感情と同一性:同一性共同体感情意識とは中世・封建的隷従感情であろう:新維新ルネサンスへ向けて






2008年06月02日(Mon)
感情と同一性:同一性共同体感情意識とは中世・封建的隷従感情であろう:新維新ルネサンスへ向けて
思うに、感情と同一性(自我)は結びついている。そして、同一性感情(自我感情)が、同一性共同体の、いわば、接着剤になっている。
 思うに、小泉元首相を支持した人間は、彼のパフォーマンスに感情移入した、それに同一性感情をもったということだろう。ここには、差異=知性がないのである。
 近代的自我は、差異を排除・抑圧しているので、このような結果を生むのである。いわば、同一性感情自我があり、同一性感情意識をもって納得するのである。
 この同一性感情意識とは何だろうか。今日の日本社会を支配しているものであり、全体主義の基盤である。
 これは、鏡像に没入・感情移入する自我意識と考えられる。では、この没入する感情は何なのだろうか。
 これは、差異一致の感情だろう。微分である。サルやゴリラが、鏡を見ても、自分だとは確認しないと言うが、それは、差異共振の真理から見ると正しいのである。鏡像は、自己ではないからである。
 鏡像に没入する感情とは、いったい何か。ショートである。自己と他者とのショートである。しかし、ショートする元の感情とは何だろうか。一体化する感情だろう。同化感情である。そう、これである。私が問題にしたいのは。同化感情と共振感情はまったく異質である。
 同化感情とは、なにか動物的である。これは、先に述べた、差異一致の同一性感情である。他者と一致する志向性である。つまり、自己を無くす志向性、他者没入志向性である。これは、-(+i)*(-i)⇒-1であろう。オウム真理教の盲目な信徒のようなものである。
 思うに、これは、なにか神秘主義に似るだろう。他者と合一する感情であるからである。しかし、自然に没入しても、それは、実害はないが、カルトの場合は実害があるのである。
 とまれ、日本人には、この他者没入の志向性があるようである。それが、小泉現象の心因・内因だと思われる。
 では、この他者没入性は何なのだろうか。端的に、封建制度における隷従する感情ではないだろうか。中世的感情である。同一性共同体感情である。これが、日本人の集団的心性の秘密だろう。中世・封建的な隷従感情である。主体的知性が喪失しているのである。ここには、個・差異が欠落しているのである。日本には、新ルネサンスが必要である。


   




新着トラックバック/コメント


カレンダ
2008年6月
2
         

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (337)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (14)

アクセスカウンタ
今日:22
昨日:1,192
累計:362,969