エーテル体とアストラル体:差異共振エネルギーと原身体エネルギー:「キリスト」は天照大神だ |
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2008年01月23日(Wed)
エーテル体とアストラル体:差異共振エネルギーと原身体エネルギー:「キリスト」は天照大神だ
ここでも直感で言おう。自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1の左辺が差異共振性であり、それが、根源である。それは、イデアであり、原心と原身体とが一如である。+iが原心=原知であり、-iが原身体である。知が生じるとき、既に、身体も生じている。そして、そこには、感覚も感情もある。おそらく、感覚・感情と一体化していいだろう。
思うに、知エネルギーがあり、また、身体エネルギーがある。それぞれ、+iと-iである。そして、それらが共振して感覚・感情エネルギーが発生している。美の感情とは、そこに存していると考えられる。そう、真善美の感情がそこに存しているだろう。倫理・道徳の感情でもある。 人智学のシュタイナーは、人間を1.自己(ichが自我と訳されているが、自己が正しいと思う)/2.アストラル体/3.エーテル体/4.物質身体の四層に分けている。プラトニック・シナジー理論から見ると、自己認識方程式(+i)*(-i)⇒+1の左辺に自己/アストラル体/エーテル体が存しているように思えるのである。すなわち、上に述べた、原知エネルギーが自己、感覚・感情エネルギーがアストラル体、原身体エネルギーがエーテル体ではないだろうか。 だから、アストラル体とは、本来、原知エネルギーと原身体エネルギーとの差異共振エネルギーであるように考えられる。そして、Media Pointから同一性へと展開するときに、差異共振エネルギーが束縛されて、自我感情・利己主義的感情が生起すると考えられる。【だから、感情とは、脱同一性主義化すれば、差異共振エネルギーへと還元されるのである。それは、共感(造語すれば、共情、共心:p.s. 仁という字は、人偏に二人である。明敏である。)である。】 以上で、ざっとであるが、人智学のシュタイナーの唱えるアストラル体とエーテル体を解明したことにする。 最後に、先の問題である「エーテル界におけるキリストが見える」とは何を意味するのかという問を再度検討しよう。 エーテル体は原身体エネルギーであることがわかった。-iのエネルギーである。だから、エーテル界とは、原身体エネルギーの宇宙である。言い換えると、原生命エネルギーの宇宙、正に、「気」の宇宙である。だから、「気」の宇宙においてキリストが見えるということになる。そして、キリストとは、超越光のことである。太陽系では、超越太陽のことである。だから、「気」の宇宙において、超越太陽が見えるということになる。 私見では、超越太陽ないしは超越光を見るのは簡単だと思う。澄んだ青空を満たす陽光にそれが存しているのを感じればいいのである。光に神々しさを感じればいいのである。それが超越光だと思う。また、若い頃、夏の海岸で見る紺碧の空の太陽の輝きに、眩みを感じたが、その眩みが超越光の存在を示唆していると思う。 考えてみれば、超越光とは、(+i)*(-i)であり、そこには、「気」のエネルギーを含んでいるのである。だから、「気」の宇宙において見えるというのは当然であると思う。 しかしながら、以上の考察からわかるのは、超越光が見えるのは、「気」の宇宙に限定されるということではなくて、Media Pointを開いたときに、見えるものであり、Media Pointを開くとは、身体に存する心を開くことである。同一性の知は一つの支点であり、そこから不連続に、身体の心を開くことである。この身体の心を開くということが、シュタイナーのいうエーテル体と関係するのかもしれない。思うに、身体の心とは、-iであろう。原身体である。確かに、そこにおいて、 Media Pointは開けると言えよう。だから、言い直すと、「エーテル界において、キリストが見える」というシュタイナーの予言は、原身体-iを、同一性の知である不連続化させ、かつ、原知+iと共振させたときに発現・顕現・現前するMedia Pointを媒介にした差異共振エネルギーである超越光が視覚されるということになるだろう。 これで解明は済んだが、後、問題なのは、Media Pointと超越光(超越エネルギー)の関係である。原身体-iを同一性から不連続化させて、+iの原知と共振化させるときに、 Media Pointが発現・顕現・現前すると言ったが、このとき、Media Pointと超越光(超越エネルギー)との関係はどうなのか、ということである。 これは、実に微妙、霊妙な問題である。+iと-iを共振させたとき、超越エネルギーが流入すると言っていいだろう。それは、超越性の現前である。では、 Media Pointはどこに存しているのか。それは、超越性が現前する内的身体でいいのではないだろうか。身体の内部にMedia Pointは存するのである。 (付録的に、考察しよう。私は道教を考えている。丹田を考えている。三つの丹田がある。上丹田、中丹田、下丹田がある。どうも、中丹田が、Media Pointのように思える。そして、上丹田が+iであり、下丹田が-iである。これは、思いつきである。) 最後に、簡単にまとめると、シュタイナーの予言内容とは、きわめて、東洋文化的であるということになる。「気」の宇宙において、キリストが見えるとは、結局、東洋身体論的な精神エネルギーの活性化であると考えられるのである。プラトニック・シナジー理論で言えば、Media Pointの形成とそれによる超越エネルギーの流入である。 端的に、シュタイナーのキリストとは、超越光、超越太陽、天照大御神である。
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