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2007年10月28日(Sun)
『カラマーゾフの兄弟』のイワンの思想について:脱キリスト教としてのイワンの批判的宗教思想
今日、散歩したついでに、駅前の本屋に立ち寄り、雑誌『ユリイカ』11月号で、ドストエフスキーの特集をしているので、少し立ち読みした。
ちらと見ただけだが、それから触発されて、イワンの有名な大審問官の話等を想起して、それは、脱キリスト教を意味しているのではないかと閃いたので、少し書きたい。 最後に読んだのは、20年以上前になると思うので、細かいところは、忘失している。確かに、当時、大審問官の話が一番印象深かった。私は、アリョーシャが、イワンに接吻するのを見て、それは、イワンにキリスト教を見たのではないかと判断したのである。しかしながら、今思うとそれは、間違いだと思うのである。 バフチンが説くように、ドストエフスキーの文学は、ポリフォニー的であり、単純に受けとることができない。言わば、複雑系である。だから、大審問官の話もポリフォニー的に考えなくてはならない。 さて、書こうとして、私の中で、大審問官の話と子どもの虐殺の話が混線しているのに気づいた。とまれ、両者をいっしょにして、イワンの思想を考えたい。イワンの思想は、明らかに、矛盾したものである。それは、即非の論理によって明確になるだろう。イワンは一方では、宗教、信仰を重視しているが、他方、無垢の子どもが虐殺される現実があるので、そのような信仰は要らないという主張、あるいは、世俗的欲望に満足した大衆はもはやキリストを必要としないという現実がある。つまり、宗教・即非・非宗教である。この場合は、当然、キリスト教である。だから、キリスト教・即非・非キリスト教である。これが、イワンの思想である。 ここで考えるべきことは、無辜(むこ)の子どもが虐殺される現実、あるいは、世俗的欲望を満足した大衆の存在する現実は、西欧文明を考えての発言であると思える点である。つまり、イワンの宗教/キリスト教批判とは、端的に、西欧キリスト教批判であると考えられるのである。つまり、ロシア正教自体は批判していないと考えるべきであろう。 では、ロシア正教とは何かとなる。あるいは、ギリシア正教とは何かとなる。これは、東洋的なキリスト教というべきである。東洋性とは、Media Point性ということである。個において、直截にMedia Pointに触れているということである。つまり、個において、直截に、神性に触れているということである。トルストイの神の国は汝のうちにありという発想である。 プラトニック・シナジー理論から言うと、Media Pointの東洋的宗教ということになるのである。今はここで留めたい。 p.s. 以上の論考だと、宗教・即非・非宗教、及び、西欧キリスト教批判とロシア正教肯定という二点の主張となり、まだ明快にはなっていない。後者は凡庸な主張である。前者の方が、意味がある。 私の直感は、ドストエフスキーの思想ではなくて、『カラマーゾフの兄弟』の思想は、脱キリスト教であり、個の宗教であるということである。この論の方がラディカルである。確かに、ドストエフスキー自身の思想は西欧キリスト教批判であり、ロシア正教肯定である。これは、平凡である。作品のポリフォニーを読み解かなくてはならない。 私が思い浮かべているのは、イワンが、無辜(むこ)の子どもが虐殺されるならば、それを認めている宗教は受け入れないと述べていることである。ここにあるのは、キリスト教的歴史観に対する批判である。すなわち、キリスト教は、あまねく世界に行き渡り、最後の審判で、悪魔を倒して、神の国が到来するというキリスト教史観への批判である。いわば、キリスト教的ロゴス中心主義に対する批判である。 この点で、明らかに、イワンの批判は、キリスト教全体への批判に達しているのである。つまり、ロシア正教をも批判対象となっているのである。 ならば、イワンの思想は何か。それは、無辜の子どもへの虐殺を認めない点に存している。それは、特異性の思想である。虐殺される、一人一人の無辜の子どもという特異性に対する思想である。正に、差異の思想である。ここにおいて、イワンの信仰とは、特異性・差異・個の信仰となっているのである。ここには、キリスト教を超脱した差異の宗教があると言えるだろう。脱キリスト教的信仰であり、それは、PS理論から見れば、Media Pointの信仰・宗教である。ドストエフスキーはロシア正教をも超えた、差異的普遍的宗教を無意識で捉えていたと考えられるのである。思うに、それは、ロシア正教の基盤にある東洋的宗教である。ベルジャーエフはドストエフスキーの宗教をディオニュソス的であると述べているが、正に、そうだろう。ディオニュソス的とは、プラトン的ということであり、東洋的ということなのである。 