差異共振への螺旋回帰力学:差異活性における連続化と不連続化と共振・即非化:五極差異共振Media Point






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2009年03月15日(Sun)
差異共振への螺旋回帰力学:差異活性における連続化と不連続化と共振・即非化:五極差異共振Media Point
(画像は次のサイトで見られたい。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10224473102.html


先に、『思考実験:共振へのらせん的回帰の力学について:-iの賦活化における連続化と不連続化と差異共振化:モダンからトランス・モダンへの転換力学:付録:ポスト・モダン分析』
http://ameblo.jp/renshi/entry-10224340098.html
の試論を転載したが、所期の目的は、簡潔に明快に、テーマの考察を行うことであったが、枝葉がつき過ぎてしまったので、ここで、再考したい。
 参考2の視点から、再考しよう。近代的自我は、-1であり、それは、差異共振性を否定・抑圧している。しかし、内的差異・内的他者-iが賦活される。
 ここで、内的差異・内的他者-iの活性化を考えよう。それに呼応して、同一性自己「感覚」(身体感覚)が、その活性化によって、賦活されると考えられる。
 しかし、+iに傾斜する同一性自己意識(近代的自我)-1は、その活性化に対して、当然、抑圧する態度をとる。だから、ここで、⇒+1と-1齟齬・葛藤・対立が生じると言えよう。
 しかし、同一性自己意識、正確に言えば、同一性自己主義意識ないしは同一性主義自己意識は、賦活された身体感覚を独善的に抑圧し続けて、排除すると言えよう。ハイパーな近代的自我である。「狂気」的である。
 しかし、開いた意識をもつ場合、つまり、同一性自己意識以外に、身体感覚(精神)を意識する場合、その葛藤は大きなものと意識される。つまり、同一性(同一性自己)と差異(身体感覚=精神)との齟齬・葛藤・対立を意識する。(そして、これが広義の近代文化の問題であるが、近代文化の二重性を考えると、トランス・モダンの問題と見る方が適切である。)言い換えると、これは、同一性と差異との揺らぎの意識である。つまり、-1であったり、⇒+1であったりするのである。言い換えると、散文・物質科学的であったり、詩・神秘的であったりするのである。両者は、絶対的に分離している。(ベルクソン哲学は、純粋持続に基づく、この分裂を克服の試みである。)そう、二律背反である。
 しかしながら、この揺らぎの経験の中から、あるバランス・均衡(平衡)の感覚・意識が生成されるのも事実である。即ち、特異性の身体感覚(精神)と同一性自己知性である。両者が平静に均衡するのである。あるいは、意識はその平衡を維持しようと志向するのである。(この平衡志向意識が真の理性であろう。だから、差異/同一性平衡意識性、ないしは、簡略化して、差同平識性と呼ぶといいだろう。)
 つまり、ある意味で、-1と⇒+1が調和するようになったのである。ただし、-1の否定性がここでは、取り去られている。矛盾した言い方になるが、肯定的な-1が形成されているのである。スピノザに倣えば、能動的な-1(能動的観念)である。
 いったいそれは、何だろうか。それは、-1(乃至は+1)が⇒+1に回帰し出していることと考えられる。
 危険は、このとき、⇒+1に引きつけられてしまい、初期の⇒+1に回帰してしまうことである。つまり、-1を喪失して、初期⇒+1に回帰することである。平たく言えば、少年期に回帰することである。そして、これは、文学史的には、ロマン主義である。思想史的には、神秘主義である。
 だから、ここに、-1の大きな意義があるのである。これは、同一性自己主義(自我)である。因みに、+1は、同一性=物質であり、おそらく、鏡像である。(鏡像について少し説明すると、この場合の鏡像とは外的鏡像である。それに対して、内的鏡像がある。それは、Media Pointの鏡面に移る自己像である。ここに自己本来の姿が存するのである。鏡とは、だから、二重なのである。)
 最高度に重要な点、キーポイントは、-1と+1の弁別である。-1は、基本的に、同一性自己主義(自我主義・利己主義)である。それに対して、+1は、単に同一性自己性である。
 ここで、-1と⇒+1との調和・平衡を述べ、また、肯定的・能動的な-1を唱えたが、このポジティブな-1の-1とは、あくまで、同一性自己主義(自我主義・利己主義)であるということは、いくら強調してもし過ぎることはない。いわば、ただ、剣を鞘に収めている状態と言えようか。
 では、このポジティブな-1(ポジティブな同一性自己主義)とは何なのだろうか。それは、端的に、+iの傾斜性向を抑えた-1ではないだろうか。つまり、-iを否定しないようにするのである。これまでは、+i傾斜性向は、-(-i)というように、-iを否定してきたのである。
 この最初の-(マイナス)を抑えたものがポジティブな-1であろう。当然、(+i)*{-〔-(-i)〕}となり、(+i)*(-i)⇒+1となるのである。これが、新生差異共振性、健全な差異共振性、トランス・モダン差異共振性である。
 ただし、いわば、否定的媒介として、-1が存していることを強調しないといけない。
 だから、図式化すると、

