言葉の力学について:言語発生のメカニズム:母権的イメージ音声言語から父権的抽象文字言語への転移






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2012年02月22日(Wed)
言葉の力学について:言語発生のメカニズム:母権的イメージ音声言語から父権的抽象文字言語への転移
言葉の力学について:言語発生のメカニズム:母権的イメージ音声言語から父権的抽象文字言語への転移
テーマ:language

先に、連続性に関して、それは凸iによる凹iの力学であると述べたが、それから帰結的に、本件の主題が生じる。
 これまで、何回か本件について述べてきたが、結論ないし結論というものに到達していなかったので、あらためて検討したい。
 言語の問題は、正に、イデア論、PS理論における本質的問題である。
 初期PS理論(Premier PS Theory、PPSとする。それに対して、後期PS理論をLate PS Theory、LPSとする。)に拠って考察する。
 明らかに、言語は凸iの支配に関係している。史的に見ても、父権文明が文字文明であり、それ以前の母権文明は口語はあったろうが、無文字文明と言えよう。(シュメール文明の問題がある。)
 だから、正確に言えば、口語と文字言語を区別する必要がある。
 では、最初、口語、話し言葉について考えよう。それは、史的には、前父権文明の母権文明について考察することでもある。
 即ち、D. H. ロレンスが『黙示録論』
黙示録論 (ちくま学芸文庫)/D・H ロレンス

