左派唯物論者が用いる内在性という概念の問題:内在性と超越性






[PR]



2010年10月29日(Fri)
左派唯物論者が用いる内在性という概念の問題:内在性と超越性
テーマ:ポスト近代合理主義/ポスト・モダン批判

左翼唯物論者/マルキスト、ネグリとハートの『帝国』で使用される、気になる概念は、ドゥルーズの内在性である。
 彼らは、ドルーズ主義者なので、それを正当のように使用しているが、PS理論から見ると、その概念はまったくの錯誤・誤謬である。
 マルチチュード(世界的プロレタリアートの混成体)の内在性を、「革命」の原動力と見ているようだが、それは、結局は反動となると考えられる。
 超越性(内的超越性:これは又、外的超越性でもある)をもたない限り、物質的内在性は、同一性へと帰結するのであり、それが反動である。
 結局、個・差異の共立・共振、また、差異共融の超越的視点をもたない限り、政治活動は反動化するのである。
 マルチチュードではなく、差異共立が政治を切り開くと言えよう。
 差異共立は国家にあっては、national individuality になるべきだと考えている。民族的個である。
 民族性が、個にとっての、超越性の具体的様相であると思われる。
 日本人ならば、神道や仏教が超越性の民族的具体性である。この民族性については、新たに検討したいが、一言いうと、個の超越性を形成するのは、個の超越的根である。その根は民族的固有性をもっていると考えられる。
 そして、個の根源はMP(Media Point)であるので、MPは民族固有の双極子的様相をもっていると思われる。
 つまり、民族的MPがあるのであり、個はそれを帯びているのである。即ち、超越性⇒民族的MP⇒個である。
 今はここで留める。

追記:内在性の概念はスピノザ哲学に基づく。スピノザ哲学については、以前、問題点を述べた。即ち、連続性の理論なのか、不連続性の理論なのか、あいまいであるという点である。強いて言えば、連続性の理論である。神⇒属性(精神・思惟と身体・延長の心身平行論)⇒様態という発想をもっているのであり、⇒が連続性になっていると考えられるのである。 
 ドゥルーズは、ここに内在性の概念を見たと言えよう。しかし、これは、同一性の理論である。神という同一性が、個物の同一性へと帰結すると考えられるからである。
 思うに、PS理論の視点から、スピノザ哲学を新たに批判することが可能である。余裕のあるとき論じたい。

マルチチュード
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



マルチチュード(Multitude)とは、マキャベリ によって最初に使用され、その後スピノザ が用いた政治 概念である。最近では、アントニオ・ネグリ とマイケル・ハート の帝国 論を契機として再び注目を集めている。マルティテュード、ムルチチュードとも。ラテン語 では“多数”“民衆”などの意味を持つ概念である。 「多数性」「多性」「群衆性」などの訳語もあてられる。
ネグリ=ハートのマルチチュード論 [編集 ]

マルチチュードとは、政治哲学 者で元パドヴァ大学 政治社会科学研究所教授 であるアントニオ・ネグリとデューク大学 文学部准教授であるマイケル・ハートが、共著『帝国』および『マルチチュード』において地球 規模による民主主義 を実現する可能性として、国境 を越えるネットワーク 上の権力 として提唱している概念 のことである。

ネグリはマルチチュードを、近代 以降に登場した超大国 の覇権 によるグローバル な世界秩序である帝国主義 に対抗し、これからの世界を変革し得る存在としてそれぞれの国家 の国民 や企業 を含む超国家的なネットワーク上の権力として位置付けている。

ネグリはマルチチュードについて、いわゆる19世紀 以降の社会主義 に代表される革命 に見られた多様性 と差異 性を無視したこれまでのありかたとは異なり、統合 されたひとつの勢力 でありながら多様性を失わない、かつ同一性 と差異性の矛盾 を問わぬ存在としている。
参考文献 [編集 ]

* アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『マルチチュード(上・下)』日本放送出版協会[NHKブックス]、2005年。

執筆の途中です この「マルチチュード」は、共産主義 に関連する書きかけ項目 です。この記事を加筆・訂正 などして下さる協力者を求めています 。(ポータル 政治学 /ウィキプロジェクト 政治 )
「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%81%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%89 」より作成

Multitude
From Wikipedia, the free encyclopedia
Jump to: navigation , search
Look up multitude in Wiktionary , the free dictionary.

