同一性資本主義と差異資本主義:地方は特異性である。差異的政治を求めよ。






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2007年05月21日(Mon)
同一性資本主義と差異資本主義:地方は特異性である。差異的政治を求めよ。
今は、一言いうが、近代的同一性の枠組みから落ちこぼれ、逸脱する人間がこれからますます増える可能性はある。もっとも、反動化して、同一性主義の政府を支持することも続くだろう。
 とまれ、脱近代的同一性である差異へと還元されたとき、人間はどうなるのか。差異へと還元された人間は強い。しかし、差異に対する資本が日本にはないのだ。ここが一番の問題だ。マイクロ・クレジットはないのだ。
 同一性はますます肥大化して、民人の利益を搾り取る。同一性資本主義である。それは、本山がアメリカにあると言えよう。しかし、同一性資本主義は本来は邪道である。差異から同一性を生むのが本来の資本主義であるからだ。質か量への還元である。しかし、同一性資本主義は、同一性の量の差異を問題にするだけである。i*-(-i)⇒-1の世界である。これはエントロピーの世界である。
 思うに、同一性資本主義は、ますます肥大化して、その恐ろしい金権的全体主義を展開するだろう。他方、差異資本主義が進展するようになるだろう。最も、その前に、差異が消失する危険もあるが。
 とまれ、現在の同一性資本主義の政党を政権から降ろす必要があるだろう。また、地方は、地方文化を構築するべきだろう。東京の真似をしても、地方は活気をもたないだろう。地方の差異を認識しないといけない。農業がしたくなるような生活環境を作らないといけない。大型店には、利益を地域に還元させなくてはならない。社会文化経済である。また、そのような政治をもたないといけない。差異的政治である。
 同一性に囚われているから、差異が見えないのである。あるいは、特異性である。地方は特異性であるという視点をもたないといけない。

「仲間の中におれば、休むにも、立つにも、行くにも旅するにも、常に人に呼びかけられる。
他人に従属しない独立自由を目指して、犀の角のようにただ一人歩め。」
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カレンダ
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