考実験:media circle planeとガウス平面に直交するエネルギー軸

T:
まったくの想像であるが、ガウス平面の単位円平面をメディア平面とし、そこに原像が発現すると想定する。エイドスである。あるいは、フラクタルである。それが、media pointを直交する垂直軸の方向に展開するとする。三次元空間が生起する。

U:
重力の問題:朝顔は「天」に向かう。根は「地」へ向かう。ツルは重力とは反対方向に向かう。これは、⇒の方向ではないのか。そして、←が重力の方向ではないのか。自己認識方程式:凸i*凹i⇒凸:(+i)*(-i)⇒+1は光の方向を提示しているのではないのか。光と反対の方向が重力ではないのか。
また、思うに、ブラックホールとは、⇒+1への転換以前のmedia pointの一種の均衡状態ではないのか。光を発出しない状態。

V:
Uの視点からは、第一象限、第四象限の半円(半月)は現象界である。光の世界、可視の世界である。そして、第二象限、第三象限の半円(半月)は、闇の世界、不可視の世界である。いわば、太陽と月の世界である。
しかし、「天」が+1、「地」がMedia Pointの方向ならば、実に、超越界は後者にあることになる。いわば、地下の方向に超越界があることになる。D. H. ロレンスは東洋的に、大地の内部に大蛇が住んでいると述べているが、それが、dark sunでもある。
ひょっとして、それは、Media Pointのことではないのか。では、凹、−1は何か。dark sunは第三象限という風にも考えられるが。あるいは、左半円がdark sunなのか。
今は発想だけである。後で精緻に考察しよう。


2011年02月14日(Mon)▲ページの先頭へ
米国の世界トランス・モダン(自由共同体民主主義)戦略とエジプト維新
田中宇氏の以下の記事は私が先に書いた考察(エジプト政変とは何か:用意周到な戦略的動き:アジア・アフリカの帝国的民主化:トランス・モダン世界 )の一種の証左になる重要なものと考えられるので、全文転載させていただく。



やがてイスラム主義の国になるエジプト
2011年2月12日  田中 宇

 2月11日夜、エジプトのムバラク大統領が辞任した。ムバラクは辞任の前日、かねてから親しかったイスラエル労働党の国会議員ベンエリエゼル(Ben- Eliezer。元国防相)と電話で20分間話した。その中でムバラクは「米政府は中東の民主化を支持すると言うが、彼らは、自分たちが言っていることの意味を理解していない。中東を民主化すると、米国を敵視するイスラム過激派の国ばかりになってしまうのに、米政府はいつまでもそのことに気づかない」と述べ、米国を非難するとともに、自分が米国から疎んぜられていることを嘆いた。(Mubarak slammed U.S. in phone call with Israeli MK before resignation )

 米政府は1979年のイラン革命で、民衆が蜂起してイラン国王を追放することを「民主化」として支持したが、それは結局、ホメイニ師らイスラム主義勢力がイランの政権をとって親米的なリベラル派や軍幹部を粛清し、今に続く反米的なイスラム主義政権ができることにつながった。また米政府は2005年、ブッシュ政権が推進した「中東民主化」の一環としてパレスチナで民主的な選挙を行わせた。イスラエルやパレスチナ自治政府(PA)は「真に民主的な選挙をやれば、反米イスラム主義のハマスが勝ってしまう」と反対したが、米政府は聞かずにPAに選挙を実施させ、その結果ハマスが大勝した。事後になって、米国やPAは何とかハマスに政権をとらせまいと画策し、西岸の政権交代を阻止したが、ガザをハマスにとられてしまった。(イスラム共和国の表と裏(1)乗っ取られた革命 )(ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」 )

 ムバラクは、これらの例をふまえて「米政府は、中東を本気で民主化するとイスラム過激派の国ばかりになることを、過去の教訓から理解できるはずなのに、理想主義にふけってそれに気づかず、今またエジプトの民主化運動を支援し、自分が大統領職から追い落とされることを容認しようとしている。エジプトの政権転覆を容認したら、政権転覆が他のアラブ諸国に飛び火し、エジプトだけでなく中東全域が反米的なイスラム過激派の国になってしまうのに、米政府はそんなこともわかろうとしない」と米国を非難したのだった。

 ムバラクは2月11日、エジプトの軍部によって大統領職を追われた。3週間におよぶ民衆の反政府運動がムバラクを追い落としたことになっているが、実際には、この50年間エジプトの権力を黒幕的に支えてきた軍部がムバラクを支持する限り、何百万人の群衆が集まろうが、ムバラクは無視して大統領にとどまり、そのうち群衆はあきらめて帰宅する。軍が反政府の国民運動に同調し、ムバラクに辞任を求めた結果、ムバラクは権力を失った。

 それでは、軍はなぜムバラクを追い出したのか。ムバラクの独裁に嫌気がさしたから?。民意を尊重したから?。いずれも違うだろう。独裁をやめて民主化したら、イスラム主義のイスラム同胞団が与党になり、革命後のイランのように、イスラム主義者が世俗的な軍部を潰しにかかるだろうことを、軍は良く知っており、軍幹部はムバラクと一緒にイスラム同胞団を弾圧し、選挙不正を良いことと考えてきた。

 軍部が民衆運動を支持してムバラクを追い出したのは、エジプトの軍隊を育成した「軍部の親玉」である米政府が民衆運動を支持し、エジプト軍に対し、民衆の味方をしろと裏で圧力をかけたからだろう。米オバマ政権は、エジプトの民主化を支持すると繰り返し表明し、そのたびに民衆運動は扇動されて大胆になり、ムバラクが辞めるまで運動をやめないと断言した。軍部はそれに引きずられ、最初はムバラクに政治改革を約束させ、それでも米国に扇動された民衆運動が納得しないので、最後には軍はムバラクを追い出した。ムバラクの追放は米国の差し金なので、ムバラクは米国を非難したのだった。

▼米国の理想主義でアラブ親米諸国政府は存亡の危機に

 イスラエルの議員はムバラクの愚痴の聞き役だったが、単なる聞き役ではなく、米国の頓珍漢な理想主義に迷惑しているのはイスラエルも同じであり、イスラエルもムバラクと同じ気持ちのはずだ。イスラエルのネタニヤフ首相は、エジプト革命について、79年のイラン革命のようにイスラム主義に席巻されていき、最後はイスラム同胞団が権力につくだろうと警告している。サウジアラビアやヨルダン、パレスチナ自治政府の権力者たちも、イスラエルやムバラクと同じ気持ちだろう。サウジ国王は「米政府は(民主化という理想主義にふけって)後のことを全く考えず、ムバラクの追放を支持しようとしている」と再三にわたり、米国の戦略を批判していた。(Back off Hosni Mubarak, Saudi King Abdullah warns Barack Obama )

 サウジ政府は「米国がムバラク政権を見捨てても、サウジが金を出してムバラク政権を助ける」とまで言っていたが、ムバラクの辞任が不可避になってきた2月10日以降、態度を「ムバラク支持」から「中立」に転換し、ムバラク辞任の巻き添えでサウジ王家のイメージが悪化することを避けた。(Riyadh rethinks stance on `popular revolt' )

 サウジやヨルダン、イエメン、クウェートなど、アラブの親米国の政府は、いずれも独裁的な王政か終身的な大統領の政権だ。エジプト革命の映像は、アルジャジーラやアルアラビアといったアラブ全域をカバーする衛星テレビ放送によって即時中継され、アラブ諸国の人々を「自分の国の独裁政権も転覆できるのではないか」という気持ちにさせている。米政府は、エジプトだけでなくアラブ全域の民主化を歓迎しており、アラブ諸国の反政府活動家は、自分たちも頑張れば米国に支持され、独裁政権を転覆できると奮起している。サウジやヨルダンなどの親米アラブ諸国の権力者たちは、米国の理想主義が自分たちを破滅させかねないと苛立ち、ムバラクやネタニヤフと全く同じ気持ちだろう。

 イスラエル政府は少し前まで「ムバラクが辞めたら、イスラム同胞団の政権が不可避となる」という見方をしていたが、米国の「専門家」の間では「エジプトでは今のところ、イスラム同胞団が最も良く組織された野党勢力であるのは事実だが、今後時間をかければリベラル派の野党が育ち、同胞団をしのぐ勢力になる。民主化してもイスラム主義の政権ができる懸念は低い」という見方が強い。「イスラエルは同胞団の脅威を過剰に見積もり、エジプトの民主化を阻害している」と、親イスラエルだったはずの米共和党系のネオコン(ブッシュ政権で中東民主化やイラク侵攻を推進した勢力)がイスラエル批判をしている。(In backing change in Egypt, U.S. neoconservatives split with Israeli allies )

 ネオコンに非難され、ムバラクの辞任も不可避と知ったイスラエル政府は、数日前から「ムバラクが辞めても軍部が政権を握る限り、エジプトがイスラム主義に陥ることはない」という言い方に変えた。しかし実際には、イスラム同胞団についての見立てについて、米国のネオコンは間違っており、従来のイスラエルの方が正しい。米政府は、エジプトで軍部がずっと政権を握ることを許さず、真に民主的な選挙を求めるだろう。そうなるとイスラム同胞団が与党もしくは連立与党の一角を占めることになる。

 イスラム同胞団は、エジプト政府によって政党組織になることを禁じられているが、同胞団員は無所属として議会に立候補できる。05年の総選挙では、投票の前半の段階で、イスラム同胞団系の勢力が改選議席165のうち88議席をとっていた。だがこの事態をみた当局は、同胞団の支持者が多い選挙区に警察を繰り出し、投票に行こうとする有権者を抑止して投票を阻害し、同胞団の当選者の増加を止めた。結局、エジプト議会の全454議席のうち88議席が同胞団となるにとどまったが、それでも同胞団は事実上の野党第一党となった。もし当局が選挙の後半戦で同胞団の支持者を抑止する不正をしていなければ、同胞団の議席は200以上になっていたかもしれない。(Tide turns in favor of Egypt's Muslim Brotherhood )

 ムバラク政権を支持してきた米政府は、長くイスラム同胞団を嫌っていたが、05年の選挙後、在エジプト米大使館がイスラム同胞団の議員らと交流を開始した。ムバラク政権は米政府に対し、イスラム同胞団と接触しないよう求めたが、米側は「野党議員との懇談はどこの国の米国大使館もやっていることで、やめるわけにはいかない」とうそぶいていた。今回のエジプト革命の勃発後、米政府は「エジプトの民主政権には、非世俗系の主要勢力も含まれる必要がある」と表明し、同胞団の政権入りを歓迎している。(U.S. reexamining its relationship with Muslim Brotherhood opposition group )

▼自分を弱く見せているイスラム同胞団

 イスラム同胞団は1928年に結成された、近代の政治的枠組みに沿った世界最初のイスラム政党だ。独立直後のエジプトで設立されたが、アラブ全体をイスラム主義の政治体制で統合して一つの国家(カリフ)にすることを目標に掲げ、すべてのアラブ諸国に支部組織を持っている。同胞団は、世界最大規模のイスラム政党でもある。ガザのハマスは、イスラム同胞団のパレスチナ支部の一派閥である。(Muslim Brotherhood From Wikipedia )

 エジプトを含む全アラブをイスラム主義政権にして統一するという同胞団の目標は、歴代のエジプト政府に警戒され、同胞団は弾圧され続けた。ムバラク政権では、先日副大統領になって権力を握ったオマル・スレイマンが、諜報機関のトップとして同胞団の弾圧と解体に注力した。同胞団は、当局による弾圧の中で組織を維持する戦略を身につけ、暴力を非難し、穏健な言動につとめ、イスラム主義を標榜していることすら強く打ち出さないようにしてきた。

 カイロの市街地にある同胞団の本部には、イスラム主義を象徴するものは何も置かれておらず、エジプトの多くのイスラム教徒の家庭の居間に飾ってある、メッカのカーバ神殿の写真すら掲げられていない。同胞団は、今回のエジプト革命における主要な推進役の一つだったが、彼らはイスラム主義のスローガンや横断幕を全く出さず、リベラル系の運動組織と同様、ムバラクの辞任と民主的な選挙を求めただけだった。エジプトのリベラル派は、同胞団の支持者数をエジプト国民の2−3割と概算しているが、同胞団自身は、非合法政党なので党員数を数えたこともないが400万人(国民の6%)ぐらいだろうと言っている。('We Are On Every Street' What the Future May Hold for Egypt's Muslim Brotherhood )

 エジプトにおける同胞団の支持率が、05年選挙の前半戦が示す「165議席中の88議席」つまり単独与党になれる規模なのか、それとも同胞団自身が言っている「6%」なのか、今は判然としない。だが、今回の革命の中で、同胞団が自分たちの力を意図的に小さく見せようとしていることは確かだ。

 報道によると、タハリル広場の入り口で武器持ち込み規制の検問をしていた同胞団員は、へジャブ(スカーフ)をかぶっていない女性たちが来ると歓迎し、積極的にテレビに映るようにしてくれと女性らに頼んでいた。デモ隊がへジャブ姿ばかりだと、同胞団の影響力が強いのだと世界の視聴者に思われかねないからだった。同胞団は、非常に良く組織され、都会の貧困層が多く住む地域に無償の病院や学校を建てて運営したり、食料支援をするなど地道な努力によって、広範な草の根の支持を得ている。(Muslim Brotherhood looks to gains in Egypt protest )

 エジプトの軍部は、イスラム同胞団の台頭を何とか抑えたいだろう。しかし米政府は「真の民主化」を求め続け、エジプト軍部に対し、同胞団を抑圧するなと求め続けるだろう。軍部が米政府の意に反して同胞団を弾圧したら、米政府はエジプト軍を公式に非難し、軍事援助の打ち切りなどの経済制裁をするだろう。エジプトの混乱が長引き、国民が困窮するほど、同胞団の貧困層に対する支援活動が重要なものとみなされ、同胞団に対する支持が増える。米国からの圧力に屈して、軍部が民主的な選挙を許すと、同胞団が与党または連立与党の重要構成員になる。イスラエルが懸念していた「エジプトの民主化はイスラム主義化になる」という事態が実現する。

 エジプトがイスラム主義化していくと、エジプトとガザを一体化しようとする動きが双方から強まる。エジプトとガザの国境には、幅500メートルのイスラエル領(フィラデルフィア・ルート)が挟まっており、イスラエルがそこからの撤退を拒否すると、エジプトとイスラエルの間が険悪になり、最悪の場合、戦争になる。ガザのハマスとイスラエルが戦争になり、そこにエジプトが巻き込まれる展開もあり得る。こうした紛争と平行して、パレスチナ自治政府やヨルダンの王政がイスラム主義勢力によって転覆させられるかもしれない。エジプト革命を受け、ヨルダンで国王が内閣を改造したが、国民の評判は悪い。(「ガザの壁」の崩壊 )

 米国が「中東民主化」を容認し続けると、ヨルダンとパレスチナがイスラム主義に転換し、イスラエルは戦争になり、政権転覆はサウジアラビアにも波及しかねない。サウジ王政が存続できるとしたら、米国を非難してイスラムの大義を支持することが必要だろう。これはサウジ王家が親米から反米に転向し、イスラム同胞団やイランと仲良くすることを意味する。イスラム勢力が原油価格を決める態勢になって相場が高騰し、1970年代の石油危機のように、イスラエルを支持する国に石油を売らないという宣言が出るかもしれない。

▼イスラム帝国が復活する?

 こうした流れがどこまで進むか予測できないが、サウジアラビアがイスラム主義に傾くと、ペルシャ湾岸諸国やパキスタンやアフガニスタンもイスラム化の傾向が強くなり、アラブ全域がイスラム主義で統合的な動きを示す。イスラム同胞団の目標である「カリフ」に近いものが出現するかもしれない。インドネシアやマレーシアなど東アジアのイスラム諸国も、何らかの政治転換をするかもしれない。

 すでにイスラム的な協調をみせているイランとトルコという2大勢力と合わせ、中東はアラブ、イラン、トルコという3つのイスラム勢力が協調する新体制になりうる。米国の影響力は排除され(米議会で台頭する共和党の茶会派は、すでにイラクとアフガンの占領を無意味とみなし、撤退を求めている)、イスラエルは国家存続できない可能性が高くなる。

 このようにエジプトのムバラク辞任は、世界的に巨大な影響を与える事件である。欧米や日本の多くの人々が「エジプトがリベラルな民主主義に転換して欧米化し、みんなハッピー」と思っているかもしれないが、それは幻想だ。欧米人が嫌うイスラム主義が西アジアを席巻する可能性の方が高い。

 米国のマスコミや右派(ネオコン)は、同胞団は大したことないと分析している。だがそれは、03年のイラク侵攻の前後に、彼らが「米軍がフセイン政権を倒すだけで、イラクはリベラルな民主体制になっていく。イラクがイスラム主義化することはない」と言っていたのと同様の、少し考えればすぐにわかる大間違いである。米国のマスコミや右派の中には(ユダヤ人が多いだけに)中東情勢に詳しい人が多いのに、なんでこんな基本的な大間違いを繰り返すのか。(Fears of a Muslim Brotherhood Takeover are Overblown )

 それを「民主化という理想主義に目がくらんでいるから」と単純化して考える人が多いが、米国の上層部の人々は、非常に現実的な世界支配の体制を何十年と維持しており「中東民主化」の部分だけ過剰な理想主義に走ると考えるのは無理がある。間違いの大きさから考えて、プロならやるはずのない「未必の故意」に相当する。

 私はやはり、以前から分析してきたように「米政界が1970年代からイスラエルに牛耳られてきた事態をふりほどくための、親イスラエルのふりをした反イスラエルの、意図的な大間違い」だろうと思っている。もしくは、世界的な覇権体制として見ると、米国が英イスラエルによって縛られている、ユーラシア包囲網の世界戦略から米国と世界を解放し、米英に敵視されてきた地域の経済成長を誘発する多極化戦略の一環としての、意図的な米国覇権の解体再編策であると考えられる。
http://tanakanews.com/110212egypt.htm

憂国通信M版
2011/02/14 11:01

エジプト革命やはり中国に飛び火 ネット民VS政府当局 熾烈なコメント戦争(第四次世界大戦を読む4)



現在アメリカと中国は水面下で激しい経済戦争・情報戦争を展開している。この戦争はこの二カ国だけに限定されてはおらず、お互いに関係国を引きずり込んでいることにより世界規模で展開されている。このような状況はかつてのアメリカ・ソ連による「冷戦」と酷似している。全世界がブロック化し、多額の軍事費が動き、ブロック境界で現実に戦闘も行われたことを考慮に入れて「冷戦」を「第三次世界大戦」と位置づける学者も存在する。本ブログもその説を採用して、現在のアメリカ・中国間の状況を「第四次世界大戦」と呼ぶことにしている。ただし、こんな名称を付けているのは本ブログくらいしかない。この戦争はブロック境界線上に位置する日本も無関係ではない。普天間問題、尖閣問題などは全部第四次世界大戦の影響によって発生した事件なのである。そして今回のエジプト革命も同様だ。背景は中国のアフリカ進出である。急速にアフリカに対して進出した中国に欧米は危機感を抱いていた。アフリカで存在感高める中国、独裁政権支援や新植民地主義に批判―英メディア



