「絶対的なもの」と超越性:同一性中心主義=ロゴス中心主義と超越的差異共振性






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2008年04月16日(Wed)
「絶対的なもの」と超越性:同一性中心主義=ロゴス中心主義と超越的差異共振性
以下のtoxandoriaの日記には、ハンナ・アレントの全体主義批判の言葉があり、興味深い。PS理論から検討してみよう。

・・・引用開始・・・

・・・ここは、感銘を受けたフレーズ 、そして自らの心象風景とスナップ 画像などを折にふれ、ご紹介するページです。



・・・・・本文・・・・・



何とも悩ましい話だが、活動(必然的に時の政治権力の影響を蒙る、我われ一般国民の日常生活のコミュニケーション 活動)の最中に真っ先に判明するのは、五感を「超越」する「絶対的なるもの」---真、善、美---は把握不能であるということだ。



な ぜなら、それが何であるのか誰も具体的には知らないからである。たしかに 誰もが、それについての概念は持っているのだが、具体的なレベルでは、それについてまったく異なるものをイメージしている。活動がこうした人間の複雑性に依存しているものである限り、西欧哲学---その伝統の最後尾にいる哲学者たちは、結局のところ、活動の制御を目論んでいるのだが---の最初の破局は、 原理的に独裁政権下意外では不可能な統一=単一性が実現されるための必要条件 なのである。



二番目に判明するのは、活動の目的に奉仕させようと思えば、例えば人種や無 階級社会 な ど、絶対的なるものとして何でも使えるということだ。あらゆる事柄が等しくお誂え向きであり、要するに「何でもあり」なのである。どこかのイカサマ師が思いつきかねない狂気の理論に対する場合と同じように、現実はほとんど抵抗を示さないように見える。いかなることも可能なのである。



三番目に判明するのは、ある目的に絶対的なるもの---例えば、正義、あるいは、ニーチェ が 言うような一般的「理想」---を適用することによって、まず不正で残忍な活動が可能になるということだ。なぜなら「理想」とか正義それ自体は、もはや尺度として存在するのではなく、世界内で達成も生産も可能な、ひとつの目的=終焉になってしまったからである。言い換えるなら、哲学の実現 は哲学を終わらせ、まさに「絶対的なるもの」の実現は世界から絶対的なるものを追放するということである。



そして、最後には、「人間(man)」(一人または少数の政治権力者による狂想の脳内表象)の見せかけの実現が「人間(men)」(絶対多数の国民・市民の現実生活)を文字どおり廃棄(破壊)してしまうのである((  )内はtoxandoriaによる注記)。---「思索日記」「1951年 9月」より 



・・・・・



以上は、[ハンナ・アレント 著、ジェロ ーム・コーン編、高橋勇夫訳『政治の約束』(筑摩書房 )の<緒言>]の引用・転記であるが、このアレントの文章は、(中曽根・・・小渕〜森〜小泉〜安部〜福田)の流れを辿りつつ与党政権がファシズム 的性格を強めてきた必然性を予見しているようで不気味である。



http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/



・・・引用終了・・・



renshiのコメント開始:



1)『五感を「超越」する「絶対的なるもの」---真、善、美---は把握不能である』



という点であるが、これは、明らかに、プラトン哲学のイデア論を批判していると考えられるが、「・・・把握不能である」というのは正しいと考えられる。なぜなら、超越性ないしは絶対的なもの、言い換えると、精神性は、同一性の知性によっては、確かに把握不能であるからである。つまり、近代的合理性知性によっては、超越性ないし絶対的なものの把握は不可能である。しかしながら、プラトニック・シナジー理論から見ると、超越性ないしは絶対性は、イデアとして「存している」と考えている。

 また、西欧哲学の破局が必要条件であるというのは、同一性中心主義=ロゴス中心主義である西欧哲学という意味ならば妥当する考えである。しかしながら、ハンナ・アレントが考えるようには、単純ではないのである。デリダが明らかにしたように、同一性中心主義と差異とが複雑に関係しているのが、西欧哲学なのであり、単純に西欧哲学の破局が必要条件ではないのである。西欧哲学の批判が必要なのである。



2)『活動の目的に奉仕させようと思えば、例えば人種や無 階級社会 な ど、絶対的なるものとして何でも使える』



という点であるが、これは正に、イデオロギーの問題である。たとえば、ブッシュがイラクの民主化というイデオロギーで、「絶対的なもの」を使用するのである。

 問題は、不連続的差異論が明らかにしたように、絶対的なものと日常的な活動を不連続化することが絶対的な条件である。両者を混淆することに全体主義や宗教や政治のイデオロギーが発生すると考えられるのである。



3)『ある目的に絶対的なるもの---例えば、正義、あるいは、ニーチェ が 言うような一般的「理想」---を適用することによって、まず不正で残忍な活動が可能になると』



これは、すぐ上のイデオロギーの問題と同じである。超越性ないしは絶対性と同一性的合理性との混同によって、「不正で残忍な活動が可能」になるのである。人類は、父権文明化して以来、これを行ってきているのである。確かに、人類は、同一性=物質的合理性の知性を発達させたが、それを、超越性ないしは絶対性と混淆混同してきたので、狂信・狂気・非合理主義化してきたのである。

 最後にひと言いうと、アレントのプラトン哲学やそれを源泉にする西欧哲学とりわけ、観念論哲学批判であるが、全体主義を経験した西欧の経験としては理解できるものである。しかしながら、その批判は、日常的な活動に限定する理性を求めていると考えられるが、具体的な日常的活動を判断するときの理性的根拠をどこに求めるのだろうか。私見では、それは、個の差異においてしか、ありえないと考えられるのである。日常的活動は集合的なもので、集合性に巻き込まれやすい。しかしながら、日常的活動において、理性・知性を保つには、個の差異が必要なのである。そして、個の差異において、超越性【絶対性という言い方は問題があるだろう。差異における超越性は絶対性なのだろうか。絶対的差異という点では、絶対性である。絶対的なものという言い方はあいまいではある。】が現れるのである。プラトニック・シナジー理論では、それは、超越的差異共振的理性と見るのである。



renshiコメント終了




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同上・ページ1「toxandoriaの日記、アート と社会 へのリンク 」、http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/newpage1.html

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