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2008年02月06日(Wed)
徳冨蘆花
徳冨蘆花
テーマ:文学・哲学 『自然と人生』を少し立ち読みしたが、自然描写が、漢文調的な名文でなされている。とても、絵画的で、美しい描写である。絵画性は、トルストイに傾倒したせいだろうか。 そう、ほとんど詩と言ってもいい、自然絵画的文章である。残念ながら、青空文庫は、本書は作業中である。 wikipediaの下に引用を置いたが、とても音楽的かつ映像的な表現である。日本語の可能性がここにもあると言えよう。 少し引用しよう。なお、振り仮名は一部つけ、パソコンで出ない旧漢字は平仮名にした。 「 空山流水 或年の秋、十月の末であった、自分は塩原箒川(はふきがは)の支流鹿股川(かのまたがは)の畔(ほとり)の石に腰かけて居た。前夜凩(こがらし)が烈しく吹いて、紅葉は大抵散ってしまって、川床は殆(ほと)んど真紅になって居た。右も左も見上げる程の峰が細長く青空を限って、空にも川が流れて居るかと思はれた。秋末の事で、水は痩せ、涸れに、涸れて、所謂全石の川床の真中を流れて行く。川床は峰と峰との谷間をくねって、先下がりになって居るから、遠くまで流れの末が見へる。ちょうど川の末に一高峰が立ち塞(ふさが)って、遠くから見ると川は其峰(そのみね)に吸い込まれるかの様に思はれ、又山が、「此処(ここ)に居なさい、里に出て何になる、居なさい、居なさい」と水の流れを抱き止める様にも思はれる。 ・・・」 『自然と人生』岩波文庫 p. 59 徳冨蘆花 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (徳富蘆花 から転送) 移動: ナビゲーション , 検索 徳冨蘆花 徳冨蘆花 文学 画像:Lit.jpg ポータル 各国の文学 記事総覧 出版社 ・文芸雑誌 文学賞 作家 詩人 ・小説家 その他作家 徳冨 蘆花(とくとみ ろか、本名は徳富健次郎、明治 元年10月25日 (1868年 12月8日 ) - 昭和 2年(1927年 )9月18日 )は、日本文学 の小説家 。近年では探偵小説 の作家としても注目されている。思想家・ジャーナリストの徳富蘇峰 (猪一郎)は実兄である。本人は「徳冨」(「富」ではなく「冨」)の表記にこだわり、各種の文学事典、文学館、記念公園などは「冨」の字を採用している。 生涯 横井小楠 門下の俊英であった父・徳富一敬の次男として熊本県 水俣 に生まれる。熊本バンドの1人として同志社英学校 に学びキリスト教 の影響を受け、トルストイ に傾倒する。後年、夫人とともに外遊の際、トルストイの住む村を訪れ、トルストイと会見した。そのときの記録『順礼紀行』は、オスマン帝国 治下のエルサレム 訪問記も含めて、貴重な記録となっている。 兄の下での下積みの後、自然詩人として出発し、小説『不如帰 』はベストセラーになった。また、エッセイ『自然と人生』はその文章が賞賛され、一気に人気作家となった。しかし、国家主義的傾向を強める兄の蘇峰とは次第に不仲となり、1903年に蘇峰への「告別の辞」を発表し、絶縁状態となる。 1907年、北多摩郡 千歳村字粕谷(現・東京都 世田谷区 粕谷)に転居、死去するまでの20年間をこの地で過ごした。1910年の大逆事件 の際、幸徳秋水 らの死刑を阻止するため、蘇峰を通じて桂太郎 首相へ嘆願しようとするが間に合わず処刑されてしまう。直後に一高 での講演を依頼されると『謀叛論』の題で論じ、学生に深い感銘を与えた。 1927年 、病に倒れる。伊香保温泉 で蘇峰と再会し、「後のことは頼む」と言い残して亡くなったという。 蘆花の死後、旧邸宅は夫人より東京市に寄贈され、現在は蘆花恒春園 (面積約7万平方メートル)として開放されている。夫妻の墓のほか、徳冨蘆花旧宅も保存されている。