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110213-00000003-rcdc-cn




中国が目を付けたのは独裁政権だ。効率的に裏金が使えるので、落としやすかったのである。中国ほど気前よく奮発できない欧米は苦々しく思っていた。アフリカは元々欧米の縄張りである。中国のやっているのは殴り込み以外の何ものでもない。中国に対抗するためには、自分たちを裏切って中国になびいてしまった独裁政権を崩壊させる必要がある。そこでCIAが利用したのがネット通信である。YouTubeもFacebookもWikiLeaksも事実上背後で操っているのはCIAだ。中国の最大の弱点は「非民主化」である。アメリカだって自民党に相当する二大政党が適当に交代しているだけの事実上独裁国家なのだが、表向きは「民主政権」ということになっている。アメリカの貧富の差も酷いが、中国も酷い。中国国民はアメリカ国民ほど洗脳が進んでいないので、ちょっと工作してやればたちまち大混乱に陥るのである。





http://archive.mag2.com/M0061325/20110214110100000.html



極東ブログ

* エジプト争乱、後半戦について

 では私の推測を言おう。



 今回のエジプト争乱の、4日金曜日以降の後半戦の隠された主題は、「4月6日運動」のような親米的な

活動家が運動のグリップを握ることで、ムスリム同胞団など旧来の反政府活動を相対化させる点にあったのではないだろうか。つまり、後半戦は民主化の運動と

いうより、今後のエジプトのレジームへの水路付けだったのではないか。それを念頭に今回の件のオバマ大統領の声明(参照
・参照
)を読むと興味深いだろう。



 加えて、事態が再度緊迫すれば、集会者に惨事を惹起させることで革命のエネルギーとすることは革命家なら誰でも思いつく常套手段であり、それが実施される寸前でガス抜きされなければなかった。つまり、見事なガス抜きでもあった。



 エジプト軍部の内部は米国との関連があるのは旧知のことであり、「4月6日運動」運動もウィキリークスが暴露したように親米的な民主化運動であるなら、当面のエジプトの動向は、いずれにせよ、イラン革命といった道とは違う方向に向かうだろう。

http://news.livedoor.com/article/detail/5341668/?p=2



ウィキリークスがエジプト「4月6日運動」について暴露した2008年12月30日の公電


極東ブログ



グラミー賞 日本人受賞相次ぐ
2月14日 12時0分 twitterでつぶやく(クリックするとNHKサイトを離れます)

アメリカの音楽界で最も権威のあるグラミー賞の最優秀ポップ・インストゥルメンタル・アルバム賞に、人気ロックバンド「B’z」のギタリスト松本孝弘さんとアメリカのギタリストによる共作アルバムが選ばれたのをはじめ、最優秀インストゥルメンタル・ソリスト演奏賞にはピアニストの内田光子さんが選ばれるなど、日本人の受賞が相次ぎました。

B’zの松本さんは、アメリカのギタリスト、ラリー・カールトンさんとの共作アルバム「テイク ユア ピック」で、ポップ部門の楽器演奏で最も優れたアルバムに贈られる、最優秀ポップ・インストゥルメンタル・アルバム賞に選ばれました。また、クラシックのピアニスト、内田光子さんは、オーケストラとの共演で最も優れた演奏をした楽器の演奏家を選ぶ、最優秀インストゥルメンタル・ソリスト演奏賞に選ばれました。このほか、最優秀ニューエージアルバム賞には、大阪出身でカリフォルニア州在住の琴奏者、松山夕貴子さんが参加した、ポール・ウィンター・コンソートによるアルバム「ミホ:ジャーニー・トゥ・ザ・マウンテン」が、最優秀コンテンポラリー・ジャズ・アルバム賞には、静岡県出身のジャズピアニストで現在はアメリカで活躍する上原ひろみさんが参加したバンド「スタンリー・クラーク・バンド」が、それぞれ選ばれています。ことしのグラミー賞は、さまざまな音楽ジャンルで活躍する4人の日本人が相次いで受賞する受賞ラッシュとなりました。グラミー賞は、1958年に創設されたアメリカで最も権威がある音楽賞で、ポピュラー音楽からクラシックまで幅広い分野を対象にしています。アメリカの音楽関係者で作る団体「全米レコーディング芸術科学アカデミー」が主催し、会員による投票で決まります。授賞の対象は、ロックやジャズ、現代音楽やクラシックなど幅広く、全部で100以上の部門があり、このうち、▽年間最優秀レコード賞、▽年間最優秀アルバム賞、▽年間最優秀楽曲賞、▽最優秀新人賞の4つが「主要4部門」とされています。日本人では、▽1987年にデザイナーの石岡瑛子さんが「最優秀アルバム・パッケージ賞」を受賞したのをはじめ、▽1989年に坂本龍一さんが「最優秀映画音楽アルバム賞」を、▽2001年にシンセサイザー奏者の喜多郎さんが「最優秀ニューエージ・アルバム賞」を受賞しています。▽このほか、2008年に太鼓奏者の中村浩二さんが参加したグループが、「最優秀ニューエージ・アルバム賞」を受賞しています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110214/k10014036601000.html


エジプト政変とは何か:用意周到な戦略的動き:アジア・アフリカの帝国的民主化:トランス・モダン世界
だんだん今度のエジプト政変(「革命」)の意味が見えてきた。やはり、米国による用意周到な計画に基づくと考えられる。田中宇氏的に言えば、多極化路線の進展である。(追記:オバマ大統領のカイロ宣言も伏線であろう。)
 これは、一言で言えば、世界経済発展の路線である。独裁主義を排して、民主化を進展させるのである。
 私は先に、最近のある米国映画(複数)に独裁者を打倒するテーマがあるのに気づいたが、どうやら、世界民主化路線に沿っていたと考えられる。
 そうなると、北朝鮮、中国はその対象にされるだろう。中国は民主化への対処を求められると言えようが、中国は、民主化したら、分裂するだろう。しかし、米国の狙いはそこだろう。(追記:思うに、米国や日本も対象となろうし、ロシアだってうかうかできないだろう。)
 思うに、これは一体、何をもたらすのだろうか。思うに、これは、米国本来の自由民主主義、自由共同体主義の志向である。理想主義である。
 しかし、これは、間違ってはいない路線と考えられる。
 これは、自由主義*民主的共同体主義を意味するだろう。正に、トランス・モダン自由共同体主義である。

追記:次の田中宇氏の言葉が、私の直観に親和的である。

やがてイスラム主義の国になるエジプト

私はやはり、以前から分析してきたように「米政界が1970年代からイスラエルに牛耳られてきた事態をふりほどくための、親イスラエルのふりをした反イスラエルの、意図的な大間違い」だろうと思っている。もしくは、世界的な覇権体制として見ると、米国が英イスラエルによって縛られている、ユーラシア包囲網の世界戦略から米国と世界を解放し、米英に敵視されてきた地域の経済成長を誘発する多極化戦略の一環としての、意図的な米国覇権の解体再編策であると考えられる。
http://tanakanews.com/110212egypt.htm

イスラエル「安保の要」失う…ムバラク辞任

特集 中東

 【エルサレム=加藤賢治】イスラエルにとって、エジプトのムバラク前大統領失脚は、自国の安全保障の要を失ったに等しい重大事だ。

 パレスチナとの中東和平交渉でも、親米穏健派のムバラク氏はアラブ諸国とイスラエルとの橋渡し役を務めてきただけに、イスラエルは外交戦略の大幅見直しを迫られることになる。

 エジプト軍最高評議会は12日の声明で、国際協定は順守すると述べ、イスラエルとの平和条約を堅持する姿勢を示した。ただ、イスラエルは、軍による暫定統治が終わった後の議会選ではイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」が台頭する可能性が高いと見ており、そうなった場合に平和条約の見直しを求める声が高まることを恐れている。エジプトで見直し機運が高まれば、やはりイスラエルと平和条約を結んでいるヨルダンの世論にも影響しかねない。
(2011年2月13日20時36分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20110213-OYT1T00452.htm


tanakanews_com

新しい記事を公開しました。「やがてイスラム主義の国になるエジプト」 http://tanakanews.com/110212egypt.htm 約17時間前 webから

やがてイスラム主義の国になるエジプト
2011年2月12日  田中 宇

 2月11日夜、エジプトのムバラク大統領が辞任した。ムバラクは辞任の前日、かねてから親しかったイスラエル労働党の国会議員ベンエリエゼル(Ben- Eliezer。元国防相)と電話で20分間話した。その中でムバラクは「米政府は中東の民主化を支持すると言うが、彼らは、自分たちが言っていることの意味を理解していない。中東を民主化すると、米国を敵視するイスラム過激派の国ばかりになってしまうのに、米政府はいつまでもそのことに気づかない」と述べ、米国を非難するとともに、自分が米国から疎んぜられていることを嘆いた。(Mubarak slammed U.S. in phone call with Israeli MK before resignation )

 米政府は1979年のイラン革命で、民衆が蜂起してイラン国王を追放することを「民主化」として支持したが、それは結局、ホメイニ師らイスラム主義勢力がイランの政権をとって親米的なリベラル派や軍幹部を粛清し、今に続く反米的なイスラム主義政権ができることにつながった。また米政府は2005年、ブッシュ政権が推進した「中東民主化」の一環としてパレスチナで民主的な選挙を行わせた。イスラエルやパレスチナ自治政府(PA)は「真に民主的な選挙をやれば、反米イスラム主義のハマスが勝ってしまう」と反対したが、米政府は聞かずにPAに選挙を実施させ、その結果ハマスが大勝した。事後になって、米国やPAは何とかハマスに政権をとらせまいと画策し、西岸の政権交代を阻止したが、ガザをハマスにとられてしまった。(イスラム共和国の表と裏(1)乗っ取られた革命 )(ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」 )

 ムバラクは、これらの例をふまえて「米政府は、中東を本気で民主化するとイスラム過激派の国ばかりになることを、過去の教訓から理解できるはずなのに、理想主義にふけってそれに気づかず、今またエジプトの民主化運動を支援し、自分が大統領職から追い落とされることを容認しようとしている。エジプトの政権転覆を容認したら、政権転覆が他のアラブ諸国に飛び火し、エジプトだけでなく中東全域が反米的なイスラム過激派の国になってしまうのに、米政府はそんなこともわかろうとしない」と米国を非難したのだった。

 ムバラクは2月11日、エジプトの軍部によって大統領職を追われた。3週間におよぶ民衆の反政府運動がムバラクを追い落としたことになっているが、実際には、この50年間エジプトの権力を黒幕的に支えてきた軍部がムバラクを支持する限り、何百万人の群衆が集まろうが、ムバラクは無視して大統領にとどまり、そのうち群衆はあきらめて帰宅する。軍が反政府の国民運動に同調し、ムバラクに辞任を求めた結果、ムバラクは権力を失った。

 それでは、軍はなぜムバラクを追い出したのか。ムバラクの独裁に嫌気がさしたから?。民意を尊重したから?。いずれも違うだろう。独裁をやめて民主化したら、イスラム主義のイスラム同胞団が与党になり、革命後のイランのように、イスラム主義者が世俗的な軍部を潰しにかかるだろうことを、軍は良く知っており、軍幹部はムバラクと一緒にイスラム同胞団を弾圧し、選挙不正を良いことと考えてきた。

 軍部が民衆運動を支持してムバラクを追い出したのは、エジプトの軍隊を育成した「軍部の親玉」である米政府が民衆運動を支持し、エジプト軍に対し、民衆の味方をしろと裏で圧力をかけたからだろう。米オバマ政権は、エジプトの民主化を支持すると繰り返し表明し、そのたびに民衆運動は扇動されて大胆になり、ムバラクが辞めるまで運動をやめないと断言した。軍部はそれに引きずられ、最初はムバラクに政治改革を約束させ、それでも米国に扇動された民衆運動が納得しないので、最後には軍はムバラクを追い出した。ムバラクの追放は米国の差し金なので、ムバラクは米国を非難したのだった。

http://tanakanews.com/110212egypt.htm


慶祝!! エジプト民主化革命
(02/12)

ウクライナやグルジアの「民主化」がCIA主導でなされたのと違い、今回のエジプトの「民主化」の革命は草莽の民衆の真の革命であり、だから決してアメリカの要請、あるいは資金で始まったものではないにもかかわらず、オバマの姿勢は一貫してこの動きを支持するものだったことを見れば、オバマが実は、このようなエジプト国民の側に立っている、ということが理解できるのだ。ムバラクがエジプトにおけるアメリカの利権の保護者であるにもかかわらず、である。

 エジプト国民の願いは、パレスチナの同胞を支援することにあり、イスラエルの蛮行をエジプト国家として糾弾し、そのイスラエルのシオニスト的好戦的武断的姿勢を改善してもらう点にある。そして勿論、パレスチナ国家の「真」の独立を達成させることにある。

 そしてオバマ大統領の狙いも願いもそこにある。

 従って、次にできるエジプトの新政府は、今までのムバラク体制下で進められてきた「親」イスラエル姿勢の抜本的改善を進めるであろう。つまり、パレスチナ人の人権を無視するようなイスラエルの姿勢が改まらなければ、イスラエルとの外交関係を変更する、ということである。
 
 その可能性があることを知って、オバマ大統領は始めから今回のエジプト民衆の動きを支持してきた。そしてそれは、「民主化」という大義名分があるゆえ誰も反対できないのだ。CIA主導でないから、つまりこの民主化運動ではアメリカ(ユダヤ)の傀儡政権が生まれそうにないから支持できない、とは誰も言えないのだ。アメリカやヨーロッパにいるユダヤ人たちも、悔しいけれども文句を言えないのである。
http://rockway.blog.shinobi.jp/Entry/494/
ROCKWAY EXPRESS


2011年02月07日(Mon)▲ページの先頭へ
社会の未来ーシュタイナー1919年の講演録:社会三元的絶対的差異共立・共同体論
社会の未来ーシュタイナー1919年の講演録:社会三元的絶対的差異共立・共同体論

テーマ:トランス・モダン社会/新共同体創造的構築

持論の社会有機体三分節化論を展開している。精神領域、経済領域、法領域がそれぞれ独立し、かつ、社会有機体を構成するという社会哲科学である。
 例えば、政治が経済に介入することをシュタイナーは批判している。これは、一つの自由主義であるが、シュタイナーは、経済領域の連合体を提唱している。これは、差異共立・共振体と見ることできよう。つまり、経済差異共立・共振体、又は、経済差異共同体を構築するということになる。
 そして、国家(法領域)が精神領域に介入することを批判する。結局、精神絶対的差異領域、経済共同体絶対的差異領域、法(民主主義)絶対的差異領域の三つの絶対的差異領域が差異共立して形成される社会有機体、社会三元的共立共同体を説いていると考えられる。

追記:シュタイナーの社会有機体三分節論は、人間認識図(Kaisetsu氏)で説明できると思った。
 即ち、経済圏は第一象限であり、法律圏は第二象限であり、精神圏は第三象限である。そして、第四象限は悪徳であり、当然、排除されるものである。
 とまれ、人間認識図は社会三元共立体概念図となることになる。シュタイナー的にいえば、これまで、この社会三元性を連続化したために混乱、混迷し、混沌を生じさせたということになる。三元的絶対的差異圏(絶対的差異的三元体)を区別しなかったのである。【これは、立体でいうと、四面体(正四面体)になるのではないだろうか。】
 とまれ、社会三元共立体論は、国家の役割を著しく縮減させるだろう。いわゆる、小さな政府となるだろう。そして、自由主義が自由共同体主義となるだろうし、精神が独立して、豊かな文化社会を創造すると考えられる。
 そのとき、Media Pointは要となるだろう。これが、管制塔となり、三元共立体を基礎づけるだろう。

Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation

「人間認識図」 by Mr Kaisetsu


Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation

単なる神秘主義者でなく、社会思想家としてのシュタイナー, 2010/1/12

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E=mc2 (岡山市北区) - レビューをすべて見る
(VINEメンバー)

シュタイナーの著作というと、神秘主義か教育学のいずれかのイメージが強いですが、本書は意外にも経済や社会思想の話が軸になっており、神秘主義的側面は稀薄です。その意味で、シュタイナー門外漢にもとっつきやすく、シュタイナー入門として読むことも可能でしょう。

帯のコピーには、なぜかベーシック・インカム論(労働の有無によらず、最低限の所得を保障する考え方)のルーツであることが強調されていますが、本文はベーシック・インカムの話が中心というわけではありません。むしろ、全体としては当時非常に強力な勢力となっていた社会主義と、そのベースにある「経済的視点によって世界や物事のすべてを斬っていこうとする単純化された思考法」への批判が強く打ち出されています。そもそもシュタイナーは、フィヒテ、ゲーテなどドイツ観念論の影響下から出発しており、当然とはいえ、ルソー、マルクス、エンゲルス、レーニン、トロツキーなど当時の社会思想に関する造詣が深いことに驚かされます。当時と現在では「社会主義」と「市場原理主義」の違いこそありますが、経済原理が至上の存在となってしまった今日の社会に対する警鐘ともいえる本書です。

第一次世界大戦の敗戦によるドイツ帝国の崩壊や、オーストリア=ハンガリー帝国の消滅、マルクス主義を標榜する勢力によるロシア革命政権の成立… といった当時の社会の大変化を踏まえ、なぜそうした事態を招いてしまったのか?どこに問題の原因があるのか?という問いかけから、シュタイナーは本書の元になった講演を開始します。そして、法=政治、経済、精神、さらに教育は、それぞれ固有の領域を持っており、各々の運営については各領域の専門家に委ねるほかないことをシュタイナーは指摘します。法や精神の領域は、決して経済の原則で動かすことはできないということです。そして最も強調されるのは、単なる知識に還元されない「精神」(Geist、霊)の領域の自立性、重要性です

シュタイナーが推進した人智学運動の背景に、このような当時の社会状況があったこと、またシュタイナーが労働者や企業家に向けて精力的に講演を行っていることを踏まえれば、人智学が個人の「解脱」のみならず、現実的なビジョンに基づく社会変革を目指したものであったことに気づくでしょう。


2010年12月08日(Wed)▲ページの先頭へ
「資本の論理」と「帝国の論理」:田中宇氏の仮説:差異共振原理と同一性原理
テーマ:脱資本主義:トランス・モダン・エコノミー

ほぼ積ん読状態だった田中宇氏の『世界がドルを棄てた日』の一部を読んだ。(追記:「ドルを棄てた」というのは、レトリカルの表現である。通貨の多極化を主張しているのであるから。)

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Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation




世界がドルを棄てた日 [単行本]
田中宇 (著)
内容(「BOOK」データベースより)
米国投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻後、世界は基軸通貨としてのドルを棄てざるを得なくなった。なぜ米国はドルの価値を引き下げるような、財政赤字の急増や金融破綻の黙認を続け、ドルに象徴される自国の覇権を自滅させているのか?金融危機を的中させた著者が、近現代史の隠されたドラマを読み解く。

出版社からのコメント
オバマ政権は、失敗が運命づけられている!
米国投資銀行リーマン・ブラザーズ破綻後、
世界は基軸通貨としてのドルを棄てざるを得なくなった。
なぜ米国はドルの価値を引き下げるような、
財政赤字の急増や金融破綻の黙認を続け、
ドルに象徴される自国の覇権を自滅させているのか?
金融危機を的中させた著者が、いま、金融恐慌の裏で起きている壮大なドラマを読み解く!

