尖閣列島問題について:ロックフェラー路線と「ロックフェラー路線」の大争闘の時代






[PR]



2010年09月23日(Thu)
尖閣列島問題について:ロックフェラー路線と「ロックフェラー路線」の大争闘の時代
尖閣列島問題について:ロックフェラー路線と「ロックフェラー路線」の大争闘の時代
テーマ:ゾロアスター教的「光と闇」の戦争闘争時代
炯眼な田中宇氏の以下の解明に拠ると、今回の事件の原因として、

1)対米従属派の巻き返し
2)米国による対中強硬路線の誘導

の二つを提起している。
 しかしながら、前原外相はもともと従米派(1)であり、2を当然盲信するはずであるから、二つ仮説は一つに収斂するのである。
 ということは、棺・戦国左翼政権は、米中の対立下にあり、米国の路線、とりわけ、戦争産業覇権路線に従属していることになる。
 私は先に前原新外相とは不可能な人事と呼んだが、それが、早くも的中してしまった。前原氏はタカ派であり、単純細胞、つまり、2項対立の発想しかできないので、外交には不適格なのである。
 棺桶政権を生んだ結果がとんでもないことになっている。やはり、ロックフェラー路線が影で糸を引いている。
 しかしながら、大阪地検の大不祥事で明らかなように、オバマ「ロックフェラー路線」が日本でも活動し出したようである。今や、世界、日本は、ロックフェラー路線=悪=闇と「ロックフェラー路線」=善=光の大争闘の過程にあると言えよう。
 早晩、棺桶自殺政権は崩壊する。日本国民が覚醒できるかどうかが問題でもある。小沢一郎は「ロックフェラー路線」であり、ポスト棺桶政権を目指しているだろう。

追記:因みに、中国外交が対米的に、批判と同時に互恵的発想ができるのは、他者を差異として捉えているからである。米国外交の場合も、他者を差異として見ている側面がある。もっとも、他者を潜在的な敵と見る方が多いが。
 この点から、はっきりと、前原外相は外交の能力はまったくないことが判明するのであり、日本はin dire straitsにあると言えよう。


参考:
日中対立の再燃
2010年9月17日  田中 宇

 日本の海保は、中国漁船を監視する巡視船を尖閣周辺に配置してきたが、トウ小平以来の日中間の領土紛争棚上げの合意もあり、これまで日本側は尖閣領海で、台湾や香港の船を激しく追尾しても、中国の船を拿捕・逮捕したことはなかった。日本も中国も、民間に「尖閣(釣魚台)を守れ」と主張する政治活動家がいても、政府としては対立を避ける姿勢を互いに採ってきた。その意味で今回、日本の当局が中国の漁船を拿捕し、船長を起訴する方針を固めたことは、日本が政府として中国との対立を決意する、対中国政策の劇的な大転換を意味する画期的な動きである。

 今回、日本政府は「漁船がぶつかってきたのだから逮捕は当然。中国政府の怒りは不当だ」と言い、日本のマスコミの論調も同様だ。そして中国側は、衝突の際に海保と漁船のどちらが悪かったかについて、現場に当事者以外誰もいなかったので何も反論できず、人民日報英語版の報道も、その部分は「日本では、漁船の方からぶつかったと報じられている」としか書いていない。中国政府は、衝突時の経緯について反論できず、日本の主張が通っている。(Arrest brings calamity to trawler captain's family )

 尖閣領海内は日中漁業協定の範囲外だが、外交的に日中間には、尖閣について日中は敵対しないという、トウ小平以来の日中の了解があった。今回、日本側がそれを破棄し、日本の法律を使って中国漁船員を逮捕するという、領有権をめぐる強い主張に踏み切ったので、中国政府は驚き、怒ったと考えられる。

 事件後、中国当局は、尖閣周辺で操業する中国人漁民を保護するため、準軍事部隊である漁業監視船を派遣することにした。史上初めて、日本(海保)と中国(農業省傘下の漁業監視船)の軍事的な部隊が、海上で対峙する状況が生まれる。日中交戦もあり得る事態だ。戦後65年なかった、日本が戦争しうる事態がぐんと近づいた(鬼畜米英の代わりに中国の脅威が喧伝される)。尖閣諸島は、南沙群島や黄海とともに、中国と、米国に支援された周辺国が対峙する、世界的な海上紛争地域(対中包囲網)に格上げされた。(中国軍を怒らせる米国の戦略 )

▼米国が前原をそそのかして好戦策?

