GP陰陽原理:哲学主数学従の陰陽哲科学

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2013年01月14日(Mon)▲ページの先頭へ
仮説:無双陰陽原理から宇宙からDNAを経て『戦後史の正体』に至るまで哲科学フラクタル的に説明する
テーマ:無双陰陽原理/トランス・サイエンス

『戦後史の正体』は買って最初の方を読んだが、以下、二番目を除いて、ほんの少し立ち読みした。
 そして、先の陰霊波とダーク・コスモス(暗黒宇宙:造語)の関係の問題に関連して、考えていたが、次のように、思考実験した。
 陰陽は陰霊と陽霊の極性であると考えているが、それは、陰エネルギー、陽エネルギーとも言えよう。
 それが、共鳴(共振)して、気が生まれるのである(これまで述べているように、私は、陰や陽を気と見る伝統的な考えをとらず、陰霊、陽霊と見ている)。
 そして、発生した気はいちおう、天地軸的に垂直方向をもつとする(どうも、小さな螺旋形状をもっているように思えるが)。
 そして、気の軸(気軸:気螺旋軸:天地軸)の周囲に、円筒・円柱の側面上に陰陽螺旋が形成される。ここにおいて、光と物質体を形成される。
 思うに、陰陽螺旋の陽の側面が物質や光なのではないだろうか。そして、陰が暗黒物質(ダークマター)ではないだろうか(ついでに言えば、陰霊が暗黒エネルギー、ダークエネルギーということではないだろうか。)。
 つまり、陰陽螺旋が宇宙であるが、それは、光と物質の可視の宇宙、顕在宇宙、陽的宇宙と思われる。
 それに対して、闇の宇宙(暗黒宇宙、ダークコスモス)がそこには存すると考えられる。
 それが、暗黒物質(ダークマター)ではないだろうか。
 それは、陰の宇宙、不可視の宇宙であり、陽の宇宙、可視の宇宙とは共振的に存していると考えられる。
 共振と言ったが、陰陽螺旋は現象界を形成するのであり、それは、その共振は、陰陽円=超越円での共振とは異なると考えられる。
 そう、陰陽円=超越円での共振とは、正確に言えば、即非共振である。
 それに対して、陰陽螺旋とは、単に共振である。つまり、陰陽円からMPにおいて、陰陽螺旋が発生するとき、即非共振エネルギーは、反発エネルギーを放出して、単に共振エネルギーになるのではないだろうか。
 この共振エネルギーが物質エネルギーではないだろうか。そして、このときには、電磁波が形成されるのである。陰陽即非極性から、正負極性、NS極性へと牽引極性が形成されると思われる。
 では、MP結合・融合(仮にそう呼ぶ)が起こり、現象が生起されるとき、放出される反発エネルギーはどうなるのだろうか。
 共振エネルギーが生のエネルギーならば、反発エネルギーは死のエネルギーではないだろうか。(あるいは、反物質エネルギーかもしれない。)これは置いておく。
 共振エネルギー(=電磁波おそらく)がプラスとマイナス、N極とS極の牽引極性を形成することになった。
 考察が錯綜しているので、整理しよう。
 陰陽螺旋は実は二つ考えられる。気という陰陽螺旋(これが本来である)と物質体という陰陽螺旋である。
 陰陽螺旋の語義に値するのは、前者であり、後者は牽引共振による物質螺旋である。(だから、上記の暗黒物質、暗黒宇宙であるが、それは、陰陽螺旋の内部世界のように思える。)
 牽引共振による物質螺旋において、つまり、電磁波による物質螺旋において、プラスとマイナス、NとSとの牽引極性が生じているのであり、ここに物質的二重螺旋の原型があるのではないだろうか(作業仮説とする)。
 ここで、四元数(しげんすう)の三つの虚数i, j, kの表わす三次元空間であるが、それは、この物質螺旋のもつ三次元空間を意味するのではないだろうか。具体的に言えば、例えば、朝顔の蔓であるが、それは、それ自体で三次元空間をもつのではないだろうか。そして、それは、気軸=天地軸を中心にもっているというように考えられよう。
 さて、ここで、飛躍的に、孫崎享氏の『戦後史の正体』の基本的力学に移動すると、それは、対米追従路線VS自主独立路線があるということである。
 前者は陽(自我、同一性)の路線であり、後者は陰(他者、差異)の路線と考えられる。つまり、従米路線は、陽霊路線であり、自主路線は陰霊路線と考えられる。
 一見、逆に見えるだろう。しかしながら、陽とは、自我主義であり、利己主義なので、自分が生きる為なら、追従はするのである。現実的である。
 それに対して、陰は他者主義であるが、この他者性とは盲目な他者追従ではなくて、他者存在認識主義である。つまり、他者を認知する性質をもつのである。
 故に、他者と自己との共存均衡を計る主義である。故に、追従ではなく、他者との関係に基づく自己独立路線を取るのである。正しくは、個立路線である。
 上述の「陰陽螺旋」で言えば、追米路線とは、物質的螺旋主義であり、自主路線とは、気の路線、気軸の路線であり、陰陽の即非共振バランスを取る考え方である。
 以上でざっとであるが、無双陰陽原理から、宇宙(とりわけ、暗黒物質、暗黒宇宙=ダークコスモス)から、DNAを経由して、『戦後史の正体』に至るまで、試論した。

追記:一つ大事なことを述べるのを忘れていた。
 日本的父権主義と西洋的父権主義の違いである。『戦後史の正体』を読むと米国の徹底した世界戦略を思い知らされるが、それは、端的に父権主義的知性に拠るものである。
 それに対して、近代日本を牛耳ってきた勢力も父権主義であるが、米国の父権主義の知性はそこには欠落して、盲目的である。
 この違いは何かと考えたが、今は簡単に言うが、それは、超越性ないし超越論性の有無に拠ると思う。
 西洋文明はユダヤ・キリスト教の超越神の伝統とプラトン、フッサール、カントの超越論的哲学の伝統をもつから、その父権主義は超越的ないし超越論的知性をもちえるのであり、それは、個人の感情・欲望を超えたものをもっていると考えられる。簡単に言えば、自我感情・欲望に曇らされない知性である。
 それに対して、そのような超越・超越論的知性の伝統をもたない日本の父権主義は、自我感情・欲望によって、知性が曇らされる必然性をもっていると考えられる。
 この差は決定的である。


追記2:近代日本を支配した日本父権派(知性が曇りやすい事大主義者)に対して、自主独立路線は、日本母権派である。それは、明治維新においては、否定された坂本龍馬、西郷隆盛らの路線である。この日本母権派こそ、陰霊・陰陽太極路線であり、真の日本である。

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2013年01月06日(Sun)▲ページの先頭へ
金融資本主義批判:金融資本=陽=イデア中心主義の為、協働=陰=存在を否定・抑圧する:二つの資本主義:イデア資本主義と陰陽共振資本主義
金融資本主義批判:金融資本=陽=イデアで協働=陰=存在を喪失:イデア資本主義と陰陽共振資本主義

テーマ:無双陰陽原理/トランス・サイエンス

金融資本主義批判:金融資本=陽=イデア中心主義の為、協働=陰=存在を否定・抑圧する:二つの資本主義:イデア資本主義と陰陽共振資本主義

これから、森気(樹)美容浴をしたり、明日からの仕事の準備のため、余裕がないので、ざっと言う。
 先に、プラトンのコーラに関して、それは陰=(原)存在ではないかと述べた。そして、陽=イデアということになるのである。
【プラトンのコーラと陰(肚):古代ギリシア文化は、陰(ディオニュソス)がベースで陽(アポロ)が開花  http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11442507200.html】
 この図式を資本主義に適用できると思った。即ち、

陽=イデア=金融資本

陰=存在=協働・共同力

陰陽共振によって、協働(共同)資本主義になる。そして、実際、二つの資本主義が今日併存していると考えられる。即ち、金融資本主義と協働資本主義である。
 前者は利己中心主義であり、後者は利他主義的である。(シュタイナー経済学は、資本主義における分業のもつ利他主義を説いている。)
 とまれ、重要な点は、陽=イデア=金融資本主義とは、実体、実在、現実、物質性が欠落しているということである。喩えて言えば、幽霊である。幽霊資本主義である。あるいは、ゾンビ資本主義である。
 これは、具体的には、グリーンバックや日本銀行券を輪転機でいくらでも刷れる、コピーできるということである。
 ところで、反対に言うと、社会主義・共産主義とは、陽=イデア=金融資本を否定して、陰=存在=協働・共同力だけを肯定したのである。そのために、創造的生産性が欠落して、瓦解したのである。
 結局、創造的協働資本主義には、陰陽共振が必要であるということである。陽=イデア=金融資本と陰=存在=協働・共同力の共振・共鳴・結合・融合・調和が必要ということである。
 わかりやすく言えば、

陽=イデア=資本

陰=存在=労働

の共振が必要であるということである。
 しかし、今日、陽=イデア=資本が金融資本主義として支配的なので、資本主義は世界=地星(地球)=自然、世界民衆にとって、破滅的になっているのである。
 創造的協働資本主義の構築のためには、個民から始める必要がある。個的経済共同体、個的通貨、個的共同体銀行等が必要になるだろう。
 陰陽共振共同体を創ること、これが、未来の燈である。

追記:イデア界は太極界として、プラトニック・シナジーplatonic synergyの考え方を否定したが、今、上記の視点では、プラトニック・シナジーの考え方が戻っているのである。だから、無双PS原理の名称を復活してもいいのである。
 思うに、無双PS陰陽原理ないし無双陰陽PS原理とするのがいいのではないだろうか。少し長くなるが。
 後で検討したい。


2013年01月04日(Fri)▲ページの先頭へ
易経批判:易経の父権的国家イデオロギー化:陰陽論が二項対立に変質:儒家と道家
易経批判:易経の父権的国家イデオロギー化:陰陽論が二項対立に変質:儒家と道家

『易経(上)』(岩波文庫)の解説を読み続けて、易経の陰陽論としての性格を喪失した事態が史的に生じたと確信した。それは、易経の父権化である。これは理論・哲学的に由々しき事態である。何故なら、無双陰陽原理から見ると、陰陽原理とは、基本的には、陰と陽とは対等であり、陽が主、陰が従となることはありえないからである。あえて言えば、陰陽原理は、名前から、陰が先で、陽が後であるから、陰が主であり、陽が従である。
 この点では、『老子』の玄牝(げんひん)を根源とする視点は正鵠を射ていると考えられるのである。
 『易経』は『老子』の視点、母権主義、無双陰陽原理の視点で理解、認識されないといけない。以下、問題の箇所を引用する。尚、問題個所に下線をつける。

「・・・、『太極とは天地未だ分れざるの前、元気混じて一と為るをいう』とあるのが、おそらく最も古義を得ていると思われる。この一元の気が変化してあるいは陰となりあるいは陽となって無限の作用をなすのである。ゆえに太極は陰陽を包括する大陽の気であるということができる。易の思想は、陰陽を対待して説くけれども、最も重んずる所は生成と発展を主とする大陽にあるのである。ゆえに太極もまた―を以って表わしている。易は『一陰一陽、これ道と謂う』といって、陰陽二気の作用を説くのであるが、それが未だ陰陽に分かれないであるいは陰となりあるいは陽となるところの根元的な一元気は、活動的流行作用を説く易にあっては、それが凝集静止する陰に属すべきものではなくて、活動流行の陽的なものであることが予想されなければならない。この一元気が陰陽に分かれて剛柔変化の作用をなし、陽徳を以って剛健となし陰徳をもって柔順となし、陽を以って陰をひきい、陰を以って陽に従うとなすのが、易の本旨である。ゆえに易は陰陽の二元を以って万物の理を明らかにするのであるが、尊ぶところは陽にあって、陰は陽に従いこれをうけるものである。道家が虚静無為を主とするのに反して、儒家が剛健正大の徳を尊ぶのは、またこれに基くのである。」p. 42)

「 3)国家、家族、朋友、処世
 繋辞伝の冒頭に『天は尊く、地は卑しくして乾坤定まる』とある。これは易における根本観念である。陰陽は相対するものであるが、易は陽を尊び陽を以って陰を兼ねることのできるものである。乾を君となし、坤を臣となす。君主は天の如く絶対的に尊厳であり、臣は坤道の如く柔順であらねばならぬ。これを易における国家に対する君臣思想とすることができる。」(p. 52)

以上の下線部から、易の陰陽論が、父権国家二項対立イデオロギーで変質しているのがわかる。変質というよりは、反陰陽論化である。陰陽論の破壊である。易経はこの時点で陰陽論ではなく、父権二項対立イデオロギー、西洋文明的イデオロギーに捻じ曲げられてしまったのである。
 まだ、詳述したいが、今は、ここで留める


『老子』を読む 6 | mojabieda Blog
mojabieda.jugem.jp/?eid=581 - キャッシュ
2009年1月7日 – その万物の源(谷神)と母性(玄牝)とを老子は重ねている。女性原理、母性原理というのか。老子の当時の社会で、女性がどのように見られ、扱われていたのかは知らない。しかし、はるかな過去からはるかな未来へとつづく万物の永遠の流れ ...

老子小話from有無 no-6
www.medianetjapan.com/town/meeting/.../no-6.htm - キャッシュ
これを玄牝といい、道の働きも、この玄牝と同じである。 玄牝の働きが現れる陰門から、万物が生まれ出るので、. これは天地(万物)の根源という。 ... 老子が生きていた春秋時代は、農民が地方諸国の国力を支えた。 有事には、農民は兵士となって国を防衛した ...





易経と無双陰陽原理

テーマ:無双陰陽原理/トランス・サイエンス
易経〈上〉 (岩波文庫)/岩波書店

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『易経(上)』(岩波文庫)の解説に無双陰陽原理の根本原理を説明すると考えられる文章があるので、引用したい。
 「次に何ゆえに--、−を以って陰陽を表現する符号としたかという問題が附随してくるのであるが、思うに金文等によって上古文字の変遷を考えると−は○から転化して来ているのであるから、−は円転性や連続性のものを表わし、したがって--は折断性(切断性?)や不連続性のものを表わすことになる。・・・そしてこの二つの符号を基本として、実際的に吉兆の判断をなす場合に、否定と肯定との作用をなすものとして運用されて来たものであろう。」(p. 13~p. 14)
無双陰陽原理では、−(陽爻)は、陽=頭=自我=同一性であり、陰との関係においては、連続的同一性をなすものである。これは、不連続的差異論の核心部分である。
 また、--(陰爻)であるが、陰は、不連続的差異論においては、不連続的差異であり、無双陰陽原理では、差異・他者であり、以上の説明にぴったり合うのである。

追記:
整理すると、

陽(−):連続性・・・同一性・・・自我・・・頭・・・合理性

陰(--):不連続性・・・差異・・・他者・・・肚・・・神秘性


『易』の構成 | 易経ネット
www.ekikyo.net/contents/kousei.html - キャッシュ
易』の構成. 『周易』の原文は、ポケット版の小冊子で150項ほどのもので、「経(けい)」と呼ばれる本文と「伝(でん)」と呼ばれる解説部分からなっています。 ... 鳥の翼がその全身を空気中に支えるように、『易経』の本文を助け支えるという意味で、. 彖伝(たんでん) ...

易経 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/易経 - キャッシュ
易経』(えききょう、正字体:易經、拼音: Yì Jīng )とは、古代中国の占筮(細い竹を使用する占い)の書である。符号を用いて状態の変遷、変化の予測を体系化した古典。中心思想は、陰陽二 ..... 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。 易経 ...

易経原文_frame
mokusai-web.com/shushigakukihonsho/.../ekikyou_body.h... - キャッシュ
易曰、見龍在田、利見大人、君コ也。 九三曰、君子終日乾乾、夕タ若、持ル咎、何謂也。子曰、君子進コ脩業。忠信所以進コ也。脩辭立其誠、所以居業也。知至至之、可與幾也。知終終之、可與存義也。是故居上位而不驕、在下位而不憂。故乾乾。因其時而 ...
周易 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/周易 - キャッシュ
周易(しゅうえき)は易経に記された、爻辞、卦辞、卦画に基づいた占術である。「易」の意味は、変化、蜥蜴、日月、など、昔から諸説ある。伝説によると易経は周王朝時代に成立した、中国で最初の書物とされているが、易経の繋辞伝は漢の時代に成立したもの ...
易、周易
homepage2.nifty.com/~meigaku/eki.htm - キャッシュ
易には、連山、帰蔵、周易の三種類あったといわれています(周礼)が、連山、帰蔵についてはどういうも のであったかまったく ... 易は占事に対して卦を立て将来の得失、吉凶を占うわけですが、周易は得卦の象を見てまた爻の示すとこ ろにより神意(自然の変化 ...
文王 (周) - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/文王_(周) - キャッシュ
文王(ぶんのう、ぶんおう、? - 紀元前1152年−紀元前1056年 寿命 97才)は、中国の周朝の始祖。姓は姫、諱は昌。父季歴と母太任の子。周王朝の創始者である武王の父にあたる。 文王は商に仕えて、三公(特に重要な三人の諸侯)の地位にあり、父である季 ...
周公旦 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/周公旦 - キャッシュ
魯の開祖で周公は称号と思われる。文王の第四子で、初代武王の同母弟である。次兄・武王の補佐を勤め、さらに武王の少子(年少の子)の成王を補佐して建国直後の周を安定させた。太公望や召公奭と並び、周建国の大功臣の一人である。 兄の武王存命中 ...


2013年01月02日(Wed)▲ページの先頭へ
作業仮説:小宇宙/大宇宙の照応:地球・水星・金星―太陽―火星・木星・土星
作業仮説:小宇宙/大宇宙の照応:地球・水星・金星―太陽―火星・木星・土星

先に、ミクロコスモス(内臓)とマクロコスモス(太陽系)の照応論から、太陽と地球は交換可能ではないかと言ったが、それでは、あいまいなので、太陽=心臓=MPを中心として、易の視点から構造化すると、上部の三つの爻を上から、地球=大脳、水星=肺臓、金星=腎臓とし、中心に太陽=心臓=MPが来て、下部の三つの爻を上から、火星=胆汁(胆のう)、木星=肝臓、土星=脾臓と作業仮説する。
 上部は主に外界、物質界に関わり、下部は主に内界、精神界に関わるとする。そして、中心、中間の太陽=心臓=MPは上部と下部との調和・均衡点である。そして、さらに、太極に通じているとする。
 太極界は、これまで述べたように、神霊界・霊界である。易=陰陽を統括しているポイントである。そして、ここに一元の神霊が存すると思われる。シュタイナーの説くアフラマズダ=キリストがここに位置すると思われる。それは、結局、霊的太陽、あるいは、ダーク・サンdark sun、さらには、dark Godではないだろうか。
 そう、中間・中心に太陽=心臓=MPを置いたが、ほとんど霊的太陽、ダーク・サンのように思える。
 丁寧に見ると、陰陽⇒気の図式において、⇒が太陽=MPとなり、気⇒太陽光なので、太陽=心臓=MPはやはり、霊的太陽、ダーク・サンとなろう。
 そして、大根源の太極界であるが、それは、ダーク・ゴッドとなろう。
 キリスト教三位一体論から見ると、父=太極、子=太陽(霊的太陽)、聖霊=陰陽共振ではないだろうか。
 ここで、西洋占星術の宇宙進化論を考えると、双魚宮(うお座)の時代とは、陰が存しながらも、陽に傾斜し、陰陽バランスの喪失した文明エポックであり、今や、宝瓶宮(水瓶座)の文明エポックに移行しつつあると考えられるが、それは、陰陽バランスの調和をもたらすと考えられる。キリスト教三位一体の用語から言うと、聖霊=陰陽共振の文明エポックということになる。
 無双陰陽原理から見ると、それは、新しい子=太陽(霊的太陽)をもたらすのである。しかし、それは、キリストの再臨ということになるだろうか。
 宇宙(コスモス)進化は、螺旋的に回帰すると考えられるので、同じキリストの再臨は考えられない。シュタイナーは、エーテル体(気界)において、キリストが視覚(霊視)できるようになると述べていた。
 無双陰陽原理から見て、子(キリスト)=太陽(霊的太陽)は、聖霊=陰陽共振からもたらされるのだから、新たな強い気エネルギーに背後にキリストが霊視できるようになるように推測できる。
 とまれ、今は上記の作業仮説が主眼である。



B:陰のもつ神秘性の意味:何故、陰は超越性と直結するのか。

これは、以前、考えたことがあるが、まだ判然としないので、ここで簡単に考えたい。
 陽領域は、同一性領域であり、合理性が形成され、対象と分離した悟性(知性)がもたらされる。
 しかし、陰領域は、対象と一体となる直観・直感的感性、共感性が存する。そして、さらに、それは、超越性、霊性に通じていると考えられる。
 以前、この問題に悩んだのである。陰自体にそのような性質があるのか、それとも、陰が陽と共振して、そうなのか、と。
 経験から言うと、陰自体が神秘性、超越性を帯びるのである。それは正しいように思える。
 ならば、それと陰陽共振=MP、あるいは、太極との関係はどうなるのか。陰陽共振が太極と通じているのであり、それが神秘ではないのか。
 考えると、陰陽共振は気エネルギーを産出するのであり、それは、神秘というよりは、物質的現象、生命的現象である。もっとも、その背後に太極があるだろうが。
 それに対して、陰自体は、陰陽共振ではなく、内的宇宙(コスモス)であり、外的宇宙と通じると感じられる。
 そう、それが的確だと思う。陰領域に内的宇宙の内臓があるからである。
 これで解明できた。神秘主義、ロマン主義は、陰の世界なのである。


トランス・サイエンス文明の新時代、気の復権の革命的意義、ミクロコスモス–マクロコスモスと無双陰陽原理
トランス・サイエンス文明の新時代、気の復権の革命的意義、ミクロコスモス–マクロコスモスと無双陰陽原理

1)トランス・サイエンス文明の新時代
 科学は、より厳密に言えば、自然科学は、真理としては、証拠として、物質的再現性が要求される。言い換えると、仮説にたいする反復できる物質的検証が絶対的要請である。
  しかしながら、それは、陽=頭脳=自我のもつ同一性の原理に基づく考え方である。それは、陰陽精神における、陽中心主義の精神であり、陰のもつ能力を軽 視、無視・看過した思考法である。(思うに、カント哲学における内観という視点には、陰に通じるものがあるように感じられるが、カントの直観はあくまで、 外界中心だと思う。)
 とまれ、陰とは、肚である。(胸や心としての心臓であるが、それは、太極に通じるMP【メディア・ポイント】として考えているが、それは陰陽分極・双極の均衡点・交流点であり、陰と陽の両面をもっていることになる。)
 肚は内界(神秘学では、ミクロコスモス)である。そして、直観・直感、(気的)感性、魂、精神、意志(おそらく)、情動、神秘、他の性質をもっていると考えられる。
  この陰の精神は、陽の精神のような同一性をもたず、差異・他者の領域であり、物質的同一性の視点が通じない世界である。故に、端的に、陽精神に基づく自然 科学の視点はここには、厳密には適用できないのである。(もっとも、物質的に、観測はできるのであるが、物質という枠を通してである。)
  無双陰陽原理は、陰領域を陽領域より重視するので、自然科学の視点は一面的であると考えるのであるが、陰領域を記述することはできるが、もはや自然科学の 証明法が使用できないのである。直観を重視した陰陽哲学科学、即ち、無双陰陽原理をトランス・サイエンスとして位置づけ、物質文明に堕した西洋文明を乗り 越えるトランス・サイエンス文明の到来を唱える次第である。
 もっとも、先に述べたように、トランス・サイエンスは、サイエンスを包摂して乗り越えた学知として位置付けられるのであり、サイエンスの営為を肯定するものである。ただ、唯物主義を否定するのである。

2)気の復権の革命的意義

私は20代初期から、心と物質の関係で大いに苦悩・苦悶した。初め、物質主義と心的理性論を結合すればいいと考えた。しかし、それは、明らかに折衷であり、統一した理論ではない。
 結局、90年代、故湯浅泰雄氏らの気に関する著書を読んで、気が物質的身体を超越することを確信し、私の知は革命的に進化したのである。それまでは、唯物論的枠組みに囚われていて、外界における物質的制限から逃れられなかったのである。
  ちなみに、西洋文明においても、実は気に相当するものは、近代史の出発点に出現したと思われるのである。それは、イタリア・ルネサンスである。フィチーノ の人間精気(スピリトゥス)は、端的に、気、あるいは、陰陽霊を指すと思われるのである。その後、ガリレオ・ニュートンの機械論が支配的になり、人間精気 論は忘却されるのである。
 イタリア・ルネサンスとは何か。これは、南欧のもつ母権文化、陰文化の発現であったと思う。あえて言えば、東洋的なのである。

3)ミクロコスモス/マクロコスモスと無双陰陽原理

  今は余裕がないので、考察できないが、一言言えば、易の卦、即ち、上部の三つの爻と下部の三つの爻であるが、これは五臓六腑に関係すると思われる。内臓は内宇宙であり 、それは、太陽系の惑星に関係するようだ。
 そして、無双陰陽原理であるが、陰陽円において、折り畳まれた螺旋を考えると、陰領域に三つの陰体、陽領域に三つの陽体を想定することができる。これらを内宇宙=内太陽系の諸惑星と考えてみたい。
 そのときの問題は、太陽と地球の位置づけである。これまでの議論の流れでは、中心、MPに内的太陽を置くのが妥当であるが、そうすると、地球は、上部の陽領域になってしまうのである。
 地球を中心、MPに置くことも考えられるが、そのとき、太陽が陽領域に位置することになる。それは、また、これまでの議論にはそぐわないのである。
 結局、太陽と地球をどう捉えるのかということになる。
 どうも、両者は共通する要素があるのではないだろうか。つまり、交換可能な面があるのではないだろうか。そういう意味で、太陽地球、地陽球のような視点があっていいのではないだろうか。
 とまれ、今は問題提起に留める。





日本集団的自我とは何か:弥生農耕民族の集団主義を利用した支配的父権的自我である

テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族

検討問題:日本集団的自我とは何か:弥生農耕民族の集団主義を利用した支配的父権的自我である

A. 集団的自我(半自我-半集団的自己、自我と集団の未分化的自己)と自我(父権的自己)と個の区別

 集団的自我というのは、日本人だけに存するとはいうことはないが、とりわけ、一般的には、日本人には、独特のそれが強いと思う。それは、半自我-半集団的自己とでもいうものである。
 それは、言い換えると、カメレオンのような自己であり、そのとき、そのときの場、状況に応じて、変身する自己である。言わば、一種のご都合主義である。風見鶏である。
 ただし、単純に変化するということではなくて、力関係、権力力学に応じて、変化するのである。自分が劣位な環境にあると思えば、優位なものに取り入るため、優等生ぶるのであり、逆に、優位な環境にあると思えば、劣位なものに対して、見下す、傲慢な態度をとるのである。
 ここには、自己同一性はないだろう。何故なら、環境依存の自我が存するのであり、自我、自己、個において、自立・独立していないからである。そう、明らかに、自我と社会環境との未分化な自我が存すると言えよう。
 そして、この未分化な自我(自己)が、日本の権力層や愚民層を占めていると考えられる。これは、父権・封建制(とりわけ、江戸時代の封建制、また、明治維新以降の中央集権制)と弥生農耕集団主義との融合によって形成された日本独特の自我(自己)であると私は考えている。
 この集団的自己であるが、直観的には、自我、利己主義と呼びたい。そう、当然、近代的自我ではありえない。何故なら、それは、自我的個体として独立していないからである。
 この非近代的自我である自我・利己主義の力学はいかなるものか。端的に、野放図な自我である。しかし、単に陽の自我だけでなく、陰の他者も存しているのである。しかし、あくまで、陽が主であり、陰は従である。陰は陽に利用されるのである。
 そう見ると、この集団的自己力学とは、基本が父権主義であり、それに集団的母権主義が付随していると考えることができる。
 だから、これは、支配者の力学であることがわかる。原日本の母権民族に進入したと考えられる父権民族の力学である。しかも、三つの母権民族のうちで、もっとも利用しやすい弥生農耕民族の集団文化を取り込んでいるのである。
 ということで、日本の集団的自我の力学が明らかになったと考えられる。
 この、言わば、集団的父権的自我は、当然ながら、今日、現代でも、支配的なのである。そう、ヘゲモニーをもっているのである。
 この体制を崩さないと日本人は自由になれない。そう、個として、自由になれない。
  私見では、日本的個の原形は、縄文民族、あるいは、ツングース系民族に存する。そして、日本伝統文化は、本来、個をベースにした共同性の文化であると考え ている。つまり、母権的個の文化、母権的個的共同的文化である。(これまで、個的共同体と呼んできたが、果たして、共同体と言えるのか問題がある。しか し、自発的共同・協働性はあると思う。)
 この母権的個的共同文化社会が明治維新、戦後、小泉政権後、破壊されてきた。日本人はまったく洗脳されていて、個的自由を喪失しているのである。
 とまれ、一言、処方箋を言えば、肚に帰れ!である。肚に母権的個的共同性の母胎があるからである。