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 田中氏の論旨は、メルマガでもわかるように実に明快である。日本人として、これほど、明快に論じる人は希有であろう。この点で、少なくとも、田中氏の独創的意義があろう。
 田中氏の視点の基盤は、「資本の論理」と「帝国の論理」である。前者はユダヤ系資本(ロックフェラーも含めているが)であり、後者は英米帝国主義路線である。
 しかしながら、有り体に言えば、「帝国の論理」もそれなりに、資本の論理である。
 だから、田中氏の論は理論的には、破綻しているのである。しかしながら、田中氏の立論は、本質に通じていると思うのである。
 PS理論から言うと、田中氏の「資本の論理」とは差異共立・共振の論理であり、「帝国の論理」とは、同一性(⇒物質)の論理と見るべきである。換言すると、トランス・モダンの論理とモダンの論理である。
 そう見ると、今日、東アジアでの騒動の意味が明瞭になると考えられるのである。
 結局、トランス・モダンとモダンとの相克なのである。そう、単純にユダヤ金融資本を批判することはできない。それ自体、トランス・モダンとモダンで争闘していると考えられるのである。
 もっとも、より精緻に言えば、「資本の論理」は的確には、差異共立・共振原理を把握はしていない。それは、やはり、一部、「帝国の論理」に囚われていると思われる。
 思うに、自我的資本(西洋原理)と共同的資本(東洋原理)の即非的資本様態が、私が言う個的共同資本主義を意味すると思われる。
 因みに、ネグリとハートの「帝国」とは、田中氏の「資本の論理」に通じよう。しかし、正確には、両者とも差異共立・共振原理に還元される必要があるだろう。

追記:先に示唆したが、差異共振(トランス・モダン)と差異連続的同一性(ポスト・モダン)は絶対的に区別されるべきものである。前者は⇒+1であり、後者は=+1である。例えば、凸iが主導的であると後者になるのである。

追記2:田中宇氏の「明快な」論考の特徴は、多極主義と英米帝国主義との争闘という仮説、とりわけ、隠れ多極主義という仮説に拠る大局的な分析・洞察である。

追記3:《トランス・モダン》VS《モダン》の《モダン》に《ポスト・モダン》を含ませて考えるべきである。


参考:
TOP
◆ 2010/12/06(月) 飯山一郎の心奥にある願い、そして希望。
私を中国びいき・親中派とみるヒトがいる。少しは当たっている。
私のホンネは、中国や韓国に対する憎悪感をムキ出しにするヒトが嫌いなだけだ。
いま、日・中・韓は、悪口を言いあったり、仲違い(なかたがい)しては絶対に駄目だ。
なぜか?
(私が命よりも好きな祖国・)日本(ニッポン)のためにならないからだ。

日本は、敗戦後米国に占領され、以降65年間、米国の属国だった。
米国の支配は、露骨な植民地支配ではなく、実に巧妙な 『ステルス支配 』 だった。
そのため、日本人は強い反抗や抵抗をせず、また、大きな不満も持たなかった。
しかし日本は、そろそろ自立・独立を真剣に考える時期にきている。
そうでないと、欧米に騙され、中国や北朝鮮やロシアと戦争をさせられる事態になる。
アジア人同士の戦争は、欧米にとっては利益になるからだ。
彼等は、昔のようにアジアを分割し、できたら植民地として統治したいのだ。
そうなれば、欧米の未曽有の経済危機は、見事に解決する…。
いま、アジアの国々(特に日中韓)が仲良くすれば、アジアは発展する。
欧米に搾取されて貧しかったアジアの人々の暮らしが、豊かになる。
人間らしい生活ができるようになる。
アジアが発展すれば、沈没しそうな日本の経済も、だんだん良くなる!
元気だった昔の日本(ニッポン)が、復活する! よみがえる。
逆に、戦争になったら、アジアは、また、もとの貧しいアジアに戻ってしまう…。

アジアは、なにも好き好んで貧しくなったわけではない。
アジアは、西欧列強の植民地にされ、搾取され続けてきた。
だから、貧しくなったのだ。
貧すれば鈍する。貧しいから頭も悪くなり、性格も悪くなり、泥棒も増える。
そういうアジアの貧しい人々や国を、軽蔑し、憎悪する…。これは絶対に駄目だ!
いま、アジアは、なにがなんでも! お互い仲良くしないといけない。
悪口言いあって いいことある? 憎しみあって何になる?
相手の欠点には目をつぶり、互いに助けあい、融通しあって、みんなが豊かになる!
本来、アジア人は、心が優しい。働き者だ。手先も器用だ。性格も正直で実直だった。
そういうアジア人が、心を合わせ、力を合わせて、豊かで仕合せなアジアをつくる!
みんな! そーゆーほーこーで ぐぁんばらないか!

たたかう老人! 飯山一郎の ハッタリなしの 口演会場 _

飯山一郎の ちいさな space リトマス試験紙のようなspace ホームページ _


2010年12月05日(Sun)▲ページの先頭へ
アジアのトランス・モダン:母権主義と唯物論:自我の不連続化に拠る母権的精神の超越化
テーマ:トランス・モダン社会/新共同体創造的構築

今は余裕がないので、ざっと書くが、先に、母権主義と唯物論との関係を述べたが、これを精緻に解明する必要がある。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10727100942.html
 アジアは母権主義である。しかし、近代において、アジア(だけではないが)は西欧の帝国主義によって支配された(日本は例外的である)。
 それに対抗するために、唯物論的政治革命が起きたと言えよう。この精神的力学は、先に述べたように、母権主義である。凹i主導的である。
 凹iに拠る不正義への反発であるが、これは、思うに、本来、-1と関係している。しかしながら、近代においては、母権主義国は凹iと凸iとの関係が未分化であったと思われる。
 そのために、凹iに反発は凸iや+1と関係するようになるのであり、それが、唯物論、「マルクス主義」と結んだと考えられるのである。それがイデオロギーとなるのは、凹iのもつ-1(超越界)との関係からと思われる。
 絶対・超越的であるために、未分化の、故に、連続的な凹i*凸iは、不正義への反発の唯物論的大義化において、イデオロギーになったと考えられる。
 西欧ないし米国においては、近代の発展が緩やかだったために、自我凸i(父権主義)は、無我凹i(母権主義)から、比較的に分離するように形成されていき、近代的自我、近代合理主義を形成していったと考えられる。いわば、ある種の不連続化が形成されたのである。それが、欧米の個人主義と呼ばれるもののベースであろう。しかしながら、PS理論から見ると、その不連続性は不十分であり、自我凸iが個を支配していると考えられる。
 ということで、アジア(ロシアを含めて)においては、自我凸iと無我凹iとが未分化・連続的であったために、正義への闘争が、唯物論左派イデオロギーに囚われた大惨劇を結果したと考えられる。
 ここで想起するのは、精神学者ルドルフ・シュタイナーの言である。精神世界の修行には、近代科学的教養や常識・健全な意識が必要があると説いていることである。
 この意味は凹iと凸iとの連続性に支配されない、知性、意識の前提の必要であると考えられる。
 真の知性とは、本来、感情である凹iとの連続性から脱却したものである。(とは言え、凹iのもつ感性は肯定するのである。)
 ということで、シュタイナーも自我的知性の不連続化を説いていたと言えよう。
 結局、アジア・東洋にとって、脱近代として、超越的精神の独立の形成が根本的であることがわかる。
 本来、資本主義も、凹iから切り離された凸iの合理性によって営為されるものである。しかし、日本の国家資本主義(社会主義)を見てわかるように、日本も母権主義の国なので、凹iの癒着があるのである。そのために、自由な自我に拠る、本来的な資本主義、個的資本主義の形成が阻害されているのである。
 そう、自由な自我、不連続な自我とは、ほぼ個と言っていいだろう。ここには、他者である凹iとの共立・共振性である共同体への志向があるのである。
 今はここで留めたい。


2010年10月28日(Thu)▲ページの先頭へ
《個》独立宣言:トランス・デモクラシーの新国民主義へ:大資本的民主主義から差異共立・共振主義へ
今は余裕がないので、詳述できないが、結局、民主主義、代表制民主主義、間接民主主義、代議制は、大資本、大企業、グローバリズムの利益が中心となる制度ではないかと考えられる。
 アメリカの独立宣言にある、God created us equal.[
神は我々を平等(対等)の存在として創造した]であるが、これは、当時、宗主国の英国と戦っていた植民地米国の人間が、独立を勝ち取るために、形成した大義である。
 聖書にこの言葉はないだろう。これは創作であろう。とまれ、宗主国と植民地の主従のヒエラルキーを打破するための、「大義」として形成されたと思う。
 しかしながら、私見では、「我々」は、この場合、個を指していると思う。植民地米国の人間の個である。この独立的尊厳を認めよということではないだろうか。
 だから、平等・対等とは、個の原理と見るべきではないか。個としての平等・対等というのは理解できることである。言い換えると、矛盾した言い方であるが、差異として平等・対等ということである。だから、個人主義、individualismの宣言と見ることができよう。(追記:「差異としての平等・対等」という表現は問題がある。思うに、アメリカ独立宣言の「平等」とは、差異の共立を意味していると察せられる。つまり、宗主国英国の人間という差異と植民地アメリカの人間の差異の共立を「平等」と表現したのではないだろうか。だから、民主主義とは、差異共立原理と見るのが本来的であると考えられる。)
 しかしながら、既述したように、西洋の個人主義は、個と自我が混淆、連続化しているのであり、真の「個」主義・差異主義ではないのである。凸iの傾斜が強いために、そうなると考えられる。
 その視点から見ると、民主主義は、自我の原理をもつのであるから、資本主義にあっては、大資本、大企業、グローバル資本の「自我」が中小資本、諸民の「自我」を凌駕するのは当然である。つまり、「自我」は互いに争うものであるから、両者の「自我」の闘争は、当然、強大な権力をもつ前者の「自我」が勝利することは、火を見るより明らかであるということである。
 故に、民主主義を真の《個》の原理に基づいて乗り越える必要がある。つまり、自我的民主主義、同一性的民主主義、近代的民主主義から、個的、差異的民主主義、トランス・モダン民主主義へと転換する必要がある。それは、差異共立・共振主義である。
 ただし、日本の場合、半封建/半近代主義なので、複雑であるが、ともかく、個的還元が為される必要がある。個的還元とは、PS理論から言えば、超越性を認識することに存するのである。
 後で、個と民族的特有性について検討したい。

追記:以前述べたが、参政権に関してであるが、参政権資格制度を設置すべきである。それに合格しない人間には、参政権を与えないことにするのである。政治に関して適格な認識をもつ者に参政権を与えるというのは、合理的である。無知蒙昧な愚民に参政権を与えるというのは、気狂いに刃物である。
 だから、今日の愚民には参政権は付与されないということになる。愚民的民主主義から賢民的民主主義へ。

追記2:結局、差異的位階を認めよということになるだろう。人間は平等ではないのである。差異的なヒエラルキーがあるのである。確かに、もっとも根源的には同一であろうから、その点では、平等である。否、同一である。
 個々人の差異を認めることこそ、実質的平和への大前提であると考えられる。差異を認めないことから、争いが起るのである。西洋文明の東洋文明、その他の文明に対する暴力的干渉は、そこから来ていると言えよう。


マガジン9

* それでも消費増税は必要なのか - どん・わんたろう 10月27日14時43分
* 報道の原点を見失うな - 柴田鉄治 10月27日14時43分
* 何でも「悪いのは小沢」で片付ける大手メディア - 岡留安則 10月27日14時43分
* 議員って自分の給料を自分で決めるんだよ - どん・わんたろう 10月20日17時07分
* 国際貢献のウソ - 芳地隆之 10月20日17時07分


アメリカ独立宣言
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アメリカ独立宣言

アメリカ独立宣言(アメリカどくりつせんげん、The Unanimous Declaration of the thirteen United States of America)とは、イギリス (グレートブリテン王国 )によって統治されていた13の植民地 が、独立したことを宣言する文書である。1776年 7月4日 大陸会議 (the Continental Congress)によって採択された[1] [2] 。このため、7月4日はアメリカ合衆国 の独立記念日 として毎年盛大に祝われる。

沿革 [編集 ]
「独立宣言への署名」(ジョン・トランブル 画)
この絵は、2ドル紙幣 の裏面図版に使用されている。

1763年 2月、フレンチ・インディアン戦争 が終結すると、イギリス国王ジョージ3世 とグレンビル内閣は、植民地アメリカへの課税と支配を強化した。この本国政府による植民地圧迫策は、次第に植民地住民の本国に対する不満を鬱積させ、本国からの離反機運の醸成をもたらす(詳細は、アメリカ合衆国の歴史 の項目と、アメリカ独立戦争 の項目を参照)。

それぞれに独自の発展を進めていた13植民地 は、1772年 11月、連絡組織として通信連絡委員会を発足させる。この委員会は、1774年 9月、第1回大陸会議 (ジョージア植民地 を除く12の植民地代表の集会)に発展し、本国政府との和解策を練った。1775年 4月、レキシントン・コンコードの戦い で、イギリス軍と植民地民兵 隊の間に銃火が交えられ、独立戦争の火蓋が切られた。翌5月、第2回大陸会議が開かれ(全13植民地代表がそろう)、ここ武力衝突に至っても本国政府との和解の道を探っていた。しかし、情勢は日増しに悪化し、翌1776年 1月、独立論を訴えるトマス・ペイン の著書『コモン・センス 』が刊行されてベストセラーになると、住民の間でも植民地代表者の間でも、独立論は最高潮に達した。

同年6月7日、バージニア植民地 代表のリチャード・ヘンリー・リー は大陸会議に『独立の決議』を提案し、これに基づいて同月10日、独立宣言起草委員会が発足した。この委員会は、トーマス・ジェファーソン 、ジョン・アダムズ 、ベンジャミン・フランクリン 、ロジャー・シャーマン 、ロバート・R・リビングストン の 5人で構成されたが、ジェファーソンが宣言案を起案(起草)し、フランクリンとアダムズがわずかに修正して委員会案とされた。委員会案は大陸会議に提出されて、さらに多少の推敲がなされた。そして、1776年7月2日、リチャード・ヘンリー・リーの『独立の決議』がまず可決され、『アメリカ独立宣言』は7 月4日に採択された。
内容 [編集 ]

独立宣言は、基本的人権 と革命権 に関する前文、国王の暴政と本国(=イギリス)議会・本国人への苦情に関する28ヶ条の本文、そして独立を宣言する結語の3部から成る。

中でも、「全ての人間は平等に造られている」と唱え、不可侵・不可譲の自然権として「生命、自由、幸福の追求」の権利を掲げた前文は、アメリカ独立革命の理論的根拠を要約し、後の思想にも大きな影響を与えた。その理論は、名誉革命 を理論的に正当化したジョン・ロック の自然法理論 の流れを汲む。
日本への影響 [編集 ]

宣言公布当時、日本 は江戸時代 の鎖国 中であったため、直接の影響は見られない。
学問ノススメ [編集 ]

江戸時代末期から明治時代 にかけて、西欧文明が押し寄せてくるのに先立ち、福澤諭吉 はその著書『西洋事情 』で、「千七百七十六年第七月四日亜米利加十三州独立ノ檄文」としてアメリカ独立宣言の全文を和訳して紹介した。

天ノ人ヲ生スルハ、億兆皆同一轍ニテ之ニ附與スルニ動カス可カラサルノ通義ヲ以テス。即チ通義トハ人ノ自カラ生命ヲ保シ自由ヲ求メ幸福ヲ祈ルノ類ニテ他ヨリ如何トモス可ラサルモノナリ。人間ニ政府ヲ立ル所以ハ、此通義ヲ固クスルタメノ趣旨ニテ、政府タランモノハ其臣民ニ満足ヲ得セシメ初テ眞ニ権威アルト云フヘシ。政府ノ処置此趣旨ニ戻ルトキハ、則チ之ヲ変革シ、或ハ倒シテ更ニ此大趣旨ニ基キ人ノ安全幸福ヲ保ツヘキ新政府ヲ立ルモ亦人民ノ通義ナリ。是レ余輩ノ弁論ヲ俟タスシテ明了ナルヘシ

– 『西洋事情 』初編 巻之二

このうち、冒頭の章句および思想は、後の『学問のすすめ 』初編冒頭、に引用され、人々に広く知られるところとなった。
日本国憲法 [編集 ]

1946年に公布された日本国憲法 の第13条にも、その影響は見られる。

第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

関連項目 [編集 ]

* アメリカ合衆国憲法
* アメリカ独立戦争
* 独立記念館 (アメリカ)
* アメリカ合衆国建国の父
* アーブロース宣言

脚注 [編集 ]

1. ^ jpeg版“In Congress, July 4, 1776. The unanimous declaration of the thirteen United States of America ”. 2009年9月8日閲覧。アメリカ議会図書館
2. ^ テキスト版“In Congress, July 4, 1776. The unanimous declaration of the thirteen United States of America. ”. 2009年9月8日閲覧。アメリカ議会図書館

外部リンク [編集 ]
ウィキソース
ウィキソース にアメリカ独立宣言(和訳) の原文があります。
ウィキソース
ウィキソース にアメリカ独立宣言(英文) の原文があります。

* In Congress, July 4, 1776. The unanimous declaration of the thirteen United States of America. アメリカ議会図書館
* 福澤諭吉 訳 『アメリカ独立宣言 』(青空文庫 )
* 福澤諭吉訳 『西洋事情 巻之二 合衆国 』(近代デジタルライブラリー )
* 福澤諭吉訳 『福沢全集 巻1「西洋事情(初編)」 』(近代デジタルライブラリー)
* katokt訳 『独立宣言 』(プロジェクト杉田玄白 )

執筆の途中です この「アメリカ独立宣言」は歴史 に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などして下さる協力者を求めています (P:歴史 /P:歴史学 /PJ歴史 )。
執筆の途中です この「アメリカ独立宣言」は、アメリカ合衆国 に関連した書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などして下さる協力者を求めています (P:北アメリカ /PJアメリカ合衆国 )。
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カテゴリ : アメリカ独立戦争 | アメリカ合衆国の歴史 | 民主主義 | フィラデルフィア


2010年10月17日(Sun)▲ページの先頭へ
内需を構築するには、消費税廃止と低中所得層の減税、富裕税強化、公務員給与人員削除、等が必要だ
テーマ:トランス・キャピタリズム:脱近代経済

トヨタ、メキシコ“逃亡”誰か止めてぇ…
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20101016/ecn1010161304000-n1.htm

輸出主義は大企業・大資本主義であり、内需に貢献しない。また、外資の富を地域に還元させる必要がある。つまり、社会的生産である資本主義の富を社会に還元するということである。
 これが合理的である。社会的生産の富を役職、株主、金融資本等が寡占するのは、強奪である。ここに資本主義の捩れ、歪みがあるのであり、それは、自我がベースにあるのである。ブッダ知的資本主義が考えられる。
 とまれ、資本主義のこの矛盾を哲学・科学的に解明する必要がある。資本主義は単に私的生産ではなく、勤務者がいるのだから、社会的生産なのである。しかるに、富を私的に寡占しているのである。言い換えると、パブリックな生産であり、パブリックな富の還元が必要であるということである。
 西洋的価値観は自我中心的であるので、これを認められないのである。つまり、盲目なのである。トランス資本主義は、東洋から起こる可能性がある。
 とまれ、このトランス・キャピタリズムは、哲学・科学的な分析によって、正当化されるものであり、民主主義的倫理観等によって、理想的に考えられるものではない。冷徹な客観的事実なのである。