1)初期差異共振性:(+i)*(-i)⇒+1:ルネサンス

2)同一性自己主義:(+i)*〔-(-i)〕⇒-1:近代合理主義

3)新生差異共振性:(+i)*{-〔-(-i)〕}⇒-(-1):トランス・モダン

となる。
 そして、3における右辺の-1を消さないようにしないといけない。今日、ウォール・ストリートの金融資本主義が崩壊して、利己主義を否定して、利他主義を肯定する傾向があるが、それは、錯誤である。基盤には、利己主義があるである。しかし、その利己主義が利他的に変容するのである。ただし、利己主義は絶対的には消えていない。利己主義でありつつ、利他主義になるのである。言い換えると、利己主義・即非・利他主義である。(ここで、想起するのは、ギリシア悲劇である。復讐の女神たちが、慈しみの女神たちに変容することである。あるいは、鬼子母神である。あるいは、シェイクスピア劇である。それらにおいて、同一性自己主義がポジティブな同一性自己主義、同一性自己主義的利他主義、差異共振社会主義になっているのである。)
 そう、-(-1)、これが決定的である。これを単純に+1とすると、初期化してしまい、退行である。言い換えると、マイナスのマイナス、否定の否定が、同一性と差異との調和、新生差異共振性をもたらすのである。そう、これは、一種の合・ジンテーゼである。しかしながら、ヘーゲル弁証法と絶対的に異なるのは、この合・ジンテーゼが、即非性であることである。ヘーゲルの場合は、テーゼ=同一性に回帰してしまうのである。
 以上から、トランス・モダン的差異共振性とは、二重の差異共振性を帯びると言えよう。即ち、(+i)*(-i)と(+1)*(-1)であり、結局、+ i, -i, +1, -1の四極が共振(共鳴)する状態にあると言えよう。四重差異共振性、四極差異共振性である。この四重・四極・四元性が最高度に重要である。
 この四極(四元)差異共振(差異共鳴)はMedia Pointで行なわれるが、そのとき、Media Pointは、即ち、四極(四元)差異共振Media Point自体は、第五極(第五元)である。推察であるが、ピュタゴラス学派の五芒星、ウィトルウィウス的人体図の正五角形(後記:これは思い込みミス。正五角形ではありえない)は、この五極(五元)差異共振性を指示しているのではないだろうか。いわゆる、五次元とは、この第五極Media Pointではないだろうか。
 また、トランス・モダン差異共振主義とは、正に、ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図を想起しよう。また、イエス・キリストとは、本来、この五次元を象徴していたのではないだろうか。ただし、当時は、ヤハウェ的一神教、つまり、+iと-1の要素が支配的だったので、五極(五元)ではなく、二元論になってしまったのではないだろうか。五が二になってしまったのである。しかしながら、二には、五が潜在していたのである。それが、聖霊でもあろう。

