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GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2008年05月09日(Fri)▲ページの先頭へ
メルヴィルの『白鯨』とアメリカの資本主義のもつヤハウェ衝動:自己認識方程式による資本主義「批判」
この本を部分的に読んだが、最初、いわゆる観念史の同類かと思ったが、テキストを細かく読んで、文学テキストの思想を、外部の思想と照らし合わせていて、精緻な批評となっている。文学批評において優れた著書であると思う。私見では、その批評に哲学的理論を与えるとより体系的なものとなると思う。
 内容は文学テキスト『フランケンシュタイン』がもった能動的な神話性を解明している。『白鯨』やD.H.ロレンスの作品への解明は見事であると思う。とりわけ、第4章「侵犯の物語と産業の神話 ーー ホフマン、ホーソン、メルヴィル、ギャスケル」のメルヴィルの『白鯨』論はなにか天才的な洞察力を感じさせる。長文を引用したいが、今は余裕がないのでできないが、ここで、部分的に引用して、ポイントを言っておこう。

『実のところメルヴィルが探求しているのは、単純な資本主義の計画というものの内部にーーその貪欲な精神構造の中、その労働統制と権力委任の形態の中にーーひとたび野放しになれば、穏当なお目付け役には反抗などできなくなってしまうような、抑制のきかない独裁制と破壊的エネルギーを発揮する素質が潜んでいる可能性なのである。
   ・・・・・
エイハブによるピークォド号の強奪は、単純な商業取引を、その根底にある資本の「蓄積」への渇望、言い換えれば、個々の取引や生産行為を次なる段階への単なるステップとして利用しようとする抑制のきかない拡張主義者の衝動の下に従属することを、意味しているのだ。』 p.136〜p.137

私は、この非合理主義的な衝動がヤハウェ衝動というべきものと考えるのである。【これまで説明したように、神々(ヤハウェも神々の「一人」と考える)は、超越エネルギーないしはイデア・エネルギーであり、量子力学的エネルギーである。】
 これは、自己認識方程式で言えば、(+i)*-(-i)⇒-1、即ち、-[(+i)*(-i)]⇒-1である。とまれ、⇒-1がヤハウェ衝動であり、父権的独裁狂気(非合理的)衝動であると考えられるのである。そして、グローバリゼーション、ネオコン/ブッシュ、サブプライム・ローン等は、このヤハウェ衝動で説明できると思われるのである。
 - [(+i)*(-i)]⇒-1でわかるように、本来の差異共振性を否定するエネルギーである。言い換えると、差異共振性の裏返しだと思われるのである。また、差異共振性が、光=太陽ならば、この否定は、影=月であると考えられるのである。そして、この影=月が、「唯一神」のシンボルになるのは、ふさわしいと考えられるのである(イスラム教のアッラーのシンボルは月であるし、差異共振宗教と考えられる母権多神教のシンボルは光=太陽であると考えられる。神道のシンボルが太陽であり、一つの主神が天照大神であるのは、的確であると考えられる。)。
 ヤハウェ衝動とは、否定的な超越エネルギーであるから、実軸的な理性・知性(同一性理性・知性=近代合理主義)では制御できないのである。これは、ただ、プラトニック・シナジー理論による差異共振原理に立つときだけに、変換制御可能であると考えられるのである。今はここで留めたい。
 

フランケンシュタインの影の下に (異貌の19世紀) (単行本)
クリス ボルディック (著), Chris Baldick (原著), 谷内田 浩正 (翻訳), 山本 秀行 (翻訳), 西本 あづさ (翻訳)


2008年02月06日(Wed)▲ページの先頭へ
徳冨蘆花
徳冨蘆花

テーマ:文学・哲学

『自然と人生』を少し立ち読みしたが、自然描写が、漢文調的な名文でなされている。とても、絵画的で、美しい描写である。絵画性は、トルストイに傾倒したせいだろうか。
 そう、ほとんど詩と言ってもいい、自然絵画的文章である。残念ながら、青空文庫は、本書は作業中である。
 wikipediaの下に引用を置いたが、とても音楽的かつ映像的な表現である。日本語の可能性がここにもあると言えよう。
 少し引用しよう。なお、振り仮名は一部つけ、パソコンで出ない旧漢字は平仮名にした。

「    空山流水

或年の秋、十月の末であった、自分は塩原箒川(はふきがは)の支流鹿股川(かのまたがは)の畔(ほとり)の石に腰かけて居た。前夜凩(こがらし)が烈しく吹いて、紅葉は大抵散ってしまって、川床は殆(ほと)んど真紅になって居た。右も左も見上げる程の峰が細長く青空を限って、空にも川が流れて居るかと思はれた。秋末の事で、水は痩せ、涸れに、涸れて、所謂全石の川床の真中を流れて行く。川床は峰と峰との谷間をくねって、先下がりになって居るから、遠くまで流れの末が見へる。ちょうど川の末に一高峰が立ち塞(ふさが)って、遠くから見ると川は其峰(そのみね)に吸い込まれるかの様に思はれ、又山が、「此処(ここ)に居なさい、里に出て何になる、居なさい、居なさい」と水の流れを抱き止める様にも思はれる。
・・・」

『自然と人生』岩波文庫 p. 59


徳冨蘆花
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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徳冨蘆花
徳冨蘆花
文学
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徳冨 蘆花(とくとみ ろか、本名は徳富健次郎、明治 元年10月25日 (1868年 12月8日 ) - 昭和 2年(1927年 )9月18日 )は、日本文学 の小説家 。近年では探偵小説 の作家としても注目されている。思想家・ジャーナリストの徳富蘇峰 (猪一郎)は実兄である。本人は「徳冨」(「富」ではなく「冨」)の表記にこだわり、各種の文学事典、文学館、記念公園などは「冨」の字を採用している。
生涯

横井小楠 門下の俊英であった父・徳富一敬の次男として熊本県 水俣 に生まれる。熊本バンドの1人として同志社英学校 に学びキリスト教 の影響を受け、トルストイ に傾倒する。後年、夫人とともに外遊の際、トルストイの住む村を訪れ、トルストイと会見した。そのときの記録『順礼紀行』は、オスマン帝国 治下のエルサレム 訪問記も含めて、貴重な記録となっている。

兄の下での下積みの後、自然詩人として出発し、小説『不如帰 』はベストセラーになった。また、エッセイ『自然と人生』はその文章が賞賛され、一気に人気作家となった。しかし、国家主義的傾向を強める兄の蘇峰とは次第に不仲となり、1903年に蘇峰への「告別の辞」を発表し、絶縁状態となる。

1907年、北多摩郡 千歳村字粕谷(現・東京都 世田谷区 粕谷)に転居、死去するまでの20年間をこの地で過ごした。1910年の大逆事件 の際、幸徳秋水 らの死刑を阻止するため、蘇峰を通じて桂太郎 首相へ嘆願しようとするが間に合わず処刑されてしまう。直後に一高 での講演を依頼されると『謀叛論』の題で論じ、学生に深い感銘を与えた。

1927年 、病に倒れる。伊香保温泉 で蘇峰と再会し、「後のことは頼む」と言い残して亡くなったという。

蘆花の死後、旧邸宅は夫人より東京市に寄贈され、現在は蘆花恒春園 (面積約7万平方メートル)として開放されている。夫妻の墓のほか、徳冨蘆花旧宅も保存されている。蘆花の名前は、公園から徒歩15分の位置にある京王電鉄 京王線 芦花公園駅 にも残っている。熊本県 熊本市 には徳冨蘆花記念園、群馬県 渋川市 には徳冨蘆花記念文学館 がある。

[編集 ] 作品

* 『不如帰(ほととぎす)』
* 『灰燼』
* 『黒い目と茶色の目』
* 『思出の記』
* 『自然と人生』
* 『黒潮』
* 『寄生木(やどりぎ)』
* 『みみずのたはこと』

[編集 ] 関連項目

* 森戸辰男
* 河上丈太郎

[編集 ] 外部リンク

* 徳冨 蘆花:作家別作品リスト (青空文庫 )
* 徳冨蘆花記念文学館

"http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E5%BE%B3%E5%86%A8%E8%98%86%E8%8A%B1 " より作成

カテゴリ : 日本の小説家 | 日本の推理作家 | 熊本県出身の人物 | 1868年生 | 1927年没

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蘆花は、「自然と人生」の中の「自然に対する五分時」―雑木林―でこういいます。  『余は斯(こ)の雑木林を愛す。
 木は楢(なら)、櫟(くぬぎ)、榛(はん)、櫨(はじ)など、猶(なお)多かるべし。大木稀にして、多くは切株より族生せる若木なり。下ばへは大抵奇麗(きれい)に払ひあり。稀に赤松黒松の挺然林(ていぜんりん)より秀でて翆蓋(すいがい)を碧空に翳(かざ)すあり。
 霜落ちて、大根ひく頃は、一林の黄葉錦してまた楓林(ふうりん)を羨まず。
 ・・・
 春来たりて、淡褐、淡緑、淡紅、淡紫、嫩黄(どんこう)など和(やわら)かなる色の限りを尽くせる新芽をつくる時は、何ぞ独り桜花に狂せむや。
 青葉の頃其林中に入りて見よ。葉々日を帯びて、緑玉、碧玉、頭上に蓋を綴れば、吾面も青く、もし仮睡(うたたね)せば夢又緑ならむ。
 ・・・ 』(講談社 日本現代文学全集 徳富蘆花 p313-314)

徳富蘆花旧宅
http://www.asahi-net.or.jp
/~hm9k-ajm/musasinobunngakusannpo
/tokutomiroka/tokutomiroka1.htm

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編者のことば
徳冨蘆花の文学
吉田正信(愛知教育大学教授)
漱石が出現する以前、文豪といえば徳冨蘆花であると見られた一時期があった。
中等教育の教材としても、かつては蘆花がすば抜けて多かった。
しかし今日の文学史においては、位置づけは傍流扱いにとどまっている。
生前の栄光については蘆花自身とまどいを見せていた。
だが戦後の不遇な扱いは、正当な評価によるものとはいえない。
蘆花に注目する識者は少なからずあり、継承すべき遺産としての再評価はいずれはなされなければならない課題であった。
他の作家に比べて遅れている蘆花研究の深化は、それを通じて近代の文学史・思想史の再検討も促すことになる、きわめて有意義な為事なのである。
明治大正期とかさなる六十年を生きた蘆花徳冨健次郎は、文学者としても人間としても興味深い独特の存在である。
読者の支持をえてロングセラーになった『不如婦』『自然と人生』『思出の記』は、蘆花によっても否定的に顧みられているが、平民主義の文学的達成として評価できる。
中絶した社会小説『黒潮』の構想には、日本だけでなく兄蘇峰との愛憎関係の解脱も託されていたと見られる。
その執筆動機は晩年の『冨士』にまで続く。
日露戦後、指針を求めての聖地とトルストイ訪問は、蘆花ならではの壮挙であった。
講演「謀叛論」は不朽の文学、とは中野好夫の弁であり、『新春』を特異な告白文学と評したのは荒正人であった。
「美的百姓」の心境を映した『みゝずのたはこと』の滋味も尽きないものである。
発狂の噂まで流れたが、人間としてはきわめて真摯。
社会だけでなく自己のなかの、理念と現実の矛盾の克服に、苦闘し悩み抜いた生涯であった。
『蘆花全集』は没後まもなく全20巻の立派な全集が編まれたが、今日では特に本文校訂などの不備のため、研究資料としては依拠しがたいという憾みがある。
その不備を補うのが今回の複刻による著作集である。
この有用性は、完全に近い全集が刊行されても、本文の手堅さゆえに失われることはない。
蘆花没後七十一年、活用されてどのような研究成果が見られるか、期待されるわけである。
http://bookweb.kinokuniya.
co.jp/htm/4820528149.html
同分類検索 徳富蘆花集
第11巻〜第20巻,別巻
ISBN:9784820528142 (4820528149)
・徳富蘆花 ・吉田正信
日本図書センタ− 1999/02出版
22cm 11冊
[A5 判] NDC分類:918.68 販売価:\147,000(税込) (本体価:\140,000)

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宮沢賢治の『ポラーノの広場』と共同体

テーマ:トランス・モダン社会の創造・構築

宮沢賢治の『ポラーノの広場』を読んで、作者は共同体社会、思うに、組合共同体を考えていたのではないかとふと思った。積極的な意味での、アナーキズムがあるのかもしれない。ユートピア主義とも言えるだろう。社会主義や共産主義だろうか。どうも、そうではないと思う。個を重視しているからである。研究が必要である。そう、直感では、宮沢賢治は、日本文化にある、いわば、差異共同体のようなものを探求していたのではないだろうか。コスモス的差異共同体と言っていいだろう。

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 ポラーノの広場のうた
つめくさ灯ともす 夜のひろば
むかしのラルゴを うたいかわし
雲をもどよもし  夜風にわすれて
とりいれまぢかに 年ようれぬ

まさしきねがいに いさかうとも
銀河のかなたに  ともにわらい
なべてのなやみを たきぎともしつつ
はえある世界を  ともにつくらんhttp://www.aozora.gr.jp
/cards/000081/files/1935_19925.html

ポラーノの広場
宮沢賢治
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ポラーノの広場
祝祭的な場所としてのポラーノ広場をめぐる争い
 ポラーノの広場はモリーオ市の郊外にあると伝えられる野原のまん中の祭りの場所で、「そこへ夜行って歌へば、またそこで風を吸へばもう元気」がつくとか、オーケストラがあって「誰(たれ)でも上手に歌へるやうになる」と言われている。こうした祝祭的な場所を選挙のための酒盛りの場にしてしまった既得権益をもつ人たちと、むかしのをポラーノ広場を自分たちの手にとりもどそうとする若者たちとの争いが演じられる。
http://www.kenji-world.net
/works/texts/porano.html

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宮沢賢治
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

賢治の作品にはコスモポリタン的な雰囲気があり、軍国的要素やナショナリズム的な要素を直接反映した作品はほとんどみられないが、賢治は24歳に国柱会に入信してから、時期によって活動・傾倒の度合いに差はあるものの生涯その一員であり続けたので、その社会的活動や自己犠牲的な思想について、当時のファシズム 的風潮や国柱会、ユートピア 思想(「新しき村 (武者小路実篤 )」、「有島共生 農場(有島武郎 )」、トルストイ ・徳富蘆花 、「満州 ・王道楽土 (農本主義 者・加藤完治 )」など)の影響を考えるべきであるという見解も見られる。 戦後は賢治の生き方や作品にみられるヒューマニズム や平和主義 的側面が注目され、特に近年はエコロジー 思想とも関連づけられて高く評価されることが多い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/
%E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB



2008年01月06日(Sun)▲ページの先頭へ
仮象とは何か:同一性現象は仮象かそれとも「実象」か:現象はイデアを映した影像である:第2版
仮象とは何か。
この問題については、以前、かなり検討したが、以下のように可視の物質現象界を「あやかし」と見る見方は、なかなか刺激的見方なので、もう一度検討してみたい。今は余裕がないので、詳述できないが(p.s. 結局、詳述した)、簡単に予見を述べておこう。
 以下の鈴木氏の考え方はきわめて伝統的な見方とは言える。心が本体であり、物質は仮象(マーヤー)であるというインド思想的な見方である。一見、仏教やプラトン哲学にも通じるように見えるのである(p.s. これは仏教やプラトン哲学とは異なる。既述したことだが、色即是空、空即是色の思想は、現象をそれなりに肯定しているし、プラトン哲学には、分有という観念があり、それは、同一性がイデアを分有するということである。)。
 これまでの私の見解は、同一性=物質ということで、物質現象界の「実象」性(じつしょうせい:造語)を認めるものである。
 しかしながら、最近、私は現象界の「美」、同一性の「美」(p.s. 後段で述べるように、美と綺麗さを分けることが正しいと考える)に対して、たいへん疑問をもつようになっている。化粧的装飾性に対して、私は、いわば、敵意のようなものをもっているのである。
 私が先に説いたのは、肉体的感覚(視覚)を介しての、心の美、差異共振的美のことである。そう、感覚の替わりに、感識という言葉を使用したらどうかと示唆した。だから、視覚は視識であり、等々である。
 つまり、源泉において、諸感識があり、そこに視識がある。それが、同一性化して、肉体的視覚に重なる。そして、肉体的視覚に吸収されると、それは、もはや、源泉の視識性を喪失して、同一性視識となる。
 とまれ、根源的な視識があり、それが、同一性視識となる。根源的視識とは、差異共振視識である。それが、同一性化するのである。そして、根源的視識と同一性視識の関係は、即非的視識となるのである。問題は、即非的視識と同一性主義化した視識である。前者は同一性視識を包摂しているのであるから、論点は、同一性視識にある。核心的問題は、同一性視識の美である。たとえば、奇麗(きれい)に清掃された部屋の奇麗さである。それを美とも呼びえるかもしれない。しかし、奇麗さが妥当であろう。そう、奇麗さと美とは異なるだろう。
 しかし、たとえば、ある女性が美人であると言ったとき、それはどういうことなのか。顔の造りが整っている、端正なのか、それとも、表情・顔貌が美しいのか。通常は、前者であろう(p.s. 本来的には、両方が一致する場合であろうが、ここで、議論上、二分化した。)。心的な側面よりは、肉体的側面を評価していう言葉だろう。肉体的な「美」とは、本来的ではないだろう。それは、奇麗さの分類だろう。奇麗な女性である。それが正しい用法である。
 しかし、この奇麗さは確かに、「あやかし」の面がある。奇麗な顔立ちでも、心が鬼という場合は大いにあるだろう。外観と内面の不一致である。この場合は、端的に、外観は仮象・「あやかし」である。
 この同一性の「美」をどうみるのか。「美」ではなく、快感というべきなのだろう。同一性の快感である。あるいは、同一性の奇麗さである。
 しかしながら、そのように分別しても、問題は、根源的視識の様相である。それは、差異共振する美を視識するのである。夕焼けに共振美を感じるのである。感動した夕焼けには、なにか神々しい心象がある。
 ここで、単なる奇麗さとは異なるのである。つまり、超越性が美にはあると考えられるのである。あるいは、高次元性が美にあるのと考えれるのである。
 しかしながら、外観において、神々しい美があるのではないだろうか。夕焼けのように。それはあり得るであろう。超越性をもった外観があるのではないだろうか。端的に、夕焼けが超越性をもった外観である。
 では、超越性をもった外観とは何か、である。夕焼けの場合、あらゆる夕焼けに超越性を感じるというよりは、あるときの、ある場所の夕焼けにとりわけ超越性を感じるだろう。とまれ、ある夕焼けの色と輝きに、神々しさがある。それは、清澄感であり、崇高さである。つまり、外観に超越性がいわば透き通って存するのである。反射していると言ってもいいかもしれない。おそらく、そこに、超越光があると言っていいだろう。思うに、日没、入り日とは、Media Pointなのではないだろうか。
 そのように考えると、人間の外観においても、超越性が存するということは考えられるのである。心の反映としての超越性ではなく、身体・肉体に存する超越性である。そして、思うに、古代ギリシア人は、このように、人体に美・超越性を直覚・直観したのではないだろうか。だから、それは、外観ではあるが、「まやかし」ではないだろう。真如(しんにょ)ないしは実相(じっそう)である。
 では、ここに少なくとも二つの美があることになる。外観の美と心の美である。こう見ると、古典主義とは前者を志向し、ロマン主義は後者を志向したと言えるように思えるのである。
 とまれ、端的に、外観の超越性とは何だろうか。身体の超越性とは何だろうか。それは、思うに、身体・人体のエイドス・イデア=テオーリアではないだろうか。今はそういうことにしておきたい。
 そして、ここでも先に述べたイデアと構造の相違があるのである。イデアは美であるが、構造は奇麗さであろう。化粧は後者なのである。形式快感である。そう、近代文化は、この区別ができないのである。致命的な盲目さである。
 最後に付け加えて言うと、古代ギリシアには、ロマン主義的美(心の美)はなかったのであろうか。これは、ヘーゲル美学にも関係する事柄である。また、ニーチェ哲学の問題でもある。
 つまり、ディオニュソスとアポロの問題である。ここで、簡単に言うと、ディオニュソスがロマン主義であり、アポロが古典主義である。これで、疑問に答えたことになる。そう、古代ギリシア人は、二つの美、二つの超越性を感識していたことになる。畏るべき古代ギリシア人である。通常、ディオニュソスの美は感識していた古代人は多いだろうが、アポロの美を感識した古代人は稀有ではないだろうか。
 では、ニーチェの『悲劇の誕生』の問題に答えるとどうなるだろうか。これは実に霊妙・微妙な問題である。ニーチェは、ギリシア悲劇のベースには、ディオニュソスがあり、それがアポロ文化を生むと言ったのである。つまり、ロマン主義ないしは心の美が基盤にあり、それから、古典主義ないしは外観の美が生まれたということになる。
 ここで、プラトニック・シナジー理論から、つまり、Media Pointを中心点として考察しよう。森羅万象はMedia Pointから生まれるのである。宇宙の臍(へそ)である。ここでは、超越性と現象性が即非様相にあるのである。心をMedia Pointと見ると、心と現象性とが即非様相にあることになる。
 そう、現象性、たとえば、身体・人体であるが、それも、ある心の表出である。これがアポロの美となるだろう。つまり、身体・人体のイデア・エイドス=テオーリアがあり、それが、外観に照り映えているのである。
 そう考えると、ニーチェの考えはまったく的確、正鵠(せいこく)を射ていたと言える。今、思いついたが、やはり、イシスとオシリスの関係ではないのか。イシスがディオニュソスであり、オシリスがアポロである。極言すれば、オシリスとはイシスの一部なのである。つまり、アポロはディオニュソスの一部なのである。その一部が照り映(は)えているのがオシリスやアポロであるということではないだろうか。
 そう、D.H.ロレンスがdark Godと言ったのを想起するし、また、天文学のダークエネルギーを想起する。この場合、dark、ダークは不可視と把捉しないといけない。即ち、イシスやディオニュソスは不可視であるということになるだろう。超越性である。虚軸の超越性である。超越光である。超越エネルギーである。そして、これらが、 Media Pointで可視化したのが、現象界ということだろう。
 問題は、この不可視性と可視性である。ここで、鈴木氏の問題、「あやかし」の問題に返るのである。そう、不可視性という考え方も問題があるのではないだろうか。夕焼けにおいて、美は視識するのである。心で視識すると言ってもいいが、やはり、視識はするのである。だから、不可視ではないのである。
 そう、超越性は即非的に、現象性に照り映えているのである。それがニーチェが天才的に説いたディオニュソスとアポロの関係ではないか。だから、darkやダークという言い方は、不正確であると言えよう。それは、現象中心性から超越性を見んとしているのである。
 だから、「あやかし」という表現は間違いであるということになるだろう。マーヤーという考え方も間違いである。
 現象は仮象ではあっても、「あやかし」や「マーヤー」ではないのである。現象はいわば、映象(えいしょう:造語)、ないしは、照象(しょうしょう:造語)である。現象はイデア界を映した影像なのである。