追記:また、自然的資源、自然的富を利用しているのだから、自然的還元も当然必要である。

* なぜ為替介入したのに円高が止まらないのか 「世界通貨安戦争」勃発の背景 (MONEYzine )10/17(日)11時35分 (2)

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1017&f=business_1017_007.shtml


2010年09月27日(Mon)▲ページの先頭へ
現代フランスの衰退と特別特攻隊
現代フランスの衰退と特別特攻隊
テーマ:ポスト近代合理主義/ポスト・モダン批判
フランスは文化的には哲学の失敗がある。ポスト・モダンは、基本的には、反動的哲学であった。また、唯物論=左翼主義から脱却できなかった。ポスト・モダンの最良のデリダは、真理に近づいたが、やはり、迂回的である。
 そう、メッキが剥げ出しているのである。確かに、絵画は先駆的であった。「モダン・アート」の震源である。しかし、哲学的に深めることができなったのではないだろうか。精神性、超越性を否定する傾向が強い、つまり、世俗的・物質的なのである。これが、フランスを袋小路に入り込ませたと思う。
 そう、シュルレアリスムも、精神的次元があるが、それを哲学・理論的に把捉・認識していないように思える。

腐り始めた「人権大国」フランスの魂


参考:

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アンドレ・ マルローの言葉

(2000/12/8up)

(会報[特攻」第8号より)

 元リヨン大学客員教授で特操3期出身の長塚隆ニ氏は、特攻隊員に対する戦前・戦後の急激な評価の変化、その純粋な心を傷つける輩の態度に憤りを感じておられた。氏は昭和49年夏にパリ南方郊外にアンドレ・マルロー氏を訪れ、そのようなお話をされた。その際のアンドレ・マルロー氏の言葉は感動的である。

特別攻撃隊の英霊に捧げる

  アンドレ・マルローの言葉

(略)

 「日本は太平洋戦争に敗れはしたが、そのかわり何ものにもかえ難いものを得た。これは、世界のどんな国も真似のできない特別特攻隊である。ス夕−リン主義者たちにせよナチ党員たちにせよ、結局は権力を手に入れるための行動であった。日本の特別特攻隊員たちはファナチックだったろうか。断じて違う。彼らには権勢欲とか名誉欲などはかけらもなかっ た。祖国を憂える貴い熱情があるだけだった。代償を求めない純粋な行為、そこにこそ真の偉大さがあり、逆上と紙一重のファナチズムとは根本的に異質である。人間はいつでも、偉大さへの志向を失ってはならないのだ。
  戦後にフランスの大臣としてはじめて日本を訪れたとき、私はそのことをとくに陛下に申し上げておいた。
  フランスはデカルトを生んだ合理主義の国である。フランス人のなかには、特別特攻隊の出撃機数と戦果を比較して、こんなにすくない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を 抱く者もいる。そういう人たちに、私はいつもいってやる。《母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。愛する者が殺められるのをだまって見すごせるものだろうか?》と。私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、 いさぎよく敵艦に体当たりをした特別特攻隊員の精神と行為のなかに男の崇高な美学を見るのである」
  二十世紀の思想を代表するフランスの文人アンドレ・マルローは、こういうと床に視線を落としたまましばし瞑黙した。まさに百の頌詞にまさる言葉であろう。私はこれ をつつしんで特別特攻隊の英霊に捧げたい。

(会報「特攻」第8号より引用)

http://www.geocities.jp/kamikazes_site/gaikoku_kamikaze/andre_malro.htm
神風目次へ





外国人から見た"KAMIKAZE"


参考2:
不思議な少年!! その84

イエス、スカルの人々を教える。悪霊にとりつかれた者をいやす!!

 エクソシズム(悪魔払い)の原点がここにある。イエスは少なくとも最強のエクソシスト(悪魔払い師)でもある。悪霊(あくりょう、あくれいとも読む)とは、一体何者か。サタンとも言われるが、そうではない。広義にはそう呼ばれるが、個性を持った人の霊である。
飄(つむじ風)

参考3:

流れの転換の向こう側1、われわれの内面の変化? (09/22)

今回の記事

中国との問題など、いくつか重要なテーマがある。また、金融のクラッシュに関する情報も入手した。もちろん当たるかどうかはまったく分からないが。これらのテーマはメルマガで書くことにし、今回の記事ではまったく別の話題について書く。

大きな転換はわれわれの内面にもやってきているのかもしれない。読者の方で、自分や周囲の人の内面に大きな変化を感じている人はいるだろうか?コルマンインデックスでは、人間の内面の変化に主導されて現実が変化することになっている。だとするなら、もしコルマンインデックスにある通り、もしわれわれがいま本当に転換期にいるのなら、われわれ自身の内面が大きく変化する過程にあってもおかしくない。

たとえば、コルマン博士は昨年11月に発表した「2012年への最後の段階:11月8日─第6の夜の開始」では以下のように述べている。

「これはどういうことかというと、われわれの人生を方向づける新しい意識が生まれると、その意識は世界と社会に影響を与え、世界と社会に対するわれわれの関係のあり方を変化させてしまうといことを指しているのだ。したがって意識の進化というのは、われわれの心の中だけで起こる現象ではない。同時にそれはわれわれのあらゆるものとの関係の変化として現れる。むろん、経済に対するわれわれの関係も意識の進化に伴い大きく変化せざるを得ない」

そして、何がどのように変化するのか説明して次のようにいう。

「実は経済成長の希求は、人間の意識が左脳と右脳に二極分化し、統合できなくなっていた事実にあるのである。この分裂状態から心の限りない空虚感が生まれるのであり、人間はこの空虚感を物質的な満足で充足しようと、あくなき経済成長を希求するようになったのだ。過去5000年間、経済成長は人類史のメインテーマであったが、それは特にプラネタリーアンダーワールド(第7サイクル)の盲目的な意識が一般化した時代にとことん加速し、これとともに人口も増加したのである。

だが、意識の統合とバランスの回復がテーマとなるギャラクティックアンダーワールド(第八サイクル)では、経済成長と人口の増加を希求する欲求そのものが消失してしまうのである。この意識変化により、われわれ人間は、地球環境や地球上に存在するあらゆるものを、これまでのように左脳の計算によっていかようにでも収奪が許される生命のない単なる物質として考えることはできなくなる」

コルマンインデックスでは7月17日から転換期に入り、11月2日までに意識の変化が加速するとしている。いまわれわれは意識変化の真っ最中にいることになる。そのような変化をわれわれは感じるだろうか?

http://ytaka2011.blog105.fc2.com/blog-entry-187.html
ヤスの備忘録 歴史と予言のあいだ


ホメオパシー問題:波動と本体
テーマ:Media Point:MP1⇔MP2
私はホメオパシーは原理的には合理的であると考えていた。即ち、波動が情報となり、それが、治療に役立つ可能性を考えたのである。もっとも、基本的には今日の物質的治療を優先させるべきだとは感じてきた。
 今、ふとホメオパシーは問題があると感じた。つまり、波動とは、Media Pointの現象の一部であり、本体ではないからである。本体は双極子としても、-1の超越的身体が元本体である。だから、波動を基礎にすると、双極子や -1が抜けている、言い換えると、外面だけで、中味がないという様態である。

ホメオパシーは有効? 「副作用もないが治療効果もない」VS「科学的に有効性が証明」
 植物などを希釈させた水を砂糖玉にしみこませて作る「レメディー」を服用する代替療法「ホメオパシー」の有効性などの議論が活発化している。8月末に日本学術会議が、ホメオパシーの治療効果を否定する談話を出したことがきっかけだ。これを受け、ホメオパシー関連団体が「科学的根拠はある」などと反発。厚生労働省も実態把握に乗り出した。ホメオパシー利用者が現代医療を拒否したために死亡したとされるケースもあり、議論の行方は予断を許さない。(産経新聞)
[記事全文]

◇ホメオパシーの実態調査で明らかに
・ 助産所36か所で過去2年以内にビタミンK2投与せず−助産師会調査 - 医療介護CBニュース(9月8日)
▽死亡で訴訟も
・ 医療ナビ:新生児のホメオパシー ビタミンK2を与えず、独自の療法を… - 毎日新聞(9月15日)



尖閣事件多元方程式:石垣海上保安庁と前原外相
テーマ:軍事・武力・国防・核兵器・諜報・領土問題
私は勘違いしていたが、「石垣海上保安部(沖縄県石垣市)は8日未明、船長の中国人、※其雄容疑者(41)を公務執行妨害容疑で逮捕した。」
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100908k0000e040062000c.html
ということなので、石垣海上保安部が逮捕したのであり、前原外相ではないのである。
 しかしながら、当然、内閣が責任を負うのは確かである。そして、逮捕、拘留延長を前原外相が肯定したということである。だから、前原外相の責任がある。
 とまれ、本事件は様々な変数があるので、解読が難しいのである。尖閣事件多元方程式である。
 

参照:
ガス田で首相、対抗措置を検討 単独試掘案も 
(9月19日 02:09)

 菅直人首相は18日、日中双方が権益を主張する東シナ海のガス田「白樺」(中国名・春暁)で中国が掘削作業に踏み切った場合の対抗措置の検討に着手した。中国側が白樺の洋上施設に掘削用とみられる機材を搬入したことを重視し、同日午後に前原誠司外相、仙谷由人官房長官らと公邸で協議した。政府部内では中国側の施設周辺で日本単独での試掘に踏み切ることも含めた「複数案」(政府関係者)が浮上している。

 協議には外務省の佐々江賢一郎事務次官、斎木昭隆アジア大洋州局長、細野哲弘資源エネルギー庁長官らも出席。中国側の動向を注視するとともに、外交ルートを通じて自制を求めていく方針を確認した。

 海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件で漁船船長を逮捕、送検したことをめぐっては「国内法にのっとり粛々と手続きを進める」(前原氏)ことでも一致したとみられる。白樺周辺では、海上自衛隊哨戒機P3Cによる警戒監視活動を強化する方針だ。

 日本政府は2005年7月に帝国石油に試掘権を許可。対抗措置としては、国際海洋法裁判所への提訴も選択肢となる可能性がある。

http://www.shimotsuke.co.jp/news/domestic/main/news/20100918/384938

******************************
 
国際戦略コラム NO.3759       ???
             発行部数 4000部    ???
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/ ???
         2010.09.26        ???
******************************
        尖閣沖衝突事件の顛末
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
月曜有料版の0章、1章途中まで、お送りします。

中国は世界第2位の経済大国になり、経済規模が大きくなったこと
を生かした外交交渉ができることを世界に示した。軍事力も米国に
ついで第2位の位置にあり、中国がアジアの地域覇権を取ることは
確実になっている。

しかし、経済規模は大きいが、中国首脳は自国のことを発展途上国
と規定して、自分の利益優先にし世界経済秩序の安定に寄与するこ
とをしないし、領土拡張を目指して周辺諸国と紛争を起こすことが
多くなっている。
          Fより

0.事件の顛末
中国の漁船が、9月7日午前10時56分ごろ、尖閣諸島・久場島
の北西約15キロの日本領海上で、巡視船の再三の停船命令に応じ
ず、左舷を衝突させて、公務の執行を妨害した疑いで中国人船長を
逮捕し、9日午前に、この中国人船長、※(※=簷の竹カンムリを
取る)其雄容疑者(41)を那覇地検石垣支部に送検した。

中国の外交を統括する戴秉国・国務委員(副首相級)は12日午前
0時(日本時間同日午前1時)、丹羽宇一郎・駐中国大使を中国外
務省に呼び出し、中国側の「重大な関心と厳正な立場」を表明した。

この中国の申し出により、日本政府は13日午前、公務執行妨害の
疑いで逮捕した漁船の中国人船長を除く中国人船員14人を帰国さ
せた。

9月14日、民主党代表として菅首相が代表に再選された。

検察当局は16日、石垣海上保安部が中国人船長の拘置期間の10
日延長を請求するし、裁判所が認め拘置期限は29日となる。

東シナ海ガス田「白樺(しらかば)」(中国名・春暁)の掘削施設
に、中国の作業船が16日までに掘削作業用のドリルのような機材
を運び込んだ。

中国外務省の姜瑜副報道局長は22日夜、「日本側がただちに(逮
捕された)中国人船長を無条件で釈放することでのみ、両国関係が
さらに傷つくのを避けることができる。」と仙谷官房長官が日中政
府間のハイレベルな接触を模索する考えを示したことに対し、これ
を拒否する姿勢を示した。

米紙NYTは22日、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件に絡んで、
中国政府がこのほど、日本向けのレアアース(希土類)の輸出を全
面禁止したと報じた。

23日夜、河北省石家荘市の国家安全機関が、同省の軍事管理区域
に侵入し、違法に軍事施設をビデオ撮影していたとして、日本人4
人を取り調べていると伝えた。

那覇地検は24日、同保安部が公務執行妨害の疑いで逮捕した中国
人船長を処分保留のまま釈放した。

中国外務省は25日、「日本側は船長らを違法に拘束し、中国の領土
と主権、国民の人権を侵犯した」と強く抗議する声明を発表し、日
本側に謝罪と賠償を求める方針を明らかにした。

外務省は25日、中国が謝罪と賠償を求めていることについて「中
国側の要求は何ら根拠がなく、全く受け入れられない」との立場を
示した。これに対して、中国外務省は「尖閣諸島は中国固有の領土
だ。日本は中国の領土主権と国民の人権を侵しており、中国側は日
本に謝罪と賠償を求める権利を当然持つ」と反論する。

1.米国の対応
23日の日米外相会談。クリントン国務長官は尖閣諸島について、
「明らかに(米側の日本防衛義務を定めた)日米安保条約が適用さ
れる」と明言した。これは国務省としては、中国の傲慢さに歯止め
を掛けることが必要であるために、その声明になっている。

しかし、23日夕の日米首脳会談では「両首脳は西太平洋の海洋問
題について議論し、緊密に協議していくことで一致した」という抽
象的な文言しかない。事実、オバマ大統領が中国に直接、事態の沈
静化を働きかけようにはみえない。米国は中国と人民元切り上げの
要求をしていて、その交渉を阻害することを中国に要求できない。

首脳会談に同席したホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)
のベーダー・アジア上級部長は23日の記者会見で、「米国は仲裁
していないし、その役割を果たすつもりもない」と日本側を突き放
していた。これは、この人民元切り上げを要求している時期に厄介
な問題を起こすなという日本に対する警告である。

そして、この首脳会談後、突然の船長釈放という知らせが届いた。

以後は有料版を見てください。

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拾い読みしたが、興味深い:量子化問題
テーマ:検討問題:思考実験・仮説・エッセイ・メモ
生成門氏は粒子を不連続、そして、波動を連続と捉えている。私は波動はやはり物質面での現象だと感じている。
 つまり、量子は、物質面では、粒子となるし、また、波動ともなると考えられるのである。つまり、私のイメージ(妄想?)では、物質平面があり、そこに波形が表れるのである。
 そして、粒子であるが、それも物質平面にあるように思えるし、また、それから浮遊しているようにも思えるが、物質である。
 しかし、私は粒子は仮想ではないかと思っている。量子は双極子である。それが、「粒子」となり、「波動」となるのである。
 おそらく、双極振動ないしは双極ゆらぎ、あるいは、双極回転が根源にあると思う。この超越的双極子の現象が「粒子」や「波動」ということである。
 連続の問題で言えば、確かに、「波動」は連続的と言えるかもしれないが、なにか微妙な感じがある。

追記:量子であるが、それは、「粒子」であり、かつ、「粒子」ではない。また、「波動」であり、「波動」ではないという、即非的エネルギーであると思う。
 そう、「粒子」でもなく、「波動」でもない、という点が重要だと思う。そこで、双極子の仮説がありうるのである。
 また、繰り返すが、非局所的長距離相関であるが、そこで考えられている「粒子」は仮想だと思う。本体は、虚軸的双極子だと思う。もともと、双極子であるならば、凸iと凹iが「虚時間」的に交信しているので、物質的には超光速的に情報が伝搬するように見えるのではないだろうか。
 

ファインマンの量子化という奥義 (0)

要するに、量子化とは連続しているものを小さ小分け(不連続化)することで、計算しやすくするわけです。言ってみれば、アナログをデジタル化するわけです。

量子化とは、連続している状態のものを不連続にする手法です。光という連続している波を不連続な粒にして、その粒を光量子と名付けたのはアインシュタインでした。

量子力学の生みの親は量子のエネルギーの単位を見つけたプランクだとされていますが、光量子と名づけたアインシュタインこそが量子力学の真の親かもしれません。その親が子(量子力学)を「神はサイコロを振らない」といって否定しているのですからおかしなものです。

何故、アインシュタインが量子力学を否定したのでしょうか。それを解明すれば量子力学の矛盾と言いますか、混迷している理由も分かってくるのではないでしょうか。

この問題は、アインシュタインや量子力学学者だけの問題ではないのです。「実在とは何か」という哲学の問題であり、私達の人生に於ける生き方の問題なのです。
シムダンス「四次元能」


対中国にはきちんと理詰めで向かう必要があるが・・・:背景を研究する必要がある
テーマ:軍事・武力・国防・核兵器・諜報・領土問題
MSN産経ニュース
【主張】中国人船長釈放 どこまで国を貶(おとし)めるのか 2010.09.25 03:00
■主権放棄した政権の責任問う日本が中国の圧力に屈した。千載に禍根を残す致命的な誤りを犯したと言わざるを得ない。沖縄・尖閣諸島(石垣市)沖の日本領海を侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突し、公務執……続きを読む

中国の攻勢の背景をよく洞察する必要がある。
 まず、前提として、中国と米国は覇権で対立しているということである。
 そして、尖閣諸島や沖縄は、境界となり、力が生まれる箇所である。いわば、活断層である。
 また、前原外相が不用意に先に逮捕という前例のない強硬手段をとったことを認識する必要がある。なにかに教唆された可能性があるが、逮捕は逮捕であり、自己責任があるのである。
 そして、菅政権が弱体・無能政権であるということも中国は認識しているだろう。
 そして、当然ながら、中国の帝国覇権路線があるのである。中国は国境や領土では、絶対譲れない立場にあるのである。そして、国防から見て、民主党は、米国との信頼関係を弱めてしまったので、国防力が弱体化しているのである。また、日本の外交の諜報能力が劣弱なこともある。
 その他、いろいろある。
 ただ、不思議なのは、なにか中国があせっている、性急である印象があることである。何であわてているのか。日本の国家の隙につけこんで、急襲ということはあるが。
 一つの原因は中国の国内問題があるのだろう。それを対外的にそらす意味があるだろう。
 では、国内問題とは何か。何が差し迫っているのか。 

参考:

日中両国の政局からすれば、双方とも事態の悪化を望まないはずである。しかし中国側は強い姿勢を示さなければならない。なぜなら、国内からの政治的圧力に応えなければならないからである。市場経済の衝撃を受けて、共産主義イデオロギーが国民から切り捨てられてからは、中共は体制維持のために政治的合法性を必要不可欠としている。時には民族主義などによって、西側からの普遍的価値観の影響を防御しなければならない。

 隣国との領土問題は、中共にとって迂回する余地がないのである。もし領土問題で体制が弱まれば、政治的合法性を飾り立てるわずかなものさえ失われることになる。そうなれば、国民の不満が噴出するばかりでなく、党内闘争の導火線にもなりかねない。
http://www.epochtimes.jp/jp/2010/09/html/d87200.html




参照:

以下、きわめて刺激的な東海アマ氏の仮説である。
 ところで余計なお世話ではあるが、東海アマ氏の体調が悪い一因として、過激な内容の記事があるように思える。つまり、感情を高ぶらせているので、それは精神(気)に悪くはたらくのではないだろうか。シュタイナー的に言えば、アストラル体(PS理論では、凹i)に否定的圧力をかけているのである。そうすると、本来、調和的であるべき、Media Pointが乱調になるのである。とまれ、これは、私の勘違いの可能性があるが。

★ 2010年09月26日日曜日 8時更新

 6月中旬から体調が極度に悪化し、まともに歩けなくなってしまった。現在、やっと少し歩ける状態にまで回復したが、長い間、運動不足が続いたので、心身とも頗る不調だ。
 この数日、満月の影響か、またひどく不調になり、今朝も早くから神経が高ぶって寝られない。こうした状態はスマトラ巨大地震の年に酷似している。
 猛暑や熊・イノシシの被害が激発したことなど、本当に2004年にそっくりで、おそらく年末までに超弩級スーパー地震が発生するのは確実と見ている。

 行徳データを見る限り、まだ数日以内に発生が近づいていることを示すグラフはないが、体感は猛烈状態が続き、赤道方面南方海域で巨大震源が胎動しているように思える。
 台風12号は、予想に反して房総はるか沖から北海道はるか東方に抜けた。低気圧は震源を経由する性質があるようだが、発生直前の震源には高気圧のようなブロッキング斥力が働き、台風が逸れてゆく傾向を確認している。したがって房総沖の巨大震源はないと思う。しかし逆に、房総半島内陸に震源があれば、それが原因で上陸をブロッキングされた可能性も考える必要がある。台風の進路を定めるのは、太平洋高気圧のブロッキングと、巨大震源のブロッキングだと考えている。

 現在、予想した千島方面の発生が遅れているようだ。昨日、八丈島沖M5.2が起きているはずだが、UCGS記録がはっきりしない。満月トリガーから離れようとしているが、とうとう目立った発生が確認できず、前兆に比較して発生がないのは、桁違いの巨大震源による抑圧の可能性があると思う。


■ 中国政権が対日侵略を決意したのは、いつ頃?

