検討問題:螺旋回転の問題:太極→陰陽円→MP→気→螺旋生命物質体






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2012年12月30日(Sun)
検討問題:螺旋回転の問題:太極→陰陽円→MP→気→螺旋生命物質体
検討問題:螺旋回転の問題:太極→陰陽円→MP→気→螺旋生命物質体

テーマ:無双陰陽原理

検討問題:螺旋回転の問題、その他

1. 螺旋回転の問題が難しい。螺旋の起点は、円周にあるのか、MP(メディア・ポイント:つまり、螺旋の中心の始点)にあるのか。やはり、二重に考える必要があるようだ。
 陰陽円=超越円がある。そこには、陰陽双極子が回転している。これは、陰陽霊界の事象である。しかし、その回転は、現象界(三次元空間)を産み出す。陰陽円の中心を直交する力が働き、陰陽円はいわば、現象円となり、螺旋回転が生起し、螺旋形状が形成される。
 直観では、直交する力は気である。気の中心軸(気軸とする)の周囲に螺旋回転が形成されると思われる。思うに、気軸が天地軸である。そして、螺旋形状が宇宙・自然生命体、生命現象・生命物質体である。
  例えば、朝顔の蔓は、気軸=天地軸(垂直軸)を中心にして、螺旋的回転を行うと考えられよう。だから、朝顔において、蔓の螺旋の内部に気界が存するように 考えられる。そして、樹木の場合は、中心の幹に気軸があると考えられる。つまり、幹は、気に満ちていると考えられる。そう、気は天地を垂直に貫いていると いうことになる。
 以上のように、思考実験的に考えて、整理すると、陰陽円とはやはり、超越的次元、霊的次元に存するのであり、陰陽霊が作動する領域であり、陰陽共振がなされる領域であるが、陰陽共振は、気を発出するのであるが、それは、MPを介してと考えられる。
 正確に言えば、気はMPで形成されるのであり、それまでは、陰陽霊である。
 私は超越界は内在的超越界であると述べているが、それは正に、MPの本性であると考えられる。説明すると、気は人体内に存する。それは、心身に浸透している。だから、気は内在的である。そして、心身自体にMPがある。だから、心身のMPを 介して、超越界に通じることが可能なのである。故に、超越界(陰陽円)は内在的超越界である。【太極であるが、それは、陰陽円を超えた存在である。だか ら、果たして、それは内在的超越界と呼べるかどうか問題である。内在性からは、陰陽円の超越界に通じることが可能であるが、太極まで達することができるだ ろうか。しかし、陰陽相補性を直覚したとき、陰陽は即非的極性であり、一(いつ)であるという認識があるだろう。だから、陰陽円に通じたとき、やはり、太 極に達していると見ていいと思われる。だから、言い換えると、太霊があり、それが、分極・双極化して、陰陽霊となる。そして、陰陽霊が共振して、気(生命 霊)が発出し、螺旋的生命現象・生命物質体を形成していくと考えられる。】
 ここで四元数(しげんすう)に関係させると、複素数i, j, kと実数1であるが、以上の視点に拠れば、これまで、三つの複素数を空間三次元と見、それらが、螺旋形状を形成すると仮説してきたが、それは上記の論に適合すると言えよう。わかやすく言えば、朝顔の蔓とは、複素数i, j, kの三次元に位置するということになる。
そして、いちばん問題であった実数1であるが、今や、それは、気であるということになったのである。

1=気 

である。しかし、感覚-物質界的には、光であろう。しかし、それは言わば、仮象である。本体はあくまでも、気(エーテル体)である。
 今はここで留める。


2. 父権-封建制の精神的遺制の存続する現代日本:半自我―半集団的自己の日本人:自我と位階(ヒエラルキー)的集団の未分化様態:個の形成に必要な他者意識の欠落:自我を他者に投影している自我同一性の意識様態

