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GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2007年03月23日(Fri)▲ページの先頭へ
ドゥルーズの内在平面について:ゼロ度空間=構造主義空間=超越論空間=内在平面
直前の引用に、ドゥルーズの内在平面という言葉を久しぶりに見たので、ドゥルーズのフッサール批判の問題点との関係で、少し考えてみよう。

まず、これまで指摘してが、ドゥルーズの杜撰さをはっきり言っておかないといけない。微分=特異性という考えなのである。これは、まったく初歩的誤謬としかいいようがないだろう。私は、虚偽的誤謬と呼んだのであるが。

思うに、ドゥルーズのいう超越論性とは内在平面とおそらく一致ないしは結びつく概念であろう。そういう意味で、内在平面について、簡単に考えたい。

私が理解する内在平面とは、PS理論から見ると、連続化されたメディア・ポイントという疑似特異性がもつ連続空間のことである。

これは、言い換えると、ゼロ度の空間と言ってもいいだろう。ゼロ度とは、実数軸という連続空間における原点であり、+でも-でもないという矛盾同一的連続空間である。これは、メディア・ポイントとは、まったく異なる点である。

そう、これは、端的に、構造主義空間であろう。ドゥルーズの哲学は、ポスト構造主義と言われているが、本人は決してそのように呼んだことはないのであり、構造主義と考えた方がわかりやすい。構造主義の展開であり、ポスト構造主義という命名は誤りであると考えられる。

そのように考えると、内在平面とは正に、ゼロ度空間、構造主義空間であることがわかるだろう。

ドゥルーズは、このゼロ度空間=構造主義空間=超越論空間=内在平面において、差異の共立・存立を考えたのである。

結局、連続空間であるから、差異は、連続的差異=微分=「特異性」(疑似特異性)にしかならないのである。

私も長い間、この概念に囚われていたが、私自身の思考において、内在平面と特異性の分裂性には気がついていたのである。このことは、結局、不連続的差異論につながるのであるが。今の時点から、少し振り返ると、ドゥルーズ哲学の問題点は、直観的に、特異性である理念・イデアを、直接現象化(連続化)していることに危惧をもっていたのである。

そう、特異性即現象化としていた点に問題を感じていた。私の思考の直観では、特異性は特異性であり、理念的に不変的である。だから、それは、直接は、現象化しないのである。そこには、ワンクッションがあると感じていたのである。つまり、特異性=理念と現象性との間には、切れ目があると感じていたのである。

それが、不連続的差異論の誕生以前の私のドゥルーズ哲学に対する直感的な疑問点であった。

その後のことは、不連続的差異論の誕生の事柄に尽きる。ただ、今の時点、即ち、プラトニック・シナジー理論の地点から見ると、不連続的差異論の誕生以前、スピノザ哲学に心酔していて、特異性の核と他者との連結性との対極論に達していた。他者との連結性とは、共振シナジー性と言えるのではないかと思う。

だから、ほとんど、プラトニック・シナジー理論の原型のようなものがそこにはあったように思う。それは、不連続的差異論とは異なる共振性を帯びていたと思うのである。

不連続的差異論は、プラトニック・シナジー理論よりは、ニーチェ哲学に似ているのである。絶対的差異を強調しているのであるから。その共立とは、共振の前駆ではあろう。


2007年03月21日(Wed)▲ページの先頭へ
ドゥルーズがフッサールに挑む:『意味の論理学』の問題
新訳の、ドゥルーズ著の『意味の論理学』(上)は、日本語が明快なので、以前まったく理解できなかったことがよく理解できる。また、小見出しがあり、それが理解に役立っている。

とまれ、本書で、ドゥルーズは、超越論的哲学を提唱しているのであるが、そのとき、フッサールの超越論的現象学が主要な批判の対象となっている。この闘争は、ドゥルーズとしては、熱や力が入っていて、興味深い。

いろいろ引用して論ずべきであるが、余裕がないので、簡単に問題点を指摘するに留める。

ドゥルーズは、「非人称的で前-個体的な超越論的場」や、「無名でノマド的で非人称的・前-個体的な特異性が蠢いている世界」とか、述べている。p. 186, p. 187

そして、フッサール批判は、それが、人称的や個体的なものを引き入れていることに向けられている。

つまり、フッサールのノエマの対象を連続的同一性であるとして、それを、超越論的場に持ち込んでいるとして、フッサール現象学をこきおろしている。

ドゥルーズは、意識や志向性を、個体や自我に関係する、即ち、連続的同一性に関係するものだとして、彼が考える超越論的哲学から排除するのである。

問題は、志向性である。志向性は、言い換えると、超越論的志向性であり、これを単純に意識であるとは言えないと思う。私は、志向性は、原意識だと思うのである。また、特異性の「個」と私が言うものは、原個である。

つまり、超越界における原意識、原個が、超越論的哲学の問題と思うのである。ドゥルーズは、これを、経験的な意識や個体だと考えていると思う。

私がドゥルーズの説明でとりわけ気になるのは、超越論性の説明における、「前-個体的」という概念である。これは、正しくは、「原-個体的」ではないだろうか。

前-と原-では全く異なるのである。前-の場合は、非-個体的というニュアンスが入るだろう。それでは、集合的に捉えられる恐れがあるのである。

超越的即非様相においては、iが原主体であり、-iが原他者である。だから、i*(-i)とは、個ないし差異の原理である。だから、原-個体ないし原-差異とは言えると思うが、前-個体とは言えないのではないだろうか。

また、ドゥルーズは非人称的とも言っているが、これも問題であろう。原主体*原他者であるから、原-人称的とは言えるが、非人称的とは言えないのではないか。

今、ここで留めておく。


2007年03月20日(Tue)▲ページの先頭へ
ドゥルーズ哲学の虚偽的誤謬:特異性を連続性に結びつける
以下の書は今年出版された新しい翻訳であるが、以前の訳本に比べて、格段と読みやすくなっている。翻訳者は、ドゥルーズ研究者の小泉義之氏であり、適任者である。

さて、少し読んだが、やはり、ドゥルーズである。

ドゥルーズは構造主義=ポスト構造主義のスタンスである。「第8セリー:構造」は、実に興味深い。

パラドックスから構造を説明するのであるが、パラドックスとは、即非と読むと実に明快になる。

とまれ、ここで、ドゥルーズは、パラドックス、構造、特異性とを結びつけて説明しているのであるが、パラドックスは即非、構造はメディア・ポイントとして読むことができるのであるが、特異性の把握が、誤謬なのである。

ドゥルーズは特異性を連続概念で捉えてしまっているのである。

だから、せっかく差異の本質に近づいても、この点で、誤謬を犯して、だいなしにしてしまっているのである。

今は簡単に触れるが、ドゥルーズは、2つのセリーで構造を考えている。これは、九鬼周造の偶然性の考え方に近いが、しかし、九鬼哲学のような不連続性がドゥルーズには欠落しているのである。

ドゥルーズは出来事と構造と連続化してしまうのである。出来事とは、正に、特異性であり、偶然性である。しかし、これを、構造と結びつけてしまうのである。これが誤謬である。

少し引用しよう。

「・・・セリーに隣接する特異性は、複雑な仕方で、他のセリーの項を決定する。あらゆる場合において、構造には、基底のセリーに対応する特異点の二つの配分が備わっている。それゆえに、構造と出来事を対立させることは不正確なのである。構造には、理念的出来事の台帳、言いかえるなら、構造に内的な全歴史が備わっている(・・・)。」p.101(赤文字は、renshiによる。尚、傍点の強調は、下線に変えた。)

赤文字部分であるが、これが、間違いである。つまり、PS理論から言うと、構造には、理念的出来事の台帳は備わっていないのである。

即ち、理念的出来事とは、超越的事象であり、これは、虚数軸次元の事象であり、構造は実数軸次元へと傾斜した内在形式であるから、両者には、一致しないからである。

端的に言えば、これまで、述べてきたように、ドゥルーズは、差異や特異性を連続性に留めてしまっているのである。

でも、特異性を連続性に留めるというのは、用語的に虚偽であろう。

とまれ、ドゥルーズはパラドックスにおいて、即非性に近づいているが、連続性の概念の枠内に留まっているので、パラドックスを構造に留めてしまったのである。

構造とは実数軸的内在形式のことである。

もう少し言うと、問題は、その前の記述のシニフィアンとシニフィエの思想にある。このソシュールの考え方が、ここでは致命的である。何故なら、これは、言語学の概念で、既に連続的同一性の概念形式に規定されているからである。

これでは、差異、特異性を外しているのである。

つまり、二つのセリーだが、一つはシニフィアン、他の一つをシニフィエにしているのである。これでは、連続的同一性概念の対(つい)に過ぎない。近代的合理主義なのである。

これでは、一種連続的予定調和であり、不連続性、ましてや、即非性は考えられようがないのである。

ソシュール/ラカンの言語学概念を使用したのが、根本的にここでは、誤りである。

シニフィアン/シニフィエとは、連続的同一性一般形式言語概念であり、正に、近代的合理主義概念と共通なのである。これでは、差異は、必然的に、連続化せざるをえないと言えよう。

そう、シニフィアン/シニフィエという概念の批判が必要である。

これらは、フッサールのノエシス/ノエマの超越性をもっていない、いわば、凡庸な概念に過ぎないのである。

この概念が、ハイデガーの存在概念と並び、どれだけ、20世紀の哲学を毒したことか。言語一般形式という連続的概念に20世紀の哲学は幽閉されていたのである。

後で補足したい。



意味の論理学 上 (1) (文庫)
ジル・ドゥルーズ (著), 小泉 義之 (翻訳)


2007年03月19日(Mon)▲ページの先頭へ
ハイデガーの「なぜ一体、存在者があるのか、そして、むしろ無があるのではなのか?」はくだらない
ハイデガーの『形而上学入門』の冒頭の部分を読んだが、もったいぶった文体で読む気が無くなった。

ハイデガーはこの問いは、「・・・すべての問いの中で第一の問いである」であると述べているが、これは専断である。

実に胡散臭いのである。

ドゥルーズ哲学の反故化は近いが、おそらく、ハイデガー哲学の反故化も近いだろう。

ハイデガーは、虚栄心の塊だと直感で思う。

名誉心で、書いていると思う。おそらく、名誉心のため、フッサールの創造した現象学を捩じ曲げて、哲学をだめにした大悪人だと思う。

つまり、人類の知を退化させた極悪人だと思う。

理論的に言って、この問いは、くだらない。なぜなら、宗教がこの問いに二千年以上も前に答えているからである。

キリスト教は、無からの創造を言い、仏教は、空において、無に答えている。

また、ハイデガーは、非隠蔽性を重視しているようだ。

真理の非隠蔽性である。

悲劇的真理である。

しかし、これは、連続的同一性に曇らされた人間の錯誤・誤謬の暴露に過ぎないだろう。

つまり、無明という事実の暴露のことである。

ハイデガーは無明という存在を説いているに過ぎないようだ。

その奥にこそ、差異共振性という根源的真理があるのであり、そこまで、ハイデガーは達していないと思う。

ハイデガーの存在は、現象的内在性である。ドゥルーズはやはり、これを引きずっている。


2007年03月17日(Sat)▲ページの先頭へ
ロレンスの「愛」と「力」の極性論について:王冠の思想又は聖霊の思想について:獅子と一角獣の対極性
先に、全体主義に関連して、ロレンスの「愛」と「力」の極性論に言及したが、ここでは整理したい。

ロレンスの思想は、対極性の思想である。それは、英国王室の紋章にある獅子と一角獣を対極性に見立てたものである。

即ち、獅子が「力」であり、一角獣が「愛」である。

これは、さらに、「父」と「子」の対極性とされるのである。

ロレンス自身の混乱は、自身の思想を否定するように、「力」の思想を説いた点にあると言えよう。

元々は、対極のバランスを説いているのであり、それが、「聖霊」の様相なのである。

これは、PS理論で言うと、例えば、iが獅子であり、-iが一角獣になるだろう。この調和が⇒+1であり、そして、「聖霊」ということになると思うのである。

即ち、i=獅子=自己であり、-i=一角獣=他者である。この自己と他者との共振が、⇒+1=「聖霊」というように考えることができるだろう。

ロレンスの考えを敷延するなら、キリスト教は、他者-iに傾斜しているのであり(隣人愛)、異教ないし旧約聖書は、主体iに傾斜しているということである。この両者が拮抗し、バランスをとる様相が「聖霊」である。

そして、PS理論的には、「聖霊」とは、メディア・ポイントに於ける差異共振的同一性ということになるだろう。

問題は、先にも述べたが、メディア・ポイントにおいて、連続性=自我があると、反動化すると考えられるのである。

「力」の志向性は、i*-(-i)⇒-1である。しかし、これでは、近代主義と同じである。

先の説明と齟齬となる。先において、全体主義は、近代主義の反動であり、-i*(-i)⇒-1であると述べたのである。

どうも、整理し直さないといけないようだ。

ロレンスの思想は、複雑である。ロレンスは、獅子を肉体、一角獣を精神と見ている。

だから、iが一角獣であり、-iが獅子と見ないといけない。すると、ロレンスにとり、キリスト教とは、i*-(-i)⇒-1であったのであり、「力」の肯定とは、-i*(-i)⇒-1であり、これで、先に言った全体主義の図式となるのである。

ハイデガーは、この図式の哲学を説いたと考えられるが、ロレンスは、この全体主義的図式から脱却できたと考えられるが、どうして脱却できたのであろうか。

それは、一つは、同時代の全体主義の動きを知り、反感をもったことがあるだろう。しかしながら、内在的要因があるはずである。

それは、紀行文『エトルリアの場所』Etruscan Placesにあるように、古代エトルリア人の文化のもつ特異性と対極性の文化に触れて、彼自身が本来もつ対極性の思想が蘇ったからだと思われるのである。

他者を「力」で克服するのではなく(古代ローマ帝国のやり方)、他者と共振する様相が復活したのだと思われるのである。

PS理論から見ると、ロレンスは、メディア・ポイントにおいて、+1と-1の間で揺れ動いていたと考えられるのである。

即ち、共振性と連続性との間で揺れ動いていたのである。そう、自己と自我の間の揺らぎである。

これは、虚数軸と実数軸との混淆的揺らぎである。

正確に言うと、差異共振的同一性と連続的同一性との間の揺らぎである。

思うに、この原因は、ロマン主義にあるのではないだろうか。ロマン主義は、実は、全体主義的なのだと思うのである。即ち、-i*(-i)⇒-1だと思うのである。

そして、晩年において、ロレンスの知性iと身体-iとのバランスが創造されるときが来たのである。そして、全体主義から脱却したと考えられるのである。

すると、「聖霊」とは差異共振シナジー・エネルギーのことであるが、それは、やはり、超越的共振エネルギーであろう。i*(-i)である。そして、コスモスと「わたし」は一体であるというのは、端的に、i*(-i)⇒+1ということではないだろうか。即ち、コスモスとは、イデア界である。

ロレンスの言うコスモスとしての太陽は、プラトンの善のイデアの
「太陽」と等価であろう。

そう、悟り・仏陀としてのコスモスの太陽であったのだろう。


2007年03月06日(Tue)▲ページの先頭へ
九鬼周造関係のリンク
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テーマ:九鬼周造
1)
http://dia.blog.ocn.ne.jp/shima/
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対話とモノローグ
          弁証法のゆくえ
2)
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「いき」の創造

3)
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/nittetsu/guidance/philosophers/kuki_guidance.html
http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/nittetsu/members/fujita/kuki_sekai.html
京都大学文学部 日本哲学史研究室
4)
http://www.janjan.jp/book_review/0702/0702150086/1.php
『九鬼周造の哲学 漂泊の魂』を読んで

5)
http://d.hatena.ne.jp/bossadelic/20070215
微空間―森元斎の部屋―

6)
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0689.html
松岡正剛の千夜千冊


7)
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/j-yasuda/2ken.html
* 九鬼周造とその周辺 その1  その2  その3  その4 new! 

8)
http://www.adm.konan-u.ac.jp/lib/news/topics060502.htm
「九鬼周造展」開催のお知らせ

9)
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person65.html
青空文庫

10)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E9%AC%BC%E5%91%A8%E9%80%A0
wikipedia


2007年03月04日(Sun)▲ページの先頭へ
スピノザの内在的原因について
定理18
神は、あらゆるものの内在的原因であって超越的原因ではない。
『エチカ』

PS理論は、メディア・ポイントMPにおける内在的超越性を説く。
スピノザの言う内在性は、理解できるが、しかしながら、問題点は、
この内在性が連続性を帯びると思える点である。
この点は、不連続的差異論の形成期に述べた。
スピノザ哲学に超越論性を入れることが大事である。
しかしながら、能動的観念の方法は、実質、差異共振シナジーの方法である。
ここにおいて、超越性を志向されると言えよう。
結局、スピノザ哲学は、内在的超越性の志向をもってはいるが、
連続性と不連続性との明確な切断がなされてはいないと思う。
後のドゥルーズの哲学の混濁の一因にかもしれない。


スピノザとライプニッツ:能動的観念とモナド的超越性
スピノザとライプニッツ:能動的観念とモナド的超越性
テーマ:哲学
後で、両者の哲学について検討したいが、今、簡単に触れよう。

両者同時代人(17世紀)であり、知遇もあった。両者、デカルト哲学から影響を受けている。

両者の哲学の共通点は、内在的超越の方法であろう。スピノザは、能動的観念の方法を発見し、ライプニッツは、モナドや精神が、超越性=神と内在的に結びついていることを論じている。

思うに、スピノザの能動的観念(私は、これは、全哲学における最高の理論の一つだと考えている)は、PS理論から見ると、差異共振シナジー・エネルギー理論である。だから、スピノザも、PS理論の先駆者であると言えよう。

そして、ライプニッツのモナド理論や精神の理論は、PS理論から見ると、やはり、特異性=差異共振シナジー性を指していると思える。大乗仏教で言うと、如来蔵に当たるものと考えられる。

両者の違いは、心と身体の次元と捉え方の違いにあるだろう。スピノザは、よく知られたように、心身平行論である。心と身体が属性として、並存している。しかるに、ライプニッツの場合は、精神の方が、身体よりも優位にあるのである。

両者一致させることはできるだろう。元知・即非・元身体とし、また、現象化において、知と身体が分化する。スピノザの身体は、元身体に近いのである。また、ライプニッツの身体は、現象的身体であると考えられるのである。

つまり、スピノザは、メディア・ポイントMPにおいて、差異を共振させて、観念形成を行なうのである(能動的観念の方法)。これは、一見、現象的に見えるが、単にそうではなく、MPにおいて、i*(-i)⇒+1となるように観念創造を行なっているのである。⇒-1を超えて、⇒+1となる観念創造を行なっているのである。だから、このとき、精神(心身)において、イデア界的参入していると考えられるのである。

