「神」とは何か:トランス・モダン神道へ向けて






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2010年10月14日(Thu)
「神」とは何か:トランス・モダン神道へ向けて
テーマ:神道ルネサンス:トランス・モダン東洋文明

今は余裕がないので、詳述できないので、一言言うと、私は今夏、実家の地元の田園地帯にある川沿いの神社に、サイクリングの途中、ふと赴き、ここには、「神」が存すると直感した。
 このように感じたのは初めてである。それまで、田んぼが広がる中を流れ、間近の海に注ぐ川の土手道をサイクリングするのは、おそらく、百回(二百回近いと思う)を越えて、毎回本神社の鎮守の森を見ていたし、何度も訪れた。確かに、清々しい場とは感じたが、「神」が存するとは思わなかった。しかし、今夏はここに「神」が、いわば、鎮座していると直感した。
 霊的気と言ってもいいだろう。それは確かに感じられたのである。おそらく、昔の人は霊的気(霊的気配)を感じて、神社を建立したのではないだろうか。あるいは、別の事情であったかもしれない。
 とまれ、木立に包まれた(鎮守の森)、清められた神社にたたずみ、確かに、「神」が存すると感じた。
 昔の人は、いわば、霊的息吹、霊的気配を感じて、尊崇したのだろう。それが、私見では、古神道である。
 それは、抽象、観念的なものではなく、直感的な実在である。そして、これが、日本的「宗教」であると思う。
 一神教の抽象的超越性ではなく、直感的超越性(追記:というか、直感的臨在性)があると言えよう。
 思うに、国家神道はこの民衆レベルの神道をナショナリズム化したのである。そして、狂信的戦争へ突き進み、敗戦。そして、神道が否定された。
 しかし、日本民族の精神の基は神道である。故に、戦後否定されても、危機的状況には、復活すると思われるのである。
 あえて言えば、神、神々が復帰しているのである。それに応える必要がある。神道日本の復活である。

神道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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神道
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表 ・話 ・編 ・歴

神道(しんとう、かんながらのみち)とは日本 の民俗的な信仰体系であり、日本固有の多神教 の宗教 である。
概要 [編集 ]

政治共同体としての「日本」が意識される遥か以前(かかる意識が国民レベルで醸成されるのは遥か後年の明治維新以降である。また少なくとも北海道や東北地方は天皇を戴く大和政権とは別の政治共同体を形成『つまり別の国』との実態及び意識が遥か後年まで維持されることとなる。)から現在日本領とされる各地においてなされてきたシャーマニズム的呪術が明治維新前までは仏教によって民衆に仏法を分かりやすい形で伝える形式としてかろうじて残された習俗形式であり、明治維新後は国民統合のイデオロギーとして用いるために「宗教」としての外形等が整備されることによって近代化させられた、現在まで残存する宗教 である。近代以前の神道は日本列島 に住む民族 の間の伝統的な民俗信仰 ・自然信仰 を基盤としたものであった。が豪族層による中央や地方の政治体制特に仏教と関連しながら徐々に変容を遂げることとなった。[1] [2] 。

神道には明確な教義や教典がなく[3] [4] 、『古事記 』、『日本書紀 』、『古語拾遺 』、『宣命 』といった「神典 」と称される古典を規範とする。森羅万象 に神 が宿ると考え、天津神・国津神 や祖霊 をまつり、祭祀 を重視する。浄明正直 (浄く明るく正しく直く)を徳目とする[3] 。他宗教と比べて現世 主義的であり、まつられるもの(神)とまつるもの(信奉者)との間の連体意識が強い、などといった特徴がみられる。

一説には、神道とは惟神の道(かんながらのみち)であり、「ただあるがままを生きる。この世には人智を超えた神々の計らいがあり、その中をただ自然に生きることこそ大切」とも言われるが、その根幹にあるものは森羅万象や祖霊、死者への畏敬の念である。古来、日本人は「人道 」に対する「神道」という、人道よりももっと高度な、善悪を超えた、宇宙や地球の法則のようなもの、人類も含めた「物・事の在り方」「道(みち)」をその精神の中心に置き、大事に伝承し、国民全体に普及させる努力を重ねて来ていた。それは、新嘗祭などの日本古来の伝統的な「祭事」にも表れている。

神道と仏教 の違いについては、神道は神話 に登場する神々のように、地縁 ・血縁 などで結ばれた共同体 (部族 や村 など)を守ることを目的に信仰されてきたのに対し、仏教はおもに個人の安心立命や魂 の救済 、国家鎮護 を求める目的で信仰されてきたという点で大きく相違する[1] 。