 今回の件は日本のマスコミで、中国漁船の不法行為を当然の行為として日本の海保が取り締まり、それを不当にも中国政府が非難していると報じられている。しかし従来の日本当局は、中国漁船を追いかけても、追い詰めて逮捕起訴することはなかった。今回の逮捕起訴劇の重要点は、漁船の行為や中国の反応ではなく、中国が怒ることを知っていて逮捕起訴する日本政府の能動的な政治意志である。なぜ今、日本が中国を怒らせるかが重要だ。

 こう書くと、私のところに「従来の日本政府の対応の方が間違っていた。今回初めて日本政府は、中国側に毅然とした態度をとるという正しい行動をした。従来の日本の姿勢を擁護するかのようなことを書くお前は間違っている」という批判メールが来るだろう。だが私にとって大事なのは「何が正しいか」ではない。何が正しいかは、日本と中国で正反対であり、日本人も中国人もマスコミなどによるナショナリズム扇動に乗せられて怒りを抱き、善悪を語っている。怒りや善悪論は、分析をねじ曲げる邪魔者である。

 話を戻す。なぜ日本政府は中国を怒らせるか。まず考えられることは、政官界や民主党内での対米従属派の巻き返しである。昨秋から今春までの鳩山政権下で、沖縄の人々は米軍基地に強く反対するようになり、米国自身も財政難がひどくなり、国防総省が米国外の軍事駐留に金をかけすぎていると、米議会で共和党がオバマを批判している(軍産複合体は共和党系なのに)。今後、不況の二番底が来て米政府が追加の財政出動をしなければならなくなり、財政赤字が増えるほど、米軍を日韓や欧州から撤退させた方がいいという議論が米国で出てくる。そのような状況になっても、日中が戦争寸前の状態になっていれば、沖縄の米軍は撤退せず、日米同盟に固執する日本の対米従属派は延命できる。(Senator Wants to Cut Overseas Base Construction )

 もう一つの考え方は、逆に、米国が日本を中国との敵対に誘導しているのではないかというものだ。3月末の天安艦沈没事件を機に韓国と組んで北朝鮮との緊張を高め、北の守護者になっている中国を怒らせ、ベトナムに肩入れして南沙群島問題で中越対立を扇動しているのと同様の流れである。米国は、韓国、ベトナム、そして日本をけしかけて、中国包囲網を構築している。

 自衛隊と米軍は今年12月、中国海軍を仮想敵として、中国が台湾を東海岸から侵攻した場合を想定し、台湾の東海岸の沖合に位置する沖縄の尖閣諸島や八重山列島の周辺で、日米軍が中国軍の台湾侵攻を阻止するための日米合同軍事演習を行うことを計画している。似たような日米軍事演習は、すでに8月にも沖縄と九州で行われている。こうした動きと、中国漁船員逮捕起訴を合わせて考えると、米国が日本を誘って中国敵視の方向に動かしていることが感じられる。 (US, Japan to hold exercise to recapture disputed isles )


http://www.tanakanews.com/100917senkaku.htm



*
イメージ
温家宝中国首相、米中関係の改善望む姿勢強調

 訪米中の中国の温家宝首相は22日、ニューヨークでのイベントで、米企業幹部らに対し、米中間の現在の相違は「非常に容易に解決できる」との見解を示した。さらに、両国企業の利益は「表裏一体だ」と表明した。



トランス・ユング心理学
テーマ:Media Point:MP1⇔MP2
ユング心理学は、PS理論で簡単に説明できるし、さらには、それを乗り越えることができる。
 即ち、男性のアニマ(無意識)は、凹iであり、女性のアニムス(無意識)は、凸iである。
 しかしながら、問題は女性の捉え方である。女性を凹iが本体と見ているのである。しかしながら、女性の本体は、凸i*凹iと見るのが適切である。
 現代、女性は男性的意識凸i傾斜に染まっているので、本来の差異バランスを喪失しているのである。故に、女性性が影(シャドウ)になってしまっているのである。
 また、以前述べたが、ユングの説く「自我」と「無意識」の統合としての「個性化」であるが、これは、不可能である。何故なら、「自我」の連続性から脱却していないからである。故に、理論は中途半端で、混合したものであり、混乱させるものである。


オクタビオ・パス(Octavio Paz)
テーマ:詩・俳句・和歌・連歌・連句・連詩
オクタビオ・パス(Octavio Paz)
ある詩が 優れているかどうかは、
それが 変質しない程度に
散文をどのくらい吸収しているか、
その量(りょう)で量(はか)ることができる

またその逆もしかりで、
優れた散文は詩を含んでいなければならない

メキシコの詩人
オクタビオ・パス(Octavio Paz)の言葉より
1990年にノーベル文学賞に輝いた
「奥の細道」をスペイン語に訳したことでも知られいます
(1914-1998)



