臍の緒と十字架:自然回帰とトランス・キリスト教






2008年06月01日(Sun)
臍の緒と十字架:自然回帰とトランス・キリスト教
以下のように、eliot-akira氏から興味深いコメントをいただきました。
 中南米の、いわば、土着的なカトリックの御指摘はまったく同感であります。
 また、十字架ですが、それは、人類学的には、キリスト教の独自のシンボルではなく、普遍的な、大地を意味するシンボルですね。しかし、明らかに、天と地の交叉を意味しているようにも私には思えます。ですから、明らかに、十字架は臍の緒になると思います。
 因みに、キリスト教について言いますと、明らかに折衷宗教だと思います。イエスは、イシス・オシリス神話から由来していると思いますし、それにユダヤ教の救世主の思想が重なったものだと思います。
 女神の神話と父権宗教神話が折衷した形だと思っています。有り体に言えば、分裂した宗教です。そして、今日の問題は、eliot-akira氏が指摘されているように、ユダヤ・キリスト教的西洋文明が、自然のへその緒から切断されて、自然を管理・支配することを当然としていることにあると思います。明らかに、人間の傲りだと思います。
 

******************

■臍

「ヘソ」の象徴する意味とは独創的な考え方ですね。

主流のキリスト教で「神・キリスト・聖霊」の三位一体に、生命の起源としての「母」が含まれていないことは、「へそのない人間」と同じく不自然だと感じます。

これは明月庵さんが指摘されているように、母なる自然との「つながり」が絶たれた状態を示していると思います。キリスト教的な基盤を持つ合理的主義が近代において、人間の知性と技術力で「自然を制すること」に重点を置いていることともつながりますね。

その反面、中央・南アメリカに見られるカトリック教と自然信仰のシンクレティズム(諸教混交)では、聖母マリアを中心とした、「母なる自然」との関係を取り戻した独自のキリスト教が広まっています。

飛躍した考えかもしれませんが、もしかすると根本的であり、かつ超越的な真理と我々とをつないでいるのは「十字架」という臍の緒・・・とも言えるのではないでしょうか。
eliot-akira 2008-05-30 01:28:28
http://ameblo.jp/renshi/
entry-10101078954.html#c10135187961

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