それに対して、ライプニッツのモナドないし精神とは、スピノザの心身平行性に相当すると考えられるのである。先に述べたが、スピノザの哲学には、実際、第三の要素があるのであり、それが、心身共振性であり、それが、メディア・ポイントにおいて、作用するのであり、この心身共振性が、ライプニッツのモナドや精神と連なると考えられるのである。

参考:

バールーフ・デ・スピノザ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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スピノザ
スピノザ

バールーフ・デ・スピノザ(エスピノーザ)(Baruch De Spinoza, 1632年 11月24日 - 1677年 2月21日 )はオランダ の哲学者 、神学者 。ヘブライ語 名は「祝福された」の意。一般には、そのラテン語化ベネディクトゥス・スピノザ (Benedictus De Spinoza) で知られる。デカルト 、ライプニッツ と並ぶ合理主義哲学 者として知られるが、その思想には単なる合理主義にとどまらないものがある。自然汎神論など独特な思想の持ち主である彼は、アインシュタインやゲーテなど後の多くの知識人に影響を与えた。

生涯

アムステルダム のユダヤ人 の家庭に生まれる。両親はポルトガル からオランダ へ移住してきたセファルディム 。幼少の頃より学問の才能を示し、ラビ となる訓練を受けたが、家業を手伝うために高等教育は受けなかった。

伝統から自由な宗教 観を持ち、そのため1656年 にアムステルダムのユダヤ人共同体から破門・追放される。追放後はハーグ に移住し、転居を繰り返しながら執筆生活を行う。1662年 にはボイル と硝石 に関して論争した。

1664年 にオランダ共和派の有力者、ヤン・デ・ウィット と親交を結ぶ。この交際はスピノザの政治関係の著作執筆に繋がっていく。この前後から代表作『エチカ』の執筆は進められていたが、オランダの政治情勢の変化などに対応して『神学・政治論』の執筆を優先させることとなった。1670年 に匿名で『神学・政治論』を出版した。しかし、1672年 にウィットが虐殺され(野蛮の極致ultimi barbarorumとスピノザは形容した)、この折りには、スピノザは生涯最大の動揺を示したという。

1673年 にプファルツ選帝侯からハイデルベルク大学 教授に招聘されるが、思索の自由が却って脅かされることを恐れたスピノザは、これを辞退した。こうした高い評価の一方で、1674年 には『神学・政治論』が禁書となる。翌1675年 に『エチカ』を完成させたが、出版を断念した。また、その翌年にはライプニッツ の訪問を受けたが、この二人の大哲学者は互いの思想を理解しあうには至らなかった。肺の病(肺病 や珪肺症などの説がある)を患っていたため、その翌年スヘーフェニンヘ (ハーグ近く)で44歳の短い生涯を終えた。

なお、ハーグ移住後の生計は貴族の友人らから提供された年金による。レンズ 磨きによって生計を立てたという伝承は、主に敵対者から流された誤伝によるものである、と推測される。とはいえ、この伝承は哲学者たちによって清貧な精神として現代でも敬意を払われ続けており、諸々の解説書でも敢えて疑うことなく記されてある。また、スピノザがレンズ磨きの技術を身に付けていたこと自体は事実で、それは生計のためではなく学術的な探求心によるものだと考えられている。

生前に出版された著作は、1663年 の『デカルトの哲学原理 』と匿名で出版された1670年 の『神学・政治論 』(Tractus Theologico-Politicus)だけである。『人間知性改善論 』、『国家論 』、『エチカ 』その他は『ヘブライ語文法綱要』などとともに、没後に遺稿集として出版された。これは部分的にスピノザ自身が出版を見合わせたためである。

[編集 ] 思想

[編集 ] 哲学史上の意義

スピノザの哲学史上の先駆者は、懐疑の果てに「我思う故に我あり(cogito ergo sum)」と語ったデカルトである。これをスピノザは「我は思惟しつつ存在する(Ego sum cogitans.)」と解釈している。その示すところは、思惟する私が存在するという自己意識の直覚である。懐疑において求められた確実性が見出されるのは、この直覚においてである。

その思想は初期の論考から晩年の大作『エチカ 』までほぼ一貫し、神即自然 (deus sive natura) の概念に代表される非人格的な神概念と、伝統的な自由意志の概念を退ける徹底した決定論である。この考えはキリスト教 神学者からも非難され、スピノザは無神論 者として攻撃された。

一元的汎神論や能産的自然という思想は後の哲学者に強い影響を与えた。近代ではヘーゲル が批判的ながらもスピノザに思い入れており(唯一の実体という思想を自分の絶対的な主体へ発展させた)、フランス現代思想のドゥルーズ も、その存在論的な観点の現代性を見抜き、『スピノザ』という題名の論文を出している。

代表作『エチカ』は、副題の「幾何学 的秩序によって論証された」という形容が表しているように、なによりその中身が如実に示しているように、ユークリッド の『幾何原論』を髣髴とさせる定義・公理・定理・証明の一大体系である。それはまさにQ.E.D(「これが証明されるべき事柄であった」を示すラテン語の略)の壮大な羅列であり、哲学書としてこれ以上ないほど徹底した演繹 を試みたものであった。

この著作においてスピノザは、限られた公理および定義から出発し、まず一元的汎神論、次いで精神と身体の問題を取り上げ、後半は現実主義 的ともいえる倫理学 (エチカという題名からも読みとれるが、スピノザは倫理学を重視していた)を議論している。

[編集 ] 存在論・認識論

ここでは、形而上学的な第1部と第2部の概要を主に記述する。

デカルト は精神と身体(物体=延長)という二つの実体 (他に依存せず独立して存在しうるもの、あるいはスピノザの言葉を借りれば、自らにおいて存在し、自らにおいて考えられるもの)を世界の根底に設定した。しかし、スピノザによれば、精神も身体も、唯一の実体である神 における二つの異なる属性(神の本質を構成すると我々から考えられる一側面)に他ならない。そして、神が唯一の実体である以上、神とはすなわち自然である。いいかえれば、神は超越的な創造主(人格神)ではなく、万物の内在的な原因(自然)なのである。従って、我々にとって全ては必然的に起こる。これを一元論・汎神論と呼ぶ。スピノザにおいて、自然とは自らのみにその生成の根拠を持つ能産的なものであり、超越者の被造物(所産)ではない。確かに個物は所産的な自然であるが、それは能産的自然(スピノザの実体)のうちに与えられている。この場合、諸々のもの(有限者、あるいは個物)は全て、神の変状ないし神のある属性における様態であり、実体なくしては在りかつ考えられることはできず、それらの様態の偶然的な存在は定義からは結論され得ずに経験を要する。また、神は唯一の実体であるから、これのみが必然的に存在し、その本性は無限であるため、無限に多くの属性を抱える。

スピノザは我々の知性にとって精神と延長という属性が不可欠であると位置付けた。デカルトは「我思う、ゆえに我あり 」から精神=観念(内部)と延長=実在(外部)という区別を作った。スピノザはこの区別をなくし、「人間精神を構成する観念の対象は身体である」(『エチカ』第2部定理13)と宣言する。我々の認識の志向先は常に我々の肉体であり、肉体に絡み、諸々の外在が表象される。精神の変化は身体の変化に対応しており、精神は身体から独立にあるわけではなく、身体も精神から独立となりえない。なぜなら、二つは同じものの二つの側面に他ならないからである。いわゆる同一存在における心身平行論である。これによって心身の合一という我々の現実的なありかたを説明できる、とスピノザは考えた。身体に先だって精神があるのでもなく(唯心論)精神に先だって身体がある(唯物論)のでもない。人間の身体だけを認識する人間の有限な精神は、全自然を認識する或る無限の知性の一部分であって、この全自然を想念的objectiveに自己のうちに含むところの思惟する無限の力によって形成される個々の思想と、この力によって観念された自然の中の個々の事物とは、同じ仕方で進行する。すなわち思惟という側面から見れば自然は精神であり、延長という側面から見れば自然は身体である。両者の秩序(精神を構成するところの観念とその対象の秩序)は、同じ実体の二つの側面を示すから、一致する。

[編集 ] 倫理学

スピノザはデカルトとは異なり、個々の意志は自由でないとし、意志というものをこの或いはかの意志発動の原因として考えるのは、人間というものをペテロ或いはパウロの原因として考えると同様に不可能であるとし、自由な意志によって感情を制御する思想(デカルト『情念論』に代表される)を認めない。代わりに、感情は感情によって、欲求はより強い欲求によってコントロールされると考え、欲求の抑圧ではなく、よりよい状態(我々にとってもっとも有用な状態を与える「善」の方向性)をもたらすように欲求を上手く組み合わせることを重視する。これによって表象的な認識に依存した受動的かつ不十全な感情の状態から、能動的かつ明晰である感情の状態へ移るための前提である理性的な認識が可能となる。そして理性的な認識において必然性が把握され、我々固有の能力にのみ依存する明瞭判然たる諸観念が形成されることで受動感情(動揺する情念)は破棄される。その上、「われわれの精神は、それ自らおよび身体を永遠の相の下にsub aeternitatis specie認識するかぎり、必然的に神の認識を有し、みずからが神の中にありin Deo esse神を通して考えられるper Deum concipiことを知る(5定理30)」ことから、人間は神への知的愛に達し、神が自己自身を認識して満足する無限な愛に参与することで最高の満足を得ることができるとスピノザは想定する。むろん、心身合一論の帰結として、独立的な精神に宿る自由な意志が主体的に感覚的・受動的な身体を支配する、という構図は棄却される。

上の議論は、個の自己保存衝動を否定しているわけではない。その各々が部分ではなく全体と見なされるかぎり諸物は相互に調和せず、欲求の元は神の在りかつ働きをなす力に由来する個の自己保存のコナトゥス(衝動)であることを、スピノザは認めた。しかし、万人の万人に対する闘争 になりかねないこの不十全なコナトゥスのカオスを十全な方向へ導くため、全体としての自然(神)の必然性を理性によって認識することに自己の本質を認め、またこの認識を他者と分かち合うことが要請される。

[編集 ] 国家論

上述のエチカの議論によれば、理性はたしかに感情を統御できる。とはいえ「すべて高貴なものは稀であるとともに困難である(エチカ)」。感情に従属する現実の人間は、闘争においては仲間を圧倒することに努め、そこで勝利した者は自己を益したより他人を害したことを誇るに至る。他人の権利を自己の権利と同様に守らねばならないことを教える宗教は、感情に対しては無力である。たしかに精神の自由は個人の徳ではあるが、国家の徳は安全の中にのみある。必要なことは正しい政治が現実に行われることである。そのためには臣民を報償の希望ないしは刑罰への恐怖によって国家の権利の下に従属させることを必要とする。

統治権の属する会議体が全民衆からなるとき民主政治、若干の選民からなるとき貴族政治、一人の人間の手中にあるとき君主政治と呼ばれる。この統治権、あるいは共同の不幸を排除することを目的として立てられた国家の法律にみずから従うような理性に導かれる者ばかりではない現実においては、理性を欠いた人々に対しては外から自由を与えることが法の目的であって、その法に権威 を与えるものが言論の自由であるとの思想が見られる。

その具体的な実現例として、社会契約 による民主的 な国家の創設が提案された。なぜなら、共同で善へ至る道筋を探究する努力を尊重するからである。これは、いかに自由と寛容で知られる当時のオランダでなされた主張であったとはいえ、斬新な主張であり、カルヴァン派 が支配する体制の中ですぐに容認されることはなかった。

またスピノザの政治思想の特徴は、その現実主義にある。政治への理想を保持しつつ現実の直視を忘れないその姿勢は幾人ものオランダ共和国の政治家との交流から得られたものと考えられる。

[編集 ] 宗教との関係

スピノザの汎神論は、神の人格を徹底的に棄却し、理性の検証に耐えうる合理的な自然論として与えられている。スピノザは無神論者では決してなく、むしろ理神論者として神をより理性的に論じ、モーゼの十戒 に見られる「偶像崇拝の禁止」を徹底したものであった。しかし、これは多くの(キリスト教・ユダヤ教問わず)神学者・信仰者の反発を買ってしまった。スピノザによれば、人格神とは、民衆の理解力に適合した人間的話法の所産であって、神を人格神としてしか捉えられない人々は、多様な神の捉え方のうちごく一部分しか見ていない。これはむしろ人間による神の規定であり、人間にとり都合がよい「哲学者の神、科学者の神」(パスカル )であるともいえる。

神 を自然 の働き・ありかた全体と同一視する汎神論 の立場から、当時のユダヤ教 の信仰のありかたや聖典 の扱いに対して批判的な態度をとった。1656年 7月27日 に破門を受けたのは、恐らくこのためである。神こそ自然であるから、自然の法則に反する奇跡 を否定する。様々な儀式に関しても、それがユダヤ教徒全員に当てはまるものではないと断ずる。

スピノザとしては、キリストの復活は、信者達に対してのみその把握力に応じて示された出現に他ならないとし、またキリストが自分自身を神の宮として語ったことは、言葉は肉となった(ヨハネ)という語句とともに、神がもっとも多くキリストの中に顕現したことを表現したものと解している。また道徳律は律法としての形式を神自身から受けているか否かにかかわらず神聖かつ有益であり、神の命令に対する不本意な隷属における報償の希望ないしは刑罰への恐怖とは対置されるところの、人間を自由にするものとしての神に対する愛を説いた。また神をその正義の行使と隣人愛によって尊敬するという意味でのキリストの精神を持つかぎり何人であっても救われると主張している。

[編集 ] 関連項目

* 我思う、ゆえに我あり
* 汎神論
* 合理主義哲学
* 神
* 社会契約

ウィキメディア・コモンズ に、バールーフ・デ・スピノザ に関連するマルチメディアがあります。
Wikiquote
ウィキクォート にスピノザに関する引用句集 があります。


カテゴリ : オランダ史の人物 | オランダの哲学者 | 啓蒙思想家 | ユダヤ教改革派 | 破門 | 17世紀の学者 | 1632年生 | 1677年没



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ゴットフリート・ライプニッツ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


[編集 ] 哲学における業績

「モナドロジー(単子論)」「予定調和説」を提唱。その思想は、単なる哲学、形而上学の範囲にとどまらず、論理学、記号学 、心理学 、数学、自然科学などの極めて広い領域に広がる。また同時に、それらを個々の学問として研究するだけでなく、「普遍学」として体系づけることを構想していた。学の傾向としては、通常、デカルトにはじまる大陸合理論 の流れのなかに位置づけられるが、ジョン・ロック の経験論 にも深く学び、ロックのデカルト 批判を受けて、精神と物質を二元的にとらえる存在論 およびそれから生じる認識論 とはまったく異なる、世界を、世界全体を表象するモナドの集まりとみる存在論から、合理論、経験論の対立を回収しようとしたといえる。

モナドロジーの立場に立つライプニッツからすれば、認識は主体と客体の間に生じる作用ではなく、したがって直観でも経験でもない。自己の思想をロックの思想と比較しながら明確にする試みとして、大著「人間知性新論」を執筆したが、脱稿直後にロックが亡くなったため公刊しなかった。ライプニッツの認識論には、無意識思想の先取りもみられる。

* 同時代の哲学者との関係

ライプニッツは、同時代の著名な知識人とはほぼすべて交わったと考えてもよいくらい活動的であった。特筆されるのは、1676年 にスピノザ を訪問したことである。そこで彼は「エチカ」の草稿を提示された。だが、政治的問題もあり、また実体観念や宇宙観の違いからスピノザ哲学を評価しなかったと言われる。ライプニッツは、デカルトやスピノザの他に、マルブランシュ の影響を強く受けていることも強調されなければならない。ライプニッツ哲学の最初のまとまった叙述である『形而上学叙説』をめぐっては、アントワーヌ・アルノー との文通が知られている。

* 著作

「力学要綱」「弁神論」を除くと、その著作の大半は未完で、かつ死後相当の時間を経て刊行されたため(現在も全集は完結していない)、17〜18 世紀にはライプニッツの学の全貌は完全には理解されず、楽天主義的であるとの誤解を生んだ。哲学的な思索の深さとは裏腹に、後代への直接的な影響の少ない孤峰というべきであろう。

* モナド Monade(単子)

複合体をつくる単純な実体で、ここでいう単純とは部分がないということである。モナドは自然における真のアトムであり、これが宇宙の要素である。モナドは、単純実体ではあるが、モナドの内部には多様性と変化が認められる。この内的差異によって、あるモナドは他の全てのモナドから区別される。モナドには外部に通じる窓はないが「予定調和」によって世界全体を自己の内部に映しだしており、このはたらきによって世界全体を認識している。モナドとは精神であり、その内部とは表象である。[1]

[編集 ] 数学における業績

微積分法 をアイザック・ニュートン とは独立に発見/発明し、それに対する優れた記号法を与えた。現在使われている微分 や積分 の記号は彼によるところが多い。

しかし、それと同等か、あるいはそれ以上に重要な業績は今日の論理学における形式言語 に当たるものを初めて考案したことである。彼によれば、それを用いることで、どんな推論も代数計算のように単純で機械的な作業に置き換えることができ、注意深く用いることで、誤った推論は原理的に起こり得ないようにすることができるというものであった。彼は、優秀な人材が何人かかかって取り組めば、それを実現するのに5年もかからないと信じていたようであったが、現実にはそれを実現するには300年以上を要した(論理学の適用できる範囲は限られているから、彼が考えたような理想には達していないと見るべきかもしれない)。彼は記号に取りつかれていた人物で、論理学以外にも、例えば幾何学 について、記号を用いて機械的に証明をする構想を得ていた。

上記の事柄に含まれるが、2進法 を研究したのも彼の業績である。彼は中国の古典『易経 』に関心をもっており、1703年 、イエズス会 宣教師 ブーヴェから六十四卦 を配列した先天図 を送られ、そこに自らが編み出していた2進法の計算術があることを見いだしている。



2007年03月02日(Fri)▲ページの先頭へ
哲学的統一へ向けて:個体原理と特異性・singularity(差異共振シナジー)
今簡単に予測を言うと、以下のhaecceity(ヘクスィーアティ)、個体原理と訳されるが、もともとは、このもの性である。以下の説明、すなわち、 "the discrete qualities, properties or characteristics of a thing which make it a particular thing"から見ると、私がこれまで述べてきた特異性に当たると見ていいと思う。この特異性(=個体原理・ヘクスィーアティ)が、PS理論では、差異的同一性(差異共振シナジー性)であり、ライプニッツのモナド(個体的実体、実体形相)に通じるだろう。そして、当然、ドゥンス・スコトゥスの「存在の一義性」の「存在」に通じるだろうし、デカルトのコギト・エルゴ・スムに通じるだろうし、フッサールの超越論的主観性/存在に通じよう。

近代主義とは、連続的同一性によって、この個体原理(特異性)を喪失したのである。漱石の個人主義とは、この個体原理のことととることができるだろう。

そう、欧米文明には、この個体原理が基盤にあるのである。個人主義は、個体主義ないし特異性主義である。これを近代日本は、とりわけ、戦後日本は、喪失したのである。

p.s.
大乗仏教の如来蔵は、この個体原理に通じるだろう。

p.p.s.
■特異性とキルケゴール:ヘーゲル哲学と連続的同一性(近代主義)

特異性については、キルケゴールへの言及を逸するわけにはいかないだろう。ヘーゲル哲学の批判としてのキルケゴールの特異性の哲学があると思う。それは、超越論的特異性であり、イデア界を志向していると言えよう。
 ヘーゲル哲学は、連続的同一性の哲学であり、近代主義の典型であると言えよう。




参照:
Haecceity
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Haecceity (transliterated from the Latin haecceitas) is a term from medieval philosophy first coined by Duns Scotus which denotes the discrete qualities, properties or characteristics of a thing which make it a particular thing. Haecceity is a person or object's "thisness".

