検討問題・課題:思考実験、仮説、作業仮説

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2010年01月04日(Mon)▲ページの先頭へ
謹賀新年:諸考察
‘10/1/2
検討問題&思考実験

1) 遺伝子とPS理論
2) アストラル体とエーテル体:マイナス1と空とコーラ

1について、先ず検討しよう。
問題は情報である。電磁気・電磁波は波動・即非・粒子である。これが、情報の単位になるのではないだろうか。何故なら、波動には、情報があると考えられるからである。それは、+iと-iのペアの情報であろう。
とまれ、DNAは、Media Pointの物質化したものであろう。だから、+1がDNAであり、遺伝子情報は-1に、現実的には存しているのではないだろうか。そして、二重らせんは、+iと-iのペアの捩れで説明できるのではないだろうか。
ここで易経を考えると、+iには三元、-iにも三元あり、情報は2^6=64通りである。
ところで、記憶やプラトンの想起説の問題であるが、例えば、他者(-i)を否定するときは、(+i)*{-(-i)}⇒-1となり、その記憶は-1となるのではないだろうか。そして、その否定の記憶は一端は隠れるが、波動エネルギーとして潜在して、同一性(+1)を歪曲化するのではないだろうか。つまり、光が闇化するのではないだろうか。この闇がいわば、重力のようになって、光(+1)を引き寄せて、正常な認識を妨げるようになるのではないのか。例えば、うつ病はそのようなものではないのか。
とまれ、そう考えると、Media Pointがやはり記憶の貯蔵庫であろう。遺伝子情報の本体であろう。そして、プラトンが説く魂とは、Media Pointのことではないだろうか。
思うに、Media Pointがデュナミスの時が死であり、エネルゲイアの時が、生ではないだろうか。エネルゲイアは死滅し、魂はデュナミスとなり、また、ある時、賦活されて、エネルゲイアとなり、再生するのではないだろうか。
そうすると、あの世とは、虚軸のMedia Pointに存することになるのではないだろうか。とまれ、あの世とこの世は言わば隣接していよう。

次に、2について考察しよう。
先に、気は-1ではないかと言った。そうすると、気(エーテル体)と情感(アストラル体)が一致してしまうのである。
もっとも、日本語の気は情感に近い。しかしながら、私見では、気=エーテル体は、より身体に関係するのである。
Media Pointの即非的エネルギー(差異共振エネルギー)を⇒+1 and ⇒-1とすると、エーテル体は前者の⇒、アストラル体は後者の⇒のエネルギー体のことではないだろうか。そうならば、確かに、エーテル体(気)は物質的身体を形成し、アストラル体(情感)は精神的身体を形成するだろう。
ここで、思いがけずに、二つの身体が提起された。情感とは、身体内にあるので、精神的身体という概念は的確であろう。思うに、物質的身体を外的身体、精神的身体を内的身体と呼んでもいいだろう。光の身体と不可視の身体である。とまれ、このように見ると、やはり、電磁気・電磁波はいわば、両界的身体を形成していると見るべきではないだろうか。現象的身体と不可視的身体である。
それを展開すると、電磁気・電磁波は、同時に、エーテル体(気)とアストラル体(情感)を形成することになる。(この視点から無機物を見ると、それは、エネルギーの消滅の結果としての同一性=物質ということであろう。)だから、気と言った場合、一般には、両者が混合されて考えられているのではないだろうか。
ここで幹細胞を考えると、それは、エーテル体(気)を体現する根源的細胞ということではないだろうか。まだ、機能的には未分化である。つまり、⇒+1の⇒を体現する言わば、原細胞である。
ここで、知と感性を考えると、原知は+iであり、原感性は-iとすると、知性は+1であり、感性は-1ではないだろうか。言い換えると、左脳は+1であり、右脳は-1である。
真の認識とは、単に、+1を知ることだけではなく、-1をも知ることであろう。つまり、つまり、知と感性の即非的一体性である。だから、哲学・科学と芸術・宗教(神話)は即非的に一致すると言えよう。
ここで、近代合理主義(近代的自我)の問題に触れると、それは、プラス1への絶対的傾斜である。そのため、マイナス1が抑圧されているのである。つまり、感性が抑圧されているのである。
しかしながら、マイナス1を抑圧しているために、プラス1の近代的合理性が、破壊的になるのである。つまり、+i=+1となり、他者(-i)を排除しているのである。これは、一面的知であり、暴力・攻撃的知である。これは、言わば、プラス1とマイナス1を分離している(二元論)ので、即非的エネルギーが形成されない状態となり、心身エネルギーが枯渇し、また、精神が狂気化すると考えられるのである。
以上のように考えると、現象化とは、-i回転ではないのか。(+i)*(-i)⇒+1、これが現象化であり、(-i)*(-i)⇒-1、これが反現象化ということではないのか。
-1については、適切な用語を創造すべきである。闇やダークは、現象界における光に対する言葉で、-1には相応しくない。
今思いついたのは、虚界であるが、これは、虚軸と混同されやすいので、使用しない方がいいが、マイナス1は、虚界という感じではある。そこで、空界(くうかい)はどうだろうか。
そう、空(くう)としてのマイナス1である。ここで想起するのは、プラトンの『ティマイオス』の有名な「コーラ」の概念である。どうも、空としてのマイナス1は、「コーラ」に通じるのではないだろうか。
そして、大乗仏教の空(くう)であるが、それも、マイナス1として見るべきではないだろうか。何故なら、色(しき)は+1であり、色に対する空は、いわば、ネガのマイナス1に適切であるからである。
では、イデアとはどうなるだろうか。形相(エイドス)は⇒+1の⇒の先端の原同一性でいいだろう。それに対して、イデアはどうなるのか。それは、超越的であるから、⇒に存すると言えよう。それは、超越的原型であるので、⇒+1における⇒であろう。思うに、かつて、いわば、秘教地帯で見た山にイデアを感じたが、それは、山の超越的原型を直観したということではないだろうか。



‘10/1/2
検討問題:プラス1とマイナス1の非対称性について

プラス1は光の世界、現象界、顕在界であり、マイナス1は反光の世界、不現象界、隠在界である。(ダーク・マターやダーク・エネルギーの「ダーク」は後者に関係すると思われる。)
一般に、人間は前者を感覚・知覚・認識するが、後者についてはきわめて不十分な知識しかもたないか、又は、まったく無知の状態にあると考えられる。
いわゆる、心、魂、精神とは、本来、後者の領域に関係するが、人間の知識は前者に傾斜しているので、それらについては未熟な知識しかもたないのである。(しかしながら、東洋文化社会では、本来、後者についての知識を培ってきたが、近代西洋文明によって、後者は一般には無視されて、前者の知識が重視されてきた。)
以上は既述の確認であるが、ここで新たに提起したいことは、電気のプラスとマイナス、磁石のN極とS極は、プラス1とマイナス1に関わるのではなく、+iと-iのプラスとマイナスで表記されるのではないのかという作業仮説である。
磁石を考えた場合、例えば、N極が+iで、S極が-iと見るべきではないだろうか。電気では、プラス極が+iで、マイナス極が-iではないだろうか。
そうすると、ガウス平面上では、虚軸が境界線となり、プラス1の領域が現象界となる。
では、電磁波はどうなるだろうか。二つの作業仮説がある。一つは、これまで述べたように、プラス1とマイナス1の即非的様態を電磁波と見るものであり、もう一つは、プラス1が電磁波であり、マイナス1は非電磁波的エネルギーであるというものである。
しかしながら、整合性があるのは、既述の前者であろう。思うに、プラス1が粒子であり、マイナス1が波動である。しかし、それらを截然と分けるのは誤りである。この点に量子力学の問題点があると考えられる。そのような二元論ではなく、即非的様態にある、いわば、即非的量子と見るのが的確であると考えられるのである。
ここで、非局所的長距離相関を考えると、粒子を+1とすると、それを賦活すると、超越的対に分離するのではないだろうか。つまり、+1⇒(+i)*(-i)である。右辺が二つの粒子であるが、実は、虚軸にあるので、実軸の世界から見ると、ゼロ時間で、両者は相関しているように見えると考えられる。これが、非局所的長距離相関の意味する事態・事象ではないのか。
そうすると、(+i)*(-i)⇔+1となるのではないだろうか。ただし、⇔は同時ではありえない。⇒か、あるいは、←である。
これは、検討問題としたい。

さらに思考実験を続けると、地霊や気についてであるが、土地土地の地質が異なるので、つまり、土地の差異があるので、そのために、発生する気も土地土地によって異なると考えられる。また、気象条件によっても異なると考えられるし、宇宙(天)の様態によっても異なるだろう。例えば、惑星の位置とか、太陽系全体の配置とかによって異なるだろう。
とまれ、天と地との地霊ポリフォニーがあると言えよう。思うに、天地霊と言うべきかもしれない。
とまれ、差異的な地霊が、人間の身心に影響するだろう。そう、人間のMedia Pointを介して、共振・共鳴するだろう。地霊のMedia Pointは地表であろう。そこと人間のMedia Pointが共鳴することで、地霊が人間に影響を与えるということだろう。
だから、土地土地によって、人間の身心が変容するのである。また、他の生命体も変化するのである。
思うに、動物の行動であるが、例えば、渡り鳥は、天地の気をMedia Pointで感知して行動するのではないだろうか。もっとも、天地の気とは、天地の電磁気であるが。
人間は、先に述べたように、一般には、プラス1に傾斜しているので、マイナス1のエネルギーを感知できなくなっていると言えよう。そう、プラス1とは、光現象の世界であり、粒子、物質の世界である。それに対して、マイナス1とは、言わば、波動、気の世界である。
ここで厳密に言うと、プラス1とマイナス1の即非的エネルギーが電磁気・電磁波であり、これまで、それを気と同一視した。しかしながら、気という場合は、マイナス1の側面に限定した方がいいだろう。何故なら、それは粒子、物質的ではなく、波動的であるからである。言い換えると、電磁気・電磁波の波動面が気ということになる。



検討問題

「アストラル体」と「エーテル体」:情感と気

情感は-1であり、気とは、電磁気総体ではないだろうか。つまり、情感とは、気に包摂されるのではないだろうか。
また、身体であるが、それは、表層的には、+1でいいだろう。しかし、情感のある身体は-1をもつ。というか、心身総体が-1⇐Media Point⇒+1であり、これが、情感のある身体と考えられる。
そして、精神であるが、それは、±1を包摂した+iではないだろうか。+1は物質であり、-1は情感である。両者を包摂した「知」として、+iが存するのではないだろうか。そして、-iは他者である。だから、当然、-iも包摂しているのである。つまり、精神、真正な精神とは、±1と-iを包摂した+iと言えるのではないだろうか。
思うに、より正確に言えば、±1と±iを包摂したMedia Point/精神的フィルターが真正なる精神であろう。つまり、五元的精神である。
さて、ここで、気と身体の問題を考えると、身体(+1)はMedia Pointという「気」に浸透されたものであると言えよう。当然、それは、情感(-1)と極性を為している。つまり、物質としての身体は、情感にも浸透されているのであり、また、気総体の一部である。つまり、気が本体であり、物質的身体はその一部ということになる。
そのように考えると、霊学者シュタイナーのいうアストラル体(情感)とエーテル体(気)の関係は、シュタイナーの考えとは異なることになる。即ち、エーテル体がアストラル体を包摂することになるのである。この問題は提起だけで留める。
ここでスピノザ哲学の所謂、心身平行論に触れると、身体は+1であり、心は-1である。しかし、スピノザは単に平行論に留めているのであるが、上述から、身体と心(情感)は、極性を為し、一如の気(電磁気)であることがわかるのである。つまり、心身極性論が正しいということになるのである。これで、スピノザ哲学が超克されたことになる。
また、ここから、医学の問題が解明されることになる。例えば、うつ病であるが、それは、単に、神経伝達物質(+1)の有無の問題ではなく、心・情感(-1)の「エネルギー」の問題である。つまり、物質の問題であると同時に、心・情感の問題であるということである。しかし、精神が主であることを考えると、物質の問題は従であり、心・情感が主であると見るべきである。
そして、心・情感は、当然ながら、±iの認識・知性の問題に関わるである。つまり、うつ病は、心・情感の問題であり、また、認識・知性の問題であるのである。
既述したように、うつ病は、近代合理主義が根因と考えられるのである。それは、他者(-i)を排除するので、心・情感(-1)をも排除することになり、そのため、同一性・物質主義(+1)が過多となり、精神エネルギーが枯渇すると考えられるのである。



検討問題:10/1/1

1) 連続性という「死に至る病」:連続性の力学について
2) うつ病問題:『医者にウツは治せない』織田淳太郎著 光文社新書
3) 近代資本主義とトランス・モダン資本共同体経済
4) 極性力学:即非的力学:牽引と反発
5) 身体と大地:東洋的身体論:近代西欧の心身二元論の誤謬:東洋的身体的精神
6) 5と関係して、気の力学:気と身体と物質
7) 精神と身体:-1が隠れた精神ならば、+1は顕在化した感覚や知覚や身体ではないだろうか。
8) 地霊と気:気の強度について


1について考察しよう。
これまでの考察から連続性ないしは+1は父権文化がもたらしたものと言える。原初的な母権文化においては、Media Pointが開かれていて、-1と+1の極性をもつ現象、即非的共振現象があったと考えられる。プロト極性文化、proto media point cultureと言えよう。
ここにおいては、純粋な、独立した+1(物質)はなかった。父権文化が+1をもたらしたとき、ゾロアスター教が起こり、+1をアンラ・マンユと考え、-1をスプンタ・マンユ、そして、Media Pointの大光をアフラ・マズダーと認識したと考えられる。
そして、仏教(大乗仏教を含めて)は、ゾロアスター教とは異なる視点で、+1の脱構築の哲学を説いたと考えられる。「空」の哲学とは、「色」、自我としての+1を解体するもの(解脱)で、-1の心性(悟り)を説いたと考えられる。
故に、ゾロアスター教と仏教の根源は母権文化、プロト極性文化であると考えられる。ゾロアスター教の父権的なもの(「父」)は、+1が脱構築された後の「知」を指しているのではないだろうか。つまり、不連続的知性ではないだろうか。これはここで留める。(ならば、PS理論、トランス・モダンは新母権だけではなく、新父権を意味する。新母権・新父権文化である。)
本題の連続性の力学であるが、それは、自己意識が対象に固着・粘着・癒着する状態の力学である。
そう、「我」はどこから生まれるのか。原我は+iであり、原他は-iである。そ原我・原他の極性が抑圧されて我と他の二元論において、我が生起すると言えよう。言い換えると、極性の否定・抑圧から二元論・我が生まれるのである。
これは、先に述べたように、+i=+1の錯誤状態であると考えられる。原我という認識主体(+i)が同一性(+1)と一致してしまっている錯誤態である。これが、連続性と言えよう。
なお、連続性が形成されるためには、言語、とりわけ、文字言語が必要となろう。ここで言語の形成について考察しよう。
ある現象を知覚・認識するとき、原初的には、つまり、即非的現象知覚においては、原我は原他を感覚する。この原他を知覚・認識するためには、光現象が必要となる。即ち、原他を同一性(+1)へと投影すると考えられる。この同一性への投影の一つの主要なものが発話ではないだろうか。原他「山」を例えば、yamaと呼ぶとき、それは、原他「山」を同一性のyamaとして投影していると考えられる。
もっとも、注意すべきは、原初的には、あくまで、認識主体(+i)にとり、認識対象は原他(-i)であることである。つまり、同一性(+1)のyamaを介して、原他(-i)を知覚・認識しているということである。
 とまれ、同一性(+1)を介する、つまり、メディアとすることで、原初的認識が可能になるのである。そして、同一性(+1)、この場合はyamaという発話は、原我にとって、感覚なのだと考えられる。つまり、身体(感覚身体)である。この感覚ないしは身体を介して、原我は弁別的に知覚・認識すると言える。
そして、発話ないしは言語は原他(-i)の指標・符号ということになる。しかし、父権文化が強化されるとこれが忘却されて、同一性(+1)自体が存在するように錯誤されるのである。つまり、物質の出現である。これは、同一性に因る錯誤から生まれるものである。言語とフォルムの結合によって、同一性は仮構・仮象から実在・存在へと錯誤的に変換されるのである。客観的対象・物体が錯覚的に形成されるのである。
この言語とフォルムの結合による同一性の錯誤的実体化であるが、それは、構造形成を意味しよう。つまり、同一性構造が原我において、形成されるのである。それは、精神的フィルターとなるのである。つまり、Media Pointにおいて、同一性構造(構造)というフィルター、フレームがいわば付着するのである。そして、これは、カントの超越論的形式に当たるのである。
西洋哲学において、これを合理論的に解体する哲学がフッサール現象学であると言えよう。確かに、シェリング、キルケゴール、ニーチェ、他は、近代合理主義(近代的理性)の解体を的確に志向したが、天才的に、つまり、直感的に行なったと言えよう。
 それに対して、フッサールは透徹して理知的に行なったのである。それは、近代的合理性(近代的理性)をエポケー(判断停止)することで相対化し、根源的な主観の志向性を取り出したのである(現象学的還元)。
それは、ノエシス/ノエマの超越論的主観性である。それは、PS理論から言えば、⇒である。ただし、フッサールは原我(+i)をノエシス、そして、それによる認識されたものをノエマとしたが、原他(-i)に当たるものを発見しなかったと考えられる。だから、間主観性(相互主観性)の概念が必要になったと考えられる。
言い換えると、フッサールは差異と同一性を明確に区別していなかったと言えよう。もし、差異(絶対的差異)を認識していたならば、認識対象は差異(他者)となり、そこには、即非的差異極性があることが認識されたはずだからである。
 しかしながら、以前述べたように、フッサールは直感的にはそれに達していたと思われるのである。直感においては、PS理論的ではあったが、認識においては、同一性の発想に囚われていたと考えられるのである。


検討問題:’09/12/31

1)プラス1への傾斜の力学
2)プラス1とは同一性であり、言語、物質、自我、量、等の基本単位ではないのか。
3)Media Point ないしは精神的フィルターにおける即非的現象の記述方法について
4)古代宇宙論のコスモスとPS理論
5)地霊spirit of place, genius lociあるいは「気」について:場所によって明らかに、「気」が異なるが、これは絶対的差異と言えよう。つまり、絶対的差異としての地霊、地的「気」である。私の「自宅」周辺の地の「気」は、不思議なほど、私の身体と共振・共鳴して、癒しの心地をもたらしている。

以上はすべて重要な問題であるが、最初に3について検討したい。
確かに、即非、即非的共振ないしは即非的極性と記述することが的確である。即非的極性と記述するのがもっとも的確だと思われる。
つまり、即非的極性として現象が発現するということになる。そして、プラス1の極とマイナス1の極をもつのである。そして、前者は陽極であり、後者は陰極である。
喩えて言えば、電池や磁石を想定するとわかりやすいだろう。より的確に言えば、電磁気ないしは電磁波である。そして、電磁気・電磁波的現象のプラス極(正極)とマイナス極(負極)において、前者は外的現象(外光)、後者は内的現象(内光)を形成し、両極で「身体」を形成するのではないだろうか。
そして、心ないし魂(以下、心魂)は、後者に因るだろうが、前者の同一性によって、自我、同一性自己を形成すると思われる。
つまり、マイナス極(負極・陰極)/マイナス1とは、差異である。そして、プラス極(正極・陽極)/プラス1とは同一性である。だから、即非的極性とはこの差異と同一性の極性ということになるだろう(作業仮説)。
そして、この極性は非対称的である。シンメトリカルではないのである。いわば、左右非対称的である。思うに、これが、自然の最高の不思議ではないだろうか。ただし、当然ながら、人類は、プラス1に傾斜している。とりわけ、父権的人類はそうである。
一般的に生命体は、極性のバランスが取れていて、自然環境のもつ電磁気・電磁波力に即して、行動していると考えられる。つまり、マイナス1の差異の力学に即していると考えられる。
それに対して、人間は、とりわけ、父権的人類や近代的人類はマイナス1の差異を喪失していて、妄りに、プラス1を主軸にして行動して、自然・社会・世界を混乱させ、破壊しているのである。
思うに、人類は、大きく分けると、母権的人類(民族)と父権的人類(民族)に区別されるのではないだろうか。(これは、女性と男性という区別に重なる場合があるが、それとは根本的に異なる。)
先に述べたように、母権制の場合、即非的極性のバランスはとれていたと考えられ、父権制の発動により、プラス1へと強く傾斜したと考えられる。そして、それが、いわゆる、文明を形成したのである。しかしながら、正確に言うと、それは、父権的文明である。文字の発明が正に父権的文明の産物と考えられる。(思うに、デリダの勘違いはパロル《音声言語》を同一性、エクリチュール《書記言語》を差延と考えたことである。パロルはまだ差異に近い面がある。エクリチュールは同一性的である。前父権的文明はイメージやヴィジョンが支配的であったと考えられる。それは、正に、即非的現象のそれであると考えられる。)
そして、プラス1へ傾斜した父権的文明(とりわけ、ユダヤ・キリスト教西洋文明:もっとも、イスラム教文明、儒教文明も強い父権的傾斜をもつ)が「科学・技術」を生んだと言えるのである。(もっとも、その恩恵を拝すると同時に、破壊的な打撃を受けているのであるが。)
問題は、精神文化ないしは民主主義文化である。それは、基本的には母権的なものと考えられる。言い換えると、差異の文化であり、それは、父権的文明の支配下にあって、地下水のように、連綿と受け継がれてきたのである。それは、また、精神的遺伝子として、継続してきたとも言えよう。(プラトンの想起説やユングの普遍的無意識、ジョセフ・キャンベルの普遍的比較神話学、他を参照。)
思うに、欧米的民主主義は古代ギリシアの貴族的直接民主制とイエスの教え(イエスの愛や罪の許しの教えであるが、哲学的にはこれらは他者の思想と考えられる)の結合から生まれたと推察される。結局、既述のように、西洋文明・文化とは、父権制と母権制の結合であるが、それらは連続的であったり、あるいは、前者が主導・支配的で、後者を従属させたりしているのである。
しかし、端的に、的確に言えば、父権制が支配的であると言わなくてはならないのである。つまり、同一性が支配的なのである。ここが西洋文明・文化の大問題点なのである。
よく知られたように、近代主義批判は19世紀から諸学の様々な領域で起こり、近代主義の超克が志向されてきた。ポスト・モダンやポスト構造主義はそのようなものであったが、理論の不十分さの為に、実現できなかったのであり、また、逆に哲学・理論総体の大混乱という知的大惨事を引き起こしたと言えよう。(ここにおいて、当然ながら、不連続的差異論やプラトニック・シナジー理論のブレーク・スルー的意義があるが、既述済みなので、ここでは触れない。)
とまれ、近代主義とは近代合理主義であり、それは、ハードな同一性主義なのである。それは、結果として、唯物論(物質主義)をもたらしたのである。そのため、母権的文化である精神文化や民主主義文化の差異の文化は否定されたり、抑圧されたりしたのである。(ここで、文化とは、社会とほぼ同義と理解されたい。)
そして、資本主義であるが、それは、正に、近代合理主義を原理として発達した経済システムである。ここでは、同一性主義(同一性価値=交換価値)が貫徹されるである。
しかしながら、既述のように、資本主義の基盤は差異的価値、社会的ないしは共同体的差異的価値なのである。しかしながら、その差異的本体の評価を全く同一性価値によって為すという倒錯・転倒が起こっているのである。
言い換えると、母権的価値を父権的価値で評価するという錯誤があるのである。これは、当然ながら、プラス1へのハードな傾斜に拠るのである。そして、その帰結がリーマン・ショックである。
近代主義としての資本主義は終焉したと言えよう。これからは、トランス・モダンの「資本主義」が生まれることになる。それは、即非的極性をもった「資本主義」である。思うに、プラス1が投資ならば、マイナス1は贈与ではないだろうか。
マイナス1は差異的価値であり、精神的価値、民主主義的価値であり、それは、投資主義的発想では、充当できないと考えられる。
とまれ、即非的極性の視点から言うと、プラス1は中心化されないのであり、端的に言えば、即非的極性価値が主導化すると考えられる。つまり、即非的極性経済がトランス・モダン経済であると考えられる。換言すると、資本主義は即非的極性化されるのである。だから、即非的極性資本主義と言えるだろう。
そして、この実現のためには、政治の即非的極性化も必要である。つまり、同一性化している民主主義(近代民主主義)から差異的民主主義へと転換する必要があるのである。個々差異々々を見る民主主義である。それは、差異的共同体主義と呼ぶことができよう。