B. オカルト学からトランス・サイエンス:

オカルト生理学 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

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シュタイナーの『オカルト生理学』は、無双陰陽原理によって、明解になると思う。ただし、「オカルト」という用語は、胡散臭いので、「トランス・サイエンス」とでもすべきである。即ち、『トランス・サイエンス生理学』である。


C. ミクロコスモス(内宇宙)とマクロコスモス(外宇宙)の照応:トランス・サイエンス=神秘学の奥義

これは、Bのシュタイナーの本の視点を、無双陰陽原理から読み直すとより整理
されるように思う。




2012年12月30日(Sun)▲ページの先頭へ
検討問題:螺旋回転の問題:太極→陰陽円→MP→気→螺旋生命物質体
検討問題:螺旋回転の問題:太極→陰陽円→MP→気→螺旋生命物質体

テーマ:無双陰陽原理

検討問題:螺旋回転の問題、その他

1. 螺旋回転の問題が難しい。螺旋の起点は、円周にあるのか、MP(メディア・ポイント:つまり、螺旋の中心の始点)にあるのか。やはり、二重に考える必要があるようだ。
 陰陽円=超越円がある。そこには、陰陽双極子が回転している。これは、陰陽霊界の事象である。しかし、その回転は、現象界(三次元空間)を産み出す。陰陽円の中心を直交する力が働き、陰陽円はいわば、現象円となり、螺旋回転が生起し、螺旋形状が形成される。
 直観では、直交する力は気である。気の中心軸(気軸とする)の周囲に螺旋回転が形成されると思われる。思うに、気軸が天地軸である。そして、螺旋形状が宇宙・自然生命体、生命現象・生命物質体である。
  例えば、朝顔の蔓は、気軸=天地軸(垂直軸)を中心にして、螺旋的回転を行うと考えられよう。だから、朝顔において、蔓の螺旋の内部に気界が存するように 考えられる。そして、樹木の場合は、中心の幹に気軸があると考えられる。つまり、幹は、気に満ちていると考えられる。そう、気は天地を垂直に貫いていると いうことになる。
 以上のように、思考実験的に考えて、整理すると、陰陽円とはやはり、超越的次元、霊的次元に存するのであり、陰陽霊が作動する領域であり、陰陽共振がなされる領域であるが、陰陽共振は、気を発出するのであるが、それは、MPを介してと考えられる。
 正確に言えば、気はMPで形成されるのであり、それまでは、陰陽霊である。
 私は超越界は内在的超越界であると述べているが、それは正に、MPの本性であると考えられる。説明すると、気は人体内に存する。それは、心身に浸透している。だから、気は内在的である。そして、心身自体にMPがある。だから、心身のMPを 介して、超越界に通じることが可能なのである。故に、超越界(陰陽円)は内在的超越界である。【太極であるが、それは、陰陽円を超えた存在である。だか ら、果たして、それは内在的超越界と呼べるかどうか問題である。内在性からは、陰陽円の超越界に通じることが可能であるが、太極まで達することができるだ ろうか。しかし、陰陽相補性を直覚したとき、陰陽は即非的極性であり、一(いつ)であるという認識があるだろう。だから、陰陽円に通じたとき、やはり、太 極に達していると見ていいと思われる。だから、言い換えると、太霊があり、それが、分極・双極化して、陰陽霊となる。そして、陰陽霊が共振して、気(生命 霊)が発出し、螺旋的生命現象・生命物質体を形成していくと考えられる。】
 ここで四元数(しげんすう)に関係させると、複素数i, j, kと実数1であるが、以上の視点に拠れば、これまで、三つの複素数を空間三次元と見、それらが、螺旋形状を形成すると仮説してきたが、それは上記の論に適合すると言えよう。わかやすく言えば、朝顔の蔓とは、複素数i, j, kの三次元に位置するということになる。
そして、いちばん問題であった実数1であるが、今や、それは、気であるということになったのである。

1=気 

である。しかし、感覚-物質界的には、光であろう。しかし、それは言わば、仮象である。本体はあくまでも、気(エーテル体)である。
 今はここで留める。


2. 父権-封建制の精神的遺制の存続する現代日本:半自我―半集団的自己の日本人:自我と位階(ヒエラルキー)的集団の未分化様態:個の形成に必要な他者意識の欠落:自我を他者に投影している自我同一性の意識様態

  おそらく、この一種奴隷根性は、弥生農耕集団文化社会が、父権的支配社会の下に置かれたときに、発生したように思える。もっとも、初期は生きるための手段 であり、おそらく、例えば、面従腹背という生存方法である。しかし、時が経つにつれて、それが習慣になり、本来の集団文化社会(一種の共同体)の維持から 外れて、保身的習性となってしまったのではないだろうか。
 これを敷衍して言うと、米国に隷従している日本の政権は、この父権支配下における弥生農耕集団文化社会の「奴隷根性」をもつ、大資本家と結託した政治家、官僚、司法管理者等によって占められてきたと考えられる。
 この隷属するタイプは、何度も指摘するが、森鴎外の『阿部一族』の柄本又七郎に見い出せると考えている。 
 とまれ、父権・封建制下の農耕集団文化社会のもつ隷属的エトスが日本人の個的自立の形成を阻害していることは確かだと考えられる。
 この隷従エトスであるが、それは先にスノッブ(俗物)の意味をあげたが、まったくスノッブである。上位、優位の者に取り入れ、下位、劣位の者を見下すというものである。
 明治維新は父権主義が勝利して、このスノッブな人間が上層を占めるようになったのである。とまれ、一言で言えば、父権的集団的隷従エトスが近代・現代日本権力の「イデオロギー」と言える。





検討問題:トランス・サイエンスとしての無双陰陽原理、その他
テーマ:無双陰陽原理
1.トランス・サイエンスへ向けて:

無双陰陽原理から見ると、科学、悟性・知性とは、陽=頭=自我=同一性=悟性(知性)=アーリマンの原理である。
 つまり、陰=肚=他者=差異=感性(直観・直感、心魂性、精神性)=ルシファーが欠落しているのである。
 科学とは、真理の再現性を要求する。それは、陽の同一性の視点に基づくものであり、陰の事象については、それはあてはまらない。なぜなら、陰の領域は、差異、絶対的差異、特異・単独的差異の事象の領域であり、同一性の真理は適応できないからである。
わかりやすく言えば、直観・直感の領域は合理的には、記述できないからである。 
もっとも、陰の直観・直感領域は、普遍的であると考えられる。これは、悟性(知性、言語)では、指し示すことはできても、真理自体であることは不可能である。これは、各人、感じるしかないのである。
し かし、感得した人間同士はそれを理解し、コミュニケーションできるのである。この陰=肚(正確には、胸も含むが)の内界は、陽=自我=頭の科学では認識不 可能であり、科学の対象になりえないのである。せいぜい、肚の太陽神経叢を物質的に観測するしかないだろう。もっとも、それは意味がないということではな いが。
と まれ、陰=肚=他者=感性(直観、直感、魂、精神)=内的存在を理解、意識、認識するには、科学ではなく、トランス・サイエンスが必要であると考えられる のである。日本語で、超科学と言いたいところであるが、それはなにか胡散臭い感じを与える語弊があるので、使用できない。
ト ランス・サイエンスとは、科学を超えたものであるが、それは、科学を否定するのではなく、科学を内包・包摂して超越したものである。だから、内超科学、包 超科学とでも日本語で言えるかもしれないが、それでは、ぴんと来ない。故に、トランス・サイエンスと呼ぶのである。(メタ・サイエンスという言い方も可能 かもしれない。しかし、メタでは、超越ではなく、超越論的な意味合いがあるので、使用できないと考える。トランスとは、あくまで、超越性を意味するのであ る。もっとも、正確には、内在的超越性であるが(この意味で、内超科学とは呼べるだろうが)。
もう少し丁寧に言うと、陽の科学を内包し、超越した学ということで、トランス・サイエンスなのである。あくまで、科学を基盤としているのである。(思うに、科学と学を区別すべきである。今日、科学万能であるが、学が存すると考えられる。これについては、後で検討したい。)
とまれ、トランス・サイエンスは感性・直観・直感・心魂・精神学であるが、それは、言語で記述できるであろうし、それは、科学の成果と照合可能である。というか、科学の成果と比較照合するようにして、確固とした、説得力のあるものとなろう。


2.陰陽円=超越円と内的空間:
超越円とは、当然、物質現象界を超越しているが、単に超越しているのではなく、内在的に超越していると考えられる。
 先にMPから、現象が飛び出すと述べたが、そのような考え方だと、超越界と現象界が二分化されてしまうだろう。
 気の世界(気界と呼ぼう)は、現象界にも当然、存在しているのである。朝顔で言えば、蔓の螺旋空間に気界が存していると考えられる。そう、自然空間は、一般に、気界である。螺旋的事象ないし渦巻的事象に満ちた自然・宇宙空間はぶ、気界と考えられる。
 だから、厳密に言えば、陰陽円とは、気界ではなく、原気界、即ち、陰陽霊界である。そして、それが、MPを原点、起点、始点として、現象界に気的物質界(生命的物質界)を形成すると考えられる。つまり、現象界とは、単に物質界ではなく、気的物質界なのである。
  思えば、アインシュタインが相対性理論を確立する前、物理学では、光の媒体として、エーテルの存在が問題になったが、マイケルソン・モーリーの実験によ り、それが否定された。しかしながら、トランス・サイエンスである無双陰陽原理に拠れば、気が存するのであり、光は当然、気を背景にもっているのである。 否、光(太陽光)の本体が気(気光)と考えられるのである。だから、気(シュタイナーではエーテル体)は媒体ではなく、本体である。太陽光とは、気(気 光)の影である。D. H. ロレンスが説くようにダーク・サンが正しい。
 そう、トランス・サイエンスの無双陰陽原理に拠って、科学は超克されることになるだろう。

3.超言語学へ:外界言語と内界言語:後者は、内界の感性、精神を指すが、その対象は、概念・観念とは別の存在である。そう、内的存在である。それは、言語観念・概念を超越した外部に存するものである。

以上、まだ言い足りないが、帰省中で、マックから、BBポイントを介してネットにアクセスしているので、そろそろ、出て行かなくてならないので、ここで留める。








仮説:回転は垂直の力を生む:回転する陰陽双極子は陰陽円に螺旋回転し直交する力を生み出す

テーマ:無双陰陽原理

先に、陰陽双極子の回転と螺旋回転について言及した。
 問題は、そのメカニズムなのである。私の知識では、的確に解明できないのである。
 そこで、仮説ないし作業仮説ということで、タイトルのようにした。(実は、竹とんぼを思いついて、このような発想が浮んだのである。)
 そのようにして、イメージすると、陰陽双極子は、気の双極子であり、それが、回転、螺旋回転すると、電磁波を発生させるように思える。
 イメージでは、外部が電磁波、物質体であり、内部が気である。
 言い換えると、外部とは外界、物質界であり、内部とは内界、精神界である。
 物質科学は、前者を観測しているのであり、後者をまったく看過していると考えられる。
 気の科学は、当然、後者を主にして、前者を従にして考えることになる。漢方はそのような考え方である。
 今は、イメージ、直観で考えているだけで、思考実験である。
 結局、外界とは、陰陽双極子の螺旋回転の外部であり、そこに三次元空間と時間を見ていることになる。
 時間は、陰陽円に直交する力が作っているように思える。
 さて、問題は、先に陰陽円とガウス平面とを結びつけて考えた点である。
 陰陽円は端的に、ガウス平面上にはない。まったく別である。それは、超越円である。
 その超越円において、陰陽双極子が回転しているのであり、その超越性を破るようにして、螺旋回転が生じると考えられるのである。
 そうすると、先に、内部は内界、精神界と述べたが、内部は、超越円の世界ということになるだろう。
 そう、超越界はあくまで、二次元平面であろう。
 そのように考えると、超越界から現象界への外化であるが、発生点は何だろうか。
 発生点は、陰陽円=超越円の中心であるMPではないだろうか。この中心点=MPから現象が飛び出すのではないだろうか。
 もっとも、それは、いわば、原生命体である。それは螺旋回転している。しかし、最初は、渦巻状態ではないだろうか。その後、螺旋回転へと展開するのではないだろうか。(これは検討問題。)
 思うに、蔓植物であるが、例えば、朝顔であるが、種子とは、中心点=MPの物質化したものではないのか。それは、陰陽円の原回転運動をもっており、現象的には螺旋的に蔓を伸ばすと考えられよう。
 そう、MPの物質体としての種子という着想がここで生じた。
 それは、陰陽双極子の回転運動を内在しているように思われる。
 今は、雑駁であるが、ここで留める。



2012年12月26日(Wed)▲ページの先頭へ
螺旋回転の力学:陰陽円における第一半回転物質過程と反転時点と第二半回転精神過程
新啓示=黙示録の時代:自我=陽=父権の民族の発狂:他者=陰=母権の民族の勃興

今はまだ不明であるが、太極が一種回転していて、それが、時間によって、螺旋的回転になり、今や、ある段階の一回転(サイクル)が終わり、新たな段階での一回転(サイクル)が始まる時になったと思われるのである。
 そして、旧い回転(サイクル)から新しい回転(サイクル)に進展する時、新たなエネルギー、つまり、太極エネルギーが注入される、参入・流入するように思われるのである。
 これは陰陽共振エネルギーでもあるから、当然、気エネルギーの注入・参入・流入である。また、それと同時に、より高次のエネルギー、霊的エネルギーも注がれているように思われるのである。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11433084189.html

先に以上のように書いたが、螺旋回転の力学について、もっと詰めていきたい。
 わかりやすく言うと、原点のゼロ・ポイントがあり、ここから、差異共振によって、新しい情報エネルギーが生起する。
 そこではまた、時間も生起して、空間が形成される。
 螺旋回転の力学に重要なのは、情報エネルギーではなく、その根因の陰陽力学である。
 今は思考実験として、試行錯誤したい。
 陰陽円で考えよう。これは、実はガウス平面で考えるとわかりやすいので、ガウス平面で考えると、陰陽軸は虚軸である。そして、陰陽双極子としての気が存する。
 陰陽が陰陽軸=虚軸に存するとき、それは、百パーセント陰陽共振を行なう。これが原点=ゼロ・ポイントである。
 しかし、双極子は回転し、差異共振の側面は減衰していく。今は、とりあえず、反時計回りの回転を考えよう。
 反時計回りに90°回転すると、陰陽双極子は、陽が−1、陰が+1となる。これは、陰陽が完全に物質化された状態ではないだろうか。
 次に、さらに、90°回転すると、つまり、始めからだと、180°回転である。
 そうすると、陰陽双極子であるが、陽は陰となり、陰は陽となる。つまり、陰陽反転様態である。
 思うに、当然、ここが半回転であり、折り返し点である。そして、その次の90°回転、つまり、最初からだと、270°回転の場合、陰陽双極子は、陽が+1となり、陰が−1となる。これもなんらかの物質化を意味しよう。そして、さらに90°回転、つまり、最初からだと360°回転、つまり、一回転すると、元に戻る。しかしながら、時間が発生しているので、螺旋回転になり、これは、最初の位置よりは、進展している原点になる。
 以上のように考えると、陰陽双極子の一回転において、陰陽共振の極大点は三つある。即ち、最初の時点と半回転した時点と一回転した時点である。
 最初の時点と一回転した時点は、始点となるから、わかりやすいが、半回転の時点の様態の意味がよくわからない。
 とまれ、少なくとも、始点(同時に終点でもあるが)において、純粋陰陽共振が行われ、情報エネルギーがもっとも強いということは理解されることである。
 問題は半回転の時点での陰陽双極子の意味である。ここでも明らかに一種の陰陽共振は為されると考えられる。
 しかし、陽が陰となり、陰が陽となった時点での陰陽共振とは何か。
 今の段階での作業仮説では、それは、反転移動を意味するのではないだろうか。それまで、反時計回りで、左円を形成していたが、半回転後からは、右円を形成するということではないだろうか。
 つまり、これは、左右の逆転でもあるということではないだろうか。鏡の反転と言えるのではないだろうか。(ルイス・キャロルで言えば、鏡の国である。)
 だから、陰陽共振は、いわば、逆陰陽共振とでも言うものになるのではないだろうか。しかし、ここでも、エネルギーは極大的だと思う。しかしながら、新しい段階の回転は作らない。
 ざっと以上のように考えて、やはり、原点・始点(終点)において、陰陽共振のエネルギーが純粋に発動することがわかる。どうも、これが、根源の情報エネルギーのように思える。その後は、減衰していくが、反転において、おそらく、逆情報エネルギーが発動する。そして、それから、終点(新しい始点)へと向うということだろう。
 思うに、反転時点での逆情報エネルギーとは生体で言えば、成長から衰退への転化をもたらすエネルギーを意味するのではないだろうか。
 熱力学ではエントロピーの増大である。
 しかしながら、それは、生命物質体の物質体にあてはまることと思われる。
 逆に、精神は物質の衰退といわば反比例して、成長するようになると、成熟するようになると思われる。これは、もっとも、一般的にである。個々人によって、様態が異なると考えられる。唯物論に染まった人は、精神成長が著しく妨げられるだろう。そして、悪徳化していくことだろう。
 とまれ、反転時点において、物質体は衰退過程に入るが、精神体は成熟過程に入ると思われる。(ここで、心理学者のユングが言った中年の危機を想起する。)
 そう、反転時点とは、陽が陰となり、陰が陽となる。つまり、逆転であり、無双陰陽原理から言うと、頭が肚となり、肚が頭となることであり、それは、両極の交流、相互形成、試練・鍛練・陶冶を意味するだろう。
 頭が肚と通じ、肚が頭と通じるということである。つまり、外界と内界との交流である。物質界と精神界の交流である。
 しかし、近代主義、近代合理主義、唯物論に染まっていると、この重要な交叉交流を阻害してしまい、人間は精神の危機を迎えると考えられる。端的に、心の病である。
 今日、世界的にこの危機を迎えていると思う。先に、陰陽が牽引せずに、乖離背反する状態になっていると述べたが、それはこのことと一致するだろう。
 世界的カオス=狂気の時代、黙示録時代である。
 私見では、双魚宮(魚座)文明の回転(サイクル)は終わりに近づき、新たな宝瓶宮(水瓶座)文明の回転(サイクル)に入りつつあるのだ。魚座サイクルの終点すなわち、水瓶座サイクルの始点に近づいているということである。
 闇はますます濃くなるが、同時に黎明、曙光、夜明けの光がますます感じられる時代・エポック・エァラと考えられる。
 私見では、超越光、気の光、大光が見え出しつつあるのだ。
 そう、新たな霊性の時代である。新しい霊的次元が感知、認知できる時代になっていると考えられる。
 今日、物質的次元で、人間界では、大狂気が演じられている。金融資本主義という唯物経済がこの原因である。
 新たな霊的次元に覚醒し、新しい世界、新しい政治・経済・社会・文化のシステムを創造・構築すべき進化時代になっているのである。
 
追記:以上の考察では、陰陽円とガウス平面を同一視しているが、ガウス平面を設置する場合、四元数と齟齬を来すので、首尾一貫させるには、思うに、ガウス平面ではなく、陰陽円に即した平面が考えるべきである。とりあえず、陰陽円、陰陽平面を前提とする。

追記2:後、時間のことについて、述べなくてはならない。

追記3:ユングは中年の危機に起る人生の反転をエナンティオドロミアと呼んでいた。

参考:
アペイロン、エナンテオドロミア、プシコイド
2008-08-29 00:22:24 | 随想
■エナンテオドロミア(エナンティオドロミア)は、古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスに由来する概念です。
自然哲学の用語で、一方に偏ったものが他方の極に向かって変化することを指し、ユング心理学では、一面的になった意識を無意識がバランスを保つべく作用することを意味します。

アナクシマンドロスは、無限定であるところのアルケーは、神的で不滅なアペイロンから、暖かいものと冷たいもの、乾いたものと湿ったもの、などの性質の対立するものが分離したと主張しました。さらに争い合うこの対立するものからは地・水・火・風が生じ、また星辰や生物が生じたとして、こうした掟にしたがって、やがて争いの罪を贖って死滅すべきもので、すべてはアペイロンへ戻ると唱えました。

アペイロンはペラス(有限)に対立しますが、アナクシマンドロスはそれがすべての生成の源であると考え、人生とは、個人の内面にあって、外在的現実への没頭、執着から顔をそむけ、内面的世界の探求へ視線を移す動向の予兆を示すものとなります。またその逆の過程も考えられます。このような契機において、個人の探求は、それ自体無限に深化するだけでなく、深化の過程で再びエナンテオドロミアの動向をはらむこととなります。

――ユングは、無意識層のさらに深部には、プシコイドとよぶ領域があり、精神と物質が渾然一体となって万象のカオスに繋がっていると考えました。私たちが出来事の偶然として認識する、説明不可能でふしぎな体験には、集合的無意識と現実との作用を同時共調させる未知のエネルギーが働く場合があるのではないかと考え、シンクロニシティの仮説をたてました。そしてシンクロニシティの現象は、プシコイドを循環するエネルギーの強弱や方向性によって惹き起こされると推論したのです。


〈アペイロン、エナンテオドロミア、プシコイド〉_1

〈アペイロン、エナンテオドロミア、プシコイド〉_2
http://blog.goo.ne.jp/syncr/e/85e7b02c9ca1d38b3a47b08eeebef0ee
人生の謎學
―― あるいは、瞑想と世界


ユング5-3

3 心的エネルギーのシーソー



 フロイトとジャネ、この二人がユングの心的エネルギー論の先駆者と言えるわけですが、この人たちに共通しているのは、心のエネルギーの総量は一定していると仮定したことです。総量が変わらないというのは物理学におけるエネルギー保存則の見方ですが、それを心のエネルギーにも適用している。

 そして、意識がエネルギーを使っている状態と、無意識の中でエネルギーが使われている状態がある。意識と無意識の間で、エネルギーが行ったり来たりする。行ったり来たりが交互に繰り返されるということです。エネルギーが行ったきりで、一生分裂病のままでいる人もいますが、普通は無意識の方へ行ったきりでそのままということはあまりない。意識の方へ戻ってくる、行ったり来たりするほうが普通だと彼らは考えたんですね。

 これは言ってみると、シーソーみたいなものです。シーソーみたいにエネルギーは流れると考えた。この見方が最も当てはまるのが躁鬱病ですね。躁のときにはエネルギーがあるように見えますが、これは意識の方にほとんどのエネルギーが来ているからです。普通の人は、意識的に行動しているようですが全部意識的というわけではないんですよ。エネルギーが100%意識で使われているわけじゃない。躁のときには100%近く意識で使われているから、活動的で元気がある。しかしこれは長続きしないんです。しばらくするとダーッと落ち込んでしまって、何もやる気がしなくなる。この時には意識にはエネルギーがなくて、ほとんどが無意識の方に行ってしまっている。意識的には何もできなくなってしまう。これが鬱病の状態です。つまりは極端な行ったり来たりを繰り返すのが躁鬱病です。エネルギーの行き来の振幅があまり大きいのは危険ですね。

 エネルギーがこのように行ったり来たりする状態を、ユングは「エナンティオドロミー」と言いました。エナンティオドロミアというギリシア語は、古代ギリシア哲学者のヘラクレイトスの言葉です。ヘラクレイトスの「万物は流転する」という言葉は有名ですが、これは万物は対立し争いながら、その対立する相手の方に変化していく、しかし対立しても元に戻って、全体としては調和しているのだという見方です。例えば、天にあるときは火であるが、この火が地に降りてくると水となる。水は土になる。しかし土はまた水に戻って、その水はさらに火になって天に戻っていく。ユングは『元型論』で、精神(ガイスト)は天にあって火であるが、現代は地上に降りて水になっていると言っていますが、これはこのヘラクレイトスの言葉をふんでいるんです。こういった逆転現象が心にも見られるとユングは考えました。

 つまり、意識的な状態が、ある一面的な状態に偏ると、それに対する反動現象が起きて、「補償」ということが出てくる。そういう意味では「反動」というのはいいことです。これが起きないと、一面的になりすぎるわけですから。

http://www007.upp.so-net.ne.jp/rindou/jung5-3.html



心とこころを響かせて : エナンティオドロミア(enantiodromia)

とにかく、「辛と幸」の字が非常に似ているということを認識した時点で、
すぐに頭に浮かんできたのは、「エナンティオドロミア」という言葉でした。

「エナンティオドロミア」について、ユング派分析家で現大阪大学教授の老松克博先生は、
このように説明されておられます。

「『エナンティオドロミア』について説明しておく。
これは古代ギリシアの哲人、ヘラクレイトスの術語で、文字どおりには「逆転」「反転」を意味する。
万物の生々流転の原理を表わすもので、中国の陰陽思想に近い。
陰陽の言葉を用いて説明するならば、陰の極まるところおのずから陽が現われ、
陽の極まるところおのずから陰が現われる、ということである。
状況は極端になると反転する。
宇宙のいっさいは、そのようにして変転していく。
この原理は、心という宇宙で起こる諸現象にも当てはまる。
無意識は極端を嫌う。
意識のなかで偏りがひどくなってくると、反対のものが無意識からおのずと現われてきて補償しようとするのである。」

http://twinbells.blogo.jp/archives/1627336.html
心とこころを響かせて


「アニマ・アニムス」と「エナンティオドロミア」 - Ameba


「エナンティオドロミアの法則」とは、

意識が極端に偏ると、バランスをとるために

無意識が反対方向に補償する働き。


陰陽の思想でいう、「陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず」太極図

ユングの思想と、陰陽の思想の一致。


夢の中に、アニマ・アニムスが出てくるときに、

エナンティオドロミアが起きやすくなると言われます。



アセンションは、二極化されていたエネルギーの統合が

重要なテーマだと言われています。

「男性性と女性性の統合」音譜


文明の終わりと始まりは、エナンティオドロミアの繰り返しですね。。

近代化された現在の世の中は、男性性が強く出ていますが、

でも今回は、男性性が極まっても、次は女性性に転じない、

どちらにも偏らない真ん中、中庸を目指してるんですね
http://ameblo.jp/mametantantan/entry-11401760965.html
Peaceful Landscape。・:,。☆

Enantiodromia - Wikipedia, the free encyclopedia
en.wikipedia.org/wiki/Enantiodromia - キャッシュ - 類似ページ
Enantiodromia (Greek: ἐνάντιος, enantios, opposite + δρόμος, dromos, running
course) is a principle introduced by psychiatrist Carl Jung that the
superabundance of any force inevitably produces its opposite. It is equivalent to
the principle of ...
http://en.wikipedia.org/wiki/Enantiodromia


2012年12月24日(Mon)▲ページの先頭へ
アポロとディオニュソス:陽と陰:古代ギリシアと古代日本:陰陽結合共振:奇蹟の二つの古代文化
参考のリンクは以下を見られたい。
http://sophiology.jugem.jp/?eid=200

アポロとディオニュソス:陽と陰:古代ギリシアと古代日本:陰陽結合共振:奇蹟の二つの古代文化

テーマ:二つの日本民族:母権民族と父権民族

新啓示=黙示録の時代:自我=陽=父権の民族の発狂:他者=陰=母権の民族の勃興
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11433084189.html

光は闇であり、闇は光である:「きれいはきたない、きたないはきれい」『マクベス』の魔女の言葉
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11432346716.html

超越神と太極:陽=自我=父権の民族が太極エネルギーを超越神・唯一神と捉えるだろう
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11432156704.html

アントロポゾフィーと無双陰陽原理:自我=陽=アーリマンと他者=陰=ルシファーと陰陽均衡=キリスト
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11431487047.html