Charles Peirce later used the term as a non-descriptive reference to an individual.

[edit ] Haecceity and Quiddity

Haecceity may be defined in some dictionaries as simply the "essence" of a thing, or as a simple synonym for quiddity or hypokeimenon . However, such a definition deprives the term of its subtle distinctiveness and utility. Whereas haecceity refers to aspects of a thing which make it a particular thing, quiddity refers to the universal qualities of a thing, its "whatness", or the aspects of a thing which it may share with other things and by which it may form part of a genus of things. Duns Scotus makes the following distinction:

Because there is among beings something indivisible into subjective parts -- that is, such that it is formally incompatible for it to be divided into several parts each of which is it -- the question is not what it is by which such a division is formally incompatible with it (because it is formally incompatible by incompatibility), but rather what it is by which, as by a proximate and intrinsic foundation, this incompatibility is in it. Therefore, the sense of the questions on this topic [viz. of individuation] is: What is it in [e.g.] this stone, by which as by a proximate foundation it is absolutely incompatible with the stone for it to be divided into several parts each of which is this stone, the kind of division that is proper to a universal whole as divided into its subjective parts?

– Scotus, Ordinatio II, d. 3, p. 1. q. 2, n. 48 [Scotus, (1950-), 7:412-413; Spade (1994), 69]

It is important to note that while terms such as haecceity, quiddity, noumenon and hypokeimenon all evoke the essence of a thing, they each have subtle differences and refer to different aspects of the thing's essence.

[edit ] External links

* Stanford Encyclopedia of Philosophy article
― "Medieval Theories of Haecceity"

Retrieved from "http://en.
wikipedia.org/wiki/Haecceity "

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Quiddity
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In philosophy , quiddity is identity or "whatness," i.e., something's "what it is." The term derives from the Latin word "quidditas," which was used by the medieval Scholastics to refer to a concept of substance they encountered while translating the works of Aristotle .

The (Greek equivalent) term was used by Aristotle in reference to an entity's aspects of "matter" and "form."

It describes properties a particular substance (e.g. a person) shares with others of its kind. The question "what (quid) is it?" asks for a general description by way of commonailty. This is quiddity or "whatness" (i.e., its "what it is"). Quiddity is often contrasted with the haecceity or "thisness" of an item, which, in turn, describes the particular propreties of an object or substance (e.g. a particular person).

[edit ] Other senses

* In law, the term is used to refer to a quibble or academic point. An example can be seen in Hamlet's graveside speech found in Hamlet by William Shakespeare . "Where be his quiddities now, his quillets, his cases, his tenures" says Hamlet referring to a lawyer's quiddities.

* Quiddity is the name for the mystical dream sea in Clive Barker 's novel The Great and Secret Show that exists as a higher plane of human existence. It is featured as more of a literal sea in the novel's sequel, Everville .


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今朝の夢:薄暗い部屋のレオナルド・ダ・ヴィンチの不可視の彫像
もうだいぶ時間が経ってしまったが、今朝見た、これまた、一種不思議の夢を述べよう。残念ながら、細部は忘れているので、今印象に強く残っていることを記そう。

仲間ないし同僚と、旅行に出ている。研修旅行かもしれない。教室のような部屋にいたが、なにかの拍子で、薄暗い部屋に行く。そこで、知り合いの女性が来て、これは、レオナルド・ダ・ヴィンチの彫像だという。しかしながら、実際肉眼では、その彫像は見えないのである。不可視の状態である。いわば、精神的な目によって見ることができるというか、感じることができるというようなことを、その女性が述べたように思う。

私は、その暗い部屋の空気の中で、ダ・ヴィンチの不可視の彫像を感じたようであった。

その後、電車に乗っている場面となる。知りあいの男性の舌の上に白い四角い紙(メモのような紙)がのっていた。

まぁ、以上のような感じである。

そう、上記の場面の前に、なにか、イタリアへ行くというようなことが決まった場面があったかもしれない。

また、私は、見えないのに、ダ・ヴィンチの彫像を感じことに納得したようであった。

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夢の解釈:思えば、今日、ブログで確認できるように、女神、大地母神や銀本位制に関する引用をずいぶんおこなった。それは、昨日の銀本位制と女神との関連に触発されてのことであった。

 しかし、イタリアという場所は、女神的な場所である。聖母マリア崇拝の地である。また、薄暗い部屋で会った、不可視のダ・ヴィンチの彫像のことを教えてくれた知りあいの女性は、女神と関係するのかもしれない。先に思ったのであるが、モナリザは、神秘的な女性ないし母性の代表とするなら、女神というモチーフがつながることになるだろう。また、ここ数年流行った『ダ・ヴィンチ・コード』を考えると、それは、マグダラのマリアに関するような秘教・グノーシス主義に関係するだろう。だから、女神の線は関係している。

 さらに、グノーシス主義は、いわば、霊知主義である。感覚を超えた智慧を説いているのだから、薄暗い部屋や不可視のダ・ヴィンチ像と通じるだろう。

 思うに、正夢というよりは、昨日からの女神と銀本位制との関係が夢の中で継続したと見た方がいいのかもしれない。

 問題は、そうならば、銀本位制ないし銀貨とこの夢がどう結びつくのかである。先に想像したのであるが、知りあいの舌の白い小片の紙が、いわば、紙幣を意味するのではないか。彼は、言葉は多いが、怠け者である。なにか、実質のない紙幣と結びつきそうである。

 では、銀本位制や銀貨とダ・ヴィンチがどう結びつくのだろうか。すこし、検索してみたい。

 次のようなページを見つけた。

p.s. 検索してみた。思うに、今朝の夢の意味するのは、グノーシス主義的叡知・霊知ではないだろうか。簡単に言えば、ソフィア(叡知)である。後でもう少し検討したい。
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ダ・ヴィンチ・コイン・コレクション


商品仕様
【各コインの共通仕様】
発行国=アメリカ合衆国、発行年=2006年、額面=1ドル、品位=純金仕上げ純銀(.999銀)
直径(約)=40.6ミリ、重さ(約)=31.01グラム、量目=1オンス、状態=未使用
ブランドのご紹介
レオナルド・ダ・ヴィンチ (Leonardo da Vinci, 1452-1519)

イタリアのルネサンス期を代表する万能の天才として知られる彼は、絵画・彫刻・建築・土木などの技術に通じ、広い分野にその足跡を残している。

彼の代表的な作品である「最後の晩餐」や「モナ・リザ」は、ルネサンス期を代表する絵画として有名である。
商品のご説明
 表の図柄は5種のダ・ヴィンチの代表的な作品

・最後の晩餐(サンタ・マリア・デレ・グラーツィエ協会)
・レオナルド・ダ・ヴィンチ自画像(トリノ王立図書館蔵)
・リッタの聖母(サンクトペテルブルク エルミタージュ美術館蔵)
・ウィトルウィウス的人間(ヴェネツィア アカデミア美術館蔵)
・モナ・リザ(ルーブル宮殿)

純金仕上げ純銀製、アメリカ合衆国発行のシルバー・イーグル銀貨を美麗な専用ケースに収めて、解説書・認定書とともにお届け。

フランクリン・ミントから独占提供!
http://www.franklinmint.jp
/tmp_cart/detail.php?id=607

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次のようなものに出くわした。ダ・ヴィンチの最後の晩餐のユダである。

4.ユダ
Judas。イスカリオテのユダ(Judas Iscariot)。イエスの一団の会計係。銀30枚でユダヤの祭司長らにイエスを売った。のちに悔悟して銀貨を返すが拒否され、「マタイ福音書」では首吊り自殺したとされる。「使徒行伝」では、不義の金で買った土地で転落死したと伝える。他にも別の死に様の伝承があり、事実は不明。絵画では黒髪と黒髭で描かれることが多く、黄色い衣を着けさせられていることもある。黄色は裏切りを意味する。絵画でこれほど悪く描かれ続けた男は他にいないだろう。イスカリオテの意味は不明で、いくつか説がある。そのひとつ、「シカリ(短剣)の人」として熱心党に属していたと考えると、彼はイエスに革命の旗手を期待していて、イエスに失望したとも考えられる。イエスがユダを弟子にしたことは、キリストの「愛」の意味を明らかにしている。裏切り者はユダのみだけでなく、弟子はみな一度は裏切っているのであり、それはあらゆる人の弱さである。ダ・ヴィンチの晩餐画もそれを表現しているように見える。
http://www.pcs.ne.jp/~yu/ticket/
supper/apostles.html

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次もあった。

ダヴィンチ・コードや007などで良くスイス銀行に預けていたりするのですがどう...

ダヴィンチ・コードや007などで良くスイス銀行に預けていたりするのですがどうしてですか?よろしくお願いします。

http://detail.chiebukuro.yahoo
.co.jp/qa/question_detail/q1210189492

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グノーシス主義関連は次のものがあった。

■トマスの福音書■
 この異端のグノーシス主義を代表する書がナグハマディ文書である。1945年、エジプトで発見されたこの書は、グノーシス主義の研究を一挙に推し進めた。ナグハマディ文書には、トマスの福音書、ピリポ福音書、真理の福音などキリスト教の教えを記した文書が、10点以上も含まれていた。中でも、『トマス福音書』は有名だが、この著者はイエスの十二使徒の一人であるトマスと言われている。
 トマスの言行は、新約聖書の正典の一つ『ヨハネによる福音書』でも確認できるが、それによると、トマスは、イエスの神性や奇跡をなかなか信じなかったようだ。そのため、『信じないトマス』とまで言われた。

 トマスの福音書を読むと、イエスが並みの知能の持ち主ではないことがうかがえる。いわゆる知の巨人たちの延長上にはなく、まるで別の幹から派生したかのようだ。理解できる部分は少ないが、得体の知れない真実が隠されている予感もする。少なくとも、ちまたで見聞きする『教え』とは次元が違う。
 ここで、トマスの福音書がからむイエスのエピソードの一つを紹介しよう。これは比較的容易に理解できる部類である。

 イエスは、エルサレムにのぼり、積極的に説教を行った。一方、それを快く思わないユダヤ教のパリサイ人や立法学者たちは、イエスをやり込める妙案を思いつく。それは「カエサル(ローマ皇帝)に税金を納めることはよいことか?」という質問であった。もし、イエスが税金を納めてはならないと答えれば、反逆者としてローマにひきわたす。逆に、税金を納めるべきだと答えれば、ユダヤの民を救うメシアがそんなことを言うはずがない。すなわち、イエスはメシアではないことになる。これは、イエスをおとしめる最強の質問となるはずだった。
 しかし、イエスの答えは驚くべきものであった。イエスは尋ねた。
「デナリウス銀貨の肖像はだれか?」
銀貨にはカエサルの肖像が彫られていた。イエスはつづける。
「カエサルのものはカエサルに返しなさい。神のものは神に。そして私のものは私に返しなさい」
完全無欠の答えであった。
「異端の聖書 〜ダ ヴィンチ コードにみる聖書の歴史〜」
http://www.benedict.co.jp
/Smalltalk/talk-50.htm
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岩窟の聖母関係がある。薄暗い部屋は、思えば、岩窟のような雰囲気であった。地下にあり、岩の壁があったように思う。


「図解 ダ・ヴィンチの謎」宝島社、便乗してますねぇ〜


上記の画像は左がナショナルギャラリーで右がルーブル。やっぱり、手直しする前のルーブルの方が、センスいいよね。
〜目次〜
・「最後の晩餐」に仕掛けられたダ・ヴィンチの暗号?
・ヨハネがマグダラのマリア?
・鏡文字は暗号なんかじゃない?
・二枚の「岩窟の聖母」
・人体図の本当の意味は?
・シオン修道会は存続しているのか?
・聖杯伝説のなぞ
・モナ・リザのモデルはダ・ヴィンチなのか?
・ダ・ヴィンチの遺言に隠された秘密

端的に言っちゃうと、ダ・ヴィンチ・コードの人気にあやかった便乗本の一つですね。ただ、図版が多くて、一目で広く浅く知識が得られたような気になるっていうのがウリ。さすが宝島、お金儲けうまいなあ〜って思います。買うほどではないけど、図書館で借りてみるぐらいはいいかも?実際、私も借りて読んだクチです(笑顔)。
最後の晩餐なら、ココ!絵も綺麗

でも、本読んでちょっと勉強になったこともあったから、メモしておこうっと。最後の晩餐の十二使徒:左から「ナタナエル、小ヤコブ、アンドレ、ユダ、ペテロ、ヨハネ、イエス、トマス、大ヤコブ、ピリポ、マタイ、タダイ、シモン」

タダイ:別名ユダ。イエスの処刑後、シモンとともにパレスティナへ伝導に行った
トマス:イエスの復活を信じなかった為、「疑いを抱くトマ」と呼称されることがある
ペテロ:第一の使徒。名は石を意味し、イエスにこの岩の上に教会を建てようといわれた
シモン:福音書では「熱心党のシモン」と呼ばれ、ユダとペルシャで殉教した
小ヤコブ:使徒名簿に「アルファイの子ヤコブ」と記されている
アンドレ:福音書ではシモンの弟と呼ばれている。ペテロをキリストの元に連れていった
イスカリオテのユダ:イエスを裏切り、銀貨30枚でヘロデ王にイエスを売った

http://library666.seesaa.net
/archives/20050123.html
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『ユダの福音書を追え』(日経ナショナルジオグラフィック社) は、
1700年前に書かれた「ユダの福音書」の発見から復元、そして解読に
いたるまでを追ったドキュメントです。

http://www.joqr.net/blog/book/
archives/2006/05/post_15.html




2007年03月01日(Thu)▲ページの先頭へ
ライプニッツの『モナドロジー』からの抜粋
ライプニッツの『モナドロジー』からの抜粋
テーマ:哲学
いまから、20年前くらいにライブニッツの著作を読んで、よくわからないまま、感動したことがある。そのときは、文体に酔ったのである。今、興味深い、感銘を受ける箇所を引用したい。

「六一 そして、この点において、複合体は単一体と合致している。というのは、(世界の)すべてが充実しているから、どの物質もつながりをもちあわせているし、しかもこのような充実体のなかでは、どの運動もみな距離に応じて、遠くへだたった物体になにがしかの影響をあたえるものだからである。したがって、任意の物体Aは、それに接している物体Bから影響をうけ、物体Bに起こるすべてのできごとを、ある程度まで感知するだけでなく、自分が直接ふれている物体 Bを通じて、別にBに接している物体Cのなかに起こるできごとまで感ずることができるのである。その結果、このようなつながりは、どんなに遠いところへもおよぼされることになる。というわけで、どの物体も、宇宙のなかで起こるすべてのできごとを感知するから、仮になんでも見える人がいるとすると、その人の目には、各物体のなかのあらゆるところでいま現に起こっていることがらだけでなく、いままで起こったこと、これから起こるであろうことまで読みとることができるわけである。『スベテガイッショニ呼吸シテイル』と、ヒポクラテスは言った。しかし魂が、自分自身のうちに読みとることができるのは、そこに判明に表現されているものにかぎられている。魂は自分のひだを一挙に開いてみるわけにはゆかない、そのひだは、際限ないからである。」

「六二 というわけで、創造されたモナドはどれも全宇宙を表現しているが、特別にそのモナドのためにあてられていて、そのモナドを自分のエンテレケイアにしている物(肉)体を、より判明に表現する。そして、充実したもののたかでは、あやゆる物質が結びあっているから、この物(肉)体において全宇宙が表出されていることになるが、魂は、特有の仕方で自分に属しているこの物(肉)体を表現するわけなのである。」

「六三 モナドに属して、そのモナドを自分のエンテレケイアや魂にしている物体は、エンテレケイアといっしょになって、生物と呼ばれるものを構成する。また魂といっしょになると、いわゆる動物を構成する。ところで、この生物や動物の体は、常に有機的である。どのモナドも、それぞれ宇宙をを自分流に映しだしているのである鏡であり、かつ宇宙は、完全な秩序にしたがってととのえられているから、それを表現するものの側にも、秩序はかならずあるのである。つまり魂の表象や、したがってまた、魂が宇宙を表現するさい手段になっている体のなかにも、秩序はかならずあるのである。」

「六五 そして自然の創造者(神)は、このかぎりもなく微妙なわざを、もののみごとにやってのけた。といえるわけは、物質のどの部分も、古代の人たちが認めたような無限分割の可能性を秘めているだけではなく、現実におのおのの部分が、また多くの部分にと、どこかでもはてしなく細分されていて、しかも、その一つ一つの部分が、それぞれみな固有の運動をおこなっているからである。でなければ、物質のどの部分も、宇宙全体を表出することができるとはいえないだろう。」



『ライプニッツ モナドロジー 形而上学序説』中公クラシックス pp. 23~25.
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%8A%E3%83%89%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%BB%E5%BD%A2%E8%80%8C%E4%B8%8A%E5%AD%A6%E5%8F%99%E8%AA%AC-%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%8B%E3%83%83%E3%83%84/dp/4121600746/ref=sr_1_1/503-7170974-5841516?ie=UTF8&s=books

ゴットフリート・ライプニッツ
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ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646年 7月1日 - 1716年 11月14日 )はドイツ ・ライプツィヒ 生まれの哲学者 ・数学者 。
目次
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* 1 概要
* 2 哲学における業績
* 3 数学における業績
* 4 著作
* 5 脚注
* 6 関連

概要

ライプニッツは哲学者 、数学者 、科学者 など幅広い分野で活躍した学者・思想家として知られているが、また政治家 であり、外交官 でもあった。17世紀 の様々な学問(法学 、政治学 、歴史学 、神学 、哲学 、数学 、経済学 、自然哲学 (物理学 )、論理学 等)を統一し、体系化しようとした。その業績は法典改革、モナド論 、微積分 法、微積分記号 の考案、論理計算 の創始、ベルリン科学アカデミー の創設、等々、多岐にわたる。ライプニッツは稀代の知的巨人といえる。

