GP陰陽原理:哲学主数学従の陰陽哲科学

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2012年10月21日(Sun)▲ページの先頭へ
<無双PS原理:Ver6.2>概念図:実軸=時間から気と意識を切り離した
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11384794785.html

<無双PS原理:Ver6.2>概念図:実軸=時間から気と意識を切り離した

テーマ:無双PS原理

先の生命気の螺旋による空間三次元現象を仮説したので、無双PS原理の構図は以下のように変化する。
 螺旋体という視点は、ガウス平面を使用したときの無双PS原理構図のときのものと同じである。
 以下の図において、MP(原点)から、実軸=時間を螺旋の中心軸になるように、生命気螺旋空間三次元現象が描かれるべきであるが、作図できないので、そのように想像されたい。
 参考の画像は横向きにして、中心軸を実軸(時間)、そして、螺旋の針金を生命気螺旋と見られたい。そして、底辺の円板が陰陽円というように見るのである。
 少し補足すれば、以下の直交座標のz軸が生命気の螺旋になるものであり、それと直交する平面座標(x軸とy軸)が生起して、空間三次元となるのである。


      生命気螺旋
resurrectionのブログ

http://www.geocities.jp/teditown/dim4/zahyo.html



<無双PS原理:Ver6.2>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
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          ★
_______・_______実軸(時間)
          ☆
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          |
         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


参考:

resurrectionのブログ

http://tetu-gorilla.com/products/detail.php?product_id=86


追記:映画THRIVEにおけるトーラス(宇宙原形図)も参考になる。以下の球体の平面の渦巻を陰陽円とし、その中心から出る垂直軸を実軸(時間)として、その回りの螺旋を生命気螺旋(空間三次元)と見れば、だいたいの概念図となるだろう。

resurrectionのブログ

映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html


2012年10月20日(Sat)▲ページの先頭へ
四元数的無双PS原理の仮説:陰陽円の中心に直交する実軸(時間)と生命気螺旋点における三次元空間
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11384416768.html

陰陽円における自己凸と他者凹

テーマ:無双PS原理

先に以下のように述べたが、意識の問題については、何も述べなかったので、ここで述べたい。
 陰陽円というベースを述べたが、ここにおいて、陰極と陽極があるのである。
 陰極は他者であり、陽極は自己であると、これまでの考えから言えよう。
 そして、この陽極=自己と陰極=他者が、生命気の螺旋的形状に自己「投影」していると思われる。
 わかりやすく言えば、基本は陰陽円=自己/他者平面であり、それが、生命気による螺旋形状に「投影」、「反映」されているということのように思われるのである。
 陽極=自己は螺旋形状の天となり、陰極=他者は螺旋形状の地となると考えられる。
 そのように考えると、陰陽円とは、超越円となるのではないだろうか。
 そして、超越円の中心は、MP=内在的超越点があると考えられる。
 結局、陰陽図を陰陽円とすればいいのである。つまり、画像2の陰陽図を画像1の陰陽円つまり円板にあてはめればいいのである。
 そして、陽=自己=頭、陰=他者=肚となると考えられる。言い換えると、精神、意識、魂は、陰陽円に存するのであり、生命気の現出する時間一次元と螺旋的空間三次元との現象四次元には存しないということになる。
 後で、精緻に述べたい。


resurrectionのブログ

画像1




resurrectionのブログ

画像2

四元数的無双PS原理の仮説:陰陽円の中心に直交する実軸(時間)と生命気螺旋点における三次元空間
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11384142581.html


http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11384416768.html



四元数的無双PS原理の仮説:陰陽円の中心に直交する実軸(時間)と生命気螺旋点における三次元空間
テーマ:無双PS原理 以下検討課題である。

1)気は直観では、三種類ある。陰の気と陽の気といわゆる気である。3番目の気を区別するために、とりあえず、生命気と呼ぶ。
 これが、森の樹を育てる力である。そして、人間の身体に生命エネルギーをもたらすものである。

 
2)四元数(しげんすう)的原理と気の生成哲学を直結させる無双PS原理の試み:
 森の中で、森気浴しつつ考えた。
 陰陽円は、垂直に時間(実軸)を形成する。つまり、陰陽円に直交する実軸としての時間である。
 また、同時に、陰陽共振によって、生命気が螺旋形状に発出する。
 この螺旋の方向が、空間の垂直軸を形成する。つまり、天地の方向を形成する。
 そして、その螺旋における各点において、天地の垂直軸と直交する二次元空間が形成されるとする。いわば、大地のような平面である。これで、天地の垂直軸の一次元と大地の平面(二つの直交する軸)で、空間三次元が形成されると考えられる。
 つまり、生命気の形成する螺旋において、空間三次元が現出(幻出)されるのである。そして、当然、そこに、物質が、つまり、生命体物質が形成され、現象界が生起するのである。
 以上から、四元数原理と気の生成原理を、無双PS原理において、直結することができたと考えられる。
 以下の画像を参考にすると、下の円板が陰陽円であり、そこから、垂直に出ているのが、実軸=時間である。
 そして、螺旋が生命気であり、その螺旋の方向が天地の軸(一次元)となり、そして、螺旋の各点において、大地の平面(二次元)が発出すると考えられる。これで、空間三次元の現出(幻出)が考えられるということである。
 結局、生命気と時間を切り離したことが、今回の仮説のポイントである。
 そう、MP(Media Point)は、当然、円板と円板に直交する垂直軸(実軸=時間)交点に、円板の中心に存する。
 しかし、以下の画像では不正確だが、生命気螺旋は、やはり、MP(Media Point)から現出(幻出)されると考えなくてはならない。


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http://tetu-gorilla.com/products/detail.php?product_id=18

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11384142581.html


2012年10月17日(Wed)▲ページの先頭へ
無双PS原理におけるガウス平面と四元数の活用の問題点:実軸=時間=気(生命エネルギー)=意識仮説
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11381539425.html

今は、四元数を用いて、無双PS原理の数学的構成ないしは座標的布置を考えているが、それ以前、ガウス平面を使用して、その数学的構成、座標的布置を考えたが、両者の違いはどこにあるのか、簡単に考察してみたい。
 問題点の中心は+1の解釈と螺旋状空間の把握にあると考えられる。
 ガウス平面的無双PS原理(以下、G無双PS原理)において、+1は生命体的物質であるのに対して、−1は無機的物質、言わば、純物質である。
 そして、+1の実軸を中心にして、螺旋状の生命体、宇宙・自然が形成されると考えたのである。この螺旋状生命体・宇宙/自然は、当然、三次元空間である。実軸+1に対して、他の平面二次元があり、合わせて、三次元空間を考えたのである。
 その三次元空間であるが、実軸、x軸の+1を天の方向と考えた。垂直の上昇する方向である。
 微妙なのは、螺旋形状体である。これは外的には物質であり、内的には、気であるのである。
 このことでだいぶ試行錯誤した。初め、実軸に超気を考えたが、その後、電磁波を想定した。実軸の電磁波が中心となって、螺旋形状の生命体を形成すると考えたのである。
 これは確かに、三次元空間は物質が満たしていることになる。そう、カントの超越論的空間形式を考慮したこともこのような考えに導いたと言えよう。
 しかしながら、この電磁波中心の螺旋形状の生命体とは、気が本体である生命体という考え方から見たら、間違っているものだろう。
 つまり、ガウス平面を用いた無双PS原理の考え方は、矛盾する二つの考え方が混淆していたのであり、不整合であったと言えよう。
 結局、問題の中心は、座標的には実軸の解釈にあったと言えよう。
 言い換えると、実軸に気を見るのか、電磁波ないしは物質を見るのかである。
 とは言え、この問題は、四元数を取り入れた現段階の無双PS原理においても、残っていると言える。
 実軸を時間としても、そこには、なんらかの気があるのであり、また、物質も考えられるからである。
 ガウス平面的無双PS原理から離れて、四元数的無双PS原理で本問題を考えたいが、四元数では、実軸を時間に取るようだが、問題は、やはり、実軸の意味である。
 四元数的無双PS原理において、実軸の意味は何であるのか。
 私は無次元ないしは高次元的なものとして、陰陽円と太極点を考えているが、そこから、実軸的なものが発出すると考えているが、その発出するものであるが、それが何であるのかが、結局、大問題である。(そう、ガウス平面的無双PS原理における一番の問題もそれであったが。)
 直観では、気であるが、気というと陰の気なのか陽の気であるのかというような問題が出てくる。
 しかし、これは、陰陽共振の気と言うべきであろう。有り体に言えば、私が森において、直感あるいは「直観」する「気」である。
 そう、森の気とは、陰陽共振の気であると考えられる。
 では、陰陽共振の気とは何なのか。それは、太極なのか、それとも異なるものなのか。
 造化(ぞうか)の秘密は、一(いつ)の太極から始めて、陰陽極性化して、多様な森羅万象を形成することに存すると考えられる。
 陰陽気というものがあるが、それが、共振したとき、いったい何が生起するのか、それが、問題の核心である。
 今の直観では、陰陽共振の螺旋形状があるが、それは、共振する陰陽気であるが、共振した様態は何であるのかである。
 それは、当然、エネルギーであると言えよう。端的に、造化エネルギーないしは生命エネルギーである。つまり、本来の気である。
 この本来の気と陰陽気との関係はどうなのだろうか。
 今の作業仮説では、それを太極気としたい。
 つまり、本源の太極が陰陽極性となり、陰陽共振において、太極気となると見るのである。
 そう、本源の太極を潜在界(デュナミス)とするならば、気=太極気は、エネルゲイアである。
 そのように考えると、気は三種類存することになる。陽の気と陰の気と太極気である。これら三種類の気を、一般的には気と呼んでいることになる。
 しかし、これは、不明晰である。
 明晰にするために、陽の気というものは無く、単に、陽にしたい。そして、陰の気もなく、陰とする。そして、陰陽共振による太極気を気とする。
 そう、明確にするために、陽を陽態、陰を陰態としよう。整理すれば、初めに、太極があり、それが、陰陽極性化して、陰態と陽態となり、それが共振して、気が生起するということである。
 そうすると、四元数的無双PS原理の実軸に相当するのは、気であるということになる。
 では、+1は何であるのか。それは、これまで考えてきたように、宇宙・自然の「生命体」物質である。これは、ガウス平面的無双PS原理とほぼ同様な視点である。
 しかし、疑問がある。果たして、+1を物質としていいのか。それは、単に、気的生命体ではないのかという疑問があるのである。つまり、気なのか、物質なのか、ということである。
 実軸を時間=気(エネルギー)としたとき、それは、また、意識であると考えられる。つまり、実軸=時間=気(エネルギー)=意識である。
 つまり、その帰結の+1を生命体物質としていいのかという問題があるのである。
 今の直観では、+1を生命体物質とするのは誤りである。
 +1は気、生命エネルギーである。
 では、生命体物質は何処に存するのか。
 これは、四元数の三つの虚軸の三次元空間に投影されたものとして、存するのではないだろうか。
 言い換えると、実体は、実軸の気、生命エネルギーであるが、物質とは、虚軸の三次元に投影された現象(幻象=マーヤー)であるということになる。
 そう、実軸=時間=気(生命エネルギー)=意識が物質の本体・本質ということになる。
 言い換えると、現象(幻象=マーヤー)する生命体物質とは、実軸=時間=気(生命エネルギー)=意識の三つの虚軸の三次元空間への投影であるということになる。
 以上の検討結果を踏まえた無双PS原理座標図は以下となる。

<無双PS原理:Ver6.1>

         陰陽(円)

          陽(凸)
          |
          |
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          ★
_______・_______実軸(時間・気・意識)
          ☆
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          |
          |
          |
          |
         陰(凹)


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元である。
 尚、太極点から出る三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


2012年10月14日(Sun)▲ページの先頭へ
現段階での無双PS原理世界像:太極と陰陽円と時間と現象三次元空間
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11379395757.html

四元数を取り入れて、無双PS原理の全体像が見えにくくなっている。
 そこで、今現在の暫定的仮説を述べたい。
 根源は太極である。それは、点で表記できるように思う。
 これが、極性化、つまり、陰陽極性化するのである。そして、この極性から、時間(実軸)と空間(三つの虚軸)が生起して、現象界が生まれるのである。
 簡単に図示すれば、

1)太極点:・
2)陰陽極性:☯
3)時間(実軸)
4)空間(三つの虚軸)


四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji


四元数(しげんすう)的空間布置は図からわかるが、問題は、太極点(内在的超越点)と陰陽極性(陰陽円)の図である。
 現時点では、統一的な数学化はできないので、説明だけしたい。
 根源の太極の一元がある。それが、太極点(内在的超越点)である。つまり、・(ちょん)である。
 これが、展開して、陰陽極性となるのである。図示すれば、

 陽(凸)ー太極点(・)ー陰(凹)

である。


道教 のシンボルともなった陰陽魚の太極図
周敦頤 『太極図説 』に描かれた最初の太極図 。朱子学 によって重視された。


上図の太極図の赤丸が太極ないしは太極点と考えられる。
 太極ないしは太極点は内在的超越点として、無双PS原理においては、MPに置いていいと思う。
 ならば、一番の問題は、陰陽極性ないしは陰陽円を定置するかである。
 先に、陰陽軸を考えたが、それを放棄して、今の段階では、数学化を保留にして、言葉による説明に留めたい。(追記:数学化を保留すると述べたが、それは不正確な言い方で、直交座標化は保留するということであり、実は、直交座標化を断念、放棄したのである。)
 思うに、陰陽極性を軸化するのではなく、単に陰陽円として、置いておいた方がいいように思われる。
 そうすると、陰陽円の二つの点が太極点となり、そして、太極点から、実軸=時間軸と三つの虚軸=三次元空間軸が発生するということになる。
 図化するのが、難しいが、なんとか図化してみよう。

1)太極点(内在的超越点):・

2)陰陽極性(陰陽円):☯:

  陽(凸)ー太極点(・)ー陰(凹)

3)、4)実軸=時間、三つの虚軸=空間三次元
       
  陰陽(一つの直交軸ではない)

         陽(凸)
         |
         |
         |
         |
         ★
______・_______実軸(時間)
         ☆
         |
         |
         |
         |
        陰(凹)


・は太極点(内在的超越点)であり、★は、陽の領域の陰の点(太極点)であり、☆は、陰の領域の陽の点(太極点)である。そして、それら三者は一致する。
 これらの一致する三者の太極点(内在的超越点:MP)から、実軸=時間と三つの虚軸=空間三次元が発生するというように考えられる。(尚、上図では、三つの虚軸=空間三次元が記入されていない。)
 上図において、最重要な点の一つは、上図では実軸に対して、垂直な軸なように見える陰陽(円)であるが、それは、一本の直交軸ではないということである。言わば、多次元、無限次元、というか、無次元である。だから、多軸、無限軸、無軸ということである。
 そして、今の段階では、三者が一致する太極点(内在的超越点、MP)であるが、そこから、時間(実軸)が発生し、同時に、空間三次元(三つの虚軸)が現出(幻出)するというように考える。
 以上が、現段階での、無双PS原理の世界観である。

追記:先に、実軸は頭であり、陰陽は肚であると述べたが、微妙なところである。実軸は確かに、頭、とりわけ、大脳、新皮質であると言えようが、陰陽は広義の肚であり、内臓という方が的確であるかもしれない。これは課題にしておきたい。


2012年10月13日(Sat)▲ページの先頭へ
陰陽軸と陰陽円について:二次元座標の両軸で凸と凹が単位となる?
陰陽軸と陰陽円について:二次元座標の両軸で凸と凹が単位となる?

テーマ:無双PS原理

陰陽軸は、凸と凹で表記できるのではないだろうか。先にも触れたが、凸が陽であり、凹が陰である。
 そして、陰陽円であるが、陰陽軸とz軸とすれば、y軸の凸と凹で説明できるのではないだろうか。つまり、z軸に凸陽と凹陰があり、y軸にも凸陽と凹陰が存するということである。(思いつきである。) 
 そして、凸×凹=+1ということではないだろうか。つまり、陽×陰=実軸(=時間)ということである。
 これは先に触れたように、頭の事態である。これは、現象的事態である。それに対して、陰陽円は肚ないしは内臓の事態である。
 ここでさらに展開すると、実軸と現象空間は光の世界であり、陰陽軸、陰陽円(ないしは陰陽平面)の世界は闇の世界であると考えられる。
 光の世界とは可視界であり、闇の世界とは不可視界である。(瞑想とは後者の世界へのアプローチと言えよう。)前者はまた物質界であり、後者は精神界である。
 問題は、闇の世界=不可視界の「光」の問題である。これは、宗教の光の問題である。(アインシュタインの光はそれとは違う。)
 ずいぶん以前に超越光ということを私はしきりに述べたことがある。結局、闇の「光」とは超越光のことだと思われる。
 でもどうして、闇が「光」となるのか。そう、D.H.ロレンスは、我々は根源の「火」の背中を見ているに過ぎないと言った。そう、ロレンス的に言えば、 光ではなく、不可視の闇である。ただ、それが、現象化すると光になるのである。これが、闇の「光」の意味だろう。つまり、真闇=真の火が本体である。
 とまれ、以上から陰陽円は闇=不可視、そして、真の火であるということが言えそうである。
 今はここで留める。

追記:言うのを忘れたが、実軸=時間軸は電磁波と言えそうである。無双PS原理三次元世界のVer4.1の図の電磁波や重力波の使えそうである。


<無双PS原理七次元世界:Ver5.0>
                

                               陽・自己
                                /
         超越軸:太極・霊界          /
               |             /
               |           /
               |         /
               |       /
                |      /   
               |    /
               |   /
               | /
_______________________MP・胸__  ______________
地・自我       /  |            時間・天・個
           /     |
         /      |   
       /       |
      /         |
    /           |
陰               |
・他者           |




<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11378636480.html






超越軸ではなく内在的超越点?:陰陽円又は陰陽軸は肚の軸をもち、時間(実軸)は頭の軸ではないか?

テーマ:無双PS原理

先に以下のように、超越軸を提起したが、思うに、それは、超越点、正確には、内在的超越点(結局は、MPになる。また、○書いて・〔ちょん〕を想起した。)ではないかと思った。
 また、陰陽円(気円)に関してであるが、陰陽軸を考えると、それは身体では肚の軸であり、実軸=時間軸とは、頭の軸ではないだろうか。
 現象界においては、実軸の頭の認識が主体となり、自己同一性が形成される。カント哲学の超越論性がそこには存するだろう。これは、物質的知性を形成すると言える。
 しかしながら、肚を開拓すると、気の世界、陰陽の世界を開けるのではないだろうか。
 つまり、実軸=時間軸では、+1と−1の世界であり、ここには、他者はないのである。同一性の世界である。
 しかし、肚とは、陰陽軸、気軸に存すると考えると、肚を開発すると、そこには、陰陽的他者が出現するということではないだろうか。肚が不連続的差異的他者、絶対的差異的他者ということになるのである。
 後で、陰陽軸、気軸について検討したい。

追記:シュタイナーは、内臓、内在界が真の宇宙であり、外界はその映像、反映に過ぎないと述べていたことを想起する。
 肚の軸に真の宇宙、コスモス(内的コスモス)が存するというのはいい。外的宇宙はその投影に過ぎないとなるのである。
 この路線で考えると、占星術の謎が解明されるように直感される。つまり、占星術の宇宙も本来は肚、内臓の宇宙なのであり、そこにおける陰陽宇宙的力学が世界を動かしているということが考えられる。
 後で、以上精緻に検討したい。
 


無双PS原理七次元世界:超越軸と陰陽円と時間軸(実軸一次元)と現象空間(四元数的虚軸三次元)
無双PS原理七次元世界:超越軸と陰陽円と時間軸(実軸一次元)と現象空間(四元数的虚軸三次元)
テーマ:無双PS原理

単純に生成、現象を陰陽の視点から考えてみよう。
 うまく、図化できないので、言葉で説明するが、まず、底面に円を考えてみよう。それは、陰陽円である。
 その中心を直交する軸、垂直軸を考える。それは、円板を貫く垂直線のようなものである。
 これを時間軸、あるいは、生成軸、認識軸とする。この垂直軸に視点があるとするのである。
 そして、陰陽円はこの時間軸に応じて、ラセン形状を取るようになると考えるのである。簡単に言えば、朝顔の蔓を考えればいいだろう。
 ただし、重要な点は、空間軸であるが、それは、四元数的に三次元空間を考えるのである。基本的視点は、時間軸=垂直軸に存するが、それが、空間三次元に投影されると考えるのである。
 つまり、空間的には、陰陽円がベースに存するのである。それが、時間をもたらし、且つ、空間三次元を現出させるのである。
 問題は陰陽円である。それは何か。それは、これまで述べた超越円となんらか関係すると思われる。
 思うに、超越軸からのエネルギーが陰陽円の原点(MP)に流入し、陰陽円が回転するようになるのではないだろうか。
 だから、超越円と陰陽円は異なるものである。陰陽円は言わば、気の円である。気円とも呼ぼう。これは物質ではない。この気円から時間が発動して、物質が現出するのである。つまり、螺旋状に物質現象が創出されるということになる。
 これで、だいぶ整理された形で、つまり、秩序的に、物質現象が説明できるようになっただろう。
 ここで平面の問題について触れておこう。
 これまで、ガウス平面によって、陰陽軸と物質軸を構成したが、上記の陰陽円であるが、その平面を数学化するのに、ガウス平面を用いる必要は特にないだろう。通常の平面(二次元)座標でいいと思うのである。x軸とy軸の座標である。
 ただし、これは、気の座標であり、物質の座標ではないことを強調しておく。
 いわゆる、物質空間の座標ではないのである。物質空間の元になる、言わば、根源座標である。
 結局、この陰陽円と時間軸で、根源三次元を形成するのであり、それが、ラセン形状体(生命体)であり、それが、四元数的に空間三次元化されるというように考えるのである。
 だから、陰陽円ないしは陰陽平面の次元と四元数の次元との整合性を説明する必要がある。
 先に述べたように、陰陽円は二次元であるから、四元数の四次元と併せて、六次元があるということになるし、また、超越軸を入れるならば、七次元となる。
 ということで、無双PS原理座標をざっと以下のように書き換える。

追記:このように考えると、先に三つ無双PS原理の仮説を立てたが、ガウス平面をなくし、四元数を取り入れたので、いちおう三番目の仮説を取ったことになる。


<無双PS原理七次元世界:Ver5.0>
                

                               陽・自己
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         超越軸:太極・霊界          /
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陰               |
・他者           |


(尚、上図では書き込めないが、MPから、時間軸とは別に、三つの虚軸の空間三次元(四元数の視点から)が現出されるのである。また、陰陽円の二次元も上図には、書き込めていない。)
 



陰陽を表す太極図



周敦頤 『太極図説 』に描かれた最初の太極図 。朱子学 によって重視された。



木に登って花をつけるツルアジサイ



螺旋


巻き貝 類の多くは螺線構造をもっている
螺旋
 


四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11378492566.html



超越軸ではなく、内在超越点?:陰陽円又は陰陽軸は肚の軸をもち、時間(実軸)は頭の軸ではないか?
先に以下のように、超越軸を提起したが、思うに、それは、超越点、正確には、内在的超越点ではないかと思った。
 また、陰陽円(気円)に関してであるが、陰陽軸を考えると、それは身体では肚の軸であり、実軸=時間軸とは、頭の軸ではないだろうか。
 現象界のおいては、実軸の頭の認識が主体となり、自己同一性が形成される。カント哲学の超越論性がそこには存するだろう。これは、物質的知性を形成すると言える。
 しかしながら、肚を開拓すると、気の世界、陰陽の世界を開けるのではないだろうか。
 つまり、実軸=時間軸では、+1と−1の世界であり、ここには、他者はないのである。同一性の世界である。
 しかし、肚とは、陰陽軸、気軸に存すると考えると、肚を開発すると、そこには、陰陽的他者が出現するということではないだろうか。肚が不連続的差異的他者、絶対的差異的他者ということになるのである。
 後で、陰陽軸、気軸について検討したい。


無双PS原理七次元世界:超越軸と陰陽円と時間軸(実軸一次元)と現象空間(四元数的虚軸三次元)
無双PS原理七次元世界:超越軸と陰陽円と時間軸(実軸一次元)と現象空間(四元数的虚軸三次元)
テーマ:無双PS原理

単純に生成、現象を陰陽の視点から考えてみよう。
 うまく、図化できないので、言葉で説明するが、まず、底面に円を考えてみよう。それは、陰陽円である。
 その中心を直交する軸、垂直軸を考える。それは、円板を貫く垂直線のようなものである。
 これを時間軸、あるいは、生成軸、認識軸とする。この垂直軸に視点があるとするのである。
 そして、陰陽円はこの時間軸に応じて、ラセン形状を取るようになると考えるのである。簡単に言えば、朝顔の蔓を考えればいいだろう。
 ただし、重要な点は、空間軸であるが、それは、四元数的に三次元空間を考えるのである。基本的視点は、時間軸=垂直軸に存するが、それが、空間三次元に投影されると考えるのである。
 つまり、空間的には、陰陽円がベースに存するのである。それが、時間をもたらし、且つ、空間三次元を現出させるのである。
 問題は陰陽円である。それは何か。それは、これまで述べた超越円となんらか関係すると思われる。
 思うに、超越軸からのエネルギーが陰陽円の原点(MP)に流入し、陰陽円が回転するようになるのではないだろうか。
 だから、超越円と陰陽円は異なるものである。陰陽円は言わば、気の円である。気円とも呼ぼう。これは物質ではない。この気円から時間が発動して、物質が現出するのである。つまり、螺旋状に物質現象が創出されるということになる。
 これで、だいぶ整理された形で、つまり、秩序的に、物質現象が説明できるようになっただろう。
 ここで平面の問題について触れておこう。
 これまで、ガウス平面によって、陰陽軸と物質軸を構成したが、上記の陰陽円であるが、その平面を数学化するのに、ガウス平面を用いる必要は特にないだろう。通常の平面(二次元)座標でいいと思うのである。x軸とy軸の座標である。
 ただし、これは、気の座標であり、物質の座標ではないことを強調しておく。
 いわゆる、物質空間の座標ではないのである。物質空間の元になる、言わば、根源座標である。
 結局、この陰陽円と時間軸で、根源三次元を形成するのであり、それが、ラセン形状体(生命体)であり、それが、四元数的に空間三次元化されるというように考えるのである。
 だから、陰陽円ないしは陰陽平面の次元と四元数の次元との整合性を説明する必要がある。
 先に述べたように、陰陽円は二次元であるから、四元数の四次元と併せて、六次元があるということになるし、また、超越軸を入れるならば、七次元となる。
 ということで、無双PS原理座標をざっと以下のように書き換える。

追記:このように考えると、先に三つ無双PS原理の仮説を立てたが、ガウス平面をなくし、四元数を取り入れたので、いちおう三番目の仮説を取ったことになる。


<無双PS原理七次元世界:Ver5.0>
                

                               陽・自己
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         超越軸:太極・霊界          /
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(尚、上図では書き込めないが、MPから、時間軸とは別に、三つの虚軸の空間三次元(四元数の視点から)が現出されるのである。また、陰陽円の二次元も上図には、書き込めていない。)
 


陰陽を表す太極図


周敦頤 『太極図説 』に描かれた最初の太極図 。朱子学 によって重視された。


木に登って花をつけるツルアジサイ

螺旋
巻き貝 類の多くは螺線構造をもっている
螺旋
 
四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji


無双PS原理七次元世界:超越軸と陰陽円と時間軸(一次元)と現象空間(四元数的三次元)
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11378254547.html

単純に生成、現象を陰陽の視点から考えてみよう。
 うまく、図化できないので、言葉で説明するが、まず、底面に円を考えてみよう。それは、陰陽円である。
 その中心を直交する軸、垂直軸を考える。それは、円板を貫く垂直線のようなものである。
 これを時間軸、あるいは、生成軸、認識軸とする。この垂直軸に視点があるとするのである。
 そして、陰陽円はこの時間軸に応じて、ラセン形状を取るようになると考えるのである。簡単に言えば、朝顔の蔓を考えればいいだろう。
 ただし、重要な点は、空間軸であるが、それは、四元数的に三次元空間を考えるのである。基本的視点は、時間軸=垂直軸に存するが、それが、空間三次元に投影されると考えるのである。
 つまり、空間的には、陰陽円がベースに存するのである。それが、時間をもたらし、且つ、空間三次元を現出させるのである。
 問題は陰陽円である。それは何か。それは、これまで述べた超越円となんらか関係すると思われる。
 思うに、超越軸からのエネルギーが陰陽に原点に流入し、陰陽円が回転するようになるのではないだろうか。
 だから、超越円と陰陽円は異なるものである。陰陽円は言わば、気の円である。気円とも呼ぼう。これは物質ではない。この気円から時間が発動して、物質が現出するのである。つまり、螺旋状に物質現象が創出されるということになる。
 これで、だいぶ整理された形で、つまり、秩序的に、物質現象が説明できるようになっただろう。
 ここで平面の問題について触れておこう。
 これまで、ガウス平面によって、陰陽軸と物質軸を構成したが、上記の陰陽円であるが、その平面を数学化するのに、ガウス平面を用いる必要は特にないだろう。通常の平面(二次元)座標でいいと思うのである。x軸とy軸の座標である。
 ただし、これは、気の座標であり、物質の座標ではないことを強調しておく。
 いわゆる、物質空間の座標ではないのである。物質空間の元になる、言わば、根源座標である。
 結局、この陰陽円と時間軸で、根源三次元を形成するのであり、それが、ラセン形状体(生命体)であり、それが、四元数的に空間三次元化されるというように考えるのである。
 だから、陰陽円ないしは陰陽平面の次元と四元数の次元との整合性を説明する必要がある。
 先に述べたように、陰陽円は二次元であるから、四元数の四次元と併せて、六次元があるということになるし、また、超越軸を入れるならば、七次元となる。
 ということで、無双PS原理座標をざっと以下のように書き換える。

追記:このように考えると、先に三つ無双PS原理の仮説を立てたが、ガウス平面をなくし、四元数を取り入れたので、いちおう三番目の仮説を取ったことになる。


<無双PS原理七次元世界:Ver5.0>
                

                               陽・自己
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(尚、上図では書き込めないが、MPから、時間軸とは別に、三つの虚軸の空間三次元(四元数の視点から)が現出されるのである。また、陰陽円の二次元も上図には、書き込めていない。)
 


陰陽を表す太極図


周敦頤 『太極図説 』に描かれた最初の太極図 。朱子学 によって重視された。


木に登って花をつけるツルアジサイ

螺旋
巻き貝 類の多くは螺線構造をもっている
螺旋
 
四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji


無双PS原理七次元世界:陰陽円と時間軸(一次元)と空間(四元数的三次元)現出
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11378254547.html

無双PS原理七次元世界:陰陽円と時間軸(一次元)と空間(四元数的三次元)現出

テーマ:無双PS原理

単純に生成、現象を陰陽の視点から考えてみよう。
 うまく、図化できないので、言葉で説明するが、まず、底面に円を考えてみよう。それは、陰陽円である。
 その中心を直交する軸、垂直軸を考える。それは、円板を貫く垂直線のようなものである。
 これを時間軸、あるいは、生成軸、認識軸とする。この垂直軸に視点があるとするのである。
 そして、陰陽円はこの時間軸に応じて、ラセン形状を取るようになると考えるのである。簡単に言えば、朝顔の蔓を考えればいいだろう。
 ただし、重要な点は、空間軸であるが、それは、四元数的に三次元空間を考えるのである。基本的視点は、時間軸=垂直軸に存するが、それが、空間三次元に投影されると考えるのである。
 つまり、空間的には、陰陽円がベースに存するのである。それが、時間をもたらし、且つ、空間三次元を現出させるのである。
 問題は陰陽円である。それは何か。それは、これまで述べた超越円となんらか関係すると思われる。
 思うに、超越軸からのエネルギーが陰陽に原点に流入し、陰陽円が回転するようになるのではないだろうか。
 だから、超越円と陰陽円は異なるものである。陰陽円は言わば、気の円である。気円とも呼ぼう。これは物質ではない。この気円から時間が発動して、物質が現出するのである。つまり、螺旋状に物質現象が創出されるということになる。
 これで、だいぶ整理された形で、つまり、秩序的に、物質現象が説明できるようになっただろう。
 ここで平面の問題について触れておこう。
 これまで、ガウス平面によって、陰陽軸と物質軸を構成したが、上記の陰陽円であるが、その平面を数学化するのに、ガウス平面を用いる必要は特にないだろう。通常の平面(二次元)座標でいいと思うのである。x軸とy軸の座標である。
 ただし、これは、気の座標であり、物質の座標ではないことを強調しておく。
 いわゆる、物質空間の座標ではないのである。物質空間の元になる、言わば、根源座標である。
 結局、この陰陽円と時間軸で、根源三次元を形成するのであり、それが、ラセン形状体(生命体)であり、それが、四元数的に空間三次元化されるというように考えるのである。
 だから、陰陽円ないしは陰陽平面の次元と四元数の次元との整合性を説明する必要がある。
 先に述べたように、陰陽円は二次元であるから、四元数の四次元と併せて、六次元があるということになるし、また、超越軸を入れるならば、七次元となる。
 ということで、無双PS原理座標をざっと以下のように書き換える。

追記:このように考えると、先に三つ無双PS原理の仮説を立てたが、ガウス平面をなくし、四元数を取り入れたので、いちおう三番目の仮説を取ったことになる。


<無双PS原理七次元世界:Ver5.0>
                

                               陽・自己
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(尚、上図では書き込めないが、MPから、時間軸とは別に、三つの虚軸の空間三次元(四元数の視点から)が現出されるのである。また、陰陽円の二次元も上図には、書き込めていない。)
 


陰陽を表す太極図


木に登って花をつけるツルアジサイ

螺旋
巻き貝 類の多くは螺線構造をもっている
螺旋
 
四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji


2012年10月12日(Fri)▲ページの先頭へ
三つの無双PS原理の仮説:1.純粋無双PS原理、2.折衷無双PS原理、3.四元数的無双PS原理
現段階では、三つの無双PS原理の仮説がある。

1)純粋無双PS原理:これは、ガウス平面を基調としたものである。

2)折衷無双PS原理:これは、ガウス平面を基調としつつも、四元数の視点を挿入したものである。

3)四元数的無双PS原理:これは、ガウス平面を無くして、四元数を取り入れたが、超越軸と実軸との関係が不明確に留まっている。

問題点を簡単に言うと、不連続的差異論で発見した、不連続的差異としての他者の位置付けが、ガウス平面を無くして、四元数化したとき、不明になることである。
 言い換えると、自己同一性と不連続的差異的他者をどう位置付けるのかが問題である。
 後で、この点を含めて、検討したい。



修正無双PS原理:x軸=実軸を気軸=超越論軸としてみる
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11377163148.html

無双PS原理の修正の試み:実軸を時間軸としてみる
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11376898056.html

四元(しげん)数主義VSベクトル主義
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11376025128.html


2012年10月10日(Wed)▲ページの先頭へ
四元(しげん)数主義VSベクトル主義
以下、重要な指摘である。
 今、直観を言うと、四元数の三つの虚軸が空間三次元ということで、実軸が時間一次元ということであるが、空間三次元を虚軸で表現するのは納得できることである。私は、MPが直交三次元を形成するように感じている。
 時間が空間を形成するというのは、わかる感じである。
 無双PS原理から言うと、気が物質を形成するのであるから、気が空間三次元を形成するのである。
 ならば、気と時間との関係が問題になるのである。
 今は思いつきであるが、気が時間ベクトルを形成するとしよう。
つまり、凸i*凹i⇒+1であるが、⇒+1を時間形成と考えるのである。
 思うに、⇒を時間ベクトルとすると、ここに実に空間三次元への根源のようなものがあるのかもしれない。
 あるいは、凸iと凹iになんらかの時間の根源があるのではないだろうか。
 とまれ、四元数については無知なので、わからないが、今の直観を述べれば、気の軸、陰陽軸があり、それが、三次元空間を形成するのである。問題は時間である。やはり、MPで時間が発生し、それが、空間三次元を現出させるというのではないだろうか。
 どうも、時間ベクトルが発生して、それが、螺旋的な空間三次元を現出させるのではないだろうか。
 そうならば、凸i*凹i⇒+1の⇒はやはり、時間ベクトルであり、それが、基軸となり、螺旋状に空間三次元を形成するのではないだろうか。
 そうならば、これまでの、無双PS原理の視点でいいことになる。
 生成門氏はハミルトンとコウルリッジの関係を述べているが、興味深いので、よく確認したい。
 ただし、当分、思考のための十分な余裕がないので、残念ながら、当分、検討できない。


スレッド
[346] 四元数主義者(クォータニオン)とベクトル主義者の対立

From: 生成門
四元数主義者(クォータニオン)とベクトル主義者の対立
<四次元能版エヴァンゲリオン:イデア進化論=SF能>

ハミルトンはプラトン主義者
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111764301
の続きです。

どこにでも対立はあるのですが、クォータニオン(四元数)についても例外ではありません。熾烈な対立した論争があり、海下氏がそのことについて述べています。

逆光 - トマス・ピンチョン著」に「ガウス平面とハミルトン四元」の根本的概念対立、哲学的立脚点の激しい対立が描かれていた。
http://kaisetsu.org/platonic-synergy/index.php?%B5%D5%B8%F7%20-%20%A5%C8%A5%DE%A5%B9%A1%A6%A5%D4%A5%F3%A5%C1%A5%E7%A5%F3%C3%F8%A1%D7%A4%CB%A1%D6%A5%AC%A5%A6%A5%B9%CA%BF%CC%CC%A4%C8%A5%CF%A5%DF%A5%EB%A5%C8%A5%F3%BB%CD%B8%B5%A1%D7%A4%CE%BA%AC%CB%DC%C5%AA%B3%B5%C7%B0%C2%D0%CE%A9%A1%A2%C5%AF%B3%D8%C5%AA%CE%A9%B5%D3%C5%C0%A4%CE%B7%E3%A4%B7%A4%A4%C2%D0%CE%A9%A4%AC%C9%C1%A4%AB%A4%EC%A4%C6%A4%A4%A4%BF%A1%A3
海舌氏はその対立の様子をトマス・ピンチョン著の「逆光」を引用して説明しているので、その内容を参考に四次元能らしく解釈してみましょう。

海舌氏によれば、四元数における対立とは、四元数主義者とベクトル主義者の対立のことであり、四元数主義者とはハミルトンの四元を用いる者であり、クォータニオンを多用する者のことだということです。

一方、ベクトル主義者とはガウス平面を活用する者のことです。

では、四元数主義者とベクトル主義者の対立はどこに現れるのでしょうか?

その対立は空間の認識に現れるということでしょう。生命にとって空間認識は基本中の基本なのですから進化の過程では単純な方が採用されるというのは当然でしょう。それが、ベクトル主義者の認識です。ベクトル主義者の空間認識とはどのようなものなのでしょうか?