以上のように考察を進めてきて、今、ニーチェが『悲劇の誕生』で説いた有名なアポロとディオニュソスについて、明快になったと直観した。
 即ち、端的に、アポロとは陽=頭=自我=父権であり、ディオニュソスとは陰=肚=他者=母権ということである。
 これは、まったく古代ギリシアの史実に合致する事柄である。即ち、古代ギリシアは東地中海の母権・女神文化民族を基底にもっているが、そこへ父権民族のアカイア民族が到来して、母権・女神文化民族を征服したのである。しかしながら、ベースの母権・女神文化民族は強力であり、父権民族はそれを根絶できずに、それと習合したのである。即ち、象徴的に、ディオニュソスとアポロの結合である。母権と父権の結合である。
 これが、古代ギリシア文化の本質であり、それをニーチェが『悲劇の誕生』でほぼ解明したと言えるのである。
 ニーチェはディオニュソスを音楽、アポロを美術に喩えたが、それは正鵠を射ていると言える。
 無双陰陽原理から見ると、ディオニュソス=肚、アポロ=頭であり、前者は聴覚的であり、後者は視覚的であるからである。
 問題は両者の結合の意味することである。
 それは、当然、陰陽共振、ディオニュソスとアポロの共振である。それは、無双陰陽原理では、気エネルギーを意味した。おそらく、ディオニュソスとアポロの共振も気エネルギーを意味したはずである。
 ルドルフ・シュタイナーは、古代ギリシアの彫刻は、人体のエーテル体を表現したものと述べているが、エーテル体とは正に、気である。気の身体である。
 ニーチェが範をとったギリシア悲劇であるが、それは、果たして、陰陽共振の芸術であろうか。
 『オイディプス王』を見ると、アポロの方が勝っていると言えよう。実母と結婚してしまったオイディプスであるが、それは、アポロ側の婚姻の法から見ると侵犯であるからである。ディオニュソスからそれをどう判断するのかはわからないが。
 また、アイスキュロスのオレステイア三部作であるが、それは、明らかに、母権と父権の闘争である。つまり、ディオニュソスとアポロの闘争である。陰と陽の闘争である。
 そして、第三部において、和解が生じるのである。それは、アポロ側の法とディオニュソス側(復讐の女神)の神格化である。
 結局、アポロとディオニュソスの和解であるが、それは、現実的には、ギリシア民主主義の肯定となるが、背景には、霊的次元があることを認識しないといけない。
 この霊的次元をなくしたのが、近代主義、近代民主主義である。
 そう、無双陰陽原理の視点から見ると、陰陽の霊的次元が古代ギリシアにはあり、近代には欠損しているということである。
 とまれ、本題に戻れば、ニーチェが説いたアポロとディオニュソスの原理とは、陰陽原理であり、両者の和解とは陰陽共振であり、調和であり、気エネルギーの形成を意味するのである。
 そう、プラトンの対話篇に感ぜられる心地よい雰囲気であるが、それは、古代ギリシア人に感知されていた気の空間ではないだろうか。
 言い換えると、古代ギリシア人は気を感じて、偉大な文化、民主主義を形成したのである。
 そして、そこから、プラトン哲学を考えることが可能である。イデア論とは何か。
 それは、当然、気の世界に関係するし、さらに、太極の世界に関係するだろう。イデア界とは先に触れたように、太極であり、イデアの型とは、陰陽共振の気の情報にあるのではないだろうか。これについては、検討課題である。

追記:古代日本について言うのを忘れたが、これは既述済みなので、簡単に言うと、基底の三つの母権民族(縄文民族、弥生民族、ツングース系民族)と上層の父権民族(おそらく、ユダヤ民族と中国の父権民族)の結合から、古代日本は誕生したのである。それが、記紀神話に表現されていると思う。
 ただし、古代ギリシアに比べて、ディオニュソスより、アポロに傾斜している向きがある。
 そう、日本人は、音楽より、美術に秀でている。それは、ここに根拠があるのでないだろうか。
 今はざっと言うに留めた。

追記2:上述の論は、いかにも、アポロとディオニュソスの二元論の趣がある。しかし、それでは、ニーチェの視点と同じである。もっとも重要な点は、アポロとディオニュソスが陰陽極性を形成するということである。両者を切り離すことができない、不可分一体ということである。不二一元論である。この両極性を理解しないと古代ギリシア文化の本質を逸することになる。つまり、古代ギリシア文化は単に西洋文化の源流だけではなく、本質として、東洋文化であったということである。太極陰陽論が古代ギリシア文化に存していたということである。

追記3:古代ギリシアの秘密はまだまだ、奥深い。問題は、例えば、ギリシア神話のゼウスの位置付けである。それは、主宰神とされるが、実は、大女神に似た生産的特徴がある。これをどう見るのか。
 いちおう、以下のように仮説しよう。即ち、大女神・母権文化であるが、それは、陰をベースにしながらも、陽を包摂していた。その陽の位置にゼウスが収まったということではないだろうか。故に、母権文化をベースにしつつ、陽の位置に父権文化が入ったということではないだろうか。
 思うに、古代日本もそうではないだろうか。基底の母権天皇制があり、その陽(太陽)の位置に父権天皇が入ったということではないだろうか。
 

参考:
古代ギリシア
古代ギリシアの民主政
古代ギリシア2
古代ギリシア - Wikipedia
男爵ディーノ_「悲劇の誕生」読解メモ
ニーチェ『悲劇の誕生』
“ディオニュソス的なもの”と“アポロン的なもの” - Keyword ...
アポロン的なもの と ディオニュソス的なもの - T_NAKAの阿房ブログ
アポロン(Apollon)とディオニュソス(Dionysos): ブゾーニとラバン ...
松岡正剛の千夜千冊『母権制』ヨハン・ヤコプ・バハオーフェン
母権制とはいかなる概念か
ルドルフ・シュタイナー - Wikipedia
エーテル体 - Wikipedia
オイディプス王 - Wikipedia
オレステイア - Wikipedia
アイスキュロスの「オレステイア」(芸術論02)
プラトン
第16講義「イデア論」 - ギリシア哲学への招待状
'プラトンのイデア論'とはどういったものなのでしょうか? - Yahoo!知恵袋
イデア論 - Wikipedia
イデア - Wikipedia
プラトン - Wikipedia
Plato - Wikipedia, the free encyclopedia

* Works by Plato at Perseus Project - Greek & English hyperlinked text
* Works of Plato (Jowett, 1892)
* Works by Plato at Project Gutenberg







新啓示=黙示録の時代:自我=陽=父権の民族の発狂:他者=陰=母権の民族の勃興

テーマ:無双陰陽原理

超越神と太極:陽=自我=父権の民族が太極エネルギーを超越神・唯一神と捉えるだろう
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11432156704.html

先に以上の小論で、父権民族は太極ないし陰のエネルギーを超越性として捉えると述べた。
 これは私のまったくの主観であるが、今日、新たに、太極エネルギーが、参入している(influence: 【占星】 (天体から流れて来る霊液が人の性格・運命などに与えるという)感応力(の働き).[株式会社研究社 新英和大辞典第6版])と思われるのである。
 そう、私は西洋占星術のプラトン年の考え方を支持している。簡単に言えば、星座(宮)による時代の変遷(進化)の考え方である。今は、双魚宮(魚座)から、宝瓶宮(水瓶座)への転換期である。
 今はまだ不明であるが、太極が一種回転していて、それが、時間によって、螺旋的回転になり、今や、ある段階の一回転(サイクル)が終わり、新たな段階での一回転(サイクル)が始まる時になったと思われるのである。
 そして、旧い回転(サイクル)から新しい回転(サイクル)に進展する時、新たなエネルギー、つまり、太極エネルギーが注入される、参入するように思われるのである。
 これは陰陽共振エネルギーでもあるから、当然、気エネルギーの注入・参入である。また、それと同時に、より高次のエネルギー、霊的エネルギーも注がれているように思われるのである。(追 記:注入、参入と言っているが、正しくは、内入、内注である。あるいは、内注入、内参入である。influlenceであるが、もともとは占星術の用語で ある。参照:in・flu・ence 〔初14c;ラテン語 influentem (流れ込んだ).「in- (中へ)+-flu (流れる)+-ence=流れ込むもの」〕[ジーニアス英和大辞典 株式会社大修館書店])
 とまれ、陰陽共振エネルギーであり、陰と陽が賦活されるわけであるが、先に述べたように、当然、陰エネルギーも活性化するのである。
 しかしながら、近代(モダン)という時代は、陽=頭中心主義の時代であり、陰=肚を閉鎖しているのである。
 思うに、一神教が誕生したとき、父権民族の預言者たちが、太極エネルギー、陰エネルギーを受信したわけであるが、そのとき、無意識において、陰=肚=魂はMPを介して、開いていたと思われる。
 だから、預言者はMPを介して、高次のエネルギー(高次の情報エネルギー)を受信し得たと考えられる。一種シャーマン的にである。
 しかし、21世紀の今日、近代主義化して、今や、陽=頭中心化していて、陰=肚は鎖されていて、新たな高次のエネルギーは注入されなくなっているのではないか。
 高次のエネルギーは人間の魂に入ろうとするが、その魂が鎖されているので、参入できないと考えられる。否、正確に言えば、陰に高次エネルギーは参入して いるのである。しかしながら、陽と共振すべく媒介となるMPが閉じているので、陽と共振できずにいると考えられるのである。
 すると、陰エネルギーはMPに強く働きかけるのであるが、MPはダムのように閉じたままなので、陰エネルギーは行き場を失うのである。
 おそらく、反動化した陰エネルギーは、陽の世界を襲うようになると思われるのである。つまり、衝動化である。それも、破壊、攻撃的衝動である。
 なぜ、破壊、攻撃的であるのか。陽と共振すれば、調和的な気エネルギーとなり、積極的、創造的なものとなるだろう。
 しかしながら、陽と共振できない陰エネルギーは、思うに、反気的衝動、アンチ・気的衝動になるのではないだろうか。
 当然、生命エネルギーである気が破壊されるだろう。そのために、人間は、元気を喪失するし(うつ病の蔓延)、また、陽に拠るコントロールをもたないために、おそらく、陰エネルギーが元来もつ破壊、攻撃的エネルギーが発動すると思われる。つまり、暴力的衝動化である。
 当然、暴力、犯罪、戦争等が起ることになる。
 しかし、もう少し丁寧に解明すべきである。
 直観では、陰エネルギーがMPを介して、陽へと進入しようとする。しかし、それに対して、陽側は、陰エネルギーの進入を抑圧するのである。なぜなら、近代主義の陽は、陰を抑圧しているものであるからである。
 しかし、今や、陰エネルギーが新たに賦活化されていると考えられるのである。故に、ここに陰エネルギーと陽エネルギーの単なる衝突が生じて、陰エネルギーと陽エネルギーはそれぞれ、反動化して、暴発すると思われるのである。
 この牽引なき背反の状態が今日、父権的人間の精神に起きていると考えられるのであり、それは、カオス=狂気であると言える。
 つまり、端的に、暴力的衝動が父権的人間の精神に起きていると思われるのである。それは、利己主義、エゴイズムの暴力化であるから、悪の暴力化である。つまり、黙示録化である。
 そう、他者を否定、抑圧、攻撃する暴力的衝動が過剰に強化されていると考えられる。やはり、黙示録時代である。
 夜明け前の闇である。

追記:旧い回転(サイクル)から、新しい回転(サイクル)への進展と述べたが、これは、旧いエネルギーから新しいエネルギーへのチェンジと捉えることができるだろう。
 言い換えると、旧い陰陽共振エネルギー(あるいは、旧い霊的情報気エネルギー)から新しい陰陽共振エネルギー(新しい霊的情報気エネルギー)への転換である。
 旧いものは、もう消尽されたのであり、新しいものを創造することはで きなくなっている。そう、気エネルギーが欠落しているのである。それに対して、新しいものは、新たな気エネルギーをもっていて、元気なのである。また、単 に元気なだけでなく、新しい霊的情報(霊知=グノーシス)をもっているので、真に創造・建設的なのである。
 旧い文明にはない霊知(グノーシス)をもっているのであり、それによって、新しい文明を創造すると考えられるのである。
 端的に、西洋物質文明を超克する新東洋霊物文明である。これは、物質を包摂した霊性文明である。

参照:
偽キムチ右翼が安倍圧勝を歓迎、自公別動隊野田一派が祝杯、ブッシュの八百長選挙加担者ヒラリー失脚で被害者ケリーが就任である  ★阿修羅♪ 掲示板 H.24/12/22


親和性が高く小沢が緑の党を通じて日独を結びつけたのは大仕事であり極東の雄とEUの雄に太いパイプができた事は両国にとっても

人類にとっても朗報でありユーラシア共同体が使命のプーチンも大仕事がやりやすくなった筈である。

小沢にとっては日本をワールドシリーズで優勝できる国にしようとしているのでありセリーグやパリーグで八百長優勝にしがみつく

クズなどはなから相手にしていないのである。

とはいえ不正を正すことも大事であるがブッシュの不正選挙に加担したヒラリーが失脚しその時割を食ったケリーが後任に就くとは

粋な人事である。

911が偽ユダヤの自作自演と公然と語られるのに10年かかったが光が定着しスマフォが登場して不正が暴かれるスピードが加速

しており衆院選の八百長が暴かれるのも時間の問題だろう。
『文殊菩薩(ブログ版)』





「全く反対なことでも 言葉にすると余計に近いですね」

テーマ:無双陰陽原理

光は闇であり、闇は光である:「きれいはきたない、きたないはきれい」『マクベス』の魔女の言葉

すずらんさんから、上記の記事に以下のコメントをいただきました。感謝。

「全く反対なことでも

言葉にすると余計に近いですね」

との意見はそういう感じ方もあるのかと思いました。
この陰陽的極性の見方は、古代中国人の見方です。おそらく、今日の中国人にもあると思いますし、日本人の無意識にもあると思います。
 この陰陽の見方ができる人は、賢者になります。近代合理主義は、正しいか否かの二元論で、陰陽極性論を否定しています。

*************************

とっても 深いですね(*^▽^*)

全く反対なことでも

言葉にすると余計に近いですね(‐^▽^‐)

不思議です

すずらん 2012-12-22 15:05:25 >>このコメントに返信





光は闇であり、闇は光である:「きれいはきたない、きたないはきれい」『マクベス』の魔女の言葉

テーマ:無双陰陽原理

頭=陽(光)=自我=アーリマン=同一性=知性(悟性)=金融資本=父権主義=近代=唯物論=一神教(唯一神、男・父神)
   
        VS・MP(理性・聖霊)

肚=陰(闇)=他者=ルシファー=差異=魂性=協働資本=母権主義=トランス・モダン=気(霊)論=多神教(女・母神)


注:上の図式(無双陰陽図式とでも呼ぼう)の陽を陽(光)、陰を陰(闇)とした。
 ただし、それほど単純ではない。実は太陽光には、超越光が存すると思う。 そう、気の光、気光である。それは、一般的には不可視の光であるが、精神の眼には見えるのである。それは、闇の光と言ってもいいだろう。しかし、正確に は、陰陽共振、太極の光、大光である。Great Lightである。
 






超越神と太極:陽=自我=父権の民族が太極エネルギーを超越神・唯一神と捉えるだろう

テーマ:manichaeism: 哲学

アントロポゾフィーと無双陰陽原理:自我=陽=アーリマンと他者=陰=ルシファーと陰陽均衡=キリスト

先に以上のように書き、頭=自我=陽=アーリマン=同一性のフレームがよくわかった。
 カントの超越論的形式、超越論的悟性はここに存しよう。ただし、時間は超越論的形式ではないと思う。
 とまれ、以上から、超越神の問題への糸口が見えたと考えられる。
 即ち、超越神とは、上記のフレームを超越する存在であるということになる。
 だから、例えば、陰からの強い働きかけが陽にあったとき、陽はそれを超越したものと感じるだろう。
 つまり、陰のエネルギーが陽に強くはたらきかけたとき、それは、MPを介して、陽に参入するだろう。
 しかしながら、陽はMPを認識できないのであるから、参入した陰のエネルギーは陽にとり、超越的なものと捉えられると考えられるのである。
 これが、端的に超越神である。陽=同一性に作用するので、当然、同一性的超越神、即ち、唯一神になると考えられるのである。
 もし、陽中心主義ではなく、陰の文化をもっているときは、陰のエネルギーは調和的となり、内在神的になるだろう。
 ところで、陰のエネルギーと言ったが、根源は、太極の一のエネルギーに拠ると考えられる。
 それが、陰陽的に分極化すると考えられる。そのとき、陽中心だと、それが、超越的、唯一的なものになると考えられるのである。
 日本のベースは母権民族、即ち、陰の民族であるから、太極的はたらきかけは、陰陽共振的で、内在的な多神教になると考えられる。
 父権民族において、太極エネルギーは超越的なものとなるのである。
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という啓典の宗教は、母胎は当然、父権民族ということになる。



2012年12月22日(Sat)▲ページの先頭へ
気と免疫:無双陰陽原理から免疫を考える:思考実験:『呼吸-血-免疫』システム
余裕がないので、ごく大雑把に述べたい。
 免疫とは簡単に言えば、生体内に入った異物を攻撃し、排除する生命システムであり、生命の中枢的機能の一つと言えよう。
 そう、自己と非自己の認識が重要である。無双陰陽原理から見ると、自己とは個である。陰陽均衡をもつ個である。それに対して、非自己とは個である陰陽均衡を破壊するものである。
 思うに、個体の生命気波動があり、それが、異物の気波動によって阻害されるのであり、それに対して、免疫システムは作用するのである。
 思うに、異物を認識する必要がある。それは、無双陰陽原理では、MP(メディア・ポイント)がセンサーなので、それが、異物気波動を認識して、それに対抗するなんらかのもの形成すると思われる。
 反異物体の形成である。これは、抗体ということであろう。
 この異物認識から対抗する反異物体の形成であるが、思うに、これは思考実験であるが、異物の陰陽を共振させないようになんらかの波動ないし物質体の形成が考えられる。
 今思いついたことは、陰1○陽1を異物の陰陽体とする。
 これに対して、陰1に対する陽2、陽1に対する陰2を異物に当てるのである。
 そうすると、陰1は陽1と共振せずに、陽2と共振し、また、陽1も同様である。
 その結果、陰1○陽2、陰2○陽1の二つの別の陰陽体が生まれるのである。これは、もはや、異物ではない。おそらく、両者、生命力が弱く、すぐ死滅するようなものではないだろうか。
 以上はまったくの思考実験である。

追記:乳酸菌と免疫力であるが、飯山一郎氏が述べるように、白血球を活性化させるということで、いいのだろう。
 思うに、人類は、初期から、乳酸菌と共生していたのではないだろうか。
 そう、逆に言うと、白血球とは強力な、攻撃的な生命力をもっていると言えよう。おそらく、気が白血球には強く作用していると思われる。
 先に、

気→血→免疫システム→生命物質体

と書いたが、

気→血-免疫システム→生命物質体

のように変えた方がいいだろう。血-免疫システムである。
 先には呼吸を入れなかったが、呼吸も生命活動の中枢の一つである。だから、

気→『呼吸-血-免疫』システム→生命物質体

である。
 そう、『呼吸-血-免疫』システムとは循環器系と消化器系の結合したシステムである。


参照:

Thu, April 21, 2011
乳酸菌で免疫力を高める:飯山一郎のHPから
テーマ:放射能汚染と闘う知恵:光合成細菌、乳酸菌
◆ 2011/04/21(木) 免疫力:放射能を浄化する! (2)
いま,日本人にとって最も必要な情報は何か?
それは…,
放射能が降る街に住みながらも,一人一人がしぶとく生き残っていく生き方!
つまり,「放射能に勝つための生活情報=サバイバル技術」です.

できるなら,放射能が降りつづく街になど住みたくない!
こんな街から出ていきたい! 遠く西のほうに逃げていきたい!
しかし…,
放射能が降る街を去ることが出来ない….

関東平野にも,日本の首都・東京にも,濃密な放射能が降り注ぎ,舞い散る…,
こんな見たこともない,考えたこともない悪夢が現実になってしまった今…,
私たちは,いったい,どう生きていったらいいのか?

放射能にも負けずガンにも負けぬ丈夫な体をつくるには,どうしたらいいのか?
この答をさぐるために,先ず私たちは,ガンの発生機序を勉強してきました.
ガンの発生機序とは,正常細胞がガン細胞に変化する仕組みのことです.
放射線=電磁粒子(鉄砲玉)が,テロメア=遺伝子を破壊するからガンになる….
このテロメア破壊がガンの原因だということは,私達の“常識”になりました.
この“常識”がまだ分からないヒトは,このあたり に戻って,読みなおして下さい.
命にかかわる問題なんですから!

いよいよ本題に入ります.
ガンにならない方法.ガンになっても,ガンを消滅させる方法です.
結論から言います.
免疫力を高めればガンにはなりませんし,できてしまったガンも消滅します.
では,免疫力とは何か?
免疫力とは,元気で丈夫な白血球のことです.
とくにマクロファージと呼ばれる白血球が元気なら,ガンにはなりません.
じゃあ,マクロファージを元気にするためにはどうしたらいいか?
答を言います.
乳酸菌です.乳酸菌.
大切なことなので,2回言いました.   \( 乳酸菌だぞ!)/

たたかう老人! 飯山一郎の ハッタリなしの 口演会場 .http://grnba.com/iiyama/
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-10868290690.html

マクロファージ - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/マクロファージ - キャッシュ - 類似ページ
マクロファージ(Macrophage, MΦ)は白血球の1つ。免疫システムの一部をになう
アメーバ状の細胞で、生体内に侵入した細菌、ウイルス、又は死んだ細胞を捕食し消化
する。また抗原提示を行い、B細胞による抗体の作成に貢献する。別名大食細胞、貪食
細胞 ...

白血球 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/白血球 - キャッシュ - 類似ページ
分葉核球になる前には核が大きく曲がったジェリービーンズ様の桿状である段階がある(
桿状核球)。殺菌性顆粒はリソソームの一種であり、ゴルジ体(内網装置)で作られる。
直径は12〜15μmであり、白血球の中ではリンパ球より大きく、単球・マクロファージより ...


免疫を詳しく見る|バイオのはなし|中外製薬
chugai-pharm.info/hc/ss/bio/antibody/antibody_p01.html - キャッシュ - 類似ページ
免疫は、どのような意味でしょうか? 免疫とは「疫(えき)から免れる(まぬがれる)」、
すなわち「伝染病」などからのがれるということを意味する言葉です。 たとえば、一度「は
しか」などの伝染病にかかったほとんどの人はその伝染病にかからなくなります。これを
「 ...

免疫とは何か。 - がんサポート情報センター
www.gsic.jp/immunity/mk_01/02/index.html - キャッシュ
免疫とはなにか。体の中でどんな働きを ... しているのか。 「がん免疫療法」はどこまで
進み、何が課題なのか。免疫研究とその臨床応用の最前線で指揮をとる慶應義塾大学
医学部先端医科学研究所細胞情報研究部門教授の河上裕さんに解説していただいた。

細胞性免疫と体液性免疫
kanri.nkdesk.com/hifuka/men16.php - キャッシュ
細胞性免疫と体液性免疫. 最初のほうで少しだけ述べた細胞性免疫と体液性免疫、この
二つの理解がまとめとなります。 細胞性免疫とは抗体(Ig)の絡まない免疫のことでTh1
や単球、顆粒球が活躍します。 体液性免疫とは抗体(Ig)が絡む免疫のことでTh2、B ...


アントロポゾフィーと無双陰陽原理:自我=陽=アーリマンと他者=陰=ルシファーと陰陽均衡=キリスト
アントロポゾフィーと無双陰陽原理:自我=陽=アーリマンと他者=陰=ルシファーと陰陽均衡=キリスト

テーマ:無双陰陽原理

昨日、思いついたが、余裕がなかったので、書けなかった。今も、余裕がほとんどないので、簡単に触れるだけである。
 近代(モダン)とは結局、自我=陽=アーリマンが中心化した時代と言えよう。
 これと近代科学、科学的技術は結びついている。唯物論的科学・技術ということである。
 言い換えると、近代とは、自我中心主義、利己主義ということである。
 これは、当然、万人の万人に対する戦争という状態を生むのである。これは、永遠の戦争ということであり、結局は、破滅路線である。
 ところで、近代文化において、自我=陽=アーリマン=近代合理主義・唯物科学・技術=金融資本主義に対して、言うならば、他者=陰=ルシファーの文化があった。
 それは、簡単に言えば、精神文化と言っていい。しかしながら、近代合理主義が主であり、精神文化は従である。つまり、陽の陰に対する優位があるのである。
 今日、他者=陰=ルシファーの文化がほぼ忘却されて、自我=陽=アーリマンの文化が中心化してしまっているのである。
 そう、ポスト・モダンという近代の乗り越えの哲学的運動があったが、結局、十分に理解されることなく、流行で終わってしまった。
 因みに、不連続的差異論(これは、「海舌」氏と私の合作した独創的理論である。不連続的差異論とPS哲科学 ( 3 ) http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10050337795.html)は、ポスト・モダンの欠点を超克した理論であり、ここから、真の近代の乗り越えが始まると言っても過言ではないと考えている。無双陰陽原理は、この上に立って、陰陽論を展開しているのである。そして、ポスト・ポスト・モダンとして、トランス・モダンを唱えているのである。
 トランス・モダンとは、結局、自我=陽=アーリマン中心のモダンの乗り越えのために、他者=陰=ルシファーの絶対的差異性、絶対的独立性を説くものである。
 つまり、後者は前者とはまったく異質なものであり、前者は後者を取りこめないのである。そう、認識不可能と言ってもいい。(追記:頭は知的認識性、肚は直観的存在性と言えるのではないだろうか。西洋文明、近代は前者中心で後者を忘却しているのである。ハイデガーの存在論であるが、私の説く肚=直観的存在性とは関係がないように思える。しかし、かつて、『存在と時間』に関して考察したとき、ハイデガーの存在がMPに近いものをもっていることを述べたことがある。そうすると、ハイデガーの存在論は、肚=直観的存在性に通じるものがあるのかもしれない。これは検討課題である。参考:ハイデガー現象学 (8) http://sophio.blog19.fc2.com/blog-category-81.html )
 そう、明快にするために、身体局所を付与していいだろう。即ち、自我=頭=陽=アーリマンと他者=肚=陰=ルシファーである。
 結局、頭に対して、肚の独立性を確認する必要があるのである。これによって、自我=近代帝国は崩壊するのである。そう、金融資本帝国も崩壊するのである。(現代は、近代の反動の時代であり、悪が反動的に跋扈しているのである。黙示録的である。)
 とまれ、肚=陰=他者の独立性を確認することが絶対的前提であり、これと頭=陽=自我との新たな関係の主観的並びに社会的構築がトランス・モダン進化ということになる。
 どうも、肚=陰=他者が頭=陽=自我よりも主になるべきように感じている。もっとも、物質的生活のためには、後者が主となる必要はある。
 だから、やはり、シュタイナーが説くように、両者の均衡(キリスト)が必要になるのだろう。
 しかし、シュタイナーの説くキリストであるが、それは、正しくは、聖霊ではないだろうか。本来のイエス・キリストは、肚=陰=他者の意義を説いたのではないだろうか。つまり、本当のキリスト教とは、東洋的知恵であるということである。
 因み、肚=陰=他者と頭=陽=自我との均衡調和としての聖霊とは、正に、陰陽共振であり、太極的である。
 今日は、正に、西洋文明の黄昏の時代であり、頭=陽=自我=ユダヤ・キリスト教の時代の黄昏であるが、それらが、反動化して、凶暴になっていると考えられる。
 簡単に言えば、世界金融資本と世界民衆との闘争の時代になっているのである。これが、経済的黙示録である。
 ここで想起すべきは、シュタイナーの経済学講座である。彼は、資本主義は利他主義的であると述べているのである。これは、私が言う差異共振主義である。そして、出口が金融資本主義的なのである。
 つまり、資本主義は、内部に肚=陰=他者の文化を形成しているのである。
 だから、トランス・モダン資本主義が可能であり、それは、民衆が資本主義の主体になることである。それは、差異共振資本主義、共同体資本主義、恊働的資本主義である。
 今日、これを目指すべきなのである。
 とまれ、今日、頭=陽=自我=アーリマン=金融資本が反動的に支配している。これを打破する必要があるのである。
 これは、実は光の現象界の中心化を意味しよう。光が悪になっているのである。
 そして、陰の闇に善的未来があるのである。
 そう、最後にこの光と闇の不思議な関係について述べよう。実はこれがいちばん述べたかったことである。
 視覚は当然、光の世界に関係する。それは、主として、外界である。それは、感覚・物質的世界である。
 そして、人間はそれを言わば、頼りに生きているのである。視覚の優位性である。
 問題は視覚美と頭=陽=自我=アーリマン=金融資本との関係である。
 とまれ、視覚美とは何か。
 自然は基本的には美しい。そして、女性も一般的には美しい。
 女性の場合は官能性が入るだろう。
 とまれ、両者、視覚美である。
 問題は、美とは何かである。私の主観では、今日、視覚美と頭=陽=自我=アーリマンは結びついているが、果たして、それは、本質的なのか。
 直観で言えば、二種類の美がある。いわゆる、感覚美と精神美である。
 思うに、本当の視覚美とは、両者の結合したものだろう。
 自然美はそのようなものだと思うし、女性美もそのようなものだろう。
 しかしながら、今日は、頭=陽=自我=アーリマン=金融資本が支配しているので、美は本来的ではなく、感覚美に傾斜し、精神美が希薄になっていると言えよう。
 つまり、美を利己主義が支配しているために、感覚美が支配し、精神美は忘却されていると言えよう。
 そう、感覚の眼(肉眼)で見るのか、精神の眼(心眼)で見るのかとではまったく異なるのである。
 それによって、物が異なって見えるのである。
 そう、精神の美とは、魂の美と言ってもいい。
そして、それは、音楽と強く結びついていると言えよう。
 ニーチェは、音楽からの美術の誕生を説いたが、それは、陰から陽が生まれるという発想で、東洋的と言えよう。
 今日は、「美術」が音楽を抑圧しているのである。感覚が精神・魂を抑圧しているのである。
 そう、ここには、意識のヒエラルキーがあるのである。近代主義のヒエラルキーがあり、頭=陽=自我=アーリマン=金融資本が肚=陰=他者=ルシファー=協働資本を支配抑圧しているのである。
 前者が支配・権力層であり、後者が被支配・民衆層である。
 前者は攻撃的であり、後者はその被害を受けるのである。
 そう、述べるのを忘れていたが、前者は父権主義であり、後者は母権主義である。だから、付加すると、