p.s. 現象界を影像界と呼ぶのが適切だろう。

p.p.s. 影象(えいしょう)界とも呼べよう。そう、映象(えいしょう)界でもいいだろう。

3p.s. アポロの美に関して、上の議論では、最初は、それは心の美ではなく、外観の美であると言い、その後、それは一種心の美の表出であると述べている。この見解は齟齬に感じられないことはないので、少し説明する。
 先ず、最初に述べた心の美と外観の美の区別であるが、これは、どちらかと言えば、厳密に分類したときの場合であり、後者の、心の美の表出としての外観の美とは、心の美を広義にとった場合である。即ち、心を諸超越的エネルギーにとって、その中で、身体・人体・外観を形成するものがあるということであり、そのとき、心の美の映出としての外観の美があるということである。

*******************

1億3千万の日本国民の凡そ1%の130万人でも、見た目の物質現象界が「あやかし」であって、
「充実」や「よろこび」や「しあわせ感」という見えない心の中の世界こそが本物であることを見抜けばよい。
国民の1%が覚醒すると一気に「日本人全体の魂の充実」への次元変化が加速するのです。
心象界の喜びがさらに良性な現象を生むのです。
そうした心象の喜びから現象の創造その繰り返しによる人生修行のスパイラルアップがこの世の仕組みになっている。
http://subtleeng.thd-web.jp/e6094.html
鈴木 俊輔 の サトルの泉


仮象とは何か:同一性現象は仮象かそれとも「実象」か:現象はイデアを映した影像である
仮象とは何か。
この問題については、以前、かなり検討したが、以下のように可視の物質現象界を「あやかし」と見る見方は、なかなか刺激的見方なので、もう一度検討して見たい。今は余裕がないので、詳述できないが、簡単に予見を述べておこう。
 以下の鈴木氏の考え方はきわめて伝統的な見方とは言える。心が本体であり、物質は仮象(マーヤー)であるというインド思想的な見方である。一見、仏教やプラトン哲学にも通じるように見えるのである。
 これまでの私の見解は、同一性=物質ということで、物質現象界の「実象」性(じつしょうせい:造語)を認めるものである。
 しかしながら、最近、私は現象界に美、同一性の美に対して、たいへん疑問をもつようになっている。化粧的装飾性に対して、私は、いわば、敵意のようなものをもっているのである。
 私が先の説いたのは、肉体的感覚(視覚)を介しての、心の美、差異共振的美のことである。そう、感覚の替わりに、感識という言葉を使用したらどうかと示唆した。だから、視覚は視識であり、等々である。
 つまり、源泉において、諸感識があり、そこに視識がある。それが、同一性化して、肉体的視覚に重なる。そして、肉体的視覚に吸収されると、それは、もはや、源泉の視識性を喪失して、同一性視識となる。
 とまれ、根源的な視識があり、それが、同一性視識となる。根源的視識とは、差異共振視識である。それが、同一性化するのである。そして、根源的視識と同一性視識の関係は、即非的視識となるのである。問題は、即非的視識と同一性主義化した視識である。前者は同一性視識を包摂しているのであるから、論点は、同一性視識にある。核心的問題は、同一性視識の美である。たとえば、奇麗に清掃された部屋や奇麗である。それを美とも呼びえるかもしれない。しかし、奇麗が妥当であろう。そう、奇麗と美とは異なるだろう。
 しかし、たとえば、ある女性が美人であると言ったとき、それはどういうことなのか。顔の造りが整っている、端正なのか、それとも、表情・顔貌が美しいのか。通常は、前者であろう。心的な側面よりは、肉体的側面を評価していう言葉だろう。肉体的な「美」とは、本来的ではないだろう。それは、奇麗の分類だろう。奇麗な女性である。それが正しい用法である。
 しかし、この奇麗は確かに、「あやかし」の面がある。奇麗な顔立ちでも、心が鬼という場合は多いにあるだろう。外観と内面の不一致である。この場合は、端的に、外観は仮象・「あやかし」である。
 この同一性の「美」をどうみるのか。「美」ではなく、快感というべきなのだろう。同一性の快感である。あるいは、同一性の奇麗である。
 しかしながら、そのように分別しても、問題は、根源的視識の様相である。それは、差異共振する美を視識するのである。夕焼けに共振美を感じるのである。感動した夕焼けには、なにか神々しい心象がある。
 ここで、単なる奇麗とは異なるのである。つまり、超越性が美にはあると考えられるのである。あるいは、高次元性が美にあるのと考えれるのである。
 しかしながら、外観において、神々しい美があるのではないだろうか。夕焼けのように。それはあり得るであろう。超越性をもった外観があるのではないだろうか。端的に、夕焼けが超越性をもった外観である。
 では、超越性をもった外観とは何か、である。夕焼けの場合、あらゆる夕焼けに超越性を感じるというよりは、あるときの、ある場所の夕焼けにとりわけ超越性を感じるだろう。とまれ、ある夕焼けの色と輝きに、神々しさがある。それは、清澄感であり、崇高さである。つまり、外観に超越性がいわば透き通って存するのである。反射していると言ってもいいかもしれない。おそらく、そこに、超越光があると言っていいだろう。思うに、日没、入り日とは、Media Pointなのではないだろうか。
 そのように考えると、人間の外観においても、超越性を存するということは考えられるのである。心の反映としての超越性ではなく、身体・肉体に存する超越性である。そして、思うに、古代ギリシア人は、このように、人体に美・超越性を直覚・直観したのではないだろうか。だから、それは、外観ではあるが、「まやかし」ではないだろう。真如である。
 では、ここに少なくとも二つの美があることになる。外観の美と心の美である。こう見ると、古典主義とは前者を志向し、ロマン主義は後者を志向したと言えるように思えるのである。
 とまれ、端的に、外観の超越性とは何だろうか。身体の超越性とは何だろうか。それは、思うに、身体・人体のエイドス・イデア=テオーリアではないだろうか。今はそういうことにしておきたい。
 そして、ここでも先に述べたイデアと構造の相違があるのである。イデアは美であるが、構造は奇麗さであろう。化粧は後者なのである。形式快感である。そう、近代文化は、この区別ができないのである。致命的な盲目さである。
 最後に付け加えて言うと、古代ギリシアには、ロマン主義的美(心の美)はなかったのであろうか。これは、ヘーゲル美学にも関係する事柄である。また、ニーチェ哲学の問題でもある。
 つまり、ディオニュソスとアポロの問題である。ここで、簡単に言うと、ディオニュソスがロマン主義であり、アポロが古典主義である。これで、疑問に答えたことになる。そう、古代ギリシア人は、二つの美、二つの超越性を感識していたことになる。畏るべき古代ギリシア人である。通常、ディオニュソスの美は感識していた古代人は多いだろうが、アポロの美を感識した古代人は稀有ではないだろうか。
 では、ニーチェの『悲劇の誕生』の問題に答えるとどうなるだろうか。これは実に霊妙・微妙な問題である。ニーチェは、ギリシア悲劇のベースには、ディオニュソスがあり、それがアポロ文化を生むと言ったのである。つまり、ロマン主義ないしは心の美が基盤にあり、それから、古典主義ないしは外観の美が生まれたということになる。
 ここで、プラトニック・シナジー理論から、つまり、Media Pointを中心点として考察しよう。森羅万象はMedia Pointから生まれるのである。宇宙の臍である。ここでは、超越性と現象性が即非様相にあるのである。心をMedia Pointと見ると、心と現象性とが即非様相にあることになる。
 そう、現象性、たとえば、身体・人体であるが、それも、ある心の表出である。これがアポロの美となるだろう。つまり、身体・人体のイデア・エイドス=テオーリアがあり、それが、外観に照り映えているのである。
 そう考えると、ニーチェの考えはまったく的確、正鵠を射ていたと言える。今、思いついたが、やはり、イシスとオシリスの関係ではないのか。イシスがディオニュソスであり、オシリスがアポロである。極言すれば、オシリスとはイシスの一部なのである。つまり、アポロはディオニュソスの一部なのである。その一部が照り映えているのがオシリスやアポロであるということではないだろうか。
 そう、D.H.ロレンスがdark Godと言ったのを想起するし、また、天文学のダークエネルギーを想起する。この場合、dark、ダークは不可視と把捉しないといけない。即ち、イシスやディオニュソスは不可視であるということになるだろう。超越性である。虚軸の超越性である。超越光である。超越エネルギーである。そして、これらが、 Media Pointで可視化したのが、現象界ということだろう。
 問題は、この不可視性と可視性である。ここで、鈴木氏の問題、「あやかし」の問題に返るのである。そう、不可視性という考え方も問題があるのではないだろうか。夕焼けにおいて、美は視識するのである。心で視識すると言ってもいいが、やはり、視識はするのである。だから、不可視ではないのである。
 そう、超越性は即非的に、現象性に照り映えているのである。それがニーチェが天才的に説いたディオニュソスとアポロの関係ではないか。だから、darkやダークという言い方は、不正確であると言えよう。それは、現象性から超越性を見んとしているのである。
 だから、「あやかし」という表現は間違いであるということになるだろう。マーヤーという考え方も間違いである。
 現象は仮象ではあっても、「あやかし」や「マーヤー」ではないのである。現象はいわば、映象(えいしょう:造語)、ないしは、照象(しょうしょう:造語)である。現象はイデア界を映した影像なのである。

*********************

1億3千万の日本国民の凡そ1%の130万人でも、見た目の物質現象界が「あやかし」であって、
「充実」や「よろこび」や「しあわせ感」という見えない心の中の世界こそが本物であることを見抜けばよい。
国民の1%が覚醒すると一気に「日本人全体の魂の充実」への次元変化が加速するのです。
心象界の喜びがさらに良性な現象を生むのです。
そうした心象の喜びから現象の創造その繰り返しによる人生修行のスパイラルアップがこの世の仕組みになっている。
http://subtleeng.thd-web.jp/e6094.html
鈴木 俊輔 の サトルの泉


2007年12月11日(Tue)▲ページの先頭へ
ファンタジーへの視点:近代合理主義と想像世界と境界=メディア:《風》を例にとって
以下、課題への参考も含む意味で、ファンタジーについてまとめるが、「風」というテーマをとりあげて、具体例を出して叙述したい。
 最初に、ファンタジーとは、近代合理主義(近代科学・技術)の世界とそれとの別の世界との《境界》における想像(心像しんぞう、心象しんしょう)の物語であるようなことを言った(小谷真理著の『ファンタジーの冒険』の中で言及されているアイデアを借用した)。
 単に、近代合理主義を無視して、「非合理主義」(空想、想像、夢、幻想、等)の世界を構築するというよりは、両者の境界に立って、「見えてくる」世界を構築したものと考えるということである。わかりやすくするために、

A:近代合理主義の世界(近代科学・技術・日常世界)
B:想像の世界(空想、不思議、幻想、神秘の世界)
C:境界の世界(両者の媒介、Mediaの世界)

としておく。
 そうすると、ファンタジーとは、Aの世界では当然ないが、また、単にBの世界でもなく、AとBの中間・媒介の世界・Mediaの世界であるCの領域にあるということになる。これは、哲学的には、Aでもあり、且つ(かつ)、Bでもあり、また、Aでもなく、Bでもない、という《即非(そくひ)》の様態(ようたい)にあると言える。極めて、不思議な世界というしかないだろう。現実かと思えば、非現実であり、また、非現実かと思えば、現実であるというような世界である。仏教で言えば、《空》の世界であろう。色即是空(しきそくぜくう)、空即是色(くうそくぜしき)。
 さて、ここで、具体的に、ファンタジー世界の重要なテーマである《風》を取り上げて、ファンタジー世界を確認していきたい。ライマン・フランク・ボームの『オズの魔法使い』やパメラ・トラヴァースの『風にのってきたメアリー・ポピンズ』において、《風》が重要な役割が果たしているのがわかる。

【日本では、宮沢賢治の『風の又三郎』、宮崎駿の『風の谷のナウシカ』、ファンタジーではないが、松尾芭蕉の『奥の細道』における「片雲の風」、その他に、はっきりと《風》のモチーフを確認できる。あるいは、風狂、風雅、風趣、風水、等の言葉にも、《風》が重要な観念として使用されている。日本・東洋の美学において、重要な概念である。もっとも、聖書の創世記において、神霊が水の上に風のように漂ったということが書かれているので、単に、東洋美学だけにとどまるものではない。四大(地水火風)の観念は東西共通である。もっとも、東洋では、それに空を加えて、五大とする。すなわち、地水火風空である。空海の「五大に(みな)響きあり」は有名である。ところで、美術で言えば、ボッチチェルリの『春』に、《風》があるだろうし、デューラーの『黙示録の四騎士』には、すさまじく荒れ狂う、狂暴(又は凶暴な)《風》が感じられるだろう。また、シェイクスピアの『マクベス』において、マクベスの有名なせりふに、「憐れみが、生まれたての赤ん坊のように目に見えない乗り物にのって・・・」があるが、それは疾風のイメージである。また、魔女たちが大気に溶けたり、殺害されるダンカン王が、マクベス城の手前で、この空気は甘美であると言ったりするも、それなりに《風》に関係するだろう。】

 『オズの魔法使い』において、竜巻(トルネードー)がやってきて、ドロシーやトトのいる家ごと、巻き上げて、エメラルドの国(想像の世界)へと連れて行くのであり、竜巻が《風》として、近代合理主義の世界、この場合は、日常世界Aと想像の世界Bの媒介としての役割を果たしている。
 しかし、ここで大事なのは、主人公の少女のドロシーである。実は、ドロシーが想像の世界Bにあっても、日常世界Aとの中間世界、境界の世界、Media の世界に存すると言えるのである。つまり、ドロシーは、《風》(竜巻)と同じ意味合いをもっていると考えられるのである。かつて、文化人類学者の山口昌男は両義性の概念を説いたが、確かに、ドロシーの存在は両義的と言えるのであるが、しかしながら、境界的存在と言う方が明快である。また、注目すべきは、竜巻という現象のあり方である。それは、垂直に家を持ち上げて、想像の世界へと移動させるのである。この垂直性が大事だと考えられるのである。この垂直性が、超越性を意味するように考えられるのである。
 だから、境界の世界、Mediaの世界は、中間の世界だけではなく、垂直性/超越性をもった世界と考えられるのであり、想像の世界Bは垂直性/超越性の世界ではないかと考えられるのである。敷延(ふえん)すると、ファンタジーの世界とは、境界・ Mediaの世界において、水平の世界(日常の世界)から垂直の世界(超越の世界)へと飛躍し、最後は、再び、垂直の世界から水平の世界へと回帰する世界ではないかと考えられるのである。
 次に、『風にのってきたメアリー・ポピンズ』を考えると、これは、正に、今述べてきたことを典型的に表現するものではないかと考えられるのである。東の《風》とともに、メアリー・ポピンズは、桜通り17番地にやってきて、西の《風》とともに去ってゆくのである。そして、境界・Mediaである《風》と一体であるメアリー・ポピンズは、作品世界の中で、不思議な世界Bを喚起するのである。言い換えると、《風》=境界・Media=メアリー・ポピンズは、日常の世界Aと想像の世界Bの両面を融合させるということである。
 さらに、バリの『ピーター・パン』(『ピーター・パンとウェンディ』について言うと、ピーター・パンとは、空中を飛翔する存在であり、正に、《風》の存在であると言えよう。そして、その飛翔であるが、単に、水平的な移動だけではなくて、『オズの魔法使い』での境界のように、垂直的移動もあるように感じられるのである。(映画では、宇宙へと飛翔していて、垂直性が喚起されていた。)
 結局、ネバーランドとは、何かということになるのである。そこは、いわば、時間が止まった、成長が止まった、少年・少女・子供の世界である。それは、永遠の子供の世界、宗教的に言えば、永遠の世界である。だから、水平の世界を超えた、垂直/超越の世界と見ることが可能であると考えられるのである。
 ということで、『ピーター・パン』においても、《風》=境界・Media=ピーター・パンということが考えられるのである。
 
 最後に、以上のファンタジーの世界、すなわち、三相的世界であるが、これは、クロス・オーバー的にみれば、正に、神話世界に共通するのである。日本の宗教学者の折口信夫(おりくちしのぶ)が、「まれびと」という概念を立てたが、「まれびと」とは、正に、境界・Mediaの存在、《風》的存在であることがわかるだろう。また、ケルト神話と共通するが、海の彼方に想像上の島を想定するが、これは、単に水平的位置だけでなく、垂直的位置をも意味すると見るべきだろう。竜宮城というものは、海底にあるのであり、垂直的である。正しく言えば、水平世界と垂直世界との交差点としての場所をそこに確認すべきなのだろう。
 整理すると、ファンタジーの世界や神話の世界は、水平の世界とそれを超越した垂直の世界と両者の交叉(こうさ)するMediaの世界の三相世界から形成されているということになるだろう。そして、この交叉するMediaの世界が核心であると言えよう。

注:当然、Mediaの世界とは、プラトニック・シナジー理論のMedia Pointになる。

追記:問題は、いわゆる、ハイ・ファンタジーの場合はどうなるのかである。トールキンの『指輪物語』(映画『ロード・オブ・ザ・リング』)はどうなのかである。つまり、その場合、想像の世界が、メインになり、近代合理主義・日常世界が無くなるからである。
 しかしながら、『指輪物語』を読むと、その想像の世界の外界の描写がリアリズム的になされているのがわかるのである。つまり、一見、ハイ・ファンタジーには、近代合理主義・日常世界は消えているが、その想像の世界において、近代合理主義・日常世界のリアリズムが入っているのである。