ベクトル主義者の空間認識を生成するものは現実の感覚です。魚は川の流れに敏感です。そこには力と方向があるでしょう。つまり、魚は生まれながらして、ベクトル主義者であり、ベクトル主義者として生まれてくるのです。これは人間でも同じでしょう。

身体に加わる力の方向を感じることができるのは、既に基準となる空間認識があるからです。魚にとって自分の位置がどこにあるかを認識しているのですが、その基準なる空間があるはずです。それは停止しているときの身体位置を流れと平行にすることなどからもジャイロスコープのような姿勢を制御する装置を内在していることが伺えます。

これが出来るのは三次元空間の認識があるからなのです。しかも、その空間は現実に身体の外に実在しているのです。このように空間が実在していると考えるのは、世界の中に置かれた自分ということを考えると現実主義になるしか方法がありません。

原点があって現実の空間=三次元空間というのが先ずあると考えるのがベクトル主義者=現実主義者であり、人間や魚の現実なのです。

そして、ベクトル主義者=現実主義者は、認識した空間を表現するときにガウス平面を使うのです。ベクトル主義者であるかどうかはガウス平面の実軸と虚軸をどう割り当て、どう世界を認識するのかで分かります。

はっきりしている事は、ベクトル主義者は現実主義者であるので空間は自分の外に実在すると考えています。しかし、ベクトル主義者にとって、世界が三次元空間だとしても、その中の物は生成変化しますから、変化を捉える必要があります。ベクトル主義者にとっての変化とは、ガウス平面上の回転です。つまり、動くというのは回転であり、位置の移動でもあります。しかし、こうした変化の認識は、なかなか捉えられるのものではありません。静止している状態は認識できますが、動いている途中では認識できないのです。ですから状態1と状態2を認識して、それを変化として認識するしかないのですが、その変化は頭の中で考える (想像)ことであって、外にあるものでありません。

そこでベクトル主義者はその変化の様子をガウス平面上で表現する際に虚軸に割り当てるべきものは想像上のものであり、変化のパラメータであるとしたのです。そして変化のパラメータを時間と呼んだのです。虚軸を時間に割り当てると、概念や価値観の認識が入ってくると虚軸が足らなくなってくるので困ったなったことになるのですが、それは虚時間の実時間化という方法で凌ぐことになります。

いずれにしてもベクトル主義者はガウス平面の実軸中心主義であり、虚軸は計算上に便宜的なものとしてしかみません。複素数の計算で虚数が出て来ても、それは現実ではないとして無視してしまうということとをやっているのです。これはベクトル主義者が如何に現実主義かを物語っているように見えます。

さて、ベクトル主義者が優勢の中にあって、四元数主義者が現れました。四元数主義者は昔からいたのですが隠れていたのです。特に、ハミルトンが四元数を表現したことによって、大きな衝撃を与えることになりました。

続く
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111764482

* 実在空間を否定して虚空間として再生する (0)
* イニシエーションとは始原《イニシャル》に向かう意味であり、再生するために死へ向かうことである (0)
* イニシエーションがクォータニオンを発見する契機となったか? (0)
* クォータナリアンとトリニタリアン (0)
* コール・リッジの思考のベースは両極性と三者一体 (0)
* 人間には二項を三項に格上げする思考《認識能力》がある? (0)
* ハミルトンはイデア思考からクォータニオンを発見したことは間違いない? (0)
* ハミルトンが発見したクォータニオンのルーツ探し (0)
* ぐうの音も出ない正論 (0)
* 空間は実在しない (0)

シムダンス「四次元能」


2012年10月07日(Sun)▲ページの先頭へ
x軸=実軸は物質軸であり、y軸=虚軸は超越論軸であり、z軸は超越軸である
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11373364259.html


x軸=実軸は物質軸であり、y軸=虚軸は超越論軸であり、z軸は超越軸である

テーマ:無双PS原理

以下の、無双PS原理三次元世界図はまだまだ不十分である(例えば、四元数との関係を考察しないといけない)。
 私が先に、全き個といったものは、x軸に存すると考えられる。思うに、y軸=虚軸=超越論軸が時計回りに1/4回転して、x軸=実軸と重なった状態だと思う。これが、物質的世界の個の形式だと思う。
 ここでは、z軸=超越軸が欠落しているのである。
 しかし、y軸=虚軸=超越論軸は、z軸=超越軸ないしは超越界から生起しているのである。
 それが、物質世界に生活していると認識できないのである。いわば、物質的牢獄である。
 私は今、そこに、いわば、幽閉されていると感じている。超越性への脱出口はどこにあるのか。
 一つの脱出口は、自然にダイレクトに接することである。自然には、超越性への接触面があると思う。そう、MP(Media Point)である。
 しかし、日常生活では、つまり、一般的な都市的生活では、それは、不可能である。では、どうしたらいいのか。シュタイナーなら、瞑想の習慣の形成を説く。
 思うに、それが物質主義的現代都市生活において、超越性に通じるための唯一の方法かもしれない。
 しかし、それ以外にはないのか。
 理論に即して、考察すべきだろう。本来、超越性が思考や感覚に内在しているのであるが、それを感知できないのである。
 何故感知できないかと言えば、MPが活性化していないからとは言えよう。MPを活性化するには、エネルギーが必要である。
 思うに、エネルギーが枯渇しているのである。超越界からのエネルギーの流入が枯渇しているのである。
 そうならば、今日は非常に危険な事態にあると言えるだろう。唯物主義が支配していることになるのである。
 今はただ自分の魂の力を保つことが大事である。他者に超越性は期待できないからである。
 男性にも、女性にも、超越性は今日期待できない。ただ、自分の魂をできるだけ保つことが重要である。
 I am living in the soulless world.
Living in the soulless world.
思うに、このままで済むわけがない。
 I think something will happen in this devil world.


無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
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U:物質認識       |     /    T:頭
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−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |







画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11371373531.html

余裕のあるとき、四元数(しげんすう)と無双PS原理を噛み合わせてみたい。

テーマ:無双PS原理

以下のように、生成門氏のブログに記述があった。
 余裕のあるとき、四元数(しげんすう)と無双PS原理を噛み合わせてみたい。


チンパンジーはジンバルロックに陥ったのか? (0)

「単純なガウス平面の立体化とオイラー定理の適用は認識の錯誤 (gimbal lock)に陥る。」
http://blog.kaisetsu.org/?eid=813641  
このような認識の錯誤(gimbal lock)から逃れる簡素で安全で適確な方法がハミルトンを用いることである。
 海舌(明日野)の プラトニック シナジーの三角錐に於ける
i: index
j:symbol
k:initial

i,j,kは、ハミルトンの三虚数である。
 次のオイラー定理の適用による認識の錯誤(gimbal lock)の状況説明ビデオを御参照。
 ハミルトン空間は、オイラー空間とは、全く異なる空間様式であり、両者の関係は不連続である。
 また、ガウス平面に於ける第4象限は、所謂、三角形、三角錐分析に於いては非存在である。

参考:

四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji

四元数 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/四元数 - キャッシュ 類似ページ
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数学における四元数(しげんすう、英: quaternion; クォータニオン)は複素数を拡張した数体系である。四元数についての最初の記述は、1843年にアイルランドの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトンによってなされ、三次元空間の力学に応用された。四元数の ...
概要 - 定義 - 基底の代数構造 - 実数体上の構造

Quaternion - Wikipedia, the free encyclopedia
en.wikipedia.org/wiki/Quaternion - キャッシュ 類似ページ - このページを訳す
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In mathematics, the quaternions are a number system that extends the complex numbers. They were first described by Irish mathematician William Rowan Hamilton in 1843 and applied to mechanics in three-dimensional space. A feature of ...

四元数 [物理のかぎしっぽ]
hooktail.sub.jp › 物理数学 - キャッシュ 類似ページ
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2006年12月5日 – しかし,残念ながら3次元以上の一点を表すような数を美しく定義することは出来ません. それでも,乗法の交換則を犠牲にすればなんとか四元数というものを定義することが出来ます. 高校や大学でも四元数の話を少し習うかもしれませんが, ...

四元数で3次元の回転を計算する方法 (ソースコード付き)
www015.upp.so-net.ne.jp/notgeld/quaternion.html - キャッシュ 類似ページ
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2003年11月25日 – 四元数・クォータニオンによる3次元回転の原理解説。ソースコード付き.

四元数の数学的意味(画像処理)
ufcpp.net › 総合 目次 › 画像処理 - キャッシュ 類似ページ
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四元数の数学的な側面について説明します。 ... 画像処理(主に 3D CG)の分野では、とりあえず、 「四元数とは、回転の軸と角度を表わすために使うデータの形式」 とだけ覚えておけば OK ... ちなみに、 「ハミルトンの四元数体」 の内容の焼き直しだったりします。

四元数 複素数のそのまた上
www.sist.ac.jp/cs/tanaka/Hamilton4number.html - キャッシュ 類似ページ
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さて、複素数を係数とする方程式を解いても、答えは複素数しか出てきません。複素数の世界で何でもまにあっているのです。ですから、私たちは普通は複素数の世界で不便は感じません。ところが複素数よりさらに先に四元数というものがあります。複素数は1 と ...

四元数(クォータニオン)でモデルを回転
www.arakin.dyndns.org/gl_torusquat.php - キャッシュ 類似ページ
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なかなかGLSLのサンプルに到達できないのですが、GLSLの前に、モデルをグリグリ動かすことはやっておいた方がいいと思い、四元数(クォータニオン)でモデルを回転するサンプルを作成しました。クォータニオンについては、ネット上にいろいろ解説がでており、 ...




唯物論の超克へ:MP(Media Point)は霊と気と物質が融合すると考えられる
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11373364259.html

以下の無双PS原理三次元世界座標マップを見ていただきたい。すなわち、MP(Media Point)において、三つの軸が直交しているのを確認していただきたい。
 z軸=超越軸=霊軸とy軸=超越論軸=気(生命)軸とx軸=感覚・知覚軸=物質軸が考えられ、これら三つの軸の交叉点、合流点、交流点として、MPが考えられるのである。もっとも、既述の仮説であるが。
 だから、人間の意識とは、本来、霊ー気ー物質の三次元、三層と考えられる。
 しかし、近代的合理主義、物質科学主義は、これらの内の、物質的次元しか認めていないのである。
 それは、当然、唯物論である。そのために、霊や気のもつ善悪の認識、道徳・倫理意識を喪失するのである。(気も自己と他者との一体性をもつので、一種倫理をもつと考えられる。それは生命〔植物・動物〕的倫理と言ってもいいだろう。)
 つまり、自己(自我)中心主義、利己中心主義に陥るのである。これが、今日現代の日本の政治家、官僚、増すゴミ、金融資本複合体関係者等の意識を占めていると考えられる。
 有り体に言えば、罠臭党、豚(別名、野田)臭症のように、利己中心主義のために、いくらでも嘘をついても(嘘言い放題でも)いいという背徳に陥るのである。
 結局、日本、現代日本の破滅的危機とは、唯物論に拠るものであると言っても言い過ぎではない。
 とまれ、MPの三次元交叉の様態力学については、余裕のあるときに再考したい。


<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
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−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
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・他者           |


2012年09月24日(Mon)▲ページの先頭へ
三角錐と無双PS原理:超越軸を考えれば、三角錐という根源的概念はわかりやすいだろう
三角錐と無双PS原理:超越軸を考えれば、三角錐という根源的概念はわかりやすいだろう
テーマ:無双PS原理
生成門氏は、最近はしきりに三角錐の根源性を説いているが、これまでわかるような、わからないような感じであった。三元性、つまり、三角形は、すぐわかるのであるが。
 結局、無双PS原理における超越軸を入れた三次元空間を考えれば、三角錐はすぐでてくるのである。つまり、超越軸+三次元である。
• 三角錐を発見するのは楽しい (0)

契機モデルを三角錐にする
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111504367
の続きです。

存在の様式


http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111517979
• 認識のリサイクルモデルの応用 (0)
• 知の脱構築のダイナミズム(運動) (0)
• 契機モデルを三角錐にする (0)
• 存在の様式としての契機モデル (0)
• 普遍と一般と個別の三角形 (0)
• 睡眠と覚醒を三角錐リサイクルとして構成できるか? (0)
シムダンス「四次元能」

<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
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         超越軸z軸:太極・霊界       /
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Mon, September 24, 2012
閃き:クレジットカードを使うな!:それは、菌幽死叛のドル箱だ!
テーマ:父権物質文明から新母権霊性文明へ
閃いた。クレジットカードは、庶民の敵だと。それを中止するのか、あるいは、できるだけ少なく使うことが、民主主義にかなうだろう。
 そう、つまり、使う金がなければ、人間は使わないものである。クレジットカードは使う金を意味する。だから、それがなければ、現金しか使わないということであり、現金も必要以上もつなということになろう。
 やはり、マイナス利子かそれに類した発想が必要である。
 でも、直観では、実数よりも虚数の発想が必要ではないか。以前、そのようなこと考えたことがある。
 つまり、貨幣を虚数価値とし、使用したときに、実数価値になるというようなことである。

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Mon, September 24, 2012
反日デモは、某国戦争資本権力と中国国内のそれに結託する勢力に拠るものであり、胡錦涛政権(中国健全
テーマ:国民の生活が第一党
どうやら、中国の実相・真相が見えてきたようだ。
 反日デモは、某国戦争資本権力と中国国内のそれに結託する勢力に拠るものであり、胡錦涛政権(中国健全権力)は、それを制する力をもっているということである。
 無能田政権を支配する某国戦争資本権力は、日中戦争ないし日中の不和を画策しているが、それ以上に、胡錦涛政権(中国健全権力)は盤石であるということであろう。
 そう、某国戦争資本権力国際複合体は、早晩、滅亡するだろう。

混乱の中でも、胡錦濤政権が丁寧に対応するのは、国民の生活が第一ですね。

東祥三幹事長、韓志強駐日中国公使の表敬を受け、意見交換(9/19)

東祥三幹事長は19日午後、国会内で韓志強駐日中国公使の表敬訪問を受けた。双方は尖閣諸島問題をめぐって意見交換し、事態を早期に収拾することが重要であるとの認識で一致した。会談には岡島一正総務委員長、相原史乃総務副委員長が同席した。

http://www.seikatsu1.jp/activity/88/
• やっぱりこうなりましたね。韓国・アメリカ自由貿易協定?wwwTPPと似てますね。
• 紙屑増えてもしょーがねーだろよwww
• 失速が始まった 橋下新党 支持率2%に真っ青
• 橋下徹氏の手相鑑定 「頭脳線短くガッツ石松と同じくらい」
橋下徹氏の手相に短い頭脳線
donのブログ





知性や理性を成立させるには、超理性というべき太極陰陽性が必要であるということである。
テーマ:manichaeism: 哲学
最近、理性という用語を見るようになった。しかし、先に述べたように、カントやヘーゲルにおける理性は、霊知性の意味であり、以下のような場合は、超越論的知性という方が適切であると思う。
 単に知性だと、自我的感情・欲望に引かれてしまうのである。自我的感情・欲望を抑えた(利己・利他的)知性が超越論的知性と考えられる。

追記:以下の説明だと、理性は、推論・論証的能力ということであるが、その意味なら、「理性のある」実業家とは言える。

追記2:超越論的知性ではないかと述べたが、それだと私のこれまでの議論と齟齬を来してしまうので、「理性」を超越論的知性というのは、廃棄する。
 ここら辺の問題は、精緻に検討する必要がある。間違いは、発見の元になるものである。
 とまれ、簡単に言えば、自己と知性(悟性)の関係である。あるいは、自己と理性との関係である。
 問題は自己同一性なのである。これが、自我感情・欲望と結びついているのである。
 自己同一性があるなら、知性や理性は、混濁してしまうのである。知性や理性を成立させるには、自己同一性ではない、差異他者の肯定が必要である。
 言い換えると、太極が必要である。
 陽=頭の自己に対して、陰=腹の他者が必要なのである。
 カント哲学では、実践理性の問題になってしまい、内在性がないのである。つまり、個的内在性がないのである。
 結局、造語をすれば、知性や理性を成立させるには、超理性というべき太極陰陽性が必要であるということである。


追記3:しかし、次のことは言えるのである。米国の超越論的知性は、言わば、悪魔的知性である。シュタイナー的には、悪魔アーリマンの業である。
米国は超越論的視点にあり、漁夫の利を狙っている:日本の無能田政権は利用されているだけ
テーマ:無双PS原理

無能田政権は、まったく、超越論的視点がなく、米国の超越論的視点によって、利用されている。これは、中国の戦争路線も同様である。
 とまれ、この超越論的視点・視野とは、カント哲学的視点であり、近代西洋哲学の成果である。
 これが欠落している日本の政治家は愚の骨頂である。

日本では報じられない反中国デモ

中国のように、デモが暴動にも発展せず日本国民の意思として反中国感情があり、それがデモに発展しているという事実だけを淡々と伝える方が、より健全な報道だと思いますが果たしてどうなのでしょうか?

この中国問題ですが、政治・経済界が中国に「遠慮」している間に、国民は冷静に反中国を実践しており、
中国向け旅行をキャンセルしはじめており、JAL・ANAの中国路線は大幅な減便や機材の小型化に踏み切っており(もちろん、中国も減便・運航停止等も実 践しています)、日中間の旅行者が激減してきており、現場段階で影響が出てきており、また、日本では中国人経営者の店にはいかないということも起こってお り、これがさらに激化すれば、中国国内の理性のある実業家は、政府に対して「我々の生活を脅かす政府はけしからん」として中国政府に対して圧力をかけるこ とになります。

これが更なる紛争を防ぎ、日中政府の暴走を止める唯一の方法だと言えます。
NEVADAブログ

理性 - Wikipedia

哲学における理性 [編集 ]
知性と理性の区別はギリシア哲学におけるヌース (知・叡智)とディアノイア(dia 経由して + noia 知: 間接知・推論知)の区別に基本的には由来する。また、古典ギリシア語では論理と理性を表す語はともにロゴス であったが、このロゴスという語は古典ギリシア語で元来は、比や割合という意味を有していた。そこから、ラテン語でも同じ意味を持つ日常語であったratioがロゴスの訳語とされ、ロマンス語 や英語で理性を意味する語もその流れを引き継いだ。セネカ によればこれはキケロ による訳語であるという。
こうした語の由来は、西欧の伝統において、理性や論理を類比的な方法・秩序として考える傾向をもたらした。こうした、理性的推論を比例モデルで理解 する時一番典型的なのが、三角測量や、特定の時刻での影の長さと棒との比例関係から、直接計れないピラミッドの高さを、その影の長さを基にして推論するよ うな場合である。
現代の英米圏の哲学(分析哲学 )にしばしば見られるように、理性は日常的に悟性 (狭義の知性)と混同した用法で(広義の知性として)使われるが、スコラ哲学 以来の西洋哲学 の伝統では「推論・論証 的能力としての理性」と「対象を把握する(understanding)能力としての悟性 」とを区別するのが普通である(明晰性、妥当性 は前者に、直観は後者に属する)。
理性と情動 [編集 ]
理性(あるいは高次の認知能力)は伝統的に、感覚 (senses)、感情 ・情動(feelings、emotions)、情念 (passions)等と対比的に用いられてきた。理性は純粋に精神的能力であり、情動は肉体的な作用であると考えられることもあった。例えば、非常に騒がしい場所にいる時やひどく悲しんでいる時には理性的な判断を下すのが困難になる。
近年、行動経済学 と実験心理学 は理性的な熟慮がかならずしも合理的な判断を引き起こさないことを示した(認知バイアス )。心理学の機能主義学派 は情動をヒトの生存と結びついていると考えていたが、同様に進化心理学 は認知バイアスや情動的直観が必ずしも不合理ではなく、特に我々の祖先の時代の環境では合理的な判断に結びついていた可能性を示した。これは理性と情動・感情が相互作用的または並列的に判断や意思決定 に関わっていることを示唆する。これは二重過程理論 あるいは二重プロセスモデルと呼ばれている[1] 。スタノヴィッチはこれまでに提案された二重プロセスモデルに類似したモデルを列挙している。それらは詳細は異なるが、次のような共通点を持つ。
• 理性的システム−ゆっくりと働き、長期的な利益を勘案することができ、主に大脳新皮質 に司られている。進化的な起源 は比較的新しい。
• 情動システム−即座に働き、短期的な利益(主に生存・繁殖)に関わり、主に大脳辺縁系 に司られている。進化的な起源は古い。
二つのシステムがどのように相互作用するかには、これらのモデルの提唱者の間でも合意がない。状況や判断の内容によってもことなる可能性がある。
理性の限界 [編集 ]
理性には限界があるのではないかという議論がある。 その例として、哲学者のカント は二律背反 を指摘している。アロー の不可能性定理 、囚人のジレンマ (選択の限界)、ハイゼンベルク の不確定性原理 (科学の限界)、ゲーデルの不完全性定理 (知識の限界)などもその例として挙げられる。[2]
脚注 [編集 ]
1. ^ キース・スタノヴィッチ 『心は遺伝子の論理で決まるのか-二重過程モデルでみるヒトの合理性』 椋田直子訳 みすず書房 2008年
2. ^ 高橋昌一郎 :『理性の限界』





天然生命体と遺伝子組み換え生命体は質が異なる:気的生命体と物質的生命体
テーマ:food:乳酸菌と食物
既述したが、気に基づく生命と人工的物質的生命とは異質であり、後者は、前者がもつ本来の健康的生命力はないと考えられる。余裕があれば、説明したい。
• おやおや、遺伝子組み換え作物ががんを発症させるんですな。
• 日本の将来に大変に危険なことが隠されています その2
• 日本の将来に大変に危険なことが隠されています その1
• 狙いはインフラ サイバー攻撃で水道が止まる

donのブログ





尖閣・日中問題:飯山一郎氏は厳しい状況を指摘:中国が米戦争屋を嫌うのは当然です。
テーマ:資本多極路線と覇権一極資本路線
有り体に言って、日中関係の現状は、わかりにくくなってきた。習近平次期総書記が、手のひらを返したように、平和路線に転じたことからわからなくなってきたとは言えよう。(彼は意外にそれほど、力はもっていないのでは?)
 私の見立ては、中国国内の平和路線と某国戦争屋と提携している対日強硬派路線の二つが相克しているというものである。
 後者は尖閣に対して、強硬な姿勢を取るだろうし、飯山氏はその方向で説いている。
 問題は、前者の力である。私の見立てでは、前者が後者を抑えつつあると見ているのである。
 しかし、某国戦争資本権力は日中戦争、東アジア戦争を起こすために、様々な手だてをとるだろう。
 しかしである。どうも、某国戦争資本権力の力が衰退しつつあるということもあるのである。
 そう、手負いの獅子であるから、最高に凶暴となるだろう。
 とまれ、今の暫定的な私の見立ては、中国は、上述のように、平和路線が戦争路線を今のところ抑えていると思う。もっとも、飯山氏の指摘のように、後者は虎視眈々と対日制裁へと向っているだろう。
 中国は、国内の権力闘争力学と対米力学の二つの力学に対処しなくてはならず、これは、優秀な知恵が必要であるし、それはあるだろう。
 情報が欲しいところである。
 
++++++++++++++++++++++
◆ 2012/09/23(日) 周到に進められる中国の対日制裁
北京空港も、上海空港も、広州空港も、日本国の航空機が到着しても、
管制官がタラップやブリッジへの誘導を故意に遅延させ、入管手続きも
日本人だけが長い列をつくり延々と待たされているという。
海上貿易も日本からのコンテナやカーゴの入管検査が厳格すぎるため
従来2日で終る検査が10日以上も待たされてしまうという。
中国は非常に厳しい「対日制裁」を発動しているようだ。しかも、これが
益々厳しくなる傾向だというから穏やかではない。
中国の「対日経済制裁」は、温家宝の発言 からも分かるように、覚悟を
決めた中央政府の命令で行われている。
まったくヒドイ話である。
しかし、これが現在進行中の、厳しい現実なのだ。
このままいくと、経済面で、日中は国交断絶状態になる。
いま、観光業界やホテル業界、また家電販売業界は、売上が激減し、
経済的な日中国交断絶の怖ろしさを肌身で感じているはずだ。
日中国交断絶! ここまでの「覚悟」を中国政府は固めている。
日本政府には、「覚悟」はおろか「当事者意識」もない。
「そのうちアメリカが何とかしてくれるハズだ…」ぐらいの意識しかない。
喧嘩は「覚悟」を決めたほうが必ず勝つ! これは喧嘩道の常識だ。
覚悟を決めて喧嘩を売ってくる中国と、覚悟もなく中国を挑発する日本。
この喧嘩、すでに勝負は見えている! そー「覚悟」したほうがEー。
中国は喧嘩や戦争となると、したたかというか、狡猾である。
たとえば中国は、パネッタ米国防長官を懐柔し、
「2014年の環太平洋合同演習(リムパック)に中国を招請する! 」
と言わせてしまった。
中国軍と米軍が、対等の友好関係を結んでしまったのである。 日本はアメリカの「ジャパンハンドラー」の指令に唯々諾々と従うだけで
したたかさも、狡猾さも、自己主張さえない。
もー完全に勝負は見えた。 これから日本の経済は悪化の一途だろう。
ただいま現在、中国という巨大な市場を失ったも同然なのだから…。
. 飯山一郎のHPへ

*************************
親中国のパネッタ米国防長官の訪日にあ...
2012/9/22(土) 午後 2:27
新ベンチャー革命 2012 年 9 月 22 日  No.649 タイトル:親中国の パネッタ米国防長官の訪日にあわてた日本の外務省はキャンベル米国務次官補に火消しを頼んだのか:日米安保の正体が日本国民にばれる 1.尖閣問題:パネッタ米国防長官のそっけない対日表明に外務省大慌て   2012 年 9 月 21 ... すべて表示

新ベンチャー革命2012年9月22日 No.649

タイトル:親中国のパネッタ米国防長官の訪日にあわてた日本の外務省はキャンベル米国務次官補に火消しを頼んだのか:日米安保の正体が日本国民にばれる

1.尖閣問題:パネッタ米国防長官のそっけない対日表明に外務省大慌て

 2012年9月21日のNHK報道によれば、米国務省のキャンベル次官補が記者会見して、“尖閣諸島は日米安保の適用範囲内”と表明しました(注1)。

 このキャンベル氏表明は、先に訪日・訪中したパネッタ米国防長官の対日メッセージと微妙に食い違っています。

 上記、キャンベル氏表明は、日本の外務省・防衛省には馴染みのない親中国・パネッタ米国防長官の対日発言(尖閣問題で日本の味方をしない)にあわてた外務省が、馴染みのあるキャンベル氏(米国ジャパンハンドラーの一人)に揉み手で頼み込んで実現させた記者会見でしょう。

 いずれにしても、上記のドタバタから、米国政府高官の対日意思表示に統一性のないことがわれら日本国民に明らかになってきました、なぜでしょうか。

2.米国政府内の覇権争いは、中国の対米意思表示から察知できるが、日本のマスコミは決してわれら国民に教えない

 米国の対日外交にかかわる米政府内の意思不統一は、われら日本国民に混乱を与えるので、大問題のはずですが、日本のマスコミはそのことを、きっちり国民に伝えていません。

 本ブログNo.647 およびNo.648 にて、中国政府の対米意思表示について触れています(注2、注3)。

 それによれば、中国は、アンチ米国戦争屋のパネッタ長官とは握手するが、米戦争屋系のヒラリー国務長官とは握手しないという強烈な意思表示を行っています。

なお、上記、米国戦争屋(世界的寡頭勢力の主要構成メンバー)およびそのロボット・悪徳ペンタゴンを構成する日本人勢力の定義は本ブログのNo.576 の注記をご覧ください。

 上記、中国の強烈な対米意思表示から、われら日本国民は、米国政府内にて、極東戦略および対日戦略に関して二つの勢力(米戦争屋とアンチ戦争屋)が覇権争いしていることを察知しなければなりません。

 ちなみに、日本の現指導層およびマスコミは、アンチ戦争屋の小沢氏失脚の今、ことごとく、親・米戦争屋一色です。

 なお、本ブログでは、政官財・マスコミのこの連中を悪徳ペンタゴン日本人勢力と呼んでいます。

3.米国ジャパンハンドラー・キャンベル国務次官補は、ヒラリーの手下

 上記、NHKが報じたキャンベル氏は、ヒラリー・クリントン国務長官の手下です。そしてヒラリーは、中国から会談をドタキャンされてメンツをつぶされた米国務長官です(注2)。

 ヒラリーの背後には、米戦争屋がついており、アンチ戦争屋のパネッタ(オバマの派閥)とは、ライバルです。したがって、キャンベルとパネッタの対日発言が異なるのは無理もありません。

 それではなぜ、オバマ政権にアンチ・オバマのヒラリーが閣僚入りしているのでしょうか。それは、米戦争屋ボス・デビッドRFが、民主党政権下でも、自分の子飼いを政権内に強引に潜り込ませる習慣があるからです。

 ヒラリーはNY州の上院議員になるに当たって、デビッドRFから多大の支援を受けているので、デビッドに恩義があります(注4)。

 デビッドは、オバマ政権にて、ヒラリーを副大統領にしようとしたのですが、オバマ支援のアンチ米戦争屋(欧米銀行屋)に阻止され、やむなく国務長官となっています。彼女を副大統領にすると、オバマが暗殺されて、自動的にヒラリーに大統領ポストがチェンジされますから・・・。

 ちなみに、ヒラリー副大統領就任シナリオを阻止するために、オバマ政権下にて、副大統領になったのが、ジョー・バイデン氏ですが、2011年8月、オバマの名代で、訪中したのは、ヒラリーではなく、なぜかバイデンでした(注5)。本来ならば、米外交のトップであるヒラリーが訪中すべきだったのに、なぜ、バイデンだったのでしょうか。今、思い起こせば、その時から、中国は米戦争屋エージェント・ヒラリーを敬遠していたことがわかります。

 なお、オバマはこの時点で、中国を含むアジア太平洋地域(米戦争屋のシマ)に関与すると、米戦争屋から暗殺される危険があったと思われます(注6)。

4.中国はなぜ、ヒラリーNOで、パネッタOKなのか

 上記のように、今回、中国は、露骨にヒラリーを拒絶しました、なぜでしょうか。

 ヒラリーは過去、ついうっかり、オバマ暗殺計画を漏らしたことがあります(注7)。今回、ヒラリーがポスト・オバマの民主党大統領候補になれなかった遠因がここに潜みます。

 つまり、ヒラリーはオバマ政権内の異分子なのです。中国は、ヒラリーの背後に控える米戦争屋を極端に嫌っています。ヒラリー本人を嫌っているわけではありません、お間違いなく・・・。

 ところで、過去、中国政府の対日姿勢を観察してみますと、彼らが最も嫌った日本人政治家は、小泉元首相、石原都知事、野田総理、前原氏(ヒラリーのお気に入り)の順です。

 中国が嫌うのは、上記四氏の背後に控える米戦争屋の影が濃いからだとわかります。

 米戦争屋は中国を仮想敵国とみなしてきましたから、中国が米戦争屋を嫌うのは当然です。

5.米国戦争屋べったりの日本外交はそのうち行き詰る

 現在の日本の悪徳ペンタゴン指導層は、外務省を筆頭に、極端な米戦争屋寄りに偏っています。ところが、米戦争屋ボス・デビッドRFの衰退とともに、米戦争屋ジャパンハンドラーの勢いも急速に弱まっています。その変化を敏感に察知して、対米外交を展開しているのは、日本ではなく、むしろ中国の方です。

 一方、日本でも、2009年の政権交代時、小沢・鳩山民主政権は、その流れに乗ろうとしたのですが、周知のように、悪徳ペンタゴン勢力に執拗に攻撃され、今の日本は、黄昏の米戦争屋ジャパンハンドラーにしがみついている哀れな状態です。

 その結果、悪夢の“日本の孤立化”がもはや避けられない情勢です(注8)。

これは、日本外交の取り返しのつかない大失敗でしょう。われら日本国民は、日本を孤立化させた元凶・悪徳ペンタゴン日本人勢力の責任を追及すべきです。

 少なくとも、次期総選挙では、このことを認識した上で投票すべきです。



日米安保マフィアのプロパガンダ機関に...
2012/9/23(日) 午後 3:14
新ベンチャー革命 2012 年 9 月 23 日  No.650 タイトル: 日米安保マフィアのプロパガンダ機関に成り下がった NHK :尖閣衝突を連想させる日米合同上陸訓練を報道して国民を安心させる 1.日米初の上陸訓練パフォーマンスが繰り広げられる   2012 年 9 月 22 日の NHK ニュースにて ... すべて表示

2.米中の握手外交と尖閣上陸を意識した日米合同軍事訓練の矛盾のなぜ

 本ブログですでに指摘しているように、先日、パネッタ米国防長官が中国を訪問、リムパック2014に中国を招待すると発表しています(注2)。この発表は非常に重要で、米国の軍事戦略の最高責任者である米国防長官が、中国への仮想敵国視を止めると宣言したに等しいわけです。だからこそ、中国首脳はパネッタ長官と握手したのです。

 このような発表が行われている一方、上記のように、米海兵隊が陸上自衛隊と合同で、尖閣諸島上陸を想定したと思われる軍事訓練をやっています。もちろん、公式には、尖閣上陸作戦想定とは言っていませんが・・・。

 われら日本国民は、この二つの矛盾する米国政府の極東行動から、米国はいったい何を考えているのか、ちんぷんかんぷんでしょう。

 本ブログでは、今、米国内の軍事覇権を巡って、米国戦争屋とアンチ米国戦争屋の二大勢力が覇権争いを繰り広げているとみなしています(注3)。

なお、上記、米国戦争屋(世界的寡頭勢力の主要構成メンバー)およびそのロボット・悪徳ペンタゴンを構成する日本人勢力の定義は本ブログのNo.576 の注記をご覧ください。

 尖閣問題を巡る米国の対日意思表示が統一されていないのは確かですが、なぜ、そうなっているのか、マスコミは国民に説明できていません、そのワケは、NHKを含むマスコミは、日刊ゲンダイを除き、ことごとく、米戦争屋寄り、すなわち、日米安保マフィア寄りに偏っているからです、彼らマスコミは決して中立ではありません。そのため、日本のマスコミは、米国内の覇権争いを日本国民に中立的に解説できないのです。

3.米戦争屋が勝つか、アンチ米戦争屋が勝つか、まだ不透明
新ベンチャー革命

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中国監視船の航行続く 接続水域すべて出る
 沖縄県・尖閣諸島周辺では23日、中国の監視船が航行を続け、領海外側にある接続水域を出入りした。第11管区海上保安本部(那覇)は巡視船などで警戒、監視を続けている。
 午前10時現在で漁業監視船10隻が確認されたが、すべて接続水域外に出た。ただ尖閣諸島から離れる様子はなく、周辺海域にとどまっている。
 一方、海洋監視船は18日以降初めて、周辺海域をすべて離れた。
 尖閣諸島周辺の領海や接続水域に、18日以降に入った漁業監視船や海洋監視船は計20隻。
2012/09/23 12:53 【共同通信】
http://www.47news.jp/CN/201209/CN2012092301001192.html

「日本は右傾化」なんて書いちゃってw戦争に突入させたいのは、誰なんですか?www

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120922/amr12092216230005-n1.htm
金融ユダヤの皆さん、毎日御苦労さまでございます。まあ、いろんな手を考えるので、その頭脳の明晰さにはほとほと感心をいたしております。その頭脳の明晰さを善行に差し向けたら、きっと地獄の閻魔大王さまも斟酌して呉れる余地は十分にあるかと思いますがwww
あ!輪廻転生はなかったんでしたよね。これは失礼をいたしました。
「日本が右傾化」なんて書いて、一体どうするおつもりなんでしょうね?尖閣について、石原さんや野田君がやっている ことを「ああ、日本人は、右傾化しているから、当然の成り行きだよな」なんて思わせるために書いたんでしょうかね?w「第二次世界大戦後最も対決的になっ ている」なんて書くと、日中の戦争も辞さないなんてことに無理やりつなげようとしているんでしょうね。なんかキャンベルさんも思わせぶりなこと言ってまし たよね。安保に対してwww
donのブログ

尖閣:日中が軍事力を増強、高まる緊張
中国側は海軍・空軍が合同で実弾演習
日本側は自衛隊が空からの監視を強化

 日中両国は、尖閣諸島(中国名:釣魚島)付近の海域に軍艦を派遣したのに続いて早期警戒管制機(AWACS)まで投入し、両国間の軍事的緊張が高まっている。
  中国軍の機関紙、解放軍報は21日、尖閣諸島を管轄している東海艦隊が東シナ海でAWACSや戦闘機などを投入した海軍・空軍合同の実戦・実弾射撃演習を 行った、と報じた。今回の演習は、尖閣諸島海域の近くで空中戦が起こったという状況を想定して行われた。新型戦闘機4機からなる空軍の編隊が、攻撃を加え てきた敵の戦闘機を迎撃して空対空ミサイルを発射、また海上の海軍艦艇は艦対空ミサイルを発射し、空軍を支援するという形で演習が進められた。
  一方日本側も、産経新聞が21日付で「政府は公表していないが、新たに(1)空自のAWACS(2)空自の早期警戒機E2C(3)海自の画像データ収集機 OP3―も尖閣周辺の上空に展開。中国の海洋監視船や海・空軍の動向を警戒している」と報じた。自衛隊はこれまで、P3C哨戒機を尖閣周辺で1日1回哨戒 飛行させるという程度の対応を行ってきた。
 画像情報収集機は、P3C哨戒機に比べ高い高度を飛び、一度に監視できる範囲が広い。またAEWは、尖閣周辺に接近する戦闘機や大型艦艇を探知できる。
  両国によるこうした軍事力の増強配置をめぐっては、物理的衝突につながる可能性は低いという分析もある。北京の外交街のある軍事専門家は「軍事力が増強配 置されてはいるが、衝突が発生する可能性は高くない。交渉力強化を目指した、気勢の争いという性格のものとみられる」と語った。
東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/09/22/2012092200393.html

<尖閣問題>日中で経済戦争起これば「共倒れ」は必至―英紙
2012年9月17日、フィナンシャル・タイムズは日中間で経済戦争が起これば双方に多大な損失が生まれ共倒れになるとの記事を… (Record China)2012年9月19日 7時16分

トヨタ、24日から中国の全工場で操業再開
[東京 21日 ロイター] トヨタ自動車は21日、中国にある全ての工場が24日から操業を再開することを明らかにした。同社は中国に完成車、部品を手がける工場を合計9つ置いているが、反日デモを受け、18日から一部の工場の稼働を見合わせていた。 (ロイター)【記事詳細】

宮崎正弘の国際ニュース・早読み(宮崎正弘の最新刊予告)
北京の日本大使館前、
上海の領事館前におしかけた反日デモ隊はわずか二十名から、十数名。プラカードに「領土収復」の文字があるが、この標語は統一されていた。つまり公安のやらせである。


 胡錦涛政権は安定穏健路線で日本とはコトを荒立てたくないが、過去の反日デモは、いずれも上海派の強い地域で人為的演出がされた。団派(胡錦涛ら共産主義青年団)を窮地に陥れるために何かが背後に動いた。反日運動は「尖閣」が口実だが、その背後にはどろどろした権力闘争があり、香港の活動家らは、おおがかりな陰謀の手のひらの上で踊らされた哀れなピエロである。
 中国はバブル崩壊、貧困層の拡大、就職難、人民元暴落気配、各地の暴動を抱えており、尖閣、反日どころではないのである。テレビニュースの巨大な影像を錯覚してはならないだろう。
 本書はそうした背後の闇と中国人の特徴的思考回路を勘案しつつ、中国でおきている真実を政治・経済、軍事、文化の各方面から多角的に照射した。

  平成二十四年九月     宮崎正弘
               石  平


http://melma.com/backnumber_45206_5656234/





無双PS原理と〇に・(点):無双PS原理には超越円が、中心にMP(Media Point)がある
テーマ:無双PS原理
以下、少し目を通したが、正に、無双PS原理に通じる視点であると直観した。今は多忙なので、残念ながら、比較考察できない。
 後で、余裕があれば、少し検討したい。

****************

地獄から天国を招くために その14
[ 神秘体験空間 ]
 前回の自己を無にすることの大切さを、老子の第47章から紹介した。例えば、自己を円で喩えると、その中心は、点となる。

 その喩えから、老子の第47章をイメージすると、円の中心点が、無という意味の無限大になれば、それに応じて、円が拡大していくことを説いているようにみえる。自己が無になることで、宇宙につながる。

 このイメージをよく表現している話を、智慧の万華鏡というサイトにみつけたので以下に紹介したい。

 赤血球の核卵!?
 http://plaza.rakuten.co.jp/onaga/diary/201209200000/

 上記のサイトの管理人さんは、「ありとあらゆることが〇に・(点)にシンクロするのです。」といっておられますが、まさに、大本教の教えと一致するところがある。ちなみに、私は、大本教信者ではない。

 〇に・(点)は、老子の第47章とも非常によく似ている。

 物理畑出身の私は、ヒッグス粒子の発見に絡んで、知人にヒッグス粒子の説明をよく求められたが、教科書で教えられる「対称性の自発的破れ」といわれる説 明では、どうもしっくりこない感が残っていたので、「〇に・(点)」の話を聞いて、なんだか目から鱗というか、閃くものがあった。

 この、「〇に・(点)」は、超対称性の話にも、イメージを与えることができる。

 「〇に・(点)」が生じることで、対称性の破れが生まれ、ヒッグス粒子が、素粒子に質量を与えることができるのではないか?と思ったからである。

 超対称性とは、フェルミオンの物質粒子と、ボソンの場のゲージ粒子の交換則のことで、喩えるなら、天秤のようなものである。つまり、物質粒子とゲージ粒子の釣り合いをとって生み出しているエネルギーの根源の法則と考えられる。

 上記のサイトの管理人さんは、赤血球に核が生じ、組織化する理論の紹介に、「〇に・(点)」をイメージされているようだが、赤血球の、その有核化や組織化と、ヒッグス機構は、同等のように思えてきた。上記のサイトの筆者も潜在意識のなかでは薄々感じているようである。

 湯川秀樹は、晩年、老子の陰陽論を用いて、湯川ポテンシャルなるものを考案し、原子核の閉じ込め論を展開したが、ゲルマンの量子色力学に押され、なかば で断念し、代替案のような形で、弦をポテンシャルに用いた弦理論が生まれ、別な形で、超重力理論とともに、超弦理論に発展する。

 「〇に・(点)」は、この湯川ポテンシャルに似たものを再現するようにも思える。

 例えば、無限に遠いところからみれば、〇は、・(点)にみえるわけで、逆に、・(点)自身から自身を無限に縮小して、・(点)をみれば、〇にみえる。

 ということは、「〇に・(点)」の構造を同時に表記するのに都合のいい図形がトーラスであることに気づかされる。
 
 トーラス
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%B9

 話を元に戻して、赤血球の「〇に・(点)」の有核化は、ヒッグス機構の質量を与える対称性の破れと同等で、「・(点)」は、宇宙の秩序の働きを意味するのではないだろうか?

