安部公房 |
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2007年10月06日(Sat)
安部公房
高校生や大学生の頃、大江健三郎の作品とともによく読んだ。確かに、日本では珍しい知的な作家である。カフカのような、なにか不思議な感じを醸し出す点に惹かれたのかもしれないが、私は、それから読まなくなってしまった。D.H.ロレンスは、読書は量ではなく、反復することに意義があると述べていた。
またいつか読みたいが、しかし、なぜ、離れてしまったのだろうか。十代の頃、あれほど惹かれたカフカの作品もその後は、読まなくなってしまったのと似ているのかもしれない。 思うに、神秘の心が、その後、私には枯渇してしまったように思う。そう、70年代という日本文化の分水嶺において、日本は、経済中心主義となり、精神・神秘を捨てた。この問題は余裕のあるとき、再考したい。 p.s. 神秘は、Media Pointとして、知的に復活したとは言える。不連続的差異論やプラトニック・シナジー理論が生まれる前に、私が求めていたコスモスは、神秘の追求の延長であると言えよう。そう、また、プラトンの著書に惹かれたのも、神秘と関係する。・・・ 安部公房 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション , 検索 文学 画像:Lit.jpg ポータル 各国の文学 記事総覧 出版社 ・文芸雑誌 文学賞 作家 詩人 ・小説家 その他作家 安部 公房(あべ こうぼう、1924年 3月7日 - 1993年 1月22日 )は、東京府 北豊島郡(現東京都 北区 )生まれ(本籍地 は北海道 旭川市 )の小説家 、SF作家 、劇作家 、演出家 、脚本家 。本名は漢字は同じであるが、公房の読み方は「きみふさ」。 来歴 満州医科大学(現・中国医科大学)の医師 である父・安部浅吉と、母・よりみの長男として生まれる。1925年、1歳の時に家族と共に満州 (現・中国東北部)に渡り、奉天 市(現・瀋陽 市)に居を構え、幼少期を満洲 で過ごす。1940年 に満洲の旧制奉天第二中学校を4年で卒業。帰国して旧制成城高等学校 (現・成城大学 )理科乙類に入学。冬に、軍事教練の影響で肺浸潤 にかかり休学し、奉天の実家に一時的に帰って療養する。 1943年 9月、戦時下のため繰上げ卒業し、10月に東京帝国大学 医学部 医学科に入学。1944年、20歳の時に文科系学生の徴兵猶予が停止されて次々と戦場へ学徒出陣 していく中、「次は理科系が徴兵される番だ」と感じ、また「敗戦が近い」という噂を耳にし、本土決戦 に巻き込まれることを避けるために、中学時代の友人と「重度の肺結核 である」との診断書 を偽造して「療養のため」と称し、大学を休学して、年末に船で満州の奉天に帰る。1945年(21歳)、実家で開業医となった父の手伝いをしていた時に、8月15日 の終戦を迎える。 冬に発疹チフス が大流行し、診療にあたっていた父が感染して死亡する。1946年、22歳の時、敗戦のために家を追われ、奉天市内を転々とし、サイダー 製造などで生活費を得る。年末、引き上げ船にて帰国(この際、船中でコレラが発生し、この体験が後の『けものたちは故郷をめざす』の背景となる)。 北海道 の祖父母宅へ一家で身を寄せる。1947年、23歳の時に単身上京して大学の一学年下のクラスに復学する。三月、女子美術専門学校(現・女子美術大学)の学生である山田真知子(後年、画家 として安部の作品の装訂 や舞台美術を手掛けることになる)と学生結婚する。1948年 に卒業するものの、医師国家試験 に不合格となる。 1947年 に、安部は満洲からの引き上げ体験のイメージに基づく『無名詩集』を、謄写版印刷により自費出版した。詩人ライナー・マリア・リルケ や哲学者マルティン・ハイデッガー の影響を受けたこの62ページの詩集には、失われた青春への苦悩と、現実との対決の意思が強く込められていた。 同じく1947年に、安部は「粘土塀」と題した処女長編を、成城高校時代のドイツ語 担当教員・阿部六郎 の許に持ち込んだ。この長編は、一切の故郷を拒否する放浪の後に、満洲の匪賊の虜囚となった日本人青年が書き綴った、三冊のノートの形式を取った物語であった。「粘土塀」の内容に深い感銘を受けた阿部は、この作品を文芸誌『近代文学 』の創刊者の一人である埴谷雄高 に送り、「粘土塀」の内の「第一のノート」が、翌年2月の『個性』に掲載された。この作品が縁となって、安部は埴谷雄高、花田清輝 、岡本太郎 らの運営する「夜の会」に入会した。