次に4について考察しよう。今は寸言に留める。
先に、マイナス1がD. H. ロレンスの説くコスモスであると指摘した。そうすると、ここが、古代宇宙論のコスモス(ロレンスのコスモスはほぼ古代宇宙論のコスモスへの回帰だと考えられるが、正確に言えば、トランス・モダン的コスモスであることを認識すべきである)について、PS理論からの解明の突破口になると考えられる。
PS理論から言うと、根源に+iと-iがある。これは、陰陽である。+iを陽、-iを陰、あるいは、それらを逆に見ることができる。とまれ、言わば、大陰(太陰)と大陽(太陽)が根源にあるのである。それらは、また、おそらく、デュナミスの次元である。
ここで、易経を参考にするといいだろう。太陽と太陰がそれぞれ、三元であり、それぞれ、陽爻陰爻があるので、結局、2^6=64通りの順列(八卦)がある。
思うに、デュナミス次元は六元ではないだろうか。そして、エネルゲイア次元(Media Point ・精神的フィルター次元)は64元ではないだろうか。
とまれ、大陰の三元と大陽の三元があることになる。そして、Media Pointにおいて、この三元と三元が組み合わされて、コスモスを形成するのではないだろうか。例えば、易経の太陽では、純粋なプラス1となるのではないだろうか。そして、太陰では、純粋なマイナス1となるのではないだろうか。
思うに、例えば、{(+ia)*(-ia)}*{(+ib)*(-ib)}*{(+ic)*(-ic)}又は、
{(+i1)*(-i1)}*{(+i2)*(-i2)}*{(+i3)*(-i3)}、あるいは、
{(+i)*(-i)}*{(+j)*(-j)}*{(+k)*(-k)}と
記述できないだろうか。三重のガウス平面である。
とまれ、簡略化して、ガウス平面で考えると、プラス1とマイナス1が両端となり、両者の中間的様態が発現するのではないだろうか。例えば、cosθ+isinθを即非子(電磁気・量子)とすると、θがπのとき-1となり、2πのとき、+1となる。しかし、即非子は対ともつと考えられるので、±(cosθ+isinθ)が的確である。
だから、θがπのとき、プラスの即非子は-1となり、マイナスの即非子は+1となる。
そして、θが3分の1π(60度)のとき、プラス即非子は、1/2(1+i√3)となり、マイナス即非子は、-1/2(1+i√3)となる。つまり、±1/2(1+i√3)である。そして、実軸部分が±1/2である。そすると、θが3分の1πのときは、プラス成分とマイナス成分それぞれ、1/2をもつことになるだろう。
言い換えると、同一性が1/2で、差異も1/2となるのではないだろうか。しかしながら、±2分の√3掛けるiが、いわば、潜在している。即非子=複素数としてのコスモスであり、人間である。とまれ、この作業仮説はここで留める。


09/12/29の諸記

折口信夫の『言語情調論』を少し見たが、興味深い。感情と(言語)情調を区別している。思うに、知的な情感を折口は問題にしているようだ。あるいは、普遍的な情感である。残念ながら、今は余裕がないので読むことができない。
 さて、マイナス1の問題をさらに検討したい。プラス1が光子であり、物質とするなら、マイナス1は、言わば、闇子であり、反物質であろう。「ダーク・マター」である。
 問題は、両者は極性であり、本体は「大光」である。つまり、先に述べたように、「大光」のプラス1が光の極(陽極)であり、「大光」のマイナス1が闇の極(陰極)である。そして、通常、人間は「大光」の陽極の様態を視覚しているのである。
 さて、ここで思考実験であるが、夢で見る映像ないしは文学作品によって喚起される映像であるが、それは、直感では、マイナス1の陰極に関係するのではないかと感じられるのである。何故なら、それらは、言わば、闇の光であるからである。
 言葉にすると矛盾になるが、昼間の光、陽極の光は、光の光であり、夜間の夢の光は、陰極の光、闇の光ではないのか。先に区別したが、前者を「陽光」、後者を「陰光」と呼ぶ方が明快である。しかしながら、前者は日常語なので、問題である。そこで、プラス光とマイナス光と呼ぶ方が、明晰であるので、これをとりたい。
 マイナス光という視点は重要だと思う。何故なら、単に闇と呼ぶと、その一種の可視性が喪失されるからである。というのは、私はマイナス1の「闇」を一種可視的なものではないかと感じているからである。言い換えると、「闇」の視覚があるのではないかと感じているからである。何故なら、私の経験では、ほとんど明らかに「闇」の視覚をもって、現象を知覚していると思われるからである。とまれ、これを作業仮説としよう。
 そうすると、プラス光視覚とマイナス光視覚の二つの視覚があることになる。そして、心眼と言った時、それは、後者に関係する。つまり、プラス光視覚を介しつつ、マイナス光視覚で知覚することが、心眼のように思われる。
 しかしながら、両者を絶対的に分離するのは誤りであろう。何故なら、当然であるが、両者は極性的であるからである。だから、マイナス光視覚(以下、マイナス視覚)とは、プラス光視覚(以下、プラス視覚)と即非・共鳴している様態にあると見るべきである。簡単に言えば、極性的視覚である。言わば通俗的に言えば、陰陽的視覚である。
 そして、さらに作業仮説であるが、マイナス視覚は折口的に言えば、情調と関係している。換言すると、情感に関係している。何故なら、対象とマイナス視覚は共鳴して、一側面では、即、一体の様態になるからである。例えば、「わたし」は「冬枯れの木立」であるという状態である。しかしながら、プラス視覚はすぐに、「わたし」は「冬枯れの木立」ではないと知覚し、即非状態が喚起されるのであるが。この即非的視覚がここにはあるのである。
 ここで、少し飛躍して、D. H. ロレンスが述べたdark God、dark sun、「コスモス」等のことを考えると、それは、マイナス視覚の世界のことではないだろうか。プラス視覚の世界、通常の現象界に対して、マイナス視覚の世界を対蹠的に表現していると考えられる。そう、特化的に表現している。何故なら、ロレンスは、近代合理主義、近代的自我のプラス視覚中心主義(ロゴス中心主義、同一性主義)を絶対的に批判しているからである。
 だから、その文脈で見れば、その的確さは肯定される。しかしながら、今日的には、極性的視覚、プラス視覚とマイナス視覚の極性的視覚と見るのが的確である。(だから、この点から見ると、ロレンスには、反動的な面があるのである。)
 さて、さらに思考実験を続けると、マイナス視覚とは、内的身体的視覚のように思える。内的視覚とも呼べよう。
 これは、他者、対象との共鳴・共振状態(情感・情調)を見る視覚でもある。言い換えると、情感・情調的視覚である。緻密に言えば、他者情感・他者情調的視覚である。簡単に言えば、情的視覚である。
 現代日本、近代主義末期のポスト・モダン状況にある現代日本において、プラス視覚中心主義となり、マイナス視覚的主観性・精神性・心性がおそろしく喪失されていると直感されるのである。
 そう、私が視覚中心主義を批判したのは、この意味において、即ち、プラス視覚中心主義において見なくてはならない。
 また、魂や心眼の喪失も、ここにおいて、捉えられるべきである。つまり、マイナス視覚の喪失が魂や心眼の喪失を意味すると考えられる。そして、これは、東洋的身体の喪失でもあるのである。
 そこから考えると、東洋的身体とは、マイナス視覚を形成するものであると考えられる。例えば、禅はそのようなものと見るべきであり、禅文化が浸透している伝統的日本文化はマイナス視覚文化と言えよう。
 また、禅仏教だけでなく、当然、道教もヨガもそのようなものである。しかしながら、正確に言えば、マイナス視覚とプラス視覚の極性バランスの形成を志向していたと見るべきだろう。
 さらに展開させて、ゾロアスター教をこの視点から見るとどうなるだろうか。一見すると、アフラ・マズダーの「光」・「火」はプラス視覚のそれと考えられるだろう。
 しかしながら、ゾロアスター教は多神教であり、また、女神文化を包摂しているのである。もし、プラス視覚ないしはプラス光のみを志向するならば、一神教になるだろう。
 もっとも、確かに、プラス視覚ないしはプラス光はゾロアスター教にはある。しかしながら、多神教性、女神文化性を考えると、それは、マイナス視覚、マイナス光の側面ももつと考えられる。
 理論的に見ると、悪神アンラ・マンユとは、プラス1と考えられるから、善神スプンタ・マンユとは、マイナス1となるのではないだろうか(これは、以前、示唆したが)。ということは、ゾロアスター教の「光」・「火」とは、本来的には、マイナス光ではないのかと考えられる。
 より正確に言えば、大光をプラス1の「光」、プラス光に限定するものが悪神アンラ・マンユであり、ゾロアスター教の「光」・「火」とは、大光自体と見るべきではないかと思われる。そう、大光がアフラ・マズダーであり、マイナス光が善神のスプンタ・マンユとなるだろう。
 今はここで留める。



2009年12月23日(Wed)▲ページの先頭へ
思考実験:性欲とジェンダー:対の構造の意味:二元論と極性:トランス・セクシュアリティ?
以下は思考実験である。

例えば、女性を+i、男性を-iに、あるいは、逆に、女性を-i、男性を+iと仮定することができる。この超越的即非共振エネルギーが根源にあると考えられる。
 つまり、原点として、対差異即非共振エネルギーがあり、これは、女性であれ、男性であれ、それ自身においては、他者としての異性が存していると考えられる。
 例えば、女性の場合(性的意識、つまり、ジェンダーの問題に限定する)、内的異性としての他者の男性が存するのである。そして、男性の場合も同様である。内的異性としての女性が存するのである。
 しかしながら、二元論的な性差構造があると思われる。これは、極性ではなく、二元論である。女性か、男性のどちらかであり、この二元論構造(一種、二項対立、二値性)が、いわば、先験的にあるために、女性は外的男性に、男性は外的女性に、性欲を、一般的には、もつのである。
 つまり、ここには矛盾・齟齬があるのである。内的には、本質的には、対差異即非共振性があるが、外的、身体的には、雌雄二元論があるのであり、内的本質と外的身体において、齟齬が生じるのである。
 前者は差異であり、後者は同一性ないしは構造性であり、動物性とも言えよう。それは、構造的強制性をもっている。
 整理すると、本来、雌雄は即非共振様態であり、「わたし」は女性であり、男性ではないが、同時に、男性である。
 しかし、身体的雌雄構造はそれを否定して、「わたし」は女性であり、男性ではない。絶対的に女性であり、男性ではない、ということになる。
 思うに、精神的な異性性があり、また、身体的な異性性があるのであり、両者はまったく異質であると考えられる。
 後者はプラス1ではないだろうか。思うに、男性の場合、即非共振の牽引と反発の極性において、牽引に傾斜しているのではないだろうか。その為に、マイナス1を抑圧して、プラス1に没入すると思われるのである。このプラス1の傾斜が、いわば、プラス1の構造、二元論構造、二項対立構造を形成するのではないだろうか。
 これが、マイナス1を抑圧して、意識を同一性化するのではないだろうか。つまり、雌雄の区別を形成するのである。
 結局、女性には、男性のような二項対立的区別はないのではないだろうか。対差異即非共振があるのではないだろうか。
 思うに、牽引への傾斜が男性を形成し、二項対立構造を先験的に形成し、異性愛が本質であるかのように思わせるのではないだろうか。
 性欲とは、だから、この牽引への傾斜による同一性欲望と言えよう。差異への道が性欲を喪失させていくだろう。
 トランス・モダンとは、トランス・セクシュアリティを意味するのではないだろうか。
 後で再考し、整理したい。


2009年12月21日(Mon)▲ページの先頭へ
検討問題:ヘーゲルの理性
ヘーゲルは『精神現象学』で理性とはすべての存在(実在)であるという確信であると述べていた。
 問題は、「確信」である。いったい、「確信」とはどこから生まれるのか。これは、「信」の問題である。つまり、ヘーゲルの理性は、「信」の範疇なのである。これは今さらながら驚くべきことである。
 端的に、「確信」ないしは「信」はどこから生まれるのか。
 直感では、-iからである。つまり、知とは、+iであるが、「確信」ないしは「信」は、-iに拠ると思える。ヘーゲルの「確信」であるが、それは、思うに、+iと-iとの衝突に拠るが、しかし、積への傾斜によって、+1の様態になっている場合ではないだろうか。
 有り体に言えば、短絡である。(端的には、連続化である。)知+iと信(感)-i が連続化しているのある。知=信(感)になっているのである。(思うに、これが、父権的「理性」である。)
 これは、⇒+1への傾斜に拠るものと思われる。「陽光」への傾斜であるし、父権的傾斜である。
 とまれ、ヘーゲルの理性とは、超越性の同一性傾斜であると言えよう。これは、一神教的発想である。
 哲学史的には、シェリング(追記:同一哲学と皮相に、また、誤って呼ばれている。シェリング哲学の核心には、Media Pointが存する。)、キルケゴール、ニーチェの批判が起きるのは当然である。結局、彼らは、「差異」を唱えたのである。それも、絶対的差異である。(途中であるが、ここで留める。)
 
追記:端的に、ヘーゲルの理性とは近代的合理性であり、近代的自我を形成するものであり、私が狂気と呼ぶものである。パラノイア的狂気である。
 つまり、ヘーゲルはいみじくも近代的合理主義、近代的自我が狂気であることを提示しているのである。
 ヘーゲル主義を唯物論的に引き継いだマルクス、エンゲルス、レーニン等は、狂気でもって左翼理論を形成したということになる。
 近代的合理主義、近代的自我は、パラノイア的狂気と一体であり、悪魔(ルシファー/アンラ・マンユ)的なのである。
 疾く、トランス・モダンへと飛翔する必要がある。後で、丁寧に述べたい。

追記2:今日のあらゆる狂気の根因はここにある。日本社会の崩壊の原因もここにある。うつ病や凶悪・猟奇犯罪等の根因もここにある。

参考:
フリードリヒ・シェリング
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曖昧さ回避
シェリングは、この項目へ転送 されています。その他の用法については「シェリング (曖昧さ回避) 」をご覧ください。
シェリングの肖像

フリードリヒ・ヴィルヘルム・ヨーゼフ・(フォン・)シェリング(独 : Friedrich Wilhelm Joseph von Schelling, 1775年 1月27日 、レオンベルク 、ドイツ- 1854年 8月20日 、バート・ラガーツ 、スイス )はドイツ の哲学者 である。ドイツ観念論 の代表的な思想家のひとり。
年譜 [編集 ]

* 1775年1月27日 、プロイセン王国 、レオンベルクで誕生。シェリングの父はルーテル教会 の神学者・東洋学者・教育者であり、シュヴァーベン 敬虔主義 の支持者だった。シェリングは家庭の知的また宗教的雰囲気に強く影響されて育ち、早熟な天才ぶりをみせる。ベーベンハウゼン のドイツ語学校およびニュルティンゲン のラテン語学校で学んだシェリングは、10代前半でギリシア語 ・ラテン語 ・ヘブライ語 に通じた。
* 1790年、テュービンゲン神学校(テュービンゲン大学 の付属機関)に特例により15歳で入学を許された(規定では20歳から入学)。同神学校には2年前、彼より5歳年上のゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル 、フリードリヒ・ヘルダーリン が入学しており、シェリングは寮で二人と同室になった。彼らは、フランス革命 に熱狂し、イマヌエル・カント に代表される新しい時代の哲学に関心を示し、進歩と自由を渇望し、そして牧師 にはならず、思想あるいは文学の道へ進んでいく。そしてこの時期のシェリングが特に傾倒したのは、ヨハン・ゴットリープ・フィヒテ であり、またスピノザ であった。卒業後、家庭教師をしながら哲学著述を続けていた。
* 1792年、『悪の起源について』著述。
* 1793年、『神話について』著述。
* 1794年、『ティマイオス草稿』執筆、雑誌に『哲学の諸形式』投稿掲載。
* 1795年、雑誌に「自我について」投稿掲載。
* 1796年、ライプツィヒ 大学で自然学の講義を聴講を始める。
* 1797年、『イデーン』など自然哲学の著述を始める。
* 1798年、イェーナ 大学の助教授に就任する。『世界霊について』(1798年)がヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ に認められたことが招聘のきっかけとなった。
* 1799年、フィヒテがイェーナ大学を辞職し、シェリングは哲学の正教授となった。
* 1800年、『超越論的観念論の体系』著述。ヘーゲルをイェーナ大学の私講師として推挙。
* 1802年、『ブルーノ (対話篇) 』著述。アウグスト・ヴィルヘルム・フォン・シュレーゲル の妻であるカロリーネ との恋愛事件およびイェーナでの保守派との対立した。
* 1803年、シュレーゲルと協議離婚したカロリーネを伴い、シェリングはイェーナを退去した。ヴュルツブルク で結婚した。同大学に在籍。
* 1804年、『哲学と宗教』著述。
* 1806年ミュンヘン に移住する。シェリングはバイエルン科学アカデミー総裁に就任した。
* 1809年、妻カロリーネが療養先のマウルブロン で死去。このとき、シェリングはミュンヘンで『人間的自由の本質』を執筆中だった。『世界諸世代』著述。
* 1812年、対話篇『クラーラ』執筆。
* 1813年、ゲーテの紹介でパウリーネ・ゴッターと再婚する。
* 1820年、エアランゲン 大学哲学教授。
* 1827年、ミュンヘン大学創立に伴い、哲学教授に就任、この時期、シェリングはバイエルン王太子マクシミリアン の家庭教師を務め、国政にも参画した。のちにその功績をもって貴族に叙された。
* 1841年、ベルリン大学 哲学教授。
* 1845年、同教授職を辞任した。ベルリン大学より引退した後、シェリングは以後公開の講義を行わなくなった。
* 1854年8月20日、療養に出かけたスイス のバート・ラガーツ で病を悪化させ、家族に見守られて生涯を終えた。

思想 [編集 ]
時期区分 [編集 ]

シェリング思想の時期区分には諸説あるが、『人間的自由の本質』(1809年、以下『自由論』と略す)以降を中期または後期思想とみなし、それまでの時期を前期思想と呼ぶのが一般的である。前期思想は、さらに自然哲学期(1897年から1800年頃まで)と同一哲学期(1800年頃から1809年まで)に細分されることが多い。中期思想という区分を立てる場合には、『自由論』『世界諸世代』(1813年)の時期を中期、『神話の哲学』『啓示の哲学』を後期とする。また論者によっては『自由論』を独立した時期とみなすものもある。

後年、1830年代のシェリング自身は自分の前期哲学を消極哲学、後期哲学を積極哲学と呼び、ヘーゲルら他の哲学者は消極哲学にのみ携わっているとみなしている。彼によれば消極哲学は "das Was" あるものがなんであるか にのみかかわっており、"das Dass" あるとはどのような事態であるかについて答えていない。そして彼の後期の営みこそ、後者の問いに答える哲学であるとしている。

シェリングは、終始一貫した特長をもった思想家だったのか、それとも「プロテウス ・シェリング」(クーノー・フィッシャー )、一貫した核をもたず変転する思想家だったのかは、哲学史上シェリングが注目されるようになって、絶えず問題とされてきた。19世紀後半から20世紀前半における、新カント主義ならびに新ヘーゲル主義の哲学史観においてはその変転が強調されることが多かった。一方、1956年以降のシェリング研究は、むしろ彼の思想の核に一定の関心と問題意識があり、その動径に彼の思想の全展開を考える傾向を示している。

後者の主張によれば、シェリングの思想は古代的なものへの関心と理性的なものへの志向、そして両者の緊張と差異が高次の同一性に支えられているという確信によって特徴付けられている。
前期(-1809年) [編集 ]
最初期 [編集 ]

前期シェリングに大きな影響を及ぼした思想家として、プラトン 、カント 、フィヒテ 、スピノザ 、ライプニッツ が挙げられる。カントの影響については議論があり、フィヒテを介した影響をより重視する論者と、カントからの直接の影響をより重視する論者がに分かれる。

ルター派正統神学の牙城であったチュービンゲン神学校で、シェリングは、友人ヘルダーリンやヘーゲルとともに、むしろ政治および思想上の進歩的動向に共感し、神学からは遠ざかり哲学へと転向する。神学校の監視の下で、当時進行中だったフランス革命に、またカントやフィヒテといった新しい哲学の動向に彼らは刺激され、時にはその言動について学校側から指導を受けることすらあった。神学校在学中のシェリングの著作、マギステル論文『悪の起源について』(1792年)、『神話について』(1793年)にも彼の非正統派的志向が表れている。

神学校卒業後、シェリングは立て続けに著作を刊行し、注目を集める。この時期シェリングはヨハン・ゴットリープ・フィヒテ の知識学 を知り、フィヒテの紹介者として文壇に登場した。1794年以降、雑誌に『哲学の諸形式』(1794年)、『自我について』(1795年)、『哲学的書簡』などの論文を発表するシェリングは、フィヒテからも公衆からも、フィヒテの忠実な紹介者、支持者と思われていた。
自然哲学期 [編集 ]

しかしすでにこのころから、シェリングはバールーフ・デ・スピノザ やゴットフリート・ライプニッツ にも関心を示し、フィヒテとは独自の路線を歩みだしつつあった。「ぼくはスピノザ主義者になった」と宣言するヘーゲル宛書簡はよく知られている。また早くから親しんでいた古代哲学、とりわけプラトン の自然観 も、シェリングの思想の展開に大きく寄与したことが、『ティマイオス草稿』(1794年)などから伺える(一方フィヒテは、生涯を通じて、哲学の対象としての自然に関心をもたなかった)。1796年から1798年、シェリングはライプツィヒ に滞在し、同大学の講義を聴講し、当時はまだ「自然学」「自然哲学」などと呼ばれていた当時の自然科学に接した。生物学や化学、物理学について当時最新の知見を得た経験に刺激されたシェリングは、1797年以降、『イデーン』をはじめとして自然の形而上学的根拠付けについての著作を精力的に発表する。ここでシェリングの自然哲学の中心概念となるのが有機体 である。当時急速に増しつつあった生化学上の知見は、デカルト以来の機械論的自然観に対抗する有機体的自然の観念に注目を集めていた。シェリングは有機体を自然の最高の形態とみなし、それをモデルとして、力学等を含めた自然の全現象を動的な過程として把握する図式を提起しようとした。ここでシェリングの有機体理解に大きく寄与したと思われるのはライプニッツで、『イデーン』(1797年)には『単子論』への言及が多くなされている。

また神学校卒業後、離れ離れになった仲間とシェリングは、相互に思想的影響を及ぼしあっていた。彼らは文通を交わし、お互いの仕事の進展や新しい着想を伝え合った。そのような思想的交流のひとつの産物として知られるのが、1795年から1796年のある時点にヘーゲルの手で筆記された執筆者不明の草稿、通称『ドイツ観念論の最古の体系計画 』である。著者問題についてはここでは論じないが、この草稿に出てくる概念のうち「新しい神話」はシェリングの大著『超越論的観念論の体系』(1800年)でも登場し、また同一哲学期にはシェリング芸術哲学の基本的概念のひとつとなる。
同一哲学期 [編集 ]

1801年、研究者によっては1800年に、シェリング哲学の新たな時期がはじまる。無差別同一性を原理とし、絶対者の自己展開の叙述の学として遂行される哲学、いわゆる「同一哲学」である。

ところで研究者によっては同一哲学の端緒に分類される『超越論的観念論の体系』は、フィヒテとシェリングの間に、重大な亀裂を生じせしめるに至った。もともとフィヒテはシェリングの自然哲学への関心を好意的には受け止めていなかったのであるが、いまやシェリングは自然哲学と超越論的哲学を併置する。そのようなシェリングに対し、自然を他我とみなし従って哲学の対象とは原理的にみなさないフィヒテは、シェリングにあてた書簡等でシェリングの哲学理解に危惧を表明した。自著『私の哲学体系の叙述』(1801年)にフィヒテが加えた批判を契機に、シェリングのほうでも次第にフィヒテと自己との哲学的差異を自覚し、両者は完全に決裂する。フィヒテの転居を期にはじまったふたりの文通は1801年をもって止み、シェリングは対話篇『ブルーノ 』(1802年)等の公刊著作で暗にフィヒテを批判した。1806年にはシェリングは名指しでフィヒテを批判するようになる。

