人文科学の「科学」の意味について:PS理論の諸科学総合性






[PR]



2008年09月23日(Tue)
人文科学の「科学」の意味について:PS理論の諸科学総合性
副島隆彦氏の以下の歯に衣着せぬ言葉から少し考えたい。

『「馬鹿。×人文科学(じんぶんかがく) などというコトバは無いんだ。人文(じんぶん。ヒューマニティーズ、あるいは、リベラル・アーツ)が、科学(サイエンス?)のわけが無いだろうか。アホども」 と、私が10年以上前、書いたので、文部科学省や、大型書店も、やがて、この×人文科学 を使わなくなった。本当だ。』
[989]「資本主義(しほんしゅぎ)」というコトバの由来(ゆらい)を教えておきます。
・気軽にではなく重たい気持ちで書く掲示板
http://www.soejima.to/

私は先に人文科学という言葉を、いくぶん不用意に使用したが、そのとき、人文学にしようかと迷った。問題は、「科学」という言葉・概念である。自然科学の「科学」は思うに、同一性=物質のデータを中心として形成される。しかし、人文科学の「科学」は差異を中心として形成される。前者を客観性、後者を主観性と言ってもいいかもしれない。
 しかしながら、カント哲学からわかるように、客観性も超越論的主観形式なのである。客観性と言われるものも、主観形式なのである。
 人文科学の「科学」は、そのような主観形式ではなく、直感・直観性に依存するものである。この点で、自然科学とは異なってくるだろう。
 直感とは、端的に言えば、Media Pointの感性である。だから、人文科学は、自然科学とはズレることになると考えられる。
 とまれ、そういうことで、副島氏の発言は、いささか、自然科学中心的である。
 PS理論は、自然科学、社会科学、人文科学等を融合する理論である。なぜなら、それは、Media Pointという諸事象の根本を基盤としているからである。

writebacks(0)
トラックバック(trackback)
URL:

コメント(comment)
名前(*):
URL/Email: (optional)
タイトル(*):
コメント内容(*):
画像認証(*): 表示された画像の文字を入力してください:

名前と URL/Email をcookieで保存



新着トラックバック/コメント


カレンダ
2008年9月
 
23
       

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (623)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (68)
10月 (86)
11月 (86)
12月 (60)
2009年 (472)
1月 (82)
2月 (66)
3月 (58)
4月 (32)
5月 (27)
6月 (34)
7月 (35)
8月 (26)
9月 (36)
10月 (30)
11月 (28)
12月 (18)
2010年 (251)
1月 (19)
2月 (29)
3月 (29)
4月 (11)
5月 (25)
6月 (33)
7月 (28)
8月 (23)
9月 (15)
10月 (18)
11月 (8)
12月 (13)
2011年 (126)
1月 (11)
2月 (12)
3月 (13)
4月 (12)
5月 (6)
6月 (4)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (15)
10月 (7)
11月 (16)
12月 (14)
2012年 (117)
1月 (10)
2月 (13)
3月 (6)
4月 (6)
5月 (14)
6月 (8)
7月 (11)
8月 (7)
9月 (3)
10月 (24)
11月 (9)
12月 (6)
2013年 (145)
1月 (12)
2月 (11)
3月 (9)
4月 (21)
5月 (10)
6月 (9)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (5)
10月 (22)
11月 (13)
12月 (7)
2014年 (91)
1月 (6)
2月 (13)
3月 (18)
4月 (5)
7月 (4)
8月 (26)
9月 (7)
10月 (5)
11月 (6)
12月 (1)
2015年 (61)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (10)
6月 (4)
7月 (6)
8月 (1)

アクセスカウンタ
今日:812
昨日:882
累計:4,650,322