対話原理式と対話一般式:多次元差異共立と「残像」の和(差):漱石の文学論の変換:F+f⇒A*B






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2009年10月12日(Mon)
対話原理式と対話一般式:多次元差異共立と「残像」の和(差):漱石の文学論の変換:F+f⇒A*B
Kaisetsu氏の以下の発展的論考は実に意義深い(尚、赤色や赤色の箇所の下線の強調はRenshi)。
 「和(差)が異次元の差異共立を表す記号である」という指摘は、重要である。そうすると、多次元差異共立が発生しているということになる。
 また、『時間的視点からは、「残像」の和(差)が対話の本質であろう』という点であるが、「残像」ということで、漱石の文学論のF+f説を想起した。Fとは「焦点的印象または観念」であり、fとは「これに付着する情緒」である。
 ここで、F+fをA*Bと書き換えてみよう。主体Aが他者Bと差異共振対話すると、他者Bが人間であれ、動物・植物であれ、あるいは、無生物であれ、あるいは、観念・概念であれ、そこには、エネルギーが生じる。このエネルギーに、fを入れることができるだろう。
 そうすると、漱石の文学論は、F+f⇒A*Bと変換される。そして、結局、PS理論的文学論とは、正に、対話原理式、対話一般式で表されると言えよう。
 
*************

新しい文学論のスタート⇒対話と差異共振 by Renshi氏

Trans-Modern New Platonic Trans-Creation

Sun, October 11, 2009 16:46:21
対話と差異共振:A*B⇒A1*B1⇒A2*B2⇒・・・


AとBの対話は、A+b、B+aで終わるものではない。A*B⇒A1*B1⇒A2*B2⇒・・・
となるのである。*は共振ないしは即非共振である。そして、
AK*BK
が差異共振の成果である。これは、AK=BKであり、また、AK≠BKという即非共振である。
 少し説明すると、共振によって、AはBと一(いつ)となり、Bを理解するのであり、Bを取り込むのである。しかしながら、同時に、AはAであるのである。だから、即非一性という成果があるとも言える。



............................

(海舌の解説)

対話は差異価値衝突であり、積である。
Renshi氏の「A*B」という数的表現は正しい。

 参照: 2007.10.13 Saturday
貨幣交換は象徴交換である。貨幣交換は「衝突」である。

 対話は、価値衝突と書いたが、価値交換とも言えるのであり、まさに、Renshi氏の次の認識は正しいのである。

⇒共振によって、AはBと一(いつ)となり、Bを理解するのであり、Bを取り込むのである。しかしながら、同時に、AはAであるのである。だから、即非一性という成果があるとも言える。

 和(差)とは、異次元の差異共立を表す記号である。差異が、互いに没価値的に接触しない状況を表す記号が(和、差)である。和、差の区別は別に説明する。

 ボールAとボールBが、互いに衝突すると、ボールAのエネルギーはボールBに移り、ボールBのエネルギーはボールAに移る。その瞬間、両者は反発して互いに反対方向に離れる。

 ボールAとボールBの衝突前と衝突後のエネルギー状態、つまり、価値状態は異なる。

 つまり、Renshi氏の記号を使うと、

A1
B1

 と表現できる。

 何等かの事情で、A1とB1が、再度、衝突すると、その現象は、

A1*B1と数的に表記できる。

 この「A*B」と「A1*B1」は、異次元の価値である。「A*B」と「A1*B1」は質的に同一ではない。偶然、エネルギー・レベルが数量的に同値であっても、存在する時刻が異なる。時刻は絶対的な異次元ファクターである。

 時刻を表す記号として、「1」「2」・・・を見ても良いだろう。

 Renshi氏の表現を用いると、

 A*B⇒A1*B1⇒A2*B2⇒・・・(Renshi氏の対話原理式 Original expression for dialog)

 は、連続衝突後のエネルギー状態、つまり、価値衝突(交換)後の状態を逐一に表現していると考えられる。

 この価値の連続衝突(交換)の「一つ一つの状態」、時間的視点からは、「残像」の和(差)が、対話の本質であろう。

 つまり、

 二者間対話は、

婆=1,2,3・・・n (Ak*Bk)(海舌(明日野)の対話一般式 General expression for dialog)

 と表現できるだろう。
http://blog.kaisetsu.org
/?eid=810088
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 