[編集 ] 哲学における業績

「モナドロジー(単子論)」「予定調和説」を提唱。その思想は、単なる哲学、形而上学の範囲にとどまらず、論理学、記号学 、心理学 、数学、自然科学などの極めて広い領域に広がる。また同時に、それらを個々の学問として研究するだけでなく、「普遍学」として体系づけることを構想していた。学の傾向としては、通常、デカルトにはじまる大陸合理論 の流れのなかに位置づけられるが、ジョン・ロック の経験論 にも深く学び、ロックのデカルト 批判を受けて、精神と物質を二元的にとらえる存在論 およびそれから生じる認識論 とはまったく異なる、世界を、世界全体を表象するモナドの集まりとみる存在論から、合理論、経験論の対立を回収しようとしたといえる。

モナドロジーの立場に立つライプニッツからすれば、認識は主体と客体の間に生じる作用ではなく、したがって直観でも経験でもない。自己の思想をロックの思想と比較しながら明確にする試みとして、大著「人間知性新論」を執筆したが、脱稿直後にロックが亡くなったため公刊しなかった。ライプニッツの認識論には、無意識思想の先取りもみられる。

* 同時代の哲学者との関係

ライプニッツは、同時代の著名な知識人とはほぼすべて交わったと考えてもよいくらい活動的であった。特筆されるのは、1676年 にスピノザ を訪問したことである。そこで彼は「エチカ」の草稿を提示された。だが、政治的問題もあり、また実体観念や宇宙観の違いからスピノザ哲学を評価しなかったと言われる。ライプニッツは、デカルトやスピノザの他に、マルブランシュ の影響を強く受けていることも強調されなければならない。ライプニッツ哲学の最初のまとまった叙述である『形而上学叙説』をめぐっては、アントワーヌ・アルノー との文通が知られている。

* 著作

「力学要綱」「弁神論」を除くと、その著作の大半は未完で、かつ死後相当の時間を経て刊行されたため(現在も全集は完結していない)、17〜18 世紀にはライプニッツの学の全貌は完全には理解されず、楽天主義的であるとの誤解を生んだ。哲学的な思索の深さとは裏腹に、後代への直接的な影響の少ない孤峰というべきであろう。

* モナド Monade(単子)

複合体をつくる単純な実体で、ここでいう単純とは部分がないということである。モナドは自然における真のアトムであり、これが宇宙の要素である。モナドは、単純実体ではあるが、モナドの内部には多様性と変化が認められる。この内的差異によって、あるモナドは他の全てのモナドから区別される。モナドには外部に通じる窓はないが「予定調和」によって世界全体を自己の内部に映しだしており、このはたらきによって世界全体を認識している。モナドとは精神であり、その内部とは表象である。[1]

[編集 ] 数学における業績

微積分法 をアイザック・ニュートン とは独立に発見/発明し、それに対する優れた記号法を与えた。現在使われている微分 や積分 の記号は彼によるところが多い。

しかし、それと同等か、あるいはそれ以上に重要な業績は今日の論理学における形式言語 に当たるものを初めて考案したことである。彼によれば、それを用いることで、どんな推論も代数計算のように単純で機械的な作業に置き換えることができ、注意深く用いることで、誤った推論は原理的に起こり得ないようにすることができるというものであった。彼は、優秀な人材が何人かかかって取り組めば、それを実現するのに5年もかからないと信じていたようであったが、現実にはそれを実現するには300年以上を要した(論理学の適用できる範囲は限られているから、彼が考えたような理想には達していないと見るべきかもしれない)。彼は記号に取りつかれていた人物で、論理学以外にも、例えば幾何学 について、記号を用いて機械的に証明をする構想を得ていた。

上記の事柄に含まれるが、2進法 を研究したのも彼の業績である。彼は中国の古典『易経 』に関心をもっており、1703年 、イエズス会 宣教師 ブーヴェから六十四卦 を配列した先天図 を送られ、そこに自らが編み出していた2進法の計算術があることを見いだしている。

[編集 ] 著作

* ライプニッツ著作集 (工作舎)

[編集 ] 脚注
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1. ^ 「モナドロジー」(ライプニッツ著作集第9巻「後期哲学」/工作舎)

[編集 ] 関連

* 行列式
* モナド

" より作成

カテゴリ : ドイツの数学者 | ドイツの物理学者 | ドイツの哲学者 | 論理学者 | 啓蒙思想家 | 17世紀の学者 | 18世紀の学者 | 17世紀の数学者 | 18世紀の数学者 | 数学に関する記事 | 1646年生 | 1716年没




2007年02月27日(Tue)▲ページの先頭へ
メルロ=ポンティの身体論:連続的身体と超越的身体
『メルロ=ポンティ 可逆性』を拾い読みしているが、ここで、乱暴だが、直観で、メルロ=ポンティの思想を考えてみたい。

 リヴァーシブルな「襞」や両義性という用語が、裏表紙に書かれている。これは、PS理論から見ると、実にわかりやすいことである。

 これは、i*(-i)の即非事相を、メディア・ポイントの連続面で捉えた観念用語であろう。

 メルロ=ポンティの身体とは、メディア・ポイントの連続的身体面であるように思える。ここでは、対立であり、且つ、一如(いちにょ)であるという事相が発生する。しかし、力点は、後者の一如・一体性にあるように思える。だから、メディア・ポイントの連続面の思考であると思えるのである。

 問題は、身体性である。なぜ、身体論なのか。それは、思うに、先に、モームの『月と六ペンス』における身体的霊性と言ったことと関係するように思えるのである。

 近代合理主義は、元知中心主義であり、個体において、元身体を排除しているのである。この排除は、単に、元身体の排除だけでなく、元知・即非・元身体という超越的差異共振性(霊性)を排除しているのである。そして、近代主義が飽和状態になると、否定された元身体が反動して発動するが、それと同時に、超越的差異共振性も発動するようになると考えられるのである。

 この観点から見ると、メルロ=ポンティの身体論は、身体的連続的同一性と超越的差異共振性との混淆であるように思えるのである。そう、モームの『月と六ペンス』における身体的霊性と同質であると思えるのである。

 ここには、身体的連続的同一性と超越的即非性との未分化的混淆があると考えられるのである。身体的連続性は感覚的であり、超越的即非性は思想・観念的である。思うに、前者が文学的レトリックとなり、後者が理論的考察となり、混淆して、あのような文体を生んでいるように思えるのである。

 だから、ポスト・モダン的なのである、メルロ=ポンティは。そう、作家に近い表現であると言えよう。

 私の言葉で言えば、内身体性や大地性なのである。ここに、超越性が内在(内蔵)するのである(参照:如来蔵)。思うに、メルロ=ポンティは、明確に、内身体性=大地性を捉えていない。外在的身体と未分化である。外在的身体は連続性を発生させるのである。内身体性と外在的身体性との未分化混淆様態において、メルロ=ポンティは、思考しているのである。

 内身体性は、不連続なのである。だから、思うに、メルロ=ポンティは、超越的即非性に達するまで、後一歩であったと思うのである。

 フッサールは大天才だから、初めから、超越性(イデア)に達していた。しかし、一般には、身体において、超越性は始動すると考えられるのである。そのとき、連続性と不連続性の混淆様態になるのである。この様態にメルロ=ポンティは留まったように思えるのである。

 思うに、身体とは何だろうか。大乗仏教、とりわけ、『大乗起信論』は鋭敏である。それは、阿頼耶識(あらやしき)と如来蔵(にょらいぞう)である。しかし、前者は連続態と不連続態の中間混淆態である。後者が、超越的身体であると思う。

 ついでながら、差異共振シナジー通貨制度としての銀本位制であるが、現代の通貨制度が完全に連続性であるのに対して、不連続性の通貨制度であると思うのである。なぜなら、銀という個物は、特異性であるからである。特異性は、不連続性であるからである。また、それは、超越的身体である。超越的身体の通貨制度としての銀本位制である。

参考:
モーリス・メルロー=ポンティ
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メルロー=ポンティ
メルロー=ポンティ

モーリス・メルロー=ポンティ(Maurice Merleau-Ponty, 1908年3月14日 - 1961年5月4日)は、フランスの哲学者。現象学を学び、その発展に尽くした。

彼の哲学は「両義性の哲学」「身体性の哲学」「知覚の優位性の哲学」と呼ばれ、従来対立するものと看做されてきた概念の<自己のの概念>と<対象の概念>を、知覚における認識の生成にまで掘り下げた指摘をしている。 例えば、「枯れ木」があるとします。子供の頃(最初に見た時)は、「枯れ木」という存在を眼で見て、「枯れ木」は<名前のない現象として>知っていますが、「枯れ木」という言葉(記号)を知って初めて、恒常的に認識出来るのですね。そして、「枯れ木」という現象が「枯れ木」というものの(同一言語下で)共通した認識を得るのですね。

≪それは、「枯れ木」を含む場景を見て知っていたが、「枯れ木」という言葉を知らなかったので、「枯れ木」を知らなかった。≫という言葉に理解を求めたい。

また、精神と身体というデカルト以来の対立も、知覚の次元に掘り下げて指摘し、私の身体が<対象になるか><自己自身になるか>は、「どちらかであるとはいえない。つまり、両義的である。」とした。一つの対象認識に<精神の中のものであるか><対象の中のものであるか>という二極対立を超え、私の身体のリアリティは、<どちらともいえない>。しかし、それは無自覚な<曖昧性>のうちにあるのではなく、明確に表現された時に<両義性>を持つとした。そして、その状態が、<私という世界認識><根源的な世界認識>であるとした。そこには、既に言葉と対象を一致させた次元から始めるのではなく、そもそもの言葉の生成からの考察なのですね。それは、論理実証主義哲学、分析哲学、プラグマティズムなどの<言語が知られている次元>からの哲学に厳しい指摘をしたといえる。そこには多くの哲学の垣根を越える試みが見られ、また、異文化理解や芸術、看護学などに大きな影響を与えた。

また、そういう知覚の優位性からの、新しい存在論の試みが『見えるもの見えないもの』で見られる。しかし、彼の絶筆が『見えるもの見えないもの』であるので、志途中での彼の死は、惜しまれるものである。しかしながら、後世の哲学者による彼の思考の継承は、誤謬の修正から真理の起源まで幅広く影響を与えるものである。

[編集] 邦訳主要著作

・『知覚の現象学』 中島盛夫訳 (叢書ウニベルシタス) 法政大学出版局

・『意味と無意味』 永戸多喜雄訳 国文社

・『ヒューマニズムとテロル』改訂版 森本和夫訳 現代思潮社

・『知覚の本性−初期論文集』 加賀野井秀一編訳 (叢書ウニベルシタス) 法政大学出版局

・『見えるものと見えざるもの』 クロード・ルフォール編/中島盛夫監訳(叢書ウニベルシタス)法政大学出版局

・『行動の構造』 滝浦静雄・木田元共訳 みすず書房 (1964)

・『眼と精神』 滝浦静雄・木田元共訳 みすず書房 (1966)

・『知覚の現象学1』 竹内芳郎・小木貞孝共訳 みすず書房 (1967)

・『知覚の現象学2』 竹内芳郎・木田元・宮本忠雄共訳 みすず書房 (1974)

・『シーニュ1』 竹内芳郎監訳 みすず書房 (1969)

・『シーニュ2』 竹内芳郎監訳 みすず書房 (1970)

・『弁証法の冒険』 滝浦静雄・木田元・田島節夫・市川浩共訳 みすず書房 (1972)

・『言語と自然』−コレージュ・ド・フランス講義要録− 滝浦静雄・木田元共訳 みすず書房 (1979)

・『世界の散文』 滝浦静雄・木田元共訳 みすず書房 (1979)

・『見えるものと見えないもの』 滝浦静雄・木田元共訳 みすず書房 (1989)

・『メルローポンティの研究ノート』−新しい存在論の輪郭− 菊川忠夫編訳 御茶の水書房(1981)

[編集] 関連図書

・『現象学』 ジャン・フランソワ・リオタール著 高橋允昭訳 文庫クセジュ 白水社 (1965)

・『現代フランスの哲学』−実存主義・現象学・構造主義− ピエール・トロティニョン著 田島節夫訳 文庫クセジュ 白水社 (1969)  

・『現象学』 木田元著 岩波新書 (1970)

・『現象学』 新田義弘著 岩波全書 (1978)

・『メルローポンティの哲学と現代社会』(上・下) L・スパーリング著 菊川忠夫訳 御茶の水書房 (1981-1982)

・『知の最前線』 現代フランスの哲学 ヴァンサン・デコンブ著 高橋允昭訳 TBSブリタニカ(1983)

・『メルローポンティの思想』 木田元著 岩波書店 (1984)

・『現象学の射程』 −フッサールとメルローポンティー 水野和久著 勁草書房 (1992)

・『「自分」と「他人」をどうみるか』 滝浦静雄著 NHKブックス (1992)

・『メルローポンティ』 −可逆性− 鷲田清一著 講談社 (1997)

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%
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カテゴリ: フランスの哲学者 | 現象学 | 身体論 | 1908年生 | 1961年没



2007年02月25日(Sun)▲ページの先頭へ
フッサールとハイデガー:超越論性と存在について:メディア・ポイント*は即非点(ポイント)である
ポイントだけ触れると、先にも述べたが、ハイデガーはフッサールの超越論性を理解していないということが言えるだろう。

 フッサールは、日常の自然的態度(主客分離)をいったん停止して(エポケー)、純粋意識を捉え、それを志向性と呼んだのである。これは、超越論的意識ないし元意識である。超越論的空間をフッサールは提起したのである。

 それに対して、ハイデガーは、存在者(つまり、通常、生活している人)は、存在によって規定されていると考えているのである。存在とは、いわば、存在者の原型・構造である。つまり、構造としての存在をハイデガーは説いたと考えられるのである。

 確かに、そう見ると、存在とは、一種、超越論性をもっていると言えるだろう。しかし、ハイデガーのいう「関心」(志向性に相当する)は、存在⇒存在者である。(これは、PS理論から言うと、メディア・ポイントから連続性への展開・転化である。)

 これは、フッサールの超越論性=志向性とはまったく異なると言えよう。なぜなら、フッサールは、超越論性内部における志向性を説いているのであって、連続性以前、現象化以前の様相を問題にしていると考えられるからである。

フッサール:志向性(元意識)*⇒自然的態度(連続性)

ハイデガー:*存在⇒存在者 (*をメディア・ポイントとする。)

つまり、メディア・ポイント*から見ると、フッサールには、切断(不連続性)があるが、ハイデガーには、切断がなく、連続性のまままである。あるいは、メディア・ポイントにおける内在的構造性の連続的展開において、存在⇒存在者の生成を考えているということになると思われる。

 ここで、構造について説明すると、それは、メディア・ポイントにおける連続的同一性形式のことであろう。超越界(イデア界)における差異即非事相が連続的同一性に切り替わるメディア・ポイントの形式が構造であろう。

 ここは、確かに、ゼロ度の様相であるが、このゼロとは、超越的・虚数的不連続性と内在的・実数的連続性との交差点である。いわば、空と色の相互変換点である。A≠Bであり、A=Bである。Aでもあり、Bでもあり、且つ、Aでもなく、Bでもない。

 そのような視点から、本件の問題を見ると、フッサールは、メディア・ポイントにおける、超越的不連続性と内在的連続性との切断を、超越論的現象学で論じたと言える。

 それに対して、ハイデガーは、超越的不連続性を無視して、メディア・ポイントにおける、形式構造・内在性(=存在)からの、連続的同一性(=存在者)への転化を論じたと考えられるのである。

 つまり、超越性=虚数軸を無視した、連続性=実数軸上のメディア・ポイントの構造(=内在的同一性形式=存在)からの連続的同一性(=存在者)への転化を説いたと思えるのである。

 存在論において、ハイデガーは、知や認識を否定しているので、当然、存在論ないし存在者論は、身体的連続的同一性論になると考えられるのである。この身体的連続的同一性論は、いわば、非合理な感情・欲望論となるだろう。それが、関心であろう。そして、また、同時にそれは、先にも触れたように、連続的同一性の全体主義志向をもつので、ファシズム・全体主義の原型的思考と言えるだろう。

 連続的同一性の全体主義的志向性について説明すると、それは、連続的同一性は、他者を否定して、主体と同一性化させる志向性をもっているのであるが、この他者否定的連続的同一性自我とは、正に、全一的であり、独裁的であるのである。
 
 つまり、連続的同一性志向性とは、もともと、元知という一者に、他者を帰せしめんとする欲望である。一者であり、全体なのである。これは、一神教・父権制の欲望と言っていいものである。この連続的同一性志向性は、単に、元知の場合だけでなく、元身体の場合にも可能である。元知の連続的同一性=全体主義が、ヘーゲル哲学に帰結し、元身体の連続的同一性=全体主義が、ハイデガー哲学に帰結したと言えるだろう。

 フッサール哲学は、プラトン、デカルト、カントを継承しているのである。そして、ハイデガー哲学は、裏返しに、ヘーゲルを継承して、また、存在を、物質的生産力ととれば、マルクス主義を継承していると思えるのである。ハイデガーが、ナチス=国家社会主義に関与したというのは、この点で整合性があるように思われる。そう、マルクス主義の唯物史観であるが、それは、存在=物質的生産力の歴史的進展論と考えることができるのではないだろうか。つまり、存在は、身体的連続的同一性構造であり、それが、物質構造と同形であるのである。

 さらに論を展開すると、近代日本のマルクス主義ないし国家社会主義(国家統制経済:岸信介の政治経済思想)の思想的起源が理解できるのではないだろうか。

 すなわち、日本語のもつ主語の貧弱さないし不在性から、元知的連続的同一性ではなく、元身体的連続的同一性が支配するのである。これが、存在であり、物質的生産力である。ここから、唯物史観が発生すると言えよう。そして、知識人の柄谷行人がマルクス主義を、中沢新一が霊的唯物論を説くのも、同一根拠によると考えられるだろう。柄谷行人の他者とは、存在なのである。だから、唯物論(p.s. 正確に言えば、構造論的唯物論だろう)なのである。そして、中沢新一の場合、霊(「もの」)は、存在なのである。だから、霊的唯物論なのである。両者、同形である。

 存在が神秘性をもつのは、それが、メディア・ポイントに置かれているからだろう。もっとも、実数軸・連続性における構造としてのメディア・ポイントである。存在は連続性ではあるが、メディア・ポイントは、ゼロ=無でありつつ、有であるということなので、連続性の世界=現象界においては、超越性を示唆すると言えるだろう。

 そう、メディア・ポイント*であるが、ここは、超越的不連続性・即非性と内在的連続性・同一性が交差する空間ではあるが、端的に言えば、即非ポイントと言えるのではないだろうか。

 即ち、不連続性・即非・連続性という意味での即非ポイント・即非点である。だから、存在においても、即非ポイント・即非点が存するので、現象界においても、超越界・イデア界を示唆するので、神秘性を帯びるということではないだろうか。しかし、だからこそ、超越界・イデア界・差異即非界を、内在的に連続化してしまう大錯誤を多くの哲学者は犯してきたと言えるだろう。典型が、ドゥルーズである。特異性=超越性を差異=微分と等価にしてしまったのである。