Multitude is a political term first used by Machiavelli and reiterated by Spinoza . Recently the term has returned to prominence because of its conceptualization as a new model of resistance against the global capitalist system as described by political theorists Michael Hardt and Antonio Negri in their international best-seller Empire (2000) and expanded upon in their recent Multitude: War and Democracy in the Age of Empire (2004). Other theorists which have recently used the term include political thinkers associated with Autonomist Marxism and its sequelae, including Sylvère Lotringer , Paolo Virno , and thinkers connected with the eponymous review Multitudes .

http://en.wikipedia.org/wiki/Multitude


Empire (book)
From Wikipedia, the free encyclopedia
Jump to: navigation , search
For other uses, see Empire (disambiguation) .
Empire
Swedish edition (Imperiet) cover
Swedish edition (Imperiet) cover
Author Michael Hardt and Antonio Negri
Country United States
Language English
Subject(s) Globalization , geopolitics
Publisher Harvard University Press
Publication date 2000
Media type Print
ISBN ISBN 0-674-25121-0 (hardcover) ISBN 0-674-00671-2 (paperback)
OCLC Number 41967081
Dewey Decimal 325/.32/09045 21
LC Classification JC359 .H279 2000
Preceded by Labor of Dionysus: A Critique of the State-Form
Followed by Multitude: War and Democracy in the Age of Empire

Empire is a text written by Marxist philosophers Antonio Negri and Michael Hardt . The book, written in the mid 90s, was published in 2000 and quickly sold beyond its expectations as an academic work.[1] In general, the book theorizes an ongoing transition from a "modern" phenomenon of imperialism , centered around individual nation-states , to an emergent postmodern construct created amongst ruling powers which the authors call Empire (the capital letter is distinguishing), with different forms of warfare:

If, according to Hardt and Negri's Empire, the rise of Empire is the end of national conflict, the "enemy" now, whoever he is, can no longer be ideological or national. The enemy now must be understood as a kind of criminal, as someone who represents a threat not to a political system or a nation but to the law. This is the enemy as a terrorist.... Hardt and Negri get this absolutely right when they say that in the "new order that envelops the entire space of... civilization", where conflict between nations has been made irrelevant, the "enemy" is simultaneously "banalized" (reduced to an object of routine police repression) and absolutized (as the Enemy, an absolute threat to the ethical order"[2] ).[3]

They proceed to elaborate a variety of ideas surrounding constitutions, global war, and class. Hence, the Empire is constituted by a monarchy (the United States and the G8 , and international organizations such as NATO , the IMF or the WTO ), an oligarchy (the multinational corporations and other nation-states) and a democracy (the various NGOs and the United Nations ). Part of their analysis deals with "imagine[ing] "resistance to it", but "the point of Empire is that it, too, is "total" and that resistance to it can only take the form of negation - "the will to be against"[4] . The Empire is total, but economic inequality persists, and as all identities are wiped out and replaced with a universal one, the identity of the poor persists[5]

This description of pyramidal levels is a replica of Polybius ' description of Roman government, hence the denomination "Empire". Furthermore, the crisis is conceived as inherent to the Empire. Negri & Hardt are also heavily indebted to Michel Foucault 's analysis of biopolitics [6] and Gilles Deleuze 's philosophy. Before that book, Negri was best known for having written The Savage Anomaly (1981), a milestone book in Spinozism studies which he wrote in prison. Empire is thus, unsurprisingly, also influenced by Spinoza . The ideas first introduced in Empire (notably the concept of multitude , taken from Spinoza) were further developed in the 2004 book Multitude: War and Democracy in the Age of Empire and the 2009 book Commonwealth, which were also written by Negri and Hardt.

Empire has created important intellectual debates around its arguments. Many scholars have compared the evolution of the world order with Hardt and Negri's world image that they pictured in the "Empire".[7]

It was published by Harvard University Press in 2000 as a 478-page hardcover (ISBN 0-674-25121-0 ) and paperback (ISBN 0-674-00671-2 ).

http://en.wikipedia.org/wiki/Empire_%28book%29

Multitude: War and Democracy in the Age of Empire
From Wikipedia, the free encyclopedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Multitude:_War_and_Democracy_in_the_Age_of_Empire

