救民・救世・救国宣言:同一性主義の闇から差異共鳴主義の光明へ:ポスト・モダンは、モダンとトランス・モダンの境界であった






2008年08月17日(Sun)
救民・救世・救国宣言:同一性主義の闇から差異共鳴主義の光明へ:ポスト・モダンは、モダンとトランス・モダンの境界であった
今は余裕がないので、考察課題となるが、ひと言簡単に言うと、今日、世界全体が陥っている諸悪の根源は、同一性主義にあると痛切に確信している。東洋では、仏教が、これを切断して、空(くう)という差異共鳴感性(あえて感性という。感性智と言えよう。そう、言語知と感性智がある。)への方向を鮮烈に説いたのである。しかしながら、人類の知恵は、同一性主義にあまりに囚われてきているので、未だに仏教の感性智を会得できずにいるのである。仏陀の悟りから、2500年ほど経つのに、未だに無知蒙昧状態である。
 これまで、述べたように同一性主義の総本山はヤハウェ神である。しかしながら、広義では、父権主義に同一性主義の源泉が存する。これは、結局、同一性主義である物質主義、利己主義、交換価値経済をもたらしたという意義をもっていると考えられる。しかしながら、今日では、これが、悪徳を生みだして、世界は闇になっているのである。
 近代主義も大半はこの同一性主義が支配している。もっとも、近代主義は分裂しているのであるが。
 ただただ、一重に、同一性主義を突破することが、現代人類の最大課題と言っても過言ではない。ポスト・モダンはロゴス中心主義、「プラトニズム」という同一性主義を克服することを目指したが、道半ばで、いわば、頓挫してしまった。この理由・原因は既述したように、根本的にはフッサールの超越論的主観性に潜在している超越的主観性を排除したことにあると私は考えている。
 とまれ、理論的問題は既述したので、ここでは、具体的に、どうしたら同一性主義を克服して、差異共鳴主義へと「新生」できるのか、ひと言示唆したい。
 端的に、肚と心/心臓と頭を、身心に取り戻すことである。思うに、肚が-iで、頭が+iで、心/心臓が(+i)*(-i)の差異共鳴性である。思うに、端的には、現代の人間、とりわけ、日本人には肚が無くなっていると思う。肚と頭の両極に対して、心/心臓の差異共鳴性でバランスをとるのである。そう、心/心臓に個のMedia Point があるのではないだろうか。


   




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カレンダ
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