 さて、ここで、現代世界を考えると、明らかに、近代化という連続的同一性主義は終焉したのであり、即非点であるメディア・ポイントを介して、脱連続的同一性志向性、即ち、差異共振的同一性志向性が発動していると考えられるのである。

 i*(-i)⇒+1の様相になっているのである。差異共振シナジー様相になっているのである。これは、情報空間的には、フラット化である。連続的同一性という近代合理主義=唯物論=国家主義は解体し出しているのである。理事無碍から事々無碍へと展開しているのである。

 これをエネルギー論的に考えるとどうなるのだろうか。連続的同一性は、i^2 or (-i)^2⇒-1である。-1の物質エネルギーが支配的である。それに対して、現代、トランス・モダンは、i*(-i)⇒+1のエネルギーが発動しているはずである。差異共振シナジー・エネルギーが主導的になっているはずである。この連一性エネルギー-1と差異一性エネルギー+1は、実際のところ、どう異なるのだろうか。

 端的に言えば、前者は、保守反動のエネルギーであり、後者は創造的エネルギーである。自滅・自壊エネルギーと共生共創的エネルギーである。死のエネルギーと再生のエネルギーである。エントロピーとネゲントロピーである。

 両者、エネルギーであるが、質的に異なるだろう。Kaisetsu氏に倣うと、m*ic*(-ic)⇒+1・mc^2⇒+1・E であり、即非ポイントが、異なると言えるだろう。つまり、即非ポイントの有無が質の違いである。

 つまり、即非的エネルギーと連一的エネルギーである。つまり、超越的エネルギーか、否かであろう。

 この違いは、現象的にはどう出るのだろうか。あるいは、物質的にはどう出るのだろうか。

 経済から見ると、それは、生産等の創造性の違いに現れるのではないだろうか。もし、即非エネルギーのある会社ならば、新しい要素との共振化に、リスクをともないつつ、踏み切るだろう。それは、イノヴェーションがあるかどうかであるわかるだろう。保守反動化した企業は、不二家のように、没落するのである。

 だから、即非エネルギーの有無は、現象・物質的には、可視的には、そのような異質な要素との共振融合というイノヴェーションとして発現すると言えよう。

 そう、ここでは、単に物質だけはなく、人と企業との共振態ということで見なくてはならないということである。「資本」とは、単に、貨幣で計られるのではなく、物質的資本を含めて、即非エネルギー量で計られるのではないだろうか。それは、差異共振シナジー資本経済である。

 そして、このためには、差異共振シナジー通貨や銀行が必要なのである。

p.s. エネルギーに関する問題だが、私は、これまで、m(ci)^2ないしm(-i)^2⇒-1・Eを物質エネルギーと想定してきたが、ここでの+1・Eとは、符号がことなるのである。これをどうみたらいいのかが、検討課題である。

 思うに、同一性=絶対値1(|1|)で考えればいいのかもしれない。連続的同一性にしろ、差異的同一性にしろ、同一性は、絶対値1となる見ればいいのではないのか。そうすると、|-1|=|+1|=|1|=同一性となり、⇒Eとなるだろう。

 疑問だが、虚数エネルギーは、実際のところ、観測・計測できないのか。これは、精神エネルギーでもある。いわゆる、オーラというのが、虚数エネルギーを指すだろう。それは、知覚はできるが、計測できるのか。オーラ計測器である。後で検討したい。


ハイデガーの存在について:メディア・ポイントMPにおける身体的連一性と超越的不連続性
ハイデガーの『存在と時間』の発行が、1927年で、『デカルト的省察』が1931年の発行であるから、フッサールは、ハイデガーの「存在論」をすでに知っていたことになる。だから、その影響で、存在性を付け加えたと考えられないことはない。もっとも、論点は、存在有無ではなくて、存在性に知・主観・認識を入れるか、否かである。ハイデガーは、この点を拒否したのである。この問題の核心は、結局、即非の論理である。知・即非・存在であろう。つまり、端的に言えば、ハイデガーの存在とは、超越的即非性、超越的差異共振性を、不明確に、指していると思えるのである。即非性を存在という粗雑な概念で示唆しているように思うのである。しかし、知を排除することで、明らかに、非合理主義・反合理主義になったと思えるのである。

 見方を変えると、先に、身体的霊性と言ったものと、「存在」が近いと思えるのである。これは、いわば、身体のパトスにおいて、超越性を志向するものであろう。しかし、身体のパトスとは、心的主体性の反動である。近代的合理主義への反動である。この反動的非合理主義と超越性が結びついて、「存在」となったように思えるのである。思うに、ハイデガーの哲学の生の哲学の系譜にあると思われるのである。言い換えると、情念的非合理主義をベースにして、超越性を示唆しているのが、「存在」思想だと思うのである。さらに言い換えると、ハイデガーの思想は、神秘主義に近いのである。PS理論から見ると、メディア・ポイントMPにおける、身体的連続的同一性(⇒-1)の立場が、「存在」だと思えるのである。後で再検討したい。

p.s. 思うに、ハイデガーは、フッサール現象学をまったく理解していないと思われるのである。超越論的な志向性があることを、それは明らかにしているのであるが、志向性そのものを否定して、存在にしているのである。つまり、知・認識・理知性を否定しているのである。ここには、集合性・全体性があると思う。ハイデガーの共同存在とはそういうものだろう。民族主義に通ずるのである。

 超越的即非性は、連続化すると、一体・全一・全体・集合性を帯びるだろう。そう、メディア・ポイントMPにおいて、不連続性(超越性)から連続性へと転換するとき、エネルギーは、即非エネルギーから全体的エネルギーに転換すると思えるのである。つまり、連続的同一性的全体的エネルギー(以下、連一全体エネルギー)に変換するということである。

 この連一全体エネルギーは、二種類の形態を取るだろう。近代合理主義とファシズム・全体主義である。前者が資本主義で、後者が社会主義であろう。欧米の資本主義は、後者を嫌うが、それは、根元において、メディア・ポイントの超越的差異性をもっているからではないだろうか。つまり、不連続性をもっているのである。しかし、現実は、連続性と不連続性が混淆しているのである。もっとも、日本は、不連続性が失われて、連続性中心で、社会主義となっているのである。

 飛躍するが、多極化とは、メディア・ポイントにおける、連続性から不連続性への変換を意味するように思える。つまり、メディア・ポイントにおける差異共振シナジー性が発現・発動し出したということのように思えるのである。近代は、以上の連一全体主義エネルギーが支配的であった。しかし、連続性がもう限界に達して、不連続性へと転化したと思うのである。すなわち、連続的量的成長・拡大路線は、限界に達して、今や、不連続的質的創造・進展路線に入ったと思われるのである。差異共振シナジーが創造を生み出すのである。

 以上、雑駁なので、後で明快に再検討したい。


19世紀末から20世紀初期にかけての思想環境
木田元氏の『マッハとニーチェ』は題名から興味深そうなので、拾い読みしたが、内容は、研究ノートや備忘録のようなものである。また、文体が、雑である。肌理が粗いのである。内容も、浅いのである。そう、内容の薄い、乏しい本である。

もっとも、なんとなく、マッハについてはイメージをつかめた。「感性的要素一元論」ということだが、要は、一元論的感覚論である。この一元的志向が当時の風潮であったように思うのである。

 ニーチェの関係であるが、形而上学を批判したニーチェの思想と、マッハの感覚一元論と共通すると見ている。(p.s.  ニーチェの内在論は、少し説明が要るだろう。ニーチェが超越性を否定したのは、それがキリスト教信仰の態度であったからだろう。すなわち、感覚・身体から逃避しての超越性であったので否定した見る方が適切だと思う。私がフッサールに見る超越論性とは、内在的超越性であり、キリスト教的超越性とは異なるものである。また、ここには、形而上学の問題がある。それも、同様である。外在的超越性か内在的超越性かの問題だと思うのである。)

 ニーチェの内在論は、ドゥルーズに引き継がれると云えよう。そういう点を考えると、フッサールの超越論は、一線を画すと言えよう。しかし、ハイデガーやメルロ=ポンティ等によって、この哲学的ブレークスルーの意味が喪失されてしまったと言えよう。

 とまれ、PS理論から見ると、感覚一元論は、-i*(-i)⇒-1であろう。身体的連続的同一性なのである。*をメディア・ポイントと見ると、それを、身体的連続性で埋めてしまったようである。直観で言えば、超越性と連続性を混濁させて、超越的一元性を身体的感覚性へと水平化したものではないだろうか。


2007年02月24日(Sat)▲ページの先頭へ
超越論的主観性と超越論的主客(主他)即非性(=イデア性)
少し、フッサールの『デカルト的省察』を拾い読みしたが、これまで超越論的主観性に対して考えていたことが、妥当することが確かめられたと思う。

 すなわち、私は超越論的主観性は、実は、客観性に通じている。端的に言えば、PS理論の主客即非論に通じるものと考えていたのである。本書で、フッサールは、いみじくも、「超越論的な存在」(p. 50)。、「超越論的主観性の存在」(p. 50)と述べているから、超越論的主観性は、超越論的主・客即非性に通じると考えられよう。

 つまり、フッサールは、デカルトのコギト・エルゴ・スム(我思う。故に、我在り。)という思考即存在を基盤にしているのであり、これは、ほぼ主観即客観と言えるのである。もっとも、正確に言えば、主観即存在であるが、この存在が、客観に転化するので、こう言ってもいいと考えられるのである。これまでの、言い方をするなら、知即存在である。

 だから、フッサールの超越論的主観性とは、同時に、超越論的存在論ないし超越論的主客即非論と言っていいものと言えるのである。だから、既に、フッサールは、存在論を述べているのである。

 ここから、ハイデガーの存在論の厚かましさと二番煎じ性がわかるし、また、さらに言えば、誤謬もわかるのである。つまり、ハイデガーは、世界・内・存在と言う。しかし、内とは、内部・内在ということであり、超越論性ではないのである。以前も述べたが、ハイデガーが現代哲学の進展を阻害し、後退させた、人物である。ドゥルーズが、内在論に留まった原因の一端は、ここにあると思えるのである。

 ここで、用語の整理をすると、超越論的主観性は、超越論的主客即非性ないし超越論的主他即非性と読むべきだと考えるのである。つまり、志向性のイデアをそこで説いているのである。

 そして、昨日記したフッサールへの疑念であるが、超越論的主観性から間主観性へと転化することを見ると、その主観性の志向性は、連続的同一性志向ではなくて、差異共振志向性であることがわかるのである。昨日の私の批判を取り下げたい。

 そうすると、フッサールは、以前から述べているように、PS理論のもっとも近い先駆者の一人であると思えるのである。ただし、即非性という思想は、鈴木大拙の天才性に拠らなくては考えられなかったものであろう。もっとも、ウスペンスキーが『ターシャム・オルガヌム』でほぼ同じことを述べていたが、即非と端的には理論化してはいない。ついで言うと、ドゥルーズ&ガタリの離接という概念であるが、それも、即非に近いが、空間的概念で、即非の論理のように、純粋な論理学的概念には達していなかったと言えよう。

 最後に付け加えると、「超越論性」という概念であるが、これは、端的に言えば、内在的超越性である。しかし、この用語も、完全には、明確ではないのである。複素平面における原点がメディア・ポイントとなるが、これは、虚数軸の不連続性と実数軸の連続性が交差するポイントである。実に微妙な変換・転換ポイントなのである。正に、大乗仏教の空性をもつのである。この点に関しては、不連続的差異論とPS理論のみが明確に解明しうると言えよう。とりわけ、PS理論の独壇場と言えよう。思うに、「超越論性」とは、内在・即非・超越性と言うのが正しいと思うのである。内・即非・超越性である。フッサールは、大乗仏教の伝統を欠いていたので、不器用な命名しかできず、あいまいさをもたらしたと言えるように思うのである。

デカルト的省察 (岩波文庫)
フッサール (著), 浜渦 辰二



2007年02月20日(Tue)▲ページの先頭へ
ドゥルーズ哲学の化石化は近い
久しぶりに、大部の『差異と反復』をめくって拾い読みしたが、超越性の指摘とともに、差異=微分が出て来るのである。PS理論から見たら、これは、掬い難い錯誤なのである。

 おそらく、ドゥルーズ哲学は、イデア論を提起したことで、意義があったと思えるのである。しかし、連続的差異論であるので、それで全体が汚染されてしまい、過去の産物になってしまったのである。朽ちていくしかないだろう。
 
 PS理論は、差異の不連続化(不連続的差異論)の後、不連続な差異の即非・共振をコアとして説いているのである。


2007年02月18日(Sun)▲ページの先頭へ
女性と男性について:『嵐が丘』における悲劇から喜劇への転換について:PS理論の視点から
どうも、左回転、右回転という考えを持ち込んだら、混乱してしまったので、それは、置いておきたい。

 混乱の原因は、⇒+1と⇒-1の考え方にある。私は、虚数軸が実数軸へ転換することを考えていたが、それが誤りだと思う。そうではなくて、虚数軸のiと -iとは、差異共振様相のときは、+1へと転化し、連続的同一性様相のときは、-1へ転化すると、単純に見ればいいと思うのである。つまり、軸の変換ではなくて、実数軸上の転換と見るべきなのである。

 では、それに基づいて考え直してみよう。すると、男性は、知性による連続的同一性、即ち、i*-(-i)⇒-1の傾斜があるとなるだろう。そして、女性は身体による連続的同一性化、即ち、-i*(-i)⇒-1の傾斜があるとしよう。

 -1は、差異的同一性の否定であるから、差異共振シナジー・エネルギーが抑圧されていると言えよう。とまれ、以上の作業仮説によれば、男性は身体を否定し、女性は知性を否定することになるだろう。少し異論もあるが、この線で考えよう。

 そう、問題は意識と無意識である。男性はiに傾斜して、女性は-iに傾斜しているとしよう。つまり、男性の意識はiに傾斜し、女性の意識は-iに傾斜していると考えるのである。

 そうすると、男性は-i=身体に無意識であり、女性はi=知性に無意識であるということになろう。

 そういうこととして、先の考察、すなわち、『嵐が丘』のキャサリンの考察をやり直そう。

 ヒースクリフとキャサリンは、男性と女性の典型かもしれない。ヒースクリフは、キャサリンを自我的に独占化する。キャサリンは、身体的に、ヒースクリフを同一性化する(「私はヒースクリフ」)。しかし、キャサリンは、やはり、身体的に、金持ちのエドガーと同一性化するのではないのか。否、違うだろう。エドガーに対しては、無意識的な知性が反応しているのではないだろうか。貧乏人のヒースクリフと結婚したら、一生貧乏のままであると、キャサリンの無意識の知性が考えているのではないのか。キャサリンの自我は、無意識的であり、同一性が欠落していると言えるのではないのか。無意識的な自我である。というか、非同一性的自我である。多元的非自我である。しかし、自我というよりは、半自我ではないだろうか。だから、非同一性的半自我ないし多元的半自我ではないのか。

 つまり、キャサリンの「自我」は未発達であり、いわば、多元分裂的である。ここには、差異はあるが、同一性はないのである。⇒+1がないのである。

 キャサリンの半自我について、明晰に理論化する必要があるだろう。それは、何か。男性の場合は、連続的同一性自我が形成される。女性の場合は、連続的同一性身体が形成される。では、女性の「自我」はどうなるのか。

 思うに、それは、とりあえず、半自我でいいのかもしれない。男性のような連続的同一性自我にはならない。やはり、多元分裂的自我ではないだろうか。連続的同一性身体が女性においては主導的であり、「自我」は、従的なのである。身体が主で、知性が従である。

 では、この従的知性ないし従的自我は何なのか。同一性ではないだろう。同一性は身体であるから。ならば、差異なのか。おそらく、差異の可能性はあるだろう。女性の知性は差異である可能性はあるのである。ただ、身体的同一性によって曇らされると言えよう。

 女性の勘が鋭いとはこのことではないだろうか。女性の知性は差異であり、自我観念同一性によっては曇らされてはいないということになるだろう。

 ここで、キャサリンを考えると確かに、キャサリンの思考には、鋭敏さを認めざるを得ないだろう。ヒースクリフと結婚したら、一生貧乏のままである。そして、エドガーと結婚することで、二人とも貧乏から脱することができる。倫理的ではない(他者がない)が、ここには、ある明晰さがある。

 しかしながら、キャサリンの知性は差異的同一性(+1)ではなく、差異的多元性ないし差異的分裂性である。これは、⇒∞であろうか。否、やはり、⇒-1 であろう。これは、連続的同一性身体を意味するのだから。そして、連続的同一性とは、半面で、多元的分裂性を帯びるのではないだろうか。キャサリンの場合は、知性的多元分裂であった。男性の場合は、身体的多元分裂ではないだろうか。

 身体的多元分裂とは何だろうか。感覚分裂ではないのか。感覚細部への偏執ではないのか。この細部感覚が多元分裂するということではないのか。パラノイアである。パラノイア的多元分裂である。

 ジェンダーについては、ここで留めるが、最後に、『嵐が丘』の結末を考えたい。ヒースクリフは、キャサリンの亡霊を見ることで、精神的に和解することになるのであるが、これは何を意味するのか。

 ヒースクリフの憎悪(ルサンチマン)が消えて、赦しの精神が現われるのである。これは、一見、ヒースクリフの連一性自我の肯定のように思われるかもしれないが、これは、亡霊との関係であるから、差異共振性ではないだろうか。差異的同一性ではないのか。生者ヒースクリフと亡霊キャサリンとの間には距離があるから、連続的同一性にはなり得ないのであるから、差異的同一性であると考えられるのである。

 そうすると、『嵐が丘』という凄絶なジェンダー的連一性悲劇が解体して、差異的同一性というある種の喜劇がここに発生したと言えるだろう。(ここで、喜劇は、ジャンル的に捉えないといけない。『神曲』が原題では、『神聖喜劇』であるが、この意味においてである。)

 結局、ヒースクリフが他者を確認したことになるだろう。キャサリンの亡霊が他者である。いわば、亡霊ということで、超越性がここにあり、その距離をもって、同一性を確認しているのである。だから、差異的同一性なのである。

 だから、『嵐が丘』は、喜劇に入るのである。近代的自我喜劇である。では、この悲劇から喜劇への転換のポイントは何か。

 そう、一種恩寵のような意味をもつ亡霊の出現であろう。やはり、超越性の出現である。i*(-i)の出現である。これが、⇒+1となったと思われるのである。超越界・叡知界・イデア界の出現である。これは、トランス・モダンの小説ということになるのかもしれない。


2007年02月11日(Sun)▲ページの先頭へ
レヴィナスの他者論は、PS理論に包摂できるだろう。
以前から思っているが、レヴィナスの他者論は、特異性・不連続的差異、さらには、超越的差異即非性、大乗仏教では、真如・心を指していると直感される。

