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2007年10月21日(Sun)
心の問題:その2:米主日従の米日関係が日本滅亡の根因である
朝目覚めて、ふと、思いつくことがあったので、心について再考したい。
問題は「知」の様相である。PS理論では、差異から差異へと志向性が存する。いわば、差異的志向性である。この差異的志向性が「知」である。ここにおいて、知情意が発生しているのである。知情意を含めて、「知」と捉えたい。 直感では、「知」は、本来、差異と差異との「あいだ」に生起するもののように思える。とまれ、「知」は一方においては、同一性相であり、他方では差異相である。 私のイメージでは、「知」は、両極的なのである。一方では、同一性を志向し、他方では差異を志向している。もう少し、正確に言うと、「知」は一方では、外界的他者(外界的対象)を志向しているのと同時に、他方では、内界的他者(内界的対象、おそらく、自己)を志向しているのである。言い換えると、「知」とは外界志向・即・内界志向なのであり、近代合理主義、近代的自我のように、単純に、一面的に、外界を志向しているものではないのである。「知」のもつこのような二重性、両極性は、PS理論の自己認識方程式i*(-i)⇒+1に表現されている。 問題は、本来、「知」とはこのような二重性、内外両極性をもっているのに、近代主義において、外界中心主義へと転化したことである。つまり、近代的知とは、「知」の内外両極性(主客両極性)を否定して、外界中心主義になったのであるが、この意味は何であろうか。これは、端的に、近代科学の成立を意味するのである。外界的同一性・数量性が中心化したのであり、内界的差異・質性が捨象されたのである。 外界的同一性・量性中心主義の近代合理主義が、一般に中心的な価値となっているのであるから、「知」が歪曲され、混乱しているのである。哲学史は、フッサールの現象学が、この近代合理主義の「知」を問題化して、判断停止(エポケー)、現象学的還元等によって、近代的「知」の画期的な乗り越えを行なったことを説いているが、ハイデガーの似非現象学によって、哲学は混迷化してしまったのである。近代的「知」に対する突破口が発見されたら、すぐに塞がれてしまったのである。ここに、今日の「知」の停滞・混迷の要因があると言えるのである。 実際、差異の「知」は、いわば、霊妙なのである。同一性・量性の、いわば、粗雑・粗略な「知」では、まったく、把捉・理解できるものではないのである。とまれ、近代合理主義に対して、いわば、内界の「知」が必要になったわけであるが、それは、一般には、反近代主義や非合理主義等々によって表現されてはきた。しかしながら、結局のところ、内界の「知」は、公的には、「科学」化されずにいるのである。心理学はいまだ曖昧である。 問題を整理すると、「知」は、上述したように、本来、両極的である。同一性と差異、外界と内界の両極性をもつのであり、両極を二元論的に分離するのは、間違いであろう。(だから、即非論理なのである。) とまれ、差異の科学が必要なのである。そして、PS理論は、それを意味するのである。PS理論は、差異から同一性を解明しているのであり、差異において、同一性を包摂しているのである。 この差異の「知」は、知情意を包括したものである。それは、知情意をおのおの特化すれば、差異科学、差異芸術、差異倫理となり、差異哲学がそれを統括することになろう。 最後に一言添えると、近代合理主義ないし外界中心主義の支配はいったい何なのか、である。どう考えても不自然なのである。ニーチェのように精神的弱者の支配を弾劾したくもなる。 学問や科学の発達から考えて、とっくに、近代合理主義や外界中心主義は終焉していなくてならないのに、一般には、それらは主流である。この「知」的遅延の原因は何なのか。何かが、一般の人間の「知」の進展を押しとどめていると思われるのである。それは単に「知」の停滞だけでなく、社会の停滞・後退・衰退を意味するのである。だから、この「知」(知情意を含めた「知」を智と呼ぶことができるだろう。以下、智とも呼びたい。)の進展を押しとどめているものの正体を知る必要がある。 具体的には、教育の衰退がある。ゆとり教育はアメリカの日本亡国の陰謀・策謀ではなかったのかと思ってしまうが。私の経験から言うと、「新人類」の出現からおかしいのである。