神道は日本国内で約1億600万人の支持者がいると『宗教年鑑』(文化庁)には記載があるが、これは神社側の自己申告に基づく数字である。約85000の神社が登録されている。
分類 [編集 ]

神道は、

皇室神道
皇居内の宮中三殿 を中心とする皇室 の神道である[5] 。
神社神道
神社 を中心とし、氏子 ・崇敬者などによる組織によっておこなわれる祭祀儀礼をその中心とする信仰形態である[6] 。
教派神道 (神道十三派)
教祖・開祖の宗教的体験にもとづく宗教。他の神道とは少し性質が異なる。
古神道
「民間神道・民俗神道」や原始神道・縄文神道・古道 (中華文明の原始儒教も同意であるがここでは除く)とも呼ばれ、日本で古くから民間でおこなわれてきたものや、修験などの古神道と習合した密教 や仏教 、あるいは道教 の思想を取り入れた古神道などの信仰行事をいう。また、明治時代以降に古神道だけを取り出し、新たな宗派として設立されたものとしての復古神道 に分類できる。

に分類することができる。

今日、単に「神道」といった場合には神社神道を指す。

また、何に重きを置くかによって、

* 社人神道 - 儀礼を中心とする
* 学派神道 - 教学を中心とする[5]

に分けられる。

なお、「国家神道 」は、特に近代(明治維新 より第二次世界大戦 終結まで)において国家の支援のもとにおこなわれた神道を指す名称である[7] 。教派神道の「『神道各派』から区別された神ながらの道はとくに国家神道とも呼ばれるが、法律家や行政実務家は以前からそれを神社と呼ぶのが例[8] 」であり、第二次世界大戦前は、単に「神社」といえば、国家に管理された国家神道のものをさした。現在では政教分離 が進んで「神社」の語義が変化しており、国家神道を単に「神社」と称することはなくなった。但し、この様な国家神道の概念・語を、GHQ による創作・捏造とする説もある。現に、昭和26年にGHQの政策によって宗教法人法 が制定され、それによって殆どの神社は伊勢神宮 を中心とした神社本庁 傘下の宗教法人 の中に分類されてしまった経緯がある[9] 。

また、次のような分類もされる。

* 祭り型神道
o 宮中神道 - 宮中の祭祀
o 神社神道 - 通常の神社の祭祀
o 古神道 - 道祖神 ・田の神 ・山の神 ・竈神 など
o 陰陽道 系 - 土御門神道 ・いざなぎ流 など
* 教え型神道
o 学派神道
+ 復古神道 - 平田篤胤 ら
o 理論神道 - 伊勢神道 ・唯一神道 など
o 神仏習合 系 - 両部神道 ・山王一実神道 など
o 神儒一致系 - 儒家神道 ・理学神道 など
o 教派神道
+ 山岳信仰 系 - 実行教 ・御嶽教 など
+ 霊示系 - 黒住教 ・金光教 ・天理教 (正確には天理教は政府の弾圧を避けるために教派神道となり現在は諸派に分類されている)など
+ 伝統神道系 - 出雲大社教 ・神道修成派 など
+ 新思想系 - 大本 ・生長の家 ・白光真宏会 ・世界真光文明教団 ・崇教真光 ・ス光光波世界神団 ・神道天行居 など

由来と教義 [編集 ]

「神道」という言葉は中国の『易経 』や『晋書 』の中にみえるが[10] 、これらは「神(あや)しき道」という意味である。これは日本の神道観念とは性質が異なるものである。

日本における「神道」という言葉の初見は『日本書紀 』の用明天皇 の条にある「天皇信佛法尊神道」(天皇、仏法を信じ、神道を尊びたまふ)である。このように、外来の宗教である仏教と対になる日本固有の信仰を指したものだった[11] [12] 。

中国では、信仰は「鬼道 」、「神道」、「真道 」、「聖道 」の4段階に進化すると考えられ、仏教は一番進んだ「聖道」にたっしていると信じられていた。一番下の段階が「鬼道 」で、『魏志倭人伝 』の中にもこの語が出てくる。次の段階が「神道」」(「神(あや)しき道」)である。すなわち、『易経 』や『晋書 』の中にみえる「神道」(「神(あや)しき道」)という語は、鬼道よりは進んでいるが、まだまだ劣っているという蔑称である。日本における「神道」は中国道教の「真道」「聖道」といった進化に対して保守的であり、「鬼」が蔑称文字とされても「祈祷」の字を代用するなど、他の宗教の原理主義に近い状態を維持していると言える。また国家神道時代においては聖道に近い状態であったとも言える。因みに、「[[祈り]」自体は、本来の日本語の意味では、「意乗り=意を乗せる」という意味である。現象や物事に対して「意乗り」を行う事によって、改善・改良の道筋を開いたり付けたりそこに気を入れたりすることを表す。