 特に、他者が現れる顔という考え方が独創的ではないかと思われる。有り体に言えば、表情論であるが、確かに、表情には、精神性が、イデア界の様相がレリーフされると思われる。人相占いとは、それほど、非科学的なものではないと思う。占いの「うら」とは裏であり、裏は、阿頼耶識や如来蔵、さらには、心=イデア界を意味するだろう。

 都合で、引用は割愛する。




レヴィナス入門 (新書)
熊野 純彦 (著)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC
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2007年02月03日(Sat)▲ページの先頭へ
学識ある無知について
『コスモスの崩壊―閉ざされた世界から無限の宇宙へ 』
アレクサンドル・コイレ (著), 野沢 協
の初めの部分に、クザーヌスの哲学の引用がかなりあり、難しいながらも、この哲学は、単に、「対立の一致」の思想でなく、プラトニック・シナジー理論ないし即非理論の先駆に思えたので、『学識ある無知について』を早速、読み出した。ドイツ人哲学者に多くある、息の長い文体で、また、内容も晦渋である。以下、i*(-i)⇒+1に相当する部分と思えるので、引用する。

「われわれの認識は、理性的(比量的)なやり方によっては決して矛盾したものをその始元において結合しえないのであるが、それというのも、われわれは本性上、われわれに明らかにされたものの中を動き回っているにすぎないからである。われわれの本性は、かような無限の力から遥かに遠く離れているために、無限の距離を隔てて対立する矛盾そのものを一挙に結合することができない。それゆえに、われわれは、絶対的最大者が無限であり、何ものとも対立せず、かつ最小者と一致することを、一切の理性的論議を超えて、比量的に捉えられない仕方で観るのである。ところで、・・・最大者と最小者は、「絶対的に」という意味の超越的な名辞としてであって、物質(moles)や力の量に及ぶどのような縮限をも超えて、その絶対的単純性のうちに万物を包括するという仕方で存在しているのである。」『学識ある無知について』平凡社ライブラリー p.27

p.s. ジョルダーノ・ブルーノの対立の一性の理論は、明らかに、クザーヌスの哲学に由来するように思える。
 ところで、クザーヌスやブルーノの哲学は、即非理論の先駆であると思えるが、どうして、哲学の主流から外れてているのだろうか。これは、対極性と弁証法が混同されているからであろう。ヘーゲル哲学は、前者を後者に、換言すると、差異を連続的同一性に同化吸収してしまったのである。これが要因の一つであると思う。
 また、ポスト・モダンのドゥルーズが、どうして、クザーヌス、ブルーノ、フッサールを評価しなかったのかと問えば、後者の理論・哲学は、内在的超越論であり、ドゥルーズの内在性の理論に合わなかったからである。内在性の思想は、近代主義的である。思うに、超越性の理論がルネサンスから近代合理主義への変化において、抜け落ちていくことになるのである。
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ニコラウス・クザーヌス
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ニコラウス・クザーヌス
ニコラウス・クザーヌス

ニコラウス・クザーヌス (Nicolaus Cusanus、1401年 -1464年 11月8日 )は、ドイツ の哲学者 ・数学者 ・枢機卿 。
ドイツのモーゼル河畔のクースに生まれる。 ハイデルベルク大学で学び、パドヴァ大学で教会法の博士号を取得。さらにケルン大学で偽ディオニシウス・アレオパギタ らの思想に触れる。その後1430年 司祭 に叙階され、バーゼル公会議 (フィレンツェ公会議 )では指導的な立場で活躍、高名を得る。東西教会の和解のためにも奔走し、教皇使節としてコンスタンティノープル を訪問。1448年 に枢機卿、1450年 ブリクセン大司教。1464年 トーディにて死去。彼の生涯は教会政治家としての実践と、思想家としての理論が融合した類い希なものであった。

[編集 ] 思想

クザーヌスは「知ある無知」や「反対の一致」などという独創的な思想を唱えた。クザーヌスによれば神の本質は、あらゆる対立の統一=反対者の一致である。無限の中では極大と極小(神と被造物)が一致する。すべての被造物は神の映しであり、それぞれの独自な個性を持ちながらも、相互に調和している。中でも人間は自覚的に神を映し出す優れた存在であり、認識の最終段階においては神との合一が可能であるという。

彼の思索は中世の混沌のなかから近代的思考を準備したと高く評価されている。 また、カール・ヤスパース や西田幾多郎 など後生にも多大な影響を与えたと言われている。生誕600年を期に日本でも注目が高まり、研究が進んでいる。

[編集 ] 主要著作

* De concordantia catholica
o 普遍的和合について(カトリック的和合について)
* De docta ignorantia
o 学識ある無知について
* De filiatione dei
o 神の子であることについて
* De dato patris luminum
o 光の父の贈りもの
* De visione dei
o 神を見ることについて
* Trialogus de possest
o 可能現実存在
* Directio speculantis, seu De non aliud
o 観察者の指針,すなわち非他なるものについて
* Complementum theologicum
o 神学綱要
* De venatione sapientiae
o 智慧の狩猟について

[編集 ] 邦訳一覧

* 『知ある無知』(De docta ignorantia,1440年 )岩崎・大出訳、創文社
* 『隠れたる神についての対話』(De dep abscondito,1445年 )
* 『神の探求について』(De quaerendo Deum,1445年 )
* 『神の子であることについて』(De filiatione Dei,1445年 )大出・坂本訳、創文社
* 『可能現実存在』(De possest,1460年)大出・八巻訳、国文社 1987年
* 『非他なるもの』(De non aliud,1462年)松山康国訳:『ドイツ神秘主義叢書7』創文社 1992年
* 『創造についての対話』(De Genesi,1446年)
* 『知恵に関する無学者考』(Idiota de sapientia,1450年)
* 『信仰の平和』(De pace fidei,1453年)
* 『テオリアの最高段階について』(De apice theoriae,1463年):上智大学中世思想研究所監修/『中世思想原典集成17 中世末期の神秘思想』平凡社 1992年掲載
* 『光の父の贈りもの』(De dato patris luminum,1445年)/大出・高岡訳、国文社 1993年
* 『神の子であることについて』『神を見ることについて』(De visione Dei,1453年)
* 『観想の極地について』坂本尭訳/『知恵の狩猟について』(De venatione sapientiae,1463年)酒井・岩田訳:『キリスト教神秘主義著作集10 クザーヌス』教文館 2000年掲載
* 『神の子であることについて』『神を見ることについて』(De visione Dei,1453年)/『観想の極地について』坂本尭訳/『知恵の狩猟について』(De venatione sapientiae,1463年)坂本・岩田訳:『キリスト教神秘主義著作集10 クザーヌス』教文館 2000年掲載
* 『神を観ることについて』八巻和彦訳、岩波文庫 2001年(ほかに、説教と書簡を一つずつ掲載)
* 『神学綱要』(Compendium,1463年 )大出・野沢訳、国文社 2002年

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2007年01月11日(Thu)▲ページの先頭へ
『月と六ペンス』(行方昭夫訳 岩波文庫)の梗概
画家ゴーギャンをモデルにしたチャールズ・ストリックランドの心象風景は、自己認識方程式で言うと、他者・身体-iの領域の肯定であるように思えるのである。これは、D.H.ロレンスの心象風景と類似すると思うし、20世紀初期の多くの作家・芸術家のそれに共通すると思われる。
 モームの叙述には、身体性と精神性・霊性とのつながりが述べられているのであるが、これはどういうことなのであろうか。サテュロスやディオニュソスであるが、身体的霊性とは何か。それは、トランス・モダンの志向性において、他者・身体が発動して、差異共振性シナジーが形成されることではないのか。否、差異共振シナジーの発動が、他者・身体を賦活させて、身体的霊性というような様態になるのではないのか。
 後で再考したい。

________________________
『月と六ペンス』(行方昭夫訳 岩波文庫)の梗概

★主要な登場人物★

「僕」:語り手、作者のモームと考えられる。名前が出てこないが、作者モームでいいのだろう。

チャールズ・ストリックランド:いわば、主人公である。画家になる以前は、平凡な証券マンであった。画家ポール・ゴーギャンをモデルにしたということである。

ストリックランド夫人(エイミー・ストリックランド):晩餐会での社交を楽しむ人物で、文学や美術に興味がある。また、同情心のある女性で、家の調度品を優雅にする。

ローズ・ウォータフォード:女性作家

マカンドルー大佐夫妻:マカンドルー夫人とストリックランド夫人は姉妹である。

ダーク・ストルーヴ:凡庸な画家で、感傷的で世話好きだが、鑑賞眼があり、ストリックランドを評価した。

ブランチ・ストルーヴ:最初は夫ダークに尽くしていたが、ストリックランドの魔力にかかり、夫と別れ、ストリックランドと再婚するが、悲劇の人生となり、自殺する。

ニコルズ船長:マルセイユで、ストリックランドと知り合いになり、タヒチ島に住む。

ティアレ・ジョンソン:タヒチのル・ド・ラ・フルール」の経営者

アタ:タヒチ島の女性で、チャールズ・ストリックランドの妻となる。

ブリュノ船長:フランス人で、ストリックランドの知りあい。島を購入して、椰子の林を創ったことに満足している。

クートラ医師:病気のストリックランドを診療した。


★粗筋と引用★

「わたし」は作家で、売れっ子となり、作家のサロンに出入りして、そこでストリックランド夫人に出会う。そして、ストリックランド夫人のパーティーに参加することになり、夫のチャールズ・ストリックランドと知り合いになる。そのとき、「わたし」は次のように夫について記している。「社交性のないのは明白だが、男ならそれがなくとも何とかなる。しかし彼には、並みの人間と違う風変わりなところすら何ひとつない。お人よしで正直なだけが取り柄の、退屈な、さえない男だった。」(p.49)

しかし、その後、「わたし」は、ローズ・ウォータフォードに、チャールズが妻を捨てて家出したことを聞かされる。「だが、あのときはショックだった。何しろ、ストリックランドは間違いなく四十歳になっており、こんな年齢の人間が色恋沙汰に関与するなど、とても不快に思えたからだ。」(p.55)

「わたし」は、ストリックランド夫人から、パリに行った夫のチャールズのことの調査を依頼される。チャールズは、パリのクリシ街に住んでいた。彼は、色恋沙汰で、妻を捨てたのではなく、絵を描きたいからであることを、「わたし」に告げる。
『「絵を描かなくてはならんと言っているのが分からんのかね。自分でもどうしようもないのだ。いいかね、人が水に落ちた場合には、泳ぎ方など問題にならんだろうが。水から這い上がらなけりゃ溺れ死ぬのだ」
 彼【チャールズ】の声には真実の情熱がこもっていて、僕は我にもあらず魂をゆさぶられた。彼の内部で何か激しい力が苦闘しているように感じられた。とても強力な圧倒的な力であり、彼は自分の意志とは無関係にその力に支配されているように感じられた。僕にはしかとは理解できなかった。悪魔的なものに取りつかれていて、彼が突然ひっくり返され、引き裂かれるとしても、おかしくなかった。それなのに、外見上はごくありふれて見えるのだ。・・・
だぶだぶのズボンをはき、汚れたままの手だ。あごには赤い無精ひげが生え、目は小さく、鼻ばかりが大きく攻撃的で、顔はぶざまで粗野だ。口は大きくて、唇は分厚く好色そうだ。これでは、外部しか見ない者には、まったく見当もつかないだろう。」(pp. 94〜95)

「わたし」はロンドンに戻り、チャールズ・ストリックランドがただ一人で、絵の修業をしていることを報告した。結局、マカンドルー夫妻がストリックランド夫妻の子どもを引き取った。ストリックランド夫人は一人新生活を始めた。

五年ほど立ち、「わたし」はパリに行き、チャールズ・ストリックランドに会った。また、前からの友人ダーク・ストルーヴを訪問した。「・・・彼は生まれついての道化者だった。職業は画家だったが、三流の画家に過ぎなかった。ローマで知り合いになった・・・。綺麗だが平凡きわまりない絵葉書のような絵を描くことに、真実の情熱を抱いていた。」p.123

妻のブランチとは、ストーヴは仲がよかった。彼は、ストリックランドが大芸術家と考えている。「美というものは、芸術家が自らの魂を痛めながら、世の混沌の中から創造する。不思議な素晴らしいものだ。そして、芸術家が創造してからも、誰にでも作品の本質が理解できるわけじゃない。本質が分かるためには、芸術家と同じ魂の痛み、創造の苦悩を体験しなければならない。作品とは、言うなれば芸術家が歌って聞かせるメロディーであり、それを自分の心で正しく聴くためには、知恵と感性と想像力がなくてはならない。」p.137

ダーク・ストルーヴが「わたし」をチャールズ・ストリックランドの行きつけのカフェに連れていった。彼は、チェスをやっていた。彼は極端に痩せていた。頬骨は目立つし、目もぎょろりと大きく見えた。こめかみには深い皺(しわ)がある。身体は幽霊であった。
「この六ヶ月は、日に一個のパンと一瓶のミルクで食いつないでいたと聞いた。」

ストリックランドは、絵の修業を絶え間なく行なっていた。「彼を突き動かした情熱を画面に注ぎ込んでしまえばということであろうがーー作品にはいっさいの関心を失う。」「俺は気にしない。自分に見えているものを描きたいだけだ。」p.146,p.147

ストリックランドが病気になり、ダーク・ストルーヴは、彼を自分の家に連れてきて、自分のアトリエを使わせた。妻のブランチは最初激しく反対したが、ストリックランドの看病をまめまめしくした。その後、ストリックランドは起き上がれるようになった。「矛盾した言い方だが、彼【ストリックランド】の官能性は奇妙に霊的であるように思えたのである。彼にはどこか原始的なところがあった。古代ギリシア人の林野の神サテュロスやファウヌスのような半人半獣神のようなところがあった。・・・彼に取りついた魔神は善悪以前に存在した原始的な力なのだから。」p.183

その後、ダークに会ったが、妻ブランチがストリックランドに恋して、夫を離婚することを告げた。そして、ブランチとストリックランドは結婚したが、その後、ブランチが自殺したということを知らされる。また、アトリエには、ストリックランドの描いた妻をモデルにした絵があった。その絵にダークは畏敬の念に打たれたのである。ストルーヴはその絵の説明をした。「ストリックランドは、束縛の絆を全部はじき飛ばしてしまったのだ。・・・思いもよらぬ力を持った新しい魂を発見したのだ。新しい作風には、とても豊かで独特な描線の大胆な単純化、肉体を奇跡的とも言える熱烈な官能性をこめて描く絵の具の使い方、肉体の重量感を異常なまでに感じさせる立体感があった。しかもそれだけではなく、新しい、心を不安にさせるような霊的なものが加えられていた。この霊的なものは想像力を誰も足を踏み入れていない道へと誘い、永遠の星の光しかない虚空の空間の存在を暗示した。この空間において、赤裸々(せきらら)な魂は新しい神秘の発見に向かって、おずおずと乗り出して行くのだった。」p.245

その後、「わたし」はストリックランドに会った。ストリックランドはブランチを死に対して冷酷な態度を示した。ニヒリズムを述べた。そして、ストリックランドの絵を見せてもらった。「これらの絵には、自らを表現しようと試みている真の強い迫力があることだけは、実感せざるを得なかった。・・・おそらく、ストリックランドの物質的なものの中に、漠然とではあるが、何か精神的な意味を発見したのであろう。」pp.268〜269

「ストリックランドの生涯で、性欲はごく些細な地位しか占めていなかった。・・・理性を奪うような性本能を憎んだ。・・・ストリックランドが通常の性の解放を嫌ったのは、芸術的な創造とから得られる満足と比べて、それが野卑と感じたからかもしれない。」p.280

「わたし」はたまたまタヒチに旅行して、そこで、ストリックランドと再会した。「わたし」はタヒチでスコルズ船長に出会った。彼は、マルセイユでストリックランドと知りあった。彼らは、四ヶ月くらいマルセイユで一緒に暮らした。二人はマルセイユの下層生活をしたのであった。最初、無料宿泊所に居たが、その後、タフ・ビルの世話になった。白黒混血児(ムラート)で、船乗り宿のあるじでった。ストリックランドとタフ・ビルは喧嘩をした。

ホテルの経営者ティアレ・ジョンソンと話をする。ティアレは、ストリックランドのことをよく覚えていた。ストリックランドは、タヒチにデジャヴュ(既視感)をもったことを告げた。そして、「わたし」はエイブラハムという、医局の正式スタッフになるのを辞退して、アレクサンドリアに住み着いた男のことを告げた。

ティアレは、ストリックランドの女房を世話したと言った。アタという土地の娘であった。そして、ストリックランドはアタをモデルにして絵を描いた。「その後の三年間は、ストリックランドの一生でもっとも幸福な時期であったと思う。アタの家は島をめぐる道路からおよそ八キロの所にあった。」p.334

ティアレから中年のフランス人のブリュノ船長を紹介された。ブリュノ船長はストリックランドに共感をもった。『「・・・彼【ストリックランド】も私【ブリュノ船長】も気づかなかったけれど、二人とも同じものを目ざしていましたからね。」
「あなたとストリックランドのように、およそかけ離れた二人が目ざす共通のものって、いったい何ですか」微笑を浮かべながら僕は聞いた。
「美ですよ。」』p.345

「彼に取りついた情熱は、美を創造しようという情熱でした。その情熱のせいで、心の安まるときがありませんでした。あちらこちらと移動を繰り返すことにもなりました。神聖な憧憬に取りつかれた永遠の巡礼で、内部の悪魔は暴君でした。世間には真実を追求するあまり生活の基盤さえ台無しにする人がいますが、ストリックランドも同様です。彼の場合は美が真実にとって代わっただけなのです。私【ブリュノ船長】は彼に深い同情を覚えるだけです」p.346

ブリュノ船長は、一つの島を購入して、妻と開墾して、椰子の木を植えて、林を作ったことに満足感をもっている。『労働の尊さ」を実感できると言った。また、強い意志と強い性格以外に、神への信仰があったから成功したと言った。

二人はクートラ医師のところに着いた。クートラ医師はフランス人で、病気のストリックランドの診療に出かけた。しかし、ストリックランドは、ハンセン病に罹っていた。そして、二三年後、ストリックランドの危篤の知らせが、クートラ医師のところに来て、クートラ医師は、密林の中、アタの家に向かった。

