ハンナ・アレントの三分化論とPS理論:差異共振性とトランス・コミュニケーション理論






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2008年04月29日(Tue)
ハンナ・アレントの三分化論とPS理論:差異共振性とトランス・コミュニケーション理論
以下、toxandoria氏によるハンナ・アレントの三分化論は興味深い。プラトニック・シナジー理論(PS理論)の視点から考察してみたい。
 思うに、私は以前、この三分化論は読んだことがある。アレントの著書からか、それとも、なにかの解説か、忘れてしまったが。とまれ、そのときは、それほど興味をもたなかったが、PS理論から解明できそうに思えるのである。
 「労働/仕事/活動」の説明は以下を参照していただくことして、簡潔に分析してみたい。

1)「労働」は、物質的生活である。それは、同一性=物質を基盤とするので、-1であろう。

2)「仕事」であるが、それは、個の知的精神的な活動のことなので、内的な⇒+1、即ち、自己認識方程式であろう。

3)「活動」であるが、これは外的に、他者と共振することと考えられるから、外的な⇒+1、即ち、自己認識方程式であろう。ここでは、自己は外的な他者=差異と共振するのである。

問題は、2)の場合であるが、個の知的精神的活動が、近代合理主義である場合、それは、差異共振にならずに、同一性主義となり、1)と同様に、-1となるだろう。だから、アレントの三分化論が真に成立するには、差異共振理論であるPS理論の視点が必要であると考えられるのである。それによって、三分化が明確にされると考えられるのである。
 また、3)についてtoxandoria氏が説明されているコミュニケーション(以下、コミュ)であるが、これも、同様だと思う。同一性主義すなわち近代合理主義に基づくコミュは、当然、同一性の交換に留まり、3)の実質はなくなり、1)と等価になると考えられるのである。だから、コミュに関しても、差異共振性が必要であると考えられるのである。
 さて、因みに、私はコミュに関して、これまで違和感をもっていて、いつか解明しようと思っていたが、ここで少し考察したい。
 都合で簡単に言うと、コミュは、同一性のコミュと差異のコミュがあると考えられる。近代合理主義/近代的自我のコミュは当然、前者である。しかし、民主主義のコミュであるが、本来、後者でなくてはならないが、ネオコン/ブッシュのイラク「民主化」、その他を見てもわかるように、同一性のコミュとなっていると考えられるのである。倒錯・転倒があるのである。有体に言えば、同一性民主主義になっていて、本来の差異民主主義になっていないのである。
 結局、コミュは両者を明確に区別する必要があるということになる。同一性主義のコミュを同話・同言・同語とするなら、差異主義(差異共振主義)のコミュを差話・差言・差語と呼べよう。
 直感で言うと、ギリシア悲劇に、差異のコミュの原型がありそうである。オレステイア三部作やオイディプス三部作やエウリピデスの悲劇等に隠れているようである。勿論、アリストファネスの喜劇にも隠れているように思われる。また、ある意味でシェイクスピアの悲劇等にもあるように思えるのである。
 それは、先に、ゼウスとプロメテウスの和解で示唆したように、同一性と差異との調和に示唆されているだろう。-1と+1との調和である。それは、端的に、差異共振性によって可能になるのである。ギリシア悲劇や喜劇、さらには、シェイクスピア劇には、超越性が表現されているのである。神々である。これこそ、超越性である。ないしは、イデア性である。近代主義は、これを排除して、悪魔的破壊主義に陥ったのである。魔界としての西洋近現代である。PS理論は、創造的コミュニケーション理論でもあるのである。

 
********************

『ハンナ・アレント(Hannah Arendt/1906-1975/アメリカの政治哲学者・思想家)によれば、我われ人間の「活動的生活」(vita activa)の構成要素は「労働、仕事、活動」の三つに分けることができます。この「活動的生活」とは、我われ人間が、何らかの条件づけられた存在としてこの世に生まれた瞬間から周辺環境へ働きかける内発的な能力 のことです。そして、「労働」(labor)とは“我われが自らの身体の生物学 的プロセス (メタボリズム /新陳代謝 )への対応のために繰り返される活動”のことで、例えばそれは日常生活の衣食住を支える家庭内での活動などを指します。

いわば「労働」は人間と動物に共通する活動の一部であり、その特徴は“かぎりなく循環的で、かつ自然 的という意味で生物 としての人間に必然 的なプロセス”だということになります。一般に我われが馴染んでいる用語法では「労働」と「仕事」は殆ど区別がありませんが、アレントはこの二つの意味を峻別します。アレントによれば「仕事」(work)とは、「労働」が意味するところの“人間の個体維持のための消費”に抵抗しながら作用しつつ形あるものや諸制度・作品などとして、我われの死後にも継続して在り続ける「世界」(world)の材料を創り出す働きのことです。』

冷血・外道で悪徳まみれの『小泉・前首相のカムバック』に国民は何を期待するのか?(2)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080428/p1

toxandoria

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『toxandoria の日記、アートと社会』

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