「わたし」とは何か:「二つ」の「わたし」:差異共振の光における超越的存在






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2011年02月27日(Sun)
「わたし」とは何か:「二つ」の「わたし」:差異共振の光における超越的存在
「わたし」とは何か:「二つ」の「わたし」:差異共振の光における超越的存在

テーマ:Media Point:MP1⇒MP2

先に、虚実ラセン体(気霊体と物質体の二重構造)の提示まで言ったが、知性と感性については、課題となっていた。
 以前、シュタイナーの翻訳における「自我」とは大誤訳ではないかと指摘した。何故なら、シュタイナーはichと言っているからである。
 とまれ、今は、「わたし」を問題にしたい。これは、自我に限定できない。
 端的に言えば、「わたし」とは個である。しかし、自我的側面はある。しかし、自我主義ではない。
 そう、「わたし」は少なくとも「二つ」あると思う。一つは、他者の「わたし」であり、一つは、自我としての「わたし」である。ならば、言い換えると、自我と非自我(他者)の「わたし」が存するのである。
 しかし、非自我(他者)の「わたし」とは、明確な「科学」(哲科学)的な規定ではない。
 とまれ、「二つ」の「わたし」が即非関係を形成するのである。
 そう、あえて言えば、二つの「知」があるのである。これが的確だと思う。
 PS理論から言えば、凸iの「知」と凹iの「知」があるのである。これは重要である。「知」と設定するのが重要である。これまで、凹iは感性的なものと 見られてきたからである。凹iを感性と見るのは、平凡、凡庸な発想である。二つの「知」(以下、鍵括弧を外す)が存すると見るのが、的確だと思う。
 これは、「光」の知と「闇」の知、陽の知と陰の知と言い換えられる。
 思うに、哲学とは本来のこの二つの知を扱ってきたと考えられる。しかしながら、近代科学は、「闇」の知を否定して、「光」の知のみを扱ってきたと考えられる。物質主義科学である。
 ロマン主義、神秘主義、深層心理学等は、「闇」の知を探究したと言えようが、一種反動性をもっているだろう。
 さて、「闇」の知とは直観、直観知、あるいは、内的知・触知ではないだろうか。それに対して、「光」の知とは、対象知、ロゴス知、あるいは、外的知・分離知ではないだろうか。
 そして、両者が共振して、即非様態、いわば、即非認識が形成されよう。
 問題は、「闇」の知である。これは、「光」の知とは異なり、直截な知である。いわば、「物自体」の知である。
 本題にもどると、結局、「二つ」の「わたし」とは、いうならば、「光」の「わたし」と「闇」の「わたし」である。
 自我においては、通常、両者が連続的同一性体となっていると考えられる。故に、自己は自己に無知の状態である。
 さて、問題は、media pointにおける「二つ」の「わたし」の意味である。ここで、作業仮説として、両者の共振、差異共立・共振が、超越光・大光、簡単にして、光を発生させるとする。
 いったい、それは何なのだろうか。それは、現象光(外的光)ではないだろう。内的光だろう。
 この根源は、超越的存在凹であると考えられる。凹⇒凸i*凹iである。問題は、この光に対する認知である。
 思うに、この光は、いわば、神秘的な光である。霊光である。これは、通常の視覚では知覚できない。
 このとき、凸iは不可知論的になるだろうが、なんらか言語化しようとするだろう。つまり、言語的秩序化である。
 そして、凹iは、この神秘の光と一体化するだろう。正に、神秘感があると言えよう。神秘を触知しているのである。いうならば、「神」に接触しているのである。
 この差異共振はMP1、虚軸のmedia pointである。そして、凸iの「光」の「わたし」は、第二象限世界を構築(ロゴス化、秩序化)し、凹iの「闇」の「わたし」は、第三象限世界を直観していると言えよう。
 凸iに傾斜していれば、合理主義を生むだろう。しかし、凹iが活性化しているならば、神秘主義を生むだろう。あるいは、超越主義を生むだろう。
 整理すると、MP1、虚軸のmedia pointにおいて、超越的存在凹が関与しているということになる。以前、述べたが、凹⇔凸i*凹iの循環数式がここには成り立っているのではないだろうか。
 結局、凹iは超越的存在凹を直観しているのであり、その事象は第三象限の事象であり、それが、超越的な光の認知に通じるのだろう。というか、差異共振が超越的光ではないのか。それを、凹iは直観しているということではないだろうか。それが、第三象限の事象ではないのか。
 とまれ、超越的存在に直截に接しているのは、凹iである。そして、いわゆる、霊Spiritiとは、ここで感知できるものであろう。思うに、凹と凹iと 凸iを三一体と捉えることができるのではないだろうか。根源的三一性である。これを作業仮説とすれば、敷延して、凸iの三一性、凹iの三一性、そして、凹 の三一性、凸の三一性が考えられるのではないだろうか。凸iの三一性と凹iの三一性は、易の上部の三元性(三爻)、下部の三元性(三爻)と通じるのではな いだろうか。また、それは、六芒星形を形成するのではないだろうか。また、4×3=12で、黄道十二宮の十二に通じるのではないだろうか。
 また、7のサイクル数であるが、それは、凸iの3と凹iの3とmeidia pointの1を足したもので説明できないか。
 とまれ、以上、思考実験であり、整理しつつさらに検討したい。