同一哲学期にも、シェリングは自然哲学に関する著作を続けたが、それに加えて、芸術についての哲学的思索が集中的になされた。すでに『超越論的観念論の体系』で、芸術は超越論的哲学の系列の終極に位置づけられ、「哲学の真のまた永遠の証書であり機関」と呼ばれている。『ブルーノ』『学問論第14 講』(1802/3年夏講義)『芸術の哲学 』(1802/3 年冬講義)では、この立場が、同一哲学の理論的前提の上で改めて展開されてくる。観念的なものの系列において、主観的な学、客観的な行為に対し、芸術は観念的なものの絶対的なポテンツとして、「芸術の宇宙において全を展示する」。このような芸術は、実在的な自然に対しては観念的な自然の像として優越性を保ちつつ併置され、また絶対的な哲学に対しては対像としてその完成の姿に予示を与える、いわば人間の最高の精神的所産かつ生産活動として理解される。そのような最高度の芸術は、ただ自然の十分な把握からのみ可能であるとシェリングは考え、古代人がもっていたそして近代人にとっては失われている神話に換わるものとして(シェリングはここで神話の理想的な姿をギリシア神話のうちに見出す)、まだ生み出されていない「新しい神話」を要請する。ここでの新しい神話の内実には諸説があるが、山口和子 は、教訓詩としての自然哲学にその可能性をみており、またシェリングが自身そのような自然哲学を完成させる意欲をもっていたとしている(山口和子『未完の神話』晃洋書房)
同一期への移行:有限性の導出根拠をめぐって [編集 ]

1800年、シェリングは、友人ヘーゲルが私講師としてイェーナ大学で教えるよう推挙した。1800年はまた、ヘーゲルの著書『フィヒテ哲学とシェリング哲学の差異』が刊行された年でもあった。シェリングは『ブルーノ』のなかで、ヘーゲルの就職論文『天体運動論』を全面的に借用している。また二人は 1802年から共同で雑誌『哲学批判雑誌』を刊行した。この雑誌は主に自然哲学を扱い、1803年、シェリングがイェーナから転居したことを切っ掛けに廃刊になった。シェリングとヘーゲルの協力関係は、このころをもって終わったと考えられている。

カロリーネと結婚した1804年は、シェリングにとって私生活だけではなく、哲学上の転機の年ともなった。エッシェンマイヤー に「差別/有限性はどのようにして無差別から導出されるのか」と批判されたシェリングは、その問いに答える必要を感じ、『哲学と宗教』(1804年)を著した。そこでは彼の古い関心、「悪の起源の問題」が再び取り上げられており、有限性の生起は本来同一であるものの頽落(Abfall)によるとされた(なお、この著作自体の構想は1802年にはすでにあり、本来は『ブルーノ』の第2部として構想されていた。しかしシェリングとしてはなるべく早くこの問題を論じることを必要と感じ、著作を対話編としてではなく散文の論文で発表した)。しかしなぜ頽落が起こるのか、そのことはここでは十全には論じられていない(本著作のこの欠点はヘルマン・ツェルトナー らによって指摘されている)。この問題は、1809年の『自由論』で再び大きく取り上げられることになる。

バイエルン王立アカデミーの総裁として、シェリングは、1807年、講演『造形芸術の自然への関係』を行った。この講演で、シェリングは同一哲学に立脚し、当時盛んだったヴィンケルマン の新古典主義的美術観に一定の価値を認めながら、しかし自然であれ古代芸術であり外的な「死んだ形態」ではなく、そこに形態として現れてくる精神そのもの、「生きた自然」を把握し、表現するべきであると説いた。これは同地では非常に好評を博したが、しかしこの講演の内容を入手したヘーゲルはA・W・シュレーゲル宛て書簡で皮肉を交えた痛烈な批判を行った。少年時代からの二人の友情はいまや終わりに近づいていた。

同じ1807年に刊行されたヘーゲルの『精神現象学 』でシェリングの同一哲学が批判された。シェリングにおいて絶対者は直観によって把握されるが、ヘーゲルはその無媒介性を批判し、むしろ概念による哲学を主張した。研究者によってはここで批判されているのは、シェリングではなくその追随者であるシェリング主義者であるとする(ヘーゲルも同様の釈明をシェリングあて書簡で行っている)が、「ピストルからずどんと飛び出す直観」「すべての牛を黒く塗りつぶす闇夜」などの表現がシェリングとその直観概念に結びつけられており、シェリングはこれを非常に心外に感じた。これをもってテュービンゲン以来の両者の友情は終焉し、以後ヘーゲルはシェリングにとってもっとも重要な論敵のひとりとなった。
中・後期(1809年-) [編集 ]

1809年に出版された『人間的自由の本質 』は、シェリングの思想の大きな転換点とみなされている。

シェリングはこの著作で人間的自由の根拠を問い、悪への積極的な可能性を人間のうちにみる。シェリングによれば、人間は悪を行う自由をもっている、それが人間的自由の本質であり、もって人間をすべての存在者の頂点においている。これはキリスト教また西洋思想における「悪をしない自由」としての自由把握とは正反対にある。そのような自由が人間に可能である根拠として、シェリングは神の存在様態について考える(神はここで人間の存在根拠に他ならない)。神のうちには、神の部分であって神そのものではない「神のうちの自然」があり、神自身と対立している。自らを隠し閉ざそうとする神のうちの自然は、自らを現そうとする神自身にとっての「根底」(Grund)であって、生まれ出ようとする憧憬と隠れようとする力との二つの方向性が神のうちに相争う。神は、自身のうちなるこの対立を自ら克服し、愛をもってこれを覆う。かくして神とその被造物は顕れ出る。そして被造物の頂点である人間のなかに、この目もくらむ対立は自由の可能性として再び現れてくるのである。

ここでシェリングは、彼がそれまで積極的に肯定してこなかった神の人格性を強く主張している。また、いまやシェリングにとって、必然性と自由の対立は、同一期においてそうであったように、たんに絶対者において、したがって本質においては無差別である観念的対立とはいわれていない。実在するもののうちにたしかに対立はあって、その対立を可能にする場とそのありよう、さらにはそのような対立を超えるものの可能性が、いまや問題とされてくるのである。

『自由論』は、シェリングがエーティンガー およびカトリック神学者フランツ・フォン・バーダー を介して知ったヤーコプ・ベーメ の思想に大きく影響されているといわれる。『自由論』の術語「神のうちの自然」「根底」「無底(底なし)」はベーメの用語法に由来する。シェリングは神秘思想には比較的好意的で、すでに同一哲学期から新プラトン主義との近親性も指摘されている(『ブルーノ』など)。また1812年の未発表の対話篇『クラーラ』では、エマヌエル・スヴェーデンボリ の思想を好意的に紹介している。しかしシェリングはあくまでも神秘主義を全肯定しているのではなく、悟性的・論弁的理性主義が把握できない前理性的ないし非合理なものを神秘思想家が保持していることを評価し、しかし同時に、そのような表現自体は哲学の立場からみて限界があると考えていた。

シェリングは『世界諸世代』(未完)をはじめとする未刊行草稿の著述に努めるとともに、いくつかの講義を行っている。シュトゥットガルト私講義、エアランゲン講義などは、この時期のシェリングの体系を知る上で重要な意義をもつ。この時期、シェリングは『自由論』の思想を発展させ、神そのものの生成と自己展開の歴史としての世界叙述という壮大な構想に取り組んでいた。『世界諸世代』は世界の歴史をその原理である神の歴史として「神になる前の神」である「プリウス」(Prius)から説き起こす試みであり、過去・現在・未来の三部構成からなる予定であったが、実際に書かれたのは過去篇だけであった。過去篇の草稿は複数あることが現在知られている。いわば挫折したこの構想は、しかし後期哲学の『神話の哲学』『啓示の哲学』へとつながっていく。 

1841年に、ヘーゲルの死後空席となったベルリン大学 哲学教授として招聘され、同地で『啓示の哲学』等を講じた。シェリングは保守的な思想家と考えられており、ヘーゲル主義者による急進的思想に対するいわば防壁となることをプロイセン王家は期待していたと考えられている。しかし思想界では実証科学が隆盛に向かい、ヘーゲル主義哲学が広まっていた当時のベルリンの思想界に、シェリングは実質的な影響を与えなかった。彼の『啓示の哲学』をエンゲルスとキェルケゴールが聴講していたことが知られているが、二人とも、違った観点から、失望を表明している。キェルケゴールの失望に関しては、キェルケゴールが関心をもっていたのは人間の実存であるが、シェリングの関心は神の実存にのみあった、とも評される。

シェリングの後期思想は、同時代人にはほとんど理解者をもたず、ベルリンの彼の講義にはほとんど聴講者がいなかった。その後期思想が評価されるのは、ほぼ100年を待たねばならない。
テキスト [編集 ]
主要著作 [編集 ]

* 『悪の起源について』(1792年)
* 『神話について』(1793年)
* 『哲学の諸形式』(1794年)
* 『自我について』(1795年)
* 『自然哲学についての諸考案』(1797年)
* 『世界霊について』(1797年)
* 『超越論的観念論の体系』(1800年)
* 『私の哲学体系の叙述』(1801年)
* 『ブルーノ』(1802年)
* 『芸術の哲学』(1802/3年、講義)
* 『哲学と宗教』(1804年)
* 『全哲学、とりわけ自然哲学の体系』(1804年、遺稿)
* 『造形芸術の自然への関係』(1807年、講演)
* 『人間的自由の本質について』(1809年)
* 『世界諸世代』(1811年、遺稿、他にいくつか改稿された版あり)
* 『クラーラ』(1812年)
* 『サモトラケの神々について』(1815年、講演)
* 『神話の哲学』(1842年、講義)
* 『啓示の哲学』(1854年、講義)

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0


2009年12月10日(Thu)▲ページの先頭へ
地水火風空(五大)とPS理論
AFN(米軍ネットワーク)で「懐かしい」ピンク・フロイトの曲が流れていた(思うに、ほとんど演歌だ)。
 これは、「水」から生まれていると感じた。それは、Kaisetsu氏の説く「豊穣の海」-iではないかと思った。そう考えて、思考が飛躍した。
 四大、地水火風であるが、「水」が-iならば、+iは「風」であり、「火」は+1であり、「地」は-1ではないかと。
 そして、五大、地水火風空で考えると、以前述べたように、Media Pointないしは精神的フィルターが「空」である。
 思うに、+iを「風」(「神霊」)、-1を「地」とすることがポイントではないか。
 聖書の『創世記』の冒頭は、神霊が水の上を漂っていることを述べていることも考えて、+iを「風」、-iを「水」としたのである。
 思うに、お水取りであるが、それは、「火」と「水」の結合の祭礼であるが、そうではなくて、本来は、「風」と「水」の結合としての「火」(光)の祭礼ではないのだろうか。そうすると、正に、拝火教的になるだろう。東大寺の二月堂だから、そう考える方が妥当だ。

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修二会
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東大寺二月堂の修二会(お松明)

修二会(しゅにえ)は、日本の仏教寺院で行われる法会のひとつで、 修二月会ともいう。
目次
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* 1 概要
* 2 東大寺修二会(お水取り)
o 2.1 起源
o 2.2 練行衆
o 2.3 別火
o 2.4 本行に入る 
o 2.5 悔過法要
o 2.6 大導師作法と過去帳読誦
o 2.7 咒師作法と達陀の行法
o 2.8 お松明
o 2.9 走りの行法 
o 2.10 お水取り
o 2.11 不退の行法
o 2.12 東大寺の修正会
o 2.13 修二会と芸術
* 3 薬師寺修二会(花会式)
* 4 新薬師寺修二会(おたいまつ)
* 5 法隆寺修二会
* 6 長谷寺修二会(だだおし)
* 7 参考文献
* 8 外部リンク

概要 [編集]

旧暦の二月はインドの正月にあたるので仏への供養を行なうといわれているが、外国には修二会はなく、本当の起源ははっきりしない。また、修二会という言葉が文献に現れるのは平安時代になってからである。なお、旧暦1月に行われる法会は修正会(しゅしょうえ)という。奈良地方の古寺で行われるものが著名で、特に東大寺二月堂の修二会は「お水取り」の通称で知られる。また薬師寺の修二会は「花会式」の通称で知られる。他に法隆寺西円堂で行なわれるもの、長谷寺で行なわれるものがある。いずれの修二会にも共通しているのは、本尊に対する悔過(けか=罪の懺悔告白)であることである。
東大寺修二会(お水取り) [編集]
水取りや 籠りの僧の 沓の音
―芭蕉
火をつける前のお松明

「お水取り」として知られている東大寺の修二会の本行は、かつては旧暦2月1日から15日まで行われてきたが、今日では新暦の3月1日から14日までの2週間行なわれる。二月堂の本尊十一面観音に、練行衆と呼ばれる精進潔斎した行者がみずからの過去の罪障を懺悔し、その功徳により興隆仏法、天下泰安、万民豊楽、五穀豊穣などを祈る法要行事が主体である。修二会と呼ばれるようになったのは平安時代で、奈良時代には十一面悔過法(じゅういちめんけかほう)と呼ばれ、これが今も正式名称となっている。関西では「お松明(おたいまつ)」と呼ばれることが多い。
起源 [編集]

「二月堂縁起」によると、天平勝宝3年(751年)東大寺の開山、良弁僧正(ろうべそうじょう)の弟子の実忠和尚(じっちゅうかしょう)が笠置山の山奥で、天人の住む天界(兜率天 とそつてん)に至り、そこにある常念観音院で天人たちが十一面観音の悔過を行ずるのを見て、これを下界でも行ないたいと願った。しかし兜率天の一日は人間界の四百年にあたるので到底追いつかないと思われた。それで、少しでも兜率天のペースに合わせようと走って行を行なうことを思いついたという。

初めての東大寺の十一面悔過は天平勝宝4年(752年)に行われたと伝えられる。
練行衆 [編集]

修二会を行なう行者は練行衆と呼ばれる11人の僧侶で、三役や仲間(ちゅうげん)、童子(大人である)と呼ばれる人達がこれを補佐する。「練行衆」の僧侶の任命は毎年、東大寺初代別当良弁僧正の御忌日にあたる12月16日早朝、法要開始前に華厳宗管長から発表される。

練行衆のうちでも特に四職(ししき)と呼ばれる4人は上席に当る。四職は次の通りである。

* 和上(わじょう) 練行衆に授戒を行なう。
* 大導師(だいどうし) 行法の趣旨を述べ、祈願を行なう。事実上の総責任者。通称「導師さん」
* 咒師(しゅし) 密教的修法を行う。
* 堂司(どうつかさ)行事の進行と庶務的な仕事を行う。通称「お司」

これ以外の練行衆は「平衆(ひらしゅ)」と呼ばれる。 平衆は次の通り。

* 北座衆之一(きたざしゅのいち)  平衆の主席。
* 南座衆之一(なんざしゅのいち) 平衆の次席。
* 北座衆之二(きたざしゅのに)
* 南座衆之二(なんざしゅのに)
* 中灯(ちゅうどう)       書記役。
* 権処世界(ごんしょせかい)   処世界の補佐役。通称「権処さん」
* 処世界(しょせかい)      平衆の末席。法要の雑用役。

また練行衆を三役(堂童子(どうどうじ)、小綱兼木守(しょうこうけんこもり)駆士(くし))をはじめ、童子、仲間(ちゅうげん)などの人々が支え、行事を進行させてゆく。
別火 [編集]

3月1日の本行に入る前に「別火」と呼ばれる前行がある。戒壇院の庫裡(別火坊)で練行衆が精進潔斎して合宿生活を行うのである。世間の火をいっさい用いず、火打ち石でおこした特別の火だけを利用して生活するのでこのように言われる。

初めての練行衆(新入 しんにゅう)と初めて大導師をつとめる人は2月15日から、それ以外の練行衆は2月20日から別火に入る。

 別火には「試別火」(ころべっか)と「総別火」(そうべっか)の二つの期間がある。試別火の期間は5日(新大導師は10日)であとは「総別火」に入る。

試別火の期間は自坊に物をとりに行く程度は許されているが、勝手な飲食も火にあたることもできない。境内の外に出てもならない。かつては自坊で行なったが、妻帯するようになってから合宿するようになった。

2 月21日は「社参」が行なわれ、新入を除く練行衆が和上を先頭に列を作り、八幡殿、大仏殿、天皇殿、開山堂に参詣し、行の安全を祈願する。途中4箇所で平衆がほら貝を吹く。また、この日、二月堂の湯屋で、「試みの湯」が行われる。「例年の如く御加行なさりょうずるで候や」と問われ、修二会に参加する覚悟を固めるてから入浴する。

2月23日には「花拵え」「燈心揃え」が行なわれる。東大寺修二会では仏前に供える花として造花(椿と南天)を作る。また、この日、灯明に用いる燈芯を作る。この二つの作業に練行衆、三役らが総出で行い、椿400個、南天50個、多くの燈芯を用意する。2月24日には上七日に仏前に供えられる壇供(だんぐ)と呼ばれる厚さ3cm直径15cm程の餅を1000個つく(3月5日にも同数の檀供が下七日の為につかれる)。

試別火の期間中、本行に備えて法具を準備したり、夜は声明(節をつけて経を読む)の練習をする。声明の節は複雑で、すべて暗記せねばならず、特に新入にとっては大変な仕事である。

2月25日(閏年26日)の社参は娑婆との別れの意味を含む

総別火に入るのは2月26日で、順次入浴し、紙衣(かみこ。紙で作った衣)を着る。紙衣は清浄な物と考えられており、行の期間中はこれを着続ける。この期間中は別火坊の大広間のテシマゴザという清浄なゴザのうえ以外に座ってはならず、私語は許されず、火の気は一切ない。湯や茶を勝手に飲むことができず、土の上に降りてはならない。

椿の造花を枝に指したり、紙衣の上に重衣という墨染めの衣を初めて着る「衣の祝儀(2月27日)」などがおこなわれる。また夕刻ほら貝の吹きあわせもする。夜は声明の練習である。

2 月の末日になると、戒壇院の別火坊から本行の行われる二月堂に移動するためあわただしくなる。各種の法具などは香の煙をたきしめて清める「香薫」をしてから外に運び出す。最後に大広間で「大懺悔(おおいさんげ)」を唱えてから、練行衆は二月堂に移る。本行のはじまりである。
本行に入る  [編集]

本行の間に練行衆が寝泊まりするのは二月堂の北側、「登廊」と呼ばれる石段の下の「食堂(じきどう)」・「参籠宿所」と呼ばれる細長い建物である。この建物は鎌倉から室町時代に建てられた重要文化財である。

宿所入り(2月28日。閏年は29日)の夕方、「大中臣の祓い」が行われる。咒師が大中臣祓詞を黙誦し、御幣で練行衆を清める。神道の行事である。東大寺修二会には神道的要素が多く含まれている。

3 月1日の深夜1時から「授戒」が行われる。戒を授けるのは和上で、和上は食堂の賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)に向かって自誓自戒した後、練行衆全員に守るべき八斎戒(殺生、盗み、女性に接することなど)を一条ずつ読み聞かせて「よく保つや否や」と問いかける。大導師以下、練行衆は床から降り、しゃがんで合掌し、戒の一つ一つに対して「よく保つ、よく保つ、よく保つ」と三遍誓う。なお3月8日にも改めて授戒が行われる。

受戒が終わると、1 時40分、「ただいま上堂、ただいま上堂」のかけ声にあわせて練行衆は一団となって二月堂に上堂し、木沓にはきかえ、礼堂の床を踏みならす。これを開白上堂という。内陣の錠があけられ、扉が開くと、練行衆は内陣にかけいり、須弥壇の周囲を3周し、本尊を礼拝し、内陣の掃除や須弥壇の飾り付けを行う。

2時15分ごろ、二月堂内の明かりがすべて消され、扉が閉ざされる。堂童子が火打ち石を切り、火をおこす。この火を一徳火といい、常燈の火種とされる。

2 時30分、初めての悔過法要(開白法要)が行われる。これは3時頃終わり、就寝となる。  明けて正午になると鐘が鳴らされ食堂で「食作法(じきさほう)」が行われる。正午から約30分、大導師が信者の息災、過去者の成仏などを祈願したあと、一汁一菜または二菜の食事(正食)をとる。その給仕の作法は独特のものである。正食の後はその日は食事をとってはならない。この作法は本行の間、連日続く。

二月堂の本尊は「大観音」「小観音」と呼ばれる二体の観音像で、いずれも絶対の秘仏で練行衆も見ることができない。
悔過法要 [編集]

言うまでもなくこの行事の中心部分である。

本行の期間中、日に六回(六時という)、十一面悔過法が行われる。6回の法要にはそれぞれ名前があり、「日中(にっちゅう)」「日没(にちもつ)」「初夜 (しょや)」「半夜(はんや)」「後夜(ごや)」「晨朝(じんじょう)」と呼ばれる。その唱える内容や節回し、所作などは六時それぞれのものがある。平衆が交代で導師をつとめ、その声に唱和して唱句を全員で唱える。この導師を時導師という。

悔過法要は次の通り行われる。

* 散華行道は悔過に先だって道場を荘厳するため、ハゼ(餅)をまきながら須弥壇の周りを回り、観世音菩薩の徳をたたえる。
* 大咒願は大導師が一同を代表して行法の趣旨を表明するものであり、漢音で唱えられる。「南無教主 釈迦如来」は「のうぼうこうしゅ せいきゃじょらい」と読む。
* 悔過は諸仏の名前を唱えた後、十一面観音の姿や功徳を列挙して唱句を斉唱し、一句ごとに礼拝を繰り返す。罪障懺悔の唱句はない。
* 宝号は時導師の音頭で観世音菩薩の名号を唱えては一礼することを繰り返す。

「南無観自在菩薩」を繰り返すうちに、「南無観自在、南無観自在」となり、「南無観、南無観」と短くなってゆき気分が高揚してくる。最後は「南無帰命頂礼大慈大悲観自在尊」と厳かに唱え締めくくる。宝号が終わり近くになると平衆の一人が礼堂に出て五体投地を行い、懺悔の心を体で表現する。そして、大懺悔、後行道と続き回向文でおわる。
大導師作法と過去帳読誦 [編集]

初夜と後夜の悔過は「大時」といわれ特別丁寧に行われ、悔過作法の後に「大導師作法」「咒師作法」をおこなう。

大導師作法は聖武天皇、歴代天皇、東大寺に縁のあった人々、戦争や天災に倒れた万国の人々の霊の菩提を弔うとともに、現職の総理大臣以下の閣僚、最高裁長官などの名を読み上げ、その働きが天下太平、万民豊楽をもたらすよう祈願する。

初夜の大導師作法の間には「神名帳」が読誦される。これも神道の行事である。1万3700余所の神名が読み上げられ呼び寄せる(勧請)。お水取りの起源となった遠敷明神は釣りをしていてこれに遅れたと伝えられている。

また3月5日と12日の2回過去帳読誦が行われる。過去帳では聖武天皇以来の東大寺有縁の人々の名前が朗々と読み上げられる。

これには怪談めいた話がある。鎌倉時代に集慶という僧が過去帳を読み上げていたところ、青い衣を着た女の幽霊が現れ、

「など我が名をば過去帳には読み落としたるぞ」

と言った。なぜ私の名前を読まなかったのかと尋ねたのである。集慶が声をひそめて「青衣の女人(しょうえのにょにん)」と読み上げると女は満足したように消えていった。いまでも、「青衣の女人」を読み上げるときには声をひそめるのが習わしである。
咒師作法と達陀の行法 [編集]

咒師作法(しゅしさほう)は咒師が須弥壇の周りを回りながら、清めの水(洒水)を撒き、印を結んで呪文を唱えるなど、密教的な儀式である。鈴を鳴らして四方に向かって四天王を勧請するのもその一環である。 3月12日以降の3日間は、後夜の咒師作法の間に達陀の行法が行われる。

達陀の行法(だったんのぎょうほう)は、堂司以下8人の練行衆が兜のような「達陀帽」をかぶり異様な風体で道場を清めた後、燃えさかる大きな松明を持った「火天」が、洒水器を持った「水天」とともに須弥壇の周りを回り、跳ねながら松明を何度も礼堂に突き出す所作をする。咒師が「ハッタ」と声をかけると、松明は床にたたきつけられる。修二会の中でもっとも勇壮でまた謎に満ちた行事である。

その日の全ての行法を終えて参籠宿所に戻るときには「ちょうず、ちょうず」と声を掛け合いながら石段を駆け下りる。「ちょうず」とは手洗い、トイレのことである。ある時、行法を終えて帰ると、天狗たちがやってきて行法のまねをしていたことがわかったので、ちょっと手洗いにゆくのだと思わせるためにこういうのだそうである。
お松明 [編集]