頭=陽=自我=アーリマン=金融資本=父権主義=近代

           VS

肚=陰=他者=ルシファー=協働資本=母権主義=トランス・モダン

という図式ができる。
 無双陰陽原理から言えば、前者は後者を否定するが、後者は前者を包摂して、新しい世界を創造することができるのである。それが、トランス・モダン進化、新東洋・新母権的進化である。


追記:同一性、差異、知性(悟性)、魂性、理性、MP(メディア・ポイント:陰陽均衡点、そして、太極点)、そして、一神教、多神教も図式に入れてみると、

頭=陽=自我=アーリマン=同一性=知性(悟性)=金融資本=父権主義=近代=唯物論=一神教(唯一神、男・父神)
   
        VS・MP(理性・聖霊)

肚=陰=他者=ルシファー=差異=魂性=協働資本=母権主義=トランス・モダン=気(霊)論=多神教(女・母神)
 

追記2:シュタイナーはキリストは陰ではないかと上述したが、そうすると、キリストとルシファー(悪魔の一人)は一致してしまう。
 だから、上述の論は問題がある。検討課題にしておく。


追記3:やはり、キリストは、シュタイナーの説くように、両者の均衡と見る方が妥当だと考えられる。なぜなら、イエスは、「汝自身を愛すごとく、隣人を愛せよ」と言っているのであり、そこには、自我が含まれているからである。
 イエス・キリストの教えを陰とするのは、間違った解釈になるだろう。D. H. ロレンスはこの点で間違っていたと考えられる。陰はあくまで、ルシファーの教えである。神秘主義である。


追記4:追記3で、ルシファーは神秘主義と書いたが、想起したのは、キリスト教が誕生する前後の何世紀において勃興したグノーシス主義である。シュタイナーは、グノーシス主義を背景にして、キリスト教が広まったと述べていた。
 グノーシス主義は、アンチ物質主義、つまり、アンチ・アーリマン主義の神秘主義であり、ルシファー原理と言えよう。
 そうすると、アーリマン的物質主義文化において、ルシファー原理のグノーシス主義を借りて、キリスト教は、神秘主義的に、キリストの教えを説いたと言えよう。言い換えると、陰=肚をベースにして、キリスト教は受容されたことになる。陰のキリスト教である。
 しかしながら、ローマ帝国の国教となると、権力のアーリマン主義によって、陰のキリスト教から陽のキリスト教へと変質してしまったと考えられる。それこそ、恐るべき帝国主義化されたキリスト教の始まりではないのか。
 

アントロポゾフィー - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/アントロポゾフィー - キャッシュ - 類似ページ
アントロポゾフィー(独: Anthroposophie)とは、オーストリア帝国出身の神秘思想家
ルドルフ・シュタイナーが自身の思想を指して使った言葉である。またこれは、一般に人
智学と訳されている言葉の音訳である。「アントロポゾフィー」と「人智学」の違いに関して
は ...

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1.
グノーシス主義 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/グノーシス主義 - キャッシュ - 類似ページ
グノーシス主義(グノーシスしゅぎ、独: Gnostizismus、英: Gnosticism)または
グノーシス(古希: Γνῶσις、ラテン文字転写:Gnosis)は、1世紀に生まれ、3世紀から4
世紀にかけて地中海世界で勢力を持った古代の宗教・思想の1つである。物質と霊の
二元論に ...
‎定義 - ‎反宇宙的二元論 - ‎研究史、異端 vs.異教 - ‎東西のグノーシス主義
2.
グノーシス主義略説
homepage3.nifty.com/mirandaris/gnosis0.html - キャッシュ - 類似ページ
2004年5月24日 ... 一般に、「グノーシス主義」と呼ばれている思想・信仰は、基本的には、紀元一世紀より、
三世紀乃至四世紀頃まで、ヘレニク世界・地中海世界において流布した、独特の世界観
と神観・人間観を持つ「教え」です。これを、「ヘレニク・グノーシス ...
3.
グノーシス主義はどのような点が「危険」とされカトリックから異端視された ...
oshiete.goo.ne.jp/qa/1160085.html - キャッシュ - 類似ページ
2005年1月9日 ... グノーシス主義はどのような点が「危険」とされカトリックから異端視されたのでしょうか

4.
叡智の光_グノーシス主義概論 Outline of Gnosticisms
www.joy.hi-ho.ne.jp/sophia7/sop-gnos.html - キャッシュ - 類似ページ
グノーシス主義では、一般に、此の世を善の世界とは考えずに、矛盾と悲惨、悪しきこと
ごとが充満する「悪の宇宙」と考えます。ヘレニク・グノーシス主義の場合も同様であり、
しかし特徴的なのは、このグノーシス主義は、 ギリシアやローマの哲学の理論体系や、 ...
5.
Amazon.co.jp: グノーシス主義の思想―“父”というフィクション: 大田 俊寛 ...
www.amazon.co.jp/グノーシス主義の思想―“父”というフィクション.../4393332989 - キャッシュ - 類似ページ
Amazon.co.jp: グノーシス主義の思想―“父”というフィクション: 大田 俊寛: 本.
6.
大田俊寛『グノーシス主義の思想』:おもしろいが、どこまでが定説? ポア ...
d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20120410/1334064382 - キャッシュ
2012年4月10日 ... 本論で見たように、グノーシス主義は、人が「そのために死ぬ」ような、あるいは人を「
そのために死に至らしめる」ような超越的人格、フィクションの人格を、結果的に分析・
解体する思想的傾向を有している (p.276). さて、ぼくはここでかなりの ...
7.
ユダの福音書U〜グノーシス主義 - ベネディクト 地球歴史館
www.benedict.co.jp/Smalltalk/talk-131.htm - キャッシュ - 類似ページ
神秘主義 このような危険な?グノーシス派がよりどころとしたのが、グノーシス主義(
グノーシス思想)である。じつは長い間、 ... この思想をベースに、地中海世界で「
グノーシス主義」、エジプトでは「ヘルメス学」、ヘブライでは「カバラ」が生まれた。そして
、相乗的 ...
8.
グノーシス主義 (gnosis)
kstn.fc2web.com/gnosis_.html - キャッシュ - 類似ページ
2006年6月18日 ... グノーシス(gnosis)主義は、紀元二世紀前後に欧羅巴や中近東を席巻した一種の思想
を云ひます。叡智を認識(グノーシス)する事が目的の思想です。正統を標榜する羅馬
教会の基督教からは、「最大の異端」として敵対視されてゐました。
9.
世界の終わり グノーシス主義が描く終末
flamboyant.jp/eschatology/esc022/esc022.html - キャッシュ
グノーシス主義の基礎知識 グノーシス主義はキリスト紀元1世紀頃の東地中海地域で
盛んになった思想運動の1つで、黎明期にあったキリスト教を思想的に脅かすほどの
存在だったといわれている。当時の東地中海を中心とした地域で盛んだったのは、
キリスト ...
10.
Gnosticism(グノーシス主義)
web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/gnosticism.html - キャッシュ
西欧のグノーシス主義においては、根本的にはキリスト教徒である宗派も含めて、
タントラ風の瞑想と性的儀式が目立った。タントラのヨーガの最終的目標が「沈黙」、
すなわち本来の創造的言葉ロゴスを包む、女性的力の原初の領域に入ることであった
ので、 ...



超越神と太極:陽=自我=父権の民族が太極エネルギーを超越神・唯一神と捉えるだろう

テーマ:manichaeism: 哲学

アントロポゾフィーと無双陰陽原理:自我=陽=アーリマンと他者=陰=ルシファーと陰陽均衡=キリスト

先に以上のように書き、頭=自我=陽=アーリマン=同一性のフレームがよくわかった。
 カントの超越論的形式、超越論的悟性はここに存しよう。ただし、時間は超越論的形式ではないと思う。
 とまれ、以上から、超越神の問題への糸口が見えたと考えられる。
 即ち、超越神とは、上記のフレームを超越する存在であるということになる。
 だから、例えば、陰からの強い働きかけが陽にあったとき、陽はそれを超越したものと感じるだろう。
 つまり、陰のエネルギーが陽に強くはたらきかけたとき、それは、MPを介して、陽に参入するだろう。
 しかしながら、陽はMPを認識できないのであるから、参入した陰のエネルギーは陽にとり、超越的なものと捉えられると考えられるのである。
 これが、端的に超越神である。陽=同一性に作用するので、当然、同一性的超越神、即ち、唯一神になると考えられるのである。
 もし、陽中心主義ではなく、陰の文化をもっているときは、陰のエネルギーは調和的となり、内在神的になるだろう。
 ところで、陰のエネルギーと言ったが、根源は、太極の一のエネルギーに拠ると考えられる。
 それが、陰陽的に分極化すると考えられる。そのとき、陽中心だと、それが、超越的、唯一的なものになると考えられるのである。
 日本のベースは母権民族、即ち、陰の民族であるから、太極的はたらきかけは、陰陽共振的で、内在的な多神教になると考えられる。
 父権民族において、太極エネルギーは超越的なものとなるのである。
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という啓典の宗教は、母胎は当然、父権民族ということになる。


2012年12月04日(Tue)▲ページの先頭へ
父権主義は陽中心主義であり、母権主義は陰ベースである:陰は自然と直結する:トランス・モダン陰文化
本の画像は以下を見られたい。
http://sophiology.jugem.jp/?eid=156


明治維新までの日本文化は、陰の文化であったと思う。
 しかし、父権派が母権派(坂本龍馬、西郷隆盛ら)に勝利して、陽の文化へと転換したと考えられる。
 また、西洋文明自体が陽の文化であり、本来、陰の文化であった日本文化は、自己否定的に陽化されたのである。この「トラウマ」が近代・現代日本にはある。
 そう、ユダヤ・キリスト教西洋文明とは、陽中心主義であり、陰を否定、排除、殲滅しようとするのである。あるいは、支配である。
 そして、戦後日本は、GHQの支配下で、陰文化を否定され、無理矢理、陽文化を洗脳されたのである。
 とまれ、私が言いたいのは、陰の文化とは、実は、自然主義文化である。自然にダイレクトに直結した文化である。そして、深まると、自然への神秘的交感へと進むのである。
 アニミズムはこの陰の神秘的文化の一つである。
 陽中心主義が陰の文化を恐れるのは、当然である。陽中心主義とは、物質的合理主義、物質科学主義、自己同一性主義等であるからである。内的な神秘性を認めると、それは破綻するからである。
 そして、戦後日本人は、固有の陰文化の神秘性を恐れて、それを排除していったのである。その結果が、自然大破壊的「開発」である。
 原発も正に同様である。物質科学・技術、そして、戦争資本主義の産物としてそれは存するのであり、自然生命を破壊する悪魔的科学・技術・産業である。
 とまれ、今や、陰の文化が新たに産まれようとしている。それは、新陰文化である。それは、陽文化、物質文化を経由した新しい霊的文化である。
 根本にあるのは、陰の霊性である。陰霊性である。これは、自然神秘文化である。
 しかしながら、近代科学を経由しているので、科学を否定するということはない、いわば、科学的自然神秘文化である。
 霊学者のルドルフ・シュタイナーの人智学とは、そのようなものである。
 しかし、私見では、人智学は、神秘性、霊性に傾斜し過ぎていると感じる。もっと、物質的現実、政治・経済的現実を直視し、認識する必要があると感じる。
 彼の「オカルティズム」は科学的合理主義を背景にもつのであるが、一般には、誤解されやすいだろう。
 モダン文化を前提にした「オカルティズム」である。私のこれまでの哲学的探究から言えば、トランス・モダン文化への移行である。
 とまれ、陰=肚の文化の新生が必要である。これによって、西洋的陽文化の金縛りから解放されて、新しい日本文化が創造されよう。

追記:以前、何度も述べたが、心の病とは、陰意識を抑圧していることから発生するように考えられる。
 例えば、うつ病とは、私見では、陰陽共振による気・生命エネルギーの枯渇に拠ると思える。つまり、陽意識が陰意識を否定、抑圧、排除しているので、陰と陽との共鳴共振調和が十全に起こらないために、生命エネルギーが枯渇すると考えられるのである。
 陽意識(頭脳意識)が陰意識(肚意識)と共鳴すれば、気・生命エネルギーが豊かに発生すると考えられるのである。
 しかし、陰意識を抑圧すると、それは、言わば、反動的に陽意識に攻撃的になるのではないだろうか。それが攻撃的衝動になると思えるのである。つまり、心の病はなんらかの攻撃衝動をはらむと考えられる。
 D. H. ロレンスの『アメリカ古典文学研究』のメルヴィルの『白鯨』論は正に、秀逸であり、西洋文明、ユダヤ/キリスト教文明がもっている父権・陽の文明の陰の文明への偏執的攻撃性を抉り出していると考えられるのである。
 後でさらに付け加えたい。

追記2:今日の文明は、あるいは、文字記録に残された文明は、父権文明であり、それ以前の母権文明を滅ぼし、いわば、殲滅させたのである。母権文明は口承的文化であり、文字記録がほとんどないので、あたかも存在しなかったように一般には考えられているのである。
 そして、私見では、父権文明とは、陽意識に傾斜した文明であり、陰意識を理解できないのである。陽意識は陰意識を憎むと考えられる。これが、先に触れた男性原理は女性原理を恐れるということと同じことであると考えられる。
 いったい、この憎悪、恐怖のメカニズムは何であろうか。
 実は不連続的差異論は正に、このメカニズムの解明にあったとも言えるのである。
 つまり、陽意識とは自己同一性主義であり、それは、絶対的差異である他者の陰意識を認識できないからである。理解不可能なので、それを否定したり、恐怖すると考えられる。
 思うに、女性・母権原理は陰意識である。しかし、陰意識は陽意識を包摂できるのである。ここに女性・母権原理の男性・父権原理に対する優位性があると言えよう。
 とまれ、陽意識に傾斜しているので、男性は、自己中心的に支配、権力を目指すのである。それは自己同一性・物質原理によって、自然を破壊するのである。森林破壊は『ギルガメシュ叙事詩』に雄弁に描かれている。
 もう少し、陽意識の陰意識に対する力学を述べると、前者は後者を自己同一性的に取り込むのである。つまり、支配である。それは反感、憎悪、怨恨をもっていると思われる。何故か。
 それは思うに、陽意識の自己同一性意識とは、陰意識への否定であるからと考えられる。否定とは、同化することのできない対象への憎悪を伴うと考えられる。
 端的に、陽意識は陰意識を認識不可能である。故に、それに「負ける」ので、憎み否定するのである。これが現段階での仮説である。
 また、後で補足したい。
 

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46.suzuki
www.tenri-u.ac.jp/tngai/americas/files/newsltrs/.../no46suzuki.html - キャッシュ
彼の文芸批評のうちでもっともまとまった、そして最大の業績は『アメリカ古典文学研究』
(以下『研究』と略記する)である。ロレンスがアメリカに渡ったのは1922年のことであるが
、『研究』の原稿そのものは既に1917年頃に書かれ、最終稿はアメリカのニュー ...


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女性の国政進出 未来のため増やしたい





2012年12月3日


 四日公示の総選挙で女性議員を増やせるだろうか。国政は原発事故の対応をはじめ、この国の未来を左右する問題が山積みだ。多様な民意を反映させなければならない。女性の力が必要だ。

 二十九日に告示された都知事選には九人が立候補したが、女性は一人もいない。女性の視点があまりにも示されなかったことに落胆した有権者は少なくないだろう。

 男女共同参画社会だと言われながら、今なお政治の場で女性は少数派だ。戦後改革で女性に参政権が認められて以来、国会議員は大量当選した時期もあったが、解散前の割合で11%。地方議会では比較的多い市議会でもその割合は全体で15%ほどにすぎない。国や身近な街の問題を話し合い、将来像を決める場に、有権者の半数を占める女性の経験や感性が生かされないのでは、議論の幅や厚みを失わせてしまう。

 議員としてでなくても、地域の問題に取り組んでいる女性は大勢いる。福島第一原発事故後は放射能の被害から子どもを守ろうと、地元の行政や議会に働きかけ、放射能を自主的に測ったりして、懸命に行動する人が目立っている。

 女性の国政進出が伸び悩んだ原因には、男女の性によって役割が決められがちで、政治も他の公的分野と同様に、女性が頼りにされないような風潮もあっただろう。だが、最たる原因は各政党に女性議員を増やそうとする努力が足りなかったことだ。

 世界では男女差をなくすために「クオータ(人数割り当て)制」を導入し、議員や候補者の一定割合を女性にするように決めた国が多い。政党法や選挙法の改正によって、比例代表の女性比率を一定以上にしたり、名簿に載せる候補者の半数を女性にしたり、奇数順位を女性にしたりする。韓国では二〇〇五年に女性議員の比率が一割を超え、今では15%近い。北欧やドイツなどは女性の国会議員が三割を超えている。

 一九八九年の参院選で当選し、その後、千葉県知事を務めた堂本暁子さんは、「国の意思決定の場に女性が存在することの意味、予算と権限を持つことの意味」を実感したという。

 震災や原発事故をきっかけに暮らしや命に寄り添った政治に変えようといううねりが始まった。社会保障も、経済対策も、安全保障も、教育も、どの分野でもその解決に女性の視点はなくてはならない。女性議員をもっと増やすよう、各党は競い合ってほしい。


http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012120302000132.html


東京新聞


2012年11月26日(Mon)▲ページの先頭へ
生命気と生命体(生命物質体):高次元生命気波としての太陽光と生命物質体:霊次元+気次元+物質次元
生命気と生命体(生命物質体):高次元生命気波としての太陽光と生命物質体:霊次元+気次元+物質次元

テーマ:無双PS原理

太陽光には、生命エネルギーがあると思われる。
 先に、太陽光の本体は気であろうと仮説した。
 思うに、気と現象としての生命体(動植物、人間、他)を区別する必要がある。
 気は一般には不可視の存在であり、高次元的存在と考えられる(仮説)。
 それに対して、生命体とは、当然、物質性を帯びた生命である。これは、気が生命情報をもって、物質化した存在である。
 ここには、形而上性と形而下性とが一体となっている。
 わかりやすくするために、気を生命気と呼びたい。(シュタイナーなら、エーテル体である。)
 生命気とはいったい何だろうか。太陽光は生命気であるのではないかと思う。
 太陽光は、物質科学的には、電磁波として観測検出される。しかし、それは、物質に反応させた結果である。
 生命気本体は、電磁波ではなく、言わば、生命波、生命気波、気波である。
 生命波を物質科学は、電磁波として、観測し、認識しているのであって、生命波自体を認識しているのではないと考えられるのである。
 この高次元の生命波と物質波動(電磁波)との関係はどうなのだろうか。
 今、作業仮説すれば、高次元生命波は、それ自体でありつつも、光、太陽光として物質的三次元体になるのではないだろうか。つまり、言わば、二つの体をもつのではないだろうか。
 一つは、高次元生命波体であり、一つは、物質三次元体である。後者は、正確に言えば、生命電磁波的三次元体である。(以下の追記を参照されたい。)
 そうならば、物質科学は、後者のみを観測検出して、本体である高次元生命波体をまったく看過していることになる。
 とまれ、生命波、生命気、気である太陽光とは、高次元的現象体であることがわかる。高次元的三次元体である。そして、この高次元を物質科学は認識していないということになる。
 とまれ、そのように考えると、太陽光が生命物質体にはたらきかける力学は、思うに、生命電磁波として、作用すると同時に、生命波動、生命気、気を伝えるのではないだろうか。
 ここのところがはっきりとしない。
 生命物質体(動植物、人間、他)は、当然、それ自体で、高次元的現象体である。つまり、それ自体で生命波、生命気、気の次元を内在、内包していると考えられるのである。
 その生命物質体に太陽光という生命波-電磁波がはたらきかけると、電磁波を介して、太陽光の生命波の高次元成分、簡単に言えば、気が作用するということではないだろうか。
 具体的に言えば、目を介して、太陽光は入り、網膜に進入し、そして、視神経に作用する。しかし、このとき、同時に、生命波、気も入るのではないだろうか。
 あるいは、皮膚に太陽光が当たると、皮膚の生命神経に作用するだろう。やはり、同時に、太陽光の生命波、気が皮膚内の気的神経(経絡:経絡(けいらく)(東洋医学の基本である経絡とは):きむら指圧研究所 ...
http://www.shiatsu-k.com/m_stretching/keiraku.htm
)に作用するということではないだろうか。
 思うに、ここでのポイントは、生命物質性にあるのではないだろうか。物質性を介して、高次元生命波、気が、生命物質体に取り入れられるということではないだろうか。
 そう、現象物質界に生きる生命体として、生命物質性を通さずには、太陽光の生命波、生命気、気、生命エネルギーを受容できないということだろう。
 とまれ、以上は思考実験的であるが、高次元生命波としての太陽光と現象生命物質体としての生命体との、生命的エコノミー(秩序)、生命的回路を考察してみた。

追記:

霊「数」、陽✡、陰✪を仮説して、また、陰陽共振を✇で表わし、以下のように公式化する。無双PS原理公式である。
✪✇✡⇒a + bi + cj + dk 
or
✪✇✡⇒+1 + i + j + k

以上の最後の
「✪✇✡⇒+1 + i + j + k」
が、太陽光の高次元生命波的電磁波体を数式化しているものと考えられる。即ち、左辺の✪✇✡が高次元生命波であり、右辺の+1 + i + j + kが、電磁波体であると考えられる。
 否、そうではなく、左辺の✪✇✡が高次元陰陽円であり、矢印⇒が高次元生命波であり、右辺の+1 + i + j + kが電磁波体であると見るのが正確だと思う。
 とまれ、現象しているのは、⇒+1 + i + j + kの部分であり、✪✇✡は超次元であり、形而上的存在と考えられる。

追記2:
無双PS原理公式「✪✇✡⇒+1 + i + j + k」において、左辺✪✇✡はイデア次元、超越次元、超次元、矢印⇒は気的高次元、メディア次元、内在高次元、右辺+1 + i + j + kは現象次元、生命物質次元、物質次元と考えるのが明晰明確になろう。

追記3:
追記2のように区別すると、霊次元、気次元、物質次元の三つの次元が明確になると思われる。
 私は、これまで、気と霊を一体化して考えてきたが、そうではなく、両者は区別すべきと考えられる。
 言い換えると、神霊次元と気・生命気次元と物質現象次元である。
 シュタイナーは、自己(「わたし」ich)体とアストラル体(感情・欲望体)とエーテル体(気)と物質体の四つに人間生命体を分けている。
 無双PS原理から見ると、自己体は陽の霊に存し、アストラル体は陰の霊に存するのではないだろうか。これは検討課題である。

追記4:
追記3で陽の霊、陰の霊と言ったが、そうすると、陰と陽とは気ではなく、霊である。気は陰陽共振によって生じると考えられる。陰霊と陽霊が存し、両者の共振・共鳴から、気、生命気、生命波が形成されて、現象生命界=自然宇宙界が造化されるということになる。



女媧と伏羲


参照:
◆ 2012/11/18(日)A 冬の日光浴は、全裸に靴下!
狙いすました一撃! ソレを鷲はくらった。
きのこのブログ を見れば、ソレが分かる。
ところで、「写真にパッチ」という手法がある。
水着姿の女性の写真に、こんなふーにパッチを↓当てる。

すると、水着が見えなくなるので、ヌード写真ぽく↑見える…。
この手法を、きのこは使いやがったのだ。
先ほどの鷲の写真は、コカンを隠した紳士的な写真 だった。
ところが、きのこがパッチを当てたら、ホモ好みのエロ写真 !
まるで鷲が全裸で寝ている写真に見えるではないか!
この写真を見て発情したホモな野田 に鷲がヤラれちゃったら、きのこ
は責任がとれるのか?! (あたし、こわい!)
それより、きのこの写真は、鷲の股に『菌玉』シール が貼ってある。
これって、鷲の名誉より、鷲と同い年の息子の名誉がキズつけられた
嫌疑が濃厚だ。
「菌」という字には、小さい!というイメージがあるからな。
ムスコに代わり、きのこには厳重に抗議しておく!
きのこのフザケた写真を見た真面目なヒトから質問があった。
「飯山サンは全裸なのに、なぜ靴下をはいているのですか?」
という真面目な質問だが、ほんとうにEー質問だ。
冬、全裸で日光浴をするとき、足の指を出すと、表面積が大きいの
で、ツマ先から冷えてくる。が、靴下をはけば冷えない!
ですから皆さんも、冬の日光浴は「全裸に靴下」でヤッて下さい。



◆ 2012/11/18(日) 日よう日は日だまりで日なたぼっこ

「日なたぼっこ」という日本語は、まだ使われているのだろーか?
ヨーロッパではヌーディスト村 での「ひなたぼっこ」は普通だが…、
いまの日本に「日なたぼっこ」をするヒトはいるのだろーか?
左の写真は、「志布志村のヌーディストキャンプ」にいる鷲だが…、
パンツが足元に乾してあって、股は手ぬぐいで隠してある。
これは、鷲のミサイルが、最近、ペンシル・ロケットみたいに細い
ので恥ずかしいからではなくて、紳士のエチケットなのでR。
ネットに裸体を晒すなんてのは、変態、股は露出狂なのだが…、
鷲のばやいは、日焼けした肌の色を証拠として見せたいのだ。
つまり…、
鷲のばやい「日なたぼっこ」は最良の健康法で、肌が黒々と焼けて
きた頃、五十肩が治り、心臓・肝臓・腎臓、五臓六腑すべて健康!
という理想的な体調になったのでR。
股、身体を温めることにより、寒冷が原因のウツも完璧に治って、
気分爽快な日々が続いている…。
それほど、太陽光線を全身に浴びるのは、素晴らしい効果がある!ちゅーこと。
もちろん、うっすらと汗をかくウォーキング、少食・粗食、豆乳ヨーグルト、熟睡、低ストレス、
といった条件も必要だが、「日なたぼっこ」や「入浴」や「睡眠時のマフラー」で身体を温め、
少なくとも身体を冷やさない! ということは忘れないでほしい。
「日なたぼっこ」とは、「日なたでまどろむ」という意味だが、鷲は寝てしまう。
太陽光線のエネルギー、その温熱効果は冬でも汗をかくほどで、1時間も眠ってしまうと、
敷布がわりのバスタオルが汗でビッショリになってしまうほどだ。
311の前まで、日本は世界一の長寿国だったが、長寿の秘密は「毎日の入浴」にある!
といわれた。
これは、身体を温めることでマクロファージが増え、活性化し、免疫力が高まるからだ。
プラス、豆乳ヨーグルトがあれば、向かうところ敵なし!
…というわけで、きょうは、身体を温めること、とくに日光浴=日なたぼっこの効果・効能を
強調させていただきました。
なを、末筆ながら、鷲のヌード写真の悪用、股、乱用を禁じます。>特に、きのこ姐さん