埴谷、花田らの尽力により、1948年10月に、「粘土塀」は『終りし道の標べに』と題されて、真善美社から一冊の単行本として刊行された。埴谷は、安部を高く評価しており、後の『壁』の書評においては、安部が自分の後継者であるばかりか、自分を越えたとまで述べている。 1950年 には、勅使河原宏 や瀬木慎一 らと共に「世紀の会」を結成した。 1951年 、『近代文学』2月号において、安部の短編「壁―S・カルマ氏の犯罪 」が発表された。「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、ルイス・キャロル の『不思議の国のアリス 』に触発された作品であり、テーマとして満洲での原野体験や、花田清輝の鉱物主義の影響が含まれていた。「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、1951年上半期の第25回芥川賞 を、石川利光 の「春の草」(『文學界 』)と同時受賞した。選考会の席上で、「壁」は、選考委員の宇野浩二 から酷評されたものの、同じく選考委員の川端康成 および滝井孝作 の強い推挙が受賞の決め手となった。同年5月に、「壁―S・カルマ氏の犯罪」は、「S・カルマ氏の犯罪」と改題の上、短編「バベルの塔の狸」および短編集「赤い繭」と共に、石川淳 の序文を添えて、安部の最初の短編集『壁 』として出版された。 1950年代には、前衛芸術の立場に関心をもち、野間宏 とともに『人民文学』に参加する。その流れで、『人民文学』が『新日本文学』と合流してからは新日本文学会 に所属し、日本共産党 に所属していた時期もあった。しかし、1961年 に、日本共産党が綱領を決定した第8回党大会に批判的な立場から、党の規律にそむいて、意見書を公表し、その過程で党を除名された。 1973年に自身が主宰する演劇集団「安部公房スタジオ 」を発足させ、本格的に演劇活動をはじめる。発足時のメンバーは、新克利 、井川比佐志 、伊東辰夫 、伊藤裕平 、大西加代子 、粂文子 、佐藤正文 、田中邦衛 、仲代達矢 、丸山善司 、宮沢譲治 、山口果林 の十二名。安部公房スタジオは堤清二 のバックアップにより日本では主に渋谷西武劇場で、海外公演もそれぞれ積極的に行ない、1979年 のアメリカ公演での上演作品「仔象は死んだ」は、その斬新な演劇手法が反響を呼び、以後各国の演劇界に影響を与えたが、日本では思うような評価が得られず、1980年代に活動を休止してしまう。 安部はドイツ の思想家、エリアス・カネッティ に、彼がノーベル賞を受けた1981年前後から注目していたが、同じ頃、親友であるドナルド・キーン 氏の薦めでコロンビアの作家、ガブリエル・ガルシア=マルケス を読み、その作品に衝撃を受ける。以後、安部は、自著やテレビなどで盛んにカネッティやマルケスを紹介し、かれらの作品を一般の読者に広める功績を残した。 1992年 12月25日 深夜に脳内出血で倒れ、退院後に自宅療養を続けるが、1993年1月20日から症状が悪化し、1月22日早朝に急性心不全により死去。享年68。 大江健三郎 は、安部公房をカフカ やフォークナー と並ぶ世界最大の作家と位置づけており、安部がもっと長生きしていれば、ノーベル文学賞を受賞したであろうと言う事を述べている。 日本人で初めてワープロ で小説を執筆した作家である(1984年から使用)。使っていたワープロはNEC の『NWP-10N』と『文豪 』であった。また、ピンク・フロイド の大ファンであり、まだ普及する以前に、シンセサイザー を購入し、使用していたなど意外な一面を持っていた(その当時シンセサイザー を所有していたのは冨田勲 、NHK (電子音楽スタジオ)、そして安部の三人のみだったが、職業的な面以外で使用していたのは安部のみである)。NHKで放送されたインタビュー番組では、所有機で自身の演劇作品のために、みずから製作した効果音等を公開している。また、安部はクラシックの作曲家ではバルトークを好んでいた。 安部公房は、趣味の領域を越えた写真マニアとしても知られ、彼ならではのインテリジェンスに満ちた作品を多く残している。現在、それらの一部は現行版の安部公房全集(新潮社)の箱裏と見返しに見ることができる。愛機はコンタックスで、安部が好きな写真のモチーフはごみ捨て場など。 ジャッキを使わずに巻ける簡易着脱型タイヤ・チェーン『チェニジー 』を発明したことでも有名。 [編集 ] 略歴 * 1948年 - 処女小説『終わりし道の標べに』を刊行。 * 1950年 -「赤い繭 」で戦後文学賞を受賞。 * 1951年 -「壁 S・カルマ氏の犯罪 」で芥川賞 を受賞。 * 1958年 - 戯曲『幽霊はここにいる』で岸田演劇賞受賞。 * 1963年 -『砂の女 』で、読売文学賞 を受賞。 * 1967年 - 戯曲『友達』で谷崎潤一郎賞 を受賞。 * 1968年 -『砂の女 』でフランスの最優秀外国文学賞を受賞。 * 1973年 - 演劇集団「安部公房スタジオ」を結成、主宰。 * 1974年 - 戯曲『緑色のストッキング』で読売文学賞を受賞。 * 1975年 - 5月13日、アメリカ・コロンビア大学 から名誉人文科学博士の称号を受ける。 * 1977年 - 米国芸術科学アカデミー 名誉会員に推される。 * 1986年 - 簡易着脱型タイヤ・チェーン『チェニジー』により「第10回国際発明家エキスポ86」で銀賞を受賞 * 1992年 - 12月25日 深夜、執筆中に脳内出血による意識障害を起こし入院。 * 1993年 - 1月22日 、急性心不全のため、死去。享年68。 参考 * 『砂の女』は1964年 に東宝 より映画化された。監督:勅使河原宏 、脚本:安部公房、音楽:武満徹 、出演:岡田英次 、岸田今日子 。 * 『他人の顔』は1966年 に東宝 より映画化された。監督:勅使河原宏 、脚本:安部公房、音楽:武満徹 、出演:仲代達矢 、京マチ子 。 * 『燃えつきた地図』は1968年 に東宝 より映画化された。監督:勅使河原宏 、脚本:安部公房、音楽:武満徹 、出演:勝新太郎 、市原悦子 。 * 死後、『飛ぶ男 』などの遺作が、ワープロのフロッピーディスクから発見されるという、当時としては珍しい遺作の発見のされ方が話題となった。 [編集 ] 作品リスト [編集 ] 小説 * 『カンガルー・ノート 』 * 『R62号の発明・鉛の卵』 * 『カーブの向う・ユープケッチャ』 * 『けものたちは故郷をめざす』 * 『飢餓同盟』 * 『砂の女 』 * 『終りし道の標べに』 * 『笑う月』 * 『水中都市・デンドロカカリヤ』 * 『石の眼』 * 『他人の顔 』 * 『第四間氷期 』 * 『燃えつきた地図 』 * 『箱男 』 * 『壁 』 * 『方舟さくら丸 』 * 『密会 』 * 『夢の逃亡』 * 『人間そっくり』 * 『榎本武揚』 * 『飢えた皮膚』 * 『闖入者』 * 『棒 』 * 『飛ぶ男 』 [編集 ] 戯曲 * 『無関係な死・時の崖』 * 『友達 ・棒になった男』 * 『幽霊はここにいる・どれい狩り』 * 『緑色のストッキング・未必の故意』 * 『安部公房創作劇集』 * 『安部公房戯曲全集』 [編集 ] 映画 * 『壁あつき部屋』 脚本 * 『おとし穴』 原作・脚本 * 『砂の女』 原作・脚本 * 『他人の顔』 原作・脚本 * 『燃えつきた地図』 原作・脚本 * 『友達』 原作 [編集 ] ラジオドラマ * 『ひげの生えたパイプ』 * 『お化けが街にやって来た』 * 『棒になった男』昭和32年11月29日放送 文部省芸術祭奨励賞受賞 演出/大坪二郎 音楽/佐藤勝 出演/宇野重吉 芥川比呂志 [編集 ] 評論 * 『死に急ぐ鯨たち』 * 『内なる辺境』 * 『反劇的人間』(ドナルド・キーン との対談集) * 『砂漠の思想』 * 『猛獣の心に計算器の手を』 * 『裁かれる記録』 [編集 ] 詩集 * 『無名詩集』 (自費出版) [編集 ] 紀行 * 『東欧を行く−ハンガリア問題の背景』 [編集 ] 関連人物 * 石川淳 * 花田清輝 * 三島由紀夫 * ドナルド・キーン * 堤清二 * 武満徹 * 大江健三郎 * 勅使河原宏 * 高野斗志美 * 山口果林 * 安部真知 [編集 ] 参考文献 * 谷真介 編『安部公房文学語彙辞典』増補版、スタジオVIC、1981年4月。 * 谷真介著『安部公房レトリック事典』、新潮社、1994年8月。ISBN 4-10-399101-1 * 谷真介編著『安部公房評伝年譜』、新泉社、2002年7月。ISBN 4-7877-0206-8 [編集 ] 外部リンク * Abe Kobo (英語) * 安部公房研究 "http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89 %E9%83%A8%E5%85%AC%E6%88%BF " より作成 カテゴリ : 日本の小説家 | 日本の劇作家 | 日本のSF作家 | 芥川賞受賞者 | 1924年生 | 1993年没 |
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