相対性理論/量子力学/生命科学/遺伝子問題

GP陰陽哲理学 Gaussian Plane Yin-Yang Philosophience:思えば、2004年9月「海舌」氏とブログ上で遭遇し、不連続的差異論が誕生しました。その後、仮説・理論は紆余曲折的に変転しました。現時点2015年では理論名はGP陰陽哲理学です。




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2014年01月30日(Thu)▲ページの先頭へ
万能細胞をPS陰陽論から説明してみる(作業仮説):刺激でMPを賦活し、氣を発動させ万能細胞を成形
画像は以下を見られたい。
http://ameblo.jp/neomanichaeism/entry-11760956927.html

万能細胞をPS陰陽論から説明してみる(作業仮説):刺激でMPを賦活し、氣を発動させ万能細胞を成形

テーマ:生命力/氣自衛医智学:唯物機械論医学批判

これは、PS陰陽論的に重要な発見である。
 陰陽方程式:陰凹i*陽凸i⇒±1において、±1を個々の体細胞と見ればいい。⇒は不可逆的な方向を意味する。だから、通常、体細胞は後戻りできない。
 しかしながら、実は、MP(メディア・ポイント)において、氣のイデア、氣の「量子」が働いていると考えられる。
 体細胞の酸性化の刺激によって、なんらかのエネルギーが体細胞にかけられると思われる。
 そこで、いわば、蓋してあったMPが開いて、氣の「量子」が賦活化されるのである。言い換えると、陰陽共振が発動するのである。それが実は、万能細胞を作るのではないだろうか。
 以下の説明では、植物では、非可逆的ではないといい、動物では不可逆的であると述べている。
 しかし、氣の「量子」の状態に戻すことで、いわば、植物状態が発生し、それが、万能細胞を成形するのではないだろうか。
 氣の「量子」と言ったが、いわば、氣子=陰陽子である。
 今はここで留めておく。
 
追記:陰陽方程式:陰凹i*陽凸i⇒±1であるが、上記では、体細胞は±1と言った。しかし、動物の場合、−1となるのであり、植物の場合が+1とこれまで考えてきたのである。
 つまり、動物の場合、陽が主導化して、−1の体細胞ができるとうように考えられる。しかし、酸性化によって、−1の体細胞がなんらか解体されて、MPが開いて、氣の発動を受けると考えることができる。つまり、陰陽共振である。これは、植物化であり、それは、⇒+1へと転化することになる。この+1が万能細胞と関係するのではないだろうか。

追記2:人間の場合、動物とは異なり、植物性へ傾斜していると私は考えている。つまり、陰陽方程式:陰凹i*陽凸i⇒±1の±1の両面を人体はもっていると考えられる。
 そうすると、万能細胞はマウスよりずっと作りやすいと考えられるのである。

理研など、動物の体細胞を万能細胞(多能性細胞)へと初期化する新手法を開発 マイナビニュース
理研など、動物の体細胞を万能細胞(多能性細胞)へと初期化する新手法を開発



デイビー日高   [2014/01/30]

理化学研究所(理研)は1月29日、米ハーバード大学との共同研究により、動物の体細胞における分化の記憶を消去し、万能細胞(多能性細胞)へと初期化する原理を新たに発見し、それをもとに核移植や遺伝子導入などの従来の初期化法とは異なる「細胞外刺激による細胞ストレス」によって、短期間に効率よく万能細胞を試験管内で作成する方法が開発されたと発表した。

成果は、理研 発生・再生科学総合研究センター 細胞リプログラミング研究ユニットの小保方晴子 研究ユニットリーダー、同・研究センターの若山照彦元チームリーダー(現・山梨大学教授)、ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授らの国際共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、日本時間1月30日付けで英科学誌「Nature」に掲載された。

ヒトを含めたほ乳類動物の体は、血液細胞、筋肉細胞、神経細胞など多数多様な種類の体細胞(生殖細胞を除く)で構成されている。しかし、発生を遡ると、受精卵にたどり着く。受精卵が分裂して多種多様な種類の細胞に変化していき、体細胞の種類ごとにそれぞれ個性付けされることを「分化」という。

体細胞はいったん分化を完了すると、その細胞の種類の記憶=「分化状態」は固定される(画像1)。例えば、生体の心臓から細胞を取り出してシャーレの中で培養しても心筋細胞は心筋細胞ままで、分化状態が保持されるという具合だ。つまり、細胞は自分が何の細胞であるかという記憶を保持しているのである。従って、分化した体細胞が別の種類の細胞へ変化する「分化転換」や、分化を逆転させて受精卵に近い「未分化状態」に逆戻りしたりする「初期化」は通常は起こらないとされている。

動物の体細胞で初期化を引き起こすには、未受精卵への核移植を行うクローン技術や、未分化性を促進するタンパク質「転写因子」を作らせる遺伝子を細胞へ導入するiPS細胞技術など、細胞核の人為的な操作が必要になる(画像2)。

一方、植物では、分化状態の固定は必ずしも非可逆的ではないことが知られている。分化したニンジンの細胞をバラバラにして成長因子を加えると、カルスという未分化な細胞の塊を自然と作り、それらは茎や根などを含めたニンジンのすべての構造を作る能力を獲得する。

しかし、細胞外環境(細胞が置かれている環境)を変えるだけで未分化な細胞へ初期化することは、動物では起きないと一般に信じられてきた(画像 2)。そこで研究チームは今回、この通説に反して「特別な環境下では動物細胞でも自発的な初期化が起こりうる」という仮説を立て、その検証に挑んだのである。


画像1(左):多能性細胞と体細胞。画像2(右):細胞の分化状態の初期化に関する従来の考え方

研究チームはまずマウスのリンパ球を用いて、細胞外環境を変えることによる細胞の初期化を行う際の影響の解析を行った。リンパ球にさまざまな化学物質の刺激や物理的な刺激を加えて、多能性細胞に特異的な遺伝子である「Oct4」の発現が誘導されるかを詳細に検討した。Oct4遺伝子は、ES細胞などの多能性細胞の未分化性を決定する転写因子であり、多能性のマーカータンパク質を作る遺伝子だ。Sox2、Klf4、L-Mycと共に「山中因子」と呼ばれる、iPS細胞の樹立にも必須の因子の1つだ。なお、解析の効率を上げるため、Oct4遺伝子の発現がオンになると緑色蛍光タンパク質「GFP」が発現して蛍光を発するように遺伝子操作したマウス(Oct4::GFPマウス)のリンパ球を使用した。

こうした検討過程で、研究チームは酸性の溶液で細胞を刺激することが有効なことを発見。分化したリンパ球のみを分離した上、30分間ほどpH5.7 の酸性溶液に入れて培養(刺激)してから、多能性細胞の維持・増殖に必要な増殖因子である「LIF」を含む培養液で培養したところ、2日以内に初期化が始まり、多能性マーカー(Oct4::GFP)の発現が認められた。7日目に多数のOct4陽性の細胞が出現し、それらの細胞は、細胞塊を形成した(画像 3)。

画像3。体細胞刺激による体細胞から多能性細胞への初期化

「酸性溶液処理」で多くの細胞が死滅し、7日目に生き残っていた細胞は当初の約5分の1に減ったが、生存細胞の内、3分の1から2分の1がOct4 陽性であることがわかったのである。ES細胞やiPS細胞などはサイズの小さい細胞だが、酸性溶液処理により生み出されたOct4陽性細胞はこれらの細胞よりさらに小さく、数十個が集合して凝集塊を作る性質を持っていることが判明した。

次に行われた詳細な検討は、Oct4陽性細胞が、分化したリンパ球が初期化されたことで生じたのか、それともサンプルに含まれていた極めて未分化な細胞が酸処理によって選択されたのかについてである。まず、Oct4陽性細胞の形成過程が「ライブイメージング法」(細胞などが生きた状態でリアルタイムに顕微鏡で観察する技術)によって解析され、すると酸性溶液処理を受けたリンパ球は2日後からOct4を発現し始め(画像3)、反対に当初発現していたリンパ球の分化マーカーの「CD45」が発現しなくなった。またこの時リンパ球は縮んで、直径5マイクロメートル前後の特徴的な小型の細胞に変化したのである。

次に、リンパ球の特性を活かして、遺伝子解析によりOct4陽性細胞を生み出した「元の細胞」の検証が行われた。リンパ球の内、T細胞は1度分化すると「T細胞受容体遺伝子」に特徴的な組み替えが起こる。これを検出することで、細胞がT細胞に分化したことがあるかどうかがわかるというわけだ。この解析から、Oct4陽性細胞は、分化したT細胞から酸性溶液処理により生み出されたことが判明したのである。

これらのことから、酸性溶液処理により出現したOct4陽性細胞は、一度T細胞に分化した細胞が「初期化」された結果生じたものであることがわかった。これらのOct4陽性細胞は、Oct4以外にも多能性細胞に特有の多くの遺伝子マーカー(Sox2、SSEA1、Nanogなど)を発現していたのである(画像3)。また、DNAのメチル化状態もリンパ球型ではなく、多能性細胞に特有の型に変化していることが確認された。

産生されたOct4陽性細胞の検査が行われたところ、多様な体細胞に分化する能力も持っていることが判明。分化培養やマウス生体への皮下移植により、神経細胞などの外胚葉、筋肉細胞などの中胚葉、腸管上皮などの内胚葉の組織に分化することが確認された(画像4)。

さらに、「マウス胚盤胞(着床前胚)」に注入した後にマウスの仮親の子宮に戻されたところ、全身に注入細胞が寄与された「キメラマウス」を作成でき、そのマウスからはOct4陽性細胞由来の遺伝子を持つ次世代の子どもが生まれた(画像5)。

これらの結果は、酸性溶液処理によってリンパ球から産生されたOct4陽性細胞が、生殖細胞を含む体のすべての細胞に分化する能力を持っていることを明確に示しているという。研究チームは、このような細胞外刺激による体細胞からの多能性細胞への初期化現象を「刺激惹起性多能性獲得 (Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency:STAP)」、生じた多能性細胞を「STAP細胞」と名付けた。


画像4(左):STAP細胞は多能性(3胚葉組織への分化能)を持つ。STAP細胞は、試験管内の分化系(上図、胚葉体形成法など)でも、マウスの皮下移植による奇形腫形成法でも、外胚葉、中胚葉、内胚葉組織への分化が確認された。画像5(右):STAP細胞はキメラ形成能を有する。STAP細胞は、胚盤胞(着床前胚)に移植することで、キメラマウスの多様な組織の細胞を生み出し、さらに生殖細胞形成にも寄与する。胎盤のみ形成し、胎仔を形成できない宿主の胚盤胞を用いた場合、注入されたSTAP細胞のみから胎仔全体を形成することも示された

続いて検討されたのが、この現象がリンパ球という特別な細胞だけで起きるのか、あるいは幅広い種類の細胞でも起きるのかについてだ。脳、皮膚、骨格筋、脂肪組織、骨髄、肺、肝臓、心筋などの組織の細胞をリンパ球と同様に酸性溶液で処理したところ、程度の差はあれ、いずれの組織の細胞からもOct4陽性のSTAP細胞が産生されることがわかったのである。

また、酸性溶液処理以外の強い刺激でもSTAPによる初期化が起こるかについての検討も実施された。その結果、細胞に強いせん断力を加える物理的な刺激(細いガラス管の中に細胞を多数回通すなど)や細胞膜に穴を開ける「ストレプトリシンO」という細胞毒素で処理する化学的な刺激など、強くしすぎると細胞を死滅させてしまうような刺激を少しだけ弱めて細胞に加えることで、STAPによる初期化を引き起こすことができることがわかったのである。

STAP細胞は胚盤胞に注入することで、効率よくキメラマウスの体細胞へと分化する仕組みを持つ。この研究過程で、STAP細胞はマウスの胎児の組織になるだけではなく、その胎児を保護し栄養を供給する胎盤や卵黄膜などの胚外組織にも分化していることが発見された(画像6)。

STAP細胞を増殖因子「FGF」を加えて数日間培養することで、胎盤への分化能がさらに強くなることも判明。一方、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞は、胚盤胞に注入してもキメラマウスの組織には分化しても、胎盤などの胚外組織にはほとんど分化しないことが知られている。このことは、 STAP細胞が体細胞から初期化される際に、単にES細胞のような多能性細胞(胎児組織の形成能だけを有する)に脱分化するだけではなく、胎盤も形成できるさらに未分化な細胞になったことを示唆するという。

画像6。STAP細胞は胎仔のみならず胎盤の形成能も有する

STAP細胞はこのように細胞外からの刺激だけで初期化された未分化細胞で、幅広い細胞への分化能を有している。一方で、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞とは異なり、試験管の中では、細胞分裂をして増殖することがほとんど起きない細胞で、大量に調製することが難しい面があるというわけだ。

研究チームは、理研によって開発された「副腎皮質刺激ホルモン」を含む多能性細胞用の特殊な培養液を用いることでSTAP細胞の増殖を促し、 STAP細胞からES細胞と同様の高い増殖性(自己複製能)を有する細胞株を得る方法も確立した(画像7)。この細胞株は、増殖能以外の点でもES細胞に近い性質を有しており、キメラマウスの形成能などの多能性を示す一方、胎盤組織への分化能は失っていることが確認されている。

今回の研究で、細胞外からの刺激だけで体細胞を未分化な細胞へと初期化させるSTAPが発見された(画像8)。これは、これまでの細胞分化や動物発生に関する常識を覆すものだ。STAP現象の発見は、細胞の分化制御に関するまったく新しい原理の存在を明らかにするものであり、幅広い生物学・医学において、細胞分化の概念を大きく変革させることが考えられるという。

分化した体細胞は、これまで、運命付けされた分化状態が固定され、初期化することは自然には起き得ないと考えられてきた。しかし、STAPの発見は、体細胞の中に「分化した動物の体細胞にも、運命付けされた分化状態の記憶を消去して多能性や胎盤形成能を有する未分化状態に回帰させるメカニズムが存在すること」、また「外部刺激による強い細胞ストレス下でそのスイッチが入ること」を明らかにし、細胞の初期化に関する新しい概念を生み出したというわけだ。


画像7(左):増殖性の高い幹細胞(STAP幹細胞)の樹立。ATCH(副腎皮質刺激ホルモン)を含む培養液で数日間培養することで、増殖能の高い幹細胞 (STAP幹細胞)へ転換される。画像8(右):研究成果のまとめと今後の展望。今回発見されたSTAPによる初期化は、まったく従来は想定していなかった現象である。その原理の解明は、幹細胞や再生医学のみならず幅広い医学生物学研究に変革をもたらすことが期待される。さらに、ヒト細胞への技術展開も今後の課題

また、今回の研究成果は、多様な幹細胞技術の開発に繋がることが期待される。それは単に遺伝子導入なしに多能性幹細胞が作成できるということに留まらない。STAPはまったく新しい原理に基づくものであり、例えば、iPS細胞の樹立とは違い、STAPによる初期化は非常に迅速に起こる。iPS細胞では多能性細胞のコロニーの形成に2〜3週間を要するが、STAPの場合、2日以内にOct4が発現し、3日目には複数の多能性マーカーが発現していることが確認済みだ。また、効率も非常に高く、生存細胞の3分の1〜2分の1程度がSTAP細胞に変化している。

一方で、こうした効率の高さは、STAP細胞技術の一面を表しているにすぎない。研究チームは、STAPという新原理のさらなる解明を通して、これまでに存在しなかった画期的な細胞の操作技術の開発を目指すという。それは、「細胞の分化状態の記憶を自在に消去したり、書き換えたりする」ことを可能にする次世代の細胞操作技術であり、再生医学以外にも老化やがん、免疫などの幅広い研究に画期的な方法論を提供する(画像8)。

さらに、今回の発見で明らかになった体細胞自身の持つ内在的な初期化メカニズムの存在は、試験管内のみならず、生体内でも細胞の若返りや分化の初期化などの転換ができる可能性をも示唆するという。理研の研究チームでは、STAP細胞技術のヒト細胞への適用を検討すると共に、STAPによる初期化メカニズムの原理解明を目指し、強力に研究を推進していくとしている。
http://news.mynavi.jp/news/2014/01/30/081/
マイナビニュース


2012年05月13日(Sun)▲ページの先頭へ
原子とは何か:電子と光子と陽子(原子核)のトーラス体(仮説)
テーマ:science

これも思いつきであるが、簡単に記したい。
 いちばん単純な水素原子を考えたい。電子は物質であるから、凸i*凹凹i⇒凹(−1)の右辺である。そして、光子は太陽光と一致させて、凸iである。問題は陽子、原子核である。それは直観では、media pointである。そして、凹i(dark sun)、つまり、作業仮説では重力波ないしは重力子は、一般の量子論では、考慮されていないように思われる。
 あるいは、凹iを陽子、原子核と仮定できるかもしれないが、今は、陽子、原子核をmedia pointと作業仮説して、考察する。
 水素原子は、電子と陽子の間で光子を交換しているということであるが、先のトーラス・モデルで考えると、凹(−1)の電子は、超光エネルギーで外装的に螺旋形状となる。そして、コアとして、陽子、原子核があるが、それは、media pointである。そして、外装としての電子と中核としての陽子、原子核、media pointの間には、確かに、光子、凸iが、差異共振の一つの極として存しているのであり、外装(外皮、外殻)の電子と中核の陽子、原子核、media pointの中間に位置すると見ることができるのである。
 しかし、光子、凸iが両者の間で交換されているという事象をPS理論はどう見るかである。(以上をA説とする。)
 ここで、発想を変えてみると、陽子、原子核をmedia pointではなくて、凸(+1)と見るのである。それならば、電子凹(−1)に対して、陽子、原子核は凸(+1)で、電荷的に釣り合うと言えよう。
 この作業仮説でも、電子と陽子(原子核)の間に、光子を置くことは可能であるし、さらに、電子と陽子を繋ぐものとしての光子の位置が明快になると考えられる。というのは、電子凹(−1)の形成に光子凸iが積極的に作用し(光子の自乗としての電子?)、また、電子凹(−1)を牽引する陽子凸(+1)の力動に光子が差異共振において、作用しているからである。電子と陽子の形成の両面に光子は重要な作用をしているのである。(以上をB説とする。)
 現時点では、B説を採用するが、PS理論的解明に拠るトーラス・モデル仮説(凸(+1)を転換点とする脱物質体化・差異共振純粋超光過程 (05/06) http://sophio.blog19.fc2.com/blog-entry-1819.html)から見ると、きわめて、不十分なことがわかる。何故なら、凹i(闇、dark sun、又は、作業仮説に拠る、重力波、重力子、あるいは、造語して、闇子[あんし])の存在がまったく看過されているからである。
 つまり、量子論的原子論は、光子凸iの対極となる闇子凹iを欠いているので、まったく「片手落ち」なのである。
 PS理論的トーラス・モデル仮説に拠れば、陽子、原子核を形成しているのは、光子と闇子の差異共振の超光エネルギーということになるのである。量子論において、重力の処理が問題になるのは、この闇子の存在が抜けているからではないのか。
 また、先に述べたように、闇子(「重力波」、「重力子」)を仮定すれば、dark matter, dark energyの存在も解明できるのである。
 そのように考えると、今日、考えられている量子論の正しさとは、近似値的正しさということになるだろう。重力を無視できるような、ミクロの世界では、量子論は正しいのであるが、宇宙大のマクロの世界では、重力の問題は重大になり、dark matter, dark energyという仮説が必要になり、量子論は限界に達しているのではないだろうか。
 そう、古典力学を相対性理論や量子力学が超克したように、相対性理論や量子力学はPS理論的トーラス・モデル仮説で超克される可能性が考えられるのである。
 今は作業仮説で留める。

追記:水素原子にはない中性子であるが、それは、思うに、media pointと関係していそうである。何故なら、media pointは陽子凸(プラス1)の正電荷と電子凹(−1)の負電荷の均衡点にあり、中性子の電荷ゼロに対応できるからである。
 故に、作業仮説的に、media pointを中性子か、又は、その位置と考える。あるいは、トーラス・モデルの渦巻星雲に相当するのが、中性子かもしれないが。どうも、後者の方がいいような気がする。何故なら、media pointは粒子というよりは、差異共振の領域、力の衝突が起る領域だからである。その結果、中性子、陽子の核子が生成すると考えるのは、合理的である。
 下のトーラス像から言うと、最下部が電子であり、渦巻星雲が中性子であり、最上部が陽子であり、中心がmedia pointである。そして、凸i(光子)と凹i(闇子)の同一性的物質を外装化する差異共振・超光エネルギーの螺旋形状は、電子が牽引された様態であると考えられる。

中性子 - Wikipedia

中性子(ちゅうせいし、neutron)は、バリオンの一種。原子核の構成要素の一つ。陽子1 個でできている水素の最も一般的な同位体1Hを唯一の例外として、すべての原子の 原子核は、陽子と中性子だけから構成されている。陽子と中性子を核子と呼ぶ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%80%A7%E5%AD%90

torus.jpg


2012年01月29日(Sun)▲ページの先頭へ
重力とは何か:光と物質の反作用としての重力?:闇としての重力作業仮説
重力とは何か:光と物質の反作用としての重力?:闇としての重力作業仮説
テーマ:science

今は直観だけを言う。空間を歪めるはたらき、光を曲げるはたらきをするということから、どうも、media pointに関係すると直観される。
 以前も私見を書いたが、もし、物質が⇒のエネルギー方向をもつなら、重力はそれとは反対に←のエネルギー方向をもつのではないだろうか。光が⇒の方向ならば、重力は←の力の方向である。
 もし、そうならば、重力は⇒の反作用的なものとなろう。凸i*凹i⇒凸の反作用として、凸i*凹i←凸が形成され、その←が重力ではないだろうか。
 簡単に言えば、重力はmedia pointの方向を示していると考えられる。そして、ブラック・ホールもこの方向にあると言えよう。そう、ブラック・ホールはmedia pointから第三象限ないし凹を指すのかもしれない。
 とまれ、以上から考えられるのは、重力と光は対蹠的であり、ある意味で両極的である。
 作業仮説であるが、実MPにおいて、光と物質が発出されるならば、その裏面に重力が形成されるのではないだろうか。やはり、反作用の法則、エネルギー保存則である。
 だから、光(現象光)に対して、闇である。虚MPや第三象限等を志向しているのではないのか。
 あるいは、光、物質の表面(現象)に対する裏面、背後である。その不可視の世界、精神の世界に、重力は通じているのではないのか。
 言い換えると、現象太陽の裏面、背後の闇の太陽dark sun、ないしは、霊的太陽を意味しているのではないのか。
 光と物質の第一象限の現実世界に対して、重力は、精神と闇の光(超越光、マニ教の光)の霊的世界を意味しているのではないのか。
 今はここで留めたい。

追記:先に、凸iの光(原光)と実MPの光(現象光)は異なると言ったが、そう考えなくても説明できるだろう。
 即ち、現象光を同一性の光とすれば、それは、凸iの光と一致すると思われる。
 そのときは、凸iが主導となって、凹iを同一性化しているのである。
 しかるに、凹iが主導のときが考えられる。そのときは、光ではなく、凹iの闇(原闇)が生起すると考えられる。
 それは、当然、不可視である。闇である。これが、重力なのではないだろうか。方向性は、光凸iの反対であり、下降↓であるか、物質化⇒の反対の←である。
 とまれ、闇としての重力である。さらに後で検討を続けたい。
 
参考:
重力波望遠鏡の愛称は「かぐら」に決定
2012.1.29 16:15
 アインシュタインが存在を予言しながら発見されていない「重力波」をとらえようと、岐阜県飛騨市神岡町の地下に建設が進んでいる「大型低温重力波望遠鏡(LCGT)」の愛称が「かぐら」と決まった。東京大宇宙線研究所が29日までに発表した。
 建設地の地名のカミオカと、重力を意味する英語「グラビティ」の一部を組み合わせた。ほかに神に奉納される「神楽」の意味も込めたという。
 重力波は、非常に重い物体が激しく運動するときにできる空間のゆがみ。ブラックホールが生まれる瞬間や、宇宙誕生直後の様子を調べられると期待されている。
 かぐらは、ニュートリノ観測装置スーパーカミオカンデなどがある神岡鉱山の地下に、長さ約3キロのL字形のトンネル2本をつくって設置。交差部分から両端の鏡にレーザー光を照射して、空間のゆがみを検出する。
http://sankei.jp.msn.com/science/news/120129/scn12012916170002-n1.htm

重力 - Wikipedia


重力
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この項目では、質量に働く力全般について記述しています。質量間に働く引力については「万有引力 」をご覧ください。
重力(じゅうりょく)とは、
• 地球上で物体が地面に近寄ってゆく現象や、それを引き起こすとされる「力 」を呼ぶための呼称[1] 。人々が日々、物を持った時に感じているいわゆる「重さ」を作り出す原因のこと。
• 物体が他の物体に引きよせられる現象の呼称。および(その現象は《力 》が引き起こしていると見なす場合の)その「力 」に対する呼称。
英語 の gravity (グラヴィティ)の頭文字を取って、俗にG(ジー)と略されることがある。ただし、物理学の専門書や教科書においては、地球の重力は小文字のg、万有引力定数 は大文字のGというように区別される。
概説 [編集 ]
重力という表現は、宇宙論 などの領域では万有引力 と同一として扱われることがある[2] 。
地球上のことについて論じている場合は、地球上の物体に対して働く地球の万有引力と地球自転による遠心力 との合力を指している[2] 。また、人工衛星 のように、地球の自転とは無関係な物体の運動について論じている場合は、遠心力の成分は除いて扱うことになる[2] 。
重力の大きさは、単位「ガル (Gal)」を用いて表すことができる[2] 。
地球上で質量 が 1 kg の物体に作用する重力の強さというのは約 9.8 N でほぼ一定である[2] 。だが、精密に調べてみると重力は地球上の場所により、あるいは時間によっても変化している[2] 。
歴史 [編集 ]
重力や重さに関する議論というのは、古代ギリシャのしかも初期の段階から行われていた形跡があるという[3] 。
影響力の大きかったのはアリストテレス である[3] 。彼は『自然学 』を著し、物の運動等についても体系的に論じた。彼の宇宙観では、天界と地上はまったく別世界であり、天体はエーテル でできていて、地上の物体は四元素 でできていると見なした。そして《重さ》と《軽さ》というのは、地上界にある物体に特有の一対の内在的な性質だと見なした[3] 。古代ギリシャでは、コスモス (世界 、宇宙 )の中心に地球があると考えられていたので、アリストテレスもそう考えていた(地球中心説 )。アリストテレスにとって、物の落下するということはコスモスの中心へ接近することであり、上昇するということはコスモスの中心から離れてゆくことを意味した[3] 。 《火元素》を含むものが《軽さ》を内在しており、地中から離れ天へと向かいたがり、石などには《土元素》が含まれており、《土元素》はコスモスの中心に帰 りたがる性質を持っているのだ、とした。その《土元素》をより多く含んでいるものが、より大きな《重さ》を内在している、とした。またその速さについて は、《土元素》を多く含むものが速く落ちる、とした。


ペトルス・アピアヌス (Petrus Apianus )のCosmographia (アントワープ 、 1539年刊)に描かれた中世のコスモス像。アリストテレスの宇宙観の延長上にある。
ヨーロッパ中世の人々は、以下のように考えていた[4] 。
地リス や鳥 などの生き物がそれぞれ巣穴や巣という本来の位置を持っていて一時的に理由があってそこを離れることがあっても結局本来の位置に帰るように、物も、それぞれの性質に応じて本来の位置を持っている。たとえば小石 はその本来の位置を地に持っている。焔 はその本来の位置を天上に持っている[4] 。
例えば、小石を空中に投げれば、小石は本来の位置から離されることになり、小石は一旦は抵抗を示しながら上に上がるが、結局はできるだけすみやかに、その本来の位置である地に戻ってこようとする[4] 。
(太陽中心説というのは一応アリスタルコス も唱えていたとされはするが[5] )16世紀にヨーロッパでコペルニクス (1473 - 1543)によって太陽中心説 が唱えられると、(それがすぐに受け入れられたわけではないが)もしこれを受け入れた場合、アリストテレス的な《重さ》《軽さ》の概念は根底から考え直さざるを得ない、ということになった[3] 。
コペルニクスは、重力というのは、各天体の部分部分が球形になりたがり一体化しようとする自然的な欲求だ、とした。一方《軽さ》というのは、重さの少ない物体が持つ“偶有的性質”だとされた[5] 。
「重力を説明する古典力学的理論 」も参照
フランスのデカルト(1596年–1650年)は、著書『哲学の原理 』(1644年)と『世界論 』(1633ころから執筆、死後1656刊行)において渦動説 を展開し重力を説明した。世界にはエーテル が満ちており、ちょうど渦に木切れが吸い寄せられるように、エーテルに渦が起きるとその渦 の中心に物体は引き寄せられる、こうして物体は地球に引き寄せられる、と説明した。
ドイツのケプラー (1571年–1630年)は、重力というのは似たもの同士が引き合う力(引力)であり、この引力は潮の満ち引きという(月の変化の周期と連動する)現象から推察するに、地球と月との間にも作用している、と見なした[3] 。
ガリレオ・ガリレイ (ユリウス暦1564年–グレゴリオ暦1642年)は重さと落下の速さとは無関係であることを実験で見出した。
オランダのホイヘンス (1629年–1695年)は1669年から1690年にかけてデカルトの渦動説を検討し精密化した。ライプニッツ も渦動説の流れを汲んだ理解をしていた。
アイザック・ニュートン (1642 - 1727)は、天体の運動も地上の物体の運動もひとつの原理で説明できる、とする説(万有引力)を『自然哲学の数学的諸原理 』で発表した。天界と地上の区別がとりはらわれており、宇宙全域の物体の運動を同一の原理で説明しており、地上のgravityというのも万有引力のひとつの現れとされている。
また(上でも述べた)ホイヘンス は、遠心力 の公式を発見した。地球の自転 はすでに明らかになっていたので、重力は万有引力そのものではなく、万有引力と地球の自転による遠心力との合力 だということになった。
エルンスト・マッハ (1838 - 1916)は、慣性の力 というのは他の物体との相互作用 である、とした。地球外の回転せずに止まっている、つまり、地球から見れば超高速で回転している全宇宙との相互作用が遠心力を生む[要出典 ]、と述べたのである(マッハの原理 )。
マッハの原理は、アルバート・アインシュタイン の一般相対性理論 により体系化された。一般相対性理論によれば、万有引力も慣性の力も等価(等価原理 )であり、共に、時空の歪み による測地線 の変化である。ただ、万有引力と慣性の力とでは歪みの原因が異なるにすぎない。