  おそらく、この一種奴隷根性は、弥生農耕集団文化社会が、父権的支配社会の下に置かれたときに、発生したように思える。もっとも、初期は生きるための手段 であり、おそらく、例えば、面従腹背という生存方法である。しかし、時が経つにつれて、それが習慣になり、本来の集団文化社会(一種の共同体)の維持から 外れて、保身的習性となってしまったのではないだろうか。
 これを敷衍して言うと、米国に隷従している日本の政権は、この父権支配下における弥生農耕集団文化社会の「奴隷根性」をもつ、大資本家と結託した政治家、官僚、司法管理者等によって占められてきたと考えられる。
 この隷属するタイプは、何度も指摘するが、森鴎外の『阿部一族』の柄本又七郎に見い出せると考えている。 
 とまれ、父権・封建制下の農耕集団文化社会のもつ隷属的エトスが日本人の個的自立の形成を阻害していることは確かだと考えられる。
 この隷従エトスであるが、それは先にスノッブ(俗物)の意味をあげたが、まったくスノッブである。上位、優位の者に取り入れ、下位、劣位の者を見下すというものである。
 明治維新は父権主義が勝利して、このスノッブな人間が上層を占めるようになったのである。とまれ、一言で言えば、父権的集団的隷従エトスが近代・現代日本権力の「イデオロギー」と言える。





検討問題:トランス・サイエンスとしての無双陰陽原理、その他
テーマ:無双陰陽原理
1.トランス・サイエンスへ向けて:

無双陰陽原理から見ると、科学、悟性・知性とは、陽=頭=自我=同一性=悟性(知性)=アーリマンの原理である。
 つまり、陰=肚=他者=差異=感性(直観・直感、心魂性、精神性)=ルシファーが欠落しているのである。
 科学とは、真理の再現性を要求する。それは、陽の同一性の視点に基づくものであり、陰の事象については、それはあてはまらない。なぜなら、陰の領域は、差異、絶対的差異、特異・単独的差異の事象の領域であり、同一性の真理は適応できないからである。
わかりやすく言えば、直観・直感の領域は合理的には、記述できないからである。 
もっとも、陰の直観・直感領域は、普遍的であると考えられる。これは、悟性(知性、言語)では、指し示すことはできても、真理自体であることは不可能である。これは、各人、感じるしかないのである。
し かし、感得した人間同士はそれを理解し、コミュニケーションできるのである。この陰=肚(正確には、胸も含むが)の内界は、陽=自我=頭の科学では認識不 可能であり、科学の対象になりえないのである。せいぜい、肚の太陽神経叢を物質的に観測するしかないだろう。もっとも、それは意味がないということではな いが。
と まれ、陰=肚=他者=感性(直観、直感、魂、精神)=内的存在を理解、意識、認識するには、科学ではなく、トランス・サイエンスが必要であると考えられる のである。日本語で、超科学と言いたいところであるが、それはなにか胡散臭い感じを与える語弊があるので、使用できない。
ト ランス・サイエンスとは、科学を超えたものであるが、それは、科学を否定するのではなく、科学を内包・包摂して超越したものである。だから、内超科学、包 超科学とでも日本語で言えるかもしれないが、それでは、ぴんと来ない。故に、トランス・サイエンスと呼ぶのである。(メタ・サイエンスという言い方も可能 かもしれない。しかし、メタでは、超越ではなく、超越論的な意味合いがあるので、使用できないと考える。トランスとは、あくまで、超越性を意味するのであ る。もっとも、正確には、内在的超越性であるが(この意味で、内超科学とは呼べるだろうが)。
もう少し丁寧に言うと、陽の科学を内包し、超越した学ということで、トランス・サイエンスなのである。あくまで、科学を基盤としているのである。(思うに、科学と学を区別すべきである。今日、科学万能であるが、学が存すると考えられる。これについては、後で検討したい。)
とまれ、トランス・サイエンスは感性・直観・直感・心魂・精神学であるが、それは、言語で記述できるであろうし、それは、科学の成果と照合可能である。というか、科学の成果と比較照合するようにして、確固とした、説得力のあるものとなろう。