2007年12月09日(Sun)▲ページの先頭へ
視覚像について:内的光と外的光の結像?:試論
内の光と外の光とが結像して、視覚像が生まれるのではと思いついたので、少し考えたい。
 内的光とは、たとえば、夢の光である。その時は、外光がないのにかかわらず、映像を見ているのである。その光はどこから来ているのか。いわば、闇の光である。
 ここで作業仮説して、+iの光と-iの光を考える。簡略化して、陽と陰とする。陽と陰が共振して、超越光となる。そして、これが、同一性化して、現象光となると考えられる。即ち、(+i)*(-i)⇒+1が、陽*陰⇒光となる。しかしながら、左辺は、超越光と見るべきであろう。即ち、超越光⇒光である。
 これは、一種、自然のマジックである。とまれ、ここで視覚像を考えると、それは、確かに、光の像であるが、実際は超越光の像があるはずであるが、それは潜在しているのではないだろうか。そして、夢の映像が、超越光の映像のなんらかの反映ではないだろうか。夢においては、三次元空間には従わないのである。
 私が先に共振光と言ったのは、超越光と現象光との共振を意味しているだろう。言い換えると、超越光と現象光との境界を指すと言えよう。それは、端的に、 Media Pointの光である。Media Point LightないしはMedia Point Twilightと呼べよう。夢の光とは、正確には、これであろう。
 さて、視覚像であるが、問題は、同一性視覚は、単に現象光を知覚するだけであり、超越光やMedia Point Light(略して、MP-Light)を知覚できないのである。そして、これが、近代的自我の視覚、唯物論的視覚である。そして、本来、美術とは、超越光やMP-Lightを表現するものであるが、同一性視覚のために、美術本来の表現が喪失していると考えられるのである。そして、これが、断絃の時ならず、喪光の時である。死んだ光になっているのである。
 これは、=+1の光である。水平の光のみであり、垂直的共振性が喪失されているのである。
 では、どうして、垂直的共振性が喪失されるのか。左辺が喪失されるのか。それは、当然、同一性によって、差異を否定しているからである。つまり、⇒+1 ではなくて、=+1になっているのである。これは、また、+i→-i=-1の事態でもある。差異の否定は等号化であり、正に同一性化である。
 しかしながら、先に述べたように、Media Pointは三相共振様態である。同一性による差異否定があっても、原点においては、差異共振性が賦活されていると考えられる。思うに、同一性の光(現象光)に対して、超越光は「闇」として、想定されるのではないだろうか。ロレンスのdark sunである。あるいは、玄牝である。あるいは、イシスである。そう、黒い聖母である。この「闇」とは、現象光に閉ざされているということから、「闇」ということであり、本来は超越光なのである。
 近代主義の同一性中心主義が、現象光のみを知覚して、超越光を排除したということになる。そして、モダン・アートは、本来、超越光を復活させようとしたと考えられるのである。しかしながら、反動化して、-i中心化となってしまったと思われる。
 私が先に、美術に大きな問題があると言ったが、それは、以上の問題と一如であると考えられる。反美術になっているのである。(もっとも、美術に限定されないが。)同一性=現象光の壁を突破しないといけないのである。単なるデフォルメ、抽象画は、反動に過ぎない。
 内的光、超越光を取り戻すことが必要である。では、どうやって。それには東洋身体思想が役に立つだろう。たとえば、道教の丹田の考え方であるが、上丹田が+iであり、下丹田が-iであり、そして、中丹田が⇒+1ではないだろうか。つまり、上丹田と下丹田のバランスとしての中丹田の形成によって、⇒+1が生成しうるのではないだろうか。真正な心の形成である。言うならば、正心ないしは真正心の形成である。これによって、超越光が復活するのではないだろうか。そして、美術も新生するのである。当然、ヨガや禅も同質であると考えられる。今はここで留める。


2007年11月27日(Tue)▲ページの先頭へ
三島文学と差異共振性:トランス・モダンへの萌芽
三島由紀夫文学であるが、彼の文学は、基本的には、-i→+iの文学である。そして、その反近代主義、身体・神秘主義には、差異共振性=Media Pointが内包されていたというのが私の考えである。ハイデガーを超えていたのである。大江健三郎は三島を批判するが、それは狭量である。大江自身に本来差異共振性があったが、それが、戦後民主主義や近代合理主義で、弱化されてしまい、枯渇してしまったと思っている。ほとんどの日本人は、三島文学のもっているトランス・モダン性が理解できていないのである。

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昨日は三島由紀夫没後37周年と言う事で、豊島公会堂で開かれた憂国忌に行って来ました。37年も経つと中年以上の人しか三島由紀夫の生前の姿を知らない。私は三島由紀夫の講演会などで生の姿を知っていますが、まさに文化人のスーパースターであり女性ファンも多かった。

私もミーハー的なファンであり小説には読んでもなじめなかったが、政治的なエッセイなどは読みあさった。戦後の日本は文化人と言えばリベラル左翼の代名詞であり、右翼とか民族派というと暴力団的なイメージが付けられてしまっていた。その中で三島由紀夫と石原慎太郎は異彩を放っていたのですが、現在には彼らのような若手の文化人のスーパースターがいない。

70年安保ぐらいまでは大学でも学生運動が盛んでしたが、現在の大学は政治的学生運動はほとんど無いといっていい。それくらい現代の若者はすっかりノンポリ化してしまって政治的講演会があっても若い学生を見かけることはまれだ。それくらい政治思想には無関心であり、戦後マスコミと教育ですっかりノンポリに洗脳されてしまったのだ。

「株式日記」はその名のごとく経済ブログなのですが、最近では政治ブログ化している。三島由紀夫が生きていたらどんなブログを書いただろうか? 自分で言うのもなんですが三島由紀夫の魂が乗り移って書いているのだろうか? 檄文などを読んでもらえば分かるとおり、60年以上たった現在も実質的にアメリカ軍に占領された状態は続いている。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/d/20071126
株式日記と経済展望


2007年11月23日(Fri)▲ページの先頭へ
シャガールの絵画と差異共振性とエロス的同一性
今日は、祝日で時間があったので、上野の森の美術館で開催されているシャガール展を見に行った。
http://special.enjoytokyo.jp/
TK/070901chagall.html
 千円では、安かったと言えよう。「おとずれ」、「秘密」等々の油彩画がよかった。「おとずれ」は、部屋の中のベッドに寝ている女性に、花束をもった浮遊した男性が訪れる場面である。左上には、黄色い月(太陽?)があり、右上には、ドアがある。
 残念ながら、この絵の葉書やコピーはなかった。
シャガールは、一般には、親しみやすい、甘美なムードの、俗っぽい軽い、凡庸と思える作品が多いが、中には、優れた作品がある。
 輪郭を不明確にした、簡略化した造形が、融合的な空間に溶け込んでいる。この空間がシャガールの一つの特徴である。ここでは、多様なものが融合しているのである。
 おそらく、この空間を、差異共振融合空間と言えるように思う。しかしながら、なにか保留したくなる面もある。とまれ、浮遊した像や渦巻くような造形等は、明らかに、垂直次元を表現していると思う。明らかに、夢の次元に似ているのである。Media Pointから表現していると考えていいように思う。しかし、シャガールの問題は、差異共振が男女のエロスの方向に傾斜している、ないしは中心化していることである。このために、世界が狭められるのである。
 思うに、エロスは差異共振性というよりは、差異的同一性なのである。これが、基盤にある差異共振性を覆っているように思えるのである。言い換えると、基層にある差異共振性と表層にある差異的同一性の二重性がシャガールの絵のように思える。
 
p.s. インターネットの画像で見ると、漫画みたいになってしまうし、また、俗受けする作品が多く出ている。

マルク・シャガール
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シャガール(1941年撮影)
シャガール(1941年撮影)

マルク・シャガール(Marc Chagall、イディッシュ語 :מאַרק שאַגאַל‎‎、1887年 7月7日 - 1985年 3月28日 )は、20世紀 のロシア (現・ベラルーシ )出身のフランス の画家 。

帝政ロシア領ヴィテブスク (現ベラルーシ ・ヴィツェプスク 、Vycebsk またはWitebsk、Vitebsk )にモイシェ・セガル(Moishe Segal、משה סג"ל)として生まれた。ロシア名マルク・ザハロヴィチ・シャガル Марк Захарович Шага́л、ベラルーシ名モイシャ・ザハラヴィチ・シャガラウ Мойша Захаравіч Шагалаў。故郷ヴィテブスクは人口の大部分をユダヤ人 が占めているシュテットル で、シャガール自身もユダヤ人 である。

1907年 、当時の首都ペテルブルグ の美術学校に入るが、同校のアカデミックな教育に満足しなかったシャガールはやがてレオン・バクスト の美術学校で学ぶことになる。バクストは当時のロシア・バレエ団 の衣装デザインなどを担当していた人物である。

シャガールは1910年 パリ に赴き、5年間の滞在の後、故郷へ戻る。この最初のパリ時代の作品にはキュビスム の影響が見られる。1915年 に結婚。10月革命 (1917年 )後のロシアでしばらく生活するが、1922年 、故郷に見切りをつけ、ベルリン を経由して1923年 にはふたたびパリへ戻る。

1941年 、第二次大戦 の勃発を受け、ナチス の迫害を避けてアメリカ へ亡命 した。なお、同郷人で最初の妻ベラ・ローゼンフェルトはアメリカで病死した。

1947年 パリへ戻ったシャガールは、1950年 から南仏 に永住することを決意し、フランス国籍を取得している。1952年 、当時60歳台のシャガールはユダヤ人女性ヴァランティーヌ・ブロツキー と再婚した。1960年 、エラスムス賞 受賞。同年、当時のフランス共和国文科大臣でシャガールとも親交のあったアンドレ・マルロー はパリ、オペラ座 の天井画をシャガールに依頼。これは1964年 に完成している。1966年 、シャガールは17点から連作『聖書のメッセージ』をフランス国家に寄贈した。マルローはこの連作を含むシャガールの作品を展示するための国立美術館の建設を推進し、ニース 市が土地を提供する形で1973年 、画家の86歳の誕生日にニース市のシャガール美術館が開館した。

また、毒舌家としても知られ、同時代の画家や芸術運動にはシニカルな態度を示していた。特にピカソ に対しては極めて辛辣な評価を下している。しかし、だからといってピカソと仲が悪かったわけではなく、むしろ、ピカソにしては珍しく、けんかをしないほど仲がよかったともいわれる。

[編集 ] 代表作

* Online complete catalogue of the printed graphic work
* 「I and the Village」(1911年) ニューヨーク近代美術館
* 「七本指の自画像」(1912年-1913年)アムステルダム市立美術館
* 「誕生日」(1915年) ニューヨーク近代美術館
* 「Green Violinist」(1923年) グッゲンハイム美術館
* 「青いサーカス」(1950年) ポンピドゥー・センター
* 「イカルスの墜落」(1974年) ポンピドゥー・センター
* 「America Windows」(1977年) シカゴ美術館
* 「バレエ『アレコ』」(1942年)舞台背景画 第1、2、4幕 青森県立美術館
* 「バレエ『アレコ』」(1942年)舞台背景画 第3幕 フィラデルフィア美術館
* 「イスラエル十二部族」

[編集 ] 関連項目

* エコール・ド・パリ
* 高知県立美術館 - シャガールの世界的コレクションで知られる

[編集 ] 外部リンク

* Marc Chagall at Famous Artists Gallery



2007年11月10日(Sat)▲ページの先頭へ
ヘンリー・パーセル
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮によるパーセルの音楽を聴いているが、やはり、ピントこない。
 『女王メアリーの葬儀ための音楽』を聴いているが、これは、感銘のある美しい曲だ。すこし、催眠的なところもある。
 時代が、名誉革命の時代であり、王政復古の時代であり、オーガスタン期であり、理性主義が幅を利かせた時代である。ピューリタン革命以前、英国にあった深い情念は消えている時代であり、新古典主義の時代である。
 確かに、落ち着いた音楽ではあるが、身体性が足りないと思うのである。そう、一般にイギリスに感じる血の気の薄さを想起させるのである。
 ビートルズ等の英国の音楽は、それらとはまったく異質である。やはり、一種の階級制度の影響があるだろう。イギリスでは、同一性へと傾斜する支配層と差異へと傾斜する下層があるように思う。前者は、文化的には、まったくつまらないものである。確かに、金融資本という同一性に関しては、強いかもしれないが、差異が必要な文化は劣弱化すると言えよう。
 私見では、イギリス文化の最良のものは、下層からのものである。それも、ケルト文化と無意識のうちに共振していると考えられるのである。ケルト文化とは、日本で言えば、縄文文化や神道のようなものである。

p.s. 端的に、パーセルの曲はつまらないのである。


2007年11月06日(Tue)▲ページの先頭へ
アートのマーケットとは何か。ここにあるのは、一種、流行である。あるいは、ファッションである。なに
アートのマーケットとは何か。ここにあるのは、一種、流行である。あるいは、ファッションである。なにか、ここには、PS理論から解明できそうなものがある。
 想起したことは、これは、まさに、差異と同一性の問題、それもエネルゲイア(エネルギー)の問題ではないかということである。すなわち、アートのマーケットにおいて、現在の標準的な価値観がある。それは、同一性である。過去において、差異であっても、既成価値となれば、同一性となるのである。ピカソの絵画もかつては、差異であったが、今日では、同一性の価値である。(もっとも、微妙なところがある。本当の鑑識眼のある人は、ピカソの絵画から、本当の差異を確認できるだろう。今、わたしが言いたいのは、マーケットにおける価値である。確かに、純粋に美術としては、差異ではあっても、アート・マーケットにおいては、既成価値は同一性である。)
 この同一性としてアートは一般には、差異のエネルギー、Media Pointのエネルギーを放出しないのである。アート・マーケットは、新たな差異のエネルギーを放出するアートを常に求めているのである。以下の記事の場合、象徴主義(サンボリスム)が新たな差異となっていることがわかる。
 思うに、ここには、アート・マーケットの差異と同一性の力学だけではなく、同時代の差異と同一性の力学も作用していると思われる。サンボリスムを例にとるなら、それは、アート・マーケットとは別に、純粋に差異のエネルギーをもっている。つまり、Media Pointからのエネルギーをもっていると考えられる。おそらく、アート・マーケットの差異と同一性の力学と、純粋アートとしての差異と同一性の力学との相互関係によって、アートの同時代的評価が発生するように思われる。
 現代は、Media Pointからのエネルギーを放出するアートが評価されるだろう。文学、映画、ファッションで言えば、ファンタジー的なものである。この一般的傾向とアート・マーケットの傾向とが一致したのが、サンボリスムではないだろうか。モローの絵画は充分、ファンタジー的である。後で、再考したい。

Art sales: Mystic dreams become real

Last Updated: 12:01am GMT 06/11/2007

Colin Gleadell on Symbolist art
# Market news

One market that has been overshadowed during the current art boom is 19th-century European painting. While values for Impressionist, modern and contemporary art have risen, sometimes dramatically, demand for all but the best traditional 19th-century art has flagged.

Art sales: Perseus and Andromeda
Moreau's Perseus and Andromeda

The problem for auction-house specialists, who frequently see half-empty rooms and as much as 50 per cent of what they offer go unsold, is how to jazz up these sales and make them more marketable.
http://www.telegraph.co.uk/arts/
main.jhtml?xml=/arts/2007/11/06
/basales106.xml


2007年11月04日(Sun)▲ページの先頭へ
一般的美と特異性の美:差異共振美について
視覚美に関して、簡単に考察したい。主観的美と客観的美との

問題になると思う。確かに、京都の紅葉は美しいだろう。

それは、一般的美、客観的美である。しかし、それは、

私にとっての主観的美ではない。私にとっては、

最近見た、ローカルな場の桜並木の桜の葉、あるいは、

公園の木々の黄色に変色した葉が、美しいのである。

これは、主観的美である。他者から見たら、

なんの変哲もない黄色の秋の葉である。美とは

感じられないだろう。

 そう、主観という言葉が語弊があるので、特異性の美と

しよう。これは、この場合、私だけが、秋の葉を視覚経験

して感じる美である。美であるし、感銘である。

 京都の紅葉は、いわば、ブランドである。確かに、見たい

とは思うが、観光客で混雑していて、不快感を覚えるだろう。

しかし、京都の紅葉は、ブランドにおいては、特異性の美

ではなく、一般的美、客観的美に過ぎない。

 特異性の美とは、やはり、自己認識方程式で説明できる

のではないか。即ち、(+i)*(-i)⇒+1である。私は+iであり、

公園の木々の黄葉は-iである。これが、Media Pointで

共振して、特異性の美、すなわち、⇒+1を形成するのでは

ないだろうか。つまり、ここでは、差異との共振にすべて

懸かっているということである。京都の紅葉は、

一般的美であり、特異な共振はないのである。だから、

それは、特異性の美ではない。私にとっての本来の美ではない

のである。つまり、共振するか否かに、『美』の存否が

懸かっているということになる。

 そう、思うに、ここにしか、本来の美は存しない

のではないだろうか。世阿弥の『風姿花伝』の「花」論は

正に、これによっているのではないだろうか。一見、

相対論的であるが、実質は、特異性美論ではないだろうか。

 主客交信共振共感において、美が生成消滅するのでは

ないだろうか。それが永遠ではないのか。

 ここで普遍性(不易)と生成流転性(流行)を問題にすると、

美に関しては、普遍性とは微妙である。確かに、客観的美は

あるだろう。セザンヌの絵画、バッハの音楽には、客観的美が

ある。しかし、特異性の美は、主客共振美である。

また、確かに、優れた芸術の客観的美であるが、

そこには共振的調和(不調和の調和discordia concors)が

あるだろう。

 だから、客観的なものの共振的美と主客共振性とが

一致したときに、至高の美が発現するのだろう。

これは、いわば、特異性の特異性の美であろう。


注:尚、上記は、以下の記事の考察の一部を修正して、独立させたものです。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10053908253.html

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

p.s. toxandoria氏の秋の仙台の画像を見て、また、思った。
実際の場における観照と、写真や画像を介しての「観照」
の違いについてである。
 一般的には、画像を介すると、特異性は減ずる。簡単に
言えば、臨場感がないのである。臨場感とは、特異性の知覚を
含むだろう。
 これは、理論的は何を意味しているのだろう。直感で言えば、
Media Pointのエネルギーが参入するか否かの違いである。
単なる画像の場合は、一般には、それが参入しないのである。
実際の場においては、それが参入するのである。だから、
やはり、差異共振性の問題である。
 では、どうして、画像の場合は差異共振性が乏しいのか、
希薄なのか、ないしは、欠落するのか。
 思うに、同一性の視覚で見てしまうからではないのか。では、
なぜ、一般に、同一性の視覚で画像を見て、特異性の視覚で
実際の風景を見るのか、である。
 それは、時間の問題ではないだろうか。通常は、
同一性の時間において、視覚・知覚する。平板な時間である。
しかしながら、実際の場においては、通常の同一性の時間が
引っ込んで、特異性の時間が発動するだろう。つまり、
Media Pointが発動しているのである。だから、
差異共振エネルギーが発動するのである。
そして、それが、特異性の美なのである。


2007年10月22日(Mon)▲ページの先頭へ
芸術が崩壊している:現象の連続性の問題について
もう昨日になるが、六本木の国立新美術館で、ある美術団体の展覧会を見てきたが、趣向をこらして、派手な、というか、毒々しい色彩の絵画を見たが、いったいこれらの独りよがりの絵画は何だろうか。
 感動がまったくないのである。精神的に問題がある絵画もある。単に視覚上の趣向をこらすだけで、根本の感情が表現されていないのである。絵画とは、視覚を通して、心に感動をもたらすものではないのか。
 私は、モダニズムの影響を思った。モダニズムは、精神性を感受していたが、それを近代主義的に表現してしまい、芸術を袋小路に追い込んだのである。 
 絵画だけでなく、音楽や文学もそうである。芸術はモダニズムによって行き詰まってしまったと思う。感動を新たに生まなくてはならない。それには、知と同時に差異感情身体をもつ必要があるのである。知的差異感情身体は、Media Pointが存するのであり、そこで、超越的共振をもった表現が生まれるのである。
 他に、気づいたのは、自然からまったく離れてしまい、人工的にこね繰り回しているのである。これもモダニズムの弊害である。
 今は余裕がないので、現象の連続性の問題は後で述べたい。

p.s. 黒川紀章の設計がよくないと思う。凡庸だと思う。無機的な外枠のガラスの枠組みをしていて、幽閉されているようである。また、ヒルズやサントリー美術館のビル(p.s. これは勘違いのようだ)にしろ、外観が無機的でよろしくない。

p.p.s. 根本的な感情ないしは差異感情身体と言ったが、PS理論により即して言えば、Media Pointにおける超越様相と連続現象様相とが差異共振する様態を表現したものが、本来の芸術と言えよう。