 情報の保存という意味の宇宙の秩序の働きである。

 つまり、陰の虚無の「・(点)」が生じることで、宇宙全体のそのときの状態が、「・(点)」に複製され、記録される。その情報を元に、赤血球は活動し、素粒子は質量をもって運動するようになる。

 そう考えると、老子は、宇宙の法則を説いていることが明らかになる。

 「・(点)」は、宇宙神の命令である。

 さて、そのことを老子は、第8章で説いている。そこで、また例の如く、抜粋して紹介したい。

  ☆  ☆  ☆
 
 第八章 上善は水の如し

 一番エエのは水みたいな生き方やねん。
 水って色んなモンの成長させたりしてんねんけど、喧嘩したりしぃひんねん。
 いっぱいの人が、嫌がる下の方の場所に居てる。嫌やとも思いもしよれへんで。
 せやから「道」の働きに一番近いモンや。

 住むとこには今のトコが一番エエ。その場所にもな、色々意味があるんやで。
 心は深い淵のように静かなんがエエ。ゆっくり色んな出来事を楽しんで見たらエエねん。
 友達は思いやり深くつき合うんがエエ。まわりの人も色んなキッカケをくれるんや。
 言葉は誠実に使うんがエエ。ウソの言葉でもその奥のホンマが見えるで。
 政治は平和がエエ。争っても何もかも見失うだけや。
 仕事は能力がじゅうぶん発揮でけるモノがエエ。自分の能力を生かして生きるんや。
 動くのはタイミングを見はからってダッシュや。自分を生かすのもタイミング次第やで。

 そんだけや。みーんな水がお手本や。
 せやから、競わずあくせくしないでいたら間違いなんてなーんもないんや。

地獄から天国を招くために その13

シュタイナーから読み解く神秘学入門


参考:
無双PS原理「逆」ガウス平面に直交する超越軸z軸を加えてみた - Ameba
< 無双PS原理「逆」ガウス平面:ポップスピップ: Ver1>

陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
               |
               |
               |
               |
   U物質認識      |    T精神
               |
               |
−1____太極・原気・MP・胸・母権______+1
無気物質          |               有気物質
「自我」            |                 「個」
利己的資本主義     |      差異共振的資本主義
               |
   V物質身体      |     W気的身体
               |
               |
               |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


注:上図では見にくいが、利己的資本主義は−1、差異共振的資本主義は+1に属する。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

うまい作図ではないが、以下、ポップスピップ(上図参照)に超越軸z軸を加えてみた。これは正しくは、「逆」ガウス平面と直交する軸である。そのように見られたい。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面(ポップスピップ):Ver2.0>

                       超越軸z軸
                                 /
陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)                           /
               |           /
               |         /
               |       /
   U物質認識      |     T精神
               |   /
               | /
−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質        /|               有気物質
「自我」       /   |               「個」
          /    |
   V物質身体      |     W気的身体
     /         |
   /           |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


追記:以下のように配置を変えた方が一般的であろう。


< 無双PS原理「逆」ガウス平面:Ver2.1>

                   虚軸y軸:陰・凹i・光子・天
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1___太極・原気・MP・胸・母権___+1実軸x軸
無気物質        /|              有気物質
「自我」       /   |              「個」 
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陽・凸i・重力子・地


追記2:超越軸z軸と虚軸(超越論軸)y軸において作られる「単位円」が以前述べように、超越円であり、それは、思うに、超太極(円)とでも呼ぶべきものだろう。
 そして、虚軸y軸と実軸x軸の「逆」ガウス平面において形成される「単位円」(自然円)は、現象界に属するものであるが、それは、回転し、螺旋を+1の方向に形成すると考えられる。以前、述べたように、映画Thriveのトーラスと一致するように考えられる。

参考:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )

参照:
凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11242890795.html

以上において、次のように述べた。

「少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きであ る。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成 熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。」

映画Thriveのトーラスにおける、上部極から下部極へ移動し、言わば、外殻、外皮、外面形成する力動について、それは、超光エネルギーの衰退を意味すると述べたが、それはある意味では正しく、ある意味では間違いである。
 というのは、螺旋的、乃至は、黄金比(白銀比もおそらく入れられよう)的物質体(身体)形成は確かに、そこ(凸[+1])からは衰退するから、それは、それまでの超光エネルギーから見ると、超光エネルギーの衰退を見ることは可能である。
 しかしながら、視点を変えてみると、凸(+1)に到達した、超光エネルギー、乃至は、差異共振エネルギーは実は、螺旋的物質体(身体)形成過程(Aプロセス)から脱螺旋的物質体(身体)過程(Bプロセス)へと転換するのではないだろうか。
 つまり、Aプロセスは同一性物質化を伴っていた、Bプロセスにおいては、同一性的物質化が消滅して、純粋な差異共振化、超光化が発生するのではないだろうか。これを聖霊プロセスと呼んでもいいだろう。
 つまり、超光エネルギーは衰退するのではなく、ただ、変態したと考えられるのである。喩えれば、蛹から蝶へと変態するようなものである。そう、それをヒントにして言えば、プシュケー・プロセスとも言えよう。
 思うに、それは、超越軸、超越界、神霊界、霊界における差異共振による超光形成と重なるように思えるのである。だから、聖霊プロセスなのでもあるが。
 結局、Bプロセスは物質体・身体形成としては衰退過程であるが、精神形成としては成熟過程である。
 さて、問題は、Bプロセスがどうして、凸(+1)からリンゴや梨のような外殻、外皮、外面である湾曲した球面を辿り、凹(−1)へと進行するのかである。その力学はどういうものか。
 これは単純に、磁界を考えればいいのではないだろうか。即ち、凸(+1)をN極とし、凹(−1)をS極とするのである。磁力がN極からS極へと作用するのであり、それとほぼ同様なことが、Bプロセスに起きている考えればいいのではないだろうか。
 つまり、下部極から上部極の螺旋的物質体化過程(Aプロセス)の方向、即ち、凹(−1)から凸(+1)への実軸x軸の左方から右方への方向を、純粋超光 は取ることがもはやできないのであり、つまり、言わば、内的な方向を取ることはできないのであり、そのため、外的な方向を取ることになると考えられるので ある。
 しかしながら、内的方向とは実は、外的物質体化の過程であり、外的方向とは内的精神化の過程であるというパラドクシカルな意味合いをもっているのである。
 しかし、外的方向=内的精神化の過程=Bプロセスは、凹(−1)という物質が終点であり、それは、死を意味すると言えよう。だから、その意味では、衰退消滅の過程なのである。純粋超光、純粋差異共振はそこで終了するのである。
 とは言え、それは、新生の過程に入ることである。新たな螺旋的物質体(身体)の過程に入ることになるからである。輪廻転生である。即ち、 凹(−1)の 物質において、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神を宿していた物質体・身体は消滅すると考えられるが、そのとき、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神は完全 に脱物質化するのであり、それは、超越軸=超越界=神霊界=霊界に帰還すると考えられるのである。
 そう、凸(+1)において、脱物質化すると言ったが、それは完全な脱物質化ではなく、脱物質化のプロセスの開始を意味するのであり、完全な脱物質化は、 凹(−1)の物質において、為されると考えられるのである。説明すると、凹(−1)の物質とは無機的な物質、いわば、鉱物のようなものであり、生命的有機 体はそこには存しないと考えられるのである。
 今はここで留める。









日本史を母権的民族と父権的民族の複合体の視点で書き替える必要があるだろう
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
私の日本史私説の骨子は既述済みである。即ち、三重の母権的民族に父権的民族が侵入して、古代日本が誕生し、両民族の融合が日本史を形成したということで ある。しかし、江戸後期に、新父権と新母権に分裂して、結局、明治維新は、前者が後者を排除していくことになり、父権的全体主義国家としての「近代」日本 が誕生したということである。
 この父権的国家は15年戦争を起こし、大敗戦を喫したが、連合国側により、その基盤は残されて、戦後となり、その後の日本を作ったのである。
 自民党/民主党政権は、その体現であり、母権的民族である大半の国民の利益に反する政治を行ってきていると考えられる。
 あえて言えば、父権的民族は異民族なのである。これは極論なので、注意されたい。
 とまれ、父権的民族のもつ、母権的民族に対する優越性、選民性があると考えられる。
 これがある限り、民主主義はお題目、イデオロギーに過ぎない。
 有り体に言えば、母権的国民に対して、優越する、選民的父権的支配層は当然、国民を見下し、利用するだろう。
 言い換えるならば、日本国内における、植民地主義があるのである。父権的民族による母権的民族(本来の日本民族)の植民地的支配である。
 これは、書物では、記紀、とりわけ、日本書紀において、「正当化」されていると思われる。
 私は先に、ベースの母権的民族の原日本に侵入した父権的遊牧民族は失われたイスラエル十支族であると仮説した。
 彼らは選民であり、また、母権的民族、文化を殲滅する一神教的志向をもっていたと考えられる。
 ただし、天皇制であるが、それは、母権的文化の太陽女神信仰における太陽女神(天照大御神)を利用したものであると考えられる。父権的支配のために、母権的宗教の太陽女神を利用して、母権的民衆を欺したのである。これは、カトリック教会と似ていると言えるかもしれない。
 今はここで留める。

追記:この説では、なぜ、多神教なのであるか説明できないだろう。もし、イスラエル民族が支配したなら、一神教になるだろうからだ。
 今言えることは、多神教は母権的民族文化への妥協ではないだろうか。ドラ スティックに一神教化せずに、多神教性を残して、支配したのではないか。それは、カトリックが、女神崇拝の地中海の民衆を支配するのに、聖母マリアを立て たことと相応するのではないだろうか。後で検討したい。

追記2:もう少し説明すると、元々、聖書があいまいな性格をもっているのである。神は実は、「二人」いるのである。ヤハウェ(唯一神)とエローヒーム(神の複数形:つまり、神々、多神である)である。
 つまり、元々はイスラエル民族に父権的神と母権的神の併存があったのであり、その後、前者に焦点が当てられて、一神教が生まれたと考えられるのである。
 つまり、一神教という宗教はかなり後のものであり、本来は、二つの 神、一神教的志向をもつ神と多神教的神が併存していたという未分化様態であり、そうならば、古代日本において、イスラエル民族がベースの母権的民族を支配 しても、多神教性を残すことは問題ではなかったと言えるのではないだろうか。
 

参照:
1時間 Sarah Yamasaki 山崎淑子  ‏@prisonopera
支配の手法:分割統治 【Divide et impera分断して支配せよ】 国を2つに分断または2つの勢力を支援。不安定な状況を生み出しその国力を削ぐ。帝国の絶対的な優位を保つ戦略。 複数国家が連携して帝国に逆らわないように、国家間を分断 http://enzai.9-11.jp/?p=11845


参考:
「地位協定破棄宮内省破棄福一石棺桶化」  通りがけさん『文殊菩薩(ブログ版)』 コメント H.24/09/16


「地位協定破棄宮内省破棄福一石棺桶化」


ペテン地位協定破棄してペテン宮内省を解体することが必要で、それだけで後は自然の摂理でもとの美しい善君子善女子民衆が争わず、相和して清らかに慎ましく正直勤勉に暮らす、地球上で至上の蓬莱島 ─ 真善美日本が戻ってくるでしょう。


通りがけさん『文殊菩薩(ブログ版)』 コメント  2012-09-16(12:12)


 天下りの語源は天孫降臨です。そもそも人類百万年の歴史のなかで天孫とそれ以外の人類遺伝子に違いがあるはずがない。天孫降臨こそ人類に対する侮辱であり汚職です。一神教に共通する選民思想、血の生け贄を強要するペテン悪魔ヤーウェですね。

 具体的にペテン悪魔ヤーウェが日本に巣くっている根城を示しましょう。


  宮内省です。日本では明治維新以来神仏分離してヤーウェが独裁体制を築き日本を破壊しました。そもそも悠久の歴史のなかで天皇ひとりが絶対不可侵の大権を 持ったのは日本列島史上明治政府が初めてだったのです。それまではすべては空なりただ法(仏法)があるのみの仏教が日本人民衆の共通の悟りでした。天孫降 臨族の間で神仏習合したのはおそらく聖徳太子でしょう。
「世間虚仮唯仏是真」という太子の言葉がその証です。

 それを明治維新で悪魔がペテンを使って破壊した。そして絶対不可侵のペテン大権を手に入れ国民を生け贄の仔羊の地位へおとしめて天皇の大権を代理として執行する悪魔ペテン政府を作って仏教国日本を悪魔支配してきた。

 戦後は天皇を現人神から人間へ降格させさらに人間天皇から全ての人権を剥奪して象徴に祭り上げたうえで、天皇大権をそっくりそのまま奪い取った宮内省として絶対の権力と金力をペテン悪魔が変わらずふるいつづけています。

  日本を江戸時代以前の真善美の民衆の国にもどすためには、まずペテン地位協定破棄してペテン宮内省を解体することが必要で、それだけで後は自然の摂理でも との美しい善君子善女子民衆が争わず相和して清らかに慎ましく正直勤勉に暮らす地球上で至上の蓬莱島真善美日本が戻ってくるでしょう。

2012-09-16(12:12) : 通りがけ

http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-1423.html#more
『文殊菩薩(ブログ版)』





両知性・超感知性:「理性」(超理性)とは、知性(悟性)と感性の対立を包摂した概念であろう
テーマ:無双PS原理
カント、ヘーゲルの哲学には、悟性と理性という言葉が頻繁にでてくる。
 しかしながら、今日では、両者の区別が判然としないだろう。
 思うに、カントにこの混乱の一因はあるのではないだろうか。
 今日的に言えば、悟性とは知性である。頭脳である。
 では、理性とは何か。これは、カント的には、知性を超越する「知性」である。これは、カントの視点である。
 しかし、これは、わかりにくい。
 私の直観では、理性とは、感性のもつ超越性と知性とを包摂した精神的能力である。だから、精神知性、あるいは、精知性、神知性とでも言うべきものである。 
 そう、理念というものは、本来、この精神知性に存するものであろう。
 とまれ、理性という用語は廃止した方がいいかもしれない。上記したように、精神知性、精知性、神知性としたほうがいいだろう。
 あるいは、超理性、あるいは、超識性、対識性、両識性、太識性、等と呼ぶことができるだろう。陰陽論に即して、太極理性、太理性になるだろう。
 とまれ、今の段階では、暫定的に、理性は両知性としたい。つまり、端的に、両知性とは、感性と知性の均衡である超越論的認識性である。そう、だから、超感知性でもいいだろう。

追記:カントの理性が今日、分かりにくいのは、カントは超越性を理性の対象にしていることからくる。例えば、霊魂の不滅等である。
 だから、カントの理性(純粋理性)は、超越知性とすればいいのである。しかし、唯物科学の今日、それは、空想に見えるだろう。
 ヘーゲルの理性であるが、それは、知性を包摂した精神知性のことである。つまり、霊的知性である。故に、霊知性ということができる。
 だから、カント、ヘーゲルの理性を合わせて、霊知性ということが可能である。

追記2:感性と知性の二分法自体が狭すぎるだろう。感覚性と知性と魂性の三分法にした方が的確である。
 上記で、私がいう感性は感覚性と魂性の両方も含んだものである。一種、未分化様態である。
 霊知というとき、それは、単に、魂性ではなく、魂知性に関係するだろう。
 魂性はMPに基づくが、霊知=魂知性とは、超越性、超越界、霊界に関わるだろう。


2012年09月22日(Sat)▲ページの先頭へ
既に第三次世界大戦(ハルマゲドン)は始まっていると見るべきだろう
Thu, September 06, 2012
既に第三次世界大戦(ハルマゲドン)は始まっていると見るべきだろう
テーマ:超国家的グローバル戦争資本帝国主義
イラク侵略戦争から、第三次世界戦争は始まっているのだろう。シリアにおける「内戦」は、イラン戦争への布石であろう。
また、東アジアにおける戦争への画策がある。
 悪霊戦争金融資本主義に支配された世界。ユダヤ・キリスト教西洋文明はもう賞味期限切れであり、世界を破壊することに向かっている。
 
追記:精神史的に言えば、唯物的利己主義の終焉であり、霊的共同主義の誕生である。

追記2:現在の地球資本主義であるが、やはり、優れた国際政治経済の解説者が見るように、二つに分かれていると見るべきであろう。
 一つは、戦争を媒体とする金融資本勢力である。所謂、戦争屋である。
 一つは、田中宇氏が説くような多極化路線の資本主義である。
 当然ながら、後者が健全であり、今日、発展していると考えられ、前者は病理、ガン細胞である。
 現代日本の窮境は、前者に支配されていることであり、後者が見えなくなっていることである。もっとも、まともなビジネスをしている人間にはわかっていることであろうが。
 そう、この二つの世界経済路線をわかりやすく呼ぶなら、戦争資本主義と平和資本主義である。
 もっとも、私は、後者は、霊的共同主義的経済へと向かうとは思っているが。
 
参考:
日本のマスコミも政界も、日本人でない...
2012/9/6(木) 午後 0:46
新ベンチャー革命 2012 年 9 月 6 日  No.638 タイトル: 日本のマスコミも政界も、日本人でない勢力に乗っ取られていると認識すべき:さもないと日本国民の貧乏化は避けられないと知れ! 1.米経済再生に、われら日本国民の預貯金が使われる   2012 年 11 月に米大統領選を控えて、米国戦争屋政権 ... すべて表示

 そして、今後1年以内に日本から米国へ、100兆円規模で、国富移転が行われる可能性が高くなります。

 その資金調達の利払いに消費増税分が充当されるのも間違いないでしょう。

 短期的には、われらの預貯金を使って日本の国債(日本政府の米国債購入財源)を買う日本の金融機関に、消費増税分が国債利払いの名目にて移転されるでしょう。

 日本では故意に超低金利政策が続けられており、われらのもらう預貯金利子はほとんどありませんから、財務省天下り先である日本の金融機関のみが国債利払い収入で潤うわけです。簡単に言うと、消費増税分は日本の金融機関(国債を買う金融機関)を潤すということです

参考:
ロスチャイルド勢力のNWO世界支配の進み具合は?
今日は、久しぶりにイギリス人の情報提供者、テリブル・ティム氏が、ジェフ・レンズの番組に登場しインタビューに答えています。以前、このブログでもテリブル・ティム氏のインタビューをご紹介したことがありますが、彼は、
イルミナティの連中(ロスチャイルドら)の魂を乗っ取った悪の宇宙生命体をやっつけるには、コバルト60が有効であると説いていた人物です。彼以外に誰もそのことを唱えた人物はいなかったので非常に印象深い人物です。
ティ ム氏によると、やはり、私などの一般庶民も感じているように。。。ロスチャイルドやイスラエル、欧米勢力は計画通りに物事が進んでおらず、かなり焦ってい るのが今の状況のようです。何しろ、シリア政府の抵抗が激しく、また、ロシアが睨みをきかし、中々イラン攻撃の準備ができません。イランやロシアを攻撃 し、国を破壊しないとロスチャイルド悪魔帝国の世界支配体制はできないとのことです。もし11月にイランを攻撃できなければ、ロスチャイルド・・・つま り、ひょっとして、イルミナティ勢力の力が衰えるかもしれないと期待してしまいます。もちろん、ロスチャイルドの力が衰えても、別の勢力が世界制覇をする ならば、世界の自由と平和は夢となってしまいますが。。。
日本や世界や宇宙の動向

• アルカイダ指導者:5000名の戦士のシリア派遣で米・サウジと取引
• 米元国連大使からイスラエルへ:イランを攻撃せよ、貴国の権利だ

イランのブシェール原発

◆9月3日

  ジョン・ボルトンというアメリカの元国連大使が、アメリカはやりそうにないから、自衛のための正当な権利としてイスラエルはイラン攻撃をせよ、とイスラエ ルに激を飛ばした。お馬鹿な戦争屋の典型例として挙げた。こういう無責任な者たちがアメリカの外交部門でうろうろしているから、まだまだアメリカは危険で ある。

 イランが核兵器を開発しそうだから、それを「阻止」するために先制攻撃せよ、という論法はまったくの暴論でやくざの論理である。それを言うのであれば、イスラエルは核兵器を保持しているから、使用する前に先制攻撃をせよ、とイランに言うべきだろう。
donのブログ





Thu, September 06, 2012
資本主義の中の二つの「資本主義」:同一性資本主義と差異共振資本主義
テーマ:新母権的社会:個的共同体
今は余裕がないので、詳述できないが、日本の支配層がほとんど、某国の奴隷集団になっている事態の力学について、述べたいと思っている。
 結局、生命体を考えるといいと思う。健全な生命体は、陰陽差異共振身体である。それに対して、ガン細胞は、それを破壊する同一性主義体である。つまり、 健全な生命エネルギーをもたらす陰陽差異共振がなく、自己同一性が主体となり、他者を搾取する状態である。これは、生命体に必要な差異=他者がなくなり、 自己同一性というガン細胞が増殖する状態と考えられるのである。
 自己同一性というガン細胞、政治経済のガン細胞を消失させる必要があるのである。
 国民が、庶民が、社会政治経済生命体に必要なものは、陰陽差異共振であること、差異共振的資本経済であることをしかと認識すべきである。

追記:もう一つは被洗脳のことである。これは、観念を頭に植え込まれた状態である。自己の感性や直感を通さずに、植え込まれた観念だけで「判断」するようになっているのが、日本の支配層である。言わば、ロボット、ゾンビ・ロボットである。
 そう、頭というものは、感性、直感・直観の基礎がないと、単に、受け売りだけの機能しかないのである。
 某大学を出ても、自分の魂で思考しない人間が日本の支配層になっているのである。






Wed, September 05, 2012
福島の子供の36%に、放射線被曝による甲状腺異常 「Business Insider」の報告 
テーマ:放射能汚染と脱原発利権
山下俊一、政治行政、官僚、マスゴミの悪霊群であるが、 これは、平たく言えば、利己主義者群である。結局、倫理・道徳が欠落しているのである。自己はあるが、個がないのである。自己同一性主義という利己主義が 支配して、個において存する他者意識が全く欠落しているのである。
 もっとも、他者意識を志向するものは、根源的な太極魂である。これが、他者への無視に対して、心痛を引き起こすと考えられるのである。
 日本近代化は父権主導であったので、自己同一性主義=利己主義が支配的になり、個的倫理・道徳が未形成なのである。個的倫理・道徳の形成は新母権的意識の形成と一如である。
 日本の支配層は、父権的集団であるために、庶民に多い母権的意識を無視しているということでもある。
 脱近代主義が必要である。そう、日本人は灯台もと暗しであり、東洋・日本の伝統的叡知を否定して、悪魔的国家を形成したのである。
• 暗黒医療:医師たちは福島の子供たちを見捨てるのか (08/23)
• 福島の子供たちに甲状腺結節−日本のマスコミは報じない (08/22)
福島の子供たちが本当に危ない。

SPEEDI情報は届いていたのに、それを知らせず子供たちを被曝させたたけでなく、安定ヨウ素剤の服用指示さえ出さなかった真の犯罪者たち。

佐藤雄平と福島県庁、山下俊一ら、官僚、野田佳彦、マスコミ…。自分たちがその当事者であり加害者であるのに、責任を取ろうとせず、まだ嘘をつき続けている。

福島の子供の36%に、放射線被曝による甲状腺異常
「Business Insider」の報告 全文翻訳

36 Percent Of Fukushima Children Have Abnormal Growths From Radiation Exposure
(Business Insider by Michael Kelley 2012年7月16日)

ENENewsが報じているように 、福島原発事故から1年後、福島県から検査を受けさせられた38000人を超える子供たちのうち、36%の子供の甲状腺に、異常増殖、嚢胞(のうほう)もしくは結節(シコリ)があることが分かった。

カレイドスコープ







Tue, September 04, 2012
検討課題:霊的宇宙をどう説明するのか:新コスモス論(ポスト占星術的宇宙)へ向けて
テーマ:cosmos
本問題は、実に長い間の懸案であるが、未だ決定打となる仮説が出てこないのである。私は、西洋占星術の基本的な概念を肯定しているが、その日の占い・運勢のようなものは信じない。
 つまり、星座(正しくは、宮)と性格との相関性をみとめているのであるが、その「科学」的原理が説明できないのである。
 単に迷信と切り捨てるのは、容易であるが、占星術が経験知に合致する側面を捨て去ることになる。
 シュタイナーの体論から言えば、アストラル体(感情、欲望体)と占星術は関係すると考えられる。
 それは、思うに、MP(原点)に存する様態のように思える。
 ここで作業仮説として、凸iを火、凹iを水、−1を地、+1を風とする。つまり、四大(地水火風)をそう設置してみる。
 そうすると、第一象限には、風象星座(双子座、天秤座、水瓶座)、第二象限には、火象星座(牡羊座、獅子座、射手座)、第三象限には、地象星座(牡牛座、乙女座、山羊座)、第四象限には、水象星座(蟹座、蠍座、魚座)を配置できるのかもしれない。
 もっとも、基軸は、風象星座の場合は、+1であり、火象星座の場合は、凸iであり、地象星座の場合は、−1であり、水象星座の場合は、凹iである。
 そして、各象限を三等分(30度で区分)して、基軸から数えることにすると、第一象限の第一区分は水瓶座、第二区分は、天秤座?、第三区分は双子座?、 そして、第二象限の第一区分は、獅子座?、第二区分は、牡羊座?、第三区分は射手座?、そして、第三象限の第一区分は、牡牛座、第二区分は、山羊座?、第 三区分は、乙女座?、そして、第四象限の第一区分は、蠍座?、第二は蟹座?、第三は魚座?だろうか。
 とまれ、そう作業仮説すると、誕生のとき、各個人の魂(個魂)は、ある陰陽双極子の様態をもっていて、それが、どの象限に属するかで、誕生日が異なると いうことではないだろうか。今日は、9月4日で、乙女座になる。乙女座の人は、陰陽双極子が誕生に際して、第三象限の第三区分に存していたということにな る。
 しかしながら、これは、性格(だけではないが)に関わることであり、個の本性ではない。個の本性は、霊的なものであり、先に述べたように、個霊性である。
 それは、超越界、超越円に属するものと考えられる。
 


<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           | 
 
 


直交座標系による平面上の点の座標と四つの象限





http://chaos2ch.com/archives/3095318.html
12の星座の性格・星占い
www.geocities.jp/urakazu6/sub5.html - キャッシュ 類似ページ
www.geocities.jp の結果をすべてブロック
西洋占星術(星占い)では、星座と星をもとに、主として性格や才能、資質を明らかにします。相手をどう理解し、どのように接したらよいのかといった、人間関係の問題、自分の欠点をどう受けとめたらよいのかといった、自分に関する問題、職業選択、人生の進路、 ...

参照:
陰陽双極子の方程式と計算
テーマ:無双PS原理
今日も簡単に述べるに留める。
 先に次のように述べた。
「T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。」
これは、超越軸と虚軸の形成する平面における方程式である。
 便宜上に簡単にするために、これを虚軸と実軸によるガウス平面に降ろして考える。そうすると、
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
しかし、これは、より簡潔になる。
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕=cos(2θ+π)*isin(2θ+π)(ただし、θ=nπである。)
これは言い換えると、ガウス平面上の単位円の周囲における、言わば、双極子である。
 具体的に見ると、θ=π/6=30°のとき、
T・U=cos(4π/3)*isin(4π/3)=−1/2−i√3/2
となる。
 これは、第三象限に属するが、これが何を意味するのかは、おいておく。
追記:以下にあるようオイラーの公式を使えば、より簡潔になるだろう。

追記2:解答値の−1/2−i√3/2であるが、これを第三象限に属すると述べたが、実軸−1/2、虚軸−√3/2に位置する単位円上の点である。
参考:
オイラーの公式の使い方

オイラーの公式の使い方
大学に入ると次のような式を学びます。


(e:自然対数)

この式はオイラーの公式と呼ばれています。この式を知っていると計算の見通しが良くなるので高校生でも知っておくと良いと思います。そこで、オイラーの公式を複素数に使いオイラーの公式の使い方について考えてみます。

複素数は、
Z=|Z|(cosθ+i sinθ)
と極座標(距離と角度)の形式で表すことができます。

このとき、Z1とZ2の積を考えると、
Z1×Z2=|Z1|(cos(θ1)+i sin(θ1))|Z2|(cos(θ2)+isin(θ2))
=|Z1||Z2|(cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2))
となります。
この式の図形的意味を考えると、
(Z1にZ2を掛ける)=(Z1を|Z2|倍に拡大)+(Z1をθ2回転)
というように解釈できます(これは複素数を図形的に考えるときに重要です)。

さて、ここからオイラーの公式を使うと役に立つ理由 を説明します。
上で積を考えたときに,計算で気になるのは、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+isin(θ2)) =cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2)
の部分です。 この式は、本来なら加法定理を利用して整理すべきものですよね。
しかし,オイラーの公式を使えば、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+i sin(θ2)) =(eiθ1)×(eiθ2)
=ei(θ1+θ2) (ea×eb=ea+bを使った)
=cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2) (オイラーの公式を使った)
このように指数関数の性質を使い簡単に計算することができます (加法定理の計算を指数関数の積にすることができた)。

また,オイラーの公式を使えばド・モアブルの式は、 (eiθ)n = ei nθ という,指数関数の性質である(ea)b=eabのことを言っているだけだということがわかります。

最後にポイントをまとめます。
<Point> オイラーの公式のメリット

Z=|Z|(cosθ+i sinθ)をオイラーの公式を使いZ=|Z|e iθと表すと、めんどくさい三角関数の計算が指数関数の計算に変わるので計算が楽になる。

(指数関数の計算がめんどくさいから対数を取るのと、感覚的には同じ考え方)


<研究>三角関数を指数関数であらわす

オイラーの公式より、
-(1)
オイラーの公式の複素共役を取ると、
-(2)

{(1) + (2)}/2 よりcosが、 {(1) - (2)}/2i よりsinが次のように求まる。

よって、三角関数は指数関数で表された。

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11344606343.html




Tue, September 04, 2012
悪霊化した父権文明の終焉と陰陽極性的新母権文明の誕生:旧父権と新母権の「世界最終戦争」
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
父権的意識、自己同一性意識は、母権的意識、即ち、陰陽極性・差異共振的意識(言わば、MP意識)を嫌悪する。
 そう、物質主義的意識が差異共振的意識(精神的意識)を嫌うと言えよう。
 後で詳述したい。
一言言うと、男性原理が女性原理を恐れる理由は、ここに存すると言えよう。

追記:言い換えると、利己主義と共同主義との違いとも言えよう。





Sun, September 02, 2012
陰陽双極子の方程式と計算
テーマ:無双PS原理
今日も簡単に述べるに留める。
 先に次のように述べた。
「T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。」
これは、超越軸と虚軸の形成する平面における方程式である。
 便宜上に簡単にするために、これを虚軸と実軸によるガウス平面に降ろして考える。そうすると、
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)
しかし、これは、より簡潔になる。
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔cosθ+isinθ〕*〔cos(θ+π)+isin(θ+π)〕=cos(2θ+π)*isin(2θ+π)(ただし、θ=nπである。)
これは言い換えると、ガウス平面上の単位円の周囲における、言わば、双極子である。
 具体的に見ると、θ=π/6=30°のとき、
T・U=cos(4π/3)*isin(4π/3)=−1/2−i√3/2
となる。
 これは、第三象限に属するが、これが何を意味するのかは、おいておく。
追記:以下にあるようオイラーの公式を使えば、より簡潔になるだろう。

追記2:解答値の−1/2−i√3/2であるが、これを第三象限に属すると述べたが、実軸−1/2、虚軸−√3/2に位置する単位円上の点である。
参考:
オイラーの公式の使い方

オイラーの公式の使い方
大学に入ると次のような式を学びます。


(e:自然対数)

この式はオイラーの公式と呼ばれています。この式を知っていると計算の見通しが良くなるので高校生でも知っておくと良いと思います。そこで、オイラーの公式を複素数に使いオイラーの公式の使い方について考えてみます。

複素数は、
Z=|Z|(cosθ+i sinθ)
と極座標(距離と角度)の形式で表すことができます。

このとき、Z1とZ2の積を考えると、
Z1×Z2=|Z1|(cos(θ1)+i sin(θ1))|Z2|(cos(θ2)+isin(θ2))
=|Z1||Z2|(cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2))
となります。
この式の図形的意味を考えると、
(Z1にZ2を掛ける)=(Z1を|Z2|倍に拡大)+(Z1をθ2回転)
というように解釈できます(これは複素数を図形的に考えるときに重要です)。

さて、ここからオイラーの公式を使うと役に立つ理由 を説明します。
上で積を考えたときに,計算で気になるのは、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+isin(θ2)) =cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2)
の部分です。 この式は、本来なら加法定理を利用して整理すべきものですよね。
しかし,オイラーの公式を使えば、
(cos(θ1)+i sin(θ1))×(cos(θ2)+i sin(θ2)) =(eiθ1)×(eiθ2)
=ei(θ1+θ2) (ea×eb=ea+bを使った)
=cos(θ1+θ2)+i sin(θ1+θ2) (オイラーの公式を使った)
このように指数関数の性質を使い簡単に計算することができます (加法定理の計算を指数関数の積にすることができた)。

また,オイラーの公式を使えばド・モアブルの式は、 (eiθ)n = ei nθ という,指数関数の性質である(ea)b=eabのことを言っているだけだということがわかります。

最後にポイントをまとめます。
<Point> オイラーの公式のメリット

Z=|Z|(cosθ+i sinθ)をオイラーの公式を使いZ=|Z|e iθと表すと、めんどくさい三角関数の計算が指数関数の計算に変わるので計算が楽になる。

(指数関数の計算がめんどくさいから対数を取るのと、感覚的には同じ考え方)

<研究>三角関数を指数関数であらわす

オイラーの公式より、
-(1)
オイラーの公式の複素共役を取ると、
-(2)

{(1) + (2)}/2 よりcosが、 {(1) - (2)}/2i よりsinが次のように求まる。

よって、三角関数は指数関数で表された。





Sun, September 02, 2012
霊的情報⇒気的情報⇒生命体⇒純粋物質:太陽系には気的情報だけでなく、霊的情報があるだろう。
テーマ:cosmos
霊的情報⇒気的情報⇒生命体⇒純粋物質:太陽系には気的情報だけでなく、霊的情報があるだろう。

今日も一言述べるに留める。
 先に、生命体と非生命体的物質を区別した。それは、気的情報があるか否かの違いに拠るのである。
 これを敷衍すると、生命体に霊的情報があるか否かの違いがありえるだろう。そして、人間と他との生物の違いはこれに拠ると考えられよう。
 思考能力は明らかに、人間だけがもつものであり、ここに霊的能力を見ることができる。
 これは、無双PS原理で言えば、超越界の霊的情報が気の世界(気界)に達しているのであり、生命体に霊的能力が刻印されているということである。
 端的に、人間は、生物(気的物質)でありながら、同時に、霊的能力をもっているのである。(しかし、シュタイナー的に言えば、悪魔的能力も体現しているのである。)
 とまれ、今は、その点ではなく、太陽系を考えたい。
 太陽系は単に気的情報をもつ「生命体」なのか。
 直観では、なんらかの霊的情報をもっていると思われるのである。
 思うに、なんらかの霊的情報が、太陽系を創造形成したと思われる。つまり、霊的太陽系である。
 このことが、古代宇宙論(占星術の基盤)を生み出したのだろう。
今日は、短いが、ここで留める。



2012年09月16日(Sun)▲ページの先頭へ
生命体=気的物質と非生命的物質:生命的物質と非生命的物質は質的に異なる
Fri, August 31, 2012
生命体=気的物質と非生命的物質:生命的物質と非生命的物質は質的に異なる
テーマ:無双PS原理
生命体=気的物質と非生命的物質:生命的物質と非生命的物質は質的に異なる

先に放射性物質と生命体について考えていたが、これまでの気と生命体の考えでは不十分であると感じたので、考え直してみた。
 結局、生命体とは、気の次元と物質の次元の二つの次元をもつ複合体であるのに対して、非生命的物質とは、気的次元がなく、単に物質的次元しかないと考えられる。
 このように考えることで、生命体と非生命的物質の違いが明快になると考えられる。
 無双PS原理三次元世界マップから見ると、生命体とは、虚軸の陰陽気をもつと同時に、実軸の物質をもつことがわかる。それも、陰陽共振による螺旋力動をもつ物質である。つまり、生命体とは、虚軸と実軸、正確に言うと、虚軸とプラスの実軸の平面に属することになる。
 それに対して、非生命的物質とは、虚軸領域をもたず、マイナスの実軸に属すると考えられるのである。
 では、そのように考えたとき、電磁波をどう捉えるべきか。これまで、陰陽共振がMPにおいて、電磁波に変換して、⇒+1の事象になると考えてきた。
 そう、それは問題ないだろう。結局、生命体は気が主導的で、螺旋的に物質形態が形成されると考えられる。言い換えると、気主物質従の様態である。気が電磁波の情報となって、電磁波を導き、生命体を構成すると思われる。
 しかしながら、非生命的物質の場合、もはや、気の主導性はなく、物質自体の力学が主導的になると考えられる。これは、唯物科学の領域となる。
 では、非生命的物質における電磁波とは何かが問題である。思うに、気が主導しない電磁波が当然あると考えられるから、これまで考えたように、実軸における⇒+1の⇒に電磁波を見ていいのではないだろうか。
 しかし、正確に言えば、MP2(MPの実軸上の点)から生まれる電磁波である。MP2は原子の領域であり、端的に物質の領域である。故に、MP2⇒+1という方程式が考えられるのである。
 この方程式は確かに一種の生命体の方程式である。しかし、気に導かれていない生命体方程式である。これは、言わば、唯物的生命体の方程式である。人工的生命体の方程式とも言えよう。
 例えば、電灯の光を与えて、栽培する野菜の一部は、そのようなものだろう。あるいは、化成肥料で栽培する場合や遺伝子工学で誕生した生命体の場合がそうだろう。
 それには、自然天然の気の情報が欠落しているので、生命の本来的力が欠落していると考えられよう。
 とりあえず、以上で、本件の検討を終える。


Thu, August 30, 2012
検討問題:生命体と免疫  生命体(気的物質体)は陰陽方程式凸i*凹i⇒+1の+1で説明がつきそ
テーマ:放射能汚染と闘う知恵:光合成細菌、乳酸菌
検討問題:生命体と免疫 

生命体(気的物質体)は陰陽方程式凸i*凹i⇒+1の+1で説明がつきそうである。生命エネルギーは⇒だろう。そして、食とは、このエネルギーを補給する ことにほかならない。つまり、⇒は日々補給しないといけないのである。そうでないと、陰陽は共振ではなく、非共振、即ち、−1←凸i*−凹iとなり、−1 という死体、物体へと解体する。
 では、生命維持機能で重要な役割をする免疫とはどう数式化できるか。
これは、考え方は簡単だと思う。生命の原動力である陰陽共振を阻害する、つまり、非共振をもたらすなんらかの機能体を破壊することである。
 なんらかの非共振は、陰か陽を傾斜すれば、もたらされるだろう。わかりやすく言えば、陰陽バランスを阻害すれば、もたらされる。
 例えば、放射能物質がそうである。それは、生命体の陰陽共振を破壊するものである。正確に言えば、陰陽共振による生命物質体の正常な形成を放射能が阻害するとことである。
 この生命物質体を阻害、破壊に対して、対抗的作用することが免疫である。
 問題は、陰陽レベルと物質レベルにおいて、免疫が考えられることである。
 飯山一郎氏が提唱、推奨する乳酸菌による免疫力強化は、後者であるように思える。 
 それに対して、陰陽気のレベルの免疫もあると考えられる。簡単に言えば、気の強化である。
 免疫作用は、両者が合わさることが理想であろう。
ここで話題を飛躍するが、放射性物質関連で言うが、不思議なことは、飯山一郎氏が説く光合成細菌が放射能を「食べて」しまうということである。
 原始宇宙における放射線を、それは「食料」にしてしまうということである。これは、いったいどういうことなのか。以前、簡単に触れたが、原始宇宙の放射線は、光合成細菌の陰陽共振による生命体形成を阻害できず、返って、「有益」なのである。
 とまれ、放射線と生命体について、検討課題にしておく。



Wed, August 29, 2012
生命とは何か:気生命凸i*凹iとは、コズミック・シンフォニー:陰陽宇宙交響曲
テーマ:無双PS原理
生命とは何か:気生命凸i*凹iとは、コズミック・シンフォニー:陰陽宇宙交響曲

今日も余裕がないので、簡単に記すに留める。
 個人的なことで恐縮であるが、五年前、心臓手術をした。麻酔で眠っているとき、夢のような、ヴィジョンのようなものを見た。
 そのとき、感じたのは、宇宙は生命体であるという直観である。記憶がおぼろであるが、私はなにかファンタジーかSFの世界にいるように、宇宙を漂うように飛んでいた。宇宙船や円盤に乗っていなかった。
 そのときのイメージだけを言えば、宇宙はすべてが、神経叢の繊維のようなものでつながっているのである。宇宙生命体、宇宙は生きているという直観、深く納得したのであった。
 これは無双PS原理で言えば、凸i*凹iの陰陽が森羅万象に、浸透しているというように考えられる。
 そして、個々の陰陽は、他の陰陽と重なり合い、一種共振して、いわば、宇宙交響曲を形成しているだろう。
 そう、陰陽魂が生命である。それが、物質体をまとっているのである。
しかし、陰陽を超越した奥に、超陰陽の霊的陰陽世界=神霊界があるのだろう。
 これについては、後で、述べたい。

追記:ドリーム・ヴィジョンを補足すれば、胸のところで、宇宙の流動体 (ゲル)のような柔肌に包まれているような感じであった。



Tue, August 28, 2012
霊と気の関係力学について:霊/気転換方程式:凸j*凹j⇒凸i*凹iになるべきではないだろうか。
テーマ:無双PS原理
霊と気の関係力学について:霊/気転換方程式

これはまだ不明確なままである。
 以前は、凸j*凹j⇒+1を霊の方程式にしたが、これだと、霊と気がうまくつながらないのである。
 直観では、自己(個)認識方程式凸i*凹i⇒+1と類似的になものをそれに期待したいのである。つまり、凸j*凹j⇒凸iのようなものをイメージしているのである。
 しかし、凸j*凹j⇒+1になるのである。
 思うに、凸j*凹j⇒凸i*凹iになるべきではないだろうか。
 直観的イメージでは、また、理論的に(超越円における虚軸の両端)、そうである。
 思うに、f(θ)=icosθ+jsinθ=Tとf(θ+π)=icos(θ+π)+jsin(θ+π)=Uにおいて、θ=nπのとき、凸i*凹iは形成されるのではないだろうか。
 nがゼロのときは、T=凸i、U=凹iとなるだろう。
だから、T*Uの式を考えればいいのではないだろうか。即ち、
T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕である。ただし、θ=nπである。
 nがゼロのときは、凸i*凹iとなるが、nが1のときはどうか。
 凹i*凸iとなる。
 では、n=2のときはどうか。これは、当然、nがゼロのときとまったく同じである。
即ち、凸i*凹iである。
 ということで、

T*U=f(θ)*f(θ+π)=〔icosθ+jsinθ〕*〔icos(θ+π)+jsin(θ+π)〕(ただし、θ=nπである。)

これを、霊/気転換方程式と作業仮説的に呼んでおこう。
 今はここで留める。

追記:n=1のとき、凹i*凸iとなるが、それは凸i*凹iとは意味合いが異なるのではないか。

追記2:凸j*凹j⇒凸i*凹iならば、凸j*凹j⇒凸i*凹i⇒+1*−1とならないか?