アインシュタイン方程式 からは、時空の歪みの源は質量ではなく、エネルギー と運動量 からなるエネルギー・運動量テンソル で決まることがわかる。つまり、質量(エネルギーに比例)だけでなく運動量も時空を歪め、重力を生む。質量は引力を生むのに対し、運動量が生む重力は、引力でも斥力でもない慣性系の引きずり という形を取る。慣性系の引きずりは自転するブラックホール であるカー・ブラックホール で顕著である。慣性力も、地球外の全宇宙による慣性系の引きずりで説明できるとの見方が強い[要出典 ]。ただし、いまだ近似計算のみで、厳密な計算はなされていない。
素粒子物理学 では、重力は自然界に働く4つの力 のうちの1つとして扱われており、電磁気力 、弱い力 、強い力 との統合が試みられている。だが、その試みがうまくゆくのかどうか定かではない。なお、2010年にアムステルダム大学 理論物理学院のエリック・ベルリンドにより、重力は存在しないという説も提唱された。
近年では、一般相対性理論での重力を量子化 し、量子重力理論 にしようとする試みもなされている。ここでの重力とは、万有引力に限らず、慣性の力なども含めた重力の意味である。量子化された重力は重力子 と名づけられている。
地球表面の重力値の相違と重力加速度 [編集 ]
概説で述べたように、同じ地球上でも場所によって重力の大きさ(重力値)が異なっている[2] 。それは以下のような理由からである。
• 測定点の標高 が場所ごとに異なっていること[2]
• 周囲の地形の影響が場所により異なっていること[2]
• 地球が完全な球形 ではなく、回転楕円体 のような形状をしていること[2]
• 自転による遠心力 が緯度 により異なっていること[2]
• 地球の内部構造が一様ではないこと[2]
高度が増加するとゆるやかに重力値が減少してゆくわけであるが、その減少の度合いというのは地表付近では1mあたり0.3086mGal(ミリガル)程度である[2] 。ただしこれも場所により1割程度の変動はある[2] 。
2番目の「地形の影響」というのは、険しい巨大な山岳などのふもとでは、山が上向きの引力(万有引力)を及ぼしていることなどを意味しており、山岳地帯ではこうした影響は数十mGalに達する[2] 。
5番目の地球の内部構造(地下構造)に起因する重力値の過大や過小を重力異常 と言う[2] 。
単に重力加速度といった場合は、地球 表面の重力加速度を意味することが多い。重力加速度の大きさは、緯度 や標高 、さらに厳密に言えば場所によって異なる。
ジオイド 上(標高0)の重力加速度は、赤道 上では 9.7799 m/s2と最も小さくなり、北極 、南極 の極地では 9.83 m/s2と最も大きくなる。赤道と極地 との差の主な理由は自転による遠心力であるが、自転以外にも地殻 の岩盤 の厚さ、種類、地球中心からの距離などによる影響も若干受ける。このため、重力を精密に測定し、標準的な重力と比較することで地殻の構造を推定することができる。測定手法には絶対重力測定と相対重力測定があり、日本では国土地理院 が日本重力基準網として基準重力点を設定している。
国際度量衡会議 では、定数として使える標準重力加速度 の値を g = 9.80665 m/s2と定義している。

・・・・・

関連項目 [編集 ]

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• 重力を説明する古典力学的理論
• en:Earth's gravity (地球の重力 )
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• 重力単位系
• 重力式コンクリートダム ・重力式アーチダム
• 重力波 (流体力学)
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• 反重力
• 万有引力 およびその関連用語
o 一般相対性理論 (重力崩壊 ・重力波 (相対論) ・重力子 ・重力レンズ )
o 統一場理論 (超重力理論 ・量子重力理論 ・ループ量子重力理論 )
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• 力学



2011年11月19日(Sat)▲ページの先頭へ
ニュートリノは光より速いのか -光の粒子と闇の粒子の「差延」作業仮説
以前の実験には問題があると指摘されていたが、それが解消されたのだろうか。
 とまれ、もし、ニュートリノが超光速であるなら、原理的に何を意味するのか。
 考えられるのは、闇の粒子説、あるいは超越光の粒子説等である。
 闇の粒子とは、凹i(-i)、陰の粒子と想定できる。凹iが主導的ならば、凸i(i)、陽はそれとはずれる。つまり、遅れが生じるのではないだろうか。いうならば、「差延」(デリダの用語の敷延)である。光が闇より遅れるということである。
 だから、闇は光よりも速いことになる。この闇の粒子がニュートリノの可能性があるだろう。
 次に、超越光の粒子であるが、これは以前示唆したことがある。しかしながら、この超越光説はうまく機能しないようだ。
 故に、今の段階では、もしニュートリノが超光速ならばという仮定で言えば、それは闇の粒子で説明できるかもしれないということになる。

追記:まだ、超越光の粒子説も可能性は残っている。超越光の反映がMP2(実軸点)に生起するとき、それは、光より速いのではないだろうか。その物質化がニュートリノかもしれない。これは以前示唆したことである。
 
 
ニュース記事:
「光より速い」ニュートリノ、再実験でも光速
(CNN) スイスにある欧州合同原子核研究機関(CERN)の国際共同研究グループOPERAは18日、素粒子ニュートリノが光より速く飛んだとする実験を再度実施し、同一の結果が得られたと発表した。

今年9月の最初の実験結果を受け、科学界で疑問が出たことなどを踏まえ再び行ったもので、実験装置を厳密に点検したほか、速度測定に工夫を加えるなどした。これらの実験結果が事実なら、光より速いものはないとするアインシュタインの相対性理論を覆す大発見で、現代物理学の根底を揺るがす可能性がある。

ただ、OPERAは再実験の結果が同じだとしても、実験の正しさなどの最終証明には中立的立場のほかの科学者の立証が必要であることに変わりはないとしている。

9月の実験では、1万5000個以上のニュートリノを使い、スイス・ジュネーブ郊外にあるCERNと730キロ離れたイタリアのグランサッソ研究所の間の地中で粒子加速器を用いて実施。ニュートリノが飛んだ距離と時間などを10億分の1秒単位まで厳密に計算した結果、光より速かったことが判明したとしていた。

再実験では、1個のニュートリノが作られる時間をより厳密に知るための工夫などを施して測定した。米ボストン大学のコーヘン物理学教授によると、この工夫はニュートリノ20個を対象にしたもので、各1個の速度測定が出来るなら、精密な実験結果につながるという。9月の実験では、特定のニュートリノの速度測定はしていなかった。同教授はOPERAには加わっていない。

イタリア国立核物理学研究所・グランサッソ研究所のボターノ責任者は、ニュートリノは今回の実験で光より62.1ナノ秒(ナノは10億分の1)速く到達したと述べた。

コーヘン教授は、再実験は最初の実験よりはるかに信ぴょう性のある結果となったとしながらも、解明が必要な部分がまだ多数あるとも指摘した。グランサッソ研究所のボターノ責任者は、実験結果の最終証明にはほかの科学者の新たな実験が必要とし、結果が確認されたとしてもアインシュタイン理論が全て否定されるわけではないとも説明。同理論を取り込んだより広がりのある理論が創出される可能性に言及した。

OPERAのような実験が出来る世界の加速器施設にはこのほか、各国が参加してT2Kプロジェクトを進めている日本のJーParcや米イリノイ州のフェルミ研究所がある。

スイスにある欧州合同原子核研究機関(CERN)の国際共同研究グループOPERAは18日、素粒子ニュートリノが光より速く飛んだとする実験を再度実施し、同一の結果が得られたと発表した。実験結果が事実なら、光より速いものはないとするアインシュタインの相対性理論を覆す大発見で、現代物理学の根底を揺るがす可能性がある

http://www.cnn.co.jp/fringe/30004648-2.html


ニュートリノは光より速いのか - 相対性理論を覆す可能性をCERNが提示 [2011/9/25]

ニュートリノ振動を検証する国際共同実験(OPREA実験)の研究グループは2011年11月17日、arXiv.orgに2011年9月22日に報告したニュートリノが光よりも早い可能性があるとした研究論文の第2版を掲載した。

SPS/CNGS(CERN Neutrino to. Gran Saaso)のレイアウト図

第2版では、OPERA検出器などを前回の研究に比べて高精度化を図ることで、CERN(欧州原子核研究機構:the European Organization for Nuclear Research)のニュートリノビーム源から、約730kmはなれたOPERA検出器までのニュートリノの速度を再度測定した結果を掲載した。

CNGSのビームライン(ニュートリノ発生装置)のレイアウト

再測定の結果、 真空時の光の速度を計算した場合に比べてニュートリノの到達時間は(57.8±7.8(stat.)+8.3-5.9(sys.))nsほど、早く到達したことが確認されたという(前回は60.7±6.9(stat.)±7.4(sys.)ns、ここでのstatは統計誤差、sysは系統誤差)。


LNGSのOPERAタイミング・システムのイメージ図(左)と、測定における各種の統計誤差(右)

これは、前回の実験とほぼ同じで、光の速度に対するミューニュートリノ速度との相対比率が(v-c)/c =(2.37±0.32(stat.)(sys.))×10-5ということに対応するという(前回は2.48±0.28(stat.)±0.30(sys.)×10-5)。また、この結果の信頼度は6.2σとなっている。


左図の左列が1回目、右列が2回目の測定で、下段が、ニュートリノの検出数(黒点)と陽子ビーム出力波形(赤線)を飛翔時間1043.4nsとして重ね合わせたもの。一方、右図は測定器の遅延時間。この飛翔時間から遅延時間を差し引いた結果が、今回の測定時間57.8nsが得られた

なお、研究グループは第2版の最後に、結論として、今回の解析結果は大きな衝撃となるが、まだ未知なる影響などが考えられることは依然変わっておらず、今後も研究を継続して行っていく必要がある、としている。

http://news.mynavi.jp/news/2011/11/19/001/


ニュートリノも素粒子 - 5分で理解する素粒子の基礎 [2011/11/2]

ヒトも物質も、分子でできており、その分子も原子の組み合わせで構成され、その原子も…とドンドン細かく分解していくと最後はどこに行き当たるのか。言葉通り、「それ以上分割できない粒子」のことを素粒子と呼びます。

例えば脆い石を壁に投げつけると粉々になります。その中の1つの粒をさらに拾い、その大きさに見合った小人がまた壁にぶつけるとやはり粉々になり、さらに小さな小人がまた壁にぶつける…この分割作業を繰り返していくと、逆にやがて硬い粒が出てきます。この粒はどんなに力自慢の小人が壁にぶつけても割れません。この粒を素粒子と言います。素粒子ほど硬くないものは単に粒子と呼びますが、石ぐらいの脆さだと、粒子とも言いません。

二酸化炭素の化学式はCO2で、炭素(C)が1つと酸素(O)が2つから構成されていることを表しています。Cは人体にもたくさん含まれている粒子で、体重70kgの人の場合16kgくらいの炭素があると言われています。16kgの炭素というと、粒子の数にすると1兆の1兆倍以上となるので、もしヒトを、素粒子レベルまで粉々にしようと思ったら、膨大な回数、小人の投手を登板させないと達成できないのです。

さて、素粒子はそれくらい小さいものなので想像がしにくいかもしれないが、実はいくつか種類があります。CやOでもヒトからすれば十分小さいですが、それでも違う名前がつけられているのはそれぞれに個性(役割や特徴)が違うためです。H2Oをたくさん集めると水として、CO2をたくさん集めると二酸化炭素として人間の生活に関わってきます。この2つは水素(H)とCが違うだけなのに、見た目や性質はまったく異なります。素粒子も同じで、個性が違うものがいくつもあります。
素粒子は大きく分けると2種類のみ!

一番身近な素粒子は「電子」と「光子」、そして最近、光よりも早いかもしれない、と話題になっている「ニュートリノ」があげられます。電子とニュートリノは「フェルミ粒子」と呼ばれる仲間で、光子はウィークボソンなどとともに「ボーズ粒子」と呼ばれる仲間です。

ヒトの身近に存在する"モノ"はだいたいフェルミの仲間と思ってよく、見えない力を伝えるのがボーズの仲間と思ってよいです。例えばレントゲンに使われるX線やセンサに使う赤外線など、すべての電磁波は光子で、可視光も光子です。これらは、どう見てもモノっぽくはないですね。電子もモノっぽくないかもしれませんが、電子機器はもちろん、ヒトの体の中にも電子はたくさんありますから、れっきとしたモノであると言えます。

ニュートリノはちょっと変わっていて、モノっぽくないけど、電子の仲間という変わり種の存在です。なぜ、電子の仲間に分類されるかを解説しようと思うと、それだけで話ができてしまうので省略しますが、1つ言えることは、「ニュートリノは力を伝えない」ということです。
"力"、それはメッセージの解釈

我々が平和に地球上で暮らせているのは、HやOといった粒子がさまざまな効果を発揮するほか、さまざまな"力"が存在するおかげです。

例えば、地球と人体の間には万有引力が働いています。これは超常現象でもなんでもなく、ちゃんと「重力子」という素粒子が力を伝えているために発生します。敢えて例えるならばボーズ粒子は「手紙」で、地球とヒトの体は、「私、こういった者なのですが、ご都合よろしければ引き合いましょう」という手紙を絶えず交換し続けている間柄ということになる・

手紙といっても、ビジネスレターから時節のあいさつ、ラブレターまで、いろいろ幅広いですが、素粒子のように小さいと手紙の内容は4種類に絞られます。その4種類の手紙はそれぞれ「重力」「電磁気力」「核力」「弱い力」という4つの力に対応しています。

それぞれに対応した手紙の内容は、簡単に表すと重力が「重力で引き合いましょう」、電磁気力が「電気の力で引き合う、もしくは遠ざかりましょう」、核力が「電気のことは気にせずにくっつきましょう」、弱い力が「くっついているところ悪いんだけど、別れよう」というものになります。単純な内容で、味気ないつまらない話に思えますが、素粒子も大きなモノも、手紙の内容を読まずにいると大変なことになるのは身に覚えがある人も居るでしょう。

極端な話、重力(万有引力)が存在しなければヒトもモノも宇宙空間に放り出されることになります。また、前述のように、ヒトの体には無数のCが含まれてますが、それは大雑把にいうと、陽子が6個集まったものです*。

陽子が集まっている近辺には中性子という粒子があり、この集まりを原子核という。この集まりから(粒子的に)かなり離れた位置に6個の電子が飛んでおり、この原子核と電子の距離がすなわち、炭素原子の大きさを表す

陽子はプラスの電気を持っているので、一般的な常識からすればプラス同士が近づけば反発してバラバラになろうとしますが、CはCとして存在し続けます。

磁石のSとS(もしくはNとN)を近づけても反発してずれてしまうのと似ている

これは、陽子と陽子の間に"核力"、つまり一種の引力が働いているためです。この核力の手紙に書かれた「電気のことは気にせずくっつきましょう」という内容は「グルーオン」と呼ばれます。
粒子によって、興味を示す対象(手紙)が違う

粒子はその種類により、力の感じ方が変わってきます。例えば仮定の話ですが、バスケットボールくんは地球さんが大好きですが、電気は嫌いなので電子さんから「光子」と書かれた手紙 (光子メール。以降、めんどうなので、電磁気力を電気メール、重力子を重力メール、グルーオンを核メール、ウィークボソンを別れメールとしましょう)が送られてきても読みません。しかし、大好きな地球さんから届く「重力子(重力メール)」という手紙は喜んで読み、その結果、そこに書かれている「電気の力で引き合いましょう」ということに興味を示し、お互いに引き合います。

一方、電子さんは電子さんで地球さんとは好きでも嫌いでもない関係なので、地球さんからの重力メールは、目を通し、「重力で引き合いましょう」と書かれていれば、一応読むには読みますが、それよりも大親友である陽子さんに「電気の力で引き合いましょう」と書かれた手紙をもらうと、そっちのほうが興味があるのでそちらに目が行き陽子さんと引き合うために喜んで動き出します。
独立独歩で我が道を行く"ニュートリノ"

ではニュートリノはどうでしょう。ニュートリノは非常に軽いフェルミ粒子で、電気メールも核メールも興味を示さず読みません。重力メールもたまに興味を示しますが、ほぼ読みません。こうした手紙を読まないということは、送っても返事をくれる相手がいないので、書かないということでもあります。ニュートリノが人体に向かって飛んできても、(人体を構成する無数の粒子は)誰もニュートリノに止まれという手紙を出さない(出しても読まれない)し、ニュートリノもニュートリノで人体(を構成する無数の粒子たち)に対して、動け、という手紙を出すこともありません。それ故に、人体をそのまま突き抜け、何らかの影響を及ぼすことがない無害な存在となっています。

え、中性子爆弾ってあるじゃないか、という人も居ると思いますが、これは中性子が電気メールを読まずに核メールを読むという性質を利用したもので、中性子が人体に入ると「中性子放射化」という現象が生じるために人体に影響が出てきます。

自分に興味をまったく示さないものが、たまたま自分の目のはしに映って、気になってきて逆に興味を持ってしまうというのが人間です。小柴昌俊氏がノーベル賞を受賞した理由は「天体物理学、特に宇宙ニュートリノの検出へのパイオニア的貢献」とされていますが、この検出とは、筆不精のニュートリノと手紙のやりとりをすることに他ならず、その手紙をやり取りするための装置が「カミオカンデ」であり、「スーパーカミオカンデ」です。

ただし、カミオカンデで送ったこちらからの手紙の返答を残念ながらニュートリノから直接もらうことはない。ニュートリノと水分子の衝突が「チェレンコフ光」と呼ばれる電気メールを誘発し、検出装置はそれを受け取って反応を示すためだ

2011年9月23日、ニュートリノをジュネーブのCERNから約730km離れたグラン・サッソのイタリア国立物理学研究所研究施設に飛ばしたところ、 2.43ms後に到着し、光速より速いことが計測されました。 ただし、この計測結果に対し、多くの人はニュートリノそのものに対する興味としてではなく、相対性理論に対する興味として話題にしています。

ニュートリノが光より早いかどうかと、相対性理論を直接つなげて話をすることは、追証の結果が出てからになるでしょう。その追証も、そんな数週間で出てくるわけがありません。1-2年は猶予を見る必要があるでしょう(2010年6月に小惑星探査機「はやぶさ」が持ち帰った小惑星イトカワの微粒子の研究も、ようやく基礎的な部分の1部が成果として出てきただけで、これから世界各地で本格的な研究が開始されることを考えれば、その成果がどの程度後から出てくるか想像できるでしょうか)。

こうした世界的な科学に関するニュースが出た時は、その事象に対するアンテナだけは張っておくことに損はありませんが、焦ってもすぐにさらに細かな情報が出てくることは残念ながらありません。次の情報が出るまで、ヤキモキして待つのも良いですが、自分の興味のある分野の研究や科学技術の動性など、そうした話題が出る前から追いかけてきたものをもう一度見直してみると、また、新しい発見や考察が出てくるかもしれません。

http://news.mynavi.jp/news/2011/11/02/003/index.html


ダブルショー実験が近距離での反電子ニュートリノの消失現象を報告

http://news.mynavi.jp/news/2011/11/09/090/index.html


2011年11月16日(Wed)▲ページの先頭へ
思考実験:原子とmedia point:虚軸点の氣と実軸点の原子
テーマ:science

これまで、私は原子ないし原子核について、PS理論からほとんど論じてこなかった。理由は光と物質の関係の解明が支配的であったからだ。
 今、簡単に原子について思考実験してみたい。
 直観では原子はmedia pointの実軸(実軸点と呼ぶことにする)で形成されると思われる。凸i(i)と凹i(-i)が連続化し、物質化、粒子化すると考えられる。(以下、簡略化のため、凸iをi、凹iを-iとして考察する。)
 実軸点において、iが陽子となり、-iが電子となる。水素原子の場合、これで原子を構成する。
 それ以外の原子の場合、中性子が入るが、それは、実軸点自体と見るべきかもしれない。
 そう、実軸点において、media pointの一種収縮、物質的収縮が行われると思われる。それは原子化と言えるだろう。
 つまり、エネルギー(氣)が物質化、粒子化するのである。(量子化とも言えよう。)
 それは微小空間化とも言えよう。media pointの微小空間化である。そして、繰り返せば、iが陽子化し、-iが電子化し、実軸点が中性子化することになる。ただし、水素原子の場合は実軸点は空(φ)となる。
 直観では多様な原子はmedia pointの時間的ずれによる共振から形成されるのかもしれない。あるいは、実軸点の融合から生まれるのかもしれない。この点は後の問題としたい。
 とまれ、このmedia pointの微小空間化が原子ということであり、これが電磁的に融合して分子を形成し、いわゆる物質体を形成するのではないだろうか。それが、⇒+1の+1である。
 とまれ、簡単に整理すると、根源エネルギー(氣)がmedia pointにおいて、実軸変換すると、実軸点において、微小空間化=原子化が生じ、原子が形成される。iが陽子、-iが電子、そして、実軸点が中性子(水素原子では空)となる。原子核はiと実軸点の結合点、即ち、 実軸点のiの方向への近傍に存するのではないだろうか。
 とまれ、原子の基本はiと-iとの実軸点を中心とする『対立』ということになる。(これを均衡とすると限定されたものになる。)
 原子の生成への試論は以上であるが、原子生成以前の事態について考えると、当然、media pointの虚軸(虚軸点と呼ぶことにする)の様態のことになる。それは、いわば、差異共振点であり、私見では氣のエネルギーが存するのである。
 それは、超越的存在から派生する超越的エネルギーをもっていると考えられる。
 先にも述べたように、氣から物質への変換は即非的変換であり、実軸点は超越性・即非・物質性の様態である。とまれ、物質性の方が主であり、超越性は従であると考えられる。ついでに言えば、虚軸点においても、超越性・即非・物質性があるが、超越性が主であり、物質性は従であると考えられる。
 ここで免疫力について考えると、虚軸点の氣が免疫力の根源だと思われる。飯山一郎氏が乳酸菌のそれを説くが、乳酸菌とは虚軸点の氣を強くもつ細菌と考えられる。
 また、放射能を浄化する光合成細菌であるが、それは実軸点における対立から生じる放射性崩壊の物質エネルギーを生命保持に活用する生命体と言えよう。ここには、生命体の根源・原始的様態が見られるのではないだろうか。
 
参考1:

原子の構造

現在では、原子と電子の関係は量子力学によってほぼ解明されているが、原子核のことは今でもわからないことは多い。また、量子力学 の発展に伴い、当初の原子論が暗黙裡に含んでいた素朴な図式・世界観(球状の何かの想定、モノが絶対的に実在しているという素朴な観念、つまり非確率論的に実在しているという素朴な観念)は根本的に崩壊した。物理学の理論全体としては、原子論は当初となえられていたものとは極めて異質なものになっている。
原子の構造 [編集 ]

原子は、正の電荷 を帯びた原子核 と、負の電荷 を帯びた電子 から構成されると考えられている。原子核はさらに陽子 と電気的に中性な中性子 から構成される(ただし水素原子 の99.985%を占める1Hは中性子を含まない)。陽子と中性子の個数の合計を質量数 と呼ぶ。原子核の半径は原子の半径の約10万分の1(1 fm 程度)と小さい。なお、一般的な原子の模式図は原子核の大きさを原子に対して数分の1程度に描いているが、これは実態とはかけ離れたデフォルメである。原子は硬い球体というよりも、むしろ真空の中に存在する点状の原子核と電子である。但し、電子はしばしば描かれる模式図のように特定の軌道を描いて原子核のまわりを回っているのではなく、原子核のまわりに確率的に分布しており、原子核を電子雲が包むイメージのほうがより現実に近い。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E5%AD%90

放射性崩壊
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放射性崩壊(ほうしゃせいほうかい、radioactive decay)は、不安定な原子核 (放射性同位体 )が様々な相互作用によって状態を変化させる現象である。放射性壊変(ほうしゃせいかいへん)、放射壊変(ほうしゃかいへん)、原子核崩壊(げんしかくほうかい)、あるいは、単に崩壊とも呼ばれる。
放射性崩壊の種類 [編集 ]

これらの現象の詳細は、個別の記事を参照のこと。

アルファ崩壊
アルファ粒子 を放出し、陽子 2個・中性子 2個を減じた核種 に変わる。核分裂反応の1つとして認識されることもある(例:226Ra →222Rn )。
ベータ崩壊
質量数 を変えることなく、陽子・中性子の変換が行われる反応の総称で、β-崩壊(陰電子崩壊)、β+崩壊(陽電子崩壊)、電子捕獲 、二重ベータ崩壊 、二重電子捕獲 が含まれる。
ガンマ崩壊
それぞれの崩壊を終えた直後の原子核には過剰なエネルギー が残存するため、電磁波 (ガンマ線 )を放つことにより安定化をしようとする反応である。
核分裂反応
非常に重く不安定な核種では、その核が質量の小さな原子核に分裂し、巨大なエネルギーを放つとともに、より安定な核種へと変化する。例えば、235U に中性子 を衝突させると、95Mo と139La に分裂し、2つの中性子 を放出し、欠損した質量 分のエネルギー が発生する。
自発核分裂
核分裂反応のうち、自由な中性子の照射を受けることなく起きる核分裂を指す。現象そのものは人為的な核分裂反応と変わらない。
核異性体転移
ITと略される。原子番号と質量数ともに同じで、エネルギー準位 が異なるような2つの核種を、核異性体 であるという。例えば、99Tcと99mTcは互いに核異性体である。エネルギー準位が高いほうは記号mを付けて区別するのだが、こちらは準安定状態 (メタステーブル)であり、余剰のエネルギーを放出して安定になろうとする。エネルギー準位が高いほうの核異性体がガンマ線を放出して、より安定な方の核異性体に変化することを、核異性体転移という。放出される放射線はガンマ線であり、原子核の原子番号と質量数はともに変化しない。

99mTc → 99Tc + γ (T1/2=6.01h)

一部の核異性体転移では、ガンマ線が軌道電子にエネルギーを与えてはじき出す。これを内部転換 という。電子がはじき出される点でベータ崩壊に似ているが、原子核は変化しておらず、自らの原子はイオン化される。

崩壊熱 [編集 ]

放射性物質 は、核爆弾 や原子力発電所 の運転中の炉心のような中性子の照射を受けることで大量、または多量のエネルギーを放出する連鎖反応を伴わない場合でも、放射性崩壊によってそれ自身が勝手に核種などを変えてゆくため、その過程で放出される放射線のエネルギーが周囲の物質を加熱し、崩壊熱 (decay heat) となって現われる。時間当たりに放出される崩壊熱のエネルギーは不安定な物質であるほど大きく、その大きさは元の放射性物質がしだいに放射線を放って比較的安定である核種や安定核種へと変化するに従って減少する。例えば原子炉の炉心では発電のための核反応を停止しても、その1秒後で運転出力の約7%ほどの熱が新たに生じ、時間の0.2乗に比例して減少しながら1日後でも約0.6%の熱が放出される[1] 。
半減期 [編集 ]

核種ごとに一定時間内において崩壊 する確率 が異なっている。この確率 を計算 することにより半減期 を知ることができる。同じ化学的元素 であっても質量数の異なる同位体ごとに半減期は異なる。たとえば、質量数238のウラン の半減期は44億6800万年 であるのに対して、質量数239のウランの半減期は23.5分 である。たった1つ中性子の数が異なるだけで、これほど大きな違いが生じるのである。

極端に長い半減期を持つ核種が存在する。質量数115のインジウム の半減期は441兆年、質量数149のサマリウム では2,000兆年である。質量数209のビスマス は、2003年まではもっとも重い放射能を持たない核種として知られていたが、これは1.9×1019(1,900京)年に及ぶ半減期の放射性核種であると認められた。これらの極端に長い半減期を持つ核種は学術上、放射性物質に分類されるが、実質的には安定したものと考えて差し支えない。

超重元素 の分野では、1秒に満たない半減期の核種が多数を占める。たとえば質量数266のマイトネリウム の半減期は0.0034秒、質量数267のダームスタチウム の半減期は0.0000031秒である。簡単に言うならば、あまりにも原子核が大きくなりすぎて、その結合を保っていられる期間がこの程度の長さしかないということである。

半減期の短い核種は、どんどん崩壊していき放射能 を失っていくが、短時間に多量の放射線を放つため直接的な被曝 の危険度が高い。半減期の長い核種は、少しずつしか放射線を放たないので一時的に被曝する放射線量は小さいが、いつまでも放射線を放ちつづけるため長期的な問題を抱えることになる。特にウランやプルトニウムなどは最終的に放射能のない鉛 に到達するまでには約20回もの崩壊を経由せねばならず、全量が鉛となるまでの総時間は、現実的な思考の及ぶ範囲を超える長さである。放射性物質を平和 的に用いようが、軍事 的に用いようがこの問題はいっさい切り離すことができない。

特にかつては、半減期数万年の核種を数万年保管せねばならない事が、原子力発電のネックであった。しかし、最近、長半減期物質を分離して、加速器駆動未臨界炉 において中性子を照射して、自然崩壊ではなく、核分裂させて、短半減期核種に変換できる見通しが立てられた。これにより500年以下の保管で天然ウラン鉱石以下の放射線に低下させて廃棄/鉛やバリウムとして一般使用が可能になるとして開発がすすめられている。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E6%80%A7%E5%B4%A9%E5%A3%8A

参考2:

【お勉強】 『光合成細菌と乳酸菌で放射能を浄化!』 …が最初から順番に読めるようになりました.

