カルマ論と自然的霊性(自然美術)






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2010年01月26日(Tue)
カルマ論と自然的霊性(自然美術)
カルマ論と自然的霊性(自然美術)

テーマ:新霊性new spirituality

以下、東海アマ氏の霊学である。これは、カルマ論であり、基本的には仏教思想である。シュタイナーもカルマ論を説いていた。
 私もカルマ論に近い考えをもつが、でも、と思う。果たして、地球は単に地獄の星なのか。私にとっては、自然はとても美しい。もっとも、人間は度し難いところがあるが。
 このギャップは何なんだろうか。今、地元で、箒状に広がる落葉した森の木々を見るが、私には、美術である。自然アートである。
 そして、それらは、スピリチュアルである。そう、自然はスピリチュアルである。これは、通俗的なそれではなく、感覚・身体的な霊性である。気的霊性である。
 思うに、西洋文明、ユダヤ・キリスト教西洋文明はこの自然的霊性を徹底して破壊してきたのである。
 その結果がマネー・ゲームや唯物論である。(ヤハウェは、貨幣神、物質神である。)
 今日の黙示録的危機は、大局的には、自然的霊性を復活させて、この西洋文明を超克することで脱することができるだろう。
 日本人、戦後日本人は、まったく西洋文明に染まりきって、日本・東洋的な自然的霊性を喪失してしまったのである。アンラ・マンユ(悪霊)に支配されているのである。

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★ 2010年01月26日火曜日 7時半更新

■ 中津川五名殺害事件、無期判決 報復制裁によって国民の恐怖支配を狙う検察がつまずいた

 【岐阜・中津川の家族6人殺傷、2審も無期判決 1月26日10時13分配信 読売新聞
 岐阜県中津川市で2005年2月、家族6人を殺傷したとして、殺人罪などに問われた、市老人保健施設の元事務長、原平被告(62)の控訴審判決が26日、名古屋高裁であった。片山俊雄裁判長は、「主観的だが精神的に追い込まれた末の一家心中事件で、極刑には躊躇(ちゅうちょ)が残る」と述べ、無期懲役とした1審・岐阜地裁判決を支持し、死刑を求刑した検察側と、有期懲役を求めていた弁護側双方の控訴を棄却した。 検察側は「一家心中ではなく、世間体を気にして家族を皆殺しにしようとした短絡的な犯行」として、改めて死刑を求刑していた。 片山裁判長は1審同様、一家心中の側面がある事件と判断。「母が妻に嫌がらせを続けたため、精神的に追いつめられた面は否定できない」とも指摘し、無期懲役が不当ではないとした。
 控訴審から死刑を求めた娘婿の藤井孝之さん(44)の処罰感情については、「原被告の今後の対応で緩和の余地があり、重くとらえるべきではない」とした。
 判決によると、原被告は05年2月27日、かねてから、嫌がらせを受けて憎んでいた母・チヨコさん(当時85歳)を自宅で絞殺。長男・正さん(同33歳)や、長女・藤井こずえさん(同30歳)、その長男・孝平ちゃん(同2歳)、長女・彩菜ちゃん(同生後21日)の5人を殺害し、孝之さんを刃物で刺して、2週間のけがを負わせた。犯行後、原被告は自分の首を包丁で刺し、自殺を図った】

● 5年前、普段は静かな中津川市街にとどろき渡ったヘリの爆音に「いったい何事が起きたのか?」と筆者も驚いたが、戦後、この地域での殺人事件など聞いたこともなかった地元の人間にとって、続いた殺人事件は大きなショックだった。(もう一つは2006年4月地元中学生女子殺人事件)
 翌年、かのハラタイラが死亡したのも、この事件にショックを受けてではなかったか? と余計な推量をしたほどだ。
 筆者は、常々、「人間は元々アホである!」と主張してきた。完全無欠のマトモな人物など、この世に存在しないのだ。この地球に誕生する人々は、みんな救いのないアホばかりであり、その愚かさを肉体によって思い知ることこそ、この世に産まれる本当の理由と筆者は考えてきた。

 「地球は苦悩の惑星である」
 これは、ある霊的存在からのメッセージであり、地球に産まれる人間は、よほど物好きで、深刻なカルマの持ち主ばかりということらしい。箸にも棒にもかからないアホだけが人間となり、人を傷つけ、己を痛めつけ、バカを繰り返し、泣き騒いで死んでゆく。いわば、宇宙における一種の地獄星なのであり、「囚獄星」ともいわれている。筆者も、その一員であることに恥じ入るばかりだ。キリストや釈迦だって、ホントは相当に欠陥人間だったらしい。孔子やムハンマドに至っては、現代にまで強烈な影響を及ぼしている人類史上の極悪人であって、ルシファーの分身というしかない。

 すべての人は、生きているうちに、必ず何度も同じ過ちを繰り返す。人の罪を憎む人は、必ず同じ罪を人に対して行うことになっている。人をバカにした人は、必ず自分がバカにされることになり、今死刑を執行される人は、実は前世で死刑を要求した人である。これが宇宙を貫く「因果応報」の原理である。
 ハラタイラ氏は本当に愚かな男だ。自分の苦悩の腹いせに何の罪もない家族まで殺害してしまった。しかし、これは心の病気であった。我々は、病気によって罪を犯した人までも制裁してはいけないのである。もし彼を制裁し処刑する者がいるなら、彼は来世、ハラ氏の運命を味わうことになるだろう。

 犯罪というものは、すべて心の病の結果であって、本当は病気なのだ。また、死刑制度容認者たちの「罪を憎み、復讐し、制裁する」という考え方自体も実は心の病気なのである。本当に正しい、カルマから解放された司法というものが存在するとするなら、それは「罪」という言葉を「過ち」という概念に置き換えなければいけない。
 この世には罪は存在しない。過ち、病気しかないのだ。それは制裁されるのではなく「治療」されねばならないのである。
 人類が、この境地に達したとき、はじめて地球は地獄・囚獄を脱し、楽園に生まれ変わるだろう。

東海アマチュア無線  地震予知研究会


   




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カレンダ
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