クートラ医師はアタの家に入り、壁面の絵を見た。
『目がしだいに暗さに慣れて、絵の描かれた壁面を見つめていると、全身から心を揺さぶられるような感じに襲われた。クートラ医師は絵画については無知であったが、ここに見る絵には、強烈な感銘を与えるものがあった。床から天井まで、壁面すべてが奇妙で丹念な構図で覆われていた。筆舌に尽くし難い不思議な構図であった。彼は息を飲んだ。とても理解できぬし、分析もできぬ、ある感動で心が満たされた。天地創造を目撃した者が感じたであろうと想像される、畏怖(いふ)と歓喜を覚えた。とてつもない、官能的な、情熱的な絵だった。しかしまた、人を慄然(りつぜん)とさせる何かがあり、彼は恐怖感にとらわれた。これは、自然の隠れたる深淵にまで侵入し、美しくもあり、かつ恐ろしくもある秘密を発見した男の作品だ。人間が知るには罪深過ぎる秘密を知った男の作品だ。どこか原始的で慄然(りつぜん)たるものがあった。人間の描いたものとは思えなかった。彼は以前うわさに聞いた黒魔術を思い出していた。美しく、かつ淫らであった。
「やれやれ、まさに天才だ!」』pp. 365〜366

アタは夫の約束通り、偉大な絵を燃やしてしまった。クートラ医師は、「僕」に果物の絵を見せた。「果物には異常なほど生き生きとしたところがあった。事物がまだ一定の決まった形をとる前の、地球の歴史の混沌(こんとん)たる初期に創造されたかのように思われた。」p.374

「僕」はタヒチを去って、ロンドンに帰った。ストリックランド夫人に会った。彼女は夫の絵を飾ってあった。「モデルはタラバオの奥地の彼自身の家族で、女はアタで赤ん坊は長男であろう。」
「僕」は夫人と子どものロバートに、アタやその子どもついての話を除いて、ストリックランドの話をした。


★小説の地誌空間★

この小説は、
第一部として、ロンドン
第二部として、パリ
第三部として、タヒチ
に分けることができるだろう。

第一部は、没個性的な生活、証券マンの生活、ストリックランド夫人との生活がある。
第二部は、画家たちの生活がある。パリ(おそらく、モンパルナス)の生活である。
第三部は、タヒチでの、文明から離れた、個性を実現する生活が描かれている。ティアレ、ブリュノ船長、クートラ医師、アテ、そして、ストリックランドと、個性豊かな人間たちが描かれている。


2007年01月09日(Tue)▲ページの先頭へ
映画『2001年宇宙の旅』 (1968年) スタンリー・キューブリック作
今日、映画を見終わり、今から四半世紀以前に見たときは気づかなかったことがわかった。昔は、機械vs人間ないし生命というテーマで、後者の賛歌であると思った。それは、誰でもわかることである。それなら、平凡なテーマに過ぎず、この映画の特異な意味を捉えていない。
 この映画は、知られたように最後に「スター・チャイルド(星の子)」が出てくる。それを単に生命と捉えるだけでは、あまりに浅いというか、むしろ、間違いである。映画に明確に地球外生命(モノリス、石壁のようなもの)に言及されているのだから、これは、地球外生命としての「スター・チャイルド」である。あるいは、宇宙の子、宇宙の永遠の子である。そして、音楽として、有名な、印象深い、リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』の冒頭が宇宙のイメージとともに流れるので、それと付き合わせれば、これは、超人(哲学者ニーチェ)とも関係することがわかるのである。地球外生命としての「スター・チャイルド」と超人である。つまり、この映画は、地球人を越えた「星の子」=超人の誕生、あるいは、永遠回帰の思想を説いていることがわかるのである。ポスト人類を説いているのである。
 では、流れるヨハン・シュトラウスの『美しく青きドナウ』はどういう意味があるのだろうか。昔見たときは、この有名な音楽が目立った。思うに、一種、映画に日常的親しみを与えているのは確かだろう。宇宙に対する地上の生活というコントラストを与えているとは言えよう。しかし、そのような息抜きのような効果だけなのだろうか。これは、やはり、テーマに関係する。即ち、単に生命の水だけではなく、「星の子」=超人の生命の水ということであろう。おそらく、精神的生命の水と言えそうである(霊的生命とも言えるが、霊という言葉は語弊があるので、使用しない)。しかしながら、そうではないだろう。「スター・チャイルド」=超人は、青い地球を見ているのである。つまり、『美しく青きドナウ』は、地球を指していると見るべきである。『ツァラトゥストラかく語りき』の音楽が、「スター・チャイルド」=超人とコントラストになっていると見るべきであろう。
 だから、両者合わせて、この映画のテーマは、星の子=超人と地球(生命)である。だから、併せて、星の子=超人の地球における誕生を示唆していると思うのである。それは、コンピュータの機械の世界を超えた精神的生命の宇宙を意味していると考えられるのである。ニーチェの言葉で言えば、永遠回帰がテーマである。これは、哲学映画である。

p.s. また、日と月(三日月)のイメージが印象的である。これは、陰陽的世界観を意味すると言えよう。日が火(ツァラトゥストラ)ならば、月は水である。火と水のコントラストで、やはり、この映画のテーマ、星の子=超人の、地球上での誕生と一致すると言える。星の子=超人が日=火であり、地球が月=水である。このテーマは、東大寺二月堂の御水取りのそれと共通である(水と火の結合)。ということで、前衛(シュールリアリズム的映像)且つ伝統的映画である。
 
参考:
2001年宇宙の旅
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2001年宇宙の旅
監督 スタンリー・キューブリック
製作 スタンリー・キューブリック
脚本 スタンリー・キューブリック
アーサー・C・クラーク
出演者 キア・デュリア
ゲイリー・ロックウッド
ダグラス・レイン
撮影 ジェフリー・アンスワース
編集 レイ・ラヴジョイ
配給 MGM
公開 1968年
上映時間 139 分
製作国 イギリス
アメリカ
言語 英語
次作 2010年宇宙の旅
allcinema
キネ旬DB
All Movie Guide
IMDb
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2001年宇宙の旅(にせんいちねん うちゅうのたび, 2001: A Space Odyssey)は、スタンリー・キューブリック とアーサー・C・クラーク がアイデアを出し小説版としてまとめ、スタンリー・キューブリックが監督・脚本し、1968年 4月6日 にアメリカで初公開されたSF映画 である。
目次
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* 1 製作から公開
* 2 あらすじ
* 3 映画版と小説版
* 4 使用されている音楽
* 5 科学考証
o 5.1 正しい例
o 5.2 間違っている例
* 6 豆知識
* 7 スタッフ
* 8 キャスト
* 9 関連項目
* 10 参考文献
* 11 外部リンク

製作から公開

1964年 に制作を開始し、アポロ11号 が月面着陸を果たす前年の、1968年 に公開された。作品の結末は非常に難解で、公開直後は興行成績が悪く、キューブリックは再編集を余儀なくされたが、次第に賛否両論の渦を巻き起こし、現在では世界映画史に残る不朽の名作のひとつとして認識されている。

また、それまでのSF映画 に対する認識を、根底から覆すような高品質なSFX 技術は、後のSF映画全てに影響を与えていると言っても過言ではない。1968年 のアカデミー賞 特殊視覚効果賞 を受賞、ヒューゴー賞 を受賞した。

日本国 文部科学省 が「特薦」に指定している、唯一のSF映画としても知られている。

注意 : 以降に、作品の結末など核心部分が記述されています。

あらすじ

遠い昔、ヒトザルが他の獣と変わらない生活をおくっていた頃、謎の物体がヒトザル達の前に出現する。やがて1匹のヒトザルが物体の影響を受け、動物の骨を道具・武器として使う事を覚えた。獣を倒し多くの食物を手に入れられるようになったヒトザルは、反目する同じヒトザルに対しても武器を使用して殺害する。

時は過ぎ月面で人類が住むようになった現代、アメリカ合衆国 のフロイド博士は、月 のティコクレーターで発掘した謎の物体「モノリス 」を極秘に調査するため月面基地に向かう。調査中、400万年ぶりに太陽光を浴びたモノリスは強力な信号を木星 に向けて発した。

18ヶ月後、宇宙船ディスカバリー号は木星探査の途上にあった。乗組員はデビッド・ボーマン船長ら5名の人間(うち3名は人工冬眠中)と、最高の人工知能 HAL(ハル)9000型コンピュータ であった。

順調に進んでいた飛行の途上、HALはボーマン船長に、今回の探査計画に疑問がある事を打ち明ける。その直後HALは船の故障を告げたが、実際には故障していなかった。2名の乗組員はHALの故障を疑い、思考部の停止について話し合うが、それを知ったHALは乗組員達を殺害する。唯一生き残ったボーマン船長はHALの思考部を停止させたあと、モノリスの件や探査の真の目的を知ることになる。ボーマン船長は一人で計画を遂行、木星圏内で巨大なモノリスと出合い、驚愕の体験を経て人類より進化した存在・スターチャイルドへと進化を遂げる。

(続編の映画『2010年』冒頭によると、月のモノリス発見が1999年、ディスカバリー号内の出来事が2001年。)

映画版と小説版

キューブリックが異星人 とのファーストコンタクトを描く映画を撮影すると決めたときに、その科学考証や共同脚本などをクラークに依頼をした。当初、キューブリックは美術担当として漫画家の手塚治虫 の協力を仰いだが、手塚側が多忙を理由に断ったという(手塚治虫 本人のコメントによるもので、真偽は不明)。

クラークはすでに宇宙人 と人類のファーストコンタクトを描いた、『前哨』という小説を1948年 に発表していた。のちにクラークが発表した「失われた宇宙の旅2001」によると、キューブリックとクラークがアイデアを出し合い、まずはクラークが「小説」としてアイデアをまとめあげ、その後キューブリックが脚本を執筆している。

このため、小説版が原作であると勘違いされることが多いが、小説は映画の公開の後に発表されているし、その小説にはクラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることからも、小説版と映画版は明確に区別する必要がある。

* 映画版と小説版の違い

映画と小説版では若干ストーリーが異なっており、例としてディスカバリー号の目的地は、小説版では土星だが、輪の特撮が困難ということで、映画版では木星となった。HAL9000 の反乱の原因や、ラストの展開も、小説版は論理的に説明づけられているのに対し、映画版は謎めいた展開となっている。
これは当初、映画冒頭に科学者らが人類の進化など作中の話題に関して語るインタビュー映像が予定され、また全編にわたってストーリーを解説するナレーションを入れる予定であったものが、過剰な説明が映画からマジックを奪うことを恐れたキューブリックが、インタビューもナレーションもすべて削除してしまったため、何の説明もない映像が映画全編にわたり続くことになったからである。

使用されている音楽

映画 では、リヒャルト・シュトラウス (1864 - 1949)の『ツァラトゥストラはかく語りき 』(Also Sprach Zarathustra)によるオープニングや、月へ向かう場面でのヨハン・シュトラウス2世 の『美しく青きドナウ』、モノリスに遭遇する場面でのジェルジ・リゲティ の『ルクス・エテルナ』、同じくラスト近くでのリゲティの『アトモスフェール』など、全篇にわたってクラシック音楽 が用いられている。

それまで、未来的イメージの電子音楽 などが用いられることが多かったSF映画で、これ以後通常のオーケストラ音楽が主流になるきっかけとなった。

キューブリックは、最初は自らの『スパルタカス』の音楽を手がけた作曲家アレックス・ノース に作曲を依頼し、前半部分まで完成したスコアの録音まで完了していた。しかし、それ以降は一切の連絡もないままノースの音楽を没にし、リヒャルト・シュトラウスなどの音楽に差し替えてしまう。

その上、リゲティには一切映画についての説明や承諾もないまま、彼の曲を4曲も採用した。リゲティが印税 を受け取ったのは、1990年頃になってからだという。

科学考証

正しい例

SFはサイエンス・フィクションの略であるが、科学考証(SF考証 )に耐えうる作品はその一部しかなく、映画では特に少ない。本作は例外的と言えるほど、科学的に正しく描写されている。

また、単に科学的に正しいだけでなく、工学的予測としても秀逸なものもあり、今日の目で見ても感心させられる。科学的に正しい描写としては、例えば次の様な部分が挙げられる。

* ディスカバリー号の全体が細部までよく見える

宇宙空間では空気による散乱 がないため遠くのものであってもボケることはない。しかし、ディスカバリー号の模型は質感をだす等のために十数mのものが使われていたので、通常の撮影方法では全体にピントが合った画像は得られない。
そのため、実際の撮影では、カメラの絞り を非常に絞ることによって全体にピントを合わせた。そして、絞った為に足りなくなった光量を補うために、1コマあたり10分以上の露光時間で撮影された。これは、1秒分の撮影に、露光時間だけで4時間以上をかけたということである。
(ピントのずれによるボケと空気の散乱によるボケは原因の異なる現象である。ピントのずれによるボケは目やカメラの内部の構造によるもので、宇宙においても生じる。上記のように絞り込むことでパンフォーカスの効果によって全体にピントの合ったような像を得る手法は、ピントのずれによるボケを空気の拡散によるボケと混同されるのを避ける為になされたと思われる。)

間違っている例

しかし、一部には雰囲気を出すことを重視する為、あえて科学的に間違っている描写を採用していると思われる部分もある。それは、例えば、以下の様な描写である。

なお、ボーマン船長がポッドからディスカバリー号へ戻る時に、宇宙服のヘルメットなしで真空 中に出るシーンがあるが、これは短時間であれば科学的に可能と考えられるため、ここに含まれるものではない。

* ディスカバリー号の背景で星が動いて見える

ディスカバリー号の速度では、背景の星が動いて見えるはずはないが、この描写を止めるとディスカバリーが進んでいるのか、止まっているのか分からない為と思われる。(なお、速度が非常に速い場合でも、相対論 的に正しい描写では、背景の星が動くことはない。)

* ディスカバリー号の影の部分が見える

通常、影の中にあるものを見ることができるのは、周囲の物体で散乱あるいは反射 された光が影の部分にも到達しているからであり、周囲に物体のないディスカバリー号は、太陽光およびディスカバリー号自身の光が直接当たらない部分は何も見えないはずである。
影の内部が見える状態に慣れている人々には、科学的に正しいディスカバリー号の描写では、状態が理解しにくいためと思われる。

* ディスカバリー号に放熱板がない

宇宙空間での廃熱は輻射 による方法しかないため、広い放熱板が必要なはずである。放熱板のあるディスカバリー号のデザインも検討されたが、どうしても”翼”に見られ「宇宙空間で役立たない翼がある!」と思われる危険性があったので、やめた。

また、技術的な問題でやむをえなかった事例もある。以下はその例である。

* 月面でのロケット着陸に伴う逆噴射時に、周辺に砂煙が立っている

月 面という真空中では、砂など何かの反動で舞い上げられたものはいかに小さくとも、全て空中に漂わず放物線 を描くように落下する。これを撮影するには、1960年〜1970年代というCG などがない時代ではセット中の空気を抜く必要があるが、技術や予算の問題で不可能であったためと思われている。

豆知識

* フロイド博士が宇宙ステーション「5」からテレビ電話をかけるシーンに登場する博士の娘は、キューブリック監督の実の娘(ビビアン・キューブリック)である。
* 『美しく青きドナウ』に乗って現われる地球軌道上の人工衛星 は、最初の台本では各軍事大国の「核爆弾 」であった。それらをスターチャイルドが除去するラストシーンが予定されたが、キューブリック監督の前作『博士の異常な愛情 』の有名なラストシーンを連想させることもあり変更になった。

スタッフ

* 製作 ・監督 :スタンリー・キューブリック
* 脚本 :スタンリー・キューブリック/アーサー・C・クラーク
* 撮影監督:ジェフリー・アンスワース
* 特殊効果監督:スタンリー・キューブリック
* SFX :ウォーリー・ビーバーズ/ダグラス・トランブル /コン・ペダースン/トム・ハワード
* 特殊メイク :スチュアート・フリーボーン

キャスト

* デビッド・ボーマン船長:キア・デュリア
* フランク・プール:ゲイリー・ロックウッド
* ヘイウッド・フロイド博士:ウィリアム・シルベスター
* HAL9000声:ダグラス・レイン
* 月を見るもの(ヒトザル):ダニエル・リクター
* フロイドの娘:ビビアン・キューブリック

関連項目

* 2010年宇宙の旅
* 2061年宇宙の旅
* 3001年終局への旅

参考文献

* アーサー・C・クラーク 『決定版 2001年宇宙の旅』 (全面改訳版) ISBN 415011000X
* ―― 『失われた宇宙の旅2001』 (草稿など) ISBN 4150113084
* ジェローム・アジェル 『メイキング・オブ・2001年宇宙の旅』 ISBN 4789712753
* ピアーズ・ビゾニー 『未来映画術「2001年宇宙の旅」』 (もう一つのメイキング資料集) ISBN 4794963033
* 巽孝之 『「2001年宇宙の旅」講義』 ISBN 4582850928
* 町山智浩 『映画の見方がわかる本―「2001年宇宙の旅」から「未知との遭遇 」まで』 ISBN 4896916603

外部リンク

* 「2001年宇宙の旅」ホームページ@早川文庫
* SF映画データバンク
* Underman's 2001 (en)
* 2001: A Space Odyssey Internet Resource Archive (en)
* Internet Movie Database: 2001: A Space Odyssey (1968) (en)

"http://ja.wikipedia.org/wiki/2001%E5%B
9%B4%E5%AE%87%E5%AE%99%E3%8
1%AE%E6%97%85 " より作成

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2007年01月04日(Thu)▲ページの先頭へ
螺鈿紫檀五弦琵琶(らでん・したん・ごげん・びわ)
正倉院御物の展示で、これを見たとき、私は確信した。日本古代には、途轍も無い、力をもった存在があったことを(そう、美の志向を誇示する力の存在。精神的豊かさの誇示である。現代日本ははるかに劣っている)。この絢爛豪華な贅を尽くした芸術品は、圧倒的である。これは、何か未来に何かを伝える為のものと感じるのである。ピラミッドみたいな叡知の芸術品だと思うのである。そう、太古の叡知、コスモスの叡知を伝えているのではないだろうか。楽器の表面の板には、テトラクテュスhttp://matsuura05.exblog.jp/298217/ がある。


螺鈿紫檀五弦琵琶
http://www.eonet.ne.jp/~suwasekai/nanfu-gazou.htm
http://zuizan.com/silkroad/kuche/kijiru/biwa.htm
http://www.gulf.or.jp/~houki/travel/nanro.html
http://www.japan-music.com/ivs/artist/tempyogafu/index.html
http://www.narahaku.go.jp/resources/kiyo/07/kuchie/kuchie-01.htm
http://kameno.bne.jp/blog/archives/000331.html