参照:


国立新美術館
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
批判

現在、日展はじめ公募団体は作家の技術を磨く場として機能してはいるが、世界の先端の美術(主に、ニューヨーク を中心としてアメリカ とヨーロッパ などの「アート・ワールド 」から発信される現代美術 )の動向と、日本の公募団体の作風や創作のバックとなる思想の有無には相当のずれが見られ、近年では公募団体から世界的に注目される作家は登場していない。このため、公募団体のための展示施設を充実させても、美術研究や美術ファンに資する展示や、国際的な情報発信は全く期待できないという批判があった。

また、施設利用料(現行の東京都美術館の、公募団体の払う使用料は比較的安い)が都美術館より高ければ団体はどこも使わず、かといって都美術館と同じ程度の使用料なら新美術館の巨額の建設費をまかなうことは何年かかっても不可能であろうという批判もある。公募団体に属さない作家からは、公募団体の政治家に対する影響力の強さを新美術館建設の真の理由と見て、税の無駄遣いとの声も上がった。

ほかに、そもそも公募団体側も国側も新美術館を通して何を実現したいのか、という展望や戦略がないまま、箱の建設のみを進めていたという、ハード面のみの重視に対する批判もある。これに関し、ナショナル・ギャラリーという名称になると、日本国外から来る観光客が、ワシントンD.C.のナショナルギャラリー やロンドンのナショナルギャラリー と同様の施設と勘違いして来館する恐れがあるという批判を受けて「ナショナル・ギャラリー(仮称)」の名称は無くなった。

ロンドンやワシントンのナショナル・ギャラリーは、貸し展示場という意味のギャラリーではなく、いずれも膨大な美術品を所蔵する国立美術館であり、研究員・展示技術者・修復技術者・外部教育担当者など有能なスタッフを抱えている。常設展だけで充実した内容を持つほか、コレクションと研究実績の力をバックに世界中から美術品を借り集めて、ある作家についての代表作のほぼ全てを集めた決定版的な企画展も開くことができる。

名称を公募した結果「国立新美術館」という名称に決定した。また、外国から美術品を借りる際に、受け入れる学芸員が必要なことや、独自の展覧会も開催すべきだとの指摘を受け、数名の学芸員を置くことになった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%B
D%E7%AB%8B%E6%96%B0%E7%B
E%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8


2007年10月14日(Sun)▲ページの先頭へ
空蝉橋にて
空蝉橋に立つ

昔を思う
この無機質の都会
享楽的な都会
瀆神的な都会
脱出せよ
神の国は汝のうちにあり
高次元の知的魂
コンクリートと車と群衆
心、心、心
亡国、亡国、亡国、亡国、亡国、・・・
問題は何か
脱近代、脱近代、脱近代、トランス・モダン・・・
亡魂の首都
首なしの首都
幽霊の首都
幽霊の現実

かつて、孤絶した心もて空蝉橋に立てり
閉塞、閉塞、閉塞
外界は閉塞している
内界から突破せよ
「旅は歩みをおわった所から始めねばならぬ。・・・
・・・あゝ、名を呼べぬ者達よ、此の放浪をお前に捧げよう。」『終りし道の標べに』

Media Pointが点火する
太陽と共振する
月と共振する
木星と共振する
・・・
Media Cosmos

差異共振価値を現実化する

砂嵐がやってきた
貧民、貧民、貧民
落ちる、落ちる、堕ちる

London Bridge Is Falling Down

空蝉橋の下を電車が流れ行く

灰色の空、灰色の雲、雲の「精霊」

イカルス、イカルス、イカルス
孤絶のミノタウロス
アリアドネの糸

脱出口は何処にあった
神の国は汝のうちにあり

虚次元

どこで壊れたか
オズの魔法使い、
ぼくには心臓がないんだ
ぼくには頭脳がないんだ
ぼくには勇気がないんだ

『存在と時間』は壁にぶつかっている
自我の壁にぶつかっている
なぜ、ハイデガーには共振性がないのだろう
そう、近代主義の極北だから

憂鬱な首都のSaturday

昔、孤絶した心、空蝉橋に立てり


2007年10月06日(Sat)▲ページの先頭へ
安部公房
高校生や大学生の頃、大江健三郎の作品とともによく読んだ。確かに、日本では珍しい知的な作家である。カフカのような、なにか不思議な感じを醸し出す点に惹かれたのかもしれないが、私は、それから読まなくなってしまった。D.H.ロレンスは、読書は量ではなく、反復することに意義があると述べていた。
 またいつか読みたいが、しかし、なぜ、離れてしまったのだろうか。十代の頃、あれほど惹かれたカフカの作品もその後は、読まなくなってしまったのと似ているのかもしれない。
 思うに、神秘の心が、その後、私には枯渇してしまったように思う。そう、70年代という日本文化の分水嶺において、日本は、経済中心主義となり、精神・神秘を捨てた。この問題は余裕のあるとき、再考したい。

p.s. 神秘は、Media Pointとして、知的に復活したとは言える。不連続的差異論やプラトニック・シナジー理論が生まれる前に、私が求めていたコスモスは、神秘の追求の延長であると言えよう。そう、また、プラトンの著書に惹かれたのも、神秘と関係する。・・・

安部公房
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安部 公房(あべ こうぼう、1924年 3月7日 - 1993年 1月22日 )は、東京府 北豊島郡(現東京都 北区 )生まれ(本籍地 は北海道 旭川市 )の小説家 、SF作家 、劇作家 、演出家 、脚本家 。本名は漢字は同じであるが、公房の読み方は「きみふさ」。
来歴

満州医科大学(現・中国医科大学)の医師 である父・安部浅吉と、母・よりみの長男として生まれる。1925年、1歳の時に家族と共に満州 (現・中国東北部)に渡り、奉天 市(現・瀋陽 市)に居を構え、幼少期を満洲 で過ごす。1940年 に満洲の旧制奉天第二中学校を4年で卒業。帰国して旧制成城高等学校 (現・成城大学 )理科乙類に入学。冬に、軍事教練の影響で肺浸潤 にかかり休学し、奉天の実家に一時的に帰って療養する。

1943年 9月、戦時下のため繰上げ卒業し、10月に東京帝国大学 医学部 医学科に入学。1944年、20歳の時に文科系学生の徴兵猶予が停止されて次々と戦場へ学徒出陣 していく中、「次は理科系が徴兵される番だ」と感じ、また「敗戦が近い」という噂を耳にし、本土決戦 に巻き込まれることを避けるために、中学時代の友人と「重度の肺結核 である」との診断書 を偽造して「療養のため」と称し、大学を休学して、年末に船で満州の奉天に帰る。1945年(21歳)、実家で開業医となった父の手伝いをしていた時に、8月15日 の終戦を迎える。

冬に発疹チフス が大流行し、診療にあたっていた父が感染して死亡する。1946年、22歳の時、敗戦のために家を追われ、奉天市内を転々とし、サイダー 製造などで生活費を得る。年末、引き上げ船にて帰国(この際、船中でコレラが発生し、この体験が後の『けものたちは故郷をめざす』の背景となる)。 北海道 の祖父母宅へ一家で身を寄せる。1947年、23歳の時に単身上京して大学の一学年下のクラスに復学する。三月、女子美術専門学校(現・女子美術大学)の学生である山田真知子(後年、画家 として安部の作品の装訂 や舞台美術を手掛けることになる)と学生結婚する。1948年 に卒業するものの、医師国家試験 に不合格となる。

1947年 に、安部は満洲からの引き上げ体験のイメージに基づく『無名詩集』を、謄写版印刷により自費出版した。詩人ライナー・マリア・リルケ や哲学者マルティン・ハイデッガー の影響を受けたこの62ページの詩集には、失われた青春への苦悩と、現実との対決の意思が強く込められていた。

同じく1947年に、安部は「粘土塀」と題した処女長編を、成城高校時代のドイツ語 担当教員・阿部六郎 の許に持ち込んだ。この長編は、一切の故郷を拒否する放浪の後に、満洲の匪賊の虜囚となった日本人青年が書き綴った、三冊のノートの形式を取った物語であった。「粘土塀」の内容に深い感銘を受けた阿部は、この作品を文芸誌『近代文学 』の創刊者の一人である埴谷雄高 に送り、「粘土塀」の内の「第一のノート」が、翌年2月の『個性』に掲載された。この作品が縁となって、安部は埴谷雄高、花田清輝 、岡本太郎 らの運営する「夜の会」に入会した。埴谷、花田らの尽力により、1948年10月に、「粘土塀」は『終りし道の標べに』と題されて、真善美社から一冊の単行本として刊行された。埴谷は、安部を高く評価しており、後の『壁』の書評においては、安部が自分の後継者であるばかりか、自分を越えたとまで述べている。

1950年 には、勅使河原宏 や瀬木慎一 らと共に「世紀の会」を結成した。

1951年 、『近代文学』2月号において、安部の短編「壁―S・カルマ氏の犯罪 」が発表された。「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、ルイス・キャロル の『不思議の国のアリス 』に触発された作品であり、テーマとして満洲での原野体験や、花田清輝の鉱物主義の影響が含まれていた。「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、1951年上半期の第25回芥川賞 を、石川利光 の「春の草」(『文學界 』)と同時受賞した。選考会の席上で、「壁」は、選考委員の宇野浩二 から酷評されたものの、同じく選考委員の川端康成 および滝井孝作 の強い推挙が受賞の決め手となった。同年5月に、「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、「S・カルマ氏の犯罪」と改題の上、短編「バベルの塔の狸」および短編集「赤い繭」と共に、石川淳 の序文を添えて、安部の最初の短編集『壁 』として出版された。

1950年代には、前衛芸術の立場に関心をもち、野間宏 とともに『人民文学』に参加する。その流れで、『人民文学』が『新日本文学』と合流してからは新日本文学会 に所属し、日本共産党 に所属していた時期もあった。しかし、1961年 に、日本共産党が綱領を決定した第8回党大会に批判的な立場から、党の規律にそむいて、意見書を公表し、その過程で党を除名された。

1973年に自身が主宰する演劇集団「安部公房スタジオ 」を発足させ、本格的に演劇活動をはじめる。発足時のメンバーは、新克利 、井川比佐志 、伊東辰夫 、伊藤裕平 、大西加代子 、粂文子 、佐藤正文 、田中邦衛 、仲代達矢 、丸山善司 、宮沢譲治 、山口果林 の十二名。安部公房スタジオは堤清二 のバックアップにより日本では主に渋谷西武劇場で、海外公演もそれぞれ積極的に行ない、1979年 のアメリカ公演での上演作品「仔象は死んだ」は、その斬新な演劇手法が反響を呼び、以後各国の演劇界に影響を与えたが、日本では思うような評価が得られず、1980年代に活動を休止してしまう。

安部はドイツ の思想家、エリアス・カネッティ に、彼がノーベル賞を受けた1981年前後から注目していたが、同じ頃、親友であるドナルド・キーン 氏の薦めでコロンビアの作家、ガブリエル・ガルシア=マルケス を読み、その作品に衝撃を受ける。以後、安部は、自著やテレビなどで盛んにカネッティやマルケスを紹介し、かれらの作品を一般の読者に広める功績を残した。

1992年 12月25日 深夜に脳内出血で倒れ、退院後に自宅療養を続けるが、1993年1月20日から症状が悪化し、1月22日早朝に急性心不全により死去。享年68。

大江健三郎 は、安部公房をカフカ やフォークナー と並ぶ世界最大の作家と位置づけており、安部がもっと長生きしていれば、ノーベル文学賞を受賞したであろうと言う事を述べている。

日本人で初めてワープロ で小説を執筆した作家である(1984年から使用)。使っていたワープロはNEC の『NWP-10N』と『文豪 』であった。また、ピンク・フロイド の大ファンであり、まだ普及する以前に、シンセサイザー を購入し、使用していたなど意外な一面を持っていた(その当時シンセサイザー を所有していたのは冨田勲 、NHK (電子音楽スタジオ)、そして安部の三人のみだったが、職業的な面以外で使用していたのは安部のみである)。NHKで放送されたインタビュー番組では、所有機で自身の演劇作品のために、みずから製作した効果音等を公開している。また、安部はクラシックの作曲家ではバルトークを好んでいた。

安部公房は、趣味の領域を越えた写真マニアとしても知られ、彼ならではのインテリジェンスに満ちた作品を多く残している。現在、それらの一部は現行版の安部公房全集(新潮社)の箱裏と見返しに見ることができる。愛機はコンタックスで、安部が好きな写真のモチーフはごみ捨て場など。

ジャッキを使わずに巻ける簡易着脱型タイヤ・チェーン『チェニジー 』を発明したことでも有名。

[編集 ] 略歴

* 1948年 - 処女小説『終わりし道の標べに』を刊行。
* 1950年 -「赤い繭 」で戦後文学賞を受賞。
* 1951年 -「壁 S・カルマ氏の犯罪 」で芥川賞 を受賞。
* 1958年 - 戯曲『幽霊はここにいる』で岸田演劇賞受賞。
* 1963年 -『砂の女 』で、読売文学賞 を受賞。
* 1967年 - 戯曲『友達』で谷崎潤一郎賞 を受賞。
* 1968年 -『砂の女 』でフランスの最優秀外国文学賞を受賞。
* 1973年 - 演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、主宰。
* 1974年 - 戯曲『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞。
* 1975年 - 5月13日、アメリカ・コロンビア大学 から名誉人文科学博士の称号を受ける。
* 1977年 - 米国芸術科学アカデミー 名誉会員に推される。
* 1986年 - 簡易着脱型タイヤ・チェーン『チェニジー』により「第10回国際発明家エキスポ86」で銀賞を受賞
* 1992年 - 12月25日 深夜、執筆中に脳内出血による意識障害を起こし入院。
* 1993年 - 1月22日 、急性心不全のため、死去。享年68。

参考

* 『砂の女』は1964年 に東宝 より映画化された。監督:勅使河原宏 、脚本:安部公房、音楽:武満徹 、出演:岡田英次 、岸田今日子 。
* 『他人の顔』は1966年 に東宝 より映画化された。監督:勅使河原宏 、脚本:安部公房、音楽:武満徹 、出演:仲代達矢 、京マチ子 。
* 『燃えつきた地図』は1968年 に東宝 より映画化された。監督:勅使河原宏 、脚本:安部公房、音楽:武満徹 、出演:勝新太郎 、市原悦子 。
* 死後、『飛ぶ男 』などの遺作が、ワープロのフロッピーディスクから発見されるという、当時としては珍しい遺作の発見のされ方が話題となった。

[編集 ] 作品リスト

[編集 ] 小説

* 『カンガルー・ノート 』
* 『R62号の発明・鉛の卵』
* 『カーブの向う・ユープケッチャ』
* 『けものたちは故郷をめざす』
* 『飢餓同盟』
* 『砂の女 』
* 『終りし道の標べに』
* 『笑う月』
* 『水中都市・デンドロカカリヤ』
* 『石の眼』
* 『他人の顔 』
* 『第四間氷期 』
* 『燃えつきた地図 』
* 『箱男 』
* 『壁 』
* 『方舟さくら丸 』
* 『密会 』
* 『夢の逃亡』
* 『人間そっくり』
* 『榎本武揚』
* 『飢えた皮膚』
* 『闖入者』
* 『棒 』
* 『飛ぶ男 』

[編集 ] 戯曲

* 『無関係な死・時の崖』
* 『友達 ・棒になった男』
* 『幽霊はここにいる・どれい狩り』
* 『緑色のストッキング・未必の故意』
* 『安部公房創作劇集』
* 『安部公房戯曲全集』

[編集 ] 映画

* 『壁あつき部屋』 脚本
* 『おとし穴』 原作・脚本
* 『砂の女』 原作・脚本
* 『他人の顔』 原作・脚本
* 『燃えつきた地図』 原作・脚本
* 『友達』 原作

[編集 ] ラジオドラマ

* 『ひげの生えたパイプ』
* 『お化けが街にやって来た』
* 『棒になった男』昭和32年11月29日放送 文部省芸術祭奨励賞受賞
演出/大坪二郎 音楽/佐藤勝 出演/宇野重吉 芥川比呂志

[編集 ] 評論

* 『死に急ぐ鯨たち』
* 『内なる辺境』
* 『反劇的人間』(ドナルド・キーン との対談集)
* 『砂漠の思想』
* 『猛獣の心に計算器の手を』
* 『裁かれる記録』

[編集 ] 詩集

* 『無名詩集』 (自費出版)

[編集 ] 紀行

* 『東欧を行く−ハンガリア問題の背景』

[編集 ] 関連人物

* 石川淳
* 花田清輝
* 三島由紀夫
* ドナルド・キーン
* 堤清二
* 武満徹
* 大江健三郎
* 勅使河原宏
* 高野斗志美
* 山口果林
* 安部真知

[編集 ] 参考文献

* 谷真介 編『安部公房文学語彙辞典』増補版、スタジオVIC、1981年4月。
* 谷真介著『安部公房レトリック事典』、新潮社、1994年8月。ISBN 4-10-399101-1
* 谷真介編著『安部公房評伝年譜』、新泉社、2002年7月。ISBN 4-7877-0206-8

[編集 ] 外部リンク

* Abe Kobo (英語)
* 安部公房研究

"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89
%E9%83%A8%E5%85%AC%E6%88%BF " より作成

カテゴリ : 日本の小説家 | 日本の劇作家 | 日本のSF作家 | 芥川賞受賞者 | 1924年生 | 1993年没


2007年09月24日(Mon)▲ページの先頭へ
現象の外観とは何ぞ哉:超越的視覚美と現象的視覚美の対立:トランス・モダンとモダン
今は簡単に触れるが、現象の外観とは何か、ということである。私の経験からは、一般には、外観には、人間の内面が透けて見えることが多いが、いったい外観とは何を意味するのか。
 外観には内面・性格が透けて見えるという私の「視覚」的直観であるが、それは、何を意味しているのだろう。先に、超越光と現象光が融合すると言ったが、超越光で内面・性格を見ているように思われるのである。つまり、その人の精神の光(超越光)が、相貌として現われると思うのである。ペテン師の人間は、ペテン師の相貌が外見に浮き出るのである。
 思うに、この精神的視覚の無い人間には、当然ながら、精神の光(超越光)は見えないことになる。そして、近代合理主義は、精神を排除しているので、現象光の外観しか見ていないことになる。同一性中心主義である。差異認識が欠落しているのである。精神的盲目である。(思うに、今日、精神盲が何と多いことか。)
 とまれ、問題は、外観の美とは何かである。若い時は、肉体が確かに美的であり、年をとると肉体が衰えて、醜くなる。しかし、若さには、ほとんど、精神の美はない。
 とまれ、確かに、外観の美があり、それは精神とはまったく関係がないと言えよう。感覚美である。西洋近代は、感覚美を求めたと言えよう。ピューリタンたちの潔癖な綺麗好きがあるだろう。問題は、美醜の二項対立である。美を肯定して、醜を排除するという二項対立力学である。これは正に、同一性の問題である。美=同一性、醜=差異であり、醜は排除されるのである。
 これは、感覚感情的二項対立である。精神的知覚が欠けているのである。つまり、感覚感情欲望が、美=同一性、醜=差異の二項対立を形成するのである。例えば、前者に白色人種、後者に有色人種を入れて考えればいいのである。感覚感情美とは、実に差別的である。
 先に二つの視覚があると言った。超越的視覚と現象的視覚である。そして、外観美には現象的視覚が関わる。近代合理主義において、現象的視覚=同一性的視覚が中心化して、超越的視覚=差異的視覚を否定・排除・隠蔽すると考えられる。外観美とは現象的視覚=同一性的視覚の欲望に囚われたものであり、その二項対立的力学によって、超越的視覚=差異的視覚による精神的美を排除すると言うことができる。
 ということで、外観美とは、差異哲学から見ると、危険なものである。現代の化粧中心主義は、悪しきものである。それは、近代主義そのものであると言えよう。
 視覚、二つの視覚があるのである。超越的視覚と現象的視覚である。前者を取り戻さないといけないのである。イタリア・ルネサンスは、両者が混淆していたのである。近代合理主義は、超越的視覚を排除してしまったのである。近代・現代の美術は、超越的視覚を取り戻そうとしたが、モダニズムという概念によって、再発動した超越的視覚を明瞭・明晰に把捉することを妨げられて、美術は混乱してしまった。これは、文学や音楽にも言えることである。
 以上で、本稿の問題は解明されたこととしたい。