修二会のシンボルのような行事に二月堂の舞台で火のついた松明を振り回す「お松明」がある。この松明は上堂の松明といわれ、本来は、初夜の行を始めるために練行衆が登り廊を登るときに道明かりとして焚かれるもので、一人の童子が松明をかざして、後に一人の練行衆が続き、入堂された後に、その松明を舞台(欄干)に回り、火を振り回すのである。その後、裏に回り水槽で消され、上がってきた登り廊を降りていく。本行の期間中連日行われるが、12日は一回り大きな籠松明が出るので見応えがある。また、12日のみ11本の松明が上堂する。他の日は10本である。12日以外の日は、新入は先に上堂して準備をしているため10人、12日だけは準備をしてから一旦下堂するので11人の上堂となる。この籠松明は長さ8m、重さ70kg前後あり、バランスを取るため、根が付けられている。他の日の松明は長さ6〜8m重さ40kg。籠松明以外は、使われる日の早朝に担ぐ童子自身が食堂(じきどう)脇で作る。材料は1〜2年かけて集める。年々材料の調達が難しくなってきている。

お松明の火の粉を浴びると健康になる、あるいは幸せになると信じられている。また燃えかすを持って帰り護符の代わりにする信者も多い。

12日のお松明には年によっては2万人から3万人の人出がある。(ただし12日は非常に混雑するため規制・照明・放送などがあり、雰囲気を味わうには前半に見る方がよい。)
走りの行法  [編集]

走りの行法は3月5日からの3日間、および3月12日からの3日間、後夜の悔過作法の前に行われる。本尊十一面観音の11の面の内の頂上仏面を「南無頂上」「南無最上」などと礼拝し、須弥壇の周りを回りながら一人ずつ礼堂に出て五体投地する。だんだんと歩調が早くなり、はじめは木の沓(さしかけ)を履いているが、やがてそれを脱いでしまいはだしで走るようになる。この行法は前述の実忠和尚の伝説に由来する。
お水取り [編集]

3月12日、後夜の咒師作法の中で(13日午前1時)、咒師は蓮松明という松明に照らされながら5人の練行衆とともに南側の石段を下りて閼伽井屋(あかいや 別名・若狭井)へ向かう。

大勢の参拝者の見守る中、雅楽も奏され、おごそかに行列が進む。途中小さな神社に立ち寄り法要を営んでから数人の童子と閼伽井屋に入り香水をくむ。香水は閼伽桶とよばれる桶に入れられ榊を飾った担い台に載せられ内陣に運ばれる。香水は須弥壇下の香水壺に蓄えられ、本尊に供えられたり、供花の水として用いられたりする。

この水は、若狭の遠敷明神(おにゅうみょうじん)が神々の参集に遅れたお詫びとして二月堂本尊に献じられたと伝えられ、今でも遠敷明神の神宮寺であった若狭小浜市の若狭神宮寺では今もこの井戸に水を送る「お水送り」(3月2日)の行事が行われている。お水取りが終わると咒師作法は再開される。
不退の行法 [編集]

東大寺修二会は752年(天平勝宝4年)始められて以来、現在まで一度も途絶えることなく今日まで伝えられている、東大寺がある限り続く「不退の行法」である。「修二会」は1667年(寛文7年)に二月堂が火災で失われたときも三月堂で行われ、物資難から諸々の行事が中止せざるを得なかった太平洋戦争の戦中戦後も続けられた。2009年の3月に行われたものを含むと現在まで1258年、1258 回を越える。
東大寺の修正会 [編集]

東大寺では修二会のほかに修正会も行っている。1月7日のみの簡単なものであるが、初夜と後夜に別れ、初夜では如意輪観音に悔過し、後夜では礼仏偈ほか多くの法要が行われる。
修二会と芸術 [編集]

* ドイツの作曲家シュトックハウゼンの電子音楽「テレムジーク」は、作曲者によって採集された世界各地の音を電子音と融合させた作品であるが、日本を代表する音として雅楽とお水取りの声明が選ばれている。実際にシュトックハウゼンは1966年に奈良を訪れお水取りに立ち会っている。
* 日本の作曲家、柴田南雄は1978年、「修二會讃」を作曲した。東大寺の修二会の声明のほかに、華厳経の一部や小林一茶、大島蓼太、松尾芭蕉の俳句をテクストに用いたシアターピース(合唱劇)で、委嘱した東京混声合唱団によって同年に初演された。
* 日本のシンガーソングライター、さだまさしは1993年、この行事をテーマにした楽曲「修二会」を製作している(作詩・作曲:さだまさし アルバム『逢ひみての』収録)。さだは日本の古典的、民族的、仏教的なモチーフの作品を数多く作っているが、この曲もその1つである。また、さだは東大寺の管長らとも縁があり、大仏殿の昭和の大修理の際、落慶法要コンサートを行っている。
* 評論家の小林秀雄は達陀の行法に接して一言「バッハだ」と言った[要出典]。
* 画家では杉本健吉や須田剋太などが修二会にちなむ絵を描いている。
* 写真では入江泰吉が1946年ごろから30年以上修二会に通いつめ撮影を行なった。こうした撮影活動の末、入江は写真集『お水取り』1968年三彩社、『東大寺とお水取り』1981年集英社を刊行する。 
* また写真家土門拳は1967年東大寺修二会を撮影し、翌年、平凡社「太陽」1月号に特集記事として掲載された。

薬師寺修二会(花会式) [編集]

通称「花会式(はなえしき)」と呼ばれる薬師寺の修二会は例年、3月30日から4月5日にかけて行われる薬師悔過法である。4月5日は結願法要として、「鬼追い式」が行われている。薬師寺の修二会は、花会式と称されるように、十種の造花が本尊薬師如来にささげられる。

これは嘉承2年(1107年)、堀河天皇の皇后が病気になり、その平癒を薬師寺の本尊に祈願したところ回復したので、これに感謝して修二会に梅、桃、桜など和紙の造花を十種類の造花を供えたのが始まりであるといわれている。

悔過法が終わった5日の夜8時に「鬼追い」がある。松明を持った黒、青、赤の親子の鬼が堂外にあらわれ、大声で叫び堂をかけめぐる。やがて毘沙門天があらわれ鬼を退散させる。修二会の最後に鬼が現れるのは長谷寺のだだおしと共通している。

なお、修正会は1月1日から15日にかけて行われ、吉祥天女を本尊とする吉祥悔過を行う。
新薬師寺修二会(おたいまつ) [編集]

新薬師寺では、本尊薬師如来の縁日である4月8日に薬師悔過が行われる。夕方5時から東大寺の協力を得て11人の僧侶が「日中」の法要を行い、7時から大松明が11本境内を行道する。その後「初夜」の悔過行が行われる。
法隆寺修二会 [編集]

毎年2月1日から3日にかけて西円堂で行なわれる。 弘長元年(1261年)以来続く伝統行事。本尊の薬師如来座像の前で「薬師悔過」を行う。

なお結願の3日、午後7時ごろから追儺式が行われる。西円堂で黒鬼、青鬼、赤鬼が松明を投げ、毘沙門天が現れて鬼を追い払う。薬師寺の修二会と共通するものがある。

なお、毎年1月8日〜14日法隆寺の金堂では修正会も行われている。この行事は神護景雲2年(768年)にはじめて行われて以来続いており、吉祥天に向かって懺悔する吉祥悔過である。7日間にわたり、晨朝、日中、日没、初夜、半夜、後夜の法要が行われ、国家安隠、万民豊楽、寺門興降の祈願を祈願する。
長谷寺修二会(だだおし) [編集]

長谷寺では毎年2月8日から14日まで7日間、本尊十一面観音に対する悔過法要が行なわれる。結願の2月14日、ほら貝や太鼓が響く中、松明をもって本堂の周囲を赤・青・緑の鬼が走り回る「だだおし」が行なわれる。「だだおし」の「だだ」は東大寺で行なわれる「達陀(だったん)」と同語源であるという説がある。
参考文献 [編集]

* 橋本聖円「東大寺と華厳の世界」(春秋社)
* 平岡定海「東大寺辞典」(東京堂)
* 堀池春峰編「東大寺お水取り―二月堂修二会の記録と研究」(小学館)
* 植田英介・川村知行「お水取り」<カラーブックス>保育社 1995年
* 佐藤道子「東大寺お水取り 春を待つ祈りと懺悔の法会」朝日選書、2009年
* 「年中行事大辞典」(吉川弘文館)2009年

外部リンク [編集]

* 華厳宗大本山東大寺公式サイト
* 法相宗大本山薬師寺公式サイト
* 新薬師寺公式サイト
* 法隆寺公式サイト
* 長谷寺公式サイト
* 東大寺二月堂修二会(お水取り)
* 奈良 東大寺二月堂 お水取り
* 二月堂修二会―それぞれの気持ち(奈良新聞)

「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E4%BA%8C%E4%BC%9A」より作成
カテゴリ: 出典を必要とする記事 | 仏教行事 | 東大寺


2009年12月06日(Sun)▲ページの先頭へ
検討問題:言語的同一性的知覚又は自我的知覚(-1)と光(+1)の重ね合わせ:積-1と和0の生起
最近は忙殺されているので、考察に回す時間がないが、若者のコミュニケーションの発話から、本件が浮かんだ。
 ⇒-1は、言語的同一性フレーム(愚樵氏の言う知的フレームに相当する)と仮説する。これに対して、光現象(⇒+1)がある。
 両者を重ね合わせるときは、先に述べたように、積になるのではないだろうか。
 思うに、精神的フィルターで、積と商が同時に起きるとき、それらも、積になるのではないのか。和ではなくて。
 もっとも、⇒-1(以下、便宜的に-1とする)と⇒+1(以下、+1)は、重ね合わさっているのであり、本当は一致していないのである。これをどう数式的に評価するのかが問題である。
 つまり、-1=+1ではないのであり、両者がいわば、張り付いている状態である。これは、-1*(+1)と表わしていいのだろうか。それとも、(-1)・(+1)だろうか。あるいは、(-1)⇒(+1)だろうか。一種、極限値的な様態である。
 心理的には投影である。-1を+1に投影しているのである。言い換えると、これまで何度も述べた連続的同一性志向性(連続的同一性投影とも呼べよう)である。
 これは、また鏡像的である。思うに、本来、鏡像とは、光現象であるが、それに同一性を投影しているのである。プラトンの洞窟の比喩で言えば、洞窟のスクリーンが投影される同一性(-1)である。本来の光は見るものの背後にあるのである。
 しかしながら、ここでは、正面に光現象があるのに、それに同一性ないしはその影を投影しているのである。
 だから、同一性が抑圧しているものを他者に投影するのであり、例えば、自我の邪悪さを他者に投影するということになるのである。内的他者を否定するのは、邪悪的であるが、その邪悪さを他者に投影するのである。
 本題に戻ると、この重ね合わせ、同一性の投影、連続的同一性志向性とは、確かに、極限値的であり、即ち、-1⇒+1である。思うに、これは、ゼロ化と言えないだろうか。確かに、積の-1以外に、ゼロ化がここでは起きているのではないのか。つまり、差異のゼロ化である。+1という他者がここでは、ゼロ化されるのである。そうすると、和である。
 まとめると、積の-1と和の0がここで生起しているのではないのか。それは、他者・差異をゼロ(無)とする同一性主義ということではないだろうか。
 後でさらに検討したい。


2009年11月29日(Sun)▲ページの先頭へ
検討問題:言語と知覚・認識:精神的フィルターにおける言語的視覚と光現象の重ね合わせ
おそらく、言語が対象を生み出していると言ってもいいくらいだろう。
 「山」という言葉が山という対象を生み出している。だから、対象を見ているつもりでも、実は、言語を仲介して見ているのだ。言語を-1とすると、これによって、⇒+1ないしは+1を見ていることになるだろう。思うに、言語的対象的世界とは、-1の世界ではないのか。現象は本来、⇒+1である。近代的物質的世界とは、-1ではないのか。
 後でさらに検討したい。

追記:この問題は当然、構造主義と関係するし、また、カントの超越論的形式と関係する。
 先の考察から言えば、精神的フィルターにおける言語的同一性が客観的対象を作り出しているということになる。
 これまでの考察から言うと、即非・差異共振現象において、人間は発話する。例えば、鳥を見たとき、人間は鳥と即非様態となり、そこから、鳥という言葉が生まれる。思うに、原初的発話とは、差異的発話であり、同一性はなかったと思われる。つまり、発話は差異的であった。 
 では、どうして同一性を形成したのか。それは即非・差異共振エネルギーが衰退するにつれて、実数性が強化されるからではないだろうか。つまり、原初的発話は(+i)*(-i)⇒+1であった。つまり、その発話は⇒+1である。
 しかしながら、エネルギーが衰退して、+1が分離される。そして、+iの傾斜が-1を産む。思うに、+1と-1との結びつきが、言語的同一性を形成するのではないだろうか。原初的発話は差異共振的でありながらも、過程的に同一性へと帰結するのではないだろうか。
 では、+1と-1との結びつきとは何だろうか。結びつきというより、構造と見たが方がいいかもしれない。精神的フィルターにおける同一性構造として、±1が生起するということではないのだろうか。
 ここで作業仮説ないし思考実験として、-1と+1の積を想定しよう。つまり、結果は-1である。つまり、+1を言語-1は、-1に変えてしまうのではないか。そして、+1を喪失するのではないのか。
 これは、ルシファー/アンラ・マンユ化と言えよう。そう、現象(⇒+1)を-1の同一性ないしは「物質」に転換させてしまうのではないだろうか。唯物論化である。
 少し違う角度で言えば、-1の視覚(フレーム)で、+1ないしは⇒+1を見ているのである。光現象、差異共振現象、即非現象を-1の言語的視覚で見ているのであり、その結果、現象は物質化されるということではないだろうか。
 -1の言語的視覚はルシファー/アンラ・マンユに拠るものと考えられる。これは、冷暗な視覚である。冷酷な視覚である。斬る視覚である。当然、憎悪の視覚である。利己的な視覚である。
 結局、-1を脱構造化する必要があるのである。そのためには、強い+iによって否定された絶対的他者である-iを取り戻す必要があるのである。
 そう、-iは身体内に抑圧されるのである。だから、身体を「発掘」する必要があるのである。身体の基層を再発見する必要があるのである。身体に他者が存するのである。光は身体内に存するのである。
 後でさらに検討したい。


2009年11月25日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:複素数としての即非子の仮説
即非子を複素数と仮説する。それを、CNとする。

CN=±cosθ±isinθ/2

ただし、θはkπとし、kは整数が入る。
例えば、k=1のとき、

CN=±1 ±i

となる。
これが、即非子の数式ではないだろうか。
もっとも、一般に、虚数が隠れているのである。正確に言えば、実数によって、隠蔽されているのである。
 +1は光であり、-1は闇である。しかしながら、±iの「光」と「闇」がある。
 もっとも、Media Pointにおいて、±iは即非・共振様態であり、超越光(超光)・即非・光の様態と考えられる。
 思うに、光と言った場合、本来は超越光と一如(いちにょ)であるが、一般的には、+1の光、いわば、物質的な光しか見ていない。
 有り体に言えば、「気」としての光を「見て」いないのである。光は不可視の「気」をもっているのである。それは、アストラル体(虚数波動)とエーテル体(実数波動)である。
 光+1とは、超越光の同一性的側面、表層ではないのか。
 今はここで留める。


2009年11月24日(Tue)▲ページの先頭へ
検討問題:即非子の様態について
先に、即非子を仮説したが、虚軸様態と実軸様態の即非様態についてさらに考察してみたい。
 実軸様態は端的に光様態(現象)である。では、虚軸様態は何であろうか。私はこれまで、超越光と考えてきた。
 ここで比喩的に考えたい。通常、光のベールをかぶっているのである。そして、夜睡眠するとき、このベールが取れて、「闇」に入る。しかし、この「闇」は光の彼岸であり、実は、闇ではない。やはり、超越光(トランス・ライト)であると思われるのである。
 そして、この超越光がアフラ・マズダーの光ではないだろうか。また、阿弥陀仏(無量光仏)の光ではないだろうか。そして、大日如来の光、そして、天照大神の光ではないだろうか。
 思うに、古代人ないしは超古代人はこの超越光(超光)を見ていたのではないだろうか。
 今はここで留める。

『-iとの共振エネルギーについて:「気」:アストラル体とエーテル体:即非子という仮説』
http://ameblo.jp/renshi/entry-10395637508.html


2009年11月19日(Thu)▲ページの先頭へ
諸考察:精神(心)の美、その他
1)同一性自己を+i⇒+1と考えたがそれでいいのか。やはり、(+i)*(-i)⇒+1の右辺とした方が適切である。
 思うに、左辺が無意識であり、右辺が意識である。しかし、その境界として、精神的フィルター/media pointがある。
 精神的教養とは、精神的フィルターをなんらか知覚させる文化ではないのか。しかし、近代合理主義文化においては、これが消滅して、単に、右辺の同一性主義文化に帰結するのである。
 そして、この+1が主体+iと他者-iを排除すると言えよう。つまり、同一性自己+1とは、差異的主体+iと差異的他者-iの双方を否定・排除・隠蔽していると言えよう。(ポスト・モダンで主体の解体というようなことが言われたが、それは、実は、その主体とは、同一性自己のことであるが、その結果、差異的主体まで否定してしまったと考えられる。)
 つまり、同一性自己(近代的自我)とは、同一性を実体と見ているのであり、差異である主体、差異である他者をまったく無視しているのであり、それは、妄想的であり、かつ、暴力的である。
 そして、この同一性+1がアンラ・マンユ(アーリマン)である。

追記:以上のように同一性自己を捉えると、うつ病のことがよく理解できるだろう。
 うつ病とは、近代的自我病である。つまり、同一性自己+1に執着して、差異的主体+iと差異的他者-i、つまり、真の自己、即非性(自己認識)を排除しているのである。だから、差異共振から生まれるエネルギー⇒を排除しているので、エネルギーが枯渇して、うつとなると考えられる。即ち、(+i)*(-i)⇒と+1が分裂しているが、前者が排除されているので、そのエネルギー⇒ が同一性自己+1に達しないのであるから、エネルギー枯渇、即ち、鬱状態になると考えられるのである。
 
 
2)ルシファーとは何か。これは後で考察。

参考:

●シュタイナーによれば、「ルシファー」とは、人間の中にあらゆる熱狂的な力や、あらゆる誤った神秘主義的な力を呼び起こす能力を備えた存在で、現実から乖離した夢想の世界に人を迷いこませるのに対し、

「アーリマン」は、人間を無味乾燥で、散文的で、俗物的な存在にし、人間を頑なにして唯物論という迷信へと導くという。

つまり「アーリマン」は「唯物論の悪魔」で、シュタイナーはメフィストフェレスと同一であるとしている。

それで歴史的に見ると、ルシファー的なものが人類に強力に働きかけていたのは、紀元前から西暦紀元初めの数世紀までで、15世紀以降は「アーリマン」の力が強力に働きかけ続けており、近い将来、「アーリマン」の影響力はピークに達し、「アーリマン」は人間の姿で現れ(受肉し)、ほとんどの人類が「アーリマン」の手に落ちる危険に直面すると警告している。

http://hexagon.inri.client.jp/floorB1F_hss/b1fha807.html



ヒトラーと「魔王ルシファー」

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シュタイナーの霊と物質−ルシファーの影響と物質
・・・・・

以前よりももっと強く、では物質的人間として、存在する人間とは一体何なのかと問う必要がある。我々人間が、外に出会うような人間とは、ただひたすらルシファーの影響による結果なのである。何故なら、ルシファーの影響がなければ、人間は今日の意味での神経、筋肉そして骨も有していなかったからである。唯物主義は、ルシファーが人間から造ったもの以外を記述しない。なので、唯物主義は、最も著しい度合いで、ルシファーの弟子であり、それ以外全てを拒絶するのである。
http://plaza.rakuten.co.jp/5dolphin/diary/200804010000/
シュタイナーから読み解く神秘学入門

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ルシファー

・・・・・

過度の光は破壊をもたらすにせよ光は人間の創造力の源である。
ルドルフ・シュタイナーはルシファーを光の存在、即ち真の光であるキリストに向かって人間を照らす霊であるとして、この見解を発展させた秘教家である。
グノーシス主義はもちろん初期のデーモン学の考察にも深く食い込む二元論を土台に、シュタイナーは黒ぐろとした"アフリマン”の現代の敵対者としてルシファーを見ている。
アフリマンが人間を(人間にふさわしくない住処ではない)自然のなかに深く引き込み、デーモンのの世界に属する自然以下の諸力の中に陥れようとするのに対し、ルシファーは霊が真の自由をもつ光の領域へと人間を引き上げようとする。
大地に束縛されることなく、神のような者になりたいというこの衝動を、人間は芸術によって、もっとも直接的に誇らしげに表す。
シュタイナーの観をもし単純化するなら、人間を霊的に支持する者としてのルシファーを、正しく理解しなければならない。
霊的な領域にのっぽり、神の縮小版としての芸術家になる素晴らしい力を、ルシファーは人間に吹き込み、そうすることで、大地に縛りつけるアフリマンから人間を解き放つことができる。

人間はアフリマンがそうであると思い込ませようとしているような、大地にすっかり根を下ろした存在ではない、かといって天使のように大地から解き放たれた存在でもない。
しかしルシファーは(霊的な光を掲げる者として)人間が大地から解き放たれることを願っている。
しかし、ルシファーにはやり過ぎる傾向があり、そこにこそ危険が存在する,,,。
アフリマンが人人間を生命のない土に変えてしまえば人間は、霊的な祖先や運命を忘れてしまうだろうし、ルシファーが霊的な生命をふんだんに与えすぎれば人間は愛に満ちた大地の確実な再生に自らの運命がかかわり、これを足場にしなければならないことを忘れてしまう。
 いろいろな考察を見る限り、ルシファーが天より堕ち闇の存在になったと考えるより、堕ちてもなお、光の存在であると考えられるようです。
http://kobe.cool.ne.jp/suiko/akumagaku/lucifer.html
[事典のような物]



3)ツェッペリンの音であるが、それは、差異共振はあるが、それが、調和ではなく、垂直性へ展開していると思われる。
 一般的に叙情性・情感性(リリシズム、センチメント)は、-iが賦活されて喚起されると考えられる。そして、-iを肯定するのである。
 しかし、ツェッペリンの場合、-iの賦活があるが、それを+1に直結させるのである。そして、+1が金属的な響きをもつのである。
 言い換えると、音楽はたいてい、虚軸上の調和をもつが、ツェッペリンの「ヘビメタ」の場合、端的に、精神的フィルターを介して、同一性・物質・身体、それも鉱物的な身体へ通じる様態をもっていると考えられる。
 一種、モダニズムであるが、物質現象的な様態をもち、その点で特異であると言えよう。


検討問題:ルシファーについて
テーマ:検討問題:思考実験・仮説

直感では、ルシファーとは、超越性や超越光である。
 しかし、問題は、他者性である。これは、小乗仏教と大乗仏教とも関係しよう。つまり、ルシファーは前者的だと思う。独覚である。それは、個人で閉じている。自己満足的である。
 思うに、単に、-iだけだと、ルシファー的になるのではないだろうか。神秘主義、ロマン主義、オカルティズム等になるのではないだろうか。
 重要なのは、+iを強く保持することである。つまり、+iと-iを衝突・共振させることで、現実的道徳・倫理のエネルギーが生起すると思われる。
 つまり、強い認識性+iと他者性-iとの即非的共振において、現実的社会的倫理道徳が生まれると考えられる。
 おそらく、問題は、-iが+1の同一性と結びつくときである。これが、ルシファー⇒アンラ・マンユ(アーリマン)-i⇒+1で途方ない悪・凶悪性を生むのではないだろうか。この-iはまた、反動的な様態になっているだろう。つまり、隠蔽されていて、闇になっているのである。
 先に、自己愛のことに言及したが、どうやら、自己愛はここに関係するだろう。
 後で精緻に検討したい。

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ルシファー
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ルシファー(Lucifer)とは、キリスト教 の伝統で、サタン の別名とされる。(イスラム教 ではイブリース に相当)「ルシファー」は英語からの音訳で、その他日本では、ルキフェル(羅)、ルシフェル(西 Lucifer, 葡 Lúcifer)、ルチーフェロ(伊 Lucifero)などとも表記される。
語源 [編集 ]