たたかう老人! 飯山一郎の ハッタリなしの 口演会場 . .

http://grnba.com/iiyama/





葛根湯とは何ぞ哉:風邪の初期症状があり飲んだが、元気も出てきた:どうも、気の薬品である

テーマ:健康&治癒:森気浴・森の生活

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最近は、風邪気味になることが多く、葛根湯を愛用している。そして、いまだ、風邪にならずに済んでいる。
 今日は、雨で寒い日であり、また、体調も今一であり、咽喉がしわがれ、頭も微痛がしたので、風邪の初期症状と考えて、常備薬の葛根湯(スティック顆粒)を飲んだが、幸い、風邪にはならなかった以上に、元気が出たのである。 
 ひょっとして、葛根湯は補気薬品ではないだろうか。そう、元気の出る薬品ではないだろうか。とまれ、また、飲んでみて、確かめるつもりである。

追記:新たに葛根湯を飲み、20分ほど経過したが、体が暖まってきた。どうやら、葛根湯は、元気素薬品の可能性がある。
 そう、問題は、暖かさとは何かである。ここに元気の秘密の一つがあるだろう。
 それは気と関係する。思うに、端的に、生命力である。生命エネルギーである。太陽と同じ生命エネルギーである。
 太陽光エネルギーと同質のものである。
 後で更に検討したい。

参考:
葛根湯
www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se52/se5200013.html - キャッシュ - 類似ページ
葛根湯は、主薬の“葛根”をはじめ、下記の7種類の生薬からなります。薬理的に重要な
役割をする“麻黄”には、交感神経刺激薬のエフェドリン類が含まれます。この成分は、
西洋医学の気管支拡張薬と同様の作用を示し、咳やゼイゼイする喘鳴をおさえます。
Suitable Life : 葛根湯の≪よく効く≫のみ方
blog.livedoor.jp/toy810/archives/52694429.html - キャッシュ
2011年5月19日 ... 葛根湯の≪よく効く≫のみ方. 葛根湯は,元々は煎じ薬である. ところが,医療機関で
処方される葛根湯はエキス製剤であり,実はその成分に差異があるのだ. このため,
エキス製剤をのんだときには,効きがイマイチと感じる人がいてもおかしく ...
葛根湯の秘密!
www.geocities.jp/siryu1964/.../ken2senmon1mennekikakkon.html - キャッシュ
B葛根湯の成分で解熱効果とIL−1αの産生抑制効果で一番活性のあるのは桂皮。
その中のシンナミル化合物という成分が特に活性が高いとのこと。 桂皮すなわち
シナモン(^.^) いや〜漢方薬も大したものです(^_^)v これを知ってからは、OTCでも葛根
湯を ...
産婦人科でよく用いられる漢方方剤〜葛根湯 - Ameba
ameblo.jp/sanfujin/entry-11378141116.html - キャッシュ
産婦人科でよく用いられる漢方方剤〜葛根湯〜. 2012-10-13 07:08:58 テーマ:産婦人
科と漢方. 今回は第7回目として葛根湯を取りあげることにします。病院で処方される
葛根湯はテレビCMでも紹介されている市販薬の葛根湯の成分と基本的に同じです。
冷えや冷え性の生薬、葛根(カッコン)
hontonano.jp/hienai/500nDrugs_013.html - キャッシュ - 類似ページ
成分: フラボノイド - daidzein, daidzin, puerarin, genistein, formononetin, puerarol,
kakkonein などトリテルペノイド - soyasapogenol A, ... 効能・用途: 葛根(カッコン)は
、発汗作用、止渇作用、鎮痛作用があり、解熱、鎮痛薬、カゼのときの肩凝りなどに効果
があるとされている。 ... 【葛根の医薬品】葛根湯: 葛根湯(カッコントウ)は、一般的な
風邪や頭痛、肩こり、筋肉痛、手・肩の痛み、中耳炎・扁桃炎・リンパ炎などの炎症性
疾患、 ...
葛根湯(かっこんとう) [漢方・漢方薬] All About
allabout.co.jp/gm/gc/313798/ - キャッシュ
2010年9月1日 ... カゼを引いたら葛根湯(かっこんとう)」というほど、知名度が抜群の葛根湯。悪寒・発熱
を ... 具体的な生薬の効能葛根は体表や経絡にとどまる邪気を取り除き、筋肉の
こわばりなどを緩和したり、カラダに必要な水分(津液)を補います。麻黄は ...





何故、山は呼ぶように感じられるのか:根本-元-源意識、陰陽霊意識(陰識と陽識)から考える

テーマ:無双PS原理

戦後日本は、GHQの日本民族文化殲滅戦略によって、東洋・日本伝統文化が否定されてきた。
 とりわけ、固有の宗教、神話に関しては、侮蔑、冷笑、唾棄するような唯物教育が行われてきた。
 日本人は自己否定に陥ったのである。とまれ、今は、地霊、気に関して、考察を深めたい。思うに、人間の根本意識から始める必要がある。
 それは、簡単に言えば、陰霊意識と陽霊意識である。
陰霊意識(簡単にすれば、陰識とであり、陽霊意識は陽識である)は、直観・直感意識であり、陽霊意識(陽識)は頭脳意識である。
 そう、前者が内的(宇宙)意識であり、後者が外的(宇宙)意識である。
 思うに、これをフラクタル的に見る必要がある。つまり、森羅万象はこの二つの源意識、陰陽意識(陰識と陽識)をもっていると思われる。
 だから、山体は、強い陰陽意識をもって、人間の源意識にはたらきかけると考えられる。
 それが原因で、山は人に呼びかけるように感じられると考えられる。そう、とにかく、山体は強烈に作用すると思う。そう、秘境的山である。
 思えば、かつて、奥吉野の弥山へ行く途中や、弥山で感じた「気」は、秘境的山体の源意識、陰陽意識と言えるのではないだろうか。
 さらに考察を続けたい。

参照:
地の霊とは物質科学的には、電磁波ないしは磁場で説明されるが
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11413143123.html

物質科学から地の霊は電磁波ないしは磁場、又は重力等で説明されるだろう。
 しかしながら、それでは、地霊の本体を捉えていないだろう。
 無双PS原理から見れば、当然、陰霊と陽霊の共鳴するとき産出する「気」で説明できるのではないだろうか。
 そして、気は電磁波を発生させるのである。地霊気電磁波である。
 山の場合、陰と陽との共振が強化されるような感じがする。天地垂直にそびえる山体は、陰陽エネルギーの帰結であると考えられる。そう、強い陰陽エネル ギー、言い換えると、陰陽霊的エネルギーがあり、それが共鳴し、気的エネルギー、そして、電磁波、磁場、重力等を形成すると思われる。
 以上、思いつきを述べた。

追記:直観で言えば、山体とは、精神的身体である。霊的気的身体である。だから、人間と似ているのである。
 どうも、山は思考をもっている。陰陽思考をもっている。それは、当然、地球の思考であり、同時に、太陽の思考のように思える。宇宙の思考ということでもある。





地の霊とは物質科学的には、電磁波ないしは磁場で説明されるが

テーマ:無双PS原理

物質科学から地の霊は電磁波ないしは磁場、又は重力等で説明されるだろう。
 しかしながら、それでは、地霊の本体を捉えていないだろう。
 無双PS原理から見れば、当然、陰霊と陽霊の共鳴するとき産出する「気」で説明できるのではないだろうか。
 そして、気は電磁波を発生させるのである。地霊気電磁波である。
 山の場合、陰と陽との共振が強化されるような感じがする。天地垂直にそびえる山体は、陰陽エネルギーの帰結であると考えられる。そう、強い陰陽エネル ギー、言い換えると、陰陽霊的エネルギーがあり、それが共鳴し、気的エネルギー、そして、電磁波、磁場、重力等を形成すると思われる。
 以上、思いつきを述べた。

追記:直観で言えば、山体とは、精神的身体である。霊的気的身体である。だから、人間と似ているのである。
 どうも、山は思考をもっている。陰陽思考をもっている。それは、当然、地球の思考であり、同時に、太陽の思考のように思える。宇宙の思考ということでもある。

参考:
龍穴とは
www.geocities.jp/fusuisenka/ryuu.html - キャッシュ - 類似ページ
風水では山脈のことを「龍脈」 と言います。山がうなるように連なっているものが良い
龍脈です。 逆に、一直線のものはパワーの無い龍脈となります。 この龍脈を高い順から
たどっていき、地に落ちたところを「龍穴」と言います。 ここが気の貯まるポイントとなり
ます ...
国際風水学研究所|龍穴と龍脈
www.fusuigaku.com/ryuuketu.html - キャッシュ - 類似ページ
龍穴と龍脈についての説明です。 ... 風水を編み出した古代中国の人々はそのように
考え、地球が持っている「氣」の流れる道筋、人間でいう血管に相当するものを「龍脈」と
と呼びました。 龍脈を巡って氣は巡り、地球全体を流れていきます。そして、龍脈を伝っ
て ...
中央構造線 〜諏訪の血脈、そして龍脈〜−長野県最南端の秘湯と秘境 ...
www.tohyamago.com/rekisi/chuoukouzousen_suwa/index.php - キャッシュ
中央構造線を伊勢からさらに西に進むと、和歌山を経て四国の徳島にたどり着きます。
この地もまた、諏訪の神に縁の深い場所なのです。 建御名方命の名前の由来を考えて
みましょう。「建」とは猛々しい、「御」とは尊敬の意味の称号ですから、建御名方とは「 ...
AYAのブログ: 龍脈
aya-uranai.cocolog-nifty.com/blog/cat23132822/index.html - キャッシュ
1 日前 ... メキシコ鬼門の龍脈は、メキシコで激化する麻薬戦争の運気と関わる気がする。最近は
この国も地殻変動が激しくなっているから、そんな抗争に対しても何らかの運気的影響
なり新展開なりが発生しそうだ。それが大きな麻薬市場アメリカへ ...
風水 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/風水 - キャッシュ - 類似ページ
龍脈といった基本すら意図的に無視した、風水とは全く無関係のものであるが、風水師
などと名乗る人物の、営利手段に使用され ... 形法風水では、大地における気の流れを
重視し、龍脈からの気の流れが阻害されておらず、運ばれてきた気が溜まり場になって ...
レイライン - Leyline Hunting
www.ley-line.net/01.html - キャッシュ - 類似ページ
また、最初にこのラインを発見(再発見)したアマチュア考古学者のアルフレッド・
ワトキンスが、ライン上に、 「レイ」という名の付く ... イギリスでは、ワトキンスの報告以降
、レイラインを見つけ出し、そこを訪ねて、太古の歴史を探る「レイラインハンター」たちが
多く ...
富士山レイライン(パワースポット)の研究
www.fujigoko.tv/linkIn.cgi?code=6054 - キャッシュ
レイライン(Ley-Line:光の線:The Old Straight Track)は1921年イギリスの考古学者
が太古の遺跡配置が直線に並ぶ様を ... このようにレイラインも「無理やりなこじつけ」を
しようとすれば如何様にも解釈できる危険性があることを認識しなければいけないし、何 ...
レイラインがGoogle Earthで見れるようになりました。 | 考えるための書評集
ueshin.blog60.fc2.com/blog-entry-794.html - キャッシュ - 類似ページ
2010年10月28日 ... レイラインとは現代日本にも残る古代日本の太陽信仰の痕跡です。神社仏閣や山岳を
それぞれ冬至や夏至の日の出、日没と結びつけると、つながるいう驚異的なラインのこと
です。 一時期私はこのレイラインの検証作業に熱中していたのです ...
レイ・ライン_太陽の道
ishikaraishie.sakura.ne.jp/shoko1/leyline.htm - キャッシュ - 類似ページ
古代の遺跡を結ぶ直線はなぜ生まれたか、イギリスのレイラインと大和の国の太陽の道
との違いはどうか.
日本のレイラインの実態
www.geocities.jp/yasuko8787/80621.htm - キャッシュ - 類似ページ
もしかすると、レイラインに関する内田氏の解説は、「l」と「r」の発音の区別に弱い日本人
らしい誤解に基づくものかもしれません。 太陽の当たり具合の違いから、季節が逆に
なっている北半球と南半球では、昼と夜の長さも逆になっています。 春分と秋分の日は
、 ...
レイライン - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/レイライン - キャッシュ - 類似ページ
レイライン(ley line)は、古代の遺跡には直線的に並ぶよう建造されたものがあるという
仮説のなかで、その遺跡群が描く直線をさす。レイラインが提唱されているケースには
古代イギリスの巨石遺跡群などがある。レイラインの存在は1921年にイギリス人の ...
‎ワトキンスと『古い直線路』 - ‎ニューエイジ思想的アプローチ: 不





今年は急に攻撃的になる人が増えた:黙示録

テーマ:父権物質文明から新母権霊性文明へ

去年は私にとって(勿論、日本にとっても)、大変化の年であった。つまり、今や積極的になるときだという自覚であった。
 それに対して、今年は、突発的に、理不尽に、傲慢に攻撃的になる人が多い。シュタイナーが精神に対する「悪」の攻撃が行われることを述べていたのを想起する。細かいことは忘れたが。
 善に対する悪の攻撃が始まったようだ。シュタイナー的に言えば、悪魔が憑依し、精神的人物を攻撃するということになる。





地の霊spirit of placeとは何か: 山の霊mountain spiritが呼ぶ

テーマ:manichaeism: 哲学

私は金曜、お墓参りで、乗り継ぎのためある駅に降りた。
 懐かしい場所であった。九十年代だろう。その駅からバスに乗り、山歩きをしたものである。
 バスで四十分くらいかかる、ちょっと秘境的な場所である。思えば、山が私を呼んでいたと直観した。
 当時終点のバス停で待っていると、谷を越えた向かい側の山やその他のぐるりの山から私になにか響きかけていた。
 山の気に満たされ、山と一体になった。
 そう、それは、山の霊と言っていいくらいである。
 それは一体何なのだろうか。後で、解明したい。





陰が陽より主導的であろう

テーマ:無双PS原理

本当に、陰陽論はすごい。陰が陽より、先である。言い換えると、闇が光に先立つのである。これは、一般的常識にそぐわない発想である。そう、かつて、私 は、闇から光が生まれたと述べたが、不連続的差異論の共作者であるkaisetsu氏はそれはありえないことというようなことを述べた。
 しかし、やはり、陰がメインである。この点では、シュタイナーも間違っているように思う。彼は、自己(陽)を主とするが、そうではなく、他者(陰)が主だと思う。
 イエス・キリストの教えは本来、陰だと思う。それが、陽化されて、本来の意味を喪失したと思う。
 陰としてのイエス・キリストである。陽となると、それは自我が主体となり、反イエス・キリストになろう。
 そう、某教会は、アンチ・キリスト、つまり、悪魔教会となろう。





女性原理とは何ぞ哉:それは、性的美的感性である:セクシーさである:性美主義である

テーマ:セクシュアリティ:ヌードとbody

男性原理は女性原理を恐れ、否定するという現実がある。
 そして、今日の文明は、父権文明で母権文化を恐れている。
私は男性であるが、ようやく、女性原理、母権原理が理解できた。それは、性的美的感性主義である。簡単に言えば、セクシーさである。

追記:ついでに言えば、ポルノとは、男性原理である。女性原理は、ポルノを憎む。ポルノはアンチ・セクシーである。





「食べる」とは何か:噛みしめると飲み込む:貧しさと飽食:スリムと肥満:美と醜

テーマ:food:乳酸菌と食物

どうも二つの食がある。
 噛みしめてたべることと、飲み込むことが主導のものである。
 これに関して、いくらか考えが浮ぶが、一つすぐ考えられることは、時間のことである。忙しいと、飲み込む傾向になる。それは、大食になり、太る。
 余裕があれば、噛みしめて食べる。それは、小食で済み、細くなる。
 いったい噛みしめるとは何ぞ哉?
 それは、生命物質を微小化することである。つまり、生命物質の分子的つながり、組織を裁断して、より「原子」化することだと思う。
 もちろん、唾液や噛むことによる神経への刺激も意義もある。
 どうも、直観では、噛みしめる行為は貧しい時代の所産である。思うに、人類は、貧しい時代が一般的であった。
 いわゆる、先進諸国で飽食の社会となり、早食い、大食となり、肥満、メタボが多くなったのではないのか。


2012年11月17日(Sat)▲ページの先頭へ
気と量子: We are all mad.:マニ教の光
物質科学がつきとめた量子に、気の力学を解く鍵があるかもしれない。
 私は以前、長距離相関の問題は気の高次元、超次元を考えれば解明できると述べた。
 つまり、量子の本体とは気である。気を物質科学は量子として観測していると考えられる。
 つまり、量子とは気の現象体であるということである。波動と粒子の二重性をもつという量子であるが、それは、気を考えれば、明解になるだろう。
 陰陽の気は波動であり、また、実軸+1で物質粒子となると考えられる。
 つまり、

霊「数」、陽✡、陰✪を仮説して、また、陰陽共振を✇で表わし、以下のように公式化する。無双PS原理公式である。
✪✇✡⇒a + bi + cj + dk 
or
✪✇✡⇒+1 + i + j + k
 
上記における+1が粒子ということになる。(だから、当然、+1は時間ではない。時間は、⇒であろう。そして、三つの虚数i, j, kは空間三次元を意味しよう。結局、四元数とは、物質空間三次元を表象しているということになろう。)
 しかし、気は本来、波動と見るのが的確であろう。粒子は結果、エネルギーの放出の結果であると考えられる。
 結局、気は現象界に満ち満ちているのに、物質科学は、いわば、お馬鹿に、物質的観測によって、量子しか認証できない状態と考えられる。
 これは、直観、直感という感覚を無視している結果に拠ると考えられる。物質科学は、直観、直感を恐れているのだ。(その理由は、物質科学とは父権主義であり、直観、直感という母権主義を恐れているということと考えられる。)
 数式で言えば、

✪✇✡⇒+1 + i + j + k

右辺、+1 + i + j + kが目に見える現象体であり、左辺✪✇✡が気である。
 直観とは、左辺を見ていることになる。不可視様態の視覚である。
 そして、左辺を量子論はなんとか説明しようとしているのであるが、気という高次元・超次元を認めないので、整合性が欠落するのである。
 そう、陰陽共振という現象原理を認めれば、量子は気であると明確になると考えられる。
 ここできっぱりと言おう。ユダヤ・キリスト教西洋文明とは、父権主義文明であり、右辺中心の物質文明を形成した。しかし、20世紀に入り、左辺に迫る探究を行なったものの、基本は右辺であるので、左辺を真に理解できないのである。
 そう、左辺とは東洋、母権である。西洋、父権には、それが、認識できないのである。ここには、絶対的差異がある。東洋・母権・精神(霊)と西洋・父権・物質(現象)の絶対的差異、分離、乖離があるのである。
 資本主義という経済体制も結局は、右辺経済である。しかし、資本主義の本体は、左辺である。この左辺を右辺である金融資本が破壊しているのである。つまり、陰陽差異共振主義が資本主義の本体でありながら、物質的金融資本がそれを侵しているのである。
 とまれ、本題に戻れば、結局、現象界とは、気の充溢する現象界であり、気の現象としての自然物質界が形成されていると考えられる。
 気とは言い換えれば、霊であり、陰陽霊である。神々である。神霊である。神道は本来、これを崇拝してきたのである。気宗教、気霊宗教である。森(杜)の宗教、森気宗教、森霊宗教である。
 物質文明、物質科学・技術文明とは気なし文明、無気文明であり、悪魔の文明である。狂気の文明と言ってもいい。
 『不思議の国のアリス』でチェッシャー・キャットが「僕はきちがいだ。君もきちがいだ。ぼくたちはみんなきちがいだ。I am mad. You are mad, too. We are all mad.』と言っているのは、正鵠を射ているのである。
 以上で、現象界とは気的現象界であるということで、先の疑問が解明できたと言えよう。つまり、現象界、物質界の本体とは気であるということである。不可視の気が本質なのである。しかし、気は直観、直感で察知できるものである。
 陰陽気の流動、渦動が世界を形成しているのである。それを今日まったく認識していない無知状態なのである。
 終わりに、先に述べた光の問題であるが、当然、光の本体は、気である。気の「光」である。以前述べた、超越光、超光である。不可視の光、直観の光である。これが、宗教の光でもあると考えられる。
 いわば、陰陽光、太極光が根本である。天照大御神、キリストとは、気の光である。そう、アフラ・マズダである。
 私は、結局、マニ教の徒である。マニ教は、光の世界を伝えるが、光とは気の光であったのである。


2012年11月11日(Sun)▲ページの先頭へ
『無双PS原理とD.H.ロレンス:新東洋哲学と哲学的文学』
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11401628383.html

陰陽円(高次元、内在超越平面)と現象四次元体
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11401566269.html

以上のように、無双PS原理の概念をほぼまとめて、ようやく、本タイトルのような本が作れるようになった。
 私の哲学研究とD.H.ロレンス研究がこれで一体化することができるようになったのである。後者は無双PS原理を背景にすることで、実に透視するように明晰なもの、合理的なものとなるだろう。
 また、無双PS原理を具体的に認識するには、D.H.ロレンスの作品を読むことが実に役立つという相補性があると言えよう。
 とまれ、この本が私のライフワークである。生涯一冊本を出そうと思っていたが、これで実現する。

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デーヴィッド・ハーバート・ローレンス - Wikipedia
D. H. Lawrence - Wikipedia, the free encyclopedia
デーヴィッド・ハーバート・ローレンス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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デーヴィッド・ハーバート・ローレンス
DH Lawrence 1906.jpg
21歳の頃 (1906年)
誕生 1885年 9月11日
イギリスの旗 イギリス
ノッティンガムシャー 、イーストウッド
死没 1930年 3月2日 (44歳)
フランスの旗 フランス
ヴェンス
職業 小説家
活動期間 1907年–1930年
ジャンル モダニズム
主題 性愛、社会、旅行小説、文学批評
代表作

小説: 白孔雀
短編: 菊の香り
戯曲: ホルロイド夫人
影響を受けたもの[表示]

* ジョゼフ・コンラッド , ハーマン・メルヴィル , レフ・シェストフ , トーマス・ハーディ , ウォルト・ホイットマン , アルトゥル・ショーペンハウアー

影響を与えたもの[表示]

* オルダス・ハクスリー , アンソニー・バージェス , A・S・バイアット , コルム・トビーン (Colm Tóibín ) , テネシー・ウィリアムズ , ディラン・トマス , オクタビオ・パス , チャールズ・ブコウスキー

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デーヴィッド・ハーバート・ローレンス(David Herbert Richards Lawrence、1885年 9月11日 - 1930年 3月2日 )は、イギリス 、ノッティンガムシャー 出身の小説家 ・詩人 。

1908年 にノッティンガム大学を卒業した後、小学校 の教員となり、1911年 に小説を出している。1912年 から1914年 にかけてドイツ に渡り、1914年 イギリスに帰国後結婚した。『息子と恋人』(1913年)、『虹』(1915年)、『チャタレー夫人の恋人 』(1928年)など人間の性と恋愛に関する小説を発表したが、発禁処分を受けたものもある。

ローレンスの作品は性を大胆に描写し、また、近代文明が人間生活にもたらす悪影響を主題としているものが多い[1] 。易しくぶっきらぼうな言葉で書かれているのが特徴である[2] 。

日本では第一次世界大戦 後の1920年代 頃に注目されはじめ、ローレンスが死んだ1930年代 には阿部知二 、伊藤整 、西脇順三郎 らによって広く紹介されるようになった[1] 。また、第二次世界大戦後には伊藤整が訳したローレンスの作品『チャタレイ夫人の恋人 』がわいせつだとして罪を問われたチャタレー事件 が発生している。
生涯 [編集 ]
若き日 [編集 ]

デーヴィッド・ハーバート・ローレンスは、炭鉱夫の父アーサー・ジョン・ローレンス(Arthur John Lawrence)と教師だった母リディア(Lydia (née Beardsall))の第4子(3男)として出生[3] 。幼い頃はノッティンガムシャー 州イーストウッド (Eastwood ) の炭鉱町で過ごした。ローレンスの生まれたイーストウッド8a Victoria Streetは、今日博物館になっている[4] 。労働者階級 の家庭に育ち、炭鉱夫の組長である父アーサーと教養のある母リディアの仲が必ずしも良く無かったことが、彼の初期の作品に大きな影響を与えている。美しい田園風景と汚れた炭鉱町をモチーフとした風景は、彼の小説の中にも数多く登場している[1] 。ローレンスはこの風景を回想し「私の心のふるさと(the country of my heart)」と述べている[5] 。

若きローレンスは、1891年 から1898年 の間、ビューバル公立小学校 (現在はローレンスを記念し「グリズリー・ビューバル・D・H・ローレンス小学校と改名されている)で学び、初となる州会 (County council ) 奨学金を獲得、州都ノッティンガム 近郊のノッティンガム高校に入学する。現在この地にはローレンスの名がつけられた高校の寮がある。1901年 に卒業するとヘイウッド医療器具会社の事務員となったが、肺炎 を発症して3ヶ月で辞めた。彼は療養のため近くのハッグス農場を訪れ、そこの娘のジェシー・チェインバーズと友好を持った。ジェシーや他の10代の友人は皆読書好きであり、それ以降ローレンスは生涯にわたって文学を愛するようになった。1902年 から1906年 の間はイーストウッドのブリティッシュスクール(小学校)で代用教員を勤めた。その後ノッティンガム大学 で2年間学んで教職の資格を取り、ロンドン南郊の小学校に勤めた[1] 。教職の傍ら、詩、短編、小説『リティシア』の草稿などを作っている。1907年 の暮れにノッティンガム・ガーディアン社の短編小説コンテストに応募して入賞。
母の死と駆け落ち [編集 ]

1908年 の秋、ローレンスはロンドン に移り住み、ロンドン南部クロイドン (Croydon ) のデービットソン・ロードスクールで教鞭を取る傍ら、執筆を続けた。いくつかの詩はジェシー・チェインバーズに送られている。やがて彼の作品はThe English Reviewの編集者フォード・マドックス・ヘファー(後にフォード姓, (Ford Madox Ford ) )の目に留まるようになった[1] 。ヘファーはローレンスに作品を依頼し、『菊の香り』 (Odour of Chrysanthemums ) が執筆された。それがロンドンの出版社ハイネマン (Heinemann (book publisher) ) の注目を引き、さらなる作品が作られることになった。ローレンスの収入は執筆の方が主となっていったが、その後も数年教職を続けている。

『白孔雀』 (The White Peacock ) を脱稿して間もない1910年 に、母リディアの死の間際にルーイ・バロウズと婚約するが、その後すぐに母は病没。愛する母を失ったローレンスはその後数ヶ月立ち直れなかった。この事件は彼の重要な転機となっており、その様子が後の1913年 の小説『息子たちと恋人たち』 (Sons and Lovers ) でも描写されている。1911年 、ローレンスは出版会の大物エドワード・ガーネット (Edward Garnett ) とその息子デービット (David Garnett ) と親交を結んでいる。この年には肺炎が再発し、1912年 にルーイ・バロウズとの婚約を解消する。

1912年 3月、ローレンスは就職相談で[1] 旧師アーネスト・ウィークリーアーネスト・ウィークリー (Ernest Weekley ) を訪ね、彼とその妻フリーダ (Frieda von Richthofen ) 、3人の子供と出会う。ローレンスはフリーダと、フリーダの実家のあるドイツのメス を経てミュンヘン へと駆け落ち する。そこでイギリスのスパイと疑われて逮捕、告発されたため、アルプス山脈 を超えてイタリアにわたった。1913年 には子供に会いたいと言う[1] フリーダとともにイギリスに戻り、しばらく過ごしている。この際にジョン・ミドルトン・マリー 、キャサリン・マンスフィールド らと知り合う。その後ローレンスはイタリアに戻り、ラ・スペツィア に住む。1914年 、この地で『虹』 (The Rainbow ) と『恋する女たち』 (Women in Love ) を執筆する。フリーダは夫アーネストと離婚し、1914年 6月13日 にローレンスと再婚する。1915年 9月に『虹』を出版するが、11月に猥褻だとして発禁処分を受ける[1] 。その後、コーンウォール に移る。1917年 10月、スパイ容疑でコーンウォールから立ち退きを命じられ[1] 、バークシャー に移る。1918年 にはダービーシャー に移る。1919年 、イギリスを離れてイタリアに向かう。この頃には英文学作家として世間に広く知られるようになる。
メキシコ旅行と晩年 [編集 ]