****************

「文学論」

「英文学形式論」は講義の第二部たる「文学論」の序章でもあった。前者は文学の形式について論じ、後者は内容について論じている。「文学論」はまた、今や中止せざるを得なくなった、漱石の「十年計画」の記念碑たるものだったが、漱石はのちにこれを『奇形児の残骸』(「私の個人主義」)と呼んでいる。この講義録を読むと、漱石の特質がよくわかる。つまり、客観性を重んじる分析的態度、持論の解説に必要な材料の完璧なまでの処理、あらゆる時代の権威者たちからの適切なる数多くの引用とそれに対する遠慮のない反論、文学的・非文学的見地からの鋭い観察に基づく、独創性あふれる洞察、西洋と東洋の文学の興味深い比較などがそれだが、中でもとくに注目されるのは、英文学に限らず、すべての文学そのものを支配する基本原理を突き止めようとする熱意だ。英文学は漱石にとって、文学の一つの側面にすぎなかった。今あげたような漱石の持つ特質が、「文学論」を、日本の文学者によって書かれた論文中最も重要な意味を持つものにしている。
 いかなる文学であれ、その内容はF+fという基本的な公式に帰する。Fは『焦点的印象または観念』を表し、fは『これに付着する情緒』を意味する。つまり、すべての文学の内容は観念的要素たるFと情緒的要素たるfの結合の結果である。Fは継続する意識の焦点、すなわち頂点を示し、したがって、個人の意識の中に瞬間的に現れる印象・観念だけでなく、その人の人生のある一時期、さらには、社会の進化の過程のある一時期に現れる印象観念をも含む。つまり、Fは心理学的基礎から出発し、社会的要因にまで発展する。このような論理の展開に沿って、漱石の講義は五つの大きな部分に分けられている。つまり、文学的内容の分類、文学的内容の数量的変化、文学的内容の特質、文学的内容の相互関係、集合的Fの五編だ。
 第一編で漱石は文学的内容を分類し、それによって文学の領域を明らかにしようとした。その領域は一般的に文学の領域と考えられている範囲、つまり、文学を純粋に知的な喜びと考える人間、その反対に道徳的観点から文学そのものの存在を否定する人間、どちらの種類の人間が考えている文学の範囲をも越える、非常に広範なものだ。人間が経験するすべての印象および観念は、三つに大別することができる。『(一)Fありてfなき場合すなわち知的要素を存し情的要素を欠くもの、たとえば吾人が有する三角形の観念のごとく、それに伴ふ情緒さらにあることなきもの。(二)Fに伴なうてfを生ずる場合、たとえば、花、星等の観念におけるがごときもの。(三)fのみ存在して、それに相応すべきFを認めえざる場合、・・・すなわちなんらの理由なくして感ずる恐怖など、みなこれに属すべきものなり。・・・以上三種のうち、文学的内容たりうべきは(二)にして、すなわち(F+f)の形式を具ふるものとす。』文学に表現される人間の基本的感覚要素は、触覚、温度、味覚、嗅覚、聴覚、視覚の六つだ。漱石はリボットの分類に従って、文学の内容となりうる心理的・感情的要素を二つに分けている。一つは恐怖、怒り、同情、自己観念、性的感情、愛情などの比較的単純な感情、もう一つは嫉妬、忠誠心、超自然的感覚、一般化された真実などの複雑な感情だ。そのあとに入念な例証が続くが、これは漱石が、感情こそが文学の試金石であると考えているためだ。言い替えるなら、文学は感情に始まり感情に終わる。人間のいかなる経験でも、それがfを引き起こすものでありさえすれば、文学になりうる。漱石はそう論じた後、文学の内容となりうるものすべて、つまりF+fという基本公式にあてはまるもののすべてが四つに分類されると言っている。つまり、『(一)感覚F、(二)人事F、(三)超自然F、(四)知識F』の四つだ。(一)はおもに自然界に関するもの、(二)は善悪喜怒哀楽を写した人間のドラマ、(三)は超自然あるいは宗教的な世界、(四)は人間のかかえる問題についての哲学的・精神的観念に関するものだ。この四つのFのうち文学の内容として最も効果的でないものは(四)の知識Fだ。なぜなら、文学においては、内容がより具体的であればあるほど、読者の感情を揺さぶることは少ないからだ。
http://soseki.intlcafe.info
/kenkyuu/index12.html
『漱石研究』

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