2007年09月14日(Fri)▲ページの先頭へ
検討問題:イデアと魂;イデアと模倣とヴィジョン
午後9時過ぎであるが、まだ、蒸し暑く、思考できる環境ではなく、冷房をつける。

1)もし、輪廻転生があるなら、魂の数はどうなるのか。人間のイデアは一つであるが、魂は無数可能である。無限個の魂となる。これは、おかしい。輪廻転生という仮説にどこか間違いがあるのではないのか。

2)プラトンの『国家』の第10章における、イデア論の誤りについて:先にも触れたが、ここでのプラトンは、よく知られたように、芸術家をイデアの模倣の模倣者として、芸術家を理想国家から追放している。このプラトンは、最悪である。
 私は、芸術家も直接、イデアに対面すればいいというようなことを述べた。この点をもう少し展開すると、例えば、画家がある山岳に対面したとしよう。もし、その山岳を模写すれば、プラトン的に言うと、山岳のイデアの模倣の模倣となるのであるが、実際は違うだろう。画家は、山岳に対面すると、そのとき、画家の心の中には、山岳のイデアのヴィジョンが、たとえば、燃え立っている。このイデアのヴィジョンは、どこに発生するのかと言えば、これまでの検討から、当然、Media Pointにおいて、山岳のイデア・ヴィジョンが発現するのである。
 言い換えると、画家は、その山岳に対面しつつ、心の中で、その山岳のイデアに、心の中で、対面しているのであり、画家の心は、イデアのエネルゲイアとなっていると考えられる。
 だから、画家もまた、イデアを捉えているのであるが、それは、現象の山岳とどう異なるのだろうか。現象の山岳とは、いわば、イデアの物質化であるが、画家の心は、イデアのエネルゲイアである。前者はエンテレケイア(終局態)である。
 この視点から言うと、『国家』のプラトンは、エンテレケイアとしての山岳の模倣者として画家を捉えていて、イデアのエネルゲイア的創造者として画家を捉えていない。
 画家の心は、山岳のイデアと共振していると言えよう。この山岳のイデアと共振した画家の心は、山岳のエネルゲイアを映しているのである。言い換えると、画家のMedia Pointにおいて、山岳のイデアが共振して、画家・即非・山岳の共振エネルゲイアが発生し、画家は山岳を描くとき、山岳のイデアの描出しているのではないだろうか。
 だから、イデアの現象(山岳)よりも、画家の方が、山岳のイデアを表現していると言えるのではないだろうか。現象よりも、真正な芸術の方が、イデアに近いということになる。(これは、オスカー・ワイルドの「自然は芸術を模倣する」という逆説に類似している。)
 とまれ、『国家』には、なによりも、真正な芸術家を含めないといけない。模倣だけの似非芸術家は追放するのは正しいが、イデアを描出する芸術家はなによりも容れないといけない。現象にイデア的表現を与えるのが芸術ではないのか。それは、エネルゲイア的な様態である。
 後で、明晰に再考したい。


2007年09月03日(Mon)▲ページの先頭へ
実存性について:本質存在と事実存在(実存):超越的差異⇔超越論的差異⇔超越論的同一性構造⇔同一性
『コンサイス20世紀思想事典』から実存主義の項を見て、木田元氏の説明によって、そのポイントがわかったというか、思い出した。
 極言すると、普遍論争に近いと言えよう。実念論と唯名論の問題と平行するのである。観念とこれ性との関係であり、実存主義とは、後者の様態を主導的にしたのである。
 では、構造主義/ポスト・モダンとの関係はどうだろうか。実存主義を特異性と関係させることができるならば、実存主義の問題は、やはり、ポスト・モダンに吸収されて引き継がれたと言うべきように思う。
 ただ、実存主義は、超越論的構造が強く、自我情態性の反動と特異性が結びついていたのではないだろうか(p.s.  これでは、構造主義との区別ができない。というのは、構造主義は超越論的構造と結びついているからだ。正しく説明するなら、実存主義は超越論的構造に無意識的に支配されているが、構造主義はそれを客観化したので、それを意識化して、脱却しているということになる。この点が実存主義と構造主義を峻別する決定的な契機である。)。言い換えると、超越論的構造によって、差異を否定し、同一性を形成するが、同時に、差異がそれに反発している。差異と同一性とのパラドクシカルな様態が実存性であったと言えるのではないだろうか。先に、パラドクシカルな同一性構造と言ったものの様態である。図式化する。

実存性:差異⇔超越論的同一性構造⇔同一性(自我)

問題は、超越論的差異と差異との関係である。端的に、実存主義の差異とは、超越論的差異だと思う。だから、図式は次のようになる。

実存性:超越論的差異⇔超越論的同一性構造⇔同一性(自我)

である。これは、ハイデガーの現存在と同じである。ただ、サルトルの場合は、同一性の情態性が主導的であった点が違うと思う。先に言った自我情態現象性である。
 では、実存主義と構造主義とポスト・モダンはどう関係するのか。構造主義は、超越論的同一性構造を客観形式化したものであり、この点で、自我情態現象性からは脱却できたが、倫理・道徳性が消えてしまった。では、ポスト・モダンは、デリダは差延/脱構築主義で、超越論的差異から脱却を図ったが、戦略的に留まった。ドゥルーズは、ガタリとのコラボレーションによって、超越論的差異からの脱却を図り、一部成功したと思う。リゾームはそのようなものだし、存立平面の発想は、差異共振性を含んでいるからである。
 しかし、ドゥルーズ&ガタリは、真に超越的差異すなわちMedia Pointには達していない。一部、超越的差異はあったが、超越論的同一性構造が中心となり、同一性と混同化され、連続的差異=微分を中心にしてしまった。
 では、実存主義とポスト・モダンはどう関係するのか。ここで、もう一度、実存性を訂正しよう。それは、キルケゴールの単独性の実存性を考慮してのことである。

実存性:1.超越的差異⇔2.超越論的差異⇔3.超越論的同一性構造⇔4.同一性(自我)

ハイデガー哲学は、2〜4である。フッサール現象学は、1〜2である。(フッサールの意味の現象学は、ハイデガー哲学には当てはまらない。ハイデガー現象学ではなく、ハイデガー存在論と言うべきだ。)ポスト・モダン哲学は、1〜3である。つまり、広義の実存主義は、現象学や構造主義やポスト・モダンとの関連性をもっていると言えよう。ただし、3の構造主義による切断がないため、きわめて、混淆的な思想であったと言えよう。鋭いがあいまいな思想であった。実存性は、諸契機が混淆したあいまいな概念である。
 ついでに、ポスト・モダンについて言うと、それは、1と2を切断できなかった不明瞭な「ポスト構造主義」であった。不連続的差異論がこれを切断したのである。
 これで、整合的な解明ができたことしたい。

補足:
実存性の図式を補足説明すると、1の超越的差異は、Media Pointの位置にある。おおまかには、超越的差異とMedia Pointは同じと考えていいが、実際は異なる。超越的差異は虚存在であり、Media Pointは虚存在と実存在の交叉点である。だから、1と2との境界にあるのだが、即非的な境界である。ドゥルーズ&ガタリは、領域的には、1と2との中間態にあるが、Media Pointの即非的境界の概念に達していないことに注意しないといけない。また、メルロ=ポンティは、「肉」(私は「身」と呼びたい)の現象学で Media Pointの概念に近づいたと思われる。


実存と超越論的構造とMedia Point:実存から構造へ、構造からMedia Pointへ
先の、実存性に対する考察を整理したい。
 ハイデガーとサルトルの実存性は当然区別しないといけない。自我主義の枠組みを強くもっているのは、後者であり、前者の場合は、現存在の様態ということで、超越論的差異という一種の構造主義的視点をもっているので、自我主義からは脱却している。自我情態性が強くあるのは後者である。
 では、ハイデガーの現存在と差異の関係はどうだろうか。私は、超越論的差異が存在であると考えているが、それは、Media Pointと超越論的同一性構造の境界である。だから、Media Pointを差異、純粋差異とすれば、ハイデガーの存在は、差異を少し帯びていると言えよう。ただし、超越論的同一性構造のもつ同一性に規定・制限されていると考えられる。差異共振性が欠落するのである。
 結局、実存性とは自我情態現象性とあると言えよう。ハイデガーは超越論構造によって、それから距離をもっていたが、サルトルは一体化していた。構造主義やポスト・モダンは、自我情態現象性を否定して、超越論的構造という知性を主導的にした。
 この超越論的構造知性が、実存主義を解体したと言えよう。しかしながら、問題点がある。自我情態現象を否定したとき、情態性自体が否定されるのである。情態性への意識が欠落するのである。私は、デリダには、情態性が欠落していると思う。しかし、ドゥルーズには、存している。この点をどう見るのか。
 超越論的同一性構造ないしは超越論的差異において、Media Pointの情態性、すなわち、差異共振的情態性(共感性・倫理性・道徳性)が欠落している。つまり、超越論的構造をもつ点において、情態性の欠如が発生する。この点で、軽くなる、言い換えると、没倫理化するのである。
 では、ドゥルーズ哲学のもつ情態性とは何か。『哲学とは何か』でアフェクトと言っている。これは、差異共振的情態性であると思う。そう、ドゥルーズ哲学は、この点では、Media Pointに達している。しかしながら、混濁していて、Media Pointと超越論的構造と混同しているのである。つまり、差異を連続化しているのである。特異性が連続的差異=微分になっているのである。


2007年08月22日(Wed)▲ページの先頭へ
村上春樹の日本語は機械的で、不自然である。彼の文体は日本語言語意識を破壊する。
村上春樹の『ねじまき鳥クロニカル 第1部 泥棒かささぎ編』を読んでいるが、先に触れたが、声の文体と身体性の希薄さを感じているが、違和感を感じつつ読んでいて、日本語が不自然であると感じた。とりわけ、会話の日本語が不自然であると思った。なにか、機械が話しているような人工的な日本語である。言語機械が話しているようである。日本語の会話の不自然さが、おかしさを直接生んでいる原因だと思った。
 例をあげて実証しよう。次は、加納マルタが主人公の岡田亨に電話してきた場面である。

『十一時に加納マルタから電話がかかってきた。
「もしもし」と僕は受話器をとって言った。
「もしもし」と加納マルタが言った。「そちらは岡田亨様のお宅でしょうか?」
「そうです。岡田亨です」電話の相手が加納マルタであることは最初の声でわかった。
「私は加納マルタと申します。先日は失礼いたしました。ところで本日の午後は何かご予定がおありでしょう?」
 ない、と僕は言った。渡り鳥が抵当用資産を持たないのと同じように、僕も予定というものを持たない。
「それでは本日の一時に妹の加納クレタがお宅にお邪魔します」
「加納クレタ?」と僕は乾いた声で言った。
「妹です。先日写真をお見せしたと思うのですが」と加納マルタは言った。
「ええ、妹さんのことでしたら覚えています。でも-----」
「加納クレタというのが妹の名前なのです。妹が、私の代理としてお宅に伺います。一時でよろしいでしょうか?」
「それはかまいませんが」
「それでは失礼します」と加納マルタは言って電話を切った。
加納クレタ?』 p. 154〜p. 155


一見何の変哲もない、ごく普通のように思える電話での会話である。日本語の文法がおかしいわけではない。しかし、注意するとおかしいのである。以下、私が添削する。


『十一時に加納マルタから電話がかかってきた。
「もしもし」と僕は受話器をとって言った。
「もしもし」と加納マルタが言った。「そちらは岡田亨様のお宅でしょうか?」
「そうです(⇒はい)。岡田亨です(⇒不必要)」電話の相手が加納マルタであることは最初の声でわかった。
「私は加納マルタと申します。先日は失礼いたしました。ところで(⇒ところで、不躾で失礼しますが、あるいは、⇒ところで、突然ですが)本日の午後は何かご予定がおありでしょう?」
 ない(⇒いいえ、ありませんが)、と僕は言った。渡り鳥が抵当用資産を持たないのと同じように、僕も予定というものを持たない(⇒持たなかった)。
「それでは(⇒それでは、まことに突然で、失礼しますが)本日の一時に妹の加納クレタがお宅にお邪魔します(⇒妹の加納クレタをお宅にお邪魔させていただきたいと思っていますが、よろしいでしょうか)」
「加納クレタ?(⇒失礼ですが、加納クレタってどなたでしょうか)」と僕は乾いた声で言った。
「妹です(⇒私の妹です)。先日写真をお見せしたと思うのですが(⇒先日写真でお見せした妹ですが)」と加納マルタは言った。
「ええ、妹さんのことでしたら覚えています。でも-----」
「加納クレタというのが妹の名前なのです(⇒加納クレタというのが妹の名前です)。妹が、私の代理としてお宅に伺います(⇒伺うことになります)。一時でよろしいでしょうか?(⇒一時にお伺いしてよろしいでしょうか?)」
「それはかまいませんが(⇒ええ、かまいませんが)」
「それでは失礼します(⇒それでは、勝手なお願いをして失礼しました。よろしくお願いします)」と加納マルタは言って電話を切った。
加納クレタ?』 p. 154〜p. 155

(⇒・・・)の箇所が私の添削である。ざっと添削したので、完全ではないが、それでも、村上春樹の文体が、不躾な、機械的、無機的な言語であることが理解されるだろう。そう、端的に、敬語が崩壊しているのである。恐ろしい悪魔的な作家である。日本語/日本破壊の国賊である。


2007年08月21日(Tue)▲ページの先頭へ
三島由紀夫の『豊饒の月』の第三巻『暁の寺』の阿頼耶識論:PS理論と三島の阿頼耶識論乃至は唯識論
貪るように、『暁の寺』を読み始め、途中を少し飛ばして、本巻の主人公、本多の阿頼耶識(あらやしき)論ないしは唯識論の箇所を再読した。以前読んだとき、なにか、その阿頼耶識論は、少し間違っているのではないかと感じたが、今読むと、三島が焦燥に狩られて、急いで、阿頼耶識論・唯識論を展開したのではと思えるが、それでも、十分研究すべき内容をもっていると考えられる。
 冒頭から始まる、本多(三島)のタイ、バンコックの大理石寺院(ワット・ペンチャマボピット)やインドのベナレス(今日では、ヴァラナシ、ワーラーナシー等)やアジャンターでの体験の、絢爛な、あるいは、凄絶な描写も見逃せないが、やはり、圧巻は、本多の輪廻転生、阿頼耶識、唯識論に関する論考である。第三巻第一部の十三章から二十章までの箇所である。文庫本で、38ページほどである。
 少し引用しよう。


「・・・一切のものは阿頼耶識によって存し、阿頼耶識があるから一切のものはあるのだ。しかし、もし、阿頼耶識を滅すれば?
 しかし世界は存在しなければならないのだ!
 従って、阿頼耶識は滅びることがない。滝のように、一瞬一瞬の水はことなる水ながら、不断に奔逸しているのである。
 世界を存在せしめるために、かくて阿頼耶識は永遠に流れている。
 世界はどうあっても存在しなければならないからだ!
 しかし、なぜ?
 なぜなら、迷界としての世界が存在することによって、はじめて悟りへの機縁が齎されるからである。
 世界が存在しなければならぬ、ということは、かくて、究極の道徳的要請であったのだ。それが、なぜ世界は存在する必要があるのだ、という問に対する、阿頼耶識の側からの最終の答である。
 ・・・
 最高の道徳的要請によって、阿頼耶識と世界は相互に依為し、世界の存在の必要性に、阿頼耶識も亦(また)、依拠しているのであった。
 しかも現在の一刹那だけが実有であり、一刹那の実有を保証する最終の根拠が阿頼耶識であるならば、同時に、世界の一切を顕現させている阿頼耶識は、時間の軸と空間の軸の交わる一点に存在するのである。
 ここに、唯識論独特の同時更互因果の理が生じる、と本多は辛うじて理解した。」 p. 160〜p. 161 (尚、本文で傍点を振ってある箇所は、下線をつけた。)


最後の行に同時更互因果の理とあるが、これは、それ以前の箇所に説明があるので、引用しよう。


「---しかし本多は、唯識論について学べば学ぶほど、阿頼耶識(あらやしき)がいかにして世界を顕現させるかという態様に、興味を抱かずにはいられなかった。なぜなら唯識論は、阿頼耶識による因果は「同時」に、すなわち一刹那(いちせつな)に、しかも更互に起ると説くからである。かりにも因と果を時間的継起によってしか考えられない本多には、この阿頼耶識と染汚法(ぜんまほう)の同時更互因果という観念ほど、難解なものはなかった。しかも、これが唯識および大乗全般と、小乗とを分つところの、根本的な世界解釈の相違をあらわしていることは明らかだった。」 p. 157


 本多(三島)は、同時更互因果の難解さを提示しているが、これは、PS理論から見ると、実に当然というか、簡単なことである。つまり、阿頼耶識と現象との同時生起がここでは問題になっているのであるが、阿頼耶識をMedia Point、現象を同一性発現態と見ればわかりやすいだろう。Media Pointに時間があり、それが、同一性化して、現象を引き起こすのである。だから、Media Pointの発現として現象を捉えることができるのである。だから、それは、同時更互因果である。
 また、最初の引用では、阿頼耶識と世界の二元論が生起しているような気味がある。これは、正しくないだろう。正しくは、両者は一体ないしは一如(いちにょ)である。Media Point=阿頼耶識の、いわば、同一性の顕現した様態が現象界であると考えられるからである。言い換えると、Media Point=阿頼耶識の現象面が、世界なのである。だから、一体、一如なのである。
 もっとも、この関係は微妙である。なぜなら、Media Point=阿頼耶識の同一性の顕在面である現象面ではなく、同一性の潜在面が考えられるからである。だから、潜在面と顕在面で分離するなら、確かに、 Media Point=阿頼耶識と現象界=世界を二つに分けられる。しかしながら、同一性は潜在面と顕在面の両面をもっているのが真実である。
 確かに、近代合理主義的思考においては、この同一性を主客分離させて、同一性の潜在面に主観を、同一性の顕在面に客観を見て、主客二元論を形成しているが、その二元論的思考方法に囚われているなら、本多(三島)に見られる阿頼耶識と世界との二元論が生じるように考えられる。
 ここで、本多(三島)の阿頼耶識論を考えてみると、確かに、鋭敏な思考があるが、上述した理由で、阿頼耶識には十全には達していないように思えるのである。「しかし世界は存在しなければならないのだ!」というような言葉が繰り返されるが、どうも強引な言い方である。なにか、ここには、現象世界になんとかすがろうとしている本多というよりも、作者三島の意志がはたらいているように思える。逆に言えば、現象世界が、三島にとって、希薄なものになってきているのだろう。言い換えると、虚無が三島の精神を犯しているのであり、現象世界の存在を提起することで、それに対抗していると言えよう。
 虚無とは、端的に、死の世界、涅槃、イデア界である。それが、現象世界を無化するのである。その無化への対抗としての現象世界の存在と阿頼耶識の提起なのだと思う。思うに、三島の特異性とは、強烈なイデア界的志向なのだと思う。死・虚無への志向である。これが、同一性をすべて破壊・解体してしまうのだ。ここで、想起するのは、イギリスの女性作家、ヴァージニア・ウルフである。やはり、死への志向性をもっていた作家である。現象世界が希薄なのである。
 「しかし世界は存在しなければならないのだ!」とは、虚無に犯された三島の切望の叫びであろう。思うに、『鏡子の家』の日本画家、夏雄の一茎の水仙の実在を支点にしているのであるが、それは、正しいと思うのである。つまり、一茎の水仙の実在とは、同一性の現象の肯定であるからである。だから、三島は、「確かに、世界は存在する!」と単に言えばよかったと思うのである。一茎の水仙が頼りであったが、やはり、三島にとっては不確かだったのだろう。
 「確かに、世界は存在する!」という現象の同一性の確認ができて、阿頼耶識との関係が明快になると思うのである。そこから、同時更互因果が直覚できると思うのである。
 結局、本多(三島)の阿頼耶識論とは、虚無=死=イデア界の強力な志向力学に対抗して、現象世界が要請されているというバイアスのかかった点を差し引いて言えば、イデア界と現象界の交点であるMedia Point=阿頼耶識は、鋭敏に捉えられていると言えるのではないだろうか。即ち、上の引用の「現在の一刹那だけが実有であり、一刹那の実有を保証する最終の根拠が阿頼耶識であるならば、同時に、世界の一切を顕現させている阿頼耶識は、時間の軸と空間の軸の交わる一点に存在するのである。」という箇所は、阿頼耶識を的確に捉えていると考えられるのである。「時間の軸と空間の軸の交わる一点」というのは、正に、Media Pointのことを指しているだろう。ただ、時間の軸を虚軸にすれば正解になるのである。