たたかう老人! 飯山一郎の ハッタリなしの 口演会場 .

http://grnba.com/iiyama/hikari.html


2011年09月24日(Sat)▲ページの先頭へ
光とは何か:光のMP2同一性形式回路と超越光のMP1物質変換回路
以下から、光は差異を物質へと変換させる精神原理であると考えられる。精神的フィルターでもある。
 それは、いわば、媒介の原理であり、それ自体は物質ではなく、物質の形式生成エネルギーのようなものではないだろうか。(思うに、そう考えると、光は気である。光を電磁波と捉えるのは、やはり、media pointの実軸点において、考えていると思う。虚軸では気であると思われる。)
 そして、この物質形式生成エネルギーは現象界では、秒速約30万qである。しかし、それは実軸点においてであり、虚軸点あるいは、虚軸点と実軸点の中間様態においてではない。
 では、昨日超光速粒子であると発表されたニュートリノとはどう考えられるだろうか。
 ここで先ほど述べた、MP1とMP2との連関、相関を考えたい。即ち、MP1とMP2との即非様態のことである。前者は超越光が形成され、後者は現象光が形成されるのである。光自体は 両者の中間態である。
 すると、超越光>光>現象光というような図式が考えられる。ただし、>は量ではなく、質的差異を意味する。即ち、左辺は質的に精妙であるということである。あるいは、純粋であるということである。
 だから、超越光は光よりも精妙、純粋なのである。だから、前者がMP1→MP2変換をしたとき、超越光が現象界に物質として形成されることが考えられる。これは、光よりも精妙な、純粋なものなので、光の力学を超えると考えられるのである(作業仮説)。
 ここで思考実験であるが、光⇒MP2⇒物質形式変換とMP1⇒MP2⇒物質変換とは力学が異なるのではないだろうか。後者は光をパスしている可能性があるのではないだろうか。換言すると、光の同一性回路とは別の超越光物質回路があるのではないだろうか。それが、ニュートリノを形成しているのではないだろうか。
 また、その超越光物質回路であるが、それは、凹(-1)⇦MP2のdark matterへの志向性もあるように思えるのである。⇦は先の検討では、dark energy、反重力になるのである。
 とまれ、今は問題提起のみである。
 
参照:

「光」 =「ひ」とは何か:阿弥陀如来 の光、イデア の太陽

[叡智学] 「光」 =「ひ」とは何か:阿弥陀如来 の光、イデア 界の太陽

先の検討 から 、イデア 界の光とは、差異境界である と考えられる。これは、連続 化へと進展するもの である 。そう、「光」 とは共通項なのである 。公約 数なのである と思う。アインシュタイン の相対性理論 とは、このことを意味 しているのではないか 。光速度 の一定 の原理 。もし、イデア 界において、差異境界が光速 であれば、もっとも超光速 である が、それは、知即存在 である 不連続的差異 ・イデア を交通 する存在 である 。そう、差異連続 化するもの としての「光」 が考えられるのではないか 。これが、万象の共通項であろう。そして、メディア 界の光をもって現象界が生起するが、連続 化の原理 とは、差異連続 境界である 光の原理 であろう。e=mcc という原理 とは、正に現象界の原理 だろう。つまり 、光速 とは、イデア 界における差異境界の超光速 の現象界での速度だろう。すなわち、光とは、イデア 界と現象界とをつなぐメディア 界的存在 だろう。阿弥陀如来 の無量光とは、イデア 界の差異境界の超光であり、同時にプラトン の言う善のイデア であろう。御来光の光とは、このことである し、大日如来 もそうである し、卑弥呼 (日巫女 )の日やアマテラス もこれであろう。二月堂の御水取りの大松明の火も、これであろう。また、ゾロアスター教 の火もこれであろう。そう、キリスト の光=火も、本来は、これであろう。結局、「光」 とは、イデア 界の差異境界=超光を指していると言えよう。そして、これは、不連続的差異 ・イデア の集合体である イデア 界を指しているのである 。光とは、ある意味 です べてである 。「光あれ」とは、ある意味 で尊大 な言い方だろう。父権 的な言い方だろう。「光ありき」が正しい。そう、初めに、不連続的差異 ・イデア と「光」 ありきである 。不連続的差異 ・イデア 即「光」 である 。阿弥陀如来

http://blog.livedoor.jp/renshi1900/archives/15064766.html

プラトニック・ソフィエンスの創造 :新叡知科学 へ向けて


光は物質ではないので、超光速の物質が存在しても相対性理論は揺るがないだろう
光は質量がないので、精神であると私は述べたが、物質でないならば、光速という概念自体が問題となると考えられる。何故なら、速度は物質的次元における事象だからである。
 ならば、光速として捉えられた物質は何であるのか。先に述べたことと齟齬になるが、MP2が光速をもつ物質ではないだろうか。(直近では、MP2はニュートリノかと提起した。)
 光は差異共振事象であると考えられる。精緻に言えば、MP1において、超越光が生起し、MP2において、光速的物質が生起する。これは、物質と精神の中間態のようなものではないだろうか。ひょっとして、これが、「気」ではないだろうか。言い換えると、電磁波になるのではないだろうか。
 相対性理論での「光」とは、MP1とMP2との中間態であり、アインシュタインはそれをMP2と結びつけているのではないのか。
 ならば、超光速のニュートリノとは何か。それは、 やはり、MP1の超越光とMP2とを結びつけた物質ではないのか。MP1は「光」を超越していると考えられるのであり、当然、超光速(追記:この言い方は矛盾している。物質性ないし原物質性が生起するのはMP2においてであり、MP1においては、完全に精神的様態であるので、速度は問題にはならない。MP1は超光速というよりは超速度である)になるだろう。
 とまれ、media pointの微妙な様態を明確にする必要がある。MP1は完全に精神様態であり、MP2は精神と物質との中間態であるが、後者に傾斜している原物質、言い換えると、「イデア」ではないだろうか。
 再検討したい。

追記:少し整理すると、差異共振を「光」とするなら、MP1に生起するものは超越光である。これが、もし、MP2を介して現象化=物質化するなら、ニュートリノになるのではないだろうか。
 光に関する用語が少し混乱しているので、整理しよう。今の考察では、「光」を差異共振様態と考えた。そして、現象する「光」を光と呼んでいる。「光」と光ではまぎらわしいので、後者を現象光としよう。すると、

MP1=超越光
MEDIA POINT一般=光
MP2=現象光

となる。
 だから、相対性理論は現象光を観測して光速度を捉えていると思う。しかしながら、光の本体は差異共振様態、media pointである。
 
追記2:以上とは異なる考え方ができる。凸iを光、凹iを闇そのものとして、第一象限での光を現象光とするものである。凹iの闇は不可視の光ということになるだろう。
 光速度の一定原理とは現象界、第一象限に関係するだろう。+1が一定性を保障するだろう。
 では、超光速をどう考えるべきか。これは意外に簡単かもしれない。長距離相関の問題で提起したことを敷延するばいいと思われるのである。二つの粒子の本体は虚軸にあるみるのであり、そこでは、双極子的様態をもっているのであるから、物理的にいくら分離しても、同時的存在である(Kaisetsu氏の観念的同時を参照)。
 思うに、ニュートリノの場合も、双極子に関係するのである。そう、仮説すれば、ニュートリノを双極子と考えるのである。そうすると、物質的次元を超えているのだから、双極子としてのニュートリノは超光速になると考えられるのである。
 以上は思いつきであり、さらに検討したい。

追記3:追記1の方が、追記2よりも整合性があるだろう。ただし、問題はニュートリノが質量をもつことをどう説明できるのかだ。
 結局、media point、とりわけ、MP2の機構をどう見るかが問題である。これは、差異連続的同一性機構と呼べるのであり、本来、不連続な差異の共振が差異を喪失して連続的に同一性化する機構である。
 ならば、どうして、光は同一性化されても質量がないのかが問題である。一体、光は連続化されるのか。否、光は差異のままであり、同一性機構には参入しないと思われる。
 ならば、もし、ニュートリノがMP1の様態ならば、どうして、光と異なり、質量が生じるのだろうか。ここで次のように思考実験してみる。

MP1(超越光⇒ニュートリノ)
MP1/光/MP2
MP2⇒物質

を仮に想定する。
 MP1にはなにかMP2に対応するようなものがあるのではないのか。
 とまれ、問題は、超越光といういわば、超精神がどうして、質量をもつようになるのかである。
 思うに、以前、MP1とMP2 とが即非態であると考えたことがある。そうならば、当然、MP1=MP2、and MP1≠MP2である。
 前者等号の場合を考えると、MP1は直にMP2と一致するのである。つまり、超越光は差異連続的同一性機構と等しくなると考えられる。
 だから、そのとき、超越光は物質となるのである。それが、ニュートリノということではないのか。
 今はここで留める。
 
参考:

resurrection
neomanichaeist resurrection
@
ならば、脳波はニュートリノよりも速いというか、速度の概念を超えているだろう。それは、私が考える超越光である。それは超時間、timelessである。アインシュタインの光は超越光を物質に引き下げているのではないだろうか。 @zephyorg 脳波は瞬間だよ! 時間・空間いらない♪


物理:光より速いニュートリノ? 相対性理論覆す発見か
ニュートリノを飛ばす実験
ニュートリノを飛ばす実験

 【ジュネーブ伊藤智永】欧州合同原子核研究所(CERN、ジュネーブ)は23日、素粒子ニュートリノを光速より速く移動させる実験に成功したと発表した。事実なら、「光より速い物質は存在しない」としたアインシュタインの特殊相対性理論(1905年)を覆す物理学上の「大発見」となる可能性があるという。

 発表によると、日本の名古屋大、神戸大や欧州などの研究者約160人が参加する「国際研究実験OPERA」のチームが、CERNで人工的に作ったニュートリノ1万6000個を、約730キロ離れたイタリアのグランサッソ国立研究所に飛ばしたところ、2.43ミリ秒後に到着し、光速より60ナノ秒(1億分の6秒、ナノは10億分の1)速いことが計測された。

 1万5000回も同じ実験を繰り返し、誤差を計算に入れても同じ結果が得られたという。チームも「説明がつかない」と首をかしげており、実験データを公表して、世界中の研究者に意見と検証を求めたいとしている。

 ニュートリノは、物質の最小単位である素粒子の一種。1930年に存在が予言され、56年に確認された。あらゆる物質をすり抜けてしまうため観測が難しく、解明のための研究が進んでいる。

 CERNは世界最大の加速器を備え、宇宙誕生の瞬間を人工的に作り出すことを通じて、物質と出合うと消滅する「反物質」の観測、物質の重さや真空などの原理的解明を目指す国際的な研究機関。

http://mainichi.jp/select/wadai/news/20110924k0000m040079000c.html?toprank=onehour

光速超えるニュートリノ 「タイムマシン可能に」 専門家ら驚き「検証を」
MSN産経ニュース - ‎2 時間前‎
名古屋大などの国際研究グループが23日発表した、ニュートリノが光よりも速いという実験結果。光よりも速い物体が存在することになれば、アインシュタインの相対性理論で実現不可能とされた“タイムマシン”も可能になるかもしれない。これまでの物理学の常識を超えた結果 ...


2011年09月23日(Fri)▲ページの先頭へ
超光速粒子ニュートリノ:超光速の問題は不連続的差異論の段階で何度か考察したことがある。
超光速の問題は不連続的差異論の段階で何度か考察したことがある。

 E=m(ic)(-ic)⇒mc^2

という数式をKaisetsu氏が提起した。
 原光の速度ic、原闇の速度-icが超光速に関係していると考えられる。
 考えるに、原光と原闇の差異共振は第三の超越的事象であり、それが超光速であるというのは考えられる。というか、それが、media point(MP1)で生起しているのであり、それが超光速であると観測されたということかもしれない。
 今はここで留める。

追記:media pointの即非差異共振によって、MP1に第三のものとして超越的絶対性が形成されると言ったが、そうならば、MP2にも物質的な第三のものが形成されるだろう。それが、ニュートリノかもしれない。もしそうならば、MP1の超越的絶対性とは何か。それがdark energyか?それとも、以前述べた超越光か?それが、dark sunか?
 重力が⇒凸(+1)の方向ならば、MP1における第三のものをdark energyとするなら、その方向は←となり、反重力となりうるだろう。

参照:
「光」=「ひ」とは何か:阿弥陀如来の光、イデアの太陽
[叡智学] 「光」=「ひ」とは何か:阿弥陀如来の光、イデア界の太陽

先の検討から、イデア界の光とは、差異境界であると考えられる。これは、連続化へと進展するものである。そう、「光」とは共通項なのである。公約数なのであると思う。アインシュタインの相対性理論とは、このことを意味しているのではないか。光速度の一定の原理。もし、イデア界において、差異境界が光速であれば、もっとも超光速であるが、それは、知即存在である不連続的差異・イデアを交通する存在である。そう、差異連続化するものとしての「光」が考えられるのではないか。これが、万象の共通項であろう。そして、メディア界の光をもって現象界が生起するが、連続化の原理とは、差異連続境界である光の原理であろう。e=mcc という原理とは、正に現象界の原理だろう。つまり、光速とは、イデア界における差異境界の超光速の現象界での速度だろう。すなわち、光とは、イデア界と現象界とをつなぐメディア界的存在だろう。阿弥陀如来の無量光とは、イデア界の差異境界の超光であり、同時にプラトンの言う善のイデアであろう。御来光の光とは、このことであるし、大日如来もそうであるし、卑弥呼(日巫女)の日やアマテラスもこれであろう。二月堂の御水取りの大松明の火も、これであろう。また、ゾロアスター教の火もこれであろう。そう、キリストの光=火も、本来は、これであろう。結局、「光」とは、イデア界の差異境界=超光を指していると言えよう。そして、これは、不連続的差異・イデアの集合体であるイデア界を指しているのである。光とは、ある意味ですべてである。「光あれ」とは、ある意味で尊大な言い方だろう。父権的な言い方だろう。「光ありき」が正しい。そう、初めに、不連続的差異・イデアと「光」ありきである。不連続的差異・イデア即「光」である。阿弥陀如来


http://blog.livedoor.jp/renshi1900/archives/15064766.html
プラトニック・ソフィエンスの創造:新叡知科学へ向けて

 
超光速粒子、日欧機関が観測…相対性理論に矛盾

名古屋大学は23日、ニュートリノと呼ばれる粒子が、光速よりも速く飛んでいるとの測定結果が得られたと発表した。

 物体の速度や運動について説明するアインシュタインの相対性理論では宇宙で最も速いのは光だとしているが、今回の結果はそれと矛盾している。測定結果が正しければ、現在の物理学を根本から変える可能性がある。

 光の速さは真空中で秒速約30万キロ・メートルで、今回の測定では、これよりも7・5キロ・メートル速い計算となった。この測定結果について研究チームは、現代物理学では説明がつかないとし、世界の研究者の意見を聞くため、発表に踏み切った。

 観測が行われたのは、名古屋大学などが参加する日欧国際共同研究「OPERA実験」。スイス・ジュネーブ郊外にある欧州合同原子核研究機関(CERN)から、730キロ・メートル離れたイタリア中部の研究所へとニュートリノを飛ばし、その飛行時間を精密に測定した。その結果、光速では2・4ミリ秒で届くところが、その時間よりも1億分の6秒速く到達した。光速より0・0025%速い速度だった。

 研究チームは過去3年間にわたって、ニュートリノの飛行速度を計15000回測定。観測ミスや統計誤差ではない確かな数値であることを確認した。
(2011年9月23日15時43分 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20110923-OYT1T00374.htm?from=tw

ニュートリノの速度は光の速度より速い、相対性理論と矛盾 CERN
AFPBB News - ‎5 時間前‎
スイスの欧州合同原子核研究機構(European Centre for Nuclear Research、CERN)でモニターを見つめる研究者(2010年3月30日撮影、資料写真)。(c)AFP/FABRICE COFFRINI 【9月23日 AFP】素粒子ニュートリノが質量を持つことの最終確認を目指す国際共同実験OPERA( ...

ニュートリノの速度は光の速度より速い、相対性理論と矛盾 CERN

【9月23日 AFP】素粒子ニュートリノが質量を持つことの最終確認を目指す国際共同実験OPERA (オペラ)の研究グループは22日、ニュートリノの速度が光速より速いことを実験で見出したと発表した。確認されれば、アインシュタイン(Albert Einstein )の相対性理論に重大な欠陥があることになる。

 実験では、スイスの欧州合同原子核研究機構(European Centre for Nuclear Research 、CERN )から730キロ先にあるイタリアのグランサッソ国立研究所(Gran Sasso Laboratory )へ、数十億のニュートリノ粒子を発射。光の到達時間は2.3ミリ秒だったが、ニュートリノの到達はそれよりも60ナノ秒ほど早かった(誤差は10ナノ秒以下)。ニュートリノの速度は毎秒30万6キロで、光速より毎秒6キロ速いことになる。

 OPERAのスポークスマンを務める物理学者のアントニオ・エレディタート(Antonio Ereditato )氏は、「ニュートリノの速さを知るための実験だったが、このような結果が得られるとは」と、本人も驚きを隠せない様子。発表に至るまでには、約6か月をかけて再検証や再テストなどを行ったという。

 研究者らはなお今回の結果には慎重で、世界中の物理学者らに精査してもらおうと、同日ウェブサイト上に全データを公開することにした。結果が確認されれば、物理学における理解が根本から覆されることになるという。

■物体を貫通するのに加速?

 ニュートリノは、太陽などの恒星が核融合を起こす時の副産物だ。電気的に中性な粒子で、極めて小さく、質量を持つことが発見されたのはごく最近のこと。大量に存在しているが検出は難しいことから「幽霊素粒子」とも呼ばれる。

 ただし、アインシュタインの特殊相対性理論に沿えば、物質は真空では光より速く移動することができない。

 ニュートリノは地球の地殻を含めて物体を貫通して移動しているが、「移動速度が(貫通により)遅くなることはあっても光速以上に加速することはあり得ない」と、データの再検証に参加したフランスの物理学者、ピエール・ビネトリュイ(Pierre Binetruy )氏は、疑問点を指摘した。

 2007年に米フェルミ国立加速器研究所(Fermilab )で同様の実験に参加した英オックスフォード大(Oxford University )のアルフォンス・ウィーバー(Alfons Weber )教授(素粒子物理学)は、光速より速いニュートリノが現行の理論と相容れないことを認めた上で、測定誤差の可能性を指摘し、同様の実験を行って結果を検証する必要性を説いた。

 フェルミで行われた実験では、やはりニュートリノの速度が光速をやや上回っていたが、結果は測定誤差の範囲内だったという。

■4次元とは別の次元?

 理論物理学者は、ニュートリノの予想外の速さを説明するための新たな理論を構築する必要に迫られるだろう。

 先のビネトリュイ氏は、ニュートリノが4次元(空間の3次元+時間)とは別の次元への近道を見つけたのかもしれないと話した。「あるいは、光速は最速とわれわれが思い込んでいただけなのかもしれない」

(c)AFP/Marlowe Hood

CERNが光速超える粒子発見!アインシュタインの相対性理論ピーンチ!

8965RT
05:22
0

天地が引っくり返る大ニュース! 欧州原子核研究機構(CERN)が約1万6000個のニュートリノをイタリアに飛ばしたら、なんと光速より速く到着してしまったそうですよ!! これが本当なら「宇宙には光速よ...
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ニュートリノ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ニュートリノ (Neutrino) は、素粒子 のうちの中性レプトン の名称。中性微子とも書く。電子ニュートリノ・ミューニュートリノ・タウニュートリノの3種類もしくはそれぞれの反粒子をあわせた6種類あると考えられている。ヴォルフガング・パウリ が中性子 のβ崩壊 でエネルギー保存則 と角運動量保存則 が成り立つように、その存在仮説 を提唱した。「ニュートリノ」の名はβ崩壊の研究を進めたエンリコ・フェルミ が名づけた。フレデリック・ライネス らの実験により、その存在が証明された。

性質 [編集 ]
標準モデルにおける
ニュートリノの分類 フェルミオン 記号 質量**
第一世代
電子ニュートリノ νe < 2.5 eV
反電子ニュートリノ νe < 2.5 eV
第二世代
ミューニュートリノ νμ < 170 keV
反ミューニュートリノ νμ < 170 keV
第三世代
タウニュートリノ ντ < 18 MeV
反タウニュートリノ ντ < 18 MeV

ニュートリノは電荷 を持たず、\begin{matrix}\frac{1}{2}\hbar\end{matrix}のスピン を持つ。また、質量 は非常に小さいが、存在することが確認された。

ニュートリノには電子ニュートリノ (νe)、ミューニュートリノ (νμ)、タウニュートリノ (ντ) の3世代とそれぞれの反粒子 が存在する。これらは電子 、ミュー粒子 、タウ粒子 と対をなしている[1] 。
相互作用 [編集 ]

ニュートリノは強い相互作用 と電磁相互作用 がなく、弱い相互作用 と重力相互作用 でしか反応しない。ただ、質量が非常に小さいため、重力相互作用もほとんど反応せず、このため他の素粒子との反応がわずかで、透過性が非常に高い。

そのため、原子核 や電子 との衝突を利用した観測が難しく、ごく稀にしかない反応を捉えるために高感度のセンサや大質量の反応材料を用意する必要があり、他の粒子 に比べ研究の進みは遅かった。
最初の写真 米国アルゴンヌ国立研究所に設置されたZero Gradient Synchrotronの水素泡箱で観測された(水素泡箱による観測としては)史上初のニュートリノ(1970年 11月13日 )。ニュートリノは電荷を持たず泡箱に軌跡を残さない。写真右手中央の黒い影の右側で3つの軌跡が突然始まっている。この位置でニュートリノが陽子に衝突した。同時に生成したミュー粒子 は非常に見分けにくいが、ほぼ直線状に軌跡を残している。短い軌跡は陽子。
反粒子 [編集 ]

電荷を持たない粒子であるため、中性のパイ中間子 のようにそれ自身が反粒子である可能性がある。ニュートリノの反粒子がニュートリノ自身と異なる粒子であるか否かは現在でも未解決の問題である。
仮説と検証 [編集 ]

アルファ崩壊 の場合、アルファ粒子 (アルファ線)と新しく出来た原子核の質量との合計は、崩壊前の原子核の質量よりも小さくなる。これは、放出されたアルファ粒子の運動エネルギーが、崩壊前の原子核の質量から得られているためである。

ベータ崩壊 の場合は、運動エネルギーの増加が質量の減少より小さかったため、研究者の間で混乱が生じた。ニールス・ボーア は放射性崩壊現象ではエネルギー保存の法則 が破れると主張した。

一方、ヴォルフガング・パウリ は、エネルギー保存の法則 が成り立つようにと、β崩壊では中性の粒子がエネルギーを持ち去っているという仮説を1930年 末に公表した。また、1932年 に中性子が発見されたのをきっかけに、エンリコ・フェルミ はベータ崩壊のプロセスを「ベータ崩壊は原子核内の中性子 が陽子 と電子を放出しさらに中性の粒子も放出する」との仮説 を発表した。また、質量は非常に小さいか、もしくはゼロと考えられた。そのため、他の物質と作用することがほとんどなく、検出には困難を極めた。

1953年 から1959年 にかけて行われた フレデリック・ライネス とクライド・カワンの実験により、初めてニュートリノが観測された。この実験では、原子炉から生じたニュートリノビームを水に当て、水分子中の原子核とニュートリノが反応することにより生じる中性子 と陽電子 を観測することで、ニュートリノの存在を証明した。

1962年 、レオン・レーダーマン 、メルヴィン・シュワーツ 、ジャック・シュタインバーガー らによって νe と νμ が違う粒子であることが実験で確認された。これは、15 GeV の高エネルギー陽子ビームを使ってパイ中間子 (π)を作り、ミュー粒子 (μ) とミューニュートリノ (νμ) に崩壊してできたミューニュートリノを標的に当てた。この結果、標的で弱い相互作用 によってミュー粒子は生じたが、電子は生成されなかった。
質量 [編集 ]

例えば光子 は質量が 0 である理論的根拠が存在するが、ニュートリノについては質量が有限値を持ってもかまわない。が、この粒子は弱い相互作用 しかしないこともあって、その質量が観測できず、質量を持たないとするのが一般的であった。

1962年、坂田昌一 ・牧二郎 ・中川昌美 がニュートリノが質量を持ち、ニュートリノが電子・ミュー・タウの型の間で変化するニュートリノ振動 を予測した。

この現象について、1998年 6月にスーパーカミオカンデ 共同実験グループは、宇宙線 が大気と衝突する際に発生する大気ニュートリノの観測から、ニュートリノ振動の証拠を99%の確度で確認した。また、2001年 には、太陽から来る太陽ニュートリノの観察からも強い証拠を得た。

ただし、ニュートリノ振動からは型の異なるニュートリノの質量差が測定されるのみで、質量の値は解らない。が、これに先立つ超新星 SN 1987A からの電子ニュートリノの観測時刻が光学観測との間で理論的に有意な差を観測できなかったことから、極めて小さな上限値が得られており、共同研究チームは3種のニュートリノの質量を発表している。

その後、つくば市 にある高エネルギー加速器研究機構 (KEK) からスーパーカミオカンデに向かってニュートリノを発射するK2K の実験において、ニュートリノの存在確率が変動している状態を直接的に確認し、2004年 、質量があることを確実なものとした。

ニュートリノの質量が有限値を持つことは理論研究に大きな影響を与える。まず問題になるのは、これまで各種の提案がされてきた標準理論 のうちの一部はニュートリノの質量が 0 であることを前提としている。それらの理論は否定される。また、ニュートリノ振動は、各世代ごとに保存されるとされてきたレプトン数 に関して大幅な再検討を促すことになる。

また電磁相互作用がなく-すなわち光学的に観測できず-、またビッグバン 説は宇宙空間に大量のニュートリノが存在することを示すことなどから、暗黒物質 の候補のひとつとされていたが、確認された質量はあまりに小さく、大きな寄与は否定された。
関連項目 [編集 ]

* ニュートリノ天文学
* 超新星爆発
* 物理学
* 小柴昌俊
* 戸塚洋二
* 暗黒物質

注釈 [編集 ]

1. ^ その他にロスアラモス国立研究所 によるLSND 実験において通常の反応を示さない4世代目のニュートリノ(sterile neutrino )の証拠が得られているが、フェルミ国立研究所 のMiniBooNE 実験チームは2007年 4月11日 、現時点でその存在を示す証拠はないという否定的見解を発表した。

外部リンク [編集 ]

* つくば・神岡間長基線ニュートリノ振動実験 (K2K) 公式サイト
* 大強度陽子加速器を用いた次期ニュートリノ振動実験計画
* フェルミ国立研究所(英語)
* MiniBooNE実験 公式サイト(英語)



2011年09月17日(Sat)▲ページの先頭へ
暫定的な宇宙力学:Universe Mechanics by PS Theory
暫定的な宇宙力学:Universe Mechanics by PS Theory

テーマ:cosmos

人間認識図を宇宙認識図として捉えて、暫定的な宇宙力学を提起しておく。
 光子は凸i(+i) であり、闇子は凹i(-i)であり、「天」の方向は凸(+1)であり、「地」の方向は凸→media pointの→であり、重力の方向とする。そして、反重力であるdark energyの方向は凹→media pointの→であり、重力の→と反重力の→は当然、相反することになる。dark matterは既述したように、凹(-i)である。
 一応このようになるが、まだクリアではないのは、闇子とdark energyのことである。最初は凹iにdark energyを宛てようと考えたが、そうすると、反重力の方向性がうまくでてこないのである。
 あるいはこう考えることもできるかもしれない。重力をmedia pointへ向かう求心力とし、それに対する遠心力を反重力ないしdark energyの方向とするのである。そうならば、ある意味で闇子とdark energyは通ずるものになるだろう。
 この点は再考したい。


人間認識図


resurrectionのブログ
Simulation of supernovae in dwarf galaxy formation (Carlos Frenk)Dark matter theory 'may be wrong'

Scientists’ predictions of the formation and characteristics of dark matter are shaken by research into dwarf galaxies surrounding the Milky Way.