ローレンスは、1922年 2月に東周りでアメリカに向かい、東南アジアを経てオーストラリア でモリー・スキナー (Mollie Skinner ) と出会う。9月にアメリカに到着し、マーベル・ルーハン (Mabel Dodge Luhan ) と出会う。ローレンスはアメリカに2年間住み『アメリカ古典文学研究』 (Studies in Classic American Literature ) を執筆[6] 、1923年 にメキシコ に向かう。1925年 3月、マラリア と結核 を併発する。命は取り留めたものの、療養のため同年ヨーロッパに戻る。1926年 、イタリアのフィレンツェ に住み、その地で『チャタレイ夫人の恋人 』に着手、これが最後の長編小説となる。オルダス・ハクスリー と親交を結ぶ。
タオス近郊にある墓

1928年 、『逃げた鶏』を執筆。油絵なども手がけている[7] 。この頃、ロンドン警視庁から嫌がらせを受けており、1929年中頃には部屋を荒らされている。1929年 、聖書論『黙示録 』[8] を完成、その後フランスのサナトリウム に移り住む。1930年 、妻フリーダらに見取られて死去。彼の遺灰はその後に再婚したフリーダの夫によってアメリカニューメキシコのタオス に納められた。


・・・


「http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=デーヴィッド・ハーバート・ローレンス&oldid=44950577 」


陰陽円(高次元、内在超越平面)と現象四次元体
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11401566269.html

無双PS原理の概念図はだんだん固まってきた。
 根本原理は太極陰陽であり、陰陽円が根本宇宙(霊的宇宙、霊的コスモス)と考えられる。
 陰陽円が太極点=MP(Media Pointメディア・ポイント)を介して、垂直に四つの軸で現象化を起こすと思われる。四次元時空体としての現象の生起である。それは、生命螺旋物質体を産出すると考えられる。
 そして、物質であるが、「原子」で考えると、陰が原子核で、陽が電子で、太極点=MPが陰陽均衡力で中性子や中間子その他へと物質現象化するのではないだろうか。
 無双原理の桜沢如一氏は、逆に考えて、陰が電子で、陽が原子核、陽子と考えている。基本的に陰陽の取り方が、私とは逆なのである。つまり、桜沢氏は、陰が拡散するもので、陽を集中するものととっているのであるが、私は、どちらかと言えば、陽が拡散するもので、陰が集中するものである。言い換えると、陰が内在原理であり、陽が外在原理である。
 ここで明確にしておかなくてはならないのは、陰陽そのものは、物質ではないということであり、いわば、物質を形成する根源要素である。言い換えると、霊的要素である。
 陰陽という霊(あえて霊と言うが、ここには、気も含まれる)が物質現象を産出すると考えられるのである。(陰陽の精神と言ってもいいが、精神だと、高次元、超越性が見えなくなるので、霊という用語を使用する。)
 ここで、全体像を確認しておこう。
 (太極)陰陽円は内在超越的平面である。当然ながら、高次元である。これを確認しておきたい。
 この高次元である陰陽円から、太極点=MP(簡単に言えば、原点、交叉点である)を介して、四次元生命物質現象世界が創出されるということである。
 この高次元陰陽円は不可視の世界、いわば、神秘の世界であり、物質世界からは、明確には、確認しにくいものである。プラトンのイデア界もここのことと考えられるし、いわゆる、霊界もここに存すると考えられる。神霊の世界、神々の世界でもある。また、悪霊・悪魔も存している。
 無双PS原理の概念座標から見ると、問題点は、実軸をどうとらえるかである。今は、天地軸としているが、現時点での直観では、それは、時間ないしは時間エネルギーではないだろうか。
 これをほとんど気と呼びたい感じがするが、気はあくまで、内在原理であり、実軸にすると、完全に現象的になると考えられる。
 気はあくまで、太極点=MPに内在的エネルギーとして存していて、実軸+1は、外在的エネルギー、生命物質的エネルギーではないだろうか。
 しかし、ここは微妙な点である。
 直観では、樹木の姿を見ると、垂直に、天地的に、陰陽がはたらいていると思われる。
 そう、つまり、陰陽円における陰陽エネルギーが太極点=MPで、垂直的に展開して、それが、生命物質エネルギーになるということではないだろうか。
 根源は陰陽=気エネルギーであり、それが、現象的に、生命物質エネルギーへと展開するというように感じられる。
 ここで、電磁波と「重力波」との関係を述べたいが、電磁波や「重力波」は被創造的には、生命体的電磁波、生命体的「重力波」のように考えられる。
 そのように考えると、生命体的電磁波は、例えば、気と間違えられるもののように思われる。
 生命体的電磁波とは、生命体情報(例えば、遺伝子情報)をもった電磁波である。
 だから、気ときわめて近いと言えよう。
 しかし、電磁波は電磁波であり、根源の気とは異なると考えられる。
 とまれ、生命体的電磁波、「重力波」が生命物質体を形成すると考えられるのである。
 そして、この生命物質体が「死」によって解体したときに、先に述べたように、純粋物質(今日で言う物質)が生じたと考えられるのである。初めに、生命体あり、その後に、物質生ず、である。
 後、補足すべき点は、意識、ないしは、主観の問題である。
 私は、陽が頭(大脳)に、陰が肚(太陽神経叢)へと展開しているように感じる。そして、陽が外在性であるから、物質へ傾斜、陰が内在性であるから、霊、魂、心、精神へと傾斜していると考えられる。
 近代文明は、前者が支配的になった唯物文明である。もっとも、文化的には、後者の文化も形成されたが、それは、マイナーである。物質科学・技術文明が資本主義とともに、支配的なのである。
 その他、簡単に、「占星術」的宇宙について言うと、上述したように、陰陽円が根本宇宙、霊的宇宙であるから、これが、「占星術」の宇宙の本体である。ここに、高次元の内因が存しているのであり、ここから、物質的宇宙が展開すると考えられる。
 そう、陰陽円=根本宇宙という高次元内在超越的根本因が今日の物質科学からはまったく理解されていないと考えられる。
 わかりやすい例をあげれば、自分というものを外的要因が規定しているように見えるのが、実は、自分を規定しているのは、高次元内在超越的根本因、簡単に言えば、「運命」、カルマである。
 「わたし」は「わたし」が規定しているのである。これは、民族にもあてはまるだろう。日本は米国に規定されているのではなく、日本自らによって規定されているのである。日本民族の「運命」、カルマがあると考えられる。
 私的歴史から言えば、日本民族は、弥生農耕文化の集団主義と父権的民族の自己中心主義によって、縄文的母権的個的文化が抑圧されていて、自由な、倫理・道徳のある共同体社会の建設が阻止されているのである。この自己束縛する原因に米国が植民地主義的に侵入していると考えられる。(ツングース系母権民族であるが、これも、個の自由な文化能力をもっているように思われる。)
 とまれ、以上が、現時点での無双PS原理の概念と簡単な応用である。

追記:陰陽円は端的に、陰陽宇宙、陰陽コスモスと言えよう。D. H. ロレンスのコスモスや王冠論や根源物質という考え方は、陰陽円、陰陽宇宙、陰陽コスモスを指していると考えられる。

黙示録論 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房
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<無双PS原理概念座標:Ver8.1.0>

         陰陽(円)

          陽(✡):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時間=天地軸)+1
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(✪):他者

【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
尚、実軸は時間=天地軸とし、太極点から発出する生命気螺旋における四元数(1, i, j, k)の三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。時間は時間エネルギーかもしれない。
 霊「数」、陽✡、陰✪を仮説して、また、陰陽共振を✇で表わし、以下のように公式化する。無双PS原理公式である。
✪✇✡⇒a + bi + cj + dk 
or
✪✇✡⇒+1 + i + j + k

 
参考:映画THRIVEのトーラス

resurrectionのブログ

映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html


resurrectionのブログ



resurrectionのブログ
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11392450908.htm
 


2012年11月04日(Sun)▲ページの先頭へ
四元数を無双PS原理に完全に組み込む:陰陽はi*jとなる:新たな展開へ向けて
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11396410166.html

先に以下のように述べた。

四元数と太極陰陽論
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11396074581.html

この考え方をさらに展開することができた。
 結局、陰をi、陽をjとする視点である。そして、両者で陰陽円を形成すると考えるのである。それは、k軸を形成する。これは、差異共振、陰陽共振である。
 そして、さらに、±1が発現する。これが、おそらく、時空軸=天地軸である。
 つまり、実軸を基軸として、生命気螺旋が形成されると思われる。言い換えると、k軸の差異共振が実軸に沿うようにして、螺旋的に展開するということである。
 私は現段階では、実軸を時空軸=天地軸にとっている。
 結局、推測するに、ijkの三次元空間が実軸=時空軸=天地軸を基軸にして、螺旋的に展開すると思われる。これまで、使用してきた、図像(参照:参考図)は役に立つ。
 無双PS原理概念座標Ver.8.0.0で言えば、陽をjに、陰をiに変えて、また、書き込まれていない軸をk軸にすればいいのである。
 次は、無双PS原理概念座標Ver.9.0.0である。

無双PS原理概念座標Ver.9.00

        陰(i):他者
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
−1_____ ・______+1(実軸=時空軸=天地軸)
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陽(j):自己


(ただし、陰陽差異共振軸のk軸は書き込まれていないし、また、実軸を基軸とする生命螺旋体も描かれていない。生命螺旋体は生命物質体であるが、螺旋生命物質体をもたらす生命気はk軸に存すると思われる。思うに、陰陽差異共振である生命気は、まだ、螺旋形状ではないと現段階では思われる。)

 
参考図

resurrectionのブログ



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<無双PS原理概念座標:Ver8.0.0>

         陰陽(円)

          陽(✡):自己
          |
          |
          |
          |
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          ★
_______・_______実軸(時空=天地軸)+1
          ☆
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          |
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          |
          |
         陰(✪):他者

【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
尚、太極点から発出する生命気螺旋における四元数(1, i, j, k)の三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。
 霊「数」、陽✡、陰✪を仮説して、また、陰陽共振を✇で表わし、以下のように公式化する。無双PS原理公式である。
✪✇✡⇒a + bi + cj + dk 
or
✪✇✡⇒+1 + i + j + k



参考:
四元数と太極陰陽論
テーマ:無双PS原理
以下、生成門氏が興味深い、四元数による陰陽論の説明を行っている。後で、考察してみたいが、簡単に予見を言うと、太極はMPに存するのではないだろうか。
 そして、陰陽を例えば、ij→kで表現できるかもしれない。
 ただし、iを陽、jを陰とし、陽から陰への作用、kを陰陽共振とし、また、ji→−kを、陰から陽への作用として、−kのその場合の陰陽共振と見るというような視点は可能かもしれない。
 確かに、陽が主導的な場合と、陰が主導的な場合があり、それが、正反対の結果になるというのは、考えられることである。
 ただ、問題は、果たして、陰陽をそのように三つの虚数に割り当てていいのかということである。何故、iが陽で、jが陰なのか、どうして、jが陽で、kが陰ではいけないかという疑問も生じる。
 とまれ、自己認識方程式凸i*凹i→+1よりは、はるかに整合的ではある。
 繰り返すが、一番大きな問題は、三つの虚数へ陰陽を割り当てることの正当性である。少なくとも、そのためには、i、j、kにおいて、なんらかの位階のようなものが必要なように思える。
 つまり、先にも述べたが、単に、i、j、kだけであると、三者が相互変更可能であるからである。
 ところで、今考えたのは、平面直交座標において、ガウス平面のiはiのまま、−iをjに変え、そして、+1をk、−1を−kにするのはどうだろうか。

       陽(i):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
−k_____ ・______k(陰陽共振様態)
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(j):他者


である。・はMP=太極点である。
 ならば、+1はどうなのかとなるだろう。つまり、実軸であるが、それは、・のMP=太極点において、この平面と直交する軸で考えたらどうだろうか。
 今は、ここで留める。

追記:陰陽論的には、iが陰で、jが陽の方がいい。何故なら、陰が陽に作用すると、ポジティブになるからであり、陽が陰に作用すると、ネガティブだからである。文字的にも、陰ying、陽yangにも少しはあうだろう。だから、

        陽(j):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
−k_____ ・______k(陰陽共振様態)
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(i):他者

となる。
 ijk⇒−1であるが、これは、陰陽と陰陽共振様態の乗法と考えられるが、−1とはなんであろうか。これは、課題にしておく。

追記2:ji(−k)=−jik⇒+1である。これが、物質かもしれない。そして、−1は、ダークマター?
 陽から陰へ作用し、その陰陽と陰陽共振(同一性化であるが)の乗法が+1で物質となるのは、興味深いし、また、それが、自己同一性=自我かもしれない。
 −1は陰から陽への作用と陰陽共振の乗法の結果であり、自己同一性=自我の反対だから、一種の影ではないか。
 というか、こちらが光かもしれない。そして、+1が闇かもしれない。
 これは、検討課題としておく。
 
******************

PS三角錐には陰が欠如している?

http://www.beach.jp/circleboard/ad00178/topic/1100200020936

シムダンス「四次元能」


参考:
四元数 - Wikipedia
定義 [編集 ]

集合としては、四元数の全体 H は実数 体上四次元の数ベクトル空間 R4 に等しい。H には三種類の演算(加法、スカラー乗法、四元数の乗法)が入る。 H の二元の和は、R4 の元としての和で定義され、同様に H の元の実数倍も R4 におけるスカラー倍として定義される。H の二元の積を定めるには、まず R4 の基底 を決めなければならないが、それを通例 1, i, j, k と記す。H の各元はこれら基底元の線型結合 として、つまり適当な実数 a, b, c, d に対する a1 + bi + cj + dk の形で一意的に書き表される。基底元 1 は H の単位元 (つまり 1 を掛けることは何もしないことと同じ)であり、それを以って H は基底元 1 を伏せて a + bi + cj + dk の形に書くのが普通である。この基底が与えられたところで、四元数の結合的 乗法は、初めに基底元同士の積を定義して、一般の積はそれを分配律を用いて拡張することで定義される。
基底間の乗法 [編集 ]
単位の乗積表 × 1 i j k
1 1 i j k
i i −1 k −j
j j −k −1 i
k k j −i −1

H の基底元 i, j, k に対して等式

i^2 = j^2 = k^2 = i j k = -1

は i, j, k の間の可能なすべての積を決定する。例えば

-1 = i j k

の両辺に k を右から掛ければ

\begin{align} -k & = i j k k = i j (k^2) = i j (-1), \\ k & = i j \end{align}

を得る。他の積も同じようにして得られて、結局

\begin{alignat}{2} ij & = k, & \qquad ji & = -k, \\ jk & = i, & kj & = -i, \\ ki & = j, & ik & = -j \end{alignat}

が可能なすべての積を列挙したものとなる。これは左側の因子を列に、右側の因子を行にそれぞれ充てて、表の形にまとめることができる(乗積表)。

四元数と太極陰陽論
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11396074581.html


四元数と太極陰陽論
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11396074581.html

以下、生成門氏が興味深い、四元数による陰陽論の説明を行っている。後で、考察してみたいが、簡単に予見を言うと、太極はMPに存するのではないだろうか。
 そして、陰陽を例えば、ij→kで表現できるかもしれない。
 ただし、iを陽、jを陰とし、陽から陰への作用、kを陰陽共振とし、また、ji→−kを、陰から陽への作用として、−kのその場合の陰陽共振と見るというような視点は可能かもしれない。
 確かに、陽が主導的な場合と、陰が主導的な場合があり、それが、正反対の結果になるというのは、考えられることである。
 ただ、問題は、果たして、陰陽をそのように三つの虚数に割り当てていいのかということである。何故、iが陽で、jが陰なのか、どうして、jが陽で、kが陰ではいけないかという疑問も生じる。
 とまれ、自己認識方程式凸i*凹i→+1よりは、はるかに整合的ではある。
 繰り返すが、一番大きな問題は、三つの虚数へ陰陽を割り当てることの正当性である。少なくとも、そのためには、i、j、kにおいて、なんらかの位階のようなものが必要なように思える。
 つまり、先にも述べたが、単に、i、j、kだけであると、三者が相互変更可能であるからである。
 ところで、今考えたのは、平面直交座標において、ガウス平面のiはiのまま、−iをjに変え、そして、+1をk、−1を−kにするのはどうだろうか。

       陽(i):自己
          |
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−k_____ ・______k(陰陽共振様態)
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         陰(j):他者


である。・はMP=太極点である。
 ならば、+1はどうなのかとなるだろう。つまり、実軸であるが、それは、・のMP=太極点において、この平面と直交する軸で考えたらどうだろうか。
 今は、ここで留める。

追記:陰陽論的には、iが陰で、jが陽の方がいい。何故なら、陰が陽に作用すると、ポジティブになるからであり、陽が陰に作用すると、ネガティブだからである。文字的にも、陰ying、陽yangにも少しはあうだろう。だから、

        陽(j):自己
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−k_____ ・______k(陰陽共振様態)
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         陰(i):他者

となる。
 ijk⇒−1であるが、これは、陰陽と陰陽共振様態の乗法と考えられるが、−1とはなんであろうか。これは、課題にしておく。

追記2:ji(−k)=−jik⇒+1である。これが、物質かもしれない。そして、−1は、ダークマター?
 陽から陰へ作用し、その陰陽と陰陽共振(同一性化であるが)の乗法が+1で物質となるのは、興味深いし、また、それが、自己同一性=自我かもしれない。
 −1は陰から陽への作用と陰陽共振の乗法の結果であり、自己同一性=自我の反対だから、一種の影ではないか。
 というか、こちらが光かもしれない。そして、+1が闇かもしれない。
 これは、検討課題としておく。
 
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PS三角錐には陰が欠如している?

http://www.beach.jp/circleboard/ad00178/topic/1100200020936

シムダンス「四次元能」


参考:
四元数 - Wikipedia
定義 [編集 ]

集合としては、四元数の全体 H は実数 体上四次元の数ベクトル空間 R4 に等しい。H には三種類の演算(加法、スカラー乗法、四元数の乗法)が入る。 H の二元の和は、R4 の元としての和で定義され、同様に H の元の実数倍も R4 におけるスカラー倍として定義される。H の二元の積を定めるには、まず R4 の基底 を決めなければならないが、それを通例 1, i, j, k と記す。H の各元はこれら基底元の線型結合 として、つまり適当な実数 a, b, c, d に対する a1 + bi + cj + dk の形で一意的に書き表される。基底元 1 は H の単位元 (つまり 1 を掛けることは何もしないことと同じ)であり、それを以って H は基底元 1 を伏せて a + bi + cj + dk の形に書くのが普通である。この基底が与えられたところで、四元数の結合的 乗法は、初めに基底元同士の積を定義して、一般の積はそれを分配律を用いて拡張することで定義される。
基底間の乗法 [編集 ]
単位の乗積表 × 1 i j k
1 1 i j k
i i −1 k −j
j j −k −1 i
k k j −i −1

H の基底元 i, j, k に対して等式

i^2 = j^2 = k^2 = i j k = -1

は i, j, k の間の可能なすべての積を決定する。例えば

-1 = i j k

の両辺に k を右から掛ければ

\begin{align} -k & = i j k k = i j (k^2) = i j (-1), \\ k & = i j \end{align}

を得る。他の積も同じようにして得られて、結局

\begin{alignat}{2} ij & = k, & \qquad ji & = -k, \\ jk & = i, & kj & = -i, \\ ki & = j, & ik & = -j \end{alignat}

が可能なすべての積を列挙したものとなる。これは左側の因子を列に、右側の因子を行にそれぞれ充てて、表の形にまとめることができる(乗積表)。


2012年11月02日(Fri)▲ページの先頭へ
PS三角錐理論は凸=光=陽のみに関わり、凹=闇=陰を欠く?:不連続的差異としての他者の消失?
数式は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11394888814.html

PS三角錐とは、結局、

凸*凹⇒a + bi + cj + dk 

or

凸*凹⇒+1 + i + j + k

における凸の四元性を意味すると考えられる。
 そこには、凹という他者、不連続的・絶対的差異・他者が欠けていると思われる。凸の光=陽のみの世界を説いていて、凹の闇=陰の世界をまったく欠いているように思われる。
 つまり、自己同一性あるいは物質の世界を公式化しているのであり、差異共振の世界、太極陰陽世界はまったく表現されていないと思う。
 とまれ、後でよく検討したい。

追記:PS三角錐理論は、立体的三元論である。
 しかし、そこには、陰陽極性はもはやないように思える。
 ガウス平面の虚軸ないしは虚数であるが、それで、もともと、陰陽を記述するのは、無理があると考えられる。何故なら、iと−i、ないしは、凸iと凹i は、ただ符号が違うだけであり、互いに鏡像になると考えられるのであり、不連続的差異としての他者がそこには、表現されないと考えられる。
 四元数の+1、i、j、kにおいて、思うに、例えば、iとjは不連続的関係と見えるかもしれない。あるいは、陰陽と考えられるかもしれない。
 また、虚数が三つあるので、「陰陽」が三種類できると言えるかもしれない。つまり、例えば、陰陽A、陰陽B、陰陽Cの三種類である。
 しかし、このように、三種類陰陽を作ると、もはや、陰陽の意味はなくなるだろう。何故なら、根本は一元の陰と一元の陽であり、それらが極性をなし、同時に、太極一元で結合されているからである。
 とまれ、あえて、三種類の陰陽というのを考えてみよう。
 ここで、三種類の陰陽の世界を仮定する。
 i、j、kを簡単にA、B、Cとしてみよう。すると、三つの陰陽は、AB、BC、CAとなる。さらにわかりやすくするために、金、銀、銅と呼んでみよう。金の陰陽、銀の陰陽、銅の陰陽である。
 思うに、易に当てはめれば、上卦か下卦のどちらかに当てはまるかもしれない。その可能性はある。
 しかし、上卦か下卦のどちらかで、両方は説明できないのではないだろうか。言い換えると、陽か陰かのどちらかの説明にはなるが、陰陽自体の説明にはならないように思える。
 しかし、BA、CB、ACと順序を変えることができるのではないだろうか。そうならば、陰陽自体にはなるだろう。
 つまり、例えば、

陽=AB、BC、CA
陰=BA、CB、AC

である。
 以下の四元数の乗法を見ると、

\begin{alignat}{2} ij & = k, & \qquad ji & = -k, \\ jk & = i, & kj & = -i, \\ ki & = j, & ik & = -j \end{alignat}

である。
 だから、

AB=ij=k

BA=ji=−k

である。
つまり、金の陰陽において、陰陽を乗法として扱うと、それは、ガウス平面の場合と同様に、単に符号を異なるだけで、不連続的差異としての他者がないことになるのである。

追記2:凸iと凹iも符号が異なるだけと上述したが、つまり、いわば、正反対の符号としているが、それだが、無双PS原理の公式でも凸と凹が使用されているので、それは、不正確なことになる。
 正反対ではなく、不連続的な異質な関係があるのである。陰は陽の正反対ではない。
 違う記号を考えるべきである。陽を例えば、✡、陰を✪とする。すると、新しい無双PS原理公式は、次のようになる。

✪*✡⇒a + bi + cj + dk 

or

✪*✡⇒+1 + i + j + k

さらに、*も差異共振を表わすために、✇に変える。

即ち、


✪✇✡⇒a + bi + cj + dk 

or

✪✇✡⇒+1 + i + j + k

となる。


参照:
基底間の乗法 [編集 ]
単位の乗積表 × 1 i j k
1 1 i j k
i i −1 k −j
j j −k −1 i
k k j −i −1

H の基底元 i, j, k に対して等式

i^2 = j^2 = k^2 = i j k = -1

は i, j, k の間の可能なすべての積を決定する。例えば

-1 = i j k

の両辺に k を右から掛ければ

\begin{align} -k & = i j k k = i j (k^2) = i j (-1), \\ k & = i j \end{align}

を得る。他の積も同じようにして得られて、結局

\begin{alignat}{2} ij & = k, & \qquad ji & = -k, \\ jk & = i, & kj & = -i, \\ ki & = j, & ik & = -j \end{alignat}

が可能なすべての積を列挙したものとなる。これは左側の因子を列に、右側の因子を行にそれぞれ充てて、表の形にまとめることができる(乗積表)。

四元数 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/四元数 - キャッシュ 類似ページ
一般公開で +1 しました 取り消す
数学における四元数(しげんすう、英: quaternion; クォータニオン)は複素数を拡張した数体系である。四元数についての最初の記述は、1843年にアイルランドの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトンによってなされ、三次元空間の力学に応用された。四元数の ...