蘆花の名前は、公園から徒歩15分の位置にある京王電鉄 京王線 芦花公園駅 にも残っている。熊本県 熊本市 には徳冨蘆花記念園、群馬県 渋川市 には徳冨蘆花記念文学館 がある。 [編集 ] 作品 * 『不如帰(ほととぎす)』 * 『灰燼』 * 『黒い目と茶色の目』 * 『思出の記』 * 『自然と人生』 * 『黒潮』 * 『寄生木(やどりぎ)』 * 『みみずのたはこと』 [編集 ] 関連項目 * 森戸辰男 * 河上丈太郎 [編集 ] 外部リンク * 徳冨 蘆花:作家別作品リスト (青空文庫 ) * 徳冨蘆花記念文学館 "http://ja.wikipedia.org/wiki /%E5%BE%B3%E5%86%A8%E8%98%86%E8%8A%B1 " より作成 カテゴリ : 日本の小説家 | 日本の推理作家 | 熊本県出身の人物 | 1868年生 | 1927年没 ******************* 蘆花は、「自然と人生」の中の「自然に対する五分時」―雑木林―でこういいます。 『余は斯(こ)の雑木林を愛す。 木は楢(なら)、櫟(くぬぎ)、榛(はん)、櫨(はじ)など、猶(なお)多かるべし。大木稀にして、多くは切株より族生せる若木なり。下ばへは大抵奇麗(きれい)に払ひあり。稀に赤松黒松の挺然林(ていぜんりん)より秀でて翆蓋(すいがい)を碧空に翳(かざ)すあり。 霜落ちて、大根ひく頃は、一林の黄葉錦してまた楓林(ふうりん)を羨まず。 ・・・ 春来たりて、淡褐、淡緑、淡紅、淡紫、嫩黄(どんこう)など和(やわら)かなる色の限りを尽くせる新芽をつくる時は、何ぞ独り桜花に狂せむや。 青葉の頃其林中に入りて見よ。葉々日を帯びて、緑玉、碧玉、頭上に蓋を綴れば、吾面も青く、もし仮睡(うたたね)せば夢又緑ならむ。 ・・・ 』(講談社 日本現代文学全集 徳富蘆花 p313-314) 徳富蘆花旧宅 http://www.asahi-net.or.jp /~hm9k-ajm/musasinobunngakusannpo /tokutomiroka/tokutomiroka1.htm ****************** 編者のことば 徳冨蘆花の文学 吉田正信(愛知教育大学教授) 漱石が出現する以前、文豪といえば徳冨蘆花であると見られた一時期があった。 中等教育の教材としても、かつては蘆花がすば抜けて多かった。 しかし今日の文学史においては、位置づけは傍流扱いにとどまっている。 生前の栄光については蘆花自身とまどいを見せていた。 だが戦後の不遇な扱いは、正当な評価によるものとはいえない。 蘆花に注目する識者は少なからずあり、継承すべき遺産としての再評価はいずれはなされなければならない課題であった。 他の作家に比べて遅れている蘆花研究の深化は、それを通じて近代の文学史・思想史の再検討も促すことになる、きわめて有意義な為事なのである。 明治大正期とかさなる六十年を生きた蘆花徳冨健次郎は、文学者としても人間としても興味深い独特の存在である。 読者の支持をえてロングセラーになった『不如婦』『自然と人生』『思出の記』は、蘆花によっても否定的に顧みられているが、平民主義の文学的達成として評価できる。 中絶した社会小説『黒潮』の構想には、日本だけでなく兄蘇峰との愛憎関係の解脱も託されていたと見られる。 その執筆動機は晩年の『冨士』にまで続く。 日露戦後、指針を求めての聖地とトルストイ訪問は、蘆花ならではの壮挙であった。 講演「謀叛論」は不朽の文学、とは中野好夫の弁であり、『新春』を特異な告白文学と評したのは荒正人であった。 「美的百姓」の心境を映した『みゝずのたはこと』の滋味も尽きないものである。 発狂の噂まで流れたが、人間としてはきわめて真摯。 社会だけでなく自己のなかの、理念と現実の矛盾の克服に、苦闘し悩み抜いた生涯であった。 『蘆花全集』は没後まもなく全20巻の立派な全集が編まれたが、今日では特に本文校訂などの不備のため、研究資料としては依拠しがたいという憾みがある。 