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In Our Time: The Vacuum of Space
BBC Radio 4 / 30 April 2009

… the mysterious phenomena of the Higgs field and dark energy.


BBC - Radio 4 - In Our Time - Archive by Title: D - page 1

… philosophy and religion. Melvyn Bragg examines recently discovered 'dark energy' and its effect on the universe. Melvyn visits Darwin's home at…


BBC Universe - Dark energy mystery: The Universe is 'speeding up'

… is dark energy - the unknown process that is causing the Universe's expansion to speed up.. Dark energy Dark energy Dark energy In the 1990s,…


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Knocking on Heaven's Door, By Lisa Randall
The Independent / 15 September 2011

… physicists hope to find the Higgs boson and get a glimpse at the nature of dark energy and dark matter that make up 96 percent of the universe.

*
19 May 2011
o
New method 'confirms dark energy'
Science & Environment / 19 May 2011

… appear to have confirmed the existence of mysterious dark energy. Dark energy makes up some 74% of the Universe and its existence would explain…



ヒッグス粒子とmedia point 同一性形式機構

テーマ:cosmos

ヒッグス粒子関連は、media pointの同一性形式機構で説明できるだろう。精神的フィルターで説明できる。つまり、 既述したと思うが、media pointにおいて、凸iと凹iが交叉するとき、前者は後者にいわば同一性の膜、スクリーンを懸けるのである。それは、鏡のようなものでもあろう。それが、虚数子を同一性化つまり質量を与えると思われる。
 そう、簡単に言えば、積という質量形成機構があるのである。⇒+1の⇒の先端に同一性/質量形成機構があると考えられる。いわば、凸iが凹iに自己を押し付けるのである。その刻印が同一性/質量形式だと思われる。
 余裕のあるとき精緻に検討したい。

ヒッグス粒子
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ヒッグス粒子(ヒッグスりゅうし、Higgs boson)とは、ヒッグス場を量子化 して得られる粒子である。LHC の衝突実験で、およそ10兆回に1回しか生成されないと言われている。2011年、8月現在未発見。

ヒッグス場とは、1964年にエディンバラ大学 のピーター・ウェア・ヒッグス によって提唱された、素粒子 の質量 獲得に関する理論に現れる場 についての仮説 である。ヒッグス場によって質量を獲得するメカニズムをヒッグス機構と呼ぶ。[1]

ヒッグス機構では、宇宙の初期の状態においてはすべての素粒子は自由に動きまわることができ質量がなかったが、自発的対称性の破れ が生じて真空 に相転移 が起こり、真空にヒッグス場の真空期待値 が生じることによってほとんどの素粒子がそれに当たって抵抗を受けることになったとする。これが素粒子の動きにくさ、すなわち質量となる。質量の大きさとは宇宙全体に広がったヒッグス場と物質との相互作用の強さであり、ヒッグス場というプールの中に物質が沈んでいるから質量を獲得できると見なすのである。光子 はヒッグス場からの抵抗を受けないため相転移後の宇宙でも自由に動きまわることができ質量がゼロであると考える。

ニュース等では「対称性の破れが起こるまでは質量という概念自体が存在しなかった」などと紹介される事があるが、正確ではない。電荷 、フレーバー 、カラー を持たない粒子、標準模型の範囲内ではヒッグス粒子それ自体および右巻きニュートリノ はヒッグス機構と関係なく質量を持つことが出来る。また、重力と質量の関係・すなわち重力質量発生のしくみは空間の構造によって定められるものであり、標準模型の外部である一般相対性理論 、もしくは量子重力理論 において重力子 の交換によって説明されると期待される。
解説 [編集 ]

SU(2)L による表現  \Phi= \frac{1}{\sqrt2} \begin{pmatrix} \Phi_1^{+} \\ \Phi_2 + v \\ \end{pmatrix} \quad v=254GeV

ヒッグス場が存在すれば、ウィークボソン に質量があることを説明することができ、しかもヒッグス機構によるWボソン とZボソン の質量比が実験結果と一致するため、素粒子の標準模型 に組み入れられ、その検証を目指した実験が行われてきている。詳細はワインバーグ=サラム理論 を参照。

ヒッグス場を量子化 して得られるのがヒッグス粒子(ヒッグス・ボソン)であり、素粒子の標準模型の中で唯一未発見の粒子であり、その発見は高エネルギー加速器実験 の最重要の目的のひとつとなっており、2008年より稼働したLHC 加速器での発見が期待されている。

高次の対称性が破れ 低次の対称性に移る際、ワイン底型ポテンシャルの底の円周方向を動くモードは軽いが、ワイン底を昇るモードにはたくさんのエネルギーが必要である。そのうちの前者を南部・ゴールドストンボソンと呼ぶ。対称性が保たれている状態においてヒッグズ場は複素スカラー2つで計4つの自由度を持つが、対称性の破れによって3つの南部・ゴールドストンボソンが生じ、3つのウィークボソン W+・W-・Zに、それぞれの一成分としてとりこまれる。実験検証の望まれているヒッグス粒子はワイン底を昇るほうのモードに対応するものである。
参考文献 [編集 ]

* S.W.Weinberg, The quantum theory of fields Vol.2, pp.295-354, Cambridge University Press 1996
* P.アトキンス, 斉藤隆央 訳, ガリレオの指 -現代科学を動かす10大理論-, pp.235-236, 早川書房 2004(原書: P.Atkins, Galileo's Finger -The Ten Great Idea of Science, Oxford University Press 2003)

注釈 [編集 ]
[ヘルプ ]

1. ^ 同じようなメカニズムは、1964年にブリュッセル大学 のロペール・ブルーとフランソワ・エングレールも独自に提唱していた。

関連項目 [編集 ]

* 物理学
* 素粒子物理学
* ワインバーグ・サラム理論
* 標準理論
* 場の量子論
* ゲージ理論
l 重力子 - 重力 を媒介するとされる未発見の素粒子。



即非様態は第三の様態である:凸iと凹iとは異質な新たな第三のモード:西洋とは人類の癌である

テーマ:media point

私のこれまでの混乱がこれで解決した。バッハのフーガにしろ、モーツァルトの後期交響曲にしろ、ポリフォニーは表面にはない第三のものを創り出しているのである。
 それは外的ではなく、内的なのである。PS理論で言うと、media point、⇒に相当すると言えよう。これこそ、創造のエッセンスである。
 当然、音楽に限定されるものでなく、森羅万象に当てはまるのである。ルネ・マグリットの絵画は正に、第3のものを表出しているのであり、それは、直観されるものである。
 陰陽とは超陰陽ということである。即非とはおそろしく真理を抉り出した知である。
 単なる仏教だけでは、この様態の認識に達しなかったと言えよう。鈴木大拙の大天才をもって可能であったのである。
 結局、私が何故、バッハに東洋を感じたのかはこれで、過不足なく説明できる。
 もう、西洋も東洋もないというか、基本は東洋なのである。西洋とは人類の癌である。

David Bowie's "Space Oddity"
http://www.youtube.com/watch?v=uhSYbRiYwTY


フリーラジカルとは何か

テーマ:検討問題

フリーラジカルは興味深い。閃きでは、凸iと凹iが斥力によって分離した状態ではないだろうか。凸iと凹iはそれぞれ、不対電子をもつということではないだろうか。
 凸i/凹iと凹i/凸iではないだろうか。
 考えると、フリーラジカルこそ、根源様態ではないだろうか。対が凸i*凹iということではないだろうか。
 後で検討したい。


フリーラジカル(遊離基)



2011年07月29日(Fri)▲ページの先頭へ
「気」(エーテル体)と物質体:生命と物質:media point cycle
シュタイナーはエーテル体が生命の本体であり、それが物質体である身体を保持していると説いている。
 生物が死ねば、死体を残す。当然、それは生命のない物質体である。
 では、生命体とその違いは端的に何かを問いたい。今は予備考察だけであるが。
 直観では、media pointのエネルギーが生命を保持している。それが、生命体の物質体のエントロピーの増加に対して、マイナス・エントロピーを創造していると考えられよう。
 そう、遺伝子の「アーカイブ」であるmedia pointは賦活されて差異共振エネルギーをもち、それが生命を形成して、新たな物質体を構築するのである。それが死滅する物質体に取って代わると考えられる。死滅する物質体は、カス、二酸化炭素、糞等として排泄、排出されるのである。
 そう考えると、media pointは死生・生死のメカニズムをもっていると言えよう。思うに、そこには、サイクルがあるのである。そう、media point cycleと名づけよう。それが一つの生を規定すると言えよう。


2011年04月19日(Tue)▲ページの先頭へ
水素:原子方程式(仮説):陽子(凸i)*電子(凹i)⇒水素(凸:+1)
テーマ:科学研究

水素は陽子と電子から成る。
 ここで、閃きから言うと、陽子は陽電荷をもち、電子は陰電荷をもつので、陽子を凸i、電子を凹iと作業仮設する。
 
陽子(凸i)*電子(凹i)⇒水素(凸:+1)

ということになる。
 ならば、陰陽論における「陽」を陽子、「陰」を電子と仮説することができる。
 問題は、中性子であり、中間子である。
ウィキペディアには次のように書かれている。

「中性子は、電荷 がゼロ(中性)の原子より小さな粒子で、質量 は1.674 927 211(84)×10-27kg (939.565 346(23)MeV)[[1] ] であり、同じ核子である陽子 よりわずかに大きいだけである。そこで、陽子と中性子をあわせて、アイソスピンが1/2の核子 と呼び、+1/2の状態が陽子、-1/2の状態が中性子であるとする。

直径は約1fm。原子核の外ではわずかな例外を除いて中性子は不安定であり、陽子と電子 および反電子ニュートリノ に崩壊する。平均寿命 は886.7±1.9秒(約15分)、半減期 は約10分。

\mathrm{n}\rightarrow\mathrm{p}+\mathrm{e}^-+\bar{\nu}_e + 0.78\,\mathrm{MeV}

同様な崩壊(ベータ崩壊 )が何種類かの原子核においても起こる。核内の粒子(核子)は、中性子と陽子の間の共鳴 状態であり、中性子と陽子は互いにパイ中間子 を放出・吸収して移り変わっている。中性子はバリオン の一種であり、ヴァレンス・クォーク模型 の見方をとれば、2個のダウンクォーク と1個のアップクォークで構成されている。」

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%80%A7%E5%AD%90


「中性子は不安定であり、陽子と電子 および反電子ニュートリノ に崩壊する」と書かれている。

 これから推察できるのは、中性子とは水素の変異体ではないかということである。

 そうならば、基本、原型は水素であるということになるのではないだろうか。しかし、問題は、反電子ニュートリノである。これはいったい何か。

 直観では、PS理論の凹に関係するのではないだろうか。これは留めておく。

 とまれ、中性子を作業仮説的に、水素に還元するならば、水素以外の原子は水素の変容と見ることができるのではないだろうか。それも作業仮説とする。

 直観では、水素と水素の変容としての中性子との結合が水素以外の諸原子となる。この力学については今はおいておく。

 そうすると、結局、原子は水素に還元される。だから、やはり、


陽子(凸i)*電子(凹i)⇒水素(凸:+1)


が基本となる。

 では、これは何を意味するのか。

 少し視点を変えると、原子核はどう説明されるのか。当然、陽子(凸i)が原子核となる。これを帰納すると、すべての原子核は凸iで記述される。

 ならば、自己認識方程式凸i*凹i⇒凸(+1)は、原子方程式とも見ることができる。

 では、media pointは何になるとかと言えば、それは中間子ではないだろうか。

 そうならば、中間子=media pointにこそ、超越的存在が作用していることになるだろう。

 そう、『気』とはこの中間子を指しているのではないだろうか。

 今はここで留める。

 


2011年03月10日(Thu)▲ページの先頭へ
気(=精霊振動)について:「エーテル」の復活:新東洋知、新マニ教としてのPS理論
気(=精霊振動)について:「エーテル」の復活:新東洋知、新マニ教としてのPS理論


テーマ:神道ルネサンス:気と東洋文明:新マニ教


今日は少し余裕があるので、常日頃感じている『気』(以下、気)エネルギーについて簡単に触れてみたい。気功師が発する気を調べると、電磁波が検出される。しかしながら、気=電磁波ではない。気は精霊振動と考えられる。それは、物理的には電磁波という事象をもたらすが、本体は精霊エネルギーである。PS 理論的に言えば、凸iと凹iの極性共振エネルギーである。そして、これは、思うに、有機生命体に限らず、無機物にも存すると思われる。
 とまれ、一番身近なものは、自然に近い土地、大地におけるそれではないだろうか。そこには、四大(地水火風)の気・精霊振動が強く働いていると感知されるのである。私は空気の気・精霊振動を強く感じる。一見、植物の気のように思われるかもしれないが、空気の気の方が強いと思う。なぜならば、例えば、東京のやや郊外の緑の多い公園よりは、気は、自然の多い土地の方が強いと感じられるからである。
 かつて物理学では、「エーテル」の存在を想定していたが、その後、相対性理論等によって、否定されたが、気ないしエーテル体を考えると、当然、「エーテル」の実在を考えていいのである。
 なぜ、否定されたかといえば、「エーテル」を物質として想定したからと考えられる。「エーテル」は気、精霊振動であり、物質ではないから、物質的科学の物理学では、観測できなかったと考えられる。
 とまれ、高次元としての「エーテル」を復活させると物理学は進化すると言えよう。言うならば、超物理学となるだろう。それは、量子論にもあてはまり、超量子論となるだろう。
 そして、「エーテル」の本源として、第三象限の「光」を認識することになるだろう。これは、物理学と精神学との統一を意味する。高次元科学とも言える。
 これによって『光』の本質が理解されるようになる。物質世界で見る「光」は、いうならば、物質的光である。しかし、それは、気=精霊振動によって発生しているのである。つまり、「エーテル」によって発生しているのである。そして、この「エーテル」は、本源的に、第三象限の『光の世界』から生まれているのである。
 とまれ、東洋文化においては、気=精霊振動は伝統的であり、美術、芸術、宗教、哲学、他において、本質、本体であったが、近代西洋化によって、つまり、唯物論化、物質主義科学によって、否定されたと言える。言い換えると、本来、東洋文化と近代西洋文化は齟齬を来たすのであり、前者を肯定するならば、後者を乗り越える必要があるのであるが、これまで、少数のパイオニア的人物を除いて、それは為されずに、逆に、後者が前者を否定・排除していったのである。
 比較的近年においては、東洋文化の研究者と量子力学の研究者が共同討議したことがあったが、類似点ないし相似点を見出したものの、理論的な接点、整合的な接点は発見できなかったと考えられるが、今や、今日のマニ教というべきPS理論によって、それは成就されたと考えられるのである。トランス・モダン科学というよりは、トランス西洋科学であり、新東洋科学である。あるいは、東洋的哲学や数学の視点によって、西洋科学・哲学を超越包摂的に乗り越えて、新東洋的哲学・科学が誕生したということになるのである。
 

参考:
エーテル (物理)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内 , 検索
地球は光を伝える「媒質」であるエーテルの中を運動していると考えられていた。

エーテル (aether, ether, luminiferous aether) は、主に19世紀 までの物理学 で、光 が伝播 するために必要だと思われた媒質 を表す術語であった。現代では特殊相対性理論 などの理論がエーテルの概念を用いずに確立されており、エーテルは廃れた物理学理論 の一部であると考えられている。

このエーテルの語源はギリシア語 のアイテール (αιθήρ) であり、ラテン語 を経由して英語になった。アイテールの原義は「燃やす」または「輝く」であり、古代ギリシア以来、天空を満たす物質を指して用いられた。英語ではイーサーのように読まれる。
光とエーテルの歴史 [編集 ]

空間に何らかの物質が充満しているという考えは古くからあったが、17世紀以後、力や光が空間を伝わるための媒質としてエーテルの存在が仮定された。その端緒の一つはデカルト に見られ、デカルトはぶどうの樽のぶどう酒のようにあらゆる物質の隙間を埋める「微細な物質」を想定してそれが光を伝達させるのだとした。また惑星はその渦に乗って動いていると考えた[1] 。

ニュートン は、光の実体は多数の微粒子であると考えた。これは、光が直進することや物体表面で反射されるという事実に基づく仮定であった。しかし、光が粒子であると仮定すると、屈折 や回折 を説明することが難しいという問題があった。屈折を説明するために、ニュートンは『光学』(1704年 )で「エーテル様の媒質 (aethereal medium)」が光よりも「速い」振動を伝えており、追いこされた光は「反射の発作」や「透過の発作」の状態になり、結果として屈折や回折が生じると述べた。この発作とは、ニュートン環 などで見られる干渉縞 を説明するための仮説である。屈折面を通過した光の粒子は過渡的な状態になり、「反射の発作」の状態と「透過の発作」の状態を一定の間隔で遷移する。そして次の屈折面を通過する際に、その粒子が「反射の発作」の状態であれば反射され、「透過の発作」の状態にあれば透過する[2] 。ニュートンはこれらの「発作」のしくみについては説明しなかったが、これは今日でいう、光子の位相 の概念に相当する。ニュートンは、このエーテル様の媒質の振動は熱放射 、すなわち真空中でも熱が伝わるという事実に関係があると考え、次のように述べた。

空気を排出して真空の空間を作ったとしても、そこに空気より微小な媒質が残存し、その媒質の振動により熱が伝えられるのではあるまいか?そして、その媒質は光をして屈折または反射せしめる媒質と同一であり、その振動によって光は物体間の熱輸送を行い、さらに、その振動によって光は反射や透過の発作に至るのではあるまいか?[3]

ホイヘンス は、ニュートンよりも前に、光はエーテル中を伝播する縦波 であるとの仮説を唱えたが、ニュートンはこの考えを否定した。もし光が縦波であるならば、その進行方向以外に特別な方向を持つことができず、偏光 のような現象は考えられない。従って、偏光の向きによって屈折の具合が変わる複屈折 などの現象を説明することができないのである。この点について、ニュートンは光の粒子は球形ではなく、その「側面」の向きの違いによって複屈折が起こると考えた。ニュートンが光は波ではないと考えた理由は他にもあった。もしエーテルが空間中に充満していて、エーテル同士の相互作用により光が伝わるのであるならば、エーテルが巨大な物体、すなわち惑星 や彗星 の運動に影響を与えないと考えることは困難である。しかし現実にはそのような影響は観測されていないのであるから、エーテルは存在しないと考えたのである。

ブラッドリー は1728年 に、地球の位置、つまり季節による恒星が見える位置のずれ(年周視差 )の測定を試みて失敗した。しかし、この際に、地球の運動による恒星の見かけ上の位置のずれ、すなわち光行差 を発見した。ブラッドリーは、これをニュートンの理論に沿って解釈した。つまり、光の微粒子が飛んで来る見かけ上の方向は、地球の運動の向きと速さに依存すると考えることで測定結果を合理的に説明でき、さらに、地球の運動の速度と光行差から光の速さを知ることができたのである。これは、鉛直に落下する雨粒が、高速で移動する電車の中からは斜めに降っているように見える、という現象と同様の解釈である。一方、光がエーテルの振動であると考える場合には、光行差を説明することは困難であった。なぜならば、地球がエーテル中を運動しているにもかかわらず、地球の周りのエーテルは掻き乱されずに静止している、つまり地球とエーテルは殆ど相互作用をしないということになるからである。ニュートンは、この考えを受け入れなかった。

しかし、19世紀 の物理学者ヤング とフレネル は光は波動であると考えた。彼らは、光が横波 であると考えるならば、波の振動の向きによって偏光を考えることができ、複屈折を説明することができると指摘した。さらに、回折について様々な実験を行うことにより、ニュートンの粒子モデルを否定した。しかし、当時の物理学では、光の波が伝播するためには、水面の波や音の波と同様に何らかの媒質が必要であると考えられており、ガス状のエーテルが空間に充満している、というホイヘンスの考えが支持されていた。

とはいえ、光を媒質中の横波と考えるのは困難である。なぜならば、横波を伝えるためには、エーテルの個々の粒子は強く結合して紐のようなものになっていなければならず、流体状のエーテルでは縦波しか伝えることができないからである。この強固な結合を持つ紐状のエーテルが普通の物質と相互作用しないと考えるのは奇妙であり、ニュートンやホイヘンスが縦波にこだわったのは、このためである。コーシー は、エーテルが普通の物質に引きずられる と考えたが、そうすると今度は光行差を説明することができなくなってしまう。コーシーは、また、エーテル中に縦波が発生しないということから、エーテルの圧縮率 は負であると考えた。グリーン は、このような流体は安定に存在し得ないと指摘した。一方、ストークス は引きずり仮説を支持した。彼は、個々のエーテル粒子は高周波で振動しつつも全体として滑かに動くようなモデルを構築した。このモデルにより、エーテル同士は強く相互作用し、故に光を伝え、かつ、普通の物質とは相互作用しないという性質が説明された。

後年、マクスウェルの方程式 から電磁波 の存在が予想され、さらにヘルツ は電磁波の送受信が可能であることを実験的に示した。マクスウェルの方程式によれば、電磁波が伝播する速さcは誘電率 εおよび透磁率 μとの間に

c^2 = \frac{1}{\varepsilon \mu}

の関係があり、この速さは、実験的に知られていた光の速さと一致した。この事実から、光は電磁波の一種であると推定された。しかし、ニュートン力学 の基準系 、つまりガリレイの相対性原理 に従うならば、光の速さは、その光と同じ方向に進む観測者からは遅く、逆方向に進む観測者からは速く見えるはずである。上式によれば、観測者の運動にかかわらず光の速さは一定である。従って、上式のような関係は一般には成立できないと考えられた。そこで、エーテルの運動を基準とした絶対座標系が存在し、その座標系でのみマクスウェルの方程式は厳密に成立すると推定された。マクスウェルやフィッツジェラルド らは、このようなエーテルのモデルを提唱した。なお、今日の特殊相対性理論 の観点からは、マクスウェルの方程式は常に成立し、ガリレイの相対性原理が不正確なのだと考えられている。

しかし、これらのモデルでは、エーテルが持つ機械的性質は、実に奇妙なものにならざるを得なかった。すなわち、空間に充満していることから流体 でなければならないが、高周波の光を伝えるためには、鋼 よりもはるかに硬くなければならない。さらに、天体の運動に影響を与えないという事実から、質量 も粘性 も零のはずである。さらに、エーテル自体は透明で非圧縮性 かつ極めて連続的でなければならない。

マクスウェルは、ブリタニカ百科事典 に次のように書いた:

Aethers were invented for the planets to swim in, to constitute electric atmospheres and magnetic affluvia, to convey sensations from one part of our bodies to another, and so on, until all space had been filled three or four times over with aethers.... The only aether which has survived is that which was invented by Huygens to explain the propagation of light.

(参考訳)

エーテルは、惑星の泳動、電磁気の振る舞い、そして我々の日常に起こる様々な事象を説明するために発明された。しかし、辻褄を合わせるためには、エーテルの理論は三重にも四重にも変更され、複雑怪奇なるものとなった。...結局のところ、ホイヘンスが光の伝播を説明するために発明したもの以上に納得できる理論は、残らなかった。

20世紀 初頭まで、エーテルの理論は混迷を極めた。19世紀 後半から、マイケルソン・モーリーの実験 を始めとする、エーテルの性質を明らかにする試みが為されたが、それらは失敗に終わった。これらの実験結果に対する合理的な説明は、ローレンツ とフィッツジェラルドによってローレンツのエーテル理論 として与えられた。この理論によれば、長さの収縮 および時間の遅れ のために、この種の実験によってエーテルの運動を検出することはできないのである。また、彼らの理論と数学的に等価である特殊相対性理論により、エーテルの存在を仮定することなく実験結果を説明することができた。結果として、オッカムの剃刀 を用いるならば、エーテルは物理学の理論から除外されることになった。

エーテルと古典力学 [編集 ]

エーテル仮説の最たる困難は、ニュートンの力学とマクスウェルの電磁気学の整合性であった。ニュートン力学はガリレイ変換 の下で不変 であったが、マクスウェルの電磁気学はそうでなかった。従って、厳密には、少なくとも一方の理論は誤りであると考えざるを得ない。

ガリレイ変換とは、観測者の視点 を変えることである。例えば時速80キロメートルで走る電車の中を、進行方向に向かって時速4キロメートルで歩いている乗客は、別の乗客からは、もちろん、時速4キロメートルで動いているように見える。しかし、電車の外にいる人からは、この乗客は時速84キロメートルで動いているように見える。見る人が変われば運動も異なって見える、その見え方の違いを定式化したものがガリレイ変換である。そしてニュートンの運動方程式 は、ガリレイ変換をしても、つまり誰から見ても、成立する。このように、常に成立することを「不変」という。

しかしながら、マクスウェルの方程式によれば、光の速さは誘電率と透磁率から定まるのであるが、この値は、観測者の運動に依存しない。つまり、電車に乗っている人にとっても、外にいる人にとっても、光の速さは同じでなければならないことになる。すなわち、マクスウェルの方程式はガリレイ変換について不変ではない。全ての物理学理論はガリレイ変換について不変であるべきだと考えられていたため、「エーテルに対する絶対座標系」が存在し、マクスウェルの方程式はこの座標系においてのみ厳密に成立すると考えられた。

そこで、地球の、絶対座標系に対する運動に関心が持たれるようになった。マクスウェルは1870年代後半に、地球の運動が光の速さに及ぼす影響を調べることで、地球の絶対座標系に対する運動を知ることができると述べた。光の進行方向が地球の進行方向と一致すれば光は遅く見え、逆方向であれば光は速く見えるはずである、と考えたのである。季節あるいは昼夜が変化すれば観測者の運動の方向が反転するが、この運動の変化は光の速さに比べて小さいものの、検出不可能なほど小さくはないと考えられた。すなわち、地球はエーテルの中を進んでいるのであるから、地上ではいわば「エーテルの風」が吹いていることになり、これは光速の変化として捉えられると考えたのである。
実験 [編集 ]
マイケルソン・モーリーの実験は、直交する二つの経路を進むのに光が要する時間を比較するものである。これは、絶対座標系の不存在を確認する実験手法として広く用いられている。

19世紀 後半には、この「エーテルの風」の効果を調べる実験が数多く行われた。しかし、それらの多くでは、実験精度の不足により満足な結果を得ることができなかった。しかしマイケルソン・モーリーの実験 では、ハーフミラー を用いることにより、直交する二つの経路を進むのに光が要する時間の差を高精度で測定することができた。1887年 に、彼らはエーテルの風による影響は観測されなかった、との結果を報告した。これは、エーテルの概念に重大な誤りがあることの証左であると考えられた。同様の実験は、多くの物理学者によって、装置の精度を向上させながら繰り返し行われたが、ついにエーテルの風は検出されなかった。

これらの「エーテルの風」の実験結果について、エーテルの概念そのものを否定する意見と、エーテルは従来考えられていたよりも複雑な性質を持つが故に検出されなかったとする意見に分かれた。特に後者については、エーテルが地球に引きずられる ことによりエーテルの風が極めて弱くなる、との考えが支持されていた。しかし、既に指摘されていたように、エーテル引きずり仮説には、光行差を説明できないという問題があった。この仮説の直接的検証はハマールの実験 によって為された。この実験では、光に巨大な鉛ブロックの間を通過させることにより、エーテルの運動が質量に引きずられるかどうか調べられた。そして、そのような引きずりは起きないことが確認されたのである。

この問題に対する解決はローレンツ・フィッツジェラルド収縮仮説 によって為された。すなわち、エーテル中を運動している一切の物体は、エーテルに対する運動の向きに沿って縮むと仮定されたのである。この仮説によれば、マイケルソン・モーリーの実験によりエーテルの風が検出されなかったのは、装置がエーテルの風向きと平行に縮んでいたために、光速の変化と光の移動距離の変化が相殺されたからである。フィッツジェラルドは、この仮説のヒントをヘヴィサイド の論文から得た。この仮説の検証はケネディ・ソーンダイクの実験 によって1932年 に為され、装置の収縮および光の振動数の変化が、予想された値と一致すると結論された[4] 。

エーテルの性質を調べる有名な実験としては、他に1851年 にフィゾー が行った実験が挙げられる。これは1818年 にフレネルが予言した「速度vで動いている屈折率 nの媒質中において、vと同じ方向に進む光の速さは、真空中の光速をcとして

\frac{c}{n} + \left( 1 - \frac{1}{n^2} \right) v

である」という法則を確認したものである。これは、スネルの法則 や光行差を矛盾なく説明するための仮説であった。当初この仮説は、エーテルが物質に引きずられるために、光速の変化は媒質の速度よりも小さくなる、と解釈された。しかし、この解釈はウィルヘルム・ヴェルトマン が、フレネルの式中のnが光の波長 に依存することを実証したため、エーテルの運動は波長に依存し得ないことから、否定された。さらに、特殊相対性理論の観点から、フォン・ラウエ により、フレネルの式はvがcよりも十分小さい場合にのみ成立し、一般の式は

\frac{c/n + v}{1 + \frac{v c/n} {c^2}} \approx \frac{c}{n} + \left( 1 - \frac{1}{n^2} \right) v + O\left(\frac{v^2}{c^2}\right).