追記:先に、気の身体、名づけて、気霊体(シュタイナーのエーテル体)を差異共振体で説明し、上記では、「わたし」の体の解明を、やはり、差異共振体によって試みた。
 そうすると、問題は、気と「わたし」の関係をどうするかである。今のままでは、気と「わたし」は重なってしまい、区別がつかない説明に留まっているからである。
 そこで、これまた、作業仮説であるが、気霊体を敷延して、それを三重身体、三重気霊体と想定するのである。そして、そこには、「わたし」の気霊体があり、シュタイナーの言うアストラル体(感情身体)と本来の気の身体があるとするのである。
 しかしながら、アストラル体は、凹iで説明できそうである。
 ならば、二重気霊体で済みそうである。とまれ、今は思考実験の段階なので、自由に発想していきたい。
 上述では、「二つ」の「わたし」を説いた。凸iの「わたし」と凹iの「わたし」である。自我は前者で説明ができよう。そして、アストラル体は、後者で説明ができるのではないだろうか。これは、動物的本能に関係するように思われる。
 すると、本来の気の身体はどう説明できるだろうか。「二つ」の「わたし」の差異共振が気の身体を形成するということなのだろうか。
 これまでの、論理の展開からはそうなるのである。しかしながら、これでは、森羅万象、人間になってしまうだろう。
 やはり、差異共振を多重化する必要があると思われる。
 今は、シュタイナーの精神科学の視点を借りて、暫定的に説明してみると、やはり、三重の気霊体と差異共振に見る。一つは、「わたし」の気霊体であり、一つは、アストラル体の気霊体であり、一つは、本来の気の身体とする。
 そうすると、私の考えと齟齬をきたすが無視して続けると、結局、先の気霊体の虚実二重体と合わせると、シュタイナーが説くように、「わたし」の体、アストラル体、エーテル体、物質体の四重体としての人体が説明できる。
 そして、思うに、霊とは「わたし」の体であり、魂とはアストラル体になる。
 以上は暫定的な説明である。
 私の直観では、凹と凸iと凹iの三一体が霊魂である。これが不滅である。そして、凸iと凹iが差異共振して活性化したときが生命の誕生であり、差異共振 が停止したときが、死である。そして、その三一体が「霊界」に向かうのである。端的に言えば、第三象限が「霊界」かもしれない。
 さて、ここで、齟齬について考えると、私はアストラル体は、凹iではないかと考えていることから生じるのである。
 だから、三重体は必要ないのである。つまり、「二つ」の「わたし」の気霊体と本来の気の身体の二つの体で済むのである。
 言い換えると、精神体と気的身体をどう関係づけるのか、ということになる。
 両者は連続的なのか、不連続なのかが重要である。とまれ、簡単にすると、精神と気との関係である。
 ここで、迂回して考えよう。例えば、大地の気、森の気、山の気、川の気を感じることができる。これは、当然、大気と関係するが。
 それは、直感では、凹iとmedia pointで感知するものである。そうすると、気と精神はいわば、繋がっているが、それは、果たして、連続的なのか、否かである。
 また、作業仮説すると、精神は気を包摂する高次元のものと考える。そうならば、精神が気を感知してもおかしくないのである。
 そうすると、高次元の精神が、ある展開によって、気に転化するという考え方はありうるのである。PS理論は基本的に精神から物質が生起すると考えるのだから、精神から気への転化という考えは、合理的である。
 そうならば、精神⇒気⇒物質という図式になる。そうすると、以前考えたように、ガウス平面の原点、media pointにおいて、直交する第三の軸を想定する必要が出てくるのではないだろうか。その軸をz軸とすると、z軸に精神があり、それが、差異共振した結 果、気の陰陽をy軸に生む。そして、それが、差異共振して、x軸に物質を形成するという説明が生まれる。この三次元はいわば、ガウス立体である。
 そうならば、z軸に「二つ」の「わたし」が、陰陽的に、双極的に存する。そして、それが、展開して、y軸に気の陰陽を生起するということになる。
 そう仮定すると、「二つ」の「わたし」の根源は何になるだろうか。やはり、x軸の凹でいいのではないだろうか。つまり、凹が自己分割して、z軸に「わたし」の双極性を形成する。そして、その後、y軸に気の双極性を形成するという順序になる。
 今はここで留める。



