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2008年01月27日(Sun)
料理の哲学:料理と差異共振性:同一性結合体の解体と差異共振創造
鈴木雅明指揮によるバッハ・コレギウム・ジャパンによるヘンデルの名作・オラトリオ『メサイア』の心胸を明るく元気づける、見事な演奏(鈴木氏は、バッハよりもヘンデルの方がよりあっているのではないだろうか。つまり、鈴木氏の音楽性は旋律をくっきり浮き彫りにするのであるが、それは、バッハよりヘンデルに向いていると考えられるからである。)を聴きながら、台所で、カレーを作るため、鍋の野菜のぐつぐつ煮え具合を見ながら、考えた。
ジャガイモ、ニンジン、たまねぎ、肉が煮える。野菜がくずれて、溶けて、エキスになる。例えば、個体としてのジャガイモである有機体が火によるエネルギーで揺すぶられて、根源要素への還元されるだろう。同一性有機体が解体されて、ジャガイモの差異に還元されると仮定しよう。 煮詰められて、ジャガイモの差異(差異1)、ニンジンの差異(差異2)、タマネギの差異(差異3)、肉の差異(差異4)へと還元されて、四者が差異共振するのではないだろうか。つまり、差異1*差異2*差異3*差異4という差異共振様態がそこには現象するのではないだろうか。(第三部が始まった。) この差異共振様態が料理の味の元となるのだろう。そして、そこへカレー・ルーを入れて、さらに弱火で煮込み、味をより深化させるのである。これも、さらなる差異共振化と言えるだろう。 つまり、料理とは、食材に熱エネルギーを与えて、同一性有機体を解体させて、差異に還元して、差異共振様態を形成することであると言えるのではないだろうか。 正確に言えば、同一性有機体の解体というのは、野菜の分子に分解されるということだろう。だから、分子差異になるということである。分子差異1*分子差異2*分子差異3*分子差異4との分子差異共振様態が料理である。 だから、問題は、野菜有機体は何であるのかである。野菜の分子が結合して、野菜自体になる。分子は本来同一性ではあるが、同一性と同一性と結合して、集合化するのである。この同一性結合体が形成されるとき、エネルギーを放出しているはずである。同一性*同一性⇒同一性集合体+エネルギーである。 料理のときの熱エネルギーは、この式を反対にするものであろう。即ち、同一性集合体+エネルギー⇒同一性(野菜分子)*同一性(野菜分子)である。この同一性を、理論的には、差異と考えることができるのである。 問題は、分子を結合して、集合体にしている力である。同一性と同一性とを連結する力である。これを問題にしないといけないのである。(盛り上がりがすばらしい。これまで聴いた最高の『メサイア』である。) 同一性結合力とでも借りに呼んでおこう。これが、物質体を形成しているのである。そして、これを、料理の場合、火が食材という物質体を解体させて、同一性共振様態に還元するのである。 この同一性結合力とはどういうものだろうか。同一性の連結力とは何か、である。これは、単純に、積の力ではないのか。差異共振力が*であるなら、連結力は・ではないのか。そうとすれば、料理の場合、熱エネルギーは、この積の連結力を解体すると言えよう。つまり、熱エネルギーで揺さぶり、連結力・を差異共振力*に転換しているのではないのか。言い換えると、連結力に熱エネルギーを与えて、物質体のMedia Pointを活性化・賦活・励起することではないのか。つまり、物質のMedia Point=差異共振化である。ここにおいて、物質は、他の物質と差異共振化して、新しい物質(料理)を形成すると思われるのである。思うに、文化とはこのようなものであろう。同一性のままでは、同質のままで、差異共振の質(特異性)をもたないのである。 以上の料理哲学を経済に適用すると、同一性の物質のままでは、同質であり、高い質・差異共振性を創造できない。量的経済、土建屋的公共投資経済では、社会は進展しないのである。それは、積の経済(量の経済)であり、(国家財政の負債を拡大するだけで、)差異共振経済(質の経済)ではないのである。 また、金融資本中心主義(サブプライムローンはその狂気である)も、積の経済であり、量的増加のみであり、質的成長はないのであり、バブルとなる運命で、不況ないしいは恐慌が襲うことになるのである。景気循環を起すのである。 思うに、現代資本主義は、サブプライムローン問題に見られるように、壁にぶつかっているのである。その壁とは、既述したように、同一性・連続性・構造の壁である。モダン/ポスト・モダンの壁である。袋小路である。