であることが1907年 に示された。また、1913年 に発見されたサニャック効果 や1925年 のマイケルソン・ゲイル・ピアソンの実験 の結果は、特殊相対性理論による予想と合致するものであった。

1920年代 には、デイトン・ミラー によってマイケルソンと同様の実験が繰り返され、エーテルの風の存在を示唆する結果が得られた。しかし、これは従来のエーテル理論から予想される値よりも極めて小さく、また、他の研究者による追試 ではミラーの結果は再現されなかった。後年の研究では、ミラーは温度変化による実験結果への影響を過小評価していたのだと考えられた。さらに高精度の実験が繰り返されたが、ついに、特殊相対性理論と矛盾する結果は得られなかった。
エーテルの否定 [編集 ]

前述の「エーテルの風」の実験結果についてエーテルの風が検出されなかったことは、エーテルの概念そのものを否定する意見を生み出した。そして、アインシュタインの特殊相対性理論はエーテルの実在性を根本から完全否定するに至った。ローレンツがエーテルを基準とした絶対座標系の存在を考えたのに対し、アインシュタインはエーテルも含めた絶対座標系及び絶対性基準は特殊相対性理論を根本から否定するとし、その存在を否定した。これは「相対性」理論と称される所以となっている。

アインシュタインは、より根本的な原理から「長さ」や「時間」といった性質を導出できるはずであると考えた。そして、ローレンツ変換 をマクスウェルの方程式から切り離し、時空間の性質を表す基本的な法則であると仮定した。また、アインシュタインは「エーテル」を物質を表わす言葉とせず、真空であっても空間には重力場や電磁場が存在することから、こうした空間を「エーテル」と呼ぶことを提唱した。この場合、エーテルには位置という概念が存在せず、従って「エーテルに対する相対運動」を考えることは無意味となる[5] 。

アインシュタインが相対性原理を最も根本的な原理として考えたのに対し、特殊相対性理論の基礎を造ったローレンツは相対性原理の根本がエーテルであると考え、「長さの収縮」や「時間の遅れ」に表されるように、物体の特性はエーテル中の運動により変化すると考えた。アインシュタインとの違いは、長さや時間について絶対的な基準を設けることを可能と考えるか否かである。これは物理哲学 の問題であるため、決着はついていない。従って、エーテルの実在性は完全には否定されていないと言える。

「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%BC%E3%83%86%E3%83%AB_(%E7%89%A9%E7%90%86) 」より作成


2010年12月31日(Fri)▲ページの先頭へ
『量子的な非局所性(長距離相関)とMedia Point 双極子:精神的前物質エネルギー様態と観測的物質的収束』
『量子的な非局所性(長距離相関)とMedia Point 双極子:精神的前物質エネルギー様態と観測的物質的収束』

ずいぶん以前に読みかけていた、ロジャー・ペンローズの『心は量子で語れるか』を主要な箇所は一通り読んだが、機知に富む、量子の非局所性の問題が興味深いので、新たに考察してみたい。
 これまで、私は量子をガウス平面の虚軸の双極子として仮定してきた。つまり、凸i*凹iである。それが、ペンローズの非局所性の記述から言うと、スピン0の「粒子」である。そして、それが、Media Pointで、実軸上へと変換して、対のスピン1/2が反対方向に飛び出すと考えられる。
 非局所性の問題は、この二つの粒子、例えば、電子と陽電子の対が、長距離相関性をもつということであるが、その理由を量子論はうまく説明できないと考えられるが、PS理論から言うと、対の粒子は、実は、虚軸の双極子の変換したものであり、Media Pointによって、二つの粒子は、双極関係を保持していると想定されるのである。つまり、この場合は、電気のプラスとマイナスは双極関係をもつのであり、絶対的には分離していないということになる。
 では、この双極力学をどう見るのかが問題である。これは作業仮説であるが、Media Point自体に双極力学があると考えよう。つまり、虚軸においては、凸iと凹iとの双極関係があり、実軸においては、凸と凹との双極関係があるということになるのである。これを仮に、Media Point Dipolar Interaction(MP双極関係:造語すれば、Media Point Dipolarity:MP双極性)と呼ぼう。
 問題は、観測結果である。例えば、電子のスピンが上向きと観測されれば、陽電子のスピンは下向きとなるのである。これは、物質化の結果と見ることができよう。
 すなわち、凸i*凹i⇒凸(又は、+1)における⇒凸(+1)の凸(+1)が観測事象と考えられる。これは、収束ということであり、収束以前は、双極関係を保持するエネルギー状態であったが、それが、収束するときは、物質的にプラスとマイナスに分化すると考えられる。このときは、明らかに、電子と陽電子という二つの物質的粒子に変換しているのであり、それは、分離された物質である。
 そして、分離された二つの対の粒子は、プラスとマイナスにおいて、双極関係を保持しているということである。
 結局、観測されるまでは、つまり、物質的に観測されるまでは、電子と陽電子の対は、前物質的エネルギー的双極子であると言えるのではないだろうか。仮に、Media Point的電子・陽電子双極子と呼べるかもしれない。そして、物質的観測とは、⇒を切断して、エネルギー的双極子を+1と帰結させることである。
 ということで、ざっとであるが、量子の非局所性ないし長距離相関の問題の解明を試みた。これが問題化するのは、物質的観測する以前の対の粒子を、物質として捉えことにあると考えられる。そうではなくて、物質的観測以前では、対の粒子とは双極関係を保持したエネルギー様態にあると見るならば、それはまったく矛盾、パラドクスではないのである。
 また、虚軸の双極子を虚界の双極子、実軸の双極子を実界の双極子と呼ぶことができるのではないだろうか。
 とまれ、虚界は精神界であり、実界は物質界であるが、物質化される以前の実軸のエネルギー様態については、上記のMedia Point Dipolar Interaction(MP双極関係)から、Media Point DipoleないしMedia Point Cross Dipoleと呼べるのではないだろうか。換言すると、それは、虚軸と実軸の四極性を保持しているのであり、精神的前物質と呼べるように考えられる。そして、敷延するならば、それが、生命体においては、「気」ではないだろうか。つまり、前電子*前陽電子としての「気」である。
 思うに、この「気」は広く捉えることができるように推測される。単に生命体を形成するだけでなく、鉱物を形成する力がこれであるように思われるし、また、精神というものも、これで説明がつくように思われるのである。この点については、稿を改めて検討したい。


Japonesian Trans-Apocalypse:Trans-Modern New Platonic Trans-Creation


心は量子で語れるか (ブルーバックス) [新書]
ロジャー・ペンローズ (著), 中村 和幸 (翻訳)

商品の説明
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物心二元論からの脱却、ギリシャ自然哲学の巨人アリストテレスの分類から発展してきた学問に対する懐疑は、20世紀においては、ホワイトヘッドの有機体の哲学、シュレディンガーの生命論に見られる。ただ、彼らの後半生あるいは晩年の思想と活動は、必ずしも理解されていなかった。数理物理学者ペンローズも彼らと共通するのか?

本書の原題は、『The Large, the Small and the Human Mind』。「時間/空間」に関して「Large/Small」であり、「小」はプランク長とプランク時間、「大」は宇宙である。ペンローズは今我々が手にしている量子力学が「重要な何かを欠いている」としながら、修正された真の量子力学を用いれば、心の問題を解明できるのではないかとする。つまり物質の振る舞いを記述する量子力学が心をも記述できるはずだ、と。この思想は、自称恥知らずな還元主義者ホーキングら高名な学者からの疑問・批判にさらされているが、ペンローズが正しいとも思われている。

彼は純粋に論理的思考で構築された数学が、現実世界の物理を驚くべき正確さで予見できることに偶然ではない深淵があるという。たとえば、アインシュタインの一般相対論は観測結果を驚くべき精度で予測できるが、特殊相対論とは違い、観測事実の要請があって生まれたのではない。純粋に思弁的に導出された理論なのである。

また、彼自身が描いたと思われる豊富なイラストによって、ディラック方程式も愉快に描かれる。ポリオノミ・タイリング、マイクロチューブ、あり得ない三角形などは彼一流の思考がほとばしり出る表現である。

脳の解明が急速に進んでいる昨今の状況をみても、このペンローズの大胆な試みは21世紀における脳の問題、心の問題を科学的に定式化するものになるかもしれない。(澤田哲生) --このテキストは、絶版本またはこのタイトルには設定されていない版型に関連付けられています。

ロジャー・ペンローズ
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ロジャー・ペンローズ。2007年2月、ブルックヘイブン研究所にて撮影。このときペンローズ75歳。
ペンローズの階段
ペンローズの三角形


ロジャー・ペンローズ(Sir Roger Penrose, 1931年 8月8日 - )は、イギリス ・エセックス州 コルチェスター 生まれの数学 者、宇宙物理学 ・理論物理学 者。
科学上の業績 [編集 ]

* スティーヴン・ホーキング と共にブラックホール の特異点定理 (重力崩壊を起こしている物体は最後には全て特異点を形成する)を証明し、「事象の地平線 」の存在を唱えた。
* 回転するブラックホールから理論的にはエネルギーを取り出せる方法としてペンローズ過程 を考案。
* 量子的なスピン を組み合わせ論的につなぎ合わせると、時空 が構成できるというスピンネットワーク を提唱。このアイデアは後に量子重力理論 の1候補であるループ量子重力理論 に取り込まれた。
* 時空全体を複素数で記述し、量子論と相対論を統一的に扱う枠組みであるツイスター理論 を創始した。長らく物理理論というよりは数学的な研究対象とされていたが、近年、超弦理論 やループ量子重力理論との関連性が見いだされつつある。
* 2種類の図形で非周期的な平面充填 の「ペンローズ・タイル 」を提示した。当初、純粋に数学上の存在と考えられていたが、1984年 にペンローズ・タイルと同じ対称性を有する結晶構造(準結晶 と呼ばれるもの)が実際に発見された。
* 角柱が3本、それぞれ直角に接続しているという不可能立体「ペンローズの三角形」や「ペンローズの階段 」を考案し、エッシャー の作品「滝」などに影響を与えた(ペンローズ自身もエッシャーのファンであり、平面充填や不可能図形の研究もその作品に触発された物と言われている[1] )。

その他の活動 [編集 ]
量子脳理論 [編集 ]

詳細は「量子脳理論 」を参照

著書『皇帝の新しい心』にて、脳 内の情報処理には量子力学 が深く関わっているというアイデア・仮説を提示している。その仮説は「ペンローズの量子脳理論」と呼ばれている。素粒子にはそれぞれ意識の元となる基本的で単純な未知の属性が付随しており[要出典 ]、脳内の神経細胞にある微小管 で、波動関数 が収縮すると、意識の元となる基本的で単純な未知の属性も同時に組み合わさり[要出典 ]、生物の高レベルな意識 が生起するというのである。(「意識 」の項にその仮説の解説あり。参照のこと)

この分野は未だ科学として十分に確立してはおらず、プロトサイエンス (未科学)の領域である。故国イギリス の大先輩の物理学者ニュートン が古典力学の科学的体系を構築しつつ、その片側で錬金術 の研究に手を染めていた事を思い起こさせる、と評する者[誰? ]もいる。
量子論上の観測問題 [編集 ]

『皇帝の新しい心』以降の著書で、現在の量子力学の定式化では現実の世界を記述しきれていないという主張を展開している。(学術論文としても提出している)

量子論 には波動関数のユニタリ発展(U)と、波束の収縮(R)の2つの過程が(暗に)含まれているが、現在の量子力学の方程式ではUのみを記述しており、それだけでは非線形なR過程は説明がつかない。すなわち、現在の量子力学の定式化はRが含まれていないため不完全であるとする。そして、Rに相当する未発見の物理現象が存在していると考え、量子重力理論の正しい定式化には、それが自ずと含まれているだろうと唱えた。

『皇帝の新しい心』の続編として出版された『心の影』では、上記の仮説をより進め、UとRを含む仮説理論として「OR理論(Objective-Reduction、客観的収縮)」を提唱した。
量子レベルの世界から古典的なマクロ世界を作り出しているのは、重力 であり、重力がRに相当する現象を引き起こすとする。量子的線形重ね合わせとは、時空の重ね合わせ であり、重ね合わせ同士の重力的なエネルギー差が大きくなると宇宙は重ね合わせを保持できなくなって、ひとつの古典的状態に自発的に崩壊するというモデルである。

その後、著書『The Road to Reality』の中で、OR理論を検証するための実験(FELIX:Free-orbit Experiment with Laser-Interferometry X-rays)を提案している。

これらの主張は、量子論におけるいわゆる「観測問題 」あるいは「解釈問題」と呼ばれる議論に関連している。
略歴 [編集 ]

父は遺伝学者のライオネル・ペンローズ 。ロンドン大学 、ケンブリッジ大学 セント・ジョンズ・カレッジなどで数学を学ぶ。1952年 、ロンドン大学卒業。1957年 、ケンブリッジ大学で博士号取得。ロンドン大学、ケンブリッジ大学、プリンストン大学 、シラキューズ大学 、テキサス大学 、コーネル大学 、ライス大学 などで教鞭をとる。

1964年、スティーヴン・ホーキング と共にブラックホール の特異点 定理を証明。1972年、王立協会 会員に選出される。1973年、オクスフォード大学 ラウズ・ボール教授職に就任。1988年スティーヴン・ホーキング とともにウルフ賞 を受賞。1994年、ナイト を叙勲。2008年、ロンドン王立協会 からコプリ・メダル を受賞した。
著作リスト [編集 ]
物理学関係 [編集 ]

* 『ホーキングとペンローズが語る 時空の本質』(早川書房 :ホーキングと共著) ISBN 4-15-208076-0  1997年4月
* 『The Road to Reality : A Complete Guide to the Laws of the Universe』 Jonathan Cape, London, 2004, ISBN 0-224-04447-8 (hardcover), ISBN 0-09-944068-7 (paperback)

数学関係 [編集 ]

* 『数学の最先端 21世紀への挑戦 第2巻』(シュプリンガー・ジャパン) ISBN 978-4-431-70963-3  2002年12月 - (競作論文集。共著。ペンローズの著述は「ツイスターと一般相対論」)
* 『数学の最先端 21世紀への挑戦 第4巻』(シュプリンガー・ジャパン) ISBN 978-4-431-71040-0 2003年12月 - (競作論文集。共著。ペンローズの著述は「20世紀および21世紀の数理物理学」)

それ以外 [編集 ]

* 『皇帝の新しい心 コンピュ−タ・心・物理法則』(みすず書房 ) ISBN 4-622-04096-4  1994年12月
* 『心の影 意識をめぐる未知の科学を探る 1』(みすず書房) ISBN 4-622-04126-X  2001年12月
* 『心の影 意識をめぐる未知の科学を探る 2』(みすず書房) ISBN 4-622-04127-8  2002年4月
* 『心は量子で語れるか』(講談社 ) ISBN 4-06-154238-9  1998年3月
* 『心は量子で語れるか 21世紀物理の進むべき道をさぐる』(講談社ブルーバックス 版) ISBN 4-06-257251-6  1994年4月

* 『ペンローズの量子脳理論 21世紀を動かす心とコンピュータのサイエンス』(徳間書店 ) ISBN 4-19-860703-6  1997年5月 - (日本独自編集。量子脳理論関連の論文、インタビュー、論争の記録が納められ、竹内薫 ・茂木健一郎 が解説を担当。絶版。)
* 『ペンローズの<量子脳>理論 心と意識の科学的基礎をもとめて』(筑摩書房) ISBN 4-480-09006-1  2006年9月 - (徳間書店から出版されていた『ペンローズの量子脳理論』の再版。文庫版。)

脚注 [編集 ]

1. ^ http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic025/html/110.html

「http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%82%BA 」より作成
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2010年10月24日(Sun)▲ページの先頭へ
仮説:フェルミオンは(n+1/2)π回転で⇒+1となる。ボゾンはnπ回転で双極子を形成する
直観では、フェルミン(フェルミ粒子)が物質を形成する。つまり、⇒+1である。それに対して、ボゾン(ボース粒子)は、⇒である。即ち、双極子、凸i*凹iである。
 そう考えると、ボゾンである光子が質量がないのがうまく説明がつくだろうし、フェルミンである電子が質量をもつのも説明できるのではないだろうか。
 問題はボゾンの「粒子」性をどう説明するかである。これは、直観では、同一性志向性である。つまり、粒子志向性であり、粒子自体ではないのではないだろうか。つまり、「波動」と見た方がよいのではないだろうか。
 後で再検討したい。

追記:同一性志向性は、粒子(物質)のように「見える」であり、実際は粒子ではないと考えられる。それは、双極子であり、それ自体は粒子ではない。いわば、エネルギー子である。
 問題は、粒子と「波動」とは何かの問題になっている。いったい、双極子凸i*凹iとは何か。それは、根源的には、-1の超越的物質から発するだろう。だから、超越的双極子と言えるかもしれない。つまり、「ダーク・マター」の極性である。
 とまれ、問題は何故、双極子が粒子に見えるのかである。観測装置の対象が粒子(物質)を基準としているので、そうなるというのは、一理である。
 しかしながら、本質的理由があるだろう。そう、やはり、Media Point である。それは、穴である。その穴を粒子として取り違えているのではないだろうか。


参考:
素粒子
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曖昧さ回避 この項目では、物質を構成する最小の単位について記述しています。その他の用法については「素粒子 (曖昧さ回避) 」をご覧ください。

物理学 において素粒子(そりゅうし)とは、物質 を構成する最小の単位のことである。

最小の単位であるということは、それより小さな存在がないということであり、従って内部構造を持たず空間的な大きさを持たない・または空間・長さ自体が最小単位の大きさ(空間最小単位の候補の例としてはプランク長 等)とされるのだが、超弦理論 においては全ての素粒子は有限な大きさを持つひもの振動状態であるとされる。

現在のところ物質を構成する素粒子と考えられているものは、クォーク とレプトン である。だが、これらに内部構造が存在することが発見されれば、その内部構造を構成するもののほうが素粒子と呼ばれ、クォークやレプトンは素粒子ではないということになる。クォークやレプトンの大きさはわかっていないが、仮に有限の大きさがあるとしても陽子 のスケールにおいても点とみなすことができる大きさである。

たくさんの粒子が、実は自然界にそのまま安定的に存在しているわけではないので、宇宙線 の観測や加速器 による生成反応により発見・研究された。素粒子の様々な性質を実験で調べ、それを理論的に体系化していくこと、及び理論的に予言される素粒子を実験で探索していくことが、素粒子物理学 の研究目的である。
素粒子の分類 [編集 ]
ボソン (ボース統計に従う粒子) [編集 ]

* ゲージ粒子 - 素粒子間の相互作用(力)を伝搬する粒子
o 光子 - 電磁気力 を媒介する
o ウィークボソン - 弱い力 を媒介する。 W+, W−, Z0 の3種類。
o グルーオン - 強い力 を媒介する。8種類存在する。
o 重力子 - 重力 を媒介する(未発見)。
* ヒッグス粒子 - 粒子に質量 を与える(未発見)。

フェルミオン (フェルミ統計に従う粒子) [編集 ]

* レプトン (6種類)
o 荷電レプトン - 電荷 −1 を持ち、それぞれに反粒子 が存在する。
+ 電子 - 原子 の構成要素として一般に良く知られる。電子の反粒子は陽電子 と呼ばれる。
+ ミュー粒子
+ タウ粒子
o ニュートリノ
+ 電子ニュートリノ
+ ミューニュートリノ
+ タウニュートリノ
* クォーク - ハドロン の構成要素とされる(6種類)。
o 上系列 - 電荷 +2/3 を持ち、それぞれに反粒子 が存在する。
+ アップクォーク
+ チャームクォーク
+ トップクォーク
o 下系列 - 電荷 −1/3 を持ち、それぞれに反粒子が存在する。
+ ダウンクォーク
+ ストレンジクォーク
+ ボトムクォーク

クォークとレプトンの分類表 [編集 ]

クォーク とレプトン は以下のように、世代によって分類される。傾向として、世代数が大きいほど質量が大きいとされている。
電荷 第1世代 第2世代 第3世代
クォーク
+2/3 アップクォーク (u) チャームクォーク (c) トップクォーク (t)
−1/3 ダウンクォーク (d) ストレンジクォーク (s) ボトムクォーク (b)
レプトン
−1 電子 (e) ミュー粒子 (μ) タウ粒子 (τ)
0 電子ニュートリノ (νe) ミューニュートリノ (νμ) タウニュートリノ (ντ)
関連項目 [編集 ]

* 標準模型
* 基本粒子
* 素粒子物理学

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%A0%E7%B2%92%E5%AD%90


2010年02月27日(Sat)▲ページの先頭へ
生命的有機体と物質:即非的物質と純粋物質:超越的物質と純粋物質
先に、身体と物質というテーマで検討したが、まだ、不明瞭な点があるので、検討を続けたい。
http://ameblo.jp/renshi/entry-10468952279.html

 端的に言えば、生命的有機体(精神生命的有機体)においては、有機体の物質+1に相当するものは、⇒+1における、つまり、⇒と+1との不可分一体における、+1ということなのである。単独の+1と⇒+1における+1とは似て非なるものであることはいくら強調しても強調しすぎることはない。
 では、⇒+1において、⇒と+1との不可分性はどのような力学をもつのだろうか。これは、「気」と物質的様態との関係と言ってもいい。
 結局、生命体とは、⇒の結果としての+1の物質的様態ないしは物質的表層をもつと考えられる。深層は⇒である。問題は、先に述べたように、⇒と+1の次元の質的相違である。即ち、高次元の⇒から、低次元の+1へと帰結するという点が問題である。
 だから、両者不可分であると言っても、不連続な不可分性があるということになるのである。つまり、位階的な即非関係がそこにあるということである。わかりやすく表記すると、A(高次元⇒)(即非)B(低次元+1)ということである。Aを精神的(生命)エネルギーとすると、Bは物質である。そして、生命的有機体においては、この即非の力学が作用しているのであり、物質とは、この力学からB(低次元+1)が分離したものと考えられるのである。
 そして、生命的有機体におけるB(低次元+1)とは、当然、単に物質ではなく、即非的物質ということになるのである。この即非的物質と純粋な物質との相違はいくら強調しても強調し過ぎることはない。前者は、精神エネルギー的物質、高次元の物質と言うことも可能である。
 そして、唯物論的生命科学は、この二つの物質を識別していないと言えよう。例えば、ビタミンと言った時、それは、即非的物質ではなく、単に物質、有機体的物質に過ぎない。しかし、生命体におけるビタミンとは、即非的物質、精神エネルギー的物質、高次元的物質、あるいは、「気」的物質と考えられる。
 この区別はまた、医学・医療において決定的な意味をもっていると考えられる。例えば、うつ病の場合、精神的エネルギーが枯渇していると考えられるが、単に薬だけでは、物質的器官に作用するだけで、精神的「器官」にはたらきかけないので、一般的にはうつ病は治らないと考えられる。精神的「器官」にはたらきかける医療が必要なのである。それは、哲学・認識的な身体的医療である。そう、うつ病とは、身体的認識・意識の病気なのである。
 また、簡単に遺伝子について触れると、それは、即非的物質の基礎的形態と言えるのではないだろうか。作業仮説であるが、Media Pointと即非的物質との境界に生じる基礎的即非的物質が遺伝子ではないだろうか。これは、検討課題である。
 今はここで留める。


身体と物質:生命的有機体と物質:生命的有機体経済と共同体通貨/共同体銀行
この問題については既述済みであるが、やや曖昧な感じがあるので、再考したい。
 結局、身体とは、Media Pointから生起する生命的有機体である。生命的有機体は当然、物質(追記:これは不正確である。以下、説明するように、⇒+1において、⇒と+1[物質]とは不可分であるからである。だから、正確に言えば、生命的有機体における同一性・物質的様態であり、それは生命的有機体と不可分の表層なのである。後で、さらに検討したい。)を内包する。しかしながら、生命的有機体は物質そのものではない。何故なら、それはMedia Pointのエネルギーに賦活されているからである。
 つまり、身体=生命的有機体とは、⇒+1である。それに対して、物質は端的に+1である。
 今日の唯物論的生命科学は、⇒(精神的生命エネルギー=「アニマ」)を認識せずに、単に物質的エネルギーを見ているのである。
 問題は、⇒+1の意味である。⇒と+1は不可分と見るべきである。これを可分できると考えるのは、やはり、唯物論的である。
 つまり、⇒+1においては、物質とは近似値的に存するのであり、純粋に物質としては存していないのである。
 だから、薬や食物というのは、外在的には物質(追記:ここは不正確である。食品は物質というよりは、有機体である。しかし、一般的には、不生命的有機体である。つまり、⇒のエネルギー作用が抑止された有機体である。)であるが、体内においては、⇒+1の生命的有機体の機構に入り、生命的有機体化されると考えられる。つまり、薬も食物も⇒+1へと転化されると考えられるのである。
 これを経済に適用すると、有機的経済とは、⇒+1であるが、今日の不兌換通貨は+1である。これは、実に、差異共振資本経済には不適格である。何故なら、⇒と+1は不可分だからである。
 ということは、有機的通貨が必要なのである。差異共振通貨、共同体通貨が必要なのである。
 例えば、やはり、無利子通貨か減価通貨、あるいは、銀本位通貨が必要であるし、また、差異共振銀行、共同体銀行、有機体的銀行が必要であろう。共同体のための資本経済になる必要があるのである。金儲けのための資本主義は、本末転倒である。

参考:
イスラム銀行
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イスラム銀行(イスラムぎんこう)は、イスラム (イスラム教 )の教義、慣行に基づいて運営される銀行 のこと。イスラム教徒(ムスリム )は、シャリーア (イスラム法)において利子 を取ることが禁止されているため、基本的に無利子の金融機関として運営される。
イスラム銀行の前提 [編集 ]

イスラムでは、利子(リバー と呼ばれる)を取って金銭を貸すことを禁止するクルアーン (コーラン)の言葉に従って、シャリーアにおいて利子の取得が禁止されている。したがって、理屈の上ではイスラム共同体 の間で利子を取る銀行は存在不可能であるため、イスラム圏 においては、いわゆるイスラム銀行が各地に存在し、この記事において述べられるような営業を行っている。

ただし注意せねばならないのは、このような業務を行う銀行が誕生したのは近代以降であるという点である。それ以前には、シャリーアにおける利子禁止規定は、ヒヤル (奸計)と呼ばれる抜け穴によって巧みに回避し、実質的には有利子金融が行われていた。そのため、「イスラム社会には無利子金融しか存在しない」と簡単に言ってしまうことはできない。現在でもトルコ・アルバニアなどでは有利子金融が存続している(リバー 、利子 、ヒヤル などについては該当記事参照)。
概要 [編集 ]

イスラム文化における経済は、それ自体「イスラム経済」の名で呼び考察するに足る。ただし特別な経済体制があるという意味ではなく、「アッラー の御心にかなう経済」ということである。イスラムの経済価値の根本には、『この世は神が作った世界であるから、世界のすべて(人もモノも金銭も)の所有権は神にある』というムスリムの思想が存在する。無利子の金融の他に、イスラム経済の特色と言える要素として、喜捨(ザカート 、サダカ )などがあり、イスラム銀行はそれらも背景にしている。
運営 [編集 ]

イスラム銀行は、ウラマー (シャリーアの知識を備えた知識人、学者)からなるシャリーア評議会を持ち、評議会の勧告に従って金融活動を行う。実際の運営においては、シャリーア評議会も柔軟な解釈を行っており、ほとんど他の銀行と異ならない業務を行っている銀行もある。
業務内容 [編集 ]

イスラムでは、「利子」は否定されるが、「利潤」は認可され、推奨される。ゆえに、イスラム銀行は、シャリーアの認める範囲内で「利潤」を最大限追求し、現代資本主義の世界に適用することを目指すことを掲げている。また、利益の配分方法は、「銀行と事業家の間では1対2」「銀行と預金者の間では2対 1」あるいは、アル=バラカ・トルコ銀行の場合「銀行2割、預金者8割」とされる。
基本的なサービス [編集 ]

