同一性と差異と差異共振性について:その2:二つの否定について |
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2008年01月20日(Sun)
同一性と差異と差異共振性について:その2:二つの否定について
http://ameblo.jp/renshi/
entry-10066731252.html 先に、このタイトルで考察したが、これは、まだまだ論じたりない、又実に興味深い論点なので、さらに考察を行ないたい。 問題は、差異共振性(Media Point)の「カオスモス」(暈のようなもの:量子様態であろう)から、同一性が発生するが、それは言語形成と言っていいだろう。つまり、言語的同一性の形成である。しかしながら、同時にそれは、物質の形成と言ってもいいと考えられる。つまり、言語とは、一種の物質であると考えられるのである。 当然、同一性は、差異を否定するのであるが、差異とは他者である。自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1では、-iである。しかし、問題は、先にも触れたが、同一性と同一性主義との区別である。+1が同一性であり、-1が同一性主義であると述べたのである。 しかし、ここでは、同一性は差異を否定するのであるから、(+i)・[-(-i)]=-1となるのではないのか。そうすると、それは、同一性ではなくて、同一性主義になるのである。この矛盾をどう見るのか。 丁寧に考えよう。差異共振性(Media Point)から同一性が発生する際に、差異を否定すると言ったが、正しくは、差異共振性の否定であろう。つまり、正に、自己認識方程式(+i)*(- i)⇒+1の⇒の事象が発生していると考えられるのである。*の共振が・の積に転換して、+1が発生するのである。換言すると、共振性*の否定としての積・が生じて、同一性+1が発生するということである。 では、どうして、同一性の発生のとき、差異=他者を否定すると言ってしまった(しまう)のか。これは、知覚の現象の問題であろう。知覚において、とりわけ、視覚において、対象としての差異=他者が存するが、対象としての差異=他者とは既に、同一性=物質であり、これを主体の意識は否定して、同一性の自我を形成すると考えられるのである。つまり、自我形成においては、差異=他者の否定-(-i)が生じるのであり、同一性ではなくて、同一性主義が生起するのである。 ということで、同一性形成とは、差異共振性の「否定」であり、同一性主義形成とは差異の「否定」であるということになった。この二つの「否定」はそれぞれ意味が異なるだろう。 前者に関しては、量子論を考えるといいと思う。差異共振性である量子が「否定」されて、同一性の物質へと転換されると考えられるのである。そして、物質(=同一性)の極性においてMedia Point(差異共振性)が潜んでいると考えられるのである。そこは、物質の不連続点、すなわち、特異点であり、イデア的超越性が作用するのである。結局、第一の「否定」では、差異=他者-iは否定されないのであり、否定されるのは、差異共振性である。 では、後者の「否定」について考えよう。これは複雑である。第一には、差異=他者の否定であり、(+i)×[-(-i)]=-1である。しかしながら、現象においては、(+i)*(-i)の事象が発生していると考えられるのである。つまり、差異共振性も発生しているのである。 まとめると、意識現象は、差異共振性があり、また、同一性があり、そして、同一性主義(自我)があるのであり、結局、三相性があるのである。同一性であるが、それは、この場合、原自我であろう。 結局、意識現象における「否定」は、差異=他者の否定であるが、それは、原自我による「否定」であり、それは、同時に、差異共振性の否定なのである。つまり、二重の否定がここにはあると考えられるのである。即ち、差異=他者の否定であり、差異共振性の否定である。 結局、意識現象において、±1の事態が発生していると考えられるのである。自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1を展開させて、自我認識方程式(+i)*(-i)⇒±1が考えられるのである。 そして、自我の分裂性は、この±1に発現していると考えられるのである。+1においては、差異共振性は「実存」しているのであり、-1においては、差異共振性は排除されているのである。両者、「否定」様態であるが、意味が異なるのである。明確に区別するために、前者の「否定」を潜在的否定、後者の「否定」を排除的否定と、暫定的に呼びたい。 ここで、近代的自我/近代合理主義を考えると、それは、後者の排除的否定が中心化されて、後者が喪失されているのである。つまり、自我中心主義となり、差異共振性がまったく排除されているのである。言い換えると、差異=他者の否定が、差異共振性を排除的に否定しているのである。パラノイア/モノマニア化である。 そして、この同一性中心主義化とは、近代における数量主義が原因であると言えよう。つまり、唯物論化である。これが、同一性中心主義を決定したと考えられるのである。 では、なぜ、数量主義・唯物論化が生じたのかとなる。それは、これまで述べ尽くしたように、同一性への傾斜である。つまり、父権的傾斜である。これで本稿を終える。
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カレンダ
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