2007年08月20日(Mon)▲ページの先頭へ
ハイデガーの『存在と時間』と三島由紀夫文学:三島ルネサンスへ向けて
ハイデガーの『存在と時間』(中公クラシック)を、納得しながら、しかし、冗長な叙述にすこし退屈しながら読んでいたが、ふと、数日前に駅前の本屋で手に取った三島由紀夫の『鏡子の家』の夏雄の富士山麓青木ヶ原樹海での神秘体験の叙述に興味をもったので、購入して、今日読み終えた。そして、今日、未読の『絹と明察』と昔読んだ『豊饒の海』の『暁の寺』を購入して、今、後者を読んでいる。急に、三島文学に夢中になってしまった感じである。
 ハイデガーの『存在と時間』の読書途中であるというのが、なかなか、意味深長である。私が既に述べたように、三島文学は哲学的文学である。そして、ニーチェのアポロとディオニュソスとの視点から三島文学を簡単に考察してみたが、思うに、ハイデガー現象学からも、三島文学は解明できるだろう。もっとも、PS理論から分析できるのである。
 時間や空間の問題が三島文学にあるのであり、輪廻転生もその問題に関係する。それにしても、今回、三島文学が哲学的文学であることを発見したことは、大きな喜びである。そう、いわゆる、日本近代文学の一つ頂点の発見でもある。そして、さらには、トランス・モダン文学の発見でもある。
 漱石は確かに日本近代文学の開拓者であったが、その後、谷崎潤一郎、川端康成等の優れた文学が創造されたが、また、戦後においても、それなりの成果があったが、なにか、現代に関係するような文学がないように思えていたのである。いわば、近代と現代をつなぐミッシングリンクとして三島文学を発見したと思うのである。
 三島は自刃による壮絶な事件のインパクトが強く、その面が中心となってしまっているが、文学自体は、それからいったんは切り離して読むべきである。今日の日本が忘却した思想がそこにはある。仏教/プラトニズムの思想である。三島ルネサンスが来るだろう。


三島由紀夫の『鏡子の家』;一茎の水仙による、夏雄の神秘からの快癒
先に、富士山麓青木ヶ原樹海での、日本画家、夏雄の神秘体験(無の体験)の場面を引用した。作品では、その後、怪しげな神秘家に出会い、神秘を深化させるが、結局、神秘から現実へと回帰する。その箇所を引用したい。

「神秘に傾倒するようになってから、僕は画室に花を置くことを禁じていた。その色彩、その官能的な匂(にお)いが、僕には一途(いちず)に神秘の妨げになうように感じられたからだ。
 春のまだ浅いころ、或る朝、僕は思わぬ寝坊をした。 ・・・ 画室の一隅(いちぐう)のソファ・ベッドの白いシーツの上に、僕は起き上がった。そのとき白い枕(まくら)のそばに、一茎の水仙が横たえられているのに気づいた。
 ・・・
 窓からさし入る朝の光のうちに、僕は寝床に半ば体を起したまま、じっと枕のそばの水仙と相対していた。・・・朝の光りの中の水仙と僕とは、そこで全くの沈黙の裡(うち)に、二人きりでいることができたのだ。
 ・・・
 花は実に清冽な姿をしていた。一点のけがれもなく、花弁の一枚一枚が今生まれたように匂いやかで、今まで蕾(つぼみ)の中に固く畳まれていたあとは、旭(あさひ)をうけて微妙な起伏する線を、花弁のおもてに正確にえがいていた。・・・
 僕は飽かず水仙の花を眺めつづけた。花を徐々に僕の心に沁み渡り、そのみじんもありまいなところのない形態は、絃楽器(げんがっき)の弾奏のように心に響き渡った。
 ・・・
しかし画家の僕はその朝から、新調の現実を創(つく)り出し、いわば現実を再編成したのだ。われわれの住むこの世界の現実を、大本(おおもと)のところで支配しているのは、他でもないこの一茎の水仙なのだ。
 この白い傷つきやすい、霊魂そのもののように精神的に裸体の花、固いすっきりした緑の葉に守られて身を正しくしている清冽な早春の花、これがすべての現実の中心であり、いわば現実の核だということに僕は気づいた。世界はこの花のまわりにまわっており、人間の集団や人間の都市はこの花のまわりに、規則正しく配列されている。世界の果てので起るどんな現象も、この花弁のかすかな戦(そよ)ぎから起り、波及して、やがて還(かえ)って来て、この花蕊(かずい)にひっそりと再び静まるのだ。
 ・・・
 まことに玄妙な水仙! うっかり僕がその一茎を手にとったときから、水仙の延長上のあらゆるものが、一本の鎖につながっているように、次々と現われて、僕に朝の会釈をした。それは水仙の謁見(えっけん)の儀のようだ。僕は僕と同じ世界に住み、水仙と世界を同じくするあらゆるものに挨拶(あいさつ)した。永らく僕が等閑(なおざり)にしていたが、僕が今や分かちがたく感じるそれらの同胞は、水仙のうしろから続々と現われた。街路をゆく人たち、買物袋を下げた主婦、女学生、いかめしいオートバイ乗り、自転車、・・・、人間の集団、人間のあらゆる工作物、大都会そのもの、---それらが次から次と、異常なみずみずしさを以て現われた。」 p. 548p. 553


2007年08月19日(Sun)▲ページの先頭へ
『鏡子の家』の夏雄の富士山麓樹海での不思議な経験
日本画家、夏雄の青木ケ原大樹海の経験は、三島のニヒリズムを表現しているだろう。文体が少し軽過ぎると思うが、重要と思われるので少し引用する。

「樹海は、海というよりは、何か化学薬品のあくどい緑いろの残滓(ざんし)が、密集してひしめいている沼のようであった。この厖大な植物性の毒は、北につらなる山々の麓(ふもと)を犯し、いたるところに浸蝕(しんしょく)していた。永久の停滞。澱(よど)み。日光をうけて緑のさまざまな濃淡をあらわしはするが、その日光をも吸収して、あいまいな埃っぽい微光に変えて融かし込んでしまう。つぎつぎと生成がくりかえされ、衰えた葉は新芽によって、朽ちた木は若木によってうけつがれながら、時間のないのっぺらぼうな色彩と形態をそこに展(ひろ)げ、際限もなくただ、ぽこぽこと毳立って、大地の上いっぱいにはびこっている。
 ・・・
こんなに色彩が、線が、形象が無意味に眺められたことはなかった。しかもその無意味を彼は怖れた。
 夏雄は戦慄した。
 端のほうから木炭のデッサンをパン屑で消してゆくように、広大な樹海がまわりからぼんやりと消えかかる。おのおのの樹の輪郭も失われ、平坦(へいたん)な緑ばかりになる。その緑も覚束(おぼつか)なくなって、周辺はみるみる色を失ってゆく。---夏雄はこんなことはありえないと思って眺めているのに、樹海は見る見る拭(ぬぐ)い去られてゆき、ありえないことが的確に進行してゆくのである。
 ・・・
潮(うしお)の引くように、今まではっきりとした物象と見えていたものが、見えない領域へ退(しりぞ)いてゆく。樹海は最後のおぼろげな緑の一団が消え去るのと一緒に、完全に消え去った。そのあとには、あらわれる筈(はず)の大地もなく、---何もなかった。」
p. 336〜p. 338

「すべての存在にはもう保障がなあくなっていた。富士はありありと見えていたが、その存在の根拠というべきものはなくなった。何ものかが仮現(かげん)して、仮に富士の姿を現わしているにすぎなかった。
 夏雄はホテルへの道を全速力で走らせた。
 ・・・
 清一郎の言ったことは本当だった。世界の崩壊ははじまっていた。自分はたしかに今それを見たのだ。
 しかし夏雄はそれを、小鳥や花や美しい夕雲や船などをかつて見たように見たのではなかった。いわば、それを以(もっ)ては他のものは何一つ見えない別の目を以て見たのだ。彼は自分にそういう目の、いつのまにか備わっていたのにおどろいた。幼時から、美しいものばかりを選んで見ようとした目は、実はこの別の目に変えられて、操られそうにいたのかもしれない。そして消滅した樹海のあとに口をあけていた空っぽな世界こそ、この別の目を以て、彼が幼時から一等親しんできたものかもしれない。」 p. 338〜p. 339

最後の方にある「別の目」が「空っぽの世界」を見たのであるが、「空っぽの世界」=無とは、非存在であり、イデア界・虚界と考えられるだろう。


2007年08月18日(Sat)▲ページの先頭へ
三島由紀夫の『鏡子の家』は反モダンとしてのポスト・モダンの解体としてのトランス・モダン小説だろう
ハイデガーの『存在と時間』を読んでいると、洞察力には瞠目するものの、叙述のペースが遅いというか、冗長なので、退屈しないわけではない。
 たまたま、駅前の本屋で手に取った三島由紀夫の長篇小説『鏡子の家』を買って、読み出したが、文体は三島としては弛緩している感じで、緊張感が乏しいが、しかし、内容的には興味深い、魅力的なものである。
 どうやら、三島由紀夫ルネサンスを迎えるのではないだろうか。あの壮絶な自決が今でも深く心に浸透しているが、三島の文学作品自体を正しく批評して評価すべきときになっているのではないだろうか。
 今日、すぐれた文学者は不在であり、文学が衰退していている。村上春樹では、軽量過ぎるだろうし、大江健三郎は、凡庸化している。文学だけではなく、音楽も美術も衰退している。さらには、日本全体が衰退している。
 三島由紀夫文学は、日本文学における、『死霊』の埴谷雄高文学と並んで、稀有な哲学的文学として評価すべきと考えている。私は以前、と言っても、今から十六七年前頃、三島由紀夫のエッセイの文体に、大地の奥底からの響きを聞いた。マグマである。そして、彼の一種の不気味な神秘主義に惹かれた。しかし、『豊饒の海』は、それほど、感動はしなかった。それは、あまりにも人工的な作品に思えた。(昔は、人並みに有名作品、例えば、『仮面の告白』、『金閣寺』、『潮騒』等を読んで感動した。そう、SF的な『美しい星』は、ファンタジックな感動があった。)そして、異様なエッセイである『太陽と鉄』は、難解であった。そして、結局、『文化防衛論』の三島にもっとも強い感銘を受けたものだった。
 しかしながら、当時の私は、三島文学の骨格の哲学に気がつかなかった。ニーチェ哲学を適用することに気がつかなかった。ただ、虚無だけが恐ろしく剥き出しに感じられた。
 しかし、今は、PS理論のパースペクティブがあるので、三島由紀夫文学の哲学性が明瞭に見えてくるのである。先にも触れたが、明らかに、仏教とプラトニズムの哲学である。ないしは、古代ギリシアの思想である。確かに、右翼として三島像があるが、それだけを肥大化すると三島由紀夫文学が見えてこなくなるだろう。
 とまれ、三島由紀夫文学は、今日的な、トランス・モダン哲学を表現ないしは潜在させていたと思えるのである。私の直感では、プラトニズム的仏教ないしは仏教的プラトニズムと呼べるような哲学が三島由紀夫文学には表現されていると思うのである。ただし、イデア論のイデアを同一性的イデアと見るのは、いわば、通俗である。プラトンのイデアは、同一性イデアよりも深いものがある。有名な洞窟の比喩の箇所でわかるように、三層構造である。即ち、洞窟外の太陽と洞窟内の実体と洞窟の壁の映像である。洞窟内の実体が、同一性のイデアであり、洞窟外の太陽がイデアのイデア、ここで私が考えるイデアである。
 直感では、三島の虚無は、D.H.ロレンスの闇に似ている。それは、実際は、イデアの光=超光であると思う。イデアの光=超光は、現象世界からは、不可視であり、虚無や闇に感じられると思うのである。
 今はここで留めたい。

p.s. イデアの《太陽》は、独立しているのだろうか。言い換えると、虚界とMedia Pointとは別々に独立しているのだろうか。思うに、ここで、デリダの痕跡という概念を使用するといいと思う。Media Pointは、イデアの《太陽》の痕跡ではないだろうか。イデアの《太陽》は、実際は、静的なもの、デュナミス的(否、前デュナミスかもしれない)ものである。それは、エネルゲイア以前であるから、実際は、認識不可能である。完全に不可知である。
 Media Pointを媒介にして、イデアの《太陽》が、影のように知覚ないしは認識できるのではないだろうか。常に、Media Pointを介して、認識することになるのである。
 どうも、これは難問である。虚界がイデアの《太陽》ならば、Media Pointは、何であろうか。それは、光なのか。エネルゲイアであることは確かである。思うに、イデアの《太陽》とは虚光であり、Media Pointの《太陽》が超光⇒現象光ではないだろうか。
 後で再検討したい。


2007年08月17日(Fri)▲ページの先頭へ
三島由紀夫の『鏡子の家』は哲学的(トランス・モダン)小説である:アポロとディオニュソス
今から、約半世紀前(昭和34年、1959年発行)の三島由紀夫の、当時批評家からは黙殺され、ある意味で、作家三島を半殺しにした作品であるが、今、半分弱ほど読んだが、文体が今では古くなってはいるものの、哲学的思想が深く表現された作品であると判断した。
 三島の哲学的思想は、よく言われるように、確かに、ニヒリズム(虚無主義)であるが、それでは、大雑把である。三島の哲学的思想は、戦後民主主義即ち、戦後近代主義を無価値として否定する仏教/プラトン的思想であると考えられる。
 『豊饒の海』は、大作であるが、必ずしも三島の代表作とは言えないのではないだろうか。私は、これまで、『文化防衛論』が三島のいちばんの傑作であると思ってきたが、『鏡子の家』を読んでいて、この作品も一つの傑作ではないかと思うようになってきている。少なくとも、代表作にはなると思う。また、日本近代文学における傑作の一つであり、また、さらには、日本/世界トランス・モダン文学の先駆になっているのではないと考えるのである。
 今から見て、あるいは、PS理論から見て、この作品が黙殺されたのはよく理解できる。なぜなら、三島由紀夫は、近代主義をはるかに超えた視点を作品において表現しているからであり、それが戦後近代主義の発展して行く中で、無視されるのは当然であったと考えられるからである。
 先にも少し触れたが、三島の哲学思想を捉える視点の一つは、ニーチェのアポロとディオニュソスの対極的なパースペクティブであると考えられる。この観点でおそらく、明瞭に三島の哲学的文学の骨格が理解されると思われる。
 三島は自身は、アポロ主義ないしは古典主義を標榜しているが、それは、一種のポーズである。三島自身、音楽(ディオニュソス)というものを強く意識している。そして、アポロ(美術、視覚)を超えたものに真の美を見ていると考えられる。このアポロを超えた、超越的な美とは、当然、ディオニュソスと考えられる。つまり、イデアである。
 先にも述べたが、実は、ギリシア悲劇の『オイディプス王』からわかるように、アポロとは視覚を超えたものでもある。アポロ神でもあるのである。そして、これは、ディオニュソスと通じると考えられるのであり、先には、極論単純化して、アポロ=ディオニュソスと述べたが、より精緻に識別できると考えられる。
 ディオニュソスとは、先にも述べたが、エネルゲイア(ダイナミクス)である。エネルギーである。これは、PS理論では、Media Pointである。ギリシア神話で、ディオニュソスの様態が千変万化するが、エネルゲイアであるMedia Pointを考えれば、納得できるのである。
 では、アポロは、端的に、何であろうか。先の等式からは、アポロもエネルゲイア、Media Pointになるだろうが、それは違うと考えられる。端的に言おう。アポロとはイデアである。プラトンのイデアである。善のイデアである。洞窟外の太陽である。つまり、PS理論から言うと、エネルゲイアであるMedia Pointがディオニュソスであり、根源的差異即非であるイデアi*(-i)がアポロである。換言すると、アポロ(イデア界)⇒ディオニュソス(Media Point)⇒アポロ(現象界)という図式になる。アポロが二つの世界に分かれるので、混乱する。しかしながら、同語とするのは意味があるように思う。
 超越的世界と現象世界が同語で表現されるということを、おそらく、古代ギリシア人は意味したはずである。思うに、古代ギリシア人は、現象世界を媒介にして、超越的世界(イデア界)を直観(霊的直観)していたように思えるのである。ここで、『オイディプス王』に出てくる予言者ティレシアスが盲目であり、アポロの神託の内容と同じことに通じていたことを想起しよう。アポロは不可視の世界をも意味しているのである。おそらく、ギリシア神話は、このような予言者や透視者・霊視者によって語られたものだろう。ギリシアの叙事詩の詩人のホメロスは盲目であったことも参考になるだろう。目に見えない世界を見ることができた人間によってギリシア神話が語られたのであろう。そして、古代ギリシアが特異な時期であったのは、その不可視の世界と可視の世界とが重なるような時期であったということだろう。これが、アポロの意味だと思うのである。ということで、アポロ⇒ディオニュソス⇒アポロの図式をそのまま活かしたい。
 三島由紀夫に戻ると、このコンセプトを用いることで、彼の文学がよく理解できるということなのである。三島由紀夫は、正に、古代ギリシア的な作家であったと考えられるのである。『鏡子の家』で言えば、鏡子が正に、ディオニュソス(音楽)を表現するだろう。そして、日本画家の夏雄がアポロを表現するだろう。そして、その他のボクサーの卵の俊吉や俳優の卵の治が、男性の鍛えた筋肉に至高の美を見るというのは、現象に限定されたアポロを意味するだろう。以下、小説(新潮文庫)から傍証したい。

「・・・鏡子は照りつける日ざしもかまわずに島を見ていた。・・・
 島はきらめく海のかなた、潮風のほかに充たすもののない距離を保ちながら、手をのばせば手につかむこともできそうな誘惑的なみせかけの近さを示していた。しかし鏡子は今わが手に、その島の木の梢(こずえ)、草の一ト本(もと)だに握っているのではない。島という存在は現在のものではない。それは未来と過去のどちらかに属しているである。
 定かならぬ細部が一いろのお納戸(なんど)に紛れた島は、記憶のようにも、また希望のようにも見えた。楽しい思い出のようにも、未来にわだかまる不安の姿のようにも見えた。その島と今鏡子たちのいる場所とをつなぐ力は、音楽にもよく似た力で、それは潮風の羽搏(はばた)きのように存在の距離を埋め、距離そのものをきらめいて流動する情緒の連鎖に変えてしまうのであった。こんな音楽の光りかがやく翼に乗って、鏡子は過去でもあり、未来でもあるあの島へ、たちまちにして身を運ぶことができるような気がした。
 ・・・
 鏡子は東京の家にいるときのあの何事にも客観的な自分の代りに、別の、心おきなく恋に酔うことのできる自分がそこに住みならえていそうな気がする。彼女が身に持している固い無秩序とちがって、絹のように柔軟な情念の秩序がそこには備わっていそうに思われる。・・・」 p. 147〜p. 148

「自分たち[治やボクシング・ジムの青年たち]の過剰な筋肉と、窓外の社会とそれが何のかかわりのないことが彼らを幸福にしていた。精力は筋肉のつややかな隆起の内に閉じこめられ、何の目的も呼び求めずに自足して、どこまで行っても、費やされる精力は、この個体の、徐々に増してゆく筋肉の中で終った。それは決して叫びにならない歌のようなものだった。
 筋肉で人を威かす。威かすおはおもしろい。しかし筋肉の、やさしい、ものの役に立たない、絹や花のように眺められる性質について、よく知っているの当の彼らだけであった。」 p. 247

