同一性主義の集合性について:父権的自己(自我)の問題






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2008年03月31日(Mon)
同一性主義の集合性について:父権的自己(自我)の問題
先に本件について検討したが、まだ、首尾一貫性が欠けていると感じられるので、再考したい。
 結局、同一性主義のもつ自己陶酔性・自己満足・うぬぼれ等の発生の仕組みについて考察したいのである。自己同一性のもつ快楽についてである。
 これは、憎しみ(ルサンチマン)と対(つい)になっている快楽である。おそらく、憎しみの方が先行している。原ルサンチマンの裏返しとして、この自己同一性=自我の快楽があると考えられる。
 差異(差異共振性)に対して、同一性はルサンチマンを覚え、それを否定し抑圧(制圧)することで、同一性は快楽を覚えるのである。原サディズムである。
 差異とは他者である。原初的には、内的な他者に対して、原ルサンチマンを発生させる。先に私は、内的な他者とは身体性であると言い、端的に、空腹であると言った。あるいは、諸欲望と言っていいだろう。言い換えると、物質身体的欲望である。
 これらは、根源的な魂(=イデア)においては、発生しえないだろう。根源的な魂(=イデア)においては、至福(涅槃?)だけがありえるだろうからである。
出生によって、この原至福状態から他者の生起する物質的現象界に移行したわけであるが、そのとき、端的に、他者が、自己の物質的身体性であると考えられるのである。
 そう、魂の「受精」は、Media Point様態であろう。ここは、まだ、至福の延長である。夢の様態である(思うに、人が見る夢はここではないのか。)しかし、魂ないしはMedia Pointの身体化が始まると、魂は、思うに、差異的身体になる。このとき、他者が生起するのであり、その他者である差異的身体に対して、魂は原ルサンチマン(原憎悪)を感じると思われる。
 つまり、魂は発生した物質的身体の差異と共振することができないのである。そして、この差異を否定するようにして、自己同一性像を投影するのである。つまり、この自己同一性像とは、本来の差異共振像(イデア的な像、おそらく、エイドス)である。この原差異共振像が外界の鏡像と一致して、自己同一性が現象化するということではないだろうか。結局、(原)差異共振像=自己同一性志向性であり、それが、外界に投影されて自己同一性像=自我像が形成されるのではないだろうか。だから、自己同一性像とは、本来は、自己同一性志向性として訂正されなくてはならない。
 とまれ、整理すると、根源における魂の差異・差異共振性があるが、これが、Media Point化して、出生すると、物質化されて、そこに、身体的差異が発生し、魂と身体との齟齬が発生する。そこにおいて、魂は差異共振性から自己同一性志向性を発動させて、外界に投影して、自己同一性像=自我像を形成するのである(鏡像段階)。ここにおいて、自己同一性=自我が発生すると言えよう。
 問題の核心は、魂による身体的差異に対する否定・抑圧の意味である。ここには、実に微妙な事象がある。魂は差異共振性であり、それが、受精し、物質化し、誕生において、身体的差異(他者)化が決定的になるのである。そう、出生がポイントである。胎児は、おそらく、Media Pointの様態にあるだろう。そこにおける物質化は、差異共振的物質化である。他者は明確には発生していないだろう。
 出生において、母胎から切り離されて、魂は身体的他者を感知する。しかしながら、身体的他者とは、本来、差異共振的身体である。つまり、差異共振性のマイナスの側面として、他者があるのである。
 それに対して、魂は自己同一性志向性を発動させて、自己同一性=自我を形成するのである。この自己同一性志向性とは、差異共振的身体のマイナスを否定・抑圧する差異共振的身体のプラスの価値の志向性である。
 だから、ここには、魂の身体の分裂が生起しているのである。本来、差異共振身体があり、そのマイナスが他者であるが、プラスを基盤にした魂の差異共振的志向性が、自己同一性志向性であると考えられる。