イスラム銀行は、下にあげるようなシャリーア上の商業・金融契約の制度を援用し、利子を獲得することなく利潤をあげ、一般の預金者を含む出資者に還元する。

ムダーラバ
ムダーラバ (mudāraba) は、出資者(ムダーリブ、 mudārib )が、信頼すべき商才や手腕の持ち主と認めた事業家(ダーリブ、 dārib )に資本 を全額出資するパートナーシップ契約のことで、すべてのイスラム金融の基本となる契約形態で、イスラム銀行以前から広く行われている。
ただし、ムダーラバ契約のみでは、複雑化する西洋型を中心とする現在の経済・金融には対応できない。それに、個人の小口預金者には、このような「ハイリスク・ハイリターン」な契約を結ぶことは不可能である。そこで、銀行の介在する「二重のムダーラバ関係」などが登場することになる(ムダーラバ 参照)。
ムラーバハ
ムラーバハ (murābaha) とは、ある財 を、購入した際の原価 よりも高い代金によって転売する形態の売買のことで、購入者が、原価と代金の差額を了解し、差額を転売者の売却益として納得した上で契約が結ばれることを前提とする。
イスラム銀行ではこのシャリーアの制度を利用し、設備・備品を希望する顧客に代わって、それを銀行が購入し、顧客に渡す。このとき、「手数料」を上乗せして分割払いあるいは後払いとする。こうすることによって、銀行は利子ではなく、売却益として顧客から利益を受けることができる。イスラムにおいては利子は否定され、利潤は肯定・推奨されるが、この「手数料」は「利潤」と見なされうる。
ムシャーラカ
ムシャーラカ (mushāraka) は、資本の出資者と労働 を提供する事業家が、共同出資により事業の共同経営を行い、ここで生じた利益を契約時にあらかじめ決められた比率によって、もしくは損失が生じれば出資比率に応じて、それぞれ配分する契約形態のことである。
イスラム銀行においては、銀行と企業・個人の出資者が提供する資金によって共同資本をつくり、出資者全てがその経営に関わることを前提とする制度として運用される。
ムシャーラカの特徴は、資金の提供者もまた事業の組織や経営に参画し、事業主も一定の支出をするところにあり、発言権は概ね出資比率に準ずる。ムシャーラカによる共同プロジェクトが軌道にのったとき、主として資金を提供した側は、その出資分を処分してプロジェクトから手を引いても良く、また共同経営を継続しても良い。ムダーラバでは資金提供先の選択が限定的になる傾向があったのに比べ、相手方も一定の出資力があることを前提とするこのムシャーラカでは、その傾向がある程度は緩和されることが期待される。
イジャーラ
イジャーラ (ijāra) は、賃貸借 契約を意味するアラビア語 。シャリーアにおいては、物件に対する所有権は、その物を所有し最終的に処分する権利(ラカバ (raqaba) 、所有権)と、その物を利用しそこから得られる利益を独占する権利(マンファア (manfa'a) 、用益権)の2つから成り立つと考えられており、イジャーラ契約とはすなわち所有者である賃貸者から賃借者への用益権の移転である。西欧型経済におけるリースに相当する。
イスラム銀行においては、顧客の求めに応じて銀行が設備等を購入し、顧客に賃貸して使用料を取るリース として運用される。「売り切り」と「リース」の違いが、ムラーバハとイジャーラの違いと言える。
イジャーラ・ワ・イクティーナ
「顧客に賃貸して使用料を取る」まではイジャーラ(リース)と同じであるが、顧客は、銀行に口座を開設して積立てる、いわば「リース購入」である。この積み立ての積算が、購入代金プラス手数料(コミッション)の額となったところで、当該物件の(用益権に加えて)所有権が顧客に移る。この場合も、コミッションは売却益であって利子ではない。
この方式の特徴は、ここで開設した口座が当座勘定ではなく投資勘定として開設され、積み立てる間の「投資の配当」が、顧客の収入になる点にある。
カルド・ハサン
カルド (qard) は、借主が貸主の所有物を消費した上で、同種同等の物を貸主に返還する貸借契約のことで、「消費貸借」とも訳される。カルドがシャリーアに照らして合法となるには、返還される物件が、借りた物とまったく同種・同等でなければならず、貸主が貸し出したことによって利得を得てはならない。このような合法と見なされるカルドのことを、カルド・ハサン (qard al-hasan) と言う。
イスラム銀行においては、「人道的」無利子ローンとして活用される。この契約においては、借主はあらかじめ定められた期間内で貸主に返済することになる。むろん、銀行側には利益は全くない。金融機関によっては一定額の「手数料」を徴収するところもある。これは金額に連動したり、期間に随伴したりすることはない。10万でも100万でも、手数料の額は同じということになる。(先述した『利子』の定義「金額」「期間」「定率」を参照。つまり、利子の定義には当てはまらないという理屈になる)
しかしこれには異論もある。「『定額の手数料』は『定額の報酬』に通じ、『定額の報酬』は『定率の利子』に通じるため、カルド・ハサンは完全に人道的にゼロ・コミッションでおこなうべき」、と主張する先鋭的な学者もいる。手数料の問題に限らずイスラムの無利子金融の具体的在り方については、ウラマーの間でも統一見解がなく、法学派 などによって食い違う見解が併存している場合が多い。
サウジアラビア の例では、(完全な)無利子貸し付けをおこなっている一般商業銀行はない。いずれも定率のサービスチャージ(手数料)を課しており、これも銀行と借り手の“交渉”で決まる(この点がシャリーアで禁じられたリバー、すなわち“定率の利子”とは異なる、との理由)のが一般的であるという。個人や法人から融資の申請があったとき、専門の調査機関が申請者の信用や業績などの調査を行う。また、担保や保証人などのリスク回避の手段を講じた後に、貸付金から手数料などをあらかじめ差し引いた金額を申請者に渡すことになる。

歴史 [編集 ]

シャリーアの規定に則って無利子の金融をおこなう「無利子銀行」が初めて試みられたのは、1950年代 のパキスタン においてであった。このころパキスタンでは、イスラムの教義を国家運営に適用しようとする動きが強まっていた。

「1950年代末にパキスタンの一地方で、敬虔なイスラム教徒地主たちを中心に無利子の預金を集め、貧困なイスラム教徒農民に農業改善資金を無利子(運営経費を賄うため少額の手数料を徴収)で貸し出す無利子銀行が開設された。この銀行は、無利子で融資を受けたい希望者は数多くいたのに対し、無利子で預金してくれるものは一回だけはお付き合いで預金してくれるだけで、後がつづかなかったことが主因で、やがて運営に行きづまり、崩壊してしまったといわれる」[1]

続いて登場したイスラムの教えに適う金融機関は、エジプト に現れた。

1. 1963 年 :ミトル・ガムス貯蓄銀行開設。

アフマド・エミル=ナガルという人物が、理想と同胞の便宜を図るために設立した。この銀行は成功したが、その理由としては、借り入れ希望者に、少額の定期預金を義務化したことが挙げられる。これにより預金量が増大し、安定した経営が成立した
(1〜3年返済の比較的短期のローンが中心。この時点での形態では、ムダーラバ方式(後述)に基づいていなかった)。

2. 1972 年 :公的資金を導入し、ナセル社会銀行設立。

上記貯蓄銀行(のちに合併)で築いた資本と、公的資金を資本金として設立。この公的資金の支出は、アフマド・エミル=ナガルの考えが、新しい時代の「イスラム社会主義 」を標榜する大統領ナセル の考えと合致したことから成立したといわれる(「イスラム」と「社会主義・共産主義」は、理想社会を構築しようとする思想や弱者救済などの点からも、「似ている」とも言われるが、後者が宗教を禁止しているなどの点で明らかに相反する。ナセルは良い所のみ選んで取り入れ、「プロレタリア独裁・反宗教・私的所有権否認・暴力革命」を否定した「イスラム社会主義」の実現を図った。ナセルはいわゆる「イスラム原理主義 」に対しては抑圧的であった)。ナセル社会銀行は、発足したとき既にナセル病死(1970年 )の後であり、敬意を込めて彼の名を冠することになった。同行は1980年代 には、預金残高は2億ドルを越え、全国に数十の代理店を有する金融機関に成長した。

また1970年代 以降、西側金融の枠組みで運用される潤沢なオイルマネーを活用して、アル=バラカ銀行、ドバイ・イスラム銀行、イスラム諸国会議機構 (OIC)の拠出によるイスラム開発銀行、ファイサル・イスラム銀行などが設立され、イスラム復興 の潮流に乗って、1990年代 までに、イスラム圏のみならず世界中に広まった。銀行・金融会社などを含め、無利子を標榜している銀行や投資会社は全世界に200以上あり、総資産は1160億ドル(95年ベース)、年率15〜20%で成長している。

イスラム銀行は、当初は国際金融システムの中で特異な金融機関と見られがちであったが、のちには国際通貨基金 (IMF) が公認する銀行システムのひとつとなっている。
有利子金融との接点 [編集 ]

現代の世界金融市場の主役の一つとなっているヘッジファンド や、先物取引 のような金融システムは、イスラムにおいては基本的に認められない。イスラム銀行の立場としては、実体経済と遊離したデリバティヴ(金融派生商品)は「言語道断」であり、同時に先物取引もクルアーン(胎内にいる子の価値を見越して母ラクダの売買をしてはならないという規定)により禁止されている。

小国の経済を食い荒らす「マネー」の動きを危険視するのはイスラムに独特のものではなく、非イスラム圏の研究者の中にも存在する。また、現代において無利子金融を行おうという発想もイスラムに独特のものではない。そもそもが古来より禁止ないし制限が加えられていたわけであるが、それの復活というわけではなく、現代の時代状況下においての脱資本主義的な研究・検討、そして地域通貨 運動などに見られる実践がなされている。

また、西洋経済の中心たるアメリカ合衆国 の最先端技術の集積地であるシリコンバレーの成長を支える原動力は、イスラム金融に似ている(ベンチャー企業 記事参照)。というのも、投資家は企業家に出資するとき、「融資」ではなく「株式の購入」という形態を取るため、起業家には「元本保証」や「利潤確保」の義務が生じない。また、投資家が資本分散によって危険を避ける点、担保ではなく人物と経験を評価することによって投資するかどうかを決める点なども、ムダーラバ契約を思い起こさせる。

主な相違点としては、融資ではなく株式購入であること、投資家は株主であるため会社の運営に対して口出しできることなどが挙げられる。また、詳しい資料はないが、ムダーラバの長距離キャラバン交易の成功率は、少なくとも現代ネットベンチャーの「約20%」という数字よりは大きかったであろうと思われる。このエンジェル←→ベンチャーの関係は、まさにムダーリブ←→ダーリブの関係を思わせ、しかも銀行の扱う二重ムダーラバよりも遥かに、預言者ムハンマドがおこなっていたような「ムダーラバの基本形」に近い、似ている、とすら言えるかもしれない。世界経済をリードする集団と言えるアメリカ、シリコンバレーのベンチャー企業群は、実は「有利子経済」ではなく「無利子経済」の恩恵によって爆発的成長を遂げたものと言うことができるだろう。

かつてアル=バラカ・グループは西洋型金融の中心地であるロンドン の金融街にも進出していたが、ここからは撤退している。ただし逆に西洋系の銀行の中にも、イスラム圏においてはムスリム向けの無利子金融商品(上述のイスラム金融の基本に則ったもの)を提供したり、イスラム銀行を子会社に持つ試みがなされはじめている。また一方、イスラム金融機関の中でも国・地域によってシャリーアの解釈に偏差が見られる。

こういった点からも分かるとおり、イスラム無利子金融と、有利子金融とは、根本的に対立するものではない。また、上述のとおり、名目や立脚点が異なっていようとも、その内実において非常な類似が認められる。この両者の間に根本的な差異が存在するという前提は、成り立ち得ず、これらの要素は「イスラム的(と仮に呼ぶ)」と「西洋的(と仮に呼ぶ)」、二つの極の間でスペクトル を成している、と考えることもできるだろう。

勃興の背景 [編集 ]

利子禁止あるいは制限規定は人類の歴史の中でなにも特異なものではなく、通時的・通文化的に見られるものであり、そして現代日本において自明のものとされる(アメリカ主導の)規制のゆるやかな「自由競争体制」こそが、むしろ特異な状態と言えるのかもしれない。いっぽう現代イスラム圏の人々はなぜ無利子経済体制を選んだ(選びつつある)のか。ヨーロッパも、中世 には旧約聖書 から導かれる利子禁止(制限)規定が、表向きなりとは言え社会を覆っていた点においては同様である。それがなぜ、ヨーロッパでは利子つき金融が、それも複利計算のもとに認可されてその後の経済発展の基盤を築いているのに対し、イスラムの諸国では近現代に入って逆に、それまで見過ごされて来た利子つき金銭貸借が、シャリーア(イスラム法)の厳密な適用によって排除されようとしているのかについての検討が必要である。

クルアーンにおいて禁じられている「リバー 」という単語を、「利子 」一般ではなく、特に「高利」のみを指す言葉であると解釈すれば、ヨーロッパ型の金融システムを、躊躇なく導入することが可能となるにも関わらず、その方法を採用しない理由については、研究者によっても見解が分かれる。仮に「リバー」が「利子」すべてを指すとしても、それまで通りヒヤル を用いて実質的な有利子金融を実行すれば良いとも言える。ただこれは、単純な金銭貸借契約においてすら、二つの随伴する契約を結ぶことになり、さらに権利関係が複雑になるような金融商品や、保険契約、先物取引などには対応仕切れないという欠点を抱えていることもある。そもそもこうしたイスラム銀行が、中世においては登場せず、現代に入って登場・発展してきた理由を探ることが、その本質を知る手がかりとなる。

1. 「ムスリムだから」

もっとも一般的な、あるいは門外漢にも分かりやすい説明としては、「ムスリムであるから、クルアーンにしたがって利子は受け取らない。だから、無利子銀行に預金するのだ」という説明がなされる。ただし、例えばムスリムであっても、大っぴらに飲酒することが抵抗なく行われる土地、社会もあるので注意が必要であろう。
既に述べたように、最初期無利子銀行の失敗例もあるから、ムスリムであるから当然のように彼らは無利子銀行に預金するのだろう、という論理のみでは無利子銀行の成長・拡大を語るには無理があろう。また、それに、かつてヒヤルが認められていたことの説明がつかない。
無論、「ムスリムだから、無利子」というこの要素は少なくとも建前としては根本的なものであり、無利子銀行の誕生以前は金融技術の未発達によってリバーのない銀行が成立しえず、ムスリムたちは仕方なく預金を自分のところにしまい込むか、あるいは有利子の銀行に預けていた、とも言い得るのだが、基本的にはこの理由のみをことさら重視することはできない。

2. 「植民地化とオスマン帝国の解体」

世界史を俯瞰(ふかん)する視点からは、次のような解釈が導かれる。19 世紀 からイスラム世界の各地で進められてきたヨーロッパ列強による植民地化は、20 世紀 においてオスマン帝国 の敗北と解体、それによる旧オスマン領アラブ諸国 の植民地化によって頂点に達した。このインパクトが世界のムスリムに大きな影響を与え、それまでとは違う形の「イスラム世界」の認識が形成され、強大なヨーロッパと改めて直面しなおすことで、ムスリムとしての自覚が再認識された。
また、1924年 のオスマン朝のカリフ制の廃絶は、植民地化の中でもカリフの権威にすがってイスラム世界の一体を意識しようとしていたインド亜大陸 や東南アジア のムスリムにも、「正当な」ウンマ (イスラム共同体)の消失を明確な形でムスリムに突きつけることになったが、これによってむしろムスリムたちは「イスラムの世界」と自己の立脚点の再認識をおこなうこととなり、それがムスリムに、一つ一つの教義を再確認し、遵守する方向性を持ったと考えられる。

3. 「アラブの『動かす』文化」

また、片倉もとこ『「移動文化」考』のように、文化間の差異に着目しこれを理由の一つとして挙げる著作もある。
日本にも「流るる水は腐らず」という諺 があるが、中東では古来より、「留まる水は濁る」とでもいうべき、“動かずにあるものは不浄”という思想がある。遊牧民 は水や牧草の都合によってキャンプ地を定期的に移動するが、アラブ遊牧民の場合は、そういった条件が変わらずとも一定の期間が過ぎると移動することがあるという。たとえそれによって水場から遠くなるとしても、である。
同様に経済についても、動かさない金銭は不浄であるため、富豪は金銭を蓄え込まず、貧しい人に差し出すことによって社会に還流させようとする思想がアラブ社会に存在する。
しかし、ここでの問題はアラブのみに留まらず、東南アジア、そして世界全体のイスラム銀行に及ぶため、アラブの文化のみで語ることはできない。ただ、現代につながる無利子金融が成立し発展してきたのはまさにアラブの地であり、《移動文化》の担い手らによって無利子銀行が先導されてきたことは事実である。

4. 「宗教的背景」

上掲の説に似るが、ムスリムであるがゆえに教条を遵守するというのではなく、現状イスラム諸国で喜捨や断食が真面目に行われ、輸送手段の発達にも助けられて巡礼者が爆発的に増大しているように、3の説よりも広範かつ漠然とした要素と言える。
慣習による互助的システムを、機能が似ているからといって発端の異なる無利子金融と短絡的に結び付けることには疑問が残る。

どれかの説が決定的なものというわけではない。ただ、「動かす」ことを文化的背景とするアラブ世界で、ムハンマドのもたらしたイスラムによって、従前よりも強化・明文化された互助システムが慣習として広がって定着し、近代のイスラムの「危機」に対してかえって「ムスリム」としての意識が明確化し、イスラム圏に導入された近代西欧の金融技術を応用して無利子銀行が作られ、信仰やオイルマネーに支えられて拡大してきた……というように、複合的要因として考えるのが適切であろう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%
E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E9%8A%80%E8%A1%8C


2009年12月27日(Sun)▲ページの先頭へ
検討問題:Media Point・精神的フィルターのエネルゲイアとしての即非様態
今日は逍遥派スタイルである。即ち、森を貫く道路沿いの歩道を歩いたり、森の中を歩きながら、考えた。
 Media Point(以下、MP)において、即非・差異共振現象が生起する。これは、「光」現象である。
 しかしながら、+1と-1の極性をもつ「光」現象である。そして、+1が光の極であり、-1が「闇」の極であると思う。
つまり、「光」現象とは、実は、光の面と闇の面をもつと考えられる。ただし、闇とは、通常の闇ではないのである。だから、正確に言えば、不可視性である。
 即ち、「光」現象とは、光面と闇面、可視面と不可視面の両面が即非様態にあるのであるが、一般的には、前者しか知覚していないと考えられる。
 それだからこそ、ダーク・マターやダーク・エネルギーの問題が出てくると考えられるのである。
 思うに、「光」を超光、トランス・ライト、マハー・ライト、大光、等と呼ぶ方が適切である。暫定的に、大光と呼ぶ。
 だから、大光は光極(光面)と闇極(闇面)をもつ極性体である。
 しかしながた、旧来の科学は、光極だけしか知らず、闇極に無知であったのであり、そのため、今日、ダーク・マターやダーク・エネルギー等の問題が出現していると考えられる。
 しかし、ダーク・マターやダーク・エネルギーを光ないしは大光とは別のものと考える限り、宇宙の謎は解明されないだろう。
 光と闇の極性をもつ大光を想定しない限り、解明されないと考えられる。
 西洋文明は、光極に傾斜した文化をもち、闇極を排除してきたのであるが、今や、後者を是認する必要に迫られていると言えよう。
 また、ここから、量子とは何かということも洞察できるだろう。量子あるいは光子とは、やはり、光極中心の考え方であり、闇極を考えていないのである。だから、非局所的長距離相関の仮説が生まれるのではないのか。
 以上の視点から言えば、もともと、「量子」は、即非極性的なエネルギーであり、同一性に限定できないのである。だから、双子(そうし)、対子(ついし)、極子(きょくし)、あるいは、即非子と呼ぶ方が明快である。
 具体的に言えば、大光とは、可視光であり、非可視光である。後者は赤外線や紫外線ではないことに要注意である。
 そして、肉眼とは可視光への視覚性であり、心眼とは非可視光を包摂した大光への視覚性ではないだろうか。
 また、さらに展開すると、身体、精神、「気」等とは何かとなる。
 ここで、先ず、「気」の問題について述べたい。私の今日の直感では、「気」とは、-1である。つまり、大光の極性において、光の極(+1)があり、他方、「気」の極(-1)があるのではないだろうか。
 そして、光子とは、+1であり、量子論は、-1の「気」を的確に捉えていないのではないだろうか。言い換えると、ダーク・マターとして、-1を捉えているのではないのか。
 ここで、暫定的に、光子の対極として、暗子を仮説する。そして、電磁波の一様態として、光子があるが、他の様態として、暗子があるのではないだろうか。そして、それこそ、ダーク・マターの単位ではないのか。
 また、ダーク・エネルギーであるが、それは、大光自体がそうではないのか。
 今はここで留める。

参考:

●EPRパラドックス --- アインシュタインの嫌う非局所的長距離相関

 すでに何回か繰り返した話だが、量子力学建設後、アインシュタインは確率解釈を基軸とするコペンハーゲン流の正統的量子力学に強く反発した。彼の反発は、ボーアをはじめ当時の指導的物理学者たちを大層驚かせたようだ。無理もない。かつて、アインシュタインは量子論発展の先頭に立っていた人だ。しかも、ブラウン運動論や光子の統計分布などでは、物理学における確率論的手法の開拓者でもあった人だ。衝撃はあまりにも大きく、その驚きを書き残している人もいる。歴史に残るアインシュタイン-ボーア論争は、そのような雰囲気の中で始まった。
 しかし、そのような反発はアインシュタインばかりではなかった。量子論の始祖プランク、物質波仮説のド・ブロイ、波動力学の創始者シュレーディンガーなども、正統的量子力学の受け入れを渋った。ド・ブロイは一時コペンハーゲン流量子力学を受け入れたが、あとで拒否し、彼独自の解釈を推進し続けた。あとで触れるが、シュレーディンガーもブラウン運動論の視点から彼独自の解釈と方法で量子力学の再構築を試みたことがある。シュレーディンガーがコペンハーゲンを訪れて病気になったとき、ボーアがその枕元に長時間座って説得を続けた話は有名である。
 しかし、何といっても、アインシュタインの反発が一番すさまじい。彼はコペンハーゲン流量子力学の矛盾点をえぐり出す目的で、いくつかの思考実験やパラドックスを考察してボーアなどの正統派に挑戦したのである。その一つはすでに紹介した(「粒子を見るか波動を見るか」 参照)。別のあるパラドックスに対しては、ボーアはアインシュタインの質問に答えて、アインシュタインの創設した一般相対性理論を使って応酬するという一幕もあった。これも物理的観点から見て大層面白いパラドックスだった。しかし、アインシュタインの出したパラドックスをすべてここで紹介する必要はあるまい。結局、それらのパラドックスはすべてボーアによってコペンハーゲン流量子力学の枠内で解決されてしまい、量子力学自身の改変までまでには至らなかった。とはいえ、緊張感を伴った彼らの論争は、量子力学の内部理解にとって極めて有益だったのである。
 ボーアがすべて解いてしまったといったが、ただひとつだけ、いまだに重い疑問として物理学者の心の中に残り、繰り返し論争を呼んでいる問題がある。EPRパラドックスがそれである。 

(EPRパラドックス --- アインシュタインの嫌う非局所的長距離相関)
 1935年。アインシュタインはポドルスキー(B. Podolsky)、ローゼン(N. Rosen)と連名の論文を『フィジカル・レビュー』誌(アメリカ)に発表して、量子力学の記述が不完全だと主張した。その論文の表題は、「Can quantum-mechanical description of physical reality be considered complete? --- 物理的実在の量子力学的記述は完全と考えられるか?」であった。その際、考案されたのが、アインシュタイン-ポドルスキー-ローゼンのパラドックスである。通常、簡略化してEPRパラドックスという。アインシュタインたちは、その論文の冒頭で「物理的実在」に関する見解を述べている。EPRパラドックスそのものを説明する前に、まずその見解について語る必要があるだろう。
 アインシュタインたちは、次のような基準体をおいて物理的実在(physical reality)について考える。


 (a) 力学系を乱すことなく、ある物理量の値を測定できるとき、その物理量に対応する物理的実在の要素が存在する。


 (b) 物理学の理論体系は、物理的実在のすべての要素に対応する部分をもたなければならない。


 この基準には、自然界は確かな客観的な存在であるべきだとするアインシュタインの強固な信念が表明されている。徹底的な古典物理学的自然観だといえるだろう。アインシュタイン-ボーアの論争の根元はこの自然観にあるのだ。
 アインシュタインたちは、この基準によって量子力学を批判するのであるが、批判点を明示するために工夫された思考実験がEPRパラドックスだ。原論文では、ある相関関係をもつ二個の粒子の位置と運動量の測定を題材にしているが、忠実に紹介するには少々面倒な数式を使う必要がある。それはやめて、概略を説明するだけにしておこう。本質は、それで理解できると思う。
 いま二個の粒子A、Bからなる力学系を考える。各粒子は、二つの値a、bしか取らない特定の力学量をもっているとする。この力学量が値aをとる場合と、値bをとる場合とは排他的である。例としては、スピンなどを考えればいよい( 電子のスピン/パウリの排他原理 参照のこと)。この力学系を相手に、次のような思考実験を設定するのだ。
 いま、この力学系には、A(の力学量)が値aを取ればB(の力学量)が値bを取り、A(の力学量)が値bを取ればB(の力学量)が値aを取という相関関係が与えられていたとする。例としては、第五章の「スピンと波動関数」 の項のスピン状態χ+(s, s')またはχ-(s, s')などがある。(簡単のために、これからは断りなしに「の力学量」および「値」という言葉を省略することもある。)この相関関係があるとき「Aがa、Bがb」および「Aがb、Bがa」という運動状態が同時に存在する。したがって、そのおのおのの波動関数を、それぞれ、Ψ1(Aがa、Bがb)とΨ2(Aがb、Bがa)と書くことにすれば、重ね合わせの原理により、この力学系の状態は

Ψ=Ψ1(Aがa、Bがb)+Ψ2(Aがb、Bがa)

でなければならない(Ψはプサイと読む)。この相関関係が成立した後、AとBを十分遠く(たとえば、宇宙の中で星間距離ほど遠く)引き離して、Aがいる場所でAの力学量の測定を行う。その結果、第一の場合として、A(の力学量)が(値)aを取ったことがわかれば、「波動関数の収縮」Ψ→Ψ1(Aがa、Bがb)が起きるはずだ。したがって、ただちにB(の力学量)が(値)bを持っていることを知る。第二の場合として、測定結果がA(の力学量)の値としてbを与えたとすれば、「波動関数の収縮」は、Ψ→Ψ2(Aがb、Bがa)であり、ただちにB(の力学量)が(値)aを取ることを知るわけだ。
 いずれの場合も、宇宙的距離ほど離れたBに情報が瞬時に(光の速度を超える速さで)伝わった! なんとも不思議である。これを非局所的長距離相関という。
 今の話では、簡単のために、素朴コペンハーゲン解釈を使い、一方の分波(Ψ1またはΨ2)消えると議論した。しかし、第6章で詳しく述べたように、正しくは「波動関数の収縮」は、両分波の位相相関が喪失して排他的事象に対応する確率の和に分解することだ。そのように話を進めても、結論は同じである。
 ところで、AとBは遠く離れているのだから、第一の場合も第二の場合も、Aに対する測定がBを乱すことはない。まず、第一の場合を考えよう。この場合は、Bを乱すこともなく、B(の力学量)の値bがわかったのだ。したがって、基準(a)によれば、Bのその力学量は物理的実在の一要素である。しかも、この状況はAに対する測量とは無関係に、始めからB(の力学量)が確定値bを取っていたことを意味する。一方、第二の場合からも、同様の論理でBのその力学量が物理的実在の一要素であるという結論が出てくる。しかし、今度は、初めからB(の力学量)の値はbではなく、aに確定していたのだ。
 物理的実在に対応する力学量の値が、初めから、たがいに排他的な値aとbを取っていたという結論は矛盾以外の何物でもない。だから、量子力学は間違っているというのだ。
 ボーアは、これに対して、同じ表題の論文で次のように答えた。このパラドックスの根源は、Bとは無関係にAについての測定が行われるとしたところにある。相関関係が確立している場合は、全体を一つの力学系と考えなければならない。したがって、Aについての測定操作は二個の粒子からなる力学系全体に及ぶはずである。ボーアはこれを分離不能性という。非局所的長距離相関の本質はここにあったのである。これを取り除いてしまうと、量子力学の成功の重要な部分が、ほとんど失われてしまう。けっきょく、EPRパラドックスは、アインシュタインが主張する「物理的実在」という古典的概念が量子力学と両立し得ないことを示す物だと、ボーアは結論する。
 とはいえ、このような分離不能性または非局所的長距離相関は何はともあれ不思議だ。本当に、宇宙的空間をへだてた二つの粒子の間の相関関係が瞬時に現れるのか? アインシュタインならずとも、疑問に思う。
 この疑問は思弁的討論だけで済ませるべき問題ではない。長距離相関の存在は現実の実験で確かめることのできるはずなのである。アインシュタインが問題を提起した1935年頃は、思考実験でしか考えられなかったが、実験技術の格段の進歩のおかげで、今や実験室実験が可能になった。すでにかなり前から、いくつかの試みがあったが、この10年ほどの間に見事な実験が行われた。フランスのアスペ(A. Aspect)とそのグループ、およびスコットランドのクラインポッペン(H. Kleinpoppen)とその協力者たちの実験である。いずれも、一つの原子から反対方向に放出された相関関係をもつ二個の光子を使い、十分離れたところ(といっても実験室の中だが)で、両方の光子の間に量子力学のいう相関関係が保たれているかどうかを調べた実験だ。
 結果は量子力学の予言どおりであった。アインシュタインが嫌う非局所的長距離相関(ボーアのいう分離不可能性)が実験的に証明されたのである。若い物理学者アスペが、最初に、この実験に成功し、ベテランの実験家クラインポッペンが、それを追認した。彼らの実験は、直接的には「ベルの不等式」の検証という形で行われた。ベルの不等式についてはあとで触れる。
 改めて見直せば、アインシュタインの嫌う非局所的長距離相関は量子力学が突出するところには必ずといってよいほど存在する。ボーアの主張するように、アインシュタインのいう「物理的実在」についての古典的概念は量子力学とは矛盾するものなのだろう。この意味でも、古典的な素朴実在論は量子力学では成立しない。結局、アインシュタインは、量子力学を受け入れないまま、量子力学を理解できない年寄りと思われたまま、1955年に死んだ。まだ今のようなアインシュタイン・ブームがの起きる以前のことである。さびしい晩年だったに違いない。(量子力学入門 並木美喜雄 岩波新書より)
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http://homepage2.nifty.com/einstein/contents
/relativity/contents/relativity316.html


