宗教性とは何か:知を介した「心」のエネルギー:心身の源泉としてのイデア振動 |
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2008年01月13日(Sun)
宗教性とは何か:知を介した「心」のエネルギー:心身の源泉としてのイデア振動
今は簡単に述べるが、机に散らかっている、もう聴く気がしないCDを見て、いい音楽の宗教性ということを思った。
ブックオフに売ってしまいたいCDと取っておきたいCDが分別され、後者には、宗教性があると思った。宗教性とは何だろうか。前者にも宗教音楽があるが、演奏には宗教性が感じられないのである。 どうも、私の感識において、いい演奏と悪い演奏がはっきり区別されてきたようである。かつてはいいと思った演奏も今聴くとつまらないのである。宗教性の有無が弁別の徴である。 宗教性と言っても、信仰有無ではないのである。私には特定の信仰はない。ただ、超越的エネルギーは信じているのである。だから、それが宗教性と言えるが、説明が必要である。 直感で言うと、宗教性とは、リリシズムである。しかし、いったん知を介したそれである。これは、トランス・モダン・リリシズムと言えるだろう。 このリリシズムのエネルギーが宗教性である。思うに、これは、単に音楽だけでなく、芸術の判断基準である。美術も文学も映画等も、これがあるかどうかで優劣が決まると思う。 今日、芸術が死んでいるのは、モダニズムによるリリシズムの破壊によると考える。クラシック音楽(classical music)で言えば、現代音楽は、一般には、死んだものだろう。20初期において、死んでしまったのだ。根源的なエネルギーがあるが、今や、知を介して、「心」に響くものでなくては芸術とはならない。 では、宗教性、トランス・モダン・リリシズムは、プラトニック・シナジー理論ではどう解明できるだろうか。そう、それは、端的に、差異共振性である。差異共振様態である。 今はここで留めておく。思うに今日、時による淘汰が起こっていると思う。カラヤンは元より、バースタインも淘汰されるだろう。もっとも、少数のいいものは残るだろうが。 そう、現在は、黙示録のエポックなのである。モダンとポスト・モダンの死滅、そして、トランス・モダンの生成である。 p.s. また、心というものも検討し直す必要がある。私が考えている心とは、心なのか。そうではなくて、イデア・エネルギーではないのか。つまり、 Media Pointのエネルギーではないのか。そこから、心と身体が発生するのである。つまり、心と身体を創造する根源を考えなくてはならない。 以前、魂質という言葉を考えた。つまり、魂と質料が一如のものである。それは折衷的である。魂という言葉を使うことができるかもしれない。魂が心と身体に分化するということになる。Media Pointである。Media Point Energyである。これが、宗教性であり、心と身体を生み出すものである。 魂という言葉は精神的傾斜がある。だから、イデアの方がいい。イデアが心をつくり、身体もつくるのである。イデアが知を形成し、また、感覚をつくるのである。認識が同時に存在なのである。 思うに、イデアの振動の違いによって、心となり、身体となるのではないだろうか。そう、イデア振動である。これが源泉・根源・源流である。 |
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カレンダ
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