 尖閣問題の予兆といえそうなニュースを調べていたら、このようなものがあった。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100903-00000069-scn-cn
 これは9月3日の報道だが、中国首脳が揃って抗日烈士の墓参を行っていた。このニュースは、明確に今回の尖閣侵攻が中国政権による重大な侵略決意の元に行われた計画的なものであることを示している。江沢民抜きというのは、これが胡錦涛北京派の共同意志であることを意味していて、従来、上海派と目されていた時期総理候補筆頭、習近平も加わっていることから、噂通り、習は江沢民派を離れて北京派に加わったと判断できるだろう。
 いずれにせよ、このニュースは、中国首脳が日本とのつながりの大きな上海派との抗争に勝利する切り札として、尖閣を強奪し、日本の経済的影響力と決別する意志を鮮明に打ち出したと見るべきだ。

 日本は、田中内閣による国交回復以来、38年にわたって、戦後賠償の意味も含めて4兆円を超える巨額のODA援助を行ってきた。実質は、その数倍もありそうだ。そうした資金は、主に江沢民ら上海派の腐敗幹部の懐に流れ込んだと見られている。そこで中国侵出日本企業の現地拠り所になる役人の多くが上海派になっており、生産拠点が上海周辺に固まっているのも同じ理由によるものだ。
 こうしたカネこそが、江沢民派に集う中国地方政権を腐敗させた根源にあるもので、北京派としては、これを苦々しく思ってきたにちがいない。
 それが中国経済を主導しているうちは、北京派にも恩恵をもたらしてきたが、上海市場を中心とするバブル経済の崩壊が目前に迫り、虚構、虚飾に満ちたインチキ評価の化けの皮が剥がれて、中国経済の実態が、アメリカや日本なみの深刻な危機にあり、まさに超巨大なバブル崩壊が目前に迫っていると胡錦涛北京派が認識していたと考える。

 そこで、バブル崩壊による経済破綻の後に責任を取らされる北京派が、追求の矛先を日本侵略にすり替える大作戦に出たと考えるのが自然だと思う。中国経済に対する日本の寄与は終わり、後は技術移転、パクリの果実を中国人だけが享受すればよいのであって、日本企業にこれ以上うまい汁を吸わせるわけにはいかないという大局的判断だろう。

 抗日烈士の墓参は、中国政権が日本を真正面から叩きつぶすという大きな決意を示すものであり、これは尖閣を突破口として、沖縄強奪、ひいては日本本土侵略も視野に入れたものだろう。もちろん、中国内日本企業資産はすべて没収し、日本資産も強奪する。数十万人というわれる日本人は追放、あるいは殺害されるだろう。
 もう中国にとって日本の利用価値はないという判断であり、とりあえず尖閣原油資源は、1000億バレルの埋蔵量としてバレル50ドルの利益が出ると計算すれば500兆円の価値になり。これだけでも強奪できれば、中国政権のバブル崩壊に伴う傷を癒せるという政治判断だと考えられる。

 中国政府代弁ジャーナリストの発言 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100926-00000000-rcdc-cn
(表向きの意味の裏に隠された真意を読み取れ! 中国の要求を拒めば、日本企業から取り立てる、つまり資産没収をするという意志だ)

東海アマチュア無線  地震予知研究会

参考2:
◆温首相、政治改革に言及 内部分裂激化の証しか

保守派の異常な動き

 中共内部において、改革派と保守派は常に論戦し合っており、その焦点は毛沢東に対する評価となっている。薄煕来が左派の領袖として「革命の歌を歌い、マフィア組織の取り締まりを行う」ことをもって国民の支持を得ようとしている。一方、改革派は毛沢東の諸問題をつねに言及しつつ、天安門事件で失脚した趙紫陽前総書記の功績を讃えるのである。「炎黄春秋」がその代表的な刊行物である。

 左派の人たちは言論にとどまらず、さまざまな行動も見られる。たとえば、「真の共産党」を作ろうとすることや、各地で労働者によるストライキを企画、組織するなどである。このほど、各地で起きたストライキブームは実は、左派たちの「傑作」だったと言われている。特に日系企業をターケットにして民衆の感情を扇る狙いであるという。
http://www.epochtimes.jp/jp/2010/09/html/d90519.html


南シナ海への米の介入、中国が警告 専門家「領土争議の挑発は内部闘争の証し」

 領土争議の挑発は、中南海の内部闘争を反映か

 米国在住の中国問題専門家、石藏山氏によると、南シナ海は中国の核心的な利益であるというスタンス発言は、中共軍部と米国軍部の間の話題であるはずだ。中国政府が米政府高官にこのように発言したのは異例なことであり、中南海高層の内部闘争に関係している可能性があるという。

 ここ数十年、中国海軍は、速やかな発展を成し遂げ、南シナ海の海域に対する権利をコントロールする実力を備えていると考え、ますます強いメッセージを発信するようになってきている。そのため、ほかの国々に警戒心を与えてしまった。しかし南シナ海問題をASEANの間で協議することは北京政権にとって最も望ましくないことであると石藏山氏は指摘する。

 実際、南シナ海は核心的な国益と発言した後、国際社会で一連の反発を招き、中国のトップ責任者らのメンツを大きく潰している。裏には中国軍部の一部権力者が中南海高層に難題を造り出していることを石蔵山氏が指摘した。民族主義は最も扇動されやすく、現在、尖閣諸島の漁船衝突も、裏に挑発する勢力がいると考えられる。その狙いは、南シナ海海域や、米国や日本に向かっているのではなく、「中南海高層にターゲットしている」と、同氏は考えている。

 また、「南シナ海において北京は制海権もないし、制空権もない。ASEANのほかの国々の陸地は南シナ海との距離が近いため、陸基地の空軍とミサイルに頼ることができるが、中国は海の基地に頼るしかない。南シナ海問題で米国がもしASEAN各国を支持し、これらの国に武器輸出などのメッセージを発信すれば、北京はすぐさま優位を失ってしまう」と同氏は語る。
http://www.epochtimes.jp/jp/2010/09/html/d39549.html


2010年09月24日(Fri)▲ページの先頭へ
スロー人氏のポスト・ポストモダンはトランス・モダンだ:同一性の支配から差異共立共振の発展へ
スロー人氏のポスト・ポストモダンはトランス・モダンだ:同一性の支配から差異共立共振の発展へ

テーマ:トランス・モダン社会/世界への創造的進化

以下、ポストモダンの時代が終わり、グローバルな再工業化の時代がやってきたと述べられている。
 これは、トランス・モダン・キャピタリズムの時代と考えられる。モダン・キャピタリズムは同一性が支配した。ポスト・モダンはその末期を意味した。今や、差異的価値、差異的価値の共振が新たな経済を生み出すのである。
 差異⇒同一性の図式から見ると、モダン/ポスト・モダンは右辺主義であり、それが、左辺を侵害したのである。しかし、トランス・モダンは、左辺へと回帰・再帰・環流して、新たに同一性を形成するのである。しかしながら、主は左辺であり、従は右辺であり、逆転するのである。オバマ政権の「ロックフェラー路線」がそれを推し進めているのである。
 再工業化は、その一端であると考えられる。それだけでなく、トランス・モダン精神が勃興するのである。それは、トランス・モダン・ユニバーサルである。
 そう、個、絶対的差異において、世界は共立・共振生産・創造をするのである。これを「連帯」につなげるのは、守旧的なのである。

補記:正確言えば、新しい超越の時代である。ps理論では、−1の時代である。量子論は虚軸=「電磁波」まで進んだが、それを超えて、超越、高次の世界へと再帰するのである。
 そう、モダンを媒介にして、前近代(先古代、古代、中世)が回帰するのである。これは、超越への復帰である。言い換えると、神への回帰である。


ポスト・ポストモダンの時代

 簡単に言えば、モダン化の時代は工業化の時代。この工業化を終えて、次の経済ステージに上がったのが「ポストモダン」と呼ばれていた。


 もちろん、ポストモダンの代表的な国家はアメリカであった。


 金融とIT技術によって脱工業化の経済を実現したと思われていたわけだ。


 しかし、足元を見れば、G20が力強く歩み出し、とりわけ中国が強烈に台頭してきたように、アメリカの力は相対的に衰え、ドルはかつての不動の地位から引きずりおろされた。


 こうして「ポストモダン」後の時代、つまり「ポスト・ポストモダン」の時代へと時代が移り変わったように思える。


 「ポスト・ポストモダン」の時代は再び工業化の時代に回帰したように思える。


 これまでの工業化は「先進国のみ」というきわめて限定的・地域的な現象だったが、「ポスト・ポストモダン」時代の工業化はグローバルな広がりが見られることが特徴的だ。


 これこそ、本格的な資本主義化の時代が始まったと見るべきなのかもしれない。

http://ameblo.jp/adco/entry-10657570837.html


スロー人ロハス-自由と資本主義と礼節

オバマ大統領、米国の「世界開発政策」を発表


いまだ解けない金融危機の方程式

世界経済 リーマン・ショックから2年、 新たな経済学の胎動はまだ聞こえない


2010年09月23日(Thu)▲ページの先頭へ
尖閣列島問題について:ロックフェラー路線と「ロックフェラー路線」の大争闘の時代
尖閣列島問題について:ロックフェラー路線と「ロックフェラー路線」の大争闘の時代
テーマ:ゾロアスター教的「光と闇」の戦争闘争時代
炯眼な田中宇氏の以下の解明に拠ると、今回の事件の原因として、

1)対米従属派の巻き返し
2)米国による対中強硬路線の誘導

の二つを提起している。
 しかしながら、前原外相はもともと従米派(1)であり、2を当然盲信するはずであるから、二つ仮説は一つに収斂するのである。
 ということは、棺・戦国左翼政権は、米中の対立下にあり、米国の路線、とりわけ、戦争産業覇権路線に従属していることになる。
 私は先に前原新外相とは不可能な人事と呼んだが、それが、早くも的中してしまった。前原氏はタカ派であり、単純細胞、つまり、2項対立の発想しかできないので、外交には不適格なのである。
 棺桶政権を生んだ結果がとんでもないことになっている。やはり、ロックフェラー路線が影で糸を引いている。
 しかしながら、大阪地検の大不祥事で明らかなように、オバマ「ロックフェラー路線」が日本でも活動し出したようである。今や、世界、日本は、ロックフェラー路線=悪=闇と「ロックフェラー路線」=善=光の大争闘の過程にあると言えよう。
 早晩、棺桶自殺政権は崩壊する。日本国民が覚醒できるかどうかが問題でもある。小沢一郎は「ロックフェラー路線」であり、ポスト棺桶政権を目指しているだろう。

追記:因みに、中国外交が対米的に、批判と同時に互恵的発想ができるのは、他者を差異として捉えているからである。米国外交の場合も、他者を差異として見ている側面がある。もっとも、他者を潜在的な敵と見る方が多いが。
 この点から、はっきりと、前原外相は外交の能力はまったくないことが判明するのであり、日本はin dire straitsにあると言えよう。


参考:
日中対立の再燃
2010年9月17日  田中 宇

 日本の海保は、中国漁船を監視する巡視船を尖閣周辺に配置してきたが、トウ小平以来の日中間の領土紛争棚上げの合意もあり、これまで日本側は尖閣領海で、台湾や香港の船を激しく追尾しても、中国の船を拿捕・逮捕したことはなかった。日本も中国も、民間に「尖閣(釣魚台)を守れ」と主張する政治活動家がいても、政府としては対立を避ける姿勢を互いに採ってきた。その意味で今回、日本の当局が中国の漁船を拿捕し、船長を起訴する方針を固めたことは、日本が政府として中国との対立を決意する、対中国政策の劇的な大転換を意味する画期的な動きである。

 今回、日本政府は「漁船がぶつかってきたのだから逮捕は当然。中国政府の怒りは不当だ」と言い、日本のマスコミの論調も同様だ。そして中国側は、衝突の際に海保と漁船のどちらが悪かったかについて、現場に当事者以外誰もいなかったので何も反論できず、人民日報英語版の報道も、その部分は「日本では、漁船の方からぶつかったと報じられている」としか書いていない。中国政府は、衝突時の経緯について反論できず、日本の主張が通っている。(Arrest brings calamity to trawler captain's family )

 尖閣領海内は日中漁業協定の範囲外だが、外交的に日中間には、尖閣について日中は敵対しないという、トウ小平以来の日中の了解があった。今回、日本側がそれを破棄し、日本の法律を使って中国漁船員を逮捕するという、領有権をめぐる強い主張に踏み切ったので、中国政府は驚き、怒ったと考えられる。

 事件後、中国当局は、尖閣周辺で操業する中国人漁民を保護するため、準軍事部隊である漁業監視船を派遣することにした。史上初めて、日本(海保)と中国(農業省傘下の漁業監視船)の軍事的な部隊が、海上で対峙する状況が生まれる。日中交戦もあり得る事態だ。戦後65年なかった、日本が戦争しうる事態がぐんと近づいた(鬼畜米英の代わりに中国の脅威が喧伝される)。尖閣諸島は、南沙群島や黄海とともに、中国と、米国に支援された周辺国が対峙する、世界的な海上紛争地域(対中包囲網)に格上げされた。(中国軍を怒らせる米国の戦略 )

▼米国が前原をそそのかして好戦策?

 今回の件は日本のマスコミで、中国漁船の不法行為を当然の行為として日本の海保が取り締まり、それを不当にも中国政府が非難していると報じられている。しかし従来の日本当局は、中国漁船を追いかけても、追い詰めて逮捕起訴することはなかった。今回の逮捕起訴劇の重要点は、漁船の行為や中国の反応ではなく、中国が怒ることを知っていて逮捕起訴する日本政府の能動的な政治意志である。なぜ今、日本が中国を怒らせるかが重要だ。

 こう書くと、私のところに「従来の日本政府の対応の方が間違っていた。今回初めて日本政府は、中国側に毅然とした態度をとるという正しい行動をした。従来の日本の姿勢を擁護するかのようなことを書くお前は間違っている」という批判メールが来るだろう。だが私にとって大事なのは「何が正しいか」ではない。何が正しいかは、日本と中国で正反対であり、日本人も中国人もマスコミなどによるナショナリズム扇動に乗せられて怒りを抱き、善悪を語っている。怒りや善悪論は、分析をねじ曲げる邪魔者である。

 話を戻す。なぜ日本政府は中国を怒らせるか。まず考えられることは、政官界や民主党内での対米従属派の巻き返しである。昨秋から今春までの鳩山政権下で、沖縄の人々は米軍基地に強く反対するようになり、米国自身も財政難がひどくなり、国防総省が米国外の軍事駐留に金をかけすぎていると、米議会で共和党がオバマを批判している(軍産複合体は共和党系なのに)。今後、不況の二番底が来て米政府が追加の財政出動をしなければならなくなり、財政赤字が増えるほど、米軍を日韓や欧州から撤退させた方がいいという議論が米国で出てくる。そのような状況になっても、日中が戦争寸前の状態になっていれば、沖縄の米軍は撤退せず、日米同盟に固執する日本の対米従属派は延命できる。(Senator Wants to Cut Overseas Base Construction )

 もう一つの考え方は、逆に、米国が日本を中国との敵対に誘導しているのではないかというものだ。3月末の天安艦沈没事件を機に韓国と組んで北朝鮮との緊張を高め、北の守護者になっている中国を怒らせ、ベトナムに肩入れして南沙群島問題で中越対立を扇動しているのと同様の流れである。米国は、韓国、ベトナム、そして日本をけしかけて、中国包囲網を構築している。

 自衛隊と米軍は今年12月、中国海軍を仮想敵として、中国が台湾を東海岸から侵攻した場合を想定し、台湾の東海岸の沖合に位置する沖縄の尖閣諸島や八重山列島の周辺で、日米軍が中国軍の台湾侵攻を阻止するための日米合同軍事演習を行うことを計画している。似たような日米軍事演習は、すでに8月にも沖縄と九州で行われている。こうした動きと、中国漁船員逮捕起訴を合わせて考えると、米国が日本を誘って中国敵視の方向に動かしていることが感じられる。 (US, Japan to hold exercise to recapture disputed isles )


http://www.tanakanews.com/100917senkaku.htm



*
イメージ
温家宝中国首相、米中関係の改善望む姿勢強調

 訪米中の中国の温家宝首相は22日、ニューヨークでのイベントで、米企業幹部らに対し、米中間の現在の相違は「非常に容易に解決できる」との見解を示した。さらに、両国企業の利益は「表裏一体だ」と表明した。



トランス・ユング心理学
テーマ:Media Point:MP1⇔MP2
ユング心理学は、PS理論で簡単に説明できるし、さらには、それを乗り越えることができる。
 即ち、男性のアニマ(無意識)は、凹iであり、女性のアニムス(無意識)は、凸iである。
 しかしながら、問題は女性の捉え方である。女性を凹iが本体と見ているのである。しかしながら、女性の本体は、凸i*凹iと見るのが適切である。
 現代、女性は男性的意識凸i傾斜に染まっているので、本来の差異バランスを喪失しているのである。故に、女性性が影(シャドウ)になってしまっているのである。
 また、以前述べたが、ユングの説く「自我」と「無意識」の統合としての「個性化」であるが、これは、不可能である。何故なら、「自我」の連続性から脱却していないからである。故に、理論は中途半端で、混合したものであり、混乱させるものである。


