自己同一性=自我形成における原ルサンチマンや優越性の発生のシステムと身体差異の否定/同一性化暴力






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2008年03月23日(Sun)
自己同一性=自我形成における原ルサンチマンや優越性の発生のシステムと身体差異の否定/同一性化暴力
この問題は先に、Media Pointからの同一性主義の形成の考察で検討したが、ここでさらに明晰化したい。
 Media Point の原差異から同一性形成が行なわれる。そのとき、物質身体の成長も為される。同一性は自己身体という他者に遭遇して、原ルサンチマンを形成すると考えた。だから、自己身体の否定・排除・隠蔽があると思われるのである。同一性の下、具体的には視覚主導の下で同一性が形成されていくと思われる。つまり、同一性視覚が主導して、自己同一性=自我を発達させていくとということになる。
 この同一性主義形成は、身体の差異を否定すると考えられるのが、しかしながら、同一性視覚に基づいて身体を秩序づけていくと考えられる。つまり、同一性視覚にそぐわない身体性は否定されて排除されるということである。
 言い換えると身体は同一性化ないしは同一性主義化されるのである。差異としての身体が否定抑圧隠蔽されるのである。
 そして、この差異身体の抑圧とは、根源に原ルサンチマンがあるのである。この力学を明らかにしなくてはならない。つまり、他者としての差異身体の発生があり、それが、原ルサンチマンを生むのである。
 この差異身体について言うと、外的な差異よりは、最初は内的な差異に遭遇すると思われるのである。例えば、幼児が空腹の状態になるとき、その幼児の身体が内的差異となると考えられる。つまり、幼児の自己同一性=自我のシステムにとり、空腹は同一性ではなくて、差異と考えられるのである。
 幼児は本来的には、Media Pointの歓喜をもって自己同一性=自我を形成しているが、そこへ、身体の差異が出現して、自己同一性システム(同一性主義)にひびを入れるのである。身体の差異をマイナスとすれば、このマイナスをさらにマイナス化して、プラスに変えて、自己同一性システム(自我システム)に統合するのである。正に、ヘーゲル弁証法過程がここにあると言えよう。しかし、身体の差異は-iであり、これをマイナス化するとは、-(-i)=+iであり、自己同一性の+iに組み込むのである。そして、否定された身体の差異-iは、無意識へと沈殿するようになると言えよう。この問題はここまでにする。
 さて、原ルサンチマンの発生であるが、本来、差異から生まれた同一性であるが、最初はまだ差異の内包された同一性である。しかしながら、身体の差異に遭遇するとき、つまり、他者に出会うとき、その他者に同一性投影を行い、自己同一性=自我形成を行うのではないだろうか。
 この同一性投影像が鏡像であり、自我の理想像のように思えるのである。すなわち、ここでは、同一性と同一性像の二つのものが対になり、自我を形成すると考えられるのである。つまり、有り体に言えば、自我とはコピーなのである。同一性像=鏡像のコピーなのである。【だから、やはり、(+i)・[-(- i)]=-1になるのではないだろうか。】
 そして、(原)同一性と同一性像(鏡像)との連結が自我となり、その同一性像と結合した自我(自己同一性)を否定する差異に対して自我は原ルサンチマンを生起すると考えられる。
 この原ルサンチマン力学は二項対立であり、プラスとマイナスの力学と考えられる。即ち、同一性はプラスとされ、差異はマイナスとされ、厳格に排除されるのである。
 思うに、同一性の力をプラス・エネルギーと考えていいのではないだろうか。結局、原ルサンチマンの力とは、同一性主義のプラス・エネルギーであると想定することができる。
 また、本件のテーマの一つである優越性であるが、思うに、これは端的に、劣等性の裏返しであると思われるのである。つまり、鏡像と結合して生起した自己同一性=自我であるが、それは、まだ、自己陶酔状態にあるが、それが、身体の差異(他者)に遭遇したとき、それに対して無力であり、劣等性を感じるのである。このとき、自我は他者を同一性化して、その同一性において、自己満足し、また、優越性を感じるのである。この他者の同一性化、これが、劣等性の裏返しの優越性の発生の原因であると考えられるのが、では、どうして、他者(身体の差異)の同一性化が優越性となるのだろうか。
 それは、最初は他者に対して無力であり、劣等性を覚えていたわけであるが、その他者を同一性化することで、他者を支配することができるからではないだろうか。
 思うに、言語習得もこの他者同一性化過程であると思われるのである。そして、しかし、この他者同一性化におけるポイントは他者否定によって同一性化するということであろう。即ち、この他者否定という暴力がここにははたらいているのであり、このいわば、同一性化暴力を確認しないといけない。端的に、自我形成とは、同一性化暴力の行使過程でもあるのである。
 以上、自己同一性=自我形成における原ルサンチマンや優性形成や同一性化暴力について考察することができた。
 最後に、付加的に、同一性視覚による、身体の差異の否定における差異の視覚の否定について簡単に述べたい。これは、美学の問題でもある。同一性視覚によって、差異の視覚が排除される。しかし、差異の視覚とは差異共振的視覚、すなわち、美の視覚であると考えられるのである。つまり、同一性視覚は差異視覚を否定して、美を喪失する視覚であると言えよう。言い換えると、美を喪失した物質的視覚であると言えよう。そして、差異共振視覚による美とは精神性であるから、それは、倫理をも喪失した一面では反社会的視覚であると言えよう。つまり、自我形成とは倫理的には反社会的なのである。
 とまれ、視覚の問題にもどると、否定される差異の視覚であるが、それは、身体の差異の視覚である。そして、それこそ、想像力、ヴィジョン、エイドス、イデアと呼ばれるべきものもつと考えられる。
 同一性視覚=自我視覚によって、差異視覚・ヴィジョン視覚が喪失されて、視覚は物質現象へと限定されるのである。

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