父権自我(二項対立主義)の精神暴力力学について:陽自我は陰他者を憎悪し殲滅を目指す






[PR]



2015年05月19日(Tue)
父権自我(二項対立主義)の精神暴力力学について:陽自我は陰他者を憎悪し殲滅を目指す
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-12028278793.html

父権自我(二項対立主義)の精神暴力力学について:陽自我は陰他者を憎悪し殲滅を目指す

テーマ:哲学:叡知学、哲理学、哲科学

父権文明は暴力文明(戦争文明)であるが、その構造、精神構造、心的構造を、改めて解明したい。
 今日、父権主義は、日本では、女性、比較的若い女性に見られる。二項対立精神である。平俗に言えば、○×精神である。正誤・正邪精神である。
 それも、「私」は正しく、他者は間違っているというものである。
(女性の場合、シュタイナー的に言えば、アストラル体(感情・欲望身体)、私の用語では、感性体が主導的なので、男性よりも、二項対立が酷烈になるのであるが、それは、ここではおいて置こう。)
 不連続的差異論の段階に戻ると、私は連続的同一性という概念を立てた。これは、陽自我が陰他者に対して行なう内的行為(精神行為)である。
 つまり、自我が他者の不連続(非連続)的差異を否定して、同一性化するのである。そう、この連続的同一性化が端的に精神暴力である。
 これは、端的に傲慢であるが、それが当然となるのは、他者に対する感性、つまり、ココロが欠落している、あるいは、排除、埋没しているからである。
 そう、これは、当然、野蛮な精神である。しかし、これが、現代の一般的な日本人の精神なのである。
 他者性の欠落、ココロの排除、道徳・倫理・仁倫・倫道の欠落はどこから生じたのか。
 簡単に言えば、父権精神からであるが、もっと木目細かく見よう。
 そう、これは、精神の病と関係するのである。(シュタイナーは精神病という言葉を嫌悪していた。精神は本来、病気にはならず、身体が病気になるというようなことを説いていた。確かに、身体が故障していると、精神が異常になることは考えられる。今は、いちおう、精神の病ということを考えたい。)
 さて、以上は既述のことであり、新たに、精神暴力の力動・情動、あるいは衝動の根因について考察を行ないたい。
 精神暴力の力動・情動・衝動の根因は、自我・陽にあるのか、それとも感性体・陰にあるのか、それとも、両者癒着状態にあるのか。
 陽自我は、陰他者を支配しようとする。何故か。
 それは、陽自我にとって、陰他者は、異物であり、「気に入らない」ものだからである。
 「わたし」として、陰他者を支配したいのである。
 問題は情動精神力学である。(情氣という言葉を造語してもいいだろう。衝氣という言葉もありえるだろう。)
 陽自我に情動性があるのか?
 情動は陰である感性体にあると見るのが本来である。
 すると、陽自我の暴力の様態とは何なのか。
そう、暴力様態の問題である。
 いったい、陽自我の様態とは何なのか。
 「わたし」の様態とは何か。
 やはり、「わたし」の感情はあるのである。それは、陽における陰である。
 陽の陰が、陰他者に反発するのである。

http://gaiax3.ti-da.net/e4240444.html

 だから、陽の陰に暴力情動があると言えよう。
 そう、陽自我とは陽的陰と結合しているのであり、自我情動をもつのである。
 そして、この自我情動性が陽自我暴力力動の正体・本体と言えよう。
 そして、自我意識は、この自我情動暴力に対して、無意識であるのが、陽自我の精神暴力の根因であると言えよう。
 これで、陽自我精神暴力のメカニズムを解明したと言えよう。
 一大問題は、この陽自我精神暴力をコントロールする精神文化、叡知の存在である。
 現代日本では、あるいは、現代世界では消失しているのである。
 有り体に言えば、ココロの文化の消失である。原因は当然、唯物科学のせいである。技術ではない。技術は、ココロに関係すると思われる。
 では、ココロ文化の消失のメカニズムは何なのか。
 結局、陰他者の認知の有無の問題である。(うつ病と言われる症状はこれと関係すると見ている。)
 陽自我は基本的に独一性をもっている。
 つまり、自己中心性である。「私は絶対的一(いつ)である」ということ視点である。言い換えると、「唯一神」性である。
 だから、他者、陰他者に対しては、否定的に対応するのである。他者を排除、強く言えば、消滅、殲滅、殺戮したくてしょうがないのである。
 他者は居て欲しくないのである。死ねである。
 つまり、陽自我は本質的に殺気をもっているのである。
 そして、この殺気の対象の他者であるが、当然、陽自我の対極、対蹠的存在が対象となるのである。
 そう、陰他者である。(ユダヤ・キリスト教的父権文明である西洋文明にとっては、東洋文明、母権文明である。)
 結局、自我の精神暴力の対象は陰他者である。これが憎悪・嫌悪・破壊の対象なのである。
 日本父権民族は日本母権民族を嫌悪・憎悪・嫌忌し、殲滅・消滅・殺戮したいのである。

writebacks(0)
トラックバック(trackback)
URL:

コメント(comment)
名前(*):
URL/Email: (optional)
タイトル(*):
コメント内容(*):
画像認証(*): 表示された画像の文字を入力してください:

名前と URL/Email をcookieで保存



新着トラックバック/コメント


カレンダ
2015年5月
         
19
           

アーカイブ
2006年 (104)
7月 (9)
8月 (6)
9月 (7)
10月 (9)
11月 (39)
12月 (34)
2007年 (542)
1月 (48)
2月 (49)
3月 (67)
4月 (45)
5月 (44)
6月 (1)
7月 (33)
8月 (67)
9月 (47)
10月 (42)
11月 (49)
12月 (50)
2008年 (623)
1月 (40)
2月 (29)
3月 (26)
4月 (38)
5月 (32)
6月 (48)
7月 (49)
8月 (61)
9月 (68)
10月 (86)
11月 (86)
12月 (60)
2009年 (472)
1月 (82)
2月 (66)
3月 (58)
4月 (32)
5月 (27)
6月 (34)
7月 (35)
8月 (26)
9月 (36)
10月 (30)
11月 (28)
12月 (18)
2010年 (251)
1月 (19)
2月 (29)
3月 (29)
4月 (11)
5月 (25)
6月 (33)
7月 (28)
8月 (23)
9月 (15)
10月 (18)
11月 (8)
12月 (13)
2011年 (126)
1月 (11)
2月 (12)
3月 (13)
4月 (12)
5月 (6)
6月 (4)
7月 (5)
8月 (11)
9月 (15)
10月 (7)
11月 (16)
12月 (14)
2012年 (117)
1月 (10)
2月 (13)
3月 (6)
4月 (6)
5月 (14)
6月 (8)
7月 (11)
8月 (7)
9月 (3)
10月 (24)
11月 (9)
12月 (6)
2013年 (145)
1月 (12)
2月 (11)
3月 (9)
4月 (21)
5月 (10)
6月 (9)
7月 (17)
8月 (9)
9月 (5)
10月 (22)
11月 (13)
12月 (7)
2014年 (91)
1月 (6)
2月 (13)
3月 (18)
4月 (5)
7月 (4)
8月 (26)
9月 (7)
10月 (5)
11月 (6)
12月 (1)
2015年 (61)
1月 (6)
2月 (12)
3月 (8)
4月 (14)
5月 (10)
6月 (4)
7月 (6)
8月 (1)

アクセスカウンタ
今日:76
昨日:1,716
累計:4,747,591