2009年10月04日(Sun)▲ページの先頭へ
遺伝子組み換え問題とMedia Point:虚軸情報を排除した種子は劣化・退化する
以下(参照)において、Media Point自体における「差異」、位階的差異を述べ、遺伝子問題について言及した。
 思うに、遺伝子組み換え問題も、この観点から解明できるのではないだろうか。即ち、遺伝子組み換えとは、端的に、実軸情報だけに注視した方法であり、虚軸情報を無視、排除しているのである。
 つまり、種子の「物質」情報だけで組み換えて、種子の「精神」情報を無視しているのである。これは、表層的には、「改良」であるが、本体・本質・深層を無視しているので、現実的には、後退、劣化である。
 言い換えると、根源的なエネルギー連関を喪失した種子が生まれると考えられる。つまり、退化する種子である。

参照:

「検討問題:ギリシア神話の主神ゼウスの多情性:虚軸情報と実軸情報の差異」
http://ameblo.jp/renshi
/entry-10356104466.html


2009年09月16日(Wed)▲ページの先頭へ
検討問題:光とは何か
これは、思うに、最高度の問題である。
 とまれ、問題にしたいのは、超越光と現象光の関係である。これまでの検討から、2つの論が生じているのがわかるのである。
 即ち、一つは、現象光とは本来、超越光であるという論である。もう一つは、現象光とは、身体的エネルギーであり、同一性エネルギーなのであり、超越光とは異なるものであるという論である。この二律背反をどうみるのか。丁寧に考えよう。
 結局、前者が正しく、超越光・即非・現象光である。また、現象光は同一性志向性エネルギーであり、同一性エネルギーではないと考えられる。そう、現象光は身体的エネルギーではあるが、同一性(物質)エネルギーではないのである。
 では、視覚の問題を考えるとどうなるだろうか。視覚は、本来、差異共振視覚であり、また、同一性志向性視覚である。これは、同一性=物質的視覚であない。
 先に身体感覚としての視覚は同一性的であると言ったが、それは間違いなので、訂正しなくてはならない。
 結局、同一性志向性が同一性に転化し、固定してしまう力学が問題なのである。本来は、同一性志向性は差異共振性へと回帰する。
 同一性の固定化の原因は、身体的エネルギーが強化されて、意識エネルギー自体が言わば抑圧されることにあるのではないだろうか。
 端的に言えば、身体的感覚欲望が強化された結果、意識エネルギーが衰退して、同一性志向性が同一性化するということだと思われる。
 身体的感覚欲望の強化とは、思うに、飢渇や渇望があり、そのために、反動的に強化されたのではないだろうか。言い換えると、貧しさが同一性=物質的欲望を強化すると考えられる。力学的には、反動であると言えよう。反動が生じて、同一性志向性が同一性=物質化するのである。それは、当然、マーヤーである。
 ということで、結局、つい先の考えではなく、これまでの考えが正しいことが確認された。結局、視覚や光が同一性であるという勘違いが起るのは、身体感覚欲望の飢渇・渇望に拠る反動性によって、差異共振性が抑圧されるからである。
 
*************

以下は、付録:


間が空いたので、新たに考えよう。
 これまで、現象とは本来、差異共振現象であると述べてきた。しかし、同一性の知覚・認識によって、それを同一性現象として把握すると述べた。
 つまり、同一性的認識志向があり、それを差異共振現象を同一性として把握するということである。
 しかし、先には、視覚は同一性的であり、それが、意識エネルギー(差異共振エネルギー)を同一性へと枠付けると言った。
 結局、問題は、視覚とは何か、ということになる。それは、同一性的なのか、否かである。
 私は経験から視覚は同一性的であると考えているが、同時に、経験から、視覚には、差異共振視覚があると考えている。
 この齟齬、二律背反はどう解明できるだろうか。
 具体的に考察しよう。眼前に、桜の木があるとしよう。この桜の木は、日常的には、同一性である。しかしながら、本来は差異である。つまり、桜という一般概念(同一性)の一部としての桜であり、且つ、個物として、その桜は絶対的差異である。
 同一性としての桜は一般形式である。この同一性=一般形式を作る原因は何だろうか。あるいは、現象を物質と把握する根因は何だろうか。
 それは、当然、同一性志向性である。実軸のゼロ点において発生する志向性である。これは、思うに、言語的志向性と一致するのではないだろうか。
 これは、端的に、⇒+1である。だから、この問題は、⇒+1と+1の問題ということになる。即ち、同一性志向性と同一性との問題である。これは、実に数学的問題である。
 とまれ、同一性志向性とは、実は、Media Pointから発しているために、根本においては、差異共振性が残っているのであるが、他方、同一性においては、もはや、Media Pointから切り離されているので、差異共振性が喪失されているのである。
 そして、近代合理主義、近代的自我とは、後者に属するものである。
 さて、この視点から光を考えると、光は本来、やはり、超越光であり、それが、現象光として発現するが、現象光は本来、同一性志向性をもつが、同一性=物質ではない。
 少し視点を変えよう。


2009年08月30日(Sun)▲ページの先頭へ
問題提起:地球の公転の力学について:PS理論からの推理:重力に対して、垂直に作用する力の仮説
万有引力により、太陽と地球が引き合うのはわかる。しかし、そうすると、それだけなら、地球は太陽へ吸収されるはずであるが、そうならずに、公転するのは、それ以外の力が地球にはたらいているからと考えられる。即ち、地球を回る人工衛星は、いつかは自然落下する。それと同じで、太陽と地球の万有引力だけなら、地球は太陽に落下するはずである。
 考えられるのは、万有引力に対して垂直にはたらくなんらかの力の作用である。これがあれば、地球は落下せずに、また、月は地球や太陽に落下しないでいられるのである。
 PS理論から推理していこう。太陽を+i、地球を-iとしよう。両者の差異共振が生起する。その差異共振エネルギーの発動の一つとして、重力が考えられよう。それを⇒+1と考えることができる。(近代自然科学は、重力を⇒+1ではなく、+1にしている。そして、量子力学が⇒+1の視点を構築したのである。)
 本来、虚軸における引力が生じるから、それが、本来の方向である。つまり、虚軸的垂直性が重力の方向である。しかしながら、現象的には、垂直に捩れて、⇒+1と実軸化されるということではないのか。つまり、原重力と重力が存することになる。
 この線で考えると、重力へ垂直に作用する力とは、当然、虚軸の垂直方向の力でなくてはならない。これは何なのか。それは、+1⇒の力であろう。それは、マイナス・エネルギーの力ではないだろうか。それは差異共立力である⇒-1ではないだろうか。
もしそうならば、太陽と地球とのMedia Point 自体が地球の公転を産み出しているということになろう。(これを敷延すると、太陽系、銀河系、さらに宇宙全体がMedia Point によって回転していると説明できる。)
 とまれ、そうすると、ダーク・エネルギーが垂直力となるのではないだろうか。⇒+1を重力のホワイト・エネルギーとすると、⇒-1は垂直力のダーク・エネルギーということになる。
 また、⇒は捩じれる力であるから、螺旋形状の垂直的力も⇒-1となるだろう。これを敷延して、蔓植物、例えば、朝顔の蔓の螺旋を考えるとどうなるだろうか。朝顔に太陽+iと地球-iの差異共振エネルギーが作用し、+iは上昇へ、+iは下降へ、そして、⇒+1に⇒-1が作用して、上昇する力に螺旋する力が作用するということではないのか。⇒+1とは、上昇や下降を意味し、そして、⇒-1はそれに垂直に作用して、螺旋形状を形成するということではないのか。今は、問題提起に留める。
 


2009年07月28日(Tue)▲ページの先頭へ
ミトコンドリアとは何か:原細胞とミトコンドリアの差異共振としての細胞
エネルギーを水素と酸素を反応させて産み出すミトコンドリア、これは、植物の光合成と並ぶ、生命のエッセンスの一つであろう。
 また、DNAが母系・母性・「母権」というのも意義深い。PS理論の中核であるMedia Pointは母系・母性・「母権」的と言える。(マトリクスという発想も、Media Pointと関係しよう。)
 後で余裕のあるときに検討したいが、今、思いつきを言えば、水素と酸素の結合は、差異共振であり、エネルギーを生む(⇒+1)。このエネルギーを必要とする原細胞がある。
 しかしながら、思うに、ミトコンドリアの方が先行しているのではないのか。それから、原細胞が生まれるのではないのか。つまり、(+i)*(-i)⇒+1の+1が原細胞となるのではないだろうか。そして、+1が持続するには、⇒+1のエネルギーがいるのではないのか。
 思うに、正確に言うと、エネルギーは、⇒ではないのか。後で検討したい。

***************

2 ミトコンドリアとは

 ヒトや動物の細胞の中で、エネルギーを作り出しているのがミトコンドリアという細胞内小器官です。細胞内の発電所にたとえることができます。ミトコンドリアは、およそ千分の1?くらいの大きさの球形あるいは細長い棒状の粒子で、1個の細胞の中に数百個あります。ミトコンドリアは、外膜と内膜という2枚の膜によって細胞質から隔てられています。太古の昔、原始細胞の中に、呼吸能力のある細菌が入り込んで、共生を始めたのがミトコンドリアの起源であると考えられています。

3 ミトコンドリアの働き

 ミトコンドリアは、食べ物から取り出された水素を、呼吸によって取り入れられた酸素と反応させて、その時に発生するエネルギーを使ってATP(アデノシン三リン酸)という物質を合成します。ATPは、神経細胞が興奮したり、筋肉が収縮したり、肝臓が物質を合成したりする時に消費されます。電気を貯められないのと同じように、大量のATPを細胞内に貯めておくことはできません。そこで、ATPの必要量に応じて、ミトコンドリアは水素や酸素をすみやかに反応させたり、あるいはゆっくり反応させたりして、呼吸の速度を調節しています。運動をすると呼吸や心拍が激しくなり、休むと次第におさまります。これはミトコンドリアの活動を反映しているのです。

4 ミトコンドリアの成り立ち

 ミトコンドリアを発電所にたとえると、水素と酸素を反応させるエンジンが「電子伝達系」で、電子伝達系によって駆動される発電機が「ATP合成酵素」です。エンジンと発電機の設計図は、ミトコンドリアの中のDNAと、核の中のDNAに分かれて保存されています。エンジンと発電機の主要な部品の設計図は、ミトコンドリアDNAの中に書かれており、ミトコンドリア自身の蛋白合成装置によって作られます。その他の部品の設計図は、核のDNAに書かれており、そこから読み出され、細胞質の蛋白合成装置によって作られ、ミトコンドリアの中に運ばれてきます。二つの系統の遺伝子産物が組み合わされ、エンジンと発電機ができあがります。
http://www.tmig.or.jp
/J_TMIG/kouenkai/koza
/62koza_3.html
ミトコンドリア遺伝子と長寿

財団法人岐阜県国際バイオ研究所
遺伝子治療研究部長  田中 雅嗣



ミトコンドリア
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ミトコンドリアの電子顕微鏡写真。マトリックスや膜がみえる。

ミトコンドリア(mitochondrion pl. mitochondria)は真核生物 の細胞小器官 である。二重の生体膜からなり、独自のDNAを持つ。酸素呼吸 の場として知られている。ヤヌスグリーン によって青緑色に染色される。




ミトコンドリアDNA
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ミトコンドリアDNAとは、細胞小器官 であるミトコンドリア 内にあるDNA のこと。ミトコンドリアが細胞内共生 由来であるとする立場から、ミトコンドリアゲノムと呼ぶ場合もある。
概要 [編集 ]

ミトコンドリアDNA は、ミトコンドリア の持つたんぱく質 などに関する情報 が主に含まれており、ミトコンドリアが分裂する際に複製 が行われる。ミトコンドリアに必要な情報の一部は核 DNAに含まれており、ミトコンドリアは細胞 の外で単体では存在できない。また逆に細胞が必要とするエネルギー を酸素 から作り出せるのはミトコンドリアの働きによっており、細胞それ自体もミトコンドリアなしには生存できない。これらのことはミトコンドリアが細胞内共生 由来であるという仮説 の傍証となっている。

一般にミトコンドリア病 と呼ばれるミトコンドリアの異常 によって起こる疾病 も、ミトコンドリアDNAの異常に起因するものと、核DNAの異常に起因するものとがある。 ミトコンドリアDNAの遺伝子 多型は、肥満 しやすさの個体 差に関係していると考えられている。




2009年05月10日(Sun)▲ページの先頭へ
唯物論的医学とPS理論的医学:神経伝達物質は差異共振エネルギーの物質体ではないのか:新精神医療へ
今は予見を簡単に述べるだけであるが、私は今の唯物論的精神医療に大いに疑問をもっている。
 以下のニュースでは、「SSRIやSNRI」のブロック効果を述べているが、それは、実に消極的な療法ではないだろうか。もどってくる神経伝達物質をブロックするということであるからである。
 私の直感では、神経伝達物質とは、差異共振エネルギーを体現している「物質」である。だから、本来は精神・イデアを具現しているのである。ということは、薬物療法では、精神・イデアの末端の治療に関わっているに過ぎないのであり、本体の精神・イデアの治療へは関わっていないのである。
 勿論、薬物療法全体を否定するつもりはない。ただし、それは、末端療法に過ぎないから、本当の治療は行えないと思う。(メルマガの小野寺光一氏のように、坑うつ薬の危険性を説く人もいる。例えば、自殺衝動や攻撃衝動が発生すると述べている。)
 思うに、神経伝達物質(差異共振エネルギー)が戻ってくるというのは、心において、差異共振認識が形成されてないということに関係しているのではないだろうか。
 つまり、差異=他者を受容する意識が形成されていないのではないだろうか。差異=他者の受容の心的回路が形成されれば、神経伝達物質を受容できるのではないだろうか。
 そうすると、神経伝達物質とは、-iに関係すると言えよう。心を+iとすると、差異=他者である-iを受容する心的回路が構築されていないと、-iに関わる神経伝達物質が受容されないということではないのか。
 ここでは、「霊主体従」が重要である。差異=他者=-iを否定するとき、差異共振エネルギーが形成されないことになる。そして、差異共振エネルギーの「物質」が神経伝達物質とすると、当然、活性化されないので、移動せずに、もどってくるということではないのか。
 また、それだけでなく、ニュースの記事にあるように、患者は神経伝達物質が少ないとあるが、正に、差異共振エネルギーが十分に形成されないために、それの「物質」的体現である神経伝達物質が少なくなるということではないのか。
 だから、唯物論的精神医療、薬物療法は末端医療に過ぎず、病気の本体である心・精神を本来的に治療するものではないと思われるのである。後で緻密に検討したい。

追記:また閃いたが、差異共振(差異共鳴)が形成できない人は、怒気に満たされるのではないだろうか。言い換えると、攻撃性が形成されるのでないだろうか。
 端的に言えば、差異共鳴エネルギーとは和合・調和・「共和」のエネルギーであり、平和・平安・優しさ・歓喜・幸福のエネルギーである。もっとも、創造的エネルギーではある。だから、それが形成されないと、心に不要な怒り・攻撃性・ルサンチマンが発生するということではないのか。
 つまり、差異=他者=-iを否定すると、当然、積極・能動的な差異共振エネルギーが形成されなくなる。それは、(+i)*〔-(-i)〕⇒-1と考えられる。つまり、+1を神経伝達物質」とすると、-1が怒り・攻撃性・ルサンチマンということではないだろうか。あるいは、鬱状態である。-1がいわば、悪の本質ではないだろうか。
 思うに、⇒+1は超神経伝達物質であり、霊性ではないだろうか。今日のトランス・モダンの時代精神はそこへいかないといけない。

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多様化するうつ(2) 薬物療法が中心 種類と量、調整しながら

2009年5月8日
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 うつ病治療の中心は現在、薬物療法だ。抗うつ薬が主に使われ、抗不安薬などさまざまな薬が処方されている。治療効果が上がっている新世代の薬も登場し、治療に役立っている。 (鈴木久美子)

 「治療ガイドラインと医師の経験に基づいて、患者さん一人一人の特徴に十分配慮した微調整をしながら処方するのがうつ病の薬だ」

 東京女子医科大神経精神科の坂元薫教授は投薬の考え方をこう説明する。

 使用する薬の中心は、抗うつ薬だ。「うつ病に伴う気分の落ち込みや不安、こだわりを軽くして、回復を助ける」と杏林大の田島治教授(精神医学)は解説する。

 主に使われているのは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)で、日本では一九九九年から使用が始まった。四商品がある。翌年から一商品だけだが、新薬SNRI(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)も出た。

 五〇年代から使われていた抗うつ薬は、口が渇いたり、便秘、だるさのほか多量服薬すると心停止により死に至るなど重い副作用があった。SSRIやSNRIは「第三世代」と呼ばれ、効果はほぼ同じで、こうした副作用が少ないといわれる。「うつ病は心の風邪。気軽に病院に行こう」と呼びかけるキャンペーンのきっかけにもなった。

 脳内には、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質があり、神経細胞から放出されて近くの別の神経細胞の受容体に結合して、細胞間に情報を伝える。うつ病患者は、同物質が少ない上に、結合しきれなかった同物質が、放出した神経細胞に戻って取り込まれてしまう。同薬はそれをブロックし、情報伝達を活発にする仕組みだ=イラスト。

 処方では、徐々に服用量を増やしていくのが特徴だ。一−二週間ごとに増やし、患者に適切な量にする。

 「薬量を増やすことに抵抗感を持つ患者さんも多い。医師が最初に処方の基本方針をしっかり説明することが大切だ」と坂元教授は言う。少量のまま飲み続けても、効かなければ意味がない。

 効果が表れるまでに二週間ほどかかる。服用中にいきなりやめると、吐き気やめまい、ふらつき、といった「中断症候群」の症状が出る。

 SSRIには前世代薬のような副作用は少ないが、まれに服用初期や増量時に、不安や焦燥感、怒りっぽさなど「アクチベーションシンドローム(賦活症候群)」と呼ばれる症状が出る。

 効果が思わしくない場合は、ほかの抗うつ薬に変えたり、抗不安薬や気分安定薬などと組み合わせる。日本では、抗不安薬の消費量が多く、米国の約七倍という。米国はSSRIだけを使うが、日本は抗不安薬を一緒に処方する場合が多い。

 併用が不安の解消に有効だという検証結果に基づいているが、六週間を過ぎると効果に差がなくなることも分かっている。短時間で効果が切れる抗不安薬がよく使われ、患者が不安から薬を欲しがり、医師が処方を続けて依存症になる場合もあるという。

 だが「作用時間の長いタイプの抗不安薬を医師が適切に処方すれば、依存は起こりにくい」と坂元教授は話す。医師に相談し適切な知識を持って自分に合った処方で服用すれば、心配ない。

 現在では、抗うつ薬だけでも約三−四割に効果がある。

 坂元教授は「最初の薬で十分な効果が見られなくても、次の薬に変更することで良くなる人も多い。あきらめないで治療を続けてほしい」と話す。

http://www.chunichi.co.jp/article
/living/health/CK20090508020
00067.html?ref=rank
中日新聞 CHUNICHI WEB

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神経伝達物質
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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神経伝達物質(しんけいでんたつぶっしつ、英 Neurotransmitter) とはシナプス でシグナル伝達 に介在する物質 で、神経細胞 などに多く存在する。

1960年代からの判断基準によれば、以下のような条件に該当する物質が神経伝達物質と呼ばれている。

* シナプス前細胞で合成される。
* シナプス後細胞に受容する機構(基本的に受容体 )がある。
* シナプス前細胞から開口放出 後、シナプス後細胞に影響を与えるに十分な量がある。
* 非常に局所的に作用し、あたかも物質放出がシナプス後細胞内でおこったかのように作用する(内在性放出の模倣)。
* 放出後に生化学的に不活化するような機構が存在する。

ただし、亜鉛 イオン のように、生体内で合成とは言いがたい方法で単離されるもの、一酸化窒素 のように細胞膜を透過しシナプス間隙より広い範囲に拡散するものについても神経伝達物質とみなす見方もある。

また、ホルモン も細胞間シグナル伝達に介在する物質であり、特定の分子が開口放出され受容体に結合して作用する点なども同じであるが、神経伝達物質による神経性調節は特定の細胞間で局所的に短時間で作用が及ぶもの、ホルモンによる液性調節は循環器系を通じて拡散し大局的に作用するものとして分類されている。

オピオイド などは脳内麻薬 と呼ばれたことがあり、エンドルフィン という語は「体内」「モルヒネ」の混成語 である。現在これらの物質はヒトの体内で生産され恒常性 の維持などに関与していることが分かり、誤解のないよう神経伝達物質と呼ばれている。むしろ現代風の命名法 に従えば、麻薬 は神経伝達攪乱物質などと呼ばれただろう。

神経伝達物質やホルモンの標的となる受容体に対し働きかけ、同様の作用を示す物質をアゴニスト と呼ぶ。受容体と結合するが変化を引き起こさず、結果として神経伝達物質やホルモンの働きを阻害する物質をアンタゴニスト と呼ぶ。
機序 [編集 ]

放出前 [編集 ]

神経伝達物質はシナプス 前細胞の細胞体 で合成され、細胞輸送によって運ばれてくるないしは細胞 外から吸収され、前シナプス終末にあるシナプス小胞 に貯蔵される。前シナプス終末に活動電位 が到達すると神経伝達物質はシナプス間隙 に放出される。

放出後 [編集 ]

神経伝達物質はシナプス間隙 に放出されると、拡散 によって広がり、後シナプス細胞の細胞膜 上にある受容体と結びついて活性化される。受容体がイオンチャネル 型の場合そのイオンチャネル が開き、受容体が代謝型であればその後いくつかのステップを経てイオンチャネル を開かせ、後シナプス細胞に脱分極 ないし過分極 を生じさせる。放出後は速やかに酵素 によって不活性化されるか、または前シナプス終末に再吸収 され、一部は再びシナプス小胞に貯蔵され再利用される(元のシナプス小胞に戻るのではなく別のシナプス小胞に充填される)。

分類 [編集 ]

神経伝達物質は大きく分類すると以下の3つになる。

1. アミノ酸 (グルタミン酸 、γ-アミノ酪酸 、アスパラギン酸 、グリシン など)
2. ペプチド 類(バソプレシン 、ソマトスタチン 、ニューロテンシン など)
3. モノアミン 類(ノルアドレナリン (ノルエピネフリン)、ドパミン 、セロトニン )とアセチルコリン

その他一酸化窒素 、一酸化炭素 なども神経伝達物質様の作用を示す。

*****************

参照:
[ 企業戦略 ]
社員を輝かせる会計-5
価値観の共鳴が強い会社を生む
2009年05月07日(Thu) 天野 敦之

昨今では、業績の悪化や仕事量の増加などに伴い、鬱病の増大などメンタルヘルスが深刻な問題になっている。

 メンタルヘルスに対処するための直接的なコストだけでなく、企業全体の生産性が落ちることによる間接的な損失まで含めると、その影響は甚大であろう。
何のために働くか分からないことが鬱を引き起こす

 鬱病の原因には様々なものがあるが、大きな原因の1つに、自分の仕事の意味が見出せないという点がある。一般的に人は、意味を見い出すことができれば多少肉体的に疲労していても鬱になることは少ない。

 むしろ自分が何のために働いているのか分からないという状況が鬱を引き起こす。

 価値に着目することは、メンタルヘルスに関する有形無形のコストを著しく減少させるという意味でも大きな意味があると言える。

 ここまで説明してくると、読者の方の中には、価値とは要するに企業理念のことか、企業理念であれば当社にもしっかりとしたものがある、と思われる方もいるかもしれない。

 確かに、企業理念は企業がどのような価値を創造するのかを示すものであり、概念的に近い。本当の意味でしっかりとした企業理念を持っている企業は、間違いなく社員が輝き、価値を創造し、利益を生み出し続けている。

 しかし多くの会社の企業理念は、どこかで聞いたような美辞麗句を並べただけに過ぎないものになっている。社員に聞いても企業理念を理解していないか、暗唱させられて覚えてはいるが日々の行動に結びついていないケースも少なくない。

 なぜ企業理念は薄っぺらくなってしまうのか。またなぜ企業理念は利益に結びつかないのか。

 それは、利益の源泉である価値を創造する主体である社員の価値観と合致していないからだ。社員が、企業理念を自分の問題としてではなく、他人事として捉えている。それでは企業理念が機能しないのは当然である。

 社員が企業理念を他人事ととらえることを、経営者は非難してはならない。社員が企業理念に本気にならないのは、経営者が企業理念に本気になっていないからだ。

 まず当然ながら、経営者は自分の言葉で語らなければならない。借り物の言葉では決して社員の心には届かない。自社はどんな価値を創造するのか。どのようにお客様を幸せにするのか。なぜその価値を創造することが自社にとって大切なのか。それを自分の人生観と重ね合わせて語ることが求められている。

 そのためには、経営者の人生観、世界観、事業観から、徹底的に内省し思考を深めていくことが求められる。決して誰かに教えてもらえるものではない。

 また、どれだけ言葉で語っても、それだけでは本気とは言えない。経営者は行動で示さなければならない。自ら見本とならなければ、リーダーシップとは言えない。言葉と行動が一致していて、はじめて人は本気で動く。

 そして重要なことは、社員が企業理念に共鳴していることだ。企業が組織として生み出そうとしている価値と、社員一人ひとりが生み出そうとしている価値。その両者をいかに近づけるかが、今後の企業経営においては極めて重要な意味を持つ。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/987



2009年03月21日(Sat)▲ページの先頭へ
思考実験:ブラックホールとMedia Point:差異共振エネルギーとしての宇宙ジェット?
思考実験:ブラックホールとMedia Point:差異共振エネルギーとしての宇宙ジェット?