バールーフ・デ・スピノザ

バールーフ・デ・スピノザ(Baruch De Spinoza, 1632年 11月24日 - 1677年 2月21日 )はオランダ の哲学者 、神学者 。一般には、そのラテン語 名ベネディクトゥス・デ・スピノザ (Benedictus De Spinoza) で知られる。デカルト 、ライプニッツ と並ぶ合理主義哲学 者として知られ、その哲学体系は代表的な汎神論 と考えられてきた。また、ドイツ観念論 やフランス現代思想へ強大な影響を与えた。

彼の肖像は1970年代 に流通していたオランダの最高額面の1000ギルダー紙幣に描かれていた。

・・・・・
存在論・認識論 [編集 ]

ここでは、形而上学的な第1部と第2部の概要を主に記述する。

デカルト は神を無限な実体[3] として世界の根底に設定し、そのもとに精神と身体(物体=延長)という二つの有限実体 を立てた。しかし、スピノザによれば、その本質に存在が属する実体は、ただ神のみである。スピノザにおいては、いっさいの完全性を自らの中に含む[4] 神は、自己の完全性の力によってのみ作用因である[5] ものである(自己原因)[6] 。いいかえれば、神は超越的な原因ではなく、万物の内在的な原因なのである[7] 。神とはすなわち自然である。これを一元論・汎神論と呼ぶ。神が唯一の実体である以上、精神も身体も、唯一の実体である神 における二つの異なる属性(神の本質を構成すると我々から考えられる一側面)としての思惟と延長とに他ならない。また、神の本性は絶対に無限であるため、無限に多くの属性を抱える。この場合、所産的自然としての諸々のもの(有限者、あるいは個物)は全て、能産的自然としての神なくしては在りかつ考えられることのできないものであり、神の変状ないし神のある属性における様態であるということになる[8] 。

スピノザは、「人間精神を構成する観念の対象は(現実に)存在する身体である」[9] と宣言する。なぜなら、「延長する物および思惟する物は神の属性の変状である[10] 」以上、二つは同じものの二つの側面に他ならないからである。これによって心身の合一という我々の現実的なありかたを説明できる、とスピノザは考えた。精神の変化は身体の変化に対応しており、精神は身体から独立にあるわけではなく、身体も精神から独立となりえない。身体に先だって精神がある(唯心論)のでもなく精神に先だって身体がある(唯物論)のでもない。いわゆる同一存在における心身平行論である。その上、人間の身体を対象とする観念から導かれうるものだけを認識しえる[11] 人間の有限な精神は、全自然を認識する或る無限の知性の一部分であるとしており[12] 、この全自然を「想念的objective」に自己のうちに含むところの思惟する無限の力(potentia infinita cogitandi)によって形成される個々の思想と、この力によって観念された自然の中の個々の事物とは、同じ仕方で進行するとしている。すなわち思惟という側面から見れば自然は精神であり、延長という側面から見れば自然は身体である。両者の秩序(精神を構成するところの観念とその対象の秩序)は、同じ実体の二つの側面を示すから、一致するとしている。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%8E%E3%82%B6


   




新着トラックバック/コメント


カレンダ
2010年10月
         
29
           

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (623)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (68)
10月 (86)
11月 (86)
12月 (60)
2009年 (472)
1月 (82)
2月 (66)
3月 (58)
4月 (32)
5月 (27)
6月 (34)
7月 (35)
8月 (26)
9月 (36)
10月 (30)
11月 (28)
12月 (18)
2010年 (251)
1月 (19)
2月 (29)
3月 (29)
4月 (11)
5月 (25)
6月 (33)
7月 (28)
8月 (23)
9月 (15)
10月 (18)
11月 (8)
12月 (13)
2011年 (126)
1月 (11)
2月 (12)
3月 (13)
4月 (12)
5月 (6)
6月 (4)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (15)
10月 (7)
11月 (16)
12月 (14)
2012年 (117)
1月 (10)
2月 (13)
3月 (6)
4月 (6)
5月 (14)
6月 (8)
7月 (11)
8月 (7)
9月 (3)
10月 (24)
11月 (9)
12月 (6)
2013年 (145)
1月 (12)
2月 (11)
3月 (9)
4月 (21)
5月 (10)
6月 (9)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (5)
10月 (22)
11月 (13)
12月 (7)
2014年 (91)
1月 (6)
2月 (13)
3月 (18)
4月 (5)
7月 (4)
8月 (26)
9月 (7)
10月 (5)
11月 (6)
12月 (1)
2015年 (61)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (10)
6月 (4)
7月 (6)
8月 (1)

アクセスカウンタ
今日:526
昨日:564
累計:4,604,474