___________________________________

p.s. 以前以下のように記した。


[備忘録] 検討問題 7 正倉院とは何か:古代「日本」の諸宗教の併存


圧倒的に魅了され陶然忘我する優美華麗絢爛豪華な有名な螺鈿紫檀五弦琵琶を初め、諸装飾品にただならぬ文化等の存在を直観した。いわゆるシルクロード文化が、その民族とともに入ってきたのではというのが昔からの持論・仮説である。西方アジア、中央アジア、南方アジア、東方アジアの文化・民族が古代「日本」に移動してきたのではと思う。諸宗教が併存して入ってきたのではないか。そして、基層の「縄文」的多神教と併存していたのではないか。諸一神教、大乗仏教、東方アジアの多神教他が移入されたのではないか。そして、正に不連続的差異的な多元・多重的な宗教混淆状態が生じていたのではないか。

p.s. 五弦琵琶をもった飛天が、キジル(克孜尓)千仏洞にある(正倉院関連の第一番目のURLから
http://zuizan.com/silkroad/kuche/kijiru/kijiru.htm
)が、思うに、それは欧州文化で言えば、天球の音楽に当たるだろう。五という数字が気になるが。正倉院の五弦琵琶の表面には、白い華を中心にして、周囲に五羽の鳥が飛んでいるだろう。p.s. 五角形、ペンタグラム等に関して:
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/pentacle.html
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/
tiakio/antiGM/apple.html
http://www.hokuriku.ne.
jp/fukiyo/math-obe/penta.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~QI3M-OONK/tosyokan/fantasy/w
-pentagram.htm
http://www.hokuriku.ne.jp/fukiyo/math-osy/onmyou.htm
http://jam.velvet.jp/mathura-texi-02.html
http://astr-www.kj.yamagata-u.ac.jp/shoten/publ/kaihou11/penta.html
http://ww2.enjoy.ne.jp/~tteraoka/symbolicfigures-1.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~kg2t-szk/artwork/kab_2.html
http://www6.ocn.ne.jp/~aber7/new_page_32.htm
http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/siso/toposnote/toposnote25.html#
風のトポスノート243●星の部
http://www.imd-g.com/puz_03_9_28.htm
http://www.kcat.zaq.ne.jp/aaagq805/star/star4.htm
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/7667/berserk_world.htm
http://www.machiya.ne.jp/ura/u302/u402_3.htm


p.p.s. 正倉院の五弦琵琶の裏面の中心が赤い白い華は何だろうか。これまでの検討からするなら、女神の楽園であろう。母権的多神教の楽園である。エデンの園、高天原、イデア界他であろう。

p.p.p.s. 飛天の五弦琵琶、天球の音楽とは、イデア界のスーパーハーモニーのことだろう。

正倉院や螺鈿紫檀五弦琵琶

4p.s. 五という数字であるが、ピラミッドのような四角錐を想定した。山である。つまり、天と地との連結としての五ではないだろうか。東洋の五大は、地水火風空の五輪であるが、空が天である。すると、飛天の五弦琵琶とはまさに大乗仏教のイメージ表象であろう。(宮沢賢治も想起するが) また、五芒星形である。星形である。つまり、イデアである。そう、イデア界の楽園を五弦琵琶は表象しているのだろう。中心が赤いというのは、日、火、緋、靈、血、生命であろう。白い華とは、イデア界の光ではないか。連想がはたらく。(p.s. 陰陽五行にも関係するだろう。安倍晴明のサインが五芒星【セーマン】である。)

5p.s. 以下の説明で、螺鈿の螺とは巻貝を指すという。巻貝とは螺旋であり、不連続的差異論=三層変様平面論のメディア界の二重螺旋極性構造となろう。つまり、五弦琵琶や華がイデア界であり、螺鈿がメディア界であり、ラクダに乗った人間が現象界だろう。

6p.s. 考え直すと、螺鈿の華がイデア界であり、その周囲に飛び交う五羽の鳥がメディア界であり、その下のラクダに乗った人間が現象界となるだろう。つまり、五という数字は、メディア界を指しているのである。これは、4+1である。4は4つの力や四大であろう。1は、イデア界を指す数字だろう。思うに、ここで、メディア界の数の問題がある。4とするのか5とするのかである。思うに、4は4つの力、エネルギーであり、1は、イデア界の強度ではないだろうか。こうすれば、4と5は一致するのである。つまり、4は四大、四次元、4つの力等の現象界的である、5は、イデア界が入り、いわば、動的になったもので、メディア界的である。四大というか五大というかでだいぶ違うだろう。たとえば、標準理論とするか、あるいは、ポスト標準理論であろう。ダークマターや超ひも論とかは、メディア界的、五大であろう。

7p.s. 思うに、次のように考えると整合的なように思う。
1)原イデア界→ 2)イデア界→ 3)メディア界→ 4)現象界→ 5)メディア界→ 6)イデア界→ 7)原イデア界→ 8)イデア界→ 9)メディア界→ 10)現象界である。

        ・
       ・ ・
      ・ ・ ・
     ・ ・ ・ ・

10はユダヤ神秘学カバラの10のセフィロートであるし、超ひも論の10次元であろうし、ピタゴラス派のテトラクテュスであろう。
http://homepage3.nifty.com/ataraxia/ataraxia03/phytagoras.html


8p.s. 螺鈿紫檀五弦琵琶の表面の上部には、驚くべきことにピタゴラス派のテトラクテュスが丸い螺鈿で提示されている。やはり、数字には意味があるのだ。下部にも、上部の五羽の鳥(飛鳥)に対応するような五つの草がある。ところで、ラクダに乗っている人が手にしている赤っぽいものは何だろうか。なにか火のようなもの、イデア強度かもしれない。それは、上部の生命の樹(熱帯樹)に対応する、不老不死の草、若返りの草、生命の実に相当するものではないだろうか。イデアの草かもしれない。それとも、叡智、ソフィアなのだろうか。月の円弧のようにも見える。なにかの華? 首飾り?解説は次の通りだ。「インド系の楽器ですが、表面に描かれているのは、らくだに乗ったペルシャ(イラン)人がペルシャの四弦琵琶を演奏している」図ということである。四弦ならば、四大で、現象界だろう。五弦琵琶はメディア界であり、上部の華がイデア界である。ところで、テトラクテュスの下には逆向き三角形がある。三は、原理数であり、つまり、強度と極性エネルギーの三者ではないだろうか。つまり、イデア界の強度と+エネルギーと−エネルギーの三者を表象しているのではないか。背面の文様は大宝相華文(だいほうそうげもん)と呼ばれる。宝相華は次のようなものである。
「宝相華:
空想上の唐草文様
仏教では 物事が到達する 美と善の完成された花として創造された。起源はインドとされ ペルシャ 中国(唐代)に伝わり広がったようです。日本には朝鮮半島を経由し 奈良時代に輸入されました。正倉院蔵には多くの宝相華文様が多く残されています。平安時代には 和風化が進み仏教芸術に大きな影響を与えました。鎌倉時代以降は少し形式化し 次第に牡丹唐草へと移行することになります。」
「美と善の完成された花」であるということで、これはやはり智慧、叡智の花であり、イデアの華であると言えるだろう。あるいは、空の華。また、よく見ると、左右対称であり、あたかもイデア・ゼロペアのようである。弦を巻く突起したものが、三本と二本に分かれる。前者がイデア界的で、後者が現象界的だろう。左右対称とはいえ、片方が+エネルギーで、もう一方が−エネルギーの極性をもつだろう。その「和合」で、イデア界のハーモニーが奏でられるということだろう。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10001172240.html

注:以上の記事は日付がないが、おそらく、2004年10月31日か、その前日か、それ以前の日付である。この記事の上の記事の日時が October 31, 2004 13:17となっているからである。
 そう、不連続的差異論が誕生して間もない頃である。

___________________________________

紫檀
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紫檀

分類
界: 植物界 Plantae
門: 被子植物門 Magnoliophyta
綱: 双子葉植物綱 Magnoliopsida
亜網 バラ亜綱 Rosidae
目: マメ目 Fabales
科: マメ科 Fabaceae
属: ダルベルギア属  Dalbergia
学名
Dalbergia cochinchinensis
Dalbergia oliveri

紫檀(したん)とは、マメ科 の常緑広葉樹の総称。本紫檀 ・手違い紫檀 (チンチャン)・ローズウッド ・パーロッサ などが紫檀として使用される。タイ ・ラオス ・ベトナム などで産出。三大唐木の一つ。

古くから工芸材料として利用されてきたにも係わらず、その正体は実ははっきりしない。現在ではマメ科の学術名ダルべリギア・コーチンチネンシス (Dalbergia cochinchinensis)が本紫檀とされ、タイではパユン、ラオスではカムフン、ベトナムではトラックと呼ばれる。手違い紫檀は同じくその正体については諸説があるが、現在はマメ科の学術名ダルべリギア・オリヴェリ (Dalbergia oliveri)であり、タイではチンチャン、ミャンマーではマタラン、ラオスではカンピと呼ばれる。

正倉院 宝物の唐木細工のなかではもっとも多く見られる。

[編集 ] 材の特徴

材は重硬で緻密。気乾比重 0.82-1.09。紫檀というが赤みを帯びた木肌で、赤褐色〜黒色の縞模様があり、色調はかなり変化に富んでいる。木理は交錯し、肌目もやや粗〜粗。重硬なため、乾燥・加工性にやや難があるが、美しい仕上がりが得られる。虫や菌に侵されにくく、耐朽性は極めて優れる。

[編集 ] 用途

家具、仏壇 、床柱、床框、装飾材、楽器。特にエレキギターの指板材としては最もポピュラーである。

[編集 ] 関連項目

* 黒檀 ・・・紫檀と共に、唐木3大銘木と呼ばれる。
* タガヤサン ・・・同上。
* カリン ・・・紫檀に分類された時期もある。中国では現在でも紫檀の分類。紫檀の代用材として用いられる。

執筆の途中です この項目「紫檀」は、植物 に関連した書きかけの項目 です。加筆・訂正 などをして下さる協力者を求めています。
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螺鈿
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螺鈿(らでん)は、伝統工芸 に用いられる装飾技法のひとつ。

アワビ 、カワシンジュガイ(青貝)、ヤコウガイ(夜光貝)、シロチョウガイ(白蝶貝)、アコヤガイ などの貝殻の内側、虹色光沢を持った真珠 質の部分を薄く研磨したものを、さまざまな模様の形に切り、漆地や木地の彫刻された表面にはめ込む手法、およびこの手法を用いて製作された工芸品のこと。 はめ込んだ後の貝片に更に彫刻を施す場合もある。

螺鈿漆器 は、漆塗りを施した表面を彫り込み、その模様に合わせて切り出した貝片をはめ込み、さらに上から漆を塗ってから墨で研ぎ出し、ツヤが出るまで磨く。また最初に表面を彫らずに貝片を漆で接着し、その貝の厚さまで漆を塗り重ねる技法もある。貝に限らず琥珀 、鼈甲 、金属片が使われるものも螺鈿と呼ぶが、金 、銀 を用いた場合は螺鈿とは呼ばずに平文(ひょうもん)、或いは平脱 (へいだつ)と呼ぶ。

[編集 ] 関連事項

* 象嵌 (ぞうがん)

執筆の途中です この項目「螺鈿」は、調べものの参考にはなる可能性がありますが、まだ書きかけの項目 です。加筆、訂正 などをして下さる協力者を求めています。
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■阿氏、扶余は、扶蘇の『余』か?⇒新説

2007.01.04 Thursday
阿氏、扶余は、扶蘇の『余』か?⇒新説
http://blog.kaisetsu.org/?eid=499524

海舌の仮説

葦原の中つ国⇒阿氏羅(阿氏の土地)⇒阿羅氏(阿氏の陸側の系統)
天(アメ)⇒阿海(阿氏の海)⇒阿海氏(阿氏の海側の系統)
阿羅⇒阿羅伽耶
ありしひのかや⇒阿羅氏洲の伽耶
櫛⇒高氏or奇氏
鯨⇒櫛羅⇒高氏羅or奇氏羅
明日⇒あした⇒あす⇒阿氏津⇒阿津⇒阿氏洲⇒阿洲
阿波、安芸、淡島
うましあしかび⇒美味し阿氏高氏

辰王⇒秦王⇒辛王
扶余は、扶蘇の『余』(子孫、末裔、一族)か?
また、蘇人。

倭⇒嬴(えい)

正倉院御物の西域関連⇒(扶蘇は)北方の騎馬民族・匈奴に対する国境警備の監督を命じられ、僻地の蒙恬の駐屯地へ


kaisetsu (2007-01-04 11:53:19)


2006年12月13日(Wed)▲ページの先頭へ
二つの視覚:内的ヴィジョンと外的ヴィジョンの一致としてのイデア的ヴィジョン
1)ヴィジョンの問題:アレゴリーとシンボル:イコノグラフィー、イコノロジー。

A. プラトンのイデア、ニーチェのアポロとディオニュソス
B. 中世のアレゴリー(抽象観念・道徳観念)
C. ルネサンスのアレゴリーとリアリズム(美徳観念と感覚表現)
D. ルネサンスの問題と唯美主義(ウォルター・ペイター、J=K・ユイスマンス、オスカー・ワイルド)
E. モダニズムとポスト・モダン(T.S.エリオットとD.H.ロレンス:カズオ・イシグロの『日の名残り』)

仮説:二つの視覚(目の視覚と触覚の視覚):外界的視覚(外観・外向的視覚)と内界的視覚(内観・内向的視覚)
古代的ヴィジョン(イデア)とは、二つの視覚の交差点のあるのではなかったか。つまり、ニーチェの用語を借りると、外観がアポロで、内観がディオニュソスである。この両面が結合した視覚を古代ギリシア人はもっていたのではなかったか。
 しかし、中世では、内界的視覚、つまり、精神性が強調されて、外界的視覚が軽んじられたのではなかったか。
 そして、ルネサンスにおいては、学芸復興ということで、古代ギリシア的な心身性、二つの視覚が蘇ったのではなかったか。
 しかしながら、ヨーロッパは、ルネサンス以降、近代主義を発達させて、外界と内界を分離(乖離、分裂)させる。観念と物、心と身体、との二元論である。つまり、ルネサンスにおいて、復興した内外統一文化が解体して、分裂したと考えられるのである。精神と物質の分離である。近代合理主義・近代科学と人文主義・精神文化の分離(二つの文化)が生起した。
 そして、18世紀後半において、近代合理主義の流れとして、啓蒙思想が起こり、また、人文主義や精神文化の流れとして、ロマン主義が起こる。複雑なのは、イギリス・ロマン主義においては、近代合理主義の理性と精神文化の精神的感性との統一が目標とされたことである。自然の理性と感性との一致が目指されたと言えるだろう。しかし、時代は、近代合理主義、近代科学・技術、近代的資本主義が主潮となるのである。この中で、反近代合理主義として、ロマン主義の系譜の唯美主義や世紀末を見るべきだろう。しかし、それらの運動は単にアンチ(反動)ではなくて、理性と感性の一致という総合性を積極的に志向していたと言える。
 とまれ、反近代主義は、ルネサンスの二つの視覚の結合を継承し、探求・追求するものであったと考えられるのである。ここで、イギリス文学は、外観と内観を併せ持つ機能を帯びることになった考えられるのである。二つの視覚の結合の表現としてのイギリス文学(ケルト・ブリテン文学)である。そのために、文学がきわめて美術・絵画的なものとなったと考えられるのである。そして、今日の講義で見るウィリアム・ブレイクは、正に、詩人であり、彫版師・画家なのであった。

2)ウィリアム・ブレイク(1757〜1827)

一)生誕と少年時代(1757〜1782)
11月28日に、ロンドンで、靴下商のジェイムズの三男として生まれた。
少年時代に、ヴィジョン(幻視)を見た。たとえば、一本の木の下に天使が群がっているの見たと言ったために、父親に殴ると脅かされたという話がある。

10歳から四年間、ヘンリ・パーズの画塾に通った。
1772年:彫版師のジェイムズ・バザイアのもとに入門した。
1779年:ロイヤル・アカデミー付属美術学校の研究生となる。
初代院長は、ジョシュア・レノルズであった。彼の教えをブレイクは憎悪した。

二)結婚から処女詩集まで(1782〜1787)
失恋後、キャサリンという女性と結婚した。
1783年『詩的素描』が書かれたが、出版されなかった。

三)ポーランド・ストリート時代(1785〜1790)
1788年 最初の彩飾印刷本を出版する。
『自然宗教はない』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=nnr&java=yes

『すべての宗教は一つ』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=aro&java=yes

1789年(フランス革命が起きる。) 
『無垢の歌』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=s-inn&java=yes

『セルの書』  
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=thel&java=yes


四)ランベス時代(1790〜1800):テムズ川の南岸にランベスがある
『天国と地獄の結婚』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=mhh&java=yes
『アルビオンの娘たちのヴィジョン』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=vda&java=yes

1794年 『無垢と経験の歌』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=songsie&java=yes


五)フェルパム時代(1800〜1803):イギリス南部のサセックスのフェルパム村
訴訟事件(兵士スコウフィールドとの訴訟)

六)サウス・モウルトン・ストリード時代(1803〜1821):ロンドンに戻る
★『ピカリング稿本』の作品:後期予言書:『ヴェイラ、又は四つのゾア』、
『ミルトン』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/copy.xq?copyid=milton.c&java=yes
『エルサレム』
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/copy.xq?copyid=jerusalem.e&java=ye s


★ロバート・ブレアの『墓』への挿絵
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/copy.xq?copyid=bb435.1&java=yes
★個展を開くが、一点も絵が売れなく、惨憺たるものであった。

七)ファウンテン・コート時代(1821〜1827)
「『ヨブ記』への挿絵」の完成後、『神曲』への挿絵の仕事をするが、
下絵102枚を残して、8月12日亡くなる。

「『ヨブ記』への挿絵」
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/copy.xq?copyid=bb421.1&java=yes
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/copy.xq?copyid=but551.1&java=yes
「『神曲』への挿絵」
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/copy.xq?copyid=bb448.1&java=yes
http://www.blakearchive.org/exist/blake
/archive/work.xq?workid=but812&java=yes

ブレイクの作品のアーカイブ
http://www.blakearchive.org/blake
/indexworks.htm

注:以上のブレイクの年譜は、『ブレイク詩集』(松島正一編、岩波文庫)のブレイク略伝から作成したことをお断りしたい。
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■中世の内界的視覚と精神について

中世の精神とは、何か。
また、アレゴリーとは何か。
そう、精神とは何か。
道徳とは何か。
抽象観念とは何か。
思うに、内界的ヴィジョンを、主体側に反映させたものではないのか。
そう、即非性の主体的側面ではないのか。即非性の客体的側面は、シンボルではないのか。即非という真光の主体面がアレゴリーで、客体面がシンボルではないのか。
後で検討したい。

renshi (2006-12-13 00:01:47) [コメント記入欄を表示]

■アポロとディオニュソス

アポロは、i⇒-i であり、
ディオニュソスは、-i⇒i ではないだろか。
否、違うだろう。
即非ヴィジョンにおける、光がアポロであり、闇がディオニュソスではないだろうか。
つまり、i*(-i)におけるiの側面がアポロで、-iの側面がディオニュソスではないのか。
分かりやすく言えば、i がアポロで、-i がディオニュソスではないだろうか。
後で検討したい。


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