Lucifer はもともと、ラテン語 で「光を帯びたもの」(lux 光 + -fer 帯びている、生ずる)を意味し、キリスト教 以前から「明けの明星 」を指すものとして用いられ、オウィディウス やウェルギリウス などの詩歌にも見られる語である。無論、ヘブライ語 の旧約聖書 にも、ギリシャ語 の新約聖書 にも使われてはおらず、元来は、サタンや堕天使 といった伝説と一切無縁のものだった。
概要 [編集 ]

キリスト教において、この語を、サタンと結びつけたのは、オリゲネス が最初であると考えられている(ただし彼の著作はギリシャ語なので、おそらくオリゲネスのラテン語訳がサタンとしてのルシファーの初出)。彼は、「エゼキエル書 」、「イザヤ書 」、「ヨブ記 」(1章-)、「ルカによる福音書」(10章18節)に、隠された堕天使の存在を見出した。その後、テルトゥリアヌス を始めとする初期の教父 たちも、これについて論じた。さらに4世紀、ヒエロニムス は、聖書のラテン語訳(ヴルガータ )において、ヘブライ語の「明けの明星」を意味する言葉 הֵילֵל(イザヤ書 14章12節)を、(古ラテン語訳 を踏襲して?)Lucifer の語を当てて訳した(なお、この箇所の「明けの明星」は、本来バビロン の王・ネブカドネツァルを指すものである)。

その後のキリスト教の伝統的解釈によれば、ルシファーは元々全天使の長であったが、土から作られたアダムとイブ に仕えろという命令に不満を感じて反発したのがきっかけで神と対立し、天を追放されて神の敵対者となった。「ヨハネの黙示録 」の12章7節をその追放劇と同定する場合もある。また、アダムの最初の妻・リリス が夫の元から離れた後ルシファーと結婚したという説話もある。

上記の他に、被造物の中で最高の能力と地位と寵愛を神から受けていたために自分が神に成り代われると傲慢になり、神に反逆し、堕天したという説がよく挙げられる。この説は天使から悪魔に堕ちた経緯としてよく挙げられる説である。

こうした反逆神話のイメージ元としてはバビロニア神話 の雷鳥アンズー やカナン 神話の戦神アッタル が考えられている。アンズーは至高神エンリルの元から権威を司る「天命の書板」を奪うが奪回されている。また金星神にして灌漑を司るアッタルは主神バアル が神々の山・サフォンからその姿を消した時、自分こそが神々の王にふさわしいとサフォンの山に登った。だが、結局彼は玉座に座るには値せず、冥府(または地上)に降り、そこで王になったという。[要出典 ]
文学 [編集 ]

西欧文学において、ルシファーが登場する名高い文学作品としては、ダンテ の『神曲 』とジョン・ミルトン の『失楽園 』が挙げられる。特に後者は、神に叛逆するルシファーを中心に据えて歌い上げたため、その後のルシファーにまつわる逸話に多く寄与することになる。
俗説 [編集 ]

* ルシフェルが堕天した際、『エル』の称号を失って名前が「ルシファー」になったとされる。

ウェブサイト や学問的ではない神話・伝説の書籍で説の大元の典拠が示されることなく記述されている。
通常はラテン語としてのルキフェルが英語読みされてルシファーになったと考えられる。
単純にアルファベットで記述すると、『エル』の称号は『el』、『ルシフェル』の『ェル』は『er』である。
そのため、ルシフェルが『エル』を奪われたという説は、やはり日本人的な誤解であると言える。

関連項目 [編集 ]

* 天使の一覧
* 悪魔の一覧
* 『失楽園 』ジョン・ミルトン
* シャヘル
* 明けの明星
* ルシフェラーゼ - 生物の発光にかかわる酵素。
* トリックスター

参考文献 [編集 ]

* ゲティングズ, フレッド 『悪魔の事典』 大瀧啓裕訳、青土社、1992年(原著1988年)。

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カテゴリ : 出典を必要とする記事 | 堕天使 | 聖書の語句

阿修羅
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阿修羅(あしゅら、あすら、Skt :asuraの音写、意訳:非天)は八部衆 に属する仏教 の守護神。修羅(しゅら)とも言う。大乗仏教 時代に、その闘争的な性格から五趣 の人と畜生の間に追加され、六道 の一つである阿修羅道(修羅道 )の主となった。

概要 [編集 ]

古代ペルシャの聖典『アヴェスター 』に出る最高神アフラ・マズダー に対応するといわれる(以下、歴史的背景の項を参照)。それが古代インドの魔神アスラ となり、のちに仏教に取り入れられた。古くインドでは生命生気の善神であった。天の隣国だが天ではなく、男の顔立ちは端正ではない。醸酒にも失敗し、果報が尽きて忉利天 にも住めないといわれる。

本来サンスクリット で「asu」が「命」、「ra」が「与える」という意味で善神だったとされるが、「a」が否定の接頭語となり、「sura」が「天」を意味することから、非天、非類などと訳され、帝釈天 の台頭に伴いヒンドゥー教 で悪者としてのイメージが定着し、地位を格下げされたと考えられている。帝釈天とよく戦闘した神である。リグ・ヴェーダ では最勝なる性愛の義に使用されたが、中古以来、恐るべき鬼神として認められるようになった。

仏教に取り込まれた際には仏法の守護者として八部衆 に入れられた。なお五趣説では認めないが、六道説では、常に闘う心を持ち、その精神的な境涯・状態の者が住む世界、あるいはその精神境涯とされる。

興福寺宝物殿の解説では、「阿修羅」はインドヒンドゥーの『太陽神』もしくは『火の神』と表記している。 帝釈天 と戦争をするが、常に負ける存在。この戦いの場を修羅場(しゅらば)と呼ぶ。

姿は、三面六臂(三つの顔に六つの腕)で描かれることが多い。

奈良県 ・興福寺 の八部衆像・阿修羅像(国宝 )や、京都府 ・三十三間堂 の二十八部衆像・阿修羅像(国宝)が有名。

日本語では、争いの耐えない状況を修羅道 に例えて修羅場 (しゅらば)と呼ぶ場合もある。激しい闘争の行われている場所、あるいはそのような場所を連想させる状況を指す。
歴史的背景 [編集 ]

一般的には、サンスクリットのアスラ(asura)は歴史言語学的に正確にアヴェスター語 のアフラ(ahura)に対応し、おそらくインド-イラン時代にまでさかのぼる古い神格であると考えられている。宗教学的にも、ヴェーダ 文献においてアスラの長であるとされたヴァルナ とミトラ は諸側面においてゾロアスター教 のアフラ・マズダー とミスラ に対応し、インド・ヨーロッパ比較神話学的な観点では第一機能(司法的・宗教的主権)に対応すると考えられている。アスラは今でこそ悪魔や魔神であるという位置づけだが、より古いヴェーダ時代においては、インドラらと対立する悪魔であるとされるよりは最高神的な位置づけであることのほうが多かったことに注意する必要がある。

ただし、阿修羅の起源は古代メソポタミア文明のシュメール、アッシリア、ペルシア文明とする説がある。 シュメールやアッカドのパンテオンに祀られていた神アンシャル 。アッシリアの最高神アッシュル。ペルシアのゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー。それらの神がインドに伝来してアスラとなり、中国で阿修羅の音訳を当てた。阿素羅、阿蘇羅、阿須羅、阿素洛、阿須倫、阿須輪などとも音写する。

シュメール、アッシリアの古代史と仏教の阿修羅にまつわる伝承との類似性も高く、信憑性のある事実として指摘される。

仏教伝承では、阿修羅は須弥山 の北に住み、帝釈天と戦い続けた。阿修羅は帝釈天に斃されて滅ぶが、何度でも蘇り永遠に帝釈天と戦い続ける、との記述がある。これらの伝承を古代史になぞらえると、以下のようになる。

アッシュルを最高神と崇めたアッシリア帝国は、シュメール(現在のイラク周辺)の北部に一大帝国を築き、シュメール・アッカドの後に勃興したバビロニアに侵略戦争を繰り返した。

バビロニア人はメディア人と手を結びアッシリアを滅ぼしたが、国を再興したアッシリア人達にバビロニアは滅ぼされた。後にてバビロニアの地にカルデアが勃興して、再びアッシリアを滅ぼした。その後、アフラ・マズダーを崇めるペルシアが勃興して、カルデアを占領下におさめた。その後、古代マケドニアがペルシアを滅ぼした。

また、シュメールと須弥山(サンスクリットでは「スメール」と発音する)の類似性。シュメールの最高神マルドゥークと帝釈天インドラの類似性を指摘する説もあり、阿修羅と帝釈天の構図はアッシュルとマルドゥークの構図と全く同じであり、これらの古代史を仏教の伝承として取り込んだ可能性が高いと主張する神学者もいる。
戦闘神になった背景 [編集 ]

阿修羅は帝釈天に歯向かった悪鬼神と一般的に認識されている。しかし事実は少し違うといわれる。阿修羅はもともと天部の神であった。阿修羅が天部から追われて修羅界を形成したのには次のような逸話がある。

阿修羅は正義を司る神といわれ、帝釈天は力を司る神といわれる。

阿修羅の一族は、帝釈天が主である忉利天 (とうりてん、三十三天ともいう)に住んでいた。また阿修羅には舎脂 という娘がおり、いずれ帝釈天に嫁がせたいと思っていた。しかし、その帝釈天は舎脂を力ずくで奪った(誘拐して凌辱したともいわれる)。それを怒った阿修羅が帝釈天に戦いを挑むことになった。帝釈天は配下の四天王 などや三十三天の軍勢も遣わせて応戦した。戦いは常に帝釈天側が優勢であったが、ある時、阿修羅の軍が優勢となり、帝釈天が後退していたところへ蟻 の行列にさしかかり、蟻を踏み殺してしまわないようにという帝釈天の慈悲心から軍を止めた。それを見た阿修羅は驚いて、帝釈天の計略があるかもしれないという疑念を抱き、撤退したという。

一説では、この話が天部で広まって阿修羅が追われることになったといわれる。また一説では、阿修羅は正義ではあるが、舎脂が帝釈天の正式な夫人となっていたのに、戦いを挑むうちに赦す心を失ってしまった。つまり、たとえ正義であっても、それに固執し続けると善心を見失い妄執の悪となる。このことから仏教では天界を追われ人間界と餓鬼界の間に修羅界が加えられたともいわれる。

阿修羅を意訳すると「非天」というが、これは阿修羅の果報が優れて天部の神にも似ているが天には非ざるという意義から名づけられた。
阿修羅王と住処 [編集 ]

阿修羅王の名前や住処、業因などは経論によって差異がある。パーリ語(Pl)では、阿修羅王にRāhu、Vepacitti、Sambara、 Pahārāda、Verocana、Baliの5つの名が見られる。ただし大乗仏典では、一般的に阿修羅王は4人の王とされることが多い。『法華経』序品には、4人の王の名を挙げ、各百千の眷属を有しているとある。また『十地経』や『正法念処経』巻18〜21には、これら4人の住処・業因・寿命などを説明しており、其の住処は妙高山(須弥山 )の北側の海底地下8万4千由旬 の間に4層地に分けて住していると説く。以下説明は主に正法念処経による。

* 羅喉阿修羅王(らご)
o Skt及びPl:Rāhu、ラーフ、Pl :訳:障月、執月、月食など、 
o その手でよく日月を執て、その光を遮るので、この名がある。

(住処) - 第1層、海底地下21000由旬を住処とする。身量広大にして須弥山のようで、光明城に住み、縦横8000由旬。
(業因) - 前世 にバラモン であった時、1つの仏塔が焼き払われるのを防ぎ、その福徳により後身に大身相を願った。不殺生の実践したが、諸善業を行わなかったので、その身が破壊(はえ)し、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。
(寿命) - 人の500歳を1日1夜として、その寿命は5000歳

* 婆稚阿修羅王(ばち、婆稚とも)
o Skt及びPl:Bali、バリ、訳:被縛
o 帝釈天と戦って破れ、縛せられたためにこの名がある。正法念処経では勇犍(ゆうごん)阿修羅王。ラーフの兄弟で、彼の子らはみなVerocaと名づく。

(住処) - 第1層の下の第2層、さらに21000由旬の月鬘(げつまん)という地で、双遊城に住み、縦横8000由旬。
(業因) - 前世に他人の所有物を盗み、不正の思いをなして離欲の外道 に施して、飲食(読み:おんじき)を充足させたので、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。
(寿命) - 人の600歳を1日1夜として、その寿命は6000歳

* 佉羅騫駄阿修羅王(きゃらけんだ)
o Skt:Śambara、Pl:Sambara、サンバラ、訳:勝楽、詐譌、木綿など
o 正法念処経では華鬘(けまん)阿修羅王と訳される。

(住処) - 第2層の下の第3層、さらに21000由旬の修那婆(しゅなば)という地で、頷(正字は金+含)毘羅城(かんびら)に住み、縦横8000由旬。
(業因) - 前世に食を破戒の病人に施して、余の衆は節会の日により相撲や射的など種々の遊戯をなし、また不浄施を行じたので、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。
(寿命) - 人の700歳を1日1夜として、その寿命は7000歳

* 毘摩質多羅阿修羅王(びましったら)
o Skt:Vemacitra、Vimalacitra、Pl:Vepacitti、訳:浄心、絲種種、綺書、宝飾、紋身など
o 乾闥婆 の娘を娶り、娘の舎脂を産んだ。前出のように舎脂は帝釈天に嫁いだため、帝釈天の舅にあたる。

(住処) - 第3層の下の第4層、さらに21000由旬の不動という地で、頷(正字は金+含)毘羅城(かんびら)に住み、縦横13000由旬。
(業因) - 前世に邪見の心を以って持戒する者に施して、余の衆は自身のために万樹を護ったので、命終して阿修羅道へ堕ちてその身を受けた。

その他『起世経』では、須弥山の東西の面を去ること1000由旬の外に毘摩質多羅王の宮があり、縦横8万由旬であるといい、また修羅の中に極めて弱き者は人間山地の中に在りて住す、すなわち今、西方の山中に大きくて深い窟があり、多く非天=阿修羅の宮があるという。
外部リンク [編集 ]

* 仏様の世界 阿修羅王
* 興福寺 文化財データベース
* 阿修羅と仏像ブーム(西山厚・奈良国立博物館学芸部長)


初考察:精神(心)の美、その他
1)同一性自己を+i⇒+1と考えたがそれでいいのか。やはり、(+i)*(-i)⇒+1の右辺とした方が適切である。
 思うに、左辺が無意識であり、右辺が意識である。しかし、その境界として、精神的フィルター/media pointがある。
 精神的教養とは、精神的フィルターをなんらか知覚させる文化ではないのか。しかし、近代合理主義文化においては、これが消滅して、単に、右辺の同一性主義文化に帰結するのである。
 そして、この+1が主体+iと他者-iを排除すると言えよう。つまり、同一性自己+1とは、差異的主体+iと差異的他者-iの双方を否定・排除・隠蔽していると言えよう。(ポスト・モダンで主体の解体というようなことが言われたが、それは、実は、その主体とは、同一性自己のことであるが、その結果、差異的主体まで否定してしまったと考えられる。)
 つまり、同一性自己(近代的自我)とは、同一性を実体と見ているのであり、差異である主体、差異である他者をまったく無視しているのであり、それは、妄想的であり、かつ、暴力的である。
 そして、この同一性+1がアンラ・マンユ(アーリマン)である。

追記:以上のように同一性自己を捉えると、うつ病のことがよく理解できるだろう。
 うつ病とは、近代的自我病である。つまり、同一性自己+1に執着して、差異的主体+iと差異的他者-i、つまり、真の自己、即非性(自己認識)を排除しているのである。だから、差異共振から生まれるエネルギー⇒を排除しているので、エネルギーが枯渇して、うつとなると考えられる。即ち、(+i)*(-i)⇒と+1が分裂しているが、前者が排除されているので、そのエネルギー⇒ が同一性自己+1に達しないのであるから、エネルギー枯渇、即ち、鬱状態になると考えられるのである。
 
 
2)ルシファーとは何か。これは後で考察。

3)ツェッペリンの音であるが、それは、差異共振はあるが、それが、調和ではなく、垂直性へ展開していると思われる。
 一般的に叙情性・情感性(リリシズム、センチメント)は、-iが賦活されて喚起されると考えられる。そして、-iを肯定するのである。
 しかし、ツェッペリンの場合、-iの賦活があるが、それを+1に直結させるのである。そして、+1が金属的な響きをもつのである。
 言い換えると、音楽はたいてい、虚軸上の調和をもつが、ツェッペリンの「ヘビメタ」の場合、端的に、精神的フィルターを介して、同一性・物質・身体、それも鉱物的な身体へ通じる様態をもっていると考えられる。
 一種、モダニズムであるが、物質現象的な様態をもち、その点で特異であると言えよう。


2009年11月18日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:虚数情報について:-iの情報が暗在的ではないか
主体知性+iは⇒+1と結びつき、明快である。しかし、他者-iは、主体知性には、不可知である。「まったき他者」である。絶対的他者である。カントの物自体は、これを指すと見るべきである。
 しかしながら、他者を仮定することで、主体知性は、即非的に、他者を確認することができるようになっている。
 しかしながら、私が問題にしたいのは、内的他者としての-iである。これは、いわば、深い闇(深淵)である。(創世記の天地創造の「水」は、これではないだろうか。)
 つまり、私が想定しているのは、-iには、主体知性が認知できない隠れた情報があるのではないかということである。
 Kaisetsu氏は、-iを豊穰の海と呼んでいたが、ここでは、深海と比喩的に呼んでおこう。
 さて、+iと-iの差異共振(即非)は、-iが深海であるために、不可知的に多様である。
 そう、思うに、「真正な」神秘主義者、オカルティストとは、本来、この深海を探索した人物ではないだろうか。瞑想とは、深海への旅ではないだろうか。
 そう、本題に返ると、隠れた情報、虚数情報のことであるが、それは、端的にどういうものなのか。
 私が想定しているのは、「記憶」ないし「記録」である。あるいは、「アーカイブ」である。
 ここでは、まったくの作業仮説であるが、+iの知識とは、-iに保存されるのではないのか。
 これは、日常のことを考えてもいい。通常、意識は、+iの様態である。(正確には、+i⇒+1である。)
 しかし、「無意識」には、情報があり、それが、その時、その時、想起されるのである。だから、「無意識」とは、深海-iと考えてもいいだろう。
 とまれ、隠れた情報が深海-iに存する(「暗在」する)としよう。
 では、その様態はどういうものなのか。これは、課題としておく。思いつきを言えば、-iは、知識+iを反映しているのではないだろうか。あるいは、写し取っているのである。つまり、-iは記憶媒体である。ここに、+iの情報が記録されているのではないのか。+iを光とすれば、光の情報が記録されているということになるだろう。言い換えると、フィルムである。感光紙である。
 精神的フィルターの虚軸情報を収蔵しているのではないのか。言い換えると、超越光の情報を保存しているのではないのか。これが、仏教では、阿頼耶識ではないだろうか。また、オカルティストのアカシック・レコードではないだろうか。
 今はここで留める。


参考:
明在系と暗在系
Birth

職業柄、どうしてもアチラの世界と此方の世界の境界を常に意識してしまいます。 

そして遅ればせながら、石に関しての象徴的な原型が日本の神話の世界にある事が分かりました。
古事記の中に黄泉の世界のイザナミを探しに行ったイザナギが、変わり果てた元妻イザナミの姿(体中にウジがわく)に慄き、猛ダッシュで此方の世界へ逃げ帰るくだりがあります。 そしてイザナギがイザナミに永久の別れを告げる場所・・・ヨモツヒラサカの巨石・・・そこがアチラと此方の境界線なのです。 アチラと此方を明確に分ける場所に石があるのです。

そして、この「アチラの世界と此方の世界」という表現からは、どうしても神話の世界の話、或いはスピリチュアル系、そしてもっと悪くするとオカルト系の世界だけの話だと思われてしまいます。

ところがこの「アチラの世界と此方の世界」という表現を「明在系と暗在系」という表現にすると・・・たちまち最先端の量子力学のお話しとなるのです。 量子力学で高名なディビット・ボーム博士によって、この「明在系と暗在系」の理論は世界に認知される事になります。 
私達の認識している世界を突き詰めると、最後は素粒子に行き着きます。 素粒子の観察過程で、その素粒子が消えたり現れたりと不可解な現象を起こす事が長年の謎でした。 結局、ボーム博士をはじめとする世界の物理学者たちは、世界には目に見えて私たちが認識出来ている世界と目には見えていないが確かに存在している世界があるに違いないと認識せざるを得なくなります。 そしてこの目に見えている世界を「明在系の世界」と呼び、目に見えていない方の世界が「暗在系の世界」と呼ばれる事になりました。 
そしてボーム博士自身は続けて・・・素粒子が暗在系の世界と明在系の世界を自由に行き来しているだけではなく、実のところ万物の発生の源は暗在系の世界にあると結論しています。 
これは孔子のタオと同じです。 暗在系の世界の現象が明在系の世界=私達の認識している世界へと投影されているのだと・・・。 要するところ、「アチラの世界と此方の世界」なのです。

そして最近強く感じるのが、この暗在系の世界と明在系の世界の狭間に私たちは存在しているという事です。 暗在系世界から切り離された存在として在るのではなく、暗在世界の部分として明在世界に現れて、明在世界の様々な現象を経験しているのです。 同時に明在世界で起きる(あるは私たちが起こす)様々な現象が、今度は暗在世界に影響を及ぼすのです。 
そして明在世界への次の現象の新たなる発生に影響を及ぼすことになります。

そして最近になって、人体のチャクラ(エネルギーセンター)の一つが暗在系世界(アチラの世界)と明在世界(此方の世界)のポータルサイトになっているのを実感しています。 

そのチャクラとは位置的にハートのチャクラと喉のチャクラの間に存在しています。ただ実感としてあるのは、身体に垂直に存在している第1チャクラから第7チャクラまでの配置と、この暗在系世界のポータルサイトとなるチャクラは存在次元が少し違っていて特殊です。 最近出版されたジュード・カリヴァン博士著の「宇宙につながる第8のチャクラ」の中にこのポイントと同じことが書かれていて、そのポイントが新たに活性化しつつある第8チャクラだと記されていました。 
最近までクラウン・チャクラの一つ上が第8チャクラと呼ばれていたので、ジュード・カリヴァン博士のいう第8番目と従来の第8番目とどちらが本当なのかは判りません。 ただカリヴァン博士もこの8番目が宇宙に繋がる為のエネルギーセンターだと書いていました。

チャクラの名称の順序についての詳細は判りかねますが、個人的に強く私が実感しているのは、このポイント(チャクラ)が本人の宇宙的魂のルーツにダイレクトに繋がっているという事です。

思いがけず長くなりましたが・・・この新しいチャクラの詳細は日を改めて続けることにします。


お終い
http://notes.karakaraso.com/?eid=1313766
唐々創日記 by Jewelry karakaraso

1950年


織り込まれた秩序


コペンハーゲン解釈に対するパイロット派解釈として、量子論の予言力はそのままに、量子論の精神分裂的な部分と取り除いた。

 アインシュタインが1935年に量子力学に対立するかたちで、もし量子力学の解釈が正しいなら、つぎのモデルが完成するはずだ――と挑戦状をつきつけた。EPR実験である。

この挑戦状にたいする回答は1964年にベルによってもたらされた。

これによってアインシュタインの最後の牙城「隠された変数」と量子力学の確率的予測が数学的に両立しないことがないことが証明されアインシュタインの理論は壊滅した。





この反証は1950年にデヴィット・ボームによって以外に身近なところから発せられた。既存の量子力学の体系をホログラムのアナロジー を使って決定論的に再公式化できることを反証したのだ。

ホログラフィーは立体画像だが、ここで注目してほしいのはそのフィルムの性質である。

このフィルムは半分に切断しても立体像全体を再現できる性質を持っている。若干ぼやけるが、理論的には、10分の1、100分の1、1000分の1に切断しても再現は可能である。まさに「不断の全体性」なのである。

これをボームは次のように定義する。

目に見える部分=「開かれた秩序(エクスプリケート・オーダー)

目に見えない部分=「織り込まれた秩序(インプリケート・オーダー)

この物理学で光の正体にせまると、非常に説明しやすい。

木の板に波状の溝を彫って、その中にベアリングを流したらどうなるだろう?



