通り魔厳罰/殺人死刑論の松村喜秀氏と差異共振主義・脱物質主義への転換






2008年06月11日(Wed)
通り魔厳罰/殺人死刑論の松村喜秀氏と差異共振主義・脱物質主義への転換
以下の松村喜秀氏の通り魔厳罰/殺人死刑論には、賛成できない。反対である。また、現代社会には「愛」が必要であると言っているが、あまりに凡庸な考えである。
 思うに、単純に見て、松村氏は自己の考えが齟齬を来しているのに気がつかないのだろうか。「愛」を説くなら、当然、殺人者への「愛」も必要である。だから、松村氏の愛主義論からすると、殺人死刑論は成立たなくなるのである。
 もっとも、クリスチャンなので、矛盾が生じても問題はないだろう。何故なら、キリスト教は、愛と復讐の矛盾した教義をもつからである。矛盾撞着宗教である。
 私はクリスチャンではなく、原神道主義を唱えているので、できるだけユルシを説きたいと思っている。しかし、罪は罪であるから、刑罰を受けるのでは当然である。しかし、刑罰は、当人の悔悟をもたらす方向でなくてはならないだろう。死刑ではそれは不可能である。
 いったい、悪とは何だろうか。私は国家の戦争も悪だと思う。国家を誰が裁くのか。「復讐するは我にあり」?
 精神学では、ブーメラン効果を説く。因果応報である。同一性主義の悪は、差異共振主義によって償われるのだろう。同一性主義の傾斜に対して、差異共振主義の傾斜が生起して、宇宙(コスモス)のバランスを取るのだろう。物質主義の傾斜に対して、精神主義の傾斜が発生するだろう。それは、脱物質化である。ここで、最近亡くなったSF作家アーサー・C・クラークの『幼年期の終り』を想起する。そこでは、宇宙人による脱物質化/精神化がテーマになっていた。
 物質現象への傾斜に対して、脱物質現象の傾斜がありうるだろう。そうなると、生成消滅の周期が宇宙にあることになる。ヒンドゥー教のカリユガの発想を想起する。

p.s. 言いそびれたが、現代の異常な犯罪・殺人が起るのは、一つは、唯物論にあるが、また一つは、小泉似非構造改革にあると言えよう。一言で言えば、同一性主義である。これは、全体主義である。
 日本人は、自らの首を絞めるような政治を選んだのである。だから、その点では、自業自得である。大衆民主主義の恐ろしき帰結である。個衆とならなくてはならない。個衆民主主義である。

p.p.s. 以下のヴィシュヌについてであるが、ヴィシュヌ派は、ヴィシュヌが中心となっている。これは、PS理論からは肯定できると思う。つまり、差異共振性=イデア性がヴィシュヌと考えられるのである。
 しかし、私はブラフマンが差異共振性と以前は考えた。この齟齬をどう見るか。思うに、ブラフマンとヴィシュヌの立場が揺れ動くと思うのである。これは、自己認識方程式の様相そのものと言えるだろう。
 思うに、ブラフマンとヴィシュヌは一体である。だから、相互転換が生じると思われるのである。しかしながら、やはり、ブラフマンがイデアであり、ヴィシュヌが+1と見るのが、適切ではないだろうか。
 とまれ、後でさらに検討したい。 

******************

故意に人を殺したら死刑は当然

 もう一つ、対策としてというより、人間として親として当然行うべきことがある。それは子どもに愛をたっぷりと注ぎ込むことである。

 最近の親を見ていると愛が足りないように見える。愛とは「好き」などというレベルではなく、自分を犠牲にしてでも守りたいという強い思いである。

 もし、仮にわたしの子どもが通り魔の犠牲になったとしたら、わたしは誰はばかることなく、「犯人を殺したい」と叫ぶだろう。冷静になど振る舞えない。親として敵討ちに行くぐらいの気持ちを持っている。

 最近は死刑制度廃止や反対を唱える人が増え、光市母子殺害事件でも、死刑反対論者の弁護士たちが自分らのイデオロギーを主張するために荒唐無稽な作り話をでっち上げて、奇妙な弁護をした。

 さすがに裁判所は取り合わなかったものの、故意に人を殺したら、それが一人であろうと二人であろうと、自らも死をもって報いるべきではないのか。

 法は未成年者を守るように出来ているが、未成年者だろうと人を殺す重大性は意識しているはずだ。未成年だから死刑にならないと高をくくっている。わたしは未成年でも、悪質であれば、死刑を適用するべきだと思う。

 光市母子殺害事件の被害者遺族である本村洋さんをわたしは尊敬する。十年近くもかけ、一貫して被告の死刑を求め続け、犯罪被害者の権利を確立した。本村さんの強い愛が社会を動かしたのだ。

 世界では死刑を廃止した国もあるが、他国の動きに同調することなく、自国の問題として裁判や死刑制度の在り方を考えるべきだろう。

 少なくとも、情状酌量の余地のない通り魔殺人には厳罰をもって臨むべきだと思う。



松村 喜秀(まつむら・よしひで)

【略歴】
1949年島根県生まれ。父の仕事の関係で世界各地を転々とし、外国の大学で電子工業を専攻する。大手電機メーカーに就職するが、独立を目指して退職。センサー技術などを手掛けるフリーの設計士となる。1983年に産業用機器の設計・試作品製作を行う松村エンジニアリングを設立。87年にソウルオリンピック向けに偽札鑑別機開発を大手企業より依頼され、翌年開発に成功、販売する。その後、北朝鮮製と思われる偽100ドル札を発見、「スーパーK」と命名して、一躍世界的に有名となる。その後も多くの精巧な偽札を見破り、世界中のメディアに掲載、出演することとなった。世界中の特殊捜査機関の講師・顧問を務め、日本の大学で講師も務める。偽札鑑別機以外にも大手の真似できない特殊なセキュリティー機器、指紋照合装置などを開発、約250件の特許を取得している。現在、松村テクノロジー代表取締役。クリスチャンであり、米国空軍基地の教会で長老(エルダー)を務めている。現在、私財を投じて教会や無料の老人ホームなどの計画を進めている。

【ホームページ】
松村テクノロジー

【主な著作】
『ビッグバンで偽ドルがやってくる』(旬報社)
『偽造鑑定人調査ファイル』(講談社)
『スキミング〜知らないうちに預金が抜き盗られる』(扶桑社)

http://www.nikkeibp.co.jp
/sj/2/column/ea/

writebacks(0)
トラックバック(trackback)
URL:

コメント(comment)
名前(*):
URL/Email: (optional)
タイトル(*):
コメント内容(*):
画像認証(*): 表示された画像の文字を入力してください:

名前と URL/Email をcookieで保存



新着トラックバック/コメント


カレンダ
2008年6月
11
         

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (320)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (58)

アクセスカウンタ
今日:775
昨日:789
累計:357,478