*********************
 

• 三角錐を発見するのは楽しい (0)

契機モデル を三角錐にする

http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111504367

の続きです。

存在の様式



http://www.c-player.com/ad00178/thread/1100111517979

• 認識のリサイクル モデル の応用 (0)

• 知の脱構築 のダイナミズム (運動) (0)

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• 存在の様式としての契機モデル (0)

• 普遍と一般と個別の三角形 (0)

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シムダンス 「四次元 能」



マクスウェルの悪魔は三角錐を構成する
http://www.beach.jp/circleboard/ad00178/topic/1100200019375

シムダンス「四次元能」



「単純なガウス平面の立体化とオイラー定理の適用は認識の錯誤 (gimbal lock)に陥る。」

http://blog.kaisetsu.org/?eid=813641rcleboard/ad00178/topic/1100200015563
海舌 SeaTongue@Kaisetsu


PS三角錐理論と無双PS原理:前者は凸=光=陽だけに関わり、凹=闇=陰を欠いていると思われる
PS三角錐とは、結局、

凸*凹⇒a + bi + cj + dk 

or

凸*凹⇒+1 + i + j + k

における凸の四元性を意味すると考えられる。
 そこには、凹という他者、不連続的・絶対的差異・他者が欠けていると思われる。凸の光=陽のみの世界を説いていて、凹の闇=陰の世界をまったく欠いているように思われる。
 つまり、自己同一性あるいは物質の世界を公式化しているのであり、差異共振の世界、太極陰陽世界はまったく表現されていないと思う。
 とまれ、後でよく検討したい。
 

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マクスウェルの悪魔は三角錐を構成する
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2012年10月30日(Tue)▲ページの先頭へ
陰陽霊数的四元数的無双PS原理仮説:凸*凹⇒a + bi + cj + dk
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11392450908.html

先に拡大ガウス平面路線と四元数路線でひどく紆余曲折したが、今は、後者をやはりとることにする。
 しかし、太極・陰陽の霊数凸陽と凹陰は作業仮説する。
 即ち、

凸*凹⇒a + bi + cj + dk

となる。
 そして、実軸は時間である。そして、三次元空間(虚軸三次元空間)は、電磁波空間と考える。
 電磁波の進行方向が例えば、iであると仮定する。
そして、電場や磁場はj,kと例えばなる。
 だから、この場合、iが特殊である。
 この点で、四元数的無双PS原理は理論的問題がある。

追記:欠点をなくすには、先に述べたように(拡大ガウス平面路線VS四元数路線:時空軸一次元+空間二次元VS時空軸一次元+空間三次元 http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11392346422.html)、実軸を時空軸=天地軸にすることである。そうすると、やはり、時空一次元-空間三次元の四次元体が考えられる。
 以下の無双PS原理Ver6.3.0の構図が生きていることになる。
 だから、樹木は先に述べたように、時空軸=天地軸に沿って、幹が生じるのであり、枝葉は空間三次元(虚軸三次元空間)において、螺旋的に形成されるのである。
 螺旋形状は、電磁波が主導的になるだろうし、幹のような時空軸=天地軸に沿う現象は、主に、生命エネルギーが関係するのではないだろうか。
 もっとも、枝葉にしろ、幹にしろ、基本は生命気渦巻であり、それが、四次元【螺旋(三次元)+天地垂直(一次元)】的に樹木全体を生起させると考えるのである。
 また、簡単に意識の問題を説明すると、やはり、先に述べたように、時空軸=天地軸に意識が来ると言えよう。+1は、頭(大脳)と、−1は肚(太陽神経叢)、太極点=MPは胸と考える。
 結局、この仮説は、拡大ガウス平面路線は排して、四元数路線を取ったことになるが、しかし、陰陽霊数という仮説があり、特殊な四元数路線である。
 一先ず、この仮説を陰陽霊数的四元数的無双PS原理と呼ぶことにする。


追記2:陰陽霊数四元数的無双PS原理公式は、以下よりも、

凸*凹⇒a + bi + cj + dk

次の方がいいかもしれない。

凸*凹⇒+1 + i + j + k

四元数 - Wikipedia

集合としては、四元数の全体 H は実数 体上四次元の数ベクトル空間 R4 に等しい。H には三種類の演算(加法、スカラー乗法、四元数の乗法)が入る。 H の二元の和は、R4 の元としての和で定義され、同様に H の元の実数倍も R4 におけるスカラー倍として定義される。H の二元の積を定めるには、まず R4 の基底 を決めなければならないが、それを通例 1, i, j, k と記す。H の各元はこれら基底元の線型結合 として、つまり適当な実数 a, b, c, d に対する a1 + bi + cj + dk の形で一意的に書き表される。基底元 1 は H の単位元 (つまり 1 を掛けることは何もしないことと同じ)であり、それを以って H は基底元 1 を伏せて a + bi + cj + dk の形に書くのが普通である。この基底が与えられたところで、四元数の結合的 乗法は、初めに基底元同士の積を定義して、一般の積はそれを分配律を用いて拡張することで定義される。
基底間の乗法 [編集 ]
単位の乗積表 × 1 i j k
1 1 i j k
i i −1 k −j
j j −k −1 i
k k j −i −1

H の基底元 i, j, k に対して等式

i^2 = j^2 = k^2 = i j k = -1

は i, j, k の間の可能なすべての積を決定する。例えば

-1 = i j k

の両辺に k を右から掛ければ

\begin{align} -k & = i j k k = i j (k^2) = i j (-1), \\ k & = i j \end{align}

を得る。他の積も同じようにして得られて、結局

\begin{alignat}{2} ij & = k, & \qquad ji & = -k, \\ jk & = i, & kj & = -i, \\ ki & = j, & ik & = -j \end{alignat}

が可能なすべての積を列挙したものとなる。これは左側の因子を列に、右側の因子を行にそれぞれ充てて、表の形にまとめることができる(乗積表)。


resurrectionのブログ
四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji



<無双PS原理:Ver6.3.0>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時空軸)+1
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(凹):他者

【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


<無双PS原理:Ver7.0.0>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時空=天地軸)+1
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(凹):他者

【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
尚、太極点から発出する生命気螺旋における四元数の三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。
 霊数、陽凸、陰凹を仮説して、以下のように公式化する。無双PS原理公式である。
凸*凹⇒a + bi + cj + dk 
or
凸*凹⇒+1 + i + j + k



参考:映画THRIVEのトーラス

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映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html


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無双PS原理を再度ガウス平面から構築する:時空軸と平面二次元の構成する現象時空三次元体:超ガウス五次元体の仮説
私は、無双PS原理の数学的システムをガウス平面から四元数(しげんすう)=クォータニオンに変えたが、どうも、直観的には、しっくりしないものがあり、再考したい。
 再度、ガウス平面的視点から考察しよう。即ち、

凸i*凹i⇒+1

のPS理論の自己認識方程式であるが、
右辺の+1を時空軸、つまり、天地の垂直の軸と考えるのである。
 これは、単に空間軸ではなく、時空軸という特殊な、特異な軸と見るのである。そして、同時に、凸i*凹iの陰陽円は、現象的には螺旋的現出(幻出)=螺旋的現象化を行なうのである。
 問題は、+1の時空軸と螺旋形状との関係である。それは一致するのか。
 直観では違う。
 +1の時空軸という天地垂直軸を中心にして、螺旋形状が発現すると考えられよう。
 結局、陰陽円=イデア円の回転が根源であるが、⇒+1の時空軸の形成と同時に、陰陽円=イデア円の回転は、螺旋形状へと現象化するのではないか。
 わかりやすく言えば、⇒+1に引っ張られるように、円回転から螺旋へと展開するいうことである。
 このとき、陰陽円=イデア円の平面は、現象平面+時空一次元の現象時空三次元へと展開するということになる。
 現象時空三次元という概念は、これまでの、時空四次元という物理学の概念とまったく異なるものである。
 端的に、空間は単純な三次元ではなく、天地の時空軸の一次元があり、それに直交する空間二次元があるということなのである。
 簡単に図式化すれば、

陰陽円=イデア円(の回転)⇒現象時空三次元(時空軸一次元+平面二次元)

ということになる。
 これは、凸i*凹i⇒+1の解明である。
 凸iは陽であり、凹iは陰であり、⇒は現象化であり、+1は、時空軸=時空一次元である。
 ただし、このPS理論公式(と今呼ぶことにしたい)は時空軸一次元を提示するが、それに直交する平面二次元を提起していないことに注意しなくてはならない。
 これは、その点で、ガウス平面の欠点と言えよう。つまり、考えてみると、もともと存する陰陽円=イデア円の超越的平面が提示されていないし、また、現象化における平面も提示されていないのである。
 思うに、超ガウス立体を少なくとも考えるべきである。つまり、超ガウス平面としての陰陽円=イデア円の超越的平面が存し、それが、ガウス平面へと展開し、また、そこから、現象三次元へと展開するような哲学・数学的理論である。
 そう、超虚軸としての超越軸があり、それから、虚軸があり、それから、時空軸と、現象直交軸を整備した理論である。
 とまれ、以上の検討・考察から、時空軸一次元(天地軸)+現象平面の現象時空三次元体において、時空軸一次元を中軸として、螺旋形状(宇宙、生命体)が形成されるという仮説に至ったわけである。
 ガウス平面は、だから、超ガウス五次元体へと「進化」したわけである。
 以上の試論、仮説から、四元数的視点は不要になるのである。

追記:PS理論であるが、自己認識方程式凸i*凹i⇒+1は今でも正当であると考えられる。
 この公式は、実に問題を孕んでいたのである。この解釈にはなはだ悩んだ。現段階での解釈は上記の通りであるが、PS理論の段階において、解釈が紆余曲折した。
 哲学的には、自己同一性と差異共振性の数学的位置付けである。問題は、オイラーの公式、e^iπ=−1を根本として、−1に、根源を見て、−1を差異共振性と見たのである。
 しかしながら、哲学的思考では、差異共振性は+1であり、自己同一性は−1なのである。
 つまり、哲学的思考においては、−1はいわゆる自我であり、悪しきものなのである。それが、根本となるオイラーの公式は問題があったのである。
 そして、PS理論の実質的理論家であるkaisetsu氏は、オイラーの公式を元にして、人間認識図を構築したのである。
 しかしながら、これは、PS理論の混乱であったと考える。
 PS理論の自己認識方程式まではよかったが、その後のオイラーの公式による人間認識図は、哲学的に間違ったものと考えられる。即ち、−1を差異共振性と、+1を自己同一性と見たのである。その逆が哲学的には正しいと考えれるのである。即ち、+1が差異共振性の帰結であり、−1が自己同一性であると。
 この点で、私とkaisetsu氏との決別が生じたのである。私は、直観に従い、PS理論を無双PS原理へと進展、「進化」させた。
 その後、kaisetsu氏と生成門氏は、ガウス平面から脱却して、四元数(しげんすう)に基づく理論展開へと動いた。

追記2:以上のように再び、ガウス平面を発展させた視点に立つと、問題は、「物質」をどう捉えるのかとなる。
 「物質」とは当然、生命物質体、生命有機体のことである。
 問題は、螺旋形状をどう捉えるのか、である。
 直観では、どうも、螺旋に四元数的空間三次元が適用されるべきではないかと思われるのである。
 そうならば、時空軸一次元とは別に、空間三次元があるということになる。これはこれで、意味のある視点である。
 螺旋に四元数の空間三次元を見るのは、意味深いと直観される。そして、同時に、時空軸一次元を仮説するのである。
 この視点は、ガウス平面的視点と四元数的視点のちょうど合体のようなものである。折衷ではなく、結合である。
 その視点は結局、空間三次元と同時に時空一次元を結合させるものである。そして、現象的には、空間三次元のうちの一次元と時空一次元が混淆されていると見るのである。
 つまり、これまでの考え方から見ると、螺旋的進行方向、つまり、電磁波の進行方向と時空一次元の天地方向が、本当は異なるのであるが、現象としては一体化(混淆)していることになる。
 つまり、本来、別である、空間一次元(電磁波進行方向)と時空一次元が混淆されて知覚・認識されているということである。
 直観では正にそのように思う。空間三次元の次元はそれぞれ同質・等質と考えられている。しかしながら、時空一次元は、そのようなっ空間の次元とはまったく異なるものである。
 今閃いたが、時空一次元というより、やはり、時間一次元であり、それが、螺旋三次元空間の電磁波進行方向の空間一次元と混淆されていると見るべきかもしれない。
 そうならば、それは、ガウス平面的四元数的四次元時間空間ということになるだろう。
 後で整合化するために再検討したい。
 私は、四元数の視点が無双PS原理をより整合的にすると考えて、ガウス平面を廃棄して、それを取り入れたのである。
 しかし、上記のように、ガウス平面を発展、「進化」させる視点から、無双PS原理を再考・再検討した次第である。
 それによると、四元数の視点は必要がなくなるのである。
 今はここで留める。

追記3:やはり、時空軸(一次元、天空軸)はあると思う。問題は、螺旋空間である。それは、空間三次元、電磁波的三次元空間、つまり、物質的三次元空間である。ならば、そこにおいて、四元数的空間三次元の視点が適用されよう。そうすると、四元数における実軸とは時間ではなく、時空軸となる。そして、時空軸と電磁波的三次元空間の電磁波進行方向の一次元軸が、現象的には、混淆されているということになろう。
 結局のところ、時空軸なのか時間軸なのか、という問題である。経験的に言えば、垂直に立つ樹木の垂直軸を時間軸というのは、奇妙である。それは、やはり、時空軸の方が的確であると思う。
 ならば、やはり、時空軸一次元と空間三次元の時空・空間四次元が現象界であるということになる。

追記4:今、解釈にはなはだ揺れている。時空軸一次元と空間三次元の時空・空間四次元体を仮説すべきか、それとも時空軸一次元と空間二次元の現象時空・空間三次元体(現象時空三次元体)を提起すべきなのかで揺れている。
 簡単に言えば、四次元か三次元かである。
 問題は、先にも述べたように、螺旋形状空間の解釈にある。
 考えてみるに、時間を実軸として考えること自体が空間的視点であると言えよう。だから、問題はさらに膨らむ。
 とまれ、直観では、現象時空三次元体に傾いている。エネルギーのある時空軸があり、それを中軸にして、螺旋空間(結局、時空軸と合わせて、三次元空間)が形象されるのではないのか。
 そうならば、やはり、四元数的視点は不要となるだろう。拡大ガウス平面的視点で済むように思われるのである。

追記5:時空軸一次元と空間三次元を想定した場合、何か不都合はあるのだろうか。
 今閃いたが、⇒+1の+1自体を螺旋の進行方向、そして、同時に、電磁波進行方向と考えたらどうだろうか。当然、天地軸も同じである。つまり、天地的垂直とは螺旋進行方向とういことになる。
 そうならば、時空軸一次元とそれに直交する平面を合わせた時空・空間三次元で済むようになる。
 そうすると、やはり、拡大ガウス平面的視点でいいことになる。
 解釈が錯綜している。後で、さらに検討したい。
 
追記6:結局、拡大ガウス平面的時空軸一次元+空間二次元=時空・空間三次元路線(拡大ガウス平面路線)と四元数的時空軸一次元+空間三次元=時空・空間四次元路線(四元数路線)の二つが衝突しているのが、現在である。
 ただし、四元数的空間の問題は、天地軸が、三次元空間において、決められないことである。確かに、無重力空間では、三次元空間においては、天地軸はないので、その必要はないのであるものの、地球・大地においては、天地軸は支配的な意味をもっていよう。
 思うに、天体自体の空間と無重力的宇宙空間は異なると見るべきであろう。何故なら、前者は当然ながら、物質、重力が支配的に関わるからである。
 地球・大地という天体空間においては、天地軸の中心性は無視できない。四元数路線の問題は、この天地軸を説明できないことである(宇宙空間ならば、四元数路線で説明できよう。)。だから、現段階では、私は、拡大ガウス平面路線に傾いている。
 そう、私は大地上で考えているのであり、宇宙空間で考えているのではないのである。


2012年10月29日(Mon)▲ページの先頭へ
霊数としての陰凹と陽凸:根源軸としての陰陽軸、根源平面としての陰陽円、根源点としての太極点
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11391374742.html

先に、陰陽軸を大虚軸と仮説した(追記:そうではなく、大虚数を仮説したのである。陰陽軸という視点は便宜的にとる。)が、そうではなく、単に、陰陽軸でいいのではないだろうか。つまり、四元数的時空間が発生する根源軸としての陰陽軸である。
 しかし、正確には、陰陽円を私は考えているのであるが。つまり、初めに、陰陽円ありき。しかし、もっとも正確に言うと、初めに、太極ありき、であるが。
 あえて数学化すれば、凸*凹⇒+1である。
 凸が陽と凹が陰であるが、それらは虚数ではなく、あえて言えば、原数、元数、基数、本数、根数、魂数、霊数、等である。
 とまれ、霊数としよう。霊数の凸と凹があり、それが、共振して、実軸の時間(おそらく、エネルギー)が発生するのである。
 つまり、+1がエネルギーである。しかし、これは、光だろうか。
 そのようにも思えるし、違うようにも思える。これは要検討である。
 今はざっと述べるに留める。

追記:凸*凹⇒+1の+1は時間ではあるが、エネルギーかどうかは問題である。そう、時間エネルギーという用語を造語したい気もするが。

追記2:まったく思いつきであるが、凸i、凸j、凸k、凹i、凹j、凹kが考えられるだろう。
 陽は三種類、陰も三種類であり、これは、易の上卦、下卦に相当するかもしれない。
 とまれ、これを陰陽四元数ないしは太極四元数と見るとどうだろうか。もっとも、+1を加えるが。
 そうならば、それは、言い換えると、陰陽が三組あることになろう。それが、時間形成するのである。
 陰陽の三組は、上卦、下卦で考えられることである。
 しかし、これが、どう螺旋を形成するのかはわからない。

追記3:思うに、陰陽原理はそのままでいい。上卦の三元性と下卦の三元性があり、それらが、共振して、太極点=MPで、四元数的時空間を現出するのではないだろうか。
 陰陽の三元性が三次元空間を、そして、陰陽共振が一次元時間を形成するのではないのか。つまり、三元性が、三次元へと分岐するのではないのか。つまり、時間の実軸が形成されると、陰陽平面と実軸で、立体空間となり、そこに、陰陽三元性が三次元へと展開するのではないのか。
 以上はまったくの思いつきに過ぎない。

追記4:追記3の考え方だと結局、これまでの、四元数的無双PS原理でいいことになろう。
 陰陽が太極点=MPで垂直に展開して、時間形成し、かつ、螺旋形状に三次元空間を形成するということである。

追記5:簡単に言えば、陰陽円での回転があり、それが、時間発生によって、螺旋形状の三次元空間体が形成されるということである。陰陽回転が陰陽共振による時間生起で、螺旋形状に展開するということである。そのとき、電磁波が主導的になると思われる。もっとも、ベースは生命気波動であるが。
 簡単に言えば、生命気波動が根底にあり、それと併存しつつ、電磁波が螺旋形状に展開するということである。
 この電磁波三次元空間体が三つの虚軸で記述されるということになるのだろう。
 結局、元に戻って、陰陽円、超越的陰陽円を想定する必要があるのである。やはり、霊数としての陰陽ということになるかもしれない。

追記6:凸*凹⇒+1(実軸=時間)であるが、この+1は、意識が入るのではないだろうか。これが、三つの虚軸に向けられたとき、外部空間があり、それが、太極点=MPに向けられたとき、つまり、内に向けられたとき、内部「空間」があるのではないだろうか。もっとも、内部「空間」というより、内的時間かもしれないが。
 不連続的差異論で、凹他者が凸自己から切り離されときの心的状態がこれではないだろうか。
 そう、言い換えると、それは、陰陽均衡、自己ー他者の均衡の様態になるのではないだろうか。
 また、いわゆる、瞑想もそのような状態を引き出す方法ではないだろうか。
 今思いついたが、意識が+1ならば、それが、天の方向であり、天地の垂直はそこに生起するのではないだろうか。それが、空間の虚軸に投影されるのではないだろうか。
 また、+1は頭(大脳)であり、−1は肚であり、太極点=MPは、胸ではないだろうか。

追記7:陰陽円の回転がそのまま螺旋へと展開するのではなく、それがイデアとして存し、太極点=MPから、三次元的に螺旋形成を行なうと見るべきである。
 つまり、回転する陰陽円(超越円)=イデア円と、太極点=MPから発出する三次元空間の螺旋の点における方向の「垂直」に対して形成される現象物質平面とは別個のものであるということである。下の図1における底面の円がイデア円=陰陽円であり、その中心から発出・現出(幻出)する螺旋において、空間三次元が発現するのであり、そこにおける「垂直」次元(これは、実軸ではない)に直交する平面空間(二次元空間)はイデア円=陰陽円とは異質でまったく異なるということである。
 簡単に言えば、イデアと現象の相違である。


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                図1



<無双PS原理:Ver6.2.1>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時間)+1
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


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四元数数の単位の積を四次元空間の 90°-回転として視覚的に表現したもの。ij = k, ji = −k, ij = −ji

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E5%85%83%E6%95%B0


参考:
四元数(クォータニオン)でモデルを回転
http://www.arakin.dyndns.org/gl_torusquat.php

1.
四元数 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/四元数 - キャッシュ 類似ページ
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数学における四元数(しげんすう、英: quaternion; クォータニオン)は複素数を拡張した数体系である。四元数についての最初の記述は、1843年にアイルランドの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトンによってなされ、三次元空間の力学に応用された。四元数の ...


2.

四元数 [物理のかぎしっぽ]
hooktail.sub.jp › 物理数学 - キャッシュ 類似ページ
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しかし,残念ながら3次元以上の一点を表すような数を美しく定義することは出来ません. それでも,乗法の交換則を犠牲にすればなんとか四元数というものを定義することが出来ます. 高校や大学でも四元数の話を少し習うかもしれませんが, 物理学で実際に四 ...
3.

四元数で3次元の回転を計算する方法 (ソースコード付き)
www015.upp.so-net.ne.jp/notgeld/quaternion.html - キャッシュ 類似ページ
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2003年11月25日 – 四元数・クォータニオンによる3次元回転の原理解説。ソースコード付き.
4.

四元数の数学的意味(画像処理)
ufcpp.net › 総合 目次 › 画像処理 - キャッシュ 類似ページ
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四元数の数学的な側面について説明します。 ... 画像処理(主に 3D CG)の分野では、とりあえず、 「四元数とは、回転の軸と角度を表わすために使うデータの形式」 とだけ覚えておけば OK ... ちなみに、 「ハミルトンの四元数体」 の内容の焼き直しだったりします。
5.

四元数 複素数のそのまた上
www.sist.ac.jp/cs/tanaka/Hamilton4number.html - キャッシュ 類似ページ
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さて、複素数を係数とする方程式を解いても、答えは複素数しか出てきません。複素数の世界で何でもまにあっているのです。ですから、私たちは普通は複素数の世界で不便は感じません。ところが複素数よりさらに先に四元数というものがあります。複素数は1 と ...



参考図:

<無双PS原理霊-気-物質世界:Ver6.3>
                

                             気軸:生命界: 陽
                                  /
           霊軸:太極・神霊界          /
               |             /
               |           /
               |         /
               |       /
                |      /   
               |    /
               |   /
               | /
_______________________MP・胸__  ______________
            /  |            実軸=時間
           /     |
         /      |   
       /       |
      /         |
    /           |
陰               |
               |



参考:以下の画像は、映画THRIVEのトーラスであるが、リンゴ体の真ん中の水平面の渦巻を生命気渦巻と見、そして、そこから垂直に出ている柱のようなものを実軸=時間と見るといい。
 そして、その実軸=時間の回りに螺旋を描いているのが、生命気螺旋生命物質体と見るといい。

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映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html


図の追記:以下の図において、電磁波の進行方向が、螺旋を描くと考えられる。(x軸は実軸ではない。) そして、電磁波の進行方向の次元と電場と磁場の形成する平面で空間三次元を形成すると思われる。

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http://www.binchoutan.com/alfa-genius/

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11390447950.html


2012年10月28日(Sun)▲ページの先頭へ
陰陽とコスモス:太極と12の数字:内的宇宙(太極宇宙)の投影・反照としての外的宇宙
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11390651682.html

以下は興味深い彫刻である。
 問題は12という数字が生まれた力学である。

追記:思いつきでは、上卦の三元性は、それぞれ、陰陽(2)をもつので、3×2=6、下卦も同様に、3×2=6である。
 例えば、上卦を半円として、6分割する、同様に、下卦を半円として、6分割する。これで、合わせて、円で、12分割されるということになる。
 しかし、これは、まだ、力学的には、あいまいである。

追記2:先に述べように、陽には陰の丸があり、陰には陽の丸があり、これをそれぞれ、陽陰点、陰陽点と呼んだ。
 ここにおいて、傾斜力学が存すると思う。陽極における陰と陽の傾斜、陰極における陰と陽の傾斜、そして、太極における陰と陽の傾斜、これらの傾斜はそれぞれ、特異なものであり、また、それぞれ、同等の傾斜力学をもつと思われる。
 この傾斜力学が均等に作用して、半円を六等分割、もう一つの円を六等分割し、結局、円では、十二等分割するということではないだろうか。
 それで、十二支、占星術ならば、黄道十二宮の星座が説明できるのではないだろうか。
 そう、外的な宇宙は、内的宇宙(陰陽宇宙)の反映に過ぎないと言えよう。

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陰陽と十二支の彫刻

クリックすると拡大する。

陰陽 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BD


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http://plaza.rakuten.co.jp/saga1221/diary/200909010000/


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http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/74518/m0u/


無双PS原理におけるガウス平面と四元数:作業仮説としての大虚数 I: I^2=−1
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11390447950.html

ガウス平面から四元数(しげんすう)に移行して、確かに、理論的には整合性が増した。
 しかしながら、無双PS原理において、根本の太極・陰陽原理は、変らない。陰陽が虚数ではなくなり、なにか別のものになったが、それはなにかわからない。
 無双PS原理において、数学は哲学的発想、つまり、直観的発想を合理、科学的に補完する重要なシステムと考えられる。しかしながら、哲学的ヴィジョンが第一義的だと思う。

追記:直観では、凸i*凹i⇒+1というPS理論における虚数を用いた自己認識方程式は精巧な公式だと思う。
 虚数が四元数に移行したのであるから、そのままでは使えないが、先に触れたように、仮に大虚数を考えてみる。
 即ち、凸I*凹I⇒+1(実軸=時間)と考えるのである。Iが大虚数であり、I^2=−1である。
 以下にあるような四元数の演算規則の最初の式と一致するが、他の演算規則から例外となるのではないだろうか。

I^2=i^2=j^2=k^2=-1
ij=k,jk=i,ki=j
ji=-k,kj=-i,ik=-j

作業仮説として、大虚数を立てるが、それが、陰陽の数学形式である。そうならば、一大元四元数となるだろう。
 
参考:

クォータニオン(四元数)p=t+xi+yj+kzの虚数i,j,kには次のような演算規則(関係)があるということです。

i^2=j^2=k^2=-1
ij=k,jk=i,ki=j
ji=-k,kj=-i,ik=-j

http://www.beach.jp/circleboard/ad00178/topic/1100200006396

シムダンス「四次元能」



参照:以下、四元数を使用した現段階の無双PS原理の構図である。
 また、その後にガウス平面を使用したときの無双PS原理の構図を提示する。


<無双PS原理霊-気-物質世界:Ver6.3>
                

                             気軸:生命界: 陽
                                  /
           霊軸:太極・神霊界          /
               |             /
               |           /
               |         /
               |       /
                |      /   
               |    /
               |   /
               | /
_______________________MP・胸__  ______________
            /  |            実軸=時間
           /     |
         /      |   
       /       |
      /         |
    /           |
陰               |
               |



☆尚、以下の画像で補完して、見られたい。

追記:以下の無双PS原理:Ver6.2における



・_________実軸



の箇所の・である太極点=MPで生命気波動、生命気渦巻が発生して、それから、実軸=時間が発生して、螺旋的生命物質体(生命体)が形成されるということになる。
 思うに、実軸=時間=電磁波というように考えたくなる。しかし、それは間違いだろう。
 電磁波=時間×生命気波動というような視点の方が適切だろう。


<無双PS原理:Ver6.2>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時間)
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


参考:以下の画像は、映画THRIVEのトーラスであるが、リンゴ体の真ん中の水平面の渦巻を生命気渦巻と見、そして、そこから垂直に出ている柱のようなものを実軸=時間と見るといい。
 そして、その実軸=時間の回りに螺旋を描いているのが、生命気螺旋生命物質体と見るといい。

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映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html

参考2:以下の画像が、現段階の無双PS原理の構図を大雑把ではあるが、提示している。


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http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11386632593.html

以下の電磁波の座標であるが、x軸を螺旋軸と述べたが、通常では、時間軸であろう。しかし、四元数(しげんすう)を取り入れたので、時間軸は別に存することになるが、以下には記されていない。
 この問題も要検討である。


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http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/rel/rel4.html


図の追記:

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http://www.binchoutan.com/alfa-genius/



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http://www.ecologa.co.jp/info/what.html



以下はガウス平面を使用した無双PS原理構図


<無双PS原理三次元世界:Ver4.1>
                

               虚軸y軸:陽・凸i・時間形式・自己
                                /
         超越軸z軸:太極・霊界       /
               |           /
               |         /
               |       /
U:物質認識       |     /    T:頭
               |   /
               | /
−1__←重力波_MP・胸_電磁波⇒_+1実軸x軸
地・自我       /  |            天・個
           /     |
V:肚     /      |    W:精神認識(魂認識)
      /         |
    /           |
陰・凹i・空間形式     |
・他者           |



易の上卦の三元性と下卦の三元性を太極図から仮説する
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp

無双PS原理の太極陰陽論は三元性、乃至は、三位一体性をもつが、易の爻について、つまり、以下の2図にあるように上卦の三元性と下卦の三元性の説明ができないでいたが、太極図を想像して考えた。
 下の1図を見ると、陽(白)の中に、陰(黒)の小さな丸があり、反対に陰の中に、陽の小さな丸がある。
 とりあえず、前者を陽陰点、後者を陰陽点と呼ぶ。これは、結局、太極点=MPの二重性である。二つで一つである。二一体である。
 陽陰点は、当然、それ自体で、陰陽であるから、これは三元性をもつ。即ち、陽極と陰極と太極である。
 そして、また、陰陽点も同様である。
 結局、陽陰点と陰陽点を合わせると、三元性+三元性で六元性となり、これは、2図にあるような上卦と下卦の六つの卦を説明できるように考えられる。
 もう少し丁寧に言うと、陽陰点において、それが、陽極と陰極と太極の三元性をもつが、陽極において、極大化のとき、つまり、陽のときと、極小化のとき、陰のときがあり、それぞれ、陽爻、陰爻となると考えられる。
 陰極のときも同様で陽爻と陰爻がある。
 問題は、太極のときである。これは言い直せば、両極性、乃至は、対極性である。つまり、陰陽同時存在、陰陽即非存在である。
 これにおいても、やはり、陽に傾斜するときと、陰に傾斜するときが考えられるのではないだろうか。そうならば、ここにおいても、つまり、太極においても、陽爻と陰爻が考えられ、結局、上卦の三元性と下卦の三元性が生起するのではないだろうか。
 最後の太極における陰の傾斜と陽の傾斜ということがあいまいであるが、今は以上のように作業仮説しておく。
 


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1図

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B0%E9%99%BD


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2図

http://www5.ocn.ne.jp/~keisho/qa.html#%285%29


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3図

http://kh-cooky.jp/daneki.html


参考:上卦(じょうか、じょうけ)を外卦、下卦(げか、げけ)を内卦と呼ぶのは興味深い。陽は外部を、陰は内部を意味すると考えられるからである。
 そう、陽を空間、陰を時間と考えられるのではないだろうか。以前はそのように考えたが。桜沢如一(ゆきかず)氏は、逆に、陽を内部に、陰を外部にとっているが。この点は要検討である。
易占いQ&A
●易経六十四卦。
八卦を上下組み合わせると64の組み合わせになります。
例  風山漸 (ふうざんぜん)。


