Media Pointから同一性の発生へ:脱同一性=連続性化としてのMedia Point回帰: |
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2007年10月28日(Sun)
Media Pointから同一性の発生へ:脱同一性=連続性化としてのMedia Point回帰:
ふとひらめいた。
同一性の形成についてである。Media Pointが同一性へと転化するのである。つまり、Media Pointと同一性が重なるのである。Media Pointが同一性の表面をもつといってもいい。差異が同一性化されるのである。差異は同一性になったのである。ここには、差異の錯誤があるのである。同一性が中心化されて、差異に対して「不感症」になるのである。同一性絶対主義と言えるだろう。差異への完全盲目である。同一性に一体化して、めしいたのである。差異が見えなくなったのである。 自我同一性絶対主義であるから、個がないのである。個核・個芯がないのである。同一性様態の中で考えるので、ありきたりである。 そう、差異は、Media Pointは完全に無意識となっている。闇となっているのである。ハイデガーの本来的存在、D.H.ロレンスの闇、三島由紀夫の無はこれではないだろうか。同一性自我の裏面である。 この同一性は差異に気づけない。精神病様態である。同一性が支配しているのである。この同一性支配から脱却できないのである。同一性癒着とも言える。同一性の連続空間に存しているのである。内在空間である。ここを突破するには、差異を取り戻すには、差異と同一性を分離しないといけない。それは、不連続的差異論によって実現した。 問題は、同一性=連続性空間において、差異が独自化し出すときである。それまでは、Media Pointが同一性へと張り付いたのである。しかし、Media Pointは、同一性発現から、差異へと回帰するのである。私は先に、差異-iが回帰すると言ったが、これは、正しくは、i*(-i)が回帰するのである。 思うに、同一性を構築した後、Media Pointは自己自身へと回帰するのではないだろうか。このとき、同一性=連続性空間に閉じられたままなのが、ポスト・モダンである。Media Pointへの回帰運動はあるが、同一性=連続性空間が強固なので、純粋Media Pointへは回帰できないのである。実軸のMedia Pointにせいぜい達するだけである。 今はここで留めたい。後で、詳述したい。 p.s. ひとこと述べておくと、差異への回帰とは、Media Point自体への回帰であるが、それは、差異即非共振様相である。それが、同一性=連続性空間で発生するのであるが、同一性論理では、差異即非共振論理が理解不可能である。絶対矛盾的自己同一の事態なのである。連続性・同一性が支配している西洋哲学は、この差異の論理=即非論理を取り出すことができなかったのである。(例外はウスペンスキーである。)言い換えると、差異・即非・同一性という差異即非共振論理を取り出すことができなかったのである。 そう、同一性=連続性に捉えられた西洋文明は、差異への回帰様態であるポスト・モダン期において、狂気の度を高めると言えよう。それは、新植民地主義である。対日年次改革要望書である。近代的自我の自由民主主義である。(p.s. 差異エネルゲイアは、同一性=連続性空間では、絶対主義ないしは全体主義的同一性となる。キリスト教的独善主義となるのである。この同一性=連続性の絶対主義/全体主義はキリスト教原理主義となり、また、新自由主義=新植民地主義となるのだろう。) 結局、トランス・モダン・エラへとイニシアティブをもって行為すべきなのである。
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