粒子なのに、波状にふるまう。



量子力学のパラドックスを、まったく簡単に説明できてしまうのだ。



一度は、アインシュタインのラムダ項のように消された理論だが、



暗黒物質、暗黒エネルギーの理論的台頭によってラムダ項が復活したように、ボームの理論も光があたり初めている。

http://kamakura.ryoma.co.jp/~aoki/paradigm/inpricateorder.htm



デヴィッド・ボーム
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デビッド・J・ボーム

デビッド・ジョセフ・ボーム(David Joseph Bohm, 1917年 12月20日 - 1992年 10月27日 )は、理論物理学 、哲学 、神経心理学 およびマンハッタン計画 に大きな影響を及ぼした、アメリカ合衆国 の物理学者 である。
来歴 [編集 ]
若き頃と学生時代 [編集 ]

ボームは、ペンシルベニア州 ウィルクスバレ(Wilkes-Barre,Pennsylvania)で、ハンガリー系の父とリトアニア系の母のユダヤ系家庭に生まれた。彼は、家具屋のオーナーでもあり、地域のユダヤ教司教(ラビ )のアシスタントであった父に主に育てられた。 ボームはペンシルベニア州立大学 を1939年 に卒業し、カルフォルニア工科大学 に1年間在籍後、カルフォルニア大学バークレー校 のロバート・オッペンハイマー の下で理論物理学 を学び、ここで博士号 を得た。 オッペンハイマーの下で学んでいた学生たち(ジョバンニ・ロッシ・ロマニツ , ジョセフ・ワインバーグ およびマックス・フリードマン )の近所で暮らすようになるとともに、徐々に物理学のみならず急進主義者 として政治面にものめりこむようになった。 オッペンハイマー自身を含めた1930年代後半の多くの若い理想主義者 たちのように、ボームは異なる社会モデルに惹かれるとともに、Young Communist League 、 the Campus Committee to Fight Conscription 、 the Committee for Peace Mobilization のような団体で活発に活動するようになった。 これらの団体は、後にエドガー・フーバー 率いるFBI によって、共産主義 のレッテルを貼られることとなる。
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2009年11月04日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:精神的フィルター:心身的フィルター
精神的フィルターSemantic Filterという概念は、実に多くの難問を解決する指導的・創造的概念と考えられる。
 古代において、霊spiritと魂soulを区別するが、これも、この概念で説明できよう。また、「気」の問題も説明できるし、エロスの問題も説明できる。
 つまり、霊が主であり、魂が従であるということで、霊主魂従が成り立つと考えられる。
 「気」の場合、霊的「気」と魂的「気」があるのであり、前者は、精神的であり、後者は身体(「物質」)的と考えられる。
 また、近代性もこれで説明できる。近代合理主義は、+1と-1が結合したものと考えられる。つまり、+iと-iを即非ではなく、二項対立化させて、+1に-1の枠組み(フレーム)を与えたものではないだろうか。
 言い換えると、絶対的差異(絶対的他者)の「論理」(即非的論理)を、同一性の論理に、錯誤的に変容させているということである。つまり、近代的主観(主体、自己)は、根底から錯誤的様態にあるということなのである。(持論は、近代的自我は狂気であるということである。)
 現実である絶対的差異(絶対的他者)を知覚せずに、同一性という「妄想」で着色しているのである。現象的同一性と抽象的同一性の両面で、そうしているのである。これは、実数論理、線形論理である。
 思うに、近代の論理的源泉であるが、それは、ヤハウェ一神教とアリストテレス論理にあるだろう。構造主義もここに源泉があるだろう。
 では、この同一性論理を解体する「仏教」はどうして成立したのだろうか。色即是空、空即是色というテーゼには、明らかに、同一性論理の切断があるのである。また、禅仏教にもある。
 同一性に執着する論理を断ち切っているのである。これは、思うに、ヨーガ等の瞑想に源泉があるのではないだろうか。内的自己を探索して、そこに、外的自己の世界(物質的世界)とは別の世界(精神的世界)があるのを発見したということだろう。そして、内的自己と外的自己の著しい「差異」を捉えて、同一性論理を破砕したということではないだろうか。
 不連続性の論理は、端的には、仏教から発していると言えよう。
 今はここで留める。

追記:ゾロアスター教は、同一性論理をアンラ・マンユ(悪霊)として、捉えていると言えよう。思うに、東洋の思想が、一神教の思想に対面したときに、脱同一性ないしは反同一性の論理が生まれたのではないだろうか。


2009年10月08日(Thu)▲ページの先頭へ
検討問題:ダーク・ライト-iとホワイト・ライト+iと超越光=現象光=即非光
私にとって、自然は、一(いつ)である。一というのは、いわば、感性から視点である。「わたし」が森の木々を見るとき、「わたし」と森の木々は一である。
 これは、直感・直観である。しかしながら、知性がないわけではない。何故なら、森の木々を知覚しているからである。だから、対象知性はあるが、やはり、一なのである。即非とは言えるが、私は、一性を強調したい。
 一であること、これは、「わたし」の-iのしからしむることではないか。つまり、「わたし」の-iが森の木々なのである。だから、一ではないのか。
 これを敷延すれば、-iは森羅万象となろう。つまり、「わたし」は森羅万象と一である。これは、正に、D. H. ロレンスが説いたコスモスの哲学である。
 問題は何かというと、「光」ないしは視覚の問題である。つまり、「わたし」が森の木々と一であると視覚しているのであり、この視覚は、通常の「光」の視覚ではなく、「闇」の視覚ではないのかということである。
 言い換えると、+iの「光」ではなく、-iの「光」がこの視覚知覚にあずかっているのではないかということである。
 否、正確に言えば、+iの「光」と-iの「光」が与っているということになろう。
 つまり、確かに、外界の森の木々を見ている。これは、+iの「光」に拠るだろう。しかし、森の木々と一であるという視覚は、-iの「光」に拠ると考えるのが的確ではないのか。
 そして、後者を仮にダーク・ライトと呼ぶのである。これは、「わたし」の内的自然と一であるものと考えられる。
 つまり、「わたし」の内的自然-iを介すことで、外的自然である森の木々と一を形成するということではないだろうか。
 言い換えると、「わたし」の内なる森の木々と外的な森の木々が一であるということになろう。
 そのように考えると、+iが「父」であり、-iが「母」であるというような考えが浮かぶのである。
 そうならば、「父」と「母」が共振して、超越光が生まれ、それが、現象光に成るということになる。
 というか、超越光=現象光である。そして、それを、+iの視点で見ると、同一性光であり、-iの視点で見ると、差異光(他者光)となるのではないのか。
 ならば、超越光自体はどうなるのか。同一性光と差異光(他者光、ダーク・ライト)とは別の超越光=現象光はどうなるのか。
 これは、正に、即非光と呼ぶべきものではないだろうか。
 そうすると、即非光があり、それが、同一性(物質)光のようになったり、差異光(一光)の二重性を帯びるということではないだろうか。
 量子論的に言えば、同一性光が粒子であり、差異光が波動である。しかしながら、量子とは、端的に、即非光である。そして、これが、電磁波の真相と考えられる。
 この即非光は「知」と「感性」ないしは、「知」と「身体」の極性をもつということになるだろう。


2009年10月07日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:虚数情報と振動について:虚数の振動とは何か
1)虚数情報と振動について:虚数の振動とは何か

E=m(+ic)*(-ic)⇒mc^2=hν

ならば、虚数振動とは、(+ic)*(-ic)に関係する。いわば、虚光と虚闇の共振振動である。
 直感では、これが、「気」と関係する。電磁波は単に、cとして捉えられるが、そうではなく、2つの電磁波、+icと-icの電磁波、極性電磁波があるのではないのか。
 否、+icと-icは、原電磁波であり、二者の共振が電磁波であろう。


2)自然とは、-iではないのか。「わたし」という意識は、+iであるが、自然は、内的自然にせよ、外的自然にせよ、-iではないのか。
 女性は、本来、+iと-iの極性を内在している。しかし、男性は、本来、+iだけである。そして、-iの自然を発見するということかもしれない。
 つまり、女性が男性の原型である。男性は奇形であるということではないのか。
 


2009年09月26日(Sat)▲ページの先頭へ
検討問題:イデア魂(「霊」)と身体
このようなことを書くと、また、読者が減る可能性があるが、哲学的冒険のために、遠慮なく、突き進む。
 今は余裕がないので、簡単に問題提起するだけである。
 さて、私は私自身のある特別なことから、次のようなことを想像するようになったのである。(今は謎めかしておく。)
 つまり、イデア魂(「霊」:いわば、源遺伝子)があり、これが、Media Pointにおいて、身体エネルギーを得て、知的生命体として、この世・現象界に誕生するのではないのかということである。イデア魂とは、⇒-1である。そして、それが、Media Pointにおいて、+iと-iの共振エネルギー(=身体エネルギー)を得て、⇒+1という身体として誕生するということである。
 意識ないしは精神は⇒-1にあり、それが、⇒+1と即非関係にあるのである。
 結局、死んだときは、⇒+1が解体して、+1の死体となるのである。そして、イデア魂(「霊」)は、⇒-1へと回帰するのである。
 これはいわば思考実験である。後で余裕のあるとき、詳論したい。

追記:肝心なことを書くのを忘れていた。つまり、イデア魂が身体形成に対して、主導的な働きをすると思われるのである。イデア魂が身体エネルギーに働きかけて、身体エネルギーにいわば、フォルムを与えるのである。
 「わたし」という身体、性格、個性、特性等は、このイデア魂がいわば、先天的に=超越的に、形作ったのではないだろうか。


2009年09月23日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:「地霊」spirit of placeと「気」と龍脈と電磁波
これまで何度も書いたが、田舎の「自然」的環境において、「気」がある。今、東京から離れて暮して、異なる環境に住んで、異なる「気」があり、それが私の心身に影響していると感じる。
 いわば奇跡的に、かなり大きな落葉樹林の森が近くにあり、そこにいると、森の「気」があるのを感じる。これは、「電磁波」と言っていいだろう。
 そして、これは、「地霊」と関係すると思う。土地と森と空気との共振・共鳴によって「気」が存しているようであり、これを「地霊」と呼べるように思う。すると、「地気」とも呼べよう。
 また、道教・風水の龍脈であるが、これも一つの「地霊」であろう。
 そして、この「地霊」という「電磁波」には、「記憶」=情報があるのではないだろうか。それは、生者の「精神」も電磁波として存し、また、死者の「精神」も電磁波として存するのではないだろうか。もっとも、人間の「記憶」=情報だけではないが。
 思うに、折口信夫が、熊野の大王个崎の先端に立ち、祖先へのノスタルジアを感じたのは、その「地霊」の「記憶」=情報と共鳴したためではないだろうか。そして、それは、Media Pointを介して共鳴・交感すると言える。
 では、この「地霊」・「気」・「電磁波」は、PS理論から見るとどうなるだろうか。当然、天+iと地-iの共鳴したエネルギー様態であると言える。つまり、差異の境界面において、それが発生すると考えられる。例えば、地面と大気の境界、海と大気の境界、等である。
 そして、情報が⇒-1に蓄積されているのではないだろうか。つまり、⇒-1に「記憶」=情報があるということである。折口信夫はMedia Pointを介して、祖先の「記憶」=情報と共鳴したということになる。
 後でさらに検討したい。  

参考:
妣が国へ・常世へ
異郷意識の起伏
折口信夫
「十年前、熊野に旅して、光り充つ真昼の海に突き出た大王个崎の尽端に立つた時、遥かな波路の果に、わが魂のふるさとのある様な気がしてならなかつた。此をはかない詩人気どりの感傷と卑下する気には、今以てなれない。此は是、曾(かつ)ては祖々の胸を煽り立てた懐郷心(のすたるぢい)の、間歇遺伝(あたゐずむ)として、現れたものではなからうか。」
http://www.aozora.gr.jp/cards
/000933/files/13212_14465.html


2009年09月19日(Sat)▲ページの先頭へ
検討問題:ps理論と阿頼耶識:情報源は⇒-1なのか、虚軸のゼロ点なのか
この問題はプラトン哲学の想起説の問題であり、あるいは、オカルト的問題である。つまり、記憶、それも、単に生涯の記憶ではなく、もっと根源的な記憶はどこに存するのか、ということである。
 わかりすく一例を出せば、遺伝子情報は、どこにあるのか、ということである。直感では、⇒-1が情報源ではないかと思ったのである。しかしながら、 Media Pointが「魂」と思われる。これが、いわば、不生不滅である。暫定的に、イデア魂と呼ぼう。プラトンの説く、「魂」に当たる。
 ⇒+1は「光」の意識であり、明晰な意識である。しかしながら、それに対して、「闇」の意識、不可知の意識があるのではないか。それが、⇒-1ではないのか。
 あるいは、+iと-iの共振領域に情報源があるのか。そうすると、Media Pointの虚軸のゼロ点にあることになる。
 これまでの考えに拠ると、⇒-1と虚軸のゼロ点は通じるものである。思うに、虚軸のゼロ点の記憶とは、森羅万象の記憶であり、⇒-1が個の記憶ではないだろうか。
 唯識の阿頼耶識とは、虚軸ゼロ点⇒-1に当たるのではないだろうか。
 どうも、虚軸ゼロ点は可能性であり、具体的な記憶は⇒-1に蓄積されるのではないだろうか。そうすると、情報源は⇒-1となる。つまり、阿頼耶識は⇒- 1となる。そうすると、それが実質的な根源である。また、それがイデア界かもしれない。つまり、虚軸は超越界であるが、イデア界はそれと通じているが、それとは別に、マイナスの実軸にあることになる。とまれ、後で精緻に考察を行いたい。


阿頼耶識
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阿頼耶識(あらやしき、Skt : ālaya-vijñāna आलयविज्ञान)は、大乗仏教 の用語。

サンスクリット ālaya आलय の音写と、vijñāna विज्ञान の意訳「識」との合成語。旧訳では「阿梨耶識(ありやしき)」。また「蔵識」(藏識)とも訳す。「頼耶識」「頼耶」等と略されることもある。

唯識 思想により立てられた心の深層部分の名称であり、大乗仏教を支える根本思想である。眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識 ・末那識 ・阿頼耶識の8つの識のうち第8番目で、人間存在の根本にある識であると考えられている。ālaya の語義は、住居・場所の意であって、その場に一切諸法を生ずる種子 を内蔵していることから「蔵識」とも訳される。「無没識(むもつしき)」と訳される場合もあるが、これは ālaya の類音語 alaya に由来する異形語である。法相宗 では、心は阿頼耶識までの八識 とする。天台宗 では阿摩羅識 を加えて九識 、真言宗 ではさらに乾栗陀耶識 を加えて十識 とする。
はたらき [編集 ]

ある人の阿頼耶識は、蔵している種子 から対象世界の諸現象<現行(げんぎょう)法>を生じる。またそうして生じた諸現象は、またその人の阿頼耶識に印象<熏習 (くんじゅう)>を与えて種子を形成し、刹那 に生滅しつつ持続(相続)する。

この識は個人存在の中心として多様な機能を具えているが、その機能に応じて他にもさまざまな名称で呼ばれる。諸法の種子を内蔵している点からは「一切種子識」(sarva-bījaka-vijñāna)、過去の業の果報<異熟(いじゅく)>として生じた点からは「異熟識」(vipāka-vijñāna)、他の諸識の生ずる基である点からは「根本識」(mūla-vijñāna)、身心の機官を維持する点からは「阿陀那識」(ādāna-vijñāna、「執持識」/「執我識」。天台宗 では末那識 の別名)と呼ばれる。
法相宗の説 [編集 ]

唯識法相宗は、万有は阿頼耶識より縁起したものであるとしている。それは主として迷いの世界についていうが、悟りの諸法も阿頼耶識によって成立すると説くので、後世、阿頼耶識の本質は、清らかな真識であるか、汚れた妄識であるかという論争が生じた。

* 阿頼耶とは、この翻に蔵となす。 唯識述記 2末

三種の境 [編集 ]

1. 種子 (しゅうじ) 一切有漏無漏の現行法を生じる種子。
2. 六根 (ろっこん) 眼耳鼻舌身意の六根。俗に言う「六根清浄 (ろっこんしょうじょう)」とは、この眼耳鼻舌身意が清浄になるように唱える言葉。
3. 器界(きかい) 山川草木飲食器具などの一切衆生の依報。

阿頼耶識は、常にこの3種を所縁 の境とする。
心 [編集 ]

心に積集、集起の2つの義があって、阿頼耶識は諸法の種子 を集め、諸法を生起するので、心という。

* あるいは心と名づく。種々の法によって、種子を薫習し、積集する所なるが故に。 唯識論 3
* 梵で質多という。これ心と名づくなり。即ち積集の義はこれ心の義。集起の義はこれ心の義なり。能集してもって多くの種子生ずる故に。この識を説いてもって心と為す。唯識述記 3末

阿頼耶識と文学 [編集 ]

三島由紀夫 の絶筆となる『豊饒の海 』(第三巻『暁の寺』)において主人公が一旦傾倒した思想であるが、その後インド のガンガー 川畔の巨大な火葬 の町ベナレス(ワーラーナシー )のガート での火葬風景を見て、途方もないニヒリズム に襲われる場面が描かれている。これは三島自身の実際のインド体験から発されたもので、その光景は「近代的自我」に執着し、その孤独に耐えることによってのみ数多くの作品を創出してきた三島にとってこの唯識思想を微塵もなく打ち砕く巨大で徒労な現前するニヒリズムの現実体験として映ったようである。

『暁の寺』には、ベナレスでの火葬の光景がありありと描かれている。

三島にとってこの「究極の光景」は彼が営々として築き上げてきた美学 をいともたやすく、一瞬にして微塵もなく破壊したのである。

*******************

唯識
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

唯識(ゆいしき、skt :विज्ञप्तिमात्रता vijJapti=maatrataa)とは、個人、個人にとってのあらゆる諸存在が、唯(ただ)、八種類の識によって成り立っているという大乗仏教 の見解の一つである。ここで、八種類の識とは、五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)、意識、2層の無意識を指す。よって、これら八種の識は総体として、ある個人の広範な、表象、認識、思考の諸行為を内含し、それらと相互に影響を与えあうその個人の無意識の領域をも内含する。

あらゆる諸存在が個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な虚構であり客観的存在ではない。それら諸存在は無常であり、生滅を繰り返して最終的に過去に消えてしまうであろう。即ち、それら諸存在は「空」であり、実体のないものである(色即是空)。このように、唯識は大乗仏教の空 (仏教) の思想を基礎に置いている。また、唯識と西洋哲学でいう唯心論 とは、基本的にも、最終的にも区別されるべきである(後述)。

唯識思想は、一切を「識」のみとする思想なので、極端なニヒリズム やエゴイズム に陥る危険性があり、瑜伽行 や禅定 を通じて学ばないと危険であるとされる。
概要 [編集 ]

唯識思想では、各個人にとっての世界はその個人の表象(イメージ)に過ぎないと主張し、八種の「識」を仮定(八識説)する。
八識説の概念図の一例

* まず、視覚とか聴覚とかの感覚も唯識では識であると考える。感覚は5つあると考えられ、それぞれ眼識(げんしき、視覚)・耳識(にしき、聴覚)・鼻識(びしき、嗅覚)・舌識(ぜつしき、味覚)・身識(しんしき、触覚など)と呼ばれる。これは総称して「前五識」と呼ぶ。
* その次に意識 、つまり自覚的意識が来る。六番目なので「第六意識」と呼ぶことがあるが同じ意味である。また前五識と意識を合わせて現行(げんぎょう)という。
* その下に末那識 (まなしき)と呼ばれる潜在意識が想定されており、寝てもさめても自分に執着し続ける心であるといわれる。熟睡中は意識の作用は停止するが、その間も末那識は活動し、自己に執着するという。
* さらにその下に阿頼耶識 (あらやしき)という根本の識があり、この識が前五識・意識・末那識を生み出し、さらに身体を生み出し、他の識と相互作用して我々が「世界」であると思っているものも生み出していると考えられている。

あらゆる諸存在が個人的に構想された識でしかないのならば、それら諸存在は主観的な虚構であり客観的存在ではない。それら諸存在は無常であり、生滅を繰り返して最終的に過去に消えてしまうであろう。即ち、それら諸存在(色)は「空」であり、実体のないものである(色即是空)。

唯識は、4世紀インド に現れた瑜伽行唯識学派 (ゆがぎょうゆいしきがくは 唯識瑜伽行派とも)、という初期大乗仏教 の一派によって唱えられた認識論 的傾向を持つ思想体系である。瑜伽行唯識学派は、中観派 の「空 (くう)」思想を受けつぎながらも、とりあえず心の作用は仮に存在するとして、その心のあり方を瑜伽行(ヨーガの行・実践)でコントロールし、また変化させて悟りを得ようとした(唯識無境=ただ識だけがあって外界は存在しない)。

この世の色(しき、物質)は、ただ心的作用のみで成り立っている、とするので西洋の唯心論 と同列に見られる場合がある。しかし東洋思想及び仏教の唯識論では、その心の存在も仮のものであり、最終的にその心的作用も否定される(境識倶泯 きょうしきくみん 外界も識も消えてしまう)。したがって唯識と唯心論 はこの点でまったく異なる。また、唯識は無意識の領域を重視するために、「意識が諸存在を規定する」とする唯心論とは明らかに相違がある。

唯識思想は後の大乗仏教全般に広く影響を与え、最終的に識の奥底に仏性 の存在を見出す論者も現れた。(如来蔵思想 )
識の相互作用と悟り [編集 ]

唯識は語源的に見ると、「ただ認識のみ」という意味である[1] 。
心の外に「もの」はない [編集 ]

大乗仏教の考え方の基礎は、この世界のすべての物事は縁起 、つまり関係性の上でかろうじて現象しているものと考える。唯識説はその説を補完して、その現象を人が認識しているだけであり、心の外に事物的存在はないと考えるのである。これを「唯識無境」(「境」は心の外の世界)または唯識所変の境(外界の物事は識によって変えられるものである)という。また一人一人の人間は、それぞれの心の奥底の阿頼耶識の生み出した世界を認識している(人人唯識)。他人と共通の客観世界があるかのごとく感じるのは、他人の阿頼耶識の中に自分と共通の種子(倶有の種子 くゆうのしゅうじ、後述)が存在するからであると唯識では考える(これはユング の集合的無意識 に似ていなくもない)。
阿頼耶識と種子のはたらき [編集 ]

人間がなにかを行ったり、話したり、考えたりすると、その影響は種子 (しゅうじ、阿頼耶識の内容)と呼ばれるものに記録され、阿頼耶識のなかにたくわえられると考えられる。これを薫習 (くんじゅう)という。ちょうど香りが衣に染み付くように行為の影響が阿頼耶識にたくわえられる(現行薫種子 げんぎょうくんしゅうじ)。このため阿頼耶識を別名蔵識、一切種子識とも呼ぶ。阿頼耶識の「アラヤ」という音は「蔵」という意味のサンスクリット語 である。さらに、それぞれの種子は、阿頼耶識の中で相互に作用して、新たな種子を生み出す可能性を持つ(種子生種子)。

また、種子は阿頼耶識を飛び出して、末那識・意識に作用することがある。さらに、前五識(視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚)に作用すると、外界の現象から縁を受けることもある。この種子は前五識から意識・末那識を通過して、阿頼耶識に飛び込んで、阿頼耶識に種子として薫習される。これが思考であり、外界認識であるとされる(種子生現行 しゅうじしょうげんぎょう)。このサイクルを阿頼耶識縁起(あらやしきえんぎ)と言う。
最終的には心にも実体はない [編集 ]

このような識の転変は無常 であり、一瞬のうちに生滅を繰り返す(刹那滅)ものであり、その瞬間が終わると過去に消えてゆく。

このように自己と自己を取り巻く世界を把握するから、すべての「物」と思われているものは「現象」でしかなく、「空」であり、実体のないものである。しかし同時に、種子も識そのものも現象であり、実体は持たないと説く。これは西洋思想でいう唯心論 とは微妙に異なる。なぜなら心の存在もまた幻のごとき、夢のごとき存在(空 )であり、究極的にはその実在性も否定されるからである(境識倶泯)。

単に「唯識」と言った場合、唯識宗(法相宗 )・唯識学派・唯識論などを指す場合がある。
唯識思想の特色 [編集 ]

仏教の中心教義である無常 ・無我 を体得するために、インド古来の修行方法であるヨーガをより洗練した瑜伽行(瞑想)から得られた智を教義の面から支えた思想体系である。