■仏教とプラトニズム

三島由紀夫の哲学思想に関して、本稿では、プラトニズムになっているが、私は仏教とイデア論が同質であることを述べそびれている。
 三島の仏教に関しては、『豊饒の海』が表面的には顕在的だが、私はそこよりも、『鏡子の家』やその他の作品ないしはエッセイに三島の文教性があらわれているのではないかと思う。
 三島の仏教性は、強烈であり、超越的無へと突き抜けていると思う。それは、現世を否定して、超越界へと回帰する志向性をもっていると思う。先にも触れたが、これは、仏陀・釈迦牟尼が述べた、輪廻する世界からの解脱に通じるのではないだろうか。現世利益中心の大衆化した仏教ではない、苛烈な仏教性があると思う。

「夏雄はこんな議論に子供らしい危険を感じた。第一、芸術作品とは、目に見える美とはちがって、目に見える美をおもてに示しながら、実はそれ自体は目に見えない、単なる時間的耐久性の保障なのである。作品の本質とは、超時間性にほかならないのだ。もし人間の肉体が芸術作品だと仮定しても、時間に蝕(むしば)まれて衰退してゆく傾向を阻止することはできないだろう。そこでもしこの仮定が成立つすれば、最上の条件の時における自殺だけが、それを衰退から救うだろう。何故なら芸術作品も炎上や破壊の運命を蒙(こうむ)ることがあるからであり、美しい筋肉美の青年が、芸術家の仲介なしに彼自身を芸術作品とすることがきたとしても、その肉体における超時間性の保障のためにには、どうしても彼の中に芸術家があらわれて、自己破壊しなくてはならないだろう。」 p. 253


2007年08月13日(Mon)▲ページの先頭へ
三島由紀夫の『鏡子の家』:三島の毒を通した《光》:Media Pointの太極性
今日、三島由紀夫の『鏡子の家』
http://www.mishimayukio.jp
/sakuhin36_2.html#kyoko
を買った。税込みで780円。買う前に、店内で冒頭から立ち読みしたが、引き込まれていた。決して、三島由紀夫の文体はうまくはない。文体なら、太宰治の方が、優れた日本語を創造していると思う。では、何故、三島由紀夫を読みたくなったのか。それは、彼の文章にある毒に惹かれるからだと思う。それは、悪意であり、そして、結局はルサンチマンだと思う。簡潔に言えば、生存へのルサンチマンである。生への恨みが三島にはあると思う。これは、彼の文章を読む人ならば、すぐわかるだろう。そう、アンチ・ヒューマニズムである。政治的には、戦後民主主義への心底の憎悪がある。思想的には、当然、ニヒリズムである。
 ニーチェは積極的ニヒリズムを説いたが、三島には積極性はない。無に対する異様な郷愁をもっていたと思う。ある意味で、究極の仏教徒ではなかったろうか。仏陀、釈迦牟尼シャカムニは、輪廻する世界から解脱を説いたのである。それは、一種、肯定的ニヒリズムである。こういうと、ニーチェとの違いがわからなくなるが、ニーチェは地上の生を求めていたのであるが、仏陀や三島は、言うならば、死の生を求めていたのである。
 ここで、よく言われるが、西洋と東洋の根本的相違が現れているだろう。生の西洋であり、死の東洋である。前者は生死であり、後者は死生である。(思うに、アルベール・カミュは、珍しく、東洋的ではないだろうか。)ここで、僭越ながら、私に関して言うと、やはり、東洋側である。確かに、死は恐く、生への執着はないことはないが、通奏低音として、死への憧憬があるのではないだろうか。
 結局は、死と生との「絶対矛盾的自己同一」が基本ではないのだろうか。そして、これが本稿のポイントにつながるのである。私が今日、思いついたのは、三島由紀夫の生への否定・死の肯定から、根源的には、PS理論で言えば、Media Pointにおいて、生のエネルギーと死のエネルギー、言い換えると、正のエネルギーと負のエネルギーが拮抗して、最初は正のエネルギーが現象化するが、それが消滅すると、死のエネルギー、負のエネルギーが発動・発現するのではないのかということである。これは、考えれば、以前述べたことではあるが、三島由紀夫に関連しては、考えなかったことであるし、また、Media Pointについては、以前は、明確に提起されていなかったので、今日、ここで提起するのは、有意義であると考えられる。
 死のエネルギー、乃至は、負のエネルギーと言うと、すぐに、フロイトの死の本能(死の欲動)を想起するのである。それは、破壊的な本能である。フロイトは、これで、それまでのエロス中心の自説の変更を余儀なくされたのである。つまり、人間の本能の中心はエロス(フロイトの場合は、正しくは、近親相姦欲望である)であるとした自説を翻して、タナトス(死の本能)が人間の本能の基盤にあるとしたのである。これは、いわば、フロイトからアンチ・フロイトへの転向と言っていいくらいである。ポスト・フロイトになったのである。これは、第1次世界大戦の恐ろしい経験をした患者が決して生(エロス)を求めず、破壊的な死を求めたことから、理論化したことである。また、死の本能は、フロイトの孫による糸巻き遊びにも見られるとフロイトは説いたのである。言語形成に、死の本能=破壊本能が主導的であると見たのである。
 では、生のエネルギーと死のエネルギーの一種の対極性という考えとフロイトの死の本能説は共通しているのだろうか。この問いはここまま置いておき、PS理論から展開したい。(あるいは、読者自身に考えていただこうか。)
 PS理論では、イデア界の差異即非共振性があり、これが連続化して、Media Pointに変換する。もっとも、ここでは、差異の不連続性は保持されている。この差異即非の不連続性が最初に存することに注意しなくてはならない。不連続性が自身を保持しつつも、連続化するのである。不連続性と連続性の即非様態と言えるだろう。そして、この連続性が展開して同一性を形成して、現象世界を生起するのである。(思うに、イデア界からのなんらかの回転で、Media Poitが形成され、さらになんらかの回転で、現象界が出現するのではないだろうか。以前、二回の1/4回転が必要だと述べたことがある。この点は新たに考えたい。)
 つまり、PS理論の視点では、不連続性(イデア界)⇒不連続性/連続性(Media Point)⇒連続的同一性(現象界)へと変換すると見るのである。これは、言い換えれば、死⇒死/生⇒生ということになるだろう。
 この視点から見ると、生のエネルギーとは、Media Pointから現象を形成する力である。そして、対極になる死のエネルギーは、逆方向のエネルギーであると言えよう。ここで、図式を変えると、死←死/生←生となる。
 時間の不可逆性があるが、それは、生・生成から死・消滅へと不可逆に流れるということである。ここに、形成するエネルギー、そして、破壊するエネルギーを見たい。生を形成する力を構造エネルギーとすれば、死をもたらす破壊する力は、脱構造エネルギーとなるのではないだろうか。
 思うに、《自然》の力は、生の構造エネルギーから死の脱構造エネルギーへと展開するようになっているのではないのか。私は今のところは、Media Pointの対極性として考えているのであるが。思うに、Media Pointから同一性が形成されるエネルギーが発動し、構造化が済むと、Media Pointの力は、今度は、同一性を破壊する脱構造エネルギーへと転換する志向をもっているのではないのか。思うに、以前、Kaisetsu氏が、エネルギー保存則から、プラス・エネルギーとマイナス・エネルギーで±ゼロとなることを述べていたのを想起する。
 ここで、直感から話すと、Media Pointにおいて、同一性志向性があるので、差異は連続的同一性化されるのである。そして、これが、現象化である。これは言語の発生ともつながることである。(だから、道具の発見ともつながるだろう。)しかし、差異が発動するときがあると思うのである。(このことは以前、繰り返し検討したことがあるが、うまくまとまらなかった。)思うに、連続的同一性形成へのエネルギー、あるいは、構造エネルギーがあり、それが消費されるときがくる。例えば、人間の成長を考えればいいだろう。若いときまでは、成長が盛んであり、心身の形成、とりわけ、身体の成長のためのエネルギーが主導的である。しかし、その後、成長エネルギー(ホルモンと関係するだろう)が無くなり、衰退するエネルギー(負のエネルギー)が作用するのではないだろうか。老化のエネルギーと言ってもいいだろう。
 このように具体性から、私の言いたい、生・正のエネルギーと死・負のエネルギーの対極性は考えられるのではないだろうか。もっとも、対極性というのは、少し言い足りない考え方ではある。そう、陰陽・太極性と呼んだ方がいいようだ。つまり、陽のエネルギーがあり、そして、陽が極まれば、陰に転ずということで、陰のエネルギーへと展開するということになる。だから、生・死/正・負エネルギーの太極性と呼ぼう。(やはり、回転と関係していると思う。後で、この点について考えたい。以前言及したことがあると思う。)
 構造エネルギーから脱構造エネルギーへの必然的な変換となる。差異論で言えば、同一性エネルギーから差異エネルギーへの変換である。前者は同一性形成エネルギー(近代合理主義がここに入る。近代科学や唯物論が入る)であるが、ここでは、差異が否定されるのである。つまり、差異への破壊エネルギーである。具体的には、環境破壊や戦争や諸々の犯罪を生むのである。そして、それがそれが衰退・消滅して、差異エネルギーが発動する。これは、差異を肯定するエネルギーで、差異共振エネルギーである。これは、同一性形成エネルギーによって否定・破壊されたものを修復するだろう。これは、実は創造エネルギーでもある。平和のエネルギーでもある。(これは、本来的な女性のエネルギーである。「喜劇」的なエネルギーでもある。喜劇とはこの場合、真正の意味の喜劇である。つまり、旧秩序→破壊・混沌→新秩序という図式をもつ文学が喜劇である。)
 では、このマイナス・エネルギー(脱構造エネルギー、死のエネルギー、差異のエネルギー)はどういう仕組みをもつのだろうか。つまり、Media Pointにおいて、どういう仕組みをもつのか。
 Media Pointは、死/生ないしは不連続性/連続性ないしは差異/同一性の空間である。つまり、死→生、不連続性→連続性、差異→同一性、脱構造→構造のエネルギーがプラス・エネルギーであるのに対して、死←生、不連続性←連続性、差異←同一性、脱構造←構造のエネルギーがマイナス・エネルギーであるということになるのではないだろうか。
 そうならば、マイナス・エネルギーはイデア界・虚界の性質をなんらか帯びていると言えるのではないだろうか。つまり、言い換えると、イデア界・虚界という根源界への回帰エネルギーではないだろうか。永遠回帰エネルギーではないだろうか。そうだろう。死のエネルギーなのだから、死=イデア界・虚界へと帰還しようとするエネルギーなのだと考えられる。
 ということで、冒頭の三島由紀夫に戻るのである。三島由紀夫のアンチ・ヒューマニズム、毒・悪意・生へのルサンチマンとは、死のエネルギーに拠るのであり、それが、極端・過激な形で、後年発現したということではないだろうか。確かに、極端である。
 おそらく、どこか間違っているのだろう。死のエネルギーを私は創造エネルギーであると言った。なぜなら、これは、差異共振エネルギーであるからである。だから、三島の場合は、差異エネルギーが、同一性への反動としての面が強かったと思うのである。自死した1970年昭和45年は、まだまだ、戦後の近代合理主義の主導的な時代、高度成長がまだ続いていた時代であったのだから。そう、戦後的近代主義への反動が三島の毒を造っているのだ。
 しかしながら、三島の毒には、真正の死のエネルギーがあって、それが、今日、必要なエネルギーなのである。永遠回帰のエネルギーである。仏陀・釈迦牟尼のエネルギーである。三島の毒を透過して見える死のエネルギー=創造エネルギーを評価すべきなのである。
 時代は、世界は、戦争や環境破壊や犯罪に満ち溢れている。それは、同一性エネルギー、構造エネルギーによるのである。ジェンダー的に言えば、父権的エネルギーである。しかし、他方、それを乗り越える差異エネルギー、脱構造エネルギー、平和エネルギー、母権的エネルギーである死のエネルギー・永遠回帰エネルギー・仏陀エネルギーが発動しているのであり、さらに前者を凌駕するように強化されると考えられるのである。占星術的コスモス史では、魚座から水瓶座への転換を説いているのである。水瓶座は調和・友情・平和を意味するのである。
 では、暇を見ては、『鏡子の家』を読もう。 


参考:

三島は昭和34年(34歳の時)に満を持して「鏡子の家」を発表した。「金閣寺」の成功の後に、渾身の力を込めて発表した自信作だった。しかし、この作品は批評家から全く評価されず、冷たい黙殺をもって迎えられた。

「鏡子の家」には、三島の分身とされる4人の青年が登場する。
ボクサーの俊吉は、全日本チャンピオンになるが、ちんぴらに襲われて拳をつぶされ、右翼団体に加入する。

美貌の新劇俳優の収は、醜貌の女高利貸しに金で買われ、最後にこの女と心中してしまう。

日本画家の夏雄は、自分を天使だと信じている。
商社マンの清一郎は、世界の崩壊を信じている。

この小説について、例えばヘンリー・スコット=ストークスは次のように解説している。

三島のこういう四つの顔を配した『鏡子の家』は、一九五〇年代の三島文学の中では最も雄弁に著者自身を語るものといえるだろう。四人が代表する三島の四側面は、いずれもこのころまでは目立たなかったが、やがて六〇年代に入ってはっきり現われてくる。

峻吉に代表される右翼的偏向は、一九六五年以降はとくに顕著になるし、人間は肉体が美しいうちに自殺しなければならないという信念も、六〇年代後半には明確になる。同じことは、流血によって存在の保証をつかもうとする収の欲望や「完全な芝居」への夢についてもいえる。

だが『鏡子の家』の最大の特徴は、四人の登場人物のうち三人までが世界の,崩壊を必至と考えていることだろう。この意味で、三島のニヒリズムは浪曼派のそれと非常に近い。

江藤淳は、三島を指して、挫折した日本浪曼派の最後のスポークスマンだと言い、戦後の三島作品に繰り返し現われる世界崩壊への期待は、浪曼派最大の特色の一つだったと書いている。

「鏡子の家」が評価されなかった理由はいろいろあるけれど、一言でいえばこの4人の登場人物のどれにもリアリティーがなかったことだろう。三島は4人の人物に自分を分け与えるに当たって、彼の持つ二つの側面のうち、市民的幸福を唾棄するニヒルな面だけを投入した。

「僕は俗気があります」と自分から認めていながら、彼は自分の世俗性とその背後に潜む不全感を作品の中に書き込むことを避けた。これでは登場人物が一面的な作り物に堕してしまうのも当然といえる。

ここまで順風満帆、やることなすことすべてが思う壺にはまってきた三島にとって、「鏡子の家」の失敗は大変な打撃だったらしい。彼は大島渚との対談で、「鏡子の家」発表後の文壇の反応について「その時の文壇の冷たさってなかったですよ」と語り、「それから狂っちゃったんでしょうね、きっと」とうち明けている。事実、この頃から三島由紀夫狂乱がはじまるのである。

http://www.ne.jp/asahi/
kaze/kaze/misima.html
畑に家を建てるまで  


2007年08月10日(Fri)▲ページの先頭へ
構造主義の差異とポスト・モダンの差異:そして、現象学と構造主義
ここでは、二点について検討したい。

1)構造主義の差異とポスト・モダンの差異
2)現象学と構造主義の関係

最初に、1)について見ると、先に私は構造主義の差異とはポスト・モダンの差異ではなく、同一性的二項対立であると言ったが、ソシュール言語学等の差異を見ると、そう単純に言えるかどうか、やや疑問に思うのである。
 有名な、シニフィアン(意味するもの、表現するもの)とシニフィエ(意味されるもの、表現されるもの)の差異について考えてみよう。前者は音のイメージを考えているだろう。そして、後者は観念ないしは対象である(しかし、実際は観念表象ないしは観念的イメージ・ヴィジョンではないだろうか)。音像と観念像との差異がここにあるということである。
 次にソシュールが例に出すチェスの場合は、機能的差異の構造である。例えば、ナイトの動きとクィーンの動きは差異がある。これは、種別の差異である。そして、この深層構造は超越論的形式と言えるだろう。しかし、ナイトとクィーンは二項対立と言えるだろう。ナイトという同一性Kがあり、クィーンという同一性Qがある。同一性Kと同一性Qは確かに差異があるが、それは、二項対立ということになるだろう。だから、同一性的二項対立である。あるいは、やや妙だが、同一性的二項対立的差異というものだろう。
 では、シニフィアンとシニフィエについて考えてみよう。例えば、yamaというシニフィアンがあるとしよう。そして、観念/対象像として▲があるとしよう。これもチェスと同様で、yamaと▲は二項対立を形成するだろう。この場合は、yamaと▲が(恣意的に)結びついて、「山」という言語が形成されるのであるが。
 以上、ざっとであるが、構造主義の差異とは同一性的二項対立であることがわかった。
 では、ポスト・モダンの差異とは何か。これは、明らかに、同一性とは異なる差異である。構造主義の差異が、同一性を基礎とした差異であるのとはまったく異なるのである。これで、本件の最初の問題を解決したこととしよう。
 次に、2)の現象学と構造主義の関係について考えよう。ここで考えているのは、端的に、現象学と構造との関係についてである。
 現象学が実存主義に流行的に移行されたが、哲学史的には、実存主義を構造主義が乗り越えたことにはなっている。実存主義は、サルトル哲学であり、現象学のいわば亜流である。だから、構造主義は本流の現象学には正対していなかったのである。
 端的に、現象学と構造について考えよう。先に、超越論性という概念を用いたが、前者は超越論的主観性の哲学ということであり、後者は超越論的形式である。では、超越論的主観性と超越論的形式はどう違うのかが、問題である。まず、超越論性とは何かを考えよう。
 思うに、超越論性とは深層構造性と同じである。(当然ながら、超越論性と超越性は区別されなくてはならない。)カントの時空形式というアプリオリな超越論的形式は深層構造である。
 そして、超越論的主観性とは、超越論性や超越論的形式を超えた次元にある主観性ということである。(ただ、実際のところ、フッサールは、それを超越性と超越論的形式の中間くらいに置いているように思える。)これが意味するのは、超越論性乃至は超越論的形式という構造を超えた次元にある主観性である。だから、超越的主観性と言うのが的確であろう。
 だから、現象学とは、本来、超越論性・超越論的形式=構造を超えた哲学なのであり、脱構造主義なのである。しかしながら、構造主義には、それなりの意味があるだろう。現象学は脱構造主義ではあるが、構造主義は、明らかに、超越論性・超越論的形式=構造の二項対立性を明確にした点があるだろう。現象学においては、この点は明らかになっていないのである。だから、構造主義は現象学では潜在している二項対立的差異形式を明確にした点で、哲学史的に有意義であると言えよう。
 そのように考えれば、ポスト・モダン哲学は、構造主義の問題点を明確にして、脱構造主義へと半歩進んだことで評価できるのである。構造主義、ポスト・モダン哲学が生起して、現象学が潜在的に意味していた脱構造主義性を積極的に理解することができたと言えよう。だから、単純に、現象学の方がポスト・モダン哲学より進んでいるとは言えないのである。いわば、ヘーゲルの言った理性の狡知がここにあるだろう。構造や差異を積極的に理論・意識化させたことによって、現象学の脱構造主義性が見えたのである。

Structurism and post-modern philosophy turn phenomenology into de-structurism.

p.s. 結局、超越論性とは主観性を超えた深層構造であるということだろう。そして、これは、現象一般に存在しているということだろう。思うに、超越論的構造(超越論構造)と呼んだ方が明瞭になるのではないだろうか。
 同一性=自我という主観性に対して、同一性=二項対立的超越論構造(深層構造)があるというこということになるだろう。即ち、一般者は、通常、後者を認識せずに「無明」の世間を生きているのである。
 思うに、フッサールの場合、両者を含めて自然的態度と呼んでいるのではないだろうか。そして、その乗り越えとして、エポケーによる現象学的還元から生まれる超越論的主観性があるのだろう。しかし、この主観性は、自然的態度の主観性とはまったく別のものである。原主観性である。これは、脱構造主義的主観性である。
 そして、ハイデガーの場合、自然的態度において現存在を見て、その存在/存在者的様態を解明したのである。フッサールが超越論的主観性を説いて、原意識性を解明したのに対して、ハイデガーは、いわば、超越論的存在性を説いて、フッサール現象学を進展させたと言えよう。
 問題は、