彼らには、合理主義はあるが、「知」ないしは智性がなかったのである。 そう、戦後の近代合理主義信仰がもたらしたものとも言えるだろう。近代科学信仰、近代科学カルトである。カルトなのである。 ここで宗教について考えると、通俗には、日本人は無宗教である、ないしは、宗教には関心がないと言われている。しかしながら、近代科学カルトという点では、一種宗教的である。カルト宗教的である。(ここで、批判的宗教ないしは智的宗教とカルト宗教を区別する。)この問題は、上述した同一性主義の問題と同質の問題である。「知」・智の差異を無視して、同一性・量性に同一化するのである。これは、実に精神・智の単純化である。己を失って、安易に同一性・量性に適応するのである。 ここには、なにか致命的な欠陥が感じられる。「知」・智の冒瀆があるとさえ言えるだろう。言い換えると、「知」・智の後退・退化があるとさえ言えよう。もし、そうなら、それは、端的に、滅亡の徴・予兆・前兆である。日本民族の滅亡の徴である。また、巨視的に言うと、人類の滅亡の徴であろうか。 それとも、同一性主義亜人類が発生したのだろうか。サブ・ヒューマンである。そう、日本においては、欧米化、とりわけ、アメリカ化と言えよう。しかし、アメリカのようには、合理主義は徹底してはいないが。 とまれ、ここには、智への不誠実さがある。そう、科学から見ても、誤りであろう。少なくとも、科学は、真理に対して誠実である。自我中心主義によって、知が貶められているのだ。 同一性主義=自我であるが、この自我が肥大化して、知をも否定しているのである。つまり、同一性の知さえ否定しているということになる。同一性自我中心主義は、知を捨てて、自我カルトとなっているのである。 ここにあるのは、自我欲望中心主義である。これは、現象の連続性と関係していると思うのである。それでは、別稿で、先に検討問題としてあげたこの問題について考察したい。 p.s. 同一性中心主義(自我カルト)を日本滅亡の徴と言ったが、なにか、ここには、マインドコントロールが感じられるのである。そう、日本人の近代的自我、近代合理主義には、マインドコントロールが感じられるのだ。誰が、差異の知をタブーにしているのか。個であること、単独であることをタブーにしているのか。このマインドコントロール、差異タブーがあるために、日本は亡国となり、絶滅に瀕しているのである。温暖化問題よりも、根本的である。 誰が、何が、洗脳しているのか。それは先に述べたように、戦後のGHQの占領政策である。戦前的なものを一切タブーとした占領政策である。つまり、日本の精神的伝統を否定した占領政策である。そして、その後はプラザ合意からの米国への明(あか)らさまな従属による知的隷属が生まれた。日本がアメリカとは異なる個であり、差異であることが否定されているのである。 やはり、アメリカ的近代合理主義に洗脳されているのだろう。ヨーロッパの知は、明らかに、もっと複合的である。つまり、智的である。アメリカのプラグマティズムは、いわば、没理論的経験主義である。 では、この洗脳/マインドコントロールの仕組みはどういうものなのだろうか。それは、近代合理主義・近代的自我の権力ヒエラルキーが存在して、支配しているということである。近代合理主義の権力ヒエラルキー、近代合理主義の中央集権主義が支配しているということである。つまり、米主日従の近代合理主義/近代的自我の中央権力機構があるということである。この米主日従の二項対立こそ、脱構築・脱構造化する必要があるのである。(日本のポスト・モダンがだめだったのは、日本自体にある二項対立に気づいていなかった点にあるだろう。) 結局、政治経済における米主日従の米日関係を介して、今日の日本における同一性中心主義が発生したと言えるだろう。日本は、アメリカによって、個であること、差異であることを否定されているのである。ここにこそ、今日、日本滅亡の根因があると言えよう。 参考:心身問題と量子力学 (単行本) マイケル ロックウッド (著), Michael Lockwood (原著), 奥田 栄 (翻訳) 心についてあれやこれやとその1 : リスト作成者: 川流桃桜 http://members.jcom.home. ne.jp/natrom/boardtree1600.html
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