同一性の積だけを求めているのである。同一性主義とは、狂気なのである。結局、差異共振性へと転換する必要があるということである。 結局、同一性主義を乗り越えるため、差異共振性をもたらすには、エネルギーを与える必要があるのである。経済の場合は、熱エネルギーというわけにはいかない。ここには、企画等のアイデアのエネルギーが必要である。差異共振的アイデアがエネルギーとなり、同一性結合体に揺さぶりをかけて、解体させて差異共振化させるのである。 これまでの近代主義的量的同一性経済からトランス・モダン経済へと転換するには、同一性結合体を解体する必要があるのであり、それは、構造改革というよりは、構造解体である。そして、差異共振革新が必要である。ここでは、近代主義的発想をしている人間、とりわけ、近代的知識人・官僚・政治家は足かせである。ここでは、「素人」の方が適しているのである。 とまれ、同一性構造体となった資本に揺さぶりをかけて、解体する必要があるのではないだろうか。つまり、資本の差異化である。同一性としての資本ではなく、差異としての資本である。差異資本である。そして、多様な差異資本を共振させて、差異共振資本経済、トランス・モダン経済の構築が可能であると考えられるのである。 そう、資本の差異とは何か。資本の同一性結合体・同一性構造を解体(脱構築・脱構造)したとき現われる資本の「分子」である。おそらく、「量子」と呼んだ方が現代的である。資本の「量子」である。資本の「量子」と資本の「量子」の「核融合」があるのではないだろうか。だから、資本「核融合」である。 とまれ、資本の差異化、資本のエネルゲイア化が必要である。今日は、資本のエンテレイケイア主導なのである。資本エネルゲイアによって、同一性構造体を解体できるのである。 資本エネルゲイアとは、資本の特異性である。特異性としての資本である。ここから、差異共振化が生起するのである。今は、ここで留める。後で、もう少し具体的に展開したい。 p.s. 信用力creditとは何か。先に、私は差異と言ったが、少し違うだろう。信用力とは、資本主義経済においては、同一性結合力への信頼だろう。思うに、本来、信用とは、差異から発すべきものである。しかし、資本主義経済では、同一性結合力が価値となり、それに信用が置かれるのである。同一性主義の反射作用である。同一性主義は、反理性主義なので、信用力は、狂気・妄想となるのである。マクベス投機である。そう、ここには、差異を喪失した資本主義、モダン/ポスト・モダン経済の帰結がある。同一性の鏡像反射が信用力であり、それも妄想なのである。 p.p.s. 同一性とは何か、が問題である。確かに、差異の同一性化が物質であり、それは、それで実在的である。しかし、マネーの場合の同一性とは、同一性主義である。これは、差異(理性)を否定しているので、非理性主義になるのである。リスクは差異にあると思うが、差異を否定しているので、真のリスクが消えてしまうのである。 物質は+1であるが、同一性主義は-1である。-1は妄想・狂気・悪・闇である。パラノイアである。モダン/ポスト・モダンはこれである。そう、金融資本主義とは、この-1の妄想の世界の事象であると言えよう。ポスト唯物論である。悪魔の帝国である。後でさらに検討したい。 参照: − 特選アラカルト − ▽バッハ・コレギウム・ジャパンのヘンデル2大作品 「オラトリオ“エジプトのイスラエル人”」 ヘンデル作曲 (1時間23分37秒) (ソプラノ)野々下由香里 (ソプラノ)松井 亜希 (アルト)上杉 清仁 (テノール)藤井 雄介 (バス)浦野 智行 (バス)渡辺 祐介 (合唱、管弦楽)バッハ・コレギウム・ジャパン (指揮)鈴木 雅明 〜東京オペラシティ・コンサートホールで収録〜 <2007/11/23> 「オラトリオ“救世主”」 ヘンデル作曲 (2時間18分58秒) (ソプラノ)イエレ・スー (カウンターテナー)スティーヴン・ウォレス (テノール)ハンス・イエルク・マンメル (バス)ドミニク・ヴェルナー (合唱、管弦楽)バッハ・コレギウム・ジャパン (指揮)鈴木 雅明 〜東京・サントリーホールで収録〜 <2007/12/24> http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/ program/ch.cgi?area=001&ch=07
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カレンダ
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