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で明らかにしたように、それは、イメージの文明である。感覚知覚におけるイメージ中心主義の文明である。
 この背景において、口語について考察する必要がある。イメージとしての口語である。つまり、詩的言語的な口語ということが想起される。そう、口承文芸、 吟唱詩人、語りというようなことが想起されるのである。(古代ギリシアのホメーロス、日本では、記紀の元になった口承神話が考えられる。また、平家物語は 本来、吟唱されるものである。)
 イメージを喚起する音楽的言語としての母権文明的口語ということが考えられるのである。
 そうすると、それは、当然、凹iと凸iの差異共振イメージに拠ると考えられる。つまり、凹i*凸i⇒+1の光の言語ということになる。これはここで今は留めておく。
 次に、文字言語について考察しよう。それは上述したように、父権文明における、凸iによる凹iの支配力学から「創造」されたものと考えられるのである。
 これは同一性言語となる。そう、象形文字(表意文字)と表音文字を区別しないといけない。
 では、先ず、象形文字について考察しよう。
 それは、母権文明のイメージ言語を文字化したもののように思える。即ち、凹i*凸iの共振イメージを凸iで写し取ったものと考えられる。漢字が例をあげ るまでもなくそのように考えられる。(絵文字も考える必要がある。エジプト文字である。それは、象形文字以前のものであり、それが差異共振イメージを最も 凸iで写したものであろう。詳細についておいておく。)
 差異共振イメージを凸iで写すとはどういうことなのだろうか。それは、精神的光(凹i*凸i⇒+1)を現象的光(凸i)で写しとることではないだろうか。(精神的光を大光、現象的光を小光と簡略化する。)
 大光を小光に写しとること、内的感覚(内的視聴覚)を外的感覚(外的視聴覚)に書写することである。
 つまり、ここには、ハードではないものの、凸iの凹iに対する支配がはたらいていると考えられる。
 では、次に、表音文字である。(史的にはフェニキア文字がアルファベットの始原である。)
 これは、もう基盤には差異共振イメージはほとんどないと言えよう。もっとも、これもベースは差異共振イメージ、象形文字(表意文字)であったが。
 基盤の差異共振イメージを消去されて、抽象化された表意文字である表音文字が父権文明を精神的に形成すると言えよう。(思うに、象形文字、表意文字の形 成力学において、デリダのエクリチュールの概念はそれなりの意義をもつが、しかし、デリダは口語のイメージ言語と文字言語は混同しているように思われる。 これについては検討課題である。)
 では、抽象化された表意文字である表音文字(例えば、アルファベット)の形成力学とは何か。
 ここには、分析的知性がはたらいていると考えられよう。分析化された音声が表意文字化されるのである。
 この分析抽象化作用であるが、これは、正に、凸iの本性の作用であると考えられる。
 思うに、表意文字的認識は凸iの本性である。そう、正に、同一性作用である。思うに、正確に言えば、超越論的同一性認識作用である。これは、カントの悟性に相当しよう。
 つまり、人間は他の生命体とは異なり、先天的、先験的に、超越論的同一性認識作用=悟性を具備、内在していると言えよう。(一時流行したチョムスキーの 生成文法論であるが、それは、この視点から考えれば、基本的には妥当性をもつと言えよう。しかし、実際は構造主義になってしまった。つまり、二項対立論に なってしまった。)
 以上で、簡単ではあるが、本件の問題を基本的には解明したと考えるが、最後に構造言語学【構造言語学 とは - コトバンク 】(構造主義【構造主義 - Wikipedia 】)について簡単に触れて終わりにしたい。
 構造言語学はソシュール(フェルディナン・ド・ソシュール - Wikipedia )のものが源泉である。ソシュールの有名なシニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)【シニフィアンとシニフィエ - Wikipedia 】との対立と融合について考えよう。
 ここでは簡明にするために、表音文字で考えよう。そこでは、シニフィアンは音声ないし表音文字である。そして、シニフィエであるが、思うに、ここには、 混濁がある。つまり、意味されるものは概念とイメージの両方があるからである。ソシュールは両者を混淆、混同していると考えられる。
 概念の場合は当然、凸iの悟性作用に拠るのであるが、イメージの場合は微妙であり、差異共振イメージ(内的イメージ)と現象的イメージ(外的イメージ)の両方が考えられるのである。
 だから、ソシュール構造言語学とは、一面では、凸iの言語学であり、他面では凸iと凹iの差異共振言語学の側面をもつと考えられる。
 その構造主義とは、シニフィアンとシニフィエの対立に拠ると言えようが、それは果たして、二項対立なのだろうか。例えば、前者が後者に対して、優位であると言えるのだろうか。そのように考えたのは、ラカンであるが、ソシュールではないだろう。
 だから、ソシュールの構造言語学とは二項対立の構造主義とは異なると言えよう。とまれ、二項構造をもつという意味での構造主義ではある。
 そして、ソシュール言語学の差異共振言語学的側面があるからこそ、あるいは、凸iの同一性言語学と差異共振言語学の混同があるからこそ、ソシュールはその後、低迷して、最後、アナグラム(アナグラム - Wikipedia )に関わるようになったと考えられる。
 アナグラムとは一種の言葉遊びで、文字の順番を変えたりして、意味の変化を楽しむものであるが、それは正に、差異共振イメージに拠ると言えよう。例えば、godを順序を逆にすると、dogになるというようなことである。
 つまり、差異共振は、対立するものが共振するということであるから、godと順番が逆という意味で対立するdogを引き出すのである。つまり、アナグラムを生み出すのである。
 ここで留める。