2.陰陽円=超越円と内的空間:
超越円とは、当然、物質現象界を超越しているが、単に超越しているのではなく、内在的に超越していると考えられる。
 先にMPから、現象が飛び出すと述べたが、そのような考え方だと、超越界と現象界が二分化されてしまうだろう。
 気の世界(気界と呼ぼう)は、現象界にも当然、存在しているのである。朝顔で言えば、蔓の螺旋空間に気界が存していると考えられる。そう、自然空間は、一般に、気界である。螺旋的事象ないし渦巻的事象に満ちた自然・宇宙空間はぶ、気界と考えられる。
 だから、厳密に言えば、陰陽円とは、気界ではなく、原気界、即ち、陰陽霊界である。そして、それが、MPを原点、起点、始点として、現象界に気的物質界(生命的物質界)を形成すると考えられる。つまり、現象界とは、単に物質界ではなく、気的物質界なのである。
  思えば、アインシュタインが相対性理論を確立する前、物理学では、光の媒体として、エーテルの存在が問題になったが、マイケルソン・モーリーの実験によ り、それが否定された。しかしながら、トランス・サイエンスである無双陰陽原理に拠れば、気が存するのであり、光は当然、気を背景にもっているのである。 否、光(太陽光)の本体が気(気光)と考えられるのである。だから、気(シュタイナーではエーテル体)は媒体ではなく、本体である。太陽光とは、気(気 光)の影である。D. H. ロレンスが説くようにダーク・サンが正しい。
 そう、トランス・サイエンスの無双陰陽原理に拠って、科学は超克されることになるだろう。

3.超言語学へ:外界言語と内界言語:後者は、内界の感性、精神を指すが、その対象は、概念・観念とは別の存在である。そう、内的存在である。それは、言語観念・概念を超越した外部に存するものである。

以上、まだ言い足りないが、帰省中で、マックから、BBポイントを介してネットにアクセスしているので、そろそろ、出て行かなくてならないので、ここで留める。








仮説:回転は垂直の力を生む:回転する陰陽双極子は陰陽円に螺旋回転し直交する力を生み出す

テーマ:無双陰陽原理

先に、陰陽双極子の回転と螺旋回転について言及した。
 問題は、そのメカニズムなのである。私の知識では、的確に解明できないのである。
 そこで、仮説ないし作業仮説ということで、タイトルのようにした。(実は、竹とんぼを思いついて、このような発想が浮んだのである。)
 そのようにして、イメージすると、陰陽双極子は、気の双極子であり、それが、回転、螺旋回転すると、電磁波を発生させるように思える。
 イメージでは、外部が電磁波、物質体であり、内部が気である。
 言い換えると、外部とは外界、物質界であり、内部とは内界、精神界である。
 物質科学は、前者を観測しているのであり、後者をまったく看過していると考えられる。
 気の科学は、当然、後者を主にして、前者を従にして考えることになる。漢方はそのような考え方である。
 今は、イメージ、直観で考えているだけで、思考実験である。
 結局、外界とは、陰陽双極子の螺旋回転の外部であり、そこに三次元空間と時間を見ていることになる。
 時間は、陰陽円に直交する力が作っているように思える。
 さて、問題は、先に陰陽円とガウス平面とを結びつけて考えた点である。
 陰陽円は端的に、ガウス平面上にはない。まったく別である。それは、超越円である。
 その超越円において、陰陽双極子が回転しているのであり、その超越性を破るようにして、螺旋回転が生じると考えられるのである。
 そうすると、先に、内部は内界、精神界と述べたが、内部は、超越円の世界ということになるだろう。
 そう、超越界はあくまで、二次元平面であろう。
 そのように考えると、超越界から現象界への外化であるが、発生点は何だろうか。
 発生点は、陰陽円=超越円の中心であるMPではないだろうか。この中心点=MPから現象が飛び出すのではないだろうか。
 もっとも、それは、いわば、原生命体である。それは螺旋回転している。しかし、最初は、渦巻状態ではないだろうか。その後、螺旋回転へと展開するのではないだろうか。(これは検討問題。)
 思うに、蔓植物であるが、例えば、朝顔であるが、種子とは、中心点=MPの物質化したものではないのか。それは、陰陽円の原回転運動をもっており、現象的には螺旋的に蔓を伸ばすと考えられよう。
 そう、MPの物質体としての種子という着想がここで生じた。
 それは、陰陽双極子の回転運動を内在しているように思われる。
 今は、雑駁であるが、ここで留める。


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