テーマ:太陽系/宇宙

今は予見を述べるに留めるが、以前も述べたが、ブラックホールとは、Media Pointであり、そこで、差異共振化が起こるのである。結局、ブラックホールの「引力」であるが、それは、(+i)*(-i)⇐+1における⇐ではないだろうか。この場合、引き寄せられ物質(例えば、星間物質)は、+1であろう。これが、Media Pointであるブラックホールに引き寄せられて、(+i)*(-i)の差異共振性へと転換すると思われる。そのとき、差異共振エネルギーが発動すると思われるのである。それが、宇宙ジェットではないだろうか。らせん構造というのが、また、ポイントである。差異共振化とは、垂直に捩れると考えられるから、らせん構造を形成すると思われるのである。
 以上のような考察(思考実験)を展開すると、宇宙生成(創造)と宇宙消滅(破壊)は、ただ、方向が違うだけの同じ活動(エネルゲイア)ではないだろうか。即ち、(+i)*(-i)⇔+1が(宇宙における)創造と破壊の方程式ではないだろうか。
 ブラックホールの引力は⇐の方向と思われるが、そうすると、引力・重力一般はその方向ではないのか。そうすると、エネルギーが放出される方向は⇒ではないだろうか。これが創造・生成・生命の方向で、ブラックホールの引力の⇐は破壊・消滅・死の方向ではないだろうか。しかし、これは、同時に、再生・新生・復活の方向でもあるだろう。そう、⇒が現象発現方向であり、「同一性=物質」の方向であり、⇐は現象破壊方向であるが、同時に、差異・差異共振性へ方向であると言えよう。言い換えると、⇒は若さの方向であり、 ⇐は老化の方向ではないだろうか。また、⇒は一神教や傲りの方向であり、 ⇐
は多神教や謙虚の方向ではないだろうか。
 そう考えると、このらせん回帰において、ターニング・ポイントが何かが問題である。直感では、穴の生起である。ぽっかり、空虚が生じることではないのか。つまり、これが、ブラックホールではないのか。亀裂・間隙・裂け目である。ハイデガーはそれを存在と考えたのである。ニーチェの能動的ニヒリズムもこの空虚から発生していると言えよう。
 とまれ、空(くう)がターニング・ポイントだと考えられる。そして、経済で言えば、この空を満たすために、ハイパーな近代合理主義を展開したのだ。それが、サブプライムローン等である。
 この空は折り返し点なのである。それは、超越的な差異共振性への方向へと展開すべき点なのである。同一性=物質=量の虚構がもはや役に立たない時点なのである。超越エネルギーの発動する事態である。
 思うに、この時点、特異点において、これまでの物質科学は破綻すると思う。同一性=物質の科学では、この「空」=特異点は理解できないものである。
 真実在は、虚数なのである。そして、真実の世界は、虚軸界である。ブラックホールは、それに導く「空」である。今はここで留める。思うままに述べたので、後で精緻に整理したい。

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巨大ならせん構造の噴流=ブラックホールなどで9個発見−名大

3月20日14時23分配信 時事通信

 ブラックホールの周囲には、水平方向にガスの円盤が形成されるとともに、上下方向に「ジェット」と呼ばれる噴流が生じるが、このジェットが非常に遠くまで伸び、宇宙空間にある水素などの分子雲を巻き込んで巨大な円すい形のらせん構造になる場合があることが分かった。
 名古屋大の福井康雄教授らが、南米チリの高地に設置した電波望遠鏡「NANTEN(南天)2」で、地球から銀河系(天の川銀河)の中心方向を観測し、らせん構造のジェットを9個発見した。大阪府立大で24日から始まる日本天文学会で発表する。観測成果は、ブラックホールなどに伴う宇宙で最もエネルギーが高い現象を解明する手掛かりになると期待される。
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20090320-00000061-jij-soci


◇噴流(ジェット)とは
・ 宇宙ジェット - プラズマガスなどが一方向又は双方向に噴出。フレッシュアイペディア

◇噴流の画像
・ ブラックホールから噴出する「宇宙ジェット」の高解像度画像 - WIRED VISION(1月30日)
・ ブラックホールから光の束が… - (2008年1月11日)

(c)AFP/NASA

AFPBB News
銀河を直撃、ブラックホール「ジェット」を発見、NASA
2007年12月18日 20:53
【12月18日 AFP】(一部更新)米航空宇宙局(NASA)は17日、ブラックホールから大量放出されたエネルギーと放射線のジェット噴流が、近くの銀河を直撃している現象が初めて観測されたと発表した。 こ……
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ブラックホールは、Media Pointであり、そこへ吸収されて、差異共振化が起こり、ジェットが発生するのではないのか。後でさらに検討したい。


宇宙ジェット
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: ナビゲーション , 検索
ブラックホールからの宇宙ジェット(M87銀河)

宇宙ジェット(うちゅうジェット、Relativistic jet)とは、重力天体 を中心として細く絞られたプラズマ ガスなどが一方向又は双方向に噴出する現象をいう。

重力天体周辺の激しい天体活動がジェットを高速に加速すると考えられる。 宇宙ジェットの中心となる重力天体には、原始星 、コンパクト星 、大質量ブラックホール などの場合がある。

また、この現象は、ブラックホール近傍で特徴的に見られるため、ブラックホールが存在する証拠としてしばしば用いられる。写真(1) それに比べ、原始星の形成期に見られる宇宙ジェットは比較的小規模である。
原理 [編集 ]

星形成時のジェット [編集 ]
若い恒星からの宇宙ジェット:HH-30(上左)、HH-34(上右)、HH-47(下)

(「双極分子流」など)

星間分子雲 の中で星の卵が生まれ始める時、 星間物質 は重力によって引かれ合い、最初はあらゆる方向から集まってくるが、 質量が集中した所を中心にして段々と回転を始め、やがて円盤状のガス雲になる(ガスが収縮する中心部分では原始星 が生まれる。収縮が複数の部分で起こると連星 を形成する)。

ガス雲の回転中心に引き寄せられた物質のうち、一部は円盤と垂直に双方向にジェット状態で噴出していく。速度は毎秒10数km程度と考えられている。 中心を取り巻く円盤の周辺部分の物質はそれぞれ密度の濃い場所が重力で収縮し、惑星 になる。(太陽系 の惑星の軌道がほぼ同一平面上にあるのはこのような過程による。)

ハービッグ・ハロー天体 [編集 ]

ガス・ジェットの吹き出しと考えられる天体の一種にハービッグ・ハロー天体 (Herbig-Haro object:HH)と呼ばれる天体がある。ハービッグ・ハロー天体は暗黒星雲 の周縁部に見つかる。写真(2)はそれぞれ、HH-30(上左)、HH-34(上右)、HH-47(下)のものである。

ブラックホールに付随するジェット [編集 ]

星間物質などがブラックホールに吸い込まれる際にはしばしば、ブラックホールの周りに降着円盤 と呼ばれる円盤状の雲が作られる。これに伴って、円盤の軸方向に超高速で脱出していく星間物質がしばしば観測される。

関連項目 [編集 ]

* 活動銀河核
* M87
* ガンマ線バースト
* クエーサー

外部リンク [編集 ]

* 宇宙科学研究本部
o ISASニュース 2002.2 No.251 第4章 粒子加速と宇宙ジェット
* 福江純ホームページ(大阪教育大学天文学研究室)
o 宇宙ジェット/Astrophysical Jet
* NASA画像
o 若い恒星からの宇宙ジェット
o ブラックホールからの宇宙ジェット
o ハッブル画像と図 (M87 : 中心に大質量ブラックホールがあると考えられている)

以下はブラックホールのみ言及リンク

* VSOP観測で見えた宇宙ジェットの磁力線
* 前野(いろもの物理学者)昌弘のページ
o 宇宙ジェット--ブラックホールの証拠

カテゴリ : 天文現象 | プラズマ | ジェット


2009年02月16日(Mon)▲ページの先頭へ
iPS細胞とMedia Point
iPS細胞とは何か。
 PS理論から見ると、明らかにMedia Pointに関係している。しかし、同一性志向性になると、それは、個別の細胞を形成する。だから、端的に、Media Pointを体現している細胞ではないだろうか。それは、同一性=個別細胞以前である。今はここで留める。

*************

iPS細胞で心筋梗塞改善=マウス使った実験で確認−阪大
 新たな万能細胞と期待される人工多能性幹(iPS)細胞を使い、マウスの心筋梗塞(こうそく)の病状を改善することに大阪大医学系研究科の澤芳樹教授と三木健嗣研究員らが世界で初めて成功した。3月5日から東京で開催される日本再生医療学会総会で発表する。(時事通信)
[記事全文]

◇iPS細胞の解説
・ [用語]iPS細胞 - 多様な細胞に成長できる万能細胞。東奥日報
・ iPS細胞特許、年度内にも契約成立へ - 産経新聞(2月4日)

◇心筋梗塞(こうそく)とは
・ 心筋梗塞(急性心筋梗塞/陳旧性心筋梗塞) - 症状や治療法。gooヘルスケア
・ 心筋梗塞なぜなにガイド - Q&Aや用語集

◇注意!
・ 月曜の午前が危ない男の心筋梗塞 - nikkei BPnet(2004年9月10日)
・ [コラム]心筋梗塞を予防する食事学 - オムロン ヘルスケア

・ 再生医療 - Yahoo!トピックス
http://dailynews.yahoo.co.jp
/fc/science/ips_cells_research/


2009年01月09日(Fri)▲ページの先頭へ
ブラックホールが銀河を生む?:Media Point Hole?
以前、私は、Media Pointがブラックホールになりうるということ述べた。思うに、Media Point Hole という言葉を創ってもいいかもしれない。思うに、+1⇒(+i)*(-i)で表記できるかもしれない。
 これは、現象からイデアへの回帰ということにもなるだろう。後で検討したい。

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ブラックホールが銀河を生む? 米国天文学会で新報告

1月9日11時50分配信 WIRED VISION

ブラックホールが銀河を生む? 米国天文学会で新報告

写真: WIRED VISION
ほぼすべての銀河の中心部には、あらゆる物を飲み込む超巨大質量のブラックホールが潜んでいる。そして、新たな研究によると、銀河を生み出したのはこのブラックホールである可能性があるという。これこそが、長年にわたる天文学上の「ニワトリが先か卵が先か」の議論に対する答えとなるかもしれない。

[数多くの銀河の中心部に、太陽の数百万倍から数十億倍という大質量のブラックホールが存在することは、1990年代から確認されている]

今回の研究で、天文学者らは数々の銀河を観測してその内部に渦を巻くガスの動きを測定することで、銀河とその内部にあるブラックホールの質量の計測に成功した。その結果、ブラックホールの規模と、その銀河で中心部に形成される星々とガスの膨らみ(銀河バルジ)の規模とには、概して直接的な関係があることが判明した。ブラックホールの質量は通常、銀河バルジの質量のおよそ1000分の1になるという。

[渦巻銀河や棒渦巻銀河は、横から見たときに凸レンズ状だが、その中央部のもりあがりを銀河バルジと呼ぶ。銀河中心部に超巨大質量のブラックホールがあり、その重力により星が集まっていると考えられている]

しかし、はるか遠くにあり、従って宇宙の歴史における比較的初期の段階を見せている銀河に目を向けたところ(遠いものほど、対象が発する光が地球に到達するまで時間がかかるので、より昔の銀河の姿なのだ)、驚くべきパターンが発見された。

こうした銀河では、ブラックホールと銀河との間に、通常の質量の割合が保たれていなかった。最も遠くに位置する銀河(つまり発達の最初期の段階を見せているもの)では、予測される比率よりもブラックホールの質量がかなり大きかったのだ。

米国国立電波天文台(NRAO)の天文学者Chris Carilli氏は1月7日(米国時間)、カリフォルニア州ロングビーチで開催された米国天文学会(ASS)の会議の中で報告を行ない、「最も単純な結論は、まず最初にブラックホールが生じ、そのブラックホールが何らかの形で周辺に銀河を成長させるというものだ」と語った。

これが本当だとした場合、ブラックホールと銀河はなぜそこまで関係があるのか、ブラックホールは銀河をどのように成長させるのかという問題について、重大な疑問がいくつも出てくる。

同じくこの研究に関わったカリフォルニア工科大学の天文学者Dominik Riechers氏は、プレスリリースの中で「どのようなメカニズムが働いているのか、また、プロセスのある時点において質量がなぜ『標準的な』割合で安定するのかはわからない」と述べている。

ブラックホール周辺の強力な恒星風と宇宙ジェットが、星の形成を後押しして銀河の成長を誘発する、と理論づける向きもある。一方で、ブラックホール周辺の過酷な環境は、安定した星の形成を促すにはあまりに無秩序だという考え方もある。
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20090109-00000004-
wvn-sci

◇ブラックホール
・ ブラックホールって??? - お星様パラダイス
・ ブラックホールの内部はどうなってるのか - ブラックホール論
・ 太陽の100億倍が限界?ブラックホールの成長 - アストロアーツ(2008年9月9日)
・ ブラックホールの秘密が明らかに - Gigazine(2008年4月25日)

◇銀河について
・ 銀河にはどんな種類があるの? - うちゅうのふしぎ

◇銀河と天の川
・ 天の川銀河の巨大ブラックホール、300年前の眠りからの目覚め - 京都大学
・ 銀河の中心で、巨大ブラックホールが星を育てる - アストロアーツ(2005年10月25日)
バックナンバー

天の川 高解像度は荒れ模様 (8日) / 世界天文年 各地で開幕の催し (5日) ...
ニュース

* 銀河の生みの親は巨大ブラックホール?(ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト) 写真ニュース9日 - 17時56分
* ブラックホールが銀河を生む? 米国天文学会で新報告(WIRED VISION) 9日 - 11時50分
* 高解像度画像で見る荒れ模様の天の川(ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト) 写真ニュース8日 - 16時39分
* 小惑星の火山活動で形成か=南極の隕石(時事通信) 写真ニュース8日 - 12時52分
* カシオペア超新星の膨張速度に新事実(ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト) 写真ニュース7日 - 17時35分
* 大人気「皆既日食ツアー」受け入れ準備多難…鹿児島・十島(読売新聞) 6日 - 23時41分
* 銀河系中心をより高速で周回=太陽系、電波望遠鏡観測で−米チーム(時事通信) 6日 - 3時7分
* 世界天文年:刈谷・愛教大で観望会 家族連れら、天体画面に歓声 /愛知(毎日新聞) 5日 - 11時1分
* しぶんぎ座流星群 オーロラと同時撮影に成功(毎日新聞) 5日 - 10時55分
* <しぶんぎ座流星群>オーロラと同時撮影に成功(毎日新聞) 5日 - 10時35分

http://dailynews.yahoo.co.jp
/fc/science/astronomy/


2008年12月28日(Sun)▲ページの先頭へ
エネルギーと物質:現象・自然の「アトム」とは何か:イデアか物質か
一見、PS理論に似ているが、どうも、唯物論的な趣も感じられる。即ち、

「アインシュタインの

E=mC2  ・・・・・ (1式)

これは 見えないエネルギー(E)とは物質(m)と同じだよ、諭してくれます。」

と述べている点にそう感じるのである。後で検討したい。

追記:これは、やはり、唯物論的意識(精神)論だと思う。中沢新一の霊的唯物論やヌース理論に通じるように思えるのである。
 簡単に言えば、PS理論のMedia Pointのイデア⇒物質変換回路がないと考えられる。即ち、ドゥルーズ哲学と同様に、連続論なのである。
 Media Pointにおける不連続的変換が根本的なのである。

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意識速度が速いと・・・?
ドブロイ波といって、その波長は λ=h/p=h/(mV)と表現される波動もあって、
速度Vで運動する物質mからの物質波動です。 h はプランク定数です。


電子は 9.11×10-31乗 Kgの重さで、電子の速さ、Vは凡そ光速と同じくらい。

地球は6.06×10の24乗Kgで、地球の自転速度は毎時1600Kmくらいです。
電子より圧倒的に地球の重さのほうが大きいですから、地球のドブロイ波(物質波)の物質波長は電子波長などに較べて途方もなく巨大な波長となります。


物質波だから重力と絡めて論議することもありますが、個人的には意識のもつ光速性からドブロイ波は、意識とは全く別の次元かと思います。
http://subtleeng.thd-web.jp
/e8930.html
鈴木 俊輔 の サトルの泉


2008年12月25日(Thu)▲ページの先頭へ
タンパク質の構造変化とMP変換Media Point Transformationタンパク質の構造変化とMP変換(Media Point Transformation)
これはたいへん刺激的である。PS理論が証明されるようである。即ち、ひも状構造から畳み込まれて安定した構造になるということであるが、それは、イデアから3次元物質へのMP変換(Media Point Transformation)と呼べよう。
 イデアないしはMedia Pointにおいては、ひも状構造であるが、それが、同一性⇒物質を放出するとき、即ち、時空間的に転回するとガウス平面に垂直な軸(時空間軸)が発生して、立体状になると思われるのである。

追記1:「同一性⇒物質を放出する」と上述したが、正確に言うと、「同一性エネルギーを放出して、物質を発現させる」ということになる。(アインシュタインの有名なエネルギー公式E=mc^2は、この同一性エネルギーを理論化していると思われる。)
 同一性エネルギーを放出するときに、垂直に捩れて(1/4回転:90度回転)して、物質を形成発現する、即ち、4次元時空間(現象)を形成すると考えられる。そして、この4次元時空間(現象)には、当然、根源のイデアやMedia Pointが隠されることになるのである。つまり、本体は「隠潜」(造語)することになるのである。
 ただし、人間の精神(知性、感覚感性・身体)には、Media Pointが潜在しているのであり、それが、漠然とイデア=超越性を予感させるのである。
 つまり、エネルギー放出の起源はMedia Pointであるから、エネルギーにおいて、イデアを漠然と感じるということになるだろう。
 それは、感覚感性・身体においてであるが、知性ではどうなのだろうか。知性は、一般には、同一性と通じている。しかしながら、先にも述べたように、理性は差異に根拠があるのである。差異がなければ、知性は、同一性主義=自我主義となるのであり、さらには、狂信化するのである。
 だから、健全な知性、理性的知性とは、差異的同一性(差異的知性)でなくてはならないのである。だから、知性も本来、Media Pointが基盤であるということになるのである。ここにおいて、本来、哲学、科学、芸術、宗教は一致すると言えよう。やはり、「ソクラテス以前の哲学」の総合性は本来的なのである。

追記2:芸術に触れたくなるのは、Media Pointを賦活(励起)させて、超越エネルギーを放出させて、元気になる(再生する:通俗的には、リフレッシュする。「心が洗われる」というが、同じである。)ためである。
 因みに、日本人が年末に第9を聴くというは、実に本来的である。これこそ、本来のクリスマスの義にかなっているのである。クリスマスとは、異教の儀礼であり、太陽崇拝であり、枯渇するエネルギーを活性化する目的があると考えられるのである。
 結局、日本人の心には神道が活きているのである。これを知的に自覚する必要があるのである。神道のような古代というか太古の宗教(母権・女神の宗教)が活きている民族は今や世界では稀有であるし、西洋文明の影響を最大限に被っていながら、このように活きているのは実に奇跡的で、感動的である。日本人は根っからの神道教徒である。

Japanese are Born Shintoists.
To be precise, they are Buddhistic Shintoists.

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タンパク質 構造変化再現 京大准教授グループ成功

12月24日9時19分配信 京都新聞

タンパク質 構造変化再現 京大准教授グループ成功

ひも状のタンパク質(左上)が安定した構造(図の右方向)になるように折り畳まれていく(図の時計回り)。青枠で囲まれたのが最終形。きちんと折り畳まれず機能が発揮できないものも一部できる(反時計回り)=高田彰二京都大准教授提供
 タンパク質が最初のひも状構造から変化して安定した形に畳み込まれる様子をコンピューターで再現することに、京都大理学研究科の高田彰二准教授(生物物理学)らのグループが成功した。
 アミノ酸の構成から実際のタンパク質の構造を予測し、創薬などに生かすことができるという。米国科学アカデミー紀要で23日に発表した。
 細胞内で作られたばかりのタンパク質は、ひも状構造をしている。そのままでは機能を発揮できないが、自発的にひもが折り畳まれて立体構造を作る。アミノ酸の構成によって立体構造が変わり、特定の物質とうまく結合できるようになるなどして、さまざまな機能が生じる。
 高田准教授は、アミノ酸が56個つながった比較的小さなタンパク質を用いて、タンパク質を作っている分子に働く力などを統計的な分布に従って計算するモデルを作った。主要な力だけを考えて、不安定なひも状構造から、安定した折り畳み状の構造への変化を再現できた。
 従来のエックス線による構造解析は、タンパク質を結晶にする必要があるなど難しいケースも多かった。高田准教授は「100個以上のアミノ酸でできているタンパク質でも、構造を予測できるモデルを作りたい」としている。

最終更新:12月24日9時29分
京都新聞
http://headlines.yahoo.co.jp
/hl?a=20081224-00000001
-kyt-l26

◇研究内容
・ 主な研究テーマ - 京都大学理学研究科 高田研究室

◇タンパク質の構造について
・ 研究内容と業績 - タンパク質が重要な働きを持つには、折りたたまれてある決まった構造をとる必要がある。筑波大学大学院 山本研究室
・ βシートを含むタンパク質の折り畳み過程を観測 - 理化学研究所(2005年2月21日)
・ タンパク質フォールディング博物学の曙 - 論文(PDFファイル)。日本生物物理学会
http://dailynews.yahoo.co.jp
/fc/science/biotechnology/


2008年12月22日(Mon)▲ページの先頭へ
DNAと易とMedia Point:『生物と無生物のあいだ』
『 生物と無生物のあいだ』の最初の部分を少し読んだが、確かに筆力のある人である。文学者のような場面喚起力があるし、ミステリー小説のような趣もある。
 とまれ、刺激を受けて2つのことを想起した。

1)易の卦であるが、2^6の64通りがあるが、上の2^3は、+iを主導化した場合の三元性、下の2^3は、-iを主導化したときの三元性ではないかと思った。

2)DNAの4つの要素のACGTであるが、これは、+iと-i、-iと+iのセットで考えられないか。最初は、+i, -i, +1, -1で考えたが。
 後者の方が整合的な説明ができるかもしれない。結局、Media PointがDNAの「元素」ということになるだろう。そして、ガウス平面に垂直なZ軸がDNAのラセンの縦軸になるのではないだろうか。

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ネットと生物と無生物のあいだ

 「生物と無生物のあいだ」という本 を読みました。あちらこちらで絶賛されている本なので、今更僕がお薦めする必要はないのですが、確かに、こんなに説明の上手な、読んでて飽きない科学入門書は、久しぶり、と思いました。
http://japan.cnet.com/blog
/murakami/2008/04/27/
entry_27000911/
村上敬亮 情報産業の未来図

現代新書

生物と無生物のあいだ

著者: 福岡伸一

発行年月日:2007/05/20
サイズ:新書判
ページ数:286
ISBN:978-4-06-149891-4

定価(税込):777円
http://shop.kodansha.jp
/bc2_bc/search_view.jsp?b
=1498916


2008年12月13日(Sat)▲ページの先頭へ
イルミネーションの桜のダーク・ツリー:宇宙の穴に潜在する高次元エネルギー
散歩道にある播磨坂の桜並木の街路の中間歩道の桜の木々がイルミネーションで上部が薄いピンク色、根元の方が青や緑で装飾されていた。
 当然、桜の幹や枝は闇である。このイルミネーションの光に、ダーク・ツリーがある。後者をダークエネルギーに喩えてみた。光を支えているダーク・ツリーがあると考えた。
 そのダーク・ツリーの存在は視覚的には確認できないのである。やはり、それは、Media Pointの穴を介したイデア・エネルギーのことだろう。
 宇宙の穴に隠れた高次元のエネルギーと考えられる。

追記:以下、アナクシマンドロスの宇宙論はきわめて知的刺激をもたらす。火の車輪としての宇宙観である。これは、Media Pointで説明できそうである。また、穴が惑星等になるということであるが、この穴もMedia Pointで説明できるのかもしれない。
 イデアの振動数によって、諸惑星等ができるのではないだろうか。太陽のイデア振動数があり、地球のイデア振動数があり、等々ではないだろうか。
 イデア振動数によって、Media Pointにおいて、太陽、諸惑星、さらには、諸宇宙ができるのではないだろうか。
 つまり、端的に言えば、星なり、星雲なり、「太陽系」・惑星なりは、イデア振動数の多様性・差異に基づいて、発現・現象しているものではないだろうか。つまり、星々は、Media Pointの多様な現象ということになるのではないだろうか。今はここで留める。

続追記:物理的距離であるが、それは、ガウス平面に垂直なZ軸で表わされるのではないだろうか。つまり、3次元とは、Z軸である。そして、人間の視覚の原点の平面性とは、ガウス平面に拠ると見ていいのではないだろうか。
 遠近法は、だから、Z軸によって発生すると言えよう。後で、精緻に検討したい。

参考1:
ミレトス学派
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
・・・・・
宇宙論

物質の性質についても3人の哲学者には意見の相違があった。それぞれが異なる宇宙観を持っていた。タレスは地球 は水の上に浮いていると、特定の星 の運動に注目し、それらを惑星 と呼んだ。一方、アナクシマンドロスは、地球は宇宙の中心にあり、宇宙は中空の同心円の車輪で、その外側は火に満たされ、さまざまな間隔で穿たれた穴から見えるその明かりが太陽や月だとした。アナクシメネスは、太陽や月は、星々で充たされた天空の覆いの回りにある、平たい円盤であるとした。(尚、赤色文字等強調はrenshi)


参考2:
Media Pointは宇宙の穴:(+i)*(-i)⇔+1のMedia Point Cosmos

思うに、前ソクラテス期の哲学/自然哲学に似たような表現になるが、Media Pointを宇宙の穴と見ることができると考えられる。
http://protophilosophy.noblog
.net/blog/k/10601594.html

INNOVATION OF PHILOSOPHY: NEW PLATONIC SYNERGY THEORY  


2008年12月07日(Sun)▲ページの先頭へ
EPRパラドックスとPS理論:Media Pointと量子:イデア⇒Media Point(Media Point Particle)⇒物質
非局所的長距離相関問題に関連させて、量子論ないしは素粒子論について後で検討したい。
 以下、

「次に、スピン0の素粒子が崩壊して、二つの電子になる場合を考える。重心系で見れば、二つの電子は互いに異なる方向に飛んでいく。従って、十分時間が経てば、二つの電子が空間的に十分離れている状態になる。この時、一方のスピンを測定したとする。この時、波束の収縮が起きるはずであるが、その影響は光速を超えて伝わることはないと仮定する。従って、短い時間ならば、他方への影響を無視できるはずである。角運動量保存則より、(和が0でなくてはならないので)二つの電子のスピンの方向は正反対でなくてはならない。従って、他方のスピンは、必ず測定結果と逆の値を返すことになる。最初の仮定より、他方の実験結果に対応する何かが実在するはずである。」

と述べられているが、実に興味深い。直感で言えば、やはり、素粒子は、Media Pointの様態である。思うに、Media Point Particle(Media Point粒子:略して、MPP)という言葉を造語してもいいのではないだろうか。そうならば、素粒子は、Media Point Particle(MPP)である。

 これは、+iの原光と-iの原闇の極性様態にある。これが崩壊して、二つの電子になるというのは、+iと-iが同一性化されることではないだろうか。思うに、同一性化は、⇒+1である。しかし、角運動量保存則から言うと、+1に対して、-1が必要である。これが、二つの電子ではないだろうか。+1 の電子と-1の電子(陽電子?)である。

 そして、スピンの観測であるが、それも同一性化=物質化であり、+のスピンに対して、-のスピンが同時生起すると考えられる。つまり、素粒子は、本来、Media Point Particle(MP粒子)であり、即非態にあるが、観測という同一性化=物質化によって、形式的に二項対立化されるのである。すなわち、即非様相が、物質形式主義的に、+のスピンと-のスピンに分化されると考えられるのである。

 そう、非局所的長距離相関とは、物質主義の視点から見た、いわば幻想(マーヤー)ないしは錯覚(仮象)であると言えよう。素粒子はMP粒子であり、即非様相にあるのである。

追記:素粒子をMP粒子とするなら、電子とは何だろうか。それは、同一性イデアではないだろうか。物質ではないのである。しかし、観測は同一性主義化=物質化である(先に、同一性化=物質化と言ったが、訂正する)。つまり、同一性イデアの物質化である。ここは微妙な点であるが、⇒+1の⇒の先端が同一性イデアであり、+1は同一性物質であろう。(先に、歩道上の銀杏の一葉に同一性イデアを見たと言ったが、一葉は+1であり、同一性イデアは⇒+1の⇒の先端である。)
 電子とは、本来、同一性イデアであるが、それが物理学では、物質化されて考えているだろう。スピンは同一性物質化であると考えられる。だから、一つの電子のスピンが決定されると、他方の電子のスピンも決定されるという結果になるのであり、それは同一性物質力学の形式から考えられることであり、素粒子という自然の事態を反映しているのではないと考えられるのである。
 だから、上記のように非局所的長距離相関とは、同一性物質力学の形式から発生する事態、形式から生まれる事態に過ぎず、実際、MP粒子の様態があるだけなのである。
 MP粒子のもつ同一性イデア=電子イデアと同一性物質=電子と混同していると考えられるのである。
 後で、より精緻に検討する予定である。
 
続追記:敷延して、ダーク・エネルギーについて考えると、結局、同一性イデア・エネルギーが光であるが、その源泉のMedia Pointエネルギー自体が看過されていると考えられるのである。同一性イデア・エネルギーは、当然、Media Pointエネルギー(略して、MPエネルギー:正確に言えば、Media Point Trans-energy)に包摂されているのである。
 だから、ダーク・エネルギーとは、このMPエネルギーを同一性次元で探究して、想定されたものと言えるのではないだろうか。
 MPエネルギーは正に、宇宙の母体エネルギーである。神話的には、イシスである。東方キリスト教的には、神のエネルゲイアである。

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アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックス(頭文字をとってEPRパラドックスと呼ばれる)は、量子力学の量子もつれ 状態が局所性を(ある意味)破るので、相対性理論と両立しないのではないかというパラドックス である。アルベルト・アインシュタイン 、ボリス・ポドルスキー 、ネイサン・ローゼン らの思考実験にちなむ。
概要

実際のところ、人々がもてはやしているのはニールス・ボーア による模型であるので、そちらのほうを用いて説明する。

最初に、「ある観測を行ったとき、必ずある値が得られるような状態があるとする。その場合、その値に対応する何かが実在している」ということを仮定する。例えば、運動量の固有状態 を測定すると、必ずその固有値 を返す。この場合、運動量の固有値が存在しているという考え方である。

次に、スピン0の素粒子が崩壊して、二つの電子になる場合を考える。重心系で見れば、二つの電子は互いに異なる方向に飛んでいく。従って、十分時間が経てば、二つの電子が空間的に十分離れている状態になる。この時、一方のスピンを測定したとする。この時、波束の収縮が起きるはずであるが、その影響は光速を超えて伝わることはないと仮定する。従って、短い時間ならば、他方への影響を無視できるはずである。

角運動量保存則より、(和が0でなくてはならないので)二つの電子のスピンの方向は正反対でなくてはならない。従って、他方のスピンは、必ず測定結果と逆の値を返すことになる。最初の仮定より、他方の実験結果に対応する何かが実在するはずである。

一方のスピンの測定方向は任意に選べるので、他方のあらゆる実験結果に対応する何かが実在している。これは、まさに隠れた変数理論 を示唆している。つまり、真の理論は決定論的であるが、十分な知見が得られないために確率的な予言しかできないというものである。この立場では、量子力学は統計的記述としての有効性しか持たないことになる。

なお、元々のEPRの論文では、位置と運動量を同時確定する系を作っている。いずれの系も量子もつれ 状態である。

[編集 ] 相対論との関係

上述では、波束の収縮の影響は光速を超えないと仮定した。実は、その仮定が怪しく、波束の収縮の影響は光速を超えて伝達し、従って、隠れた変数の存在を示唆しないという反論がなされた。

しかしながら、相対論によると、光速を超える相互作用は因果律を破るため禁じられており、この点で、量子論との矛盾を示唆しているように思われる。このことをさして、パラドックスと称される。

[編集 ] 実験的検証と現状

現在ではEPR相関と呼ばれ、ベルの不等式 により定式化され、実験的にも確認されている。このような非局所性は量子もつれ 状態特有の現象として理解され、量子テレポーテーション や量子暗号 などの最先端の技術の理論的な基礎となっている。

[編集 ] 参考文献

* A. Einstein, B. Pdolsky, and N.Rosen, "Can quantum-mechanikal description of physical reality be considered complete?," Phys. Rev. 47, 777-780 (1935)

[編集 ] 関連項目

* 量子もつれ
* 二重スリット実験
* 存在
* コペンハーゲン解釈

執筆の途中です この項目「アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックス」は、自然科学 に関連した書きかけの項目 です。加筆・訂正 などをして下さる協力者を求めています。

カテゴリ : 量子力学 | パラドックス | 思考実験 | 自然科学関連のスタブ項目


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カレンダ
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