 この力学をどう把捉したらいいのだろうか。差異共振身体が歓喜であり、差異共振身体の否定態としての他者が悲哀である(ここでは、スピノザ哲学を基にして考えている)。この悲哀が原ルサンチマンの源泉と言えよう。歓喜の否定としての悲哀があり、そこから原ルサンチマン(原憎悪)が生まれる。
 では、問題はどうして、ここから、自己同一性志向性さらには自我が発生するのだろうか。ここは、問題の最大の核心である。端的に言って、それは、人間つまり幼児の根源的受動性・無力さに起因するのではないだろうか。最初に、差異共振的歓喜があるが、物質的身体における否定的な他者が発生する。それに対して、幼児は無力であり、反感(原ルサンチマン)を発生させると考えられる。
 では、この反感と自己同一性志向性との関係はどうなのだろうか。反感からどうして自己同一性志向性(自我志向性)が発生するのか。【これは、実に、父権神話ないしは一神教、とりわけ、「ヤハウェ教」の発生とパラレルだろう。】
 この身体的他者に対する反感とは、端的に、差異共振的様相に対する否定ではないだろうか。差異共振的身体が苦痛(悲哀)を与えるのであるから、それを端的に否定してしまい、自己救済を求めるのではないだろうか。言い換えると、差異共振様態に蓋をしてしまうのである。差異共振様態を覆ってしまうのである。隠蔽である。否定・抑圧し、隠蔽し排除するのではないか。
 では、この蓋をする、隠蔽するとは、力学的にはどういうことなのか。隠すこととはどういうことなのか。端的に、ヴェールであろう。差異共振様態をヴェールで覆うのである。
 では、このヴェールとは何なのか。これは、目隠しである。自己盲目化・幻想化である。そう、この問題は不連続的差異論において、鋭く追求した問題である。不連続な差異から連続的な同一性の発生の問題である。
 ニーチェは『悲劇の誕生』でディオニュソス的苦悩に対する救済のアポロ的ヴィジョンを提起した。その発想がここで参考になるだろう。ディオニュソスは差異であり、アポロが同一性である。
 思うに、ここで考えるべきことは、差異共振身体の意味である。Media Pointにおいては、差異共振性があり、そこでは、同一性は包摂されている。しかし、出生後、差異共振身体が形成されていくが、この身体とは、端的に、差異の同一性化である。つまり、差異同一性化として、身体化があるのである。そして、ここにおいて、苦・悲哀が発生して、原ルサンチマンが生まれるのである。たいへん微妙な感性意識現象である。言い換えると、身体化=差異同一性化は、差異共振的同一性化である。そして、ここにおいて、苦・悲哀、そして、原ルサンチマンが発生するのである。苦・悲哀・原ルサンチマンとは、基底に差異共振性があるから発生するのである。そして、苦・悲哀・原ルサンチマンが発生した差異共振的同一性様態において、差異共振性を否定・抑圧する同一性の志向性が発生するということではないだろうか。
 整理すると、苦・悲哀・原ルサンチマンが生起した差異共振的同一性身体において、その原因である差異共振性(=他者)を否定・抑圧するようにして、同一性が分離して、同一性志向性となり、自己同一性=自我を形成するようになるということではないのか。物質現象化という同一性化の過程において、差異共振性=他者を否定・抑圧する自己同一性=自我が形成されると考えていいのではないか。
 そして、この苦・悲哀を否定する同一性志向性は、原ルサンチマンを内包しているのであるが、この否定とは、抑圧であり、隠蔽である。すなわち、蓋であり、目隠しである。この原ルサンチマンを帯びた自己同一性=自我志向性は、この隠蔽化によって苦・悲哀を克服したと感じるように思えるのである。苦悩の差異共振性を否定することで、乗り越えたと勝利に陶酔し、そこに快楽を発生させると考えられるのである。【精神分析で言えば、死の欲動の快楽であろう。しかし、精神分析は、近親相姦という欲望を原点にしていて、差異共振性というイデア的根源を見ていないのである。】
 これで、父権的自己である自己同一性=自我のもつ自己陶酔・自己満足・快楽の解明ができたととしよう。
 後、集合性の問題であるが、それは、自我の反射性で説明ができるのはないだろうか。自我を他者に反射せて、自我の集合体を形成すると思えるのである。

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