メルヴィルの『白鯨』とアメリカの資本主義のもつヤハウェ衝動:自己認識方程式による資本主義「批判」






2008年05月09日(Fri)
メルヴィルの『白鯨』とアメリカの資本主義のもつヤハウェ衝動:自己認識方程式による資本主義「批判」
この本を部分的に読んだが、最初、いわゆる観念史の同類かと思ったが、テキストを細かく読んで、文学テキストの思想を、外部の思想と照らし合わせていて、精緻な批評となっている。文学批評において優れた著書であると思う。私見では、その批評に哲学的理論を与えるとより体系的なものとなると思う。
 内容は文学テキスト『フランケンシュタイン』がもった能動的な神話性を解明している。『白鯨』やD.H.ロレンスの作品への解明は見事であると思う。とりわけ、第4章「侵犯の物語と産業の神話 ーー ホフマン、ホーソン、メルヴィル、ギャスケル」のメルヴィルの『白鯨』論はなにか天才的な洞察力を感じさせる。長文を引用したいが、今は余裕がないのでできないが、ここで、部分的に引用して、ポイントを言っておこう。

『実のところメルヴィルが探求しているのは、単純な資本主義の計画というものの内部にーーその貪欲な精神構造の中、その労働統制と権力委任の形態の中にーーひとたび野放しになれば、穏当なお目付け役には反抗などできなくなってしまうような、抑制のきかない独裁制と破壊的エネルギーを発揮する素質が潜んでいる可能性なのである。
   ・・・・・
エイハブによるピークォド号の強奪は、単純な商業取引を、その根底にある資本の「蓄積」への渇望、言い換えれば、個々の取引や生産行為を次なる段階への単なるステップとして利用しようとする抑制のきかない拡張主義者の衝動の下に従属することを、意味しているのだ。』 p.136〜p.137

私は、この非合理主義的な衝動がヤハウェ衝動というべきものと考えるのである。【これまで説明したように、神々(ヤハウェも神々の「一人」と考える)は、超越エネルギーないしはイデア・エネルギーであり、量子力学的エネルギーである。】
 これは、自己認識方程式で言えば、(+i)*-(-i)⇒-1、即ち、-[(+i)*(-i)]⇒-1である。とまれ、⇒-1がヤハウェ衝動であり、父権的独裁狂気(非合理的)衝動であると考えられるのである。そして、グローバリゼーション、ネオコン/ブッシュ、サブプライム・ローン等は、このヤハウェ衝動で説明できると思われるのである。
 - [(+i)*(-i)]⇒-1でわかるように、本来の差異共振性を否定するエネルギーである。言い換えると、差異共振性の裏返しだと思われるのである。また、差異共振性が、光=太陽ならば、この否定は、影=月であると考えられるのである。そして、この影=月が、「唯一神」のシンボルになるのは、ふさわしいと考えられるのである(イスラム教のアッラーのシンボルは月であるし、差異共振宗教と考えられる母権多神教のシンボルは光=太陽であると考えられる。神道のシンボルが太陽であり、一つの主神が天照大神であるのは、的確であると考えられる。)。
 ヤハウェ衝動とは、否定的な超越エネルギーであるから、実軸的な理性・知性(同一性理性・知性=近代合理主義)では制御できないのである。これは、ただ、プラトニック・シナジー理論による差異共振原理に立つときだけに、変換制御可能であると考えられるのである。今はここで留めたい。
 

フランケンシュタインの影の下に (異貌の19世紀) (単行本)
クリス ボルディック (著), Chris Baldick (原著), 谷内田 浩正 (翻訳), 山本 秀行 (翻訳), 西本 あづさ (翻訳)

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