心の闇と同一性主義=交換価値主義:暗黒の同一性主義金融資本主義から光明の差異共鳴的「資本主義」へ






2008年09月06日(Sat)
心の闇と同一性主義=交換価値主義:暗黒の同一性主義金融資本主義から光明の差異共鳴的「資本主義」へ
心の闇と同一性主義=交換価値主義とは結びつくと思う。先には、ヤハウェと同一性主義との関連でそれを述べたが。
 心理学ないしは精神経済的に言えば、トラウマ(心的外傷)の闇が、悪魔的反動化して、同一性主義=交換価値主義へと転換すると思われる。
 同一性主義の金融資本主義の心理=精神経済性には、このいわばブラックホール的な闇が存しているのではないかと思う。本来、光、超越光であったものが、否定的な体験によって、闇に覆われてしまったのである。
 Media Pointの暗黒化と言えよう。イデアの光は本来あるのであるが、それを受けとるMedia Pointが、衝撃を受けて、否定の闇に包まれていると考えられる。
 同一性主義金融資本主義の非合理主義=狂気・暴力から脱する必要があるが(資本主義のトランス・モダン化)、暗く閉ざされたMedia Pointを開く、精神経済性が必要である。Positive Media Point Economy、換言すると、差異共鳴的トランス資本主義である(そう、資本主義は乗り越えられなくてはならないだろう。何故なら、投資主義は、社会・自然・文化を破壊するからである。投資と贈与の極性経済が必要ではないのか。)。
 あらゆる領域において、差異共鳴化が必要になる。経済で言えば、政治における理念を差異共鳴化し、経済が差異共鳴化する指針を形成すべきであろう。しかし、自由主義/民主主義は、差異共鳴的理念をもっているのではないのかと問われるかもしれない。
 問題は、トランス・モダン化なのである。自由主義/民主主義は、近代主義(日本の場合は、「封建的近代主義」)のために、同一性主義化してしまっているから、自由主義/民主主義が本来もっている差異共鳴性を復活させるためには、トランス・モダン化が必要なのである。言い換えると、不連続な個と不連続な個との共鳴する様態があらゆる分野に必要であるということである。
 経済で言えば、資本を差異共鳴する必要があるのである。同一性主義資本主義から差異共鳴的「資本主義」への転換である。そして、これが、トランス資本主義になるということになる。
 今は簡単に言うが、経済活動から生まれた利益であるが、それは、差異共鳴的経済活動によって、生まれたものであり、それは、同一性主義価値へと展開されてはならず、それは、差異共鳴価値の創造のために、投資と贈与がされるべきである。例えば、技術革新は、そのような投資であるし、医療・福祉・教育への注入はそのような贈与であると考えられるのである。この点は検討課題である。

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