参考1: http://www.kt.rim.or.jp/~igeta/ russian/dosato.html http://www.coara.or.jp/~dost/5.htm 参考2: ベルジャーエフ著『ドストエフスキーの世界観』(斎藤栄治訳。ベルジャーエフ著作集の第2巻。白水社1960年初版。)より。 ドストエフスキーの作品は極めて高度にディオニュソス的(=動的・激情的・生成的な混沌さを有しているさま。)である。ディオニュソス主義は悲劇を生む。なぜならばディオニュソス主義はただ高揚された人間性を示すからであり、こうした光景に接した後では、一切のものが色褪(あ)せたものに見える。それは別の宇宙、別の世界を訪ねたあとで、測定され、組織されたわれわれの世界、三次元のわれわれの空間に帰ってくるようなものである。ドストエフスキーを入念に読むことは、人生の一事件であって、精神はそこから火の洗礼を受ける。ドストエフスキーによって作られた宇宙に生活したひとは、まさに存在の未聞の形態の示現を見たのである。なぜならばドストエフスキーは何よりもあらゆる形態の沈滞と硬化に対立した偉大な精神の革命家であったから。 ★ベルジャーエフ(1874〜1948)氏は、ロシアの哲学者。 http://www.coara.or.jp/~dost/5-a-3.htm 参考3: 「本論文では、まずはロシア的理念を考える上で不可欠なロシア正教について述べる。第二章では、ロシア的理念を提唱する思想家のそれぞれのロシア的理念について述べる。本論文では、ドストエフスキー、ソロビヨフ、イリイーン、ベルジャーエフの4名を挙げる。第三章では、ドストエフスキーの作品を通して、ロシア的理念を考察することによりロシア的理念に対し、理解をより深める。ドストエフスキーは幼い頃から聖書に触れていた。彼が28歳の時シベリアへ流刑され、たった一冊の聖書のみが与えられ、擦りきれる程読んだ話は有名である。その後の作品にはキリスト教の場面が多く見られ、ドストエフスキーの作品を理解する為には、キリスト教の深い理解が必要とされる。また、『作家の日記』の中で、ロシア的理念について多くを語っていることから、ロシアの未来について真剣に考えていた作家の一人であると言えるであろう。」 『ロシア正教とロシア的理念−ドストエフスキーの作品を通して−』 http://wwwsvr5.obirin.ac.jp/ graduateschool/thesis/1999/19741215.htm 参考4: レフ・トルストイ 出典: フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』 移動: ナビゲーション , 検索 [編集 ] レフ・トルストイ Ле́в Никола́евич Толсто́й (Leo Nikolayevitch Tolstoy). ロシアの小説家、社会改革家、道徳哲学者。 [編集 ] 出典が明らかなもの * すべての幸福 な家庭 は互いに似ている。不幸 な家庭はそれぞれの仕方で不幸である。 o 『アンナ・カレーニナ』冒頭。 * ひとつの、明確な、疑い得ない神 の宣言がある。これが啓示を通じて世界に知られる諸権利の法なのだ。 o 『アンナ・カレーニナ』第8部。 * 芸術 とは、人が己に起こった最高のまた最善の感情を他者に伝えることを目的とする人間の活動である。 o 『芸術とは何か』 [編集 ] 帰せられるもの * 作家 がわれわれにその魂の内奥の働きを開かす程度にしたがってのみ、作家はわれわれにとって愛すべきものとなり、また必要なものとなる。 * すべての人は、それぞれ何をもっているかではなく、他の人々に愛をもっているかによって生きる。 * 誰もが世界を変革することを考える、だが誰も己を変えようとは考えない。 * 政府 とは、それ以外の人々に対して暴力を振るう人々の団体である。 * 政府は、自らが奴隷状態におき抑圧している臣民に対して、軍隊を必要とする。 * 歴史家 とは、誰も質問していない問いに答えようとする聾のようなものだ。 * 真実 だけでできていたなら、歴史はすばらしいものだったろうに。 * 我々のこの生活においては、もし人がなんの虚飾ももっていなかったら、生きるのに十分な理由は存在しない。 * 愛 は生命だ。私が理解するものすべてを、私はそれを愛するがゆえに理解する。 * 金銭 は新しい形の奴隷制度である。そして個人間のものではない、つまり古い主人と奴隷の間にはいかなる人間的関係もない、という点で、古い単純な奴隷制度から区別される。 * ニーチェ は愚かで常軌を逸している。 * 生きているものだけが善 をなす。 * 神 の国は君のうちに、またすべてのもののうちにある。 * 我々が知りうる唯一のことは、我々は何も知らないということである。そしてこれが人間の知恵 が飛翔しうる最高の高みなのだ。 * もっとも単純でもっとも短い倫理上の教訓は、他人から奉仕されるのは可能な限り最小限にし、可能な限り最大限他人に仕えろということだ。 * 人生 の唯一の意義は人類に仕えることにある。 * たったひとつだけ、重要な時候というものがある。現在だ。現在は時間のうちでもっとも重要だ、というのも、現在は我々が時間に力を及ぼすことのできる唯一の機会だからである。 * 敵 を取り除くためには、敵を愛さなければならない。 * 真理 は、金と同じく、その大きさによってではなく、どれだけ金ならぬものを洗い流したかによって購われる。 * 子羊を食らう前に泣く狼と、泣かない狼では、どちらがより酷いだろうか。 参考5: ロシア正教会 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 移動: ナビゲーション , 検索 ロシア正教会 (-せいきょうかい、ロシア語 Русская Православная церковь)は、東方正教会 に属するキリスト教 教会 である。 コローメンスコエの、カザンの生神女聖堂とペレードヌイェ門(宮殿正門) コローメンスコエ の、カザンの生神女 聖堂とペレードヌイェ門(宮殿正門) 正教会は一カ国に一つの教会組織を具える事が原則だが(ロシア正教会以外の例としてはギリシャ正教会 、ルーマニア正教会 など。もちろん例外もある)、これら各国ごとの正教会が異なる教義を信奉している訳では無い。よって教義や全正教会の性格については東方正教会 の項を参照。 現在のロシア正教会の指導者はモスクワ総主教 (モスクワおよび全ロシアの総主教)。現在の総主教はアレクシー2世 (在位:1990年 - )である。 その管轄はロシア、ベラルーシ、ウクライナ、カザフスタンをはじめとした旧ソ連邦諸国や、海外のロシア正教会系の教区に及んでいる。なお、ウクライナ正教会(UOC(MP)) は事実上の自治教会、日本ハリストス正教会 は自治教会となっている。 無神論を標榜する旧ソ連 邦から、一貫して弾圧を受け続け甚大な被害を蒙ったロシア正教会であるが、旧ソ連邦崩壊後には復活を遂げ、教勢を増している。 なお、本項では同じく東方正教会に属する日本ハリストス正教会の訳語を断り無く用いる場合がある。 参考6: 東方正教会 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 東方正教会(とうほうせいきょうかい、英語 : Eastern Orthodox)は、キリスト教 の教派 のひとつ。単に正教会(Orthodox Church)とも言い、東方教会 と呼ばれる場合もある。また英語から入った慣例により、ギリシャ正教、ギリシャ正教会 と呼ぶこともある。 日本 には主にロシア正教 から伝道され、日本ハリストス正教会 に結実している。 いわゆる使徒継承教会 のひとつで、1世紀にまでさかのぼる歴史をもつ。「最も古いローマカトリック教会 (西方教会)から東方正教会が分離した」といった認識や言説は今日でも散見されるが、事実に大きく反する。ローマ教皇が東方教会に対して西方教会に対するのと同じような権限を行使し得た史実は無いからである。東方正教会もローマカトリックも自らを「使徒の教会」としているのであって、いずれかを「本家」とするような解釈は著しくローマカトリック側の見解に偏ったものであるといえよう。東西教会のいずれも自らを正統であると自認しており、かつ他方と起源を同じくすることを認めているのである。 東方正教会は8世紀から11世紀にかけて西方教会との差異を深め、11世紀頃に東西に分裂したとされるが、1054年の「ケルラリオスのシスマ 」と呼ばれる東西教会の相互破門は完全な分裂に帰結したとは言えず、その後も東西教会の交流は続いていた(後述参照)。より確定的な分裂の契機となったのは1204年の第四回十字軍 であり、これにより東方正教徒の反西方教会感情と、それによる東西教会の決別が決定的となった。 成立期において東地中海地方を主な基盤としたことから「東方正教会」の名があるが、今日では世界五大陸すべてに信徒が分布する。各地域の教会は、国をおもな単位として、信仰と精神性と伝統を共有し、相互に独立と自主性を認め合いつつ、温和な連携を保っている。諸教会の諸主教・諸首座主教のなかで、コンスタンティノポリス (英語名コンスタンティノープル、現在のイスタンブル )の総主教 が名誉上の首位であり、世界総主教(エキュメニカル総主教 )と呼ばれる。いわば、コンスタンティノポリス教会 を名誉上の首座として尊敬しつつ、各主教を核に連帯を保っている国別の正教会の総体が東方正教会であるといえる。 東方正教会に属する日本ハリストス正教会では、イエス・キリストを、ギリシャ語・ロシア語由来の読み方でイイスス・ハリストスと読むなど、用語上、日本の慣例的な表記と異なる点がある。以下、この記事では日本ハリストス正教会で使われている用語を断りなく用いる場合がある。 |
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