フィルター、フレーム、同一性志向性:形相(エイドス)、超越論的形式、構造






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2009年10月27日(Tue)
フィルター、フレーム、同一性志向性:形相(エイドス)、超越論的形式、構造
以下、Kaisetsu氏が、『一般意味論』に関連して、「精神的フィルター」について、的確に論考している。
 「フィルター」という視点は重要である。これまで、形相(エイドス)、構造、形式、同一性、等で説明されていたが、「フィルター」とすると、実に、明快になる。
 これに関連して、愚樵氏は、「知的フレーム」というタームを使用していたが、その「知」を同一性と考えれば、的確な記述である。
 「フレーム」はわかりやすい用語であるが、「フィルター」の方がより明瞭に事態を説明していると考えられる。
 結局、「精神的フィルター」は、正に、Media Pointの実軸次元に存するものと考えられる。
 そして、これは、Media Pointにおける正のエネルギーの発露から形成されると考えられる。(自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1の⇒の先端であろうか。)
 とまれ、「精神的フィルター」はプロト同一性である。これは、プラス・エネルギーの所産であり、西洋文明はこれを最大限に利用した。
 しかしながら、プラス・エネルギーは「精神的フィルター」という、いわば、同一性フィルターを意味するに過ぎないのである。
 だから、マイナス・エネルギーが発生するとき、脱同一性が生起して、「精神フィルター」が、いわば、マイナス「精神フィルター」になると考えられる。
 これは、非線形的であり、新秩序化である。端的に言えば、Media Point自体の「現前」である。言い換えると、超越性の発現である。原宗教的な事態である。
 これが、「黙示録」的現象である。旧いものは徹底的に壊れ、まったく新しいものが勃興する時代である。

***********************

精神的フィルター(semantic filter )について
 Renshi氏が、

Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation

Mon, October 26, 2009 01:10:22
一般意味論
テーマ:哲学・科学・技術

で、アルフレッド・コージブスキーの「一般意味論(General Semantics)」について、簡潔に纏めておられる。


 海舌も、一回か二回位、どこかの図書館で、アルフレッド・コージブスキーに関する本を読んだ気がするが、改めて、概観すると非常に興味深い指摘が随所に在る。

 Be動詞が『=』では無いことなどは、PS理論が「⇒」で表現している理由を端的に示している。


一般意味論の大部分は、現実のやりとりを妨げる精神的な性癖をやめるための訓練技術と覚え書きから構成される。3つの重要な覚え書きとして、「非A」Null-A、「非I」Null-I、「非E」Null-Eがある。

非Aとは「非アリストテレス」non-Aristotelianismである。一般意味論では現実が決して(アリストテレス的)二値論理 で表現しきれないことを強調する。
非Iとは「非同一性」non-Identityである。一般意味論ではいかなる事象も同一ではないとし(測定限界を超えたところで異なっている可能性があるため)、「現在実行している分析の目的から見て十分類似している」と考えるのが好ましいとされる。
非Eとは「非ユークリッド」non-Euclideanismである。一般意味論では我々の宇宙がユークリッド幾何学 では正確に説明できないことを強調する。



 の部分も重要である。

 PS理論のモチーフと重なる部分が多い。

特に、「「非同一性」non-Identity」は、個別の「超越性」、個の絶対的超越性を述べていると思われる。

『「非ユークリッド」non-Euclideanism』は連続性の否定である。

『「非アリストテレス」non-Aristotelianism』は、既に多くの哲学者、社会学者が行動規範としている思考であり、「オータナティブ運動」などが、この潮流であろう。

 トランス・モダン社会の分析で今後、重要になると思われるのは、


哲学的には一般意味論は応用概念論とも言うべきもので、人間の感覚器 や神経系 や言語が人間の経験にフィルターをかける度合いを強調するものである。
一般意味論の最重要の前提は次のように簡潔に表現される。「地図は現地ではない。単語はそれが表す事象そのものではない。」アリストテレス は真の定義が事象の本質 を表すとしたが、一般意味論はそのような本質を見つける可能性を否定する。



の部分であろう。

 これは、物質(実数、現実)と精神(虚数、電磁関連作用)との「Media Point」の存在を推測している部分であり、正確には、「Media Point line, Film」と呼ぶべき部分を分析対象としているのである。

 端的に、「精神的フィルター(semantic filter )」と呼んで良いと思う。

 精神世界(意味世界、価値世界、不連続世界)と物質世界(没価値世界、連続世界)との境界には、「精神的フィルター(semantic filter )」と呼ぶべき「媒体」が存在しているのである。


.........................................

参照:

 プラトニック・シナジー理論

精神的フィルター(semantic filter )

http://blog.kaisetsu.org/?cid=28821
『海舌』 the Sea Tongue by Kaisetsu 

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