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2008年05月14日(Wed)
検討問題:同一性=物質化とは何か
考えると、同一性=物質化とはとても不思議なものに思えるのである。先に地震の予兆になる動物の反応のことを述べたが、動物は地震に関係する電磁波=超越エネルギーを「感覚」していると考えられる。超光が動物には「視える」のだろう。
しかしながら、そのエネルギーは確かに、物質を形成しているのである。これをどう考えたらいいのだろうか。つまり、自然のもっている同一性現象とはどういう力学から発生するのか、である。アインシュタインのエネルギー公式のPS理論版を見るとわかりやすいだろう。 E=m(+ic)(-ic)⇒mc^2 である。両辺をmで割ると、 (+ic)(-ic)⇒c^2 となる。さらにcで割ると自己認識方程式となる。 とまれ、思うに、右辺が物質形式でもあると見るべきではないだろうか。つまり、同一性である。すると、-1=同一性と齟齬を来たすことになる。これをどう考えたらいいのか。ここには、現象の実に不思議さ、霊妙さ、玄妙さがあるのではないだろうか。 思うに、右辺は物質形式ではなくて、エネルギー形式と見るのが適切であろう。そして、物質形式はそのマイナスではないのか。つまり、-mc^2が、物質形式ではないだろうか。 そうならば、マイナスに大きな意味があるのである。思うに、マイナスとはネガの世界であり、プラスがポジの世界である。ネガの世界は、影の世界である。もっとも、影は現象界では光である。 ここは実に不思議である。ここでの思考実験から考えると、物質現象とエネルギー現象の二つがあるのであり、両者はマイナスとプラスの関係である。一種鏡像関係と言えるのではないだろうか。 とまれ、物質とは何か、である。そう、エネルギーが共振から生まれたとすると、物質は共振を否定して生まれているのではないだろうか。どういうことかと言えば、自然は、二重様相であり、一方では、エネルギー現象であり、他方では、物質現象ではないのか、ということである。 そして、近代科学・技術は、物質現象のみを扱い、本来のエネルギー現象を捉えていなかったことになる。しかし、20世紀になり、相対性理論や量子論によって、物質現象からエネルギー現象へと対象が変換したと考えられるのである。つまり、物理学は、光科学=「精神」科学になったのである。 思うに、19世紀末から20世紀初期ないしは前半において、哲学であれ、科学であり、芸術であれ、この変換が起こったと思われるのである。 しかし、物質主義=唯物論に縛られているために、この変換の意味を十分に把捉していないと考えられるのである。哲学で言えば、フッサール現象学のブレークスルーを、ハイデガーは取り逃がしてしまったと思えるのである。先の考察からすれば、ハイデガーの言う本来的存在はエネルギー現象に、頽落した現存在は物質現象に相当すると考えられるのである。 ここで、ハイデガーの本来的存在について考察すると、それは、まことに不思議である。ここの視点からは、エネルギー現象であるが、本来的存在は暗いのである。なぜなら、差異共振性がないからである。つまり、正に、右辺(mc^2)のみということになると思われるのである。 これは、比喩的に言えば、暗い光、暗い超光ではないだろうか。(参照:D. H. ロレンスのdark sun) 本来、エネルギーは超光現象であり、「光」のはずである。しかしながら、本来的存在は暗いのである。 この説明であるが、超光とは、思えば、差異共振の結果であり、自己と他者との一体となり、差異共振性がもはやないということを意味しているのではないだろうか。つまり、エンテレケイアである。 だから、闇としての超光が考えられるのである。(参照:ダークエネルギー)ハイデガーの本来的存在=「光」現象とはそのような意味になると思う。すると、闇としての超光(エネルギー現象)と影としての光(物質現象)があるということになる。思うに、阿弥陀如来の無量光とは、イデア界の差異共振光=原超光を意味するだろう。 そう、たとえば、天照大神であるが、それは、Media Pointが開いて、イデア界の原超光を得たものであろう。だから、天の岩戸とは、Media Pointではないだろうか。(また、プラトンの善のイデアは、当然、イデア界の原超光である。)だから、エネルギー現象はイデア界の原超光を反映・反照するとき、発光するということになるだろう。闇の超光と光の超光である。というか、暗い超光と明るい超光である。 以上のように見ると、ハイデガーの本来的存在は、神秘主義の闇と通じるように思われる。黒い太陽ではないだろうか。 しかし、これでは、まだ、奥の院には、当然、達していないのである。Media Pointが開いていないのである。(後期ハイデガーは、なんとか、Media Pointに達しようとしたのかもしれない。しかしながら、そのときは、水平性を喪失して、垂直性だけになっているように思える。) 《光》をもたらさなくてはならないのである。物理学で言えば、相対性理論に量子論的背景を与えることを意味するのではないだろうか。つまり、量子論的相対性理論となるときに、真に《光》の理論になると思われる。 神話で言えば、イシス・オシリス神話で言うと、オシリスだけでは、暗い太陽であろう。つまり、+1である。しかし、イシスとオシリスの極性があるときに、原超光、即ち、イデア界の《光》、《太光》になるのではないだろうか。ならば、イシスなくして、オシリスの光はないということになるのである。イエスの光は、イシスなくしてないということになるのである。ここにプロテスタンティズムの問題があるだろう。 さらに展開すると、なぜ、太母は、月をシンボルとするのだろうか。かぐや姫は月の女神、いわば、アルテミスに当たるといえよう。これは何だろうか。 おそらく、これは、やはり、+1ではないだろうか。ここは、処女神を意味するのではないだろうか。いわば、単性生殖(処女生殖)である。すると、+1は太陽ではなくて、月である。そして、イデア界が太陽であろう。そして、Media Pointは、穴(ブラックホール?)である。では、-1は何だろうか。物質現象とはどういうシンボルをもつのだろうか。意外に天、天空ではないだろうか。つまり、+1が月や海や大地であり、-1が天空ではないだろうか。ギリシア神話で言えば、オリュンポスの神々ではないだろうか。 そうならば、二つの天があるだろう。イデア界の天と現象物質界の天である。(創世記の冒頭は現象物質界の天の創造を述べているのだろう。) 途中。
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