Mon, August 27, 2012
検討問題:−1とは何か:地、重力の方向ではなく、死体、純粋物質を意味するのか
テーマ:無双PS原理
PS理論のときもそうであったが、−1の意味づけが難しい。
 無双PS原理では、地としている。重力の方向である。
 しかし、方程式ではどうなるのか。陽凸iの二乗でいいのか。それとも、割り算なのか。
 直観で言うと、牽引の反対の反発である。このことは、かつて何度も考えて、退けたものだ。
 つまり、陰陽の牽引を共振とし、それを+1とし、陰陽の反発を−1としたのである。
 だから、後者は非共振である。思うに、共立という事象かもしれない。とまれ、哲学的に言えば、それは、自己同一性の事象である。自我事象である。直観では、これこそ、物質事象である。純粋物質事象である。
 カント哲学で言えば、純粋悟性の事象である。そう考えるならば、発想を変える必要がある。
 +1の個物・個体現象は、−1の純粋物質を含むということにならなくてはならない。
 言い換えると、+1が真の現象であるが、人間は、それを−1の純粋物質として認識するということになる。
 こう考えたらどうだろうか。シンプルに具体的に見れば、+1は、例えば、生きている蜘蛛である。しかし、叩かれて死んだ蜘蛛は、−1である。
 つまり、生命体と死体の違いである。あるいは、生命体と物質体の違いである。即ち、+1はなんらかの生命を含むが、−1は生命が消えたものである。
 陰陽共振は生命体+1を生み、陰陽非共振は死体をもたらすということではないだろうか。
 そうならば、自己同一性の認識行為とは、死の行為であるということになる。自我は死ということになる。あるいは、同一性とは死である。敷衍すれば、貨幣や資本は死である。近代主義は死である、等々。
 生物学ないし医学的には、死に至る病ということになろう。 
 そうならば、これまでの考えを改める必要がある。−1は地ではなく、死、純粋物質であると。
 そうすると、天と地はどうなるのだろうか。単純に見ると+1は天でいいが、MP (原点)の方向が地となるだろう。
 今日はここで留める。

<無双PS原理三次元世界:Ver5.0>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1___      MP・胸 _電磁波⇒_+1実軸x軸
死体、自我     /  |地            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |
 



縄文・弥生・ツングース系母権民族の原日本に侵入した父権的遊牧民族(仮説)は何か
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
縄文・弥生・ツングース系母権民族の原日本に侵入した父権的遊牧民族(仮説)は何か

今日は余裕がないので、単刀直入に述べるに留める。
それは、失われたイスラエル十支族である。

2012/1/19 天皇家と失われたユダヤ、イスラエル十支族



日本人に申し訳ない〜超能力者が漏らした日本の秘密:「日本人は古代イスラエルの子孫である!」

イスラエル12支族のシンボルをイラスト化したもの



みなさん、こんにちは。

いやー、これは結構面白い。今日偶然に見つけたものだが、古代イスラエルの失われた10支族と日本人のことにまつわる話である。

2009/03/29(日)
日本人に申し訳ない〜超能力者が漏らした日本の秘密

先日MySpaceで、ファッションデザイナー志望のウクライナ人と知り合った。
それで思い出して、この話題を紹介することに。

日本人に関するユダヤ人の言い伝え

古代イスラエル10支族の情報を検索していて、次のような話を見つけた。
帝京大学の高山教授が、アメリカでタクシーに乗っていて、いきなり運転手から「日本人に申し訳ないことをした」と謝られた。
彼はウクライナ出身のユダヤ人だった。
ウクライナのユダヤ人社会では、次のような言い伝えがあるという。
それは、失われたイスラエル10支族の1つが日本人だった(日本に渡って日本人となった)というものだ。
それなのに、「ユダヤ人のオッペンハイマーはその日本に落とす原爆を作った」から、謝りたいというのだ。
ウクライナ系ユダヤ人は語る「日本人には申し訳ないことをした」

他の国の日本人に関する言い伝え

ウクライナといえば、故ヨセフ・アイデルバーグ氏がウクライナのオデッサ出身だった(後にイスラエルへ移住)。
下記の記事で紹介しているが、日本に渡来した古代イスラエルの失われた10支族の研究に晩年を捧げたユダヤ人だ。
日本研究に一生を捧げたユダヤ人(アイデルバーグ氏について)
アイデルバーグ氏は、10支族を探す旅に出て、バハラ地方の少数ユダヤ人の言い伝えを知った。
バハラは、アラビア半島の国オマーンにある。
それによれば、10部族は囚われの身となっていたアッシリア帝国から逃れ、東の方へさまよい出た。
そして長年アジア大陸を放浪し、最後に「中国のかなたの神秘な国」に定着したという。
その言い伝えを頼りに、アイデルバーグ氏は日本を目指した。

キルギスタンでも、同様の言い伝えがある。
昔ふたりの兄弟がいて、一人は山の方へ向かってキルギス人の祖先となり、もう一人は海の方へ向かって日本人となった。
またキルギス語には、日本語と共通する単語が数千もあるのだという。
以上は、下記の記事で紹介している『日本の中のユダヤ文化』という本で紹介されている。
日本の中のユダヤ文化

そこで元記事を見てみると、こんなものであった。
http://quasimoto.exblog.jp/17394142/

Kazumoto Iguchi's blog


日本人は古代イスラエルの失われた10支族の末裔か?

前回、八重山民謡の中の「ヘブライ語」を見てきましたが、なんと京都の山鉾巡行や、地方の祭りの掛け声にもそれを見る事が出来るようです。

紀元前11世紀、古代イスラエルは戦乱に敗れ、12支族のうち10支族がアジアの各地に消えたと言われています。

その後、今から1300年前、シルクロードから127県の民を伴って秦氏が日本に入って来て、日本の文化に大きな影響を与えたと言われています。
http://riudenco2346.ti-da.net/e2884328.html




Sat, August 25, 2012
日本民族病理の集団的父権主義とは何か:集団的自我とは何か:自他未分化の太極的様態の旧人の日本人
テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族
日本民族病理の集団的父権主義とは何か:集団的自我とは何か:自他未分化の太極的様態という旧人の日本人心性

無双PS原理から日本人の集団的自我(語義の矛盾があるが、おいておく)はどう分析できるか。
 これは、一種の封建的心性と言えよう。自己(個)認識方程式凸i*凹i⇒+1から見ると、他者凹iが集団的権力であり、それを肯定するのであるが、自己凸iは否定していると考えられる。
 もし、本来的に自己凸iが存するならば、他者凹iの集団的権力と対立するはずである。
 言い換えると、集団的自我とは、他者に傾斜した心性であるということになる。自己よりも他者に傾斜しているのである。
 とは言え、果たして、それでいいのだろうか。他者傾斜でいいのだろうか。日本集団的自我とは、そもそも、自己と他者が未分化状態にあるのではないか。だから、無双PS原理から言うと、太極の分極化以前の様態に存すると考えられよう。
 つまり、分極化が発生する起点であるMP(原点、交点)の位置に存するのではないだろうか。このときの太極が権力ないし権威である。それと集団的民族は一体であるということになる。言い換えると、自他区分以前の未分化融合状態に集団的民族の心性は存すると考えられる。
 この自他未分化融合様態であるために、多数の日本人は個的自立ができず、権力に唯々諾々と従うということだろう。
 とまれ、この古い日本人とその国は滅びる運命にあると言えよう。ポスト福島原発の黙示録的エポックにおいて、この集団的日本人・日本は消滅していき、新しい個的母権主義の日本人・日本、言い換えると、個的共同主義の新生日本人・日本が誕生するだろう。
 そう、自他未分化の集団的心性とは言わば超越論的であり、盲目な信仰のようなものである。これは、理性、知性では、矯正不可能である。滅びゆくものは、滅びゆくしかないのである。それが、自然の必然性である。そう、正に進化である。
 個的エポックに環境適応できない民族は淘汰され滅びるのが自然の摂理である。人類進化の意味を甘く見てはいけない。(もっとも、閉鎖系ならば、ガラパゴス諸島のように生き延びることができるが。)
 以上は集団的父権主義の集団性の側面についての分析であるが、父権主義の側面については、触れていない。それでは片手落ちなので、一言述べよう。
 集団的父権主義(集団父権主義)とは、自他未分化の権力において、父権制が支配するということである。思うに、自他未分化の権力とは、本来には、母権である。(だから、権力と言うと語弊があるが、そのままにしておく。)
 だから、原初的には、母権的自他未分化様態があったと考えられる。(これは、縄文的個的母権制ではなく、弥生的農耕文化的母権制である。)
 この心性に、父権制が侵入したと考えられる。(史的には、母権的天皇制に父権制に侵入して、父権主義的天皇制が誕生したと思う。)
 現実的に言えば、弥生的農耕集団的民族(既述したが、縄文文化と弥生文化が融合したと考えている)に父権的遊牧民族が侵入して、後者が前者を支配したと考えられる(これが、記紀、とりわけ、日本書紀に記されていると思う)。
 このとき、自他未分化融合心性は父権的権力に従属するようになったのである。そのときの権威が天皇である。母権的天皇と父権的天皇の二重性が生じたのである。ギリシア神話で言えば、ゼウスに当たるのが、天皇である。
 これが、集団的父権主義の父権主義的側面の意味である。
 結局、縄文的個的心性から復活する必要があるのである。これは、シュメール・ケルト・縄文・環太平洋文化圏の一環である。
 これについては、余裕のあるとき、詳述したい。

追記:侵入した父権的遊牧民族とは何か。これが長年の謎である。



Fri, August 24, 2012
霊と気と物質の三層世界存在としての人間:霊主体従:日本父権制というカルマからの超克的エクソダス
テーマ:日本大新生
霊と気と物質の三層世界存在としての人間:霊主体従:日本父権制というカルマからの超克的エクソダス

私見では、福島第一原発の爆発による放射能大汚染は、唯物科学の終焉の決定的象徴的地球人類史的事件である。
 東洋の最東に存する日本は明治維新、大敗戦を経て、西洋文明の帰結である唯物科学を言わば拝受した。
 シャーマニズム、アニミズム的な東洋・日本伝統文化は、唯物科学との折り合いをつけないまま放置され、忘却された。
 現代日本人は、母権的民族の基盤も忘却して、近代西洋由来の近代的自我も受容した(正確に言うと、違うが)。
 既述したように、持論では、日本の父権制が諸悪の根源である。私は江戸時代に生まれた国学が近代父権制のイデオロギー的原点だと考えている。(もっとも、狭隘閉塞的ナショナリズムの根源でもあるが。)
 そして、日本近代父権制は、個的ではなく、集団的であり、主となる権力に隷従し、個人的には、良識道徳ぶるという「二重人格」性をもつ。この封建権的心 性が、国家から庶民まで、一般に浸透しているという民族的病理をもっている。いわば、父権制=封建制フラクタルである。 
 もっとも、ネット世界をみると、それはなく、個的世界が進化している。これは、私論では、新母権的日本人の世界である。
 日本が生まれ変わるには、日本のカルマを知る必要がある。父権的集団的民族性を知る必要がある。これが、合理性、創意工夫、個の自由を奪っているものである。
 西洋文明には、個の原理がある。(もっとも、個と個人と自我が混同されているが。)ギリシア文化、キリスト教文化、ルネサンス文化が、個の原理を形成した。 それに対して、日本の場合、個の原理は、実は母権主義に存していると考えている。
 私の史観では、江戸時代において、近代父権主義と近代母権主義が生まれたが、明治維新で、前者が後者に勝利して、後者は抑圧され続けてきて、今日の黙示録的状況を迎えたと考えられる。 
 日本人は生まれ変わる必要がある。それには、意識進化が必要である。そのためには、今日的な精神文化が必要である。マルクス的に言えば、命懸けの飛躍が必要である。
 手前味噌的であるが、無双PS原理の基本的精神原理は、日本人の集団的自我原理を超克するものである。それは、東洋・日本伝統を継承する個的共同性の原理でもある。
 とにかく、ハラを知り、それを不連続化すること、これが、第一歩である。それが他者となり、自己との共振が経験的に形成されれば、それが、個的共同性となる。
 予定では、唯物論を超える霊と気の認識をどう形成するのかについて述べるつもりであったが、序論に留まった。明日、主題に関して詳述したい。

追記:日本のカルマを正確に言えば、弥生的母権的農耕集団文化と国学・封建的文化の癒着である集団主義的父権制である。

追記2:日本人の個の原理は母権主義に存すると述べたが、言葉足らずである。縄文的母権主義にであり、弥生的集団的母権主義にではない。
いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか (ちくま学芸文庫)/筑摩書房


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Thu, August 23, 2012
四つの力(超大統一理論)と無双PS原理
テーマ:無双PS原理
まったくの思い付きであるが、無双PS原理から現代物理学の目指すグランド・セオリーの超大統一理論を見るなら、根源の一つの力は当然、太極である。
 それが、陰陽に分極化する。陽が原子核、陰が電子を形成するならば、強い力は陽の力であり、弱い力は陰の力ではないだろうか。
 ただし、物質化するとき、虚軸ではなく、垂直に捩れて螺旋化すると考えられる。つまり、二次元化、平面化すると考えられる。このとき、虚軸とは別の準虚軸を考えて、その平面を考えるべきだ。  
 その準虚軸の準陽が原子核の方向であり、強い力がはたらく。そして、準虚軸の準陰がベータ崩壊の志向性であり、そこに弱い力がはたらく。
 さて、気/物MP変換によって、虚軸から実軸へと転化する。そのとき、既述したように、凸i*凹i⇒+1の⇒が電磁波であり、凸i*−凹i→−1の→が重力波(重力子)である。
 このような方向で考えれば、無双PS原理から超大統一理論は解明できるのではないだろうか。
 ただ以上の説明で一番の問題は、準虚軸の考え方である。もっと単純に、MP2(実軸上の原点・交点)に原子核と電子を見て、前者に強い力、後者に弱い力を見るというのはどうだろうか。
 今はここで留める。
 
参照:

4つの力と5番目の力
●●4つの力と5番目の力
 自然界にたくさんある力はすべて、4種類の力のいずれかに分類することができる。その4つの力とは「重力」「電磁力」「弱い力」「強い力」である。それぞれの力には、その力を媒介する(伝える)粒子があり、それをゲージ粒子という。
 4つの力を説明していくと、まず「重力」は、あらゆる粒子に働く力である。日頃、私たちも重力の影響を受けているが、この力は、他の3つの力に比べて非 常に弱いものだ。ニュートンの発見した「万有引力の法則」は、この重力の法則である。重力のゲージ粒子は、重力子(グラビトン)とされるが、これは未知の 素粒子である。
 次に「電磁力」は、電気をおびた粒子に対して働く力である。原子同士を結んで分子をつくったり、原子核と電子を結びつけて原子をつくったりする。マクスウェルの電磁気学は、この力を理論化したものだ。電磁力のゲージ粒子は、光子(フォトン)である。
 また「弱い力」は、放射能や星の核反応に関係するものである。たとえば、ベータ崩壊で中性子がニュートリノと電子を出して、陽子に変わるときなどにはたらく微弱な力だ。弱い力のゲージ粒子はウィークボソンである。これにはプラスとマイナスの電荷を持つW+とW-、電気的に中性なZ0の3つがある。
 最後の「強い力」は、クォークを結合させ、陽子や中性子、中間子などを作る力である。中間子は原子核内の陽子や中性子を結合させる核力の源となる力だ が、この核力も強い力の一種である。強い力はクォークの「色」という状態に対して働くことから「色の力」とも呼ぶ。強い力のゲージ粒子は、グルーオンであ る。
4つの力 重力 電磁力 弱い力 強い力
(色の力)
具体例 ・天体間の力
・重力 ・原子間の力
・化学反応を起こす力 ・ベータ崩壊を引き起こす力 ・原子核内の力
(核力)
作用する荷量
(かりょう:何に対して働くか) 質量
(エネルギー) 電荷 弱荷(じゃくか) 色荷(しきか)
力の及ぶ範囲
(mm) 無限大 無限大 10-14 10-12
力を媒介するゲージ粒子 グラビトン
(重力子)
※まだ発見されていない。 フォトン
(光子) ウィークボソン
(弱中間子) グルーオン
(膠着子:こうちゃくし)

 上で説明した4つの力は、自然界にある、たくさんの力を4種類に整理したものである。しかし、物理の世界では、この4つの力をもっとコンパクトにまとめて、統一的な方程式で説明しようという試みがなされている。これを力の統一理論と呼ぶ。
 4つの力のうち、電磁力と弱い力は、1967年にアメリカのワインバーグとパキスタンのサラムによって理論的に統一され、ワインバーグ=サラム理論(ま たは単に統一理論)と呼ばれている。これによって、統一された「電弱力(でんじゃくりょく)」に、さらに強い力を加えた大統一理論もあるが、まだ、理論的 に完成していない。ちなみにアインシュタインは、重力と電磁力の統一に情熱を傾けたが、失敗に終わっている。重力を含めたすべての力を統一する超大統一理 論も、未完である。
 ところで、力の統一理論を完成させると、宇宙の歴史の中で力が「進化」した過程が明らかになるのだ。力が進化するとは、いったいどういうことか?
 下の図を見てほしい。宇宙誕生の時には、ひとつの力しかなかったと考えられている。ビッグバン理論によると、宇宙は始め高温・高密度の火の玉状態から膨張したとされているが、高温・高圧の初期宇宙では、力は一つにまとめられていたのだ。
4つの力のわかれ方

 やがて、宇宙が膨張し、温度が下がっていくと、ひとつしかなかった力が4つに枝分かれしていったのである。高温に時には、ひとつの力として存在する方が安定的なのだが、ある一定の温度以下では、別れて違う現れ方をした方が安定するためだとされる。(図解雑学 量子論 ナツメ社より) 
http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity221.html





第1章 原子の構成
      1. 原子
      2. 原子核
      3. 核子
                    第2章 4つの力
      1. 物質に働く力
      2. ベータ崩壊
      3. 中間子

      4. 弱い力

http://www1.odn.ne.jp/~cew99250/soryusi.html
     

わかるまで素粒子論【入門編】

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Thu, August 23, 2012
原子モデル:その2:MPで、気素が元素(原子)に不連続的に変換される:唯物科学から気科学への進化
テーマ:無双PS原理
原子モデル:その2:MPで、気素が元素(原子)に不連続的に変換される:唯物科学から気科学への進化

先に、MPが原子核になり、陰陽共振が電子になるというような作業仮説を立てたが、その後、桜沢如一氏の無双原理の陰陽の説明を想起するなどして、そうで はなく、陽・凸i・自己が同一性へと集中するのであるから、これが原子核になり、陰・凹i・他者が電子になるのではないかと思ったのである。
 そうならば、MPはどうなるだろうか。作業仮説として、原子内結合力としたい。
 とまれ、陰陽共振によって、MPにおいて、原子が発生すると考えられる。陽・凸i(陽素と呼びたい)は、凝縮する力、向心力になると思われるので、粒子 の志向性をもち、陰・凹i(陰素と呼びたい)は、発散力をもつと考えられるので、波動の志向性をもつと言えるのではないだろうか。
 それらは、陰陽なので、正に、相補的であり、二分化はできないと考えられる。量子力学の根本則の粒子と波動の二重性がここで確認されるのではないだろうか。
 そう、ここで、哲学的に確認すべきことは、MPの気/物質変換回路の意義である。実体は気、陽素と陰素、その極性である。物質である原子は現象であり、 その実体は気である。気(陰素と陽素)の物質的発現として、原子が存するのであり、原子の実体ないしは本体は陰素/陽素の気(気素ないし気子と呼びたい) であるということである。 
 しかしながら、先に述べたように、気/物質MP変換(気/物質、気素/元素、気子/原子MP変換)は、不連続な変換であるので、物質からは、気が認識で きないことである。つまり、気⇒物質であるが、物質⇒気は成立しないということである。(しかし、物質には、内在超越的に気が存するということになるだろ う。ついでながら、人間が気を「感覚」【気覚】できるのは、人体には、気の身体があるからである。)
 そう、言うならば、物質とは、気の外面、表面、外皮・外部であり、内面、裏面・背面、核心・内部は気であるということになる。
 これを無双PS原理で言えば、気はMP1(これは、虚軸における交点・原点)に、物質はMP2(実軸における交点・原点)に存すると言えよう。
 しかし、そうすると、個物方程式でもある凸i*凹i⇒+1の個物の物質と矛盾撞着が生じる。しかしながら、個物の意味を考えるべきである。
 私は、凸i*凹i⇒+1は宇宙・自然創造を意味すると述べたのである。つまり、凸i*凹i⇒+1は宇宙・自然創造方程式(現象方程式)と考えていいのである。わかりやく言えば、+1とは、例えば、個物である木、鳥、花、石、等々である。
 つまり、気/物質MP変換の物質とは個物・個体としての物質ではなく、個物・個体の構成要素としての物質である。
 だから、混乱するので、区別する用語を使用する必要がある。MP変換における、つまり、MP2における物質は原子、元素、物質子・物子、あるいは、物素とし、+1の物質を物質体(物質身体、物体)、現象物質、あるいは、物象、物象体とでも呼びたい。
 故に、気/物質MP変換は、気素/物素MP変換(簡略化して、気/物MP変換)になる。これでとりあえず、「物質」の区別がついた。物素としての物質と物象体としての物質である。そして、当然、実体・本体・本質は気素(陰素・陽素)である。
 最後に検討問題を提起しておく。多様な原子・元素があるが、これは、気/物MP変換でどのように作られるのかを解明する必要がある。
 水素原子の場合、例えば、水素原子気素を想定できる。これを気素の単位と見ていいのだろうか。そうならば、単位気素のなんらかの連結によって、多様な気素が形成されて、多様な原子が形成されるということが考えられる。
 この問題はここでおいておく。

追記:今気づいたが、気と物質の関係、気素と物素とのMPにおける関係であるが、前者が内部で、後者が外部であり、物質の内部に気が存する等と述べたが、それは、誤りやすい、ないしは、間違った表現である。
 端的に言えば、気と物質の間には、絶対的な壁があると見た方がいいのである。あえて言えば、超越論ではなく、超越の関係があると見るべきである。
 また、少し飛躍するが、宇宙膨張であるが、気のエネルギーが宇宙創造の根源力であり、その結果として物質体の宇宙があるのであり、結果である物質の宇宙からは、本源のエネルギー、気エネルギーは説明できないということではないだろうか。

参照:
原子 - Wikipedia

原子の構造 [編集 ]
原子は、正の電荷 を帯びた原子核と、負の電荷を帯びた電子から構成されると考えられている。原子核はさらに陽子と電気的に中性な中性子 から構成される(ただし水素原子 の99.985%を占める1Hは中性子を含まない)。陽子と中性子の個数の合計を質量数 と呼ぶ。原子核の半径は原子の半径の約10万分の1(1 fm 程度)と小さい。なお、一般的な原子の模式図は原子核の大きさを原子に対して数分の1程度に描いているが、これは実態とはかけ離れたデフォルメ で ある。原子は硬い球体というよりも、むしろ真空の中に存在する点状の原子核と電子である。但し、電子はしばしば描かれる模式図のように特定の軌道を描いて 原子核のまわりを回っているのではなく、原子核のまわりに確率的に分布しており、原子核を電子雲が包むイメージのほうがより現実に近い。
原子の大きさと原子半径 [編集 ]
原子の大きさの直感的な定義は電子雲 の広がりであり、一般には球状とみなされているが、電子雲は文字通り雲状あるいはもや状のものであり、その境界面を定義することは難しい。特に、化学結合 をして分子を形成している場合等には、どこまでがある原子に属している電子雲かを定義するのは難しい。また、原子が電子を得るか失うかしてイオン となった場合には、原子雲の広がりも当然変化し、原子の大きさも異なってくる。
このような事情のため、原子の大きさを定量的に示す原子半径 にはいくつかの定義があり、場合によって使い分けられる。
原子の質量と原子量 [編集 ]
原子の質量 を表すのには、統一原子質量単位 (u)がしばしば用いられる。これは、質量数12の炭素 原子である12C(炭素12 )1個(ただし、静止 して基底状態 にあり自由な時)の質量を12 uと定義したものであり、1 u = 1.6605402(10)×10-27 kgである。
また、原子の相対的 な質量比を表すものとして原子量 があり、これは先述の12C(炭素12)1個の質量を12と定めた場合の他の元素の質量比である。ある原子の原子量の値はその原子一個の質量をuで表した時の値と全く同一であるが、原子量はあくまで比率を表す量であり、単位を付けない無次元数 である。
原子量と質量数はほぼ同程度の大きさとなるが、その定義上必ず整数値をとる質量数とは異なり、12C以外の原子の原子量は厳密には小数になる。これは、原子核を構成する陽子と中性子の質量が微妙に異なり、且つそれら核子の結合エネルギーによる質量欠損 が原子により異なるためである。それでも原子の相対質量は、凡そ質量数に近い数値をとる。
複数の同位体を含む元素では、整数値からさらに離れた値を取る場合がある。これは多くの元素では質量数の異なる原子(同位体 )が存在し、その存在比率もまちまちなためである。例えば、12Cの原子量が厳密に12であるのに対し炭素の原子量は12.011であるが、これは炭素には12Cの他に少量の13C(更にごく少量の14C)が含まれているためである。原子量の概数は計算によって求めることができ、例えば塩素の原子量は35.453であるが、この場合35Clの存在比が約76%、37Clの存在比が24%となっているため、35×0.76+37×0.24という計算によって概数(35.48となり誤差は約0.1%)が求まる。
原子と元素 [編集 ]
原子とは、内部に持つ陽子と中性子の各個数の違いで区別される個々の粒子を指す。例えば炭素原子は中性子数の異なる12C、13C、14Cの3種類が存在する。一方元素は、中性子数に関わらず、ある特定の陽子数(原子番号 )を持つ原子のグループを指す。例えば、「炭素は燃焼(酸素と結合)して二酸化炭素 を生成する」と表現した場合の「炭素」や「酸素」は元素を意味する。



最近の原子モデル。ヘリウム 原子。電子が雲状に描かれている(→電子雲 )。

参考:
<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |






Mon, August 20, 2012
検討問題:無双PS原理から原子モデルを作業仮説する
テーマ:science
本件について、検討したいが、余裕がないので、残念ながらできない。
 桜沢如一氏は無双原理から原子モデルを述べているが、陰陽と物質を一致させているので、使用できない。
 今は余裕がないので、一言予備考察を述べるに留める。
 原子核はおそらく、MPに存する。電子は陰陽、即ち、陽である凸iと陰である凹iの共振によって形成される電磁波と関係する。おそらく、螺旋を描いている。
自己認識方程式(個方程式)凸i*凹i⇒+1における⇒が電磁波であり、それが、螺旋形状であり、原子の電子に相応するのではないだろうか。
 原子核(陽子や中性子)がMP(原点)に存すると述べたが、それだけでは、不十分な説明である。MP(Media Point)は、気が物質へ変換する「トランス」である 。気/物質変換回路である。ここにおいて、気と物質の中間形態はないと考えられる。気が即、物質に転換されると考えられる。そう、不連続な階層的変換回路 である。
 原子核がMPに存するというとき、気の中心が物質の中心に変換されたときの後者に原子核を見たい。
 問題は気の中心である。それは何か。それは直観では、太極である。太極は基本的には、超越軸に存しているが、超越軸はMPに直交しているので、MPに太極が存するというのは合理的である。
 ならば、太極が原子核の根源である。そして、陰陽共振が電子の根源であるということになる。
 今はここで留める。

追記:生成門氏の以下の論考で、MP1とMP2という二つのMPについて言及している。以前はこの区別にこだわったが、最近は使用していないが、上記のMPの太極がMP1に、MPの原子核がMP2にほぼ対応するだろう。

言語過程はイデアと現実の世界を循環する (0)
言語過程はイデアと現実の世界を循環する
<四次元能版エヴァンゲリオン:圏論という言語>


イデアの実在性を実感するために
http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111062414
の続きです。



一人称と三人称と認識、存在と無、イデア、意識と無意識の関係が錯綜しているようなのですっきりしなかったようです。

根源に遡って、存在と無がイデア由来であることを示して見ましょう。



認識とは意識があって始めて可能となるものです。認識された物が存在するとは、意識があるからです。この意識は無意識と随伴するものです。意識が存在を可 能とするなら無意識は無を可能にするでしょう。言い換えると、一人称が存在、三人称は無を可能にするということになります。

しかし、単純に意識が存在、無意識は無として良いのでしょうか?

どうもそうはいかないようです。

三人称は、定義2の「いなくてもいる」ですから、「あり・なし」同時の認識です。それに対して一人称は存在か無ですから、「ある」か「なし」のどちらかです。つまり、どちらも存在と無があるのです。それが分岐しているのか、同時なのかの違いがありそうです。

「あり・なし」同時の認識とは、即非ですから「空」です。空とはカオスの空っぽの容器です。MPの即非としての空です。この空は、MP1とMP2の二重性を持っており、MP1は無意識とMP2は意識面と繋がっています。

MP1の無意識はイデアの世界の空の「ありとなし」の即非性をそのまま持っていると言って良いでしょう。それに対して、MP2の意識は、即非性を分極して、「あり」と「なし」になるでしょう。それが一人称の認識として存在と無という形で現れてくるのでしょう。
シムダンス「四次元能」




Mon, August 20, 2012
自己意識問題:近代的自己意識分裂様態から新しい全体的自己意識様態への進化
テーマ:無双PS原理
自己意識問題:近代的自己意識分裂様態から新しい全体的自己意識様態への進化

原初MPが作用する場合、それは、近代においては、反動様態であるが、それは、全体的自己意識志向性をもっているのではないだろうか。それに対して、近代意識はデカルト的自己傾斜した意識、近代的自己、近代合理主義意識である。
 だから、原初MP的全体自己意識をもつとき、近代意識は、自己疎外的作用をするものとして、現れる。前者は、史的には、ロマン主義になると考えられる。
 神秘主義的詩人版画家のウィリアム・ブレイクの幻像的詩で言うと、ロスとユリゼンの対立・闘争となるだろう。
 ここには、分裂があるのである。全体的自己意識と自己同一性意識の分裂である。しかしながら、魂、サイキを重んじる立場ならば、前者が主導的である。
  では、この二つの自己とはいったい何であるのか。文化史的に言えば、前者は古い自己であり、後者が新しい自己である。また、これは、近代文化史における、 分裂様態を意味する。これは、無双PS原理から言えば、未分化様態ないしは、連続的様態である。これは、一種病理的様態である。そう、自己分裂様態であ る。
  これを超克するのが、先ず、不連続的差異論の認識である。そして、初期PS理論そして無双PS原理の認識である。認識とは、意識、精神の力学である。(思 うに、霊的力学と言えるのではないだろうか。そうならば、認識とは、霊的認識と言える。ただし、今日においては、自己同一性化されて、物質的になってい る。つまり、物質的霊認識になっているということになる。)
 近代的自己分裂様態の超克とは、新しいMP認識を意味する。自己凸iと他者凹iと の新しい陰陽差異共振を意味する。言わば、自己が他者となり、他者が自己となるのである。自己と他者の即非様態である。また、これが、新しい個の様態であ る。文化史的に言えば、近代意識と前近代意識の進化的統合である。これは、トランス・モダンである。これは、ヘーゲル弁証法的ジンテーゼではないだろう か。即ち、テーゼが、古い全体的自己意識(古い霊的自己認識)、アンチテーゼが、近代的自己意識、ジンテーゼが新しい全体的自己意識と考えられよう。
 しかし、注意すべきは、先に述べたように、アンチテーゼの否定は、論理的否定ではなく、規定である。だから、ここにおけるアンチテーゼは近代意識の規定である。
 そして、ジンテーゼとは、アンチテーゼを包摂する新しい全体的自己意識、即ち、不連続な他者と共振する自己意識の生成ということになろう。
 思うに、ジンテーゼをもたらすアウフヘーベン(止揚、揚棄)は、反の反、否定の否定というのは、ミスリーディングである。何故なら、反の超越論的包摂が止揚であると考えられるからだ。
 また、もともと、合という日本語がミスリーディングである。合ではなく、共である。あるいは、共立である。
  とまれ、新しい全体的自己意識であるが、アンチテーゼからそこへと到達するには、近代意識の他者が必要である。この他者との共立共振によって、それがもた らされるからである。つまり、単に形式的な論理があるのではなく、そこには、霊的認識的力学が必要なのである。他者存在という差異的質が必要なのである。
 そう、キルケゴールが質的弁証法を唱えたのは、正鵠を射ている。単に反の反、否定の否定では、止揚は不可能だからである。
 思うに、無双PS原理の差異共振原理(陰陽極性原理)とは、質的弁証法と同一であると言ってもいいくらいである。ただし、キルケゴールには、陰陽的差異共振の視点はなかったと考えられる。
 そう、結局、弁証法とは、三分法というより、四分法にすべきだと思う。即ち、T正⇒U反⇒V他者⇒W合(共立共振)である。一般にVの他者が弁証法に抜けているために、弁証法は現実的には全体主義、独裁主義に帰結すると考えられよう。



Sun, August 19, 2012
女性の意識を分析する:原始母権制⇒父権制⇒新母権制:新陰陽均衡原理に基づく女性個の自立へ向けて
テーマ:新母権的社会:個的共同体
女性の意識を分析する:原始母権制⇒父権制⇒新母権制:新陰陽均衡原理に基づく女性個の自立へ向けて

私は、父権主義批判をし、新母権主義を唱えている。その理由は、父権主義は、自己傾斜があり、世界を同一性化してしまうからである。言い換えると、機械、物質、貨幣・資本が支配することになるからである。
 これに対して、新母権主義は陰陽均衡点であるMPを支点として、自己と他者の共振する共同体を志向すると考えられる。
 これは、無双PS原理の理念である。しかし、現実において、ある女性には、強烈な支配欲が存している。これは、国家権力におけるそれというよりは、個人的関係におけるそれである。
 これは一体何であろうか。父権主義以前の社会は、母権主義、母権・母系制であったが、父権的民族によって征服支配されたのである。
 今は大雑把に言うが、この文化的トラウマが女性の心理にはあるのではないだろうか。それが、反動的に噴出して、男性を支配しようとするのではないだろうか。
 反動であるから、非合理・不合理・不条理的である。では、このトラウマの力学はどういうものか。
 前父権的母権主義とは、原始的MPに基点がある。それは、自己傾斜が存していない人格様態である。言い換えると、自我主義のない人格様態である。
 個は、自己と他者の二元論的分裂はなく、自己と他者の共同体的意識が存していたと考えられる。
 この原始陰陽共振様態意識が、父権社会によって抑圧されたと考えられる。
 父権的自己傾斜意識はまったく母権的意識を否定するのである。つまり、父権制の下の女性は、本質を否定されるのである。思うに、ギリシア悲劇のオレステイア三部作の復讐の女神は、この否定された女性の魂の反動様態であろう。いわば、狂気である。
 そう、父権制下の女性は、一般に、この被抑圧を認識していないのであり、無意識において、抑圧された母権意識を抱え、それが、反動的に噴出するのであり、それが、通俗的には、ヒステリーである。そして、それが、男性に対する女性のもつ支配欲の源泉と考えられる。
 では、新母権主義はいかに可能だろうか。女性に本来の陰陽均衡点MPをもたらすようなチャンスを与える必要がある。
 それは具体的にはいかなるものか。理論的に言うと、トランス・モダンであるから、前提として、近代の知恵を女性はもつ必要がある。その上で、東洋・日本伝統的な心身の叡智を学ぶ必要がある。
 そう、女性の個的独立が必要なのである。それは、陰陽均衡の心身叡智に拠るのであり、社会・経済的に女性の独立する場を与える必要があるのである。
 復讐の女神のような反動狂気に拠る支配欲ではなく、近代の知性をもった陰陽均衡叡智に基づく女性の個的自立・独立が目指されなくてはならないのである。
 そのとき、男性による女性の支配、そして、反動狂気的な女性による男性支配の捩れた社会はなくなり、新しい女性個と男性個との共振する共同体が生まれるだろう。
オレステイア - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/オレステイア - キャッシュ
『慈しみの女神たち』 に移動‎: 復讐女神(エリーニュース)に付きまとわれるオレステースは、放浪の末にデルポイの神殿にあらわれ、アポローンにすがるところから話 ... 「http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=オレステイア&oldid=40751082」から取得 ...



Sat, August 18, 2012
他者とは何か:自己凸i¬--MP--他者凹iの連続的様態から不連続的様態への意識の進化
テーマ:無双PS原理
他者とは何か:自己凸i¬--MP--他者凹iの連続的様態から不連続的様態への意識の進化

本問題をまた検討する。
 不連続的差異論は、新しい哲学的理論の出発点であった。その意味は、私の意識(心理学的には、サイキと言えよう)においては、正に、「革命」であった。
 しかしながら、一般的には、その意義はほとんど不明であろう。その意味を含めて、問題点を復習したい。
 人間の意識は無意識を含めて、三つの極があると見るのが妥当と考えられる。(三つ巴や三神一体は、そのシンボルであると思う。無双PS原理では、凸iと凹iとMPである。)
 わかりやすく言おう。「わたし」は頭に存する。「こころ」は胸に存する。ここまでは、普通である。問題は、いわゆる、無意識である。私は、「肚(は ら)」を一般に無意識であると考えるが、私の仮説では、それを意識に加えて、三つの極、三元性を唱えるのである。つまり、「頭」と「胸」と「肚」である。
 「頭」が自己であり、それは、他者認識をするときに、実は、自己を他者に押し付けるのである。これが、自己同一性という志向性である。
 そして、他者はどこに存するのかが、決定的に重要な問題である。一般的には、他者は外部に存する外在的存在である。
 しかしながら、外部の他者を、一般的には、自己(「わたし」)は、そのものとして、つまり、差異として、受容することができないのである。自己優位に、 他者を取り込もうとするのである。このとき、自己は内的他者を否定するのである。つまり、「肚」を否定・抑圧するのである。厳密に言うと、MPにおける自 己凸iと他者凹iの陰陽共振像に、自己像を投影して、陰陽共振像である他者を否定すると考えられる。
 だから、自己による外部の他者の否定とは、実は、均衡調和点として、MPの否定なのである。それは当然、同時に、内的他者凹iの否定でもある。
 つまり、自己による他者への対応とは一般的には、二重の否定と考えられる。他者自体の否定と均衡調和点としてのMPの否定である。
 この二重否定に対して、他者ないしは「無意識」の側からの言わば反動があるのである。自己による否定・抑圧に対して、それは、二つの反動である。「肚」とMPからの反動である。
 これは、いわば、ロマン主義や神秘主義という様態をとるだろう。そう、近代的自我、近代合理主義に対する反動である。
 しかし、人間の意識において、自己は否定のしようがないから、当然、両者は二元論的になる。あるいは、二つの二項対立が形成される。つまり、自己優位と他者劣位の一つの二項対立と、他者優位と自己劣位の一つの二項対立である。分裂的意識様態である。
 この分裂様態は、不連続的差異論でいう、連続的様態と言える。というのは、自己傾斜という力学が根本にあるために、自己同一性の優越力学が作用するので あり、そのために、他者を自己へと取り込む否定・抑圧作用があるのであり、この他者への否定・抑圧的力学が自己と他者との連続性、連続的同一性をもたらす ということである。
 このシーソーのような分裂様態において、ある均衡が形成されうるのである。それは、一般的には、冷静、平静、落ち着きというような心的状態においてである。
 それは、端的に、他者である「肚」と自己である「頭」のバランスを意味するのである。一体それは、何によってもたらされるのであろうか。
 それは、均衡調和点としてMPによってである。これは、以前、霊愛と呼んだ作用をもっている。キリスト教の自己否定的な他者愛、隣人愛ではない。陰陽均衡的な差異共振的精神作用である。キリスト教の用語で言えば、聖霊に相当すると考えられる。
 意識の分裂様態にあって、いわば、無意識に、均衡調和点としてのMPが作用するのである。しかしながら、これでも、未だに、連続的様態にあるのであり、明確な不連続的様態は形成されていないのである。
 ここにおいて、不連続的差異論の画期的な意義が存するのである。不連続性ないしは、不連続化とは何であろうか。
 それは、端的に、自己の頭の意識と他者の「肚」の意識が不連続であるという認識である。一般に自己傾斜があるので、他者と否定的に連続化しているのであ るが、無意識の均衡調和点としてのMPの作用によって、自己と他者の無意識のバランスが形成されるが、そこにおいて、自己と他者が不連続であると認識する ことで、両者の明確な不連続性が形成されるのであり、それは、いわば、意識の進化と言えるのである。
 言い換えると、それは、自己認識の進化である。自己は他者を否定的同一性化するのを止めて、他者を他者として受容する意識に達したのである。
 そして、このとき、自己と他者の意識的な積極的な差異共振(陰陽共振)がもたらされるのである。これは、ほぼPS理論ないしは初期PS理論の段階である。無双PS原理は無双原理の一元論=太極を取り入れた上で、これを継承しているのである。
 以上、本件の検討を終える。
 
追記:初期PS理論はまったく『海舌』氏の功績である。
海舌 SeaTongue@Kaisetsu
blog.kaisetsu.org/ - キャッシュ
海舌 SeaTongue@Kaisetsu. 『海舌』 the Sea Tongue @ Kaisetsu with Archaic smile ★★You will find many keys which get to the real future by reading this "Kaisetsu Blog" carefully.



