同一性による差異の排除力学について:Media Pointの開放(多神教)と閉鎖(一神教) |
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2008年02月15日(Fri)
同一性による差異の排除力学について:Media Pointの開放(多神教)と閉鎖(一神教)
ある意味で性懲りなくであるが、理論的には精緻化を目指しての反復であるが、本件について考察したい。
いったいなぜ、この問題に明晰な解明が為されないのだろうか。考えてみると、この問題は今から4年前の不連続的差異論のときからのものである。 不連続的差異論の生まれたときの考えを想起すると、メディア平面というものを仮定して、その一面では不連続的差異が他面では連続的差異が存するとしたのである。そして、同一性は当然、後者の連続的差異から発生するのである。連続的差異が構造とも言っていいものである。 この考えから見ると、メディア平面が境界となって、差異、即ち、不連続的差異を排除しているのであり、それは、きわめて明快である。いわば、メディア平面が壁となり、不連続的差異を隠蔽しているのである。 直観的に言えば、メディア平面が不連続的差異をシャットアウトしているのである。しかるに、プラトニック・シナジー理論で考えると、同一性による差異の排除の説明が不明瞭となるのである。これはどうしたことなのか。 思うに、プラトニック・シナジー理論の視点を不連続的差異論に適用すれば、プラトニック・シナジー理論が明快になるのではないだろうか。即ち、差異共振性は、不連続的差異の側面に存し、同一性は他の側面に存するとすればいいのではないだろうか。 では、多神教において、差異共振性が認識されているというのは、どう説明がつくのだろうか。それは、メディア平面の両面を認識していたということになるだろう。つまり、差異共振面は、神(神道で言えば、三柱の神)の側面であり、同一性面は現象面(多神的現象)であるという理解ではないだろうか。ニーチェで言えば、ディオニュソスとアポロの両面である。 では、問題は、一神教、父権的宗教・神話(宗教と神話をほとんど区別していないが、宗教は、信仰・儀礼生活をもつものであるのに対して、神話は信仰・儀礼が物語へと転換したものであると言えよう)の場合、メディア平面を喪失して、というか、メディア平面の一面=現象面と超越神の二元論になってしまうことの意味であろう。後者の超越神の次元が重要である。 これは、多神教の視点から見ると、差異共振面が隠れたのである。プラトニック・シナジー理論から言うと、Media Pointや虚軸次元が隠れたと言えよう。しかしながら、単純に、実軸次元の現象界だけが生じたのではなく、隠れた差異共振面、Media Pointが超越神になったということではないだろうか。 この超越神化が最重要なポイントである。つまり、ここには、一種の切断があるのである。問題は、超越神化をどう理論的に説明するのかである。 思うに、やはり、エネルギーの発出を見るべきである。自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1における、同一性志向性である⇒が一神教の志向性であると思う。そして、⇒の左辺が超越神化されたのであり、右辺が被造物と考えられる。この同一性化のために、左辺の差異共振性は一神教化されたと言えるだろう。考えてみると、聖書において、ヤハウェとエローヒーム(神の複数)の二つの神の名があるのであるが、エローヒームが多神教の名残と言えるだろう。つまり、差異共振性の名残であろう。それが、同一性志向性によって、一神教化へと進展して、ヤハウェが中心化されたと言えるだろう。だから、聖書の段階では、多神教と一神教の間で揺らいでいたと言えるだろう。そして、ユダヤ教とキリスト教がそれを一神教に固定・ドグマ化したと言えるのではないだろうか。 とまれ、以上から、本テーマが解明されたのではないだろうか。整理すると、多神教においては、Media Pointが実存していて、虚軸の差異共振性・超越性と実軸の同一性とが共存・共立しているのであるのに対して、一神教においては、エネルギーの賦活と放出によって、同一性志向性が強化されて、虚軸性と実軸性とが分離して、前者が超越神となり、後者が被造物になったのであり、同一性志向性によって、虚軸性は多神教から一神教へと転換されたと考えられるということである。 そう考えると、簡単に言うと、⇒の起点と終点が共存している(Media Pointが開放系となっている)のが多神教であり、起点と終点が分離して(Media Pointが変質して、二分化・二元論化された:Split Mediaと呼べるだろう)、終点が強化されたのが一神教であると言えるのではないだろうか。 また、言い換えると、前者は太極が生動しているのであるが、後者は太極が極限化して、陽が極大化した様態ではないだろうか。そのために、陰が超越神化されたように思えるのである。そうすると、興味深いことに、ヤハウェとは、陰の神になるのである。確かに、嫉妬深い神であり、一種ヒステリー状態である。悪い意味で女性的である。月である。ここで想起するのは、神秘学者のシュタイナーが、ヤハウェを月に留まった太陽霊と考えていたことである。 すると、今日、トランス・モダンを迎え、Media Pointが回帰することになるのであるが、それは、太極の回帰であり、真の太陽神の回帰であろう。新たな天の岩戸の開扉である。神道の復活、新神道の誕生である。 |
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カレンダ
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