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2009年01月10日(Sat)
備忘録:「最後の審判」問題:ゾロアスター教の差異共振光神とキリスト教の同一性主義光神
ここ数日、たいへん忙しくなるので、論考することができなくなる。今、思っていることを書き留めておこう。日本人には馴染みのない最後の審判についてである。
聖書の最後にある「ヨハネの黙示録」の最後の審判であるが、それは、元はゾロアスター教の起源である。つまり、キリスト教はゾロアスター教を取り入れていると言っていい。 以前、だいぶ前に述べことがあるが、直感であるが、ゾロアスター教とキリスト教の「最後の審判」は正反対になっているのではないのかということである。 どういうことかと言えば、キリスト教の最後の審判の神と悪魔が逆になっているということである。神が悪魔であり、悪魔が神であるということである。 ゾロアスター教の善神アフラマズダと悪神アンリマンユの戦争があり、前者が勝利するが、これは、実に単純明快であり、納得できるのである。しかるに、キリスト教の最後の審判の神の勝利は何か、胡散臭いのである。 とは言え、二元論的発想は、ゾロアスター教とキリスト教とともに共通である。 問題は、同一性主義である。これが「悪」なのである。ゾロアスター教の善神=光神とは、思うに、差異共振による光(差異共振光とでも言おう)であると思う。そして、それを同一性主義によって捩じ曲げるのが悪神=闇神である。 しかしながら、キリスト教においては、「光」が同一性主義になっているのではないだろうか。というのは、「ヨハネの福音書」の有名な冒頭の「初めに言葉(ロゴス)ありき」から、言葉中心主義を想定できるからである。思うに、ロゴスならば、差異共振的ロゴスが在りえるのである。つまり、原理性としてのロゴスである。 しかしながら、ロゴスは、西洋文明においては、同一性化して考えられてきたと思えるのである。つまり、言語構造形式における「理性」となったと思えるのである(カント的発想である)。 つまり、同一性的知を理性ないしはロゴスとしてきたと考えられるのである。本来、ロゴスは、差異共振理性である。それが、同一性化されて、同一性主義に転換したように思える。連続化である。 私が「ヨハネの黙示録」に不審に思うのは、この点からである。同一性化されたロゴスの思想(同一性主義)があり、それが、支配しているように思うのである。だから、悪魔なのである。 思うに、これは、ルネサンスの事象に似ているようだ。初めは、差異共振理性が作用しているが、それが同一性化されて、同一性主義(近代主義)となるということに似ている。プロト・モダンが、近代合理主義になるということである。 ということで、同一性主義化されたテキストなので、問題であるということになる。 整理すると、ゾロアスター教においては、差異共振原理=善神=光神が健全であり、悪神を同一性主義(物質主義)と見ているのである。しかしながら、キリスト教においては、差異共振原理=ロゴスが同一性化されて、結果、同一性主義に転化しているのであり、光が闇に転換してしまったということである。神が悪魔となり、悪魔が神となったのである。 そう考えると、今日の「ハルマゲドン」とは、ユダヤ・キリスト教文明の同一性主義(悪魔)の帰結・エンテレケイアとして存在すると言えよう。 だから、リーマン・ショックが同一性主義金融資本主義の崩壊ならば、新中東戦争とは、同一性主義的価値観の暴発と言えよう。両者はその点では同質である。 とまれ、ポスト・ハルマゲドンはどうなるだろうか。「悪」が勝利するのである。それは、差異共振原理の勝利である。それは、新母権文化である。新東洋文化である。新イエス文化である。 |
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