備忘録・検討問題:原初的暴力(父権的同一性主義暴力)と原始的平和力(母権的差異共振力) |
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2008年07月31日(Thu)
備忘録・検討問題:原初的暴力(父権的同一性主義暴力)と原始的平和力(母権的差異共振力)
これは、メモないし検討問題として簡単に記しておく。
思うに、デリダのいう原初的暴力とは、同一性主義の暴力である。これは、父権的暴力である。しかしながら、その「原初」以前には、原始的差異共振主義(「母権制」・「母系制」または、「原始共同体」)があったと考えられる。そこには、当然ながら、原初的暴力ではなく、原初的平和力があったと考えられる。神話学(ジョゼフ・キャンベル)的には、女神の文化があったと考えられるのである。 p.s. しかし、このように言うと、同一性主義が物質であると言ったこととどう整合性がもつだろうか。差異共振主義は+1であり、同一性主義=物質主義=父権主義は-1である。 つまり、差異共振主義+1において、物質はどうなるのか、である。しかしながら、以前、検討したように、-1と+1を厳密に区別する必要がある。端的に言えば、-1も+1も物質なのである。しかしながら、-1は物質主義であり、+1は物質性と考えられる。言い換えると、前者は唯物論であり、後者は精神に包摂された物質(差異的同一性)ということになる。 とういうことで、原初的差異共振主義(原初共同体)においても、確かに、物質は存しているわけであるが、それらが精神現象=差異共振現象(イデア現象)に包摂されていたと言えよう。 私は、原初差異共振性=原初平和力をやや理想化して言っている。しかしながら、母権制、つまり、自然宗教において、生け贄が要求されていたことは、確かであると思う。もっとも凄惨凄絶なのは、アステカ文化における、犠牲者の血の滴る心臓を太陽神に奉献する儀礼である。 ということで、原初共同体のマイナス面を看過するわけにはいかない。しかしながら、それ以外では、父権主義のような戦争暴力はなかった(p.s. ほとんどなかった言うべきだろう。父権的国家暴力としての戦争はなかったが、部族間の戦争はあったろうが、国家暴力のような凄惨なものではなかったと思われる)と考えられるのである。 とは言え、犠牲の儀礼(例えば、人身御供)は、もともと、人間を犠牲にしたとは言えないだろう。イオマンテ http://www.frpac.or.jp/ kodomo/html/bunka/girei/girei.html のように、動物を犠牲にしていたのが、根本ではないのか。アステカの場合は、特殊なのではないのか。この点は要検討である。 参考1: 暴力以前の力 暴力の根源 今村仁司 氏 1.はじめに 2.線を引くこと(根源分割) 3.分割の瞬間と出来事 4.tracer (線引き)と trace(痕跡) 1.はじめに 暴力現象は人間社会のなかで弁別できないほど多様に、また無数に出現する。社会的暴力はけっして等質的ではない。それに応じて暴力を指示する用語もけっして明確には区別することができない。それは言葉の無力が原因であるのではなく、現象の複雑さに由来する。たとえば、ドイツ語のGewaltとMachtは互いに区別しがたい。政治権力はどちらの言葉でも表現できる。暴力と権力は区別しなくてはならないが、言葉の宿命によって区別しがたいだけでなく、事柄の本性によっても区別しがたい。とはいえ、認識の観点からいえば、暴力と権力との差異はもとより、力一般とそれから派生する種々の暴力的現象を区別しなくてはならない。この錯綜の森をどうして切り抜けていくことができるのだろうか。以下では、暴力以前の力が何ごとであるかについて試論を提起してみたい。 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/ re/k-rsc/hss/bouryoku/r01.html 第一回 <暴力以前の力 暴力の根源> 今村仁司氏 2004/12/24 詳細(PDF) 参考2: http://72.14.235.104/search?q= cache:yeD47otTzsg J:www.tku.ac.jp/~koho/kiyou/ contents/economics/259/071 _takahashi.pdf+%E3%83%87% E3%83%AA%E3%83%80%E3%80 %80%E5%8E%9F%E5%88%9D%E7% 9A%84%E6%9A%B4%E5%8A%9B&hl=ja& ct=clnk&cd=10&gl=jp&lr=lang_ja &client=firefox-a 参考3: ナンシーの著作は、多くが日本語に訳されています。その中心概念である共同性に焦点を当てて見ました。積極的な議論の一つの種になれば幸いです。 Nancy, Jean-Luc ジャン・リュック・ナンシー 1940年生まれ 略歴 1940年7月26日、フランスのボルドー近くのコデラン生まれ。1962年に哲学学位を取得した直後から、カール・マルクス、イマニュエル・カント、フリードリッヒ・ニーチェ、アンドレ・ブルトンといった著者についての本を出版。パリで哲学教授資格を取った後、1968年コルマールで短期間教師を務め、その後ストラスブールの哲学研究所の助手になる。現在もストラスブールに居住し仕事をしている。1973年にはポール・リクールの指導の元でカントについての論文で博士号を取得し、その直後からストラスブールの人文科学部で「助教授」をつとめる。1987年にはトゥールーズで、ジャック・デリダやジャン=フランソワ・リオタールらが審査員となり、国家博士号を授与される。ジェラール・グラネルの監修のもとに書かれたカント、シェリング、ハイデッガーの著作における自由の問題を扱った博士論文は、1988年に『自由の経験』として出版された。とはいえ、1987年以前から、すでに彼はアカデミックなキャリアを積み重ねていた。1970年代から80年代にかけてベルリン自由大学やカリフォルニア大学など様々なところで客員教授を務めていたほか、哲学教授として、東ヨーロッパを中心にフランス外務省の文化委員を務めていた。 しかし1980年代末に重病に陥り心臓移植を受け、その活動は突然終わりを迎えた。さらにガンとの闘病が重なり、その回復を遅らせた。これらの病気のために彼のキャリアは大きく変わり、今まで自分が務めていたほとんどの委員職を辞任しなければならなかった。最近また活動を再開したが、こういった闘病期間の間も驚くべきことに執筆や出版活動は精力的に続けていた。政治や社会や哲学的な話題に関わる彼の著作の多くは1990年代に出版されたが、2000年には自分の病気についての著作『侵入者』も書いている。そして60代になった今日、人間として哲学者として今まで以上に活発に世界中を飛び回っている。 http://www.saysibon.com/ yoriai_sub/jinbutsuarchive/NANCY.htm 参考4: レヴィナスにおける哲学と宗教 −−レヴィナス「神と哲学」を読む (中山 元) レヴィナスにおいて、哲学と宗教がどのような関係にあるかを考えるには、『超越と知解可能性』の他に、この「神と哲学」が重要な位置をしめている。この論文は『観念に来れる神』に収められているものだが、まだ邦訳がないので、さまざまな問題を考えながら読んでみたいと思う。 http://polylogos.org/ philosophers/levinas/levi8.html |
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カレンダ
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