光とは何か:二つの光:差異共振光と同一性光
テーマ:manichaeism: 哲学

マニ教の光とは、初期PS理論モデルに拠れば、凸i*凹i⇒+1の+1に相当しよう。そう、オイラー・ガウス平面の右半円が光の世界である。
 では、一般の光、陽光とは何であろうか。それは、マニ教の光ではない。マニ教の光は、差異共振の光である。凸iと凹iの共振に拠る光である。いわば、霊的光である。
 一般の光、陽光とは何であろうか。これは、実は凸i主導の同一性の光ではないのか、と思った。
 思うに、自我様態と同質の光ではないだろうか。私が想起しているのは、父権的神話である。父権的太陽である。それは、太母を殺戮する父権的な英雄の太陽である。
 思うに、これは、客観的事象というよりは、主観的事象、精神的事象ではないだろうか。
 つまり、差異共振の光(霊的光)を父権的同一性の光で抑圧しているということである。
 これが、凸i主導の光ということになる。凹iと凸iの差異共振の光(霊的光)はいわば閉鎖されているのである。
 だから、一般の光、陽光とは、凸iの光と言えよう。原光である。(そして、これが後の一神教の神となるだろう。)
 まとめると、光は二種類あるのであり、一つは、凸iと凹iの差異共振光(マニ教の光、霊的光)であり、一つは、父権的同一性の光(凸i)である。
 D. H. ロレンスが「我々は光の背中を見ているに過ぎない」と言ったのは正に、この事態を指していると言えよう。光は差異共振光でありながら、いわば、裏返しにされた光凸iになっているからである。
 そう、これは、精神的フィルターの光と言えよう。同一性の反射の光、鏡像の光とも言えよう。
 言い換えると、物質の光と精神の光があるのであり、後者が今日、否定されてしまっているのである。
 マニ教の光は絶対的に後者である。これは、凹iと凸iの原始差異共振を不連続化することで形成されよう。
 ところで、私は先に、自然界は+1であると述べたが、この点どうだろうか。
 つまり、自然界は差異共振によって形成されているということを意味したのである。
 そう、自然界は、精神的光から創造されたと言えよう。しかしながら、人間の同一性的自己、自我は、それを同一性の光で遮断して見えないのである。
 自然的精神の光を同一性の自我の光で排除して、物質的光のみを見ているのである。







連続的複素数精神と不連続的複素数精神:双極子としての複素数精神の連続性と不連続性
テーマ:media point

生成門氏のガウス平面精神マップ(GPS:Gaussian plane Positioning System)は興味深いが、指摘したいのは、精神は双極子であり、cosθ+i・sinθとcos(θ+π)+i・sin(θ+π)が精神の双極子の位置であろうということである。
 次に、精神が連続性のままであるときは、つまり、凸iが凹iを支配しているときは、すべての精神複素数双極子は、当然ながら、連続様態であると考えられることを指摘したい。
 私は現段階では、初期PS理論モデルに従っているが、そこにおいて、凸iによる凹iの支配の状態では、精神複素数双極子は、左半円に属し、それらはすべて、連続態ということになる。
 そして、不連続化が為されたとき、即ち、凹iが独立したとき、精神複素数双極子は、右半円に属するのであるが、それは、すべての位置、点において、不連続態であると考えられる。
 言い換えると、左半円(闇)の自我領域は連続的同一性の領域であり、右半円(光)の自己領域は不連続的差異共振の領域であるということである。
 尚、虚軸は左半円ではなく、右半円に含まれると考えられる。
 今は簡単に指摘するに留める。

追記:精神は双極子と言ったが、そうすると、例えば、右半円の円弧の一つに属するとき、対極は、虚軸の場合を除いて、左半円に属することになり、矛盾することになるのである。
 思うに、凸iと凹iの差異共振の強度(濃度)に応じて、右半円の上部と下部に精神複素数が形成されるのかもしれない。つまり、共役にあるということである。即ち、a±biである。
 そして、連続性の場合(左半円)も同様であるように思う。
 今、ふと思ったが、私が勘違いしているかもしれない。凸iと凹iは双極原理であるが、それをベースに、双極子ではなく、点として、複素数精神が動くのかもしれない。
 そうならば、生成門氏の考えは正しいのである。そうだとしても、連続性と不連続性(差異共振性)は区別されなくてはならない。
 初期PS理論モデルでは、虚軸を除いて、左半円は連続性の領域(自我、闇)であり、虚軸を含めて右半円は不連続性(差異共振性)の領域(自己、光)と考えられる。
 思うに、凸iと凹iの極性原理において、人間では、左半円と右半円が併存している。つまり、自我と身体(氣的身体)である。そして、自我を不連続化すると、右半円に自己形成が起こるのである。つまり、精神の光化である(正に、マニ教的事象)。
 否、正確に言えば、原始差異共振と連続的精神があるのである。つまり、前者は右半円に属しているが、後者は左半円に属しているのである。
 だから、やはり、精神は二重なのである。凸i主導と凹i主導の二重性があるのである。だから、精神は単に一点としては位置付けられないだろう。凸i主導の点と凹i主導の点の両点を把捉しないといけない。
 途中であるが、ここでおく。
 



   




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カレンダ
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