日本とは何か:韓国・朝鮮文化と南方文化:母権制と父権制の極性文化:南と北の両極性:第三文化






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2008年08月23日(Sat)
日本とは何か:韓国・朝鮮文化と南方文化:母権制と父権制の極性文化:南と北の両極性:第三文化
以下、「東海アマチュア無線・・・」氏の「独創」的な古代「日本史」であるが、「独断と偏見」の可能性に注意しつつ、考慮すべき問題点を提示しているのを評価すべきと思う。
 建設的にとれば、韓国・朝鮮文化と土着的な文化のミックスが日本文化ということになる。
 とまれ、きわめて興味深い日本文化問題を提示していると言えよう。私は、日本文化は、北方文化と南方文化の両極をもっていると考えている。その意味では、古代ギリシアに似ている。父権制と母権制の両極性である。
 「日本」に韓国朝鮮的なものが移入されなければ、日本文化はありえないだろう。いったい、韓国朝鮮的なものとはなんなのか。それは、私見では、垂直性だと思う。超越性である。
 これによって、「日本」文化・社会は活性化したと思う。それ以前の日本は、水平的であったと思う。「天皇制」も、正に、垂直性を意味しているのであり、超越性の意味している。
 ここでは、正に、私の直感で言うのであり、いわば、独断と偏見であるが、継続して述べよう。この問題は不連続的差異論の形成時に陳べたことがある。そこでは、母権制と父権制の不連続性があると指摘した。
 これは、今の視点から見ても正しいだろう。両者は不連続である。母権制は、正に、自己認識方程式であり、父権制は、-1である。
 しかしながら、両者が「結びついた」ことで、日本文化が創造されたと考えられる。すなわち、北方性は南方性を帯び、南方性は北方性を帯びたと考えれるのである。つまり、第三の文化が日本文化であるということになる。
 この時点で、日本から韓国・朝鮮文化を切り離すのは、不条理ということになる。北方的超越性は南方的内在性を帯び、後者は前者を帯びたのである。しかし、この「現象」・精神経済現象を、内在的超越性と呼ぶのは誤りである。なぜなら、両者には不連続性があるからである。だから、北方的超越性と南方的内在性との即非様態があるということになり、これこそ、真正日本精神経済文化である。
 今はここで留めたい。
 
***以下転載許可取得済み記事***

★ 2008年8月22日 金曜日 19時更新

・・・・・

●余談 韓日もし戦わば

【野球日本代表「星野ジャパン」の準決勝戦は2−6で日本が敗れ、金メダルの夢はついえた。日本は2点を先攻したが、七回に同点に追いつかれると、続く八回に致命的な4点を奪われた。 九回表。6番中島はライトフライ。代打森野は空振り三振。代打阿部は、ライトフライに倒れて、スリーアウト。最終回に意地を見せられず、敗退が決まった。】

 韓日の野球における歴史・実力を見るならば、圧倒的に日本が優位にあったはずで、それでも大敗した本当の理由について、さまざまな議論がある。
 もちろん、フィギアのように奇っ怪な負けパターンがあるわけでなく、正々堂々、実力で勝負した結果と筆者は見ていて、結局のところ、勝利への執念、モチベーションの差なのだろうと思わざるをえない。

 日本には、朝鮮半島人を蔑視・軽視する人たちが大勢いて、こうした結果に、心の底にある蔑視観・優越感を踏みにじられて青ざめている者が多いだろう。しかし、我々は、日本と朝鮮の関係について、古い世代から受け継いだ洗脳と偏見を、もう一度振り返り、真実をきちんと確かめ、問題点を整理する必要がある。
 なぜなら、現在、日韓の間には、竹島問題をはじめ、下手をすると戦争にまで発展しかねない深刻な対立が山積しており、このままでは、数年後に本当に武力衝突が起きるだろうと筆者は見ていて、新たな在日朝鮮人殺戮や、日本排斥、新帝国主義などが増長しかねないと思っているからだ。

 まず、ほとんどの人が朧にしか知らないが、歴史専門家の誰でも認めざるをえない事実として、「日本人」の基本的ルーツは朝鮮半島にあることを知っておいたほうがよい。
 そもそも「日本」という国家は朝鮮半島にあったという歴史的事実を否定できる者はいない。日本書紀に明確に記述されている任那日本府である。韓国金海にあった金官伽耶・任那加羅が、戦前は、平泉澄(不思議なことに朝鮮由来・継体天皇の末裔)ら皇国史観学者によって強引にねじ曲げられ、倭国日本の南朝鮮経営における出先機関と位置づけられていたわけだが、今では、そんな無茶苦茶な捏造を主張する学者はいない。日本府は百済の行政府であったとするのが共通認識だろう。

 つまり、聖徳太子の時代(まだ「日本」など存在しない)より少し後、600年代後半、唐・新羅連合軍と百済が白村江会戦で有名な大戦争になったとき、敗北して、国ごと日本列島に逃亡し、「日本」という地名まで持ち込んだというのが真実だろう。この時代、百済が日本の影響下にあったのではなく、本当はその逆であって、3〜4世紀、日本列島は騎馬民族の大規模な侵略を受けて、文化もろとも激変した江上波夫説を勘案するならば、畿内は百済の侵略を受け支配下にあったと考えるのが合理的であって、韓国と畿内・北陸・山陰にまたがった百済騎馬民族国家が成立していたはずで、日本列島は、その意味で韓国百済の植民地であった。
 後に、天皇家の権威を高めるために、数回の焚書・歴史改竄が行われ、そうした史実を伝える証拠が失われたと筆者は考えている。

