悲劇的認識と喜劇的認識の相補性:ディオニュソス的認識とゾロアスター教的認識






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2009年09月22日(Tue)
悲劇的認識と喜劇的認識の相補性:ディオニュソス的認識とゾロアスター教的認識
マス塵の欠陥はたくさんあるが、質的に言うと、悲劇的認識、悲劇的批判がないことが根本的な欠陥ではないか。つまり、真実という苦い、恐ろしい、厳しい現実の認識能力の欠落である。
 文学で言うと、優れた作家は悲劇的認識が鋭敏であり、かつ、喜劇的認識が豊かにある。これは、説明が必要であるが、今は余裕がないので簡単に示唆するに留める。(つまり、ここで喜劇とは、お笑いではなく、調和・秩序志向性のことである、等のことの説明が本来必要である。)
 差異共振認識は実は、この両面をもつと考えられる。差異共振調和性、これが喜劇的認識となるが、同時に、差異共振知性は誤魔化しの現実(マーヤー)を射貫き、透視するのである。これが悲劇的認識となるのである。
 思うに、ゾロアスター教的認識とは、この両者をもっているのである。ニーチェのディオニュソス的認識は当然、悲劇的認識であるが、同時に、新しい秩序を志向する点で喜劇的認識に通じるだろう。


   




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