オクタビオ・パス(Octavio Paz)
テーマ:詩・俳句・和歌・連歌・連句・連詩
オクタビオ・パス(Octavio Paz)
ある詩が 優れているかどうかは、
それが 変質しない程度に
散文をどのくらい吸収しているか、
その量(りょう)で量(はか)ることができる

またその逆もしかりで、
優れた散文は詩を含んでいなければならない

メキシコの詩人
オクタビオ・パス(Octavio Paz)の言葉より
1990年にノーベル文学賞に輝いた
「奥の細道」をスペイン語に訳したことでも知られいます
(1914-1998)



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%93%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%B9

このようなことを
書いてます

実際ね君が自負している当たり前の真実とやらは
当然欲望という名で知られ無理に着飾って美しくすること
じゃないゆがめることもない標準化の要なし分らせようもない
鼻をつまみ目耳舌性器脳みそを皆さんに見せてあげて運に任せ
正確に自分の声を聞き自らに語りかけようよ
そうすれば他人もまた嬉しくも救われようあの重荷から
彼ら自らの思い悲しみから始まりが欲望だから終わりは叡智だよ
物事を離れて観念はない

パスはこう言ってる
仏陀の沈黙は知覚ではない
その背後にあるもの
すなわち知恵である
非知
解放されてあること
そして分解されてあること
安らぎは舞踏であり
不動のらせんの中心における苦行僧の孤独は
女神カーリーの寺院に見られる愛し合う男女の抱擁と
一体化する


このような
詩を書いてます


遺跡での感謝の歌

泡立つシシリアの海が(リリベオの麓に銀箔をほどこす)ところに....
ゴンゴラ

王冠で飾った時代の服装を誇示する
大げさでセンセーショナルな叫び声
片寄らず 恵み深い
温泉は空の真ん中へ周期的に噴き上げる
その容姿は一時的な現実の中で見事である

海は海辺をよじ登って
岩場にへばり付き まるで輝く蜘蛛のよう
山の鉛色の傷がきらきらし
一握りの山羊ははたくさんの石になり
太陽は海に金色の卵を産む
一切が神様
壊れた像
日光によってもろくなった円柱
死の世界で息づいている遺跡

http://blog.livedoor.jp/kool_gang/archives/51774416.html

ネバーランド

オクタヴィオ・パス
『弓と竪琴』
1980 国書刊行会・2001 ちくま学芸文庫
Octavia Paz : El Arco Y La Lira 1956〜1967
牛島信明 訳

「ポエジーは認識、救済、力、放棄である」、「詩は無数の異質な形式のなかに分散している」、「どんな差異も歴史的変動の結果なのではなく、もっともっと微妙なものの結果なのだ」、「形式と実質は同じものである」。
 世界社会の、放っておけば相克しあい激突しあいかねない多くの異相と矛盾を、みずからの思索と行動と表現のなかに抱えこんで、オクタヴィオ・パスは書き続けた。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0957.html




邦語文献
オクタビオ・パス(1914-98)
現代ラテンアメリカを代表するメキシコの詩人、批評家。90年ノーベル文学賞受賞

http://www.cafe-mexico.com/database/libro/libro_literatura.html


資本主義の力学:2H2+O2⇒2H2O:脱資本主義とは、差異的生産市場主義である
テーマ:森羅万象:諸事万端:天象地象:天候気象
水素と酸素が反応して、水が生じる。
 水素を雇用者、酸素を被雇用者とすれば、両者の共振から、水=生産物を生まれるのである。
 しかしながら、結果の水=生産物は雇用者と市場が支配する。
 しかしながら、結果は生んだのは、左辺であり、ここに生産源があるのである。しかし、資本主義は、結果の+1の競争に突き動かされて、左辺を否定するようになるのである。
 右辺を支配するのは、資本家である。故に、逆転させて、左辺を主導化すればいいのである。資本家への配分を激減することが必要である。

追記:市場は右辺というよりは、左辺として見る方が適切だと思う。後で、さらに検討したい。


ほぼ四年前のブログ記事であるが、余裕があった:オクタビオ・パスの詩を久々に読み、詩への郷愁が起る
テーマ:詩・俳句・和歌・連歌・連句・連詩
Sat, September 30, 2006 22:51:40
俳句&川柳(はてな)
テーマ:詩・俳句・和歌・連歌・連句・連詩

f:id:sophiologist:20060930224916j:image

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:%E6%B0%B4%E9%9D%A2%E6%B3%A2.jpg

目を瞑り

海鳴を聞く

砂の浜

川土手の

風心地よき

鎮守杜

玉の音に

蛙の混じる

窓辺なり

人間 の

イデア は一つか

個のイデア

田舎 なり

大きな蜘蛛の

壁を這い


田舎屋に

足長き蜘蛛

壁を這う

田舎屋に
脚長蜘蛛の
壁を跳ぶ

草深し
長足蜘蛛の
壁走る

プレハブ の

海の家 なく

サーファー見ゆ

少女あり

カラスや千鳥

海景色

海釣りの

孤影の堤防

波砕く

白き鳥

ゆうゆう と翔ぶ

川面かな

土手道を

犬引きつれぬ

女たち

土手道を
犬引き具しぬ
女(め)たちの背


横這いの

蟹どもあらわる

川の道


蟹どもの

横這い隠る

川辺道

直売店

冬瓜まるまる

百五十円

運動に

疲れしからだ

俳句 詠む

愚かなり

勝ち誇る我の

虚栄心

ゴミ浜に

兵どもが

棄て散らし

http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/okunohosomichi/okuno20.htm#ku

モダン 去り

兵どもの

荒地かな

コスモス や

曼珠沙華咲く

路傍かな

f:id:sophiologist:20061001004058j:image

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Cluster_amaryllis_close-up.jpg

飛び魚の

銀に耀く

水の音

囚人 や

我は忍耐

介護 する

浅ましき

コトバ溢れぬ

巷なり

近代の

理想・理性は

闇なりぬ

金儲け

人をだまして

死人かな

美味し蕎麦

日々精進に

自炊せり

末世なり

ノアの方舟

世は忘れ

末世かな

タマシイ抜けし

ことばかり

哀れなり

愚人悪人

世に溢れ

雨降りて
唱鳴き交わす
蛙ども


http://ameblo.jp/renshi/archive1-200609.html



自我は凸iに再帰する:陶酔的自己としての自我
テーマ:検討問題:思考実験・仮説・エッセイ・メモ
自我は自己陶酔的である。これをどう分析するか。
 これはやはり、凸i⇒+1で説明できよう。同一性スクリーン(精神的フィルター)に自己投影していると考えられる。そのために、同一性自己=自我に自己は一致するのであり、これが自己陶酔である。現代の日本人は大半がこれでである。他者なきナルシシズムの日本人である。



検討課題:差異共立的相互作用の用語をどうするか:共交?、極交?
テーマ:検討問題:思考実験・仮説・エッセイ・メモ
差異共立は静態的である。しかし、差異が共立したまま、相互作用、相互変容するのである。これをどう表記するのか。
 共交という言葉を仮に使用した。共立的変容だから、共変でもいいかもしれない。しかし、共立したまま、相互作用する様態がうまく表現されない。
 ならば、共立浸透にすればどうだろうか。これは、悪くない。ならば、共立変容、共立変換等がありうる。
 これまで、この事象を表記する言葉は弁証法だったのだ。しかし、弁証法はこの場合、不可能である。なぜなら、弁証法とは同一性の力学だからである。そう、差異共振は弁証法的である。
 共交の場合は、相互作用はわかるが、差異性が失せる。だから、差交がいいかもしれない。しかし、これは、連続性が感じられる。ならば、差立交がどうだろうか。あるいは、共立交である。差異共立交である。ならば、共立浸透でいいことになる。
 結局、極性の問題である。ならば、極交はどうだろうか。差異極交である。




2010年09月20日(Mon)▲ページの先頭へ
ジジェクの「コミュニズム」と差異共立・共振トランス・コミューナリズム
ジジェクの「コミュニズム」と差異共立・共振トランス・コミューナリズム

テーマ:トランス・モダン社会/世界の創造・構築

以下、述べられているジジェクの「コミュニズム」とは、PS理論の方向である。しかし、PS理論的社会(政治・経済)はコミュニズムではない。私はそれは、差異共立・共振社会であると思っている。これは、いわゆる、共同体もコミュニティも超えた新しい社会だと思っている。個の共立・共振した社会である。それは、MP社会である。
 何度も述べているように、同一性価値=交換価値を差異共立・共振価値へと還元すべきなのである。何故なら、後者が主であり、前者は従であるからだ。資本主義の問題は、従であるべき前者が主になり、また、主であるべき後者が従になっていることである。こんな簡単なことを経済学者が言わないのは、民衆を騙すためであろう。とまれ、実践的には、差異共立・共振価値法を立法化すればいいのである。

追記:差異共立コミューナリズムという言い方が可能であろうか。コミューナリズムという用語であるが、直感では、かなり、妥当するが、それが、共同体主義を意味すると、疑問である。あくまで、個であることが前提だからである。
 しかしながら、個が生きるためには、基本的共有や共同体が必要である。思うに、トランス・コミューナリズムとしての、差異共立・共振社会を考えるべきかもしれない。トランスは、包摂を内包している。

* 「平等」について---ジジェクのコミュニズム(その3・終) (2010/09/13)


とはいえ、一つだけ付言したいのだが、それは四つの条件のなかにある「厳格な平等主義の正義」についてだ。ジジェクは、本書でコミュニズムの「基本定義」は「特定の限定を回避して、単独的普遍性へ、単独性と普遍性との直結へ」向かうことでもあると述べている。この言い回しはキルケゴールに示唆されつつ、キリスト教(あるいは神)を否定することによって普遍性に直結する方向を目指すということでもあるし、近代における神=資本(市場)と教会=国家の弁証法の外に立ち、媒介を破砕することとしてのコミュニズムを目指すということなのかもしれない。この過程で、先の四つの基本条件が位置づけられるともいえそうだ。
http://alt-movements.org/no_more_capitalism/modules/no_more_cap_blog/details.php?bid=87
no more capitalism


新自由主義と左翼主義の一致

テーマ:棺犹吐民死党ロックフェラー植民地売国政権

これは単純な資本的生産力主義で説明できるだろう。
 これは、まったき同一性価値=交換価値主義である。これは、資本主義の癌である。
 棺政権はこの路線になったので、まったく反動的である。今や、凸i⇒+1の物質路線ではなく、本源の差異共立・共振的経済様態への復帰が必要なのである。MP回帰・再帰である。
 このときは、精神的価値が重要となるのである。そう、差異共立・共振は本来、精神的価値である。

追記:新自由主義は凸i⇒+1である。左翼主義は、凸i⇒-1だろうか。しかしながら、凸iの同一性志向性があるので、それは、物質的志向性⇒+1になると思われる。
 ネオコンは本源は左翼である。後で再考したい。

追記2:左翼主義は、第四象限ではないだろうか。体制へのアンチテーゼとは、凹iであろう。体制への反発、反抗、反逆は凹iである。それが、物質主義(唯物論)を志向するのであるから、凹i⇒+1となり、第四象限である。これは、私の直感にも合うのである。

追記3:四大(地水火風)の人間認識図への適用であるが、異なる考え方もできる。

       風凸i
       |
       |
  -1火ーー空ーーー地+1
       |
       |
       水凹i
 

問題は、地と火を入れ替えるべきかどうかである。しかし、物質は地が適切である。後は、風と火を入れ替えるべきかである。しかし、霊は風や空気として、イメージ化されているので、やはり、風は凸iでいいと思う。
 ならば、-1を火とするのはどうか。火とは熱である。また、光である。
 発想を変えて、火と空を入れ替えてはどうだろうか。即ち、-1が空(くう)であり、MPが火である。即ち、

        風凸i
       |
       |
 -1空ーーー火ーーー地+1
       |
       |
       水凹i
 
となる。MPは、エネルギーが発生するので、これでいいだろう。-1を空とするのは、どうなのだろうか。物質界から見れば、超越的未知の世界は空としてもいいのではないだろうか。後で再考したい。

[09/18]「新自由主義という醒めない悪夢」 (「シートン俗物記」から) New!!
村野瀬玲奈の秘書課広報室


2010年09月07日(Tue)▲ページの先頭へ
保守主義問題:反自民党・反近代主義とPS理論
Kaisetsu氏が保守主義を明快に類別している。それに拠ると私はある保守主義には妥当し、他のそれには妥当しない。
 私は保守という言葉を積極的に使用したのは、思うに、1回くらいしかないと思う。
 私は今でも自民党基盤の田舎で育ち、反自民であった。田舎の人間の、一種自民信仰のようなものに反発はしていた。そう、田園を破壊していく自民党の近代化政策にも反発していた。また、米国に追従する自民党を嫌悪した。(追記:思うに、田中角栄をどう見るかが保守主義問題の核心にあるだろう。これについては、後で考察してみたい。)
 そもそも、近代主義への反発が強かった。これは、一種ロマン主義的反発である。美的反発である。物質主義への反発である。資本主義への美的な反発である。
 一番の問題は、近代文化史に典型的な、精神・感性と近代科学・技術との折り合いをつけることのほとんど不可能さであった。その最大の原因は戦後の物質主義教育を植え付けられていたこと(唯物論的洗脳)である。結局、PS理論は、徹底的にこの問題を解決して、合理的な現実主義と超越主義の両極を見つめる形になったのである。

追記:開明的保守主義という発想があり得る。ところで、後で、述べてみたいが、小沢一郎の発想は実に、差異的である。差異共立的であり、また、差異共振的である。結局、現実創造的に考えると自然、必然的にそうなるのである。差異こそ、現実の根拠であるからである。それに対して、干首相は典型的な同一性主義、空っぽ主義、空虚である。個のまったき欠如である。常に、他者を否定することで、自己同一性を維持するだけで、自己差異=個がないのである。
 民主党代表選はだから、近代とトランス・モダンのゾロアスター教的争闘の哲学的意義をもっているのである。

追記2:考えてみれば、私は反自民・反近代ということで、典型的な二項対立になっていたのである。それは、単純な発想である。そして、それを乗り越えるために、私は両極性(陰陽論)という発想に、また、「気」の超越的思想には行き着いてはいたが、それから、不連続的差異論、PS理論に行き着くまでは永い永い道のりであった。

追記3:ポスト・モダンは結局、近代文化史の矛盾を乗り越えることができなかったのである。

追記4:個の問題は、感性、美、芸術、精神、倫理の問題が入るのである。このテーマについては後で検討したい。重要な問題である。

【再掲示】 7つの保守主義(海舌の分類)
http://blog.kaisetsu.org/?eid=811636
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 


2010年08月17日(Tue)▲ページの先頭へ
再掲(字句補正):芸術作品の成功の基盤:PS理論的トランス・モダン美学:トランス・モダン進化の降臨的襲来
芸術作品の成功の基盤:PS理論的トランス・モダン美学:トランス・モダン進化の降臨的襲来

芸術作品、例えば、文学作品が成功していると判断できる基盤とは何だろうか。それは、結局、追体験できることにあるのではないだろうか。そして、追体験ないし体験の基軸にあるのは、Media Pointである。理論的には、そうであるが、追体験、体験における具体性とは何なのか。
 それは、感覚、知覚に基づく経験的表現ではないだろうか。単に、観念、概念、知性による叙述ならば、それは、思想や哲学にはなっても、芸術作品には、当然ならない。
 では、感覚的な体験的な表現の何が芸術の本質なのか。これは、やはり、Media Pointの意義を考えざるをえない。芸術とは、感覚・追体験的にMedia Pointの様態を表現していると思われる。
 ただ単に、感覚的追体験的な表現だけでは、すぐれた芸術にはならない。平板な凡庸な作品になる。そこに、Media Point的様態がなくてはならないのである。Media Point的感覚体験的表現があることに拠り、作品がいわば、生きる、息吹をもつのである。生空間が生まれるのである。それにいわば共感し、感動感銘を覚えるのである。
 そう、Media Point的な感覚体験的表現は、読者、鑑賞者、視聴者のMedia Pointを感覚追体験的に解放すると考えられるのである。つまり、日常において、一般者は、物質的感覚知覚の世界に生きていて、いわば、Media Pointを閉じているのであるが、日常生活を離れて、上質の芸術作品に接することで、閉じられていた一般者のMedia Pointが解放されて、いわば、再生するのである。これは、作品のもつ凸i#凹iの差異共立エネルギーが放出されるからだと考えられる。
 日常生活は、差異共振的同一性(物質)的な力動が支配するが、芸術作品の享受においては、潜在的な差異共立エネルギーが放出されるのであり、それが、美ないし崇高的感銘・感動を生むと考えられる。言い換えると、即非的な追体験を味わうのである。
 単に三次元的な感覚体験では、浮薄なものしか得られないが、Media Point的感覚体験的表現では、深い、高い境地を得られるのである。そう、今では、それが、高次元的表現であると明確に説くことができるのである。あるいは、心精的表現である。シュタイナー的に言えば、感覚―超感覚的表現ということになる。
 また、以上のことは、芸術的普遍性を意味すると考えられるのであり、PS理論的美学、トランス・モダン・イーセティックが形成されたことになるのである。
 そう、Media Point的感覚体験的表現とは、高次元的表現であり、それは、超越光的表現である。ここから、芸術において、ポリフォニー(対位法)がなぜ核心的か簡単に理解できるのである。これは、音楽、美術だけでなく、文学においてもそうである。代表的作家は、音楽ならばバッハ、美術ならばルネ・マグリット、文学ならばD. H. ロレンスである。これは、芸術・美学の相対性理論と言えよう。ただし、差異共立が前提である。
 さて、最後に簡単に、トランス・モダン・アート(多様な芸術を含める)の創造について触れよう。
 結局、近代という時代において、すぐれた作家は近代合理主義に対抗して、Media Point的表現を志向したと言える。(他の領域においても、Media Pointの探究が為されたと言える。)つまり、トランス・モダン的志向性をもっていたのである。とりわけ、20世紀初期、前期の作家に見ることができる。しかしながら、文学史等では、それらをモダニズムという様式概念に括っている。これは、明らかに誤謬、錯誤、倒錯である。
 それらは、トランス・モダニズムと呼ぶのが適切なのである。それは、後のポスト・モダニズムをはるかに超えた芸術表現であると言える。結局、モダニズムとは何かということになる。それは、端的に言えば、トランス・モダンの表現衝動がモダンの表現と激突して生まれた芸術表現様式であると考えられる。だから、表面的に見ると、モダン的表層があり、それが、斬新なために、モダニズムと呼ばれたのではないだろうか。
 よくモダニズムの断片性やモンタージュ性(パスティーシュ性)について言われるが、それは、根源にMedia Pointの絶対的差異性ないし絶対的他者性があるからであり、意識を不連続化する傾向の表出として、それらを見ることができよう。あるいは、神話的志向であるが、それも当然、Media Pointの高次元性がそれを志向したと考えられる。この点から、また、シュルレアリスムやダダイズムを考えるべきである。
 日本では、三島由紀夫や大江健三郎もその視点から見るべきである。そして、宮沢賢治はこの視点からのみ、明確に理解されるのである。そして、折口信夫の奇蹟的な『死者の書』もこの視点から理解可能である。つまり、近代・現代的文学とは、トランス・モダン的志向を胚種としてもつ文学であると言える。
 今日、モダン/ポスト・モダン的な物質主義が支配的なために、モダニズムのトランス・モダン性がまったく理解されていない(いなかった)のである。近代合理主義、唯物論が悪魔的に支配しているのである。
 とまれ、今や、リーマン・ショックによって、近代主義が終焉したと言えるのであり、誤解されてきたトランス・モダン芸術が評価される時代となったのであり、また、新たなトランス・モダン・アートが創造される時代となったということができるのである。
 そう、たとえば、レディー・ガガは、Media Point的表現によって、トランス・モダン・シンガーアーティストと言えよう。
 