 このため、その後、日本こそ正統であって、朝鮮は属国であったかのような逆転した捏造が繰り返されて、お粗末な優越感に基づいた洗脳教育が定着してしまっているが、もし、本当に、朝鮮が日本の支配下にあったとするなら、その後、歴史に現れるような意図的な蔑視が起きるはずがない。日本権力が繰り返し朝鮮を蹂躙してきた本当の理由は、実は、日本が朝鮮の植民地であったことから生まれた憤りの感情に基づいたものだろうと筆者は推察している。

 朝鮮人に対する日本人のいわれなき差別・蔑視観は、実は、逆に支配を受け奴隷的境遇に甘んじた記憶から生まれた憤怒の情念のはずだ。そして、現在に至るまでなお、日本人を精神的に支配し続ける支配階級のルーツは、朝鮮人にある。天皇家は、朝鮮人の血統である!
 それは岩倉具視の陰謀により、孝明天皇親子を暗殺して、南朝末裔を称する大室寅之輔を明治天皇にすり替えた史実があったとしても、南朝成立よりも千年も前のことで、長州は典型的な朝鮮植民地であったわけで、現在の天皇の人相が、朝鮮半島に普遍的に見られる典型的な「朝鮮顔」であることからも、朝鮮半島由来人たちの権力と天下が連綿と続いてきたことに疑いを抱かせるものはない。

 それどころか、日本列島の「先進的文化」のことごとくが、実は朝鮮由来といってもよい。もちろん2300〜2500年前に、稲作農耕文化が日本に定着した時期、呉越戦争の敗者である呉国民が敗戦による民族ジェノサイドを逃れて九州にやってきて弥生文化を持ち込んで、倭国を形成し、瀬戸内〜静岡に拡散したことは当然であって、3世紀に山陰地方に上陸した朝鮮人たちは、弥生人たちと激しい戦争を繰り広げて、それに勝利したのである。だから、中国地方の南北では、本質的に民俗文化が激変するのであって、異民族による、もの凄い戦闘が長年続いた痕跡が至る所に残されている。

 いずれにせよ、南方系モンゴロイドの形質を残す弥生人たちに対して、朝鮮人は北方系モンゴロイドの形質を持ち、一重まぶたで切れ長の目を持ち、乾燥した耳垢、長い手足の戦闘能力の高い人たちが、日本列島の支配者となり、現代に至っている。
 筆者のような、先住民縄文人型、目が大きく、二重まぶたで、水耳垢、臆病な人間たちは、せいぜい職人労働者として家畜的扱いを受けてきた。

 ところが、そうした朝鮮人による日本支配の史実を隠蔽したのが、天皇家・秦氏・平泉澄に代表される朝鮮人の末裔、権力者たちで、自分たちが、あたかも3000年も前から日本列島の主として君臨し、先祖は天から降ってきたかのようなインチキ史実をでっちあげ、国民に永世普遍の独立国家、万世一系天皇などという嘘を宣伝してきた。
 彼らこそ、朝鮮人蔑視観をでっちあげた張本人であり、それは自分たちの真のルーツを隠蔽する目的で行われたのである。

 以来、「日本人」の間では、朝鮮人を蔑視する風潮が広まり、凄まじい差別が続き、たとえば、筆者より上の世代では、在日朝鮮人が、日本で、まともな会社や公的機関に就職することは絶望的に不可能であった。彼らは人として扱われなかった。
 ところが、朝鮮系人は抜きんでた能力を持つ者が多く、まともな会社で能力を試せない分だけ、芸能・スポーツ・娯楽産業・暴力団・闇の世界に大きな実績を構築することとなった。たとえば、日本の芸能界から、朝鮮系人を抜いたなら存在さえできないと言われる。美空ひばり・都はるみなど、おおむね実力者の半分以上がそうで、同じようにスポーツ界でも、張本・金田・金本など朝鮮系人を抜いたなら日本のプロスポーツが崩壊してしまうだろう。また、闇の世界、金融やヤクザ界の大半も朝鮮系人によって占められている。

 今回の星野ジャパンの戦績を見て、いいかげんに朝鮮系人の真の実力に目覚めた方がよい。
 そこで、竹島問題が先鋭化し、やがて韓日武力衝突に至ったと仮定するならば、どのようなプロセスを辿るのか、想像してみればよい。人口は日本の約3分の1にすぎず、国土は4分の1にすぎない小国ではあるが、北京オリンピックの成績は互角であった。その実力、とりわけモチベーション実現力・精神力を勘案するならば、現在の日本の青少年のレベルと比較し、正直、恐るべき結果がもたらされると思うしかない。
 戦力だけなら、日本の方がはるかに上なのは常識だが、戦争とりわけ白兵戦になれば、日本の青年たちは瞬時に蹴散らされるしかないだろう。
 ただし、戦後日本を支えてきた主力である団塊世代が、まだ生きているので、彼らの力が残っているうちは、結局のところ日本の勝利に終わるだろうが、それも、あと数年にすぎないと筆者は予想している。
http://www1.odn.ne.jp/
~cam22440/yoti01.htm

東海アマチュア無線  地震予知研究会


   




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カレンダ
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