その不備を補うのが今回の複刻による著作集である。 この有用性は、完全に近い全集が刊行されても、本文の手堅さゆえに失われることはない。 蘆花没後七十一年、活用されてどのような研究成果が見られるか、期待されるわけである。 http://bookweb.kinokuniya. co.jp/htm/4820528149.html 同分類検索 徳富蘆花集 第11巻〜第20巻,別巻 ISBN:9784820528142 (4820528149) ・徳富蘆花 ・吉田正信 日本図書センタ− 1999/02出版 22cm 11冊 [A5 判] NDC分類:918.68 販売価:\147,000(税込) (本体価:\140,000) * **************** 宮沢賢治の『ポラーノの広場』と共同体 テーマ:トランス・モダン社会の創造・構築 宮沢賢治の『ポラーノの広場』を読んで、作者は共同体社会、思うに、組合共同体を考えていたのではないかとふと思った。積極的な意味での、アナーキズムがあるのかもしれない。ユートピア主義とも言えるだろう。社会主義や共産主義だろうか。どうも、そうではないと思う。個を重視しているからである。研究が必要である。そう、直感では、宮沢賢治は、日本文化にある、いわば、差異共同体のようなものを探求していたのではないだろうか。コスモス的差異共同体と言っていいだろう。 *************** ポラーノの広場のうた つめくさ灯ともす 夜のひろば むかしのラルゴを うたいかわし 雲をもどよもし 夜風にわすれて とりいれまぢかに 年ようれぬ まさしきねがいに いさかうとも 銀河のかなたに ともにわらい なべてのなやみを たきぎともしつつ はえある世界を ともにつくらんhttp://www.aozora.gr.jp /cards/000081/files/1935_19925.html ポラーノの広場 宮沢賢治 *************************** ポラーノの広場 祝祭的な場所としてのポラーノ広場をめぐる争い ポラーノの広場はモリーオ市の郊外にあると伝えられる野原のまん中の祭りの場所で、「そこへ夜行って歌へば、またそこで風を吸へばもう元気」がつくとか、オーケストラがあって「誰(たれ)でも上手に歌へるやうになる」と言われている。こうした祝祭的な場所を選挙のための酒盛りの場にしてしまった既得権益をもつ人たちと、むかしのをポラーノ広場を自分たちの手にとりもどそうとする若者たちとの争いが演じられる。 http://www.kenji-world.net /works/texts/porano.html **************** 宮沢賢治 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 賢治の作品にはコスモポリタン的な雰囲気があり、軍国的要素やナショナリズム的な要素を直接反映した作品はほとんどみられないが、賢治は24歳に国柱会に入信してから、時期によって活動・傾倒の度合いに差はあるものの生涯その一員であり続けたので、その社会的活動や自己犠牲的な思想について、当時のファシズム 的風潮や国柱会、ユートピア 思想(「新しき村 (武者小路実篤 )」、「有島共生 農場(有島武郎 )」、トルストイ ・徳富蘆花 、「満州 ・王道楽土 (農本主義 者・加藤完治 )」など)の影響を考えるべきであるという見解も見られる。 戦後は賢治の生き方や作品にみられるヒューマニズム や平和主義 的側面が注目され、特に近年はエコロジー 思想とも関連づけられて高く評価されることが多い。 http://ja.wikipedia.org/wiki/ %E5%AE%AE%E6%B2%A2%E8%B3%A2%E6%B2%BB
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