1. 心の動きを分類して、八識を立てる。とりわけ、末那識と阿頼耶識は深層心理として無意識の分野に初めて注目した。
2. 自らと、自らが認知する外界のあり方を、三性 (さんしょう)説としてまとめ、修行段階によって世界に対する認知のありようが異なることを説明した。
3. ヨーガを実践することによって「唯識観」という具体的な観法を教理的に組織体系化した。
4. 『法華経 』などの説く一乗は方便であるとし、誰もが成仏するわけではないことを説いた。(五性各別)
5. 成仏までには三大阿僧祇劫(さんだいあそうぎこう)と呼ばれるとてつもない時間がかかるとした。
6. 『般若経 』の空 を受けつぎながら、まず識は仮に存在するという立場に立って、自己の心のあり方を瑜伽行 の実践を通して悟りに到達しようとする。

成立と発展 [編集 ]

唯識はインド で成立、体系化され、中央アジア を経て、中国 ・日本 と伝えられ、さらにはチベット にも伝播して、広く大乗仏教 の根幹をなす体系である。倶舎論 とともに仏教の基礎学として学ばれており、現代も依然研究は続けられている。
インドにおける成立と展開 [編集 ]

唯識は、初期大乗経典の『般若経 』の「一切皆空」と『華厳経 』十地品の「三界作唯心」の流れを汲んで、中期大乗仏教経典である『解深密経(げじんみつきょう)』『大乗阿毘達磨経(だいじょうあびだつまきょう)』として確立した。そこには、瑜伽行(瞑想)を実践するグループの実践を通した長い思索と論究があったと考えられる。

論としては弥勒 (マイトレーヤ)を発祥として、無著 (アサンガ)と世親 (ヴァスバンドゥ)の兄弟によって大成された。無著は「摂大乗論(しょうだいじょうろん) 」を、世親は「唯識三十頌 (ゆいしきさんじゅうじゅ)」「唯識二十論 」等を著した。「唯識二十論」では「世界は個人の表象、認識にすぎない」と強く主張する一方、言い表すことのできない実体があるとした。「唯識三十頌」では上述の八識説を唱え、部分的に深層心理学 的傾向や生物学的傾向を示した。弥勒に関しては、歴史上の実在人物であるという説と、未来仏としていまは兜率天 (とそつてん)にいる弥勒菩薩であるという説との二つがあり、決着してはいない。

世親のあとには十大弟子が出現したと伝えられる。5世紀はじめごろ建てられたナーランダ (naalanda)の大僧院において、唯識はさかんに研究された。6世紀の始めに、ナーランダ出身の徳慧 (グナマティ、guNamati)は西インドのヴァラビー(valabhii)に移り、その弟子安慧 (スティラマティ、sthiramati)は、世親の著書『唯識三十頌 』の註釈書をつくり、多くの弟子を教えた。この系統は「無相唯識派」(nirakaravadi=yogacaara)と呼ばれている[2] 。

この学派は、真諦 (パラマールタ、paramaartha)によって中国に伝えられ、摂論宗 として一時期、大いに研究された。

一方、5世紀はじめに活躍した陳那 (ディグナーガ、dignaaga)は、世親の著書『唯識二十論 』の理論をさらに発展させて、『観所縁論 』(aalambanapariikSa)をあらわして、その系統は「有相唯識派」(saakaaravijJaanavaadin)と呼ばれるが、無性 (アスヴァバーヴァ、asvabhaava)・護法 (ダルマパーラ、dharmapaala)に伝えられ、ナーランダ寺院において、さかんに学ばれ、研究された。
中国・日本への伝播 [編集 ]

中国からインドに渡った留学僧、玄奘三蔵 は、このナーランダ寺において、護法の弟子戒賢 (シーラバドラ、ziilabhadra)について学んだ。帰朝後、『唯識三十頌』に対する護法の註釈を中心に据えて、他の学者たちの見解の紹介と批判をまじえて翻訳したのが『成唯識論 (じょうゆいしきろん)』である。この書を中心にして、玄奘の弟子の慈恩大師基 (もしくは窺基=きき)によって法相宗 (ほっそうしゅう)が立てられ、中国において極めて詳細な唯識の研究が始まった。その結果、真諦の起こした摂論宗は衰退することとなった。

その後、法相宗は道昭 ・智通 ・智鳳 ・玄ム などによって日本 に伝えられ、奈良時代 さかんに学ばれ南都六宗 のひとつとなった。その伝統は主に奈良の興福寺 ・法隆寺 ・薬師寺 、京都の清水寺 に受けつがれ、江戸時代 にはすぐれた学僧が輩出し、倶舎論 (くしゃろん)とともに仏教学の基礎学問として伝えられた。唯識や倶舎論は非常に難解なので「唯識三年倶舎八年」という言葉もある。明治時代 の廃仏毀釈 により日本の唯識の教えは一時非常に衰微したが、法隆寺 の佐伯定胤 の努力により復興した。法隆寺が聖徳宗 として、また清水寺 が北法相宗 として法相宗を離脱した現在、日本法相宗の大本山は興福寺 と薬師寺 の二つとなっている。


・・・・・


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2009年09月16日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:「闇」又は「玄」とは何か:⇒-1の善神:ゾロアスター教、ニーチェ、プラトン
まだ明快に分析できていないのが、-1の問題である。これまでいろいろ検討を重ねたが、腑に落ちる解明が為されていない。
 +iは天、-iは地と見ることができる。Media Pointで、同一性志向性があり、⇒+1となるが、それは、プラス・エネルギーであり、それと呼応してマイナス・エネルギーが生起する。それが、⇒+1⇒と考えられる。
 ここで仮説であるが、⇒-1がマイナス・エネルギーを意味するとしたらどうだろうか。つまり、⇒+1がプラス・エネルギーであることに呼応させるものである。
 そうすると、やはり、⇒-1は、差異共振回帰(再帰)エネルギーである。ゾロアスター教に則せば、スプンタ・マンユ(聖なる霊)である。また、+1が既述したように、アンリ・マンユ(悪神)である(しかしながら、正しく言えば、⇒+1の⇒を排除するものが悪神である。それは、⇒+1のエネルギーの反動と考えられる。)。
 ここで一神教的道徳(独善的道徳)ないしは「アポロ」的道徳を考えると、それは、⇒+1の反動的道徳なのである。真正道徳は、⇒-1から発する必要があるからである。+1の形式主義的道徳とは、権力のために使われるものである。
 思うに、国家は+1から⇒-1へと転換する必要があるのである。ゾロアスター教的国家(差異共振共同体:自由共同体:リベラル・コミュニズム)である。後でさらに考察を行いたい。

追記:ニーチェの説いたディオニュソスとは、⇒-1のことだろう。ニーチェがゾロアスター教に魅かれたのは、彼の大天才的直感に因ると考えられる。
 ニーチェのディオニュソスはスプンタ・マンユと一致するだろう。また、プラトンとも基本的には一致するのである。
 因みに、ニーチェのアポロとは、⇒+1と+1が混同されている向きがある。ディオニュソスと一如のアポロとは前者であり、個物的なアポロは後者と言えよう。


2009年09月09日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:光と闇と超越光:顕界と玄界と超越界
これまで、超越光ないしは超光について述べたが、それは、虚軸のMedia Pointに発生するだろう。それは、虚軸の世界を満たすのではないだろうか。
 しかしながら、同時に、現象光が発生し、それが、現象界を照らす。これが、⇒+1である。思うに、光は、⇒であり、+1が照らされる物質ではないだろうか。だから、⇒+1は、身体ではないだろうか。
 結局、超越光は、(+i)*(-i)ではないだろうか。そして、⇒が光である。では、⇒-1の⇒は何だろうか。
 これが闇ではないだろうか。では、-1とは何か。単純に言えば、反物質ではないだろうか。それとも、ダーク・マターだろうか。もし、そうならば、⇒-1の⇒はダーク・エネルギー、反光である。
 以上のように作業仮説すると、今日、光や現象は可視化され、意識化されているが、超越光や反光は認識されていないと言えよう。
 反光については、あいまいなので、おいておくが、超越光は、直感ではかなりわかりやすいのである。即ち、それは、正に、即非精神、差異共振現象を意味するからである。あるいは、一性、コスモスである。
 これは、一種の感性、身体的感性、正しくは、Media Point的心身感性であり、感得されるものである。通常の視覚に重なる「感性」であり、視覚が超越化されるのである。超越的視覚となると言えよう。
 超越光は、原光+iと原闇-iの共振によって生起するものである。
 問題は、通常の現象光である。これは、⇒+1の⇒と言ったが、本来、現象光の根源は超越光のはずであるが、どうして、超越光が排除される傾向にあるのであろうか。
 これは解明済みだと思うが、当然、同一性が支配的になるからである。そう、現象とは本来、差異共振現象なのであるが、人間の同一性がそれを同一性=物質的現象に「歪曲」しているのである。
  ⇒+1の+1を+iの認識が取り込んで、同一性現象とすると思われる。つまり、本来存する差異共振現象の超越光を現象光に還元していると考えられるのである。つまり、光は本来、超越光であるということである(天照大神、お天道様、大日如来、アフラ・マズダー、他。D. H. ロレンスの説く暗い太陽dark sunとは、正しくは、超越光、Media Pointの光と考えられる。)。即ち、(+i)*(-i)⇒である。
 認識+iが+1の物質に没入して、超越光がいわゆる現象光になってしまうということになる。言わば、超越光を同一性光に還元しているのである。
 ところで、さらに問題は、認識についてである。認識を+iとしたが、どうだろうか。これは、知的認識、とりわけ、言語的認識である。
 しかし、精神(身体)現象とは、原知+iと原身体-iとの共振と考えられるので、ある意味で、2つの認識力の共振作用である。即ち、+iの認識と-iの認識の共振ということである。
 では、いったい、-iの認識とは何か。これが、近代合理主義において、否定されるものである。(思うに、ハイデガーの存在論を肯定的に評価するならば、「存在」とは、-iを意味しているだろう。しかし、-iは「存在」ではなく、認識性である。)
 分かりやすく、比喩的に言えば、個とは双子なのである。一人が+iであり、もう一人が-iである。だから、一人の認識ともう一人の認識が共振していると言えよう。結局、三元的である。
 では、端的に、もう一人の認識とは何か。それは、他者の認識である。近代的自我はこの他者の認識を排除しているのである。
 身体、感性、直感等々をいうものは、本来は、他者の認識に拠るものであろう。正確に言えば、自己の認識と他者の認識の共振性である。
 とまれ、この他者の認識こそが、極言すれば、最重要であろう。ここにすべてがあると言ってもいいだろう。
 そう、自己の認識+i(自己認識ではない)とは、ある意味で、他者の認識を映す鏡のようなものに過ぎないのではないだろうか。私が測深するのは、この他者の認識ではないだろうか。つまり、+iより、-iの方が重要であるということになるだろう。+iを優位化すると、+1と同化するのであり、-iを優位化すると、-1と同化するのではないだろうか。
 この-1が智慧の源泉ではないだろうか。思うに、超越光は、光と闇に分化するが、+iが光に同化し、-iは闇に同化するのではないのか。(ならば、暗い太陽は-1になるのではないだろうか。)
 とまれ、-iを優位化したときに見えてくる世界を注視しないといけない。(禅はこの世界を瞑想しているのではないのか。)
 それは、いわば、玄の世界ではないのか。玄界である。顕界に対して、玄界があるということになる。
 とまれ、以上、問題提起である。
 
George Harrison - Who can see it


洋楽 George Harrison - Who Can See It Lyrics 歌詞

I've been held up,
I've been run down
I can see quite clearly now
through those past years,
when I played towing the line.
I only ask, that what I feel,
should not be denied me now,
As it's been earned, and
I have seen my life belongs to me
My love belongs to who can see it

I've lived in fear,
I've been out there,
I've been 'round and
seen my share
of this sad world
And all the hate,
that it's stirred
I only ask,
that what I know,
should not be denied me now
As it's been learned,
And I have seen my life belongs to me
My love belongs to who can see it

I only ask, that what I feel,
should not be denied me now
As it's been earned, and
I have seen my life belongs to me

My love belongs to who can see it.

My love belongs to who . . .

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2009年07月25日(Sat)▲ページの先頭へ
検討問題:虚数の垂直力学と水平力学の交差としてのMedia Point
今日通勤の途中に思い浮かんだのであるが、そのときに直観が今は薄れてしまっているが、想起して、少し書いてみよう。(後で余裕があるときに十分に検討したい。)
 思ったことは、正負の虚数=超越性は、共振性(引力)と反発力(斥力)があるのではないのかということである。前者の場合、正負の虚数(+iと-i)とは、積となり、⇒+1となる。しかし、後者の場合、積ではなく、例えば、商になるのではないのか。即ち、⇒-1である。
 そして、即非とは、引力と斥力の両極性に関係しないだろうか。つまり、⇒+1とは同一性志向性であり、+1が同一性である。つまり、A=Bである。しかるに、斥力が作用するとき、それを否定して、A≠Bとなるのではないだろうか。
 わかりやすく言えば、虚軸において、正負虚数は、波打っているということになる。
 そして、核心にMedia Pointがある。ここに共振と反共振(斥力)の中心点がある。
 しかしながら、虚数であるが、単に垂直力学だけでなく、水平力学があるのではないだろうか。何が言いたいのかと言えば、端的に回転力に関係したことである。虚数が回転するには、水平力学が必要だと考えられるからである。
 この水平力学とは、Media Pointにおいて発生するのか、それとも、最初から備わっているのか。
 不連続的差異論の段階で思っていたのは、差異(絶対的差異)の根源的な垂直性と水平性である。垂直性は虚軸的な力としてすぐわかるが、水平性は、実軸的な力と見るべきであろう。
 わかりやすく言えば、差異の横の関係のことである。これは、当然、現象性や同一性・物質性に関係するだろう。
 しかしながら、虚数が根源的に現象性や同一性・物質性をもちうるだろうか。
 理論的に言えば、根源的なそれらはないはずである。結局、Media Pointにおいて、水平性が発生すると見るべきである。だから、垂直力学こそが根源的であり、それから、水平性が「派生」するということになる。
 ならば、Media Pointで、水平力学が発生するのであり、これによって、回転力が発生するということになるだろう。回転力(「スピン」力)は、右回転と左回転が生じると思う。前者とは、⇒+1の共振のときであり、後者は⇒-1の反共振(斥力)のときではないだろうか。
 しかし、そう考えたとき、+iの右回転、例えば、1/4右回転では、⇒+1となり、+iの1/4左回転では、⇒-1となるが、問題は、-iの場合である。共振の場合、-iは、当然、1/4左回転となり、反発(斥力)の場合は、1/4右回転になるだろう。
 そうならば、共振と反発の場合、+iと-iとではそれぞれ、回転方向が逆になるということになる。これは、正負虚数の非対称性と言えるのではないだろうか。これは、いわば、鏡像的非対称性と言えるのではないだろうか。とすると、鏡面はMedia Pointであり、そして、正負で2つの鏡像が生まれるだろう。たとえて言うと、男女それぞれの鏡像である。つまり、+iを男性、-iを女性にすればいいのである。
 とまれ、回転力にもどると、Media Pointにおいて、同時に、左右逆の回転力が、共振と反発において生じることになる。これを二層的極性と言えるだろう。あるいは、四元性である。(思うに、垂直力学の2つの力、共振力と反発力、そして、水平力学の2つの力、⇒+1と⇒-1で、四つの力を想定できるのではないだろうか。)
 ということで、思考実験であるが、回転力に関するひらめきを記してみた。後で、再考したい。


2009年06月24日(Wed)▲ページの先頭へ
諸検討問題:後で考察を行いたい。
1)同一性狂気:人間の脳と身体

2)光と現象と物質

3)物質主義的都市の終焉と自然的都市の勃興:物質的空間は不快である。コンクリートの建物が林立するのは、ストレスをもたらす。閉塞感情をもたらす。

4)キリスト教はカルトである。キリスト教が近代主義を生んだ。

5)気の文化の復興へ:気は差異共振エネルギーである。

6)Media Point教育へ向けて

7)東洋文化は本来Media Point文化であるが、父権文化の影響で、同一性主義へと傾斜した。西洋文化は、確かに、Media Pointがあるが、それが、キリスト教の影響で、徹底的に同一性主義に傾斜しているのである。

8)精神界について:西洋では近代以前までは、日本では、戦前までは、精神界が意識にあったと言える。しかし、西洋においては、コペルニクスの発見によって、日本では戦後、「天」が否定される。そして、その後、近代合理主義・近代的自我・唯物論が中心化される。
 精神界ではなく、物質界や自我が主導的になるのである。否、精神界が否定されたのである。この結果、精神は否定・抑圧・排除されて、自我中心主義になり、相克するようになったと考えられる。万人に対する万人の戦争。
 トランス・モダンとは、精神界の復興・復活でもある。例えば、「気」とは、精神界に属するものである。後でさらに展開したい。

9)自由について:愚樵氏が既に自由と自在について明快に説明されている。私なりに、「自由」感の発動について考察したい。自由と我が侭(自我中心主義)が混同されることの力学を考えたい。

10)ニーチェのディオニュソスとアポロについて:これは、2)の問題と関係する。思うに、ニーチェが考えていたのは、ディオニュソスとは超越性であり、アポロとは同一性である。しかしながら、ディオニュソスがアポロを生むという表現もあるのである。それは、PS理論から見ると、即非性である。つまり、 Media Pointにおいて、ディオニュソスとアポロが「一体」つまり、即非様相になるのである。差異共振化である。
 このとき、アポロは同一性ではなく、差異共振現象における現象である。あるいは、光の現象である。例えば、黎明に耀く山頂はアポロ的である。あるいは、秋における夕焼けの西空もアポロ的である。
 思うに、光の「極限」として同一性・物質形式があるのだろう。この同一性・物質形式を光の現象の下に、実体であると人間は一般に錯誤するのである。後でさらに述べたい。
 

追記:国家神道とは、人間が神になる思想(キリスト教)を背景にしていると思う。神になる思想(テオーシス)は、東方キリスト教の教義にある。
 しかし、これは、危険な思想ではないだろうか。神にはなれないだろう。死んだら神になれると思うが(成仏)。
 どうも、キリスト教は、神人一体の思想があり、シャーマニズムとは明確に異なる。後者は、神懸かりの宗教であり、神になることではない。
 もし古代ギリシア人から見たら、神になる思想とはとんでもない邪教と考えただろう。超越性と物質性を一致させているのであるから。永遠と一時性を混同しているからである。端的に、神と人とは不連続である。


2009年06月15日(Mon)▲ページの先頭へ
PS理論的言語哲学の試み:差異共振現象表現としての日本語と同一性表現としての英語
今は余裕がないのでざっと述べるが、自己認識方程式で言語形式が説明できるのではないだろうか。
 問題は日本語と例えば、英語である。

1)木を見る。ないしは、木が見える。
2)I see a tree. 又は、I see trees.

「わたし」は+iであり、「木」は-iである。しかし、「わたし」と「木」は差異共振を起す。その差異共振現象の表現が、「木を見る」又は「木が見える」と考えられる。即ち、「わたし」は「木」であり、且つ、「わたし」は「木」ではないということであり、「わたし」は「木」であるが、「木を」という表現であろうし、「見る」が「わたし」は「木」ではないという表現であろう。
 しかるに、英語では、「わたし」をIとし、「木」をa tree 乃至はtreesとしている。このとき、「わたし」と「木」は分離して、差異共振現象は表現されないのである。「わたし」Iという同一性、そして、「木」 a tree 乃至はtreesという同一性が表現の「アトム」・「元素」になっているのである。
 今は問題提起に留める。
 


2009年06月11日(Thu)▲ページの先頭へ
検討問題:同一性的父権制(一神教)と差異的父権制(ゾロアスター教、神道?)
私の頭の中は今、さまざまな神話で渦巻いているが、余裕がないで、詳述できない。簡単にポイントを述べよう。
 私はこれまで、父権制を批判して、母権制を肯定してきたが、ゾロアスター教の、いわば、母権的父権制が考えられるので、これまでの考えを訂正しないといけないと思っている。
 もっとも、これまで、ギリシア神話における母権制と父権制の闘争を述べ、両者の調和をギリシア神話は志向しているということは示唆した。
 私は日本書紀におけるアマテラス(又は日の神)とスサノオの争いに興味がある。これは、実に微妙なのである。私はアマテラスは、ギリシア神話のアテナイ女神と同質のものではないのかふと思ったのである。アテナイ女神とはゼウスの頭から生まれた女神(処女神)である。これは、母権と父権の統合のように思えるのである。
 そうならば、アマテラスとスサノオの戦いとは、新しい父権的母権と旧来の母権との戦いかもしれない。
 思うに、母権制は精神性を失い、物質化したのかもしれない。それに対して、新しい父権的母権が古い母権と戦っているのかもしれない。それは、『ギルガメシュ叙事詩』のイシュタル(大女神)とギルガメシュの闘争に見られることと同質かもしれない。(Kaisetsu氏が以下に提起されていることは実に興味深いのであり、日を改めて検討したいと思う。)
 とまれ、これまで、私は父権主義から物質主義が生まれたと考えてきたが、父権主義からも生まれるが、母権主義から生まれると思われるのである。つまり、⇒+1の+1は、実は、母権的共振性の帰結と見ることができるからである。
 それに対して、父権制は、否定して、-1を生むのである。しかし、これは、確かに、知性ではあるが、陰-iの否定であり、不十分なのである。
 思うに、-iを肯定して、新たに、差異共振性を生まれるのではないだろうか。すると、i*i*i⇒-iとなる。これが、トランス・モダンではないのか。
 今は思いつきを述べるだけであり、ここで留める。

追記:思うに、悪神であるが、これは、物質主義、同一性主義を意味する。これは、基本的には、母権社会では生じない。何故なら、母権社会は、差異共振文化であるからである。しかるに、⇒+1から+1へと転換する時代がくる。これが父権社会である。貨幣経済、国家の発生、自我の発生、文字の形成等があるだろう。
 「わたし」と物質が結びつくのである。差異共振性を否定する同一性主義が発生しているのである。これは、端的に、父権文化によるのである。
 では、絶対的善、善神はどう形成されるだろうか。絶対的善は、やはり、Media Pointと虚軸において発するだろう。言い換えると、超越性である。そして、善神は、+1を否定する-1ということだろう。
 ここでヒンドゥー教を考えると、ヴィシュヌが、絶対的善に当たるだろう。そして、ヴィシュヌの化身が-1ではないだろうか。そして、悪神は当然、+1である。ブラフマンはMedia Pointだろうか。
 また、シヴァ神であるが、それは、ブラフマンから生まれたということで、Media Pointから生まれる差異共振エネルギーではないだろうか。これは、創造であり、また、破壊の力となるだろうか。
 悪神が→ならば、善神は←であろう。そして、これが、シヴァ神ではないか。後で整理したい。


参考:
事記(日本書紀)の「天照大神と建速須佐之男命」の神話は、まさに、ゾロアスター神話だ。
http://blog.kaisetsu.org
/?eid=754998
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu


2009年05月26日(Tue)▲ページの先頭へ
検討問題:地球と月の関係:地球と太陽の関係:地球と諸惑星の関係:太陽系と銀河系の関係:等々
検討問題:地球と月の関係:地球と太陽の関係:地球と諸惑星の関係:太陽系と銀河系の関係:等々
テーマ:検討問題
この問題は、緻密に検討する必要があるが、今は余裕がないので、ざっと思いつきを述べる。
 結局、ずいぶん以前に試行錯誤したことであるが、いったい、太陽系の「力学」は何かということである。ニュートンの万有引力で済む問題ではないのである。つまり、今ある太陽系を形成した「力学」を知りたいのである。
 今思いつきを言えば、銀河系の根本力学は、PS理論から言えば、+iと-iの共振力学である。つまり、Media Pointが銀河系の核である。そして、⇒+1が光であり、それに対する-1がダークマターとしたい。だから、ダークエネルギーは、差異共振エネルギー=超越エネルギーである。これは以前指摘したことである。
 今思ったのは、⇒+1が太陽であり、-1が月であり、Media Pointが地球ではないのかということである。もっとも、これは相対的である。
 先のガイアの問題に関連して言えば、⇒+1がガイアであるから、当然、⇒+1が地球であり、Media Pointが太陽であり、-1が月となるだろう。
 そう、-1の月とは意味深長であろう。これが重力を意味するのではないか。⇒+1は確かに物質の方向ではあるが、本来は、光の生成を意味する。物質は、+1であるから、それは、これまでの検討から、-1とするべきである。
 そうすると、光が⇒+1であり、物質は、+1且つ-1である。つまり、±1である。
 とまれ、月は太陽の対極である。太陽を精神とすれば、月は身体である。そう、これが重要であろう。つまり、太陽現象に対して、月現象が対極的に生起するということだと思う。地球はその中間と考えられる。
 ということで、まったく思いつきであるが、光は⇒+1、重力は、-1ないしは、⇒-1であると思われる。
 だから、先に空想したが、地上における「天」=上部とは、やはり、+1の方向であり、「地」=下部とは、-1の方向ではないだろうか。
 即ち、植物は、+1の方向へ発芽するのであり、-1の方向へ根を伸ばすのである。
 後で再検討したい。
 
