「お上と民の精神構造」と封建的近代主義:近代化かトランス・モダンか






2008年08月14日(Thu)
「お上と民の精神構造」と封建的近代主義:近代化かトランス・モダンか
以下、植草一秀氏は鋭く、「天下り」を存続させる主観的要因として、「お上と民の精神構造」を説いているが、まったく同感である。そして、その克服として、近代化の必要を説いている。確かに、「上と民の精神構造」は封建主義である。だから、近代化が必要というのは、わかりやすい考えである。
 私は先に、官僚の思考形式は、封建的近代主義であると言ったが、この封建的近代主義は、そのまま、日本国民にあてはまることになる。問題は、この「封建的近代主義」である。この場合の近代主義とは、近代合理主義/近代的自我/唯物論を指している。(しかし、民主主義は、この中にははいらないと思う。民主主義は近代主義ではないと私は考える。この問題はここで留めておく。)
 この近代主義とは一言で言えば、近代的同一性主義である。そして、封建主義と近代主義には、同一性主義が共通であると言った。
 とまれ、封建的近代主義には、植草氏の唱える「近代化」は入らないと思う。植草氏の「近代化」とは、PS理論では、トランス・モダン化に当たると考えられる。
 違う角度から見ると、二つの近代化があるだろう。客観的近代化と主観的近代化である。私がいう近代主義は、前者であり、植草氏は、後者を唱えていると考えられる。
 しかしながら、これまでのPS理論的検討から言えば、主観的近代化とは、必然的にトランス・モダンと考えられるのである。何故なら、主観的近代化とは、個・差異の肯定を意味するのであり、それは、近代的同一性主義ではないからである。差異主義である。ならば、近代的差異主義と言えばいいのではないかという考えがあるだろう。
 しかしながら、近代的差異主義とは、近代合理主義/近代的自我/唯物論に反対するものである。つまり、思想史・文学史等からわかるように、近代は分裂しているのである。だから、相対立する価値観をかかえる近代を考えると、主観的近代化ないしは近代的差異主義を、近代化と呼ぶのは、焦点があいまいになると考えれるのである。

P.S. 民主主義は、近代的同一性主義か、近代的差異主義(トランス・モダン)かと問えば、これまでの検討から言えば、本来、源泉は後者であるが、それが、前者へと同化されてしまっていると私は考えているのである。それで、近代民主主義を批判して、トランス・モダン民主主義、差異民主主義、あるいは、 Media Point 民主主義を唱えるのである。
 この事態は、デカルト哲学の事態と同質と考えられる。コギトとは、源泉は、後者であるが、それが、差異を否定して、同一性主義(近代合理主義)へと展開してしまっているのである。差異に源泉がありながら、源泉を否定して、同一性主義へと展開しているのである。

****以下許可済み転載****

警察・検察の「裁量」と「天下り」
・・・・・

「天下り」を存続させる一因になっている国民の側の意識を私は「お上と民の精神構造」と呼び、「1600年体制」が存続していると見ているのだが、拙著『知られざる真実−勾留地にて−』 にもその見解を記述したので紹介しておきたい。

以下は第一章「偽装」21「天下り全廃なくして改革なし」からの引用である。

「「お上」と「民」の「支配・被支配の精神構造」を「1600年体制」と表現した。支配者である「お上」に従順に従う「民」。この精神構造が江戸時代以降、脈々と引き継がれて現在に至っている。

 徳川時代は相互監視社会だった。身分関係が固定され、幕府は反逆を許さなかった。「民」は身の安全のために「お上」に刃向うことを忌避した。幕府は民を「依らしむべし、知らしむべからぬ」存在と捉え、民は「お上」への反逆を「見ざる、言わざる、聞かざる」で対応した。圧政下での生活の知恵だったと思う。反逆する「民」への「お上」の仕打ちを見て、民は恭順の意を示すことで保身をはかった。

 明治維新で統治者が「将軍」から「天皇」に代わった。天皇制では「官僚」が実質的支配者に位置付けられた。明治の官僚は「天皇の官僚」として統治者の地位を付与された。明治時代に「高文試験」が創設された。合格者は「高等文官」として支配者の地位を獲得した。

 第二次夫戦後に統治システムが変更された。「民生主義」が導入され、「主権在民」が定められた。公務員は「全体の奉仕者であって、一部の奉仕者でない」(日本国憲法第15条)と定められた。憲法の上では国民が統治者になった。

だが、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は過ちを犯した。戦前の官僚制度を温存した。日本統治の実行部隊が必要だったためだと思う。だが、戦前の官僚は「全体の奉仕者」でなく特権階級に位置する「統治者」だった。

 GHQは特権階級の「高級官僚」を温存した。「国家公務員上級職」、「第一種国家公務員」と名称が変わったが本質は変わらなかった。「特権的官僚制度」がいまも行政機構の根幹に横たわる。

 日本の民主主義、国民主権は国民が闘い、勝ち取ったものでない。国民の意識変革が不十分だ。明治以降、大正デモクラシーや1947年の労働者運動拡大などがあったが、米ソ対立の東西冷戦が深刻化し、1950年に朝鮮戦争が始まり、共産主義者が追放された(レッド・パージ)。1960年には日米安保改定反対を唱える安保闘争が広がったが、公権力が国民運動を鎮圧した。国民の心にいまも「お上と民の精神構造」が染み付いている。この精神構造が高級官僚の特権=「天下り制度」を支えている。

(中略)

経済復興期には官僚のリーダーシップが有効だったかも知れない。しかし、高度経済成長実現以後は官僚の支配権の正当性が消滅した。公務員を名実ともに「全体の奉仕者」にする制度変更が必要だ。勤勉な一般公務員を鮮雇するのが改革ではない。高級官僚の利権を撤廃することが真の改革だ。」(引用終了)

 警察・検察行政が歪んでいることが現代日本の前近代性の象徴だ。警察・検察の「裁量権」と「天下り」利権との関わりにメスを入れることは「タブー」への挑戦だが、日本を近代化するために避けることのできない検証項目である。

http://uekusak.cocolog-nifty.com
/blog/2008/08/post_d33a.html
植草一秀の『知られざる真実』


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