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%93%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%B9

このようなことを
書いてます

実際ね君が自負している当たり前の真実とやらは
当然欲望という名で知られ無理に着飾って美しくすること
じゃないゆがめることもない標準化の要なし分らせようもない
鼻をつまみ目耳舌性器脳みそを皆さんに見せてあげて運に任せ
正確に自分の声を聞き自らに語りかけようよ
そうすれば他人もまた嬉しくも救われようあの重荷から
彼ら自らの思い悲しみから始まりが欲望だから終わりは叡智だよ
物事を離れて観念はない

パスはこう言ってる
仏陀の沈黙は知覚ではない
その背後にあるもの
すなわち知恵である
非知
解放されてあること
そして分解されてあること
安らぎは舞踏であり
不動のらせんの中心における苦行僧の孤独は
女神カーリーの寺院に見られる愛し合う男女の抱擁と
一体化する


このような
詩を書いてます


遺跡での感謝の歌

泡立つシシリアの海が(リリベオの麓に銀箔をほどこす)ところに....
ゴンゴラ

王冠で飾った時代の服装を誇示する
大げさでセンセーショナルな叫び声
片寄らず 恵み深い
温泉は空の真ん中へ周期的に噴き上げる
その容姿は一時的な現実の中で見事である

海は海辺をよじ登って
岩場にへばり付き まるで輝く蜘蛛のよう
山の鉛色の傷がきらきらし
一握りの山羊ははたくさんの石になり
太陽は海に金色の卵を産む
一切が神様
壊れた像
日光によってもろくなった円柱
死の世界で息づいている遺跡

http://blog.livedoor.jp/kool_gang/archives/51774416.html

ネバーランド

オクタヴィオ・パス
『弓と竪琴』
1980 国書刊行会・2001 ちくま学芸文庫
Octavia Paz : El Arco Y La Lira 1956〜1967
牛島信明 訳

「ポエジーは認識、救済、力、放棄である」、「詩は無数の異質な形式のなかに分散している」、「どんな差異も歴史的変動の結果なのではなく、もっともっと微妙なものの結果なのだ」、「形式と実質は同じものである」。
 世界社会の、放っておけば相克しあい激突しあいかねない多くの異相と矛盾を、みずからの思索と行動と表現のなかに抱えこんで、オクタヴィオ・パスは書き続けた。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0957.html




邦語文献
オクタビオ・パス(1914-98)
現代ラテンアメリカを代表するメキシコの詩人、批評家。90年ノーベル文学賞受賞

http://www.cafe-mexico.com/database/libro/libro_literatura.html


資本主義の力学:2H2+O2⇒2H2O:脱資本主義とは、差異的生産市場主義である
テーマ:森羅万象:諸事万端:天象地象:天候気象
水素と酸素が反応して、水が生じる。
 水素を雇用者、酸素を被雇用者とすれば、両者の共振から、水=生産物を生まれるのである。
 しかしながら、結果の水=生産物は雇用者と市場が支配する。
 しかしながら、結果は生んだのは、左辺であり、ここに生産源があるのである。しかし、資本主義は、結果の+1の競争に突き動かされて、左辺を否定するようになるのである。
 右辺を支配するのは、資本家である。故に、逆転させて、左辺を主導化すればいいのである。資本家への配分を激減することが必要である。

追記:市場は右辺というよりは、左辺として見る方が適切だと思う。後で、さらに検討したい。


ほぼ四年前のブログ記事であるが、余裕があった:オクタビオ・パスの詩を久々に読み、詩への郷愁が起る
テーマ:詩・俳句・和歌・連歌・連句・連詩
Sat, September 30, 2006 22:51:40
俳句&川柳(はてな)
テーマ:詩・俳句・和歌・連歌・連句・連詩

f:id:sophiologist:20060930224916j:image

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:%E6%B0%B4%E9%9D%A2%E6%B3%A2.jpg

目を瞑り

海鳴を聞く

砂の浜

川土手の

風心地よき

鎮守杜

玉の音に

蛙の混じる

窓辺なり

人間 の

イデア は一つか

個のイデア

田舎 なり

大きな蜘蛛の

壁を這い


田舎屋に

足長き蜘蛛

壁を這う

田舎屋に
脚長蜘蛛の
壁を跳ぶ

草深し
長足蜘蛛の
壁走る

プレハブ の

海の家 なく

サーファー見ゆ

少女あり

カラスや千鳥

海景色

海釣りの

孤影の堤防

波砕く

白き鳥

ゆうゆう と翔ぶ

川面かな

土手道を

犬引きつれぬ

女たち

土手道を
犬引き具しぬ
女(め)たちの背


横這いの

蟹どもあらわる

川の道


蟹どもの

横這い隠る

川辺道

直売店

冬瓜まるまる

百五十円

運動に

疲れしからだ

俳句 詠む

愚かなり

勝ち誇る我の

虚栄心

ゴミ浜に

兵どもが

棄て散らし

http://www.ese.yamanashi.ac.jp/~itoyo/basho/okunohosomichi/okuno20.htm#ku

モダン 去り

兵どもの

荒地かな

コスモス や

曼珠沙華咲く

路傍かな

f:id:sophiologist:20061001004058j:image

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%BB%E5%83%8F:Cluster_amaryllis_close-up.jpg