参照:
万有引力
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万有引力(ばんゆういんりょく、universal gravitation)は、単に重力 ともいい、質量 を持つ物質 ・エネルギー などの間に働く作用 。 アイザック・ニュートン が発見した自然界に存在する基本的な力である。 電磁気力では引力と斥力があるのに対し、重力(万有引力)では引力しか存在しない。

重力 と呼ぶ場合には、地球上で物体が落下する力を直接指すこともある。物理用語としての重力 (または重力相互作用)の正体は、アルベルト・アインシュタイン の一般相対性理論 によって、質量を持つ物体が引き起こす時空の歪みであると説明された。これに対して、万有引力という用語は、ニュートンの定式化した重力の意味で用いられる傾向にある。

ニュートンの万有引力の法則は、自然哲学の数学的諸原理 (プリンキピア)においてニュートンが説明している。
ニュートン力学と重力 [編集 ]

ニュートン は、太陽を公転する地球の運動や木星の衛星の運動を統一して説明することを試み、ケプラーの法則 に、運動方程式 を適用することで、万有引力の法則(逆2乗の法則 )を発見した。これは、『2つの物体の間には、物体の質量に比例し、2物体間の距離の2乗に反比例する引力が作用する』という法則で、力そのものは、瞬時すなわち無限大 の速度で伝わると考えた。式で表すと、万有引力の大きさFは、物体の質量をM,m、物体間の距離 をrとして、

F= G \frac{M m}{r^2}

となる。Gは万有引力定数 と呼ばれる比例定数で、

G = 6.67259 \times 10^{-11} \mbox{m}^3 \cdot \mbox{s}^{-2} \cdot \mbox{kg}^{-1}

である。この式は、すべての物体の間で成立すると考えられるので、木から落ちるリンゴにも適用できる。

地球 の質量をM、リンゴの質量をm、地球の半径をRとすれば、万有引力の大きさは、 F= G \frac{M m}{R^2} であり、リンゴの運動方程式は、加速度をgとして、 mg= G \frac{M m}{R^2} となる。すなわち、地球重力による加速度(重力加速度 )は

g=\frac{G M}{R^2}

となり、すべての物質について同じ値になる。

地球表面では重力加速度は約9.8m/s2であり、地球の半径は約6400kmであるので、上記の式から地球の質量を

M=\frac{g R^2}{G} \simeq 6 \times 10^{24} kg

のように求めることができる。同様に、他の惑星上での重力加速度も求めることができる。

ちなみにニュートンによる「万有引力の法則の発見」は「重力の発見」と解釈される例が多いが、これは間違った解釈である。「リンゴが木から落ちるのを見て、ニュートンは万有引力を発見した」という巷間に流布している逸話が、この誤解を広める原因になっていると思われる。地球上にある物体を地球が引っ張る力としての「重力」は、ニュートンの時代には既知の事実であった。ニュートンの業績は、太陽系の惑星の運動と、地球上の物が落下する現象が、同じ法則によって支配されている事を提示したことである。つまり重力というのは単に地球が地球上の物体を引く力に限ったものではなく、惑星・恒星を含めた全ての質量を有する物体間に存在する法則に基づくというのがニュートンの業績であり、「万有引力」とはそれを意味する言葉である。またニュートン以前の科学ではこのような重力や他の自然現象がどのような目的や原因で存在するのかという問題に重点がおかれていたがニュートンは主著プリンキピアで "Hypotheses non fingo"(仮説により偽らず)と宣言し、あくまで観測できる物事の因果関係を示すという新しい科学方法論を提唱。これが力学、物理学しいては近代科学の基礎となる。ちなみに万有引力の原因は2008年においていまだに解明(ニュートンの設立した科学方法論に基づけば「観測」)されていない。

一般相対性理論と重力 [編集 ]

アインシュタイン は、光速度に近い場合の力学として、1905年に特殊相対性理論 を発表した後、加速度運動を含めた相対性理論の構築に取り掛かかった。そして重力場を時空の幾何学として取り扱う方法を模索し、1916年に一般相対性理論 を発表した。

アインシュタインの重力場の方程式(アインシュタイン方程式 )では、万有引力はもはやニュートン力学 的な力 ではなく、重力場 という時空 の歪みであると説明される。また、重力の作用は、瞬時ではなく、光速度 で伝えられる。

重力が時空の歪みであるという事は、光の軌道もまた重力によって曲がる事を意味する。ニュートンの万有引力の法則では、質量を持った物体間の力であるとされるので、質量を持たない物質には万有引力は存在しない事となる。これはアーサー・エディントン による観測で実証される。

一般相対性理論は、非常に強い重力が働く場を記述する。太陽系であれば、ニュートン力学に若干の補正項が加わる程度なので、ニュートン力学はその意味で近似的に正しいと考えて差し障りない。例えば前述の光の軌道の歪みについても、太陽の近傍においてようやく観測され得るものである。

アインシュタイン方程式は、通常の物理の方程式と同様、時間反転に対して対称なので、宇宙全体に適用すると、重力の影響で収縮宇宙の解と共に、膨張宇宙の解が得られる。

一般相対性理論の発表当時は、ハッブル による膨張宇宙 の発見前で、アインシュタインは「宇宙 は静的で安定している」と考えていた。自身の方程式が、動的な宇宙を予言したため、アインシュタインは万有引力に拮抗する万有斥力 があると想定し、重力場の方程式に宇宙項 を加えることで、静的な解が存在できるように重力場の方程式を修正した。後に彼は宇宙項を「生涯最大の過ち」と悔いるが、宇宙項のアイデアは現在の宇宙論では、宇宙のインフレーション や宇宙の加速膨張 を説明するものとして復活していると言える。

詳しくは、一般相対性理論 の項を参照されたい。

素粒子物理学と重力 [編集 ]

素粒子物理学 では、自然界に存在する四つの基本的な相互作用 のひとつとして、素粒子 間に働く重力相互作用とみなされ、重力子 (グラヴィトン)という素粒子により媒介するとみなされるが、素粒子としての重力子は現在のところ未発見である。素粒子間の重力相互作用は無視できるほど小さいが、素粒子と地球との間の重力を考慮する必要があることもある。

量子重力 [編集 ]

近年では、量子力学 と一般相対性理論の結合、重力の量子化 が試みられ、量子重力 と呼ばれている。格子重力 などさまざまな試みがあるが、実現は困難である。量子重力を宇宙論 に適用する試みは、量子宇宙論 と呼ばれる。

関連項目 [編集 ]

* 万有引力定数
* 重力
* 一般相対性理論 -- アインシュタイン方程式 -- 重力波
* 重力を説明する古典力学的理論

カテゴリ : 重力 | 力 (自然科学) | 相対性理論 | 力学


2009年04月10日(Fri)▲ページの先頭へ
検討問題:バハオーフェンの母権制の大地・地下・物質性について:母権制はMedia Point的だ
先にも述べたが、バハオーフェンは、母権制は、大地・地下・物質的であると述べている。この考えは、-iとしての母権制ということになると思う。
 しかしながら、大地・地下・物質とバハオーフェンが言うのは、実は、抑圧され、潜在するMedia Pointではないかと考えた。
 この問題は、地母神ないしは大地母神の問題である。母なる神を大地の神とするのは、いわば、通俗的である。地下界という発想は、ロマン主義的である。これは、二元論の裏返しである。光としての精神に対する、闇としての大地・地下・物質という二元論である。
 しかし、これは、間違っていると考えられる。大地・地下・物質というのは、実は、否定されて抑圧されているMedia Point であると思われるのである。これが、抑圧する主体である傾斜した+iから見ると、否定された-iに見える。つまり、-(-i)である。そして、-iを大地・地下・物質とバハオーフェンは考えたのではないだろうか。
 しかしながら、-(-i)は、実は、本来、差異共振性ないしはMedia Pointの否定と考えられる。そして、、-(-i)とMedia Pointを連続化させると、ドゥルーズの「差異」になると思う。
 バハオーフェンは、ドゥルーズのように、Media Point を連続化させて、それを、大地・地下・物質にしていると思えるのである。そのために、先に述べたように、叙述が不整合になったと考えられるのである。つまり、-iとMedia Pointを一致させてしまったのである。
 そう、これは、ゲーテも『ファウスト』で犯していることだと思う。「母の国」が地下にあるのである。
 正確に言えば、地下にあってもいいのであるが、地下における超越光=精神と言うべきなのである。そう、母権制は、物質的ではなく、精神的であると言わなくては鳴らないのである。
 後で、明快に説明をしたい。


2009年03月10日(Tue)▲ページの先頭へ
検討問題:女性と男性、Media Pointの二つのゼロ点、経済における-1の問題、自然の生長
1)女性と男性の違い:女性が陰陽ならば、男性は陽陰であろう。構造が正反対であろう。女性が感情的になるのは、陰が主導的だからではないだろうか。この問題はたいへん興味深い。

2)同一性+1傾斜とは、Media Pointの実軸ゼロ点を契機とし、差異-i傾斜とは、Media Pointの虚軸ゼロ点を契機するのではないだろうか。(そう、Media Pointの二つの穴があり、本来、男性は物質に、女性は精神に通じているのである。しかし、今日、女性は倒錯的に男性化していると考えられる。)
 このズレは重大である。男性の場合、虚軸ゼロ点が隠蔽されているのである。女性の場合は、虚軸ゼロ点に通じているだろう。というか、女性の場合は、本来、二つのゼロ点に通じているのではないだろうか。女性の方が調和・均衡的に形成されていると考えられる。

3)男性・父権主義の連続性の原因は、実軸ゼロ点が主導的になっているからではないだろうか。

4)資本主義生産とは、⇒+1であると以前言ったが、つまり、差異共振生産によって生まれた価値が+1であると言った。今日思ったのは、交換価値なしいは貨幣価値とは、-1ではないのかということである。
 商品があるとしよう。それは、対象-iである。それに対して、同一性自己(自我)+i(小売り)が価格をつける。それも、⇒+1である。これが、価格である。たとえば、トマト一個-iが百円+1となる。そして、消費者がそれを貨幣で買う。それも、⇒+1である。
 そして、貨幣が小売りに移る。問題は、この貨幣価値=交換価値である。それは、+1なのか、である。確かに、トマト一個が売れた時点では、+1であろう。しかしながら、貨幣価値は、具体的なトマト一個から分離していき、独立するのである。このとき、+1から-1へと転換するのではないだろうか。つまり、同一性自己価値となるのではないだろうか。これは、抽象価値である。
 そして、金融資本とは、この-1を+1と見なすのではないだろうか。つまり、対象-iを否定した抽象価値としての貨幣資本-1を+1と錯覚するのではないだろうか。
 展開する前に、-1とは何かを明確にすべきである。それは、同一性自己主義ないしは同一性主義である。それは、差異共振性から分離された抽象価値である。それは物質ではないだろう。物質は+1である。
 -1は、ドイツ観念論やマルクスが拘(こだわ)った抽象形式と考えられる。カントの超越論的形式、ヘーゲルの同一性精神、マルクスの抽象的価値・交換価値ではないだろうか。端的に、同一性尺度である。言い換えると、実軸ゼロ点に存する同一性形式(構造)ではないだろうか。シュタイナー的に言えば、アーリマンであろう。そう、ここが最高度に重要なキーポイントの一つである。人間の悪魔性の根因であり、また、物質文明の基盤であると考えられる。平俗に言えば、自己中心主義の基点である。つまり、自我の基点である。二項対立の支点である。
 これは、能動的な同一性自己同一性主義であるが、自己(差異)忘却している同一性主義である。差異という原闇(結局は、差異共振性という超越光)を忘却している同一性の光中心主義である。盲目の同一性自己主義である。ここには、原同一性+iの能動性・エネルギーがあるのであり、それは、同一性を反復すると考えられる。森羅万象を同一性で埋め尽くすのである。つまり、同一性空間化である。数量化である。これが、西洋文明で極まったのである。
 これが自己忘却であり、盲目であるのは、自己が同一性と一体化して、いわば、物質化していることである。そう、本来、認識衝動でありながら、同一性=物質と一致しているのである。認識が存在化しているのである。主観が客観化しているのである。
 本来、主観と客観が分離されなくてはならないのに、ここでは、主観と客観が一致してしまっているのである。言い換えると、連続化・同一化・癒着化である。
 とまれ、重大なのは、この差異の排除・隠蔽された絶対的同一性主義が能動化されていることである。つまり、エネルギーは同一性主義へと展開されるのである。⇒+1のエネルギーが、⇒-1のエネルギーに転換されるのである。
 ここの錯覚・倒錯があるのである。本来、生産・売買は⇒+1であるが、それが、貨幣価値になると、⇒-1へと転換すると考えられる。
 そして、まったく、この同一性主義回路を疑わないのである。何故なら、自己忘却・自己盲目であるからである。(この帰結が、ウォール街的金融資本主義である。)
 -1は、虚構価値である。鏡像・虚像である。これを中心化することは、対象-iの否定であり、+1の同一性=物質=生産物・商品が破壊されることである。
 結局、差異共振価値を取り入れる必要があるのである。思いつきでは、差異共振通貨がありえるのである。たとえば、一万円の差異共振通貨があるとしよう。そのうち、たとえば、10%は、差異共振社会へと還元されるとしたらどうだろうか。結局、富とは、社会総体の富であり、社会的差異共振価値なのである。だから、社会共振体(社会共同体)の創造へと向けられるべきなのである。一個人が莫大な収入を得たとしても、それは、社会的差異共振価値を独占していることになるのである。
 そう、貨幣価値は、差異共振価値に包摂されると見るべきである。だから、貨幣価値を独立化させるのは、錯誤である。それは、常に、差異共振価値において存するものである。それを独立に価値化すると、価値体系が狂うのである。
 差異共振投資へと進展することが必要なのである。

5)自然の生長とは何か。種から生長するとはどういうことなのか。これは、Media Pointの振動情報が、物質化することと言えるだろう。同一性=物質化+1である。そして、再帰エネルギーによって、再び、種に還る。それは、 Media Pointの振動情報のデュナミス化ではないだろうか。そう、エネルゲイアによって、物質化して、再帰エネルゲイアによって、回帰し、デュナミスとなるのではないだろうか。


2009年01月28日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:自己同一性主義(パラノイア⇒鬱病)の力学について:近代合理主義の帰結とトランス・モダン
自己同一性主義は、差異が同一性へと同化してしまった意識状態であると考えられる。差異がなければ、自己と他者の区別がなくなり、自己が他者を否定し、支配するようになるし、そもそも、知性を成立させる差異=間(あいだ、ま)が無くなり、狂気状態となるのである。これは、パラノイアであり、次第に鬱病、躁鬱病、さらには、統合失調症等になるのはないだろうか。
 この力学を分析してみよう。先ず、同一性志向性がある。それは、同一性意識をもっている。そして、それが、他者に対して、同一性意識を投影して、自己同一性を形成するのである。
 問題は、自己同一性意識の形成の前には、他者ないしは差異があることであり、これは、無視できないのである。
 しかしながら、自己同一性意識が完全に他者/差異と同一化すると、自己同一性意識は自動化するだろう。差異(自己)・同一性・差異(他者)が本来の自己と他者との間の同一性関係であるが、ここで、他者の差異を同化する場合、差異(自己)・同一性・差異(他者)、即ち、自己同一性意識・同一性・自己同一性のようになるだろう。
 自己差異、他者差異がまったく否定排除されているのであり、自己同一性志向性自体が、自己目的的に自己同一性化するのである。つまり、自己同一性志向性と同一性が重なり、一致して、いわば、鏡像的に自己陶酔(慢心)するのであり、自己同一性志向性と同一性の真理の区別が消失して、自己同一性志向性という衝動が同一性の真理を支配してしまうと考えられる。何故なら、起動力は自己同一性志向性にあり、これが優位であるからである。
 これが、パラノイア、いわゆる、自己中心主義(自己チュー)である。これは、当然、傲慢であるだけでなく、同一性真理を無視することになり、虚偽的なのである。独断的、独善的である。
 思うに、この自己同一性主義が現代に蔓延しているのであり、その顕著な例が、デリバティブやレヴァレッジ等に顕現したのであり、そして、その狂気の結果が、新世界恐慌である。
 近代合理主義・近代的自我の帰結なのであり、今や、トランス・モダンへと転換することになるのである。


2009年01月27日(Tue)▲ページの先頭へ
検討問題:性とジェンダー:単性生殖と雌雄分化
以前、女性と男性の差異について考察したことがあるが、その時は、両者は正反対であるということを述べた。しかし、正反対というよりは、女性は男性よりも遥かに複雑であり、非対称的ではないかと今は考えている。
 その問題はおいておいて、最初に性分化について考えてみたい。性分化をPS理論から解明するとどうなるのだろうか。
 生物には、単性生殖(処女生殖)がある。宗教・神話的には、処女懐胎である。
 とまれ、PS理論から見ると、これは、実にシンプルに記述できるのではないだろうか。即ち、
(+i)*(-i)⇒+1が単性生殖を記述しているのではないだろうか。
 左辺が単性の「母体」であり、+1が子である。つまり、この単性の「母体」をとりあえず、元母とすると、元母の単性生殖によって、子が生まれるのである。これは、神話的には、イシス⇒オシリスで説明できるのではないだろうか。
 つまり、イシスは単性生殖(処女生殖)なのではないだろうか。そして、それが、聖母マリアにつながるのではないだろうか。
 しかしながら、後代において、崩れてしまい、イシスとオシリスの雌雄のペアが考えられたのではないだろうか。つまり、混淆・混同が起きたのではないだろうか。本来、イシスは単性生殖なのに、イシスとオシリスの雌雄生殖になったのではないだろうか。
 雌雄分化とは、推測するに、+iと-iとがそれぞれ傾斜して分化したのではないだろうか。例えば、オスは+iであり、メスは-iである。しかしながら、本来、両者、他者を包含しているのではないだろうか。つまり、オス+iはメス-iを潜在的に内包し、メスは逆ではないだろうか。
 つまり、両性具有説である。思うに、オスはメス的要素を抑圧し、メスはオス的要素を抑圧しているのである。そして、抑圧された様相が性愛として発現するのではないだろうか。これは、ユングのアニマ・アニムス論に似ている。
 とまれ、自己において、抑圧されている他者が覚醒されるとき、本来の自己性が生まれるのではないだろうか。そのとき、性愛ではなく、プラトンのエロースになるのではないだろうか。イデアへの郷愁である。
 今はここで留めたい。

追記:思うに、性愛とは、本来、差異共振エネルギーが身体的次元に限定されたものではないだろうか。というか、差異共振的創造のための身体的衝動ではないだろうか。
 現代の不幸は、近代合理主義=唯物論のために、差異共振的創造が喪失されて身体的衝動に傾斜している点であろう。

参考:
無性生殖
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無性生殖(むせいせいしょく)とは、生殖 の方法のひとつで、1つの個体が単独で新しい個体を形成する方法である。作られた生殖細胞が単独で新個体となる場合にこう呼ばれる。

[編集 ] 一般的なあり方

無性生殖と言われる生殖 は、親の体の一部が独立して新個体になるなど、単独の個体が新しい個体を生むやり方である。生殖細胞 が、他の細胞と融合する事なく、単独で発生 や発芽 を始める場合もこれである。一方、進化生物学 では、遺伝的組み換え なしにクローンの子孫を作ることを無性生殖という。この場合、生殖細胞 が単独で発生したとしても組み替えがあれば、無性生殖とは言えないので注意を要する。

第一の定義から言って、最も単純に無性生殖と見なしやすいのは分裂 である。単細胞生物 の多くが細胞分裂 によって個体 を増やす。多細胞生物 の場合、その体が大きく二つに割れて数を増やす場合をこう呼ぶ。

新個体が当初は小さな形で作られ、次第に大きくなって独立する場合を出芽 という。

他に、単細胞ないし少数細胞からなる散布体 を胞子 とよぶ。胞子に鞭毛 があって運動する場合は遊走子といわれる。

高等植物などに見られる、芽が独立してむかごとなったり、匍匐茎から新しい株を作るなど、栄養体 の変形が繁殖に用いられるものを栄養生殖 と呼ぶ。コケ植物 や地衣類 で、栄養体のごく一部が独立して小さな散布体となったものは芽子 とよばれる。

また、有性生殖の結果で生じるはずの接合子を単独個体が作ってしまう単為生殖 も、場合によっては実質的に無性生殖と見なせる。

[編集 ] 有性生殖とのかかわりにおいて

有性生殖 は細胞の融合によって新しい個体を作るため、新しい遺伝子の組み合わせが生じる。これに対し無性生殖では、体細胞分裂を基本として新しい個体を生み出すため、発生した新個体は完全に親と同じ遺伝情報を持つもの、すなわちクローン となる。

このことは、親と同じ性質を持つ子が得られることである。この場合、親が子を作るまで生存していたのが確かであるから、少なくともそれだけの生存能力を保持する子が得られる訳であり、一定の成功が保証されているとも言える。また、有性生殖より手順が簡単なので、素早い個体数増加が確保できる。ただし、環境条件が変わればこの限りではなく、その個体の性質上は不利な条件が生じた場合、最悪の場合、全個体が死亡する危険がある。

他方、有性生殖では遺伝的多様性が得られるので、環境の変化にも対応できる個体が得られる可能性がある。また、遺伝的多様性は進化 の上でも重要であり、大部分の生物は生活環 の上のどこかでなんらかの有性生殖を行う。むしろ、ヒトなどのように、有性生殖しか行わないものもある。

そのような意味で、環境条件がよい場合に無性生殖で増殖し、有性生殖で生じた生殖細胞が休眠するミズカビ 類や、単為生殖で増加し、有性生殖で休眠卵を生じるミジンコ などは理にかなっている。

[編集 ] 胞子にまつわる混乱

胞子 形成は、無性生殖の一つと見なされる。胞子が単独で発芽し、新個体を形成するためである。ただし、形成過程から考えると、大きく二つの場合がある。一つは体細胞分裂によって形成される胞子である。ケカビ など接合菌 の胞子のう胞子、アオカビ など不完全菌 の分生子 、ミズカビ 類の遊走子などがこの例である。この場合、その胞子の発芽によって生じる新個体は、親と同じ遺伝形質を持つ。

もう一つは、減数分裂 によって形成されるもので、シダ植物 ・コケ植物 ・種子植物 や、さまざまな藻類 、変形菌 などがそのような胞子を形成する。かつてはこのような胞子を真性胞子と呼んで区別したこともある。

これらの生物では胞子を形成する体は核相が複相、すなわち2nであり、減数分裂によって生じる胞子は単相(n)である。胞子が単独で発芽すれば、それによって生じる体はやはり単相(n)となる。普通、この単相の体は配偶子 を形成し、それらが接合 して複相の体に発達する、いわゆる世代交代 が見られる。そこで、複相の体を胞子体、単相の体を配偶体と呼ぶ。そして、配偶体は配偶子を作るのでこれを有性世代、胞子体は胞子を作るので無性世代とも呼ばれる。

これらの胞子は確かに単独で発芽し、その限りでは無性生殖的なのであるが、それによって生じる体は胞子を形成する体とは異なったものである。分裂や出芽を無性生殖とするならば、これらをそれと同等に扱うことはできない。むしろ接合と減数分裂によって構成される有性生殖環の一部と考えるべきである。近年は無性世代という呼び方もしない場合が多い。

ほかに子のう菌 類の子のう胞子、担子菌 類の担子胞子なども減数分裂によって形成される。しかし、これが無性生殖と言われることはなく、菌類学 では伝統的に有性生殖として扱われた。
"http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E7%84%A1%E6%80%A
7%E7%94%9F%E6%AE%96 " より作成
カテゴリ : 生殖


2009年01月20日(Tue)▲ページの先頭へ
日記:時間とは何か:時計の時間と身体の時間
今日も、帰りの電車で、鈍行に乗った。基本的には違和感はない。
 時間とは何か。それは、思うに、 Media Pointである。心であり、かつ身体である。
 精神的身体というものを考えると、それに合うのが鈍行である。
 時計の時間とは、+1の時間であり、身体の時間でもない。身体は、⇒+1 である。
 後でさらに検討したい。


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