Fri, August 17, 2012
超越的と超越論的:超越論性と超越性をどう区別するのか
テーマ:manichaeism: 哲学
超越論性と超越性の区別は、哲学において、きわめて重要なものであるが、私は、無双PS原理を展開していく中で、だんだんわからなくなってきたので、ここで、簡単に検討してみたい。
 超越論性は、カント哲学から来たものである。それは、簡単に言えば、人間の認識を規定する先験的な原理のことである。
 それに対して、超越性とは、人間の認識を超えた「もの」を指していると言えよう。
 ここで無双PS原理を考えると、物質性を超越した気を考えているので、そこには、超越性がある。しかしながら、気ないしは陰陽極性は人間認識を規定して いるものと考えられるので、超越論性があるのである。もっとも、正確に言えば、気は生命を規定しているのであるから、厳密には、超越論性はない。しかし、 私は気の領域である虚軸に認識性をおいているので、超越論性を考えることはできるのである。
 この点は微妙な点であり、説明が要る。霊から始めないといけない。超越円が根源的に個霊的であり、元自己と元他者の極性をもっていると考えられる。それ が、気の領域である虚軸に重なると考えられる。その結果、人間認識は、気(生命)とさらには、物質と重なる自己意識並びに、他者意識をもつと考えられる。 故に、気における超越論性が説かれるのである。
 次に、霊の次元であるが、これは、一般の人間認識を超えるのであるから、当然、超越性でである。
 しかしながら、霊の次元は、気の次元、そして、物質の次元を規定するのであるから、超越論性と言えるのではないだろうか。
 以上、本件に関する私説を簡単に述べておくに留める。
超越的と超越論的
2010/09/14/Tue
「超越的と超越論的のちがいって何? そもそもちがいなんてあるの? うん、ある。どういうちがいかーっていうと、まず超越的はドイツ語で transzendent、超越論的はtranszendentalになる。語尾が異なる。それでこの区別を考えたのはほかならぬドイツの哲学者カントで あって、カント哲学のある意味根本がここにかかわってくる。紛らわしいうえに細かいけれど。」
「本当に細かいのよね。しかし哲学というのはこういった基本的な語の区別に大きな意味が込められているものだから、あだに疎かにできないといっていいでしょう。ま、しかたない基本ね。」
「そ れじゃ最初に超越とはいったい何か。‥超越という言葉自体は昔からあって、たとえば古代ギリシアのプラトンが説く「イデア」は超越的なものとして考えられ ていた。ところで「超越」transcendenceってなんなのだろうって考えると、「越えて」という意味の接頭辞transと「登る」という意味の動 詞scandereの二つがくっついてできた言葉がtranscendenceってことになる。つまり「越え登る」という感じで、垂直や高さを想起させる 言葉であることがわかる。でも、じゃ、いったい何を超えるっていうの? それはカテゴリー。範疇や領域を超え出ることこそが、超越という言葉の意味だっ た。」
「現代社会でもよく使われる「カテゴリー」とはアリストテレスが示した概念であり、それはそもそも述語の種類を示す言葉だったといっていい でしょう。すなわち「実体」「や「量」、「場所」や「関係」、等々、つまりこの世界に存在する存在を記述するために必要な概念として、「カテゴリー」とい うものが創案された。それは要するに、主語になる実体を把握するため、述べるために求められた枠組であったということね。」
「でもこのカテゴリー に収まりきらないものがでてくる。それは何かなといえば、「善」や「美」といったプラトンがイデアの例として好んで持ち出す概念だったり、そもそも「存 在」という言葉自体が示す何かは、カテゴリーで分けることができない何かだった。なのでこういったカテゴリーに入りきらない、つまりカテゴリーを「越え出 て」しまう概念を「超越」とか、「超越的」とかって言葉で指し示そうというのが、超越という言葉の背景にある。‥これが中世までのことで、近代に入ると先 に挙げたカントが登場し、カントは「超越」という言葉を「人間の経験を越えたもの」として説明する。というのも、近代に至ると哲学の中心のテーマが「神」 から「人間」へと移るわけで、「超越」もまた「人間」を基本にして研究されるようになるからなのだけど、ではカントがいう「超越論的」とはなんだろう。」
「カ ントは人間の直観を超えるもの、別な言葉でいえば、人間が知りえない何かを「超越的」と呼んだ。そしてそれに対するものとして「超越論的」という言葉が生 れる。超越論的とは何かということ、これは非常に端的にいえば、対象そのものではなく、ある対象を認識する人間の認識の仕方、それがすなわち「超越論的」 ということになるでしょう。」
「それはいったいだからなんなのかーってことなのだけど。‥こういってみよう。人間はいろいろなものを認識して生き ている。他者とか言葉とか音とか思想とか、そういったもの。でもさて人間が何かを認識するとき、何か制限というか条件はないかな。たとえば音を聞くには耳 がなければいけないし、日本語を理解するには日本語を知ってなきゃいけない。映画を見るにはお金がいるし、二十歳以上じゃないとお酒は味わえない。‥する と人間が物事を認識するためには、たとえば生物学的な条件とか、あるいは心理学的条件とか、社会的条件、文化的条件などいろいろある。そしてカントは考え た。こういったいろいろな条件はあるにはあるけれど、でもそれらはすべて経験でできてるものじゃなかろうか、もしかしたら経験に拠らず、認識そのものを可 能にする根源的な条件があるんじゃなかろうか? ‥ということで、この「認識を可能にする根源的な条件」を指して、カントは「超越論的」という。「超越 的」は「経験を超えるもの」、「超越論的」は「人間の経験を可能にするもの」。」
「ややこしいのよね。なぜカントが「超越論的」という言葉を使っ たかだけれど、これはカントの人間への深い洞察が関係している。というのも、超越とは人間の経験を超えるものだから人間には理解しえない。しかしそれと同 時に、人間自身も対象となりうる存在であり、その意味では超越的といっていい。すると人間は超越的であると同時に、つまり人間には知りえない存在としてあ ると同時に、現象を認識する主体でもあるということになり、この二重性からカントは「超越論的」という言葉を使った。つまり「超越論的」とは「超越的」と 非常に近い関係があるという洞察があったのでしょうね。‥ま、なんかまだぜんぜん足りないけれど、このエントリはここでおしまいにしましょう。きりがなく なってしまうかしら、これ。」
http://mugi4ishida.blog71.fc2.com/blog-entry-1905.html
隠れ蓑〜penseur〜

超越的と超越論的
mugi4ishida.blog71.fc2.com/blog-entry-1905.html - キャッシュ
2010年9月14日 – 超越的と超越論的のちがいって何? そもそもちがいなんてあるの? うん、ある。どういうちがいかーっていうと、まず超越的はドイツ語でtranszendent、超越論的はtranszendentalになる。語尾が異なる。それでこの区別を考えたのはほかなら ...




Fri, August 17, 2012
『アロンの杖』(D.H.ロレンス)を読書中:戦争を問う哲学的小説
テーマ:literature
以前、日本語訳で読んだが、ほとんど印象に残っていない。何か粗雑
な感じをもった。
 しかし、今、原文で読んでいるが、戦争や人間存在を扱った深刻な作品であることがわかった。戦争を東アジアで起こすための政治的画策が為されている今、戦争のもつ悪魔性を抉り出している本作品を強く薦めたい。 
 二言、ロレンスについて簡単に述べたい。
 一つは、『チャタレイ夫人の恋人』でかつて有名になったため、性の作家として見られているのが、作家自身、そして、読者層にたいへんな不幸をもたらしている。彼は、稀有な哲学的作家であり、西洋文明の問題を徹底的に問うているのである。また、きわめて、東洋的である。 
 もうは一つは訳の問題である。ロレンスの英語を日本語にするのはとても難しい。ぶっきらぼうに簡潔であり、また、口語的なので、いたずらに日本語にすると軽薄に見えるのである。これは単なる感想であるが、本作品の訳で読んだので、粗雑な印象を受けたのかもしれない。

オンライン版
Aaron's Rod / D. H. Lawrence

Aaron's Rod--Text

『アロンの杖』D.H.ロレンス著|外国文学(イギリス文学他)
ameblo.jp/gaikokubungaku/entry-10006814272.html
2005年12月6日 – テーマ:D.H.ロレンス. 『アロンの杖』(1922年) D. H. ロレンス著 第1章 「青い玉」:クリスマス・イブ。戦争が終わり、ほっとした感じがあるが、同時に悪夢の暴力が一般的な雰囲気にある。アロンの家では、娘達がクリスマス・ツリーの用意をして ...
アロンの杖:D・H・ロレンス
homepage3.nifty.com/coderachi/lawrence/aarn.html - キャッシュ
アロンの杖. D.H.ロレンス. 第一章. 青い玉. たそがれかけた空に大きな宵の明星が輝き、足元の地表は凍りかけていた。クリスマスイヴだった。 戦争も終わり、新たな脅威とも言える安堵感があった。悪夢の猛烈な不快感が今、社会の空気全般に解き放たれたの ...
Aaron’s Rod: Cambridge Lawrence Edition; Revise.../Penguin Classics

¥1,742
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アロンの杖 (八潮版・イギリス・アメリカの文学)/八潮出版社


¥1,995
Amazon.co.jp
内容(「BOOK」データベースより)
機械文明の桎梏を打破し、真に人間として生きるにはいかなる方途があるのか?第1次大戦後の混迷するイギリスとイタリアを舞台に、ヨーロッパ文明に潜む危 機と脅威を容赦なく抉り出し、「生」の新たな方途へのヴィジョンを大胆に提示しようとするロレンスの問題作。

5つ星のうち 4.0 娯楽のつもりで読まないように 2011/1/24
By thomas
形式:単行本
問題作です。
どう問題なのかというと、悪意を持って批評しようと思えば幾らでも悪く言うことができてしまう作品であるということです。
表現はこの上なく率直で、正直で、忌憚なく、そのため刺々しさに満ちているようにも感じられます。
理想に燃えている人にとっては良い試練になるでしょうし、それとの戦いに疲れた人にとっては良い薬になるかもしれません。
いずれにしても、単に不愉快な気持ちを抱いて終わってしまわないために、装備は万全に整えて臨みましょう。

フロイトの精神分析
マルクスの経済学
ニーチェの哲学

このあたりの知識を携えて臨めば、まあ書かれていることの意味がさっぱり解らないということにはならないでしょう。

一言ヒント:書かれた言葉を文字通り受け取らず、その裏にある意味を読み取ることに集中すること。

参照:

「非現実的な夢想家」が世界を変える!
【転載開始】2012年8月15日 (水)

「非現実的な夢想家」が世界を変える
敗戦から67年の時間が経過した。
改めて心に刻むべき言葉がある。
長崎大学医学部教授であった永井隆氏が死を前にして幼い二人のわが子に遺した言葉だ。
永井氏は原爆で妻を失い、自らも原爆に被爆していながら余生を被爆者の治療に捧げた人物である。
永井氏の言葉はいまも力を失っていない。
可燃性の高いナショナリズムを煽る風潮が強い現下の状況のなかで、私たち日本人がもう一度かみしめるべき言葉が刻まれている。

「いとし子よ。
あの日、イクリの実を皿に盛って、母の姿を待ちわびていた誠一よ、カヤノよ。お母さんはロザリオの鎖ひとつをこの世に留めて、ついにこの世から姿を消してしまった。そなたたちの寄りすがりたい母を奪い去ったものは何であるか?
――原子爆弾。
・・・いいえ。
それは原子の塊である。
そなたの母を殺すために原子が浦上へやって来たわけではない。
そなたたちの母を、あの優しかった母を殺したのは、戦争である。」
「戦 争が長びくうちには、はじめ戦争をやり出したときの名分なんかどこかに消えてしまい、戦争がすんだころには、勝ったほうも負けたほうも、なんの目的でこん な大騒ぎをしたのかわからぬことさえある。そうして、生き残った人びとはむごたらしい戦場の跡を眺め、口をそろえて、――戦争はもうこりごりだ。これっきり戦争を永久にやめることにしよう!

そう叫んでおきながら、何年かたつうちに、いつしか心が変わり、なんとなくもやもやと戦争がしたくなってくるのである。どうして人間は、こうも愚かなものであろうか?」
「私たち日本国民は憲法において戦争をしないことに決めた。…

わが子よ!


飄(つむじ風)




Thu, August 16, 2012
霊と気との関係再考:超越円は霊的情報であり、且つ、気的極性を形成する
テーマ:無双PS原理
先に次のような論考(霊と気との交差様態:MPにおいて霊的極性情報が気的極性に刻印される )を行ったが、本質的な問題が十分考察されていないため、たいへん不備のある考察なので、ここでさらなる解明を試みたい。
 先に、霊的情報が気的情報に刻印されると述べたが、そうすると、両者は別々に存するように考えられるだろう。しかしながら、超越円(霊的円、霊円)から 気の極性が形成されたとそれ以前に述べていることと、霊的情報が気的情報に刻印されるということとは、整合性がないように見えるのである。
 こう考えたらどうだろうか。超越円の虚軸のほんの一側面が気的極性である。しかしながら、当然、気的極性以外に領域を超越円はもつのである。
 この気的極性以外の超越円の領域が、正に霊的情報であると言えるのではないだろうか。そう考えれば、上記の不整合のように見える事象が解明されることになるだろう。つまり、霊的情報は、気的極性を生成させつつ、同時にその気的極性に自らを刻印するのである。
 とまれ、以上で、一応、不備は解消された。厳密に言えば、人間、動物、植物、ウィルス・細菌等、鉱物の区別をすべきなのであるが、今は、人間の場合に限定した。
 しかし、ひょっとしたら、超越円は、気の根因であり、人間の個霊とは、いわば、超超越円、超超越軸に存するのかもしれない。そうすると、四次元世界を考えなくてはならなくなる。
 しかし、そうする以前に、現時点の枠組みで考えるべきである。ここで簡単に述べると、人間以外の宇宙や自然の形成であるが、それは、気的情報が基本であ り、そこには、個霊的情報はないと考えられる。シュタイナーは、動物霊は、類的、集合的であり、個的差異はなく、また、植物にはないアストラル体があると 述べていることを参考にすると、思うに、進化の層が異なると見るべきではないだろうか。
 思うに、ある進化段階において、類的霊(動物霊)による創造・産出があったのであり、それと人間の進化のレベルをいっしょにすべきではないと考えられる。
 同様に、植物、ウィルス・細菌等、鉱物なども、それぞれ、異なる進化の層があったと考えるべきだろう。
 最後に、アストラル体について簡単に考えよう。
 人間においては、感情・欲望の意識体であるが、それは無双PS原理では、当然、MPに存すると考えられる。しかしながら、それは、均衡調和のとれたMP ではなく、自己傾斜をもつMPであると考えられる。しかし、そのようなMPの考え方は均衡ポイントであるMPの概念と合致せず、齟齬となる。
 しかしながら、MPは純粋な均衡調和点であると同時に、また、自己傾斜に拠る連続性、同一性、まとめて、連続的同一性の様態を帯びるのであるから、これは、齟齬ではないということになる。
 今はここで留めたい。




Thu, August 16, 2012
巨大銀河団「フェニックス」とは何ぞ哉:ブラックホールは−1、光は⇒、銀河団は+1
テーマ:cosmos
無双PS原理から見ると、「フェニックス」の中心には、MPが存するのであり、気が螺旋的に銀河団を生み出すと考えられる。
 ブラックホールはマイナス1に存すると考えられる。当然、光は⇒であり、プラス1が銀河団である。
大量の星生み出す巨大銀河団「フェニックス」発見、 57億光年のかなたに
2012.08.16 Thu posted at 11:14 JST
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住まいの豊富な情報を掲載「SUUMOライフ特集」

(C) NASA/CXC/M.Weiss
(CNN) 米マサチューセッツ工科大学やNASAの研究チームは15日、地球から約57億光年の距離に、これまで観測されたことがないほどの勢いで新たな星を生み出している巨大銀河団を発見したと発表した。巨大銀河団は「フェニックス」と名付けられた。
研究チームによると、フェニックスは何百、何十万という銀河と暗黒物質と高温ガスで形成され、質量は太陽の約2500兆倍。明るさや温度もほかと比べ、群を抜いて高いことが分かった。
中心部にある銀河では年間740あまりの星が新たに誕生しているという。これと比較すると、地球のある銀河系で誕生するのは年間1〜2個にとどまる。
専門家によると、星は冷却されたガスの密度が高まって形成されるが、例えばペルセウスなどでは、ブラックホールの存在が形成を妨げている。一方フェ ニックスの場合、中心部の銀河に巨大ブラックホールが存在するものの、大量の高温ガスがブラックホールとの「勢力争い」に打ち勝っていると考えられる。
フェニックスのような銀河団を調べれば、銀河とブラックホールの共存関係を解明する手がかりになると専門家は解説している。
http://www.cnn.co.jp/fringe/35020504.html?google_editors_picks=true



Wed, August 15, 2012
霊と気との交差様態:MPにおいて霊的極性情報が気的極性に刻印される
テーマ:無双PS原理
無双PS原理はまだまだ不十分な箇所がたくさんあるグランド・セオリーの仮説である。
 先にも述べたように、一つ一つ解明を重ねるしかない。
本記事においては、霊と気との交差の様態の力学について検討したい。
 先に、超越界=霊界の超越円の根本性を述べた。おそらく、それは元太陽であり、「天照大神」である。
 超越軸z軸と虚軸y軸の平面(超ガウス平面とでも言おうか)の「単位円」が超越円である。それが、また、太極であり、虚軸において、陰陽気極性を形成すると考えられる。そして、陰陽極性の均衡ポイントがMP(Media Point)、原点である。 
 気について言えば、陰陽極性様態のみを確認すればいいのであるが、実は、MPには、霊の力も作用していると考えられるので、複雑であると直観されるのである。
 気の力だけでなく、霊の力もMPに作用しているが、その二つの力の関係
 はいかなるものであるのかというのが、本稿の主題である。
 とは言え、先に、霊がソフトで、気がハードであると比喩的に述べた。霊が情報信号であり、気がそれを伝える搬送波と見てもいいだろう。
 あるいは、霊が精神情報であり、気が生命情報と見てもいいだろう。
 とまれ、前者が後者にいわば、刻印するのである。精神情報が気情報を一種形作るのである。そう、個の霊の情報が気の生命情報に刻まれると言えよう。
 この個霊の刻印にカルマ、さらには、その展開である輪廻転生を見ることができよう。そう、個人において、この個霊は絶対的な規定であり、カント哲学的に 言えば、一種の超越論性と言えよう。個的超越論性である。運命、性格、才能、容貌等はそのようなものであろう。もっとも、遺伝である気の生命情報が下敷き にあるのであるが。 
 では、本題に入ろう。
 実に難問であるが、一つの作業仮説として、MPにおける三層構造、即ち、霊の層(霊層)と気の層(気層)と物質の層(物質層)を見て、順番に高次元から低次元へと降下すると考える見方がある。
 気と物質の関係で言えば、物質に対して、超越性である気は、その陰陽極性が超越的ないしは超越論的情報であり、それが、物質様態を決定しているのである。
 それと同様のことを、霊と気との関係にも見られるとするのである。
 即ち、気に対して超越性である霊は、その超陰陽極性が超越的ないしは超越論的情報であり、それが、気的様態、気の陰陽極性を規定していると考えるのである。
 簡単に言えば、霊的極性が気的極性を規定するのであり、それが、霊の気への刻印、即ち、カルマである。
 これで一応、本題の一つの解明ができた。
 では、最後に、太霊と個霊の関係について考察しよう。
MPにおいて、気に刻印する霊は当然、個霊的でなくてはならない。そうすると、大根源の太霊は個霊であるのであるが、太霊は無限に多様な個霊でなくてはな らない。無双PS原理は一元論であるから、一元の太霊は多元の個霊でもあるということでもあるが、その論理はいかなるものか。
 思うに、太霊自体が、本質的に個的なのであり、それが、現象的展開をするときに、多様な個的現象として出現するということではないだろうか。
 陰陽方程式凸i*凹i⇒+1であるが、右辺の+1は、人間においては、個、その他においては、個体、個物と言えようが、両者をまとめて、個と述べておこ う。そう、陰陽方程式は、既述したように、人間に関しては、個方程式であるが、その他の森羅万象に関しては、個体方程式、個物方程式と言える。
 しかしながら、正確に言えば、太霊が個霊であるというよりは、太霊は、元個霊であると言うべきであろう。元個霊の情報が太霊にはあり、それが、気陰陽極性に刻まれ、そして、身体的に個的物質化すると考えられるのである。
 今はここで留めるが、後で、上記とは異なる考え方についても検討したい。

追記:タイトルを「霊と気の交差様態:・・・」としたが、検討の結果、交差という言葉はあまり正確ではない。
 霊的情報が気的情報へ刻印されるのであり、前者から後者への流れがあるが、その逆はないからである。



Tue, August 14, 2012
霊とは何か:霊の螺旋と気の螺旋:螺旋の螺旋としての現象界:太霊の個霊
テーマ:無双PS原理
気は無双PS原理においては、虚軸に存し、端的に、陰陽極性があるとわかる。
 問題は、超越軸の霊の力学である。
 これまでは、作業仮説的に、気のような極性を仮定してきた。即ち、凸j*凹j⇒+1というような方程式を考えた。
 もし、それが成り立つなら、超陰と超陽の極性、言わば、超気を考える必要がある。果たして、それでいいのか。
 これまでの仮説では、超越界とは超越円である。それは、超越軸と虚軸の平面で形成される「単位円」である。
 だから、霊ないしは神(まとめて言えば、神霊である)は、超越円として、存すると考えられる。
 そのように考えるならば、霊は気と同様に、極性をもっていると考えていいことになる。というか、霊のほんの一面が、正確に言えば、霊の虚軸成分が気であ るということになる。言い換えると、宇宙・自然・生命体は、霊の特殊な一面に過ぎず、それは、霊の変遷によって、変動するということになるだろう。そう、 あえて言えば、神も変動するのであり、それによって、気である宇宙・自然・生命体も変動するということになる。
 そう、霊も極性があるならば、やはり、気と同様に、螺旋的変化をもつだろう。
だから、霊の螺旋的変容と気の螺旋的生成の二重性が存することになる。螺旋の螺旋が根源的に存することになる。この螺旋の螺旋が現象界を産出形成しているということになる。
 今はここで留めるが、占星術的宇宙とは、霊の螺旋を把捉しようとする「知恵」であろう。しかし、それは、大枠に留まると思う。細部は白紙ではないだろうか。
 また、個の霊(個霊)であるが、それは、結局、超越界の霊、言わば、太霊の無限多様様態なのだろう。




Mon, August 13, 2012
霊⇒気⇒物質
テーマ:無双PS原理
今日は暑かった。しかし、電気代を考えたら、冷房する気がなくなった。風が強かったので、窓を開けて、買ってきた藺草の香るゴザの上で横になったが、すぐ起きてしまった。扇風機を二台つけたら、なんとかしのげた。夜は涼しくなるだろう。
 さて、昨日、気と物質について述べた。結局、気が主であり、物質は従であるということである。気はシュタイナーの霊学では、エーテル体に相当する。気= エーテル体の存在とその物質超越的本質を認めるなら、光の問題も解明されるだろう。唯物科学は、エーテルを否定したが、結局、光、電磁波の根源には、気= エーテル体が存するのであり、おそらく、超光速は存しているだろう。
 ところで、霊と気の関係を本記事で述べたいのであるが、その前に、気と物質、とりわけ、電磁波との関係について、一言触れたい。
 唯物科学は原子力科学を生み出した。いったい、原子力、あるいは、放射性物質とは何であろうか。自然にある放射性物質もあるし、人間が造り出したものもある。
 少し視点を変えて考察しよう。端的に言って、唯物科学の扱う物質とは何なのか。
 素粒子、原子、分子、無機物、有機体等は、何なのか。気から見たら、何なのか。果たして、物質はすべて気から創られるのか。
 一般に、宇宙、自然は、気から創られると考えられる。
気⇒宇宙・自然
である。
 しかしながら、唯物科学は、気から作られた自然を対象にして、そこから、物質を抽出して、いわば、純粋物質を形成すると考えられる。(勿論、ここには、科学的技術の働きが必要であるが。)
 この純粋物質であるが、これは、自然を形成した気からは、分離・乖離されたものと考えられる。
 これを、無双PS原理から見ると、どう説明できるのだろうか。つまり、純粋物質の力学とはいかなるものかということである。
 これは、意外に簡単に説明できそうである。即ち、MP(Media Point:つまり、原点)における変換力学で説明できると思われる。
 無双PS原理三次元世界地図を見ていただきたい。
 虚軸の陰陽気がMPにおいて、電磁波と重力波(仮説)へと変換されて、宇宙・自然を創造する。問題は垂直軸の気と水平軸の物質の関係である。気⇒物質で あり、逆の、物質⇒気は成立しないのである。つまり、気/物質MP変換(と呼んでおく)において、気と物質は不連続な関係にあることを確認する必要がある と言える。
 言うならば、ここにはマジックが働いているのである。物質生成の根因である気が、物質からはまったく到達不可能であり、物質から見て、切断があるのである。
 ということで、唯物科学の対象とする物質とは、純粋物質であり、本源の気からは切り離されたものであるということである。人工的な放射性物質は、宇宙・ 自然の本源から切り離された、唯物科学・技術が造り出した、言い換えると、物質的知性が造り出した、言わば、悪魔の物質なのである。
 少し、前段が長くなったので、本題は簡単に触れたい。
 即ち、霊と気との関係である。
 無双PS原理三次元世界地図から見ると、霊は超越軸z軸に存するのであり、気の存する虚軸y軸とは、直交の関係である。
 ここで、比喩的に言うと、霊はソフトであり、気はハードである。(もっとも、気と宇宙・自然の関係で言えば、気がソフトであり、後者はハードである。)
 プラトン哲学的に言えば、霊をイデアと見ることができよう。
 しかしながら、イデアという用語を使用すると、霊の「イデア」と気の「イデア」の区別がつかなくなる。
 だから、情報という用語の方がいいかもしれない。即ち、霊的情報と気的情報が存すると言った方が明快である。
 両者とも現象界から見ると、超越的である。(カント哲学の超越論性であるが、私、は先に、純粋悟性を虚軸においたが、そうすると、超越論性と超越性で齟 齬が生じる。しかしながら、超越論性も考えれば、現象界から見れば、超越性であり、ただ、人間知性の超越性を超越論性と述べていると見ればいいのではない だろうか。)
 とまれ、霊的情報が、MPにおいて、気的情報に作用すると考えられる。その結果、精神的人体が形成されると考えられる。
 端的に、人間生命体においては、単に気だけでなく、霊が作用しているのである。聖霊というものも、当然、その作用である。
 今は、ここで留める。


<無双PS原理三次元世界地図:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |



Sun, August 12, 2012
地産地食:実家のゴーヤでチャンプルー:唯物科学の限界と気科学の誕生
テーマ:health&medicine
最近はゴーヤに嵌っているが、今日、実家の母親(82歳)が畑で作ったゴーヤをチャンプルーにして食したが、美味なこと、沖縄のゴーヤのような滋味のある苦味であり、また、我ながら最高の料理であった。
日照力と地味が重要だと思った。実家の畑は鶏糞が入っていて、有機的に肥えているのである。
 また、海岸沿いのスーパーで好物のはぐら瓜を買った。二本入りで百円で、二袋買った。浅漬けの素で早速食したが、やわらかく美味であった。
 以前から、定年退職したら、実家のある田舎で暮らそうと思っていたが、今夏は確信に近づいた。
 物質文明はもうとうに限界を迎えている。自然と精神に則した、新しい文明、新しい精神・自然文明を形成するときなのである。
 この点でいちばんの問題が「科学」である。今日の科学は物質主義的科学、唯物論的科学であり、自然を物質として認識する科学であり、それは、自然を自然として見る科学ではない。
 この点については、既述済みだが、新たに述べたい。今は余裕がないので、簡単に触れると、無双PS原理において、自然とは虚軸の陰陽気と実軸の電磁波/ 重力波の物質力によって形成されているが、唯物科学は虚軸を無視して、実軸の物質性しか自然に見ていないと考えられるのである。そう、陰陽の気を見ていな いである。これは決定的欠陥であり、唯物科学とは、自然の物質的側面しか見ない、実に皮相な科学なのである。本質を捨象し、外面だけを見ているに過ぎない のである。
 無双PS原理から言えば、陰陽気が自然の本質・根源であり、物質はその外的帰結に過ぎないのである。
 そう、先の議論で言えば、気は電磁波ではないのである。気が始めにあり、それが、電磁波、並びに作業仮説的であるが、重力波を結果的に生み出すと考えられるのである。
 気⇒電磁波/重力波
である。
 そう、だから、空気と言ったとき、物質である酸素を生み出す酸素の気が始めにあるのであるし、窒素も同様である。
 ただし、大きな問題は、イオンと気の関係である。これまで、気=イオンとしてきたが、果たしてそれでいいのか疑問が残る。
 直観で言えば、酸素の陰陽気があり、それが、物質の酸素を形成すると考えられる。通常、酸素イオンは、マイナス・イオンであるが、私の直観は異なる。
 酸素の気自体が、陰陽極性をもつと感じられるのである。即ち、酸素の気とは、陽の気と陰の気の極性をもつと考えられる。今は、作業仮説的であるが、陽酸 素と陰酸素が存するのであり、それが、田舎の空気にある酸素の実相であると思われるのである。当然、陰陽酸素は物質酸素として、現象化するが、本体は陰陽 酸素であり、現象は物質酸素である。
 唯物科学は、田舎の大気の物質酸素しか確認しないのであり、陰陽酸素は検証しようがないのである。
 しかし、心身は、田舎の空気にある陰陽酸素を直覚するのである。
 では、陰陽酸素であるが、果たして、陽酸素を陽子、陰酸素を電子としていいのか、問題である。桜沢如一氏の無双原理では、そのような視点があるが。
 そのように確認することは、結局、唯物科学を基準とすることであり、言わば、元の木阿弥である。
 今の直観では、陽子や電子、さらには、中性子等は陰陽体の物質的反映である。端的に、陽の気と陰の気があり、また、その極性があり、それらが、陰陽体を 構成していると考えられるのである。そう、陽の気が、いわば、陽子となり、陰の気が電子となり、極性が中性子や中間子等となるのではないだろうか。
 唯物科学の標準理論における四つの力であるが、それは、陰陽極性力の物質的反映ではないだろうか。
 とまれ、今は、精緻な理論的解明はできないが、本稿における論点は、自然において、気が本体であり、物質はその現象に過ぎないということである。
 唯物科学、正確に言えば、自然物質科学は、陰陽気、さらには、太極の物質的側面の科学に過ぎず、自然本質科学、自然気科学ではないのである。
 物質を超越したものである気が自然の本体であり、唯物科学は、気科学へと進化する必要があるのである。唯物科学は超克されねばならない。そう、西洋科学 の崩壊であり、新しい東洋科学の誕生である。無双PS原理は、そのようなものであり、さらには、自然の根源の霊的超越性を説くものである。






Sat, August 11, 2012
潤いのある全身全霊的大気のやさしい気波動
テーマ:無双PS原理
昨日、帰省し、潤い全身全霊のやさしい大気に包まれて、今年蓄積したストレスを天然自然マッサージ的に解消している。
 とにかく、潤いである。東京や私が普段暮らす空間にはない、超絶的な潤いの「気」である。 
 ここは、太平洋が近い、農村地帯である。緑のカーペッの田圃の稲穂も頭を垂れている。
 正月から久しぶりの帰省であるが、とにかく圧倒的な自然の力に浸透されている。ストレスで硬直した心身が解きほぐれていく。どんな温泉やマッサージよりも、効力がある。
 直観で言うと、明らかに、生命の力の場があり、それがストレスで消耗させられた心身に力を与えているのである。
 このような自然の治癒する威力は初めて感じるものである。どうも、自然環境がラディカルに変化しているように思う。
 とにか、気霊ないし霊気の場があり、それが、心身を賦活すると言えよう。そう、力を浸透させるのである。
 これは無双PS原理から言えば、陰陽極性空間と言えよう。つまり、自然空間とは、陰陽極性力が浸透した空間と言えよう。
 この力が都市においては、きわめて、弱化していると考えられる。無双PS原理三次元空間においては、都市の場とは、左半分と言えよう。
 田舎の場は右半分と言えよう。(追記:この部分は不正確である。田舎の場は全体である。)
 しかしながら、今が感じている気場とは、太陽の熱のある水の気場である。太陽と水の融合である。そう、凸iの火と凹iの水の陰陽差異共振様態であろう。
 太陽は何処に位置するのか。思うに、太極が元太陽(天照大神)であり、MPはその現象的顕現である。それは、現象太陽のコアであろう。現象太陽は+1ではないだろうか。光子は⇒である。
 とまれ、問題にしたいのは、熱のある水のことである。
今は思いつきであるが、⇒が熱ならば、←は水ではないか。
 つまり、上述した気場とは、MPを核とする凸iと凹iと+1と−1の交差する場ではないだろうか。
 

<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |



Thu, August 09, 2012
<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
テーマ:無双PS原理ガウス平面
頭、胸、肚を図に入れてみた。第一象限を頭部にし、第三象限を肚にした。胸は以前と同じに、MP(原点)においた。
 では、第二象限、第三象限は何になるのか。
先に考えたように、第二象限は物質認識、第四象限は精神認識(魂的認識)だろうか。
 問題は、カントの純粋悟性である。純粋悟性は陽・凸i・自己に属するのではないだろうか。否、それは、陽・凸i・自己と陰・凹i・他者の両極に属すのではないだろうか。なぜなら、時間形式も空間形式も純粋悟性に属すと考えられるからである。
 

<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
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U:物質認識       |     /    T:頭
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−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
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V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
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陰・凹i・空間形式     |
・他者           |


備考:同一性資本主義は−1に、差異共振資本主義は+1に属すだろう。ただし、今日の資本主義は、内部には、差異共振主義をもち、外部的には、同一性主義(いわゆる、悪魔的金融資本主義)の両面をもっているのである。
 しかしながら、後者が主導的になり、悪魔的経済政治になっているのである。
 前者が主導的になるのが、経済的進化と言えよう。


2012年08月09日(Thu)▲ページの先頭へ
検討問題:自己に拠る他者との連続性の力学はいかに:自己同一性が差異共振像に上書きし、連続性が形成される
不連続的差異論における重要な概念である、連続性ないしは連続的同一性であるが、直観では理解しているが、力学的には解明されていないので、検討したい。
 陽・凸i・自己が陰・凹i・他者と連続する、しかも、後者を否定するように自己同一性によって他者と連続するということである。
 そこにおいて、MPが抑圧・排除されているのである。MP(Media Point:下図「ガウス平面」の原点)が抑圧・排除されるという力学は、端的に、MPが否定されるということではないだろうか。つまり、他者を否定する以前に、MPを否定しているのではないだろうか。
 というか、MPを否定することが、同時に、他者の否定となるということではないだろうか。
 ここで、父権神話の母なる怪物退治を想起するのである。バビロニア神話では、マルドゥクhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%AFが母なる怪物ティアマトhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%9E%E3%83%88を退治し、その心臓を太陽に捧げたのではなかっただろうか(記憶が曖昧である)。
 この母なる怪物がMPではないだろうか。そう、ギルガメシュ叙事詩http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%A1%E3%82%B7%E3%83%A5%E5%8F%99%E4%BA%8B%E8%A9%A9では、森の怪物フンババhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%B3%E3%83%90%E3%83%90を退治したが、それが、MPではないだろうか。
 とまれ、MPの共振はなくなり、思うに、直に、自己が他者を同一性化、つまり、連続化したということではないだろうか。
 では、MPの破壊とはどういう力学なのだろうか。それは、陽・凸i・自己の自己反射ということでいいのではないだろうか。即ち、凸iの自乗化ではないだろうか。凸i^2=−1である。
 あるいは、他者否定ということで、凸i*−凹i⇒−1でいいのではないだろうか。
 結局、連続性とは、陰陽差異共振の否定であり、MPの喪失(自己自乗)、ないしは、他者の否定であると言えるのではないだろうか。
 より明確に言えば、身体を形成する差異共振において存する他者を否定する自己同一性が他者との同一性的連続性を形成するということではないだろうか。
 とりあえず、今はここで留める。

追記:以上の説明では、当然、問題点がクリアに解明されていない。MPの否定、抑圧、排除、そして、隠蔽の力学が明確になっていないからである。
 そう、最後に述べた隠蔽という視点はより明晰なものだろう。自己同一性による他者の否定も一種、隠蔽であるが。それは、自己同一性に拠る他者の差異の隠蔽ということである。
 丁寧に考えよう。初めに、陰陽差異共振がMPで形成される。もっとも、陰と陽、そして、陰陽差異共振はほぼ同時形成であろう。つまり、MPが起点となり、陰陽極性と陰陽差異共振性が動じ生起するということになる。
 人間の意識の発達において、陽・凸i・自己が陰・凹i・他者に対して、優位傾斜する。
 この傾斜が父権神話に象徴的に表現されていると考えられる。
 精緻に見よう。
 先に、ナルシシズム(自己愛)について述べたとき、MPにおいて、(陰陽)差異共振像が形成されると述べた(ナルシシズム(自己愛)の無双PS原理からの分析:差異共振鏡への自己同一性の投影としての視線 (8/7)http://protophilosophy.noblog.net/blog/f/11367426.html)。
 差異共振像とは、陰陽共振に拠るのであるから、二面性、両面性をもっていると考えられる。即ち、陽からの映像と陰からの映像である。しかも、両者は同一である。ただし、視点が異なるということであるが。
 そして、ここに、陽・凸・自己の傾斜力学がはたらくとき、この差異共振像が否定されて、自己同一性像によって覆われると考えられる。自己同一性による差異共振像の否定とは、隠蔽ということであり、いわば、差異共振像に自己同一性像を貼り付ける、あるいは、上書きするというようなものではないだろうか。
 この隠蔽=貼り付け=上書きによって、差異共振像(父権神話の母なる怪物)は否定、抑圧、隠蔽、排除されるということになるだろう。
 バビロニア神話において、マルドゥクが太陽に差し出した心臓とは、差異共振像の核であるMP、当然、否定されたそれを意味すると思われる。
 そして、その太陽であるが、それは、太極がMPにおいて発現するような元太陽(「天照大御神」)、内在的な太陽ではなく、外在的な太陽であろう。この外在的、もしくは、父権的太陽の位置づけがよくわからないのであるが、それは、−1か、下図の第二象限に帰属するのではないだろうか。
 しかしながら、空間形式を陰に見ているので、第四象限に属するということも考えられるのである。どうも、空間形式、時間形式の布置はまだ問題がある。
 とまれ、私が言いたいのは、マルドゥクにおける太陽は外在的太陽であり、もはや、母権的な内的太陽ではないということである。
 最後の問題は次の検討問題にして、とりあえず、MPや差異共振を否定する自己同一性のもつ連続性の意味がより明確になったと言えよう。
 簡単にまとめると、優位に傾斜した自己同一性による差異共振像への上書きが、自己同一性のもつ連続性、ないしは、連続的同一性であるということである。
 しかしながら、この自己同一性によるMPの否定とは、消滅ではなく、あくまで、隠蔽である。無意識化である。自己同一性の意識化は第二象限に属するのではないだろうか。そして、「ガウス平面」の右半面が無意識化されているのではないのか。
 ついでながら、第三象限とは何であろうか。それは、自己同一性的感情、欲望の領域ではないだろうか。つまり、否定的な感情・欲望領域ではないだろうか。第四象限は、感情・欲望があっても、あくまで、差異共振的感情・欲望ではないだろうか。つまり、例えば、食という行為であるが、それは、他者(動物、植物)の犠牲という意味合いがあり、それは儀礼的になるのではないだろうか。例えば、アイヌの熊祭りのようなものではないだろうか。そう、死者の埋葬という行為もここに拠るのではないだろうか。
 
 

参考:

<無双PS原理三次元世界:Ver4.0>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
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−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
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陰・凹i・空間形式    |
・他者           |



2012年08月07日(Tue)▲ページの先頭へ
ナルシシズム(自己愛)の無双PS原理からの分析:差異共振鏡への自己同一性の投影としての視線
画像等は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11322148805.html

自己愛の「愛」の部分はどう説明できるだろうか。(そう、女性は自己愛の生き物だろう。)
 自己鏡像に同一化することであるが、その力学はいかに。

先ず、「見る」ことを解明する必要がある。

「わたし」が何かを見るとき、「わたし」は何かを投影して、見ているのである。それは何か。

凸i*凹i⇒+1において、⇒を視線と考えることができよう。+1は対象像である。そして、対象像には、自己凸iと他者凹iの共振が内在していると考えられる。

しかしながら、人間は自己凸iに傾斜している存在である。だから、自己と他者との共振とは言え、それは、自己同一性に傾斜した性質をもっていると考えられる。

そのために、外在的他者は、自己同一性によって、連続化されているのであり、他者の差異が否定されるのである。言い換えると、視線において、差異共振像(+1)には、自己同一性が投影されていると考えられる。