追記:私が度々引用するD. H. ロレンスであるが、彼は、初期に彼自身の独特の思想を表明しているのである。それは、「王冠」の思想である。王冠とは、この場合、彼の母国である英国の紋章にある王冠である。
 王冠の下で、獅子(ライオン)と一角獣(ユニコーン)が相争っている。そして、この図像にキリスト教三位一体を当てはめるのである。即ち、獅子は「父」、一角獣は「子」、そして、王冠は「聖霊」であり、「聖霊」が「父」と「子」のバランスを意味するのである。「父」はいわば同一性自己主義(利己主義)であり、「子」は初期差異共振主義(利他主義)である。それぞれ、+iと-iと言えよう。あるいは、-1と⇒+1である。この絶対的対立が、「聖霊」=「王冠」において解消されて、均衡・調和するというような思想である。
 だから、ロレンスの思想は、ほとんど、差異共振主義である。ただし、激烈に極性が揺れ動いていたので、表現は混沌としたものとなった。とりわけ、「闇の神」を主張したときがそうである。いったい、「闇の神」とは何だろうか。思うに、それは、「父」の下における「聖霊」ではないだろうか。「父」に制限された「聖霊」ではないだろうか。それは、他者なき一神教的エネルギーに近いと思う。

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

参考1:

追記:ルドルフ・シュタイナーの悪魔論であるが、アーリマンとは+1であり、ルシファーが-1ではないのか。そして、「キリスト」が(+i)*(-i)の差異共振性ということになるのではないのか。シュタイナーはアーリマンとルシファーの中間に「キリスト」を置いたことに適応しよう。その三元論は、 Media Pointである。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10223394072.html

参考2:

+ iの傾斜によって+1から-1へと同一性自己意識が転化して、同一性自己主義(自我主義・自己中心主義)が生まれる。近代合理主義・近代的自我は端的にそのようなものである。そこでは、精緻に見ると、+1と-1との揺らぎがあるように思えるが、基本は+1→-1であると考えられる。つまり、⇒+1の⇒が示唆する差異共振性がそこでは否定されているのである。
 では、新たな差異共振性への回帰の力学について解明していこう。それは、-iの賦活に拠る。しかしながら、それは、+iの傾斜を否定するのであるから、+iの傾斜と衝突するのである。つまり、-1と衝突するのである。例えば、近代合理主義は、精神性や超越性を否定するのである。(もっとも、+i自身は超越的なものであるから、一神教的な超越性は認めるのである。だから、どんな精神性や超越性を否定するのかと言えば、当然、差異共振的それであるし、それは、様態としては、神秘主義やロマン主義的な性向をもつと言えよう。この点は微妙なものがあるが、ここで留めておく。)
 では、近代主義内部において、-iの賦活がどういう様態となるか考えてみよう。+iと-1は-iと差異共振性を抑圧するが、後者は活性化するので、前者に、いわば、押し寄せるのである。つまり、衝動・情動化、つまり、エネルギー化して、前者の領域に迫るのである。もし、主体がそのエネルギーに対して、否定ではなく肯定的な態度をとるとき、どうなるだろうか。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10224340098.html

参考3:

五芒星

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E3%83%9A%E3%83%B3
%E3%82%BF%E3%82%B0
%E3%83%A9%E3%83%A0


Vitruvian Man by Leonardo da Vinci
ダ・ヴィンチのウィトルウィウス的人体図
http://en.wikipedia.org/wiki/Vitruvius

ファイル:Simple crossed circle.svg

circular, harmonic cross
グノーシス主義
http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E3%82%B0%E3%83%8E
%E3%83%BC%E3%82%B7
%E3%82%B9%E4%B8%
BB%E7%BE%A9



ケルト十字

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E3%82%B1%E3%83%AB
%E3%83%88%E5%8D%81
%E5%AD%97

島津氏
丸に十字

http://ja.wikipedia.org/wiki
/%E5%B3%B6%E6%B4%A5
%E6%B0%8F


   




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