『《個》の記憶はどこまで届くのか:Media Point の記憶は、イデア記憶であり、不死不滅・永遠不滅である:イデアが輪廻転生主体である:PS理論的日本維新ルネサンスへ向けて』






[PR]



2009年03月29日(Sun)
『《個》の記憶はどこまで届くのか:Media Point の記憶は、イデア記憶であり、不死不滅・永遠不滅である:イデアが輪廻転生主体である:PS理論的日本維新ルネサンスへ向けて』
『《個》の記憶はどこまで届くのか:Media Point Memory(MP記憶)は、イデア記憶であり、不死不滅・永遠不滅である:イデアが輪廻転生主体である:PS理論的日本新維新へ向けて』

《個》におけるMedia Point の形成は、当然、共同体、自然、精神、倫理、宗教等的性向の形成でもある。問題は、有り体に言えば、Media Point の意識ないしは「記憶」がどこまで「届く」のか、である。PS理論は、当然ながら、虚軸=超越界に達すると考えるわけである。それは、当然、自己同一性=同一性自己=自我を超えている(それは、虚構・仮想・仮象である)。
 問題を言い換えると、Media Point の記憶は、《個》の経験を超えるのか、否かである。言い換えると、生まれてから死ぬまでの現世の記憶に留まるのか、それとも、超えるのか、である。
 少し迂回すると、「わたし」の問題を考えよう。通常、「わたし」(自我)を同一性自己ないしは自己同一性の意味でとっているが、「わたし」の本体は、先に述べたように、+iの主体差異、主体絶対的差異である。だから、それは、「わたし」ではないのである。思うに、「わたし」に重なるようにして、あるいは、その裏面に、主体差異+iが存しているだろう。《個》(差異共振自己)とは、それと関係しているのである。
 だから、「わたし」と主体差異+iないしは《個》とは分裂しているのである。英国の詩人・版画家ウィリアム・ブレイクは、近代的自我をspectre (幽霊)と名づけたが、それは的確である。「わたし」は「幽霊」である。もっとも、虚構・仮想・仮象とこれまで呼んだが。確かに、マーヤー(幻像)である。
 輪廻転生という観念があるが、そのとき、輪廻する主体とは何だろうか。普通は、不滅の魂ないしは霊魂が輪廻する主体と考えられている。そうならば、「わたし」が輪廻する主体ではないのである。
 問題は、主体差異+iである。それは、「わたし」と混同される傾向が一般的である。デカルトの「我思う」(コギト)の「我」も混同されていると考えられる。「我」が同一性自己(自我)となると、近代合理主義が生まれるのである。(「我」の裏面の主体差異+iを探究したのが、フッサールと言えよう。)
 主体差異+iは虚数であるから、同一性=物質ではない。端的に、イデアである。すると、それは、不滅のはずである。つまり、主体差異というイデアが「わたし」の裏面・本体として超越的に内在していると考えられる。
 そして、Media Point を考えれば、他者差異-iというイデアも超越的に内在していると考えられる。端的に、Media Point が超越的差異共振イデアと考えられる。+iのイデアと-iのイデアから、Media Point のイデアを区別すべきである。とりあえず、仮に、前者を小イデア、後者を大イデアと呼んでおこう。
 端的に、小イデアであり、大イデアであり、それは、不滅のはずである。何故なら、超越的であるからである。虚数だからである。
 だから、輪廻転生という観念は、「わたし」が輪廻する主体ではなく、小イデア、大イデアが輪廻する主体ということになる。そう、魂や霊魂とは、小イデアであり、大イデアである。(もっとも、小イデアを内包・包摂した大イデアと言う方が的確である。)
 そこで、Media Point の「記憶」はどこまで「届く」のかという本題に戻ると、今や、当然、《個》の現世の経験の記憶を超えるものである。過去世(前世・前生)や未来世(後世・後生)の「記憶」をもつと言えよう。また、さらには、個体的な「記憶」に限定されずに、ユングの説くような集合的無意識・普遍的無意識をもちうると考えられる。「神」、「神仏」と言える。ただし、ユング心理学の問題点は先にも述べた点もあるが、ここでは、集合的無意識について言うと、それは、連続化されているのが大欠点なのである。集合的ではなく、あくまで、絶対的差異的、特異点的であり、それが、普遍的な認識をもちうるということと考えなくてはならないのである。後で、この点を詳述したい。
 ということで、ここで、明確に、プラトン哲学の進展であるPS理論による以上の視点から、プラトン哲学のイデア論の正しさが証明されたことになるだろう。ただし、プラトン自身、小イデアと大イデアを明確に区別していなかったと考えられる。主体差異+iという小イデアは、同一性志向性をもち、いわば、同一性イデアになるのである。これと、大イデア=不死不滅の魂の区別が明確ではなかったと考えられるのである。
 ここで、飛躍して、現代日本の破滅的状態の乗り越えを考えると、PS理論的な、根源的な復活・ルネサンス・維新が必要である。トランス・モダン維新である。PS理論的イデア維新ルネサンスである。


   




新着トラックバック/コメント


カレンダ
2009年3月
29        

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (623)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (68)
10月 (86)
11月 (86)
12月 (60)
2009年 (472)
1月 (82)
2月 (66)
3月 (58)
4月 (32)
5月 (27)
6月 (34)
7月 (35)
8月 (26)
9月 (36)
10月 (30)
11月 (28)
12月 (18)
2010年 (251)
1月 (19)
2月 (29)
3月 (29)
4月 (11)
5月 (25)
6月 (33)
7月 (28)
8月 (23)
9月 (15)
10月 (18)
11月 (8)
12月 (13)
2011年 (126)
1月 (11)
2月 (12)
3月 (13)
4月 (12)
5月 (6)
6月 (4)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (15)
10月 (7)
11月 (16)
12月 (14)
2012年 (117)
1月 (10)
2月 (13)
3月 (6)
4月 (6)
5月 (14)
6月 (8)
7月 (11)
8月 (7)
9月 (3)
10月 (24)
11月 (9)
12月 (6)
2013年 (145)
1月 (12)
2月 (11)
3月 (9)
4月 (21)
5月 (10)
6月 (9)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (5)
10月 (22)
11月 (13)
12月 (7)
2014年 (91)
1月 (6)
2月 (13)
3月 (18)
4月 (5)
7月 (4)
8月 (26)
9月 (7)
10月 (5)
11月 (6)
12月 (1)
2015年 (61)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (10)
6月 (4)
7月 (6)
8月 (1)

アクセスカウンタ
今日:357
昨日:878
累計:4,825,469