超越的精神と自然:media pointの「体」:気霊体と物質体:精神霊体(精霊体)?

テーマ:哲学と精神科学:コスモス精神科学の構築

今は簡単に問題に触れるだけである。
 Media Pointにおいて、虚的な(二重)ラセンが発生する。これが、精神的フィルターを介して、物質化すると考えられるつまり、ここには、虚的なラセンと実的 なラセンの二重体があると思われるのである。これを二重ラセンと呼ぶと、DNAと間違えるので、紛らわしい。
 とりあえず、虚実ラセン体と呼んでおこう。結局、自然の造物は、この虚実ラセン体ではないだろうか。これは、生命体にも、非生命体にも当てはまると考え られる。言い換えると、虚実ラセン体とは、ベクトル・モードであり、渦巻き星雲にも、樹木にも、人体等にもあてままると考えられる。つまり、森羅万象にあ てはまると考えられる。
 思うに、虚ラセン体とは、東洋の気の身体ではないだろうか。造語すれば、気霊の身体、気霊体である。シュタイナーの精神科学で言えば、エーテル体と考えられる。
 そうならば、人間の精神はどう説明できるだろうか。感性や知性はどう説明できるだろうか。
 シュタイナーの悪魔論の解明のときの考え方から言えば、なんらかの虚ラセン体、変異、特異な虚ラセン体で説明できないだろうか。これは、問題としておく。
 
 次に、黄道十二宮や太陽系の発生について考えたい。今は、前者に限定すると、これは、地軸の傾斜による歳差運動から説明されているが、12という数に注目したい。
 ここで、思考実験であるが、双極子が四極性(凹、凸i、凹i、凸:あるいは、四大=地水火風)をもつとすると、各極に三元性があれば、4×3=12とい う数が生まれることになる。また、作業仮説であるが、各極を三一体と考えられれば、12元性は考えられることになる。つまり、たとえば、凹を根源的に、三 一体と見るのである。そして、三一体が凸i、凹iにも、そして、凸にも発生するとみるのである。
 以上、予備考察である。

参考:

歳差
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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歳差(さいさ、precession)または歳差運動(さいさうんどう)とは自転 している物体の回転軸が、円 をえがくように振れる現象である。歳差運動の別称として首振り運動、みそ すり運動、すりこぎ運動の表現が用いられる場合がある。
物理現象としての歳差 [編集 ]


地球ゴマ の歳差運動。
一般に剛体 が角運動量 を持つとき、その回転軸が慣性主軸 で無いならば外力が無くても回転軸は慣性主軸のまわりを振れ回るような動きをする。これを自由歳差運動 という(地球 の自転運動では、これは極運動 の自由章動成分として現れる)。
回転軸が重心 を通る慣性主軸 であれば回転 は安定的だが回転軸をひねるような向きのトルク を与えると、自転軸が円を描くように振れる。典型的な例は回転するコマ の首振り運動である。歳差運動をする物体の自転軸はすりこぎ を擦るように両端が円を描いて回転する。
コマがこのような運動をするのはコマの自転の角運動量 ベクトル に対してコマに働く重力 によるトルクが軸を倒す方向に継続的に加わる結果、自転の角運動量ベクトルが大きさを変えずに向きだけ回転するためである。これは、中心力 によって等速円運動している物体が継続的に加わる中心力によって運動量 ベクトルの大きさを変えずに向きだけを回転させているのと同じ関係である。
天文学における歳差 [編集 ]


歳差運動。地球が公転する際にコマが首を振るように約25800年かけて自転軸が回る。
天文学 においては地球 の歳差運動、すなわち地球の自転軸がコマの首振り運動のような回転をしているために春分点 ・秋分点 が黄道 に沿って少しずつ西向きに移動する現象のことを指して歳差と呼ぶことが多い。この歳差の周期は約25,800年である。
この地球の歳差運動の原因は地球の形状が赤道 部分の膨らんだ回転楕円体 であるため、太陽 や月 の重力による潮汐力 によって赤道部分の膨らみを黄道 面と一致させようとする方向にトルクを受けているためである。これを日月歳差という。日月歳差によって天の北極や赤道が動く。
また地球の公転 運動に対しては、惑星 の引力がわずかではあるが影響を及ぼしている。これによって、地球の軌道つまり黄道 が動く。この変化は春分点 の移動と、黄道の傾斜角度の変化となって現れる。これを惑星歳差という。惑星歳差は日月歳差に比べてきわめて小さい。
この歳差のために、天の北極 は天球 上で黄道北極 を中心とする円を描く。現在の北極星 はこぐま座 α星(ポラリス )だが、紀元前2000年 頃には天の北極はりゅう座 α星(トゥバン )の近くに位置していた。西暦14000年 頃には天の北極はこと座 のベガ 近くに移動する。
歳差による春分点の移動を最初に発見したのは、紀元前150年 頃のギリシャ の天文学者 ヒッパルコス である。彼は黄経180度・黄緯0度にほぼ近い位置にあるおとめ座 のスピカ を使い、皆既月食 の時に月とスピカの角距離 を測った。日食や月食は黄道と白道 の交点でしか起こらないので、日食・月食時の月や太陽は必ず黄道上にいる。従ってこの時のスピカとの角距離は、そのままスピカと月または太陽との黄経 の差になる。ヒッパルコスはこの黄経の差を、彼の時代より約150年前のティモカリス が作った星表 と比較して黄経の値が変わっていることを発見した。彼はスピカ以外の恒星についても同様にずれていることを見つけ、このずれは恒星の運動によるものではなく黄経の基準である春分点自体が移動しているためであると結論した。
関連項目 [編集 ]

ウィキメディア・コモンズ には、歳差 に関連するカテゴリがあります。
• 章動
• ジャイロ効果
• ラーモア歳差運動

この項目「歳差」は、地球 以外の天体 や天文学 に関連した書きかけの項目 です。加筆・訂正 などをして下さる協力者を求めています (天文学CP /天体PJ )。
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