飛び魚の

銀に耀く

水の音

囚人 や

我は忍耐

介護 する

浅ましき

コトバ溢れぬ

巷なり

近代の

理想・理性は

闇なりぬ

金儲け

人をだまして

死人かな

美味し蕎麦

日々精進に

自炊せり

末世なり

ノアの方舟

世は忘れ

末世かな

タマシイ抜けし

ことばかり

哀れなり

愚人悪人

世に溢れ

雨降りて
唱鳴き交わす
蛙ども


http://ameblo.jp/renshi/archive1-200609.html



自我は凸iに再帰する:陶酔的自己としての自我
テーマ:検討問題:思考実験・仮説・エッセイ・メモ
自我は自己陶酔的である。これをどう分析するか。
 これはやはり、凸i⇒+1で説明できよう。同一性スクリーン(精神的フィルター)に自己投影していると考えられる。そのために、同一性自己=自我に自己は一致するのであり、これが自己陶酔である。現代の日本人は大半がこれでである。他者なきナルシシズムの日本人である。



検討課題:差異共立的相互作用の用語をどうするか:共交?、極交?
テーマ:検討問題:思考実験・仮説・エッセイ・メモ
差異共立は静態的である。しかし、差異が共立したまま、相互作用、相互変容するのである。これをどう表記するのか。
 共交という言葉を仮に使用した。共立的変容だから、共変でもいいかもしれない。しかし、共立したまま、相互作用する様態がうまく表現されない。
 ならば、共立浸透にすればどうだろうか。これは、悪くない。ならば、共立変容、共立変換等がありうる。
 これまで、この事象を表記する言葉は弁証法だったのだ。しかし、弁証法はこの場合、不可能である。なぜなら、弁証法とは同一性の力学だからである。そう、差異共振は弁証法的である。
 共交の場合は、相互作用はわかるが、差異性が失せる。だから、差交がいいかもしれない。しかし、これは、連続性が感じられる。ならば、差立交がどうだろうか。あるいは、共立交である。差異共立交である。ならば、共立浸透でいいことになる。
 結局、極性の問題である。ならば、極交はどうだろうか。差異極交である。



writebacks(0)
トラックバック(trackback)
URL:

コメント(comment)
名前(*):
URL/Email: (optional)
タイトル(*):
コメント内容(*):
画像認証(*): 表示された画像の文字を入力してください:

名前と URL/Email をcookieで保存



新着トラックバック/コメント


カレンダ
2010年9月
     
23
   

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (623)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (68)
10月 (86)
11月 (86)
12月 (60)
2009年 (472)
1月 (82)
2月 (66)
3月 (58)
4月 (32)
5月 (27)
6月 (34)
7月 (35)
8月 (26)
9月 (36)
10月 (30)
11月 (28)
12月 (18)
2010年 (251)
1月 (19)
2月 (29)
3月 (29)
4月 (11)
5月 (25)
6月 (33)
7月 (28)
8月 (23)
9月 (15)
10月 (18)
11月 (8)
12月 (13)
2011年 (126)
1月 (11)
2月 (12)
3月 (13)
4月 (12)
5月 (6)
6月 (4)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (15)
10月 (7)
11月 (16)
12月 (14)
2012年 (117)
1月 (10)
2月 (13)
3月 (6)
4月 (6)
5月 (14)
6月 (8)
7月 (11)
8月 (7)
9月 (3)
10月 (24)
11月 (9)
12月 (6)
2013年 (145)
1月 (12)
2月 (11)
3月 (9)
4月 (21)
5月 (10)
6月 (9)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (5)
10月 (22)
11月 (13)
12月 (7)
2014年 (91)
1月 (6)
2月 (13)
3月 (18)
4月 (5)
7月 (4)
8月 (26)
9月 (7)
10月 (5)
11月 (6)
12月 (1)
2015年 (61)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (10)
6月 (4)
7月 (6)
8月 (1)

アクセスカウンタ
今日:2,912
昨日:632
累計:4,822,050