そのように考えると、自己鏡像とは、差異共振の心的鏡に映された自己同一性像であり、それが、自己愛(ナルシシズム)の根源と考えられるのではないだろうか。

さて、差異共振の心的鏡と言ったが、それは、無双PS原理ガウス平面では、MPに存すると言えよう。凸i*凹i⇒+1で言えば、⇒の起点に存すると考えられる。

本題の自己愛の「愛」であるが、それは、自己欲望であると言えるだろう。

ところで、ここで、不連続的差異論について言及するのが相応しいだろう。つまり、不連続化のことである。それは、自己同一性化を切断するもので、他者を差異として認めるものである。

問題は、自己と他者の位置である。これまで、凸iを自己、凹iを他者としているのが、ここでまた疑問が生じるのである。

というか、自己同一性化において、果たして、自己優位、他者劣位だけで考えていいのか疑問に感じるのである。

しかし、それは不連続化を行なっている意識において、そう感じるものであろう。しかし、不連続化以前においては、やはり、一般的には、自己優位、他者劣位であると言えよう。

ということで、従来通り、自己は凸iであり、他者は凹iである。

ここで、小説家/哲学者のD.H.ロレンスのキリスト教批判を考えてみよう。それは、端的にはキリスト教の愛の精神の批判である。

キリスト教の愛の精神をロレンスの考えに即して言えば、それは、自己否定における他者肯定である。つまり、凸iを否定して、凹iを肯定するという精神である。

これは無双PS原理から見ると、実に不自然な精神である。何故なら、自己凸iは否定しようなく存する「陽」であるからである。必然的に存する自己凸iを否定すれば、当然、反動がくるのである。それも、病理的な反動である。何故なら、自然的な存在を否定しているからである。そう、自己凸i否定を伴う他者凹iへの傾斜は当然、必然的に、自己凸iの反動を衝動的に呼び起こすと考えられる。

だから、その意味で、ロレンスのキリスト教批判が正鵠を射ていると言えよう。

しかしながら、キリスト教の愛を否定して、新たに「力」を肯定するというロレンスの一時期の考えは、逆に反動的であろう。

無双PS原理から言えば、自己凸iと他者凹iの均衡を達成することが真の個の形成を意味するのであるから、「力」の肯定は誤りである。

ただし、自己凸i(陽)と他者凹i(陰)の均衡であるが、それはMPの新たな開化を意味するので、太極からの、言わば、未知のエネルギーが参入すると考えられるので、それは、確かに、一つの「力」とは言えるのである。

だから、ロレンスの「力」の肯定はまったく間違いとは言えないのである。

では、何が問題なのか。そう、それは、端的に、キリスト教の愛の精神を否定するあまり、他者自体をも否定することになり、自己の極に極端に傾斜したことに存するのではないだろうか。そう、確かに、ロレンスの場合、MPは開化しているが、それと同時に、自己凸i・陽の極が優越化したと考えられるのである。つまり、言い換えると、キリスト教の愛の精神を否定して、逆に、反動的に、自己凸i・陽の極へと傾斜してしまったのである。

ロレンスの精神は二重的であり、一方は陰陽論理的あり、他方は二項対立的であり、キリスト教精神の批判は前者であったが、キリスト教精神の否定は後者であった。そして、後者が主導的になって、自己優位の発想が生まれてしまい、反キリスト教的な反動化が生じたと考えられる。

そのような反動の原因であるが、それは、第一次世界大戦のインパクトと考えられる。その大破壊は、否定的対象であり、この否定の精神において、ロレンスは、二項対立的な反動へと陥ったと考えられる。

さて、最後に、ついでながら、科学の問題に触れよう。ロレンスは、科学はキリスト教精神から生まれたものと考えているが、それは誤謬であろう。しかし、キリスト教の他者主義は関係していよう。正確に言えば、科学とは、私見では、キリスト教的他者精神とデカルト的な自己同一性的精神の結合に拠るのである。

ここで、日本の場合を見ると、当然、キリスト教的他者精神はないのである。故に、日本における科学は、他者性の希薄な自己同一性精神が支配するものになり、西洋の科学とは異なるものになったと言えよう。端的に言えば、自己同一性的、つまり、利己主義的なものになったのである。それは、西洋の科学が本来もっているキリスト教的他者精神が欠落しているので、科学自体を歪めるものになるのである。

とは言え、西洋の科学は、キリスト教精神があるために、ロレンスが批判した反動的な自己の衝動が生じるのである。それが、西洋の暴力主義、覇権主義、植民地主義、帝国主義になると考えられる。


追記:ロレンスの極性的無意識論であるが、一方では、共感の軸があり、他方では、単独性の軸がある。これは、無双原理で言えば、前者は陰・凹i・他者の極であり、後者は陽・凸i・自己の極と考えられる。

 ロレンスの無意識哲学の問題は、両者が常時揺らいでいることにあると考えられる。(それが、王冠論における、獅子・父と一角獣・子との闘争として、表現されていると考えられる。)これは、ロレンスにおいて、一種二重人格性、ないしは、「統合失調症」が存していると言えよう。

 しかし、そのような表現はロレンスの哲学を矮小化するものであり、より的確に言うならば、父権的人格と母権的人格の二重性がロレンスの精神に存しているということになろう。

 無双PS原理においては、父権的人格は陽・凸iの傾斜による自己同一性主義であり、母権的人格とは、
MPの陰陽均衡作用に存していると考えられる。

 だから、ロレンスの母権的人格は正確に無双PS原理のそれとは合致しない。これをどう見るのかが、本質的問題である。

 私はロレンスはMPが開化(開花という表現の方が美的であり、また、適切ではないだろうか。だから、以下は開花にしよう)がしていると述べたが、それは、無双PS原理における母権的人格を意味する。

 つまり、ロレンスの精神において、母権的人格とは、開花しているMPと陰・凹i・他者の二重性があると考えられる。これを整合的に説明する必要がある。

 言い換えると、陰陽均衡・差異共振性と共感性の区別を解明する必要があるのである。

 前者は言わば、知と感性のバランスをもっているのであるが、後者は感性により傾斜していると言えよう。そう、知性より、情感へと傾斜しているのである。だから、後者は知性の一種の抑圧があると考えられる。

 これは、陰・凹i・他者による陽・凸i・自己の抑圧と言えるのではないだろうか。この抑圧力学をどう見るのか。

 これは次のように説明できるのではないだろうか。即ち、ロレンスにおいては、本来的な母権的人格と、父権的人格の二重性が存する。前者は開花したMPに拠るのであり、後者は陽・凸i・自己の傾斜に拠ると考えられる。

 そして、後者は前者を否定するのであるが、否定された前者はそれに対抗するように、反動的に、陰・凹・他者性を主導化すると思われる。

 父権的傾斜に対する母権的反動が、言わば、共感主義を形成するのではないだろうか。言い換えると、元基的な陰陽均衡という母権的人格に対して、父権的傾斜の力学を発動されると、母権的人格は反動的に共感主義的様態になるというように考えられる。それが、ロレンスの共感性の軸ないしは極の意味と考えられるのである。

 だから、それは、本来的には正しく母権的人格であるが、それが父権的傾斜力学によって、反動的様態を帯びたものということになる。

 結局、上述したロレンスの常時揺動、即ち、陽・凸i・自己の極と陰・凹i・他者の極の常時の揺らぎは、本来的母権的人格の精神に対する父権的人格の傾斜力学によって生じたものと考えられる。

 父権的人格が過度に傾斜した時期とは彼の「リーダーシップ小説」期であり、その父権的人格が超克されたのが、最晩年の時期であり、本来的母権的人格、即ち、陰陽均衡・差異共振を肯定するに至ったのである。それは、『逃げた雄鳥(死んだ男)』に表現されているのである。それは、西洋文明を乗り越えた新東洋文明的哲学である。正に、無双PS原理的である。

 最後に、ロレンスのコスモス(宇宙)について簡単に言及したい。

 これは、明らかに、開花したMPによって直観される「宇宙」である。もともと開花したMPをもっていたのであるが、最晩年に至るまでは、内在する父権主義(一神教的父権主義)によって混沌(カオス)化されていたのであるが、それが超克されて、今や全面的にコスモス(宇宙)が開花したのである。

 それは不可視のコスモスである。何故なら、開花したMPは太極(=超越界・霊界)を「啓示」するからであり、それは、形而上学的存在であり、当然、現象界を超越しているので、不可視なのである。もっとも、可視の宇宙・自然はその外化、物質的表現と言えよう。螺旋的宇宙・自然はそれを意味すると考えられる。

 そう、不可視のコスモスは気的な螺旋形状をもっているだろう。それが、現象化・物質化するのである。

 占星術の宇宙であるが、それは、このコスモスをべーすにして、新たに構築されるべきと考えられる。


resurrectionのブログ

ナルシシズム - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/ナルシシズム - キャッシュ 類似ページ

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二次性のナルシシズムは病的な状態であって、思春期から成年にみられる、自己への陶酔と執着が他者の排除に至る思考パターンである。二次性ナルシシズムの特徴 ... 二次性ナルシシズムは自己愛性パーソナリティ障害の核となる。 ナルシシムという語は ...
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%B7%E3%82%BA%E3%83%A0


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サンクコストの呪縛

なぜ失敗しそうな事業から撤退できないのか

>さらに言えば、たとえサンクコストの呪縛やもろもろの懸念材料から解放されたとして も、組織では、また別の呪縛に陥ることも考えられる。それは、名誉やプライドである。誰々さんが始めたプロジェクトだから、自分の沽券に関わるから、と社 内の人間関係や周囲の評価を気にして、赤字事業に固執してしまう。案外、こちらの呪縛のほうが闇が深いのではないだろうか。

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20120806-00010000-president-nb

霞ヶ関ヒエラルキーは、
失敗を前提に、税金をちょろまかすため、
横領するため、横流しするため、
事業をやっているので、
サンクコストが「無い」わけでw

だから「税金こじき」といわれるw

採られているほうの奴隷国民は、
もう後が無いのに、
見たくないものは見たくなく、
まだ大丈夫だぁ〜幻想に浸っているわけで。

なけなしの学歴や地位や名誉も、
デタラメだったのに、
手放すには「おしい」と、
まじで思ってるわけで。

学歴の総本山、原発を爆発する国の
「学歴」はゴミでした、と、
思えないんだろうなーーーw

放射能を飲んでも大丈夫という
ジャパニーズアカデミー。

どんなカルト宗教大学より、
ぶっちぎりでおかしいんだがw


建築とかあれこれ 呪いもあれこれ 



2012年08月05日(Sun)▲ページの先頭へ
悟性と理性は無双PS原理ガウス平面において何処に位置するのか
作図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11319941611.html

悟性と理性は無双PS原理ガウス平面において何処に位置するのか

テーマ:無双PS原理

先に、以下のように太極や電磁波の問題を提起した。
 ところで、(純粋)悟性や(純粋)理性は何処に布置したらいいのだろうか。
 +1を天、−1を地としたので、現象としての「頭(頭脳)」は前者に、そして、肚は後者に、胸はMPに位置すると考えられる。
 そうすると、(純粋)悟性は+1に位置することになるのが普通の考え方である。
 果たして、そんなに単純でいいのだろうか。
 凸i*凹i⇒+1は、PS理論では自己認識方程式である。思うに、凸iを自我、凹iを他者とするならば、自我と他者の陰陽差異共振としての自己認識ということで妥当である。
 しかし、私は自我は−1に置くので、そのようには布置できない。だから、結局、陽・凸iを自己、陰・凹iを他者として、その陰陽差異共振を個と見るのである。つまり、凸i*凹i⇒+1は、個認識方程式である。
 とまれ、そのように見ると、(純粋)悟性は、やはり、陽・凸iに布置するのが妥当であると考えられる。
 では、(純粋)理性はどこに位置するのだろうか。それは、凸i、凹i、+1、−1、そして、MP(原点)の各要点を認識したものであり、それら五つ総体に存するのではないだろうか。(5という数に注目。五芒星形)
 私が唯物弁証法という論理は、悟性的思考をもつが、それは、−1の自我に中心があるものだと考えられる。象限領域で言えば、第二象限である。
 後で新たに作図したい。


<無双PS原理ガウス平面:Ver3.3>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
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−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
        /       |    
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式    |
・他者           |



参照:

太極をどう捉えるのか:霊的太極と陰陽極性:Ver3.2:陰陽ラセンと電磁波

<無双PS原理ガウス平面:Ver3.2>
                

                       虚軸y軸:陽・凸i・時間形式
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
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                 |     /
               |   /
               | /
−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陰・凹i・空間形式    |

尚、Ver3.2はVer3.0を基にして作った。また、原点、MPにおいてあった太極を外した。

追記:電磁波であるが、磁場と電場が垂直に融合した波動であるが、全くの思いつきであるが、磁場は超越軸の方向、電場は虚軸の方向に関係するのではないだろうか。それとも逆か。

追記2:これも思いつきであるが、虚軸の陽・凸iが右ないしは左脳で、陰・凹iが左ないしは右脳ではないだろうか。そうすると、超越軸は前後の方向となる。それでいいだろうか。
 これまで、自己と他者を置いたが、Ver3.2では設定するのが難しい。これまで通り、自己が陽・凸iで、他者が陰・凹iでいいのだろうか。これは検討課題にする。

追記3:電磁波における電場と磁場の垂直様態であるが、これは、⇒の電磁波発生において、螺旋時空四次元を形成されていくが、このときの三次元空間において、電場と磁場との垂直様態を発生すると見るべきであり、超越軸と虚軸との垂直関係を導入すべきではないと思われる。
 では、問題は、電場と磁場との垂直様態の発生力学は何かである。
 直観で言うと、虚軸における陽・凸iと陰・凹iが共振するときに、垂直に捻れるのではないだろうか。例えば、陽・凸iが磁場へ、陰・凹iが電場へと転化していくということではないだろうか。
 そう、陽・凸iと陰・凹iの二重ラセンのようなものと、電磁波の様態が関係するのではないだろうか。これも直観で言えば、二重ラセンと電磁波の電場と磁場の垂直様態が対応しているのではないだろうか。これは検討課題である。(追記:以下の参考のラセン図が参考になる。円運動において、求心力と回転力が相応しているのではないだろうか。求心力と垂直の関係が回転力には存するだろう。この求心力と回転力の垂直様態が、電磁波の電場と磁場の垂直様態へと展開しているのではないのか。
 以下のオイラーの公式によるラセン形状であるが、例えば、求心力に磁場、回転力に電場が関係すると見られないだろうか。それとも逆であろうか。とにかく、陰陽の牽引力がある。それが回転、ラセン運動を生み出すと考えられる。そのとき、二つの力が垂直に作用する電磁波がラセン運動に発生するのではないだろうか。求心力を電場、回転力を磁場とした方がいいのかもしれない。)
(参考:
無双PS原理「逆」ガウス平面に頭(上丹田)ー胸(中丹田)ー肚(下丹田)を加えた
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11303219941.html


太極をどう捉えるのか:霊的太極と気的極性:Ver3.2:陰陽ラセンと電磁波
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11319551387.html

太極をどう捉えるのか:霊的太極と気的極性:Ver3.2:陰陽ラセンと電磁波

テーマ:無双PS原理ガウス平面

いろいろ問題があって、一挙には、解明できない。一つずつ検討して行くしかない。
 その一つの問題が太極である。太極とは、ただ一つなのか、それとも、根源に霊的太極があり、気的太極はその派生と見るのかが問題である。
 以下のVer3.0やVer3.1では、後者の発想に近い。しかし、私の元々の発想は、前者である。
 基本的な視点から見るべきだろう。超越界は、超越円ということである。つまり、それが、太極であり、そこから、陰陽極性が形成されると考えられる。つまり、太極はそもそも霊的太極であり、それが、陰陽極性を形成すると考えられる。
 だから、太極は一つであり、以下のVer3.0やVer3.1の説明は誤りということになる。
 ということで、Ver3.2を作図したい。

無双PS原理ガウス平面:Ver3.0かVer3.1か決めかねている

< 無双PS原理ガウス平面:Ver3.0>

                  

                       虚軸y軸:陽・凸i・時間形式
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1__←重力波_太極・MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陰・凹i・空間形式    |

追記5:陽・凸iは空間形式で、陰・凹iは時間形式ではないだろうか。

< 無双PS原理ガウス平面:Ver3.1>

                  

                       虚軸y軸:陽・凸i・空間形式
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1__←重力波_太極・MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陰・凹i・時間形式    |


追記6:上図のVer3.1を見ると、PS理論の考え方と近くなっている。しかし、PS理論では、+1が物質であるが、修正無双PS原理では、宇宙、自然、生命体の天の領域であり、−1は、それの地の領域になると考えられる。



<無双PS原理ガウス平面:Ver3.2>
                

                       虚軸y軸:陽・凸i・時間形式
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
                 |     /
               |   /
               | /
−1__←重力波__MP_電磁波⇒_+1実軸x軸
地          /   |              天
          /    |
        /       |    
      /        |
    /          |
陰・凹i・空間形式    |

尚、Ver3.2はVer3.0を基にして作った。また、原点、MPにおいてあった太極を外した。

追記:電磁波であるが、磁場と電場が垂直に融合した波動であるが、全くの思いつきであるが、磁場は超越軸の方向、電場は虚軸の方向に関係するのではないだろうか。それとも逆か。

追記2:これも思いつきであるが、虚軸の陽・凸iが右ないしは左脳で、陰・凹iが左ないしは右脳ではないだろうか。そうすると、超越軸は前後の方向となる。それでいいだろうか。
 これまで、自己と他者を置いたが、Ver3.2では設定するのが難しい。これまで通り、自己が陽・凸iで、他者が陰・凹iでいいのだろうか。これは検討課題にする。

追記3:電磁波における電場と磁場の垂直様態であるが、これは、⇒の電磁波発生において、螺旋時空四次元を形成されていくが、このときの三次元空間において、電場と磁場との垂直様態を発生すると見るべきであり、超越軸と虚軸との垂直関係を導入すべきではないと思われる。
 では、問題は、電場と磁場との垂直様態の発生力学は何かである。
 直観で言うと、虚軸における陽・凸iと陰・凹iが共振するときに、垂直に捻れるのではないだろうか。例えば、陽・凸iが磁場へ、陰・凹iが電場へと転化していくということではないだろうか。
 そう、陽・凸iと陰・凹iの二重ラセンのようなものと、電磁波の様態が関係するのではないだろうか。これも直観で言えば、二重ラセンと電磁波の電場と磁場の垂直様態が対応しているのではないだろうか。これは検討課題である。(追記:以下の参考のラセン図が参考になる。円運動において、求心力と回転力が相応しているのではないだろうか。求心力と垂直の関係が回転力には存するだろう。この求心力と回転力の垂直様態が、電磁波の電場と磁場の垂直様態へと展開しているのではないのか。
 以下のオイラーの公式によるラセン形状であるが、例えば、求心力に磁場、回転力に電場が関係すると見られないだろうか。それとも逆であろうか。とにかく、陰陽の牽引力がある。それ回転、ラセン運動を生み出すと考えられる。そのとき、二つの力が垂直に作用する電磁波がラセン運動に発生するのではないだろうか。求心力を電場、回転力を磁場とした方がいいのかもしれない。)
(参考:
無双PS原理「逆」ガウス平面に頭(上丹田)ー胸(中丹田)ー肚(下丹田)を加えた
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11303219941.html
2009年10月12日月曜日
オイラーの公式

y=e^(θi)について、

θ=πのとき、オイラーの公式

e^(πi)=-1

が成り立つ。


y=e^(θi)

について、θを変化させて電卓で計算してみた。



y=e^(θi)

のθを変化させると、

 x軸:実数

 y軸:虚数

の複素平面上で、
yはくるくる回転することが分かった。

このθを軸にして、


x軸:y=e^(θi)の実数部分

y軸:y=e^(θi)の虚数部分

z軸:θ

の3軸の3次元座標上で、yの値を考えると、

くるくる回転がθ軸方向に引き延ばされて、らせん状となることが予想された。


また、計算してみると、オイラーの公式に似た別バージョンの等式があることが分かった。

e^(0i) −1=0

e^(π/2)i −i=0

e^(3π/2)i +i=0

e^(2πi) −1=0





y=e^(θi)のθを変化させたときの値を、3次元空間上にプロットしてみた。

やはりらせん状になった。



投稿者 kf33 時刻: 2:16
http://poic-kf33.blogspot.jp/2009/10/blog-post_12.html

PoIC -k- )


参照:
電磁波とは何ですか?


電磁波とは何ですか?
電磁波とは電界(電場)と磁界(磁場)が相互に作用して組み合わさり、空間を伝達する波のことを言います。
電気が流れたり、電波の飛び交うところには、必ず何らかの電磁波が存在しています。

電磁波は光と同じスピード(約30万km/秒)で進みます。
波が1往復する間に進む距離を波長といい、波が1秒間に往復する回数を周波数(単位:Hz)といいます。
電磁波の性質は周波数(波長)によって大きく違ってきます。

電磁波は自然界にも存在します。太陽光線の紫外線や赤外線も電磁波の一種で、周波数が高くなるほどエネルギーは強くなります。
下の図は電磁波を分類したものです。上にいくほど周波数は高く(波長は短く)、下にいくほど周波数は低く(波長は長く)なります。 電磁波の種類と特徴の詳しい表を見たい方はこちら
http://ktai-denjiha.boo.jp/faq/qa1.htm


気と電磁波:気は電磁波の一種なのか?:無双PS原理の修正
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11318722365.html

気と電磁波:気は電磁波の一種なのか?:無双PS原理の修正

テーマ:無双PS原理

以下、気を電磁波に入れているが、果たしてそうだろうか。私は、気は電磁波ではないと考えている。
 無双PS原理から言えば、光子(電磁波)と重力子の共振から気が発生するのである(仮説)。
 だから、根源的なものは、電磁波や重力子ということになる。
 しかしながら、問題は、陰・凹i・光子であり、それを単純に電磁波と呼ぶわけにはいかない。
 では、無双PS原理において、電磁波はどのように説明されるのだろうか。これは課題である。

追記:桜沢如一氏の『無双原理・易』を読むと、陰・凹iを光子、陽・凸iを重力子とするのは、間違いのようだ。
 無双原理では、陰・凹iに陰電子、陽・凸iに陽原子核を見ている。あるいは、陰・凹iに電子(エレクトロン)、陽・凸iに陽子(プロトン)、そして、中間に中性子を見ている。
 また、陰陽を電波(電磁波)と見ている。
 陽・凸iを重力子とするのは、仮説であるが、それは、それなりに、無双原理とも一致するのである。
 とまれ、陰陽を電磁波とすると、気も電磁波となるだろう。
 否、気が根源であり、電磁波、気から生まれるものである。
 しかし、この議論は、無双PS原理から見ると、間違っている。
 何故なら、⇒+1の⇒を気として、陰と陽を太極の陰極と陽極と見ているからである。そして、陰極と陽極における差異力の共振によって、気が形成されると考えているからである。
 どうも、この考え方をまた改める必要があるようだ。
 陰極と陽極の差異共振によって、気が形成されるのではなく、有気物質(宇宙、自然、生命体)が形成されると見るべきように思われる。
 つまり、陰極でなく、陰の気、陽極ではなく、陽の気でいいのである。陰と陽の差異共振が螺旋を描き、宇宙、自然、生命体を形成するのであり、それは、有気物質体と見ることができる。
 そうならば、陰・凹i*陽・凸i⇒+1(有気物質体)の⇒は何を意味するのか。
 直観では、気のエネルギーである。気の創造するエネルギーである。
 もしそうならば、陰と陽には、エネルギーはないのかということになる。それは、エネルギーというよりは、力であり、その差異の力が共振して、創造・生成エネルギーになるということではないだろうか。これを作業仮説としよう。
 このように見ると、だいぶ整理されてきた。
 結局、太極という原気があり、それが、陰陽という気の力に極性化される。そして、陰陽差異共振して、創造・形成エネルギーが発動するのであり、それが言わば、天地創造である。(私は、以前からビッグバン理論を信じていない。創造と消滅のサイクルが何回かあったと見る方が、説得力があると思う。)
 ということで、本題に戻ると、結局、陰陽気があるが、それが、電磁波なのだろうか。
 今、作業仮説(A)として、電磁波は不可視の現象と言えるのではないだろうか。そうならば、陰陽気が電磁波ではなく、陰陽気の共振に拠る創造・形成エネルギーが電磁波なのではないだろうか。つまり、陰・凹i*陽・凸i⇒+1の⇒が電磁波ということになる。
 別の作業仮説(B)として、陰陽気自体が電磁波ということが考えられる。
 さらに別の作業仮説(C)として、陰・凹iを電磁波と見ることが考えられる。これは、これまでの無双PS原理に近い視点である。
 以上三つの作業仮説を述べてみた。
 以前の私の考え方はAを肯定するものである。つまり、気から電磁波が形成されるのであり、気が根源であり、電磁波は派生物である。
 Bの考え方は、無双原理の考え方に近いと言えよう。
 Cは可能性が減ったと言えよう。故に、A説かB説かである。
 私の直観は、初めに気ありきであり、そこから、電磁波が生まれたというものであり、また、今思ったが、電磁波とは気の表層ではないのかということである。
 現段階では、陰陽気があり、それが、MPで共振して、エネルギーが生まれるが、その主要なものの一つが電磁波であるということにしたい。だから、⇒が電磁波である。また、光子はそこに存することになる。
 そう、最後に簡単に光子(光)の問題に触れる。
 これまで、無双PS原理では、光子を陰・凹iに見てきたが、今、光子が⇒に位置付けられたので、修正する必要がある。
 そう、光子だけでなく、重力子の位置付けも修正する必要があろう。
 単純に考えれば、⇒が光子ならば、逆⇒、つまり、←が重力子となろう。
 そうならば、さらに、天と地の位置付けも変更しないといけない。つまり、天は+1であり、地は−1となる。
 もっとも、これは、だいぶ以前に述べたことではある。
 以上から改めて、無双PS原理「逆」ガウス平面を描いてみよう。
 とりあえず、以下のように位置付けを変更した。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面:ポップスピップ: Ver1.1>

      陰・凹i(-i)・空間形式(外在)
               |
               |
               |
               |
   U物質認識      |    T精神
               |
               |
−1_←重力子__太極・MP_電磁波⇒____+1
無気物質、地       |            有気物質、天
「自我」            |                 「個」
利己的資本主義     |      差異共振的資本主義
               |
   V物質身体      |     W気的身体
               |
               |
               |
      陽・凸i(i)・時間形式(内在)


注:上図では見にくいが、利己的資本主義は−1、差異共振的資本主義は+1に属する。

 

放射能から命を守る6つの方法

私たちは福島からの絶えまない放射能海洋汚染以外にも、さまざまな”日常的”な放射線被曝を受けている。放射線医療機器からの漏洩、空港の身体チェック、原子力潜水艦事故、劣化ウランの影響、CTスキャンやエックス線検査、放射能汚染されたタバコの煙、電子レンジ、食品被曝など多数ある。
(放射線は、科学的な定義で言えば電磁波のひとつです。光、電波、電気それから生体エネルギーである”気”も基本的には電磁波です。つまり電磁波には健康に有益なものと有害なものがあることになります。)
玄のリモ農園ダイアリー

電磁波 - Wikipedia

電磁波(でんじは)は、空間 の電場 と磁場 の変化によって形成された波(波動 )のことである。電界 と磁界 がお互いの電磁誘導 によって交互に相手を発生させあうことで、空間そのものが振動する状態が生まれて、この電磁場 の周期的な変動が周囲の空間に横波 となって伝播 していく、エネルギー の放射 現象の一種である。そのため、電磁放射とも呼ばれている。

空間そのものがエネルギーを持って振動する、という現象であるため、波を伝える媒体 となる物質 (媒質 )が何も存在しない真空 中でも伝わっていくと考えられている。電磁波の電界と磁界が発生する振動方向はお互いに直角であり、また電磁波の進行方向もこれと直角である。基本的には空間 中を直進するが、物質が存在する空間では、吸収 ・屈折 ・散乱 ・回折 ・干渉 ・反射 などの現象が起こる。また、重力場 などの空間の歪みによって進行方向が曲がることが観測されている。

真空 中を伝播する電磁波の速度は、観測者がどのような方向に、どのような速度で動きながら測定したとしても、一定の値 299,792,458 m/s(約30万キロメートル毎秒)になることが様々な実験により確かめられており、このため真空中の光速度 と呼ばれて、最も重要な物理定数 のひとつになっている。この光速度不変の原理 を基にしてアインシュタイン が特殊相対性理論 を構築し、それまでの時間と空間の概念を一変させたことはとりわけ有名である。一方、物質(媒質 )中を伝播する電磁波の速度は、真空中の光速度を物質の屈折率 で割った速度になり、例えば、屈折率が 2.417 のダイヤモンドの中を伝播する光の速度は、真空中の光速度の約41%に低下する。ところで、電磁波が、異なる屈折率の物質が接している境界を伝播するとき、その伝播速度が変化することから、ホイヘンスの原理 により屈折 が起こる。これを利用したものにレンズ があり、メガネやカメラなどに大量に使われている。なお、屈折する角度は、電磁波の波長 によって変化し、これを分散 と呼ぶ。虹 が7色に見えるのは、太陽光が霧などの微小な水滴を通るとき、波長が長い赤色光よりも、波長の短い紫色光の方が、分散によってより大きく屈折するためである。

電磁波の性質は、波長 、振幅 (電磁場の強さは振幅の二乗)、伝播方向 、偏波面 (偏光 )と位相 で決められる。電磁波を波長変化として考慮したものをスペクトル という。波長 によって物体に及ぼす作用が少しずつ異なってくる点に着目して、違った呼び方をされることがある。波長の長い方から、電波 ・赤外線 ・可視光線 ・紫外線 ・X線 ・ガンマ線 などと呼び分けられている。我々の目で見えるのは可視光線のみだが、その範囲 (0.4 μm - 0.7 μm) は電磁波の中でも極めて狭い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%BB%E7%A3%81%E6%B3%A2


気 - Wikipedia

概説 [編集 ]

気はラテン語 spiritus やギリシア語 pneuma(プネウマ)、ヘブライ語 ruah(ルーアハ )、あるいはサンスクリット prana(プラーナ )と同じく、生命力や聖なるものとして捉えられた気息、つまり息の概念がかかわっている。しかしそうした霊的・生命的気息の概念が、雲気・水蒸気と区別されずに捉えられた大気の概念とひとつのものであるとみなされることによってはじめて、思想上の概念としての「気」が成立する。

雲は大気の凝結として捉えられ、風は大気の流動であり、その同じ大気が呼吸されることで体内に充満し、循環して、身体を賦活する生命力として働く。つまり、ミクロコスモスである人間身体の呼吸とマクロコスモスである自然の気象との間に、大気を通じて、ダイナミックな流動性としての連続性と対応を見出し、そこに霊的で生命的な原理を見るというアイディアが、気という概念の原型なのである。

一方では人間は息をすることで生きているという素朴な経験事実から、人間を内側から満たし、それに生き物としての勢力や元気を与えている、あるいはそもそも活かしているものが気息であるという概念が生まれる。そしてまたそこには、精神性、霊的な次元も、生命的な次元と区別されずに含まれている。ただし、精神的な次元は、後代には理の概念によって総括され、生命的な力としてのニュアンスのほうが強まっていく。

他方では、息は大気と連続的なものであるから、気象、すなわち天気などの自然の流動とも関係付けられ、その原理であるとも考えられていく。自然のマクロな事象の動的原理としての大気という経験的事実から、大気にかかわる気象関連の現象だけでなく、あらゆる自然現象も、ひとつの気の流動・離合集散によって説明される。この次元では気はアルケー としてのエーテル である。

この霊的な生命力として把握された気息であり、かつ万象の変化流動の原理でもあるという原点から、ついには、生命力を与えるエネルギー的なものであるのみならず、物の素材的な基礎、普遍的な媒質とまで宋学では考えられるようになった。

こうした由来ゆえに、気は、一方では霊的・生命的・動的な原理としての形而上的側面をもちながら、他方では、具体的で普遍的な素材(ヒュレー)的基体でありかつ普遍的なエーテル的媒質であるがゆえに、物質的な形而下的側面も持つという二重性を持つことになった。気は、物に宿り、それを動かすエネルギー的原理であると同時に、その物を構成し、素材となっている普遍的物質でもある。従って、たとえば気一元論は、かならずしも唯物論とはいえない[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] 。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%97


無双PS原理「逆」ガウス平面に直交する超越軸z軸を加えてみた
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11316504262.html

無双PS原理「逆」ガウス平面に直交する超越軸z軸を加えてみた

テーマ:無双PS原理「逆」ガウス平面

< 無双PS原理「逆」ガウス平面:ポップスピップ: Ver1>

陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
               |
               |
               |
               |
   U物質認識      |    T精神
               |
               |
−1____太極・原気・MP・胸・母権______+1
無気物質          |               有気物質
「自我」            |                 「個」
利己的資本主義     |      差異共振的資本主義
               |
   V物質身体      |     W気的身体
               |
               |
               |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


注:上図では見にくいが、利己的資本主義は−1、差異共振的資本主義は+1に属する。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

うまい作図ではないが、以下、ポップスピップ(上図参照)に超越軸z軸を加えてみた。これは正しくは、「逆」ガウス平面と直交する軸である。そのように見られたい。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面(ポップスピップ):Ver2.0>

                       超越軸z軸
                                 /
陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)                           /
               |           /
               |         /
               |       /
   U物質認識      |     T精神
               |   /
               | /
−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質        /|               有気物質
「自我」       /   |               「個」
          /    |
   V物質身体      |     W気的身体
     /         |
   /           |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


追記:以下のように配置を変えた方が一般的であろう。


< 無双PS原理「逆」ガウス平面:Ver2.1>

                   虚軸y軸:陰・凹i・光子・天
                                /
       超越軸z軸:超太極・霊界       /
               |           /
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               |   /
               | /
−1___太極・原気・MP・胸・母権___+1実軸x軸
無気物質        /|              有気物質
「自我」       /   |              「個」 
          /    |
        /       |    
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陽・凸i・重力子・地


追記2:超越軸z軸と虚軸(超越論軸)y軸において作られる「単位円」が以前述べように、超越円であり、それは、思うに、超太極(円)とでも呼ぶべきものだろう。
 そして、虚軸y軸と実軸x軸の「逆」ガウス平面において形成される「単位円」(自然円)は、現象界に属するものであるが、それは、回転し、螺旋を+1の方向に形成すると考えられる。以前、述べたように、映画Thriveのトーラスと一致するように考えられる。

参考:映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )

参照:
凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程
テーマ:映画ThriveのトーラスとPS哲科学
映画THRIVEのトーラスとPS理論:その2:上部から下部への動き
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11242890795.html

以上において、次のように述べた。

「少なくとも、凸(+1)は転換点、折り返し点、回帰点と考えられる。
 超光エネルギーは宇宙を形成し、凸(+1)に到達するのであるが、その後の問題である。
 今、直観で言うと、凸(+1)までの動きは春から夏への成長の動きである、しかるに、凸(+1)から凹(−1)への外皮上の動きは秋から冬の動きである。言い換えると、生から死への動きである。つまり、成長から衰退への動きである。しかし、この衰退は内的成熟への動きである。そう、外的成長から内的成熟への動きである。
 思うに、簡単に言えば、超光エネルギーの衰退があり、それが、外皮的動きとなっているのではないだろうか。物質体の衰退であるが、内的「精神」の成長である。」

映画Thriveのトーラスにおける、上部極から下部極へ移動し、言わば、外殻、外皮、外面形成する力動について、それは、超光エネルギーの衰退を意味すると述べたが、それはある意味では正しく、ある意味では間違いである。
 というのは、螺旋的、乃至は、黄金比(白銀比もおそらく入れられよう)的物質体(身体)形成は確かに、そこ(凸[+1])からは衰退するから、それは、それまでの超光エネルギーから見ると、超光エネルギーの衰退を見ることは可能である。
 しかしながら、視点を変えてみると、凸(+1)に到達した、超光エネルギー、乃至は、差異共振エネルギーは実は、螺旋的物質体(身体)形成過程(Aプロセス)から脱螺旋的物質体(身体)過程(Bプロセス)へと転換するのではないだろうか。
 つまり、Aプロセスは同一性物質化を伴っていた、Bプロセスにおいては、同一性的物質化が消滅して、純粋な差異共振化、超光化が発生するのではないだろうか。これを聖霊プロセスと呼んでもいいだろう。
 つまり、超光エネルギーは衰退するのではなく、ただ、変態したと考えられるのである。喩えれば、蛹から蝶へと変態するようなものである。そう、それをヒントにして言えば、プシュケー・プロセスとも言えよう。
 思うに、それは、超越軸、超越界、神霊界、霊界における差異共振による超光形成と重なるように思えるのである。だから、聖霊プロセスなのでもあるが。
 結局、Bプロセスは物質体・身体形成としては衰退過程であるが、精神形成としては成熟過程である。
 さて、問題は、Bプロセスがどうして、凸(+1)からリンゴや梨のような外殻、外皮、外面である湾曲した球面を辿り、凹(−1)へと進行するのかである。その力学はどういうものか。
 これは単純に、磁界を考えればいいのではないだろうか。即ち、凸(+1)をN極とし、凹(−1)をS極とするのである。磁力がN極からS極へと作用するのであり、それとほぼ同様なことが、Bプロセスに起きている考えればいいのではないだろうか。
 つまり、下部極から上部極の螺旋的物質体化過程(Aプロセス)の方向、即ち、凹(−1)から凸(+1)への実軸x軸の左方から右方への方向を、純粋超光は取ることがもはやできないのであり、つまり、言わば、内的な方向を取ることはできないのであり、そのため、外的な方向を取ることになると考えられるのである。
 しかしながら、内的方向とは実は、外的物質体化の過程であり、外的方向とは内的精神化の過程であるというパラドクシカルな意味合いをもっているのである。
 しかし、外的方向=内的精神化の過程=Bプロセスは、凹(−1)という物質が終点であり、それは、死を意味すると言えよう。だから、その意味では、衰退消滅の過程なのである。純粋超光、純粋差異共振はそこで終了するのである。
 とは言え、それは、新生の過程に入ることである。新たな螺旋的物質体(身体)の過程に入ることになるからである。輪廻転生である。即ち、 凹(−1)の物質において、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神を宿していた物質体・身体は消滅すると考えられるが、そのとき、純粋超光、純粋差異共振、純粋精神は完全に脱物質化するのであり、それは、超越軸=超越界=神霊界=霊界に帰還すると考えられるのである。
 そう、凸(+1)において、脱物質化すると言ったが、それは完全な脱物質化ではなく、脱物質化のプロセスの開始を意味するのであり、完全な脱物質化は、凹(−1)の物質において、為されると考えられるのである。説明すると、凹(−1)の物質とは無機的な物質、いわば、鉱物のようなものであり、生命的有機体はそこには存しないと考えられるのである。
 今はここで留める。


resurrectionのブログ

(THRIVE Japanese) スライブ―いったい何が必要になるのか - YouTube
► 132:03► 132:03

www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI2012年4月5日 - 132分 - アップロード元: ThriveMovement
http://www.thrivemovement.com/ 詳細は http://www.thrivemovement.com/ まで 『 力強い成長』のDVDご購入を http://www ...
http://www.youtube.com/watch?v=yp0ZhgEYoBI

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11243144882.html


2012年07月28日(Sat)▲ページの先頭へ
日本で誕生した人間は、人種・民族を問わず海水塩が合うと思います。 生命誕生の視点、生命に必須の塩
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11313944473.html

日本で誕生した人間は、人種・民族を問わず海水塩が合うと思います。 生命誕生の視点、生命に必須の塩

テーマ:food:乳酸菌と食物

< 無双PS原理「逆」ガウス平面:
 Polar Oneness Platonic Synergy
 Principle Inverted-Gauss Plane:
 POPSPIP:ポップスピップ>


陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
               |
               |
               |
  U物質科学      |    T気的身体
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−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質          |               有気物質
「自我」           |               「個」
               |
  V欲望/感情    |     W精神
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               |
陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


以下の伊勢ー白山道氏の論説はたいへん興味深い。
 産土とは、無双PS原理「逆」ガウス平面(以下、popspip又はポップスピップ)では、陽・凸i・重力子・「地」に相当するのではないだろうか。また、ここは四大(地水火風)で言うと、「水」にも相当するように思われる。地球においては、とりわけ、海水ではないだろうか。
 さらに四大を当てはめると、「風」は陰・凹i・「天」でいいだろうが、問題は、「火」である。これは、暫定的に、太極・元気・MP(陰陽均衡点)に置きたい。
 産土は、D. H. ロレンスで言えば、地霊(spirit of place)であろう。産土=地霊である。
 そして、子宮は、MP(陰陽均衡点)に存しよう。そして、陰・凹i・「天」が外在的知覚力であり、それと、産土=地霊=陽・凸i・「地」が陰陽和合・調合して、赤子=⇒+1が出生するということではないだろうか。気的身体(+1)をもった赤子である。
 では、魂(霊)であるが、それは、ポップスピップでは明快ではないのである。それは、図示されていない超越軸、超越円、超越界(魂界・霊界)から到来するものと考えられるのである。
 popspipでは、太極・元気・MPの元点に魂の参入点があると言えよう。それは、「逆」ガウス平面の原点に直交するように参入(下降)するということになる。
 簡単に言うと、垂直の超越界(魂界・霊界)の魂・霊がポップスピップにおける陰・凹i・光・知覚と陽・凸i・闇・身体の陰陽共振和合に、いわば、巻き込まれるようにして、赤子が誕生すると思われるのである。
 そうすると、ポップスピップの象限的領域の意味付けを変更する必要があるようだ。第一象限が精神で、第四象限が気的身体となるだろう。また、その他の象限領域も変更されることになる。
 以下、変更したポップスピップを図示する。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面:
 Polar Oneness Platonic Synergy
 Principle Inverted-Gauss Plane:
 POPSPIP:ポップスピップ>

陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
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  U物質認識      |    T精神
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−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質          |               有気物質
「自我」           |               「個」
               |
  V物質身体      |     W気的身体
    欲望/感情    |
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陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権


産土(うぶすな)=海砂(うみのすな)=塩
海水塩の話が何度も降ろされましたが、古神道に産土思想(うぶすなしそう)という考えが在ります。
魂がコノ世に受肉するには、その土地の精霊(産土神・うぶすなかみ・うむ“スナ”のかみ)が、人間の母体と魂を「玉の緒」と呼ぶ霊線で「結ぶ」ことにより受胎するという思想です。
つまり人間とは、母親が妊娠中に住んでいた大地の精霊が凝縮して凝り固まった存在とも言えるのです。

ここで、エベレスト山の山頂でも海の貝殻の化石が存在する事実は、
土地=「海の砂・スナ」
だと霊的に考えます。今の大地は、元は海底だったのです。
さらに飛躍しますと、産土(うぶすな)=海砂(うみのすな)=海水塩、だと感じます。
つまり、古神道の産土思想は、海水塩と生命の誕生の秘密を示唆していると示されます。
要は、海水塩とは、人類の誕生に関わるのです。

では、海から離れた大陸の内地で誕生する魂は、どう考えるか?
海水塩が変化した岩塩の成分組成が、逆に肉体に合うかも知れません。
産土信仰の視点から考えますと、人類は海水塩が合う人間と、岩塩が合う人間に分類されるかも知れません。日本で誕生した人間は、人種・民族を問わず海水塩が合うと思います。
生命誕生の視点、生命に必須の塩分、魂が受肉する地域、産土思想、・・・・色んな視点が真理に向けて統一して行くことを感じます。

伊勢ー白山 道


宇宙自然フリーエネルギーと無双PS原理:陰凹i*陽凸i⇒+1:*は共振、⇒は気、+1は有気物質
宇宙自然フリーエネルギーと無双PS原理:陰凹i*陽凸i⇒+1:*は共振、⇒は気、+1は有気物質
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11313805247.html

テーマ:無双PS原理

< 無双PS原理「逆」ガウス平面:
 Polar Oneness Platonic Synergy
 Principle Inverted-Gauss Plane:
 POPSPIP:ポップスピップ>

< 無双PS原理「逆」ガウス平面>

陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
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  U物質科学         |    T気的身体
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−1_______太極・原気・MP・胸・母権_______+1
無気物質             |             有気物質
「自我」            |            「個」
               |
  V欲望/感情        |     W精神
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陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権



以下の最初の記事は大変興味深いので、大半を転載させていただいた。
 大気から電気を取り出すというのは、水蒸気の電荷を利用するということであるが、それは無双PS原理では、先に述べたように、有気物質としての水は、±イオンを内包していると考えられる。つまり、酸素イオンと水素イオンの電荷の共振様態をもっていると考えられる。
 この電荷を取り出せば、電力となると思われる。
 また、フリー・エネルギーであるが、これも、無双PS原理から、陰・凹i・光子*陽・凸i・重力子の「差異共振」エネルギーと関係すると推測される。
 以前、ニコラ・テスラに関する本を読んだことがあるが、彼の学説は、無双PS原理によって、よく理解されるのではないだろうか。

追記:スーパー・ストリング理論については、最近は関心がなくなっているが、波動ということを言えば、陰・凹i・光子*陽・凸i・重力子⇒+1の陰陽 差異共振方程式(と名づける:簡略化して、差異共振方程式ないしは陰陽方程式である)の左辺が原波動であり、⇒が気波動である。
 思うに、原波動からフリー・エネルギーが取り出せるのかもしれない。それとも、気波動からであろうか。

追記2:フリー・エネルギーは、無双PS原理から見ると、その根源は、当然、太極・原気・MP(陰陽均衡点)・胸に存する。
 そこでは、実は、霊と気の二つの「精神」が発出されると考えられるのである。
 霊で言えば、聖霊が流入する原点(元門:ポータル・ポイント)であり、自然では、気が流入する原点(元門:ポータル・ポイント)である。
 フリー・エネルギーは自然のエネルギーなので、気のエネルギーに関係すると考えられる。
 これは、無双PS原理の陰陽方程式(差異共振方程式)、即ち、陰・凹i*陽・凸i⇒+1から見ると、左辺の*の太極・原気・MDと⇒の両面に存するのではないだろうか。簡略化して、*⇒と記号化してもいいだろう。つまり、*⇒がフリー・エネルギーを意味することになる。
 また、空気中の水蒸気、ないしは、大気の水の帯びる電荷(イオン)であるが、これは、端的に、陰・凹i*陽・凸iの陰陽極性、陰陽差異極性を意味するのではないだろうか。

• もともとエネルギーってただなんですが、誰かが勝手に商売にしちゃったんですよねw
大気から電気を収集:金沢工大教授等の研究
大気中から電気を取り出し、安価でクリーンなエネルギーとして利用するという研究が進んでいる。金沢工大の饗庭貢教授の「雷雲蓄電」研究等について紹介。

Duncan Geere, Wired UK

Image: Flickr/Bobby Dimitrov

太陽光や風や波が新しい電力源として期待されているが、最近は、大気中[の静電気]から電気を収集する技術も研究されている 。

科学者たちは何世紀もの間、雷の電気を集めて 利用 するというアイディアに魅せられてきた。発明家ニコラ・テスラ もさかんに実験を行なったが、大気電気学 の分野を詳細に解明することは、最近まで困難だと考えられてきた。

しかし、ブラジルのカンピーナス大学の Fernando Galembeck氏 は、アメリカ化学会(ACS) の第240回国際会議において報告を行ない、すべての住宅の屋根に装置を取り付け、大気から安価でクリーンな電力を取得するという未来の構想を語った 。

元来、大気中の水滴は電気的に中性であり、たとえ塵の粒子や他の液体の電荷と接触しても中性を保つと考えられてきた。しかしGalembeck氏は、一連の実験の結果、実際には水滴は電荷を帯びることを発見した。

Galembeck氏は、空気中に 塵粒子 として多くみられるシリカ 粒子とリン酸アルミニウム を用いて実験を行ない、空気中の水蒸気の量が増える[湿度が高い]と、それら物質の粒子はますます電荷を帯びる傾向があることを突き止めた。

「これは、大気中の水が電荷を蓄積し、接触した他の物質にその電荷を移動させられることを示す明らかな証拠だ」とGalembeck氏は述べている。

特に熱帯地方などの湿度の高い地域においては、このような「湿度電気」(hygroelectricity)を大気中から「収穫」することが可能かもしれ ない。この技術を産業化するべく、Galembeck氏はすでに、大気中の電気を捕捉する収集パネルの素材に最も適している金属を特定するための実験を行 なっている。

また、同様の仕組みを、落雷の被害防止に役立てることもできる。雷雨多発地域の建物に湿度電気収集パネルを設置し、周辺の大気中から電気を集めて取り除くのだ。
[大気中に存在する、雷にならない程度の比較的低圧の静電気を回収して電力として利用する技術を大気電流発電 と呼び、日本では金沢工大の饗庭貢教授が研究を行なっている。

饗庭教授の 研究 で は、雷雲が近づくたびに地表との間に流れる大気電流と、雷放電後の続流と呼ばれる弱い電流を蓄える仕組み。具体的には、地上5m以上に設置した数10メー トル程度の避雷針を用い、大気中の500V以下の低圧の静電気を電気二重層キャパシタに回収し電力として利用する。雷を引き起こす500V以上の静電気は 地中に逃がすため、落雷防止にも利用できる。

高さ65メートルの避雷針を用いた観測では、雷が多い冬の1カ月で105回の電流が計測され、推定400キロワット時の電気量が可能。一般家庭の月間平均電気使用量は約340キロワッ ト時とされるため、一世帯で必要な電気がほぼまかなえる計算になるという。

雷の専門家として知られる饗庭教授は、1977年から、ピアノ線をつ けた超小型ロケットを雷雲の中に打ち上げる実験を始め、ピアノ線の端に放電電極を取り付け、雷の電気で水を温める「雷温水器」の開発にも 成功している ]
[日本語版:ガリレオ-高橋朋子/合原弘子]

WIRED NEWS 原文(English)

http://wired.jp/wv/2010/09/01/%E5%A4%A7%E6%B0%97%E3%81%8B%E3%82%89%E9%9B%BB%E6%B0%97%E3%82%92%E5%8F%8E%E9%9B%86%EF%BC%9A%E9%87%91%E6%B2%A2%E5%B7%A5%E5%A4%A7%E6%95%99%E6%8E%88%E7%AD%89%E3%81%AE%E7%A0%94%E7%A9%B6/

ストリング理論によると、われわれが生きている宇宙は現実=SFということになります。
宇宙には11の次元があり、すぐ隣にパラレルな宇宙が存在します。
そして、エレガントな宇宙それを構成するのは弦・ストリングの音楽だけなのです。
目指すところは大きくても、ストリング理論の基本的な考えはいたってシンプルです。
宇宙にあるすべてのものは、極小の粒子から、遥かかなたの星に至るまで1種類の材料、構成要素からできているというもので、それは想像を絶するほど小さなエネルギーの振動する紐。これをストリングと呼びます。
チェロの弦と同じように、これから実にさまざまな音が生まれてくるのです。
ストリング理論のこの極小さなストリング、弦は様々なやり方で振動します。
そこから自然のすべての構成要素が生まれてきます。
つまり宇宙は壮大な宇宙交響曲のようなもので、ありとあらゆる音と共鳴します。
この小さい振動するエネルギーの弦・ストリングがそれを奏でます。
ストリング理論はまだ生まれたばかりですが、宇宙に関する全く新しい概念をそこに提示しつつあります。
奇妙で、しかも美しい宇宙をーーー。

数年前、ストリング理論についてのグリーン教授の本「エレガント・ユニバース」は驚くべきベストセラーとなりました。
現在、コロンビア大学 物理学・数学の教授を務めるクリーン氏がテレビ番組でストリング理論を紹介しています。

理論物理学の最先端で、このストリング理論が完成され、合意が得られた場合それは一般の人々の世界観、宇宙観をどう変えていくのでしょうか?
「すぐにガラリと世界観が変わるものではありませんが、我々の営む暮らしの大きな流れの中で、これは捕えることができるでしょう。
つまり、ストリング理論で世界すべてのものを支配する基本的な原則を本当に理解することができるでしょう。
もう一つお話ししたいと思います。
仮に1920年代に量子力学が、世の中にどういった影響を与えたか?と聞かれたらほとんど何も答えることができなかったでしょう。しかし、今では携帯・レーザー・医療機器・CD・パソコンも登場し、これらすべて量子力学の理論に基づいて作られています。
それ自体が不思議とも言えることですが、これが行き着くところが何なのか、新たな発見に行きつくか分かりません」



原子がより小さなもので構成されていると考える量子力学、そしてストリング理論が生まれてきたのですが、これまでと同じ道筋をたどるのですか?つまり完成されて証明された後、そこから変化が始まるのでしょうか?

「科学の進歩により以前の世界観が、変わってしまうように考えられがちですが、そんなことはあまり実際に起こってはいないのです。むしろ科学の進展は、以前の成果に基づいて築きあげられているのです。
ですから同じ道をたどっているのです。
この道は古代ギリシャ人が、2500年前に世界を構成する目に見えない基本的な要素は何か?切り開いた道と同じ延長なのです。
数学的研究によって原子・電子・中性子・陽子・クオークを超えて、この微細な振動するストリング状のフィラメントに至ったわけです。
数学でここまで行き着く事が出来たのです」
(途中カットしました。)
物理学の最高の進展は、そういったぶつかりあいから生まれてきました。
実際このストリング理論も物理学の2つの理論、アインシュタインの重力の法則と量子力学が正面衝突して生まれたんです。
物理学会のすべてがストリング理論を支持しているわけではなく、議論も多いところですが、それが本当にあるべき健全な姿だと思うのです。
何かが実験で証明されるまでは、論争があってしかるべきなんです。






しかし、以前に聞いたことがある。−−−と言う方は通の人かもね。UFOか宗教で
ーーー波動なのです。
ストリング理論が理解されたものとして
増幅送電機
テスラが発明したテスラ・コイルという特殊コイルを使って、電気を無線で送る装置だが、無線で送る過程で、空間の宇宙エネルギーと共振し、宇宙エネルギーを取り込んでエネルギーを増幅して電気を送ることができる画期的な装置である。

テスラによれば、テスラコイルから出る電磁波は超光速であり、しかもほとんど減衰しない。

 テスラはニューヨークに研究所を作って研究を開始するが、惜しいかな、この研究所は火災で焼失してしまう。
 その後、一八九九年から一九〇〇年にかけて、コロラドスプリングスの高原で実験を行い、テスラは自らの考えを確固たるものとした。

 コロラドでの実験を終えてニューヨークに戻ったテスラは資本家1・P・モルガンの提助を得て、「世界システム」の建設に着手する。
 世界システム。
 それは文字通り、世界中にラジオを放送し、無線通信を行い、電力を送るという、ケタはずれに大きなスケールのプランである。その拠点となるのは、ロングアイランドに建てられることになる
ウォーデンクリフ・タワー

テスラは、巨大なテスラ・コイルの塔を作って送電実験を行い、四十キロメートル以上離れたところで受電して、50ワットの白熱ランプ200個点けることに成功している。

 この装置は、モルガン財閥の資金援助で開発が進められていたが、電気を空間から無料で取り出す装置のため、電力産業界にとってはメリットのないものだったので、資金援助が打ち切りになってしまった。
 結局、増幅送電機は世の中に普及することなく葬り去られてしまったのである。

「ロックフェラーの関係者が、テスラを訪ねてきたこともあった」
テスラの甥のピーター・セヴォ。

テスラの死後すぐに、 FBIをはじめとする機関が捜索にやってきて書類のほとんどを持ち去ったのである。
この時押収されたテスラの論文は、今では米国の防衛機関の図書館に機密として保存されている

テスラは 無線で電力を送ることに成功し、数百ワットの電球をつけることができた、と伝説は語っている。
 この時期にテスラが書いたのが、『コロラドスプリングス・ノート』である。興味半分に首を突っ込んでみても、インタクタンスやら容量やらの計算が延々と 出てくる内容を前に素人はサジを投げるのがオチである。電気を知らない者には相当に手ごわいので、これに挑む人は覚悟しなくてはならない。
「空間はエネルギーで満たされている」
「われわれは終わりのない空間を、想像もつかない速度で渦を巻いて回転している。すべては回転し、運動している。すべてはエネルギーである。このエネルギーを直接手にする方法があるにちがいない」
 「何世代もしないうちに、人類は空間の中で好きな所からエネルギーを取り出すことができるようになるだろぺう」
「この事実は、真空管を使った実験ではっきりと実証できる」
 テスラはこう断言するのである。


アメリカのトーマス・ペアデンという工学者
「真空中に宇宙(フリーエネルギー)は、確実に存在する。このエネルギーは、燃料を燃やして大気を汚染することもなく、核廃棄物を生む心配もない。害を残さないきれいなエネルギーが大気中の真空から無冬蔵に取り出せるのだ。
ニコラ・テスラは、無公害の宇宙エネルギーを空間から取り出し、世界に供給しようとした。
しかし、彼の努力はすげなく拒絶された。
テスラは交流発電機や交流システムなどさまざまな発明をし、電気の二〇世紀の功労者だ。彼を十分評価していれば、安いエネルギーが手に入っただろう。
 私は、真空中のエネルギーの理論(スカラー波理論)を学会で数多く発表した。テスラの 増幅送電機のメカニズムが実用化されていれば、メーターをつけて電気代を取られることもなかっただろう。アンテナとタップをつければ安い電気が豊富に得られるのだから。
  それで権力がテスラの研究を妨害したわけだ。メーターを外されては困るからね。
結局、安くて、クリーンな電気は実現しなかった。我々は素晴らしい発明をしたテスラの声に、もっと耳を傾けるべきだったのだ。
 彼は電流を一切使うことなく電球の灯りをつけてみせた。彼は偉大な天才で、財閥から資金提助を受けて研究をしていた。資金援助が継続され、増幅送電機の研究が成就して実用化されていれば、現代科学は一〇〇年進んでいただろう。
  テスラの増幅送電機の挫折から八○年を経過して、今世紀初頭に彼がしたことを再発見するときが、今やっとやってきた。
 我々は一〇〇年遅れている。ニコラ・テスラは実に偉大な科学者だったのだ」

 テスラの開発した テスラ・コイルは、「共振回路」 と「火花放電」 のある特殊変圧器であるが、この 「共振回路」と「火花放電」は宇宙エネルギーを取り込む働きをする。そのため、テスラ以後の宇宙エネルギー装置開発者の多くがこの原理を利用している。

日本はまだまだ遅れている。
日本は原子力より、太陽の光子の研究を進めるように
電信柱が立っているようでは、まだまだ駄目な世じゃ。


http://www2.ocn.ne.jp/~chikyuu/sutorinngu.htm
• おやおや?銀行の力を弱めてどうするおつもりですか?銀行統合の手段ですか?w
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2012年07月21日(Sat)▲ページの先頭へ
陰・凹iと陽・凸iの本性について:光ー太陽ー闇、自己ー太極ー他者
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11308123995.html

陰・凹iと陽・凸iの本性について:光ー太陽ー闇、自己ー太極ー他者

テーマ:無双PS原理

< 無双PS原理「逆」ガウス平面>

陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭(悟性)・他者:空間形式(外在)
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  U物質科学      |    T気的身体
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−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質          |                有気物質
「自我」           |                 「個」
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  V欲望/感情    |     W精神
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陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式(内在):父権

無双原理・易―「マクロビオティック」の原点/サンマーク出版


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 無双PS原理の一番の問題点をここで検討しよう。
 私は桜沢如一氏の無双原理に従って、それまで、ガウス平面上において、凸i(i)=陽=光=自我、凹i(-i)=陰=闇=他者としてきたのを否定して、上図のようにガウス平面の上下を転倒させ、又、凹i(-i)=陰=重力子=自己、凸i(i)=陽=光子=他者とした。
 この変換の一番の問題は、陰・闇・肚を自己、陽・光・頭を他者とすることにある。
 常識的には、頭は自己となるのが、普通であると考えられるのであり、このような布置はパラドクシカルである。
 桜沢氏は、陰が上昇するもので、発散的であり、陽は下降し、集中的なものであると述べているのであり、それに即すと、前者は自我ではなく他者、後者は他者ではなく、自己とするのが妥当と考えて、布置を逆転させたのである。
 問題は、光の意味である。通常、光と太陽を一致させるが、私はそうは考えない。太陽は太極・MPの原点に置くのが妥当のように思われる。太陽からの光があり、また、太陽の内部・コアがある。太陽からの光は発散するものであり、これは、桜沢氏の視点と一致するのである。発散する光は軽いものであり、それは、知性と通じるとした方がいいだろう。クールということである。それは、陽ではなく、陰・凹iが相応しいだろう。
 それに対して、太陽の内部・コアであるが、それは、重力的に集中されるものであり、凝集であり、下降する重いものであり、また、発熱するもの、エネル ギー、パワーのあるものと考えられる。それは、ホットであるから、陽・凸iが妥当のように思えるのである。また、それは、自我ないしは自己に相応しいだろ う。
 そう、陽・凸iを自我にするのか、自己にするのかは、以前検討したが、繰り返すと、人間は自己傾斜しているので、自己は連続性、ないしは、連続的同一性へと必然的に向かい、自我となるのである。 
 ではあるが、純粋に見れば、陽・凸iは自己とするのが適切であると考えられるのである。
 結局、これまでの無双PS原理「逆」ガウス平面の再確認をしたことになった。
 さて、最後に、自己傾斜=自我化、連続化=連続的同一性化の精神的意義について考えたい。
 ルドルフ・シュタイナーが、悪魔論で、アーリマンとルシファーの二種類の悪魔を述べているが、自己傾斜・連続化とは、確かに、悪魔的に考えられるが、それは、どちらに当たるのだろうか。
 アーリマンとは物質主義の悪魔であり、ルシファーは利己主義の悪魔であると簡単に言えるのではないだろうか。
 それを考えると、自己傾斜とはルシファーであり、連続的同一性がアーリマンということになるのではないだろうか。
 私は自己傾斜=連続的同一性として捉えているが、そうではなく、両者をシュタイナーのように、別々に捉えた方が明晰になるだろう。
 即ち、自己傾斜とは悪魔ルシファーの作用であり、連続的同一性化とは悪魔アーリマンの作用であるということである。

追記:シュタイナーの悪魔論では、ルシファーは、神秘的、夢幻的なものでもある。陽・凸iを肚とすると、それは、よく理解されると思う。確かに、かつて、私は、肚に神秘的なコスモスを感じたものである。だから、ルシファーは、陽・凸i・肚に定置するのがいいのである。
 また、アーリマンであるが、それは、固定化、硬化させるものである。私は、ルシファーの連続性と結びついた同一性と見ているが、どこに定置させたらいいのだろうか。
 自己傾斜のもつ同一性志向が他者の差異を否定するときに、同一性自体=自我が形成される。それは、−1である。
 しかし、私の考えでは、自己傾斜が基本にあり、それが、ルシファーであり、同時に、アーリマンであるということなってしまい、シュタイナーの考えには、合わないことになる。このいわば齟齬をどう解決するのか。
 私は自己傾斜は同一性志向であると考えているが、自己、即ち、陽・凸i・肚が同一性志向とはどういうことなのか。それは、求心的な同一性志向ということである。一(いつ)への志向である。唯一神的志向である。
 これが、他者、陰・凹i・頭に衝突すると、それを否定して、自我が形成されるのである。
 問題は、求心的同一性の意味である。それは、いわば、観念的同一性、抽象的同一性であり、物の同一性ではないだろうか。つまり、言語的同一性ではないだろう。
 求心的同一性が言語的同一性と結びつくとき、真の同一性が形成されると言えよう。
 言語的同一性とは悟性である。つまり、自己同一性が悟性と結合したときが、真正の同一性が形成されるのである。
 悟性の位置は陰・凹i・頭であると考えられる。だから、真正の同一性とはやはり、陽・凸i・肚と陰・凹i・頭の同一化に存すると考えられるのである。
 以上のように考えると、アーリマンとは、陰・凹i・頭の悟性に関係すると考えられる。そう、植物、動物には、悟性はないだろう。人間だけに存するのである。
 すると、結局、アーリマンとは陰・凹i・頭における悟性を意味すると思われるのである。そして、これが、唯物論を促進するということである。
 これでとりあえず、解明できた。つまり、ルシファーは陽・凸i・肚の自己傾斜、自己同一性志向であり、神秘的コスモス志向をもつのであり、アーリマンは陰・凹i・頭における悟性であるということである。
 シュタイナーはルシファーとアーリマンの間にキリストを置き、両者の均衡を説いたのである。シュタイナーのキリストは、無双PS原理から言えば、端的に、太極・原気・MP(陰陽均衡点)・胸である。

追記2:陰・凹i・空間形式は外在であり、陽・凸i・時間形式は内在であると考えられるので、無双PS原理「逆」ガウス平面に加えた。
 また、陰・凹i・頭に悟性を加えた。


参照:
悪魔論に進む
higusumi.world.coocan.jp/japanisch/steiner/.../sekai_6.html - キャッシュ
higusumi.world.coocan.jp の結果をすべてブロック
そして悪魔というと、尻尾を生やした何やらやけに人間っぽい存在を想像して、お話の中の存在と思う人が多いかもしれません。 しかしシュタイナーが悪について語る時、悪は肉体的姿をもたない霊的存在として現れてきます。 それを悪魔と呼べば呼べますが、 ...

「アーリマン的なもの」と「ルシファー的なもの」 - 狂気をくぐり抜ける - ココログ
tiem.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post-f9e6.html - キャッシュ
tiem.cocolog-nifty.com の結果をすべてブロック
2006年11月27日 – アーリマン的なもの」と「ルシファー的なもの」. 注)シュタイナーの人間における2系統の悪魔的性向「アーリマン的なもの」と「ルシファー的なもの」を対比させた記事です。 アーリマン的 ルシファー的肉体的… 固くなること ←→ 軟化すること ...

シュタイナー・ノート 21-30 - BEKKOAME
www.bekkoame.ne.jp/~topos/steiner/note/S-note3.html - キャッシュ
シュタイナーノート 23●ルシファーとアーリマン に移動‎: (1998.3.1). 宇宙進化の中には天使とは別の存在がいます。彼らは、人類を進化の道から逸脱させることに関心を抱いています。これらの存在とは即ちアーリマンとルシファーに ...

アーリマンの受肉 of SAAS Stray Armchair Anthroposophists' Society
longtonelongtone.p1.bindsite.jp/pg223.html - キャッシュ
longtonelongtone.p1.bindsite.jp の結果をすべてブロック
シュタイナーによれば、悪の本質は、磁石のような両極性の観点からしか把握できない。 ルシファーは悪の両極性の一端を担うものであり、もう一方の悪の極性を担う霊的存在者がアーリマンである。ルシファーが人間を地上から限りなく舞い上がらせる傾向を ...

ルシファーとアーリマンの中間に立つ第三の存在がキリスト|林田明大の ...
ameblo.jp/a-hayashida/entry-10746674624.html - キャッシュ
ameblo.jp の結果をすべてブロック
2010年12月24日 – 上記文中の中略部分でシュタイナーが言いたいことというのは、ルシファー的なものとアーリマン的なものとの区別をすることの重要性である。多くの人々が、それらをごっちゃ混ぜにしてしまっているが、区別することによってのみ、キリスト的な ...

北の緑の窓 - So-net
www006.upp.so-net.ne.jp/ekorange/kitamidori.html - キャッシュ
www006.upp.so-net.ne.jp の結果をすべてブロック
そこには「アーリマン存在」が描かれている。 最初に「アーリマン」について、 『悪の秘儀 アーリマンとルシファー』(松浦賢訳イザラ書房)を 参考にしてまとめておきたい。 シュタイナーによると アトランティスの時代に人間のエーテル体にアーリマンの介入があった。

悪の秘儀
roseandcross.kakurezato.com/page014.html - キャッシュ 類似ページ
roseandcross.kakurezato.com の結果をすべてブロック
人間の進 化の過程においては、一方の極にルシファーの受肉があり、中央にキリストの受肉があり、もう一方の極にアーリマンの受肉が ..... シュタイナーに拠れば、アーリマンの受肉を体験することは、人類にとっては避けることのできない運命なのである(本書の ...

シュタイナーの哲学体系【B】(進化から逸脱したヒエラルキア) - 地球の ...
blogs.yahoo.co.jp/sakimorikeikan/12553804.html - キャッシュ 類似ページ
blogs.yahoo.co.jp の結果をすべてブロック
2005年6月8日 – 画像はシュタイナー作のキリスト像 (上・ルシファー、中央・キリスト、下・アーリマン) 「ルドルフ・シュタイナー」 上松佑ニ 著 PARKO出版 (¥4800)より ◇◇◇進化から逸脱したヒエラルキア◇◇◇ ○一般的に『悪魔』と呼ばれる霊的存在の ...

シュタイナー語録【R】(アーリマンとルシファーを退ける力について) - 地球 ...
blogs.yahoo.co.jp/sakimorikeikan/18209276.html - キャッシュ 類似ページ
2005年11月25日 – シュタイナー語録【R】(アーリマンとルシファーを退ける力について) ○その1 ルシファーを退ける力があります。 道徳です。 道徳はルシファーを焼き尽くす激しい炎です。 アーリマンに対抗する手段は、精神科学によって修練された判断力と認識 ...





気の問題あるいは+1と−1の問題:太極は原気・気であり、陰・凹iは陰極、陽・凸iは陽極ではないか
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11307584956.html

テーマ:無双PS原理

ようやく、週末になり、疲れはあるものの、いくぶん余裕があるので、本件について簡単に考察を続けたい。
 さて、先に、
 化学物質と生命物質
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11307556066.html
という物質の区別をした。
 結局、無生命物質と生命物質の違いである。もっとも、生命の定義が難しいのであるが。
 とりあえずは、常識的な視点から、両者を区別する。植物、動物、人間は生命をもつ物質である。また、ウィルス、細菌等も生命ある物質とする。
 (私見では、銀河系等の星雲も生命ある物質にしたいのであるが、それは、常識的見地とは異なるので、ここでは入れない。)
 これまでの発想では、陰・凹i×陽・凸i⇒+1は、螺旋形状の物質体であり、多くの生命体はここに入る。
 今思うに、二重らせんというのは、ここに属するのである。
 +1とは、端的には、陰陽和合体と言えるのではないだろうか。これまでの用語では、差異共振体である。(差異とは、陰・凹iと陽・凸iの両者である。)
 それに対して、−1は何であろうか。
 これが難問である。
 哲学的には、同一性体、ないしは、自我であることは、ほぼ確信しているが、物質的には何であるのか。
 思うに、同一性とは差異への否定であり、差異、即ち、陰・凹iと陽・凸iへの否定とは、気の否定であるということであり、純粋物質ということになるのではないだろうか。無気の物質ということになる。
 思うに、やはり、−1は、いわゆる、物質でいいと思われるのである。
 それに対して、+1は気のある物質ということである。
造語して、−1を無気物質(気のない物質)、+1を有気物質(気、陰陽気のある物質)としたい。
 この無気物質と有気物質の区別は、これまでの、区別よりも優れていると思われる。つまり、渦巻星雲も、有気物質に加えることができるからである。
 では、次の問題は、陰・凹iの気と陽・凸iの気と+1との関係である。
 思うに、+1は、差異共振体であり、そこには、陰・凹iと陽・凸の両気が共振しているということであり、気の極性が存しているのではないだろうか。つまり、気はあくまでも、極性をもつのであり、極性のない一元的気はないということである。
 しかしながら、そうすると、太極と気の関係が問題になる。太極は正に、原気(元気)である。それは、気の根源であるから、気との混同は避けなくてはならない。
 先に気の身体について触れたが、その気はやはり、陰の気と陽の気との共振における気と見るべきだと思われる。
 つまり、気の身体の気は極性をもっているのであり、陰・凹iの極と陽・凸iの極があるということである。
 つまり、陰の気と陽の気という言い方は妥当ではなく、気の陰・凹iの極と陽・凸iの極があるというべきである。
 簡単に言えば、気の陰極と陽極があるということである。
 では、そうすると、気とは原気・元気と一致することになるだろう。つまり、太極こそが気=原気・元気であるということになる。
 後で再検討したい。
 

< 無双PS原理「逆」ガウス平面>

  陰極・凹i(-i)・光子:「天」:頭・他者:空間形式
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  U物質科学      |    T気的身体
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−1____太極・原気・MP・胸・母権____+1
無気物質          |                有気物質
「自我」           |                 「個」
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 陽極・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式:父権





ナンナミストのことである! 強酸性水・強酸化水・超酸化水のことである! いや、超超酸化水のことで
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11305313840.html

テーマ:life science

先に、電荷の正負を、陽・凸iと陰・凹iではないかと示唆した。
 例えば、水の電気分解は、水素イオンHプラスは、陰・凹iの極へ、酸素イオンOマイナスは、陽・凸iの極へと生起するということではないか。
 問題は水の捉え方である。普通、水は無機物である。しかし、私の感覚では、水は、「有機体」である。
 思うに、用語を変える必要がある。あるいは、造語する必要がある。
 陰・凹i×陽・凸i=+1
であるが、+1を私は有機体ないしは生命体としたのである。
 しかし、直観では、水も+1である。この齟齬をどう捉えるべきか。
 −陰・凹i×陽・凸i=−1
の−1を無機物としたが、これが間違っている可能性がある。私の感覚では、−1とは、陰陽共振しない場合における物質である。
 今、思いついたが、−1は、掛け算ではなく、割り算で出されるのではないか。即ち、

陰・凹i÷陽・凸i=−1

ということである。
 まとめると、掛け算(積)の場合は、陰陽結合で、分子を形成するということではないか。即ち、

陰・凹i×陽・凸i=+1

の+1が分子である。例えば、酸素イオン(陰・凹i)と水素イオン(陽・凸i)の結合は水(+1)を形成するということになる。つまり、それは、正負イオンの牽引力が作用したということではないだろうか。
 次に、割り算の場合であるが、それは、正負イオンが分離したまま、あるいは、離反したままの様態を意味するのではないだろうか。
 即ち、

 陰・凹i÷陽・凸i=−1

の−1は、分子になっていない、分離状態を意味するのではないだろうか。言い換えると、分解状態である。
 暫定的に−1を分離状態にして、、+1に分子を加えて、無双PS原理「逆」ガウス平面図を少し書き替えてみる。
 

< 無双PS原理「逆」ガウス平面>

  陰・凹i(-i)・光子:「天」:頭・他者:空間形式
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  U物質科学     |    T気的身体
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−1____太極・MP・胸・母権______+1
分離状態        |            分子・生命体
「自我」          |              「個」
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  V欲望/感情   |     W精神
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 陽・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式:父権


追記:極性は正負において、当然、牽引力が生じるが、他方、反発力も存するだろう。そうでないと極性にはならないだろう。陰は陰、陽は陽としての独立性があるからである。
 牽引力が支配的になった場合、陰陽結合で分子が形成されると考えられる。逆に、反発力が支配的になったときは、陰陽分離、陰陽離反状態で、おそらく、イオン状態と言えるのではないだろうか。
 −1をイオンとして、以下のように仮に作図してみる。


< 無双PS原理「逆」ガウス平面>

  陰・凹i(-i)・光子:「天」:頭・他者:空間形式
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  U物質科学     |    T気的身体
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−1____太極・MP・胸・母権______+1
イオン          |            分子・生命体
「自我」          |              「個」
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 陽・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式:父権


追記2:−1をイオンとすると、自我と合わないと思える。検討が必要である。
 −1とは基本的には、連続的同一性の結果である。思うに、−1を通常の物質に、+1を気的物質とするのはどうだろうか。後で検討したい。

< 無双PS原理「逆」ガウス平面>

  陰・凹i(-i)・光子:「天」:頭・他者:空間形式
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  U物質科学     |    T気的身体
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−1____太極・MP・胸・母権______+1
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 陽・凸i(i)・重力子:「地」:肚・自己:時間形式:父権



参考:

ベストアンサーに選ばれた回答
maruboorox さん
もともと、「有機」とは生物が作り出す化学物質のこと、「無機」とはそれ以外の鉱物のような生命と直接関係せずに存在している物質のことです。
これを拡張して、炭素・水素を含む化合物を有機化合物、炭素を含まない化合物を無機化合物と言います。
ですので、有機水銀は炭素・水素を含む水銀化合物、無機水銀は金属の水銀や酸化水銀のような炭素・水素を含まない化合物のことです。
また、有機肥料というのは化合物の分類とは関係なく原義に戻った言葉の使い方で生物由来の自然肥料のことを指します。
有機肥料に対する言葉は「化学肥料」であって、「無機肥料」なんて言葉はありません。




• 回答日時:2007/10/6 10:38:21
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1212999047


 

何(なん)な? このミスト(水)は??!−ナンナミスト−

このナンナミストは、強力な持続性殺菌水として利用できる。しかし、残留性は皆無であるから、毒性の心配はない。超酸化水は有機物によって死活化するからである。その殺菌力は瞬時であって、皮膚に用いれば暫時、安全な水と何ら変わりがない。
 同時に強力な超酸化水は、引き締め効果を発揮し、アストリンゼンとして弱酸性水の比ではない。強力速効アストリンゼン水となる。

 当然、洗髪後のヘアーに用いれば、酸性リンスとして絶大な効果を発揮する。櫛通りは良くなり、つやも増す。パサツキは一瞬にして改善される。

 洗顔後、洗髪後のスプレーすれば、瞬時に保湿性与え、乾燥を防止する優れものである。同時に引き締めるから、つやが出るのである。

 超酸化水特有の殺菌・消毒・アストリンゼン効果で、瞬時の効果を発揮するが、その持続性を持たせたのが商品『ナンナミスト』である。

http://hyouhei03.blogzine.jp/tumuzikaze/2012/07/post_4c44.html

飄(つむじ風)


2012年07月14日(Sat)▲ページの先頭へ
個的自由独立(自独)と太極的超越性:母権的超越性(個的超越性)と父権的超越性(同一性的超越性)
個的自由独立(自独)と太極的超越性:母権的超越性(個的超越性)と父権的超越性(同一性的超越性)

テーマ:他者とは何か:Otherness

個とは何か:太極・MP・霊愛的陰陽均衡点に個が存する:個とは他者と自己の陰陽均衡である (07/13)
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1842.html

先に以上のように、個について検討し、定義したが、日本人が個になれない理由が閃いた。
 それは端的に、超越性を否定するように洗脳・マインドコントロールされているからと考えられる。
 そう仕向けるのは、支配側である父権民族である。その民族文化は、陽・凸i・自己傾斜して、自我主義(利己主義)、(連続的)同一性主義であり、霊愛・魂のない悪魔・悪霊的なものである。そして、彼らの超傲慢・狂気・狂信・妄想・妄念・独善・偽善・詐欺・ペテン・二枚舌等の根因もこれである。
 思うに、現代日本において、個となるには、世間から外れ、孤独になることは当然である。悲劇は必要である。
 とまれ、個となるとき、個的超越性が作用するのである。それは、宗教性であるが、あくまで、個的宗教性である。何々教ではない。(キリスト教の用語を用いれば、聖霊的宗教と言えようが。)もっとも、日本民族の場合、民族宗教である神道や仏教等が重要である。
 とりわけ、神道が重要である。個的超越性は神道を復興するだろう。それは、新しい天皇制を生むだろう。何故なら、天皇制とは太陽神信仰(正確には、天照御大神)の具現であるからである。(明治維新の天皇制は疑似天皇制であり、本来、母権的である天皇制の父権化であった。)
 とまれ、個的自由独立に伴う超越性の流入ないしはそれへの参入を阻害してきたものは、やはり、父権民族文化社会である。これは、同一性・自我・物質中心主義であり、超越性を抑圧するのである。
 しかし、この問題は丁寧に扱う必要がある。私がここで言う超越性とは、太極のことである。それは、母権的超越性である。しかしながら、一神教でわかるように父権的超越性もあるのである。
 この二つの超越性を区別する必要がある。
 父権的超越性とは同一性的超越性であり、母権的超越性とは個的超越性である。
 思うに、一神教は本来前者であるが、その後、物質主義の発展にともない、超越性を喪失し、完全な世俗主義へと頽廃すると考えられる。
 今はここで留める。





父権的民族と母権的民族:中央集権同一性集団主義と個的民衆共同体:太極=天照御大神への回帰

テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族

以下転載した記事の次の言葉が興味深い。即ち、「渡来系の偽日本人がPR戦略の司令塔をしていたような”電通”の配 下にある日本のマスコミのことですから、真性日本人の美意識を求めてもしょうがないのかもしれませんね。」(赤色はresurrection強調)
 「渡来系」というが、日本民族は多様な渡来系が存するだろう。しかし、上述に関わる「渡来系」は、私見では既述したように、父権的民族である。
 彼らが、母権的民族の日本人を日本史を通して、裏で支配しているように感じるが、とりわけ、明治維新以降にそれを感じるのである。
 私説日本史では、母権的民族と父権的民族の陰陽結合が日本民族であるが、元々は別の民族なので、両者は相互に異質的であると言えよう。
 明治維新以前は、両民族の比較的統合が存していたと考えられるが、その後、父権的民族が中心化して、母権的民族を否定するようになったと思われる。
 その帰結が今日の悪魔的全体主義的日本国家である。
 そう、陽・凸i・自己傾斜の為に、陰・凹i・他者を連続的同一性化(否定)してしまうのである。
 やはり、従来述べているように、新母権主義が日本には必須である。それは、太極=天照御大神の新回帰である。

**************************

「そもそも、3年前の政権交代選挙での約束を平然と反古にしながら、議会内党派の多数派談合で、霞ヶ関の無駄は放置する一方 で、国内経済を沈没させ未来にも多大なマイナス効果を与える大増税路線をすすめる毒ブタ大王”ノダ”民主党政権の居座りに加担するということは、国政選挙 という民主主義の根幹を踏みにじる行為だと思います。

その意味で、純粋な義侠心から当たり前の行動をとった人たちに対して、”世間は支持していない”というマイナスイメージの洗礼を連日繰り返すマスコミ報道は、とうてい日本人とは思えないえげつないものだと思います。

日 本人であるならば、新党参加者一人一人のさばさばした表情を見るだけで、また、その会場に流れる空気を感じ取るだけで、マスコミ報道のいうような”選挙目 当て””私的権力闘争”というレッテルがいかに的外れかということは明白だと思います。渡来系の偽日本人がPR戦略の司令塔をしていたような”電通”の配 下にある日本のマスコミのことですから、真性日本人の美意識を求めてもしょうがないのかもしれませんね。
せめて、土着氏族の流れを汲む日本人のひとりとして、偽日本人企業”電通”が誘導する心無いマスコミ世論誘導を、”生暖かい””侮蔑の視線”で見下し続けていきたいと思います。」
財政再建の「方法論」を持っていた政治家 = 小沢一郎 太陽光発電日記 H.24/07/12

財政再建の「方法論」を持っていた
政治家 = 小沢一郎


太陽光発電日記 by 太陽に集いしもの 2012年7月12日 (木) 

昨日、財務官僚の傀儡政権と化した”毒ブタ大王”ノダ民主党を離党した小沢一郎氏を代表とする新党が誕生しました。
個人的には”国民の生活が第一”という新党名は、上滑りな宣伝文句みたいで、個人的にはあまりいいと思いませんでしたが、平然と国民に対する裏切りを重ねる民主党と決別し、けじめをつける一歩を踏み出したという意味では、なにはともあれ、よかったと思います。
『文殊菩薩(ブログ版)』


2012年07月11日(Wed)▲ページの先頭へ
三つ巴と無双PS原理:無双PS原理から三つ巴を説明する:東洋母権文明と西洋父権文明
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11299598592.html

同一性について:自己・陽・凸iのもつ唯一絶対的同一性と直観・他者・陰・凹iの絶対的多様性
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11298889775.html


先に以上において、簡単に父権主義と母権主義の哲学力学について述べたが、そこから、派生的に、三つ巴の説明ができると考えられる。
 以前、それについては、陰陽の極性とMPで三元性を説明したが、先の考えは、それよりさらに明快に説明できる。
 即ち、MPの主導性から端的に三つ巴が発生すると考えられるのである。MPにおいて、太極が作用する。それは、三つ巴の一極となる。そして、そこから、陰陽の二極が生起するのである。即ち、太極の一極と陰陽の二極の一元的連関が三つ巴であるということである。
 言い換えると、三つ巴は母権主義(女神文明)の象徴なのである。神社のシンボルの一つが三つ巴であるというのは、神道が母権主義、女神文明であることを意味していると言えよう。

resurrectionのブログ


resurrectionのブログ

佐原の大祭秋祭りの奉納先、「諏訪神社」
http://tama-kousaku.ocnk.net/data/tama-kousaku/image/DSCN43610001.JPG

 ついでながら、神社の透かし彫りで一般的な龍であるが、それはあきらかに、やはり、MPを根源にする陰陽極性様態を意味しよう。あるいは、端的に、三つ巴の様態である。


resurrectionのブログ
聖ゲオルギウスと竜 St. George and the Dragon

http://blogs.yahoo.co.jp/renegaderow/51909252.html

 また、文明文化史論から言うと、西洋文明文化において、聖ゲオルギウスの龍退治が有名であるが、それは、女神の殺戮、東洋文明・女神文明の破壊、MPの排除と考えられる。
 メルヴィル/D. H. ロレンス的に言うと、龍は白鯨(モービー・ディック)であり、それを追跡するエイハブ船長は聖ゲオルギウスである。

追記:上図の『聖ゲオルギウスと竜』における左の女性は、父権制の虜となった女性原理を意味しよう。言わば、家庭に閉じ込められて天使である。

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三つ巴の紋所の一つ「左三つ巴」
みつどもえ【三つ巴】の意味 - 国語辞書 - goo辞書
dictionary.goo.ne.jp › 国語辞書
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みつどもえ【三つ巴】とは。意味や解説。1 三つのものが互いに対立して入り乱れること。「―になって争う」2 三人が向かい合って座ること。三つ鼎(がなえ)。3 紋所・文様の名。巴を三つ組み合わせて円形にしたもの。 - goo辞書は国語、英和、和英、中国語、百科 ...

