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2007年08月26日(Sun)
差異共振性の垂直性と水平性:生活世界と差異共振的政治:トランス・モダン・デモクラシーへ向けて
差異共振性ないしは差異即非性の概念が、不連続的差異論からプラトニック・シナジー理論への進展・深化(進化)へのキーコンセプトであった。
私は、私自身の内面を測深して、不連続的差異が、他者と共振することを直感した。しかし、これは、最初は、垂直性においてであった。換言すると、イデア界的な共振性であった。 問題は、これの水平性への展開である。ここで、根源である、差異の他者への志向性を考えよう。イデア界・虚軸においては、差異の他者への志向性とは、ポテンシャル・エネルギーであり、静態化している。しかし、志向性は志向性であり、いわば、原志向性である。 しかるに、空虚ないしは境界の動態化によって、原志向性がエネルゲイア化する。すると、差異の他者への志向性は、垂直から水平へと転換するだろう。(ここで、回転、1/4回転を考えるべきであろう。) しかしながら、差異の主体においては、垂直性は残っている。つまり、対自的差異共振性があり、それが垂直的なのである。それに対して、現象界において、差異の主体は、水平的な外的他者を、垂直的な差異共振性の視点から把捉するだろう。つまり、垂直的差異共振性が、水平的差異共振性へと投射されるのである。 ここにおいて、現象的な、ミクロの差異共振的社会が生まれると言えよう。思うに、これが、フッサールが考えた生活世界に類似しているだろう。生活世界とは、実は、ある日常社会に存在している。そう、思うに、同一性的様態と差異共振的様態とが混淆しているのが、社会であるが、近代主義は、前者中心にして、後者を排除したのである。今日では、小泉的似非改革がそうである。 資本主義は、同一性的社会を生み出し、格差主義なのである。弱者切り捨てである。それに対抗するには、差異共振的政治や差異共振的生活が必要なのである。 そう、自然の力の対立した様態の争いと言えるかもしれない。同一性主義vs差異共振主義である。ここで、シェイクスピアの『リア王』を想起する。そこでは、同一性主義に当たるエドマンドやリーガンとゴネリル姉妹と、差異共振主義に当たるコーディリア、ケントらが衝突する。 資本主義は、仮借なき同一性中心主義である。今日、グローバル・キャピタリズムは、地球という自然や多くの貧者を破壊しているのである。結局、生活世界を取り戻すには、差異共振性を取り戻すしかない。それは、先祖返りではなく、同一性を乗り越えた差異に基づくものである。トランス・モダンの生活世界・「ゲマインシャフト」・「共同体(共振体)」なのである。 今、日本の政治世界は、同一性中心主義の破綻というか解体が明確になってきた。安倍政権による同一性中心主義の解体である。そして、小沢一郎/民主党の差異共振的政治が胎動しているのである。そう、新しい政治、新しい社会の可能性が生まれているのである。それは、社会民主主義なのだろうか。社会民主主義は、左翼的発想である。しかし、小沢一郎/民主党の思想は、違う。それは、保守中道であろう。やはり、差異共振主義と名付けるのがいいのではないだろうか。差異的民主主義としての差異共振主義である。そう、近代的民主主義は平等主義であり、同一性民主主義であった。しかし、差異共振主義は、それを乗り越えている差異的民主主義(差異共振的民主主義)である。トランス・モダン・デモクラシーである。 近代的同一性主義に留まり、滅亡するのか、それとも、トランス・モダンの差異共振的生活世界を選択するのか、二者択一である。To be, or not to be: that is the question. |
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