現象の外観とは何ぞ哉:超越的視覚美と現象的視覚美の対立:トランス・モダンとモダン |
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2007年09月24日(Mon)
現象の外観とは何ぞ哉:超越的視覚美と現象的視覚美の対立:トランス・モダンとモダン
今は簡単に触れるが、現象の外観とは何か、ということである。私の経験からは、一般には、外観には、人間の内面が透けて見えることが多いが、いったい外観とは何を意味するのか。
外観には内面・性格が透けて見えるという私の「視覚」的直観であるが、それは、何を意味しているのだろう。先に、超越光と現象光が融合すると言ったが、超越光で内面・性格を見ているように思われるのである。つまり、その人の精神の光(超越光)が、相貌として現われると思うのである。ペテン師の人間は、ペテン師の相貌が外見に浮き出るのである。 思うに、この精神的視覚の無い人間には、当然ながら、精神の光(超越光)は見えないことになる。そして、近代合理主義は、精神を排除しているので、現象光の外観しか見ていないことになる。同一性中心主義である。差異認識が欠落しているのである。精神的盲目である。(思うに、今日、精神盲が何と多いことか。) とまれ、問題は、外観の美とは何かである。若い時は、肉体が確かに美的であり、年をとると肉体が衰えて、醜くなる。しかし、若さには、ほとんど、精神の美はない。 とまれ、確かに、外観の美があり、それは精神とはまったく関係がないと言えよう。感覚美である。西洋近代は、感覚美を求めたと言えよう。ピューリタンたちの潔癖な綺麗好きがあるだろう。問題は、美醜の二項対立である。美を肯定して、醜を排除するという二項対立力学である。これは正に、同一性の問題である。美=同一性、醜=差異であり、醜は排除されるのである。 これは、感覚感情的二項対立である。精神的知覚が欠けているのである。つまり、感覚感情欲望が、美=同一性、醜=差異の二項対立を形成するのである。例えば、前者に白色人種、後者に有色人種を入れて考えればいいのである。感覚感情美とは、実に差別的である。 先に二つの視覚があると言った。超越的視覚と現象的視覚である。そして、外観美には現象的視覚が関わる。近代合理主義において、現象的視覚=同一性的視覚が中心化して、超越的視覚=差異的視覚を否定・排除・隠蔽すると考えられる。外観美とは現象的視覚=同一性的視覚の欲望に囚われたものであり、その二項対立的力学によって、超越的視覚=差異的視覚による精神的美を排除すると言うことができる。 ということで、外観美とは、差異哲学から見ると、危険なものである。現代の化粧中心主義は、悪しきものである。それは、近代主義そのものであると言えよう。 視覚、二つの視覚があるのである。超越的視覚と現象的視覚である。前者を取り戻さないといけないのである。イタリア・ルネサンスは、両者が混淆していたのである。近代合理主義は、超越的視覚を排除してしまったのである。近代・現代の美術は、超越的視覚を取り戻そうとしたが、モダニズムという概念によって、再発動した超越的視覚を明瞭・明晰に把捉することを妨げられて、美術は混乱してしまった。これは、文学や音楽にも言えることである。 以上で、本稿の問題は解明されたこととしたい。
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