巴 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/巴 - キャッシュ 類似ページ
一般公開で +1 しました 取り消す
後には特に武神である八幡神の神紋として巴紋(特に三つ巴)が用いられるようになり、さらには他の神社でも巴紋が神紋として用いられるようになっ ... また、ヨーロッパには、三つ巴に似た「トリスケル(triskele)」という文様があり、日本では三脚巴と訳されている。
巴御前 - 巴 (能) - 三脚巴 - 巴山


<無双PS原理ガウス平面>

  陰・凹i(-i)・光子:「天」:他者:空間形式
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−1_____太極・MP・母権______+1
無機物          |           有機体・生命体
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陽・凸i(i)・重力子:「地」:自己:時間形式:父権

参照:

愛の日記


■ 春分図と夏至図

日記 マドモアゼル・愛  2012年07月09日(MON)


日本の春分図と夏至図を見ると、共通している部分が多い。上昇はどちらもしし座。度数も近い。10ハウスには金星と木星が合となっている。春分と夏至では4カ月もたつので、通常は金星と木星が同じく合になる確率は非常に少ない。

動きの遅い大惑星なら4か月程度では変わらない場合があるが、金星と木星の合がどちらの図にも出てくるのは珍しいと思う。

上昇がしし座で共通と重ね合わせると、どんなことを読めるか。なんだか、現状とは異なるイメージなのだ。

しし座上昇も金星と木星の合も、どちらも遊びと関係。どちらかと言えば、浮ついた、楽しみ優先の星の配置。面倒なことはそっちのけにして、まず遊ぼうよ、、、という誘いにも見える。

豊富な恋愛体験や、見せびらかし的贅沢とか、プリントアウトされたような大衆芸術というイメージがある。

問題続出の現在の日本、行き詰って堅くなった現在の日本とは、なんだか違うぞ、、、というイメージだ。


星はウソをつかないので、いまの日本にはこうした遊びや恋愛過多とも呼べるような舞い上がった気楽さがあってもよいということになる。

たとえば、国会を取り巻くデモ。これなんかも、子供づれやピクニック気分もあって、よい方向に行っていると思うが、確かにそういうことである。思想や抵抗するイメージよりも、新たな遊びに変えていってしまう。

具体的には今ひとつイメージ化できないが、恋人たちのデート抗議なんかは面白いかも。愛し合うカップルが、原発があるような国じゃ、子供を産めないわよ、、、というような抵抗感を、カップルが熱烈キスしながら何組もつらなって歩いて訴える、、、なんか、とてもいいような。

 恋人募集男軍団がデモパレード。待ち伏せする恋人募集女子軍団。なんて構図があったら、私も駆けつけるよ。でも変なおやじたちだけが売れ残って言い合いになったりすると、機動隊がなぐさめてくれるなんてなると、日本も本当によくなると思う。

デモに限ったことではなく、世直しの楽しいパフォーマンスで遊ぶことで、ある一線を越えた新たな世界が出てこないとも限らない。そんな実験を若者を中心に考えて実行していくと面白いと思う。

原発賛成派が大きな画用紙にペンキをぶちまける。
今度は原発反対派が大きな画用紙にペンキをぶちまける。そして作品を比べあう、、、なんて、面白くないか。つまらないか、、

最後は打ち解けあいとして、お互い、ペンキを画用紙にぶちまけ合戦して、合作として手じまい。後味も悪くなくいいかも。

どちらにせよ、みんな自分の国のことを思っている、、、というパフォーマンスとなっていくことで、対立を超えたこれまでよりも上の世界が広がってくる。

遊びの面白さは、善悪や右左、賛成や反対を超えた世界を現出させる面白さに尽きる。

なぜいま、春分図と夏至図にこのような遊びのメッセージが出てくるのか、、、、もう対立の図式自体が古くなって、それを笑い飛ばしたいからかもしれない。

対立をも遊びの中に取り入れてしまう。ダンス、音楽、キッス、何より、笑いがその中心的なものとなる。

ユーモアも本当に大事な要素である。ユーモアのない一流のものはない。一流のものの中には必ずユーモアの要素がある。対立を超えて動く原理を知っているかどうかは、ユーモアのセンスを見ればわかる。

私が観念論を捨てたのは、昔、学生だったころ、清水谷公園で学生と機動隊がぶつかり合う、まさにその瞬間、「おいも、おいも、おいもだよー」の焼き芋やの売り声を聞いた時だ。

にらみあう学生と機動隊の間に沸き起こった笑い、、、私はそれをもって以来イデオロギーを捨てたのである。

まさにそうした星の配置が訪れようとしている。

まだ自分には何が足りないとか、、もっと学んでからでないととか、、、それは確かにあるのかもしれないが、そろそろ、ありのままの自分で立つ時が来ているのではないか。

何か自分に不足しているものを必死に求め、大金を使い、学ぼうとして動き回ることもあるいは大切だとも思うが、それよりも、一体となる、、、対立を越える、、、それには笑う、遊ぶ、ことが今大事になっているのではないか。



しし座に太陽が入る前夜祭を歌って笑って楽しむ、、、そのために7月21日の妖精ディナーも企画しました。

そろそろ定員に達しますので、明日いっぱいをもって締め切りとさせていただきます。

21日の妖精ディナーでは、真夏の夜の夢のように、楽しみ、これまでの限界を笑いの中で、歌う中で越えていけたら、、、と。本当の開運法則の実験にもなるかと思います。


自己嫌悪を解放する周波数528Hzのチューナー詳細は、公式ショップまで  妖精ディナーのお申込みも

マドモアゼル・愛 公式SHOP
http://iiyama16.blog.fc2.com/blog-entry-767.html#more
『文殊菩薩(ブログ版)』


2012年07月10日(Tue)▲ページの先頭へ
同一性について:自己・陽・凸iのもつ唯一絶対的同一性と直観・他者・陰・凹iの絶対的多様性
正しい図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11298889775.html

テーマ:他者とは何か:Otherness

陽・凸iが自己であり、陰・凹iの他者と連続化すると、それは、自我になり、他者を同一性化(連続的同一性化)すると述べた。
 つまり、自我は同一性志向であるということである。しかしながら、陰・凹iは純粋悟性であるから、一種、同一性である。問題は複雑である。
 先に、陽・凸i=自己と陰・凹i=他者はそれぞれ、差異であると述べた。しかし、連続化において、前者は自我、後者は他我となる。それは、同一性である。
 また、陰・凹iを純粋悟性とするとき、それと差異との関係はどうなるのか問題である。
 今、作業仮説的に、陰・凹ik=他者=差異=純粋悟性とする。つまり、差異=純粋悟性的同一性ということになる。これは、一種、齟齬である。解明する必要がある。
 純粋悟性は言語と関わるのであるから、言語問題でもある。言語のもつ同一性(観念・概念)と他者=差異はどう関係するのかということになる。
 具体的に考えよう。ある他者Aを知覚したとしよう。それは、果たして、純粋悟性的知覚だろうか。それは、当然、違う。
 ある他者Aの知覚とは先ず、直観である。そう、直観が端的に、他者性、差異をもつと言える。
 では、直観を、無双PS原理ガウス平面の何処に位置させるべきであろうか。
 この場合、外的直観であるから、当然、光に関係する。そうすると、陰・凹i=他者ではないかということになる。
 そうならば、純粋悟性を陰・凹iとするのは問題となるのである。
 これをどう考えたらいいのか。確かに、直観は他者であり、差異である。しかし、純粋悟性は同一性(観念・概念)である。
 どうも、純粋悟性は自我に関係すると思われるのである。つまり、陽・凸iと関係する。
 やはり、連続的同一性において純粋悟性を捉えるべきように思われる。
 そう、やはり、自己が連続化して、自我となり、その自我のもつ同一性と直観が結びついて、純粋悟性が形成されるのではないのか。否、違うだろう。自我のもつ同一性こそが純粋悟性ではないのか。
 結局、従来の説明が正しいことになる。つまり、連続的同一性によって、直観・他者・差異が同一性化されるということである。
 問題は、純粋悟性=同一性は、自己(陰・凹i)に存するのか、それとも、自我に存するのか、である。
 連続的同一性とは、自己傾斜(自我化)に拠るのであり、そのとき、直観・他者・差異が同一性化されるのである。つまり、同一性は、元々、自己に存していたと考えられる。
 すると、さらに問題は、差異である自己(陽・凸i)が同一性であることである。
 これは、一見、矛盾・齟齬であるが、差異である自己の性質が同一性であるというように考えることができる。
 それに対して、直観・他者・差異は、端的に、差異、絶対的差異である。
 差異である自己(陽・凸i)が同一性であることの意味をさらに追求する必要がある。
 自己(陽・凸i)も差異、絶対的差異でありながら、同一性とはいかなることであるのか。
 思うに、これは、絶対的同一性と言えるのではないだろうか。あるいは、唯一性である。あるいは、唯一絶対性である。
 それは、それで確かに、差異、絶対的差異である。そのように、作業仮説しよう。
 結局、直観・他者・差異(陰・凹i)は絶対的多様性であり、自己・同一性(陽・凸i)は唯一絶対性であり、両者、真逆である。
 ここでジェンダー論を考えると、父権主義とは、自己・同一性(陽・凸i)が中心・支配化したものであると考えられる。一神教は正に、ここと合致する。
 母権主義であるが、それは、微妙である。一見、直観・他者・差異(陰・凹i)の傾斜と考えられるが、そうではなく、MPの太極性=陰陽均衡性=霊愛がコアになった存在様式と考えられる。
 この問題は、後ほど、詳述したい。
 以上、本件の問題は、いちおう、解決したので、ここで留める。後で再考したい。

追記:純粋悟性とは自己の同一性による他者の差異の認識であると言えよう。つまり、連続的同一性の「知性」である。


    <無双PS原理ガウス平面>

  陰・凹i(-i)・光子:「天」:他者:空間形式
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−1________MP________+1
無機物          |           有機体・生命体
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  陽・凸i(i)・重力子:「地」:自己:時間形式


2012年07月08日(Sun)▲ページの先頭へ
他者について:その1:陰・凹iは他者、陽・凸iは自己である
正しい画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11297462986.html


他者について:その1:陰・凹iは他者、陽・凸iは自己である

テーマ:他者とは何か:Otherness

本件については既に何度も検討したが、まだ、すっきりとしないので、新たに考察を行ないたい。なお、これからもさらに検討するだろうことは予想できる。
 すっきりしないのは、他我が陰・凹iであり、不連続化によって、他者となるという点である。
 MP(media point)には、超越界である太極からの霊愛ないしは陰陽均衡作用が存する。
 思うに、MPが陰陽の原点ではないだろうか。つまり、そこから、陰・凹iと陽・凸iの対極が形成されるのではないだろうか。
 つまり、霊愛であるMPは一方では、陰・凹iであり、他方では、陽・凸iであるということになる。
 しかしながら、対極が形成されると、根源のMPが一般には埋没されるように考えられる。つまり、陽・凸iである内界ないしは自我と陰・凹iである外界ないしは他我・対象の二元論化が形成されて、一元であったMPが抑圧されるのではないだろうか。
 そして、人間は自我傾斜があるので、自我のもつ同一性原理を他我の差異・多様性に覆って、同一性世界を形成すると考えられる。これは、言語/物質/貨幣的世界である。
 この覆いは言い換えると、連続的同一性である。では、連続性とは力学的にどういう事象なのか。
 それは、不連続的差異論のときに明らかになったように、陰・凹iに陽・凸iが自己を押し付けて、同一化することである。
 そう、差異・他者である陰・凹iを陽・凸iの自我同一性に一致させることである。
 これは、境界であるMPが排除されて、陰・凹iと陽・凸iが直に接触する事態となり、その接点で、陽・凸iである自我が陰・凹iである他者・差異に自己を強制するのである。
 これは、暴力である。哲学的には、否定である。即ち、

陽・凸i×(−陰・凹i)=−1

となると考えられる。−陰・凹iの−とは、否定の意味である。
 つまり、連続性ないしは連続的同一性とは、−1を帰結するのであり、それは、利己主義と言うこともできる。
 しかしながら、単に、利己主義だけでなく、唯物論的合理主義もそれを意味すると考えられる。物質科学の真理は−1であると考えられる。言い換えると、唯物科学は利己主義と合致するのである。
 さて、以上のように考察すると、本稿の問題の解明がされたと言えよう。「すっきりしないのは、他我が陰・凹iであり、不連続化によって、他者となるとい う点である。」と上述した問題点であるが、結局、陰・凹i自体が他者・差異であるということになる。他我・対象ではないのである。陰・凹iが他我・対象と なるのは、自我的同一性の視点からである。
 また、そうならば、陽・凸iを自我と呼んでいいのかと疑問が生じる。端的に、自己でいいのではないだろうか。それが自我になるのは、MPが抑圧・排除された場合である。つまり、連続性、連続的同一性が生じる場合である。
 また、差異であるが、陰・凹iだけが差異でなく、陽・凸iも差異であるから、他者・差異という表記は間違いである。
 結局、

陰・凹i=他者

陽・凸i=自己

陰・凹iと陽・凸i、両者とも差異(絶対的差異)である。

ということになる。



    <無双PS原理ガウス平面>

  陰・凹i(-i)・光子:「天」:他者:空間形式
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−1________MP________+1
無機物          |           有機体・生命体
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  陽・凸i(i)・重力子:「地」:自己:時間形式

尚、従来の象限を当てはめると、第一象限が自然・宇宙空間であり、第四象限が自然・宇宙時間であり、第二象限は唯物科学、物質科学の世界であり、第三象限は自我・利己主義・悪魔/悪霊の世界である。
 ところで、シュタイナーは悪魔をアーリマンとルシファーに分けているが、前者は第二象限に、後者は第三象限に存するのではないだろうか。これは検討課題である。

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11291604855.html





超無双PS哲科学から無双PS原理へ

テーマ:無双PS原理

無双原理・易―「マクロビオティック」の原点/サンマーク出版


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桜沢如一(ゆきかず)氏の無双原理を包摂する仮説として、超無双PS哲科学を唱えたが、考えてみると、超無双は無意味である。無双とは、太極、対極一元 論、極性的一元論、「不二(ふに)一元論」等を意味するからで、ただ、無双原理を包摂するものとして、超を付けたが、そうだとしても、超は不要である。故 に、超を取り、無双PS学と変名したい。尚、学は、哲学、科学等を統一する原理として用いる。もちろん、仮説であるが。

追記:学という言葉は座りがわるいので、原理としたい。即ち、無双PS原理となる。


  陰・凹i(-i)・光子:「天」:他我・対象:空間形式
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−1________MP________+1
無機物          |           有機体・生命体
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  陽・凸i(i)・重力子:「地」:自我:時間形式


        無双PS原理的ガウス平面

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11291604855.html



2012年07月01日(Sun)▲ページの先頭へ
他者・差異とは何か:自我・陽・凸iと他我・陰・凹iの差異共振・陰陽均衡・霊愛作用の復活
正確な図は以下を参照されたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11291604855.html


他者・差異とは何か:自我・陽・凸iと他我・陰・凹iの差異共振・陰陽均衡・霊愛作用の復活

テーマ:超無双PS哲科学

本問題は、超無双PS哲科学仮説にとって、最重要な問題の一つである。
 PS理論の段階では、他者・差異を陰・凹iに置いて考えたのである。
 しかしながら、無双原理を吸収した超無双PS哲科学(Super Advaita[non-dual oneness] Platonic Synergy Philosophience:略して、SAPSP)においては、単純には、そうとは考えられなくなった。
 先には、他者・差異はMPの陰陽均衡作用において存すると述べたのである。
 自我を陽・凸iとして、他我を陰・凹iとすると、自我は、その同一性志向から、他我を否定的に捉える。そう、否定的な悟性が形成される。
 問題は、果たして、他我を陰・凹iとしていいのか。陰・凹iは純粋悟性の原理であるからである。
 しかし、光において、他我や対象を捉えるのであるから、陰・凹iを他我ないしは対象とするのは、妥当のように思えるのである。だから、いちおう、そのように作業仮説したい。
 他我・対象・陰・凹iを自我・主観・陽・凸iは同一性化するのである。つまり、有り体に言えば、我が物にするのである。何故なら、人間において、一般的に自我傾斜があるからである。とりわけ、父権主義において、それが顕著である。
 しかしながら、既述したように、人間には、原始差異共振主義、ないしは、原始母権主義が存する。それは、MPの陰陽均衡作用ないしは霊愛の作用である。
 ここにおいて、他我・対象は、自我の同一性欲望から切断されて、共感の対象、乃至は、他我・対象自体へと変ずると考えられる。
 霊愛であるMPによって緩和された他我がいわゆる、他者と言えよう。
 しかしながら、ここでは、意識において、分裂状態になっているのである。即ち、自我の同一性志向とMPの霊愛=陰陽均衡作用が併存して、両者、矛盾様態になっているのである。
 思うに、一般的に正常な人間はこれを使い分けていると考えられる。つまり、二元的意識の人間である。
 しかし、分裂状態は分裂であり、理論的に不整合極まりないのである。結局、極端化すれば、いわば、一種の統合失調症となるのである。
 しかし、この齟齬を解消したのが、既述したように、不連続的差異論である。つまり、自我的同一性(自我的連続的同一性)志向(欲望)を切断して、即ち、自我・陽・凸iが支配(連続化)する他我・陰・凹iを、自我・陽・凸iの支配・連続化から「救済」して、他者・差異(絶対的他者)に変容させて、結果、自我・陽・凸iと他我・陰・凹iの陰陽均衡作用をもたらしたと考えられる。
 そう、不連続的差異論とは、ほとんど、超無双PS哲科学の原形である。
 ただし、明確な差異共振性、陰陽均衡作用、あるいは、霊愛の段階には到達しなかったと考えられる。
 とまれ、自我・陽・凸iのもつ自我同一性作用(連続的同一性作用)の支配を「打破」したことで、自然本来のもつ陰陽均衡作用・霊愛作用の回路が決定的に開けたのである。
 そうここにおいて、超越性が明確に開けたのである。新たな宗教的エネルギーがもたらされることになったのである。
 そう、これは、トランス・モダン、イントラ・モダン、ネオ・オリエントである。
 唯物論は滅びたのである。新しい精神世界が開けたのである。そう、唯一多神教の神霊世界、聖霊教の世界が開けたのである。


参考:
         陰・凹i(-i)・光子:「天」:他我・対象
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−1________MP________+1
無機物          |           有機体・生命体
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              |
         陽・凸i(i)・重力子:「地」:自我


        超無双PS哲科学的ガウス平面


参照:

ひどい政治の混沌。最大の原因は、小沢氏への「裏切り」行為にあります。


パターン知にすぎない紋切型の優等生集団=東大法学部の権威に依拠する官僚主義と一体化したわが国の自民党一党独裁政治は、永久に続くかとも思われましたが、小沢一郎氏を核とした民主党は「生活が第一」という思想に基づき、戦後はじめて選挙による政権交代の偉業をなしとげました。どなたも御存じの通りです。

ところが、官僚主義の元を断とうとする小沢氏を核とした政治活動が支持を集め政権交代が現実味を帯びてくると、検察庁は小沢氏の政治生命を断つための策謀を開始しました。これは、日本を官僚が支配する「官治主義」を守るための官僚の集合意識(無意識を含む)に基づく行為で、極めて根の深い「病気」が成せる業ですが、それを生むのは、彼ら自身も気付かぬ「客観知」(客観神話)という暗黙の想念なのです。これについては、3年前に参議院調査室から依頼された論文『キャリアシステムを支える歪んだ想念 』に記しましたので、ここでは繰り返しません。

検察庁の行為がいかにデタラメで恐ろしいものであるかは、特捜部の前田元検事の証言にもありますが、23年間の勤務で検察内部の事情に精通している郷原信郎さん(東大の数学科を卒業した後に司法試験に合格し請われて検察庁に勤務)が『検察が危ない 』に明瞭に記しています。郷原さんは、検察作成のストーリーに基づく小沢氏周辺への締め付けが開始された時点で、すでにテレビ出演して明瞭に検察批判を展開していました。彼は政治的には「反小沢」系の議員と親しい人でしたので、その発言は「色」が着いたものではなく、検察庁の策謀については、国会議員の多くは当然承知していました。

にも関わらず、民主党の国会議員は、思想でも選挙でも一番多くの恩がある小沢氏の周辺に検察の魔の手が伸びると、手のひらを返したように「反小沢」となり、見事なまでに彼を裏切りました。海外からの公平な目の代表であるウォルフレン氏もこの日本人の行為には呆れ果て警句を発しましたが、聞く耳持たずでした。

このような民主党議員の小心とエゴイズムによる裏切り行為がなければ、検察庁の策謀を契機にして(危機をチャンスにして)主権在民に基づく「民治主義」の新政権 VS 政治を官僚が主導する「官治主義」に基づく旧政権、言い換えれば、【主権在民 VS 主権在官】の闘いが分かりやすいカタチで始まり、日本の根本的な社会改革が始まったはずなのです。市民革命にも匹敵する大改革が。

きょう、財務省の思惑通りに消費税の増税が決まりましたが、日本の消費税という税金がインチキな間接税であることに対しては、いまだにあまり知られていません。今朝の東京新聞26面にはそのカラクリについて簡明に記されていましたが、この件についてはまた後で書きましょう。いまは、騙しのプロである財務省の罪は極めて重いとだけ言っておきます。

武田康弘

http://blog.goo.ne.jp/shirakabatakesen/e/e1e2425fc0657522b667b282ff7f399e


思索の日記



参考2:


近代史が明示していることは、あらゆる現象が資本のダイナミズムから生起するというある種の発展法則だ。換言するならば紛争も革命も利潤増殖を求める資本の循環運動プロセスであり、むしろ歴史現象は人格化した資本の顕現そのものであると言えるだろう。奴隷貿易やプランテーション、レーニンらへ拠出された革命資金、世界恐慌のトリガーとなった過剰マネーサプライ、ヒトラー政権の財政基盤であったドイツ・アメリカ合弁企業群、あるいはマンハッタン計画、大空襲後の東京都再整備事業、イラク・アフガン攻撃と現地の公共資源略取など、これらにかかわる「投資」の淵源が、おおよそ同一の寡占的資本であることは語るまでもない。「死んだものが生きているものを支配する」という教義はここでも普遍だ。資本は対立も国境もイデオロギーも空間すら超越する壮大なエネルギー体なのであり、むしろ人間活動そのものが「利潤増殖の絶対」というエートス(精神)に裏付けられている。我々はメカニズムへの洞察が欠落しているのであり、議会制民主主義という仮想現実に捕囚されているのであり、意思決定は民意を付託された政治者ではなく、圧倒的マネーと諸力をもって君臨する者の掌上にあると言えるだろう。ALIENは毎年30兆円をこえる産業資本を株式市場から略奪し、8兆円を超える社会資本(企業減税+還付税)を国家会計から収奪しているのだが、それに反比例して個々は加速的に疲弊し、雇用は切り捨てられ、社会保障は縮小され、破滅的な税制が導入され、つまりプレカラティ(労働と生活の不確実性)が最大化した挙句に、強烈な放射線の中で数十万人の児童が放置されているわけだ。人間生命にとってのディストピアは、投資集団にとってのユートピアであるのかもしれない。過剰増税と原発稼動を決断した与野党の政治者らは、ALIEN(経団連企業株主)の「政党評価表」で課せられた実行ノルマ達成のインセンティブとして、莫大な献金が確保されるのであり、つまり飼い犬の餌として、あるいは裏切りの代価として利益を得るのであり、あからさまに国家統治は外国人投資家の手に委ねられている。

http://alisonn003.blog56.fc2.com/blog-entry-230.html


独りファシズムVer.0.1










検討問題:時間とは何か:無限時間(アイオーン)と有限時間

テーマ:超無双PS哲科学

         陰・凹i(-i)・光子:「天」
              |
              |
              |
              |
              |
−1________MP________+1
無機物          |           有機体・生命体
              |
              |
              |
              |
         陽・凸i(i)・重力子:「地」


        超無双PS哲科学的ガウス平面

以上の図(自然ガウス平面図と仮に呼ぶ)において、カント哲学における空間形式は陰・凹iであり、時間形式は陽・凸iである。
 しかしながら、両方とも、当然ながら、現象空間形式、現象時間形式であり、有限である。
 それに対して、ミトラス教、ズルヴァン教、グノーシス主義等で言われる無限時間は、上図では規定されていない。
 現象空間、現象時間を創造すると思われる無限時間は、当然ながら、超越界にあると考えられる。それは、超越軸z軸、超越円、あるいは、MPに存すると思われる。
 大根源をMPとすると、そこに無限時間があるのだろうか。そこは、無限時間をも超越した点であろう。
 だから、一応、超越円に無限時間が存すると作業仮説したい。

**************************

超無双PS哲科学ガウス平面図解説:陰陽均衡作用の解放の為に:MPを介して光の神が到来する

テーマ:超無双PS哲科学     
    

        陰・凹i(-i)・光子:「天」
              |
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−1________MP________+1
無機物          |           有機体・生命体
              |
              |
              |
              |
         陽・凸i(i)・重力子:「地」


        超無双PS哲科学的ガウス平面

尚、無双原理に倣って、陰・凹i(-i)・光子を上に、陽・凸i(i)・重力子を下に布置している。そして、MPは原点であり、media pointである。
 また、ガウス平面に直交する超越軸z軸や、z軸とy軸の虚軸が形成する超越円、超越界が本来存しているが、上図では、作図が難しいので、省略している。

検討問題:凸(+1)や凹(−1)とは何か:有機体、生命体的物質と無機物的物質
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11284973493.html


先に以上のように作図したが、補足説明をしたい。
 簡単にするために、凹iを陰、又は-i、凸iを陽、又はi、凸(+1)を+1,凹(−1)を−1で表記する。
 陰(-i)には、純粋悟性が機能している、簡単に言えば、知性である。それは、頭、頭脳である。カント哲学では、空間である。
 陽(i)には、自我が機能している。それは、感情や意志をもつのである。それは、肚である。カント哲学では時間である。
 そして、MP(media point)、原点は、胸であり、霊愛をもつ。ここには、超越界からの聖霊が作用しているのである。
 そう、ここで先に述べたことは一面的であり、訂正する必要がある。即ち、自然円において、基本的には超越性はないのであるが、MP(media point)、原点が超越界に通じる唯一点であると述べ、それは、自然界では、現象太陽であると述べたが、それは外界、外在、外面的には正しいが、内界、 内在、内面的には誤りである。
 人間の内面においても、胸、心胸において、MP(media point)が存するのであり、そこが、超越界へと通じていると考えられるのである。
 魂という呼ばれるものもそれと考えられる。
 結局、MP(media point)は二つの点に存するのであり、一つの点は、外在的点である現象太陽であり、もう一つの点は、内在的点である胸・心胸である。
 次に、重要な変更を述べる必要がある。つまり、差異や他者の問題である。
 これまで、無双原理に接するまでは、ずっと、他者、差異を陰(-i)で考えたが、無双原理に接して、他者、差異は陽(i)になると予想してきた。
 しかし、それも違うと考えられる。
 いったい、そうすると、他者、差異は何処に存するのか。
直観で言えば、他者、差異を胸、MP(media point)で感じるのではないのか。
 自我、陽(i)は他者、差異に反発、反感、嫉妬する。そして、悟性(知性)、陰(-i)は、他者、差異を知的に認識しようとする。しかし、それは、悟性は言語認識であるから、同一性的に他者、差異を認識するので、他者、差異自体を受容していない。
 他者、差異を受容するのは、陽である自我と陰である悟性を抑制し、均衡させるMP(media point)、胸・心胸だと考えられる。
 何故なら、陽の自我は反発し、陰の悟性は同一性的把握(言語的把握)であり、両者は他者、差異を真に受容していないのであり、両者を抑制するMP(media point)、胸・心胸・魂こそ、そうできると考えられるのである。
 そう、他者、差異自体は、言わば、カントの述べた物自体であり、それは、絶対的には把握できないと考えられる。だから、不可知のものとして、他者、差異をMPは受容すると考えられる。
 また、単に、不可知のものばかりでなく、他者、差異への「共感性」が生じると考えられる。それはどういう力学に拠るのだろうか。
 それは、鈴木大拙の即非の論理のもつ力学と考えられる。
 陽の自我は自己求心性をもつので、他者、差異を否定する。陰の悟性は遠心性をもつので、他者、差異を放置、放散させる。
 しかし、両者は陰陽であるから、牽引作用があるのである。この牽引作用がMP(media point)、胸・心胸・魂に作用すると考えられるのである。
 というか、陰陽牽引作用がMP(media point)、胸・心胸・魂の作用ではないだろうか。
 ここは実に微妙な問題点である。
 陰陽の均衡作用は自然においては、常に為されていると考えられる。
 しかし、人間の場合は、自我に傾斜しているので、不均衡的なのである。言い換えると、自我同一性や悟性同一性の二つの同一性が支配的であると考えられる。
 言い換えると、自然本来の陰陽均衡牽引作用は人間には、一般的には作用していないと考えられる。
 だから、陰陽均衡作用を自ら形成しないといけないことになるのである。
 以前述べたことだが、人間には原始の陰陽均衡作用が潜在すると考えられるのである。
 それが、MP(media point)、胸・心胸・魂として、配備されていると考えられるが、それは、陽・自我、陰・悟性によって抑圧され、埋没していると考えられる。
 しかしながら、それは、人間の精神の故郷であり、諸芸術の源泉であり、端的に霊愛の源泉である。
 この埋れたMPを開化させることによって、人間において、陰陽均衡作用を復活させることができると考えられる。
 ただし、問題は、陽・自我と陰・悟性のもつ枠組みを否定しないようにしないといけないのである。そうでないと、物質的世界・社会には合わない、逸脱、倒錯したものになってしまうと考えられる。
 だから、十分に陽・自我と陰・悟性を準備して、MP(media point)、胸・心胸・魂を開発すべきということになるのである。
 その一つの重要な方策はPS哲科学の前身である不連続的差異論である。
 それは、陽・自我と陰・悟性の癒着、連続性を立ち切って、陽・自我と陰・悟性との均衡をもたらす働きあると考えられるのである。
 しかし、連続性を切断するものは、実は、MPの作用であると考えられる。
 結局、陰陽均衡作用を形成するには、準備として、優れた芸術・文化によって、MPを陶冶・涵養しておく必要があるのである。
 優れた文学、音楽、美術、哲学、宗教等、そして、豊かな自然等に接する必要があるのである。
 しかし、物質科学である近代合理主義は、陽・自我と陰・悟性の形成をもたらしたが、MP(media point)、胸・心胸・魂の陶冶・涵養はまったく疎かにしてしまい、言わば、自我悪魔を形成したのである。
 そう、近代主義は物質文化を形成したが、精神文化を衰退させてしまったのである。
 とまれ、抑圧され、埋没したMPを発掘して開発することで、新たに、超越界に通じることができるようになるのである。新しい宗教が生まれるのである。それは、聖霊宗教であるが。
 とまれ、それは、トランス・モダン、イントラ・モダンであるが、物質的基礎を介して、形成されると考えられる。
 思うに、時代的に、超越エネルギーが強化されていると思われるのである。それは、人間の内面のMP、そして、自然界の外在の現象太陽のMPに強くはたらきかけていると推測されるのである。
 この超越エネルギー、神霊エネルギーは、陰陽均衡の開化を刺激的に促進するが、陽・自我と陰・悟性に囚われた近代人は、そのエネルギーを積極的に摂取することができないので、反動的になり、病理化したり、凶悪・犯罪化したりするであろう。
 とまれ、MP、胸・心胸・魂の解放が必要である。そう、太極である光の神が到来するのである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11285790892.html


2012年06月24日(Sun)▲ページの先頭へ
超無双PS哲科学ガウス平面図解説:陰陽均衡作用の解放の為に:MPを介して光の神が到来する
正しい図は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11285790892.html

超無双PS哲科学ガウス平面図解説:陰陽均衡作用の解放の為に:MPを介して光の神が到来する

テーマ:超無双PS哲科学

         陰・凹i(-i)・光子:「天」
              |
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−1________MP________+1
無機物          |           有機体・生命体
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         陽・凸i(i)・重力子:「地」


        超無双PS哲科学的ガウス平面

尚、無双原理に倣って、陰・凹i(-i)・光子を上に、陽・凸i(i)・重力子を下に布置している。そして、MPは原点であり、media pointである。
 また、ガウス平面に直交する超越軸z軸や、z軸とy軸の虚軸が形成する超越円、超越界が本来存しているが、上図では、作図が難しいので、省略している。

検討問題:凸(+1)や凹(−1)とは何か:有機体、生命体的物質と無機物的物質
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11284973493.html


先に以上のように作図したが、補足説明をしたい。
 簡単にするために、凹iを陰、又は-i、凸iを陽、又はi、凸(+1)を+1,凹(−1)を−1で表記する。
 陰(-i)には、純粋悟性が機能している、簡単に言えば、知性である。それは、頭、頭脳である。カント哲学では、空間である。
 陽(i)には、自我が機能している。それは、感情や意志をもつのである。それは、肚である。カント哲学では時間である。
 そして、MP(media point)、原点は、胸であり、霊愛をもつ。ここには、超越界からの聖霊が作用しているのである。
 そう、ここで先に述べたことは一面的であり、訂正する必要がある。即ち、自然円において、基本的には超越性はないのであるが、MP(media point)、原点が超越界に通じる唯一点であると述べ、それは、自然界では、現象太陽であると述べたが、それは外界、外在、外面的には正しいが、内界、内在、内面的には誤りである。
 人間の内面においても、胸、心胸において、MP(media point)が存するのであり、そこが、超越界へと通じていると考えられるのである。
 魂という呼ばれるものもそれと考えられる。
 結局、MP(media point)は二つの点に存するのであり、一つの点は、外在的点である現象太陽であり、もう一つの点は、内在的点である胸・心胸である。
 次に、重要な変更を述べる必要がある。つまり、差異や他者の問題である。
 これまで、無双原理に接するまでは、ずっと、他者、差異を陰(-i)で考えたが、無双原理に接して、他者、差異は陽(i)になると予想してきた。
 しかし、それも違うと考えられる。
 いったい、そうすると、他者、差異は何処に存するのか。
直観で言えば、他者、差異を胸、MP(media point)で感じるのではないのか。
 自我、陽(i)は他者、差異に反発、反感、嫉妬する。そして、悟性(知性)、陰(-i)は、他者、差異を知的に認識しようとする。しかし、それは、悟性は言語認識であるから、同一性的に他者、差異を認識するので、他者、差異自体を受容していない。
 他者、差異を受容するのは、陽である自我と陰である悟性を抑制し、均衡させるMP(media point)、胸・心胸だと考えられる。
 何故なら、陽の自我は反発し、陰の悟性は同一性的把握(言語的把握)であり、両者は他者、差異を真に受容していないのであり、両者を抑制するMP(media point)、胸・心胸・魂こそ、そうできると考えられるのである。
 そう、他者、差異自体は、言わば、カントの述べた物自体であり、それは、絶対的には把握できないと考えられる。だから、不可知のものとして、他者、差異をMPは受容すると考えられる。
 また、単に、不可知のものばかりでなく、他者、差異への「共感性」が生じると考えられる。それはどういう力学に拠るのだろうか。
 それは、鈴木大拙の即非の論理のもつ力学と考えられる。
 陽の自我は自己求心性をもつので、他者、差異を否定する。陰の悟性は遠心性をもつので、他者、差異を放置、放散させる。
 しかし、両者は陰陽であるから、牽引作用があるのである。この牽引作用がMP(media point)、胸・心胸・魂に作用すると考えられるのである。
 というか、陰陽牽引作用がMP(media point)、胸・心胸・魂の作用ではないだろうか。
 ここは実に微妙な問題点である。
 陰陽の均衡作用は自然においては、常に為されていると考えられる。
 しかし、人間の場合は、自我に傾斜しているので、不均衡的なのである。言い換えると、自我同一性や悟性同一性の二つの同一性が支配的であると考えられる。
 言い換えると、自然本来の陰陽均衡牽引作用は人間には、一般的には作用していないと考えられる。
 だから、陰陽均衡作用を自ら形成しないといけないことになるのである。
 以前述べたことだが、人間には原始の陰陽均衡作用が潜在すると考えられるのである。
 それが、MP(media point)、胸・心胸・魂として、配備されていると考えられるが、それは、陽・自我、陰・悟性によって抑圧され、埋没していると考えられる。
 しかしながら、それは、人間の精神の故郷であり、諸芸術の源泉であり、端的に霊愛の源泉である。
 この埋れたMPを開化させることによって、人間において、陰陽均衡作用を復活させることができると考えられる。
 ただし、問題は、陽・自我と陰・悟性のもつ枠組みを否定しないようにしないといけないのである。そうでないと、物質的世界・社会には合わない、逸脱、倒錯したものになってしまうと考えられる。
 だから、十分に陽・自我と陰・悟性を準備して、MP(media point)、胸・心胸・魂を開発すべきということになるのである。
 その一つの重要な方策はPS哲科学の前身である不連続的差異論である。
 それは、陽・自我と陰・悟性の癒着、連続性を立ち切って、陽・自我と陰・悟性との均衡をもたらす働きあると考えられるのである。
 しかし、連続性を切断するものは、実は、MPの作用であると考えられる。
 結局、陰陽均衡作用を形成するには、準備として、優れた芸術・文化によって、MPを陶冶・涵養しておく必要があるのである。
 優れた文学、音楽、美術、哲学、宗教等、そして、豊かな自然等に接する必要があるのである。
 しかし、物質科学である近代合理主義は、陽・自我と陰・悟性の形成をもたらしたが、MP(media point)、胸・心胸・魂の陶冶・涵養はまったく疎かにしてしまい、言わば、自我悪魔を形成したのである。
 そう、近代主義は物質文化を形成したが、精神文化を衰退させてしまったのである。
 とまれ、抑圧され、埋没したMPを発掘して開発することで、新たに、超越界を通じることができるようになるのである。新しい宗教が生まれるのである。それは、聖霊宗教であるが。
 とまれ、それは、トランス・モダン、イントラ・モダンであるが、物質的基礎を介して、形成されると考えられる。
 思うに、時代的に、超越エネルギーが強化されていると思われるのである。それは、人間の内面のMP、そして、自然界の外在の現象太陽のMPに強くはたらきかけていると推測されるのである。
 この超越エネルギー、神霊エネルギーは、陰陽均衡の開化を刺激的に促進するが、陽・自我と陰・悟性に囚われた近代人は、そのエネルギーを積極的に摂取することができないので、反動的になり、病理化したり、凶悪・犯罪化したりするであろう。
 とまれ、MP、胸・心胸・魂の解放が必要である。そう、太極である光の神が到来するのである。


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