2010年08月15日(Sun)▲ページの先頭へ
言語と現象力:言語表現ないし言語芸術とは何か:Media Point実在論:資本主義から資本的トランス・マテリアル・エコノミーへの転回
言語と現象力:言語表現ないし言語芸術とは何か:Media Point実在論:資本主義から資本的トランス・マテリアル・エコノミーへの転回


文学の言語表現とは何か。例えば、「レリーフ状のコンクリートの河岸の上部には、家並みが見える。」という言語表現を考察しよう。

 これはどういうことなのか。単に観念的に読み取ることができるが、それは文学として読んだことにはならない。そう、私は読書体験ないし読書追体験を説きたいのである。

 では、言語による体験とは何か。これは、一見、通常の、日常の体験と比べて、疑似体験、ヴァーチャルなものと捉えられることが多いだろう。

 しかしながら、良質の文学書を読むと、凡庸な日常よりもはるかにすぐれた「体験」があることがわかる。いったい、「現実」とは何か。思うに、文学的体験とは、夢の体験に似ているだろう。私の場合は、夢を見ているときは、それが実在だと思っているのである。

 これは、Media Pointの多様な連結で説明がつくのではないだろうか。思うに、差異共振というよりは、差異共立の多元的共立で説明できるのではないだろうか。

 結局、精神にとって、実在感とは、Media Pointに基づくものであろう。(ハイデガーが存在論を説いたが、存在とは、端的に、Media Pointのことであると考えられる。フッサールは超越論的主観性を説いたが、いわば、その虚を俗物のハイデガーに突かれたことになる。確かに、超越論的主観性だけでは、存在は出てこないだろう。つまり、ノエシス的な視点では無理だろう。だから、ノエシス/ノエマが存在であると言えば、よかったのである。)だから、こそ、夢体験に実在感があるのであり、文学体験にも実在感があると言える。

 ここで、唯物論的実在主義の誤謬が現れると言える。それは、同一性=物質中心主義の誤謬である。確かに、物質的現実、物質的実在がある。それは、現象的実在・現実である。それを唯一の実在性とするのが誤りなのである。近代主義はそれを主に追求してきたのであり、物質的現実を発展させたのであるが、精神的実在、現実に否定的ないし過小評価的なために、本質的な実在感、リアリティを喪失したのである。つまり、本質的に空虚となったのである。ニヒリズムである。近代末である。

 結局、越近代として、本源のMedia Pointを確認・信認する必要があるのである。これは、認識のプラトン的転回ということができよう。これは、プラトン的ルネサンスを意味する。新たな心精が点火されるのである。これは、結局、物質的現実を否定するのではなく、それを超越的に包摂した新たな実在、高次の実在を肯定することなのである。そう、トランス・マテリアルな高次の実在の肯定なのである。

 そうすると、科学はトランス・マテリアル・サイエンスとなる。では、経済はどうなるのだろうか。これが今日枢要な問題である。

 資本主義は、マテリアリズムを伴って発展したのである。つまり、資本的マテリアリズムである。その帰結がリーマン・ショックである。資本的マテリアリズム的富を追求した帰結である。ここでは、トランス・マテリアルな側面が否定されているのである。

 言い換えると、ここには、Media Point的視点がないのである。つまり、Media Point的なエコノミーがないのである。

 端的に、資本的マテリアルな富とは、Media Pointのもたらすのであるが、その生産母体を否定しているのである。資本家を凸iとすれば、労作家は凹iとなり、両者の共立的創造作業によって、資本的生産が生まれるが、共立的創造とは、経営者の知恵を意味するだろう。だから、資本家―経営者―労作者の「三位一体」・トライアドが富を創造するのであるが、資本主義においては、富をトライアドを再創造する形で配分されるのではなく、それを破壊する形で配分されるのである。これは、資本的マテリアリズムに拠ると考えられる。資本的マテリアルが支配するのであり、そのために、資本的トライアドが破壊されるのである。故に、資本的トライアドを肯定する資本的トランス・マテリアルな視点が必要である。これは、差異共立創造の視点である。これにより、産業、企業、会社は資本的マテリアルな富を包摂した資本的トランス・マテリアルな富=価値=力を成長させると考えられるのである。この資本的トランス・マテリアルな価値が、トランス・モダン・エコノミーの主導的価値になると思われるのである。

 これは、競争に勝つトランス・マテリアルなパワーをもった経済である。


2010年07月25日(Sun)▲ページの先頭へ
素人の思いつきとして、ケインズ経済理論の意味を再考すべきである:差異共立と差異共振との均衡理論
ケインズ経済学についてはよく知らないので、確言は当然できないが、PS理論から見ると、差異共立(社会共同体)と差異共振(自由資本主義)との矛盾が資本主義経済において生起するが、後者の力学に対して、前者を護持するために、ケインズ経済学があるのではないだろうか。
 問題は、基本的に、差異共立と差異共振は絶対的矛盾であり、前者に傾斜すれば、その闘争的均衡が破綻して、社会主義になると考えられるのである。
 私見では、ケインズは両者の均衡を目指して、有効需要理論を説いたと思われるのである。
 それは、現代日本のエコノミストや政治家はまったく理解していないように思えるのである。

2010.7.25(その3) 
森田実の言わねばならぬ【670】
平和・自立・調和の日本をつくるために[670]
《新・森田実の政治日誌》[自由民主党の二階俊博代議士に聞く 自民党の選挙総括(2)]自民党が「改選第一党」になった原因/選挙の第一人者・二階俊博代議士(前経済産業大臣)は語る〈その2〉
「心頭を滅却すれば火も自ら涼し」(快川紹喜)

2010.7.25(その2) 
森田実の言わねばならぬ【669】
平和・自立・調和の日本をつくるために[669]《新・森田実の政治日誌》民主党政権の「仕分け」自体を仕分けせよ!/某テレビ局からの取材要請文に見る「仕分け」見直しの動きに注目したい
「角を矯めて牛を殺す」(日本の諺)

2010.7.25(その1) 
森田実の言わねばならぬ【668】
平和・自立・調和の日本をつくるために[668]
《今日の一言》経済政策転換の時来たる/デフレスパイラルを放置し、消費税の大増税を進める貧乏神路線から脱却しなければ、日本経済は潰れる/真の経済成長路線への大転換を!
「猫を追うより魚をのけよ」(日本の諺)
2010.7.24(その3)
森田実の言わねばならぬ【667】
平和・自立・調和の日本をつくるために[667]
《新・森田実の政治日誌》[自由民主党の二階俊博代議士に聞く 自民党の選挙総括(1)]自民党が「改選第一党」になった原因/選挙の第一人者・二階俊博代議士(前経済産業大臣)は語る〈その1〉
「沈黙を学べ、ああ、わが友よ!」(ベートーヴェン)


2010年06月08日(Tue)▲ページの先頭へ
普天間基地移設問題:世界はナショナリズムとナショナリズムの闘争である
普天間基地移設問題:世界はナショナリズムとナショナリズムの闘争である

テーマ:沖縄/米軍基地/日米関係/日米安保問題

いったい何故、米軍基地が日本、とりわけ、沖縄に多いのか。
 明らかに、敗戦によって日本が占領されたからである。負けた国は、勝った国の支配下にあるのである。大敗北を「近代」日本は被ったのである。
 ここで飛躍して、民主主義について考えよう。God created us equal. これが、米国民主主義の公理である。
 これは、封建主義的なものを否定する原理である。しかしながら、資本主義、近代資本主義は、自我(近代的自我)を中心化することにより、平等原理を否定しているのである。何故なら、自我とは、自我の他者に対する優位であり、平等ではありえないからである。
 つまり、民主主義原理は、資本主義/近代資本主義のイデオロギーになったのである。
 この「目眩し」に注意しないといけない。西洋文明が唱導する「民主主義」とは近代資本主義の支配主義を糊塗するイデオロギーであるということである。
 問題は、当然、近代資本主義にあるのである。これは、同一性金融資本主義である。
 問題は同一性主義である。これはどこから発しているのか。これは、既述したように、父権主義、西洋父権主義、ユダヤ・キリスト教からである。
 西洋的父権的文明は同一性文明であり、民主主義をイデオロギーとして、非西洋諸国を支配するのである。
 沖縄の問題に返ると、これは、父権的覇権主義の問題である。
 私見では、日本は、憲法九条を護持しつつ、自衛隊を国防軍として、精練すべきであり、その自立・独立性をもって、米国や中国との外交を構築すべきである。
 つまり、米軍基地の削減を志向して、国防軍を構築してていくということである。
 思うに、軍事力をもつということは、国家として、必須のことである。それが日本国憲法では、触れられていないのである。
 私は改憲は反対である。憲法九条を護持しつつ、国防軍を構築することは、可能であると考えている。
 新文武両道へと転換すべきである。「文弱」では生き延びられないのである。


日米共同声明撤回を 那覇市議会、県内初の意見書可決

6月8日10時0分配信 琉球新報
 那覇市議会(金城徹議長)は7日午前、6月定例会で、普天間飛行場の移設先を名護市辺野古と明記した「日米共同声明」の撤回を日米両政府に求める意見書を全会一致で可決した。そうぞう会派の3氏は「普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」として退場した。日米共同声明撤回を求める意見書可決は県内で初めて。
 同意見書では、「『県内移設』反対という県民の総意よりも米国政府の意向を最優先するもので、民主主義を踏みにじる暴挙であり、断じて許せない」と強い反発の意思を示し、「県民の『県内移設』に絶対反対との総意は、4・25県民大会や全市町村長の反対表明、マスコミの世論調査などでも明確だ。怒りを込めて日米合意の撤回を強く求める」としている。
 そうぞう会派代表の宮國恵徳氏は「共同声明には、負担軽減策などで評価すべき点もある。(声明撤回で)普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」と述べ、同会派の新屋清喜氏、坂井浩二氏と退場した。
 市議会は同日、口蹄疫対策の充実、強化を求める意見書も全会一致で可決した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100608-00000004-ryu-oki




普天間基地移設問題:世界はナショナリズムとナショナリズムの闘争である

テーマ:沖縄/米軍基地/日米関係/日米安保問題

いったい何故、米軍基地が日本、とりわけ、沖縄に多いのか。
 明らかに、敗戦によって日本が占領されたからである。負けた国は、勝った国の支配下にあるのである。大敗北を「近代」日本は被ったのである。
 ここで飛躍して、民主主義について考えよう。God created us equal. これが、米国民主主義の公理である。
 これは、封建主義的なものを否定する原理である。しかしながら、資本主義、近代資本主義は、自我(近代的自我)を中心化することにより、平等原理を否定しているのである。何故なら、自我とは、自我の他者に対する優位であり、平等ではありえないからである。
 つまり、民主主義原理は、資本主義/近代資本主義のイデオロギーになったのである。
 この「目眩し」に注意しないといけない。西洋文明が唱導する「民主主義」とは近代資本主義の支配主義を糊塗するイデオロギーであるということである。
 問題は、当然、近代資本主義にあるのである。これは、同一性金融資本主義である。
 問題は同一性主義である。これはどこから発しているのか。これは、既述したように、父権主義、西洋父権主義、ユダヤ・キリスト教からである。
 西洋的父権的文明は同一性文明であり、民主主義をイデオロギーとして、非西洋諸国を支配するのである。
 沖縄の問題に返ると、これは、父権的覇権主義の問題である。
 私見では、日本は、憲法九条を護持しつつ、自衛隊を国防軍として、精練すべきであり、その自立・独立性をもって、米国や中国との外交を構築すべきである。
 つまり、米軍基地の削減を志向して、国防軍を構築してていくということである。
 思うに、軍事力をもつということは、国家として、必須のことである。それが日本国憲法では、触れられていないのである。
 私は改憲は反対である。憲法九条を護持しつつ、国防軍を構築することは、可能であると考えている。
 新文武両道へと転換すべきである。「文弱」では生き延びられないのである。


日米共同声明撤回を 那覇市議会、県内初の意見書可決

6月8日10時0分配信 琉球新報
 那覇市議会(金城徹議長)は7日午前、6月定例会で、普天間飛行場の移設先を名護市辺野古と明記した「日米共同声明」の撤回を日米両政府に求める意見書を全会一致で可決した。そうぞう会派の3氏は「普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」として退場した。日米共同声明撤回を求める意見書可決は県内で初めて。
 同意見書では、「『県内移設』反対という県民の総意よりも米国政府の意向を最優先するもので、民主主義を踏みにじる暴挙であり、断じて許せない」と強い反発の意思を示し、「県民の『県内移設』に絶対反対との総意は、4・25県民大会や全市町村長の反対表明、マスコミの世論調査などでも明確だ。怒りを込めて日米合意の撤回を強く求める」としている。
 そうぞう会派代表の宮國恵徳氏は「共同声明には、負担軽減策などで評価すべき点もある。(声明撤回で)普天間飛行場が固定化されることがあってはならない」と述べ、同会派の新屋清喜氏、坂井浩二氏と退場した。
 市議会は同日、口蹄疫対策の充実、強化を求める意見書も全会一致で可決した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100608-00000004-ryu-oki



+1が物質仮象、-1がダーク・マター(物自体)、Media Pointが「ダーク・エネルギー」

テーマ:検討問題:思考実験・(作業)仮説・備忘録

後で検討したい。




崇高と美:ディオニュソスとアポロ:同一性=物質という凡庸的日常

テーマ:検討問題:思考実験・(作業)仮説・備忘録

先に、エドマンド・バークの「崇高と美」の「美学論」について、言及したが、かなり、便宜的だったので、ここで整理したい。
 端的に言えば、Media Point の感覚的認識=直感・直観が、崇高知覚である。
  それに対して、⇒+1は美的認識である。
 前者をディオニュソス、後者をアポロと考えれば、両者は一如であるし、ニーチェが『悲劇の誕生』で言わんとしたことの意味であろう。
 音楽で言うと、ベートーヴェンとモーツァルトである。両者には、アポロとディオニュソスが存立しているのであるが。
 ここから、バークの美学論について言うならば、バークの美とは、アポロではなく、+1の凡庸な美である。
 何故なら、アポロの「美」はディオニュソスの「崇高」と一体のものと考えられるからである。
 ならば、今日の凡庸な「美」とはなにか。それは、端的に同一性の「美」である。それは、権力の「美」である。
 飛躍するが、今日、芸術が非力なのは、権力の「美」に隷従し、個のMedia Pointの美=崇高を見捨てているからである。+1が美ならば、-1は崇高であろう。


2010年06月05日(Sat)▲ページの先頭へ
検討問題:差異資本市場経済有機体試論
検討問題:差異資本市場経済有機体試論

テーマ:検討問題:思考実験・(作業)仮説・備忘録

国家主導を排した資本経済の有機体論が必要ではないだろうか。
 問題は、交換価値なのである。これが、同一性価値として、機能するので、資本有機体が崩壊すると考えられる。
 個的資本の共振経済が合理的であるが、それを交換価値中心主義が破壊するのである。市場経済の問題はここにあるのである。
 以前述べたように、差異市場経済が重要なのであり、同一性市場経済が解体する力学が必要なのである。
 そうすると、やはり、通貨・貨幣体制の問題となるだろうが、これも既述済みである。
 現実的には、国家主導を排除する資本市場経済を形成することである。国家は立法機能を果たすべきである。経済は経済自体に任せるべきである。
 ただし、同一性市場、同一性資本経済、交換価値経済にしないための法的方策は必要であろう。オバマ政権のウォール街への規制はそれを意味する。
 今は抽象的に言うが、差異資本市場有機体の志向が必要である。これは、生体の新陳代謝のようなものである。
 また、差異資本は平等主義である。個に対して、差異資本は融資するからである。
 つまり、差異資本市場民主主義有機体が可能である。国家が経済に参入(侵入)することにより、同一性資本が差異資本経済有機体を破壊するのである。


参照:以下、冒頭を引用転載させていただきます。

菅政権誕生

【菅政権が誕生して、今朝も、各局がきそって新政権の特集している。


 新政権に期待する人、けなす人、いろいろいるが、どの局にあっても国に期待するという根本精神において共通している。


 しかしながら、真実は昨日も書いたように、国に期待することは間違いである。


 もっとも重要なことは町の人々の信頼関係に基づく共同社会の再生なのである。


 政府が規則を作って国民の活動を抑制しなければしないほど、民の活力は回復するのである。


 民の力をさげすむ国に頼るのはもうやめよう。同様に、小泉政権の「民活」などという、政府の身勝手な民の力の利用の仕方も民をバカにした政策だ。


 日本人もそろそろ、そこに意識するべきときだ、と思う。報道機関もマスコミも大本営発表をしたかつての報道機関と同じ体質だから、民がそういうことに気づかないように注意深く情報をながし、民意を誘導している。


 彼らも民の仲間ではない。


 民が信頼できるのは、基本的に民だけだと思う。】


http://ameblo.jp/adco/entry-10554411248.html
スロー人ロハス-自由と資本主義と礼節




Sat, June 05, 2010 12:37:32
民主党内力学:ロックフェラー路線と「ロックフェラー路線」

テーマ:小沢一郎/民主党と日本の政治

A:民主党内のロックフェラー路線:戦争産業帝国主義
B:民主党内の「ロックフェラー路線」:トランス・モダン主義

仮説として、ハトヤマ前首相は、両者の力の衝突するコマとして使われた(傀儡)。
 国民の支持が低下したので、菅首相に首をすげ替えた。しかしながら、当然、AとBの闘争力学は残っている。
 しかし、問題は、B路線が明確にトランス・モダン主義を意識しているかであるが、かなり怪しい。小沢一郎のように中国路線傾斜をもっているからである。
 とまれ、小沢一郎は、「ロックフェラー路線」の傾向はあるだろう。
 問題は、財政である。国民経済主義と財政削減主義を両立させるトランス・モダン経済を創造できるかである。
 今はここで留める。

追記:現実的に見ると、B路線は可能性と見た方がいいだろう。小沢一郎は理念・理論的というよりは、権勢主義的である。ただ、対米・独立主義的ではあるだろうが、戦略的に、敵の敵の中国に傾斜し過ぎて、危険ではある。
 米国と中国の間の「中道・中庸」路線が必要である。それは、孫子にあるように、敵をよく見ることから、見えてくることだろう。
 

米が声明「大統領は菅新首相と緊密に協調」
 【ワシントン=小川聡】米国家安全保障会議(NSC)のマイク・ハマー報道官は4日午後(日本時間5日未明)、菅新首相誕生を受け、「選出を歓迎する。オバマ大統領は近く話ができることを楽しみにしている」とする声明を発表した。(読売新聞)
[記事全文]

・ 新首相との会談を心待ち オバマ米大統領、近く協議 - 産経新聞(6月5日)

◇日米同盟、普天間が試金石に
・ 普天間移設 菅新首相、日米合意堅持の方針 - 琉球新報(6月5日)
・ 菅首相 米、日米同盟の重要性表明期待 普天間が試金石に - 毎日新聞(6月5日)
・ 菅新首相誕生 過去の菅氏発言 海兵隊国外を主張 - 基地問題に関するこれまでの発言。琉球新報(6月5日)

参考:

*
2010/06/05   時系列で見る「普天間問題」鳩山首相狂気行動の真相 2
*
2010/06/05   時系列で見る「普天間問題」菅首相誕生で小沢構想大成功?
*
2010/06/04   小沢・鳩山W退陣のキーワードは「安保」。日本独立を目指す小沢の野望は潰えたのか?