日本書紀では、用明天皇即位前紀に「天皇,仏法を信(う)けたまひ,神道を尊びたまふ」とあり,孝徳天皇即位前紀に「(天皇)仏法を尊び、神道を軽(あなず)りたまふ。生国魂社の樹を駒(き)りたまふ類、是なり。人と為(な)り、柔仁(めぐみ)ましまして儒を好みたまふ」とあり、これが日本に於ける「神道」の語の初出である。

解釈は多様であり、仏教や儒教に対して日本独自の宗教を神道とする説、祖先や自然に与えられた環境の保持発展を指して神道とする説、人道に対し天皇が君主として神として歩むべき覇道を指して神道とする説などがある。

明治20年(1887年)代になると、西欧近代的な宗教概念が日本でも輸入され、宗教としての「神道」の語も定着し始める。明治30年(1897年)代には宗教学が本格的に導入され[13] 、学問上でも「神道」の語が確立した[14] 。

もともと、神道にはイエス・キリスト や釈迦 のようなカリスマ 的創唱者が存在しなかった[3] 。政権による土着の民俗信仰との支配的な祭政一致 がおこなわれた神道が教義を言語で統一的に定着させなかったのは、古代より「神在随 事擧不為國」[15] だったからであるともいわれている。そのため、外来諸教と融合しやすい性格を有することになったともいう。しかし、神道のような土着の民俗信仰と宗派宗教 の併存例は世界各地でみられるものであり、日本が特に珍しい例というわけではない。

実際には、仏教公伝 の当初から、廃仏派の物部氏 と崇仏派の蘇我氏 の間で抗争もあった。中世には、伊勢神道 をはじめとして、吉田神道 などの諸派が反本地垂迹説 など複雑な教理の大系をつくりあげてゆく[16] [17] 。近世後期には、平田篤胤 が、キリスト教の最後の審判 の観念の影響を受けた幽明審判思想 や、アメノミナカヌシ を創造神 とする単一神教 的な観念を展開するなど近代に連なる教理の展開を遂げた。近世に大きく発展した儒家神道 はしだいに大衆に支持基盤を得て尊王攘夷 思想を広め、討幕の国民的原理ともなっていった。

近代には神道事務局祭神論争 という熾烈な教理闘争もあったが、結局は、政府も神道に共通する教義体系の創造の不可能性と、近代国家が復古神道的な教説によって直接に民衆を統制することの不可能性を認識して、大日本帝国憲法 でも信教の自由 を認めせざるを得なかった[18] 。もっとも、それには欧米列強に対して日本が近代国家であることをあきらかにしなければならないという事情もあった。神社神道 では教義を明確に統一できないことに由来する神道の「掴みにくさ」は、同時に、言語に強く依存した外来の諸宗教に完全には吸収同化されない、身体感覚を重視した遠い昔からの所作の現われとして現代日本社会にもなお受け継がれている。この結果、仏教や儒教 、キリスト教などの受容後も、神道的なものが日本人の精神生活に幅広く残った。これらを俯瞰すると、抱擁的側面は出雲が有し、社会制御的側面を伊勢が受け持ったともいえる。
神道における「神」 [編集 ]

神道は多神教 だが、祖霊崇拝 性が強いため、古いものほど尊ばれる。1881年 の神道事務局祭神論争 における明治天皇 の裁決によって伊勢派 が勝利し、天照大神 が最高の神格を得たが、敗北した出雲派 的なものが未だに強く残っていたり、氏神 信仰などの地域性の強いものも多い。

気象、地理地形に始まりあらゆる事象に「神」の存在を認める。いわゆる「八百万の神々 」である。この点はアイヌ の宗教にも共通する。詳細は神道における神 を参照のこと。また、生前業績があった人物を、没後神社を建てて神として祀る風習なども認められる(人神 )。

自然を感じ取り、そのもののままでは厳しい自然 の中で、人間として文化的な生活を営むのにふさわしい環境と状態を、自然との調和に配慮しながらバランスを取り調節して行き、人民生活を見回って、生活する為の知恵や知識のヒントを与えたり、少し手伝ってあげたり、体や物を借りた時や何かやって貰った時などには少しお礼をしたり。それが、日本の「神(かみ)」がやっていた仕事の一つである。一説には、「神」は「上(かみ)」に通じ、上の方にいる存在を指すといも言われている。日本人にとって「神」は、とても身近な存在であった。たまに悪戯をする存在も在ったが、概して日本の「神」は善神で、人々を迫害・束縛したりする邪神は存在していなかった。その後、社会の上層部で活動し、国民や国にとって貢献した人物なども、「神」として神社に祭られたりして来ている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E9%81%93


   




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