上の風を外卦(上卦)と言います。下の山を内卦(下卦)と言います。
この姿を本卦、又は大成卦と言います。そしてこの姿を「風山漸」の卦象(かしょう)とも言います。


2012年10月27日(Sat)▲ページの先頭へ
霊と気が生命物質体化する力学について:神霊と気波動と物質体:ポスト一神教と太極神霊三位一体
先に、気波動、生命気波動が電磁波になり、三次元空間を形成することを仮説的に述べた。

* 生命気波動に生命情報(遺伝子情報)の原基が存するのだろう:気情報が電磁波をコントロールする? (10/25)

http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1878.html

* 気と電磁波:生命気の超越的次元と電磁波の三次元の平行する現象界 (10/24)

http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1877.html

* 気から物質への変容力学:生命気波動と空間:生命気渦巻を電磁波・時間が螺旋的生命物質体に変容させる (10/23)

http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1876.html

 問題は時間である。どうも、これは、気のエネルギーの発出するように思えるのであるが、要検討である。
 とまれ、今は、霊、神霊が気を産む力学を考えたい。
 これも先に触れたが、太極神霊の三位一体、太極神(一の神)、陽神、陰神の三位一体があると仮説した。

霊と気:太極と神霊:霊から気への変容:霊情報が気情報をコントロールする? (10/25)
http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1879.html

 陽神は自己意識であり、陰神は他者意識であり、太極神(一の神)は、陽神と陰神の均衡と一の意識ではないだろうか。
 とまれ、この太極三位一体神霊が、陰陽の気、陰陽共振生命気波動を産み出すと思われる。そう、造化の神である。
 そう見ると、気は単に生命気波動と言うよりは、一種意識をもっているように考えられる。つまり、陽の意識と陰の意識と太極の一(いつ)の意識の三意識である。
 そうならば、森の気に森の霊を感じるのは間違っていないことになる。
 そう、霊気という言葉がそれを表現しているだろう。
 今はここで留める。後で、考察を続けたい。

追記:以上からアニミズムが間違っていないことがわかる。縄文人はこの感性意識をもっていたと考えられる。無双PS原理から言えば、生命物質体には「神」が宿るのである。「もの」である。物の怪である。
 これで多神教が証明、解明される。一神教は間違いである。ただし、太極神霊は一(いつ)の神であるが、三位一体神霊である。
 問題は物質である。これは、以前述べたように、生命物質体が崩壊して、生じたと思う。始めに生命体ありきで、その生命体が死んで、純粋物質が生起したと思われる。
 生命エネルギー、生命気波動が衰滅して、生命体が解体するわけであるが、その力学は何か。
 思うに、生命気波動に拠る電磁波で形成された生命物質体であるが、生命気波動がなくなり、物質体のみとなる。
 そう、これは、実軸(時間)と三つの虚軸(空間三次元)の四次元世界、四次元物質現象界を意味しよう。
 唯物科学はこれを対象として、根源の太極神霊の霊気の世界を排除している、というか、それは思考の埒外である。そう、唯物主義は、霊、気を物質から説明するのであり、霊、気という独立した意識存在は認めていないのである。


参考:
古今和歌集仮名序 - Wikipedia
冒頭文 [編集 ]

(原文) やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふ事を、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生きるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女のなかをもやはらげ、猛き武士の心をも慰むるは、歌なり。

新古今和歌集

新古今和歌集仮名序

 やまとうたは、昔あめつち開けはじめて、人のしわざいまだ定まらざりし時、葦原中国の言の葉として、稲田姫素鵞の里よりぞつたはりける。しかありしよりこのかた、その道さかりに興り、その流れいまに絶ゆることなくして、色にふけり、心をのぶるなかだちとし、世をおさめ、民をやはらぐる道とせり。
 かゝりければ、代ゝのみかどもこれを捨てたまはず、えらびをかれたる集ども、家〃のもてあそびものとして、詞の花のこれる木のもとかたく、思ひの露もれたる草がくれもあるべからず。しかはあれども、伊勢の海きよき渚の玉は、ひろふとも尽くることなく、泉の杣しげき宮木は、ひくとも絶ゆべからず。ものみなかくのごとし。うたの道またおなじかるべし。
 これによりて右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近少将藤原朝臣雅経らにおほせて、むかしいま時をわかたず、たかきいやしき人をきらはず、目に見えぬ神仏の言の葉も、うばたまの夢につたへたる事まで、ひろくもとめ、あまねく集めしむ。
 をの/\えらびたてまつれるところ、夏引の糸のひとすぢならず、夕の雲のおもひ定めがたきゆへに、緑の洞、花かうばしきあした、玉の砌、風すゞしきゆふべ、難波津の流れをくみて、すみ濁れるをさだめ、安積山の跡をたづねて、ふかき浅きをわかてり。
 万葉集にいれる歌は、これをのぞかず、古今よりこのかた七代の集にいれる歌をば、これを載する事なし。たゞし、詞の苑にあそび、筆の海をくみても、空とぶ鳥のあみをもれ、水にすむ魚のつりをのがれたるたぐひは、昔もなきにあらざれば、今も又しらざるところなり。すべてあつめたる歌二千ぢ二十巻、なづけて新古今和歌集といふ。
 春霞立田の山に初花をしのぶより、夏は妻恋ひする神なびの郭公、秋は風にちる葛城の紅葉、冬は白たへの富士の高嶺に雪つもる年の暮まで、みなおりにふれたる情なるべし。しかのみならず、高き屋にとをきをのぞみて、民の時をしり、末の露もとの雫によそへて、人の世をさとり、たまぼこの道のべに別れをしたひ、あまざかる鄙の長路に都をおもひ、高間の山の雲居のよそなる人をこひ、長柄の橋の浪にくちぬる名をおしみても、心中にうごき、言外にあらはれずといふことなし。いはむや、住吉の神は片そぎの言の葉をのこし、伝教大師はわがたつ杣の思ひをのべたまへり。かくのごとき、しらぬ昔の人の心をもあらはし、ゆきて見ぬ境の外のことをもしるは、たゞこの道ならし。
 そも/\むかしは五たび譲りし跡をたづねて、天つ日嗣の位にそなはり、いまは八隅知る名をのがれて、藐姑射の山に住処をしめたりといへども、天皇は子たる道をまもり、星の位はまつりごとをたすけし契りをわすれずして、天の下しげき言わざ、雲の上のいにしへにもかはらざりければ、よろづの民、春日野の草のなびかぬかたなく、よもの海、秋津島の月しづかにすみて、和歌の浦の跡をたづね、敷島の道をもてあそびつゝ、この集をえらびて、永き世につたへんとなり。
 かの万葉集はうたの源なり。時うつり言へだたりて、今の人しることかたし。延喜のひじりの御代には、四人に勅して古今集をえらばしめ、天暦のかしこきみかどは、五人におほせて後撰集をあつめしめたまへり。そののち、拾遺、後拾遺、金葉、詞華、千載等の集は、みな一人これをうけたまはれるゆへに、聞きもらし見をよばざるところもあるべし。よりて、古今、後撰のあとを改めず、五人のともがらを定めて、しるしたてまつらしむるなり。
 そのうへ、みづから定め、てづから磨けることは、とをくもろこしの文の道をたづぬれば、浜千鳥あとありといへども、わが国やまと言の葉始まりてのち、呉竹のよゝに、かゝるためしなんなかりける。
 このうち、みづからの歌を載せたること、古きたぐひはあれど、十首にはすぎざるべし。しかるを、今かれこれえらべるところ、三十首にあまれり。これみな、人の目たつべき色もなく、心とゞむべきふしもありがたきゆへに、かへりて、いづれとわきがたければ、森のくち葉かず積り、汀の藻くづかき捨てずなりぬることは、道にふける思ひふかくして、後の嘲りをかへりみざるなるべし。
 時に元久二年三月廿六日なんしるしをはりぬる。
 目をいやしみ、耳をたふとぶるあまり、石上ふるき跡を恥づといへども、流れをくみて、源をたづぬるゆへに、富緒河のたえせぬ道を興しつれば、露霜はあらたまるとも、松ふく風の散りうせず、春秋はめぐるとも、空ゆく月の曇なくして、この時にあへらんものは、これをよろこび、この道をあふがんものは、今をしのばざらめかも。

http://www.eonet.ne.jp/~log-inn/koten/sinkokin.htm


2012年10月25日(Thu)▲ページの先頭へ
霊と気:太極と神霊:霊から気への変容:霊情報が気情報をコントロールする?
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11388133321.html

生命気波動に生命情報(遺伝子情報)の原基が存するのだろう:気情報が電磁波をコントロールする?
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11388128972.html

今、以上のように、生命気波動に生命情報の原基があり、気が電磁波へと変容して、物質的遺伝子情報(遺伝子)となり、それが、生命体を形成するだろうと推測した。
 まだ、アウトラインなので、これから、具体的に詰める必要があるが、それは余裕のあるときに検討したい。
 今は気から生命物質体(生命体)の形成とは別に、霊から気への変化について簡単に触れたい。
 これは、意識、認識、心、魂、精神、知性、等の問題である。つまり、人間の本性、本体、本質の問題である。
以下、仮に、霊軸を入れて、ざっと作図したが、気軸と同様に、必ずしも直交軸と考える必要はない。むしろ、直交しないと作業仮説しておこう。
 これまで、陰陽の陽に自己、陰に他者が存すると考えてきたが、本来は、霊軸に自己と他者が存すると見るべきであり、それが、気軸へと展開して、陽の自己、陰の他者となっているというように考えているのである。
 そうすると、霊軸には陽の神と陰の神と一(いつ)の神が存するだろう。そう、正に、三位一体である。無双PS原理的、乃至は、陰陽論的三位一体である。
 陽神と陰神と一神は正に同一であるが、個々である。そう、一言で、太極神、乃至は、太極神霊と呼べよう。
 天之御中主神は一神ではないだろうか。そして、高皇産霊神と神産霊神はどちらかが、陽神で、どちらかが、陰神ではないだろうか。
 今は、予見に留める。

追記:以上のように見ると、霊軸の一次元、気軸の一次元、実軸(時間)の一次元、虚軸(三つの虚軸)の三次元、そして、MPの一次元を合わせると、やはり、七次元世界になる。


<無双PS原理霊-気-物質世界:Ver6.3>
                

                              気軸: 陽
                                /
         超越軸:太極・霊界          /
               |             /
               |           /
               |         /
               |       /
                |      /   
               |    /
               |   /
               | /
_______________________MP・胸__  ______________
            /  |            実軸=時間
           /     |
         /      |   
       /       |
      /         |
    /           |
陰               |
               |



☆尚、以下の画像を参考にして、見られたい。

追記:以下の無双PS原理:Ver6.2における



・_________実軸



の箇所の・である太極点=MPで生命気波動、生命気渦巻が発生して、それから、実軸=時間が発生して、螺旋的生命物質体(生命体)が形成されるということになる。
 思うに、実軸=時間=電磁波というように考えたくなる。しかし、それは間違いだろう。
 電磁波=時間×生命気波動というような視点の方が適切だろう。


<無双PS原理:Ver6.2>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時間)
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


参考:以下の画像は、映画THRIVEのトーラスであるが、リンゴ体の真ん中の水平面の渦巻を生命気渦巻と見、そして、そこから垂直に出ている柱のようなものを実軸=時間と見るといい。
 そして、その実軸=時間の回りに螺旋を描いているのが、生命気螺旋生命物質体と見るといい。

resurrectionのブログ

映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html

参考2:以下の画像が、現段階の無双PS原理の構図を大雑把ではあるが、提示している。


resurrectionのブログ

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11386632593.html


生命気波動に生命情報(遺伝子情報)の原基が存するのだろう:気情報が電磁波をコントロールする?
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11388128972.html

先に以下のように書いたが、生命情報は生命気波動ないしは生命気渦巻に存しているだろう。それが、原遺伝子情報だろう。そが、気から電磁波への変容において、遺伝子情報に変ずると思われる。
 中国の気の身体の考え方は、基本的に正しい。ただし、現代的な哲学・科学化が必須である。


気と電磁波:生命気(生命気波動)の超越的次元と電磁波の三次元の平行する現象界

 気は気でありつつ、同時に、時間によって、電磁波を発生させるのではないだろうか。
 気の陰と陽の極性であるが、これが、電磁波へと転化すると、+と−、NとSとに分極すると考えられる。
 つまり、

陰*陽⇒(+*−)&(N*S)

であるが、両辺が同時に共存しているのである。
 以下の図から言えば、x軸が螺旋軸であり、y軸とz軸が平面を形成し、全体で、三次元空間を形成するということになる。
 しかし、この図には、気軸がない。それは、いわば、超軸(超越軸)である。
 そこに気波動が存するのであり、それが、電磁波を形成するのである。
 結局、以下の電磁波の図には、その下の図の実軸と陰陽軸(超軸、超越軸)が記入されていないのである。
 とまれ、陰陽生命気波動がMPで、電磁波に転換されて、生命体螺旋を形成すると考えられる。

・・・


resurrectionのブログ

http://www.binchoutan.com/alfa-genius/



resurrectionのブログ

http://www.ecologa.co.jp/info/what.html


参照:

・・・

追記:以下の無双PS原理:Ver6.2における



・_________実軸



の箇所の・である太極点=MPで生命気波動、生命気渦巻が発生して、それから、実軸=時間が発生して、螺旋的生命物質体(生命体)が形成されるということになる。
 思うに、実軸=時間=電磁波というように考えたくなる。しかし、それは間違いだろう。
 電磁波=時間×生命気波動というような視点の方が適切だろう。


<無双PS原理:Ver6.2>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時間)
          ☆
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          |
          |
          |
          |
         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


参考:以下の画像は、映画THRIVEのトーラスであるが、リンゴ体の真ん中の水平面の渦巻を生命気渦巻と見、そして、そこから垂直に出ている柱のようなものを実軸=時間と見るといい。
 そして、その実軸=時間の回りに螺旋を描いているのが、生命気螺旋生命物質体と見るといい。

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映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html

参考2:以下の画像が、現段階の無双PS原理の構図を大雑把ではあるが、提示している。


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http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11387656775.html


2012年10月24日(Wed)▲ページの先頭へ
気と電磁波:生命気(生命気波動)の超越的次元と電磁波の三次元の平行する現象界
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11387656775.html

今は余裕がないので、ざっと言うに留める。
 気は気でありつつ、同時に、時間によって、電磁波を発生させるのではないだろうか。
 気の陰と陽の極性であるが、これが、電磁波へと転化すると、+と−、NとSとに分極すると考えられる。
 つまり、

陰*陽⇒(+*−)&(N*S)

であるが、両辺が同時に共存しているのである。
 以下の図から言えば、x軸が螺旋軸であり、y軸とz軸が平面を形成し、全体で、三次元空間を形成するということになる。
 しかし、この図には、気軸がない。それは、いわば、超軸(超越軸)である。
 そこに気波動が存するのであり、それが、電磁波を形成するのである。
 結局、以下の電磁波の図には、その下の図の実軸と陰陽軸(超軸、超越軸)が記入されていないのである。
 とまれ、陰陽生命気波動がMPで、電磁波に転換されて、生命体螺旋を形成すると考えられる。
 重要なポイントは電磁波と同時に、生命気波動が超越的に存していることである。そう、生命気は第五次元に存するのである。(つまり、実軸=時間(一次元)、三つの虚軸=空間三次元、そして、気軸=超軸ないし超越軸(一次元)の計五次元であるということであり、生命気の次元は第五次元となるのである。)

追記:生命気波動は電磁波には還元できないと考えられる。思うに、食品の場合、単に、物質を体内に取り入れるだけでなく、食品のもつ生命気波動を取り入れているように思われるのである。
 とまれ、あくまでも、生命体を形成・維持するのは、生命気波動であり、単に電磁波ではないと考えるべきである。
 逆に、生命気波動が発生する電磁波を阻害する電磁波があると見るべきである。つまり、生命気波動にもとづく電磁波とは別に、生命気波動のない電磁波が存するということである。具体的には、セシウムなどの放射性物質の電磁波である。

追記2:原子、量子、ないしは、素粒子に関してであるが、原子核は、太極点=MPの物質的反映だろうし、電子は生命気から発生する電磁波で説明ができる。陽子や中性子であるが、それは、今の予想(思いつき)では、陽子は陽の、中性子は陰の物質的反映ではないだろうか。これは要検討である。

追記3:桜沢如一(ゆきかず)氏の『無双原理・易』では、原子核や陽子は陽であり、電子が陰であり、中性子はその中間である。(定理十二、万物はその内奥に陽を帯び、外側に陰を帯びる、となっている。)
 それを参考にすれば、陽子は陽の物質的反映、電子は陰の物質的反映であるが、中性子は太極点=MPの反映ではないだろうか。とまれ、要検討である。

追記4:先に、イメージしたのは、陰陽モデルが原形となり、森羅万象が説明できるということである。つまり、森羅万象は、陰陽モデルのフラクタルということである。

追記5:気軸を超軸(超越軸)と上述したが、超軸(超越軸)とは、あくまで、現象界に内在するものである。だから、内在的超越性と言うべきかもしれない。
 ただし、気波動は現象界を満たしていると言うべきである。
 思うに、超(超越)という語は使わずに、気軸だけで収めた方がいいのかもしれない。

追記6:以下の電磁波の座標であるが、x軸を螺旋軸と述べたが、通常では、時間軸であろう。しかし、四元数(しげんすう)を取り入れたので、時間軸は別に存することになるが、以下には記されていない。
 この問題も要検討である。


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http://www.phys.u-ryukyu.ac.jp/~maeno/rel/rel4.html


図の追記:

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http://home.jeita.or.jp/emf/about/index.html


<無双PS原理:Ver6.2>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時間)
          ☆
          |
          |
          |
          |
          |
         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


参照:
気から物質への変容力学:生命気波動と空間:生命気渦巻を電磁波・時間が螺旋的生命物質体に変容させる

テーマ:無双PS原理
先に、陰陽円と螺旋的生命体物質がMPで接していると述べたが、本件についてさらに検討を進めよう。
 最初私は生命気螺旋が三次元空間を形成すると考えた。しかし、生命気螺旋が生命体物質を形成することになるのだが、そのとき、気=物質となり、それは、齟齬であるとして、この考え方を排した。
 しかし、直観では、空間三次元における生命気螺旋という考え方は、捨てがたい。
 問題は、空間三次元、物質現象界においても、気が存する、乃至は、そこに気を感ずるということにある。有り体に言えば、空気の中に、都会の空気ではなくて、田舎の空気、森の空気に気を感ずるのである。
 問題は端的に、生命気螺旋と生命体(生命物質体)との関係である。私は前者から後者が形成されるように感じている。
 そう、気がどうやって物質、それも生命的物質体になるのかということである。気の物質化の力学はいかなるものか、である。
 ガウス平面を使用していたときは、凸i*凹i⇒+1において、左辺が陰陽共振、そして、右辺が物質で簡単に説明できたのである。今の用語で言えば、生命気螺旋がそのまま物質、生命的物質体になることが簡単に説明できたのである。
 思うに、凸*凹⇒−1=ijkと考えていいだろうか。
 これは保留にしておこう。
 今は直観から考えよう。
問題は三次元空間(虚軸の空間)である。
 いったいそれは何なのか。空っぽなのか。
 私の直観では、空間には気が存するのであるから、空っぽではありえない。
 ここで、気の波動という概念を使用する。
 陰の気と陽の気が共振し、太極点=MPから生命気螺旋が形成されると述べたが、 当然、太極点=MPには、陰陽共振の波動、陰陽共振の生命気の波動が存すると考えられよう。
 そして、生命気螺旋という生命物質体であるが、それは、太極点=MPがいわば内在していると考えられる。そして、その太極点=MPは生命気波動が存するのであるから、それが、生命気螺旋=生命物質体の存する空間三次元を生命気で満たすというのは当然考えられることである。
 わかりやすく言えば、生命気螺旋=生命物質体に内在する太極点=MPから、生命気波動が三次元空間に発せられているということになる。
 このように考えると、物質現象界に気が存することが解明されることになる。もっとも仮説である。
 次の問題というか、問題の核心は、気の物質、生命物質体への変容力学である。
 波動が物質となることは考えられている。(以下参照)

* ソルフェジオ周波数528Hzは聖書の民数記7章に隠されていた! http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11385818203.html

* 気と波動(周波数)について:ソルフェジオ周波数はまさにコレと同じです。音楽や言葉、、、 いわば「 http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11385804309.html

だから、気波動が物質となるというの確かに言えることであるが、問題はその力学なのである。
 思うに、太極点=MPから、気波動が生命気螺旋を形成するとき、気波動は、電磁波化するのではないだろうか。
 気波動自体は内在的に存しているが、それと同時に電磁波が発出するのではないだろうか。
 その電磁波は実軸=時間と関係するように思える。思うに、ある意味で電磁波は実軸と見ていいかもしれない。
 結局、生命気螺旋に気波動、生命気波動が内在するが、同時に、内在する太極点=MPから電磁波が発生しているのではないだろうか。
 そして、この電磁波が生命気螺旋を生命物質体へと変容させるのではないだろうか。
 ここで、これまで述べていた生命気螺旋=生命物質体という考えは放棄して、生命気螺旋は、螺旋の生命気自体であり、まだ物質体ではなく、電磁波によって、物質化、つまり、生命物質体となると考えることにする。つまり、生命気螺旋とはまだ、陰陽円ないしは太極点=MPに存するのであり、内的エネルギーの賦活化によって、それが、物質的に螺旋形成するようになると考えるのである。だから、生命気螺旋ではなく、生命気渦巻と言う方が的確である。
 だから、生命気渦巻を、内的に賦活されて発生する電磁波や時間が螺旋的生命物質体へと変容させるということになる。
 これが現段階の、気から物質への変容力学の仮説である。

追記:以下の無双PS原理:Ver6.2における



・_________実軸



の箇所の・である太極点=MPで生命気波動、生命気渦巻が発生して、それから、実軸=時間が発生して、螺旋的生命物質体(生命体)が形成されるということになる。
 思うに、実軸=時間=電磁波というように考えたくなる。しかし、それは間違いだろう。
 電磁波=時間×生命気波動というような視点の方が適切だろう。


<無双PS原理:Ver6.2>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
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          ★
_______・_______実軸(時間)
          ☆
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         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


参考:以下の画像は、映画THRIVEのトーラスであるが、リンゴ体の真ん中の水平面の渦巻を生命気渦巻と見、そして、そこから垂直に出ている柱のようなものを実軸=時間と見るといい。
 そして、その実軸=時間の回りに螺旋を描いているのが、生命気螺旋生命物質体と見るといい。

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映画ThriveのトーラスとPS哲科学 ( 4 )
http://ameblo.jp/neomanichaeism/theme-10054150901.html

参考2:以下の画像が、現段階の無双PS原理の構図を大雑把ではあるが、提示している。


resurrectionのブログ

http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11386632593.html


2012年10月23日(Tue)▲ページの先頭へ
気から物質への変容力学:生命気波動と空間:生命気渦巻を電磁波・時間が螺旋的生命物質体に変容させる
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11386632593.html

気から物質への変容力学:生命気波動と空間:生命気渦巻を電磁波・時間が螺旋的生命物質体に変容させる

テーマ:無双PS原理

先に、陰陽円と螺旋的生命体物質がMPで接していると述べたが、本件についてさらに検討を進めよう。
 最初私は生命気螺旋が三次元空間を形成すると考えた。しかし、生命気螺旋が生命体物質を形成することになるのだが、そのとき、気=物質となり、それは、齟齬であるとして、この考え方を排した。
 しかし、直観では、空間三次元における生命気螺旋という考え方は、捨てがたい。
 問題は、空間三次元、物質現象界においても、気が存する、乃至は、そこに気を感ずるということにある。有り体に言えば、空気の中に、都会の空気ではなくて、田舎の空気、森の空気に気を感ずるのである。
 問題は端的に、生命気螺旋と生命体(生命物質体)との関係である。私は前者から後者が形成されるように感じている。
 そう、気がどうやって物質、それも生命的物質体になるのかということである。気の物質化の力学はいかなるものか、である。
 ガウス平面を使用していたときは、凸i*凹i⇒+1において、左辺が陰陽共振、そして、右辺が物質で簡単に説明できたのである。今の用語で言えば、生命気螺旋がそのまま物質、生命的物質体になることが簡単に説明できたのである。
 思うに、凸*凹⇒−1=ijkと考えていいだろうか。
 これは保留にしておこう。
 今は直観から考えよう。
問題は三次元空間(虚軸の空間)である。
 いったいそれは何なのか。空っぽなのか。
 私の直観では、空間には気が存するのであるから、空っぽではありえない。
 ここで、気の波動という概念を使用する。
 陰の気と陽の気が共振し、太極点=MPから生命気螺旋が形成されると述べたが、 当然、太極点=MPには、陰陽共振の波動、陰陽共振の生命気の波動が存すると考えられよう。
 そして、生命気螺旋という生命物質体であるが、それは、太極点=MPがいわば内在していると考えられる。そして、その太極点=MPは生命気波動が存するのであるから、それが、生命気螺旋=生命物質体の存する空間三次元を生命気で満たすというのは当然考えられることである。
 わかりやすく言えば、生命気螺旋=生命物質体に内在する太極点=MPから、生命気波動が三次元空間に発せられているということになる。
 このように考えると、物質現象界に気が存することが解明されることになる。もっとも仮説である。
 次の問題というか、問題の核心は、気の物質、生命物質体への変容力学である。
 波動が物質となることは考えられている。(以下参照)

* ソルフェジオ周波数528Hzは聖書の民数記7章に隠されていた! http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11385818203.html

* 気と波動(周波数)について:ソルフェジオ周波数はまさにコレと同じです。音楽や言葉、、、 いわば「 http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11385804309.html

だから、気波動が物質となるというの確かに言えることであるが、問題はその力学なのである。
 思うに、太極点=MPから、気波動が生命気螺旋を形成するとき、気波動は、電磁波化するのではないだろうか。
 気波動自体は内在的に存しているが、それと同時に電磁波が発出するのではないだろうか。
 その電磁波は実軸=時間と関係するように思える。思うに、ある意味で電磁波は実軸と見ていいかもしれない。
 結局、生命気螺旋に気波動、生命気波動が内在するが、同時に、内在する太極点=MPから電磁波が発生しているのではないだろうか。
 そして、この電磁波が生命気螺旋を生命物質体へと変容させるのではないだろうか。
 ここで、これまで述べていた生命気螺旋=生命物質体という考えは放棄して、生命気螺旋は、螺旋の生命気自体であり、まだ物質体ではなく、電磁波によって、物質化、つまり、生命物質体となると考えることにする。つまり、生命気螺旋とはまだ、陰陽円ないしは太極点=MPに存するのであり、内的エネルギーの賦活化によって、それが、物質的に螺旋形成するようになると考えるのである。だから、生命気螺旋ではなく、生命気渦巻と言う方が的確である。
 だから、生命気渦巻を、内的に賦活されて発生する電磁波や時間が螺旋的生命物質体へと変容させるということになる。
 これが現段階の、気から物質への変容力学の仮説である。

追記:以下の無双PS原理:Ver6.2における



・_________実軸



の箇所の・である太極点=MPで生命気波動、生命気渦巻が発生して、それから、実軸=時間が発生して、螺旋的生命物質体(生命体)が形成されるということになる。
 思うに、実軸=時間=電磁波というように考えたくなる。しかし、それは間違いだろう。
 電磁波=時間×生命気波動というような視点の方が適切だろう。


<無双PS原理:Ver6.2>

         陰陽(円)

          陽(凸):自己
          |
          |
          |
          |
          |
          ★
_______・_______実軸(時間)
          ☆
          |
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          |
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         陰(凹):他者


【但し、・は太極点(内在的超越点、MP: Media Point)、★は陽における陰点、☆は陰における陽点である。
 そして、陰陽(円)は軸ではなく、多次元、無限次元、無次元であり、陽=自己と陰=他者で意識、精神、魂を形成し、生命気螺旋とは区別される。
 尚、太極点から発出する生命気螺旋における三つの虚軸(空間三次元)は記入していない。】


参考:以下の画像は、映画THRIVEのトーラスであるが、リンゴ体の真ん中の水平面の渦巻を生命気渦巻と見、そして、そこから垂直にでている柱のようなものを実軸=時間と見るといい。
 そして、その実軸=時間の回りに螺旋を描いているのが、生命気螺旋生命物質体と見るといい。

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