憂国通信M版

進む「小沢外し」…「組閣本部」は3日から始動
 菅新首相(民主党代表)は内閣・党役員人事で小沢幹事長と距離を置く議員を要職に充てる方針だ。(読売新聞)
[記事全文]


進む「小沢外し」…「組閣本部」は3日から始動

6月5日3時8分配信 読売新聞

 菅新首相(民主党代表)は内閣・党役員人事で小沢幹事長と距離を置く議員を要職に充てる方針だ。

 「脱小沢」の動きに対し、党内では警戒や反発も広がっている。

 4日、国会から民主党本部まで慌ただしく動き回った菅氏は、その日程の合間を縫うように、官房長官への起用が固まった仙谷国家戦略相、党幹事長に内定した枝野行政刷新相との3人での会談を重ねた。

 「完全に3人でやっている。何も入ってこない」

 中堅議員は、人事や党運営の情報が漏れてこないことを恨めしそうに嘆いた。

 菅氏は「人事は白紙」と強調、週明けに先送りしたが、3日夜には東京都内のホテルで仙谷、枝野両氏とひそかに会談、「腹案」を伝えていた。3氏による事実上の「組閣本部」は既に始動していたのだ。

 3氏は1996年に旧民主党が結党された時の「オリジナル民主党」メンバーだ。菅氏は「官房長官、幹事長、国会対策委員長がしっかりしていれば長期政権が狙える」と周囲に語っていて、政権中枢に仙谷氏らを据えることで「民主党らしさ」を取り戻し、内閣支持率回復につなげたい考えのようだ。この「新トロイカ」が主導する新政権の特徴が「脱小沢」になるとの見通しに反論する声は少ない。仙谷、枝野両氏とも、「反小沢」の筆頭格。菅氏は「ポスト鳩山」への意識からか、小沢氏との表だった対立は避けてきたが、新政権の人事では「反小沢」「非小沢」の登用で「小沢外し」に走るとの見方が専らだ。小沢氏が自由党を解党して民主党と合併したのは2003年。この時の代表は菅氏だった。その後、小沢氏が権勢を誇るようになり、「オリジナルメンバー」には、「庇(ひさし) を貸して母屋を取られた」との不満が募った。

 小沢氏は自らの資金管理団体「陸山会」を巡る事件で、近く、検察審査会の2度目の議決を受ける。再び「起訴相当」と判断される場合に備え、「今から小沢氏と一線を画していた方が得策」(菅氏周辺)との判断もあるようだ。「小沢氏の側にも検察審査会の心証を意識して、当面は静かにする動機がある」と見て、今が「脱小沢」の好機だとする分析もある。

 仙谷、枝野両氏は、前原国土交通相が中心の「凌雲会」に所属している。政策や政治理念でも、菅氏とは微妙な距離があるとも指摘されている。ただ、菅氏自身は「自分が首相になったら官房長官は仙谷さん」と、早い段階で決めていたフシがある。菅氏が理想とする官房長官像は「中曽根内閣の後藤田正晴官房長官」。警察官僚出身で、ペルシャ湾への掃海艇派遣を主張した中曽根首相に「閣議でサインしない」と抵抗した姿に、弁護士で、菅氏との激しい議論も辞さない仙谷氏を重ねているのだ。

 一方、枝野氏は政治の幅を広げるためにも「政策より党務をやりたい」と国対や党内調整に意欲を示していたという。幹事長の要職は望外とも言えるが、菅氏は「仙谷―枝野」ラインで、絵に描いた餅と化した「政府・与党一元化」を再構築する狙いもあるようだ。(政治部 円入哲也)

最終更新:6月5日3時8分

読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100605-00000111-yom-pol

◇組閣は8日
・ 菅新首相「組閣は8日、党人事は7日」=民主・山岡氏 - ロイター(6月4日)
・ [動画ニュース]菅次期首相、8日に組閣の予定 官房長官に仙谷氏、幹事長に枝野氏の起用内定も突然白紙に - フジテレビ(6月4日)

◇自民党は警戒
・ 脱小沢路線を警戒 自民「敵失頼み」見直し - 産経新聞(6月5日)
・ 自民に強い危機感 古い体質払拭できず、迫られる戦略見直し - 産経新聞(6月5日)




Fri, June 04, 2010 21:19:47
菅内閣はさらに危険である:ロックフェラー路線の肝いりではないか

テーマ:サギ山師売亡国独裁奴隷根性国家癌政権

MSN産経ニュース
【菅首相誕生】米、新首相に「同盟修復」を期待  2010.06.04 19:55
【ワシントン=佐々木類】菅直人新首相について、米政府は、鳩山政権下でぎくしゃくした日米同盟の立て直しに期待を寄せている。ゲーツ国防長官は3日、アジア安全保障会議出席のため、シンガポールに向かう機中で次……続きを読む

官僚に利用されるだろう。日本の亡国が近い。民主党を政権から引きずり落とすことが必要だ。

【菅首相誕生】郵政法案、無条件受け入れ 連立優先で“官”肥大化
MSN産経ニュース - ‎1 時間前‎
菅直人新首相は、国民新党の亀井静香代表との会談で、郵政改革法案の今国会成立を無条件で受け入れた。金融業界からは「民業圧迫」への不満が噴出し、国会で十分な審議が行われていないことに批判も高まっているが、連立維持を優先した。民間から資金を吸い上げ、非効率で ...




2010年05月23日(Sun)▲ページの先頭へ
社会民主主義の崩壊と国家身体/差異共同体エコノミー主義
ユーロの危機、そして、日本経済の危機、それらは、社会民主主義的公共投資経済の終焉を意味すると思われる。言い換えると、国家主導経済、社会主義的経済の終焉である。
 思うに、国際資本は国家主導経済/社会主義的経済を利用して、国家の債務が膨張させてきたと思われる。そして、リーマン・ショックであり、ユーロ・ショックである。
 経済哲学的には、同一性資本経済が終焉したのであり、本来の差異資本経済へと回帰する必要があるのである。
 成長、富とは、差異共振生産・創造に拠るものであり、それは、市場経済に基づくのである。
 しかし、近代後期やポスト・モダンにおいて、同一性資本(金融資本)が肥大化して、差異資本創造を抑圧してきたのである。そのために、不健全な国債発行による財政赤字が増大してきたと考えられる。
 喩えれば、同一性資本(正確に言えば、連続的同一性資本:悪魔的資本)は国家身体のガン細胞、悪性腫瘍であり、国家身体を滅ぼすのである。
 以上から、世界は第二ルネサンスが必要であることがわかる。あるいは、トランス・ルネサンスである。
 即ち、同一性原理を超克して、差異原理に徹底することである。同一性資本を制御して、差異資本の成長を目指す政策が必須であるということである。米国、英国では、そのトランス・モダンの方向へ歩み出している。
 故に、鳩山政権のような社会主義的バラマキ政策は、反動的、時代錯誤的であり、同一性資本の猛禽類の餌食になるのである。
 必要なのは、減税であり、低所得層に対してであり、また、累進課税の強化であり、企業減税は大企業に有利なので、望ましくないだろう。
 また、思うに、共同体基金を民間で作るべきではないだろうか。それによって、共同体社会を守護するのである。
 つまり、国家・政府の負担に頼るのではなく、個の共同体社会を形成して、それによって自己を守る方向が望ましいのではないだろうか。貯金はその基金に回して、管理維持すべきように思えるのである。
 国家に頼らない自治共同体の構築である。しかしながら、アナーキズムではない。国家は政治・司法・行政の公的な機構として必要であるが、必要最小のものが望まれるのである。
 とまれ、今や、同一性のベルリンの壁は崩壊して、差異の差異への回帰が始まっているのである。新たな1/4回転である。


2010年05月07日(Fri)▲ページの先頭へ
田中宇氏の多極主義とは何か:トランス・モダンと父権的同一性主義の倒錯・錯誤による自壊の両面
田中宇氏の多極化論、とりわけ、隠れ多極化路線は、いわば、奇抜な発想である。
 先に述べたように、後者の実体・本体・真相は、父権的同一性主義(近代主義/ポスト・モダン)に拠る自己破滅「路線」ではないかと考えている。言い換えると、隠れ多極主義とは、仮象に過ぎず、必然的自滅的崩壊の結果、そのように「見える」に過ぎないということである。
 例えば、鳩山政権は正に、そのようなもので、自壊・自滅・自虐・自爆的(売国・亡国・国賊的)である。つまり、今や、父権主義・近代主義=同一性主義は、反動的に(「アイロニカルな没入」的に)、白昼夢・夢遊病、妄想・妄念、倒錯・錯乱的になっているということである。
 これは、当然、鋭敏な勢力の餌食になるのである。それは、トランス・モダン政権である。これは、絶対的差異共振路線であり、自滅自壊的に崩壊・解体する父権的同一性主義路線の国家を吸収する形を取るだろう。
 Kaisetsu氏の新帝国主義概念はそのように意味をもっているのではないだろうか。

参考:

顕在化する新帝国主義「先進国の植民地化」

海舌が提示している新しい政治概念。
 米国、EU、日本、中国、インド、ロシア、ブラジル・・・
新しい帝国主義の時代と見る。
先進国(群)の植民地化である。


新政治概念の提示⇒【先進国の植民地化】


田中宇氏の「多極主義外交論」は、むしろ、「先進国の植民地化」という新しい帝国主義論へと収束すると思う。

 この「先進国の植民地化」とは、ナオミ・クライ氏が説く「先進国のコアな部分の市場化」の次の段階であり、疲弊した先進国の切り売りを目指す国際戦略である。

海舌(明日野)
http://blog.kaisetsu.org/?eid=811080
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 


2010年05月05日(Wed)▲ページの先頭へ
オバマ・トランス・モダン政権:差異共振共同体的自由市場経済(自由共同体エコノミー)へ向けて
テーマ:自由共同体主義:自由主義*共同体主義

既述したように、オバマ政権はトランス・モダン政権であり、米国の伝統的な「民主主義」に回帰している。
 それは、共同体的な自由主義、自由主義的な共同体主義である。(参考:Kaisetsu氏のLiberal Communism)
 一見、大きな政府に見えるがそうではなくて、国家が共同体志向となり、アンチ共同体的同一性主義的資本主義(同一性主義的金融資本主義)を制御するのである(思うに、「規制」という用語は不適切である。制御、コントロールが正しい。)。
 だから、国家は基本的には小さくなるのである。それは、自由共同体経済(トランス・モダン・エコノミー)を形成するための管制塔になるのである。即ち、自由共同体経済の法的原理として国家が機能するようになると思われるのである。とまれ、国家共同体となり、多様な自由共同体経済が勃興するものと考えられるのである。
 
************************
米財務長官「大手金融機関への特別税、市場安定を促進」
【ワシントン=岩本昌子】ガイトナー米財務長官は4日、米上院財政委員会の公聴会に出席した。ホワイトハウスが1月に提案した資産規模500億ドル以上の大手金融機関から徴収する特別税について「金融機関がデリバティブ(金融派生商品)などのリスクの高い取引に走る傾向を抑制し、金融市場の安定を促進する」と、上院での法案可決を呼びかけた。

 特別税が導入されれば、今後10年で約900億ドルが徴収され、金融危機の際に企業救済に使った公的資金の穴埋めにあてる。対象となるのは全金融機関の1%以下のため、同長官は「地方銀行への影響はほぼない。かえって、中小金融機関の競争力を高める効果がある」と語った。

http://www.nikkei.com/news/category/article/g=96958A9C9381959CE2E7E2E2938DE2E7E2E7E0E2E3E2E2E2E2E2E2E2;at=ALL

米財務長官、金融危機責任料徴収で議会の理解求める
ロイター - ‎1 時間前‎
[ワシントン 4日 ロイター] ガイトナー米財務長官は4日、上院財政委員会で証言し、大手金融機関から金融危機責任料を徴収する計画について、金融機関の行動がより慎重になるとして理解を求めた。 金融危機責任料は10年間にわたって大手金融機関に課金し、不良資産 ...


2010年05月03日(Mon)▲ページの先頭へ
差異共振市場原理へ:Trans-modern Economy
差異共振市場原理へ:Trans-modern Economy

テーマ:トランス・モダン社会/世界の創造・構築」

市場原理と生活原理―マルクス・ケインズ・ポランニーを超えて (単行本)
根井 康之 (著)

http://www.amazon.co.jp/gp/search?field-keywords=%E6%A0%B9%E4%BA%95%E5%BA%B7%E4%B9%8B&index=blended&tag=mozillajapan-fx-22&sourceid=Mozilla-search&__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&linkCode=qs


既述したことだが、不連続的差異論が生まれる際に、私は、根井康之氏の『東西思想の超克』他の著作に深く影響を受けていた。
 実家に帰って、たまたま本書を取ったが、実に、今日的な視点があると思った。
 20世紀前期において、「市場経済」が崩壊した後、社会主義やケインズ経済が生まれた歴史を踏まえて、根井氏は、フッサール/西田哲学に基づいて、創造的モナド論的経済を説いているのである。
 これは、PS理論のトランス・モダン・エコノミー論と通じると言える。今は、詳論できないが、結局、Media Point的Vector Mode的差異共振経済になると推測できるのである。
 とまれ、根井康之氏は在野の天才的思想家であるが、アカデミズムや主要メディアにまったく無視されていると言えよう。




ブログこそ、トランス・モダン・メディアである

テーマ:Internet media/ICT

ほぼたった二日であるが、ネットと離れた生活をして、いかに、テレビが洗脳・麻酔的メディアであるかわかった。
 ところで、司馬遼太郎の「文学」をどう評価するのか。人物洞察は天才的である。私は島崎藤村の『夜明け前』は、いまだによくわからないが、司馬遼太郎の『竜馬が行く』は明快で、鋭く、感動する。
 私は後で、後者を批評しようと思っているが、直感では、トルストイの『戦争と平和』の思想的叙事詩に似ている。明治維新という日本の近代の叙事詩を描いた大名作であり、西洋の叙事詩の伝統(ホメーロスから始まる)に、優に匹敵するものと思える。
 この後、三島由紀夫の『豊饒の海』が出版されるのである。また、ほぼ同時期に、大江健三郎の『万延元年のフットボール』が発行される。
 
第145号(08/10発行)
狂気の日本

第144号(07/18発行)
日本政治の限界(2006)A

第143号(07/18発行)
日本政治の限界(2006)@




アトランティス文明崩壊とポスト・アトランティス文明

テーマ:ポスト・ユダヤ/キリスト教西洋文明

(c)AFP/Noah's Ark Ministries International (NAMI)

AFPBB News
「ノアの方舟」確率99.9%で発見と探検チーム、トルコ・アララト山頂
2010年04月29 日 18:08
【4月29日 AFP】旧約聖書に登場する「ノアの方舟(はこぶね、Noah's Ark)」を探す中国とトルコの探検家チームが26日、方舟が漂着したといわれるトルコのアララト(Ararat)山の山頂付近で……
≫続きを読む

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現代は、ポスト・アトランティス文明の崩壊期を迎えていると言えるのではないだろうか。


2010年05月01日(Sat)▲ページの先頭へ
同一性価値的「自由主義」批判・解体と差異共振的「自由市場」志向・創造
テーマ:自由共同体主義:自由主義*共同体主義

ゴールドマン・サックス訴追/捜査とは、これは、トランス・モダン・エコノミーへの巨大な一歩と考えられる。
 モダン/ポスト・モダン的自由主義経済を批判・解体して、トランス・モダン的自由主義経済へと「相転移」・「進化」することを志向していると考えられる。
 言い換えると、自由市場経済における、同一性主義(交換価値中心主義)批判であり、差異共振主義(差異的資本経済)の積極的肯定である。つまり、自由市場、市場経済が批判されているのではなく、同一性価値の中心・主導化を批判し、市場経済における差異共振経済(差異共振創造経済)の進展を目指していると考えられる。

追記:後で詳しく検討したいが、自由市場とは本来、売り手(超越的差異+i)と買い手(超越的差異-i)の差異共振性を意味すると思えるのである。


米連邦検察当局、ゴールドマンに対して犯罪捜査を開始

4月30日9時11分配信 ウォー ル・ストリート・ジャーナル
 米連邦検察当局は、米金融大手ゴールドマン・サックス・グループまたは同社社員に対して、住宅ローン取引に関連して証券詐欺をはたらいた疑いで犯罪捜査を行っている。関係筋が明らかにした。

 今回のマンハッタンの米連邦検察局による捜査は、まだ準備段階だが、米証券取引委員会(SEC)からの要請を受けて行われたもの。SECは最近、ゴールドマンと同社住宅ローン取引部門のトレーダーを証券詐欺の容疑で民事提訴した。ゴールドマンと当該トレーダーは容疑を否定している。

 犯罪捜査の場合は、裁判所への起訴なしで開始されることが多い。関係筋によると今回のケースに関しても、検察側は起訴するかどうかをまだ決定していない。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100430-00000003-wsj-bus_all

銀行はボーナス減らせ! =1万人がデモ行進−米ウォール街
 【ニューヨーク時事】「銀行はボーナスを減らせ」「貸し渋りをやめろ」−。米国各地から集まった労働者約1万人が29日、大手金融機関の集まるニューヨークのウォール街で、銀行の利益至上主義を糾弾するデモ行進を行った。(時事通信)
[記事全文]

・ 米ウォール街で銀行批判デモ、プラカードに「責任取れ」 - ロイター(4月30日)

厳しい金融規制、65%が支持=大統領に勢い−米世論調査

 【ワシントン時事】米国で金融規制改革法案をめぐる与野党調整が本格化する中、ワシントン・ポスト紙は26日、オバマ大統領が推進する金融規制改革に関するABCテレビとの合同世論調査の結果を発表した。それによると、「金融機関のビジネス行動に厳しい規制を課すこと」について、65%が支持すると回答。金融危機の震源地となった「ウォール街(米大手金融機関)」に対し厳しい姿勢を前面に出す大統領が勢いを維持している。
 調査では、金融規制改革をめぐる大統領の「仕事ぶり」について、賛否がそれぞれ48%と評価が分かれた。ただ、「大統領を信頼する」との回答が52%と、「(野党)共和党を信頼する」の35%を大きく上回った。
 調査は22〜25日に全米の成人1001人を対象に電話で実施した。(2010/04/27-08:43)

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201004/2010042700104&rel=y&g=int

*


* 辻広雅文 プリズム+one
辻広雅文 プリズム+one【第101回】
日本人はなぜ市場競争が嫌いか〜大竹文雄・大阪大学教授に聞く(上) 

[2010年04月28日]
市場経済への批判がやまない。なぜ、日本人は市場競争に対する拒否反応が強いのだろうか。『競争と公平感―― 市場経済の本当のメリット』の著者である大竹文雄・大阪大学教授に、上下二回にわたって聞く。




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