1)存在/存在者的様態とはどのような構成をもつのか
2)存在とは何か

である。
 1)については、ハイデガーは有名な存在論的差異を説いている。これは、明らかに、フッサールより一歩前進している。
 2)であるが、存在/存在者、乃至は、存在論的差異において、構造はどうなっているのか。ハイデガーは自我の同一性の構造について認識していたのであり、また、存在と存在者の間に「一つの裂け目」があると考えていたと言えよう。だから、ハイデガーは、存在における構造主義性を捉えていたと言えよう。そう、「一つの裂け目」は構造主義性とも言えるだろう。
 では、端的に、存在とは何であるのか。それは、PS理論で言う、Media Point的エネルゲイアのことではないだろうか。言い換えると、差異即非性のMedia Point=エネルゲイア化ではないだろうか。i*(-i)⇒+1で言うと、i*(-i)と⇒の接点ではないだろうか。差異即非的エネルゲイア化ではないだろうか。「物質」で言えば、量子である。量子としての存在である。後で再検討したい。


現象学と構造主義とポスト・モダン:脱構造主義としての現象学/ポスト・モダン
Bloghiro-dive氏による構造主義の明快な解説を読んで、本件の三つの理論の関係を整理したいと思った。
 Bloghiro-dive氏の説明からわかるのは、構造主義の構造とは主観性から独立した深層構造があり、これが、現象を規定しているということである。すると、深層構造とは、客観的ということだろう。この点が私にとって新鮮であった。ソシュールの構造主義にしろ、レヴィ=ストロースの構造主義にしろ、私見では、その構造は超越論的な形式である。言語の深層構造あるいは部族の深層構造、それらは、超越論的形式と言えるのではないだろうか。
 問題は超越論的形式と言ったとき、主観性と客観性が生じるだろう。超越論的主観性と超越論的客観性とが存するだろう。これと構造をどうみるかだ。思うに、どちらにしろ、構造ではないかと思われる。主観的構造と客観的構造である。私はこれまで両者を混淆させて考えてきたが、一度は切り離して考えるべきであろう。(p.s. ここでも、以下の論と齟齬を来しているので、整理したい。超越論的主観性は、構造ではなくて、差異である。だから、構造は超越論的客観性ないしは超越論的形式に限定すべきである。ということで、本文の超越論的主観性は無視されたい。)
 Bloghiro-dive氏の言う構造は客観的構造であろう。ソシュールの差異の体系とは、言語の共時的な普遍的な差異の体系ということであるが、例えば、シニフィアンとシニフィエの差異の体系とは、共時的言語であるラングにある構造ということになるが、しかし、ラングは、超越論的主観性という構造として存するのではないのか。つまり、超越論的主観性が、客観・普遍的に存すると言えるのではないだろうか。とまれ、私としては、超越論性を構造としたい。
 そうすると、カントや現象学も構造主義に入ってくるだろう(p.s.  これでは、以下の論と齟齬を生じているので、ここで整理したい。以下では、現象学は差異の哲学であると述べているのであるが、問題点は超越論性である。超越論的形式ならば、構造であるが、超越論的主観性や超越論的現象性ならば、差異である。だから、カントの場合は、構造主義的であり、現象学は差異的であると言えるのである。だから、訂正して現象学を構造主義からは抜かなくてはならない。)
。では、ポスト・モダン哲学はどうだろうか。これまでの私の考察はかなり揺れ動いているが、端的に言えば、ポスト・モダン哲学(ドゥルーズやデリダ)は、同一性の構造に対して、差異の様相を説いているのであり、差異の哲学を提起したのである。
 ここで同一性の構造について説明する必要があるだろう。これは、例えば、主体と客体との関係においては、二項対立になるのである。なぜなら、主体は客体に同一性を投影して、優越的に認識するのであるから。つまり、主体が優位であり、客体が劣位であるのである。ということで、同一性構造=二項対立である。優劣構造である。ここから、一般的な二項対立ないしは「差異」の構造が生まれるのはわかりやすいだろう。例えば、主体がある客体を「花」と名付けるとしよう。「花」が同一性である。そして、名付けた主体は、客体に対して、優位にあるのである。つまり、主体である「私」は「花」よりも優位であり、当然、「花」は劣位である。そして、これが、展開すると、「人間」が優位であり、「植物」は劣位となるだろう。これで、二項対立構造の説明がつくだろう。
 以上から見ると、ポスト・モダン哲学は、いわば、同一性の構造主義を否定して、構造主義の差異=同一性ではない「差異」を提起していると言えよう。混乱するのは、構造主義が差異の体系であると考えられていることからくるだろう。用語を整合化すれば、構造主義は差異の体系ではなくて、同一性的二項対立の体系なのである。
 そして、ポスト・モダン哲学は、それに対して、差異の様相を提起し、構造主義を乗り越えようとしたのである。だから、ポスト・モダン哲学は、脱構造主義を志向したとは言えるのである。
 しかしながら、ポスト・モダンの差異とは、実は、同一性的二項対立に対する反動的な差異であったと考えられるのである。これまで述べてきたように、同一性はMedia Point(特異性・差異・個)を否定する。しかし、否定されたMedia Pointは、深層として潜在する。そして、この潜在するMedia Pointは、エネルギーをもっているので、いわば、蠢動するのである。それに対して、通常、同一性=自我は否定的に振る舞う。しかし、蠢動する Media Pointを肯定する場合がありうるのである。それは、同一性の知を超越するエネルゲイアである。神秘的であったり、不思議なものであったりする。
 しかし、同一性=自我に主体があるとき、この蠢動するMedia Pointは、同一性=自我の反転において把捉されるようになると考えられるのである。つまり、同一性=自我との連続体において、Media Point=差異が把握されると考えられるのである。これが、端的に、ポスト・モダン哲学の様相であると私は考えているのである。即ち、同一性との連続体としての差異を提起する哲学である。言い換えると、連続的同一性の連続性に主導された差異の哲学であり、端的に、連続性が主導的である差異の哲学である。既述したように連続的差異の哲学である。
 では、現象学はどうなのだろうか。フッサール現象学は、Media Pointを超越論的主観性として捉えているだろう。しかしながら、主観性ということで、主知主義的であり、同一性的志向が強かったのである。
 ハイデガー現象学はどうだろうか。それもMedia Pointを捉えている。そして、フッサールよりも明確に捉えていると思われるのである。なぜなら、本来的自己を特異性・差異・個として見ていると考えられるからである。先に、ハイデガー現象学はPS理論の先駆の一つであると言ったが、しかし、問題があるように思える。
 それは、世人と本来的自己との関係である。確かに、「一つの裂け目」を両者において認めながらも、世人と本来的自己とは、現存在の実存様態としては、同一である点である。世人の変様として本来的自己があるのである。ここにハイデガー現象学の矛盾があるのではないだろうか、一方では、「一つの裂け目」を言い、他方では、変様と言っているのである。ここにおいて、PS理論との相違が明らかになるだろう。
 PS理論は、明確に同一性=自我と差異=自己との不連続性を説くのであり、変様という言葉を使うなら、不連続な変様である。不連続な飛躍がそこにはあるのである。どうもハイデガーの場合は、この点であいまいである。
 とまれ、以上から、ポスト・モダン哲学と現象学を比較するなら、前者は後者の問題圏において、差異の哲学を説いたと言えよう。言い換えると、現象学は、実質的に、差異の哲学なのである。そして、Media Pointに関して言うと、現象学の方がポスト・モダン哲学よりも進んでいると思えるのである。とまれ、現象学/ポスト・モダン哲学を一連の流れで見ることができるだろう。つまり、脱構造主義の哲学としての現象学/ポスト・モダン哲学である。 


2007年08月09日(Thu)▲ページの先頭へ
ハイデガーの情状性について:PS理論の視点から
情状性を気分と言っているが、これをPS理論的に言うと、どうなのだろうか。今日は十分検討できないが、簡単に考えてみよう。
 言い換えると、感情の問題と言っていいだろう。私はこれまで、共感性についてよく言及したが、これと情状性・気分の問題は関係するだろう。共感性とは、理論的解明が難しいが、一つは即非関係での感情様態か、一つはMedia Pointにおける感情様態である。一見両者は似ているが、後者においては、不連続性と連続性が交叉している点が前者の不連続性の様態とは異なると言えよう。
 共感性とは不連続性だけでは生じないのではないだろうか。もっとも、微妙な点である。連続性は波動となり、他者とのつながりを生むが、同時に、不連続性があるので、他者とは切断されている。単に連続性だけだと愛憎の「愛」になるのではないだろうか。不連続性がなければ、他者への共感性はないと思うのである。
 ざっとであるが、以上の観点から、ハイデガーの情状=気分を考えてみると、それは、Media Pointにおいて発生する共感性が主体ではないだろか。そして、Media Point からさらに同一性志向となり、自我欲望感情が発生し、共感性と混淆化し、さらには、自我主義となると共感性を否定するようになるのではないだろうか。
 まだ、よく読んでないので、はっきりとは言えないが、情状性に恐怖や不安をハイデガーは入れているようだ。ならば、それらは、PS理論的にどう説明できるだろうか。
 恐怖や不安が生じるのは、自己が内界から外界へと志向するときであろう。外界の他者・対象が感覚されるが、それは、自己に対して、攻撃的な圧力をもたらす場合、自己はそれに対して恐怖を覚え、不安を発生させるだろう。このとき、共感性は阻害される。同一性志向が強化されて、共感性が抑圧される。そして、恐怖や不安をもった同一性=自我が形成されるだろう。ハイデガーの情状・気分は現存在的な実存様態であるというのは、Media Pointという特異性=差異=個に基盤をもつ自己から、「同一性=自我」志向性が発動するときに、情状・気分が発すると考えられるので、Media Point的基盤をもつので、現存在的実存様態であるとは言えるだろう。
 今はここで留めたい。

p.s. 一点大事なことを言うのを忘れていた。恐怖や不安は、外界による場合もあるが、より根源的には、Media Pointから発する同一性志向性から自我を発生させるとき、基盤であるMedia Pointを否定・排除・隠蔽するので、この根源的基盤の喪失があるので、恐怖と不安が生起すると思えるのである。
 パラドクシカルなのは、「同一性=自我」志向性である。それは、Media Pointという基盤を否定するようにして、外界と同一性化するのである。自己否定としての「同一性=自我」形成なのである。これがパラドクシカルであるのは、否定されたMedia Pointは深層として潜在していて、いわば、自己の故郷であるが、他方、それを否定する「同一性=自我」は快楽ないし快感をもって外界へと同一性化していくからである。
 つまり、ここには、自己矛盾があるのである。自己基盤とその否定の同一性である。そして、否定された自己基盤は、欠損した様態となり、内在的恐怖・不安をもたらす考えられる。他方では、同一性の暴力的な欲望快感が支配しているのである。だから、恐怖・不安は二様だと思うのである。根源的恐怖・不安と外界反動的恐怖・不安である。


ハイデガーの『存在と時間1』の圧巻:第4章:共存在および自己存在としての世界内存在
ハイデガーの『存在と時間1』の《第1部第1篇第4章:「共存在および自己存在としての世界内存在」:第25節〜第26節》は、本書の圧巻である。
 ここでのハイデガーの論考は鋭敏であり覇気がある。それまでの、くどい、勿体ぶった叙述がなくなり、世間に対する闘争的なパトスをもった、鋭敏な洞察力をもった叙述となっている。とりわけ、第27節:「日常的な自己存在と世人」がすばらしい。
 ここでの記述は、真に現象学的記述と呼ぶのにふさわしい。ここで述べられている「世人」論は、PS理論における同一性=自我(=「他者」)論とほぼ同一であると言える。わずか新書判で11ページであるが、凝縮された内容をもっている。(『存在と時間』は、最初は退屈なので、この箇所をエッセンスとして出すといいだろう。縮約版ができるだろう。)
 ここで簡単に具体例を出すと、「本来的自己存在は、世人から分離されたところの、主体の一つの例外状態ではなく、本質上の実存範疇としての世人の一つの実存的変様なのである。
 だが、そうだとすれば、本来的に実存しつつある自己の自同性は、存在論的に、体験の多様性のうちでおのれを持ちこたえつつある自我の同一性からは、一つの裂け目によって切り離されていることになる。」(訳書の傍点の箇所を下線で強調した:by RENSHI) p.335〜p.336
 「世人」の実存的変容が「本来的自己存在」であるというのは、PS理論から言えば、同一性=自我の特異性・MP的変容として差異的同一性=自己があるということになるだろう。また、「自我の同一性」と「本来的に実存しつつある自己の自同性」(=「本来的自己存在」)とが「一つの裂け目」によって切断されているというのは、正に、同一性=自我と差異的同一性=自己がMedia Pointによって切断されているということになるだろう。即ち、「一つの裂け目」とは、端的に、Media Pointである。あるいは、先に私が述べた同一性パラドクス様相である。
 同一性=自我(ハイデガーの世人)は、差異(=特異性・個・自己)を否定・排除・隠蔽・埋没・秘匿しているのである。そして、この否定の境界、即ち、「一つの裂け目」が、端的に、Media Pointなのである。
 以上のように見ると、ハイデガー哲学はPS理論とほぼ等しい内容をもっていることになる。だから、フッサール現象学と続いて、PS理論の先駆の一つであると言えよう。
 フッサールとハイデガーとの関係を簡潔に見るならば、フッサールの超越論的主観性をハイデガーは存在として「進展」させていると言えるのかもしれない。しかし、思うに、フッサール現象学には、存在の視点はあったのであるが、フッサールがデカルトのコギト主義=主知主義に囚われていたので、超越論的主観性を超越論的存在(私の造語であるが、これがハイデガーの存在を簡明に説明するだろう)へと転換できなかったと思えるのである。実際は、超越論的主観性は、存在性を帯びていたと思えるのである。(p.s. 正確に言えば、超越論的知・即非・存在論だろう。)
 ハイデガーは、フッサールの矛盾をおそらく直観して、超越論的存在論を立てたのである。(PS理論から言えば、超越論的存在論とは、超越的存在論である。)そして、さらに、ハイデガーは、フッサール現象学の同一性主義(デリダ的に言えば、ロゴス中心主義)を乗り越えて、特異性としての自己(「本来的自己存在」)を把捉していたと考えられるのである。
 明らかに、ハイデガーは、同一性=自我と特異性=自己(差異的同一性)との差異を捉えていた。ただし、「本来的自己存在」が差異的なものであることを理解していたかどうかは問題である(p.s. この箇所は少し論理がおかしい。特異性は当然、差異であるからである。後の論考を参照。)。所謂、ハイデガーの存在論的差異とは、存在と存在者との差異であるが、存在(=特異性乃至はMedia Point)自体の差異ではない。
 さて、先に、私は、ポスト・モダン哲学の原型はハイデガー哲学にあると述べたが、以上の考察から、それは正しいし、極言的に言えば、ドゥルーズやデリダの哲学は、フッサール/ハイデガー哲学の亜流である。とまれ、フッサール/ハイデガー現象学と正しく言うべきだろう。(ハイデガーはフッサール現象学に未分化的に内包されていた純粋超越的存在を取りだしたと言えよう。しかし、それが、超越的差異になっているかは微妙なところである。)
 では、ハイデガーは、超越的存在(本来的自己存在)を捉えたが、超越的差異(即非的差異)を捉えていたかどうかである。本来的自己存在とは、実存的本質(サルトルの「実存は本質に先立つ」という考えは誤謬である)であり、特異性であるから、確かに、差異としての自己を捉えていたと言えよう。しかしながら、それを即非的であると把捉していたかどうかは問題である。この点が、キーポイントである。
 確かに、ハイデガーはMedia Pointや特異性までは捉えているが、超越的差異=即非的差異まで捉えたか。(この点では、ハイデガーはドゥルーズよりもはるかに進んでいる。ドゥルーズの特異性は似非特異性であるからだ。)もし、ハイデガーがヘルダリンの差異共振性の思想(イエスとギリシアの神々の調和の思想)を理解していたならば、ハイデガーは、超越的差異=即非的差異を捉えていた可能性はある。今のところの私の予感では、ハイデガーはそこまでは達していないだろうが、おそらく、近づいていたとは思える。
 「一つの裂け目」というMedia Point乃至は特異性を理解していたのだから、それが、超越的即非差異であることを認識するのは、困難であるとは言え、直感的には遠くはないのである。
 今、これまで私は評価していない木田元氏の『哲学と反哲学』(同時代ライブラリー)の「四 真理の生起としての芸術作品 ハイデガー」(p. 162〜p. 169)のところを読んだが、どうやら、ハイデガーは、差異即非性を概念的というよりは、直感的に把捉していたように思える。
 そこでは、ギリシアの神殿(おそらく、パルテノン神殿)のもつ意義として、その作品によって諸々の現象が立ち現れる(ピュシス)と同時に、ピュシスは人間が住まう場所である《大地》に光をあてたことであると述べられている。また、《大地》は、立ち現れるものを自分に引き込むと説明されている。どうやら、言及されているピュシス(乃至は世界)と大地との闘争が、差異即非を意味しているように思えるのである。iをピュシス乃至は世界、-iを大地とすれば、 i*(-i)の即非関係をハイデガーは芸術作品に即して述べていると思えるのである。(p.s. 正確に言えば、ピュシスは世界と大地を含んでいるだろう。ピュシスはエネルゲイア、Media Pointであろう。)
 ここで、このハイデガー(『芸術作品の起源』)からの引用を孫引きして、傍証としよう。
 「そこに立つ建築作品は岩根の上にやすらっている。この作品がこのようにやすらうことによって、岩からそのぶこつな、だがやはり何ものへ向けられているのでもない支える力の暗さがとり出される。そこに立つその建築作品は、その上に荒れ狂う嵐に耐え、そのようにしてはじめて嵐の荒々しい力に気づかせる。石材のきらめきと輝きは、見たところただ太陽の恩恵によるように見えるが、むしろそれがはじめて日の光や空の広がり、夜の闇を現出させるのである。それが確固とそびえ立つことにおって、大気の満ちた眼に見えぬ空間が可視的になるのだ。この作品のゆるぎなさが大海原の潮の波立ちから際立ち、この作品の安らぎを背景に潮騒が響きわたるのである。樹と草、鷲と牛、蛇とこおろぎが、この作品のまわりではじめてそのくっきりとした形態をとるようになり、それらがそれぞれに現われ出てくることになる。このように姿を見せ立ち現れることそのことを、そしてその全体を早朝のギリシア人たちはピュシスと呼んだ。ピュシスは同時に、人間がその上に、またそのうちにおのれの住まいを定めるあのものに光を当てる。われわれはそれを〈大地〉と呼ぶ。・・・・・・大地とは、立ち現れることがすべての立ち現れるものを、しかもそのように立ち現れるものとしてのそれらを、そこへ引きもどしてかくまうところである。立ち現れるもののうちで、かくまうものとしての大地が現成するのである。・・・・・神殿という作品は、そこに立つことによって一つの世界を開き、同時にその世界を大地へと送りかえす。そのようにしてはじめて大地そのものも、故郷とも言うべき基底としての姿を現わすのである。」p. 165〜p. 166

もう一箇所、木田元氏の説明のついた部分を引用しよう。

『ハイデガーは、そのようにすべてのものが姿を見せ立ち現れることを可能にする明るみを世界と呼び、その世界の現成と同時に、それらすべてを引きもどし、かくまおうとするものとして現成してくる基底を大地と呼ぶ。そして作品のうちで「世界は大地の上に安らぎながらも、この大地を俯瞰しようとする。おのれを開くものとしての世界はおのれを閉ざすものを何ひとつとして許さないのである。だが、一方、大地はかくまうものとしてそのつど世界をおのれのうちに引き込み、おのれのうちにとどめようとする」。作品のうちにあって世界と大地は〈闘争〉(Streit)の関係にあるのである。ハイデガーは芸術作品のうちで闘われる世界と大地とのこの闘争こそが真理の生起であり、真理の実現(ins-Werk- setzen=エネルゲイア)だと主張する。』p. 167


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カレンダ
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