ポスト・モダンとトランス・モダン:Media Pointという基核






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2008年09月24日(Wed)
ポスト・モダンとトランス・モダン:Media Pointという基核
以下、Kaisetsu氏によるPS理論の本質論である。デリダの脱構築理論とPS理論の「差異」を説いている。
 私見では、デリダの理論は、ブレークスルーであると同時に、それを閉じてしまったものである。何故閉じたのかと言えば、キリスト教の超越性の発想が大き過ぎて、超越性を否定したからだと思う。
 とまれ、結局、問題の核は、Kaisetsu氏が説くように、Media Pointの把捉にあるのである。簡単に言えば、西洋哲学は、前ソクラテス期哲学から、Media Pointを震源として、同一性の視点から、哲学してきたのである。即非性とは、そこからはみ出す理論なのである。つまり、同一性の視点では、Media Pointは捉えられないということである。それが、逆に、西洋哲学を深化させたとは言えよう。 

***************

Media pointの正確な理解

Renshi氏とbloghiro-dive氏の、「極小差異の極大化」的相互批判に、無謀にも敢えて、途中から乱入する。

(理由)
@Renshi氏とbloghiro-dive氏の議論は、哲学上の一定以上の深い理解がなければ、通読することも不可能な理論展開であり、基本的に、特に構造主義以降の哲学の展開を注意深く自省的に研究しているものにとって、頗る興味のあるテーマが対象となっている点。
ARenshi氏とbloghiro-dive氏の立場は、基本的に、「世界の不連続性」に注目する点で一致しており、これは、近代主義の持つ「連続性批判」であり、この点では共通の認識である。
B Aのように共通の認識をベースにしつつ、相互に批判的な論考を進める原因は、その「微小差異」が、極めて重要な差異である、と考えられるからである。

(考察)
Renshi氏とbloghiro-dive氏との認識上の差異について。

@私の考えるポイントは、次の箇所である。

差異と反復それでも差異と反復/言論闘争の時代
2008年07月29日(火)
誤謬を強要する者…renshiの抱える「思い込み」

「第三の地平などという、第三の超越論的意識が要請されるようなエキセントリックな発想をデリダは批判するのであって逆ではない。仮にそのような地平の発現可能、つまり現実的アクチュアリティーを認めるなら信仰の世界のみだ。なぜなら、それは証明不可能なものであるから「あらぬものは語れぬ」ということになる。そして、語れないものは実在しないというのが当たり前のことであることに異論がある人はいまい…。」

A「第三の地平」は「信仰か」、「現実か」
 不連続的差異論の立場は、明白である。
 世界構造の不連続性、絶対的不連続性を仮定する。
 しかし、これが証明不能であるのは、AとBの絶対的不連続を言った途端に、そのAとBの境界部分を、どのように定義するか、という問題が生じる。
 この部分を明確に定義した理論が、古今東西、在ったのだろうか?
 これを明確に定義できないので、「あらぬものは語れぬ」「語れないものは実在しない」とされてきたのである。
 不連続的差異論では、これを、鈴木大拙氏の「即非」と同じ状態と明確に定義する。
 AとBの境界、「第三の地平」とは、「Aであり、同時に、Bである」状態、「非Aであり、同時に、非Bである」状態である。
 この「即非」の概念は、東洋哲学上は、「止観」「空」「妙」など、様々な言葉で連綿と受け継がれた「哲学上確立した概念」である。

BRenshi氏とbloghiro-dive氏の極小差異の内容
 私が考えるRenshi氏とbloghiro-dive氏の極小差異の部分は、この「即非」状態を「事実として認識する」か、或いは、「不合理な概念として退けるか」という点にあると考える。

CMedia Pointについて
 不連続的差異論を発展したPS理論では、この「即非」状態にも、差異が存在し、その差異間にも「即非」状態が存在すると考える。
 これを簡便に取り扱うために、
 Media Pointという「概念」を構築した。
 ここで言う、Mediaとは、「媒体」の本質、つまり、「Aであり、Bである」状態を示し、結局、「即非」状態のことである。
 Media(A)とMedia(B)は、異なり、この異なる差異の境界は、Media Pointと呼ぶことにする。
 デリダの脱構築理論についても、
 静止状態(A)が静止状態(B)に移行した場合に、このAとBの境界状態を認めるのか、認める場合、その態様は、どのように説明するか、という論点が残されている。
 AとBの間に、さらに、脱構築Xを入れても、さらに、そのXの内部に、脱構築Yが必要になる。
 こうした無限反復を「脱構築」する概念が、Media Pointの概念である。
DMedia PointからModeへ

Media Pointの概念は、現代の哲学状況が、哲学に「空間概念を応用する傾向」に靡いた面がある。そこでより、一般的な概念である Mode という概念を用いて、「即非」構造の分析を開始した。

2008.06.19 Thursday
Mode とは Media pointの多様性を表す「様式」である。

2008.06.20 Friday
Mode とはMedia Pointの多様性を表す形式である。

2008.06.23 Monday
PS理論の「mode」定義は、波動の基本振動と倍振動関係も包摂する。
kaisetsu | media point | 00:04 | - | - |

http://theory.platonicsynergy.org
/?eid=852993
Theories for the Platonic Synergy Concept.


   




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カレンダ
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